(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-23
(45)【発行日】2022-05-31
(54)【発明の名称】モータ制御装置
(51)【国際特許分類】
H02P 6/185 20160101AFI20220524BHJP
H02P 21/26 20160101ALI20220524BHJP
H02P 21/18 20160101ALI20220524BHJP
【FI】
H02P6/185
H02P21/26
H02P21/18
(21)【出願番号】P 2018162806
(22)【出願日】2018-08-31
【審査請求日】2021-07-23
(73)【特許権者】
【識別番号】301065892
【氏名又は名称】株式会社アドヴィックス
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】高橋 淳
【審査官】池田 貴俊
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-50121(JP,A)
【文献】特開2018-98824(JP,A)
【文献】特開2002-78392(JP,A)
【文献】特開2010-51078(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 6/185
H02P 21/26
H02P 21/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ブラシレスモータをベクトル制御するモータ制御装置であって、前記ベクトル制御の回転座標のd軸として推定されている推定d軸の方向を、前記回転座標の実際のd軸である実d軸の方向に近づけるモータ制御装置において、
前記回転座標上でq軸と推定されている制御軸を推定q軸とした場合、前記推定d軸上に電圧ベクトルが発生するように前記ブラシレスモータのコイルに給電するときにおける前記推定q軸の方向の電流成分である推定q軸電流成分を検出する第1検出部と、
前記第1検出部が前記推定q軸電流成分を検出したときの前記推定d軸の方向を基準方向とした場合、前記基準方向から前記推定d軸が変化されたときの前記推定q軸電流成分を検出し、且つ、前記基準方向から前記推定d軸が変化されたことに対する前記推定q軸電流成分の変化を検出する第2検出部と、
前記第1検出部によって検出された前記推定q軸電流成分と、前記第2検出部によって検出された前記推定q軸電流成分の変化と、を基に、前記実d軸と前記推定d軸との位相差に関連する位相差情報を導出する導出部と、を備える
モータ制御装置。
【請求項2】
前記第2検出部は、前記推定d軸が前記基準方向から変化された量に対する前記推定q軸電流成分の変化量である変化勾配を、前記推定q軸電流成分の変化として検出し、
前記導出部は、前記第1検出部によって検出された前記推定q軸電流成分と、前記第2検出部によって検出された前記変化勾配とに基づいて、前記位相差情報としての前記位相差を導出する
請求項1に記載のモータ制御装置。
【請求項3】
前記第2検出部は、前記推定d軸が前記基準方向から変化された量に対する前記推定q軸電流成分の変化の向きを検出し、
前記導出部は、前記第1検出部によって検出された前記推定q軸電流成分の向きと、前記第2検出部によって検出された前記推定q軸電流成分の変化の向きと、を基に、前記位相差情報としての前記位相差の範囲を導出する
請求項1に記載のモータ制御装置。
【請求項4】
前記導出部によって導出された前記位相差情報に基づいて、前記推定d軸の方向が前記実d軸の方向に近づくように前記推定d軸を更新する更新部を備える
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載のモータ制御装置。
【請求項5】
前記更新部は、前記導出部によって導出された前記位相差情報が示す前記位相差が大きいほど、前記推定d軸を更新する際の更新量を大きくする
請求項4に記載のモータ制御装置。
【請求項6】
前記導出部によって導出された前記位相差情報に基づいて、前記推定d軸の方向が前記実d軸の方向に近づくように前記推定d軸を変化させる更新部を備え、
前記更新部は、前記導出部によって導出された前記位相差の範囲に対応する更新量で前記推定d軸を更新する
請求項3に記載のモータ制御装置。
【請求項7】
前記更新部は、前記推定q軸電流成分の大きさが所定の閾値未満になると、前記推定d軸の更新を終了する
請求項4~請求項6のいずれか一項に記載のモータ制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、突極性を有するブラシレスモータを制御するモータ制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ブラシレスモータの制御として、d軸の方向の電流成分とq軸の方向の電流成分を制御することによってブラシレスモータを駆動させるベクトル制御が知られている。d軸は、ベクトル制御の回転座標上においてブラシレスモータのロータの永久磁石の磁束方向に延びる制御軸である。q軸は、回転座標上においてd軸に直交する制御軸である。
【0003】
特許文献1には、このようなブラシレスモータの制御装置の一例が記載されている。この制御装置では、ロータ位置が検出され、検出されたロータ位置に基づいてd軸とq軸とが推定される。検出されたロータ位置が実際のロータ位置からずれている場合、制御上のd軸である推定d軸が実際のd軸からずれているとともに、制御上のq軸である推定q軸が実際のq軸からずれている。
【0004】
そこで、当該制御装置では、ブラシレスモータの停止中にロータ位置を推定する。すなわち、制御装置は、推定d軸の方向に高周波信号を入力させつつ、規定の制御サイクル毎に回転座標上で制御軸、すなわち推定d軸及び推定q軸を所定角ずつ偏角させ、このときに推定q軸の方向に流れる電流成分である推定q軸電流を検出する。そして、制御軸の回転回数が規定回数に達すると、制御装置は、推定q軸電流が最も「0」に近い値になったときの推定d軸の方向を選択し、この選択した推定d軸の方向に対応するロータ位置を実際のロータ位置とする。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のような制御装置では、最初に設定した推定d軸を所定角ずつ偏角させながら、実際のd軸との位相差の最も小さい推定d軸の方向を導出し、導出した推定d軸の方向を基にロータ位置を推定している。近年では、ロータ位置の推定に要する時間の短縮化が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
以下、上記課題を解決するための手段及びその作用効果について記載する。
上記課題を解決するモータ制御装置は、ブラシレスモータをベクトル制御するモータ制御装置であって、前記ベクトル制御の回転座標のd軸として推定されている推定d軸の方向を、前記回転座標の実際のd軸である実d軸の方向に近づけるモータ制御装置において、前記回転座標上でq軸と推定されている制御軸を推定q軸とした場合、前記推定d軸上に電圧ベクトルが発生するように前記ブラシレスモータのコイルに給電するときにおける前記推定q軸の方向の電流成分である推定q軸電流成分を検出する第1検出部と、前記第1検出部が前記推定q軸電流成分を検出したときの前記推定d軸の方向を基準方向とした場合、前記基準方向から前記推定d軸が変化されたときの前記推定q軸電流成分を検出し、且つ、前記基準方向から前記推定d軸が変化されたことに対する前記推定q軸電流成分の変化を検出する第2検出部と、前記第1検出部によって検出された前記推定q軸電流成分と、前記第2検出部によって検出された前記推定q軸電流成分の変化と、を基に、前記実d軸と前記推定d軸との位相差に関連する位相差情報を導出する導出部と、を備える。
【0008】
推定d軸が実d軸に対して偏角している場合には、推定d軸上に電圧ベクトルが発生するようにコイルに給電すると、回転座標上では、推定d軸、すなわち電圧ベクトルに対して偏角する方向に電流ベクトルが発生する。一方、推定d軸が実d軸と一致する場合には、推定d軸上に電圧ベクトルが発生するようにコイルに給電すると、推定d軸上に電流ベクトルが発生する。つまり、推定d軸が実d軸に対して偏角する場合、推定q軸の方向に電流が流れることとなる。推定q軸の方向の電流成分である推定q軸電流成分の大きさ及び向きは、推定d軸と実d軸と位相差に応じて変化する。
【0009】
推定d軸と実d軸との位相差が異なる場合であっても、推定q軸電流成分の大きさが等しくなる場合がある。そのため、推定q軸電流成分のみに基づいて得られる位相差に関連する位相差情報の精度は高いとは言い難い。
【0010】
この点、上記構成によれば、推定q軸電流成分に加え、推定d軸を基準方向から変化させたことによって検出された推定d軸電流成分の変化を基に、位相差情報が導出される。これにより、推定q軸電流成分のみから位相差情報を導出する場合と比較し、高精度の位相差情報を導出することができる。そして、この位相差情報を利用してロータ位置を推定させることにより、ロータ位置の推定に要する時間の短縮化を図ることが可能となる。
【0011】
上記構成のモータ制御装置において、前記第2検出部は、前記推定d軸が前記基準方向から変化された量に対する前記推定q軸電流成分の変化量である変化勾配を、前記推定q軸電流成分の変化として検出し、前記導出部は、前記第1検出部によって検出された前記推定q軸電流成分と、前記第2検出部によって検出された前記変化勾配とに基づいて、前記位相差情報としての前記位相差を導出することが好ましい。
【0012】
上記構成によれば、第1検出部によって推定q軸電流成分が検出されたときの位相差を導出できる。
上記構成のモータ制御装置において、前記第2検出部は、前記推定d軸が前記基準方向から変化された量に対する前記推定q軸電流成分の変化の向きを検出し、前記導出部は、前記第1検出部によって検出された前記推定q軸電流成分の向きと、前記第2検出部によって検出された前記推定q軸電流成分の変化の向きと、を基に、前記位相差情報としての前記位相差の範囲を導出することが好ましい。
【0013】
上記構成のモータ制御装置は、前記導出部によって導出された前記位相差情報に基づいて、前記推定d軸の方向が前記実d軸の方向に近づくように前記推定d軸を更新する更新部を備えることが好ましい。
【0014】
上記構成のモータ制御装置において、前記更新部は、前記導出部によって導出された前記位相差情報が示す前記位相差が大きいほど、前記推定d軸を更新する際の更新量を大きくすることが好ましい。
【0015】
上記構成によれば、位相差によらず推定d軸の更新量が規定量で固定される場合と比較し、推定d軸の方向を実d軸の方向に早期に接近させることが可能となる。
上記構成のモータ制御装置は、前記導出部によって導出された前記位相差情報に基づいて、前記推定d軸の方向が前記実d軸の方向に近づくように前記推定d軸を変化させる更新部を備え、前記更新部は、前記導出部によって導出された前記位相差の範囲に対応する更新量で前記推定d軸を更新することが好ましい。
【0016】
上記構成によれば、導出された位相差の範囲によらず推定d軸の更新量が規定量で固定される場合と異なり、推定d軸の方向を実d軸の方向に早期に接近させることが可能となる。
【0017】
上記構成のモータ制御装置において、前記更新部は、前記推定q軸電流成分の大きさが所定の閾値未満になると、前記推定d軸の更新を終了することが好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】実施形態のモータ制御装置の概略構成と、モータ制御装置によって制御されるブラシレスモータとを示すブロック図。
【
図2】実d軸に対して推定d軸が偏角している場合に回転座標上で発生する電圧ベクトルと電流ベクトルとを示すグラフ。
【
図3】(a)は位相差と推定q軸電流との関係を示すグラフ、(b)は位相差の範囲に対応する更新量を示すテーブル。
【
図4】モータ制御装置のロータ位置推定時の作用を説明するグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、モータ制御装置の一実施形態について図面を参照しつつ説明する。
図1には、本実施形態のモータ制御装置10と、モータ制御装置10によって制御されるブラシレスモータ100とが図示されている。ブラシレスモータ100は、車載のブレーキ装置におけるブレーキ液の吐出用の動力源として用いられる。ブラシレスモータ100は、永久磁石埋込型同期モータである。ブラシレスモータ100は、複数の相(U相、V相及びW相)のコイル101,102,103と、突極性を有するロータ105とを備えている。ロータ105としては、例えば、N極とS極とが一極ずつ着磁されている2極ロータを挙げることができる。
【0020】
モータ制御装置10は、ベクトル制御によってブラシレスモータ100を駆動させる。このようなモータ制御装置10は、指令電流算出部11、指令電圧算出部12、2相/3相変換部13、インバータ14、3相/2相変換部15及びロータ位置推定部16を有している。
【0021】
指令電流算出部11は、ブラシレスモータ100に対する要求トルクTR*に基づき、d軸指令電流Id*及びq軸指令電流Iq*を算出する。d軸指令電流Id*は、ベクトル制御の回転座標におけるd軸の方向の電流成分の指令値である。q軸指令電流Iq*は、回転座標におけるq軸の方向の電流成分の指令値である。d軸及びq軸は、回転座標上で互いに直交している。
【0022】
指令電圧算出部12は、d軸指令電流Id*と、d軸電流Idとに基づいたフィードバック制御によって、d軸指令電圧Vd*を算出する。d軸電流Idとは、ブラシレスモータ100の各コイル101,102,103への給電によって回転座標上で発生した電流ベクトルのうちのd軸の方向の電流成分を示す値である。また、指令電圧算出部12は、q軸指令電流Iq*と、q軸電流Iqとに基づいたフィードバック制御によって、q軸指令電圧Vq*を算出する。q軸電流Iqとは、ブラシレスモータ100の各コイル101,102,103への給電によって回転座標上で発生した電流ベクトルのうちのq軸の方向の電流成分を示す値である。
【0023】
2相/3相変換部13は、ロータ105の位置(すなわち、回転角)であるロータ回転角θを基に、指令電圧算出部12によって算出されたd軸指令電圧Vd*及びq軸指令電圧Vq*を、U相指令電圧VU*と、V相指令電圧VV*と、W相指令電圧VW*とに変換する。U相指令電圧VU*は、U相のコイル101に印加する電圧の指令値である。V相指令電圧VV*は、V相のコイル102に印加する電圧の指令値である。W相指令電圧VW*は、W相のコイル103に印加する電圧の指令値である。
【0024】
インバータ14は、複数のスイッチング素子を有している。インバータ14は、2相/3相変換部13から入力されたU相指令電圧VU*と、スイッチング素子のオン/オフ動作によってU相信号を生成する。また、インバータ14は、入力されたV相指令電圧VV*と、スイッチング素子のオン/オフ動作によってV相信号を生成する。また、インバータ14は、入力されたW相指令電圧VW*と、スイッチング素子のオン/オフ動作によってW相信号を生成する。すると、U相信号がブラシレスモータ100のU相のコイル101に入力され、V相信号がV相のコイル102に入力され、W相信号がW相のコイル103に入力される。
【0025】
3相/2相変換部15には、ブラシレスモータ100のU相のコイル101に流れた電流であるU相電流IUが入力され、V相のコイル102に流れた電流であるV相電流IVが入力され、W相のコイル103に流れた電流であるW相電流IWが入力される。そして、3相/2相変換部15は、ロータ回転角θを基に、U相電流IU、V相電流IV及びW相電流IWを、d軸の方向の電流成分であるd軸電流Id及びq軸の方向の電流成分であるd軸電流Idに変換する。
【0026】
ロータ位置推定部16は、ブラシレスモータ100の回転制御を開始する際に、回転座標上で仮決めした「推定d軸」を実際のd軸である「実d軸」に近づけるためのロータ位置推定処理を行う。ここでいう仮決めした「推定d軸」とは、例えば、ブラシレスモータ100の前回の駆動の停止時におけるロータ回転角θに対応する制御軸のことである。ロータ位置推定部16は、機能部として、交流電圧発生部161と、第1検出部162と、第2検出部163と、導出部164と、更新部165と、を有する。
【0027】
次に、
図2及び
図3を参照して、ロータ位置推定処理について説明する。
以降の説明では、実d軸と直交する実際のq軸を「実q軸」といい、推定d軸と直交する軸を「推定q軸」という。すなわち、推定q軸は、回転座標上でq軸と推定されている制御軸のことである。また、実d軸と推定d軸との角度差を「位相差Δθ」とする。本実施形態では、位相差Δθは、推定d軸が実d軸に対して進角している場合に「正」となり、推定d軸が実d軸に対して遅角している場合に「負」となる。
【0028】
ブラシレスモータ100のロータ105は突極性を有しているため、d軸の方向のインダクタンスが最小となり、q軸の方向のインダクタンスが最大となる。このため、実d軸と異なる方向に電圧ベクトルが発生するようにブラシレスモータ100に給電すると、当該方向よりも実d軸に偏角した方向に電流ベクトルが発生する。
【0029】
詳しくは、
図2に示すように、推定d軸が実d軸に対して偏角する場合、推定d軸の方向に電圧ベクトルが発生するようにブラシレスモータ100に給電が行われると、回転座標上では、推定d軸に対して偏角して電流ベクトルが発生する。このため、推定d軸が実d軸に対して偏角している場合、推定q軸の方向の電流成分である推定q軸電流Iq’が生じる。推定q軸電流Iq’とは、推定q軸の方向に発生する電流ベクトルであるということもできる。すなわち、推定q軸電流Iq’の絶対値が、推定q軸の方向の電流の大きさに相当する。また、推定q軸電流Iq’の正負が、推定q軸の方向に流れる電流の向き、すなわち正向き又は負向きを表している。
【0030】
一方、推定d軸が実d軸と一致する場合、推定d軸の方向に電圧ベクトルが発生するようにブラシレスモータ100に給電が行われると、回転座標上で発生する電流ベクトルが推定d軸に対して偏角しない。よって、推定d軸が実d軸に対して傾いていない場合、推定q軸電流Iq’が生じない。すなわち、推定q軸電流Iq’の大きさが「0」となる。
【0031】
図3(a)では、推定d軸上に電圧ベクトルを発生させつつ、推定d軸と実d軸との位相差Δθを連続的に変化させた場合における推定q軸電流Iq’の推移が図示されている。
図3に示すように、位相差Δθの変化に応じて、推定q軸電流Iq’の正負、すなわち推定q軸の方向の電流の向きが変化したり、推定q軸電流Iq’の絶対値、すなわち推定q軸の方向の電流の大きさが変化したりする。そこで、本実施形態では、推定q軸電流Iq’を用い、位相差Δθが推定される。
【0032】
図1に示すように、交流電圧発生部161は、高周波で電圧を振動させる外乱電圧信号Vdh*を生成して第1の加算器17に出力する外乱出力処理を実行する。外乱出力処理が交流電圧発生部161によって実行されている場合、指令電圧算出部12によって算出されたd軸指令電圧Vd*に外乱電圧信号Vdh*が加算され、加算後のd軸指令電圧Vd*が2相/3相変換部13に入力される。
【0033】
第1検出部162は、推定d軸上に電圧ベクトルが発生するようにブラシレスモータ100に給電するときにおける推定q軸電流Iq’を検出する。すなわち、第1検出部162は、外乱出力処理の実行を交流電圧発生部161に指示する。そして、外乱電圧信号Vdh*が加算されたd軸指令電圧Vd*が2相/3相変換部13に入力されるようになると、推定d軸上に電圧ベクトルが発生する。このように推定d軸上に電圧ベクトルが発生すると、第1検出部162は、推定q軸電流Iq’の大きさ及び向き(正負)を検出する。以降の説明では、第1検出部162が推定q軸電流Iq’を検出するときの推定d軸の方向を「基準方向」ともいう。基準方向は、ロータ位置推定部16によって仮決めされた推定d軸の方向のことである。
【0034】
なお、第1検出部162は、3相/2相変換部15から入力された推定q軸電流Iq’をバンドパスフィルタに通すことによって推定q軸電流Iq’の高周波成分を取り出す。そして、第1検出部162は、取り出した推定q軸電流Iq’の高周波成分を推定q軸電流Iq’として検出する。
【0035】
図3(a),(b)に示すように、推定q軸電流Iq’の向きと、推定d軸と実d軸との位相差Δθとには次のような関係がある。本実施形態では、位相差Δθが「-90°」以上「-45°」未満の範囲を第1範囲R1とし、位相差Δθが「-45°」以上「0°」未満の範囲を第2範囲R2とする。また、位相差Δθが「0°」以上「45°」未満の範囲を第3範囲R3とし、位相差Δθが「45°」以上「90°」未満の範囲を第4範囲R4とする。この場合、推定q軸電流Iq’の向きが「正」の場合、第1範囲R1又は第2範囲R2に位相差Δθが含まれる。一方、推定q軸電流Iq’の向きが「負」の場合、第3範囲R3又は第4範囲R4に位相差Δθが含まれる。
【0036】
第2検出部163は、推定d軸が基準方向から進角(変化)されたときの推定q軸電流Iq’を検出し、推定d軸が基準方向から進角された量(変化された量)に対する推定q軸電流Iq’の変化の向き、すなわち、推定q軸電流Iq’の増減傾向を検出する。具体的には、第2検出部163は、第1検出部162によって推定q軸電流Iq’の大きさ及び向き(正負)の検出後、基準方向から規定量だけ推定d軸の方向を進角し、そのときの推定q軸電流Iq’を検出する。この規定量は、各範囲R1~R4の広さよりも十分に小さい。そのため、基準方向から規定量だけ推定d軸の方向を進角させても、進角後の推定d軸と実d軸との位相差Δθが含まれる範囲は変わらない。
【0037】
また、第2検出部163は、推定d軸の方向をさらに規定量だけ進角し、そのときの推定q軸電流Iq’を検出する。このように第2検出部163は、規定量ずつ推定d軸の方向を進角しつつ推定q軸電流Iq’を検出する。そして、第2検出部163は、検出した各推定q軸電流Iq’の大きさを基に、推定q軸電流Iq’の増減傾向を検出する。
【0038】
図3(a),(b)に示すように、推定d軸の方向を基準方向から進角したときの推定q軸電流Iq’の変化の向きと、推定d軸と実d軸との位相差Δθとには、次のような関係がある。すなわち、推定d軸の方向を進角させたときに推定q軸電流Iq’が増大傾向を示す場合、位相差Δθが第1範囲R1又は第4範囲R4に含まれる。一方、推定d軸の方向を進角させたときに推定q軸電流Iq’が減少傾向を示す場合、位相差Δθが第2範囲R2又は第3範囲R3に含まれる。
【0039】
導出部164は、第1検出部162によって検出された推定q軸電流Iq’の向きと、第2検出部163によって検出された推定q軸電流Iq’の変化の向きと、を基に、推定d軸と実d軸との位相差Δθに関連する位相差情報を導出する。本実施形態では、推定d軸の方向が基準方向である場合における推定d軸と実d軸との位相差Δθが上述した第1範囲R1、第2範囲R2、第3範囲R3及び第4範囲R4のうちのいずれの範囲に含まれるかという情報が位相差情報として導出される。
【0040】
すなわち、
図3(a),(b)に示すように、第1検出部162によって検出された推定q軸電流Iq’の向きが正であり、推定d軸の方向を基準方向から進角させた場合における推定q軸電流Iq’の増減傾向が増大傾向である場合、導出部164は、推定d軸の方向が基準方向である場合の位相差Δθが第1範囲R1に含まれていることを導出する。また、第1検出部162によって検出された推定q軸電流Iq’の向きが正であっても、推定d軸の方向を基準方向から進角させた場合における推定q軸電流Iq’の増減傾向が減少傾向である場合、導出部164は、推定d軸の方向が基準方向である場合の位相差Δθが第2範囲R2に含まれていることを導出する。
【0041】
一方、第1検出部162によって検出された推定q軸電流Iq’の向きが負であり、推定d軸の方向を基準方向から進角させた場合における推定q軸電流Iq’の増減傾向が減少傾向である場合、導出部164は、推定d軸の方向が基準方向である場合の位相差Δθが第3範囲R3に含まれていることを導出する。また、第1検出部162によって検出された推定q軸電流Iq’の向きが負であっても、推定d軸の方向を基準方向から進角させた場合における推定q軸電流Iq’の増減傾向が増大傾向である場合、導出部164は、推定d軸の方向が基準方向である場合の位相差Δθが第4範囲R4に含まれていることを導出する。
【0042】
更新部165は、導出部164によって位相差情報が導出されると、導出された位相差情報に基づいて、推定d軸の方向が実d軸の方向に近づくように推定d軸を更新する。このように推定d軸を更新する場合、交流電圧発生部161による外乱出力処理の実行が継続されている。そのため、更新部165は、導出部164によって導出された位相差情報を基に推定d軸の方向を更新する際の更新量を決めるとともに、検出される推定q軸電流Iq’の向きを基に推定d軸の更新方向(進角又は遅角)を決める。
【0043】
すなわち、推定d軸の方向が基準方向であるときの位相差Δθが、第1範囲R1又は第4範囲R4に含まれる場合、当該位相差Δθが第2範囲R2や第3範囲R3に含まれる場合と比較して、実d軸と推定d軸とのずれが大きい。また、推定d軸の方向が基準方向であるときの位相差Δθが第1範囲R1又は第2範囲R2内に含まれる場合、位相差Δθが負の値であり、推定d軸が実d軸よりも遅角側に位置している。一方、推定d軸の方向が基準方向であるときの位相差Δθが第3範囲R3又は第4範囲R4内に含まれる場合、位相差Δθが正の値であり、推定d軸が実d軸よりも進角側に位置している。
【0044】
そのため、
図3に示すように、更新部165は、推定d軸の方向が基準方向であるときの位相差Δθが第1範囲R1又は第2範囲R2内に含まれる場合、推定d軸を進角側に更新する。しかも、更新部165は、推定d軸の方向が基準方向であるときの位相差Δθが第1範囲R1内に含まれる場合の更新量を、位相差Δθが第2範囲R2内に含まれる場合の更新量よりも大きくする。推定d軸の方向が基準方向であるときの位相差Δθが第1範囲R1内に含まれる場合の更新量は、位相差Δθが第2範囲R2内の値となるような値に設定される。推定d軸の方向が基準方向であるときの位相差Δθが第1範囲R1内に含まれる場合の更新量は、位相差Δθが第2範囲R2外の値とならないような値に設定される。一例として、第1範囲R1に対応する更新量を「+45°」とし、第2範囲R2に対応する更新量を「+1°」とする。
【0045】
一方、更新部165は、推定d軸の方向が基準方向であるときの位相差Δθが第3範囲R3又は第4範囲R4内に含まれる場合、推定d軸を遅角側に更新する。しかも、更新部165は、推定d軸の方向が基準方向であるときの位相差Δθが第4範囲R4内に含まれる場合の更新量を、位相差Δθが第3範囲R3内に含まれる場合の更新量よりも大きくする。推定d軸の方向が基準方向であるときの位相差Δθが第4範囲R4内に含まれる場合の更新量は、位相差Δθが第3範囲R3内の値となるような値に設定される。推定d軸の方向が基準方向であるときの位相差Δθが第3範囲R3内に含まれる場合の更新量は、位相差Δθが第3範囲R3外の値とならないような値に設定される。一例として第3範囲R3に対応する更新量を「-1°」とし、第4範囲R4に対応する更新量を「-45°」とする。
【0046】
第1検出部162によって検出された情報と、第2検出部163によって検出された位相差情報とに基づいた推定d軸の更新が行われた後でも、更新部165は、推定d軸の更新を行う。第1検出部162によって検出された情報と、第2検出部163によって検出された位相差情報とに基づいた推定d軸の更新が行われると、位相差Δθは第2範囲R2又は第3範囲R3内の値になっている。そこで、更新部165は、検出される推定q軸電流Iq’が正の値である場合、推定q軸の方向の電流成分の向きが正向きであるため、所定の制御サイクル毎に第2範囲R2に対応する更新量で推定d軸の向きを更新、すなわち推定d軸の向きを進角させる。一方、更新部165は、検出される推定q軸電流Iq’が負の値である場合、推定q軸の方向の電流成分の向きが負向きであるため、所定の制御サイクル毎に第3範囲R3に対応する更新量で推定d軸の向きを更新、すなわち推定d軸の向きを遅角させる。
【0047】
そして、更新部165は、推定q軸電流Iq’の絶対値が所定の閾値Iq’TH未満になると、推定q軸の方向の電流成分の大きさが閾値Iq’TH未満になったと判断できるため、推定d軸の更新を終了する。所定の閾値Iq’THは、モータ制御の精度との関係で適宜に決定すればよい。
【0048】
本実施形態の作用及び効果について説明する。
図4に示すように、推定d軸と実d軸との位相差Δθが第1の位相差Δθ1である場合の推定q軸電流Iq’の大きさ及び正負の向きは、位相差Δθが第2の位相差Δθ2である場合の推定q軸電流Iq’の大きさ及び正負の向きと同じである。このため、推定q軸電流Iq’だけに基づいて、第1の位相差Δθ1と第2の位相差Δθ2を区別して位相差Δθを特定することはできない。
【0049】
予め設定された所定量ずつ推定d軸を更新することにより、推定d軸の方向を実d軸の方向に近づける処理を実行するモータ制御装置のことを比較例のモータ制御装置という。この比較例の場合、位相差Δθを「0°」近傍の値又は「180°」近傍の値で収束させるためには、所定量を小さい値に設定する必要がある。そのため、当該処理の開始時点で位相差Δθが第1範囲R1又は第4範囲R4内に含まれている場合、推定q軸電流Iq’の絶対値を閾値Iq’TH未満とし、当該処理を終了させるまでに要する時間が長くなる。
【0050】
これに対し、本実施形態のモータ制御装置10では、推定d軸を更新する処理の実行に先立って、推定d軸の方向が基準方向であるときの推定q軸電流Iq’と、推定d軸の方向を基準方向から進角させた際における推定q軸電流Iq’の変化の向きとが検出される。そして、このように検出された情報に基づいて、推定d軸の方向が基準方向であるときの位相差Δθが含まれる範囲が範囲R1~R4の中から特定される。すると、特定された範囲に基づいた態様で推定d軸が更新される。
【0051】
例えば、
図4に示すように推定d軸の方向が基準方向である場合の位相差Δθが第1の位相差Δθ1である場合、推定q軸電流Iq’が正の値であって、推定d軸の方向を基準方向から進角させた場合に推定q軸電流Iq’が増大傾向を示す。そのため、推定d軸の方向が基準方向であるときの位相差Δθが含まれる範囲が第1範囲R1であることが特定される。すると、第1範囲R1に応じた比較的大きな更新量Δx1で推定d軸の方向が進角側に更新される。このような初回の更新が行われると、位相差Δθは第2範囲R2内の値となる。この状態では推定q軸電流Iq’の絶対値が閾値Iq’未満になっていないため、推定d軸の更新は継続される。この場合では、第2範囲R2用の更新量Δx2ずつ推定d軸が更新(すなわち、進角)される。そして、このような更新によって推定q軸電流Iq’の絶対値が閾値Iq’未満になると、推定d軸の更新が完了される。
【0052】
このように本実施形態では、推定d軸の更新の開始時点の位相差情報に基づいた更新量で推定d軸が更新される。そのため、比較例の場合と比較し、推定d軸の更新を開始させてから完了させるまでに要する時間が長くなることを抑制できる。しかも、このように推定d軸の更新の長期化を抑制しても、位相差Δθの絶対値が小さくなると、推定d軸の更新量が小さくなる。そのため、当該更新によって、位相差Δθが「0°」近傍の値又は「180°」近傍の値で収束しにくくなることはない。
【0053】
そして、推定d軸を更新する処理が完了すると、ロータ105の磁極の向きを判別する処理が実行される。
上記実施形態は、以下のように変更して実施することができる。上記実施形態及び以下の変更例は、技術的に矛盾しない範囲で互いに組み合わせて実施することができる。
【0054】
・第2検出部163は、推定d軸が基準方向から進角された量に対する推定q軸電流Iq’の変化量である電流変化勾配を検出してもよい。また、第2検出部163は、基準方向から推定d軸の方向の遅角量に対する推定q軸電流Iq’の変化量である電流変化勾配を検出してもよい。この場合、導出部164では、第1検出部162が検出した推定q軸電流Iq’と、第2検出部163が検出した電流変化勾配と、に基づいて、位相差情報としての位相差Δθを導出することができる。
【0055】
図3に示すように、推定q軸電流Iq’及び推定q軸電流Iq’の電流変化勾配が検出できれば、これらの値から推定d軸と実d軸との位相差Δθを導出することができる。したがって、この場合には、更新部165は、導出部164が導出した位相差Δθの分だけ推定d軸を更新するようにしてもよい。そして、このように推定d軸を一気に更新しても、推定q軸電流Iq’の絶対値が閾値Iq’未満にならない場合に限り、推定d軸を少しずつ更新することが好ましい。このような制御構成を採用した場合、上記実施形態の場合よりも、推定d軸の更新に要する時間を短縮することができる。つまり、位相差Δθをより早期に特定できる。
【0056】
・導出部164は、上記実施形態において、位相差の範囲を4つの範囲に分割したが、位相差の範囲を3つ以下の範囲に分割してもよいし、位相差の範囲を5つ以上の範囲に分割してもよい。
【0057】
・第2検出部163は、基準方向に対して推定d軸の方向が遅角(変化)されたときの推定d軸電流の増減傾向を検出してもよい。この場合、導出部164は、第1検出部162が検出した推定d軸の方向が基準方向である場合の推定d軸電流Iq’の向きと、第2検出部163が検出した推定d軸電流Iq’の遅角時の増減傾向と、に基づいて、位相差情報を導出すればよい。
【0058】
・更新部165は、推定d軸を複数回更新する場合において、2回目以降の推定d軸の更新時にも、1回目の推定d軸の更新と同様に、1回目の更新後の推定d軸における推定q軸電流Iq’などに応じて、更新量を変化させてもよい。
【0059】
・例えば、上記実施形態では、推定d軸の方向が基準方向であるときの位相差Δθが第1範囲R1又は第4範囲R4であったために推定d軸を大きく更新して位相差Δθを第2範囲R2又は第3範囲R3内に含まれるようにした以降では、推定d軸の更新量は変わらないようにしている。しかし、位相差Δθが第2範囲R2又は第3範囲R3内に含まれるようにした以降でも、推定d軸の更新量を適宜変更してもよい。例えば、検出される推定q軸電流Iq’の絶対値が大きいほど、推定d軸の更新量を大きくしてもよい。これにより、推定d軸の方向を実d軸の方向に早期に近づけることができる。
【0060】
このような制御構成を採用した場合であっても、推定q軸電流Iq’の絶対値が小さくなって閾値Iq’に近づくと、推定d軸の更新量が小さくなる。そのため、位相差Δθが「0°」又は「180°」に収束しにくくなることを抑制できる。
【0061】
・更新部165が推定d軸の更新を終了するタイミングは、推定d軸の更新回数が所定の上限回数に達したタイミングとしてもよい。
・ブラシレスモータ100に適用されるロータ105は、2極以外のロータであってもよい。
【0062】
・モータ制御装置10が適用されるブラシレスモータ100は、車載のブレーキ装置とは別のアクチュエータの動力源であってもよい。
・モータ制御装置10は、コンピュータプログラム(ソフトウェア)に従って動作する1つ以上のプロセッサ、各種処理のうち少なくとも一部の処理を実行する専用のハードウェア(特定用途向け集積回路:ASIC)等の1つ以上の専用のハードウェア回路又はこれらの組み合わせを含む回路として構成し得る。プロセッサは、CPU並びに、RAM及びROM等のメモリを含み、メモリは、処理をCPUに実行させるように構成されたプログラムコードまたは指令を格納している。メモリ、すなわち記憶媒体は、汎用または専用のコンピュータでアクセスできるあらゆる利用可能な媒体を含む。
【符号の説明】
【0063】
10…モータ制御装置、11…指令電流算出部、12…指令電圧算出部、13…2相/3相変換部、14…インバータ、15…3相/2相変換部、16…ロータ位置推定部、161…交流電圧発生部、162…第1検出部、163…第2検出部、164…導出部、165…更新部、17…第1の加算器、100…ブラシレスモータ、101,102,103…コイル、105…ロータ、Id…d軸電流、Id*…d軸指令電流、Iq…q軸電流、Iq*…q軸指令電流、Iq’…推定q軸電流、Iq’TH…閾値、IU…U相電流、IV…V相電流、IW…W相電流、R1…第1範囲、R2…第2範囲、R3…第3範囲、R4…第4範囲、TR*…要求トルク、Vd*…d軸指令電圧、Vdh*…外乱電圧信号、Vq*…q軸指令電圧、VU*…U相指令電圧、VV*…V相指令電圧、VW*…W相指令電圧、θ…ロータ回転角、Δθ…位相差。