(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-20
(45)【発行日】2022-05-30
(54)【発明の名称】シリルホスフィン化合物の製造方法及びシリルホスフィン化合物
(51)【国際特許分類】
C07F 19/00 20060101AFI20220523BHJP
【FI】
C07F19/00
(21)【出願番号】P 2018153215
(22)【出願日】2018-08-16
(62)【分割の表示】P 2018524857の分割
【原出願日】2017-09-19
【審査請求日】2020-08-03
(31)【優先権主張番号】P 2016191858
(32)【優先日】2016-09-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000230593
【氏名又は名称】日本化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002170
【氏名又は名称】特許業務法人翔和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田久保 洋介
(72)【発明者】
【氏名】田村 健
【審査官】水島 英一郎
(56)【参考文献】
【文献】韓国公開特許第10-2016-0059327(KR,A)
【文献】東ドイツ国経済特許第274626(DD,A1)
【文献】特開2002-313746(JP,A)
【文献】米国特許第02907785(US,A)
【文献】Z. anorg. allg. Chem.,1989年,576,281-283
【文献】Acta Crystallographica Section C,1995年,C51,1152-1155
【文献】J. Am. Chem. Soc.,1959年,81,6273-6275
【文献】Z. Anorg. Allg. Chem.,2000年,626,2264-2268
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07F
CAplus(STN)
REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表されるシリルホスフィン化合物の含有量が99.0モル%以上であり、
下記一般式(2)で表される化合物の含有量が0.3モル%以下であり、
下記一般式(4)で表される化合物の含有量が0.15モル%以下であり、
下記一般式(5)で表される化合物の含有量が0.05モル%以下であり、
下記一般式(6)で表される化合物の含有量が0.05モル%以下であり、
下記一般式(7)で表される化合物の含有量が0.21モル%以下であり、
少なくとも下記一般式(2)で表される化合物、下記一般式(4)で表される化合物、及び下記一般式(7)で表される化合物を含有する、
組成物。
【化1】
(Rはそれぞれ独立に、メチル基、エチル基、n-プロピル基、n-ブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、iso-ブチル基、n-アミル基、iso-アミル基及びtert-アミル基から選ばれるアルキル基、又は、炭素数6以上10以下のアリール基である。)
【化2】
(Rは一般式(1)と同じである。)
【化3】
(Rは一般式(1)と同じである。)
【化4】
(Rは一般式(1)と同じである。)
【化5】
(Rは一般式(1)と同じである。)
【化6】
(Rは一般式(1)と同じである。)
【請求項2】
インジウムリン量子ドットの原料に用いられる、請求項1に記載の
組成物。
【請求項3】
有機溶媒中に分散された状態で存在している、請求項1又は2に記載の
組成物。
【請求項4】
下記一般式(3)で表される化合物の含有量が0.1モル%以下である、
請求項1~3の何れか1項に記載の
組成物。
【化7】
(Rは一般式(1)と同じである。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はインジウムリン量子ドットのリン成分原料として有用なシリルホスフィン化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、発光材料として量子ドットの開発が進んでいる。代表的な量子ドットとしては、優れた光学特性などからCdSe、CdTe、CdS等のカドミウム系量子ドットの開発が進められている。しかし、カドミウムの毒性及び環境負荷が高いことからカドミウムフリーの量子ドットの開発が期待されている。
【0003】
カドミウムフリーの量子ドットの一つとしてインジウムリン(InP)が挙げられる。インジウムリンの製造においては、そのリン成分にトリス(トリメチルシリル)ホスフィン等のシリルホスフィン化合物が原料として用いられることが多い。また、トリス(トリメチルシリル)ホスフィン等のシリルホスフィン化合物は、固体状又は溶媒に溶かした液相状で使用できることから、ガス状のリン源(ホスフィンなど)が使用できない状況下での有機合成のリン源としても用いられている。トリス(トリメチルシリル)ホスフィン等のシリルホスフィン化合物の製造方法として、いくつかのものが提案されている(例えば特許文献1及び非特許文献1~3)。
【0004】
シリルホスフィン化合物の製造方法のうち、特許文献1及び非特許文献1に記載された、ホスフィン、トリメチルシリルトリフラート等のシリル化剤及び塩基性化合物を使用した製法は、反応率、生成物の純度等の観点から工業的な生産を行うのに特に有用であると考えられる。これら特許文献1及び非特許文献1においては、反応に用いる溶媒としてエーテル類が使用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Z. anorg. Allg. Chem. 576 (1989) 281-283
【文献】Acta Crystallographica Section C, (1995), C51, 1152~1155
【文献】J. Am. Chem. Soc., 1959, 81 (23), 6273-6275
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1及び非特許文献1に記載のシリルホスフィン化合物の製造方法には、純度及び収率の点で課題があった。また溶媒存在下、ホスフィン、シリル化剤及び塩基性化合物の反応によりシリルホスフィン化合物を得る方法においては、反応混合物を蒸留する際に揮発する溶媒の安全性が課題とされていた。
従って、本発明の目的は、安全性が高く反応率を向上でき、高純度のシリルホスフィン化合物が得られるシリルホスフィン化合物の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、特定の誘電率を有する反応溶媒を用いることで、製造の安全性を高めることができるだけでなく、反応率を向上でき、高純度のシリルホスフィン化合物が得られることを見出し、本発明を完成するに到った。
【0009】
すなわち本発明は、比誘電率が4以下である溶媒と、塩基性化合物と、シリル化剤と、ホスフィンとを混合してシリルホスフィン化合物を含む溶液を得る第一工程、シリルホスフィン化合物を含む溶液から溶媒を除去してシリルホスフィン化合物の濃縮液を得る第二工程、及び、シリルホスフィン化合物の濃縮液を蒸留することによりシリルホスフィン化合物を得る第三工程、を有するシリルホスフィン化合物の製造方法を提供するものである。
【0010】
また、本発明は、下記一般式(1)で表されるシリルホスフィン化合物であって、下記一般式(2)で表される化合物の含有量が0.5モル%以下である、シリルホスフィン化合物を提供するものである。
【化1】
(Rはそれぞれ独立に、炭素数1以上5以下のアルキル基又は炭素数6以上10以下のアリール基である。)
【化2】
(Rは一般式(1)と同じである。)
【発明の効果】
【0011】
本発明のシリルホスフィン化合物の製造方法は、安全性が高いのみならず、反応率を向上でき不純物の生成を効果的に抑制できる。このため本製造方法は、インジウムリン量子ドットや化学合成の原料として有用なシリルホスフィン化合物を工業的に有利な方法で製造することができる。また、本発明のシリルホスフィン化合物は、インジウムリン量子ドットや化学合成の原料として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、実施例1で得られた回収物の
31P-NMRスペクトルである。
【
図2】
図2は、実施例1で得られた回収物のガスクロマトグラフィースペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の製造方法の好ましい実施態様及びシリルホスフィン化合物の好ましい実施形態を説明する。本製造方法で目的物とするシリルホスフィン化合物は3級、つまり、リン原子に3つのシリル基が結合した化合物であり、好ましくは下記一般式(1)で表される化合物である。
【0014】
【化3】
(Rはそれぞれ独立に、炭素数1以上5以下のアルキル基又は炭素数6以上10以下のアリール基である。)
【0015】
Rで表される炭素数1以上5以下のアルキル基としては、メチル基、エチル基、n-プロピル基、iso-プロピル基、n-ブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、iso-ブチル基、n-アミル基、iso-アミル基、tert-アミル基等が挙げられる。
Rで表される炭素数6以上10以下のアリール基としては、フェニル基、トリル基、エチルフェニル基、プロピルフェニル基、iso-プロピルフェニル基、ブチルフェニル基、sec-ブチルフェニル基、tert-ブチルフェニル基、iso-ブチルフェニル基、メチルエチルフェニル基、トリメチルフェニル基等が挙げられる。
これらのアルキル基及びアリール基は1又は2以上の置換基を有していてもよく、アルキル基の置換基としては、ヒドロキシ基、ハロゲン原子、シアノ基、アミノ基等が挙げられ、アリール基の置換基としては、炭素数1以上5以下のアルキル基、炭素数1以上5以下のアルコキシ基、ヒドロキシ基、ハロゲン原子、シアノ基、アミノ基等が挙げられる。アリール基がアルキル基やアルコキシ基で置換されていた場合、アリール基の炭素数に、これらアルキル基やアルコキシ基の炭素数を含めることとする。
【0016】
一般式(1)における複数のRは同一であっても異なっていてもよい(後述する一般式(I)及び一般式(2)~(7)の各式においても同様)。また、一般式(1)に3つ存在するシリル基(-SiR3)も、同一であってもよく、異なっていてもよい。一般式(1)で表されるシリルホスフィン化合物としては、Rが炭素数1以上4以下のアルキル基又は無置換若しくは炭素数1以上4以下のアルキル基に置換されたフェニル基であるものが合成反応時のリン源として他分子との反応性に優れる点から好ましく、とりわけトリメチルシリル基が好ましい。
【0017】
本製造方法は、第一工程、第二工程及び第三工程を有する。まず、第一工程を説明する。
(第一工程)
本工程は、シリル化剤と塩基性化合物と比誘電率が4以下である溶媒とホスフィンとを混合して、シリルホスフィン化合物を含む溶液を得る。特に、シリル化剤と塩基性化合物と比誘電率が4以下である溶媒とを有する混合溶液と、ホスフィンとを混合してシリルホスフィン化合物を含む溶液を得ることが各成分の混和のしやすさや作業性、安全性の点で好ましい。とりわけ、当該混合溶液にホスフィンを導入することで、当該混合溶液とホスフィンとを混合してシリルホスフィン化合物を含む溶液を得ることがより好ましい。
【0018】
シリル化剤としては例えば、下記一般式(I)で表される化合物がホスフィンとの反応性の点から好ましい。
【化4】
(Rは一般式(1)と同じであり、Xはフルオロスルホン酸基、フルオロアルカンスルホン酸基、アルカンスルホン酸基及び過塩素酸基から選ばれる少なくとも1種である。)
【0019】
シリル化剤が一般式(I)で表される化合物である場合における本実施態様の反応の一例を下記の反応式として示す。
【0020】
【化5】
(前記式中、R及びXは一般式(I)と同じであり、B
Aは1価の塩基である。)
【0021】
Xで表されるフルオロスルホン酸基は、「-OSO2F」とも表される。Xで表されるフルオロアルカンスルホン酸基としてはパーフルオロアルカンスルホン酸基が挙げられる。例えば、トリフルオロメタンスルホン酸基(-OSO2CF3)、ペンタフルオロエタンスルホン酸基(-OSO2C2F5)、ヘプタフルオロプロパンスルホン酸基(-OSO2C3F7)、ノナフルオロブタンスルホン酸基(-OSO2C4F9)、ウンデカフルオロペンタンスルホン酸基(-OSO2C5F11)などが挙げられる。Xで表されるアルカンスルホン酸基としてはメタンスルホン酸基(-OSO2CH3)、エタンスルホン酸基(-OSO2C2H5)、プロパンスルホン酸基(-OSO2C3H7)ブタンスルホン酸基(-OSO2C4H9)、ペンタンスルホン酸(-OSO2C5H11)などが挙げられる。Xで表される過塩素酸基は「-OClO3」とも表される。これらの式中「-」は結合手を示す。
【0022】
シリル化剤としては、Rが炭素数1以上5以下のアルキル基、又は、無置換若しくは炭素数1以上5以下のアルキル基に置換されたフェニル基であるものが、反応性に優れる点から好ましい。またXがパーフルオロアルカンスルホン酸基、特にトリフルオロメタンスルホン酸基であるシリル化剤も、シリル基からの離脱性に優れるため好ましい。これらの点から、シリル化剤として、とりわけ、トリフルオロメタンスルホン酸トリメチルシリル、トリフルオロメタンスルホン酸トリエチルシリル、トリフルオロメタンスルホン酸トリブチルシリル、トリフルオロメタンスルホン酸トリイソプロピルシリル及びトリフルオロメタンスルホン酸トリフェニルシリルから選ばれる1種又は2種以上を用いることが好ましい。
【0023】
混合溶液中のシリル化剤は特定量であることが、後述の特定の溶媒を使用することと併せて、不純物、特に2級や1級のシリルホスフィンの生成を効果的に抑制する観点から好ましい。シリル化剤は混合溶液に導入するホスフィンに対する割合が反応当量以上、つまりホスフィンに対し3倍モル以上であることが好ましく、3倍モル超、更には3.01倍モル以上、特に3.05倍モル以上であることがより好ましい。混合溶液中のシリル化剤は、ホスフィンとの反応当量よりは多いものの過剰とまでいえない程度の量であることが、余剰のシリル化剤の残留量を低減して純度を高める点や、製造コスト低減の点から好ましい。この観点から混合溶液中のシリル化剤は、混合溶液に導入するホスフィンに対して反応当量の2倍以下、つまり6倍モル以下であることが好ましく、4倍モル以下であることが特に好ましく、3.5倍モル以下であることが最も好ましい。
【0024】
不純物である2級のシリルホスフィンは、例えば以下の一般式(2)で表される。
【化6】
(Rは一般式(1)と同じである。)
【0025】
不純物である1級のシリルホスフィンは、例えば以下の一般式(3)で表される。
【化7】
(Rは一般式(1)と同じである。)
【0026】
塩基性化合物は水に溶けたときに水酸化物イオンを与える狭義の塩基のみならず、プロトンを受け取る物質や電子対を与える物質などの広義の塩基も包含する。塩基性化合物は特に、アミン類であることがホスフィンとの副反応を抑制できる点で好ましい。アミン類としては、1級、2級若しくは3級のアルキルアミン;アニリン類;トルイジン;ピペリジン;ピリジン類等が挙げられる。1級、2級若しくは3級のアルキルアミンとしては、メチルアミン、ジメチルアミン、トリメチルアミン、エチルアミン、ジエチルアミン、トリエチルアミン、プロピルアミン、ジイソプロピルアミン、ブチルアミン、イソブチルアミン、ジブチルアミン、トリブチルアミン、ペンチルアミン、ジペンチルアミン、トリペンチルアミン、2-エチルヘキシルアミン等が挙げられる。アニリン類としては、アニリン、N-メチルアニリン、N,N-ジメチルアニリン、N,N-ジエチルアニリンなどが挙げられる。ピリジン類としては、ピリジン、2,6-ジ(t-ブチル)ピリジン等が挙げられる。これらは1種又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
これらの中でも、とりわけ、メチルアミン、ジメチルアミン、トリメチルアミン、エチルアミン、ジメチルアミン、トリエチルアミン、エチレンジアミン、アニリン、トルイジン、ピリジン及びピペリジンから選ばれる1種又は2種以上を用いると、効率的に反応が進む点から好ましい。
【0027】
塩基性化合物は、特定量であることが、特定の溶媒を使用することと併せて、不純物、特に2級や1級のシリルホスフィンの生成を効果的に抑制する観点から好ましい。例えば混合溶液の塩基性化合物は、混合溶液に導入するホスフィンに対する割合が反応当量以上、例えば、塩基性化合物が1価の塩基である場合、ホスフィンに対し3倍モル以上であることが好ましく、3倍モル超、更には3.3倍モル以上、特に3.5倍モル以上であることがより好ましい。混合溶液中の塩基性化合物は、過剰になりすぎない、好ましくは過剰とまでいえない程度に多い量であることが目的物の純度を高める点や製造コスト低減の点から好ましい。この観点から混合溶液中の塩基性化合物は、混合溶液に導入するホスフィンに対して反応当量の2倍以下であることが好ましく、例えば6倍モル以下の量であることが好ましく、5倍モル以下であることが特に好ましく、4倍モル以下であることが最も好ましい。
【0028】
また混合溶液中、塩基性化合物のモル数は、シリル化剤のモル数以上であることが好ましく、例えばシリル化剤1モルに対して1.01モル以上2モル以下であることが好ましく、1.05モル以上1.5モル以下であることがより好ましい。
【0029】
本発明者は、シリル化剤と塩基性化合物とホスフィンとを反応させるシリルホスフィン化合物の製造方法において、シリルホスフィン化合物の収率を高め且つ高純度を得られる方法を鋭意検討した。その結果、従来高純度及び高収率を得難かった理由の一つとして、従来の製造方法では目的物であるシリルホスフィン化合物の加水分解物が生成してしまうことがあると考えられた。鋭意検討したところ、シリル化剤及び塩基性化合物と混合する溶媒が、純度及び収率の向上に重要であることを知見した。更に検討したところ、比誘電率が特定以下のものを用いると、目的とするシリルホスフィン化合物の収率を高めることができ、且つ高純度が得られることを知見した。具体的には、本発明で用いる溶媒は、比誘電率が4以下である。
【0030】
本発明者は、比誘電率が4以下である溶媒を用いることで得られるシリルホスフィン化合物の純度を向上でき且つ収率を高められる理由の一つとして、本発明では、水に溶解しにくい溶媒を用いることで、雰囲気中からの水の混入が効果的に防止されると考えている。これにより3級のシリルホスフィン化合物の加水分解が防止され、加水分解物の生成を効果的に抑制できるものと考えられる。3級のシリルホスフィン化合物の加水分解物としては、前記の一般式(2)で表される化合物や前記の一般式(3)で表される化合物、下記の一般式(4)で表される化合物が挙げられる。
【化8】
(Rは一般式(1)と同じである。)
【0031】
更に本発明者は、比誘電率が4以下である溶媒を用いることで、シリル化剤と塩基性化合物とホスフィンとの混和性が高まることも、収率及び純度が向上する別の理由であると考えている。混和性の向上は、反応効率を高くして収率を高め、また副生物の生成を抑制して純度の向上にもつながる。
【0032】
これに対し、非特許文献1及び特許文献1に記載の従来の製造方法では溶媒としてエーテルを用いているところ、エーテルは、ジエチルエーテルの比誘電率が4.3、シクロペンチルメチルエーテルの比誘電率が4.8であるように(下記表1参照)、比誘電率が4超である。これら比誘電率が4超である溶媒を用いた場合は、後述の比較例1及び2から示される通り、3級のシリルホスフィン化合物の高純度及び高収率を得がたい。
【0033】
更にエーテルは引火性を有している点や、爆発性を有する物質であるヒドロペルオキシドを生成する場合があるため、第三工程の蒸留工程により溶媒を揮発させる場合に温度管理や雰囲気管理などが難しく、特に、シリルホスフィン化合物が自然発火性を有する場合があるため危険性が高いという問題がある。これに対し、比誘電率が4超である溶媒にはこのような危険性が低く、管理が容易である。
【0034】
比誘電率とは、その物質の誘電率の真空の誘電率に対する比をいう。一般に溶媒の極性が大きくなるに従い比誘電率は大きくなる。本実施態様における溶媒の比誘電率として"化学便覧 基礎編 改訂5版"(社団法人日本化学会編、平成16年2月20日出版、II-620~II-622頁)記載の値を用いることができる。
【0035】
比誘電率が4以下である溶媒は通常有機溶媒であり、炭化水素が好ましく挙げられる。比誘電率が4以下である溶媒の具体例としては非環式若しくは環式の脂肪族炭化水素化合物、及び、芳香族炭化水素化合物が挙げられる。非環式脂肪族炭化水素化合物としては、炭素数5以上10以下のものが好ましく挙げられ、例えばペンタン(比誘電率1.8371)、n-ヘキサン(比誘電率1.8865)、n-ヘプタン(比誘電率1.9209)、n-オクタン(比誘電率1.948)、n-ノナン(比誘電率1.9722)、n-デカン(比誘電率1.9853)が特に好ましいものとして挙げられる。また環式脂肪族炭化水素化合物としては、炭素数5以上8以下のものが好ましく挙げられ、例えばシクロヘキサン(比誘電率2.0243)、シクロペンタン(比誘電率1.9687)が特に好ましいものとして挙げられる。芳香族炭化水素化合物としては炭素数6以上10以下のものが好ましく挙げられ、ベンゼン(比誘電率2.2825)、トルエン(比誘電率2.379)及びp-キシレン(比誘電率2.2735)が特に好ましいものとして挙げられる。
【0036】
比誘電率が4以下である溶媒における比誘電率は、下限としては、0.5以上であることが前記反応式による反応が進みやすい点から好ましく、1以上であることがより好ましい。また上限としては3.5以下であることがより好ましく、3以下であることが更に一層好ましい。
【0037】
後述する第二工程及び第三工程において溶媒を目的物から容易に除去するために、比誘電率が4以下である溶媒の沸点は、200℃以下であることが好ましく、更には40℃以上120℃以下であることがより好ましい。
【0038】
溶媒、塩基性化合物と、シリル化剤との混合溶液の調製方法は限定されず、反応容器に3つの材料を同時に仕込んでもよいし、何れか1又は2つを先に仕込み、残りを後に仕込んでもよい。好ましくは、予め仕込んだ溶媒中にシリル化剤及び塩基性化合物を混合させると、シリル化剤と塩基性化合物との混和性を高めやすいために好ましい。
【0039】
溶媒は、使用前に脱水しておくことが、水と反応することによるシリルホスフィン化合物の分解及びそれによる不純物の生成を防止するために好ましい。当該溶媒中の水分量は、質量基準で20ppm以下であることが好ましく、10ppm以下であることが好ましい。水分量は後述する実施例に記載の方法にて測定できる。また溶媒は使用前に脱気し、酸素を除去しておくことも好ましい。脱気は反応器内の不活性雰囲気への置換等の任意の方法にて可能である。
【0040】
比誘電率が4以下である溶媒の量は限定されないが、シリル化剤の100質量部に対し、例えば100質量部以上300質量部以下、特に120質量部以上200質量部以下とすることが効率的に反応が進む点から好ましい。
【0041】
得られた混合溶液に、ホスフィンを導入する。ホスフィンは、分子式PH3で表される気体である。ホスフィンと、シリル化剤及び塩基性化合物とを反応させる反応系内は不活性雰囲気とすることが、酸素の混入を防ぎ、酸素とシリルホスフィン化合物との反応により以下の酸化物である以下の一般式(5)で表される化合物及び一般式(6)で表される化合物が生じることを防止するために好ましい。不活性ガスとしては、例えば、窒素ガスや、ヘリウムガス、アルゴンガス等の希ガス等が挙げられる。
【0042】
【化9】
(Rは一般式(1)と同じである。)
【化10】
(Rは一般式(1)と同じである。)
【0043】
ホスフィンを導入する際の混合溶液の液温は20℃以上であることが、反応率や収率の向上の点から好ましく、85℃以下であることが目的物の分解を防止する点から好ましい。これらの点から、混合溶液の液温は、25℃以上70℃以下であることがより好ましい。
【0044】
得られた溶液は、第二工程における溶媒除去に供する前に、熟成することが好ましい。この熟成は、反応率や収率の向上の点から20℃以上60℃以下の温度で行うことが好ましく、20℃以上50℃以下の温度で行うことがより好ましい。熟成の時間は1時間以上48時間以下が好ましく、2時間以上24時間以下がより好ましい。この熟成は不活性雰囲気下で行われることが好ましい。
以上の第一工程によりシリルホスフィン化合物を含む溶液を得る。
【0045】
更に、シリルホスフィン化合物を含む溶液から溶媒の少なくとも一部を除去(分離)してシリルホスフィン化合物の濃縮液を得る第二工程を行う。このように蒸留前に第二工程で濃縮により溶媒を除去することで、後述する第三工程における溶媒留去量を低減し、蒸留時に溶媒留去に伴いシリルホスフィン化合物の収率が低減することを防止でき、且つ、目的物であるシリルホスフィン化合物の熱的な変質や分解を防止できる。
【0046】
第一工程後、好ましくは前記の熟成処理後、第二工程に先立ち副生物の塩HBA
+X-を除去する処理を行うことが好ましい。
具体的には、第一工程(好ましくは前記の熟成処理を含む工程)で得られたシリルホスフィン化合物を含む溶液を静置することにより、シリルホスフィン化合物を含む層と、HBA
+X-を含む層とを分離させ、分液により後者を除去することで、HBA
+X-を除去することができる。なお、静置時間は0.5時間以上48時間以下が好ましく、1時間以上24時間以下がより好ましい。分液は不活性雰囲気下で行われることが好ましい。
【0047】
(第二工程)
第二工程における溶媒の除去方法としては、シリルホスフィン化合物を含む溶液を、目的とするシリルホスフィン化合物がほとんど残留する条件下に減圧下に加熱して溶媒を蒸発させる方法が挙げられる。この処理は例えばロータリーエバポレーター等、溶媒を除去するための任意の蒸留器で行うことができる。第二工程においてシリルホスフィン化合物を含む溶液を減圧下に加熱する際の液温は、効率的に溶媒除去する観点及び、シリルホスフィン化合物の分解や変質を防止する観点から、最高液温が20℃以上140℃以下であることが好ましく、25℃以上90℃以下であることがより好ましい。同様の観点から、減圧時の圧力(最低圧力)は、絶対圧基準で2kPa以上20kPa以下が好ましく、5kPa以上10kPa以下がより好ましい。濃縮は不活性雰囲気下で行われることが好ましい。
【0048】
第二工程後のシリルホスフィン化合物を含む溶液におけるシリルホスフィン化合物の量は、第二工程の開始時点の前記溶液におけるシリルホスフィン化合物の量に対する減少割合が好ましくは5質量%以下であり、より好ましくは1質量%以下である。この量は31P-NMRにて測定できる。第二工程で得られる濃縮液の質量は、第一工程で得られるシリルホスフィン化合物を含む溶液の質量の10%以上であることが収率向上の点から好ましく、50%以下であることが、次の第三工程において残存する溶媒量を低減させて純度を高める点で好ましい。
【0049】
(第三工程)
次いで、第二工程で得られた濃縮液を蒸留する第三工程を行う。蒸留の条件は、シリルホスフィン化合物が気化する条件であり、蒸留温度(塔頂温度)が50℃以上であることが、目的化合物の分離性に優れる点で好ましい。蒸留温度は150℃以下であることが、目的化合物の分解抑制や品質維持の点で好ましい。これらの点から、蒸留温度は、50℃以上150℃以下であることが好ましく、70℃以上120℃以下であることがより好ましい。
【0050】
蒸留の際の圧力は絶対圧基準で0.01kPa以上であることが効率よく純度の高い目的化合物が回収できる点で好ましい。また蒸留の際の圧力は絶対圧基準で5kPa以下であることが、シリルホスフィン化合物の分解や変質を抑制でき、シリルホスフィン化合物を高純度及び高収率で得やすい観点で好ましい。これらの点から、蒸留の際の圧力は0.01kPa以上5kPa以下が好ましく、0.1kPa以上4kPa以下がより好ましい。蒸留は不活性雰囲気下で行われることが好ましい。
【0051】
初留分は溶媒、塩基性化合物、シリル化剤、又は各成分の微量の分解物等が含まれるため、これを除去することで、純度を向上させることができる。
【0052】
第三工程後、シリルホスフィン化合物を気化した後の蒸留残液におけるシリルホスフィン化合物の量は、第三工程の開始時点のシリルホスフィン化合物を含む溶液におけるシリルホスフィン化合物の量に対する減少割合が好ましくは90質量%以上であり、より好ましくは95質量%以上である。この量は31P-NMRにて測定できる。
【0053】
本工程においては、下記の一般式(7)で表される化合物を除去できる。この化合物(7)で表される化合物はシリル化剤とホスフィンとの反応の副産物であり、第三工程における蒸留により高沸点成分として除去される。
【0054】
【0055】
以上の第三工程により、目的とするシリルホスフィン化合物が得られる。得られるシリルホスフィン化合物は粉末状等の固体状であり、酸素、水分等との接触を極力排除した環境下、液体もしくは固体状で保管されるか、或いは、適切な溶媒に分散された分散液状として保管される。分散液には溶液も含まれる。
【0056】
シリルホスフィン化合物を分散させる溶媒は、有機溶媒であり、特に非極性溶媒であることが、水の混入を防止して、シリルホスフィン化合物の分解を防止する点から好ましい。例えば、非極性溶媒としては、飽和脂肪族炭化水素、不飽和脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素化合物、トリアルキルホスフィン等が挙げられる。飽和脂肪族炭化水素としては、n-ヘキサン、n-ヘプタン、n-オクタン、n-ノナン、n-デカン、n-ドデカン、n-ヘキサデカン、n-オクタデカンが挙げられる。不飽和脂肪族炭化水素としては、1-ウンデセン、1-ドデセン、1-ヘキサデセン、1-オクタデセン等が挙げられる。芳香族炭化水素としてはベンゼン、トルエン、キシレン、スチレン等が挙げられる。トリアルキルホスフィンとしては、トリエチルホスフィン、トリブチルホスフィン、トリデシルホスフィン、トリヘキシルホスフィン、トリオクチルホスフィン、トリドデシルホスフィン、トリドデシルホスフィン等が挙げられる。シリルホスフィン化合物を分散させる有機溶媒は沸点が高いことが、自然発火性を有するシリルホスフィン化合物を安定に保管及び運搬等の取り扱いができるため好ましい。有機溶媒の好ましい沸点は、50℃以上であり、より好ましくは60℃以上である。有機溶媒の沸点の上限としては、270℃以下(絶対圧0.1kpa)であることが、これを原料として製造される有機合成品や量子ドットの物性への影響の観点から好ましい。
【0057】
溶媒は、シリルホスフィン化合物を分散させる前に十分に脱水しておくことが、水と反応することによるシリルホスフィン化合物の分解及びそれによる不純物の生成を防止するために好ましい。当該溶媒中の水分量は、質量基準で20ppm以下であることが好ましく、10ppm以下であることが好ましい。水分量は後述する実施例に記載の方法にて測定できる。
このような条件とするために、例えば、溶媒は、減圧下又は真空条件下で加熱しながら、脱気及び脱水した後に、窒素ガス雰囲気下、シリルホスフィン化合物と混合するとともに気密な容器に充填する。
これらの処理により、不純物を十分に低減されたシリルホスフィン化合物の分散液を容易に得ることができる。
シリルホスフィン化合物の分散液中、シリルホスフィン化合物の割合は、3質量%以上50質量%以下が好ましく、8質量%以上30質量%以下がより好ましい。
【0058】
次いで、本発明のシリルホスフィン化合物を説明する。
本発明のシリルホスフィン化合物は、従来除去が困難とされている不純物である一般式(2)で表される化合物の量が極めて少ないものである。具体的には、本発明のシリルホスフィン化合物は、一般式(2)で表される化合物の含有量が0.5モル%以下であり、0.3モル%以下であることがより好ましい。本発明のシリルホスフィン化合物は、従来の製造方法では除去しがたかった不純物量が低減されていることにより、これを原料として製造された有機合成品や量子ドットの物性を損なう、或いは、得られた製品の物性を損なうといった弊害を効果的に防止することができる。一般式(2)で表される化合物を前記の上限以下とするためには、前述した本発明の製造方法にて一般式(1)で表される化合物を製造したり、シリル化剤とホスフィンとの量比を調整すればよい。一般式(2)で表される化合物の含有量は、一般式(1)で表される化合物に対する割合である。一般式(1)で表される化合物及び一般式(2)で表される化合物の含有量は、31P-NMRによる分析により例えば後述する実施例に記載の方法にて測定することができる。
【0059】
更に、本発明のシリルホスフィン化合物は、従来除去が困難とされている他の不純物の量も極めて少ないことが、量子ドットや化学合成の原料として好ましい。
【0060】
具体的には、前記一般式(3)で表される化合物の含有量が0.1モル%以下であることが好ましく、0.08モル%以下であることがより好ましく、0.05モル%以下であることが特に好ましい。この場合、本発明のシリルホスフィン化合物は従来除去しがたかった他の不純物量が低減されたことにより、前記の弊害をより一層効果的に防止することができる。一般式(3)で表される化合物を前記の上限以下とするためには、前述した本発明の製造方法にて一般式(1)で表される化合物を製造したり、シリル化剤とホスフィンとの量比を調整すればよい。一般式(3)で表される化合物の含有量は、一般式(1)で表される化合物に対する割合である。一般式(3)で表される化合物の含有量は、31P-NMRによる分析により例えば後述する実施例に記載の方法にて測定することができる。
【0061】
本発明のシリルホスフィン化合物は前記一般式(4)で表されるシリルエーテル化合物の含有量が0.50モル%以下であることが好ましく、0.30モル%以下であることがより好ましく、0.15モル%以下であることが更に好ましい。このように従来除去しがたかった不純物量を低減することにより、前記の弊害を更に効果的に防止することができる。一般式(4)で表される化合物の含有量は、一般式(1)で表される化合物に対する割合である。一般式(4)で表される化合物を前記の上限以下とするためには、前述した本発明の製造方法にて一般式(1)で表される化合物を製造すればよい。一般式(4)で表される化合物の含有量は、ガスクロマトグラフィーによる分析により例えば後述する実施例に記載の方法にて測定することができる。
【0062】
本発明のシリルホスフィン化合物は前記一般式(5)で表される化合物の含有量が0.30モル%以下であることが好ましく、0.15モル%以下であることがより好ましく、0.05モル%以下であることが特に好ましい。一般式(5)で表される化合物の含有量は、一般式(1)で表される化合物に対する割合である。一般式(5)で表される化合物を前記の上限以下とするためには、前述した本発明の製造方法にて一般式(1)で表される化合物の製造における第一工程ないし第三工程を不活性雰囲気下にて行えばよい。一般式(5)で表される化合物の含有量は、31P-NMRによる分析により例えば後述する実施例に記載の方法にて測定することができる。
【0063】
本発明のシリルホスフィン化合物は前記一般式(6)で表される化合物の含有量が0.30モル%以下であることが好ましく、0.15モル%以下であることがより好ましく、0.05モル%以下であることが特に好ましい。一般式(6)で表される化合物を前記の上限以下とするためには、前述した本発明の製造方法にて一般式(1)で表される化合物の製造における第一工程ないし第三工程を不活性雰囲気下にて行えばよい。一般式(6)で表される化合物の含有量は、一般式(1)で表される化合物に対する割合である。一般式(6)で表される化合物の含有量は、31P-NMRによる分析により例えば後述する実施例に記載の方法にて測定することができる。
【0064】
本発明のシリルホスフィン化合物は前記一般式(7)で表される化合物の含有量が1.0モル%以下であることが好ましく、0.5モル%以下であることがより好ましく、0.2モル%以下であることが特に好ましい。一般式(7)で表される化合物を前記の上限以下とするためには、前述した本発明の製造方法にて高沸点成分を分離すればよい。一般式(7)で表される化合物の含有量は、一般式(1)で表される化合物に対する割合である。一般式(7)で表される化合物の含有量は、31P-NMRによる分析により例えば後述する実施例に記載の方法にて測定することができる。
【0065】
本発明のシリルホスフィン化合物は一般式(1)で表される化合物の含有量が99.0モル%以上であることが好ましく、99.3モル%以上であることがより好ましく、99.5モル%以上であることが特に好ましい。一般式(1)で表される化合物の量は、31P-NMRによる分析により例えば後述する実施例に記載の方法にて測定することができる。
【0066】
上記の式(2)~(7)で表される化合物の式(1)で表される化合物に対する好ましい割合は、シリルホスフィン化合物が粉末等の固形状として存在している場合にも、溶媒中に分散して存在している場合にも当てはまる。つまり、前者の場合、上記で挙げた式(2)~(7)で表される化合物の好ましいモル比は、シリルホスフィン化合物からなる粉末等の固体中における、式(2)~(7)で表される化合物の式(1)の化合物に対するモル比を意味する。後者の場合、上記の好ましいモル比は、シリルホスフィン化合物が分散している分散液における、式(2)~(7)で表される化合物の式(1)の化合物に対するモル比を意味する。
【0067】
以上の通り本発明の製造方法で得られたシリルホスフィン化合物及び本発明のシリルホスフィン化合物は、不純物の混入が極力抑制され、着色や分解が防止されている。これにより、当該シリルホスフィン化合物を有機合成(例えばホスフィニン等の製造)やインジウムリンの製造原料として使用した場合に、製造反応の阻害や収率低下、得られる有機化合物やインジウムリンの物性低下等の悪影響を効果的に防止することができる。
【実施例】
【0068】
以下に実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0069】
<実施例1>
反応容器に脱気及び脱水済みのトルエン(質量基準で水分量20ppm以下)189.8kgを仕込んだのち、トリエチルアミン82kgとトリフルオロメタンスルホン酸トリメチルシリル149.5kgを仕込み、反応容器内を窒素置換した後、液温を30℃に調整した。
ホスフィンガスを反応容器内に3時間かけて7.4kg仕込み、液温を35℃に調整した後、4時間の熟成を行った。
得られた反応溶液424.9kgは二層に分離しており、上層を用いるために12時間静置後、下層を分液した。上層は、低沸分を取り除くために濃縮缶により、減圧下、最終的な圧力が絶対圧基準で6.3KPa、液温が70℃となるまで濃縮して60.1kgの濃縮液を得た。第二工程後のシリルホスフィン化合物を含む溶液におけるシリルホスフィン化合物の量は、第二工程の開始時点の前記溶液におけるシリルホスフィン化合物の量に対する減少割合が3.2質量%であった。
得られた濃縮液を0.5KPaの減圧下、塔頂温度85℃で蒸留し、初留分を除去後、本留分を49.3kg回収し、回収物を得た。第三工程後、シリルホスフィン化合物を気化した後の蒸留残液におけるシリルホスフィン化合物の量は、第三工程の開始時点のシリルホスフィン化合物を含む溶液におけるシリルホスフィン化合物の量に対する減少割合が93質量%であった。
下記条件の
31P-NMRによる分析により、回収物(液体)がトリス(トリメチルシリル)ホスフィン(TMSP)であることを確認し、その純度及び収率をh測定した。結果を下記表1に示す。また、
31P-NMRによる分析により得られたスペクトルを
図1に示す。
図1においては、目的物であるTMSPのピークがδ-251.225ppmに観察されている。また
図1には、式(2)~(7)で表される化合物のピークは観察されていないが、前記条件の
31P-NMRによる分析においては、通常、前記式(2)で表される化合物(Rはメチル)のピーク位置はδ-237.4(d,J=186Hz)ppm、前記式(3)で表される化合物(Rはメチル)のピーク位置はδ-239±2.0(q,J=180Hz)、前記式(5)で表される化合物(Rはメチル)のピーク位置は115.1ppm、前記式(6)で表される化合物(Rはメチル)のピーク位置:24.2ppm、前記式(7)で表される化合物(Rはメチル)のピーク位置:-244.1ppmである。
前記のスペクトルに基づき、
31P-NMRによる分析によりトリス(トリメチルシリル)ホスフィン中の前記式(2)、(3)、(5)、(6)及び(7)のそれぞれで表される化合物(いずれもRはメチル)の含量を測定した。結果を下記表2に示す。
またガスクロマトグラフィー分析によりトリス(トリメチルシリル)ホスフィン中の式(4)で表される化合物(Rはメチル)の含量を測定した。結果を下記表2に示す。またガスクロマトグラフィー分析で得られたスペクトルを
図2に示す。なお
図2において、ピーク番号1番のピークが、式(4)で表される化合物に由来する。
【0070】
31P-NMRの測定条件:
測定する試料を重ベンゼンに20質量%となるように溶解した。得られた溶液を、日本電子株式会社製JNM-ECA500で下記条件にて測定した。
観測周波数:202.4MHz、パルス:45度、捕捉時間:5秒、積算回数:256回、測定温度:22℃、標準物質:85質量%リン酸
【0071】
ガスクロマトグラフィーの測定条件:
測定試料を不活性ガス雰囲気下でセプタムキャップ付きの容器に小分けし、シリンジで測定試料0.2μLをガスクロマトグラフィー(株式会社島津製作所製、「GC-2010」)に打ち込み、下記条件にて測定した。
・カラム:Agilent J&W社製、「DB1」(内径0.25mm、長さ30m)・インジェクション温度:250℃、ディテクタ温度:300℃
・検出器:FID、キャリアガス:He(100kPa圧)
・スプリット比:1:100
・昇温条件:50℃×3分間維持→昇温速度10℃/分で200℃まで昇温→昇温速度50℃/分で300℃まで昇温→300℃×10分間維持
【0072】
<実施例2>
反応容器に脱気及び脱水済みのn-ヘキサン(質量基準で水分量10ppm以下)144.1gを仕込んだのち、トリエチルアミン82gとトリフルオロメタンスルホン酸トリメチルシリル149.5gを仕込み、反応容器内を窒素置換した後、液温を30℃に調整した。
ホスフィンガスを反応容器内に3時間かけて7.4g仕込み、液温を35℃に調整した後、4時間の熟成を行った。
得られた反応溶液380gは二層に分離しており、上層を用いるために12時間静置後、下層を分液した。上層は、低沸分を取り除くために濃縮缶により、減圧下、最終的な圧力が2.2KPa、液温が70℃となるまで濃縮して58.4gの濃縮液を得た。
得られた濃縮液を0.5KPaの減圧下、塔頂温度85℃で蒸留し、初留分を除去後、本留分49.4g回収した。
前記条件の31P-NMRによる分析により、回収物(液体)がトリス(トリメチルシリル)ホスフィンであることを確認し、その純度及び収率を測定した。結果を表1に示す。
また実施例1と同様に式(2)~(7)の化合物の含量を測定した。結果を表2に示す。
【0073】
下記の比較例1は、溶媒を非特許文献1と同じジエチルエーテルとした以外は実施例2と同様の操作を行った比較例である。
【0074】
<比較例1>
反応容器に脱気及び脱水済みのジエチルエーテル(質量基準で水分量10ppm以下)156.9gを仕込んだのち、トリエチルアミン82gとトリフルオロメタンスルホン酸トリメチルシリル149.5gを仕込み、反応容器内を窒素置換した後、液温を30℃に調整した。
ホスフィンガスを反応容器内に3時間かけて7.4g仕込み、液温を35℃に調整した後、4時間の熟成を行った。
得られた反応溶液424.9gは二層に分離しており、上層を用いるために12時間静置後、下層を分液した。上層は、低沸分を取り除くために濃縮缶により、減圧下、最終的な圧力が2.2KPa、液温が70℃となるまで濃縮して59.1gの濃縮液を得た。
得られた濃縮液を0.5KPaの減圧下、塔頂温度85℃で蒸留し、初留分を除去後、本留分を49.9g回収した。
前記条件の31P-NMRによる分析により、回収物におけるトリス(トリメチルシリル)ホスフィンの純度及び収率を測定した。結果を表1に示す。また実施例1と同様に式(2)~(7)の化合物の含量を測定した。結果を表2に示す。
【0075】
下記比較例2は、溶媒をシクロペンチルメチルエーテルとした以外は実施例2と同様の操作を行った比較例である。
<比較例2>
反応容器に脱気及び脱水済みのシクロペンチルメチルエーテル(質量基準で水分量10ppm以下)2150gを仕込んだのち、トリエチルアミン121.4gとトリフルオロメタンスルホン酸トリメチルシリル280gを仕込み、反応容器内を窒素置換した後、液温を30℃に調整した。
ホスフィンガスを反応容器内に15分間かけて14.4g仕込み、液温を35℃に調整した後、4時間の熟成を行った。
得られた反応溶液2480.66gは二層に分離しており、上層を用いるために12時間静置後、下層を分液した。上層は、低沸分を取り除くために濃縮缶により最終的な圧力が2.2KPa、液温が70℃となるまで濃縮して110gの濃縮液を得た。
得られた濃縮液を0.5KPaの減圧下、塔頂温度85℃で蒸留し、初留分を除去後、本留分を97.3g回収した。
前記条件の31P-NMRによる分析により、回収物におけるトリス(トリメチルシリル)ホスフィンの純度及び収率を測定した。結果を表1に示す。また実施例1と同様に式(2)~(7)の化合物の含量を測定した。結果を表2に示す。
【0076】
【0077】
【0078】
表1及び表2に示すように、実施例1及び2では、99%以上の高い純度且つ90%以上の高収率でシリルホスフィン化合物が得られた。これに対し、比較例1及び2では実施例1及び2と同程度の収率が得られたものの純度に劣るものとなることが示された。
更に実施例1及び2では、不純物である一般式(2)~(7)で表される化合物の量が極めて微量であり、比較例1及び2の量を大きく下回ることが示された。
【0079】
<実施例3>
有機溶媒として、真空条件下で加熱して脱気及び脱水した1-オクタデセン(質量基準で水分量5.4ppm)を用いた。この有機溶媒89.2質量部と実施例1で得られたシリルホスフィン化合物10.8質量部とを窒素雰囲気下、密閉空間中にて混合し、シリルホスフィン化合物溶液を得た。そのまま密閉容器に充填し、12時間経過後、得られた溶液における式(2)~(7)の化合物の量を下記の方法で測定した。結果を表3に示す。なお、水分量はカール フィッシャー水分計(京都電子製MKC610)を用いて測定した。
水分量測定方法:
使用試薬:アクアミクロンAS(発生液)、対極液アクアミクロンCXU(対極液)を測定セルに入れた後、充分に安定化させる。安定化後、窒素置換した5ml以上のガスタイトシリンジに5gの液を採取し、発生液に導入して測定した。
【0080】
(溶液中の式(2)~(7)の化合物の量の測定方法)
31P-NMRによる分析により溶液中の前記式(1)、(2)、(3)、(5)、(6)及び(7)のそれぞれで表される化合物の含量を測定した。31P-NMRの測定条件は、試料を以下のように調製した。それ以外は上記液体の31P-NMRによる分析条件と同様とした。式(1)で表される化合物に対する式(2)、(3)、(5)、(6)及び(7)の化合物(いずれもRはメチル)の割合を下記表3に示す。
(31P-NMRの測定試料の調製方法)
不活性ガス雰囲気下で溶液0.4mlと重ベンゼン0.2mlを混合しサンプルチューブを作製する。
【0081】
またガスクロマトグラフィー分析により溶液中の式(1)及び式(4)で表される化合物(Rはメチル)の含量を測定した。ガスクロマトグラフィーの測定条件は、試料を以下のように調製方法と注入量を変更した以外は、上記TMSP液体のガスクロマトグラフィーによる分析条件と同様とした。式(1)で表される化合物に対する式(4)の化合物の割合を下記表3に示す。
(ガスクロマトグラフィーの測定試料の調製方法)
不活性ガス雰囲気で10mLの脱水グレードヘキサンに1mlのTMSP希釈溶液を混合し溶液を調整する。シリンジで測定試料1.0μLをガスクロマトグラフィーに注入し測定した。
【0082】
<実施例4>
有機溶媒として、蒸留により脱気及び脱水処理したトリオクチルホスフィン(質量基準で水分量5ppm以下)を用いた。また実施例1で得られたシリルホスフィン化合物の代わりに、実施例2で得られたシリルホスフィン化合物を用いた。これらの点以外は、実施例3と同様にして、シリルホスフィン化合物溶液を得た。得られた溶液中における式(1)の化合物に対する式(2)~(7)の化合物の割合を実施例3と同様にして測定し、表3に示す。
【0083】
<参考例1>
有機溶媒として脱気及び脱水処理をしていない1-オクタデセン(質量基準で水分量40ppmを用いた。この点以外は、実施例3と同様にして、シリルホスフィン化合物溶液を得た。得られた溶液中における式(1)の化合物に対する式(2)~(7)の化合物の割合を実施例3と同様にして測定し、表3に示す。
【0084】
【0085】
表3に示すように、水分量を低減した有機溶媒にシリルホスフィン化合物を混合することで溶液中における一般式(2)~(7)で表される化合物の量を低レベルに維持できることが判る。