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特許7077460アルミニウム材及びアルミニウム材用静電気放電特性調整皮膜
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-20
(45)【発行日】2022-05-30
(54)【発明の名称】アルミニウム材及びアルミニウム材用静電気放電特性調整皮膜
(51)【国際特許分類】
   C23C 28/04 20060101AFI20220523BHJP
   C23C 16/26 20060101ALI20220523BHJP
   C25D 11/18 20060101ALI20220523BHJP
【FI】
C23C28/04
C23C16/26
C25D11/18 301A
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2021088233
(22)【出願日】2021-05-26
【審査請求日】2021-09-16
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 https://www.setcor.org/conferences/surfcoat-korea-2021/conference-program(国際学会「SURFCOAT KOREA 2021」(令和3年5月26日~28日)/Conference Program(5月28日12:15PM-12:30PM)についてのアブストラクト(公開日:令和3年5月5日、更新日:令和3年5月18日)
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000228604
【氏名又は名称】日本コーティングセンター株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100156867
【弁理士】
【氏名又は名称】上村 欣浩
(74)【代理人】
【識別番号】100143786
【弁理士】
【氏名又は名称】根岸 宏子
(72)【発明者】
【氏名】山本 修二
(72)【発明者】
【氏名】野仲 輝充
【審査官】松岡 徹
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-291259(JP,A)
【文献】特開2007-324353(JP,A)
【文献】特開平07-176597(JP,A)
【文献】特開2009-068097(JP,A)
【文献】特開2019-214763(JP,A)
【文献】特開昭63-058707(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 24/00- 30/00
C23C 16/00- 16/56
C25D 11/00- 11/38
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム製基材と、
前記アルミニウム製基材の表面に設けられた静電気放電特性調整被膜と、を備え、
前記静電気放電特性調整被膜は、
厚みが1μm以上100μm以下であり、封孔されたアルミニウム陽極酸化皮膜により構成された、表面抵抗値が1×10Ω/sq以上1×1013Ω未満であり、静電気の電荷を逸散する多孔質酸化アルミニウム層と、
前記多孔質酸化アルミニウム層上に設けられ、表面抵抗値が3×10Ω/sq以上1×1012Ω/sq以下の硬質炭素膜層と、
前記多孔質酸化アルミニウム層と前記硬質炭素膜層との間に設けられ非導電性皮膜からなる中間層と、
を有し、
前記中間層は、酸化物系膜、炭化物系膜、ホウ化物材料系膜又はケイ素化合物膜であり、
前記アルミニウム製基材は、半導体製造工程において半導体部品と接触又は摺動して使用されるアルミニウム製部品であること、
を特徴とするアルミニウム材。
【請求項2】
前記硬質炭素膜層の表面抵抗値は1×1012Ω/sq未満であり、当該硬質炭素膜層はsp2構造の炭素とsp3構造の炭素とを含む非晶質構造を有する炭素被膜からなる請求項1に記載のアルミニウム材。
【請求項3】
前記静電気放電特性調整皮膜は、前記中間層として有機ケイ素化合物膜を有する請求項1又は請求項2に記載のアルミニウム材。
【請求項4】
アルミニウム製基材の表面に設けられて、アルミニウム性基材の表面の静電気放電特性を調整するためのアルミニウム材用静電気放電特性調整皮膜であって、
アルミニウム製基材の表面に設けられる厚みが1μm以上100μm以下であり、封孔されたアルミニウム陽極酸化皮膜により構成された、表面抵抗値が1×10Ω/sq以上1×1013Ω未満であり、静電気の電荷を逸散する多孔質酸化アルミニウム層と、
前記多孔質酸化アルミニウム層上に設けられ、表面抵抗値が3×10Ω/sq以上1×1012Ω/sq以下の硬質炭素膜層と、
前記多孔質酸化アルミニウム層と前記硬質炭素膜層との間に設けられ非導電性皮膜からなる中間層と、
を有し、
前記中間層は、酸化物系膜、炭化物系膜、ホウ化物材料系膜又はケイ素化合物膜であり、
前記アルミニウム製基材は、半導体製造工程において半導体部品と接触又は摺動して使用されるアルミニウム製部品であること、
を特徴とするアルミニウム材用静電気放電特性調整皮膜。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本件発明は、アルミニウム材に関し、より詳しくは静電気放電対策が施されたアルミニウム材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、半導体部品又は半導体製品(以下、半導体デバイス)の製造工程において、種々のアルミニウム製又はアルミニウム合金製の治具や部品等(以下、「アルミニウム製品」と称する。)が用いられている。例えば、洗浄工程等で使用されるウエハカセット(例えば、特許文献1参照)、パターン形成工程やダイボンディング工程等においてウエハやチップを所定の位置で保持固定するピックアップノズルや、所定の位置に搬送する際に用いられる搬送アーム等は半導体デバイスの製造工程において使用されるアルミニウム製品である。
【0003】
また、半導体デバイスはクリーンルームで製造される。回路形成工程において、塵埃に起因する回路パターンの露光不良等が発生すると、精確に回路パターンを形成することができなくなる。そのため、クリーンルーム内における塵埃の発生を抑制する必要がある。上記各種アルミニウム製品は、半導体デバイスと直接接触して使用されるため接触、摺動時に表面が削れて摩耗粉等が生じるおそれがある。そこで、半導体デバイスの製造工程において使用されるアルミニウム製品の表面には硬度を高める処理が行われることが多い。
【0004】
ところが、物体と物体、特に絶縁体と絶縁体が接触あるいは接触摺動すると、その表面に静電気が帯電する。この帯電した物体に導電体が接触等すると、静電気が放電する。静電気放電によって、半導体デバイスに耐電圧を超えるサージ電圧(或いはスパイク電圧)が印加されると絶縁破壊が生じたり、許容電流を超えるサージ電流が流れると微細配線の熱断線等の不具合が生じるおそれがある。そのため、半導体デバイスの製造工程では各種の静電気放電対策(Electrostatic Discharge:ESD対策)が行われている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第5641050号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年、LSI等の集積回路の高密度化、低電圧化設計が進んでいる。例えば、現在の最小配線幅は5nmであり、2022年には3nmになると言われている。また集積回路の高密度化に伴い動作電圧が約0.4Vの超低電圧LSI等と称される超低電圧デバイスの開発も進んでいる。一方、従来、製造装置の主構造材である上記アルミニウム製品に対するESD対策はあまり行われてこなかった。このような超低電圧デバイスの開発が進む中、アルミニウム製品と半導体デバイスとの間で静電気放電が生じた際に耐電圧や許容電流を超えるサージ電圧やサージ電流の発生を抑制することが求められる。
【0007】
そこで、本件発明の課題は、表面の静電気放電特性が調整されたアルミニウム材、及びアルミニウム材の表面の静電気放電特性を調整するためのアルミニウム材用の静電気放電特性調整皮膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため本発明に係るアルミニウム材は、アルミニウム製基材と、前記アルミニウム製基材の表面に設けられた厚みが1μm以上100μm以下であり、表面抵抗値が1×10Ω/sq以上1×1013Ω/sq未満の多孔質酸化アルミニウム層と、前記多孔質酸化アルミニウム層上に設けられ、表面抵抗値が3×10Ω/sq以上1×1012Ω/sq以下の硬質炭素膜層とを有することを特徴とする。
【0009】
本発明に係るアルミニウム材において、前記多孔質酸化アルミニウム層と前記硬質炭素膜層との間に、表面抵抗値が3×10Ω/sq以上1×1012Ω/sq以下の非導電性皮膜からなる中間層を備えることも好ましい。
【0010】
本発明に係るアルミニウム材において、前記硬質炭素膜層の表面抵抗値は1×1012Ω/sq未満であり、当該硬質炭素膜層はsp2構造の炭素とsp3構造の炭素とを含む非晶質構造を有する炭素被膜からなることが好ましい。
【0011】
本発明に係るアルミニウム材において、前記硬質炭素膜層の膜厚が1nm以上10μm以下であることが好ましい。
【0012】
本発明に係るアルミニウム材において、前記アルミニウム製基材は、半導体製造工程において半導体部品と接触又は近接して使用されるアルミニウム製部品であることも好ましい。
【0013】
本発明に係るアルミニウム材用静電気放電特性調整皮膜は、アルミニウム製基材の表面に設けられて、アルミニウム性基材の表面の静電気放電特性を調整するためのアルミニウム材用静電気放電特性調整皮膜であって、アルミニウム製基材の表面に設けられる厚みが1μm以上100μm以下であり、表面抵抗値が1×10Ω/sq以上1×1013Ω/sq未満の多孔質酸化アルミニウム層と、前記多孔質酸化アルミニウム層上に設けられ、表面抵抗値が3×10Ω/sq以上1×1012Ω/sq以下の硬質炭素膜層とを有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本件発明に係るアルミニウム材は、厚みが1μm以上100μm以下であり、表面抵抗値が1×10Ω/sq以上1×1013Ω/sq未満の多孔質酸化アルミニウム層と、この多孔質酸化アルミニウム層上に設けられる表面抵抗値が3×10Ω/sq以上1×1012Ω/sq以下硬質炭素膜層とを備えている。アルミニウム製基材の表面にこれらの膜を積層することで、静電気を発生させにくくすることができ、静電気を帯びたときに静電気を緩やかに放電させることができる。そのため、半導体、電子部品、これらを用いて構成された各種電子機器等(半導体デバイス)の静電気放電から保護すべき保護対象物に対して、直接又は近接して用いられるアルミニウム製部品を当該アルミニウム材とすることで、保護対象物にサージ電流、電圧等が印加等されることを防止し、静電気放電に伴う保護対象物の誤動作や損傷を防止することができる。従って、本件発明によれば、表面の静電気放電特性が調整されたアルミニウム材、及びアルミニウム材の表面の静電気放電特性を調整するためのアルミニウム材用の静電気放電特性調整皮膜を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】実施例1のアルミニウム材における静電気放電特性調整皮膜表面(硬質炭素膜層表面)の帯電減衰曲線を表す図である。
図2】実施例2のアルミニウム材における静電気放電特性調整皮膜表面(硬質炭素膜層表面)の帯電減衰曲線を表す図である。
図3】比較例1のアルミニウム材における多孔質酸化アルミニウム層表面の帯電減衰曲線を表す図である。
図4】比較例2のアルミニウム材における多孔質酸化アルミニウム層表面の帯電減衰曲線を表す図である。
図5】各実施例及び各比較例の絶縁耐圧を示す図であり、硬質炭素膜層の有無による絶縁耐圧の変化を示す図である。
図6】各実施例及び各比較例の摩擦係数を示す図であり、硬質炭素膜層の有無による摩擦係数の変化を示す図である。
図7】各実施例及び各比較例の硬度を示す図であり、硬質炭素膜層の有無による硬度の変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明に係るアルミニウム材及びアルミニウム材用静電気放電特性調整皮膜の実施の形態を説明する。
1.アルミニウム材
本発明に係るアルミニウム材は、アルミニウム製基材と、前記アルミニウム製基材の表面に設けられた厚みが1μm以上100μm以下であり、表面抵抗値が1×10Ω/sq以上1×1013Ω/sq未満の多孔質酸化アルミニウム層と、前記多孔質酸化アルミニウム層上に設けられ、表面抵抗値が3×10Ω/sq以上1×1012Ω/sq以下の硬質炭素膜層とを有することを特徴とする。
【0017】
上述のとおり、半導体デバイスの製造工程において、種々のアルミニウム製品が用いられている。アルミニウムは金属であるため導電体である。導電体の表面抵抗値は概ね1×10-3Ω/sq以下である。導電体は静電気を発生したり、表面に静電気の電荷を蓄積することもない。しかし、静電気を帯びた物体が導電体に接触等すると、物体表面の電荷は2~3ナノ秒レベルで急峻に逸散する。従って、アルミニウム製品に静電気を帯びた半導体デバイスが接触すると、静電気放電が急峻に生じる。その際、耐電圧や許容電流を超えたサージ電圧やサージ電流が半導体デバイスに印加すると、絶縁破壊が生じ、半導体デバイスの誤動作や断線等の損傷を招く場合がある。しかしながら、従来、これらのアルミニウム製品に対するESD対策はあまり行われてこなかった。
【0018】
半導体デバイスの製造工程では塵埃の発生を抑制する必要がある。アルミニウム製品の表面硬度を高めるための処理としてアルマイト処理が行われることが多い。アルマイト処理を施すと、アルミニウムの表面には酸化アルミニウムを主成分とするアルマイト処理層が設けられる。酸化アルミニウム自体の体積固有抵抗値は1014-15Ω・cm程度であり、酸化アルミニウムは絶縁体である。ゴムの体積抵抗率は1010Ω・cm~1014Ω・cm程度であり、プラスチックの体積固有抵抗率は1014Ω・cm~1018Ω・cm程度である。従って、アルミニウム製品にアルマイト処理を施すと、アルミニウム製品の表面はゴムやプラスチック等の他の絶縁体と同様の静電気放電特性を示すと考えられる。
【0019】
そこで本発明者等は、アルミニウム製品に対するESD対策を検討すべく、まず絶縁抵抗計を用いて、アルマイト処理層を設けたアルミニウム製基材の表面抵抗値を測定した。その結果、アルマイト処理層を設けたアルミニウム製基材の表面抵抗値は概ね1×10~1×1013Ω/sq程度であった。ゴムやプラスチック等の他の絶縁体の表面抵抗値と比較すると幾分低いが、導電体と比較すると高い値を示す。なお、体積固有抵抗値に比べて、表面抵抗値は通常1桁以上小さい値を示す。静電気は物体の表面に帯電し、これが放電される際、電荷は主に物体の表面を流れる。従って、本件発明では各層の抵抗値については、固定体積抵抗値ではなく表面抵抗値により評価するものとした。
【0020】
表面抵抗値が上記のように導体と絶縁体の間の値を示す場合、通常であれば、他の物体と接触等しても、静電気の発生を抑制し、静電気の電荷の蓄積速度が緩やかなスローチャージ特性を示すと考える。また、表面抵抗値が上記範囲内であれば、表面に静電気が印加したとしても静電気が緩やかに放電するスローディスチャージ特性も示すと考えられる。しかしながら、本発明者等が静電気の帯電減衰を評価する装置(帯電電荷減衰測定器/オネストメーター)を用いて、アルマイト処理層を設けたアルミニウム製基材の表面の帯電減衰挙動を実際に測定すると、アルマイト処理層の表面電荷は数ボルトになるがそれ以上帯電することはなく、電荷が直ちに逸散することが確認された。すなわち、本発明者等はアルマイト処理層は絶縁体であるが、ゴムやプラスチック等の他の絶縁体とは異なる静電気放電特性を示し、且つ、表面抵抗値範囲によって想定される静電気放電特性とも異なる挙動を示すという新たな知見を見出した。
【0021】
そこで、本発明者等が鋭意検討した結果、アルマイト処理層がこのような特異な静電気放電特性を示すのは次の理由によると考えた。アルマイト処理層は、nmオーダー(数nm~数十nm)のバリア膜(無孔質皮膜)及びバリア膜上に成長する多孔質皮膜の二層構造を有する。またアルマイト処理の際には、多孔質皮膜の微細孔を塞ぐための封孔処理が行われる。しかしながら、封孔処理によって微細孔が完全に塞がれる訳ではない。また、微細孔内にはアルマイト処理の際に用いられた電解液や封孔処理の際に用いられた金属錯体等が残存している。そのため、多孔質皮膜の表面は高抵抗値を示すにも関わらず、静電気の電荷が微細孔を通じて逸散するという特異な静電気放電特性を示すと推定される。
【0022】
このように、アルミニウム製品にアルマイト処理層を設けてもスローチャージ特性及びスローディスチャージ特性を得ることはできない。そのため、静電気が帯電した半導体デバイスがアルマイト処理層に接触すると、静電気が放電し、サージ電流、サージ電圧が発生し、半導体デバイスに静電気ダメージを与えるおそれがある。
【0023】
一方、ゴムやプラスチック等の他の絶縁体に対して、カーボン粒子等の導電性微粒子を練り込み導電性を付与することでこれらの絶縁体のESD対策を施すことが行われている。しかしながら、アルマイト処理層はこれらの他の絶縁体と同様のESD対策を行っても効果が得られないことは明らかである。
【0024】
そこで、本発明者等がさらに鋭意研究を重ねた末、アルミニウム製基材の表面に特定のアルマイト処理層として、厚みが1μm以上100μm以下であり、表面抵抗値が1×10Ω/sq以上1×1013Ω/sq未満の多孔質酸化アルミニウム層を設け、この多孔質酸化アルミニウム層上に表面抵抗値が3×10Ω/sq以上1×1012Ω/sq以下硬質炭素膜層を設けることで、スローチャージ特性及びスローディスチャージ特性を示す表面を得ることができ、静電気を発生させにくくしつつ、静電気を帯びたときに静電気を緩やかに放電させることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0025】
以下、アルミニウム製基材、硬質炭素膜層、多孔質酸化アルミニウム層の順に説明する。また、本発明に係るアルミニウム材は、多孔質酸化アルミニウム層と硬質炭素膜層との間に、両層の密着性を向上するための非導通性皮膜からなる中間層を備えていてもよい。従って、以下では中間層についても説明する。
【0026】
1-1.アルミニウム製基材
アルミニウム製基材は、アルミニウム金属又はアルミニウム合金製の基材であり、その大きさや形状が特に限定されるものではなく板状、或いは、所定形状等であってもよい。当該アルミニウム製基材は、半導体製造工程において半導体部品(半導体デバイス)と接触又は近接して使用されるアルミニウム製部品であることも好ましい。このようなアルミニウム製品として、例えば、アルミニウム製又はアルミニウム合金製の治具や部品を挙げることができ、例えば、洗浄工程等で使用されるウエハカセット、パターン形成工程やダイボンディング工程等においてウエハやチップを所定の位置で保持固定するピックアップノズル、所定の位置に搬送する際に用いられる搬送アーム等の種々のアルミニウム製品に適用することができる。
【0027】
1-2.硬質炭素膜層
次に、硬質炭素膜層について説明する。硬質炭素膜層は表面抵抗値が3×10Ω/sq以上1×1012Ω/sq以下の炭素系硬質膜からなる層である。後述する多孔質酸化アルミニウム層上に当該硬質炭素膜層を設けることで、上述のとおり、当該アルミニウム材表面において、静電気を発生させにくくしつつ、静電気を帯びたときに静電気を緩やかに放電させることができる。硬質炭素膜層は上記範囲内の表面抵抗値を示す点に加え、以下の電気的特性(表面電荷の帯電圧、半減期時間、絶縁耐圧等)を備えると共に、以下の機械特性(硬度、摩擦係数等)を有することが好ましい。なお、以下に示す値はいずれもアルミニウム製基材上に多孔質酸化アルミニウム層(及び中間層を備える場合は中間層)を介して硬質炭素膜層を設けた上で測定した値を示す。
【0028】
(1)電気的特性
a)表面抵抗値
硬質炭素膜層膜の表面抵抗値は上記のとおりである。本発明においては抵抗値を体積固有抵抗値ではなく、表面抵抗値で規定する。その理由は上述のとおりである。なお、表面抵抗値が3×10Ω/sqより大きい場合、その材料の体積固有抵抗値は概ね1×10Ω・mより大きくなる。当該硬質炭素膜層の表面抵抗値は1×1012Ω/sq以下であり、プラスチックやゴム等の絶縁体と比較すると表面抵抗値が低い。そのため、当該硬質炭素膜層が他の物体に対して摺動したときに静電気が発生するのを抑制することができ、スローチャージ特性を得ることができる。
【0029】
ここで、静電気を帯びた際に、静電気放電に伴う保護対象物の誤動作や損傷等を生じさせない程度に電荷の逸散を速やかにするという観点から、硬質炭素膜層の表面抵抗は1011Ω/sq以下であることが好ましく、1010Ω/sq以下であることがより好ましく、10Ω/sq以下であることがさらに好ましい。サージ電圧(電流)の最大値を低減するという観点から、表面抵抗が10Ω/sq以上であることが好ましい。
【0030】
但し、当該表面抵抗値は、IEC61340 5-1に準拠して、RCJSに準拠する絶縁抵抗計(例えば、Trek社製の絶縁抵抗計Model 152-1)を用いて測定した値とする。
【0031】
b)半減期
多孔質酸化アルミニウム層を介してアルミニウム製基材の表面に当該硬質炭素膜層を設けたとき、その表面電荷の半減期は、概ね1ミリ秒以上60秒以下の値を示すことが好ましい。ここで、表面電荷の半減期は、基材の表面に当該静電気放電特性調整皮膜を設けた試験片を作製し、この試験片にコロナ放電場(10kV)で帯電させた後、表面電圧或いはサージ電圧(又はサージ電流)の最大値(ピーク値)が1/2に減衰するまでの時間をいう。
【0032】
静電気の帯電は静電気の放電と共に行われるため、表面に電荷が蓄積される速度は緩やかであり、帯電電圧も低くなる。このように静電気の帯電速度は緩やかであり、帯電速度は静電気の減衰速度と関連しているため、静電気特性を評価する際は主に帯電減衰速度あるいは半減期を用いる。
【0033】
半導体デバイス等の製造工程で用いられるアルミニウム製品のESD対策を行う上で、タクトタイムに応じてこの半減期を適宜調整することが好ましい。タクトタイムとは、1日当たりの製造ラインの稼働時間を1日当たりの半導体デバイス等の生産数量で除した値をいう。このタクトタイムに対して硬質炭素膜の表面電荷の半減期が長くなると、ある工程から次の工程までの間に表面に蓄積した電荷を十分に逸散させることができず、半導体デバイス等の製造時に半導体デバイス等に静電気の電荷が蓄積していく。そのため、静電気放電に伴う半導体デバイス等の誤動作や損傷を十分に抑制することができない場合があるため好ましくない。当該観点から、硬質炭素膜の表面電荷の半減期は50秒以下であることが好ましく、40秒以下であることがより好ましい。
【0034】
上記半減期は次のように測定した値とする。アルミニウム製基材の表面に多孔質酸化アルミニウム層を介して当該硬質炭素膜層を設けた試験片を帯電電荷減衰測定器(例えば、シシド静電気株式会社製帯電電荷減衰測定器(オネストメータ H0110-C))を用い、JIS L1094に準拠して測定した値とする。但し、印加電圧10kV、放電時間30秒、放電距離15mm、電荷測定距離20mm、試験片大きさ50mm×50mmの条件で硬質炭素膜層の表面を帯電させ、帯電圧が1/2に減衰するまでの時間を半減期とする。なお、後述する中間層を備える場合も、硬質炭素膜層の半減期は同様にして測定した値とする。
【0035】
c)絶縁耐圧特性
硬質炭素膜層の絶縁耐圧は高い方が好ましい。アルミニウム製基材の表面に多孔質酸化アルミニウム層を介して硬質炭素膜層を設けるが、この硬質炭素膜層の絶縁耐圧以上の電圧が加わると、硬質炭素膜層が絶縁破壊してしまう。一度硬質炭素膜層の絶縁破壊が生じた場合、その箇所は不可逆的に良導電体域になってしまうため、帯電物と絶縁破壊領域間で静電気放電しやすくなる。そのため硬質炭素膜層の絶縁耐圧は高ければ高いほど好ましい。具体的には、30kV/mm以上であることが好ましく、50kV/mm以上であることが好ましく、70kV/mm以上であることがより好ましい。
【0036】
また、硬質炭素膜層を設けることで、アルミニウム製基材上に多孔質酸化アルミニウム層のみを備える場合と比較すると、絶縁耐圧を10%以上向上させることができる。
【0037】
(2)機械的特性
a)摩擦係数
硬質炭素膜層の摩擦係数は低い方が好ましい。摩擦係数が大きいと相手材と摺動中接触面での発熱温度が高くなる。発熱は無駄なエネルギー消費である。また、発熱によって材料の軟化等によって、摩耗量が増加し、発塵性が高くなり、摺動領域の寿命が短くなる。摩擦係数が低い硬質炭素膜層を用いて静電気放電特性調整皮膜を構成することにより、例えば、半導体製造装置等のクリーンルーム内に設置され、他の物品と摺動する部位に用いられるアルミニウム材に好適であり、ESD対策された省エネルギーであり、且つ、低発塵で長寿命なアルミニウム材とすることができる。具体的には、摩擦係数は0.50以下であることが好ましく、0.30以下であることがより好ましく、0.25以下であることがさらに好ましく、0.20以下であることが一層好ましい。
【0038】
また、硬質炭素膜層を設けることで、アルミニウム製基材上に多孔質酸化アルミニウム層のみを備える場合と比較すると、摩擦係数を50%以下に減少させることができる。
【0039】
b)硬度
硬質炭素膜層の硬度は高い方が好ましい。通常硬度は高い方が耐摩耗性は良く、他の物体と接触、摺動、剥離等したときに摩耗しにくく、摩耗粉の発生を抑制できる。そのため、例えば、半導体製造装置等のクリーンルーム内に設置され、他の物品と摺動する部位に用いられるアルミニウム材の静電気放電特性調整皮膜として好適である。
【0040】
また、硬質炭素膜層を設けることで、アルミニウム製基材上に多孔質酸化アルミニウム層のみを備える場合と比較すると、硬度を10%以上向上させることができる。
【0041】
(3)硬質炭素膜層の構成
当該硬質炭素膜層の表面抵抗値が上記範囲内である限り、当該硬質炭素膜層における炭素原子の格子構造は特に限定されるものではない。また、当該硬質炭素膜層は、炭素をベースにする皮膜であるが、炭素以外の元素を添加物として含んでいてもよい。表面抵抗値が上記範囲内である硬質炭素膜層として、例えば、炭素原子の格子構造に、グラファイトに代表されるsp2構造の炭素とダイヤモンドに代表されるsp3構造の炭素とを含む非晶質構造の炭素皮膜が挙げられる。当該静電気放電特性調整皮膜を構成する硬質炭素膜層は、この非晶質構造の炭素皮膜からなることが好ましい。特に、水素を含み、sp2構造の炭素とsp3構造の炭素とを含む非晶質構造の炭素皮膜であることが好ましい。
【0042】
a)sp3構造の炭素含有割合
上記電気特性を発現させる上で、硬質炭素膜層は、sp3構造の炭素の含有割合が20(%)以上90(%)以下であることが好ましく、30(%)以上80(%)以下であることがより好ましく、35(%)以上75(%)以下であることがさらに好ましい。なお、上記電気特性とは、表面抵抗が3×10Ωより大きく1×1012Ω以下であることを意味する。また、表面電荷の半減期が60秒以下であることがより好ましい。
【0043】
硬質炭素膜層において、sp2構造の炭素含有量とsp3構造の炭素含有量との含有比が変化すると、バンドギャップ幅が変化し、表面抵抗が変化する。sp2構造の炭素含有量が増加すると、バンドギャップ幅が小さくなり、当該炭素皮膜の表面抵抗が小さくなる。一方、sp3構造の炭素含有量が増加すると、バンドギャップ幅が大きくなり、当該炭素皮膜の表面抵抗が高くなる。sp3構造の炭素の含有割合が20(%)以上90(%)以下であれば、表面抵抗を3×10Ωより大きく1×1012Ω以下の範囲内にすることができる。そして、当該範囲内で、sp2構造の炭素含有量とsp3構造の炭素含有量との含有比を変化させることで、バンドギャップ幅を変化させることができ、表面抵抗値を上記範囲内で調整することができる。また、表面電荷の半減期についても同様に、sp3構造の炭素の含有割合を調整することにより調整することができる。
【0044】
b)水素含有量
当該硬質炭素膜層は、水素を0atm%以上50atm%以下含むことが好ましい。バンドギャップ間の電荷伝導挙動は、バンドギャップ内に生じた局在準位(不純物準位)における電子のホッピング現象によって決まる。局在準位は、炭素のダングリングボンド或いは添加元素(水素等)等の不純物の存在によって生じる。従って、当該硬質炭素膜層の電気特性は、上記sp2構造の炭素含有量とsp3構造の炭素含有量との含有割合だけでなく、当該硬質炭素膜層における水素含有量等の炭素以外の元素の含有量によっても変化する。水素は炭素のダングリングボンドと結合する。そのため、水素含有量を上記範囲内で調整することにより、バンドギャップ内の局在準位を変化させ、当該硬質炭素膜層の電気特性を上述の範囲内で調整することができる。
【0045】
また、当該硬質炭素膜層における水素含有量を調整することで、硬度や摩擦係数等の機械特性を調整することができる。当該硬質炭素膜層における水素含有量が多くなるほど、当該硬質炭素膜層の摩擦係数が小さくなり、硬度が低下する傾向にある。
【0046】
当該硬質炭素膜層の電気特性及び機械特性をより好ましいものとする上で、当該硬質炭素膜層における水素含有量は、40atm%以下であることがより好ましく、30atm%以下であることがさらに好ましい。
【0047】
c)添加元素
当該硬質炭素膜層は、水素に加えて、N、F、Al、Si、Cr、Ag、Ti、Cu、Ni、W、Ta、Mo、Zr、B、Fe、Pt、P、S、I、Mg、Zn及びGeからなる群から選択される一以上の元素を添加元素として含むことができる。
【0048】
水素に加えて、上記列挙した元素からなる群から選択される一以上の元素を添加元素として含むことにより、上記局在準位を変化させることができ、表面抵抗、表面電荷の半減期等の電気特性や、摩擦係数や硬度等の機械特性を変化させることができる。
【0049】
d)膜厚
当該硬質炭素膜層の膜厚は1nm以上10μm以下であることが好ましい。上記電気特性及び機械特性を有すれば、当該硬質炭素膜層の膜厚が薄くとも、静電気の発生を抑制すると共に、静電気放電時に電荷を緩やかに逸散させて、静電気放電に伴う半導体デバイスの損傷や誤動作を抑制することができる。当該硬質炭素膜層の膜厚は用途に応じて適宜調整することができる。例えば、静電気対策だけではなく、耐摩耗性等が要求される用途については、当該硬質炭素膜層の膜厚が厚い方が好ましい。また、より高い絶縁耐圧が要求される場合にも膜厚が厚い方が好ましい。絶縁耐圧特性(kV/mm)が同じ場合、膜厚が厚い方が使用時における絶縁耐圧(kV)が高くなるためである。従って、耐摩耗性や高い絶縁耐圧等が要求される用途については、当該炭素皮膜の膜厚は10nm以上であることがより好ましく、50nm以上であることがさらに好ましい。一方、電気特性、機械特性、膜厚等の均一な炭素皮膜を得る上での生産効率やコスト的な観点から、当該硬質炭素膜層の膜厚は5μm以下であることが好ましく、3μm以下であることがより好ましい。但し、上記耐摩耗性等が要求される用途等において、コスト的な制限がなければ当該硬質炭素膜層の膜厚は特に限定されるものではない。
【0050】
1-3.多孔質酸化アルミニウム層
本発明において多孔質酸化アルミニウム層は、厚みが1μm以上100μm以下であり、表面抵抗値が1×10Ω/sq以上1×1013Ω/sq未満の酸化アルミニウムを主成分とする層をいい、アルミニウム製基材を陽極とする陽極酸化法によって生成される陽極酸化皮膜をいう。多孔質酸化アルミニウム層(陽極酸化皮膜)は、アルミニウム製基材と多孔質酸化アルミニウム層との界面に存在するnmオーダーの膜厚のバリア膜と、バリア膜の上に成長した多孔質皮膜とを備えている。多孔質皮膜の微細孔は後述する封孔処理が施されていることが好ましい。
【0051】
このような多孔質酸化アルミニウム層をアルミニウム製基材の表面に設けることで、アルミニウム製基材表面に直接上記硬質炭素膜を設ける場合と比べると、静電気をより発生させにくくすることができ、静電気をより緩やかに放電させることができる。例えば、導電体であるSUS(SUS304)製基材の上記半減期は2.5ナノ秒程度である。SUS製基材上に直接硬質炭素膜層を設けると上記半減期が10ナノ秒程度になり、一定の程度スローディスチャージ特性を得ることができる。アルミニウム製基材や他の導電体を基材としたときも同様の挙動を示す。しかしながら、半減期がナノ秒のオーダーであると、依然として、静電気を帯びたとき静電気の電荷が急峻に逸散する。本発明では、当該多孔質酸化アルミニウム層を介してアルミニウム製基材上に硬質炭素膜層を設けることで、半減期を上記のとおり1ミリ秒以上60秒以下にまで長くすることができ、静電気を緩やかに放電させることができる。また、多孔質酸化アルミニウム層を設けることで、当該アルミニウム材の硬度等の表面の機械的特性等を向上することができる。
【0052】
これらの効果を得る上で、本発明において多孔質酸化アルミニウム層の厚みは2μm以上であることが好ましく、3μm以上であることがより好ましく、5μm以上であることがさらに好ましい。一方、アルミニウム処理層の厚みが100μmを超えて多孔質皮膜を成長させると、クラックが生じやすくなる。多孔質酸化アルミニウム層の厚みは適宜調整することができ、80μm以下、60μm以下、50μm以下、40μm以下、30μm以下等とすることができる。
【0053】
上記のスローディスチャージ特性を発現させる上で、多孔質酸化アルミニウム層の表面抵抗値は3×10Ω/sq以上1×1013Ω/sq未満であることが求められる。より良好なスローディスチャージ特性を得る上で多孔質酸化アルミニウム層の表面抵抗値は、9×1012Ω/sq以下であることが好ましく、5×1012Ω/sq以下であることがより好ましく、1×1011Ω/sq以下であることがさらに好ましく、5×1010Ω/sq以下であることが一層好ましい。
【0054】
1-4.中間層
本件発明に係るアルミニウム材において、多孔質酸化アルミニウム層と硬質炭素膜層との間に非導電性皮膜からなる中間層を備えることも好ましい。中間層は主に多孔質酸化アルミニウム層と硬質炭素膜層との密着力を向上するための層であるものとする。中間層の材質によっても当該アルミニウム材の耐静電特性も変化する。中間層が金属層等の導通性皮膜であっても、硬質炭素膜層と多孔質酸化アルミニウム層との密着性を向上させることができる。しかしながら、中間層が金属層等の導通性皮膜である場合、導通性皮膜上に硬質炭素膜層を設けても上記スローチャージ特性及びスローディスチャージ特性が発現されず、静電気の電荷がすぐに逸散する。つまり、アルミニウム製基材上に多孔質酸化アルミニウム層を介して硬質炭素膜層を設ける意義が没却する。一方、多孔質酸化アルミニウム層と硬質炭素膜層との間に非導電性皮膜からなる中間層を介在させることで、膜の深さ方向における電荷の流れを阻害することができ、多孔質酸化アルミニウム層と硬質炭素膜層との密着を良好にしつつ、より良好なスローディスチャージ特性を得ることができる。
【0055】
このように、中間層を備える構成とする場合、中間層は硬質炭素膜層と同程度の表面抵抗値を持つ非導電性層であることが好ましい。中間層の表面抵抗値が1×1012Ω以上であると静電気減衰速度が遅くなり、3×10Ω以下であると静電気減衰速度が速くなり、静電気放電特性調整皮膜を設ける効果がなくなるため、好ましくない。なお、多孔質酸化アルミニウム層上に硬質炭素膜層を設ける際に、当該硬質炭素膜層の密着性、耐久性、機械的強度向上の効果を得る目的が主であれば、中間層が金属層により構成されていてもよいが、ESD対策を有効に行う上で、中間層は非導電性層であることが求められる。但し、中間層は任意の層構成であって、多孔質酸化アルミニウム層と硬質炭素膜層とが良好な密着性を有する場合、当該アルミニウム材は中間層を備えていなくてもよい。
【0056】
中間層を構成する非導電性膜として、スパッタリング法により多孔質酸化アルミニウム層上に成膜した酸化物系、炭化物系、ホウ化物材料系などからなる膜とすることができる。また、ガスを導入してのプラズマCVD法により多孔質酸化アルミニウム層上に成膜した非導電性皮膜蒸着膜とすることもできる。非導電性皮膜蒸着膜として、例えば、HMDSO(ヘキサメチルジシロキサンO[Si(CH)ガス等の有機ケイ素化合物ガスを用いてプラズマCVD法により成膜したケイ素化合物膜とすることができる。
【0057】
当該中間層の厚みは1nm~3μm程度であることが好ましく、中間層の厚みは適宜調整することができる。また、中間層は、単層構造に限らず、例えば、酸化物、炭化化合物膜を積層し、複数の膜を積層した積層構造の中間層とすることも好ましい。
【0058】
1-5.製造方法
上記説明した本発明に係るアルミニウム材は以下のようにして製造することができる。但し、以下説明する製造方法は、本発明に係るアルミニウム材を製造するための一例であって、本発明に係るアルミニウム材を製造するための方法は以下の方法に限定されるものではない。
【0059】
(1)アルミニウム製基材
表面にスローチャージ特性及びスローディスチャージ特性を付与すべき表面処理対象物としてのアルミニウム製基材を準備する。アルミニウム製基材は上述した各種のアルミニウム製品とすることができる。
【0060】
(2)前処理工程
まず、アルミニウム製基材の表面を脱脂、アルカリエッチングなどの前処理を施し、表面処理を施す面を清浄化することが好ましい。前処理として、脱脂やアルカリエッチングなどの化学的前処理を行うことが好ましい。化学的前処理の前に必要に応じて表面研磨などの機械的前処理を行い、平坦な表面を得ることも好ましい。アルミニウム製基材の表面に脱脂処理を施す際には、有機溶剤法、界面活性剤法、酸性脱脂法、電界脱脂法、アルカリ脱脂法、乳剤脱脂法等の従来公知の方法を適宜用いることができる。また、アルカリエッチングを行えば、アルミニウム製基材の表面に自然に生じた自然酸化皮膜等の他、脱脂処理では除去できない表面の汚れを除去することができる。このようにアルミニウム製基材の表面の平坦化、清浄化を図ることでアルマイト製基板上に多孔質酸化アルミニウム層を良好に生成することができる。
【0061】
(2)多孔質酸化アルミニウム層
当該多孔質酸化アルミニウム層は、酸性浴(硫酸浴、シュウ酸浴、クロム酸浴、ホウ酸浴、リン酸浴等)、アルカリ浴(アンモニア-フッ化物系、アルカリ-過酸化物系、リン酸ナトリウム系等)、混酸浴(スルホサリチル酸-硫酸系、スルホサリチル酸-マレイン酸系等)等の電解液(陽極酸化皮膜用電解液)中で、アルミニウム製基材を陽極とし、炭素板等を陰極とし、上述のとおり陽極酸化法によりアルミニウム製基材の表面に陽極酸化皮膜を成膜することにより成膜することができる。アルミニウム製基材の表面から溶出したアルミニウム(Al3+)と、電解により生じた酸素(O2-)とが結合することで、酸化アルミニウム(Al)からなる陽極酸化皮膜が生成される。
【0062】
陽極酸化皮膜の成長に伴い、アルミニウム製基材の表面が溶出する。上記バリア膜は常にアルミニウム製基材と陽極酸化皮膜との界面に存在し、多孔質皮膜はバリア膜上に成長していく。多孔質皮膜は、微細孔(ポア)と、この微細孔を取り囲むセル壁とからなるセルを無数に備えている。陽極酸化皮膜を成長させた直後の表面は化学的に活性なため、空気中の酸素や他の化学物質と反応しやすい状態になっている。また、多数の微細孔によって表面積が大きくなっているため、物理吸着性も高くなっている。
【0063】
そのため、陽極酸化皮膜を所定の厚みまで成長させた後、封孔処理を施すことで本発明における多孔質酸化アルミニウム層とすることが好ましい。封孔処理により微細孔を封じることで、化学的な活性及び物理的吸着性を低下させることができる。封孔処理を行う際には、水和封孔法、無機物充填法、有機物充填法などの従来公知の方法を採用することができる。水和封孔法として、例えば、加圧蒸気を使用する蒸気封孔法、沸騰水を使用する沸騰水封孔法を採用することができる。無機物充填法として、例えば、酢酸ニッケル、酢酸コバルト、重クロム酸カリウム、重クロム酸ナトリウム、ケイ酸ナトリウム等の金属塩を使用する金属塩封孔法、金属塩-フッ化物を使用する低温封孔法を採用することができる。有機充填法としては、電着塗装による方法を採用することができる。
【0064】
なお、陽極酸化皮膜用電解液の種類、封孔処理の方法(有機物充填法であるか、無機物充填法であるか等)、封孔処理の際に用いる処理液の種類などによって、多孔質酸化アルミニウム層の表面抵抗値が変動する。これらを適宜調整することで、所望の表面抵抗値を有する多孔質酸化アルミニウム層を得ることができる。
【0065】
(3)硬質炭素膜層
硬質炭素膜層の成膜方法は、上記電気特性等を有する炭素系硬質膜が得られる限り、特に限定されるものではないが、例えば、次に説明する方法で成膜することが好ましい。なお、下記方法で成膜する前に、多孔質酸化アルミニウム層の表面をドライ洗浄等して清浄化することが好ましい。
【0066】
a)水素含有硬質炭素膜層
水素を含む硬質炭素膜層は、CVD法(化学気相堆積法)、PVD法(物理気相堆積法)により成膜することができる。当該硬質炭素膜層を成膜する際に、炭化水素ガスをチャンバー内に導入することで、水素を含む硬質炭素膜層を成膜することができる。炭化水素ガスとして、鎖状型炭化水素であるメタン、プロパン、エチレン、アセチレン、芳香型炭化水素であるベンゼン、トルエン、スチレン等を用いることができる。特に、メタン、アセチレン等を用いることが好ましい。また、黒鉛等からなる炭素固体ターゲットを用いる場合は、チャンバー内に水素ガスを導入すればよい。
【0067】
CVD法としては、熱CVD法及びプラズマCVD法を採用することが好ましい。プラズマCVD法には、プラズマ発生方法によって高周波放電法、イオンビーム法等の種々の方法が存在するが、目的とする硬質炭素膜層を成膜することができる限り、プラズマ発生方法は特に限定されるものではない。
【0068】
b)水素非含有硬質炭素膜層
水素を含まない硬質炭素膜層は、炭素固体ターゲットを用いたPVD法により成膜される。具体的には、スパッタリング法、イオンプレーティング法、ホロカソード法、カソードアーク法、レーザーアブレーション法等により、イオン化されたアルゴン原子を炭素固体ターゲットに衝突させて炭素イオンをたたき出し(スパッタ)、或いはアーク放電、レーザー照射により炭素を昇華、イオン化し、負に印加された基材上に成膜する。水素を添加したい場合は上記のように黒鉛等の炭素固体ターゲットを用い、真空容器内に水素を導入して水素プラズマを発生させ、カーボンイオン及び水素イオンを共に基材の表面に堆積させることにより基材上に水素を含む硬質炭素膜層を成膜することができる。
【0069】
c)添加元素含有硬質炭素膜層
水素以外の添加元素を含有する硬質炭素膜層を成膜するには、上記各種CVD法、PVD法のいずれの方法も採用することができる。真空容器内に、N、F、Al、Si、Cr、Ag、Ti、Cu、Ni、W、Ta、Mo、Zr、B、Fe、Pt、P、S、I、Mg、Zn及びGeからなる群から選択される一以上の元素を含むガス、或いはターゲット材を用いることにより、これらの添加元素を含む、硬質炭素膜層或いは炭化水素皮膜を得ることができる。
【0070】
(4)中間層
中間層を設ける場合、上述のとおり、スパッタリング法、ガスを導入してのプラスマCVD法等により成膜することができる。中間層を設ける場合は、多孔質酸化アルミニウム層を成膜した後、表面をドライ洗浄等した後に、中間層を成膜し、その後、上記いずれかの方法等により硬質炭素膜層を中間層上に成膜すればよい。
【0071】
2.アルミニウム材用静電気放電特性調整皮膜
次に、本件発明に係るアルミニウム材用静電気放電特性調整皮膜について説明する。当該アルミニウム材用静電気放電特性調整皮膜は、アルミニウム性基材の表面の静電気放電特性を調整するために設けられる皮膜であって、上記の多孔質酸化アルミニウム層と硬質炭素膜層とを備える。多孔質酸化アルミニウム層と、硬質炭化膜層との間には、上記の中間層を備えることも好ましい。多孔質酸化アルミニウム層、硬質炭素膜層及び中間層はいずれも本発明に係るアルミニウム材が備える上記各層と同じものとすることができる。
【0072】
半導体ハンドリング装置等に用いられるアルミニウム製品(アルミニウム材)に本件発明に係る静電気放電特性調整皮膜が設けることで、次のような効果が得られる。当該静電気放電特性調整皮膜の表面抵抗は上記硬質炭素膜と同等の値となり、上述のように表面にスローチャージ特性及びスローディスチャージ特性を付与することができる。そのため、半導体デバイスと接触、摺動、接触状態の解除等されたときに、静電気が発生するのを抑制することができる。また、当該静電気放電特性調整皮膜は、多孔質酸化アルミニウム層に硬質炭素膜を積層した積層構成であり、これらの二層のうちいずれか一層しか設けられていない場合と比較すると、スローチャージ特性、スローディスチャージ特性が極めて良好になる。さらに、上述のとおり、非導通性膜から成る中間層を多孔質酸化アルミニウム層と硬質炭素膜層との間に介在させることで、スローチャージ特性をより良好にすることができる。
【0073】
また、アルミニウム製品の表面に当該静電気放電特性調整皮膜を設けることで、アルミニウム製品の硬度を向上し、摩擦・摩耗特性を向上することができる。そのため、当該アルミニウム製品と半導体デバイスとが摺動したときも、摩耗粉の発生を防止し、半導体集積回路を製造する際の回路パターン露光時において、塵埃に起因する回路パターンの露光不良等を抑制することができる。また、半導体デバイスが静電気を帯びたときも、静電気放電特性調整皮膜により静電気の電荷を緩やかに逸散することができるため、静電気放電に伴いサージ電圧が生じるのを抑制し、静電気放電に伴う半導体デバイスの損傷を抑制することができる。また、静電気放電に伴う電磁波の発生を抑制し、半導体製造装置等の誤動作を防止することができる。これらのことから、半導体製造時における歩留まりを向上することができる。また、タクトタイムに応じて、硬質炭素膜層を構成する炭素被膜の上記sp3構造の炭素含有割合、水素含有量、添加元素の種類、添加量、中間層等を適宜調整することで、静電気放電特性調整皮膜の表面電荷の半減期を調整することにより、次工程に半導体が搬送されるまでの間に静電気を緩やかに放電させつつ、半導体に静電気の電荷が蓄積されないようにすることができる。
【0074】
以下、本件発明に係るアルミニウム材及びアルミニウム材用静電気特性調整皮膜について、実施例を挙げて説明するが、本件発明に係るアルミニウム材及びアルミニウム材用静電気特性調整皮膜は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0075】
(1)アルミニウム材の製造(静電気放電特性調整皮膜処理)
実施例1では、アルミニウム製基材(アルミニウム合金製基材A5052)上に陽極酸化用電解液として硫酸浴を用い陽極酸化皮膜を15μm成長させた後、酢酸ニッケル溶液で封孔処理を行うことで、多孔質酸化アルミニウム層を設けた。この多孔質酸化アルミニウム層上に硬質炭素膜層をRF・高電圧パルス重畳型PBIID法により成膜した。
【0076】
具体的な手順は次のとおりである。まず、50mm×50mmの厚みが2mmの研磨されたA5052アルミニウム製基材の表面を脱脂・アルカリエッチング処理を行った。これらの前処理後のアルミニウム製基材を陽極とし、炭素板を陰極として硫酸浴を用いて陽極酸化法によりアルミニウム製基材上に酸化アルミニウムからなる陽極酸化皮膜を15μm成長させた。その後、酢酸ニッケル溶液で封孔処理を行い、多孔質皮膜の微細孔を塞ぎ、本発明にいう多孔質酸化アルミニウム層とした。次に、多孔質酸化アルミニウム層を設けたアルミニウム製基材をエタノールで5分間超音波洗浄で表面の洗浄を行い乾燥機で表面を乾燥させた。
【0077】
次いで、次のようにして多孔質酸化アルミニウム層上に硬質炭素膜層を設けた。まず、多孔質酸化アルミニウム層が設けられたアルミニウム製基材をPBIID装置(プラズマイオン注入・成膜装置)のチャンバー内の所定の位置にセットした。そして、ターボモレキュラー真空ポンプでチャンバー内が4mPaに到達するまで真空引きした。次いで、アルゴンガスをチャンバー内に200sccm(Standard Cubic Centimeter per Minute)導入し、高周波電圧を印加し、3kW、20分間の条件でアルゴンボンバードを行い、多孔質酸化アルミニウム層の表面をドライ洗浄した。アルゴンボンバード後、HMDSOを気化させたガスを150sccmチャンバー内に導入し0.5Pa,PF power 2kWで5分間SiC系皮膜を数10nm成膜し、中間層とした。その後アセチレンを100sccm導入し、RF power 2kWでプラズマ放電させ、高電圧-10kV パルス幅5μsの高電圧パルスのバイアスを基板にかけ、圧力0.5Paで90分間中間層上に膜厚が約2μmの硬質炭素膜層を成膜した。成膜中の基材温度は150℃であった。これら一連の処理により、アルミニウム製基材の表面に、多孔質酸化アルミニウム層、中間層及び硬質炭素膜層からなる静電気放電特性調整皮膜を設け、アルミニウム材を得た。以下、アルミニウム製基材の表面に、多孔質酸化アルミニウム層、中間層及び硬質炭素膜層からなる静電気放電特性調整皮膜を設ける処理を静電気放電特性調整皮膜処理と称する。
【0078】
(2)硬質炭素膜層のId/Ig値
ラマン分光法(Reinshaw inVia Reflex)によりレーザー波長532nmで、当該硬質炭素膜層におけるsp2構造の炭素を示すGバンド(Ig)と、格子欠陥等に由来するDバンド(Id)の比(Id/Ig)比を測定した。その測定結果(Id/Ig)比は約1.4であった。
【0079】
(3)添加元素含有量
ERDA(Elastic Recoil Detection Analysis:弾性反跳粒子検出SSDH-2(加速器),RBS-400(測定器))により測定したところ、水素含有量は約22.6at%であった。
【0080】
(4)物性
i)電気特性
上記のようにしてアルミニウム製基材の表面に静電気放電特性調整皮膜処理が施された実施例1のアルミニウム材の表面抵抗値を絶縁抵抗計(Trek社製の絶縁抵抗計MODEL 152-1)を用いて測定したところ約2×10Ωであった。
【0081】
また、実施例1のアルミニウム材における静電気放電特性調整皮膜の表面電荷の半減期を次のようにして測定した。電荷減衰測定器(シシド静電気株式会社製帯電電荷減衰測定器オネストメータH-0110-C)を用いて、コロナ帯電電圧10kV、放電時間30秒、放電距離15mm、電荷測定距離20mmの条件で表面を帯電させ、表面電位の変化を測定した。当該実施例1における静電気放電特性調整皮膜の最大表面電位は約100Vで、半減期は約0.7秒であり、コロナ放電電荷はスローチャージ特性、スローディスチャージ特性を示した(図1参照)。
【0082】
さらに、実施例1のアルミニウム材を電極で膜厚方向に挟み電圧を印加して電圧計で測定したところ、当該静電気放電特性調整皮膜の絶縁耐圧特性は約73kV/mmであった(図5参照)。
【0083】
ii)機械特性
実施例1のアルミニウム材の摩擦係数を高炭素鋼製ボール(SUJ2)及びアルミナボールを相手材とし、ボールオンディスク法により荷重10N、線速度100mm/secで測定したところ、静電気放電特性調整皮膜の表面の摩擦係数はどちらもほぼ0.17であった(図6参照)。
【0084】
実施例1のアルミニウム材表面の硬度、すなわち静電気放電特性調整皮膜表面の硬度をマイクロビッカース(AKASHI)により測定したところ、約747Hvであった(図7参照)。
【実施例2】
【0085】
(1)アルミニウム材の製造(静電気放電特性調整皮膜処理)
実施例2では、実施例1で用いたアルミニウム製基材と同じアルミニウム基材A5052上に陽極酸化用電解液としてシュウ酸浴を用い陽極酸化皮膜を15μm成長させた後、重クロム酸カリウム溶液で封孔処理を行うことで、多孔質酸化アルミニウム層を設けた。この多孔質酸化アルミニウム層上に硬質炭素膜層をプラズマCVD法により成膜した。
【0086】
具体的な手順は次のとおりである。実施例1と同じアルミニウム製基材を用意し、前処理を行った後、シュウ酸浴を用いた以外は実施例1と同様にしてアルミニウム製基材上に酸化アルミニウムからなる陽極酸化皮膜を15μm成長させた。その後、重クロム酸カリウム溶液を用いた以外は、実施例1と同様にして封孔処理を行い、表面洗浄、乾燥を行った後、多孔質酸化アルミニウム層上に次の手順により硬質炭素膜層を設けた。
【0087】
次いで、次のようにして多孔質酸化アルミニウム層上に中間層及び硬質炭素膜層を設けた。まず、多孔質酸化アルミニウム層が設けられたアルミニウム基材を高周波プラズマ蒸着装置のチャンバー内の所定の位置にセットした。そして、拡散型真空ポンプでチャンバー内が1×10-3Paに到達するまで真空引きした。次いで、アルゴンガスをチャンバー内に60sccm(Standard Cubic Centimeter per Minute)導入し、高周波電圧を印加し、900W、20分間の条件でアルゴンボンバードを行い、多孔質酸化アルミニウム層の表面をドライ洗浄した。アルゴンボンバード後、スパッタ法で 2kWで5分間SiC系皮膜を数10nmの中間層をコートした。その後アセチレンを10sccm導入し、RF power 500W、圧力0.1Pa、90分間の条件で中間層上に膜厚が約600nmの硬質炭素膜層を成膜した。成膜中の基材温度は70℃であった。
【0088】
(2)硬質炭素膜層のId/Ig値
実施例1と同様にして、ラマン分光法により、当該硬質炭素膜層におけるsp2構造の炭素を示すGバンド(Ig)と、格子欠陥等に由来するDバンド(Id)の比(Id/Ig)を測定した。その測定結果(Id/Ig)比は約1.3であった。
【0089】
(3)添加元素含有量
実施例1と同様にして水素量を測定したところ、水素含有量は約26atm%であった。
【0090】
(4)物性
i)電気特性
上記のようにしてアルミニウム製基材の表面に静電気放電特性調整皮膜処理が施された実施例2のアルミニウム材の表面抵抗を実施例1と同様にして測定したところ約4×10Ωであった。
【0091】
また、実施例2のアルミニウム材における静電気放電特性調整皮膜の表面電荷の半減期を実施例1と同様にして表面電位の変化に基づき測定した。当該実施例2における静電気放電特性調整皮膜の最大表面電位は160Vで、半減期は0.5秒であり、コロナ放電電荷はスローチャージ特性、スローディスチャージ特性を示した(図2参照)。
【0092】
さらに、実施例2のアルミニウム材における静電気放電特性調整皮膜の絶縁耐圧特性を実施例1と同様にして測定したところ約128kV/mmであった(図4参照)。
【0093】
ii)機械特性
実施例2のアルミニウム材の摩擦係数を高炭素鋼製ボール(SUJ2)及びアルミナボールを相手材とし、実施例1と同様にして測定したところ、静電気放電特性調整皮膜の表面の摩擦係数はそれぞれ約0.19、0.14であった(図5参照)。
【0094】
また、実施例2のアルミニウム材表面の硬度、すなわち静電気放電特性調整皮膜表面の硬度を実施例1と同様にして測定したところ、約606Hvであった(図7参照)。
【比較例】
【0095】
(1)アルミニウム材の製造(陽極酸化皮膜処理)
実施例1で用いたアルミニウム製基材と同じアルミニウム基材A5052上に陽極酸化用電解液として硫酸浴及びシュウ酸浴を用い、それぞれ陽極酸化皮膜を15μm成長させた後、酢酸ニッケル溶液で封孔処理を行い多孔質酸化アルミニウム層としたものをそれぞれ比較例1及び比較例2のアルミニウム材とした。
【0096】
(2)物性
i)電気特性
アルミニウム製基材上に硫酸浴を用いて多孔質酸化アルミニウム層を設けた比較例1のアルミニウム材と、アルミニウム製基材上にシュウ酸浴を用いて多孔質酸化アルミニウム層を設けた比較例2のアルミニウム材の表面抵抗値を絶縁抵抗計(Trek社製の絶縁抵抗計MODEL 152-1)を用いて測定したところそれぞれ約2×1010Ω及び3×1010Ωであった。
【0097】
また、比較例1及び比較例2のアルミニウム材における多孔質酸化アルミニウム層の表面電荷の半減期を実施例1と同様にして表面電位の変化に基づき測定した。比較例1及び比較例2における多孔質酸化アルミニウム層の最大表面電位は8V(図3)及び9V(図4)であり、多孔質酸化アルミニウム層の表面には電荷はほとんど蓄積しなかった。
【0098】
また、比較例1及び比較例2のアルミニウム材における多孔質酸化アルミニウム層の絶縁耐圧特性を実施例1と同様にして測定したところそれぞれ約49kV/mm、73kV/mmであった(図5参照)。
【0099】
ii)機械特性
比較例1及び比較例2のアルミニウム材を、高炭素鋼製ボール(SUJ2)を相手材とし、実施例1と同様にして多孔質酸化アルミニウム層表面の摩擦係数を測定したところ、それぞれ約0.8,0.93であった。次にアルミナボールを相手材とし、同条件でボールオンディスク法で摩擦係数を測定したところ、摩擦係数はどちらも約0.8であった(図5参照)。
【0100】
比較例1及び比較例2のアルミニウム材における多孔質酸化アルミニウム層表面の硬度をマイクロビッカース硬度計(AKASHI)により測定したところどちらも約550Hvであった(図7参照)。
【0101】
[評価]
アルミニウム製基材上に多孔質酸化アルミニウム層を介して硬質炭素膜層を積層する静電気放電特性調整皮膜処理を施すことで、実施例1、実施例2のアルミニウム材の最大表面電位をそれぞれ100V、160Vにすることができ、絶縁体において通常想定される電位(3kV程度)よりも最大表面電位よりも大きく低減されておりスローチャージ特性を有することが確認された。また、実施例1、実施例2のアルミニウム材における静電気放電特性調整皮膜の半減期が0.7秒、0.5秒であり(図1及び図2参照)、導電体において通常想定される半減期(ナノ秒オーダー)を1ミリ秒以上にすることができ、スローディスチャージ特性を有することも確認された。
一方、硬質炭素膜層を備えていない比較例1及び比較例2のアルミニウム材では多孔質酸化アルミニウム層が最表面となる。この場合、多孔質アルミニウム層の表面に電荷が蓄積せず(図3及び図4参照)、静電気を発生させない一方、電圧が印加されたときに直ちに電荷を逸散することが確認される。つまり比較例1及び比較例2のアルミニウム材に対して静電気が帯電した半導体デバイスが接触した場合には、多孔質アルミニウム層において急峻に静電気放電が生じ、サージ電流、サージ電圧が発生するおそれがある。
【0102】
図5に示すようにアルミニウム製基材上に多孔質酸化アルミニウム層のみを備える場合(比較例1,比較例2)と、アルミニウム製基材上に多孔質酸化アルミニウム層と硬質炭素膜層とを備える場合(実施例1,実施例2)を比較すると、多孔質酸化アルミニウム層上に硬質炭素膜層を設けることで、すなわち本発明に係る静電気放電特性調整皮膜をアルミニウム製基材の表面に設けることで、アルミニウム製基材の表面に多孔質酸化アルミニウム層のみを備える場合と比較すると絶縁耐圧を10%以上向上できることが確認された。
【0103】
また、図6に示すように比較例1及び比較例2と、実施例1及び実施例2とを比較すると、多孔質酸化アルミニウム層上に硬質炭素膜層を設けることで、すなわち本発明に係る静電気放電特性調整皮膜をアルミニウム製基材の表面に設けることで、アルミニウム製基材の表面に多孔質酸化アルミニウム層のみを備える場合と比較すると摩擦係数を50%以下に減少することが確認された。
【0104】
さらに、図7に示すように比較例1及び比較例2と、実施例1及び実施例2とを比較すると、多孔質酸化アルミニウム層上に硬質炭素膜層を設けることで、すなわち本発明に係る静電気放電特性調整皮膜をアルミニウム製基材の表面に設けることで、アルミニウム製基材の表面に多孔質酸化アルミニウム層のみを備える場合と比較すると硬度を10%以上向上することが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0105】
本件発明によれば、表面の静電気放電特性が調整されたアルミニウム材、及びアルミニウム材の表面の静電気放電特性を調整するためのアルミニウム材用の静電気放電特性調整皮膜を提供することができる。本発明によればアルミニウム材の表面にスローチャージ特性及びスローディスチャージ特性を付与することができるため、例えば、半導体デバイスの製造工程等のESD対策が強く求められる工程等で使用されるアルミニウム製品に好適である。

【要約】
【課題】多孔質酸化アルミニウム層を備え、且つ、ESD対策を行う上で好適な静電気放電特性を示すアルミニウム材を提供する。
【解決手段】アルミニウム製基材と、前記アルミニウム製基材の表面に設けられた厚みが1μm以上100μm以下であり、表面抵抗値が1×10Ω/sq以上1×1013Ω/sq未満の多孔質酸化アルミニウム層と、前記多孔質酸化アルミニウム層上に設けられ、表面の静電気放電特性を調整するための静電気放電特性調整皮膜と、を備えたアルミニウム材であって、前記静電気放電特性調整皮膜は、表面抵抗値が3×10Ω/sq以上1×1012Ω以下の硬質炭素膜層を有するアルミニウム材とする。
【選択図】図1

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7