(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-24
(45)【発行日】2022-06-01
(54)【発明の名称】細胞内容物の回収機構および回収方法
(51)【国際特許分類】
C12M 1/26 20060101AFI20220525BHJP
C12M 3/00 20060101ALI20220525BHJP
【FI】
C12M1/26
C12M3/00 Z
(21)【出願番号】P 2017160963
(22)【出願日】2017-08-24
【審査請求日】2020-06-20
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「RNA・タンパク抽出機構開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】304024430
【氏名又は名称】国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学
(73)【特許権者】
【識別番号】304023994
【氏名又は名称】国立大学法人山梨大学
(74)【代理人】
【識別番号】100154966
【氏名又は名称】海野 徹
(72)【発明者】
【氏名】高村 禅
(72)【発明者】
【氏名】浮田 芳昭
【審査官】松田 芳子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/094101(WO,A1)
【文献】特開2019-037159(JP,A)
【文献】国際公開第2014/141386(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/125251(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2012/0091235(US,A1)
【文献】宇野秀隆ら,応用物理学会秋季学術講演会講演予稿集,2015年,Vol.76th,13a-2B-9
【文献】野間慶一ら,応用物理学会学術講演会講演予稿集,2008年,Vol.69th, No.3,p.1162, 5a-T-2
【文献】ANIS, Y. et al.,Biomed. Microdevices,2011年,Vol.13,pp.651-659
【文献】LE GAC, S.,Microchip Diagnostics: Methods and Protocols, Methods in Molecular Biology,2017年, Vol.1547,pp.187-209
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00-3/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
貫通孔を備えるプレートと、
前記貫通孔の一方の端部と繋がる回収空間と、
前記回収空間に繋がる流路と、
前記流路を開閉する弁と、
前記流路内の液体を吸引して細胞を前記貫通穴の他方の端部に密着させるための吸引源と、
前記回収空間内を負圧状態にするように変位可能なダイヤフラムを
前記吸引源とは別に備えており、
前記貫通孔の他方の端部に細胞を密着させ、且つ前記弁で前記流路を閉じた状態で前記ダイヤフラムを変位させて前記回収空間内を負圧状態にすることで、前記細胞の一部に穴をあけて前記貫通孔を介して前記細胞の内容物を前記回収空間内に吸引することを特徴とする細胞内容物の回収機構。
【請求項2】
前記ダイヤフラムの変位量を調節するための変位量調節構造を備えることを特徴とする請求項1に記載の細胞内容物の回収機構。
【請求項3】
前記貫通孔の直径が5μm以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の細胞内容物の回収機構。
【請求項4】
貫通孔を備えるプレートと、
前記貫通孔の一方の端部と繋がる回収空間と、
前記回収空間に繋がる流路と、
前記流路を開閉する弁と、
前記流路内の液体を吸引して細胞を前記貫通穴の他方の端部に密着させるための吸引源と、
前記回収空間内を負圧状態にするように変位可能なダイヤフラムが
前記吸引源とは別に存在しており、
前記貫通孔の他方の端部に細胞を密着させるステップと、
前記弁で前記流路を閉じた状態で前記ダイヤフラムを変位させて前記回収空間内を負圧状態にすることで、前記細胞の一部に穴をあけて前記貫通孔を介して前記細胞の内容物を前記回収空間内に吸引するステップを備えることを特徴とする細胞内容物の回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞内容物を極微量だけ吸引し、且つ吸引後の拡散を防ぐことができる細胞内容物の回収機構および回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
プレートに設けた微細な孔に細胞を密着させ、孔を介して吸引することで細胞膜の一部に穴をあけ、この穴から細胞の内容物を吸引・回収する技術が知られている。
細胞の内容物である代謝物、遺伝子、mRNA等を解析することにより、細胞の機能や生命機構の解析を行なう手法としてパッチクランプRT-PCR法(非特許文献1)等がある。
本願発明者らは、上記孔をチップ上にアレイ状に形成することで組織中の単一細胞の解析を網羅的に行なうプロジェクトを推進しており、その成果を報告している(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Lambolez, B., Audinat, E., Bochet, P., Crepel, F. and Rossier, J.(1992) Neuron9[2], 247-258.
【文献】高村ら, “プレーナーパッチクランプによる単一細胞mRNAの定量解析と外部汚染の検証” [13a-B8-3] 応用物理学会 2016年9月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、上記従来技術では次のような問題がある。
すなわち、細胞の大きさは1pL程度であり、細胞の内容物も同程度と極微量である。したがって、細胞内容物の体積以上を一度に吸引すると、吸引した細胞内容物が孔を通り抜けたあと広範囲に拡散して薄まってしまうという問題や、陰圧源の方まで流れていって失われてしまうという問題がある。
理想的には細胞内容物とほぼ同体積だけ吸引するのがよいが、極微量だけ吸引するように陰圧源の駆動を制御することが難しいという問題もある。
【0005】
本発明は、上記問題を考慮し、細胞内容物を極微量だけ吸引し、且つ吸引後の拡散を防ぐことができる細胞内容物の回収機構および回収方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の細胞内容物の回収機構は、貫通孔を備えるプレートと、前記貫通孔の一方の端部と繋がる回収空間と、前記回収空間に繋がる流路と、前記2本の流路を開閉する弁と、前記流路内の液体を吸引して細胞を前記貫通穴の他方の端部に密着させるための吸引源と、前記回収空間内を負圧状態にするように変位可能なダイヤフラムを前記吸引源とは別に備えており、前記貫通孔の他方の端部に細胞を密着させ、且つ前記弁で前記流路を閉じた状態で前記ダイヤフラムを変位させて前記回収空間内を負圧状態にすることで、前記細胞の一部に穴をあけて前記貫通孔を介して前記細胞の内容物を前記回収空間内に吸引することを特徴とする。
また、前記ダイヤフラムの変位量を調節するための変位量調節構造を備えることを特徴とする。
また、前記貫通孔の直径が5μm以下であることを特徴とする。
本発明の細胞内容物の回収方法は、貫通孔を備えるプレートと、前記貫通孔の一方の端部と繋がる回収空間と、前記回収空間に繋がる流路と、前記流路を開閉する弁と、前記流路内の液体を吸引して細胞を前記貫通穴の他方の端部に密着させるための吸引源と、前記回収空間内を負圧状態にするように変位可能なダイヤフラムが前記吸引源とは別に存在しており、前記貫通孔の他方の端部に細胞を密着させるステップと、前記弁で前記流路を閉じた状態で前記ダイヤフラムを変位させて前記回収空間内を負圧状態にすることで、前記細胞の一部に穴をあけて前記貫通孔を介して前記細胞の内容物を前記回収空間内に吸引するステップを備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明ではダイヤフラムの変位量に応じて細胞内容物の回収量を調節できるので、細胞内容物を極微量だけ吸引することができる。
また、吸引した細胞内容物は回収空間内に留まるので、吸引後の拡散を防ぐことができる。
特に、ダイヤフラムの変位量を調節するための変位量調整構造を備えることにすれば、ダイヤフラムを最大限変位させることで細胞内容物を所望の量だけ吸引(回収)できるので、ダイヤフラムの変位を調節するための機構の駆動制御が容易になる。
貫通孔の直径を5μm以下程度にすると、吸引によって細胞を貫通孔に確実に密着させた状態で細胞内容物を吸引できるので、細胞外の溶液に含まれる不純物を吸引してしまう事態を防止できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】第1の実施の形態の細胞内容物の回収機構の構造を模式的に示した図(a)及びA-A’線矢視図(b)
【
図2】細胞内容物の回収機構の使用方法を示す図(a)~(d)
【
図3】第2の実施の形態の細胞内容物の回収機構の構造を示す図(a)及びダイヤフラムの変位後の状態を示す図(b)及び(c)
【発明を実施するための形態】
【0009】
[第1の実施の形態]
本発明の細胞内容物の回収機構の第1の実施の形態について説明する。
図1(a)及び(b)に示すように、細胞内容物の回収機構1はプレート10、回収空間20、流路30、弁40、ダイヤフラム50で概略構成されている。細胞60は単一の状態で細胞格納空間70に格納されている。
プレート10は貫通孔11を備えており、貫通孔11の一方の端部は回収空間20に繋がっており、他方の端部には細胞60が密着する。なお、一枚のプレート10に多数の貫通孔11をアレイ状に配列することにしてもよい。
貫通孔11の直径は細胞60のサイズに応じて適宜変更すればよいが、一般的な細胞のサイズに基づくと直径5μm以下程度が好ましい。
【0010】
回収空間20は細胞内容物61を回収するための空間であり、貫通孔11の一方の端部と繋がっている。本実施の形態では、回収空間20内が仕切り板21によって区画化されており、mRNAを捕捉するために必要な処理が施されたビーズ80を各区画22内に格納している。ビーズ80の詳細は周知であるため説明を省略する。
流路30は回収空間20に繋がっており、流路30内を溶液や気体が通る仕組みになっている。本実施の形態では入口用と出口用の2本の流路30が回収空間20に繋がっている。
なお、回収空間20、流路30及び細胞格納空間70の内部は液体で満たされている。
弁40は流路30を開閉するための部材であり、本実施の形態では2本の流路30それぞれに弁40を取り付けている。弁40は周知の構造のものを利用できる。
ダイヤフラム50は回収空間20に繋がっており、変位することで回収空間20内を負圧状態にすることができる。
【0011】
次に、細胞内容物の回収方法について説明する。
図2(a)に示すように、作業者は入口側の弁40を「閉」、出口側の弁40を「開」にした状態で吸引する。なお、吸引源(陰圧源)を出口側の流路30の端部に取り付けている。吸引圧は例えば5 kPa程度の低圧でよい。
出口側の流路30を吸引することで回収空間20内の液体が吸引され、これにより貫通孔11を介して細胞格納空間70内の液体も吸引される。細胞格納空間70内の細胞60は液体と共に貫通孔11の他方の端部まで移動して密着する。
次に、
図2(b)に示すように、作業者は入口用の弁40を開け、吸引することで回収空間20の内部を溶液(例えば1%のNP-40等)で満たす。
次に、
図2(c)に示すように、作業者は入口用及び出口用の弁40を閉じることで回収空間20内を閉空間にする。
そして、
図2(d)に示すように、作業者はダイヤフラム50を変位させ、回収空間20内を負圧状態にする。これにより細胞60の一部に穴があき、細胞内容物61は貫通孔11を通って回収空間20内に吸引される。
回収空間20内は閉空間になっているので、細胞内容物61をビーズ80と充分に反応させることができる。作業者は一定時間経過後、両方の弁40を開けてマニピュレータ等でビーズ80を回収する。
【0012】
[第2の実施の形態]
次に、本発明の細胞内容物の回収機構の第2の実施の形態について説明するが、上記第1の実施の形態と同一の構成となる箇所については同一の符号を付してその説明を省略する。
図3(a)に示すように、本実施の形態の細胞内容物の回収機構2はダイヤフラム90が弁40の機能も兼ねる点と、ダイヤフラム90の変位量を調節するための変位量調節構造100を備える点に特徴を有する。
すなわち、
図3(b)に示すようにダイヤフラム90のうち右側の部分が変位することで回収空間20内を負圧状態にし、
図3(c)に示すようにダイヤフラム90の左側の部分が変位することで流路30を開閉する弁40として機能する。ダイヤフラム90の変位の調節は、ダイヤフラム90の下面側に存在する液体91の量を調節することで行なうことができる。
また、上部が開口した箱形状の変位量調整構造100をダイヤフラム90の右側及び左側の部分の下方に備えている。
図3(b)に示すように、ダイヤフラム90の右側の部分が最大に変位した状態では変位量調整構造100の内面に密着する。つまり、ダイヤフラム90の右側部分は変位量調整構造100の体積より大きく変位することがない。したがって、例えば変位量調整構造100の体積を細胞内容物61の体積と同程度(例えば1pL程度)にしておけば、ダイヤフラム90の右側部分を最大限変位させるだけで細胞内容物61のほぼ全量を容易且つ正確に回収することができる。ダイヤフラム90の右側部分を最大限変位させるようにダイヤフラム90の下面側の液体91の量を調節することは容易である。同様に、
図3(c)に示すようにダイヤフラム90の左側の部分を変位させて弁40として機能させる場合に、弁40の開閉度を調節することも容易になる。
【実施例】
【0013】
次に、上記第1の実施の形態で示した細胞内容物の回収機構を用いた実施例について説明する。
1. 回収空間内にmRNA吸着ビーズをマイクロマニピュレーターにより配置し、貫通孔(直径2μm)を備えるプレートでカバーした。
2. 流路内と回収空間に溶媒を満たした。
3. 細胞チャンバー(細胞格納空間)に細胞を加えた。モデル細胞としてGFP安定高発現HEK293T細胞、およびノーマルのHEK293細胞を用いた。
4. 入口用流路の弁を閉じ、出口用流路の弁を開いた状態で回収空間内の溶媒を吸引し、細胞を貫通孔の他方の端部に密着させ、捕捉した。
5. 入口用及び出口用の弁を閉じた状態でダイヤフラムを動作させ、細胞内容物を回収空間内に抽出し、一定時間この状態を保持した。
6. マイクロマニピュレーターによりmRNA吸着ビーズをリアクションチューブに回収した。
7. 回収したmRNAは速やかにSmartSeqV4を用いてcDNAに変換し、次世代シーケンサで解析したところ、数千の遺伝子の発現を確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0014】
本発明は、細胞内容物を極微量だけ吸引し、且つ吸引後の拡散を防ぐことができる細胞内容物の回収機構および回収方法に関するものであり、産業上利用可能である。
【符号の説明】
【0015】
1 細胞内容物の回収機構
2 細胞内容物の回収機構
10 プレート
11 貫通孔
20 回収空間
21 仕切り板
22 区画
30 流路
40 弁
50 ダイヤフラム
60 細胞
61 細胞内容物
70 細胞格納空間
80 ビーズ
90 ダイヤフラム
91 液体
100 変位量調節構造