(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-19
(45)【発行日】2022-05-27
(54)【発明の名称】引込みを最適化させた時計用エスケープメント
(51)【国際特許分類】
G04B 15/14 20060101AFI20220520BHJP
【FI】
G04B15/14 A
G04B15/14 B
(21)【出願番号】P 2019525737
(86)(22)【出願日】2017-11-16
(86)【国際出願番号】 EP2017079521
(87)【国際公開番号】W WO2018091619
(87)【国際公開日】2018-05-24
【審査請求日】2020-09-30
(32)【優先日】2016-11-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CH
(73)【特許権者】
【識別番号】502383535
【氏名又は名称】リシュモン アンテルナシオナル ソシエテ アノニム
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100154003
【氏名又は名称】片岡 憲一郎
(72)【発明者】
【氏名】アレクシス ヘラウド
(72)【発明者】
【氏名】ヴァレンティン モリーナ
【審査官】榮永 雅夫
(56)【参考文献】
【文献】西独国特許出願公告第1162290(DE,B)
【文献】特開2014-202604(JP,A)
【文献】特表2013-524201(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G04B 15/00 - 15/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
時計用エスケープメント(1)であって,
・第1の回転軸線(5)を中心として回動可能に取付けられ,かつ,動力源により駆動されるエスケープメントホイール(3)と,
・第2の回転軸線(11)を中心として回動可能に取付けられたアンクル(9)とを備え,該アンクルが入口側パレット(13)及び出口側パレット(15)を備え,各パレット(13,15)が,エスケープメントホイール(3)を交互かつ順次にロックするよう配置された休止面(13a,15a)を備え,前記アンクル(9)が,エスケープメントホイール(3)から受けた衝接力を,振動可能に配置された規制部材に伝達し,かつ,規制部材の制御下でエスケープメントホイール(3)を周期的に解放するように構成され,
前記入口側パレット(13)の休止面(13a)は,該休止面(13)がエスケープメントホイール(3)の歯(7)を抑止する際に,前記休止面(13a)と前記エスケープメントホイール(3)の歯(7)との間の相互作用により引込み力を発生させ,前記アンクル(9)を休止位置に保持しようとするトルクを作用させるように構成されたエスケープメントにおいて,
前記休止面(13a)は,前記エスケープメントホイール(3)の歯(7)との接触点(C)における引込み角(γ)が,前記入口側パレット(13)の解放ストロークの間に一定であるか,又は減少する形状とされ、
前記休止面(13a)は凸面であり,次の関係式:
【数1】
を満足し,ここに,
γは引込み角,
α
orientationは,前記入口側パレット(13)の休止面(13a)の前記エスケープメントホイール(3)との接触点(C)における接線(T)と,前記アンクル(9)及び前記エスケープメントホイール(3)間の中心接続線(OAOR)との間の角度,
αは,前記接触点(C)及び前記エスケープメントホイール(3)の回転軸線(11,OR)を結ぶ線(R)と,前記中心接続線(OAOR)との間の角度,
Rは,前記接触点(C)及び前記エスケープメントホイール(3)の回転軸線(11,OR)を結ぶ線の長さ,
Axeは,前記中心接続線(OAOR)の長さであることを特徴とする,エスケープメント。
【請求項2】
請求項1に記載のエスケープメント(1)であって,前記引込み角γが実質的に一定である,エスケープメント。
【請求項3】
請求項1に記載のエスケープメント(1)であって,前記引込み角γが抑止解除経路の少なくとも一部に沿って減少する,エスケープメント。
【請求項4】
請求項
2に記載のエスケープメント(1)であって,前記引込み角γの値が5°及び20°の範囲
内にある,エスケープメント。
【請求項5】
請求項1~4の何れか一項に記載のエスケープメント(1)であって,前記パレット(13,15)の少なくとも1つは,前記アンクル(9)の少なくとも一部と一体である,エスケープメント。
【請求項6】
請求項1~5の何れか一項に記載のエスケープメント(1)を備える時計用ムーブメント。
【請求項7】
請求項6に記載のムーブメントを備える時計。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,時計製造の技術分野に関する。特に,本発明は,引込みを最適化させたエスケープメントに関する。
【背景技術】
【0002】
伝統的なエスケープメント,例えばスイス式レバーエスケープメント,英国式レバーエスケープメント,ダニエルズ式エスケープメント等は,エスケープメントホイールを間欠的に抑止し,かつ,ホイールが解放されたときにエネルギを,回転する輪列から規制部材に伝達するアンクルを含む。規制部材,例えばバランスホイール及びヒゲゼンマイの振動は,アンクルを作動させてエスケープメントを周期的に解放させ,規制部材に再び衝接力を作用させてその振動を持続させる。
【0003】
そのために,アンクルは少なくとも2つのパレットを含み,その一方(入口側パレット)はエスケープメントホイールの回転方向に見て上流側に配置され,他方(出口側パレット)は下流側に配置される。規制部材の各半振動に際し,エスケープメントホイールと係合しているパレットが持ち上げられてエスケープメントホイールを解放し,パレット上に配置された衝接面により衝接力を規制部材に伝達する。これと同時に,他方のパレットがエスケープメントホイールの軌跡内まで変位してこれを抑止する。そして,他方のパレットについてサイクルを再開させる。
【0004】
例えば衝接が生じたときに,意に反するアンクルの変位を防止するために「引込み力」を作用させる。この引込み力は,通常は,エスケープメントホイールが抑止されたときに各パレットの休止面がアンクル及びエスケープメントホイールの中心同士を結ぶ線に対してなす角度により得られる。この角度は,エスケープメントホイール及びアンクルの間の相互作用により,アンクルを休止位置に維持しようとするトルクがアンクルに作用するように選択される。この場合,アンクルを解放に先立って持ち上げるため,エスケープメントホイールは,その移動方向とは逆方向にわずかな角変位を行う必要がある。すなわち,アンクルは,パレットの抑止解除段階の間,回転する綸列に抗して作動するものでなければならない。
【0005】
抑止解除の間にエスケープメントホイール上でアンクルにより実行される作動は,エネルギを要するものであり,エスケープメントの効率を低下させる。この効果は,抑止解除の間に引込み力がシステムジオメトリのために増加する入口側パレットに関して特に顕著である。
【0006】
エスケープメントホイールの歯と,パレットの休止面との間で発生されるこのような引込み力を除去するため,いくつかの試みがなされている。
【0007】
例えば,特許文献1:欧州特許第2431823号明細書や,特許文献2:英国特許第667885号明細書は,パレットの休止面が,アンクルの回転軸線上に幾何学的中心を有する円孤に追従するエスケープメントを開示している。これにより引込み力は除去されるが,衝撃力が及ぼされた場合にアンクルが意に反して係合解除されるのを防止するためには依然として保持力が必要とされる。上記の特許文献は,磁石や摩擦などにより保持力を供給することを提案している。規制部材の近傍での磁石の使用は明らかに好ましくなく,また,摩擦を発生させる手段,例えばアンクルと接触可能とされる弾性ストリップは,保持力を最適化するための調整が困難であり,かつ,フレームに対する付随的な取り付け点を必要とする。
【0008】
更に,特許文献3:スイス国特許第702689号明細書は,改良されたエスケープメントを記載するものではあるが,依然として直線状の,従って平坦な休止面101を含んでおり,この休止面は入口側パレット上で抑止解除段階において増加する引込み角を必要とする。パレットのこの形態は
図6に示すとおりであり,同図は休止面101の端部を明確に表している。実際,衝接段階は,衝接面102の断面の曲率半径に応じて,エスケープメントホイールの歯が参照符号103で示される点を超えて移動する瞬間に開始される。
【0009】
従って,本発明の課題は,上述した欠点の少なくとも一部を解消することである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】欧州特許第2431823号明細書
【文献】英国特許第667885号明細書
【文献】スイス国特許第702689号明細書
【発明の概要】
【0011】
そのため,本発明は,第1の回転軸線を中心として回動可能に取付けられ,かつ,動力源により駆動されるエスケープメントホイールと,第2の回転軸線を中心として回動可能に取付けられ,所定の周期で振動を生じるように配置された規制部材と協働するアンクルとを備える時計用エスケープメントに関する。アンクルは,入口側パレット及び出口側パレットを備え,各パレットは,エスケープメントホイールを交互かつ順次にロックするよう配置された休止面を備える。
【0012】
アンクルは,エスケープメントホイールから受けた衝接力を,振動可能に配置された規制部材に伝達し,かつ,規制部材の制御下でエスケープメントホイールを周期的に解放するように構成されている。
【0013】
アンクルを抑止位置に維持し,その際に意図しない抑止解除を回避するため,入口側パレットの休止面は,該休止面がエスケープメントホイールの歯を抑止する際に,休止面とエスケープメントホイールの歯との間の相互作用により引込み力を発生させて,アンクルを休止位置に保持しようとするトルクを作用させるように構成されている。すなわち,アンクルの休止位置における維持は,パレット及びエスケープメントホイールの間の相互作用により達成され,他の維持手段を必要とするものではない。
【0014】
本発明において,休止面は,エスケープメントホイールの歯との接触点における引込み角(γ)が,入口側パレットの解放ストロークの全て又は一部の間に一定であるか,又は減少する形状とされている。
【0015】
入口側パレットの引込み角が対応する抑止解除の間に増加しないため,引込み力及びトルクも増大することはない。従って,入口側パレットの抑止解除の間に規制部材の振動があまり分散されず,これにより規制部材の効率及び等時性が改善される。更に,これを達成するために円弧内に休止面を有するパレットや,アンクルを維持するための力を生じさせる付加的な手段は必要とされない。その結果,本発明に係るエスケープメントは,規制部材の等時性に関して従来のエスケープメントよりも効率が高く,上述した引込みを伴わないエスケープメントよりも効率が顕著に高い。
【0016】
この目的のため,休止面は凸面で構成することができる。
【0017】
好適には,休止面は次の関係式:
【数1】
を満足し,ここに:
γは,引込み角,
α
orientationは,入口側パレットの休止面のエスケープメントホイールとの接触点における接線と,アンクル及びエスケープメントホイールの間の中心接続線との間の角度,
αは,前記接触点及びエスケープメントホイールの回転軸線を結ぶ線と,前記中心接続線との間の角度
Rは,前記接触点とエスケープメントホイールの回転軸線とを結ぶ線の長さ。
Axeは,前記中心接続線の長さである。
【0018】
引込み角γは,実質的に一定とすることができ,また,抑止解除経路の少なくとも一部に沿って減少させることもできる。すなわち,引込み力は,抑止解除の間の引込み角γの値及び/又はその変化に応じて最適化することができる。
【0019】
例えば,引込み角γの値は,5°~20°の範囲内,好適には10°~15°の範囲内とすることができる。
【0020】
好適には,少なくとも1つのパレットは,アンクルの少なくとも一部と一体とする。これにより,アンクルの製造が容易となり,入口側パレットがアンクルと一体である場合には,このパレットの休止面の形態を,アンクルの回転軸線に対して所望の形態とすることができる。
【0021】
最後に,本発明は,上述した構成のエスケープメントを備える時計用ムーブメント,並びにそのようなムーブメントを備える時計に関するものでもある。
【図面の簡単な説明】
【0022】
本発明は,図面を参照して例示的に提示される実施形態に関する以下の記載を読めば,より容易に理解することができる。
【
図1】本発明に係るエスケープメントの線図的な平面図である。
【
図2】本発明に係るエスケープメントの入口側パレットの線図的な拡大平面図である。
【
図3】
図2の入口側パレットの休止面の形態を直線と対比して示す説明図である。
【
図4】
図2の入口側パレットの休止面の形態を計算する上で有用である包括的な幾何学モデルの説明図である。
【
図6】特許文献1に記載の従来技術に係るエスケープメントの部分的説明図である。
【
図7】従来技術及び本発明における抑止解除経路における引込み角変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
図1は,本発明に係るエスケープメント1を示す。このエスケープメント1は,朴パレットが規制部材に衝接力を作用させるのに関与するスイス式アンクルエスケープメントの全体形態を具体化したものである。
【0024】
周知のとおり,エスケープメントは,ここでは図示しない動力源により駆動されるように配置される。その動力源は,例えば,輪列(同様に図示せず)によりエスケープメントに動的に結合されたヒゲゼンマイ又は電気モータで構成することができる。
【0025】
エスケープメント3は,アーバ(図示せず)上に回動可能に配置されており,その幾何学的軸線は参照符号5で表され,第1回転軸線に対応する。図示の実施例において,エスケープメントホイール7の各歯は,エスケープメントホイール3が抑止されているときにパレットと相互作用する休止面7aと,衝接面とを含んでいる。しかしながら,本発明は他の形態,例えば尖鋭歯を有する形態(英国式アンクルエスケープメント)や,あまり一般的でない形態のエスケープメントホイールにも適用可能である。
【0026】
エスケープメントホイール3の歯7は,理論的な回転軸線11周りで回動するアンクル9と既知の態様で相互作用する。図示の実施例において,この理論的な軸線11はアーバ(図示せず)と一致しているが,特許文献1に記載されている「吊下げ式」又は他の適宜形式のアンクルとすることも可能である。この軸線11は,第2回転軸線に対応する。
【0027】
図示のアンクル9の全体構成は,伝統的なものである。この点につき,アンクル9は,回転軸線11から出発し,フォーク9cにおいて終止するロッド9aを含む。このフォークは,詳細な説明を必要としない既知の態様で規制部材(図示せず)と相互作用する。更に,一対のアーム9bが回転軸線11の両側からロッド9aに対して略垂直な方向に延在し,かつ,パレット13,15において終止する。言うまでもなく,本発明の枠内において,あまり一般的ではない他の形状のアンクルも使用することができる。
【0028】
各パレット13,15は,エスケープメントホイールを周期的に抑止し,かつ解放するように配置されており,エスケープメントホイールは順次にパレット13,15の一方により抑止され,次いで他方により再び抑止される。
【0029】
図1において右側に示されているパレット13は,矢印で示すエスケープメントホイール3の回転方向に見て上流側に配置された入口側パレットであり,下流側に配置されるパレット15は出口側パレットである。
【0030】
図示の実施例において,パレット13,15はアンクル9と一体であるが,本発明は,通常の態様でアーム9bに取り付けられたパレットにも適用可能である。各パレットト13,15は,周知のとおり,それぞれの休止面13a,15a及びそれぞれの衝接面13b,15bを含む。休止面13a,15aは,休止段階においてエスケープメントホイール3を抑止するものであり,衝接面13b,15bは,歯7と協働して衝接力をアンクルに,従って規制部材に伝達するものである。上述したところから既に明らかではあるが,休止面13aは,パレット13及び歯7間の接触によりエスケープメントホイール3の抑止がもはや担保されなくなり,これら要素間の接触によりエスケープメントホイール3の歯7とパレット13との間の力伝達が開始される地点まで延在する。
図6は,これら2つの表面間の遷移地点を示す明示するものである。
【0031】
上述した形式の典型的なエスケープメントにおいて,休止面13a,15aは典型的には平坦面であり,その角度は,休止段階において,休止面13a,15a間の接触により生じる力Fが,パレット13又は15をエスケープメント3との係合状態に維持しようとする成分を含むように選択される。この力Fは,アンクルをエスケープメントホイール3の歯との係合状態に維持しようとし,従って入口側パレット13の係合状態ではアンクルを反時計方向(
図1の配置において)に,そして出口側パレット15ノ係合状態では時計方向に旋回させようとするトルクを,アンクル9の回転軸線11周りで作用させるものである。アンクルの回転軸線を中心とする円弧内における休止面とエスケープメントホイールとの間の摩擦のみではそのようなトルクが及ぼされない。これは,アンクル9の回転軸線周りでのトルクを発生し得る力が,休止状態にある関連要素間に及ぼされず,アンクルを変位させようとする動的な力も作用しないからである。換言すれば,引込み力は,静的に作用するものである。
【0032】
しかしながら,伝統的なエスケープメントにおいて,入口側パレット13の休止面13aがエスケープメントホイールの歯7に対してなす角度は抑止解除段階の間に増加し,その増加は,アンクルの休止状態における初期位置と,歯7がパレット13の休止面13aから衝接面に遷移する瞬間との間におけるアンクルの移動の一部を表す。これは,アンクル9がその軸線11周りで旋回する際に,その角度がアンクル及び入口側パレット13のジオメトリに従って変化することに由来するものである。本質的に,休止面13aの傾斜は歯7に対してより急峻となる。すなわち,引込み力に打ち克つために必要とされる力及びトルクは,入口側パレット13の抑止解除段階の間に増加する。これは,エスケープメントの効率及び性能に対して致命的であり,規制部材の振動を妨げ,等時性を阻害するものである。
【0033】
同様の欠点は,出口側パレット15においては生じない。これは,当該パレットの休止面15aが歯7に対してなす角度が,抑止解除の間に減少するからであり,出口側パレット15が入口側パレット13に対してアンクル9の中心軸線11の反対側に配置されているからである。
【0034】
その結果,本発明は,入口側パレット13の休止面13aの形態に関するものである。パレットの機能面13a,13b,15a,15bが平坦である必要がないため,「~の平面」との用語に代えて「~面」との用語が使用される。
【0035】
特に,入口側パレット13の休止面13aは,エスケープメントホイール3の歯7に対してなす角度が,抑止解除の間に略一定に保たれ,又は減少するように形成する。
【0036】
図2は,入口側パレット13の形態を示す拡大図であり,その休止面13aの形状は,
図1に示すジオメトリのエスケープメントにおいて使用されるときに引込み力の角度が一定となるように計算されたものである。
【0037】
図2において,エスケープメントホイール3の歯7における休止面7aを衝接面7bに接続するエッジ部は,2つの位置で示されている。その一方(右側)に位置は抑止解除段階の開始位置であり,他方(左側)の位置は,抑止解除段階の終了直前であって衝接段階への移行前の位置である。パレット13の休止面13aは凸面であり,この凸面は,アンクル9が抑止解除段階の間に旋回するときに,歯7とパレット13との接触により生じる力Fの作用方向が略同一方向に向けられるように湾曲している。
【0038】
図3は,この曲率と,直線で示される従来の休止面13c及び衝接面13dとの相違を線図的に示すものである。
【0039】
図3は,休止面13aのプロファイルが線Aと交わると,当該プロファイルが休止平面Bを表す線13c,すなわち休止面13a及び衝接面13bの間の移行開始部から離れることを明示している。線Bにおいて,プロファイルは,線Bが接線となる円弧に接続し,その円弧は衝接面13bの接線であるため,この移行は連続的である。図示の実施例において,衝接面13bは真直ぐであり,従って通常の衝接平面に対応する。しかしながら,湾曲した衝接面13bとすることも可能である。
【0040】
図4及び
図5は,入口側パレットの休止面13aの形態を,アンクルの形態とは無関係に計算可能とするための幾何学的モデルを線図的に示す。このモデルは,エスケープメントホイール3とアンクル9との相互作用を線図的に表すものである。
図4では,アンクル9及び多数の歯7が線図的に示されているが,
図9ではモデルが最低限度において示されている。
【0041】
このモデルでは,エスケープメントホイール3の回転軸線5と,アンクル9の回転軸線11とを結ぶ中心接続線OROAがジオメトリの基準線である。エスケープメントホイール3の歯7と,入口側パレット13の休止面13aとの接触点Cは,抑止解除段階の間,休止面13aのプロファイルをトレースし,デカルト座標,例えばC=(XC,YC)として表すことができる。これらの座標XC,YCは,中心接続線OROAに対してそれぞれ垂直及び平行である。
【0042】
本発明において,引込み角を表す角度γは,抑止解除の間に一定であり,又は減少する。角度γは,一方では,入口側パレットの休止面13aのエスケープメントホイール3との接触点における接線Tと,そして他方では,アンクルの回転軸線を入口側パレット13の休止面13a及びエスケープメントホイール3の歯7の接触点に接続する線OACに対する法線との間で測られるものである。
【0043】
引込み角γ(又はその関連パラメータ)と,エスケープメントホイール3及びアンクル9のジオメトリを予め選択した後,ジオメトリは,以下のとおりに分析することができる。なお,以下で使用される表記において,“CF”,“OAF”等の符号は,関連する点を結ぶ直線の長さを意味することに留意されたい。
【0044】
先ず,
CF=R.sin(α)
が成立し,ここに,Rは,エスケープメントホイール3の回転軸線ORと,歯7及び休止面13aの接触点Cとの間の距離,αは,ORCが中心接続線OROAに対してなす角度である。次に,
OAF=Axe-R.cos(α)
が成立し,ここにAxeは中心接続線OROAの長さである。
【0045】
完全を期するため,線OACが中心接続線OROAに対してなす角度θが,次式で表されることに留意されたい。
θ=tan-1(CF/OAF)
【0046】
引込み角γは,線OACに直行する線と,接触点Cにおける休止面13cとの間で測られるものである。従って,
90°=γ+αorientation+tan-1(XC/YC)
が成立し,ここにαorientationは,歯7の休止面13aの接線が中心接続線OROAに対してなす角度である。この方程式は,以下のように移項することができる。
90°-γ-αorientation=tan-1(XC/YC)
【0047】
X
C及びY
Cを極座標として定義すると,次の関係式が成立する。
【数2】
【0048】
すなわち,休止面13のプロファイルは,抑止解除段階におけるアンクルの各位置につき,接触点Cにおける角度αorientation を計算すると共に上記の関係式を考慮することにより,トレースすることができる。引込み角γが変化する場合には,この変化を表す関数を計算に使用することができる。
【0049】
本質的に,角度αorientation は,アンクルの複数の角度位置について計算することができ,関連する接線を連続的に接続して所望のプロファイルを生成することができる。
【0050】
引込み角γの値は,例えば,5°~20°の範囲内,好適には10°~15°の範囲内とすることができ,抑止解除段階の少なくとも一部において,この範囲内で減少させることもできる。更に,引込み角γは,±10%の公差を含むことができる。
【0051】
この引込みによりアンクル9は,エスケープメントホイールの歯との係合状態に維持され,入口側パレットの抑止解除に対する抵抗は増加することがない。従って,これらの抑止解除の間,規制部材の振動は妨げられない。
【0052】
本質的に,
図7のグラフは,従来の平坦な形態のパレット(例えば,特許文献1のパレット)と,本発明に係る休止面を有するパレットにつき,抑止解除段階における引込み角変化をそれぞれ破線及び実線で示すものである。このモデル化の結果から,本発明により,引込み角,従って抑止解除に対する抵抗がもはや増加しないことは明白である。
【0053】
上述したアンクル9及び/又はエスケープメントホイール3は,例えば,LIGA,3D印刷,マスキング及び材料シートからの食刻,ステレオリソグラフィ―等の微細加工プロセスにより製造することができる。適当な材料は,例えば,単結晶,多結晶又は非晶質金属(例えば,鋼,ニッケル燐,真鍮等)や,シリコン,その酸化物,窒化物又は炭化物,全ての形態におけるアルミナ(例えばルビー),ダイヤモンド(ダイヤモンドライクカーボンを含む)等の非金属から選択することができ,これらの非金属材料は,単結晶又は多結晶とすることができる。これら全ての材料は,他の硬質材料及び/又は減摩材料,例えばダイヤモンドライクカーボン,アルミナ又はシリカで被覆することができる。
【0054】
本発明を特定の実施形態について上述したが,特許請求の範囲に規定される本発明の技術的範囲を逸脱することなく,付加的な変形を行うことも想定される。