(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-18
(45)【発行日】2022-05-26
(54)【発明の名称】大豆由来組成物及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
A23L 11/00 20210101AFI20220519BHJP
C12N 9/48 20060101ALN20220519BHJP
【FI】
A23L11/00 E
C12N9/48
(21)【出願番号】P 2017078415
(22)【出願日】2017-04-11
【審査請求日】2020-04-06
(73)【特許権者】
【識別番号】312017444
【氏名又は名称】ポッカサッポロフード&ビバレッジ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100176773
【氏名又は名称】坂西 俊明
(74)【代理人】
【識別番号】100135242
【氏名又は名称】江守 英太
(72)【発明者】
【氏名】土本 紀彦
(72)【発明者】
【氏名】山下 晋司
【審査官】福間 信子
(56)【参考文献】
【文献】特開平03-127958(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2002/0132287(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2004/0192611(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2003/0022274(US,A1)
【文献】特表2001-506858(JP,A)
【文献】国際公開第2017/057455(WO,A1)
【文献】米国特許第05077062(US,A)
【文献】特開2012-016348(JP,A)
【文献】国際公開第2008/088489(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L
A23J
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
大豆に水を加えて懸濁液を得る懸濁液調製工程と、
前記懸濁液をプロテアーゼで処理して脂質含有画分Aを分離して得る酵素処理工程Aと、
前記脂質含有画分Aを、エキソペプチダーゼで処理して脂質含有画分Bを得る酵素処理工程Bとを備える、クロロホルム/メタノール混合溶媒抽出物としての脂質含量が乾物あたり60質量%以上である
豆乳クリームの製造方法。
【請求項2】
前記プロテアーゼが、植物由来のプロテアーゼである、請求項
1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記脂質含有画分Bを、0~10℃で遠心分離して脂質含有画分Cを得る遠心分離工程Cを更に備える、請求項
1又は
2に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大豆由来組成物及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
大豆を加工して製造される豆乳は、低カロリー、低コレステロールであることに加え、大豆に由来する栄養成分を豊富に含んでおり、健康食品として知られている。
【0003】
近年、豆乳中における脂質含量を高めた大豆由来組成物が、生クリームに代表される乳製品に代替可能な食品素材として注目されている。例えば特許文献1には、加熱変性処理した大豆を原料として用い、その懸濁液から脂質を含む不溶性画分として分離回収することで得られた大豆乳化組成物が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載の方法で得られる大豆乳化組成物は、口に含んだときに感じられる油っぽさ(油脂感)が不十分であるという課題を、本発明者らは見出した。
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、油脂感を十分に感じることのできる高脂質の大豆由来組成物及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、クロロホルム/メタノール混合溶媒抽出物としての脂質含量が乾物あたり40質量%以上であり、β-コングリシニンを実質的に含有しない、大豆由来組成物を提供する。本発明の大豆由来組成物は上記構成を採用することにより、油脂感を十分に感じることができる。
【0008】
上記大豆由来組成物は、β-コングリシニンに加えてグリシニンを実質的に含有しないことが好ましい。これにより、大豆由来組成物の油脂感がより強く感じられる。
【0009】
本発明はまた、大豆に水を加えて懸濁液を得る懸濁液調製工程と、前記懸濁液をプロテアーゼで処理して脂質含有画分Aを得る酵素処理工程Aを備える、大豆由来組成物の製造方法を提供する。本発明の製造方法は懸濁液調製工程及び酵素処理工程Aを備えるため、大豆から脂質を効率的に回収できるとともに、油脂感を十分に感じることのできる高脂質の大豆由来組成物を得ることができる。
【0010】
上記製造方法において、プロテアーゼは植物由来のプロテアーゼであることが好ましい。これにより、大豆由来組成物の脂質含量をより高めることができる。
【0011】
上記製造方法は、前記脂質含有画分Aを、エキソペプチダーゼで処理して脂質含有画分Bを得る酵素処理工程Bを更に備えていてもよい。これにより、大豆由来組成物の苦味を低減することができる。
【0012】
上記製造方法は、前記脂質含有画分Bを、0~10℃で遠心分離して脂質含有画分Cを得る遠心分離工程Cを更に備えていてもよい。これにより、大豆由来組成物の苦味がより低減される。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、油脂感を十分に感じることのできる高脂質の大豆由来組成物及びその製造方法を提供することができる。また、本発明によれば、苦味が低減された大豆由来組成物及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】(a)実施例3で得られた懸濁液及び脂質含有画分C、実施例4で得られた脂質含有画分A、並びに市販の豆乳クリームに含まれるタンパク質について、SDS-PAGEによる分析結果を示した写真である。(b)実施例3で得られた懸濁液及び脂質含有画分C、実施例4で得られた脂質含有画分A、並びに市販の豆乳クリームに含まれるタンパク質について、ウェスタンブロッティングによる分析結果を示した写真である。なお、(a)及び(b)において、1レーン及び6レーンは分子量マーカー、2レーンは実施例3で得られた懸濁液、3レーンは実施例3で得られた脂質含有画分C、4レーンは市販の豆乳クリーム、5レーンは実施例4で得られた脂質含有画分Aについての分析結果である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0016】
〔1.大豆由来組成物〕
本実施形態に係る大豆由来組成物は、大豆を由来とし、脂質(中性脂質及び極性脂質)の含量が比較的高く、特定のタンパク質を実質的に含有しない組成物であり、クロロホルム/メタノール混合溶媒抽出物としての脂質含量が乾物あたり40質量%以上であり、β-コングリシニンを実質的に含有しないことを特徴とする。
【0017】
本明細書において「脂質含量」とは、「食品表示基準について 別添 栄養成分等の分析方法等」(平成27年3月30日消食表第139号)に規定するクロロホルム・メタノール混液抽出法に準じて測定された脂質含量であり、具体的には、クロロホルム及びメタノール(体積比2:1)の混合溶媒を用い、常圧かつ沸点において1時間に大豆由来組成物から抽出された抽出物量を総脂質含量として算出した値を脂質含量とする。すなわち、本明細書における脂質含量は、クロロホルム/メタノール混合溶媒抽出物含量としての総脂質含量をいうものとする。
【0018】
本実施形態に係る大豆由来組成物の脂質含量は、クロロホルム/メタノール混合溶媒抽出物として、乾物あたり40質量%以上であればよいが、大豆由来組成物の脂質含量をより高めるとともに、油脂感をより強く感じられるようにする観点から、乾物あたり50質量%以上であることが好ましく、乾物あたり60質量%以上であることがより好ましい。また、脂質含量の上限は特に限定されないが、香味の観点から、例えば99質量%以下、又は95質量%以下であってもよい。なお、後述の〔2.大豆由来組成物の製造方法〕における酵素処理工程Aにおいて用いるプロテアーゼの種類、添加量、酵素処理条件等、或いは、後述の〔2.大豆由来組成物の製造方法〕における懸濁液調製工程において用いる、大豆の種類、使用量、浸漬条件等を適宜設定することにより、大豆由来組成物の脂質含量を上記範囲に調整することができる。
【0019】
本実施形態に係る大豆由来組成物は、β-コングリシニンを実質的に含有しない。β-コングリシニンは大豆に含まれるタンパク質の主要成分の一つで、少なくとも3種類のサブユニット(α、α’及びβ)から構成されている、分子量約180kDaのタンパク質である。大豆由来組成物が高分子状態のβ-コングリシニンを実質的に含有しないことにより、油脂感が強く感じられるようになる。
【0020】
大豆由来組成物中のβ-コングリシニンの検出は、例えば、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)を実施した後、β-コングリシニンを構成するサブユニットに相当するバンドの濃さを確認することにより行うことができる。また、より検出精度の高い検出方法として、β-コングリシニン抗体を用いたウェスタンブロッティングを実施した後、β-コングリシニンを構成するサブユニットに相当するバンドの濃さを確認することによっても行うことができる。β-コングリシニンを含有するか否かの判断として、例えば、試験に供するサンプルのタンパク質濃度が22質量%である大豆由来組成物のサンプルを用いたSDS-PAGEにおいて、β-コングリシニンの検出が検出限界以下である場合に、β-コングリシニンを実質的に含有しないものと判断され、好ましくは、試験に供するサンプルのタンパク質濃度が22質量%である大豆由来組成物のサンプルを用いたウェスタンブロッティングによって、β-コングリシニンの検出が検出限界以下である場合に、β-コングリシニンを実質的に含有しないものと判断される。
【0021】
後述の〔2.大豆由来組成物の製造方法〕における酵素処理工程Aにおいて、用いるプロテアーゼの種類、添加量、酵素処理条件等を適宜設定することにより、大豆由来組成物中のβ-コングリシニンを実質的に含有しないものとすることができる。
【0022】
本実施形態に係る大豆由来組成物は、タンパク質あたりのβ-コングリシニン含量が0.1質量%以下、0.01質量%以下、又は0.005質量%以下であってもよい。また、本実施形態に係る大豆由来組成物は、β-コングリシニンを含有しないことが好ましい。タンパク質あたりのβ-コングリシニン含量は、例えば、大豆由来組成物のサンプルを用いたSDS-PAGEにおいて、全タンパク質のバンドの濃さに対するβ-コングリシニンを構成するサブユニットに相当するバンドの濃さが占める割合を算出することによって求めることができる。
【0023】
本実施形態に係る大豆由来組成物は、グリシニンを実質的に含有しないことが好ましい。グリシニンは大豆に含まれるタンパク質の主要成分の一つで、少なくとも12種類のサブユニット(酸性サブユニットA1~A6、及び塩基性サブユニットB1~B6)から構成されている、分子量約320~360kDaのタンパク質である。大豆由来組成物が高分子状態のグリシニンを実質的に含有しないことにより、油脂感がより強く感じられるようになる。大豆由来組成物中のグリシニンは、例えば、SDS-PAGEを実施した後、グリシニンを構成するサブユニットに相当するバンドの濃さを確認することにより行うことができる。また、より検出精度の高い検出方法として、グリシニン抗体を用いたウェスタンブロッティングを実施した後、グリシニンを構成するサブユニットに相当するバンドの濃さを確認することによっても行うことができる。グリシニンを含有するか否かの判断として、例えば、試験に供するサンプルのタンパク質濃度が22質量%である大豆由来組成物のサンプルを用いたSDS-PAGEによって、グリシニンの検出が検出限界以下である場合に、グリシニンを実質的に含有しないものと判断され、好ましくは、試験に供するサンプルのタンパク質濃度が22質量%である大豆由来組成物のサンプルを用いたウェスタンブロッティングによって、グリシニンの検出が検出限界以下である場合に、グリシニンを実質的に含有しないものと判断される。
【0024】
後述の〔2.大豆由来組成物の製造方法〕における酵素処理工程Aにおいて、用いるプロテアーゼの種類、添加量、酵素処理条件等を適宜設定することによって、大豆由来組成物中のグリシニンを実質的に含有しないものとすることができる。
【0025】
本実施形態に係る大豆由来組成物は、タンパク質あたりのグリシニン含量が0.1質量%以下、0.01質量%以下、又は0.005質量%以下であってもよい。また、本実施形態に係る大豆由来組成物は、グリシニンを含有しないことが好ましい。タンパク質あたりのグリシニン含量は、例えば、大豆由来組成物のサンプルを用いたSDS-PAGEにおいて、全タンパク質のバンドの濃さに対するグリシニンを構成するサブユニットに相当するバンドの濃さが占める割合を算出することによって求めることができる。
【0026】
本実施形態に係る大豆由来組成物は、大豆由来の栄養成分が豊富に含まれており、かつ油脂感が十分に感じられることから、そのまま飲食品(豆乳クリーム)として使用することができる。
【0027】
加えて、本実施形態に係る大豆由来組成物は、β-コングリシニン等の高分子状態のタンパク質を実質的に含有しないことから、粘度が低下している。従って、本実施形態に係る大豆由来組成物は、食感に与える影響が小さいため、幅広く食品素材としての適用が期待される。
【0028】
また、一部の大豆アレルギー患者のIgEはβ-コングリシニンをアレルゲンとして認識することが知られている。従って、本実施形態に係る大豆由来組成物は、β-コングリシニンを実質的に含有しないことから、低アレルゲン飲食品又は低アレルゲン食品素材としても使用することができる。
【0029】
〔2.大豆由来組成物の製造方法〕
本実施形態に係る大豆由来組成物の製造方法は、大豆に水を加えて懸濁液を得る懸濁液調製工程と、前記懸濁液をプロテアーゼで処理する酵素処理工程Aを少なくとも備える。また、本実施形態に係る大豆由来組成物の製造方法は、酵素処理工程B、遠心分離工程C、殺菌処理工程及び/又は添加工程を更に備えていてもよい。以下、各工程について説明する。
【0030】
(懸濁液調製工程)
懸濁液調製工程は、大豆に水を加えて懸濁液を得る工程である。懸濁液調製工程は、例えば、大豆に水(好ましくは加温水)を加えたものを、市販のミキサー等を用いて磨砕することで実施することができる。本発明者らは、後述の実施例2及び3に記載されているように、懸濁液からの脂質回収率が市販の豆乳からの脂質回収率と比較して高いことを新たに見出している。したがって、本工程の実施により、大豆から脂質を効率的に回収することができる。なお、必要に応じて、ろ過等により上記得られた懸濁液中の繊維質を除去してもよい。
【0031】
懸濁液調製工程において、大豆に加水した後磨砕する前に浸漬しておくことが好ましい。これにより、大豆からの脂質回収率がより向上する。浸漬温度は、気温、大豆の含水率等に応じて適宜調節することができ、例えば、40~90℃としてもよく、大豆からの脂質回収率をより一層向上させることができるから、60~70℃とすることが好ましい。浸漬時間は、浸漬温度、大豆の含水率等に応じて適宜調節することができ、例えば、90~180分間とすることができる。
【0032】
懸濁液調製工程で用いる大豆は、未処理大豆又は脱皮処理した大豆のいずれを用いてもよいが、得られる大豆由来組成物の食感をなめらかなものとする観点からは、脱皮処理した大豆を用いることが好ましい。また、大豆の品種としては特に制限なく、あらゆる品種の大豆を用いることができる。
【0033】
(酵素処理工程A)
酵素処理工程Aは、上記懸濁液調製工程で得られた懸濁液をプロテアーゼで処理して脂質含有画分Aを得る工程である。酵素処理工程Aは、具体的には、懸濁液にプロテアーゼを添加して、懸濁液中に含まれるタンパク質又はペプチド鎖を加水分解することで実施することができる。本工程の実施により、懸濁液中の脂質が濃縮された脂質含有画分として分離しやすくなり、大豆由来組成物の脂質含量を高めることが可能となる。なお、酵素処理工程Aでは、上記懸濁液調製工程で得られた懸濁液に代えて、豆乳を用いてもよい。すなわち、「豆乳をプロテアーゼで処理して脂質含有画分Aを得る酵素処理工程Aを備える、大豆由来組成物の製造方法」も本実施形態に含まれる。ここで「豆乳」とは、大豆から熱水等により蛋白質その他の成分を溶出させ、繊維質を除去して得られる乳状の飲料を意味する。豆乳としては、市販のものを用いることもできる。
【0034】
酵素処理工程Aでは、用いるプロテアーゼの種類、酵素活性等を調節することで、異なる形態の脂質含有画分Aを得ることができる。例えば、酵素活性が比較的強いプロテアーゼを使用した場合、タンパク質の加水分解により懸濁液中の脂質が分離して浮上するため、浮上層を脂質含有画分Aとして回収することができる。一方、酵素活性が比較的弱いプロテアーゼを使用した場合、一部加水分解を受けたタンパク質が疎水結合することにより懸濁液中の脂質と凝集し沈殿するため、沈殿層を脂質含有画分Aとして回収することができる。
【0035】
酵素処理工程Aで用いるプロテアーゼとしては、例えば、パパイン(パパイン W-40(天野エンザイム株式会社製)、スミチームS(新日本化学工業株式会社製))、ブロメライン(ブロメライン F(天野エンザイム株式会社製))等の植物由来のプロテアーゼ;Bacillus属由来のプロテアーゼ(プロチンNY100(天野エンザイム株式会社製))等の細菌由来のプロテアーゼが挙げられる。プロテアーゼは、1種を単独で使用してもよく、複数種を併用してもよい。プロテアーゼの中でも、脂質濃縮効果に優れることから、植物由来のプロテアーゼが好ましい。また、プロテアーゼはタンパク質又はペプチド鎖の配列末端から1乃至2個のアミノ酸残基を切断するエキソ型とタンパク質又はペプチド鎖の配列内部を切断するエンド型に分類されるが、脂質濃縮効果に優れることから、エンド型のプロテアーゼが好ましい。酵素処理工程Aでは、必要に応じて、プロテアーゼ以外の酵素を更に添加してもよい。
【0036】
プロテアーゼの添加量は、使用するプロテアーゼの種類等に応じて適宜調節することができる。浮上層を脂質含有画分Aとして回収する場合、プロテアーゼの添加量は、例えば、懸濁液1gに対して10ppm~100ppmとしてもよい。また、沈殿層を脂質含有画分Aとして回収する場合、プロテアーゼの添加量は、例えば、懸濁液1gに対して100ppm~3000ppmとしてもよい。
【0037】
酵素処理工程Aにおける懸濁液の処理温度及び処理時間は、使用するプロテアーゼの種類及び添加量等に応じて適宜調節することができ、例えば、50~70℃で30~120分間とすることができる。
【0038】
酵素処理工程A後に、必要に応じて脂質含有画分A中のプロテアーゼを加熱等することにより失活させてもよい。加熱温度及び加熱時間は、プロテアーゼの種類に応じて適宜調節することができ、例えば、70~100℃で10~120分間とすることができる。また、酵素処理工程A後に、必要に応じて遠心分離等により脂質含有画分Aを洗浄してもよい。
【0039】
(酵素処理工程B)
酵素処理工程Bは、上記脂質含有画分Aをエキソペプチダーゼで処理して脂質含有画分Bを得る工程である。酵素処理工程Bは、具体的には、上記脂質含有画分Aにエキソペプチダーゼを添加して、脂質含有画分A中に含まれるペプチド鎖の末端付近を加水分解することで実施することができる。上記脂質含有画分Aには、酵素処理工程Aにおけるプロテアーゼ処理により生成した、主に疎水性アミノ酸を末端に有するペプチド(苦味ペプチド)が含まれているため、苦味を強く感じるという課題が本発明者らによって見出された。しかしながら、酵素処理工程A後に本工程を実施することにより、脂質含有画分A中の苦味ペプチドが分解されて、大豆由来組成物の苦味を低減することができる。
【0040】
酵素処理工程Bで用いるエキソペプチダーゼとしては、例えば、スミチームFLAP(新日本化学工業株式会社製)、スミチームACP-G(新日本化学工業株式会社製)、プロテアーゼM「アマノ」SD(天野エンザイム株式会社製)、Maxipro CPP(DSM社製)等のAspergillus属由来のエキソペプチダーゼを用いることができる。エキソペプチダーゼは、1種を単独で使用してもよく、複数種を併用してもよい。なお、酵素処理工程Bでは、苦味ペプチドを効率的に分解する観点からはエキソペプチダーゼのみを用いることが好ましいが、エキソペプチダーゼとエンドペプチダーゼの混合物を用いてもよい。
【0041】
エキソペプチダーゼの添加量は、使用するエキソペプチダーゼの種類等に応じて適宜調節することができる。エキソペプチダーゼの添加量は、例えば、脂質含有画分Aを等倍調整した液に対して500ppm~3000ppmとしてもよい。
【0042】
酵素処理工程Bにおける脂質含有画分Aの処理温度及び処理時間は、使用するエキソペプチダーゼの種類及び添加量等に応じて適宜調節することができるが、例えば、50~70℃で30~120分間とすることができる。
【0043】
酵素処理工程B後に、必要に応じて脂質含有画分B中のエキソペプチダーゼを加熱等することにより失活させてもよい。加熱温度及び加熱時間は、エキソペプチダーゼの種類に応じて適宜調節することができ、例えば、70~100℃で10~120分間とすることができる。また、酵素処理工程B後に、必要に応じて遠心分離等により脂質含有画分Bを洗浄してもよい。
【0044】
(遠心分離工程C)
遠心分離工程Cは、上記脂質含有画分Bを0~10℃で遠心分離して脂質含有画分Cを得る工程である。本工程の実施により、脂質含有画分Bから酵素処理工程Bで分離されなかった苦味ペプチド含有画分(浮上層及び中間層)が分離して、より一層苦味が低減された脂質含有画分C(沈殿層)を大豆由来組成物として得ることができる。なお、必要に応じて、脂質含有画分Bに水を加えたものを遠心処理工程Cに付してもよい。また、遠心分離工程Cは1~複数回実施することができる。
【0045】
遠心分離工程Cにおける温度は0~10℃であればよいが、脂質含有画分Bと苦味ペプチド含有画分の分離を促進して、苦味をより一層低減させる観点から、4~7℃であることが好ましい。遠心分離工程Cにおける回転速度及び時間は適宜調節することができ、例えば、2000~4000rpmで5~30分間とすることができる。
【0046】
(殺菌処理工程)
殺菌処理工程は、上記酵素処理工程A、酵素処理工程B又は遠心分離工程Cを経て得られた脂質含有画分を殺菌処理する工程である。当該脂質含有画分はそのまま大豆由来組成物として利用可能であるが、これを更に殺菌処理することで、大豆由来組成物の劣化を抑制することができる。殺菌処理としては、スチームインジェクション処理等を適用することができる。
【0047】
(添加工程)
添加工程は、上記酵素処理工程A、酵素処理工程B又は遠心分離工程Cを経て得られた脂質含有画分に添加剤を加える工程である。本実施形態に係る大豆由来組成物の製造方法が殺菌処理工程を含む場合、添加工程は殺菌処理工程の前に行うことが好ましい。添加工程で用いる添加剤としては、例えば、甘味料、香料、酸味料、酸化防止剤、乳化剤、ミネラル、糖類、油脂、果汁、野菜汁等が挙げられる。
【実施例】
【0048】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0049】
〔試験例1:大豆由来組成物の製造及び評価(1)〕
市販の豆乳(商品名:おいしい無調整豆乳、キッコーマン株式会社製)にパパイン W-40(天野エンザイム株式会社製)を1000ppmの濃度となるように添加して混合し、60℃で60分間酵素処理を行った。得られた酵素処理物を100℃で10分間加熱した後、20℃に冷却し、遠心分離して(3000rpm、20℃、10分間)、実施例1の大豆由来組成物(脂質含有画分A、浮上層)を得た。
【0050】
上記実施例1の脂質含有画分Aを凍結乾燥し、得られた乾物について、当該乾物あたりの脂質含量をクロロホルム・メタノール混液抽出法により測定した。原料として用いた豆乳の乾物あたりの脂質含量についてもそれぞれ同様に測定した。結果を表1に示す。
【0051】
【0052】
酵素処理工程Aを実施して得られた実施例1の脂質含有画分Aは、豆乳中の脂質が濃縮されることにより脂質含量が高められていることが確認された。
【0053】
また、上記実施例1の脂質含有画分Aと市販の豆乳クリーム(商品名:濃久里夢(こくりーむ)、不二製油株式会社製)の油脂感について、2名で官能評価を実施した。その結果、2名とも、実施例1の脂質含有画分Aの方が、油脂感が強いと感じた。
【0054】
〔試験例2:大豆由来組成物の調製及び評価(2)〕
(実施例2の大豆由来組成物の調製)
豆乳(商品名:おいしい無調整豆乳、キッコーマン株式会社製)にパパイン W-40(天野エンザイム株式会社製)を1000ppmの濃度となるように添加して混合し、60℃で60分間酵素処理を行った。得られた酵素処理物を100℃で10分間加熱した後、室温に冷却し、さらに遠心分離して(3000rpm、20℃、10分間)、脂質含有画分A(浮上層)を得た。
上記脂質含有画分Aに加水し、スミチームFLAP(新日本化学工業株式会社製)及びMaxipro CPP(DSM社製)をそれぞれ1000ppmの濃度となるように添加して混合し、50℃で60分間酵素処理を行った。得られた酵素処理物を100℃で10分間加熱した後、室温に冷却し、さらに遠心分離して(3000rpm、20℃、10分間)、脂質含有画分B(上層及び中間層)を得た。
上記脂質含有画分Bを遠心分離して(3000rpm、4℃、10分間)沈殿層を回収した後、さらに加水して遠心分離して(3000rpm、4℃、10分間)、実施例2の大豆由来組成物(脂質含有画分C、沈殿層)を得た。
【0055】
(実施例3の大豆由来組成物の調製)
脱皮処理した大豆(120g)を60℃の水(480g)に1.5~3時間浸漬した。浸漬した脱皮大豆をミキサー(商品名:ワーリングブレンダー7012S型(WARING社製);ダイヤル1~4)で10分間攪拌・混合した後、吸引ろ過して懸濁液を得た。
上記懸濁液にパパイン W-40(天野エンザイム株式会社製)を1000ppmの濃度となるように添加して混合し、60℃で60分間酵素処理を行った。得られた酵素処理物を85℃で60分間加熱した後、氷冷し、遠心分離して(3000rpm、4℃、10分間)、脂質含有画分A(浮上層)を得た。
上記脂質含有画分Aに加水し、スミチームFLAP(新日本化学工業株式会社製)及びMaxipro CPP(DSM社製)をそれぞれ1000質量ppmの濃度となるように添加して混合し、50℃で60分間酵素処理を行った。得られた酵素処理物を85℃で60分間加熱した後、室温に冷却し、さらに遠心分離して(3000rpm、30±10℃、10分間)、脂質含有画分B(上層及び中間層)を得た。
上記脂質含有画分Bに加水した後、遠心分離して(3000rpm、4℃、10分間)、実施例3の大豆由来組成物(脂質含有画分C、沈殿層)を得た。
【0056】
(実施例4の大豆由来組成物の調製)
50℃に調温した豆乳(商品名:おいしい無調整豆乳、キッコーマン株式会社製)にプロチンNY10(天野エンザイム株式会社製)を100ppm、スミチームBNP(新日本化学工業株式会社製)を50ppm、ペプチダーゼR(新日本化学工業株式会社製)を100ppm、及びスミチームPHY(新日本化学工業株式会社製)を100ppmの濃度となるようにそれぞれ添加し、さらに硫酸カルシウムを10mmolの濃度になるように添加して混合し、50℃で20分間酵素処理を行った。得られた酵素処理物を100℃で10分間加熱した後、氷冷し、さらに遠心分離して(3000rpm、4℃、10分間)、実施例4の大豆由来組成物(脂質含有画分A、沈殿層)を得た。
【0057】
(大豆由来組成物の評価1:脂質含量及び脂質回収率)
上記実施例2及び3の脂質含有画分C、並びに実施例4の脂質含有画分Aを凍結乾燥し、得られた乾物について、当該乾物あたりの脂質含量をクロロホルム・メタノール混液抽出法によりそれぞれ測定した。また、測定された脂質含量から、豆乳又は懸濁液からの脂質回収率を以下の式を用いて算出した。市販の豆乳クリーム(商品名:濃久里夢(こくりーむ)、不二製油株式会社製)の乾物あたりの脂質含量についても同様に測定した。結果を表2に示す。
豆乳又は懸濁液からの脂質回収率(%)=(脂質含有画分を凍結乾燥して得られた乾物中の脂質量(g)/豆乳又は懸濁液中の脂質量(g))×100
【0058】
【0059】
酵素処理工程Aを実施して得られた実施例2及び3の大豆由来組成物は、市販の豆乳クリームと比較して脂質含量が高く、特に豆乳を原料として用いている実施例2の大豆由来組成物では、脂質含量が80質量%を超えるものであった。また、大豆に加水して調製した懸濁液を用いている実施例3の大豆由来組成物は、豆乳を原料として用いている実施例2の大豆由来組成物と比較して脂質回収率が約3倍高く、大豆から脂質を効率的に回収できることが確認された。
【0060】
(大豆由来組成物の評価2:苦味の官能評価)
上記実施例2の脂質含有画分A、B及びC、並びに上記実施例3の脂質含有画分A、B及びCの苦味について、2名で官能評価を行った。官能評価は、4段階(1:苦味を感じない、2:やや苦味を感じる、3:苦味を感じる、4:苦味を強く感じる)で、実施例2の脂質含有画分Aの苦味を「4」とする基準にて行った。結果を表3に示す。なお、表3には2名のパネルによって合意した評価を記載した。
【0061】
【0062】
酵素処理工程Bを実施することにより苦味が低減し、さらに遠心分離工程Cを実施することで、苦味をより一層低減できることが確認された。
【0063】
(大豆由来組成物の評価3:タンパク質の分析)
上記実施例3で得られた懸濁液及び脂質含有画分C、上記実施例4で得られた脂質含有画分A、並びに上記市販の豆乳クリームに含まれるタンパク質について、以下の手順に従ってSDS-PAGE及びウェスタンブロッティングによる分析を行った。
【0064】
(1)SDS-PAGE
実施例3で得られた懸濁液及び脂質含有画分C、実施例4で得られた脂質含有画分A、並びに市販の豆乳クリームを凍結乾燥して得られた各サンプル粉末に、タンパク質濃度が22質量%となるように50mM Tris-HCL Buffer(pH8.5)を加え、各サンプル粉末を溶解させることで各サンプル液を調製した。得られたサンプル液(26μL)、NuPAGE LDS Sample Buffer(4×)(10μL、Invitrogen社製)及びNuPAGE Reducing Agent(10×)(4μL、Invitrogen社製)を混合した後、100℃で3分間加熱した。得られた各混合物について、泳動ゲルとしてNuPAGE 4-12% Bis-Tris Protein Gels(1.0mm、12-well)(Invitrogen社製)、泳動バッファーとしてNuPAGE MES SDS Running Bufferをそれぞれ用い、200V(定電圧)の条件で電気泳動を行った。検出は、染色液(Imperial Proteins Stain(Thermo Fisher Scientific社製))を使用することで行った。
SDS-PAGEによる分析結果を
図1(a)に示す。
【0065】
(2)ウェスタンブロッティング
上記SDS-PAGEで分離させたタンパク質を、転写装置としてTrans-Blot SD Semi-Dry Transfer Cell(Bio-Rad社製)、転写バッファーとしてBjerrum Schafer-Nielsen Bufferをそれぞれ用い、セミドライ方式にて15V、60分間の条件でメンブレン(Amersham Hybond P PVDF、GEヘルスケア社製)に転写した。メンブレンを60分間ブロッキング処理した後、酵素標識抗体(FASPEKエライザII大豆、森永生科学研究所製)を用いて2時間抗原抗体反応を行った。検出は、検出試薬としてAmersham ECL Select WesternBlotting Detection Reagent(GEヘルスケア社製)を、検出装置としてChemiDoc XRS+(Bio-Rad社製)をそれぞれ用い、化学発光法にて行った。
ウェスタンブロッティングによる分析結果を
図1(b)に示す。
【0066】
SDS-PAGEによる分析の結果、実施例3の懸濁液及び市販の豆乳クリームではβ-コングリシニン及びグリシニンが検出された一方(
図1(a)の2レーン及び4レーン)、実施例3の脂質含有画分Cではβ-コングリシニン及びグリシニンが検出されなかった(
図1(a)の3レーン)。また、ウェスタンブロッティングによる分析の結果、実施例3の懸濁液及び市販の豆乳クリームではβ-コングリシニンが検出された一方(
図1(b)の2レーン及び4レーン)、実施例3の脂質含有画分Cではβ-コングリシニンが検出されなかった(
図1(b)の3レーン)。
【0067】
以上より、本発明に係る実施例3の大豆由来組成物(脂質含有画分C)は、β-コングリシニン及びグリシニンを実質的に含有しないことが確認された。
【0068】
〔試験例3:各種プロテアーゼによる脂質濃縮効果〕
豆乳(商品名:おいしい無調整豆乳、キッコーマン株式会社製)に下記表4に記載の各プロテアーゼを1000ppmの濃度となるように添加して混合し、下記表4に記載の条件で酵素処理を行った。得られた酵素処理物を100℃で10分間加熱した後、20℃に冷却し、遠心分離した(3000rpm、20℃、10分間)。遠心分離後の処理物全体に対する脂質含有画分A(浮上層)の体積比を算出した。結果を表4に示す。
【0069】
【0070】
表4に記載のいずれのプロテアーゼを用いた場合においても、脂質含有画分が8~20%の体積比で生成し、各種プロテアーゼによる脂質濃縮効果が確認された。