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特許7076788固体酸化物形燃料電池のアノード材料及びその製造方法、並びに固体酸化物形燃料電池
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-20
(45)【発行日】2022-05-30
(54)【発明の名称】固体酸化物形燃料電池のアノード材料及びその製造方法、並びに固体酸化物形燃料電池
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/86 20060101AFI20220523BHJP
   H01M 4/90 20060101ALI20220523BHJP
   H01M 8/12 20160101ALI20220523BHJP
   H01M 4/92 20060101ALI20220523BHJP
   H01M 4/88 20060101ALI20220523BHJP
【FI】
H01M4/86 T
H01M4/90 M
H01M4/90 B
H01M8/12 101
H01M4/86 U
H01M4/92
H01M4/88 T
【請求項の数】 16
(21)【出願番号】P 2018142717
(22)【出願日】2018-07-30
(65)【公開番号】P2019029356
(43)【公開日】2019-02-21
【審査請求日】2021-03-26
(31)【優先権主張番号】P 2017149537
(32)【優先日】2017-08-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、文部科学省、科学技術試験研究委託事業「ナノ材料科学環境拠点」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】森 利之
(72)【発明者】
【氏名】レドニック アンドリー
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 彰
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 滋啓
(72)【発明者】
【氏名】伊坂 紀子
【審査官】上野 文城
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-213891(JP,A)
【文献】特開2005-166563(JP,A)
【文献】特表2015-501515(JP,A)
【文献】特開2017-004957(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/86 - 92
H01M 8/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジルコニアまたはセリア、ニッケル及び1または複数種類の金属元素(ただし、白金単独の場合を除く)を含むアノード材料であって、
前記金属元素は、2価のカチオンのイオン半径が、白金の2価のカチオンのイオン半径の±10%以内であるとともに、
前記アノード材料に対する前記金属元素の組成比が4~400ppmの範囲である、
固体酸化物燃料電池のアノード材料。
【請求項2】
ジルコニアまたはセリア、ニッケル及び2価のカチオンとした場合のイオン半径が白金の2価のカチオンのイオン半径の±10%以内である1または複数種類の金属元素(ただし、前記金属元素が白金単独の場合を除く)を含むとともに、
前記金属元素は直径が1nm以上の大きさの粒子としてはジルコニアまたはセリアとニッケルとの界面に存在しない、
固体酸化物形燃料電池のアノード材料。
【請求項3】
ジルコニアまたはセリア、ニッケル及び2価のカチオンとした場合のイオン半径が白金の2価のカチオンのイオン半径の±10%以内である1または複数種類の金属元素(ただし、前記金属元素が白金単独の場合を除く)を含むとともに、
前記金属元素は、前記金属元素のカチオンとニッケル欠陥とこれらカチオン欠陥と電荷のバランスをとるために生まれる酸素欠陥とが結合した欠陥会合クラスターの形態をとる、
固体酸化物形燃料電池のアノード材料。
【請求項4】
700℃において固体酸化物燃料電池のアノードとして機能する、請求項1から3の何れかに記載の固体酸化物形燃料電池のアノード材料。
【請求項5】
前記金属元素は、ロジウム、ルテニウム、パラジウム、鉄及び亜鉛からなる群から選択される1または複数種類であるか、前記選択された1または複数種類に更に白金を加えたものである、請求項1から4の何れかに記載の固体酸化物形燃料電池のアノード材料。
【請求項6】
前記金属元素はマンガンであるか、マンガンにさらに白金を加えたものである、請求項1から4の何れかに記載の固体酸化物形燃料電池のアノード材料。
【請求項7】
前記金属元素は更にロジウム、ルテニウム、パラジウム、鉄及び亜鉛からなる群から選択される1または複数種類を含む、請求項6に記載の固体酸化物型燃料電池のアノード材料。
【請求項8】
多孔質構造を有する請求項1から7の何れかに記載の固体酸化物形燃料電池のアノード材料。
【請求項9】
前記ジルコニアはイットリア安定化ジルコニアである、請求項1から8の何れかに記載の固体酸化物形燃料電池のアノード材料。
【請求項10】
ジルコニアまたはセリアの粉末と酸化ニッケルの粉末との混合物の層上に前記金属元素の酸化物膜を成膜し、
前記酸化物膜が成膜された前記混合物の層を純水素又は希釈水素である水素雰囲気中で加熱し、
前記酸化物膜からの前記金属元素カチオンの前記層中への拡散及び前記層中の酸化ニッケルの還元を行う、
請求項1から9の何れかに記載の固体酸化物形燃料電池のアノード材料の製造方法。
【請求項11】
前記ジルコニアまたはセリアの粉末を構成する粒子の少なくとも一部がナノワイヤである、請求項10に記載の固体酸化物形燃料電池のアノード材料の製造方法。
【請求項12】
前記混合物の前記水素雰囲気中での加熱により前記層中に多孔質構造を形成する、請求項10または11に記載の固体酸化物形燃料電池のアノード材料の製造方法。
【請求項13】
前記混合物の層はジルコニアまたはセリアの粉末と酸化ニッケルの粉末とをスラリー化したものから形成される、請求項10から12の何れかに記載の固体酸化物形燃料電池のアノード材料の製造方法。
【請求項14】
前記スラリー化したものからの前記混合物の層の前記形成後、焼き付け処理を行う、請求項13に記載の固体酸化物形燃料電池のアノード材料の製造方法。
【請求項15】
前記酸化物膜はスパッタにより成膜される、請求項10から14の何れかに記載の固体酸化物形燃料電池のアノード材料の製造方法。
【請求項16】
請求項1から9の何れかに記載のアノード材料を用いたアノードを有する固体酸化物形燃料電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は固体酸化物形燃料電池のアノード材料及びその製造方法に関し、特に固体酸化物形燃料電池の系全体としての発電効率を顕著に改善させる固体燃料形電池のアノード材料及びその製造方法に関する。本発明はまたこのアノード材料を使用した固体酸化物形燃料電池にも関する。
【背景技術】
【0002】
固体酸化物形燃料電池は燃料電池の中でも発電効率が高く、また従来から検討されてきた規模の大きな燃料電池のほか、高効率・高性能化が達成できた際は、電池の大幅な小型化が可能になり、集合住宅での燃料電池利用が可能になることから、発電効率を一層向上させる取り組みが各方面で進められている。
【0003】
燃料電池の研究・開発の大きな目標の一つとして発電効率の改善があり、固体酸化物燃料電池でもこれは大きな課題となっている。燃料電池ではカソード(酸素極)側で行われる酸素還元反応(酸素ガスから酸化物イオンを作り、固体電解質内に取り込む反応)はアノード(燃料極)側で起こる水素酸化反応(プロトンをつくり、酸化物イオンと反応させ、結果として水分子をつくる反応(水分子形成反応、燃料電池アノード反応ともいう))に比べて極めて遅いため、カソードの改良によりこの反応を速やかに行わせることが、発電効率の改善に重要であり、アノード側の性能改善はカソードの性能改善に比較してはるかに重要度ならびに効果が低いというのが、長年にわたる当業者の共通認識であった。固体酸化物形燃料電池の研究において、アノード側の改良も提案されている(例えば非特許文献1)。しかしながら、酸化物形燃料電池の普及促進を達成すべく、動作温度を低下させてインターコネクター材料として金属の使用を可能にする(650℃から750℃)ために研究開発がすすめられているアノード支持形薄膜酸化物形燃料電池開発において、上記の温度においてアノード層内の抵抗に存在する過剰な過電圧を低下させてその特性を向上させることは達成されていない。
【0004】
従来から研究開発がすすめられてきた固体酸化物形燃料電池の動作温度は1000℃程度であるが、800℃以下の比較的低温の領域では内部抵抗の増大等により発電効率が著しく低下するため、実用的には900℃以上で動作させる必要があると考えられてきた。しかし、900℃以上という高温では使用可能な材料が限定され、特に単セルを積み上げて高い出力を得るためのスタックセルを作成する際に単セル間のしきりとなるインターコネクター用の材料としてはランタンクロマイト系酸化物が主に用いられている。しかしながら、この材料を使用したインターコネクターは非常に高価であり、このことが固体酸化物形燃料電池の低価格化を妨げる大きな要因の一つとなっている。固体酸化物形燃料電池の動作温度を650℃~750℃程度まで低下させることができればインターコネクター材料として汎用のステンレススチールを使用できるようになるため、燃料電池価格を大幅に低減できると期待されている。
【0005】
そのためには、固体電解質の厚みを、20ミクロンまたはそれ以下にして、内部抵抗の大幅な低減を図ることが有効であると考えられるが、固体電解質膜がセラミックスからなる場合、膜をささえる支持体のない自立膜をつくることはできないので、高価なカソード材料ではなく、安価なアノード材料を支持体として、そのうえに、セラミックスの膜を形成することがこころみられてきた。
【0006】
しかしながら、アノード材料は通常、Ni粒子と酸化物固体電解質粒子の混合物からなる。この場合、Ni粒子が連なり電子を輸送する働きをし、酸化物固体電解質粒子(たとえばイットリア安定化ジルコニア粒子、スカンジア安定化ジルコニア粒子、またセリア粒子などが例示される)が連なり酸化物イオンを拡散させる通路となる役割を有する。この2つの異なる粒子の接点に水素ガスが接触した場合、水素、電子、酸化物イオンの3種類が同時に出会い、燃料電池反応が進行する(これを三相界面とよび、アノード内における活性サイトの役割をもつと考えられている)。
【0007】
ところが、この活性サイト数を大きく増やすためには、粒子サイズを小さくするなどの方法が考えられるが、アノード層内においてNiの異常粒成長を抑制し、高いNiの活性を発揮させるためには、通常、酸化NiがNiの代わりに用いられ、これを800℃の温度で還元することで、上述のNi粒子と酸化物固体電解質粒子の混合物からなるアノード層を形成させる。
【0008】
さらに、このアノード層をセラミックスに焼き付ける際にも、通常は1000℃を超える温度で焼き付け処理を行うことから、アノード層内のNi粒子と酸化物固体電解質粒子の粒径はサブミクロン程度までしか微細化することができず、また、上述の三相界面を作成する際に、特にNiと安定化ジルコニアとの界面に、Ni表面を部分的に酸化した酸化層が形成されてしまうため、アノード反応活性サイト数を従来のアノード層内のものに比して飛躍的に向上させ、あわせてその向上効果を発電効率に反映させることが難しい状況にあった。
【0009】
上述した低温動作時の発電効率の著しい低下及びその解決の困難性のため、800℃以下の温度で高い発電効率を示す固体酸化物形燃料電池の実用化への見通しは最近まで明確になっていなかった。
【0010】
本願発明者はこの課題を解決すべく研究を進め、ジルコニアまたはセリアの粉末と酸化ニッケルの粉末との混合物の層上に酸化白金膜をスパッタ等によって成膜し、水素雰囲気中で加熱することにより得られた材料を固体酸化物形燃料電池のアノード材料として使用することを試みた。そもそも上述したように、従来の技術常識ではアノード側の性能改善はそれを使用した燃料電池の性能にはほとんど寄与しないと考えられていたところ、本願発明者が行った上記実験では、電極材料に使用した白金量としてはこれまでの常識からみて極めて微量であったにもかかわらず、高い発電効率が700℃という従来に比較して非常に低温の動作温度領域まで維持されることを見出した(特許文献1)。
【0011】
しかしながら、特許文献1に示すアノード材料は白金という特定の金属を必須の成分としていた。白金は単に高価格であるだけではなく、産出量が非常に少なく、しかも産出地域が極端に偏在しているため、価格や供給が将来の利用分野の拡大等による需要量、投機、さらには産出国の政治状況等の影響を受けて短期的にも長期的にも不安定となる可能性が高い。したがって、白金を全く使用しないか、あるいは白金使用量を更に少なくしても特許文献1に開示されたアノード材料と類似した特性を示す材料を開発することが強く望まれる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の課題は、白金を使用しないか、あるいは他の物質と併用することによって白金の使用量を低減しても固体酸化物燃料電池全体としての発電効率を大きく向上させることが可能なアノード材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の一側面によれば、ジルコニアまたはセリア、ニッケル及び2価のカチオンとした場合のイオン半径が白金の2価のカチオンのイオン半径の±10%以内である1または複数種類の金属元素(ただし、前記金属元素が白金単独の場合を除く)を含むとともに、前記金属元素の組成比が4~400ppmの範囲である、固体酸化物燃料電池のアノード材料が与えられる。
あるいは、ジルコニアまたはセリア、ニッケル及び2価のカチオンとした場合のイオン半径が白金の2価のカチオンのイオン半径の±10%以内である1または複数種類の金属元素(ただし、前記金属元素が白金単独の場合を除く)を含むとともに、前記金属元素は直径が1nm以上の大きさの粒子としてはジルコニアまたはセリアとニッケルとの界面に存在しない、固体酸化物燃料電池のアノード材料が与えられる。
あるいは、ジルコニアまたはセリア、ニッケル及び2価のカチオンとした場合のイオン半径が白金の2価のカチオンのイオン半径の±10%以内である1または複数種類の金属元素(ただし、前記金属元素が白金単独の場合を除く)を含むとともに、前記金属元素は、前記金属元素のカチオンとニッケル欠陥とこれらカチオン欠陥と電荷のバランスをとるために生まれる酸素欠陥とが結合した欠陥会合クラスターの形態をとる、固体酸化物燃料電池のアノード材料が与えられる。
ここで、700℃において固体酸化物燃料電池のアノードとして機能してよい。
また、前記金属元素は、ロジウム、ルテニウム、パラジウム、鉄及び亜鉛からなる群から選択される1または複数種類であるか、前記選択された1または複数種類に更に白金を加えたものであってよい。
あるいは、前記金属元素はマンガンであるか、マンガンにさらに白金を加えたものであってよい。
ここで、前記金属元素は更にロジウム、ルテニウム、パラジウム、鉄及び亜鉛からなる群から選択されてよい。
また、多孔質構造を有してよい。
また、前記ジルコニアはイットリア安定化ジルコニアであってよい。
本発明の他の側面によれば、ジルコニアまたはセリアの粉末と酸化ニッケルの粉末との混合物の層上に前記金属元素の酸化物膜を成膜し、前記酸化物膜が成膜された前記混合物の層を純水素又は希釈水素である水素雰囲気中で加熱し、前記酸化物膜からの前記金属元素カチオンの前記層中への拡散及び前記層中の酸化ニッケルの還元を行う、前記何れかの固体酸化物形燃料電池のアノード材料の製造方法が与えられる。
ここで、前記ジルコニアまたはセリアの粉末を構成する粒子の少なくとも一部がナノワイヤであってよい。
また、前記混合物の前記水素雰囲気中での加熱により前記層中に多孔質構造を形成してよい。
また、前記混合物の層はジルコニアまたはセリアの粉末と酸化ニッケルの粉末とをスラリー化したものから形成されてよい。
また、前記混合物の層の前記形成後、焼き付け処理を行ってよい。
また、前記酸化物膜はスパッタにより成膜されてよい。
本発明の更に他の側面によれば、前記何れかのアノード材料を用いたアノードを有する固体酸化物形燃料電池が与えられる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、特許文献1において、アノード材料に使用する金属元素として白金に代えて、あるいは白金とともにロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)またはルテニウム(Ru)を使用しても、更には、2価のカチオンとした場合にそのイオン半径がPt2+のイオン半径と同程度である他の元素を使用しても、白金を使用した場合とよく似た特性を発揮し、またこれをアノード電極に使用した固体酸化物形燃料電池の発電効率を顕著に向上させることができる。これにより、白金を使用せずに、あるいは白金の使用量を抑えながら、従来よりも発電効率を向上させた固体酸化物形燃料電池の実現に資するアノード電極を提供することができる。また、この効率向上により固体酸化物形燃料電池を、インターコネクター用材料としてランタンクロマイト系酸化物に代えて金属の使用が可能な650℃から750℃程度で動作させても従来よりも高い発電効率が達成できるので、低温動作により使用可能な材料の選択肢が増加することによる製造コストの低下、高効率発電性能向上による燃料電池の集合住宅での利用等を実現することも可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明のアノード触媒におけるRhカチオン-欠陥酸化物-Niカチオンクラスター活性サイトを従来技術の三相界面活性サイトと対比して説明する図。
図2】電流遮断法によるIRフリーの求め方を説明する図。
図3】Ru2+及びRh2+のイオン半径を推定するためのグラフ。
図4】本発明のアノード材料中のNi表面上でRh3+(Rh2+を代表として想定)、Fe3+(存在しうる価数のなかで一番イオン半径の大きいFe2+を代表として採用)、Mn4+(Mn2+を代表として想定)が作る界面構造が燃料電池アノード反応の促進に有用であることを説明する原理図。
図5】本発明のアノード材料中のNi表面上でRh3+(Rh2+を代表として想定)、Fe3+(存在しうる価数のなかで一番イオン半径の大きいFe2+を代表として採用)、Mn4+(存在しうる価数のなかで一番イオン半径の大きいMn2+を代表として採用)が作る界面構造が燃料電池アノード反応の促進に有用であることを説明する原理図。
図6図5(a)の右側に示すNiOの表面単位格子をさらに詳細に説明するための図。
図7】本発明のアノード材料中のNi表面上でRh3+(Rh2+を代表として想定)、Fe3+(Fe2+を代表として想定)、Mn4+(Mn2+を代表として想定)が作る界面構造が燃料電池アノード反応の促進に有用であることを説明する原理図。
図8】本発明において、酸化物電解質としてジルコニアに代えてセリアを使用できることを説明するための図であり、左側はNiOの、また右側は立方晶系ジルコニアの表面単位格子のサイズを示す。
図9】本発明において、酸化物電解質としてジルコニアに代えてセリアを使用できることを説明するための図であり、セリアの表面単位格子のサイズを示す。
図10】本発明の実施例のアノード材料にRhを含有する固体酸化物形燃料電池における、動作温度650℃における電流密度-電池の内部抵抗の影響を補正した正味のセル電圧(IRフリー)特性を示すグラフ。ここで、アノード層の作製過程におけるRhOx薄膜のスパッタ厚は1nm、5nm及び10nmの三通り(それぞれ○、△及び▽でプロット)とした。また、比較例(RhOx膜なし)を□でプロットした。
図11】固体酸化物燃料電池の動作温度を700℃とした以外は図12と同じ条件で測定を行った結果を示す図。
図12】本発明の実施例のアノード材料にPdを含有する固体酸化物形燃料電池における、動作温度650℃における正味のセル電圧(IRフリー)特性を示すグラフ。ここで、アノード層の作製過程におけるPdOx薄膜のスパッタ厚は1nm及び10nmの二通り(それぞれ○及び▽でプロット)とした。また、比較例(PdOx膜なし)を□でプロットした。
図13】固体酸化物燃料電池の動作温度を700℃とした以外は図12と同じ条件で測定を行った結果を示す図。
図14】本発明の実施例のアノード材料にRuを含有する固体酸化物形燃料電池における、動作温度650℃における正味のセル電圧(IRフリー)特性を示すグラフ。ここで、アノード層の作製過程におけるRuOx薄膜のスパッタ厚は1nm、5nm及び10nmの三通り(それぞれ○、△及び▽でプロット)とした。また、比較例(RuOx膜なし)を□でプロットした。
図15】固体酸化物燃料電池の動作温度を700℃とした以外は図14と同じ条件で測定を行った結果を示す図。
図16】本発明の実施例のアノード材料にFeを含有する固体酸化物形燃料電池における、動作温度700℃における正味のセル電圧(IRフリー)特性を示すグラフ。ここで、アノード層の作製過程におけるFeOx薄膜のスパッタ厚は1nm及び10nmの二通り(それぞれ○及び□でプロット)とした。また、比較例(FeOx膜なし)を△でプロットした。
図17】本発明の実施例のアノード材料にMnを含有する固体酸化物形燃料電池における、動作温度700℃とした場合の正味のセル電圧(IRフリー)特性を示すグラフ。ここで、アノード層の作製過程におけるRuOx薄膜のスパッタ厚は1nmとした。
図18】RuOx薄膜のスパッタ厚を10nmとした以外は図17と同じ条件で測定を行った結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の一形態によれば、ニッケル(Ni)に加えて、特許文献1における白金(Pt)に代えて、あるいはPtとともにロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)またはルテニウム(Ru)を添加したアノード材料を用いることにより、特許文献1の場合と類似した特性が発揮され、固体酸化物形燃料電池の効率が大きく改善される。特に、Rhを使用した場合にはPtを使用した場合に比較してさらに高性能の固体酸化物型燃料電池を得ることができる。より一般的には、2価のカチオンとした場合のイオン半径がPt2+のイオン半径と同程度(具体的には、Pt2+のイオン半径の±10%以内)の元素を使用することができる。以下で一般的な説明を行う際には、基本的にはRhを例に挙げて説明するが、特に明示しない限り、そのような説明はPd、Ru、Fe、Zn等の、イオン半径についての上記条件を満足する元素を使用した場合でも成立することに注意されたい。また、以下の説明では固体電解質としてイットリア安定化ジルコニアを使用するが、本件発明の技術分野で使用される他の材料、例えばセリア、を使用することもできる。
【0017】
より具体的に説明すれば、本発明のアノード材料は例えばジルコニア(ZrO)(イットリア安定化ジルコニア(YSZ)を使用するのが望ましい)と酸化ニッケル(NiOx、ここで1≦x≦4、以下同様。なお以下ではNiOxをNiOと略記する場合もある)との混合物の層上に非常に薄い酸化ロジウム(RhOx、ここで0.5≦x≦2、このxの範囲はRh以外の元素の場合でも同じ)を電解質となる固体酸化物(例えばYSZ)上に成膜し、これを、水素を含む還元性雰囲気(実施例のようにヘリウムなどで希釈した希釈水素でもよいし、あるいは純水素でもよい)中で加熱することにより作製される。RhOx膜が形成されていない状態でYSZとNiOxとの混合物(YSZ-NiO)の層を還元性雰囲気中で加熱して層中のNiOをNiに還元することで多孔質のアノードを固体酸化物電解質上に形成することは従来から知られていた。しかしながら、固体酸化物形燃料電池では、そのアノード層中にRhと同じ白金族元素であるPtを使用してもあまり効果がないと認識されていたことも有り、RhOxをこのような形で使用してアノード材料を作成する例はなかった。
【0018】
本発明のアノード材料では、後述するその特異な微細構造から理解されるように、特許文献1で説明したPtの場合と同じく、アノード材料全体に占めるRhの量を、Rhを使用する他の形式の燃料電池の電極材料と比較して非常に低減させても触媒活性が高い値に維持される。以下で説明する実施例ではアノード材料中に占めるRhの量を65mg/kg(=ppm)から6.5mg/kg(=ppm)(実施例で成膜したRhOxの膜厚で10nmから1nm)まで変化させてみたが6.5mg/kg(=ppm)という極めて微量の場合でも、実用上障害となるような燃料電池の発電性能の著しい低下の兆候は見られなかった。従って、実施例で具体的に実証されたRh量の下限は6.5mg/kg(=ppm)であるが、本発明のアノード材料はこれよりも少ないRh量でも充分に高い性能を示すものと考えられる。なお、アノード層内におけるRh量は、誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS)(使用装置:パーキンエルマーELAN DRCII ICP-MS)により定量分析を行い確認した。
【0019】
ここで本発明のアノード材料に形成されている活性サイトを従来のアノード材料における活性サイトと比較して説明する。
【0020】
上述のように、従来においては燃料電池のアノード電極反応は電子-ガス(水素)-イオン(酸化物イオン)が出会うサイト、すなわち三相界面と呼ばれるサイトにおいて起こると考えられており、この三相界面が形成される位置は電解質となる酸化物と電極活物質(実施例で比較例として挙げた従来構造のアノード材料ではNi)との接触部分である。図1(a)に、RhOx薄膜なしの場合、すなわち従来型の三相界面が活性サイトとして働いている従来のアノードの構造を概念的に示す。図1(a)左側は酸化物電解質粒子とNiOx粒子との混合物の層を固体電解質表面に形成した状態を示す。同右側は左側の状態のものを水素雰囲気中で、800℃還元処理した後のアノード材料の構造を概念的に示す。この処理によりNiOxが還元されて金属Niになる。この際体積が減少するため、還元後の酸化物電解質とNiとの複合材料中には多数の空孔が形成されることにより、多孔質となる。この多孔質中でNiと酸化物電解質との界面に従来型の三相界面が形成され、これが活性サイト(図1(a)右側中で内部が空白の×印で示す)となる。
【0021】
本発明のアノード材料の活性サイトも上述した従来型三相界面モデルで説明できるとすれば、本発明のアノード材料ではRhの存在が重要であるため、活性サイトとして機能する三相界面には当然Rhの微粒子が存在するはずである(最初は酸化物RhOxの形態でアノードに導入されるが、その後の水素雰囲気中での還元処理によってNiOxだけではなくRhOxも還元されるはずであるため)。燃料電池の電極の成分にPtを使用する場合、その中の三相界面に存在するPt粒子は、例えば固体高分子形燃料電池の電極での観察結果を参照すると、周知のとおり、少なくとも数nmの直径の微粒子の形態で存在する。また、固体酸化物形燃料電池用のPtを含むアノード材料としては例えば既に言及した非特許文献1で開示されたものがあるが、非特許文献1においても、900℃程度の温度で熱処理を施したアノード材料中のPtは直径が50nm以上100nm程度あると考えられる粒子であることが示されている。詳細は非特許文献1の補足情報(supplementary information)としてこれとともに公開された非特許文献2を参照されたい。非特許文献2のFigure S6のBにはSDC(samaria-doped-ceria)とPtとが接触している部分における三相界面のTEM像が示されており、その左上に一部が見えているPt粒子は、900℃程度の温度で熱処理を施したのちは、直径が少なくとも50nm以上100nm程度はあることがわかる。また、同文献のFigure S1のF中でPtとして指示されている、白く、はっきり光っている白金粒子は、同図Dのキャプションを参照するに900℃で熱処理後の粒子であると考えられる。Ptの代わりにRhを使用した場合であってもほぼ同様の結果となると考えられる。
【0022】
公知文献において、Pt、Rh等の貴金属を、酸化物形燃料電池用アノード層に少量(数wt%)用いる例としては、例えば非特許文献3がある。ただし、この文献の場合、アノードは、Ni-8YSZでなく、Ni-SDCを使用している。すなわち、特許文献1で参照した非特許文献2と同じように、8YSZでなく混合伝導体のSDCなどを用いている。しかしながら、非特許文献3で紹介されている上記アノード材料を使用した場合でも、800℃以下では十分に性能を発揮できない。微量に粒子を添加するような系の場合の限界が、この温度付近にあると考えられる。また、このように、YSZではなく混合伝導体を使用すると、混合伝導体(SDCなど)のなかのCe4+がCe3+に還元され、その際、Ce3+のイオン半径が大きいことに起因して大きな体積膨張を起こすために三相界面に大きなひずみが生じる。そのことが性能低下、安定性低下、機能する三相界面数の低下を引き起こすために、ここに混合伝導体を使用するのは好ましいとはいえない。
【0023】
従って、本発明における三相界面が従来と本質的に同じ構造を有していると仮定すれば、本発明の実施例でも活性サイトとなる三相界面が形成されている個所には少なくとも数nmの直径を有するRhの微粒子が観測されるはずである。
【0024】
しかしながら、上で参照した非特許文献3の場合と比較してみても、そこでは貴金属を数wt%と本発明に比べて極めて大量に使用している。一方、以下で示す実施例からわかるように、本発明のアノード材料が高い活性を発揮することから、その活性サイトも極めて多数存在すると考える必要がある。したがって、各活性サイトがその活性を得るために数nmのRhの微粒子を必要とするのであれば、ごくわずかの量しかRhを含有しない本発明のアノード材料では、そのような高い活性を実現するための極めて多数のRh微粒子を提供することはできないことになる。結局、特許文献1の場合と同じく、本発明のアノード材料においても、活性サイトとして機能する三相界面が形成されるはずの酸化物電解質粒子とNi粒子との界面においては1nm程度あるいはそれよりも大きなRu粒子が存在していないとしなければならない。
【0025】
このアノード材料はRhOxを使用しない従来のアノード材料に比べてきわめて活性が高いため、当然多数の活性サイトがその上に存在するはずであることと併せて考えると、上記考察の結果は従来の三相界面モデルでは説明できない構造であって従来型の三相界面構造を想定した場合に比べてはるかに小さな新たな三相界面となる活性サイトがそこに存在すると考えざるを得ないことを示唆している。さらに具体的に言えば、本発明におけるRhOxを使用したアノード材料では、本発明におけるRhが特許文献1において使用した元素Ptが同じ白金族に属すること、さらにはこのアノード材料は特許文献1で説明したものとほぼ同等の作用効果を達成することを考え合わせると、特許文献1でPtOxを使用したアノード材料について検討した結果と同等な構造が形成されていると考えるべきである。
【0026】
この点についての特許文献1における説明を再説すれば、高分子電解質形燃料電池のPt担持セリア電極活物質における新たな活性サイト構造についての研究成果を公表している非特許文献4には、Ptカチオンとセリウムカチオンがセリア結晶中の格子欠陥を介して結合されている、原子レベルの極めて小さなサイズを有するクラスターを形成し、このクラスターが強い電気化学的な触媒作用を発揮することが示されている。特許文献1において作製したアノード材料では直径が1nm程度以上のPt粒子はジルコニアまたはセリアとニッケルとの界面では観測されず、またPtがアノード材料上に集塊を形成することなく一様に分散していること、また非常に高い活性を有することから考えて、このアノード上にも非特許文献4で提示されたものと同じようなカチオン-欠陥酸化物クラスターが、新たな三相界面となり、大量に分散していると判定するのが相当である。したがって、Ptに代えてRh(あるいはPd、Ru)を使用した本発明においても、特許文献1で明らかにしたものと同等な新たな三相界面が本発明のアノード材料中に大量に分散していると考えることができる。
【0027】
なお、上の説明では上記クラスターに微量添加する元素としてRuを使用する場合に例を取って説明したが、後述するように、より一般的には例えばFe2+及びZn2+のように2価のカチオンとした場合のイオン半径がPt2+のイオン半径と同程度(具体的には、Pt2+のイオン半径の±10%以内)の元素を使用した場合にも適用されることに注意しておく。
【0028】
図1(b)にこれを概念的に示す。図1(b)左側には酸化物電解質とNiOxとの混合物で形成された約40μm厚のアノード層の表面(図では下側)に厚さ10nmのRhOx薄膜を形成した状態が示されている。この状態で図1(a)と同じく800℃において水素雰囲気中で処理すると、RhOx薄膜からRhカチオンが酸化物電解質とNiOxの層中へ拡散していく。水素雰囲気中での還元処理の過程ではNiOxが混合物の層中に残っているため、
RhOx+Y安定化ZrO+NiO →
Rhカチオン-欠陥酸化物-Niカチオンクラスター形成
という反応が進行し、結果として還元処理の終了時点では図1(b)右側に示すように、酸化物電解質及び金属Niの上に上記クラスター(内部が空白の星印☆で示す)が高密度かつ一様に形成された状態となる。上述した「Rhカチオン-欠陥酸化物-Niカチオンクラスター」をより詳細に説明すれば、先ず、このクラスターはNi表面の部分酸化層上に形成されることが判っている。そこで、本願出願人による先の特許出願(特許文献1)で使用したPtを例として、表面欠陥構造シミュレーション(モデリング)をソースコードGULPを用いて行い、もっとも妥当と考えられる欠陥会合クラスターを推定した。その結果、この場合の欠陥会合クラスターの構成元素は、Ni欠陥(形式電荷マイナス2価値)、Pt2+がNiO格子の準格子位置(フレンケル欠陥サイト)に入ることで生まれるPt2+欠陥(形式電荷:もちろん+2価)、酸素欠陥(形式電荷:+2価)、酸素欠陥がNiO格子の準格子位置(フレンケル欠陥サイト)に入ることで生まれる格子欠陥(形式電荷:-2価)となり、電荷が中性になるように会合欠陥が形成されている、との結果を得た。すなわち、これはPtカチオンとNi欠陥、更にこれらカチオン欠陥と電荷のバランスをとるために生まれた酸素欠陥とが結合した欠陥会合クラスターである。この結果は分析電子顕微鏡による解析結果とも矛盾なく一致しているため、十分な妥当性を有していると考えられる。ここで、Ptカチオンの代わりに、以下で説明するように2価のカチオンのイオン半径がPt2+のイオン半径に十分近い他の金属元素(Rh等、以下で例示する)の場合でも同じ結果となる。本願では、上で説明した構造を有する欠陥会合クラスターを単に欠陥会合クラスターあるいは更に簡略化してクラスターとも称する。このクラスターはわずかの個数の原子で構成されるので、そのサイズは高々数Åである。従って、これらのクラスターは1nm程度の空間分解能で観察しても全く検出できない。例えば、安定化ジルコニアのなかにロジウムカチオンと欠陥ジルコニアとNiカチオンのクラスターが存在するモデルを仮定した場合、ロジウムカチオンはRh3+となっていて、その周囲に配位した酸素は6個と仮定とすると、ロジウムカチオン(Rh3+)のイオン半径は、0.665Å(0.0665nm)程度になると考えられるので、1nm程度の空間分解能では当然見えるはずがない。しかしながら、このようなクラスターが存在しているか否かを検証することは可能である。先ず、このようなクラスターがアノード材料中に存在していれば、そこには当然RhやRhの酸化物が存在しているから、分析電子顕微鏡観察などでこれが金属または金属酸化物として確認できる。ただし、このような金属がNiとの合金の形で存在している場合には、Ni格子の膨張または収縮を伴うが、クラスターは原子の集合体なので、Niの格子定数を変化させることは通常は考えられない。したがって、アノード材料中にRhあるいはRh酸化物が存在していることが分析電子顕微鏡観察等で確認できるにもかかわらず、RhあるいはRh酸化物の粒子が電子顕微鏡によっても確認できず、またアノード材料中のNiの格子定数の増加・減少も起こっていないことが確認できれば、上述したクラスターがアノード材料中に存在していると判定することができる。
【0029】
ここで注意すべき点として、従来技術の活性サイト(三相界面)の分布を概念的に示す図1(a)右側では活性サイトが酸化物電解質とNiとの接触部分のみに形成されているのに対して、図1(b)右側では本発明の活性サイトがアノード材料の表面(多孔体の孔内部の表面を含む)のいたるところに分布するように図示している。これについて以下で説明する。
【0030】
本願発明者がこれまで行った研究の過程において、アノード層内を慎重に分析TEMで観察したところ、酸化物成分がNi金属側へ移動し、Niカチオンが酸化物上に拡散し、その領域には、Niと酸化物成分からなる欠陥会合クラスター構造が形成されていることがわかった。その詳細は非特許文献5及び6を参照されたい。
【0031】
これら非特許文献に示すように、Niと酸化物の界面の幅はたかだか10nm以内であるが、双方の成分が粒界を超えてほぼ同じ距離を拡散している幅は、粒界の幅の約10倍にあたる合計100nmに及んだ。また、その拡散領域には、非特許文献の表現を借りれば、超構造(superstructure)(マトリックスとは違う構造という意味)が形成されていると考えられた。本願発明者によるそれまでの欠陥構造に関するシミュレーションに基づいて考察するに、これもやはりカチオンと欠陥酸化物とからなるクラスター構造であり、C型希土類構造(マトリックスを構成する結晶は、安定化ジルコニアまたはセリアの場合は蛍石形結晶構造であるが、C型希土類結晶相はこの蛍石結晶相と熱力学的に共存することが可能、すなわち同じ状態図のなかで共存しうることが知られている)類似の配置をとると考えられた。このように、それまでの常識では、Niと酸化物の粒界にのみ従来型の三相界面が存在しその活性サイトの数は限定的であった。しかるに一方、特性を低下させる原因も生じていた。つまり、Niが固体電解質膜内へも勢いよく拡散してしまい、固体電解質内に電子伝導パスなどの好ましくない状態をつくるためであるという、従来の技術常識をある意味否定する結果が得られた。
【0032】
本発明において、上記欠陥会合クラスターはNiの活性を低下させるNi表面の部分的酸化層の上に形成される。その欠陥会合クラスターの形成(活性を損なわせるNi酸化物層のうえへの形成)が、Niの活性を今度は促進する作用をもつために、微量で顕著な効果が認められると考えられる。また本願発明者による観察結果ではこの欠陥会合クラスターは、ジルコニアやセリアの側には観察されていないので、アノード内の特に部分的酸化されたNi金属の表面にできる欠陥会合クラスターが本発明の作用・効果をもたらしているということができる。
【0033】
本願発明者は更に、本願発明の本質が上で説明したところのカチオンと欠陥酸化物とからなるクラスター構造にあるとすれば、ある元素が本願発明におけるカチオンとして使用できるかどうかは、その元素の種類よりは(つまり、当該クラスターの構成要素の一つであるカチオンとなる元素は白金族元素に限られるものではないということ)、その2価のカチオンのイオン半径がPt2+のイオン半径と同程度であることが重要であるとの着想を得た。例えば鉄(Fe)の2価カチオンFe2+のイオン半径はPt2+と近いことが知られているので、PtOxと同じような方法で、FeOxを蒸着して、その後還元処理した試料の特性を測定したところ、上述の白金族元素を使用した場合に近い効果が得られた(詳細は実施例に示す)。また、亜鉛(Zn)の2価カチオンZn2+のイオン半径もPt2+に近い。
【0034】
ここで、適切なイオン半径の範囲を求めるため、Pt、Fe、Zn、Pd、Ru、Rhのイオン半径を比較すれば、
・Pt2+のイオン半径(酸素6配位を仮定):0.80Å
・Fe2+のイオン半径(酸素6配位を仮定):0.78Å
・Zn2+のイオン半径(酸素6配位を仮定):0.88Å
・Pd2+のイオン半径(酸素6配位を仮定):0.86Å
となる。
【0035】
Ru及びRhについては2価のカチオンのイオン半径についての報告は見られないため、3価の場合のイオン半径で代用してみると、以下のようになる:
・Ru3+のイオン半径(酸素6配位を仮定):0.68Å
・Rh3+のイオン半径(酸素6配位を仮定):0.67Å
【0036】
Fe2+、Zn2+及びPd2+のイオン半径はPt2+のイオン半径に十分に近く、具体的にはその±10%である0.72~0.88Åの範囲内に入っている。しかし、Ruカチオン及びRhカチオンは3価の場合にはイオン半径がかなり小さくなり、上記±10%の範囲外となってしまう。そこで、これらのカチオンについては2価の場合のイオン半径を推定する。ある原子が複数の価数を取るが、そのうちのある価数のイオンの半径が不明である場合、他の価数のイオンの半径が既知であれば、イオン半径と価数とがほぼ線形の関係にあるとして未知のイオン半径を推定する方法がある。この推定方法は当業者に広く使用され、また妥当なものであると認められている。以下で、この推定方法によりRu2+及びRh2+の2価のイオン半径を求める。
【0037】
Ru及びRhのカチオンのイオン半径は3価~5価についてはわかっているので、それぞれこれら既知の値に基づいて2価のカチオンのイオン半径を外挿する。これを図3のグラフに示す。数値的には以下の表に示す通りとなる(ただし、酸素6配位を仮定)。
【0038】
【表1】

【0039】
これより、Ru及びRhの場合にもその2価のカチオンのイオン半径がPt2+のイオン半径に十分近く、その±10%の範囲内にあることが確認できた。したがって、2価のカチオンのイオン半径がPt2+のイオン半径の±10%以内に入っている元素であれば、本願発明のアノードに含有させる元素として使用可能であると考えられる。
【0040】
なお、イオン半径としては、Fのイオン半径1.19Åを基準にしたCrystal Radii(CR)、及びO2-のイオン半径1.40Åを基準にしたeffective Ionic Radii(IR)が通常使用されている(非特許文献9)。どちらを使うかの一般的な基準についてその概略を説明すれば、先ず結晶構造のなかで金属でも酸化物でも同種の結晶構造をとる場合がある(例えばNiとNiO)が、この場合は結晶構造の類似性に中心を置く議論になるため、イオン半径としてCRを採用する方が好ましい。一方、酸化物同士の比較、または酸化物のみを議論の対象に置く場合は、IRを使用するのが一般的である。非特許文献9では、では、NiOがNiになる還元過程で活性サイトが形成されるという議論を行っているため、イオン半径としてCRを採用しているが、本願では、NiOとYSZの界面を考えることからIRを用いる。
【0041】
本発明においては、従来はアノード特性を悪化させる役割をしていたアノード層内におけるカチオン-酸化物界面形成にRhカチオンを参加させることで、上述したNi及び酸化物の長距離移動と相俟ってより広範囲に電極性能を向上させるクラスター構造ができたことによってはじめて、新たな活性サイト(三相界面)数が格段に向上した結果、発電性能向上にも貢献できたと考えられる。
【0042】
このように、本願発明者は、特許文献1の発明を完成させるにあたって、単にNiと酸化物がとなりあう極めて狭い場所でしか活性サイトは生まれないという従来の固定観念にとらわれず、上述の実験結果をもとに研究を進めた結果、Ni上及び酸化物上にもひろく新たなクラスター構造を形成可能であるとともに、従来は、アノード層内に用いても、燃料電池性能向上という観点からすると意味がないと考えられていたPtの添加により、極めて大きな活性が実現できることを見出した。本発明ではさらに、当該発明がPt以外にも拡張できるという着想に基づいて研究を進め、Rh等を用いたアノード層改良による発電性能の顕著な改善を可能とした。
【0043】
なお、固体酸化物形燃料電池用のアノード材料にPtを使用する数少ない先行例として非特許文献1が存在するので、本発明と当該文献の記載内容との相違についてここで説明する。なお、正確には、Ni-YSZ系アノードにおいて、同様な先行文献は存在しない。Ni-SDCなどでは、数%程度の添加効果が、800℃以上において現れることが示されているが、本発明が目指している動作温度領域はこれよりもかなり低温側にある。
【0044】
先ず、非特許文献1ではアノードの作製に当たってPtの酸化物であるPtOxではなく金属のPtを使用していることに注意されたい。以下で説明するように、PtOxとNiOxは、酸化物が金属粒子に還元される際に、他の粒子との反応活性が高まると考えられ、PtOxからの白金への還元によるPtの反応活性向上効果、NiOxのNiへの還元によるNi表面における反応活性向上効果、及び酸化物粒子表面における酸素欠陥発生による酸化物粒子表面反応活性向上効果が一緒に働くことに加え、NiOxと酸化物固体電解質粒子間の広範囲においておこる双方向の拡散現象があいまって、新規な三相界面がアノード層内に広く、多量に形成されると考えらえる。ここで、あまり高温で処理してしまうと、表面の反応活性が高まったNi粒子同士や、酸素欠陥をもつ酸化物粒子の結合が切れ、上述のような広範囲に新たなクラスター形成に伴い生まれる三相界面(本発明における新規な三相界面については少し先で詳述する)の形成を損なうので好ましくない。
【0045】
この考えにもとづけば、初めから白金粒子をスパッタした場合、こうした酸化物から金属粒子への還元過程がなく、ただ、800℃という高温における熱処理が加わることによる白金粒子の粒成長と焼結が起こることから、他粒子との反応活性は十分に高まることはなく、それなりの効果しか期待できない。よって、アノード性能向上効果を測定できる範囲に高めるためには、大量の白金をスパッタする必要が生じてしまい、希少金属である白金を大いに使用するという、産業上の利用価値の少ない状態を作り出してしまう。このような事情は、アノード材料に白金の代わりにロジウムなどを使用する場合でも同じであると考えられる。
【0046】
また、非特許文献1におけるPtの使用状況について更に説明すれば、非特許文献1ではスパッタによって金属Ptを与えているが、その膜厚は、後述の本願実施例における1nm~10nmに比べて数十倍にあたる150nmから200nmになっている(非特許文献1の160ページ左欄、”Method”セクションの第2段落)。さらには、本願実施例における上記膜は金属RhではなくRhOxであり、金属Rhに換算するともっと薄くなることに注意されたい。実際、すでに述べたように、本願実施例のアノードを定量分析した結果、そのRhの含有量は6.5mg/kg(=ppm)から65mg/kg(=ppm)までとppmレベルであり、既報の%レベルにくらべて極めてわずかな量であった。すなわち、非特許文献1では本願発明に比べてはるかに大量のPtを使用して電極性能の向上を確認している。これに対して、本願実施例では、その数十分の一程度の僅かなRhしか使用していないにもかかわらず、電池性能にまで大きな改善効果を観察できている点で、本願発明におけるRhの利用効率が高いことが理解出来るであろう。
【0047】
なお、三相界面についてここで説明すれば、三相界面とは、電子(電荷移動を担う相、従来はNi粒子がつらなった径路)、ガス相(アノード層内では水素)、及びイオン(酸化物イオンの拡散を担う相、従来は酸化物粒子がつらなった径路)が一か所に集約された界面を指す。本願の場合、従来型の三相界面に加えて、高分解能SEMの検出限界以下程度と思われるロジウムナノ粒子がロジウム酸化物の還元により形成され、単に粒成長を起こすのではなく、表面に酸素欠陥をもつ酸化物粒子や、還元により表面の反応活性が高まったNi粒子の間で起こる双方向の拡散現象とあいまって、先に説明した新規高活性な活性サイトとして現れる三相界面を広域に形成させることができた。その結果として燃料電池発電性能の向上を可能にしたものと考えられる。
【0048】
ここで上述した双方向の拡散、及びNi粒子と酸化物粒子との接触点以外に形成される三相界面について説明する。
【0049】
非特許文献7はPtをセリアナノワイヤに含浸させたものをカーボンブラックと混合したPt-CeO/C電極材料を開示している。そのFigure 3には金属白金上への酸化物粒子(ここではセリア)からの拡散現象をTEMで観察した結果の例が示され、更にこの拡散現象を考察してイラスト化した図がFigure 12に示されている。非特許文献7では金属としてPtが使用されているが、Niでも同様な現象が起こると考えられる。これらの図からも分かるように、金属粒子上に、酸化物粒子から数nmの厚みの膜状に酸化物粒子成分が拡散していく。この拡散は界面構造(クラスター構造)をつくりながら進行する。一方、酸化物粒子側への金属の拡散については、Pt-CeOxナノワイヤ電極では、酸化物粒子表面から少し深い範囲まで(10nm程度と考えられる)金属成分が拡散していく。また、先に非特許文献5,6を参照して説明したように、固体酸化物形燃料電池用アノード層内では、両側から等距離の拡散が観察されているので、Ni金属上には酸化物の薄膜状態での拡散が,また酸化物側ではその表面から内部(深さ方向)及びその表面にそった方向に金属成分が拡散していくことになるが、いずれの方向でも、欠陥クラスター構造を形成しながら拡散がすすむ。白金が加わった場合にはこの拡散範囲は広がると考えられる。白金の代わりにロジウムなどを使用した場合にもこれと同等な現象が起こる。従って、Ni粒子と酸化物粒子の両者において、上記拡散の進行につれて、そのいたるところにRhカチオン-欠陥酸化物-Niカチオンクラスターが形成される。
【0050】
また、金属Ni粒子同士はつながっているが、その表面は部分的に酸化物成分薄膜で覆われている。この酸化物薄膜は当然酸素欠陥構造を有しているため、酸化物イオンを運ぶ径路となることができる。電子については当然ながらNi中を低い抵抗で移動して、Ni粒子全体の表面のいろいろな部分で酸化物薄膜と遭遇できる。また、この薄膜は不均一に(言い換えれば部分的に)Ni金属粒子表面を覆う形態を取るはずなので、Ni金属粒子表面でガス、電子及びイオンの三者が遭遇する三相界面の数は、単にNi粒子と酸化物粒子との接点だけが三相界面となる場合に比べて、大いに増加する。また、本発明のアノード材料では、Ptカチオンが作る微細構造にはない電荷移動を容易にする欠陥クラスター構造がRhOxの蒸着により可能になったものと考えている。
【0051】
これに加えて酸化物粒子上の電子伝導経路を考えるに、上述したように酸化物粒子側には金属成分が拡散する。この拡散には表面から内部への拡散と表面にそって広がる拡散との2種類あると考えられるが、いずれにしてもその際に金属カチオンがクラスターを形成する。つまりRh2+サイト、Ni2+サイトが酸化物の結晶格子中のZr4+、Y3+(安定化ジルコニアはYがZrO格子内に固溶しているため、4価と3価のカチオンが共存している)または、Ce4+,Ce3+(セリアは通常4価と3価のセリウムからなっている)からなる。このように、2価カチオン、3価カチオン及び4価カチオンが新たにできたクラスターの構成成分となっていて、クラスター中にこれらの異なる原子価が共存した状態になっていると考えられる(クラスター全体の電荷は、当然ながら、酸素欠陥などの量により、全体が中性になるように補償されている)。異なる原子価が共存した材料の表面では電荷移動が促進されることが一般に知られているため、複合クラスター形成領域では、電子が移動するとともに、マトリックスはもともと酸素欠陥構造をもつ酸化物であるから、酸化物イオンもそのごく近傍を拡散することで、電子、酸化物イオンとも、クラスターの極めて近い場所に到達することができる。更にアノード層が良好な多孔性を持っていれば、ガス(水素)も電子及び酸化物イオンが到達できる場所の多くに接触する。この状態が表面近傍のいたるところで生じるため、そこに新たな三相界面状態ができると考えられ、結果として、酸化物表面でも、ガス、電子及びイオンが遭遇する三相界面の数は当然大幅に増加する。
【0052】
従って、本発明のアノード材料中は、Ni、酸化物何れの表面でも、そのいたるところに活性サイトとして機能する三相界面を有することができ、従って従来のアノード材料に比べて極めて高い活性を実現することが可能となる。
【0053】
また、酸化物電解質は通常粉末の形態のものを使用するが、この粉末を構成する微粒子は、通常の粉末の場合のような球状その他の低アスペクト比の形状でもよいし、あるいはナノワイヤのような高アスペクト比のものであってもよい。従って、本願では「粉末」と呼んでも、それを構成する微粒子の一部または全部がナノワイヤ等の高アスペクト比のものである場合を排除するわけではないことに注意されたい。
【0054】
本願発明では、アノードの構成成分として白金族元素であるRh、Pd、Ruを、またより一般的には2価のカチオンとした場合のイオン半径がPt2+のイオン半径の±10%以内の元素を使用することで固体酸化物燃料電池の発電性能を改善する。ここで、実施例からわかるように、上記元素のうちの3種類の白金族元素中で、Rhを使用した場合にとりわけ顕著な効果が発揮される。電極触媒に限らず、触媒全般について、d軌道が殆どあるいは丁度みたされている場合に触媒作用が強くなるとされている(例えば非特許文献8の10ページ参照)。そこで、特許文献1で使用されているPt、並びに本発明で使用するRh、Pd及びRuについてその電子配置を比較すると以下の通りとなる。
Pt 4f14 5d9 6s1
Rh 4d8 5s1
Ru 4d7 5s1
Pd 4d10
上に示す電子配置から考えると、Pt及びPdが他の2種類の元素Rh及びRuに比べて高い電極触媒能を有するはずである。しかしながら、以下の実施例からわかる通り、700℃における実験結果を比較すると、Rhを使用した場合にPtやPdよりもさらに高い活性を示すことが判る。したがって、特許文献1で明らかにされたPtを使用した場合の効果は他の白金族元素Rh、Pd及びRu、その他上述の元素でも発揮されるが、Rhの場合には、上述した触媒能の高さについての一般論から予想される程度を超えた大きな効果が得られる。
【0055】
本願発明者が白金族以外の金属元素の使用可能性についてさらに研究を進めた結果、上述のFeOxだけではなく、MnOxの微量蒸着及びそれに引き続く水素還元処理を行った場合にも、非常に大きな性能改善が達成されることを確認した。その実験結果を実施例に示す。ここで、MnOxを使用した場合、MnOxの蒸着厚を1nmと極めて薄くしても大きな性能改善が認められた。具体的には、蒸着厚1nmのアノードを動作温度700℃で使用し、セル電圧(IRフリー)=0.8Vの時の電流密度を実施例中の他の金属酸化物を使用したものと比較すると、一番大きな電流密度が得られた(図17)。なお、RhOxを使用した場合にはMnOxよりもわずかに小さな電流密度が得られ、FeOxでその次に大きな電流密度が得られた。
【0056】
蒸着厚を10nmとしても1nmの場合とほとんど同じ電流密度が得られた(図18)ため、望ましい活性サイト生成には10nm蒸着以下の蒸着厚で十分であることが判った。なお、蒸着厚が10nmの場合にセル電圧(IRフリー)=0.8Vの電流密度を他の金属酸化物を使用した場合で比較しても、RhOxを蒸着したもの(図11)よりもごくわずか小さな電流密度の出力電流(RhOxの場合の約97%)が得られるという高い性能を発揮することが確認された。ただし、蒸着厚を大きくして行った際に他の要因によって性能改善が妨げられるのであれば、当該要因を除去することで性能をさらに改善できる可能性がある。したがって、本発明はMnOxの蒸着厚を10nmよりも厚くすることを排除するものでないことに注意すべきである。
【0057】
具体的には、Mn添加による性能の向上には4価のMnはほとんど貢献しない可能性がある。もしそうであれば、MnOxの蒸着厚を10nmに増加した場合に性能の改善が見られず、1nmの場合とほとんど同じ特性になったのは、MnOxの蒸着厚を増大した際に4価のMnの比率も増大したため、性能の向上に寄与する3価のMnの量が実質的にほとんど変化しなかったためであると考えることができるかもしれない。
【0058】
ここで、燃料電池のアノード特性の向上になぜMn、Rh、Feが作る界面構造が有用であるかを、図4図7を参照して以下で説明する。
【0059】
これらの金属元素は何れも3価または4価のイオンとして安定な状態で存在できるので、以下ではアノード材料表面でこれらがRh3+、Fe3+、Mn4+イオン(以下、図中ではこれらのイオンを総称してMと表記することがある)になっている状態でクラスターを形成するとして説明を行う。なお、先に説明したように、2価のイオン、ここではMn2+等を代表として、そのイオン半径を採用し、あるいは当該イオン半径が既報でない場合には推定する。また、酸化物電解質としてYSZを使用する。図4はこれらのイオンを中心としたどのような構造のクラスターがNiOの表面(図1を参照して説明したように、RhOx等の薄膜が形成される際のアノード層は微粒子状態の酸化物電解質とNiOとの混合物であり、薄膜形成後に水素還元を行うことでNiOxが金属Niに還元されることに注意)に存在するかを説明する。
【0060】
図4中の(a)で示すところのアノード層内の蛍石形結晶構造(立方晶)を有するYSZと、同じく(b)で示すところのNaCl形結晶構造(立方晶)を有するNiOとの界面は、同じ立方晶同士の界面であるものの、大きなミスフィット(不整合)が生じている。このようなYSZとNiOとの界面に生じている大きな不整合(当然多数の格子欠陥を近傍に生じている)に、ごく微量のRhカチオン、Feカチオン、MnカチオンがNiOの水素還元時にNiの表面に残存する酸素及び格子欠陥とともにクラスターを形成する。このようなクラスターを図4の(c)に示す。カチオンの半径が大きくなるとクラスターが占有する領域も少しずつ広がると考えられるので、緩衝地帯としての役割もより一層有効性が高まる。なお、図4においては、このようなカチオンMとして、RhはRh2+を想定し、またFe、MnもFe2+及びMn2+をそれぞれを代表するイオン種としてクラスター内に考えることにしている点に注意されたい。すなわち、以下の説明及びそこで参照される図面では、Rh、Fe、Mnは全て2価のイオンとして表記する。この際、Niの表面もNaCl形結晶構造であるため、Niの周りに酸素原子の平面4配位構造(図4(b)の上部を参照)が存在するが、これが上述のようにして形成されたクラスターにより、見かけ上YSZ表面に見て取れるピラミッド形5配位構造(図4(c)の上部を参照)を形成するようになる。このようにしてNiO表面に形成された上記クラスターは水素還元後にもNi表面に残るので、YSZとNiの表面の結晶構造を比較すると、上記クラスター部分ではYSZとよく似た構造を有するようになる。
【0061】
また、上述のように形成されたクラスターは形成過程で互いに会合するが、その際にクラスター間の距離がYSZ表面に想定される単位格子のサイズに近い状態を作っていると考えられる。これは、Rh2+(また、Fe2+やMn2+)のイオン半径が想定したサイズのクラスターを作りやすい大きさにあることを、モデリングの観点から示していると言える。
【0062】
図5の(a)の左側はYSZの、また右側はNiOの表面単位格子(図6に示すところの、クラスターを表すことができる最小の六角形が縦4個、横6個からなる領域)を想定し、当該単位格子のサイズを示した。なお、図6においてはすぐ上に述べたように最小の六角形が横方向に6個並ぶが、縦方向には最小単位の六角形が形成できない配列が等間隔に入っているために間隔が開いており、個数が4個となる。よって、縦と横の長さが6角形の個数とは対応していない長さとなっている。これに対して、図5(b)の右側は上述したところの会合した表面欠陥クラスター及びそこにおける表面欠陥クラスター間の距離を示す。図5の(a)と(b)とを比較すれば、YSZの単位格子のサイズが17.9Å及び23.9Åであるのに対して、会合した表面欠陥クラスター側では対応するサイズがそれぞれ17.0~17.9Å及び23.0~23.9Åと非常に近いものになっていることが判る。ここで、Rh2+、Fe2+、Mn2+を使用した場合は、先にも触れたように、クラスターを構成するカチオン(+2を代表として想定)の半径が大きくなると、クラスターが占有する領域も少しずつ広がると考えられるので、クラスターサイズも範囲をもち、緩衝地帯としての役割も一層たかまることで、その効果が顕著になる。
【0063】
なお、同図(b)の右側に示すNiO表面の一部が他の部分に比べてやや濃色で描かれているが、これはこの部分に表面欠陥クラスターが形成されていることを示す。
【0064】
以上に基づき、図7を参照しながら、このような表面欠陥クラスターがアノード反応を促進させる理由を説明する。
【0065】
図7の(a)は従来のアノード上のアノード反応の進行を、また(b)は上で説明したような表面欠陥クラスターがNi表面に形成されているアノード上でのアノード反応の進行を模式的に示す。なお、従来型のアノード反応については、第一原理計算によりその反応のモデルが提案されている。その詳細は煩雑になるのでここでは説明しないが、必要であれば非特許文献10及びそこで参照されている他の文献を参照されたい。
【0066】
図7の左側はアノード中のYSZとNiとの界面付近の比較的広い領域を示し、右側は左側に示す領域中で横長の破線で囲まれた狭い領域を拡大して示している。
【0067】
上述したようにNi表面にYSZ表面類似の表面欠陥構造が形成され、その単位格子のサイズも見かけ上双方非常に近い状態になると、従来はYSZ表面でしか起こらなかった水分子形成反応(燃料電池アノード反応)の中で最も遅い反応とされていた表面酸素拡散がNi表面でも起こるものと考えられる。その結果として、図7(b)に示すように、水分子形成反応をYSZ表面とNi表面の双方で容易に起こすことが可能となり、その結果として優れた性能を引き出すことが可能となったと考えられる。
【0068】
上述したような性能改善作用を一般化して考えるに、図4図7を参照して説明した性能改善作用を達成するためには、図5等を参照して説明したように、酸化物電解質の単位格子サイズと会合した表面欠陥クラスターが会合する際の距離とが近いことが求められる。表面欠陥クラスターのサイズには当該クラスターを構成する微量添加金属イオンの半径が当然影響する。本発明者が検討したところでは、このような金属イオンとして2価のイオンを代表するイオン種と考え、当該2価イオンのイオン半径がPt2+のイオン半径の±10%の範囲に入る場合に、当該性能改善効果が有効に発揮されることがわかった。Rh及びFeの2価のカチオンのイオン半径についてはすでに検討したとおり、±10%の範囲に入っている。またMnの2価のカチオンのイオン半径は0.82Åであることが分かっており、これもPt2+のイオン半径の±10%以内に入っている。
【0069】
なお、上の説明は酸化物電解質としてジルコニア(ZrO)を使用した場合のものであったが、ジルコニアをセリア(CeO)に置き換えた場合でもこの説明は成立する。図8及び図9からわかるように、ジルコニアをセリアに置き換えた場合も、NiOとの間には大きな格子のミスフィットが生じる。ここで、微量添加する金属としてMnを用いた場合、Mn2+を代表として想定すれば、イオン半径が0.82Å(これはPt2+のイオン半径0.80Åに対して±10%以内)のカチオンがクラスターを形成する。従って、酸化物電解質としてジルコニアを用いた場合と同様に、表面欠陥クラスターが会合したものにおけるクラスター間距離がセリアの格子間距離と近くなる。これにより、NiOとCeOの間の大きな格子ミスフィットが緩和される。
【0070】
上で説明したように、本発明では、極めて微量の金属元素を添加することで、650~700℃程度の低温でも動作する固体酸化物形燃料電池を実現するためのアノード材料が提供される。ここで、添加する金属の量の具体的な範囲としては、アノード材料の4~400ppm程度と考えられる。しかし、本発明の動作原理や実験結果から見て、この範囲は上限、下限の両方について更に広がっていると期待される。
【実施例
【0071】
[本発明のアノード材料及びこれを使用した固体酸化物型燃料電池の作製及び測定・評価]
以下で説明する実施例においては、固体酸化物形燃料電池用固体電解質ペレットの二つの面に従来のカソード材料及び本発明の実施例のアノード材料を形成した比較例及び実施例を作製し、これらを使用した固体酸化物形燃料電池単セルの特性を評価した。
【0072】
具体的には、比較例の単セルは以下のようにして作製した。先ず、8mol%イットリアを固溶させたジルコニア(8YSZ)焼結体のペレット(厚み:500μm、直径10mm)の片面に、アノード(NiO-8YSZ)スラリーをスクリーン印刷法により塗布して、乾燥させた。このアノード(NiO-8YSZ)スラリー中の固形分の組成はNiO:8YSZ=4:1(重量比)とした。その後、1200℃で1時間空気中において焼き付け処理を行い、室温までゆっくり冷却した。次に、もう一方の面に、カソード((La0.80Sr0.200.95MnO3-x:Fuel cell materials社製,製品名LSM20-I)スラリーを塗布、乾燥したのち、1100℃の温度で、1時間空気中において、焼き付け処理を行った。焼き付け処理後、800℃の温度において4%水素(ヘリウム希釈)ガスを用いてアノード層内のNiOの還元を行った。NiOがNiに還元される際にアノード層内に大きな空隙が発生するため、アノード層が多孔体となった固体酸化物形燃料電池単セルが得られた。
【0073】
一方、本発明の実施例の作製に当たっては、先ず、比較例と同じく、NiO-8YSZ(NiO:8YSZ=4:1(重量比))アノードを同じ種類、同じ厚みのペレットに焼き付け、更に、もう一方の面にカソード((La0.80Sr0.200.95MnO3-x:Fuel cell materials社製,製品名LSM20-I)スラリーを塗布、乾燥したのち、1100℃の温度で、1時間空気中において焼き付け処理を行った。その後、NiO-8YSZアノード上に酸化ロジウム(RhOx)膜を製膜した。アノード上へのRhOxの膜形成は、直径約5cmのロジウムターゲット(純度:99.95%)を用いたマグネトロン・スパッタ法により行った。ここで、ロジウムターゲットから90mm離れた場所に試料をおき、室温、4×10-1Paの酸素分圧下において、10Wの直流電源を用いて直流スパッタを行った。アノード上へのRuOxの成膜は毎分約2nmの速度で行った。膜厚1nm、5nm及び10nmの3種類の厚さのRhOx膜をアノード層上に製膜したのち、800℃の温度において、4%水素(ヘリウム希釈)ガスを用いてNiOの還元を行い、比較例と同じくアノード層を多孔体とした。このようにして作製したアノード層中のRhの含有量を測定した。その結果、RhOxの膜厚を10nmとした場合で65mg/kg(65ppm)、1nmの場合で6.5mg/kg(6.5ppm)であった。なお、アノード層内におけるRh量の測定は、誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS)(使用装置:パーキンエルマーELAN DRCII ICP-MS)により行った。
【0074】
なお本実施例ではスパッタを行うに当たって直流スパッタ装置を用いたが、所要のRhOx膜を形成できれば、交流スパッタ装置など、成膜手段は問わない。
【0075】
また、ターゲットをルテニウムターゲット及びパラジウムターゲットに交換することで、同じ方法により膜厚1nm、5nm及び10nmの酸化ルテニウム(RuOx)膜及び膜厚1nm及び10nmの酸化パラジウム(PdOx)膜をそれぞれ成膜したアノードを作製した。
【0076】
なお、上の説明からわかるように、アノード側へのRhOx、RuOx及びPdOx(以下、RhOxで代表させてRhOx等と称することがある)の製膜は全てカソード側の焼き付けの後で行った。その理由は、RhOx等の膜を製膜したあとに空気中で、さらに1100℃、1時間の熱処理をすることが、RhOx等それ自体の粒成長をもたらし、これが以下で説明するRhOx等の還元処理過程でのRh、Ru、Pdカチオンの拡散、更にはRh、Ru、Pdカチオン-欠陥酸化物-Niカチオンクラスターの形成に悪影響を与える可能性があるからである。
【0077】
ここで、使用するNiO及び8YSZの粒径には好ましい範囲がある。NiOxは、いたずらに細かいと自分自身が焼結してしまい、NiOx同士の連結がきれてしまうため、この種のアノードを作製する場合には、通常はミクロンオーダーの粒子が使用される。8YSZも、あまり大きいと8YSZ同士の連結部にNiOxが十分に接しない可能性があるため、こちらも通常はサブミクロンからミクロンオーダーの粒径の粉末を使用する。本実施例及び比較例では、8YSZは東ソー株式会社製のTZ-8YSグレード粉末を、またNiOはFuel cell materials 社製のNIO-Fグレード粉末をそれぞれ使用した。
【0078】
東ソー株式会社によれば、8YSZであるTZ-8YSグレード粉末のBET比表面積は約7m-1である。通常は、この程度のBET比表面積の場合には、平均粒径は2~3μmであるので、ここで使用した8YSZの平均粒子径も2~3μm程度であると考えられる(なお、平均粒径がサブミクロンにあれば、BET比表面積は2ケタになる)。
【0079】
NiOx粉末として使用したNIO-Fグレード粉末のBET比表面積は、そのほぼ半分にあたる約3.1m-1(購入したボトル上の記載)であった。平均粒径は8YSZのほぼ2倍程度の大きさであると推定される。
【0080】
実施例に使用した以外の粉末を使用する場合には、8YSZ及びNiOのBET比表面積がそれぞれ7m-1±20%程度、3.1m-1±20%程度の範囲に入るものが好適であると考えられる。BET比表面積があまり小さい(すなわち平均粒径が大きすぎる)と活性サイトが存在し得る表面積が減少するので、当然ながら電極触媒としての活性が低下する。逆にBET比表面積が過大である(すなわち平均粒径が小さすぎる)場合には、焼き付け処理時に1000℃を超える高温処理をするので粒成長がすすみ、NiOx同士、8YSZ同士のつながりが途絶えてしまい、かえって、アノード層内における電荷移動経路や酸化物イオン拡散径路が切れてしまい、それがアノード層内三相界面の割合を低下させるので好ましくない。
【0081】
このようにして作製した実施例(すなわち、アノード層中にRh、Pd、Ruを含有させるために成膜したRhOx、PdOx、RuOxの膜厚が、PhOx及びRuOxの場合は1nm、5nm及び10nmの三通り、PdOxは1nm及び10nmの二通り)及び比較例の固体酸化物形燃料電池単セルを固体酸化物形燃料電池として動作させてその電流密度とセル電圧との関係を測定した。アノードガスとして純水素(室温、水飽和)を80sccmの流量で供給し、カソードガスとしては純酸素を80sccmの流量で供給した(実際には、発電装置内で先ず800℃で上記還元処理を行った後、供給するガスを切替えて、発電・測定を行った)。また、この発電試験の際の固体酸化物形燃料電池単セルの動作温度は、通常では1000℃とするところ、本実験では650℃及び700℃の二通りとした。測定データを得るに当たって、一点の測定のために10分程度の保持時間をとり、測定数値が安定するのを待って当該測定点の測定値とした。これにより電流密度-IRフリー(IR free)(燃料電池の内部抵抗による電圧降下の影響を補償した正味のセル電圧)特性(動作温度800℃)を上記実施例の単セルについて求めた。
【0082】
なお、IRフリーの求め方は当業者に周知な事項であるが、図2に電流遮断法によるその求め方の概略を示す。その名前の通り、燃料電池からの出力電流を図12の上側のグラフに示すように、所定電流iを流している状態から、電流0までできるだけ急峻に変化させる。これは燃料電池からの電流取り出しを行っている回路に、オシロスコープをいれ、この急峻な電流変化を設定し、これによる電圧変化波形を観測することで実現することができる。IRフリーの測定とは所与の電流Iを出力させているときの燃料電池のセル電圧Vに対して、燃料電池系の内部抵抗Rによるオーミックな電圧降下IRを補償した、燃料電池の正味のセル電圧Voを求めるものである。燃料電池の出力電流を突然遮断した場合、内部抵抗0の電流源と内部抵抗Rとの直列回路と言う単純なモデルではセル電圧がオーミックな電圧降下分直ちに上昇するが、実際の燃料電池では各種の遅れ要素を系内に含むため、そのセル電圧は図12の下側のグラフに示すように切断直後の立ち上がりが垂直ではなく、また立ち上がり領域から定常領域へ移行した後も僅かに変化する(図12の下のグラフでは僅かに上昇しながら一定値に収束する)。そこで、図2下側のグラフにおいて、電流遮断によってセル電圧が変化し始めた時点から垂直方向に延長した垂線と定常状態に移行した直後のセル電圧変化の延長線との交点位置のセル電圧座標の読みをオーミック(IR)電圧降下Voとする。これにより、IRフリーは
IRフリー=V+Vo
として求まる。
【0083】
上述のようにして求められた電流密度-IRフリーのグラフを、図10図15に示す。固体酸化物形燃料電池単セルの動作温度とアノード層に添加されている白金族金属元素の組み合わせは、図10図15についてそれぞれ650℃-Rh、700℃-Rh、650℃-Pd、700℃-Pd、650℃-Ru及び700℃-Ruである。
【0084】
更に、アノードに含ませることのできる元素が白金族元素に限定されず、2価のカチオンとした場合のイオン半径が重要であることを検証するため、Feを含むアノードを、上述の白金族元素の場合と同等の方法により作製した。すなわち、先ずNiO-8YSZ(NiO:8YSZ=4:1(重量比))アノードを上述したRh等の場合と同じ種類、同じ厚みのペレットに焼き付け、更に、もう一方の面にRh等の場合と同じカソードスラリーを塗布、乾燥したのち、1100℃の温度で、1時間空気中において焼き付け処理を行った。次に、ターゲットとして鉄ターゲットを使用して、Rh等の場合と同じ方法により膜厚1nm及び10nmの酸化鉄(FeOx)膜を成膜した。これを800℃の温度において4%水素(ヘリウム希釈)ガスを用いてNiOの還元を行い、Rh等と同じくアノード層が多孔体となったFe含有アノードを作製した。このようにして作製されたFe含有アノードを使用して、Rh等を含有したアノードと同じ測定を700℃において行った。その結果を図16に示す。なお、図16中で「FeOxなし」とされているデータは、Rh等の場合と同じく、実施例の冒頭で説明した比較例を使用して得られたものである。Fe含有アノードについては650℃のデータはないが、700℃においては、Rhには及ばないものの、Pd及びRuにほぼ匹敵する結果が得られた。
【0085】
これらの図からわかるように、アノード層にRh等を含まない従来の固体酸化物型燃料電池では、動作温度が650℃及び700℃においてはIRフリーが0.8Vの場合に電流密度が25mAcm-2にも及ばない極めて低い値となり、燃料電池としては実質的に機能していない。これに対してRhをアノード層に含む場合(図10図11)には、IRフリーが0.8Vの場合の電流密度は、動作温度が650℃で約67mAcm-2と従来の3倍近く、また700℃ではRhの含有量で変化するが、150~230mAcm-2と従来の約5~10倍の大きな値を示した。また、図12図16からわかるように、アノード層にPd、Ru及びFeを含有する場合もRhと同様の傾向を示した。さらには、Rh、Pd、Ru、Feの何れにおいてもアノード層へこれら元素を含有させるための酸化物層のスパッタ膜厚を1nmまで薄くしても電流密度は10nmの膜厚の場合に比べて極端に低下していない。これより、これらの元素の含有量を、燃料電池としての性能を大きく低下させることなく、実施例で試験したものよりもさらに少なくすることができると考えられる。
【0086】
下表に、上記実施例に使用したものと同じ組成及び厚さの金属酸化物膜及び実施例中では使用しなかったが本願発明に使用することができる金属酸化物膜の厚さ及び組成、並びにこれを使用することで上で説明した方法で作成される本発明のアノード材料中の金属の原子数密度及び金属の組成比をppm(すなわち質量比mg/kg、以下同様)で表したものを示す(試料番号3~21)。この表にはまた、特許文献1の発明に基づいてPtOx膜を使用して作成されたアノード材料(試料番号1、2)も示す。
【0087】
【表2】

【0088】
この表には、各種の金属酸化物膜試料のラザフォード後方散乱分光(RBS)結果から評価された当該アノード材料中の金属Pt、Rh、Ru、Pd、Feの原子数密度を示す。また、一部の試料についてはそのSEM-エネルギー分散型X線分析(EDX)結果から評価された当該アノード材料中の金属の組成比も示す。また、化学分析結果の欄には、試料番号1,2については誘導結合プラズマ質量分析(ICP-MS)を起こった結果得られたデータを示す。試料番号3以降についてはまだICP-MSを行っていないので、試料3~21については、それに含まれる金属Ph、Ru、Pd、Feの組成比はRBSにより得られた原子数密度に比例するものとして、試料番号2の結果、すなわち原子数密度の値が5.9×1015の場合に金属の組成比が91ppmであったことに基づいて換算を行った結果(ppm表示の小数点以下第1位を四捨五入)をこの欄に示す。試料3~21の金属組成比を見ると、最小が4ppm(試料14)、最大が372ppm(試料4)である。これより、2価のカチオンのイオン半径がPt2+のイオン半径の±10%の範囲内にある金属元素のアノード材料中での組成比が4~400ppm程度の範囲にあれば、本発明のアノード材料が得られることがわかる。なお、上で説明した本発明の原理及び実験結果から考えても、本発明のアノード材料では、この組成比を更に大きくしていってもその高い性能を維持できると考えられる。また、下限についても、金属酸化物膜の厚さを1nmまで小さくしても性能の急激な低下が見られないことから、実際には4ppmよりも小さな組成比でも高い性能のアノード材料が得られると考えられる。
【0089】
[上記実施例で薄膜としてMnOxを使用した場合のアノード材料及びこれを使用した固体酸化物型燃料電池の作製及び測定・評価]
直流スパッタを行う際のターゲットをマンガンターゲットに交換して厚さ1nm及び10nmのMnOxの薄膜を形成した以外は上記実施例と同じ材料、装置、方法を使用することで、Mnを使用し単セルを作成した。この単セルを固体酸化物形燃料電池として動作させて、その電流密度とセル電圧との関係を測定した。なお、MnOxの蒸着膜の厚さを1nm及び10nmとして作成したアノード中のMnの濃度はそれぞれ54ppm及び390ppmであると考えられる。
【0090】
1nm厚のMnOx膜を形成した後に800℃で水素還元を行ったアノードを使用した単セルを700℃で固体酸化物燃料電池として動作させたときのセル電圧(IRフリー)特性の測定結果を図17に示す。これからわかるようにセル電圧(IRフリー)=0.8Vにおける電流密度はほぼ225mAcm-2と、厚さが1nmの金属酸化物薄膜を使用した実施例中の最大の電流密度を達成することができた。
【0091】
図18にはMnOx膜の厚さを10nmとした以外は同一条件の場合のセル電圧(IRフリー)の測定結果を示す。図17に示す測定結果と比較するとわかるように、セル電圧(IRフリー)=0.8Vにおける電流密度が厚さ1nmの場合とほとんど同一であるなど、MnOx膜の厚さが1nmと10nmの場合では性能がほとんど同一となった。したがって、MnOxを使用した望ましい活性サイト形成にはアノード中のMnの濃度は400ppm以下で十分であることが判った。なお、膜厚10nmの場合の動作温度700℃におけるセル電圧(IRフリー)の測定結果を比較すると、セル電圧(IRフリー)-0.8Vでの電流密度は図11に示すRhOx膜の場合よりもごくわずか小さいものの、実施例中でもほぼ最良と言うことができる結果となった。

【産業上の利用可能性】
【0092】
以上詳細に説明したように、本発明によれば、アノード層内に僅かのRh等を含有するだけで非常に高い発電性能を発揮し、また動作温度領域を低温方向に伸ばすことができる固体酸化物形燃料電池を提供することができる。
【0093】
また、固体酸化物形燃料電池の電極の研究開発においてはこれまでは主にカソード側の改良に注力されてきたが、今後はアノード側も重要になっていくと予想される。すなわち、中温域で固体酸化物形燃料電池を利用する場合、アノードの組成でできた基板の上に、固体電解質薄膜(50μm程度)を載せることが一般的に考えられる。これは、そうすることで、固体電解質がもつ大きな抵抗を低減できるからである。その上にカソードを薄く塗布すればデバイスができる。ただし、このデバイスではアノード層が厚くなってしまう。具体的には1mm程度はないとデバイスが壊れてしまう。このような状況下では、従来の固体電解質支持形ではあまり気にしなくともよいと考えられてきたアノードの損失が燃料電池全体の効率に深刻な悪影響を与えることになると言われている。したがって、今後はアノード側への取り組みが主流になると考えられる。すなわち、薄膜固体電解質デバイスでは、アノードを基板にするため、その抵抗の低減が重要となる。
【0094】
従って、本発明は固体酸化物形燃料電池の実用化、普及に大きく貢献することが期待される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0095】
【文献】特開2017-004957
【非特許文献】
【0096】
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図1
図2
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図18