IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社HIROTSUバイオサイエンスの特許一覧

<>
  • 特許-匂い物質の検出方法 図1
  • 特許-匂い物質の検出方法 図2
  • 特許-匂い物質の検出方法 図3
  • 特許-匂い物質の検出方法 図4
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-19
(45)【発行日】2022-05-27
(54)【発明の名称】匂い物質の検出方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/497 20060101AFI20220520BHJP
   A01P 19/00 20060101ALI20220520BHJP
   A01P 5/00 20060101ALI20220520BHJP
   A01P 17/00 20060101ALI20220520BHJP
   A01N 31/02 20060101ALI20220520BHJP
   A01N 31/14 20060101ALI20220520BHJP
   A01N 35/02 20060101ALI20220520BHJP
   A01N 37/02 20060101ALI20220520BHJP
   A01N 37/10 20060101ALI20220520BHJP
   G01N 33/00 20060101ALI20220520BHJP
   A01M 1/02 20060101ALI20220520BHJP
   A01M 29/34 20110101ALI20220520BHJP
   A01M 1/00 20060101ALI20220520BHJP
【FI】
G01N33/497 D
A01P19/00
A01P5/00
A01P17/00
A01N31/02
A01N31/14
A01N35/02
A01N37/02
A01N37/10
G01N33/00 C
A01M1/02 A
A01M29/34
A01M1/00 Q
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2017231835
(22)【出願日】2017-12-01
(65)【公開番号】P2018091849
(43)【公開日】2018-06-14
【審査請求日】2020-11-18
(31)【優先権主張番号】62/428,797
(32)【優先日】2016-12-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】516266031
【氏名又は名称】株式会社HIROTSUバイオサイエンス
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100120134
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 規雄
(74)【代理人】
【識別番号】100104282
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 康仁
(72)【発明者】
【氏名】広津 崇亮
【審査官】小澤 理
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/088039(WO,A1)
【文献】特開昭61-122201(JP,A)
【文献】国際公開第2013/180292(WO,A1)
【文献】渡辺博恭,マツノザイセンチュウ誘引物質と松枯れ抵抗性,化学と生物,1982年,Vol.20, No.2,p.123-125
【文献】広津崇亮,線虫を用いたがん診断,生体の科学,2016年,Vol.67, No.2,p.178-183
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48 - 33/98
A01M 1/00 ー 99/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
デカノール、リナロール、1-オクタノール、ベンズアルデヒド、シンナムアルデヒド、オクタナール、トランス-2-ヘキセナール、メチルアミルケトン、シトロネロール、ゲラニオール、ヘキサン酸アリル、酢酸ベンジル、ヘキサン酸エチル及びサリチル酸メチルのうち少なくとも1つを、松に適用することを特徴とする、マツノザイセンチュウのShimabara株のトラップ方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法によりトラップされたマツノザイセンチュウのShimabara株を駆除処理することを特徴とする、マツノザイセンチュウのShimabara株の駆除方法。
【請求項3】
guaiacol、2-ノナノン及びイソ吉草酸イソアミルのうち少なくとも1つを、松に適用することを特徴とする、マツノザイセンチュウのS10株の感染防止方法。
【請求項4】
guaiacol、2-ノナノン及びイソ吉草酸イソアミルのうち少なくとも1つを、松に適用してマツノザイセンチュウのS10株を松の外に忌避させ、忌避したマツノザイセンチュウのS10株を駆除処理することを特徴とする、マツノザイセンチュウのS10株の駆除方法。
【請求項5】
デカノール、リナロール、1-オクタノール、ベンズアルデヒド、シンナムアルデヒド、オクタナール、トランス-2-ヘキセナール、メチルアミルケトン、シトロネロール、ゲラニオール、ヘキサン酸アリル、酢酸ベンジル、ヘキサン酸エチル及びサリチル酸メチルのうち少なくとも1つを含む、マツノザイセンチュウのShimabara株のトラップ剤。
【請求項6】
guaiacol、2-ノナノン及びイソ吉草酸イソアミルのうち少なくとも1つを含む、マツノザイセンチュウのS10株の忌避剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、匂い物質の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マツ材線虫病(pine wilt disease:PWD)は、東アジアとヨーロッパの国々、特に日本やポルトガル、中国、韓国のPinus species(松)に対して引き起こされる深刻な病気(感染症)であり(Jianghua, 2005(非特許文献1); Kiyohara and Tokushige, 1971(非特許文献2); Manuel et al., 1999(非特許文献3); Moon, et al., 2013(非特許文献4))、マツ材線形動物であるマツノザイセンチュウ(Bursaphelenchus xylophilus(Steiner and Buhrer)Nickle)により引き起こされることが知られている。
マツノザイセンチュウは、北アメリカ諸国原産であるが(Dwinell and Nickle, 1989(非特許文献5); Dwinell, 1993(非特許文献6))、原産国では害を与えない(Linit, 1988(非特許文献7))。しかし、マツノザイセンチュウはアカマツ、クロマツ、リュウキュウマツ、タイワンアカマツ、チョウセンゴヨウなどの、アジア又はヨーロッパの松に対して病原性を持つ (Kwon et al., 2006(非特許文献8); Mamiya, 1988(非特許文献9); Niu et al., 2012(非特許文献10); Yun et al., 2012(非特許文献11))。
マツ材線虫病は松の森林で致命的な害を引き起こすが、この病気に対抗する効果的なツールは無い。
【0003】
走性はマツノザイセンチュウが宿主を探すための重要な役割を果たす(Aikawa 2008(非特許文献12))。マツノザイセンチュウは、瀕死または死んだ木から害を受けていない松の木に移る必要があり、そのためにマツノマダラカミキリ(genus Monochamus)を必要とする。マツノザイセンチュウの分散型第3期幼虫は、第4期幼虫へ発生し、マツノマダラカミキリのさなぎのまわりに集合し、空気孔を通して成体の気管の中に入る(Aikawa, 2008(非特許文献12))。過去の研究では、マツノザイセンチュウのLIV形成が脂肪酸エチルエステルにより誘導され、その構造がマツノマダラカミキリの表皮に存在することが示された(Zhao et al., 2013(非特許文献13))。これはマツノザイセンチュウがマツノマダラカミキリを見つけ、瀕死または死んだ木から逃げるために化学走性を使うことを示唆する。加えて、マツノザイセンチュウは松の合成物であるα-ピネン、β-ピネン、longifoleneへ強く誘引されることが報告されている(Yun et al., 2012(非特許文献11))。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Jianghua, S. (2005) Forest invasive species: country report -people’s republic of China. In the unwelcome guets, Proceeding of the Asia, 80-86.
【文献】Kiyohara, T. and Tokushige,Y. (1971) Inoculation experiments of a nematode, Bursaphelenchus Sp., onto pine trees. JOURNAL OF THE JAPANESE FORESTRY SOCIETY, 53
【文献】Manuel, M. M. Helen, B. Maria, A. B. Ana, C. P. Wolfgang, B. Kai, M. and Edmundo, S. (1999) First report of Bursaphelenchus Xylophilus in Portugal and in Europe. Nematology 1, 727-34.
【文献】Moon, Y. S. Joung, A. S. and Chan, S. J. (2013) Morphometric variation in pine wood nematodes, Bursaphelenchus Xylophilus and B. Mucronatus, isolated from multiple locations in South Korea. The Plant Pathology Journal 29(3), 344-49.
【文献】Dwinell, L. D. and Nickle W. R. (1989) An overview of the pine wood nematode ban in North America. United States Department of Agriculture (USDA): Washington, D. C., 1989; USDA Forest Service General Technical Report SE-55
【文献】Dwinell, L. D. (1993) First report of pinewood nematode (Bursaphelenchus Xylophilus) in Mexico. Plant Disease, 846.
【文献】Linit, M. J. (1988) Nematode-vector relationships in the pine wilt disease system. Journal of nematology 20(2), 227-35.
【文献】Kwon, T. S. Lim, J. H. Sim, S. J. Kwon, Y. D. Son, S. K. Lee, K. Y. Kim, Y. T. Park, J. W. Shin, C. H. Ryu, S. B. Lee, C. K. Shin, S. C. Chung, Y. J. and Park, Y. S. (2006) Distribution patterns of Monochamus alternatus and M. Saltuarius (Coleoptera: Cerambycidae) in Korea. Journal of Korean Forest Society 95(5), 543-50.
【文献】Mamiya, Y. (1988) History of Pine Wilt Disease in Japan. Journal of nematology 20(2), 219-26.
【文献】Niu, H. Zhao, L. Lu, M. Zhang, S. and Sun, J (2012) The ratio and concentration of two monoterpenes mediate fecundity of the pinewood nematode and growth of its associated Fungi. PLoS ONE 7(2),e31716
【文献】Yun, J. E. Kim, J. and Park, C. G. (2012) Rapid diagnosis of the infection of pine tree with pine wood nematode (Bursaphelenchus Xylophilus) by use of host-tree volatiles. Journal of Agricultural and Food Chemistry 60(30), 7392-97.
【文献】Aikawa, T. (2008) Pine wilt disease transmission biology of Bursaphelenchus Xylophilus in relation to its insect vector, 123-124.
【文献】Zhao, L. Zhang, S. Wei, W. Hao, H. Zhang, B. Butcher, R. A. and Sun, J. (2013) Chemical signals synchronize the life cycles of a plant-parasitic nematode and its vector beetle. Current Biology 23, 2038-2043.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、マツノザイセンチュウの非松材合成物への嗅覚応答はテストされていない。
そこで本発明は、匂い物質の検出法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、線形動物の嗅覚応答を解析することにより、線形動物に対して誘因又は忌避作用を有する匂い物質を検出することに成功し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は以下の通りである。
(1)被検物質と線形動物とを用いて線形動物の走性をアッセイし、線形動物の嗅覚応答を解析することを特徴とする匂い物質の検出方法。
(2)線形動物がマツノザイセンチュウである(1)に記載の方法。
(3)走性インデックスを測定する、(1)に記載の方法。
(4)走性インデックスが正の値のときは、匂い物質への誘引を示す、(3)に記載の方法。
(5)走性インデックスが負の値のときは、匂い物質への忌避を示す、(3)に記載の方法。
(6)(1)~(4)のいずれか1項に記載の方法により検出された、匂い物質に対し誘引行動を示した物質を、松に適用することを特徴とする、マツノザイセンチュウのトラップ方法。
(7)(6)に記載の方法によりトラップされたマツノザイセンチュウを駆除処理することを特徴とする、マツノザイセンチュウの駆除方法。
(8)(1)~(3)及び(5)のいずれか1項に記載の方法により検出された、匂い物質に対し忌避行動を示した物質を、松に適用することを特徴とする、マツノザイセンチュウの感染防止方法。
(9)(1)~(3)及び(5)のいずれか1項に記載の方法により検出された、匂い物質に対し忌避行動を示した物質を、松に適用してマツノザイセンチュウを松の外に忌避させ、忌避したマツノザイセンチュウを駆除処理することを特徴とする、マツノザイセンチュウの駆除方法。
(10)(1)~(4)のいずれか1項に記載の方法により検出された、匂い物質に対し誘引行動を示した物質を含む、マツノザイセンチュウのトラップ剤。
(11)(1)~(3)及び(5)のいずれか1項に記載の方法により検出された、匂い物質に対し忌避行動を示した物質を含む、マツノザイセンチュウの忌避剤。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、線形動物に対して誘因又は忌避作用を有する匂い物質を検出することが可能となった。マツノザイセンチュウが忌避行動を示した物質は、松の防御剤、すなわちマツノザイセンチュウの忌避剤として利用でき、他方、匂い物質に対し誘引行動を示した物質は、マツノザイセンチュウをトラップするためのトラップ剤として利用できる
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】線虫の行動解析に使用するアガープレートの図である。 9 cmアッセイプレートの一方端に匂い物質を、当該プレートの中央付近に洗浄後の線虫を置いた。アジ化ナトリウム(NaN3)は線虫を麻痺させるために使用した。1時間後に領域A、B又はCにおける線虫の数をカウントし、以下の式により走性インデックスを計算した。 (A-B) / (A+B+C) 走性インデックスは+1.0 から -1.0の間である。正の値は匂い物質への誘引を示し、負の値は忌避を表す。
図2】誘引性の匂いに対するShimabaraの行動応答を示す図である。 アッセイは図1に示す通りに行い、1μlの希釈していない誘引物質(geraniol)又は希釈した誘引物質(その他)を存在させた。コントロールとして、溶媒に使用したエタノールをプレートの一方端にスポットした。全ての匂い物質はコントロールと著しく異なる走性インデックスを示した(P < 0.05, Dunnett’s test, N = 3-4)。エラーバーはS.E.Mを示す。
図3】不快な匂いに対する線虫の行動応答を示す図である。 希釈した匂い物質(10-2)を使用して、図1に示されたようにアッセイを行った。コントロールとして、溶媒に使用したエタノールをプレートの一方端にスポットした。全ての匂い物質はコントロールと著しく異なる走性インデックスを示す(P < 0.05, Dunnett’s test, N = 3-4)。エラーバーはS.E.Mを示す。
図4】ShimabaraとS10が匂い物質に対し異なる行動応答を示す図である。 白色バーはS10を示し、黒色バーはShimabaraを示す。2種類のマツノザイセンチュウは、希釈していない3-メチル-1-ブタノール、及び他の4つの希釈した匂い物質(10-2)に異なる行動応答を示す(P < 0.05, Mann-Whitney U test, N = 3-4)。エラーバーはS.E.Mを示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を詳細に説明する。以下の実施の形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明をこの実施の形態にのみ限定する趣旨ではない。本発明は、その要旨を逸脱しない限り、さまざまな形態で実施をすることができる。
【0011】
本発明者は、単離したマツノザイセンチュウ株であるShimabara及びS10において、53種の匂い物質に対する嗅覚応答を解析した。その結果、本発明者は、Shimabaraが14種の匂い物質に引き寄せられることを見出した。これら14種の匂い物質のうち、1-オクタノールはShimabaraを強く引き寄せた。一方、S10は53種の匂い物質に誘引行動を示さないが、イソ吉草酸イソアミルに対して強い忌避行動を示した。また、Guaiacol及び2-ノナノンも、S10に不快感を与えた。
それらの結果は、マツノザイセンチュウの単離株による匂い選択性の違いを示す。
【0012】
前記の通り、マツ材線虫病は東アジアとヨーロッパ諸国で松に深刻なダメージを与える。マツ材線虫病はマツノザイセンチュウにより引き起こされるが、病気を予防する効果的なツールは存在しない。過去の研究では、走性はマツノザイセンチュウが宿主を探すために重要であると明らかにされた。ここで、本発明者単離した2種のマツノザイセンチュウ株(Shimabara及びS10)を用いて、53種の匂い物質に対する嗅覚応答を試験した。
その結果、Shimabaraが14種の匂い物質に誘引され、そのうち、1-オクタノールが最も強く誘引することを示した。一方、S10は53種の匂い物質に誘引行動を示したが、S10はイソ吉草酸イソアミル、guaiacol、2-ノナノンに強い忌避を示した。
これらの結果は、単離されたマツノザイセンチュウの間に匂い物質の好みにおける遺伝的バリエーションが存在することを示唆する。
但し、本発明に適用可能なセンチュウは、上記2種のマツノザイセンチュウ株(Shimabara及びS10)に限定されるものではなく、他の線形動物にも適用可能である。他の線形動物としては、ダイズシストセンチュウ、ネグサレセンチュウ、ネコブセンチュウなどの農業害虫などが挙げられる。
【0013】
本発明において、匂い物質に対し誘引行動を示した物質は、マツノザイセンチュウを駆除するためのトラップとして使用することができる。例えば、匂い物質に対し誘因行動を示した物質を、松の幹に塗布するか、又は土中等に埋めておいて、マツノザイセンチュウを当該物質におびき寄せる。マツノザイセンチュウが集まったところで駆除処理することにより、マツノザイセンチュウを殺傷する。これにより、マツノザイセンチュウの松への感染を防ぐことができる。誘因行動を示す物質としては、1-オクタノールであることが好ましい。また、駆除処理としては、殺虫剤による処理、焼却などが挙げられる。
【0014】
これに対し、匂い物質に対し忌避行動を示した物質は、マツノザイセンチュウの松への感染防止剤として使用することができる。例えば、匂い物質に対し忌避行動を示した物質を、松の幹に塗布するか、又は土中等に埋めておいて、マツノザイセンチュウが松に感染するのを回避させる。あるいは、匂い物質に対し忌避行動を示した物質を、松の幹内に注入する。松の幹内に存在していたマツノザイセンチュウが幹の外に逃げてきたところで捕獲又は駆除処理することにより、マツノザイセンチュウの松への感染を防ぐことができ、またマツノザイセンチュウを駆除することができる。匂い物質に対し忌避行動を示す物質としては、例えばイソ吉草酸イソアミル、グアイアコール、2-ノナノンなどが挙げられる。
匂い物質に対して誘因行動を示した物質、又は匂い物質に対して忌避行動を示した物質を松に適用する場合の用法、用量などは適宜設定することができ、特に限定されるものではない。
【0015】
実施例
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の範囲はこれらの実施例により限定されるものではない。
【実施例1】
【0016】
培養
単離されたマツノザイセンチュウを25℃でpotato dextroseアガー(PDA)上で培養し維持した。灰色かび病菌(Botrytis cinerea)を餌として使用した。本発明で使用したShimabara及びS10は、国立研究開発法人森林総合研究所(日本、つくば市)から得た。
【0017】
行動アッセイ
線虫を灰色かび病菌とともに6 cm PDAプレート上に置いて7日間培養した。プレートのカバー上にいる線虫は蒸留水と一緒に集め、70~100匹の線虫を9cm 2% INAアガーアッセイプレートの中央にスポットした。アッセイの直前に、1 μlの匂い物質及び0.5μlの1 Mアジ化ナトリウムを片側の2か所にスポットした。反対側は、アジ化ナトリウムのみをスポットした。匂い物質はT. Hasegawa Co., Ltdより入手した。
【0018】
被検匂い物質
3-メチル-1-ブタノール、ジアセチル、アセチルアセトン、2-ノナノン、ピラジン、ゲラニオール、シトロネロール、β-ピラジンの溶液は希釈せずに使い、他の匂い物質は1/100に希釈した。
【0019】
室温は25±1℃に維持した。アッセイプレートのフォーマットは図1に示した。領域A、B、C中の線虫の数は、試験開始1時間後に視覚的にカウントし、走性インデックスを以下の式により算出した。
走性インデックス= (A-B)/(A+B+C)
A、B及びCは、それぞれ対応する領域中の線虫の数を表す。
【0020】
結果と考察
本発明者は、マツノザイセンチュウ単離株2種を用いて、アルコール、フェノール、ケトンを含む53種の匂い物質に対する行動応答をテストした。Shimabaraはアルコール、エステル、アルデヒドを含む14種の匂い物質に引き付けられた(図2、表1)。Shimabaraは14種の匂い物質のうち1-オクタノールに最も強く誘引された。S10は53種の匂い物質に明確な誘引を示さず、guaniacol、2-ノナノン、イソ吉草酸イソアミルに忌避を示し(図3)、3種のうちイソ吉草酸イソアミルに対し最も強く忌避した。ShimabaraとS10の間にはオクタノール、3-メチル-1-ブタノール、オクタナール、ベンズアルデヒド、γ-ノナラクトンに対する嗅覚応答において顕著な違いがあり(図4)、共通の忌避または誘引物質は53種のテストした物質中に存在しなかった。
これらの結果は、2種の単離株が匂い物質に対し異なる嗜好性を持つことを示すものである。
【表1】

【0021】
S10株はShimabara株と同じく高い毒性を示す(Akiba et al., 2012)。北アメリカには2種の病原型グループの線虫が存在し、それらの病原性タイプのメスは異なる尾の末端形状を持つ。一つは円形の末端を持つR型であり、もう一つは微突形のM型である(Akiba et al., 2012)。S10とShimabaraは両方ともR型である(Akiba, 2006)。S10株は日本の島根県で枯れたアカマツから抽出された線虫から樹立され、Shimabaraは日本の長崎県で集められた。島根県は日本の本州に位置しており、一方、長崎県は九州に位置する。従って、S10とShimabaraの匂い物質に対する応答の違いは地理的隔離により生じたと考えられる。日本では、マツノザイセンチュウのリボソームDNAのinternal transcribed spacer配列は毒性と無毒性で異なる(Akiba, 2006; Iwahori et al., 1998)。従って、無毒の単離型での匂い物質に対する嗅覚応答はさらなるテストを必要とする。
【0022】
本発明において、本発明者は2段階の濃度(希釈しない物質及びエタノールで100倍希釈)のみで、匂いの選択性をテストした。但し、本発明においては匂い応答の濃度は他の濃度でも試験することができる。
【0023】
Caenorhabditis elegansは、希釈しない3-メチル-1-ブタノールに強い好みを示し、希釈しないベンズアルデヒドに忌避を示す(Bargmann et al., 1993)。しかし、マツノザイセンチュウはそれら両方の物質に選択性を示さない(表1)。C. elegansはLinalool、1-オクタノール、エチルhexanoateに対し、中立又は忌避を示すが(Bargmann et al.. 1993)、Shimabaraは誘引される。しかし、ノナノンはマツノザイセンチュウと C. elegansの両方で忌避される。従って、匂いへの嗅覚応答はマツノザイセンチュウとC. elegansの間で異なる。
【0024】
過去の研究において、韓国のマツノザイセンチュウは、松の木の生成物のひとつであるβ-ピネンに強い嗜好性を示すことが示されている(Yun et al.. 2012)。しかし、本発明者は、S10とShimabaraがβ-ピネンに引き寄せられないことを見出した(表1)。これは、マツノザイセンチュウが生息環境に依存して匂い物質への応答を変えることを示す。
【0025】
本発明においては、第一に匂い物質のパネルに対するマツノザイセンチュウの異なる単離株の匂い選択性をテストした。匂い選択性は、PWDの感染と拡大に関連していると考えられる。本発明の結果は、マツノザイセンチュウが忌避行動を示した物質は、松の防御剤、すなわちマツノザイセンチュウの忌避剤として利用でき、他方、匂い物質に対し誘引行動を示した物質は、マツノザイセンチュウをトラップするためのトラップ剤として利用できることを示す。
【0026】
<参考文献>
Aikawa, T. (2008) Pine wilt disease transmission biology of Bursaphelenchus Xylophilus in relation to its insect vector, 123-124.
Akiba, M. (2006) Diversity of pathogenicity and virulence in the pinewood nematode, Bursaphelenchus Xylophilus. Journal of The Japanese Forestry Society 5, 383-91.
---. (2012) Virulence of Bursaphelenchus Xylophilus isolated from naturally infested pine forests to five resistant families of Pinus Thunbergii. Plant Disease 96, 249-52.
Bargmann, C. I. Hartwieg, E. and Horvitz, H. R. (1993) Odorant-selective genes and neurons mediate olfaction in C. elegans. Cell 74, 515-27.
Dwinell, L. D. (1993) First report of pinewood nematode (Bursaphelenchus Xylophilus) in Mexico. Plant Disease, 846.
Dwinell, L. D. and Nickle W. R. (1989) An overview of the pine wood nematode ban in North America. United States Department of Agriculture (USDA): Washington, D. C., 1989; USDA Forest Service General Technical Report SE-55
Iwahori, H. Tsuda K. Kanzaki, N. Izui, K. and Futai, K. (1998) PCR-RFLP and sequencing analysis of ribosomal DNA of Bursaphelenchus nematodes related to pine wilt disease. Fundamental and Applied Nematology 21, 655-66.
Jianghua, S. (2005) Forest invasive species: country report -people’s republic of China. In the unwelcome guets, Proceeding of the Asia, 80-86.
Kiyohara, T. and Tokushige,Y. (1971) Inoculation experiments of a nematode, Bursaphelenchus Sp., onto pine trees. JOURNAL OF THE JAPANESE FORESTRY SOCIETY, 53
Kwon, T. S. Lim, J. H. Sim, S. J. Kwon, Y. D. Son, S. K. Lee, K. Y. Kim, Y. T. Park, J. W. Shin, C. H. Ryu, S. B. Lee, C. K. Shin, S. C. Chung, Y. J. and Park, Y. S. (2006) Distribution patterns of Monochamus alternatus and M. Saltuarius (Coleoptera: Cerambycidae) in Korea. Journal of Korean Forest Society 95(5), 543-50.
Linit, M. J. (1988) Nematode-vector relationships in the pine wilt disease system. Journal of nematology 20(2), 227-35.
Mamiya, Y. (1988) History of Pine Wilt Disease in Japan. Journal of nematology 20(2), 219-26.
Manuel, M. M. Helen, B. Maria, A. B. Ana, C. P. Wolfgang, B. Kai, M. and Edmundo, S. (1999) First report of Bursaphelenchus Xylophilus in Portugal and in Europe. Nematology 1, 727-34.
Moon, Y. S. Joung, A. S. and Chan, S. J. (2013) Morphometric variation in pine wood nematodes, Bursaphelenchus Xylophilus and B. Mucronatus, isolated from multiple locations in South Korea. The Plant Pathology Journal 29(3), 344-49.
Niu, H. Zhao, L. Lu, M. Zhang, S. and Sun, J (2012) The ratio and concentration of two monoterpenes mediate fecundity of the pinewood nematode and growth of its associated Fungi. PLoS ONE 7(2),e31716
Yun, J. E. Kim, J. and Park, C. G. (2012) Rapid diagnosis of the infection of pine tree with pine wood nematode (Bursaphelenchus Xylophilus) by use of host-tree volatiles. Journal of Agricultural and Food Chemistry 60(30), 7392-97.
Zhao, L. Zhang, S. Wei, W. Hao, H. Zhang, B. Butcher, R. A. and Sun, J. (2013) Chemical signals synchronize the life cycles of a plant-parasitic nematode and its vector beetle. Current Biology 23, 2038-2043.
図1
図2
図3
図4