(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-19
(45)【発行日】2022-05-27
(54)【発明の名称】析出硬化ステンレス鋼およびその製造
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20220520BHJP
C22C 38/52 20060101ALI20220520BHJP
C21D 6/00 20060101ALI20220520BHJP
C21D 1/06 20060101ALI20220520BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/52
C21D6/00 102T
C21D1/06 A
(21)【出願番号】P 2018563606
(86)(22)【出願日】2017-05-31
(86)【国際出願番号】 EP2017063194
(87)【国際公開番号】W WO2017207652
(87)【国際公開日】2017-12-07
【審査請求日】2020-04-02
(32)【優先日】2016-06-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】SE
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】518424017
【氏名又は名称】オヴァコ スウェーデン アーベー
(74)【代理人】
【識別番号】100165157
【氏名又は名称】芝 哲央
(74)【代理人】
【識別番号】100205659
【氏名又は名称】齋藤 拓也
(74)【代理人】
【識別番号】100126000
【氏名又は名称】岩池 満
(74)【代理人】
【識別番号】100185269
【氏名又は名称】小菅 一弘
(72)【発明者】
【氏名】アンデション ヤン-エリク
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-080656(JP,A)
【文献】特開2013-147698(JP,A)
【文献】特開2011-225913(JP,A)
【文献】特開昭62-020857(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 6/00
C21D 1/06
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
析出硬化ステンレス鋼であって、前記ステンレス鋼が重量%において以下のものを含み:
C:0.05~0.30重量%
Ni:9~10重量%
Mo:0.5~1.5重量%
Al:1.75~3重量%
Cr:10.5~13重量%
V:0.25~1.5重量%
Co:0~0.03重量%
Mn:0~0.5重量%
Si:0~0.3重量%
ここで窒素、酸素および硫黄の不純物が各々バルクにおいて30ppm以下に限定され、100重量%までの残りの部分は、Feおよび不純物元素であり、
ここで前記鋼が80重量%より多いかまたはこれに等しいマルテンサイト相を含み、残りの部分がオーステナイト相で構成され、ここで前記ステンレス鋼の組成がSchaeffler図式において形成される領域内にあり、当該図式が以下の方程式:
x軸上で重量%においてCr
eq=Cr+Mo+1.5×
Si
y軸上で重量%においてNi
eq=Ni+30×C+0.5×Mn
に基づき、
ここで前記Schaeffler図式の前記領域が重量%において11≦Cr
eq≦15.4および10.5≦Ni
eq≦15によって定義され、
さらに、AlおよびNiの量が、式(Ni/4)-0.5≦Al≦(Ni/4)+0.5を満たし、かつAlの量が前記式の結果1.75重量%より低いAlの量がもたらされる場合には1.75重量%であり、Alの量が前記式の結果3重量%を超えるAlの量がもたらされる場合には3重量%である、
析出硬化ステンレス鋼。
【請求項2】
Coの量が0.01重量%未満である、請求項1に記載の析出硬化ステンレス鋼。
【請求項3】
前記析出硬化ステンレス鋼がAlおよびNiを含む第1のタイプの析出物ならびにCr、MoおよびVからなる群から選択された少なくとも1種の炭化物を含む第2のタイプの析出物を含む、請求項1または2に記載の析出硬化ステンレス鋼。
【請求項4】
前記析出硬化ステンレス鋼が窒化される、請求項1~3のいずれか一項に記載の析出硬化ステンレス鋼。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の析出硬化ステンレス鋼の製造方法であって、前記析出硬化ステンレス鋼を510~530℃で1~8時間焼き戻してNiおよびAlを含む析出物を得ることを特徴とする、前記方法。
【請求項6】
前記析出硬化ステンレス鋼を6~8時間焼き戻す、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記析出硬化ステンレス鋼を前記焼き戻しの前に機械加工する、請求項5または6に記載の方法。
【請求項8】
溶体化処理を前記焼き戻しの前に行う、請求項5~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記溶体化処理を900~1000℃の温度区間において0.2~3時間実施する、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
窒化を行う、請求項5~9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
前記析出硬化ステンレス鋼を使用中250~500℃の温度に曝露する用途のための、請求項1~4のいずれか一項に記載の析出硬化ステンレス鋼の使用。
【請求項12】
前記析出硬化ステンレス鋼を使用中250~300℃の温度に曝露する用途のための、請求項11に記載の析出硬化ステンレス鋼の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一般に、高温での使用に適した高強度析出硬化ステンレス鋼に関する。析出硬化ステンレス鋼組成物は、炭化物での析出硬化、それと共に焼き戻し後に存在するNi-Alの金属間析出を共に付与するように最適化される。新たな鋼は、高い比率のマルテンサイト相を含み、低いミクロおよびマクロ偏析を有するように設計される。本質的にコバルト非含有である鋼を提供することが、可能である。
【背景技術】
【0002】
一次硬化は、鋼がオーステナイト相場からマルテンサイトまたはベイナイト微細構造に急冷される場合である。一般に、炭化物を含む鋼が、知られている。低合金炭素鋼は、焼き戻し中に炭化鉄を発生する。これらの炭化物は、高温で粗雑化し、それによって鋼の強度が低下する。鋼が強い炭化物形成元素、例えばモリブデン、バナジウムおよびクロムを含有する場合、強度を、高温での長時間の焼き戻しによって増加させることができる。これは、合金炭化物がある温度で析出するためである。通常、これらの鋼によって、100℃~450℃に焼き戻した際に、それらの一次硬化強度が低下する。450℃~550℃で、これらの合金炭化物は析出し、強度が一次硬度まで、またはさらにそれより高く増大し、これは、二次硬化と称される。それは、合金元素(例えばモリブデン、バナジウムおよびクロム)が長時間の焼きなまし中に拡散して、微細に分散した合金炭化物を析出し得るために起こる。二次硬化鋼において見出される合金炭化物は、炭化鉄よりも熱力学的に安定であり、粗雑化する傾向をほとんど示さない。
【0003】
金属間析出硬化鋼もまた、知られている。炭化物析出および金属間析出硬化は共に、温度に伴う固溶度の変化に依存して、不純物相の微粒子を生成し、それによって転位の移動、または結晶格子中の欠陥が妨げられる。転位はしばしば可塑性の支配的な担体であるので、これは、材料を硬化させる役割を果たす。析出硬化鋼は、例えばアルミニウムおよびニッケルを含み、不純物相を生成し得る。
【0004】
第2相粒子の存在によって、しばしば格子歪みが引き起こされる。これらの格子歪みは、析出物粒子がサイズおよび結晶学的構造においてホスト原子と異なる場合に生じる。ホスト格子中のより小さい析出物粒子によって、引張応力がもたらされ、一方より大きい析出物粒子によって、圧縮応力がもたらされる。転位欠陥によってもまた、応力場が作り出される。転位の上方に圧縮応力があり、下方に引張応力がある。その結果、転位と析出物との間に負の相互作用エネルギーがあり、それによって、各々それぞれ圧縮および引張応力が引き起こされ、またはその逆も同様である。換言すれば、転位は、析出物に引き付けられる。さらに、転位と析出物との間に正の相互作用エネルギーがあり、それは、同一のタイプの応力場を有する。これは、転位が析出物によって撃退されることを意味する。
【0005】
析出物粒子はまた、材料の剛性を局所的に変化させることによって役割を果たす。転位は、より高い剛性の領域によって撃退される。逆に、析出物によって材料が局所的により柔軟になる場合、転位は当該領域に引き付けられる。
【0006】
合金炭化物および金属間析出物の両方を含む鋼は稀であるが、それらは知られている。これらの鋼は、しかしながら低い偏析または焼き戻し後の最適化された硬度については最適化されていない。例えば、特許文献1には、金属間析出物および合金炭化物の両方を有する二重の硬化機構を有する鋼が開示されている。この鋼は、以下のものを含む。
C:0.30重量%まで
Ni:10~18重量%
Mo:1~5重量%
Al:0.5~1.3重量%
Cr:1.75~3重量%
Co:8~16重量%
【0007】
コバルトは負の健康的影響ならびに負の環境的影響を有することが、知られている。同時に、一般に所望の特性および特に高温での強度を増加させることが、望ましい。
【0008】
各鋼階級は、鋼組成に依存して多かれ少なかれ分離する。多数の鋼階級が、化学組成の変化量について試験されてきた。炭素は、各種炭化物形成元素、例えばMo、CrおよびVの分配に対して莫大な影響を与える。炭素含有量が高くなるに伴って、より多大な偏析が生じる。マイクロスケールおよびマクロスケールの両方においてである。Cr、MoまたはVの絶対値は、鋼の名目上の含有量を乗じた偏析指数である。クロムは低い偏析する傾向を有するので、量の緩い制限を設定することができる。MoおよびVの量は、それらの偏析する傾向のために、他方で1.0~1.5重量%まで制御するべきである。
【0009】
M-50鋼は、しばしば真空誘導溶解(VIM)および真空アーク再溶解(VAR)プロセスを使用して精錬され、それは、多軸応力に対する優れた耐性および高い使用温度での軟化ならびに良好な耐酸化性を示す。しかしながら、それは、偏析に苦しみ、それは、回避するのが望ましい。さらに、それは、製造するのがかなり高価である。
【0010】
これに鑑みて、当該分野における問題は、高温においても低い偏析および改善された機械的特性の両方を同時に有する無視できる量のコバルトを有することが可能であるステンレス鋼をいかにして提供するかである。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、従来技術における欠点の少なくともいくつかを未然に防止し、改良されたステンレス鋼を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
第1の態様において、析出硬化ステンレス鋼を提供し、前記ステンレス鋼は、重量%において以下のものを含み:
C:0.05~0.30重量%
Ni:9~10重量%
Mo:0.5~1.5重量%
Al:1.75~3重量%
Cr:10.5~13重量%
V:0.25~1.5重量%
Co:0~0.03重量%
Mn:0~0.5重量%
Si:0~0.3重量%
100重量%までの残りの部分は、Feおよび不純物元素であり、
ここで鋼は、80重量%より多いかまたはこれに等しい、好ましくは90重量%より多いかまたはこれに等しいマルテンサイト相を含み、ここで前記ステンレス鋼の組成は、Schaeffler図式において形成される領域内にあり、当該図式は、以下の方程式:
x軸上で重量%においてCreq=Cr+Mo+1.5*Si+0.5*Nb
y軸上で重量%においてNieq=Ni+30*C+0.5*Mn
に基づき、
ここでSchaeffler図式の領域は、重量%において11≦Creq≦15.4および10.5≦Nieq≦15によって定義され、
さらにただしAlおよびNiの量がまた式Al=(Ni/4)±0.5を重量%において満たし、かつただしAlの量は、式の結果1重量%より低いAlの量がもたらされる場合には1重量%であり、Alの量は、式の結果3重量%を超えるAlの量がもたらされる場合には3重量%である。
【0013】
第2の態様において、上に記載した析出硬化ステンレス鋼の一部の製造方法であって、析出硬化ステンレス鋼を510~530℃で焼き戻して、NiおよびAlを含む析出物を得ることを特徴とする前記方法を、提供する。
【0014】
第3の態様において、析出硬化ステンレス鋼を250~300℃の使用中の温度に曝露する用途のための上に記載した析出硬化ステンレス鋼の使用を、提供する。代替の実施形態において、析出硬化ステンレス鋼を300~500℃の使用中の温度に曝露する用途のための上に記載した析出硬化ステンレス鋼の使用を、提供する。尚別の実施形態において、析出硬化ステンレス鋼を250~500℃の使用中の温度に曝露する用途のための上に記載した析出硬化ステンレス鋼の使用を、提供する。
【0015】
さらなる態様および実施形態を、添付した特許請求の範囲において定義する。
【0016】
1つの利点は、析出硬化ステンレス鋼に微量の所望されないコバルトを供給することができるに過ぎないことである。0.01重量%より十分に低いコバルトレベルを使用することが、可能である。当該量は、いかなる所望されない効果をも回避する程度に低い。少量のコバルトが、コバルトと関連する環境的および健康的問題のために好ましい。
【0017】
別の利点は、高温での強度が増加することである。強度が増加する高温は、典型的には250~300℃またはさらに500℃までである。一実施形態において、析出硬化ステンレス鋼の好適な使用のための上方の温度限界は、450℃である。
【0018】
析出硬化ステンレス鋼は、高温で同一の強度を有する現在の鋼と比較して、製造するのががより経済的である。
【0019】
尚別の利点は、析出硬化ステンレス鋼が窒化に適していることである。
【0020】
本発明を、ここで添付の図面を参照して例によって説明し、ここで:
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】
図1は、x軸上で重量%においてCr
eq=Cr+Mo+1.5*Si+0.5*Nbおよびy軸上で重量%においてNi
eq=Ni+30*C+0.5*Mnを有するSchaeffler図式を示す。重量%において11≦Cr
eq≦15.4および10.5≦Ni
eq≦15によって定義する領域を、領域Aとして描写する。
【
図2】
図2は、FCC領域を示す実施例1において詳述する計算図式を示す。
【
図3a】
図3aは、実施例において記載する鋼バッチからの実験データを示す。
【
図3b】
図3bは、実施例において記載する鋼バッチからの実験データを示す。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明を詳細に開示し、説明する前に、本発明は、特定の化合物、構成、方法ステップ、基材、および材料がいくぶん変化し得るので、本明細書中に開示した特定の化合物、構成、方法ステップ、基材、および材料に限定されるものではないことを、理解されたい。また、本発明の範囲は、添付した特許請求の範囲およびそれと同等のものによってのみ限定されるので、本明細書で使用する用語を、特定の実施形態のみを説明する目的のために使用し、限定することを意図しないことを、理解されたい。
【0023】
本明細書および添付した特許請求の範囲において使用する単数形「1つの(a)」、「1つの(an)」および「その(the)」は、文脈が明確に別段指示しない限り複数の指示対象を含むことに留意しなければならない。
【0024】
他に何も定義しない場合、本明細書中で使用する任意の条件および科学的専門用語は、本発明が関係する当業者によって一般に理解される意味を有することを意図する。
【0025】
本質的にコバルト非含有の、および同様の表現は、微量のコバルトのみが存在することを意味する。一実施形態において、本質的にコバルト非含有は、0.01重量%のコバルトについて示唆されたしきい値未満の量である。
【0026】
すべての百分率を、別段明確に示さない限り重量によって計算する。鋼の組成を、重量%において示す。すべての比を、別段明確に示さない限り重量によって計算する。
【0027】
第1の態様において、析出硬化ステンレス鋼を提供し、前記ステンレス鋼は、重量%において以下のものを含み:
C:0.05~0.30重量%
Ni:9~10重量%
Mo:0.5~1.5重量%
Al:1.75~3重量%
Cr:10.5~13重量%
V:0.25~1.5重量%
Co:0~0.03重量%
Mn:0~0.5重量%
Si:0~0.3重量%
100重量%までの残りの部分は、Feおよび不純物元素であり、
ここで鋼は、80重量%より多いかまたはこれに等しい、好ましくは90重量%より多いかまたはこれに等しいマルテンサイト相を含み、ここで前記ステンレス鋼の組成は、Schaeffler図式において形成される領域内にあり、当該図式は、以下の方程式:
x軸上で重量%においてCreq=Cr+Mo+1.5*Si+0.5*Nb
y軸上で重量%においてNieq=Ni+30*C+0.5*Mn
に基づき、
ここでSchaeffler図式の領域は、重量%において11≦Creq≦15.4および10.5≦Nieq≦15によって定義され、
さらにただしAlおよびNiの量がまた式Al=(Ni/4)±0.5を重量%において満たし、かつただしAlの量は、式の結果1重量%より低いAlの量がもたらされる場合には1重量%であり、Alの量は、式の結果3重量%を超えるAlの量がもたらされる場合には3重量%である。
【0028】
すべての元素の量は、重量%においてである。
【0029】
析出硬化ステンレス鋼は、マルテンサイト相ならびに他の相、例えばオーステナイト相の両方を含むマルテンサイト構造を有する。析出硬化ステンレス鋼は、80重量%より多いかまたはこれに等しいマルテンサイト相、好ましくは85重量%より多い、より好ましくは90重量%より多い、尚より好ましくは95重量%より多いマルテンサイト相を含む。一実施形態において、析出硬化ステンレス鋼は、92重量%より多いかまたはこれに等しいマルテンサイト相を含む。一実施形態において、析出硬化ステンレス鋼は、94重量%より多いかまたはこれに等しいマルテンサイト相を含む。マルテンサイト相は、硬度および引張強度ならびに耐摩耗性を提供する。本発明によれば、マルテンサイト相およびオーステナイト相が、形成する。オーステナイト相の量は、それによって所望の硬度が低下するので過度に高くてはならない。マルテンサイト相が、所望される。
【0030】
13重量%のCr、9重量%のNi、2重量%のAlおよび0.15重量%のCを含む本発明による鋼についての1つの実施形態において、オーステナイト相は、材料の15重量%である。しかしながら、オーステナイトの量は温度依存性であるので、それを、冷却することによって低下させることができる。一実施形態において、オーステナイト相の量は、-40℃に冷却することによって同一の鋼について約6重量%に低下する。これによって、硬度が増加する。
【0031】
図1のSchaeffler図式を使用して、例えばマルテンサイト相の、高温からの急速な冷却の後の鋼の構造中の存在を予測し、鋼の化学組成に基づく。
【0032】
Schaeffler図式およびその中に示されるマルテンサイト領域がかなり粗い概観に過ぎないことに留意しなければならない。したがって、Schaeffler図式によって組成物がマルテンサイト領域の外側にあることが示された場合であっても、それにもかかわらず、
図1においてAと表示する長方形中で多量のマルテンサイト相を得ることが、可能である。これは、なぜ本発明による領域Aが部分的にマルテンサイト領域の外側にあるかを説明する。マルテンサイト領域の外側の領域Aの部分についてさえも、高度のマルテンサイト相を鋼中に得ることが、可能である。
【0033】
炭素(C):0.05~0.3重量%。別の実施形態において、Cの量は、0.05~0.2重量%である。Cは、強オーステナイト相安定化合金元素である。Cは、マルテンサイト系ステンレス鋼のために必要であり、したがって前記鋼は、熱処理により硬化され、強化される能力を有する。過剰のCによって、炭化クロムを生成する危険性が増大し、それによって、したがって種々の機械的特性および他の特性、例えば延性、衝撃靭性および耐食性が低下する。機械的特性はまた、硬化後の保持されたオーステナイト相の量によって影響を受け、この量は、C含有量に依存する。したがって、C含有量を、最大で0.3重量%であるように設定する。代替の実施形態において、最大のC含有量は、0.2重量%である。
【0034】
ニッケル(Ni) 9~10重量%。本開示において、NiおよびAlの量を均衡させることによってAlおよびNiを含む第1のタイプの析出物が得られることが、見出された。したがって、Niの量を、Alの量と均衡させて、特許請求の範囲中の式を満たすべきである。Niがかなり高価な成分であるので、好ましくは、Niの量を可能な限り低く保持し、同時に尚所望の特性を得る。さらに、過度に高い量のNiによって、材料中のオーステナイト相の量が増加し、これは、鋼がその場合過度に柔軟であるので、回避するべきである。
【0035】
モリブデン(Mo):0.5~1.5重量%。Moは、強力なフェライト相安定化合金元素であり、したがって焼きなましまたは熱間加工中にフェライト相の形成を促進する。Moの1つの主な利点は、Moが耐食性に寄与することである。Moはまた、マルテンサイト鋼における焼き戻し脆化を低減し、それによって機械的特性を改善することが知られている。しかしながら、Moは高価な元素であり、耐食性に対する効果は少量においてさえも得られる。Moの最低含有量は、したがって0.5重量%である。さらに、過剰量のMoによって、硬化中のオーステナイトからマルテンサイトへの変化に影響が及び、最終的には保持されたオーステナイト相含有量に影響が及ぶ。したがって、Moの上限を、1.5wt%に設定する。
【0036】
アルミニウム(Al) 1.75~3重量%。Alは、それが製鋼中の酸素含有量を低減するのに有効であるため、脱酸剤として一般に使用される元素である。鋼において、アルミニウムは、Niと一緒に第1のタイプの析出を形成して、機械的特性を改善する。一実施形態において、Alの量は、2重量%である。AlとNiとの間の関係を、式Al=Ni/3によって決定し、限界±0.5重量%を加える。式Al=Ni/3±0.5を、重量パーセントにおいて表すAlおよびNiの量で使用するべきである。当該式によって、すべての他の条件と一緒に満たされるべき追加的な条件が付与される。Ni=10重量%と仮定すると、この式によって、Al=2.5±0.5重量%、すなわち2~3重量%の区間におけるものが付与される。しかしながら、Alの量が1.75~3重量%であるという条件もまたある。後者の条件は、本開示において、第1の式によって3重量%以上のAlの量が付与される場合、3重量%のAlを使用するべきであるように解釈されるものとする。第1の式によって1.75重量%以下であるAl量が付与される場合、1.75重量%のAlを使用するべきである。したがって、当該式によって、AlおよびNiの量に関する他の条件と一緒に適用するべきである追加的な条件が付与される。両方の条件を、適用するものとする。Ni=9重量%と仮定すると、この式によって、Al=2.25±0.5重量%が付与される。しかしながら、Alの量が1.75~3重量%であるという条件もまたある。これらの条件によって、一緒にAlが1.75~2.75重量%であるべきであることが付与される。
【0037】
クロム(Cr) 10.5~13重量%は、ステンレス鋼の基本的な合金元素の1種であり、表面上に酸化クロムの保護層を形成することによって鋼に耐食性を提供する元素である。上記または以下で定義する析出硬化ステンレス鋼は、空気または水中でのCr酸化物層および/または鋼の表面の不動態化を達成し、それによって基本的な耐食性を得るために、少なくとも10.5重量%を含む。しかしながら、Crが過剰量において存在する場合、衝撃靭性が低下し得、炭化クロムが硬化時に生成し得る。炭化クロムの生成によって、マルテンサイト系ステンレス鋼の機械的特性が低下する。鋼表面の不動態化のレベルを上回るCr含有量の増加は、マルテンサイト系ステンレス鋼の耐食性に対して弱い効果を有するに過ぎない。Cr含有量を、したがって最大13重量%に設定する。代替の実施形態において、Cr含有量は、最大で15重量%であることが許容される。しかしながら、多量のCrによって、材料中のオーステナイト相の量が増加し、これは、鋼がその場合過度に柔軟であるので、回避するべきである。したがって、大量のCrは、多くの用途について望ましくない。
【0038】
バナジウム(V):0.25~1.5重量%。Vは、CおよびNに対して高い親和性を有する合金元素である。Vは、析出硬化元素であり、析出硬化ステンレス鋼中の微細合金(micro-alloying)元素とみなされ、結晶粒微細化に用いられ得る。結晶粒微細化は、小析出物を微細構造中に導入することによって結晶粒径を高温で制御する方法を指し、それによって粒界の移動度が制限され、それによって熱間加工または熱処理中のオーステナイト結晶粒成長が低減される。小さいオーステナイト粒径は、硬化時に形成するマルテンサイト微細構造の機械的特性を改善することが知られている。鋼は、Cr、MoおよびVからなる群から選択された少なくとも1種の炭化物を含む第2のタイプの析出物を含む。これらの析出物によって、AlおよびNiを含む第1のタイプの析出物と一緒に、改善された機械的特性が付与される。
【0039】
コバルト(Co):0~0.03重量%。一実施形態において、Coの量は、0.03重量%未満である。一実施形態において、Coの量は、0.02重量%未満である。別の実施形態において、Coの量は、0.01重量%未満である。コバルトは、発がん性カテゴリー1B H350として0.01重量%の固有の濃度限界(SCL)で標識すべきであり、すなわち0.01重量%を超えるコバルト含有量が潜在的に有害であり得ることが、提案されている。低いコバルト含有量が所望され、尚別の実施形態において、Coの量は、0.005重量%未満である。一実施形態において、0.0001重量%のCoの下限がある。本発明の利点は、極めて少量のコバルトを有し、一方所望の特性を維持することが可能であることである。コバルトの量は、析出硬化ステンレス鋼をコバルト非含有と称することができる程度に低くするか、または少なくとも低くすることができる。低い量のコバルトによっては、損なわれた性質が、他の点、例えば機械的特性または高温での強度において付与されない。
【0040】
マンガン(Mn):0~0.5重量%。Mnは、オーステナイト相安定化合金元素である。しかしながら、Mn含有量が過剰である場合、残留したオーステナイト相の量が過度に大きくなり得、各種機械的特性ならびに硬度および耐食性が低下し得る。また、Mnの過度に高い含有量によって、熱間加工特性が低下し、また表面品質が損なわれる。一実施形態において、Mnは、0~0.3重量%である。一実施形態において、Mnの下限は、0.001重量%である。Mnの述べた濃度によって、析出硬化ステンレス鋼の特性に顕著な程度まで悪影響は及ばない。Mnは、鋼中の低濃度における一般的な元素である。Mnに関して、当業者は、それがNieqの総量に影響を及ぼすことを考慮しなければならず、当業者は、次に他のニッケル当量の濃度を適合させなければならない場合がある。同一のことが、すべての他のニッケル当量に該当する。
【0041】
ケイ素(Si):0~0.3重量%。Siは、強力なフェライト相安定化合金元素であり、したがってその含有量はまた、他のフェライト形成元素、例えばCrおよびMoの量に依存する。Siは、主に溶融精錬中の脱酸剤として使用される。Si含有量が過剰である場合、フェライト相ならびに金属間析出物が微細構造中に生成し得、それによって種々の機械的特性が低下する。したがって、Si含有量を、最大0.3重量%に設定する。一実施形態において、Siの量は、0~0.15重量%である。一実施形態において、Siの下限は、0.001重量%である。
【0042】
任意に、少量の他の合金元素を、例えば機械加工性または熱間加工特性、例えば熱間延性を改善するために、上記または以下で定義するマルテンサイト系ステンレス鋼に添加してもよい。かかる元素の例は、しかし限定せずに、Ca、Mg、B、PbおよびCeである。これらの元素の1種以上の量は、最大0.05重量%である。
【0043】
用語「最大」または「より小さいかまたはそれに等しい」を使用する場合、当業者は、範囲の下限が別の数を特定的に述べない限り0重量%であることを知っている。
【0044】
上記または以下で定義するマルテンサイト系ステンレス鋼の元素の残りは、鉄(Fe)および通常存在する不純物である。不純物の例は、意図的に添加していない元素および化合物であるが、それらが例えばマルテンサイト系ステンレス鋼の製造に使用する原料または追加的な合金元素中の不純物として通常存在するので、完全に回避することはできない。
【0045】
用語「不純物元素」を、合金の残余中の鉄に加えて少量の不純物および付随的な元素を含むために使用し、それは、特徴および/または量において析出硬化ステンレス鋼合金の有利な態様に悪影響を与えない。合金のバルクは、ある種の通常のレベルの不純物を含んでもよく、例には、各々約30ppmまでの窒素、酸素および硫黄が含まれるが、これらに限定されない。
【0046】
鋼は、マルテンサイト相を含み、残りの部分は、主にオーステナイト相から構成される。マルテンサイト相が望ましく、さもなければ鋼は過度に柔軟である。
【0047】
析出硬化鋼組成物はさらに、Schaeffler図式において形成された領域内にある。当該領域は、重量%において11=Creq≦15.4および10.5≦Nieq≦15によって定義される。重量%においてCreq=Cr+Mo+1.5*Si+0.5*Nbは、x軸上にある。重量%においてNieq=Ni+30*C+0.5*Mnは、y軸上にある。
【0048】
Ni、Cなどの元素ならびにCrおよびMoなどの元素についての量は、当該範囲内で自由に調整可能ではなく、例えばCがNi当量であり、MoがCr当量であるためSchaeffler図式に適合させなければならないことが、理解される。
【0049】
0.05~0.3重量%のCおよび9~10重量%のNiの含有量を、Nieqが10.5~15の区間内にあるという追加的な条件と組み合わせなければならない。0.05重量%のCおよび9重量%のNiによって、10.5のNieqが得られる。0.05重量%のCおよび10重量%のNiによって、11.5のNieqが得られる。最後の文のすべての条件が、満たされなければならない。
【0050】
10.5~13重量%のCrおよび0.5~1.5重量%のMoの含有量についても同様に、それを、Creqが11~15.4の区間にあるという追加的な条件と組み合わせなければならない。最後の文のすべての条件を、適用しなければならない。それは、Creq 15.4の上限に達することができないという場合であり得るが、これは、意図した通りである。
【0051】
一実施形態において、析出硬化ステンレス鋼は、AlおよびNiを含む第1のタイプの析出物ならびにCr、MoおよびVからなる群から選択される少なくとも1種の炭化物を含む第2のタイプの析出物を含む。この2種のタイプの析出物によって、改善された機械的特性が付与される。
【0052】
第2の態様において、析出硬化ステンレス鋼の一部を上に記載したように製造する方法を提供し、ここで析出硬化ステンレス鋼を、510~530℃で焼き戻して、NiおよびAlを含む析出物を得る。これにより、AlおよびNiを含む析出物が得られる。一実施形態において、析出硬化ステンレス鋼を、520℃で焼き戻す。別の実施形態において、析出硬化ステンレス鋼を、520℃±2%で焼き戻す。一実施形態において、析出硬化ステンレス鋼を、1~8時間焼き戻す。一実施形態において、析出硬化ステンレス鋼を、6~8時間焼き戻す。尚別の実施形態において、析出硬化ステンレス鋼を、6時間±0.5時間で焼き戻す。
【0053】
一実施形態において、析出硬化ステンレス鋼を、焼き戻し前に機械加工する。これは、析出硬化ステンレス鋼が、焼き戻し前に焼き戻し後と比較して低い強度を有し、それにより焼き戻し前に焼き戻し後と比較して機械加工するのが容易であるという利点を有する。Alを除いて本質的に同一の含有量を有する鋼については、硬度の増加は事実上なく、一方本発明による鋼については、硬度の増加が起こる。硬度の増加は、NiおよびAlを含む析出物の形成に起因する。二次硬化元素またはNi-Al添加のいずれかを有する鋼は、焼き戻した後の限定された硬度を有する。
【0054】
一実施形態において、溶液処理を、焼き戻しの前に実行する。一実施形態において、溶液処理を、900~1000℃の温度区間において0.2~3時間実施する。組成物を、溶液処理がオーステナイト相場において可能であるように選択するべきである。Cr、AlおよびMoはフェライトを安定化し、一方MnおよびNiはオーステナイトを安定化する。
【0055】
第3の態様において、析出硬化ステンレス鋼が使用中に250~300℃の温度に曝露される用途のための上記の使用を、提供する。代替の実施形態において、析出硬化ステンレス鋼が使用中に300~500℃の温度に曝露される用途のための上記の析出硬化ステンレス鋼の使用を、提供する。尚別の実施形態において、析出硬化ステンレス鋼が使用中に250~500℃の温度に曝露される用途のための上記の析出硬化ステンレス鋼の使用を、提供する。さらなる実施形態において、析出硬化ステンレス鋼が使用中に250~450℃の温度に曝露される用途のための上記の析出硬化ステンレス鋼の使用を、提供する。
【0056】
析出-硬化プロセスを、溶液処理または溶液化(solutionizing)によって進行させることができ、合金を均一な固溶体が生成するまで固相線温度より高温に加熱する析出-硬化プロセスにおける第1のステップである。
【0057】
窒化は、熱処理プロセスであり、それによって、窒素が金属の表面中に拡散して、焼きを入れた表面を作り出す。Cr、MoおよびAlの含有量によって、析出硬化ステンレス鋼が窒化に適したものになる。窒化を、機械的性質をさらに向上させるために好適に用いる。一実施形態において、析出硬化ステンレス鋼の窒化を行う。
【0058】
上の記載した代替の実施形態のすべてまたは実施形態の一部を、組み合わせが矛盾しない限り、本発明の概念から逸脱せずに自由に組み合わせることができる。
【0059】
本発明の他の特徴および使用、ならびにそれらに関連する利点は、説明および実施例を読むことで当業者に明らかであろう。
【0060】
本発明がここに示す特定の実施形態に限定されないことを、理解するべきである。実施形態を、本発明の範囲が添付した特許請求の範囲およびその同等なものによってのみ限定されるので、例示的目的で提供し、本発明の範囲を限定することを意図しない。
【実施例】
【0061】
12重量%のCr、2重量%のAl、0.7重量%のMo、0.5重量%のVおよび9重量%のNiを含む本発明による鋼のシミュレーションを、ソフトウェアThermoCalcを用いて行った。請求項1に記載の残りの化合物は、本発明の限界内にあり、Cの量を、
図2中のX軸上に示すように変化させた。FCC領域内にあることが、望ましい。
【0062】
重量%において以下の仕様を有する鋼を、製造した:
【表1】
【0063】
計算によって、鋼が約90重量%のマルテンサイト相を含むことが示される。
【0064】
520℃での焼き戻し硬度を、自動硬度試験機KB30S上で測定した。結果を、
図3aに示す。さらに、重要な元素の偏析をまた測定し、結果を
図3bに示す。結果は、他の比較の鋼と比較して優れている。
【0065】
腐食試験を、この鋼および多数の他の鋼について行った。試験を、ASTM G150に従って、0.01MのNaClおよび10~20mV/分での電位掃引を用いて実施し、いかなる電圧で100マイクロA/cm
2の電流が発生したかを測定した。結果を、
図4に示す。