(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-20
(45)【発行日】2022-05-30
(54)【発明の名称】硫酸エステル化合物の製造方法
(51)【国際特許分類】
C07C 303/24 20060101AFI20220523BHJP
C08B 5/14 20060101ALI20220523BHJP
C07H 11/00 20060101ALI20220523BHJP
C07J 31/00 20060101ALI20220523BHJP
C07C 305/18 20060101ALI20220523BHJP
【FI】
C07C303/24
C08B5/14
C07H11/00
C07J31/00
C07C305/18
(21)【出願番号】P 2018133053
(22)【出願日】2018-07-13
【審査請求日】2021-07-01
(73)【特許権者】
【識別番号】591167430
【氏名又は名称】株式会社KRI
(72)【発明者】
【氏名】林 蓮貞
【審査官】奥谷 暢子
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第101137675(CN,A)
【文献】特表2012-518026(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第104066810(CN,A)
【文献】特開平07-330789(JP,A)
【文献】米国特許第05573589(US,A)
【文献】特開2001-097942(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C
C08B
C07H
C07J
C07C
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫酸エステル化合物の製造方法であって、ジメチルスルホキシド、カルボン酸無水物および硫酸を含む硫酸エステル化反応溶液に水酸基を持つ物質を加えて硫酸エステル化反応をさせ、
前記カルボン酸無水物が無水酢酸、プロピオン酸無水物または無水酪酸であることを特徴とする硫酸エステル化合物の製造方法。
【請求項2】
前記ジメチルスルホキシドに対する硫酸の濃度が0.05重量%~15重量%であることを特徴とする請求項
1に記載の硫酸エステル化合物の製造方法。
【請求項3】
前記ジメチルスルホキシドに対するカルボン酸無水物の濃度が3重量%~60重量%であることを特徴とする請求項1
または請求項2に記載の硫酸エステル化合物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水酸基を持つ物質から硫酸エステル化合物を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
世の中には、アルコール、またはフェノール性の水酸基と無機硫酸との間の脱水、縮合によって、硫酸エステルが形成された物質がひろく存在する。硫酸エステル化合物は、種類により工業、化粧品、食品及び医療等広い分野への応用が広がっている。
【0003】
例えば、アルコールサルフェート、アルコールエーテルサルフェート、脂肪酸モノグリセライドサルフェート等に代表される硫酸エステル化合物は、アニオン性界面活性剤として、シャンプー、台所用洗剤、衣料用洗剤、住居用洗剤、化粧料等のトイレタリー製品を中心として非常に広範に使用されている。
【0004】
また、多糖類の硫酸エステル化合物は抗血液凝固活性、抗ウイルス活性、あるいは抗炎症活性、ヒアルロニダーゼ活性阻害能等の多様な生理活性を有すことが知られている。例えば、抗レトロウイルス薬として有用であることが明らかにされ、注目されている。
【0005】
一方、硫酸化多糖は、動物界ではかって粘性分泌物から得られた多糖を意味するムコ多糖と呼ばれた中で、コンドロイチン硫駿、へバラン硫酸などのように硫酸基を持つグルーブがあり、その広い分布の状況が良く知られている。
中性多糖を硫酸化多糖に変換したり、天然の硫酸化多糖に新たに硫酸基を導入して機能を変換するための方法として、最も簡便な場合は0℃以下に冷却した濃硫酸中に試料を添加して攪拌を続ける方法がある。例えば、D-グルコースにおいてはモノ-硫酸からポリー硫酸の混合物が得られる(非特許文献1)。
【0006】
これに代わって汎用されている方法は、クロロスルフォン酸とピリジンを含む反応溶液法がある(非特許文献2)。しかし、副反応などが起こることにより、工業的な用途以外ではあまり用いられていない、現在広く用いられているのは、ピリジン、トリメチルアミンやジメチルホルムアミド(DMF)等の第三アミンと三酸化イオウの混合反応溶液を硫酸エステル化試薬とするものである(非特許文献3)。
しかし、これらの方法では、試薬が反応性に富み過ぎたり、有毒であることにより取り扱いが不便であったり、あるいは反応条件をコントロールすることが困難であったりするという欠点がある。また,副反応により糖鎖の切断が起こったりする。
【0007】
高野良ら(非特許文献4)は、DMF中で硫酸を硫酸化試薬,ジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)を縮合剤とした反応を単糖や多糖に応用し、これが多糖の硫酸化に有効な方法であることを見いだした。この反応は、温度と時間に依存するのでこれらを調節することによって、硫酸化の程度が種々に異なる生成物が得られるので、活性の高い生成物を得ることを目的とすることができる。
しかし、この方法に用いた縮合剤又は脱水剤であるジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)の価格は高いことと、安全性等の問題が挙げられる。
【0008】
また、特許文献1では、硫酸とピリジンと無水酢酸の混合液を含む反応液法も記載されているが、この方法では、硫酸とピリジンを予備混合して硫酸ピリジニウムを生成する必要がある。また、ピリジンを用いたため、工業的な大量生産に伴う環境・安全問題や、硫酸エステルに残留したピリジンが生体にも好ましくない。
【0009】
一方、本出願人は、ジメチルスルホキシド、無水酢酸と硫酸の混合液にセルロースパルプを加え、室温で2時間程度攪拌することでセルロースパルプを解繊してセルロースナノファイバーを生成させるとともに硫酸エステル化して、硫酸化修飾セルロースナノファイバーを製造する方法を発明し、特許出願している(PCT/JP2018/001070)。この方法は、反応温度は室温で、硫酸の添加量は1重量%程度のため、マイルドな条件であるためセルロースの分解が避けられ、用いた試薬は生体に優しい且つ安価のため、低コストで安全な硫酸エステル化セルロースナノファイバーを製造することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【非特許文献】
【0011】
【文献】K.Nagasawa、Y.Tohira、Y.Inou、N.Tanoura、Carbohydr.Res.、Vol.18、 95(1971).
【文献】E.Percival.J.Chem.Soc.、119(1945).
【文献】M.L.Worform、T.M.shen Han、J.Am.Chem.Soc.、Vol.81、P.1764(1959).
【文献】高野良、吉川秀一、化学と生物Vol.34、598(1996).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、生体や環境に対して有害であるクロロスルフォン酸や三酸化硫黄等の硫酸エステル化剤と、ピリジン、トリメチルアミンやジメチルホルムアミド等の反応溶媒及び、ジシクロヘキシルカルボジイミド等の縮合剤を使用せず、安全な硫酸エステルの製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、前記課題を達成するため鋭意検討した結果、特殊な試薬、設備又は反応条件を使用しなく、ジメチルスルホキシド、硫酸及びカルボン酸無水物を含む溶液中に水酸基を持つ物質を攪拌させることにより硫酸エステル化合物を得ることができる。さらに、反応溶液中の硫酸濃度が低いため、硫酸エステル化させようとする物質が反応中に変質される可能性が低い。すなわち本発明は、以下の構成からなることを特徴とし、上記課題を解決するものである。
【0014】
〔1〕 硫酸エステル化合物の製造方法であって、ジメチルスルホキシド、カルボン酸無水物および硫酸を含む硫酸エステル化反応溶液に水酸基を持つ物質を加えて硫酸エステル化反応をさせることを特徴とする硫酸エステル化合物の製造方法。
〔2〕 前記水酸基を持つ物質が、糖類であることを特徴とする前記〔1〕に記載の硫酸エステル化合物の製造方法。
〔3〕 前記水酸基を持つ物質が、エストロゲン類であることを特徴とする前記〔1〕に記載の硫酸エステル化合物の製造方法。
〔4〕 前記水酸基を持つ物質が、アルコール類であることを特徴とする前記〔1〕に記載の硫酸エステル化合物の製造方法
〔5〕 カルボン酸無水物が、炭素数1~4の脂肪酸無水物であることを特徴とする前記〔1〕~〔4〕のいずれかに記載の硫酸エステル化合物の製造方法。
〔6〕 前記ジメチルスルホキシドに対する硫酸の濃度が0.05重量%~15重量%であることを特徴とする請求項1~5のいずれかに記載の硫酸エステル化合物の製造方法。
〔7〕 前記ジメチルスルホキシドに対するカルボン酸無水物の濃度が3重量%~60重量%であることを特徴とする前記〔1〕~〔6〕のいずれかに記載の硫酸エステル化合物の製造方法。
〔8〕 前記硫酸エステル化反応溶液に対する前記水酸基を含む物質の濃度が0.1重量%~50重量%であることを特徴とする前記〔1〕~〔7〕のいずれかに記載の硫酸エステル化合物の製造方法。
〔9〕 前記硫酸エステル化反応の反応温度は10~80℃であることを特徴とする前記〔1〕~〔8〕のいずれかに記載の硫酸エステル化合物の製造方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明では、特殊な試薬、設備又は反応条件を使用しなく、水酸基を持つ物質をジメチルスルホキシド、硫酸及びカルボン酸無水物を含む溶液中に攪拌させることにより硫酸エステル化合物を得ることができる。また、反応薬剤の入手が容易で安全性が高い。さらに、反応溶液中の硫酸濃度が低いため、硫酸エステル化合物の前躯体である水酸基を持つ物質が反応中に変質する可能性が低い。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】実施例1で得られた硫酸エステル化セルロースと原料のセルロースのIRスペクトル
【
図2】実施例2で得られた硫酸エステル化グルコースと原料のグルコースのIRスペクトル
【
図3】実施例3で得られた硫酸エステル化D-グルコサミン塩酸塩と原料のD-グルコサミン塩酸塩のIRスペクトル
【
図4】実施例4で得られた硫酸エステル化NーアセチルーDーグルコサミンと原料のNーアセチルーDーグルコサミンのIRスペクトル
【
図5】実施例5で得られた硫酸エステル化蔗糖と原料の蔗糖のIRスペクトル
【
図6】実施例6で得られた硫酸エステル化澱粉と原料の片栗粉のIRスペクトル
【
図7】実施例7で得られた硫酸エステル化レゾルシノールと原料のレゾルシノールのIRスペクトル
【
図8】実施例8で得られた硫酸エステル化PVAと原料のPVAのIRスペクトル
【
図9】比較例1と2で処理したセルロースのIRスペクトル
【
図10】比較例3で処理した蔗糖と原料の蔗糖のIRスペクトル
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の硫酸エステル化合物の製造方法は、ジメチルスルホキシド、カルボン酸無水物および硫酸を含む硫酸エステル化反応溶液に水酸基を持つ物質を加えて攪拌させることにより硫酸エステル化合物を製造する。
前記硫酸エステル化反応溶液を用いることで、低い硫酸濃度で、且つ加熱せずに硫酸エステル化合物を製造することが可能である。
【0018】
本発明の硫酸エステル化合物の製造に関する反応機構についてまだはっきり分かっていないが、以下の2つのメカニズムが考えられる。
一つは、硫酸は硫酸エステル化剤、無水酢酸等のカルボン酸無水物は脱水剤又は縮合剤として働くと考える。そして、ジメチルスルホキシドは、硫酸のカチオン部(H
+)を溶媒和することで、硫酸のアニオン部HSO
4
-の求核性を増やすため(下記式(1))、マイルドな反応条件下でも硫酸エステル化反応ができると推測する。
【化1】
もう一つは、アルブライト・ゴールドマン酸化メカニズムが示すように、ジメチルスルホキシドは下記式(2)に示すように、無水酢酸と作用して中間体のカチオンAと酢酸アニオンを生成する。酢酸アニオンは硫酸からプロトンH
+を奪った結果、硫酸アニオン(HSO
4
-)が生成し、生成した硫酸アニオンは水酸基にアタックすることにより硫酸エステル化合物が形成されると推測する。
【化2】
【0019】
水酸基を持つ物質には特に制限はなく、アルコール類(単価アルコール、多価アルコール)、エーテル結合を有するアルコール類、アミノ基等の官能基を有するアルコール類、糖類、エストロゲン等の水酸基を持つ化合物であれば良い。
【0020】
その中でも、糖類は、糖類の硫酸エステル化合物が抗ウイルス活性、ヒアルロニダーゼの活性阻害機能や、アトピー性皮膚炎治療効果、抗コレステロ-ル作用、抗血液凝固作用等の効果が見出されたため、特に好ましい。
【0021】
糖類は特に制限しない。以下の単糖、二糖、多糖類又はオリゴ糖などが挙げられる。しかし、単糖、二糖又は多糖はこれらのものに限られない。
単糖は、グルコース、フルトース、グルクロン酸又はウロン酸、N-アセチルグルコサミン、グルコサミン、ガラクトサミン、デオキシリボース、キシルロース等が挙げられる。
二糖類は、例えば、マルトース、スクロース、ラクトースが挙げられる。
また、多糖類やオリゴ糖は、デキストラン、デンプン類(アミロース、アミロペクチン)、グリコーゲン、ヘミセルロース又はキシラン、セルロース、ヒアルロン酸、キトサン、キチン、グリコサミノグリカン(ムコ多糖)、寒天又はアガロースなどが挙げられる。
【0022】
水酸基を持つ物質はさらに、エストロン、エストラジオール、エストリオール等のエストロゲン、プロテオグリカンなどの複合糖質である。
【0023】
水酸基を持つ物質は更に、アルコール類にも適用する。単価アルコールの中に、ラウリルアルコールの硫酸エステル化合物は界面活性剤として工業や日常生活によく利用されているため特に好ましい。二価アルコールは、エチレングリコール、ジエチレングリコールやポリエチレングリコール、又は、プロピレングリコール、ジプロピレングリコールやポリプロピレングリコールが挙げられる。さらに、多価アルコールとしては、グリセリンやポリビニルアルコール等のポリオールが挙げられる。これらの物質の硫酸エステル化合物は界面活性剤、電解質、導電材等の用途に適用されている。
【0024】
硫酸エステル化反応溶液に含まれるカルボン酸無水物は、特に制限しないが、炭素数が多い程価格が高く安全性が低い。さらに、硫酸エステル化合物の製造に与える促進作用が低いため好ましくない。これらの観点から、特に好ましくは、無水酢酸、プロピオン酸無水物、無水酪酸である。安全性、コストと反応効率の面から最も好ましくは無水酢酸である。
【0025】
ジメチルスルホキシドにおけるカルボン酸無水物の濃度がカルボン酸無水物の分子量に依存する。例えば、分子量の低い無水酢酸の場合は、好ましい濃度は0.5重量%~50重量%である、さらに好ましくは3重量%~30重量%である。カルボン酸無水物の濃度は高すぎるとカルボン酸エステル反応という副反応が起こる恐れがあるため好ましくない。
硫酸化剤として用いる硫酸の含水率は30重量%以下が好ましい。より好ましくは15%以下、最も好ましくは5%以下である。含水率が高くなると競争反応が生じ、カルボン酸無水物の必要量が増加する恐れがあるため好ましくない。
【0026】
ジメチルスルホキシドにおける硫酸の濃度が硫酸エステル化されようとする物質の安定性により適切に調節すればよい。0.05重量%~30重量%が好ましい。より好ましくは、0.1重量%~20重量%である。特に好ましくは0.3~10重量%、最も好ましくは0.5重量%~5重量%である。硫酸濃度がこの範囲より低くなると反応速度が遅すぎるため好ましくない。また、この範囲より高くなると副反応が生じたり、糖類等の硫酸に弱い物質が分解したりする恐れがあるため好ましくない。
【0027】
反応溶液における硫酸エステル化されようとする物質の濃度がそれらの分子量や攪拌装置により適用すればよい。例えば、0.1重量%~50重量%である。粘度又は分子量が高い場合は、低い濃度領域が好ましい。一方、粘度や分子量が低い物質であれば、生産コストの面から高濃度域が好ましい。ただし、濃度が高すぎると反応の均一性が落ちる恐れがあるため好ましくない。
【0028】
前記硫酸エステル化の製造温度は硫酸エステル化させようとする物質の耐熱性により適正に設定すればよい。例えば、10~80℃である。より好ましくは15~65℃、もっと好ましくは20~50℃である。温度がこの範囲より低くなると反応が遅くなるため好ましくない。一方、この温度範囲より高くなると副反応が生じる恐れがあるため好ましくない。
【0029】
硫酸エステル化合物の製造工程について、次に記載する。
【0030】
硫酸エステル化反応溶液の作製
前記の配合比でジメチルスルホキシド、無水酢酸、硫酸を混合して反応溶液とする。混合温度は、特に制限しないが10℃~25℃で行うことが好ましい。温度が高く過ぎると混合の際に発熱による危険性やジメチルスルホキシドや無水酢酸の分解が生じる恐れがあるため好ましくない。また、反応溶液の入れ順番は特に制限しない。例えば、ジメチルスルホキシドと無水酢酸の混合液を攪拌しながら硫酸を滴下する方法や、ジメチルスルホキシドを攪拌しながら硫酸を滴下してからカルボン酸無水物と混合する方法が挙げられる。
【0031】
硫酸エステル化合物の製造
前記の反応溶液に硫酸エステル化されようとする物質を加えて、所定温度で攪拌し、所定の反応時間が経つと、洗浄や中和を行う。
【0032】
洗浄又は中和
硫酸エステル化反応させた後、生成した硫酸エステル化合物を洗浄、中和、精製する方法は、特に制限しないが、硫酸エステル化合物の修飾率と水への溶解性により以下の方法が挙げられる。
【0033】
例えば、硫酸エステル化合物は水に溶けない又は溶けにくい場合、製造反応後アルカリを加えて数分~数十分で攪拌することにより未反応の硫酸や硫酸エステル化合物の硫酸基を中和して、未反応の硫酸を硫酸塩、硫酸エステル化合物を硫酸エステル塩に変換する。次に、濾過により硫酸エステル塩を回収する。さらに、蒸留水を添加して撹拌した後濾過して洗浄することにより硫酸エステル塩を得る。
【0034】
一方、酸型の硫酸エステル化合物を得るためには、反応終了後、水又はアルコール(メタノール、エタノール)を加え、ろ過により硫酸エステル化合物を回収し、洗浄することにより酸型の硫酸エステル化合物を回収することも可能である。
【0035】
前記中和用のアルカリは特に制限しないが、硫酸エステル化合物の用途に応じて適用すれば良い。例えば、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、水酸化リチウム又はこれらの炭酸塩や酢酸塩、アンモニウム水溶液、有機アミン等が挙げられる。また、用途により二価や三価のカウンターイオンが必要とした場合、水酸化カルシウム又は酢酸カルシウム、酢酸アルミニウム、酢酸マグネシウム、酢酸銅などのアルカリ性物質が使用できる。
【0036】
一方、硫酸エステル化合物が水に溶ける場合、硫酸エステル化合物を製造した後、得られた反応混合物をアルカリで中和した後、限外濾過により硫酸エステル塩を回収することが挙げられる。又は、硫酸エステル化合物が水に可溶であるが、アルコールに不溶又は微量溶解である場合、硫酸エステル化反応後、中和せずに、エタノールなどのアルコールを用いて洗浄することにより酸型の硫酸エステル化合物を回収する。その後、硫酸エステル基と同当量のアルカリを加えて中和することにより硫酸エステル塩を得る方法も挙げられる。
【0037】
また、硫酸エステル化合物はアルコールに溶解する場合、硫酸エステル化反応後、中和せずに、エタノールなどのアルコールとアセトン等のケトン系溶媒又はジエチルエーテルの混合溶液で洗浄することにより硫酸エステルを回収する。その後、硫酸エステル基と同当量のアルカリを加えて中和することにより硫酸エステル塩を得る方法も挙げられる。
【実施例】
【0038】
以下に、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。なお、実施例は、本発明の硫酸エステル化合物の製造方法の実施例である。
用いた原料の詳細は以下の通りであり、得られた硫酸エステルの評価は以下のようにして測定した。
【0039】
(用いた硫酸エステルさせようとする物質や反応試薬)
原料セルロースとして、セルロースパルプを用いた。セルロースパルプは市販木材パルプ(Georgia Pacific社製、商品名:フラッフパルプARC48000GP、含水率:9重量%)である。 原料セルロースは、解繊前にサンプル瓶に入るサイズ(1cm~3cm角程度)まで千切った。
無水酢酸、硫酸、DMSO、グルコース、D-グルコサミン塩酸塩、NーアセチルーDーグルコサミン、ショ糖、レゾルシノール、PEG、PVA等はナカライテスク(株)から購入した。澱粉は市販片栗粉を用いた。
【0040】
(スターラー)
スターラーは小池精密機器製作所製のマイティ・スターラー(モデルHE-20G)を用いた。なお、オーバル型の強力撹拌子を用いた。
【0041】
(IRスペクトル)
得られた硫酸エステル化合物をフーリエ変換赤外分光光度計(FT-IR)で分析し、硫酸エステル修飾の有無を確認した。周波数1250cm-1付近および820cm-1付近の硫酸エステル基に由来吸収バンドの有無により硫酸エステル化修飾有無の確認を行った。測定は、NICOLET社製「NICOLET MAGNA-IR760 Spectrometer」を用い、反射モードで分析した。
【0042】
(硫酸エステル化合物の硫黄含有率の定量)
燃焼吸収―IC法を用いて硫黄含有率を定量した。すなわち、磁性ボードに乾燥した硫酸エステル化合物(0.01g)を入れ、酸素雰囲気(流量:1.5L/分)環状炉(1350℃)にて燃焼させ、発生したガス成分を3%過酸化水素水(20ml)に吸収させた。得られた吸収液を純水で100mlにメスアップし、希釈液のイオンクロマトグラフィー測定結果から硫酸イオン濃度(重量%)を算出した。下記式により硫酸イオン濃度から硫黄含有率を換算した。分析には、サーモフィッシャーサイエンティフィック社製、イオンクロマトグラフ ICS-1500型を用いた。
硫黄含有率(重量%)=硫酸イオン濃度×32/96
【0043】
[実施例1]
DMSO18g、無水酢酸2g(解繊溶液における濃度:9.9重量%)および硫酸0.26g(解繊溶液における濃度:1.28重量%)を50mlのサンプル瓶に入れ、23℃の室温下で磁性スターラーを用いて約30秒撹拌し、硫酸エステル化反応溶液を調製した。
次いで、セルロースパルプ0.6gを加え、同じ室温でさらに110分撹拌した。撹拌後、反応液を0.2重量%の水酸化ナトリウム水溶液150mlの中に添加・混合し、硫酸を中和した。その後、蒸留水を用いてろ過法により洗浄することにより硫酸エステル化セルロースを得た。次に、105℃の送風乾燥機内で3時間乾燥した後、FT-IRで分析し、得られたIRスペクトルを
図1に示す。
周波数1250cm
-1と820cm
-1付近に硫酸エステルよる特徴である吸収バンドが検出された。燃焼吸収IC法を用いて測定した硫黄含有率は2.8重量%であった。
【0044】
[実施例2]
セルロースに代えてグルコース2gを用いた以外、実施例1と同様にして硫酸エステル化反応をさせた。得られた反応液に50重量%エタノールを含む酢酸エチル溶液200を加え、10分程度攪拌した後遠心分離(12000rpm、15分)処理した。遠心分離後、上澄みを除いて、遠心瓶の底に残った固形分に同じ酢酸エチルとエタノールの混合溶液を加えて攪拌した後、再度遠心分離した。同じ手順で3回洗浄した後、乾燥してFT-IR分析を行った。得られたIRスペクトル(
図2)から、硫酸エステルよる特徴である吸収バンドが検出された。燃焼吸収IC法を用いて測定した硫黄含有率は2.5重量%であった。
【0045】
[実施例3]
グルコースに代えてD-グルコサミン塩酸塩0.6gを用いた以外、実施例2と同様にして硫酸エステル化反応をさせた。なお、反応時間は150分であった。得られた反応溶液を実施例2と同様に洗浄、分析した。得られたIRスペクトル(
図3)から、硫酸エステルに由来する吸収バンドが検出された。燃焼吸収IC法を用いて測定した硫黄含有率は12.3重量%であった。
【0046】
[実施例4]
D-グルコサミン塩酸塩に代えてNーアセチルーDーグルコサミンを用いた以外、実施例3と同様にして硫酸エステル化反応をさせた。得られた反応溶液を実施例3と同様に洗浄、分析した。IRスペクトル(
図4)から、硫酸エステルよる特徴である吸収バンドが検出された。燃焼吸収IC法を用いて測定した硫黄含有率は9.1重量%であった。
【0047】
[実施例5]
グルコースに代えて蔗糖2g、DMSO17g、無水酢酸3gと硫酸0.5gの混合液を用いた以外、実施例2と同様にして硫酸エステル化反応をさせた。なお、反応時間は180分であった。得られた反応溶液を実施例2と同様に洗浄、分析した。IRスペクトル(
図5)から、硫酸エステルよる特徴である吸収バンドが検出された。燃焼吸収IC法を用いて測定した硫黄含有率は7.5重量%であった。
【0048】
[実施例6]
グルコースに代えて片栗粉2gを用いた以外、実施例2と同様にして硫酸エステル化反応をさせた。得られた反応溶液を実施例2と同様に洗浄、分析した。IRスペクトル(
図6)から、硫酸エステルよる特徴である吸収バンドが検出された。燃焼吸収IC法を用いて測定した硫黄含有率は3.1重量%であった。
【0049】
[実施例7]
グルコースに代えてレゾルシノール0.6gと硫酸0.5gを用いた以外、実施例2と同様にして硫酸エステル化反応をさせた。得られた反応溶液を実施例2と同じ洗浄溶媒で洗浄した。なお、遠心分離に代えて分液ロートを用いて硫酸エステル化化合物を回収した。FT-IR分析した結果(
図7)から、硫酸エステルよる特徴である吸収バンドが検出された。洗浄が不十分のためDMSOによる吸収バンドも検出された。
【0050】
[実施例8]
グルコースに代えてPVAを用いた以外、実施例2と同様にして硫酸エステル化反応をさせた。得られた反応溶液を実施例2と同様に洗浄、分析した。FT-IR分析した結果(
図8)から、硫酸エステルよる特徴である吸収バンドが検出された。
【0051】
[比較例1]
DMSOに代えてピリジンを用いた以外は実施例1と同様にしてセルロースを処理して洗浄、乾燥した。乾燥したパルプ状サンプルをFT-IR分析した結果(
図9)、硫酸エステルに由来する吸収バンドが全く検出されず、1730cm
-1の所にアセチル基のカルボニル基に由来する吸収バンドが検出された。
この結果から、ピリジン、無水酢酸と硫酸の混合液中に、実施例と同じ温度と時間でセルロースのアセチル化修飾反応が起こったが、硫酸エステル化反応が殆ど生じないことが分った。
【0052】
[比較例2]
ピリジンに代えてジメチルアセトアミドを用いた以外は比較例1と同様にしてセルロースを処理して洗浄、乾燥したパルプ状サンプルをFT-IR分析した結果(
図9)、硫酸エステルに由来する吸収やアセチル化に由来吸収バンドが全く検出されなかった。この結果から、ジメチルアセトアミド、無水酢酸と硫酸の混合液中に、実施例と同じ温度と時間でセルロースは無水酢酸や硫酸と反応しないことが分った。
【0053】
[比較例3]
セルロースパルプに代えて蔗糖を用いた以外、比較例2と同様にして硫酸エステル化反応をさせた。反応終了後、蔗糖は元の粒状を維持したままであった。比較例2と同様に洗浄、分析した。FT-IR分析した結果(
図10)から、周波数1250cm-1と820cm-1付近に硫酸エステルよる特徴である吸収バンドが検出できなかった。この結果から、ジメチルアセトアミド、無水酢酸と硫酸の混合液中に、硫酸エステル化反応が殆ど生じないことが分った。
【0054】
以上の実施例の評価結果より本発明の硫酸エステル化方法により特別な試薬やプロセスを必要とせず、生体に優しい試薬とマイルドな反応条件を用いることで硫酸エステルを合成することができた。
【産業上の利用可能性】
【0055】
安全性が高い、副反応が低い合成方法として、医薬、医療、ヘルスケア、化粧品及び食品等安全と衛生が厳しく求められている分野に使用される硫酸エステルの製造方法として高く期待されている。