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特許7075584ラジアスエンドミル及びこれを用いた工作機械、並びにラジアスエンドミルの設計方法及び加工方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-18
(45)【発行日】2022-05-26
(54)【発明の名称】ラジアスエンドミル及びこれを用いた工作機械、並びにラジアスエンドミルの設計方法及び加工方法
(51)【国際特許分類】
   B23C 5/10 20060101AFI20220519BHJP
【FI】
B23C5/10 Z
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2018078299
(22)【出願日】2018-04-16
(65)【公開番号】P2019181644
(43)【公開日】2019-10-24
【審査請求日】2021-01-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000006208
【氏名又は名称】三菱重工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(73)【特許権者】
【識別番号】000100735
【氏名又は名称】アイコクアルファ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100112737
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 考晴
(74)【代理人】
【識別番号】100140914
【弁理士】
【氏名又は名称】三苫 貴織
(74)【代理人】
【識別番号】100136168
【弁理士】
【氏名又は名称】川上 美紀
(72)【発明者】
【氏名】社本 英二
(72)【発明者】
【氏名】江藤 潤
(72)【発明者】
【氏名】喜多野 聡
(72)【発明者】
【氏名】杉原 智実
【審査官】増山 慎也
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-031911(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0271706(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2005/0025584(US,A1)
【文献】特開2007-038344(JP,A)
【文献】特開2003-323204(JP,A)
【文献】特開2004-074397(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23C 5/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
工具本体の先端部の外周側に設けられた円弧刃を備え、
前記工具本体の中心軸線を含む縦断面において、前記円弧刃が形成された角度範囲は、30°以下とされ
前記円弧刃は、前記縦断面において、前記工具本体の先端部の底面にて少なくとも前記中心軸線に直交する方向に接線を有する位置から側面にかけて底面用円弧刃として形成され、
該底面用円弧刃の前記中心軸線方向の寸法は、0.12mm以下とされているラジアスエンドミル。
【請求項2】
工具本体の先端部の外周側に設けられた円弧刃を備え、
前記工具本体の中心軸線を含む縦断面において、前記円弧刃が形成された角度範囲は、30°以下とされ、
前記円弧刃は、前記縦断面において、前記工具本体の前記先端部の側面にて前記中心軸線に平行な方向に接線を有する位置から前記先端部の底面にかけて側面用円弧刃として形成され、
該側面用円弧刃の前記中心軸線方向に直交する方向の寸法は、0.75mm以下とされているラジアスエンドミル。
【請求項3】
工具本体の先端部の外周側に設けられた円弧刃を備え、
前記工具本体の中心軸線を含む縦断面において、前記円弧刃が形成された角度範囲は、30°以下とされ、
前記円弧刃は、前記縦断面において、前記工具本体の先端部の底面にて少なくとも前記中心軸線に直交する方向に接線を有する位置から側面にかけて底面用円弧刃として形成され、該底面用円弧刃の前記中心軸線方向の寸法は、0.75mm以下とされ、かつ、
前記円弧刃は、前記縦断面において、前記工具本体の前記先端部の側面にて前記中心軸線に平行に接線を有する位置から前記先端部の底面にかけて側面用円弧刃として形成され、該側面用円弧刃の前記中心軸線方向に直交する方向の寸法は、0.75mm以下とされているラジアスエンドミル。
【請求項4】
請求項1からのいずれかに記載のラジアスエンドミルと、
前記ラジアスエンドミルの基端部が固定されて該ラジアスエンドミルの前記中心軸線回りに回転させる駆動部と、
を備え、
前記ラジアスエンドミルの前記円弧刃の円弧形状を形成する円弧の半径は、前記駆動部の回転数および切削送り速度から演算される一刃あたりの送り量fzと、加工時に要求される要求面粗度Rzとに基づいて以下の式、
R=A×fz /(8×Rz)
(ここで、Aは2以上4以下)
により決定されている工作機械。
【請求項5】
請求項1からのいずれかに記載のラジアスエンドミルを設計するラジアスエンドミル設計方法であって、
ラジアスエンドミルを前記中心軸線回りに回転させる駆動部の回転数および切削送り速度から演算される一刃あたりの送り量fzと、加工時に要求される要求面粗度Rzとに基づいて、前記ラジアスエンドミルの前記円弧刃の円弧形状を形成する円弧の半径、以下の式、
R=A×fz /(8×Rz)
(ここで、Aは2以上4以下)
により決定するラジアスエンドミル設計方法。
【請求項6】
請求項1からのいずれかに記載のラジアスエンドミルを用いて加工する加工方法であって、
薄板部を有するワークを固定するワーク固定工程と、
前記ラジアスエンドミルを用いて前記薄板部を加工する加工工程と、
を有し、
前記加工工程は、前記ワーク固定工程にて前記ワークを固定している間に、前記ワークに対して異なる方向から加工を行う加工方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラジアスエンドミル及びこれを用いた工作機械、並びにラジアスエンドミルの設計方法及び加工方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば航空機に用いられる構造部品では、高精度化や軽量化の観点から薄肉化が進んでいる。例えば、従来では板金成形とされていた胴体パネルとフレームとの結合部材等(以下、単に「結合部材」という。)は、軽量化高精度化の観点から機械加工によって製作する結合部材が用いられ始めている。しかし、機械加工は、一般に素材費が増加するので、加工費の削減が必要になる。
【0003】
加工費削減のためには、加工時間を低減する必要がある。そのためには、送り速度や切り込み量を増大させる必要がある。しかし、板金成形とされる部品と同じ形状に部品を機械加工する場合、素材厚さが薄いため切り込み量を増大させるには限界がある。そこで、送り速度を増大させることが重要となる。
【0004】
送り速度を増大する際の注意点として面粗度がある。面粗度Rz[mm]は、一刃あたりの送り量fz[mm/tooth]と、刃先の円弧刃の半径であるノーズR[mm]を用いて下式で表される。
Rz=fz/(8×R) ・・・(1)
式(1)から分かるように、一刃当たりの送り量fzを向上させるにはノーズRを大きくする必要がある。
【0005】
一方、例えば航空機部品の機械加工では、工具の刃先に円弧刃を有するラジアスエンドミルが多用される。円弧刃を有しないスクエアエンドミルは主に送り方向に切削力が発生するが、ラジアスエンドミルは、円弧形状があるので、工具中心軸線方向にも切削力が発生し、切削力が板厚方向に発生する場合がある。このため、ラジアスエンドミルは、薄板部を有するワークにびびり振動が発生しやすくなる。特に、ワークの固定を1回として加工するワンチャック加工では、ワークの薄板部の板厚方向に切削力が発生する加工も行うため、びびり振動の発生が避けられない。したがって、式(1)で示したようにノーズRを大きくする必要があるにも関わらず、びびり振動に対する安定性の観点からノーズRを小さくせざるを得ないという問題がある。
【0006】
このようなびびり振動の対策として、特許文献1及び2に開示されたものがある。特許文献1では、円弧刃に接続される外周刃を設けることが開示されている。特許文献2では、隣接する螺旋溝間のピッチを異ならせることが開示されている。
【0007】
また、びびり振動として、再生型自励びびり振動が報告されている(非特許文献1)。再生型自励びびり振動は、一刃前に切削する際に生じていた振動が加工面の起伏として残り、その振動が現在の切削において切り取り厚さの変更として再生するものである。このため、切削力が変動して再び振動が発生する閉ループが構成され、所定の条件で振動が成長して大きなびびり振動が発生する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2006-212744号公報
【文献】特開2013-176842号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】社本英二、“切削加工におけるびびり振動の発生機構と抑制”、電気精鋼、82巻2号(2011年)、143頁-155頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記の特許文献1及び2では、再生型自励びびり振動に対する検討がなされていないので、びびり振動の低減としては十分ではない。
【0011】
本発明者等は、鋭意検討し、ラジアスエンドミルの歯先に設けた円弧刃の大きさや形状によって再生幅が変化することに着目した。ここで、再生幅とは、再生型自励びびり振動の起因となる寸法であり、一刃が切削する切削方向の寸法、すなわち円弧刃とワークとが接触する切削方向の寸法を意味する。再生幅が大きいほど、一刃前の再生時の振動の影響が大きくなるため、びびり振動が発生しやすくなり加工安定性が低くなる。
【0012】
このような事情に鑑みてなされたものであって、本発明は、びびり振動を抑制して加工安定性を向上させることができるラジアスエンドミル及びこれを用いた工作機械、並びにラジアスエンドミルの設計方法及び加工方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の一態様に係るラジアスエンドミルは、工具本体の先端部の外周側に設けられた円弧刃を備え、前記工具本体の中心軸線を含む縦断面において、前記円弧刃が形成された角度範囲は、30°以下とされている。
【0014】
円弧刃が形成された角度範囲(ノーズR角度θr)を30°以下とすることで、角度範囲を90°とした場合に比べて再生幅を1/2以下としてびびり振動を抑制して加工安定性を向上させることができる。
角度範囲の下限値としては、例えば0.09°とされる。円弧刃の円弧形状を形成する半径(ノーズR)は、例えば1mm以上1000mm以下とされる。
【0015】
さらに、本発明の一態様に係るラジアスエンドミルでは、前記円弧刃は、前記縦断面において、前記工具本体の先端部の底面にて少なくとも前記中心軸線に直交する方向に接線を有する位置から側面にかけて底面用円弧刃として形成され、該底面用円弧刃の前記中心軸線方向の寸法は、0.12mm以下とされている。
【0016】
円弧刃を縦断面において工具本体の先端部の底面にて工具本体の中心軸線に直交する方向に接線を有する位置から側面にかけて形成することで、底面加工用のラジアスエンドミルが提供される。縦断面における円弧刃の工具本体の中心軸線方向における寸法(ノーズR高さHr)を0.12mm以下とすることで、円弧刃の角度範囲を90°とした場合に比べて再生幅を1/2以下としてびびり振動を抑制して加工安定性を向上させることができる。
ノーズR高さHrの下限値としては、例えば0.03mmとされる。
【0017】
さらに、本発明の一態様に係るラジアスエンドミルでは、前記円弧刃は、前記縦断面において、前記工具本体の前記先端部の側面にて前記中心軸線に平行な方向に接線を有する位置から前記先端部の底面にかけて側面用円弧刃として形成され、該側面用円弧刃の前記中心軸線方向に直交する方向の寸法は、0.75mm以下とされている。
【0018】
円弧刃を縦断面において工具本体の先端部の側面にて工具本体の中心軸線に平行な方向に接線を有する位置から先端部の底面にかけて形成することで、側面加工用のラジアスエンドミルが提供される。縦断面における円弧刃の工具本体の中心軸線方向に直交する方向おける寸法(ノーズR高さHr)を0.75mm以下とすることで、円弧刃の角度範囲を90°とした場合に比べて再生幅を1/2以下としてびびり振動を抑制して加工安定性を向上させることができる。
ノーズR高さHrの下限値としては、例えば0.03mmとされる。
【0019】
さらに、本発明の一態様に係るラジアスエンドミルでは、前記円弧刃は、前記縦断面において、前記工具本体の先端部の底面にて少なくとも前記中心軸線に直交する方向に接線を有する位置から側面にかけて底面用円弧刃として形成され、該底面用円弧刃の前記中心軸線方向の寸法は、0.75mm以下とされ、かつ、記円弧刃は、前記縦断面において、前記工具本体の前記先端部の側面にて前記中心軸線に平行に接線を有する位置から前記先端部の底面にかけて側面用円弧刃として形成され、該側面用円弧刃の前記中心軸線方向に直交する方向の寸法は、0.75mm以下とされている。
【0020】
底面用円弧刃を縦断面において工具本体の先端部の底面にて工具本体の中心軸線に直交する方向に接線を有する位置から側面にかけて形成し、かつ、側面用円弧刃を縦断面において工具本体の先端部の側面にて工具本体の中心軸線に平行に接線を有する位置から先端部にかけて形成することで、底面加工と側面加工が可能なハイブリッド加工用のラジアスエンドミルが提供される。底面用円弧刃の工具本体の中心軸線方向の寸法を0.75mm以下とし、かつ、側面用円弧刃の工具本体の中心軸線方向に直交する方向の寸法を0.75mm以下とすることで、円弧刃の角度範囲を90°とした場合に比べて再生幅を1/2以下としてびびり振動を抑制して加工安定性を向上させることができる。
【0021】
また、本発明の一態様に係る工作機械は、上記のいずれかに記載のラジアスエンドミルと、前記ラジアスエンドミルの基端部が固定されて該ラジアスエンドミルの前記中心軸線回りに回転させる駆動部と、を備え、前記ラジアスエンドミルの前記円弧刃の円弧形状を形成する円弧の半径は、前記駆動部の回転数および切削送り速度から演算される一刃あたりの送り量fzと、加工時に要求される要求面粗度Rzとに基づいて以下の式、
R=A×fz /(8×Rz)
(ここで、Aは2以上4以下)
により決定されている。
【0022】
駆動部の回転数および切削送り速度から一刃当たりの送り量が演算される。この一刃当たりの送り量と、加工時に要求される要求面粗度(例えば図面上要求される面粗度)とに基づいて、ラジアスエンドミルの円弧刃の半径を決定することとした。これにより、要求面粗度を満たす任意の切削条件においてびびり振動を抑制して安定した加工が可能となる。
駆動部の最大の回転数と切削送り速度を用いて円弧刃の半径を決定すれば、加工速度を最大化することができる。
【0023】
また、本発明の一態様に係るラジアスエンドミル設計方法は、上記のいずれかに記載のラジアスエンドミルを設計するラジアスエンドミル設計方法であって、ラジアスエンドミルを前記中心軸線回りに回転させる駆動部の回転数および切削送り速度から演算される一刃あたりの送り量fzと、加工時に要求される要求面粗度Rzとに基づいて、前記ラジアスエンドミルの前記円弧刃の円弧形状を形成する円弧の半径、以下の式、
R=A×fz /(8×Rz)
(ここで、Aは2以上4以下)
により決定する。
【0024】
駆動部の回転数および切削送り速度から一刃当たりの送り量が演算される。この一刃当たりの送り量と、加工時に要求される要求面粗度(例えば図面上要求される面粗度)とに基づいて、ラジアスエンドミルの円弧刃の半径を決定することとした。これにより、要求面粗度を満たす任意の切削条件においてびびり振動を抑制した加工が可能となる。
駆動部の最大の回転数と切削送り速度を用いて円弧刃の半径を決定すれば、加工速度を最大化することができる。
【0025】
本発明の一態様に係る加工方法は、上記のいずれかに記載のラジアスエンドミルを用いて加工する加工方法であって、薄板部を有するワークを固定するワーク固定工程と、前記ラジアスエンドミルを用いて前記薄板部を加工する加工工程と、を有し、前記加工工程は、前記ワーク固定工程にて前記ワークを固定している間に、前記ワークに対して異なる方向から加工を行う。
【0026】
薄板部を有するワークであっても、上記のラジアスエンドミルを用いているので、びびり振動が抑制される。また、ワークを固定している間に異なる方向から加工を行ってもびびり振動を抑制することができるので、ワンチャック加工が可能となり、高効率にて加工を行うことができる。
なお、「ワークに対して異なる方向から加工を行う」とは、例えば、底面加工の場合には工具本体の中心軸線に対して垂直方向に加工を行い、側面加工の場合には工具本体の中心軸線に対して平行方向に加工を行うことである。ここで、垂直方向および平行方向については、円弧刃の角度範囲内で傾くことは許容される。
【発明の効果】
【0027】
円弧刃の角度範囲を30°以下として再生幅を小さくしたので、びびり振動を抑制して加工安定性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1】本発明の第1実施形態に係るラジアスエンドミルを側面図である。
図2図1のA部の詳細を示した拡大図である。
図3】ノーズRに対してノーズR高さHrを示したグラフである。
図4】ノーズR角度θrを示したグラフである。
図5】本発明の第2実施形態に係るラジアスエンドミルを側面図である。
図6図5のA’部の詳細を示した拡大図である。
図7】本発明の第3実施形態に係るラジアスエンドミルを側面図である。
図8図7のA”部の詳細を示した拡大図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下に、本発明に係る各実施形態について、図面を参照して説明する。
[第1実施形態]
図1には、本実施形態に係るラジアスエンドミル1が示されている。同図は、ラジアスエンドミル1は、工具本体3のシャンク部が工作機械のスピンドル(駆動部)に固定されることによって中心軸線L1回りに回転させられる。
【0030】
ラジアスエンドミル1の直径(工具径)は、一体型のエンドミルの場合は4mm以上32mm以下とされている。なお、刃先交換式のカッターの場合は、工具径の上限は200mm以上となる。ラジアスエンドミル1の工具本体3の先端部4の底面の外周側には、円弧刃5が設けられている。以下、円弧刃5を形成する円弧の半径をノーズR[mm]という。同図におけるラジアスエンドミル1は、工具径方向に切り込んで加工する底面加工用とされている。ワークの特に薄板とされた板状部の表面に正対するように先端部4を向け、表面の延在方向にワークを相対的に送って底面加工するときに、再生びびり振動が生じ易い。
【0031】
同図に示したラジアスエンドミル1の刃数は2とされている。但し、刃数は2以上であれば良い。円弧刃5の内周側(中心軸線L1側)には、工具本体3側に対比して凹となる逃げ面6が形成されている。
ラジアスエンドミル1の先端部4とは反対側の端部である基端部7は、シャンクとされており、工作機械のスピンドル(駆動部)のチャックに固定される。
【0032】
図2には、図1のA部の詳細が示されている。円弧刃5は、中心軸線L1(図1参照)を含む縦断面において、工具本体3の先端部4の底面4aにて中心軸線L1に直交する方向(同図において水平方向)に接線を有する位置P1から側面4bと交差する位置P2にかけて底面用円弧刃として形成されている。なお、円弧刃5は、位置P1よりも中心軸線L1側に延長して設けられていても良い。これにより、中心軸線L1側に設けられた底刃に滑らかに接続することができる。
円弧刃5の中心軸線L1方向(同図において上下方向)の寸法であるノーズR高さHrは、0.75mm以下とされている。円弧刃5を形成する円弧の半径であるノーズRは、1mm以上1000mm以下とされている。円弧刃5が形成された角度範囲であるノーズR角度θrは、30°以下とされている。
【0033】
ノーズR角度θrは、ノーズR高さHrとノーズRを用いて下式のように表される。
θr=cos-1((R-Hr)/R) ・・・(2)
【0034】
円弧刃5の中心軸線L1に直交する方向(同図において水平方向)における寸法が再生幅Wcとなる。再生幅Wcは、再生型自励びびり振動の起因となる寸法であり、一刃が切削する切削方向の寸法、すなわち円弧刃5とワークとが接触する切削方向(図2において水平方向)の寸法を意味する。再生幅Wcが大きいほど、一刃前の再生時の振動の影響が大きくなる。
【0035】
再生幅Wcは、式(2)を用いて下式のように表される。
Wc=R×sinθr=R×sin[cos-1((R-Hr)/R)]
・・・(3)
【0036】
[ノーズR高さHrとノーズR角度θrの範囲]
次に、図2に示したノーズR高さHrとノーズR角度θrの設定範囲について説明する。
比較対象となる比較再生幅Wc0を下式のように定める。
Wc0=R×sin[cos-1((R-Ad)/R)] ・・・(4)
上式においてAdは中心軸線L1方向の切込み量である。すなわち、式(4)に示された比較再生幅Wc0は、ノーズR高さを切込み量Adに設定したことを意味する。なお、ノーズRよりも切込み量Adが大きいとき(R<Ad)には、Ad=R(すなわちノーズR角度は90°が上限)とする。
【0037】
再生型びびり振動は、再生幅Wcに影響されるので、比較再生幅Wc0の1/2以下(すなわちWc0/Wcが2以上)となるようにノーズR高さHrとノーズR角度θrを決定すると下表の通りとなる。
【0038】
【表1】
【0039】
下表には、切込み量Adを変化させてWc0/Wcが2以上となるように本実施形態のノーズR高さHrを整理した場合が示されている。
【0040】
【表2】
【0041】
上の表2をグラフに表すと図3のようになる。同図には、参考として既存の底面仕上げ用にノーズR高さHrをノーズRよりも小としたラジアスエンドミルの数値がプロットされている。同図から分かるように、荒加工で想定される最大の切込みを考慮して切込み量Adが3.0mm以下で、ノーズRが1mm以上1000mm以下の場合に、以下のノーズR高さHrの範囲であれば、比較例に対して2倍以上の安定性が得られる。
ノーズR高さHr≦0.75mm ・・・(5)
【0042】
下表には、切込み量Adを変化させてWc0/Wcが2以上となるように本実施形態のノーズR角度θrを整理した場合が示されている。
【0043】
【表3】
【0044】
上の表3をグラフに表すと図4のようになる。同図には、参考として図3に示した既存の底面仕上げ用にノーズR高さHrをノーズRよりも小としたラジアスエンドミルの数値がプロットされている。同図から分かるように、荒加工で想定される最大の切込みを考慮して切込み量Adが3.0mm以下で、ノーズRが1mm以上1000mm以下の場合に、以下のノーズR角度θrの範囲であれば、比較例に対して2倍以上の安定性が得られる。
0°<ノーズR角度θr≦30° ・・・(6)
【0045】
なお、ノーズRとノーズR角度θrの関係から、切込み量Adが大きくなっても、ノーズR角度θrは30°が上限となる。これは、Ad≧Rの場合、上述のようにWc0=Rとなり、本実施形態の再生幅WcをWc0の1/2とすれば、式(3)よりθr=30°となるためである。このときのノーズR高さHrは、R×(1-31/2/2)となる。
【0046】
[ノーズRの決定]
次に、ノーズRの決定方法について説明する。
ノーズRは、一刃あたりの送り量と、加工時に要求される、具体的には図面上要求される要求面粗度とに基づいて決定される。
【0047】
一刃あたりの送り量fz[mm/tooth]は、工作機械の切削送り速度F[mm/min]、工作機械のスピンドルの主軸回転数S[/min]、刃数Nとした場合に、下式にて表される。
fz=F/S/N ・・・(7)
工作機械の機械制約として、切削送り速度Fには最大切削送り速度Fmaxがあり、主軸回転数Sには最大主軸回転数Smaxが存在する。この最大値であるFmaxに近づけて加工することが、加工時間を削減する上で好ましい。
【0048】
面粗度Rzは、下式にて表される。
Rz=fz/(8×R) ・・・(8)
【0049】
式(7)及び式(8)を用いて、ノーズRは、面粗度Rzと一刃当たりの送り量fzを用いて、下式のように表される。
R=A×fz/(8×Rz) ・・・(9)
ここで、Aは実加工を考慮した係数であり、例えば2以上4以下である。
【0050】
なお、ノーズR高さHrは、ヘムスティッチ高さ(面粗度Rz)だけでなく、中心軸線L1方向の振動振幅Vr[mm]も考慮して設定されることが好ましい。
Hr=Rz+Vr ・・・(10)
【0051】
上式(9)に示したように、ノーズRは、工作機械の切削送り速度Fと主軸回転数Sによって決まる一刃当たりの送り量fzと、要求面粗度とによって決定される。
【0052】
[加工方法]
次に、本実施形態のラジアスエンドミル1を用いた加工方法について説明する。
加工対象となるワークは、板金加工によって成形される形状を有し、例えば航空機の胴体パネルとフレームとを結合する結合部材のような薄板部を有するものである。
先ず、工作機械のワーク固定部に、切削前のワークを固定する(ワーク固定工程)。
そして、工作機械のスピンドルにラジアスエンドミル1の基端部7(図1参照)を固定する。
スピンドルを回転させることによってラジアスエンドミル1を中心軸線L1回りに回転させ、ワークの切削を行う(加工工程)。本実施形態のラジアスエンドミル1は、底面加工用なので、中心軸線L1方向に切込み量Adで切込みを行い、中心軸線L1に直交する方向にワークに対して切削送り速度Fでラジアスエンドミル1を送る。
工作機械は多軸(例えば5軸や6軸)制御とされており、加工時にはワークに対してラジアスエンドミル1を異なる角度から加工を行う。すなわち、1回の段取り(ワンチャック)で、ワークの複数面に対して加工を行う。
【0053】
上述の通り、本実施形態によれば、以下の作用効果を奏する。
底面加工用のラジアスエンドミル1の円弧刃5のノーズR角度θrを30°以下とすることで、比較例(表1参照)のように円弧刃の角度範囲を90°とした場合に比べて再生幅を1/2以下としてびびり振動を抑制して加工安定性を向上させることができる。
【0054】
底面加工用のラジアスエンドミル1の円弧刃5の工具本体3の中心軸線L1方向における寸法であるノーズR高さHrを0.75mm以下とすることで、比較例(表1参照)のように円弧刃の角度範囲を90°とした場合に比べて再生幅を1/2以下としてびびり振動を抑制して加工安定性を向上させることができる。
【0055】
工作機械のスピンドルの主軸回転数Sおよび切削送り速度Fから一刃当たりの送り量fzが演算される。この一刃当たりの送り量fzと、加工時に要求される要求面粗度Rzとに基づいて、ラジアスエンドミル1の円弧刃5の半径であるノーズRを決定することとした。これにより、要求面粗度を満たす任意の切削条件においてびびり振動を抑制して安定した加工が可能となる。
【0056】
結合部材のような薄板部を有するワークであっても、本実施形態のラジアスエンドミル1を用いて加工するので、本実施形態の加工方法によれば、びびり振動を抑制することができる。また、ワークを固定している間に異なる方向から加工を行ってもびびり振動を抑制することができるので、ワンチャック加工が可能となり、高効率にて加工を行うことができる。
なお、ワークを固定している間に異なる方向から加工を行うことは、例えば、底面加工の場合には工具本体3の中心軸線L1に対して垂直方向に加工を行い、側面加工の場合には工具本体3の中心軸線L1に対して平行方向に加工を行うことである。ここで、垂直方向および平行方向については、円弧刃5の角度範囲内で傾くことは許容される。
【実施例
【0057】
次に、上記実施形態の一実施例について説明する。下表には、本実施例にかかるエンドレスミルの諸元と、このエンドレスミルを用いて加工を行う工作機械の諸元が記載されている。なお、工具径は20mmである。
【0058】
【表4】
【0059】
これに対して、既存のラジアスエンドミルの諸元を下表に示す。表5は荒加工に用いるラジアスエンドミルであり、表6は仕上げ加工に用いるラジアスエンドミルである。工具径は20mmである。なお、下表においてR部接触角θは、ノーズRとワークとの接触角を意味する。本実施例の場合は、ノーズR角度=R部接触角となる。
【0060】
【表5】
【0061】
【表6】
【0062】
上記の表4~表6から分かるように、底面加工用のラジアスエンドミルについて、本実施例の再生幅は、既存ラジアスエンドミルの再生幅に対して、荒加工で7倍、仕上げ加工で3倍となっており、大幅にびびり振動が低減できることが分かる。また、実際に結合部材に対して加工を行ったところ、既存ラジアスエンドミルではびびり振動が発生したが、本実施例のラジアスエンドミルでは同じ条件で加工した場合であってもびびり振動は生じなかった。
【0063】
[第2実施形態]
本実施形態は、第1実施形態が底面加工用とされているのに対し、側面加工用とされている点で異なる。したがって、以下の説明では、第1実施形態と異なる点について説明し、同様の構成については同一符号を付しその説明を省略する。
【0064】
図5には、本実施形態に係るラジアスエンドミル1’が示されている。ラジアスエンドミル1’の工具本体3の先端部4の側面4bには、円弧刃5’が設けられている。同図におけるラジアスエンドミル1は、工具本体3の中心軸線L1方向に切り込んで加工する側面加工用とされている。
【0065】
図6には、図5のA’部の詳細が示されている。円弧刃5’は、中心軸線L1を含む縦断面において、工具本体3の先端部4の側面4bにて中心軸線L1に平行な方向(同図において上下方向)に接線を有する位置P3から底面4aと交差する位置P4にかけて側面用円弧刃として形成されている。円弧刃5’の中心軸線L1に直交する方向(同図において水平方向)の寸法であるノーズR高さHr’は、0.75mm以下とされている。円弧刃5’を形成する円弧の半径であるノーズR’は、1mm以上1000mm以下とされている。円弧刃5’が形成された角度範囲であるノーズR角度θr’は、0°よりも大きく30°以下とされている。
再生幅Wc’は、ノーズR高さHr’と同じとなる(Wc’=Hr’)。
【0066】
本実施形態は、切込み量に相当する寸法に応じて再生幅Wc0をとった比較例に対して、第1実施形態と同様に再生幅Wc’を1/2以下としているので、びびり振動を抑制することができる。したがって、その他の作用効果についても、第1実施形態と同様である。
【0067】
[第3実施形態]
本実施形態は、底面加工用とされた第1実施形態の円弧刃5と、側面加工用とされた第2実施形態の円弧刃5’とを組み合わせたハイブリッド形のラジアスエンドミル1”である。
【0068】
図7には、本実施形態に係るラジアスエンドミル1”が示されている。ラジアスエンドミル1”の工具本体3の先端部4の底面4aには円弧刃5が設けられ、側面4bには円弧刃5’が設けられている。同図におけるラジアスエンドミル1は、円弧刃5を用いた底面加工と、円弧刃5’を用いた側面加工とが可能とされている。
【0069】
図8には、図7のA”部の詳細が示されている。
円弧刃5は、中心軸線L1を含む縦断面において、工具本体3の先端部4の底面4aにて中心軸線L1に直交する方向(同図において水平方向)に接線を有する位置P1から側面4bと交差する位置P2にかけて底面用円弧刃として形成されている。円弧刃5の中心軸線L1方向(同図において上下方向)の寸法であるノーズR高さHrは、0.75mm以下とされている。円弧刃5を形成する円弧の半径であるノーズRは、1mm以上1000mm以下とされている。円弧刃5が形成された角度範囲であるノーズR角度θrは、0°よりも大きく30°以下とされている。
【0070】
円弧刃5’は、中心軸線L1を含む縦断面において、工具本体3の先端部4の側面4bにて中心軸線L1に平行な方向(同図において上下方向)に接線を有する位置P3から底面4aと交差する位置P4(位置P2と同じ位置)にかけて側面用円弧刃として形成されている。円弧刃5’の中心軸線L1に直交する方向(同図において水平方向)の寸法であるノーズR高さHr’は、0.75mm以下とされている。円弧刃5’を形成する円弧の半径であるノーズR’は、1mm以上1000mm以下とされている。円弧刃5’が形成された角度範囲であるノーズR角度θr’は、0°よりも大きく30°以下とされている。
再生幅Wc’は、R’×sinθr+Hr’となる。
【0071】
本実施形態は、切込み量に相当する寸法に応じて再生幅Wc0をとった比較例に対して、第1実施形態及び第2実施形態と同様に再生幅Wc’を1/2以下としているので、びびり振動を抑制することができる。したがって、その他の作用効果についても、第1実施形態及び第2実施形態と同様である。
【符号の説明】
【0072】
1,1’,1” ラジアスエンドミル
3 工具本体
4 先端部
4a 底面
4b 側面
5,5’ 円弧刃
6 逃げ面
7 基端部
Ad 切込み量
F 切削送り速度
fz 一刃当たりの送り量
Hr,Hr’ ノーズR高さ
L1 中心軸線
N 刃数
R,R’ ノーズR(円弧刃の半径)
Rz 面粗度
S 主軸回転数
θr,θr’ ノーズR角度
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8