(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-24
(45)【発行日】2022-06-01
(54)【発明の名称】トレハロースを含む血球系細胞保存用液
(51)【国際特許分類】
C12N 5/0783 20100101AFI20220525BHJP
A61K 9/14 20060101ALN20220525BHJP
A61K 47/12 20060101ALN20220525BHJP
A61K 47/26 20060101ALN20220525BHJP
A61K 9/08 20060101ALN20220525BHJP
A61K 35/14 20150101ALN20220525BHJP
A61K 35/17 20150101ALN20220525BHJP
【FI】
C12N5/0783
A61K9/14
A61K47/12
A61K47/26
A61K9/08
A61K35/14 A
A61K35/17 A
(21)【出願番号】P 2021550679
(86)(22)【出願日】2021-01-14
(86)【国際出願番号】 JP2021000988
(87)【国際公開番号】W WO2021145364
(87)【国際公開日】2021-07-22
【審査請求日】2021-08-30
(31)【優先権主張番号】P 2020006078
(32)【優先日】2020-01-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000149435
【氏名又は名称】株式会社大塚製薬工場
(74)【代理人】
【識別番号】100107984
【氏名又は名称】廣田 雅紀
(74)【代理人】
【識別番号】100182305
【氏名又は名称】廣田 鉄平
(74)【代理人】
【識別番号】100096482
【氏名又は名称】東海 裕作
(74)【代理人】
【識別番号】100131093
【氏名又は名称】堀内 真
(74)【代理人】
【識別番号】100150902
【氏名又は名称】山内 正子
(74)【代理人】
【識別番号】100141391
【氏名又は名称】園元 修一
(74)【代理人】
【識別番号】100221958
【氏名又は名称】篠田 真希恵
(74)【代理人】
【識別番号】100192441
【氏名又は名称】渡辺 仁
(72)【発明者】
【氏名】白川 智景
(72)【発明者】
【氏名】西村 益浩
【審査官】林 康子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/208053(WO,A1)
【文献】国際公開第2012/063870(WO,A1)
【文献】特開2006-230396(JP,A)
【文献】国際公開第2020/218461(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/07
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
トレハロース又はその塩を含み、かつ、pHが4.5~7.2であるT細胞保存用液であって、T細胞の細胞凝集を抑制するために用いられる、前記液。
【請求項2】
等張液である、請求項1に記載の液。
【請求項3】
等張液が、乳酸リンゲル液である、請求項2に記載の液。
【請求項4】
T細胞を0~40℃で保存するための、請求項1~3のいずれか1項に記載の液。
【請求項5】
T細胞の生存率低下を抑制するために用いられる、請求項1~4のいずれか1項に記載の液。
【請求項6】
T細胞の保存容器への接着を抑制するために用いられる、請求項1~5のいずれか1項に記載の液。
【請求項7】
T細胞の移植に用いられる、請求項1~6のいずれか1項に記載の液。
【請求項8】
トレハロース又はその塩
と、pH調整剤とを含む、請求項1~7のいずれか1項に記載の液を調製するための粉末製剤。
【請求項9】
トレハロース又はその塩を含み、かつ、pHが4.5~7.2である液中で、T細胞を保存する工程を含む、T細胞の細胞凝集を抑制する方法。
【請求項10】
液が、等張液である、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
等張液が、乳酸リンゲル液である、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
T細胞を0~40℃で保存する、請求項9~11のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トレハロース若しくはその誘導体又はこれらの塩(以下、これらを総称して「トレハロース類」ということがある)を含み、かつ、水素イオン指数(pH)が4.5~7.2である血球系細胞保存用液(以下、「本件血球系細胞保存用液」ということがある);トレハロース類を含み、かつ、pHが4.5~7.2の範囲内である液(以下、「本件トレハロース類含有液」ということがある)中で、任意の期間、血球系細胞を保存する方法;等に関する。
【背景技術】
【0002】
がん免疫細胞療法は、がんを攻撃する働きを有する免疫細胞を体外に取り出し、その働きを強化後、再び体内に戻すという最先端の細胞医療である。例えば、樹状細胞ワクチン療法、アルファ・ベータT細胞療法(αβT細胞療法)、ガンマ・デルタT細胞療法(γδT細胞療法)、CTL療法、ナチュラルキラー細胞療法(NK細胞療法)等のT細胞を用いた療法が実践されている。近年、末梢血等から採取したT細胞に、がん細胞表面抗原を認識する一本鎖抗体と、T細胞の活性化を誘導するシグナル伝達領域を融合させた人工的なキメラタンパク質(すなわち、キメラ抗原受容体[Chimeric Antigen Receptor;CAR])をコードする遺伝子を導入することにより得られたCAR発現T細胞(CAR-T細胞)キメラ抗原受容体(Chimeric Antigen Receptor:以下、「CAR」ともいう)を用いたがん免疫療法が世界中で臨床試験が進行しており、白血病やリンパ腫などの造血器悪性腫瘍の治療において、有効性を示す結果が得られている。
【0003】
がん免疫療法において、移植に用いるT細胞を保存する場合、液体中での保存では細胞生存率を良好に保つことができない。このため、移植用T細胞を長期保存する場合、凍結保存することが一般的である。しかし、凍結保存液中には、通常DMSO、グリセロール等の凍結保存剤が添加されているため、凍結保存した幹細胞やT細胞を解凍した後、移植治療を行う前に凍結保存剤を除去する必要があり、手間がかかることが問題とされていた。また、凍結保存液に凍結保存剤を添加しても凍結時の水の結晶化による細胞骨格のダメージが大きく、凍結融解後の細胞生存率が低下することも問題とされていた。このため、簡便性に優れ、且つ細胞生存率の低下を抑制できる細胞保存液の開発が急務とされていた。
【0004】
本発明者らは、トレハロースを含む、間葉系幹細胞等の哺乳動物細胞保存液を報告している(特許文献1及び2)。かかる特許文献に記載の知見等に基づき、最近、3(w/v)%のトレハロース及び5(w/v)%のデキストラン40を含む細胞懸濁保存液であるセルストア(登録商標)S(大塚製薬工場社製)と、3(w/v)%のトレハロースを含む細胞洗浄保存液であるセルストア(登録商標)W(大塚製薬工場社製)が製造・販売されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2012-115253号公報
【文献】国際公開第2014/208053号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らは、血球系細胞をトレハロース含有細胞保存液で保存すると、細胞凝集を起こすことを見出した。本発明の課題は、血球系細胞をトレハロース含有細胞保存液中で保存したときに生じる細胞生存率低下、細胞凝集、保存容器への細胞接着を効果的に抑制でき、かつ、血球系細胞を、哺乳動物の生体内に投与したときに、哺乳動物の生態に悪影響を及ぼす可能性の低い血球系細胞保存用液等を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を続けている。その過程において、ヒト末梢血由来CD8陽性(+)T細胞を、前述したセルストアW中に保存したところ、細胞凝集が認められた。そこで、トレハロース含有液について検討を重ねたところ、トレハロース含有液のpHを特定の範囲に調整することにより、ヒト末梢血由来CD8+T細胞を保存した場合により生じる細胞凝集を効果的に抑制することに加え、保存容器への細胞接着も効果的に抑制することができることを見出した。また、pHを特定の範囲に調整したトレハロース含有液は、ヒト末梢血由来CD8+T細胞を保存した場合により生じる細胞生存率低下の抑制効果が高いことも確認した。さらに、pHを特定の範囲に調整したトレハロース含有液中に保存した際の細胞凝集の抑制効果は、血球系細胞に特異的であることも確認した。本発明は、これらの知見に基づき、完成するに至ったものである。
【0008】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
〔1〕トレハロース若しくはその誘導体又はこれらの塩を含み、かつ、pHが4.5~7.2である血球系細胞保存用液。
〔2〕等張液である、上記〔1〕に記載の液。
〔3〕等張液が、乳酸リンゲル液である、上記〔2〕に記載の液。
〔4〕血球系細胞を0~40℃で保存するための、上記〔1〕~〔3〕のいずれかに記載の液。
〔5〕血球系細胞の生存率低下を抑制するために用いられる、上記〔1〕~〔4〕のいずれかに記載の液。
〔6〕血球系細胞の細胞凝集を抑制するために用いられる、上記〔1〕~〔5〕のいずれかに記載の液。
〔7〕血球系細胞の保存容器への接着を抑制するために用いられる、上記〔1〕~〔6〕のいずれかに記載の液。
〔8〕血球系細胞の移植に用いられる、上記〔1〕~〔7〕のいずれかに記載の液。
〔9〕血球系細胞がT細胞である、上記〔1〕~〔8〕のいずれかに記載の液。
〔10〕トレハロース若しくはその誘導体又はこれらの塩を含む、上記〔1〕~〔9〕のいずれかに記載の液を調製するための粉末製剤。
〔11〕トレハロース若しくはその誘導体又はこれらの塩を含み、かつ、pHが4.5~7.2である液中で、血球系細胞を保存する工程を含む、血球系細胞の保存方法。
〔12〕液が、等張液である、上記〔11〕に記載の保存方法。
〔13〕等張液が、乳酸リンゲル液である、上記〔12〕に記載の保存方法。
〔14〕血球系細胞を0~40℃で保存する、上記〔11〕~〔13〕のいずれかに記載の保存方法。
〔15〕血球系細胞がT細胞である、上記〔11〕~〔14〕のいずれか1項に記載の保存方法。
【0009】
また本発明の実施の他の形態として、血球系細胞を含む本件トレハロース類含有液を、血球系細胞の移植を必要とする対象(例えば、がん患者)へ投与する工程を含む、血球系細胞の移植方法;や、
トレハロース類含有液に、血球系細胞を加えるか、或いは、血球系細胞を含む液に、トレハロース類を加えることにより、血球系細胞を含むトレハロース類含有液を調製する工程と、調製した当該液に、必要に応じて、pH調整剤を添加することにより、pHが4.5~7.2となるように調整し、血球系細胞を含む本件トレハロース類含有液を得る工程と、本件トレハロース類含有液中で血球系細胞を保存する工程と、保存後の当該液を、血球系細胞の移植を必要とする対象(例えば、がん患者)へ投与する工程とを含む、血球系細胞の移植方法;や、
トレハロース類含有液に、必要に応じて、pH調整剤を添加することにより、pHが4.5~7.2となるように調整し、本件トレハロース類含有液を得る工程と、本件トレハロース類含有液に、血球系細胞を加えることにより、血球系細胞を含む本件トレハロース類含有液を調製する工程と、本件トレハロース類含有液中で血球系細胞を保存する工程と、保存後の当該液を、血球系細胞の移植を必要とする対象(例えば、がん患者)へ投与する工程とを含む、血球系細胞の移植方法;や、
血球系細胞を含む本件トレハロース類含有液の製造における、トレハロース類の使用や、液体中の血球系細胞の生存率低下を抑制するための、トレハロース類の使用;や、
液体中の血球系細胞の細胞凝集を抑制するための、トレハロース類の使用;や、
液体中の血球系細胞の保存容器への接着を抑制するための、トレハロース類の使用;や、
血球系細胞の移植を必要とする疾患(例えば、がん)の治療における使用のための、血球系細胞を含む本件トレハロース類含有液;や、
トレハロース類含有液に、血球系細胞を加えるか、或いは、血球系細胞を含む液に、トレハロース類を加えることにより、血球系細胞を含むトレハロース類含有液を調製する工程と、調製した当該液に、必要に応じて、pH調整剤を添加することにより、pHが4.5~7.2となるように調整し、血球系細胞を含む本件トレハロース類含有液を得る工程とを含む、血球系細胞を含む本件トレハロース類含有液の調製方法;や、
トレハロース類含有液に、必要に応じて、pH調整剤を添加することにより、pHが4.5~7.2となるように調整し、本件トレハロース類含有液を得る工程と、本件トレハロース類含有液に、血球系細胞を加えることにより、血球系細胞を含む本件トレハロース類含有液を調製する工程とを含む、血球系細胞を含む本件トレハロース類含有液の調製方法;や、
血球系細胞を含む本件トレハロース類含有液;や、
血球系細胞を含む本件血球系細胞保存用液;
を挙げることができる。なお、上記移植方法において、血球系細胞の保存は、通常、血球系細胞を含む本件トレハロース類含有液を、当該液が液体の状態で存在する温度条件下で保存するものであり、当該液が固体の状態で保存する工程(例えば、凍結保存する工程、凍結乾燥保存する工程等の血球系細胞を休眠状態で保存する工程)を含まない。
【発明の効果】
【0010】
本発明によると、血球系細胞を液体中に保存したときに生じる細胞生存率低下を効果的に抑制することができる。このため、良質な血球系細胞による細胞移植を実施することができ、治療効果の向上が期待できる。また、血球系細胞を移植する際、多くの場合、輸液バッグ内の血球系細胞を含む液を生体内へ点滴注入するが、点滴している間に、輸液バッグ内の血球系細胞同士が凝集し、カニューレ中に詰まったり、肺静脈等の細い血管中に塞栓を形成してしまうリスクがある。本発明によると、血球系細胞を液体中で保存したときに生じる細胞凝集を効果的に抑制することもできるため、これらリスクを低減することができる。また、血球系細胞を保存した際、特にプラスチック素材(例えば、輸液バッグやカニューレ)に血球系細胞が接着するという問題がある。本発明によると、血球系細胞の保存容器への接着を効果的に抑制することができる。さらに、トレハロース類は、生体に悪影響を及ぼす可能性の低い二糖類であることから、血球系細胞を本件トレハロース類含有液中で保存した後、新しい移植用液に置換することなく、そのまま生体内へ投与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施例1~6(図中の「実1~6」)及び比較例1~3(図中の「比1~3」)において、ヒト末梢血由来CD8+T細胞を24時間保存後の細胞凝集塊数(平均値±標準偏差[SD];
図1A)及び細胞生存率(平均値±SD;
図1B)を解析した結果(n=4)を示す図である。図中の「***」は、比較例1との多重比較検定(Dunnett's test)を行い、それぞれ統計学的に有意差がある(p<0.001)ことを示す。なお、
図1Bにおける「pre」は、保存前の細胞生存率を示す。
【
図2】比較例4(図中の「比4」)及び比較例5(図中の「比5」)において、ヒト末梢血由来CD8+T細胞を24時間保存後の細胞凝集塊数(平均値±SD;
図2)を解析した結果(n=4)を示す図である。図中の「**」は、比較例4と比較例5を比較する検定(Student t-test)を行い、統計学的に有意差がある(p<0.01)ことを示す。
【
図3】実施例3(図中の「実3」)並びに比較例6(図中の「比6」)及び比較例2(図中の「比2」)において、ヒト末梢血由来CD8+T細胞を6時間保存後の細胞回収率(平均値±SD;
図3A)及び細胞生存率(平均値±SD;
図3B)を解析した結果(n=3)を示す図である。図中の「**」、及び「***」は、比較例6との多重比較検定(Dunnett's test)を行い、それぞれ統計学的に有意差がある(p<0.01、及びp<0.001)ことを示す。なお、
図3Bにおける「pre」は、保存前の細胞生存率を示す。
【
図4】実施例3(図中の「実3」)並びに比較例6(図中の「比6」)及び比較例2(図中の「比2」)において、ヒト末梢血由来CD8+T細胞を24時間保存後の細胞回収率(平均値±SD;
図4A)及び細胞生存率(平均値±SD;
図4B)を解析した結果(n=3)を示す図である。図中の「*」及び「**」は、比較例6との多重比較検定(Dunnett's test)を行い、それぞれ統計学的に有意差がある(p<0.05、及びp<0.01)ことを示す。なお、
図4Bにおける「pre」は、保存前の細胞生存率を示す。
【
図5】実施例7(図中の「実7」)並びに比較例7(図中の「比7」)及び比較例8(図中の「比8」)において、ヒト末梢血由来CD8+T細胞を24時間保存後の細胞回収率(平均値±SD;
図5A)及び生細胞回収率(平均値±SD;
図5B)を解析した結果(n=4)を示す図である。図中の「*」及び「***」は、比較例7との多重比較検定(Dunnett's test)を行い、それぞれ統計学的に有意差がある(p<0.05、及びp<0.001)ことを示す。図中の「†」は、Student t-testを行い、統計学的に有意差がある(p<0.05)ことを示す。
【
図6】ヒト骨髄由来間葉系幹細胞(hBM-MSC)を、4種類の被験液(LR-6.5、W-6.5、LR-7.2、及びW-7.2)中に24時間保存後、細胞凝集塊数(平均値±SD;
図6A)及び細胞生存率(平均値±SD;
図6B)を解析した結果(n=4)を示す図である。図中の「**」及び「***」は、LR-6.5との多重比較検定(Dunnett's test)を行い、それぞれ統計学的に有意差がある(p<0.01、及びp<0.001)ことを示す。図中の「†††」は、LR-6.5とのStudent t-testを行い、統計学的に有意差がある(p<0.0001)ことを示す。図中の「≠≠」及び「≠≠≠」は、LR-7.2とのStudent t-testを行い、それぞれ統計学的に有意差がある(p<0.01、及びp<0.001)ことを示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の血球系細胞保存用液は、「血球系細胞を保存するため」という用途に特定された、トレハロース類を含み、かつ、pHが4.5~7.2の範囲内である液(すなわち、本件血球系細胞保存用液)である。本件血球系細胞保存用液は、トレハロース類含有液(例えば、セルストアS[大塚製薬工場社製]、セルストアW[大塚製薬工場社製])、又は粉体のトレハロース類含有物(例えば、α,α-トレハロース二水和物[富士フイルム和光純薬社製])を添加した液に、必要に応じて、pH調整剤を添加することにより、pHが4.5~7.2となるように調整し、得ることができる。かかるpH調整剤としては、例えば、炭酸水素塩(例えば、炭酸水素アンモニウム、炭酸水素カリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カルシウム等)、水酸化物(例えば、水酸化アンモニウム、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、水酸化カルシウム等)、酢酸塩(例えば、酢酸アンモニウム、酢酸カリウム、酢酸ナトリウム、酢酸カルシウム等)、炭酸塩(例えば、炭酸アンモニウム、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カルシウム等)、リン酸塩(例えば、リン酸水素2ナトリウム、リン酸水素1ナトリウム、リン酸水素2カリウム、リン酸水素1カリウム等)、乳酸塩(例えば、乳酸ナトリウム等)等のアルカリ;クエン酸、コハク酸、酢酸、乳酸、氷酢酸、塩酸、リン酸等の酸;を挙げることができる。
【0013】
本発明の血球系細胞の保存方法は、トレハロース類を含み、かつ、pHが4.5~7.2の範囲内である液(すなわち、本件トレハロース類含有液)中で、血球系細胞を保存する工程(以下、「本件保存工程」ということがある)を含むもの(以下、「本件保存方法」ということがある)である。本件保存方法は、通常、血球系細胞を含む本件トレハロース類含有液を、当該液が液体の状態で存在する温度条件下で保存するものであり、当該液が固体の状態で存在する温度条件下で保存する工程(例えば、凍結保存する工程、凍結乾燥保存する工程等の血球系細胞を休眠状態で保存する工程)を含まない。また、当該液中の血球系細胞の密度は、例えば、103~1010個/mLの範囲内である。
【0014】
本件保存方法としては、本件保存工程の前に、トレハロース類含有液、又は粉体のトレハロース類含有物を添加した液に、血球系細胞を加えるか、或いは、血球系細胞を含む液に、トレハロース類を加えることにより、血球系細胞を含むトレハロース類含有液を調製する工程と、調製した当該液に、必要に応じて、上記pH調整剤を添加することにより、pHが4.5~7.2となるように調整し、血球系細胞を含む本件トレハロース類含有液を得る工程とをさらに含むもの;や、本件保存工程の前に、トレハロース類含有液、又は粉体のトレハロース類含有物を添加した液に、必要に応じて、上記pH調整剤を添加することにより、pHが4.5~7.2となるように調整し、本件トレハロース類含有液を得る工程と、本件トレハロース類含有液に、血球系細胞を加えることにより、血球系細胞を含む本件トレハロース類含有液を調製する工程とをさらに含むもの;であってもよい。
【0015】
本明細書において、「血球系細胞」とは、血液由来の細胞を意味し、血球系細胞には、血液細胞(具体的には、血液細胞造血幹細胞から特定の血液細胞へ分化誘導された細胞)や、造血幹細胞が包含される。ここで造血幹細胞は、骨髄から採取されたものであっても、胚性幹細胞(Embryonic stem cell;ES細胞)、EG細胞(Embryonic germ cell)、誘導多能性幹細胞(Induced pluripotent stem cell;iPS細胞)等の多能性幹細胞から分化誘導することにより得られたものであってもよい。上記血液細胞としては、例えば、赤血球;リンパ球(例えば、CD8+T細胞、CD4+T細胞、アルファ・ベータ[αβ]T細胞、ガンマ・デルタ[γδ]T細胞、細胞傷害性T細胞[cytotoxic T lymphocyte;CTL]、ヘルパーT細胞等のT細胞;ナチュラルキラー(NK)細胞;B細胞);白血球(例えば、マクロファージ、好中球、好酸球);血小板;などを挙げることができ、T細胞を好適に例示することができる。これら細胞は、公知の一般的な方法で単離することができる。例えば、溶血処理した末梢血又は臍帯血試料から、白血球の細胞表面マーカー(CD45);T細胞の細胞表面マーカー(CD3);CD8+T細胞及び細胞傷害性T細胞の細胞表面マーカー(CD8);CD4+T細胞及びヘルパーT細胞の細胞表面マーカー(CD4);又は、γδT細胞の細胞表面マーカー(CD39);に対する抗体を用いた蛍光活性化セルソーター(FACS)や、蛍光物質やビオチン、アビジン等の標識物質で標識した上記細胞表面マーカーに対する抗体と、かかる標識物質に対する抗体とMACSビーズ(磁性ビーズ)とのコンジュゲート抗体とを用いた自動磁気細胞分離装置(autoMACS)により、これら血球系細胞を単離することができる。上記蛍光物質としては、アロフィコシアニン(APC)、フィコエリトリン(PE)、FITC(fluorescein isothiocyanate)、Alexa Fluor 488、Alexa Fluor 647、Alexa Fluor 700、PE-Texas Red、PE-Cy5、PE-Cy7等を挙げることができる。なお、T細胞には、CAR-T細胞等の遺伝子改変したT細胞も含まれる。
【0016】
本明細書において、血球系細胞は、通常哺乳動物由来のものであり、ここで哺乳動物としては、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類、ウサギ等のウサギ目、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等の有蹄目、イヌ、ネコ等のネコ目、ヒト、サル、アカゲザル、カニクイザル、マーモセット、オランウータン、チンパンジーなどの霊長類等を例示することができ、中でも、マウス、ブタ、ヒトを好適に例示することができる。
【0017】
本明細書において、pHが「4.5~7.2」には、例えば、
4.5~7.1;4.5~7.0;4.5~6.9;4.5~6.8;4.5~6.7;4.5~6.6;4.5~6.5;4.5~6.4;4.5~6.3;4.5~6.2;4.5~6.1;4.5~6.0;4.5~5.9;4.5~5.8;4.5~5.7;4.5~5.6;4.5~5.5;4.5~5.4;4.5~5.3;4.5~5.2;4.5~5.1;4.5~5.0;4.5~4.9;4.5~4.8;4.5~4.7;4.6~7.2;4.7~7.2;4.8~7.2;4.9~7.2;5.0~7.2;5.1~7.2;5.2~7.2;5.3~7.2;5.4~7.2;5.5~7.2;5.6~7.2;5.7~7.2;5.8~7.2;5.9~7.2;6.0~7.2;6.1~7.2;6.2~7.2;6.3~7.2;6.4~7.2;6.5~7.2;6.6~7.2;6.7~7.2;6.8~7.2;6.9~7.2;7.0~7.2;4.6~7.1;4.6~7.0;4.6~6.9;4.6~6.8;4.6~6.7;4.6~6.6;4.6~6.5;4.6~6.4;4.6~6.3;4.6~6.2;4.6~6.1;4.6~6.0;4.6~5.9;4.6~5.8;4.6~5.7;4.6~5.6;4.6~5.5;4.6~5.4;4.6~5.3;4.6~5.2;4.6~5.1;4.6~5.0;4.6~4.9;4.6~4.8;4.7~7.1;4.7~7.0;4.7~6.9;4.7~6.8;4.7~6.7;4.7~6.6;4.7~6.5;4.7~6.4;4.7~6.3;4.7~6.2;4.7~6.1;4.7~6.0;4.7~5.9;4.7~5.8;4.7~5.7;4.7~5.6;4.7~5.5;4.7~5.4;4.7~5.3;4.7~5.2;4.7~5.1;4.7~5.0;4.7~4.9;4.8~7.1;4.8~7.0;4.8~6.9;4.8~6.8;4.8~6.7;4.8~6.6;4.8~6.5;4.8~6.4;4.8~6.3;4.8~6.2;4.8~6.1;4.8~6.0;4.8~5.9;4.8~5.8;4.8~5.7;4.8~5.6;4.8~5.5;4.8~5.4;4.8~5.3;4.8~5.2;4.8~5.1;4.8~5.0;4.9~7.1;4.9~7.0;4.9~6.9;4.9~6.8;4.9~6.7;4.9~6.6;4.9~6.5;4.9~6.4;4.9~6.3;4.9~6.2;4.9~6.1;4.9~6.0;4.9~5.9;4.9~5.8;4.9~5.7;4.9~5.6;4.9~5.5;4.9~5.4;4.9~5.3;4.9~5.2;4.9~5.1;5.0~7.1;5.0~7.0;5.0~6.9;5.0~6.8;5.0~6.7;5.0~6.6;5.0~6.5;5.0~6.4;5.0~6.3;5.0~6.2;5.0~6.1;5.0~6.0;5.0~5.9;5.0~5.8;5.0~5.7;5.0~5.6;5.0~5.5;5.0~5.4;5.0~5.3;5.0~5.2;5.1~7.1;5.1~7.0;5.1~6.9;5.1~6.8;5.1~6.7;5.1~6.6;5.1~6.5;5.1~6.4;5.1~6.3;5.1~6.2;5.1~6.1;5.1~6.0;5.1~5.9;5.1~5.8;5.1~5.7;5.1~5.6;5.1~5.5;5.1~5.4;5.1~5.3;5.2~7.1;5.2~7.0;5.2~6.9;5.2~6.8;5.2~6.7;5.2~6.6;5.2~6.5;5.2~6.4;5.2~6.3;5.2~6.2;5.2~6.1;5.2~6.0;5.2~5.9;5.2~5.8;5.2~5.7;5.2~5.6;5.2~5.5;5.2~5.4;5.3~7.1;5.3~7.0;5.3~6.9;5.3~6.8;5.3~6.7;5.3~6.6;5.3~6.5;5.3~6.4;5.3~6.3;5.3~6.2;5.3~6.1;5.3~6.0;5.3~5.9;5.3~5.8;5.3~5.7;5.3~5.6;5.3~5.5;5.4~7.1;5.4~7.0;5.4~6.9;5.4~6.8;5.4~6.7;5.4~6.6;5.4~6.5;5.4~6.4;5.4~6.3;5.4~6.2;5.4~6.1;5.4~6.0;5.4~5.9;5.4~5.8;5.4~5.7;5.4~5.6;5.5~7.1;5.5~7.0;5.5~6.9;5.5~6.8;5.5~6.7;5.5~6.6;5.5~6.5;5.5~6.4;5.5~6.3;5.5~6.2;5.5~6.1;5.5~6.0;5.5~5.9;5.5~5.8;5.5~5.7;5.6~7.1;5.6~7.0;5.6~6.9;5.6~6.8;5.6~6.7;5.6~6.6;5.6~6.5;5.6~6.4;5.6~6.3;5.6~6.2;5.6~6.1;5.6~6.0;5.6~5.9;5.6~5.8;5.7~7.1;5.7~7.0;5.7~6.9;5.7~6.8;5.7~6.7;5.7~6.6;5.7~6.5;5.7~6.4;5.7~6.3;5.7~6.2;5.7~6.1;5.7~6.0;5.7~5.9;5.8~7.1;5.8~7.0;5.8~6.9;5.8~6.8;5.8~6.7;5.8~6.6;5.8~6.5;5.8~6.4;5.8~6.3;5.8~6.2;5.8~6.1;5.8~6.0;5.9~7.1;5.9~7.0;5.9~6.9;5.9~6.8;5.9~6.7;5.9~6.6;5.9~6.5;5.9~6.4;5.9~6.3;5.9~6.2;5.9~6.1;6.0~7.1;6.0~7.0;6.0~6.9;6.0~6.8;6.0~6.7;6.0~6.6;6.0~6.5;6.0~6.4;6.0~6.3;6.0~6.2;6.1~7.1;6.1~7.0;6.1~6.9;6.1~6.8;6.1~6.7;6.1~6.6;6.1~6.5;6.1~6.4;6.1~6.3;6.2~7.1;6.2~7.0;6.2~6.9;6.2~6.8;6.2~6.7;6.2~6.6;6.2~6.5;6.2~6.4;6.3~7.1;6.3~7.0;6.3~6.9;6.3~6.8;6.3~6.7;6.3~6.6;6.3~6.5;6.4~7.1;6.4~7.0;6.4~6.9;6.4~6.8;6.4~6.7;6.4~6.6;6.5~7.1;6.5~7.0;6.5~6.9;6.5~6.8;6.5~6.7;6.6~7.1;6.6~7.0;6.6~6.9;6.6~6.8;6.7~7.1;6.7~7.0;6.7~6.9;6.8~7.1;6.8~7.0;6.9~7.1;等が含まれる。
【0018】
本明細書において、「4.5~7.2のpH」は、通常、室温(具体的には、20~28℃の範囲内、好ましくは24~26℃、より好ましくは25℃)条件下で測定した値である。したがって、室温以外の温度(例えば、冷温[0~10℃等])条件下で、pHが4.5~7.2の範囲外のトレハロース類含有液であっても、室温条件下にしたときにpHが4.5~7.2となるトレハロース類含有液であって、「血球系細胞を保存するため」に用いるものは、本件血球系細胞保存用液に包含される。また、本明細書において、「4.5~7.2のpH」には、室温条件下で測定したpHの値を、小数点以下第2位で四捨五入した場合に、4.5~7.2となるpH、具体的には、4.45以上でかつ、7.25未満のpHも含まれる。
【0019】
本件血球系細胞保存用液や本件トレハロース類含有液は、血球系細胞の保存が可能な液(例えば、等張液、低張液、高張液)であり、等張液が好ましい。本明細書において「等張液」とは、体液や細胞液の浸透圧とほぼ同じ浸透圧を有する液を意味し、具体的には、250~380mOsm/Lの範囲内の浸透圧を有する液を意味する。また、本明細書において「低張液」とは、体液や細胞液の浸透圧よりも低い浸透圧を有する液を意味し、具体的には、250mOsm/L未満の浸透圧を有する液を意味する。かかる低張液としては、細胞が破裂しない程度の低張液(具体的には、100~250mOsm/L未満の範囲内の浸透圧を有する液)が好ましい。また、本明細書において「高張液」とは、体液や細胞液の浸透圧よりも高い浸透圧を有する液を意味し、具体的には、浸透圧が380mOsm/L超(好ましくは380mOsm/L超~1000mOsm/Lの範囲内)を意味する。
【0020】
上記等張液としては、体液や細胞液の浸透圧とほぼ同じになるようにナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン等によって塩濃度や糖濃度等を調整した等張液であれば特に制限されず、具体的には生理食塩水や、緩衝効果のある生理食塩水(例えば、PBS、トリス緩衝生理食塩水[Tris Buffered Saline;TBS]、HEPES緩衝生理食塩水)、リンゲル液、乳酸リンゲル液、酢酸リンゲル液、重炭酸リンゲル液、5%グルコース水溶液、動物細胞培養用基礎培地(例えば、DMEM、EMEM、RPMI-1640、α-MEM、F-12、F-10、M-199)、等張剤(例えば、ブドウ糖、D-ソルビトール、D-マンニトール、ラクトース、塩化ナトリウム)等を挙げることができ、これらの中でも乳酸リンゲル液が好ましい。等張液は、市販のものであっても、自ら調製したものであってもよい。市販のものとしては、大塚生食注(大塚製薬工場社製)(生理食塩液)、リンゲル液「オーツカ」(大塚製薬工場社製)(リンゲル液)、ラクテック(登録商標)注(大塚製薬工場社製)(乳酸リンゲル液)、ヴィーン(登録商標)F輸液(扶桑薬品工業社製)(酢酸リンゲル液)、大塚糖液5%(大塚製薬工場社製)(5%グルコース水溶液)、ビカネイト(登録商標)輸液(大塚製薬工場社製)(重炭酸リンゲル液)を挙げることができる。
【0021】
上記トレハロース類におけるトレハロースとしては、2つのα-グルコースが1,1-グリコシド結合した二糖類であるα,α-トレハロースの他に、α-グルコースとβ-グルコースとが1,1-グリコシド結合した二糖類であるα,β-トレハロースや、2つのβ-グルコースが1,1-グリコシド結合した二糖類であるβ,β-トレハロースを挙げることができるが、これらの中でもα,α-トレハロースが好ましい。これらトレハロースは、化学合成、微生物による生産、酵素による生産等のいずれの公知の方法によっても製造することができるが、市販品を用いることもできる。例えば、α,α-トレハロース二水和物(富士フイルム和光純薬社製)、α,α-トレハロース二水和物(和光純薬社製)、α,α-トレハロース二水和物(林原社製)などの市販品を挙げることができる。
【0022】
上記トレハロース類におけるトレハロース誘導体としては、二糖類のトレハロースに1又は複数の糖単位が結合したグリコシルトレハロース類であれば特に制限されず、グリコシルトレハロース類には、グルコシルトレハロース、マルトシルトレハロース、マルトトリオシルトレハロースなどが含まれる。
【0023】
上記トレハロース類におけるトレハロースやその誘導体の塩としては、例えば塩酸塩、臭化水素酸塩、ヨウ化水素酸塩、リン酸塩、硝酸塩、硫酸塩、酢酸塩、プロピオン酸塩、トルエンスルホン酸塩、コハク酸塩、シュウ酸塩、乳酸塩、酒石酸塩、グリコール酸塩、メタンスルホン酸塩、酪酸塩、吉草酸塩、クエン酸塩、フマル酸塩、マレイン酸塩、リンゴ酸塩等の酸付加塩や、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩等の金属塩や、アンモニウム塩、アルキルアンモニウム塩などを挙げることができる。なお、これらの塩は使用時において溶液として用いられ、その作用は、トレハロースの場合と同効なものが好ましい。これらの塩類は、水和物又は溶媒和物を形成していてもよく、またいずれかを単独で又は2種以上を適宜組み合わせて用いることができる。
【0024】
本件血球系細胞保存用液や本件トレハロース類含有液中のトレハロース類の濃度としては、トレハロース類による細胞生存率低下の抑制効果、細胞凝集の抑制効果、及び/又は、保存容器への細胞接着の抑制効果が発揮される濃度であればよく、例えば、トレハロース換算で0.1(w/v)%以上、好ましくは0.3(w/v)%以上、より好ましくは0.6(w/v)%以上、さらに好ましくは1.0(w/v)%以上、最も好ましくは2.0(w/v)%以上である。また、細胞への悪影響を回避する観点から、例えば、トレハロース換算で40(w/v)%以下、好ましくは20(w/v)%以下、より好ましくは15(w/v)%以下、さらに好ましくは10(w/v)%以下、最も好ましくは6.0(w/v)%以下である。したがって、本件血球系細胞保存用液や本件トレハロース類含有液中のトレハロース類の濃度としては、例えば、トレハロース換算で0.1~40(w/v)%の範囲内、好ましくは0.3~20(w/v)%、より好ましくは0.6~15(w/v)%、さらに好ましくは1.0~10(w/v)%、最も好ましくは2.0~6.0(w/v)%である。
【0025】
本件血球系細胞保存用液は、血球系細胞を含む本件トレハロース類含有液が液体の状態で存在する温度条件下で、血球系細胞を任意の期間保存するために用いるものである。本件血球系細胞保存用液は、血球系細胞を液体中で保存したときに生じる細胞生存率低下、細胞凝集、及び/又は、保存容器への細胞接着を効果的に抑制する作用を有し、かつ、当該液を哺乳動物に投与したときに、哺乳動物の生態に悪影響を及ぼす可能性の低い液である。このため、本件血球系細胞保存用液は、さらに、「血球系細胞の生存率低下を抑制するため」という用途;「血球系細胞の細胞凝集を抑制するため」という用途;「血球系細胞の保存溶液への接着を抑制するための」という用途;及び/又は「血球系細胞を移植するため」という用途;に特定されたものが好ましい。
【0026】
本件血球系細胞保存用液や本件トレハロース類含有液は、トレハロース類を、単独で含む液であってもよいし、トレハロース類から選択される2種類以上を含む液や、トレハロース類以外に、さらに任意成分を含む液であってもよい。
【0027】
本明細書において「任意成分」としては、例えば、等張剤(例えば、グルコース、ソルビトール、マンニトール、ラクトース、塩化ナトリウム)、キレート剤(例えば、EDTA、EGTA、クエン酸、サリチレート)、溶解補助剤、保存剤、酸化防止剤、アミノ酸(例えば、プロリン、グルタミン)、ポリマー(例えば、ポリエーテル)、リン脂質(例えば、リゾホスファチジン酸[LPA;Lysophosphatidic acid])、上述のpH調整剤を挙げることができる。本明細書において「任意成分」とは、含んでもよいし含まなくてもよい成分のことを意味する。
また、本発明には、トレハロース類を含む、本件血球系細胞保存用液を調製するための粉末製剤が含まれる。当該粉末製剤には上記の任意成分を含んでいてもよい。
【0028】
本件血球系細胞保存用液や本件トレハロース類含有液としては、トレハロース類以外に、血球系細胞の生存率低下や凝集の抑制作用を有する成分(例えば、アカルボース、スタキオース、デキストラン、ヒドロキシエチルスターチ[Hydroxyethyl starch;HES]等の多糖類若しくはその誘導体又はこれらの塩;グルコース等の単糖類若しくはその誘導体又はこれらの塩)を含まないものであってもよい。
【0029】
本件血球系細胞保存用液としては、血球系細胞を含む本件血球系細胞保存用液をそのまま移植に用いる場合、血球系細胞移植に適した液が好ましく、かかる血球系細胞移植に適した液は、血球系細胞移植に適さない物質、例えば、生体由来の成分(例えば、血清又は血清由来成分[例えば、アルブミン]);や、血球系細胞を凍結保存又は凍結乾燥保存したときの血球系細胞の生存率低下を抑制する作用を有する成分、例えば、ジメチルスルホキシド[Dimethyl sulfoxide;DMSO]、グリセリン、エチレングリコール、トリメチレングリコール、ジメチルアセトアミド、ポリエチレングリコール[PEG]、ポリビニルピロリドン、血清又は血清由来成分(例えば、アルブミン)等の凍結保護剤又は凍結乾燥保護剤;を含まないことが好ましい。
【0030】
本発明において、血球系細胞を保存する期間としては、血球系細胞を含む本件トレハロース類含有液を液体の状態で保存したときに、当該液中の血球系細胞の細胞生存率低下、細胞凝集、及び/又は、保存容器への細胞接着を抑制し、生細胞の割合を高める、細胞凝集塊数を減少できる、及び/又は、保存容器からの細胞の回収率を高める期間が好ましく、例えば、6時間以上、12時間以上、1日(24時間)以上、1.5日(36時間)以上、2日(48時間)以上、3日(72時間)以上、4日(96時間)以上、7日(168時間)以上であり、また、血球系細胞の保存期間が長すぎると細胞の生存に悪影響を及ぼす可能性があるため、細胞の生存率への悪影響を回避する観点から、例えば、21日以下、16日以下、14日以下、10日以下、7日以下、4日以下である。したがって、上記保存期間としては、例えば、6時間~21日;12時間~21日;1~21日;1.5~21日;2~21日;3~21日;4~21日;7~21日;6時間~16日;6時間~14日;6時間~10日;6時間~7日;6時間~4日;12時間~16日;12時間~14日;12時間~10日;12時間~7日;12時間~4日;1~16日;1~14日;1~10日;1~7日;1~4日;1.5~16日;1.5~14日;1.5~10日;1.5~7日;1.5~4日;2~16日;2~14日;2~10日;2~7日;2~4日;3~16日;3~14日;3~10日;3~7日;3~4日;4~16日;4~14日;4~10日;4~7日;7~16日;7~14日;7~10日;等を挙げることができる。本件トレハロース類含有液中に保存した血球系細胞について、細胞死が抑制されたことは、トリパンブルー(Trypan Blue)染色法、TUNEL法、Nexin法、FLICA法などの細胞死を検出できる公知の方法を用いて確認することができる。また、本件トレハロース類含有液中に保存した血球系細胞について、細胞凝集が抑制されたことは、位相差顕微鏡による細胞観察により確認することができる。
【0031】
本発明において、「血球系細胞を含む本件トレハロース類含有液が液体の状態で存在する温度」としては、血球系細胞を含む本件トレハロース類含有液が、凍結せずに液体の状態で存在し、かつ当該液中の血球系細胞が生育可能な温度であればよく、通常0~40℃の範囲内、好ましくは0~30℃(室温)の範囲内である。さらに、本発明において、血球系細胞を保存するために好適な温度は、8~40℃、好ましくは10~40℃、より好ましくは12~38℃、最も好ましくは15~37℃である。
【0032】
本発明において、血球系細胞の保存容器としては、ガラス製の容器、プラスチック製の容器等が挙げられるが、細胞投与用のバッグとして用いられる、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、架橋エチレン・酢酸ビニル共重合体、エチレン・α―オレフィン共重合体、及びこれら樹脂のブレンド樹脂からなる群より選ばれる樹脂製の容器が好ましい。また、保存容器にはカニューレ等の細胞投与用バッグに付随するデバイスも含まれる。
【0033】
本発明において、血球系細胞(集団)は、生体内から分離されたものであっても、インビトロで継代培養されたものであってもよいが、単離又は精製されていることが好ましい。本明細書中、「単離又は精製」とは、目的とする成分以外の成分を除去する操作が施されていることを意味する。単離又は精製された血球系細胞の純度(全細胞数に対する血球系細胞細胞の割合)は、通常30%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは70%以上、さらに好ましくは90%以上(例えば100%)である。
【0034】
本件血球系細胞保存用液や本件トレハロース類含有液中に保存する血球系細胞(集団)は、単一細胞(シングルセル)の状態であってもよい。本明細書において、「単一細胞の状態」とは、他の細胞と寄り集まって塊を形成していないこと(即ち、凝集していない状態)を意味する。単一細胞の状態の血球系細胞は、インビトロで培養した血球系細胞をトリプシン/EDTA等で酵素処理することにより調製することができる。血球系細胞中に含まれる単一細胞の状態の血球系細胞の割合は、例えば70%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは99%以上(例えば100%)である。単一細胞の状態の細胞の割合は、血球系細胞をPBS中に分散させ、これを顕微鏡下で観察し、無作為に選択された複数個(例えば、1000個)の細胞について凝集の有無を調べることにより決定することができる。
【0035】
本件血球系細胞保存用液や本件トレハロース類含有液中に保存する血球系細胞(集団)は、浮遊していてもよい。本明細書において、「浮遊」とは、血球系細胞が、保存用液を収容した容器の内壁に接触することなく、液中に保持されていることをいう。
【0036】
本件血球系細胞保存用液や本件トレハロース類含有液中に保存した血球系細胞が、凝集又は沈殿している場合、移植前にピペッティングやタッピング等の当該技術分野における周知の方法により血球系細胞を懸濁することが好ましい。
【0037】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例】
【0038】
(1)本発明の血球系細胞保存液の調製及び評価
1-1.材料及び方法
[血球系細胞]
血球系細胞として、以下の表1に記載のヒト末梢血由来CD8+T細胞(以下、単に「T細胞」という)を用いた。
【0039】
【0040】
[被験液の調製]
pHが6.574の乳酸リンゲル液であるラクテック注(大塚製薬工場社製、表2参照)(以下、「LR」ともいう)に、α,α-トレハロース二水和物(富士フイルム和光純薬社製)を、トレハロースの終濃度が3(w/v)%となるように添加し、LRT-5(表3参照)を得た。LRT-5に、0.1mol/Lの塩酸を、pHがそれぞれ4.468、5.021、5.997、及び6.482となるように添加し、LRT-1~4(表3参照)を得た。また、LRT-5に、0.5mol/Lの水酸化ナトリウム溶液を、pHがそれぞれ7.207、7.515、及び8.033となるように添加し、LRT-6~8(表3参照)を得た。なお、各被験液におけるpHは、室温(20.6~25.8℃)で測定した際の値である。
【0041】
【0042】
【0043】
[血球系細胞の培養]
1×106個のT細胞を、TLY CULTURE(登録商標)キット25(GCリンフォテック社製)、すなわち、インターロイキン(IL)-2、固相化抗ヒトCD3抗体、及び10%FCSを含むRPMI-1640培養液の存在下の培養用フラスコに添加し、当該製品の添付文書に記載の方法に従い、37℃、5%CO2インキュベーター内で7日間培養した。
【0044】
[被験液の評価]
血球系細胞の被験液中での保存と、その後の細胞生存率及び細胞凝集塊数の測定については、以下の〔1〕~〔7〕の手順に従って行った。
〔1〕上記[血球系細胞の培養]の項目に記載の方法に従って培養したT細胞を含む培養用フラスコに、培養液と等量のLRを加え、50mLのコニカルチューブに移した後、細胞塊を懸濁した。
〔2〕細胞懸濁液の一部(20μL)を、予めトリパンブルー染色液(Gibco社製)20μLを添加した1.5mLマイクロチューブに分取した。トリパンブルー染色液と混和した細胞懸濁液を、ワンセルカウンターに分取し、光学顕微鏡(ECLIPSE TS100、ニコン社製)を用いて全細胞数及びトリパンブルー陽性細胞(死細胞)数を計測することにより、保存前の細胞生存率を算出した。
〔3〕残りの細胞懸濁液は、T細胞が5×105個となるように、低接着性のコニカルチューブであるステムフル(住友ベークライト社製)に移し、遠心処理(300×g、10分間、室温)後、上清を除去し、表3に示す9種類の被験液(実施例1~6及び比較例1~3)1mLを加え、細胞ペレットを懸濁し、25℃にて24時間保存した。
〔4〕保存後、チップの先を、細胞を含む液が入ったチューブの底から目視で5mm程度の位置まで挿入し、緩やかに攪拌(1mLのピペットを用いて、500μLの液量でのピペッティングを5回)した。
〔5〕撹拌直後の10μLの液を、ワンセルカウンターに分取し、ワンセルカウンターの細胞計数部の9カ所のエリアの細胞凝集塊の数を計測した。なお、3つ以上の細胞が接着した状態のものを細胞凝集塊として判断した。
〔6〕再度、チップの先を、細胞を含む液が入ったチューブの底から目視で5mm程度の位置まで挿入し、緩やかに攪拌(1mLのピペットを用いて、250μLの液量でのピペッティングを2回)した。
〔7〕撹拌直後の20μLの液を、1.5mLマイクロチューブに採取し、トリパンブルー染色液(Gibco社製)20μLと混和後、ワンセルカウンターに分取し、光学顕微鏡(ECLIPSE TS100、ニコン社製)を用いて全細胞数及びトリパンブルー陽性細胞(死細胞)数を計測することにより、各保存期間における細胞生存率を算出した。なお、細胞生存率は、式「(全生細胞数/全細胞数)×100=([全細胞数-死細胞数]/全細胞数)×100=細胞生存率(%)」を用いて算出した。
【0045】
1-2.結果
細胞保存後の生じる細胞凝集塊を測定したところ、T細胞を、LRT-7(比較例2)やLRT-8(比較例3)中に保存すると、細胞凝集塊が認められたのに対して、T細胞を、LRT-1~6(実施例1~6)中に保存した場合や、LR中に保存した場合は、細胞凝集塊はほとんど又は全く認められなかった(
図1A及び表4参照)。
この結果は、血球系細胞(特にT細胞)を、トレハロースを含み、かつ、pHが約4.5~約7.2の範囲の液中に保存すると、トレハロースを含むが、pHが上記範囲外の液中に保存した場合と比べ、保存したときに生じる細胞凝集塊を効果的に抑制できることを示している。
【0046】
また、T細胞を、LRT-1~6(実施例1~6)中に保存すると、LR(比較例1)中に保存した場合と比べ、いずれの液についても細胞生存率が上昇した。特に、T細胞をLRT-3~5(実施例3~5)中に保存した場合にその効果が高かった(
図1B及び表5参照)。
この結果は、血球系細胞(特にT細胞)を、トレハロースを含み、かつ、pHが約4.5~約7.2の範囲の液中に保存すると、pHが上記範囲内であるが、トレハロース不含の液中に保存した場合と比べ、保存したときに生じる細胞死を効果的に抑制できることを示している。
【0047】
【0048】
【0049】
(2)トレハロース含有細胞保存液で血球系細胞を保存したときの温度と細胞凝集の関係2-1.材料及び方法
[血球系細胞]
上記(1)で使用したT細胞を用いた。
【0050】
[被験液の調製]
3(w/v)%のトレハロースを含む細胞洗浄保存液であるセルストアW(大塚製薬工場社製、表6参照)(以下、「W」ともいう)を室温(25℃)又は冷蔵(5℃)でインキュベートし、W(25℃)(以下「比較例4」ともいう。)及びW(5℃)(以下「比較例5」ともいう。)(表7参照)を得た。なお、被験液におけるpHは、室温(23.5℃)で測定時が7.331、氷冷(4.3℃)で測定時が7.231である。
【0051】
【0052】
【0053】
[血球系細胞の培養]
上記(1)に記載の方法に従ってT細胞を培養した。
【0054】
[被験液の評価]
上記(1)に記載の方法に従い、比較例4及び5の被験液に細胞ペレットを懸濁し、24時間25℃又は5℃で保存し、細胞凝集塊形成を評価した。
【0055】
2-2.結果
細胞保存後の生じる細胞凝集塊を測定したところ、T細胞を、25℃で保存すると、細胞凝集塊が認められたのに対して(比較例4)、T細胞を、5℃で保存した場合は(比較例5)、細胞凝集塊は全く認められなかった(
図2及び表8参照)。
この結果は、血球系細胞(特にT細胞)を冷蔵(10℃前後)よりも高い温度で保存すると、細胞凝集塊が形成される傾向にあることを示している。
【0056】
【0057】
(3)本発明の血球系細胞保存液の評価
3-1.材料及び方法
[血球系細胞]
上記(1)で使用したT細胞を用いた。
【0058】
[被験液の調製]
生理食塩液である大塚生食注(大塚製薬工場社製)に、アルブミナー(登録商標)25%静注12.5g/50mL(CSLベーリング社製)を、アルブミンの終濃度が2.5(w/v)%となるように添加し、2.5%アルブミン含有生理食塩液(2.5%ALBS)(表9参照)を調製した。LRT-3とLRT-7(表9参照)は、上記(1)で調製した被験液を用いた。
【0059】
【0060】
[血球系細胞の培養]
上記(1)に記載の方法に従ってT細胞を培養した。
【0061】
[被験液の評価]
血球系細胞の被験液中での保存と、その後の細胞回収率及び細胞生存率の測定については、以下の〔1〕~〔7〕の手順に従って行った。
〔1〕上記[血球系細胞の培養]の項目に記載の方法に従って培養したT細胞を含む培養用フラスコに、培養液と等量のLRを加え、50mLのコニカルチューブに移した後、細胞塊を懸濁した。
〔2〕細胞懸濁液の一部(20μL)を、予めトリパンブルー染色液(Gibco社製)20μLを添加した1.5mLマイクロチューブに分取した。トリパンブルー染色液と混和した細胞懸濁液を、ワンセルカウンターに分取し、光学顕微鏡(ECLIPSE TS100、ニコン社製)を用いて全細胞数及びトリパンブルー陽性細胞(死細胞)数を計測することにより、保存前の細胞生存率を算出した。
〔3〕残りの細胞懸濁液は、T細胞が4.5×105個となるように、Falcon(登録商標)15mL高透明度ポリプロピレンコニカルチューブ(コーニング社製)に移し、遠心処理(300×g、10分間、室温)後、上清を除去し、表9に示す3種類の被験液(実施例3並びに比較例6及び比較例2)0.9mLを加え、細胞ペレットを懸濁し、25℃にて保存した。
〔4〕保存6時間後及び24時間後に、チップの先を、細胞を含む液が入ったチューブの底から目視で5mm程度の位置まで挿入し、緩やかに攪拌(1mLのピペットを用いて、450μLの液量でのピペッティングを5回)して、手順〔5〕の細胞回収率及び細胞生存率の測定に供した。
〔5〕撹拌直後の20μLの液を、1.5mLマイクロチューブに採取し、トリパンブルー染色液(Gibco社製)20μLと混和後、ワンセルカウンターに分取し、光学顕微鏡(ECLIPSE TS100、ニコン社製)を用いて全細胞数及びトリパンブルー陽性細胞(死細胞)数を計測することにより、各保存期間における細胞回収率及び細胞生存率を算出した。なお、細胞回収率は、式「(全細胞数/保存前の全細胞数)×100=細胞回収率(%)」を用いて算出した。細胞生存率は、式「(全生細胞数/全細胞数)×100=([全細胞数-死細胞数]/全細胞数)×100=細胞生存率(%)」を用いて算出した。
【0062】
3-2.結果
細胞保存後の細胞回収率を算出した結果、2.5%ALBS(比較例6)やLRT-3(実施例3)中にT細胞を保存すると、いずれの保存時間においてもほぼ全ての細胞が回収できているのに対して、LRT-7(比較例2)中に保存した場合には、いずれの保存時間においても10%程度の細胞が回収されていないことが示された(表10、
図3A及び
図4A参照)。
この結果は、血球系細胞(特にT細胞)を、トレハロースを含み、かつ、pHが約4.5~約7.2の範囲の液中に保存すると、トレハロースを含むが、pHが上記範囲外の液中に保存した場合と比べ、保存したときに生じる保存容器への接着を効果的に抑制できることを示している。
【0063】
また、細胞保存後の細胞生存率を算出した結果、トレハロースを含む液であるLRT-3及びLRT-7に保存すると(実施例3及び比較例2)、トレハロースを含まない液である2.5%ALBS中に保存した場合(比較例6)と比べ、いずれの保存時間においても細胞生存率が上昇し、特に、T細胞をLRT-3(実施例3)中に保存した場合にその効果が高いことが示された(表11、
図3B及び
図4B参照)。
この結果は、血球系細胞(特にT細胞)を、トレハロースを含み、かつ、pHが約4.5~約7.2の範囲の液中に保存すると、pHが上記範囲内であるが、トレハロース不含の液中に保存した場合や、トレハロースを含むが、pHが上記範囲外の液中に保存した場合と比べ、保存したときに生じる細胞死を効果的に抑制できることを示している。
【0064】
【0065】
【0066】
(4)本発明の血球系細胞保存液の評価
4-1.材料及び方法
[血球系細胞]
上記(1)で使用したT細胞を用いた。
【0067】
[被験液の調製]
2.5%ALBS(表12参照)は、上記(3)のとおり調製した。LRに、α,α-トレハロース二水和物(富士フイルム和光純薬社製)を、トレハロースの終濃度が3(w/v)%となるように添加し、pHが6.538のLRT-9を得た(表12参照)。LRT-9に、0.5mol/Lの水酸化ナトリウム溶液を、pHが7.968となるように添加し、LRT-10を得た(表12参照)。
【0068】
【0069】
[血球系細胞の培養]
上記(1)に記載の方法に従ってT細胞を培養した。
【0070】
[被験液の評価]
血球系細胞の被験液中での保存と、その後の生細胞回収率及び細胞回収率の測定については、以下の〔1〕~〔6〕の手順に従って行った。
〔1〕上記[血球系細胞の培養]の項目に記載の方法に従って培養したT細胞を含む培養用フラスコに、培養液と等量のLRを加え、50mLのコニカルチューブに移した後、細胞塊を懸濁した。
〔2〕細胞懸濁液の一部(20μL)を、予めトリパンブルー染色液(Gibco社製)20μLを添加した1.5mLマイクロチューブに分取した。トリパンブルー染色液と混和した細胞懸濁液を、ワンセルカウンターに分取し、光学顕微鏡(ECLIPSE TS100、ニコン社 製)を用いて全細胞数及びトリパンブルー陽性細胞(死細胞)数を計測することにより、保存前の細胞生存率を算出した。細胞生存率は、式「(全生細胞数/全細胞数)×100=([全細胞数-死細胞数]/全細胞数)×100=細胞生存率(%)」を用いて算出した。
〔3〕残りの細胞懸濁液は、T細胞が5×105個となるように、Falcon(登録商標)15mL高透明度ポリプロピレンコニカルチューブ(コーニング社製)に移し、遠心処理(300×g、10分間、室温)後、上清を除去し、表12に示す3種類の被験液(実施例7並びに比較例7及び比較例8)1mLを加え、細胞ペレットを懸濁し、5℃にて保存した。
〔4〕保存24時間後に、チップの先を、細胞を含む液が入ったチューブの底から目視で5mm程度の位置まで挿入し、緩やかに攪拌(1mLのピペットを用いて、500μLの液量でのピペッティングを5回)して、手順〔5〕の細胞回収率及び手順〔6〕の生細胞回収率の測定に供した。
〔5〕撹拌直後の10μLの液を、ワンセルカウンターに分取し、光学顕微鏡(ECLIPSE TS100、ニコン社製)を用いて全細胞数を計測することにより、各保存期間における細胞回収率を算出した。なお、細胞回収率は、式「(全細胞数/保存前の全細胞数)×100=細胞回収率(%)」を用いて算出した。
〔6〕再度、緩やかに攪拌(1mLのピペットを用いて、250μLの液量でのピペッティングを2回)し、撹拌直後の20μLの液を、1.5mLマイクロチューブに採取し、トリパンブルー染色液(Gibco社製)20μLと混和後、ワンセルカウンターに分取し、光学顕微鏡(ECLIPSE TS100、ニコン社製)を用いて全細胞数及びトリパンブルー陽性細胞(死細胞)数を計測することにより、各保存期間における生細胞回収率を算出した。なお、生細胞回収率は、式「([全細胞数-死細胞数]/保存前の生細胞数)×100=生細胞回収率(%)」を用いて算出した。
【0071】
4-2.結果
細胞保存後の細胞回収率を算出した結果、2.5%ALBS(比較例7)やLRT-9(実施例7)中にT細胞を保存すると、いずれの保存時間においてもほぼ全ての細胞が回収できているのに対して、LRT-10(比較例8)中に保存した場合には、10%程度の細胞が回収されていないことが示された(表13、
図5A参照)。
この結果は、血球系細胞(特にT細胞)を、トレハロースを含み、かつ、pHが約4.5~約7.2の範囲の液中に保存すると、トレハロースを含むが、pHが上記範囲外の液中に保存した場合と比べ、保存したときに生じる保存容器への接着を効果的に抑制できることを示している。
【0072】
また、細胞保存後の生細胞回収率を算出した結果、トレハロースを含む液であるLRT-9(実施例7)及びLRT-10(比較例8)に保存すると、トレハロースを含まない液である2.5%ALBS(比較例7)中に保存した場合と比べ、細胞生存率が上昇し、特に、T細胞をLRT-9(実施例7)中に保存した場合にその効果が高いことが示された(表13、
図5B参照)。
この結果は、血球系細胞(特にT細胞)を、トレハロースを含み、かつ、pHが約4.5~約7.2の範囲の液中に保存すると、トレハロース不含の液中に保存した場合や、トレハロースを含むが、pHが上記範囲外の液中に保存した場合と比べ、保存したときに生じる細胞死を効果的に抑制できることを示している。
【0073】
【0074】
(5)非血球系細胞をトレハロース含有細胞保存液中で保存したときの細胞凝集レベル及び細胞生存率の評価
5-1.材料及び方法
[非血球系細胞]
非血球系細胞として、以下の表14に記載のヒト骨髄由来間葉系幹細胞(hBM-MSC)を用いた。
【0075】
【0076】
[被験液の調製]
表2のLR(以下、便宜上「LR-6.5」という)(表15参照)に、0.5mol/Lの水酸化ナトリウム溶液を、pHが7.164となるように添加し、LR-7.2を得た(表15参照)。表6のW(以下、便宜上「W-7.2」という)(表15参照)に、0.1mol/Lの塩酸を、pHが、6.526となるように添加し、W-6.5を得た(表15参照)。なお、各被験液におけるpHは、室温(21.6~21.7℃)で測定した際の値である。
【0077】
【0078】
[hBM-MSCを含む乳酸リンゲル液の調製]
hBM-MSCを含む乳酸リンゲル液は、以下の手順〔1〕~〔8〕に従って調製した。
〔1〕4×105個のhBM-MSCを、75cm2フラスコに加え、ヒト間葉系幹細胞専用培地キット(Lonza社製)(以下、「MSC培地」という)存在下で37℃、5%CO2インキュベーターにて培養を行った。顕微鏡下で細胞の状態を観察し、約80%程度コンフルエントになるまで培養した。
〔2〕MSC培地を除き、10mLのPBS(-)でhBM-MSCをリンスした。
〔3〕PBS(-)を除き、4mLのトリプシン-EDTA(CC-3232、Lonza社製)を加え、室温で約4分間静置した。
〔4〕hBMーMSCが90%程度剥離するまで顕微鏡下で観察しながら、ゆっくりと揺らした。
〔5〕5mLのMSC培地を加え、トリプシン反応を停止させ、ピペッティングによりhBMーMSCを回収し、50mL遠心チューブに移した。
〔6〕600×g、5分間、室温で遠心分離を行った。
〔7〕上清(MSC培地)を除き、12mLの乳酸リンゲル液を加え、沈殿(hBM-MSC)を懸濁した。
〔8〕細胞数を計測し、5×105cells/mLとなるように乳酸リンゲル液で調整し、hBM-MSCを含む乳酸リンゲル液を調製した。
【0079】
[被験液の評価]
hBM-MSCの被験液中での保存と、その後の細胞生存率及び細胞凝集塊数の測定については、以下の〔1〕~〔6〕の手順に従って行った。
〔1〕上記[hBM-MSCを含む乳酸リンゲル液の調製]の項目に記載の方法に従って培養し、調製したhBMーMSCを含む乳酸リンゲル液の一部(20μL)を、予めトリパンブルー染色液(Gibco社製)20μLを添加した1.5mLマイクロチューブに分取した。トリパンブルー染色液と混和した細胞懸濁液を、ワンセルカウンターに分取し、光学顕微鏡(ECLIPSE TS100、ニコン社製)を用いて全細胞数及びトリパンブルー陽性細胞(死細胞)数を計測することにより、保存前の細胞生存率を算出した。
〔2〕残りの細胞懸濁液は、hBM-MSCが2.5×105個となるように、低接着性のコニカルチューブであるステムフル(住友ベークライト社製)に0.5mLずつ分注し、遠心処理(600×g、5分間、室温)後、上清を除去し、表15に示す4種類の被験液(LR-6.5、W-6.5、LR-7.2、及びW-7.2)を0.5mL加え、細胞ペレットを懸濁し、25℃にて24時間保存した。
〔3〕24時間保存後、チップの先を、細胞を含む液が入ったチューブの底から目視で5mm程度の位置まで挿入し、緩やかに攪拌(1mLのピペットを用いて、250μLの液量でのピペッティングを10回)した。
〔4〕撹拌直後の10μLの液を、ワンセルカウンターに分取し、ワンセルカウンターの細胞計数部の9カ所のエリアの細胞凝集塊の数を計測した。なお、3つ以上の細胞が接着した状態のものを細胞凝集塊として判断した。
〔5〕再度、チップの先を、細胞を含む液が入ったチューブの底から目視で5mm程度の位置まで挿入し、緩やかに攪拌(1mLのピペットを用いて、250μLの液量でのピペッティングを2回)した。
〔6〕撹拌直後の20μLの液を、1.5mLマイクロチューブに採取し、トリパンブルー染色液(Gibco社製)20μLと混和後、ワンセルカウンターに分取し、光学顕微鏡(ECLIPSE TS100、ニコン社製)を用いて全細胞数及びトリパンブルー陽性細胞(死細胞)数を計測することにより、細胞生存率を算出した。なお、細胞生存率は、式「(全生細胞数/全細胞数)×100=([全細胞数-死細胞数]/全細胞数)×100=細胞生存率(%)」を用いて算出した。
【0080】
5-2.結果
細胞保存後の生じる細胞凝集塊を測定したところ、hBM-MSCを、W-6.5やW-7.2中に保存すると、細胞凝集塊が認められたのに対して、hBM-MSCを、LR-6.5やLR-7.2に保存した場合は、細胞凝集塊はほとんど認められなかった(表16、
図6A参照)。
この結果は、hBM-MSCにおいては、トレハロースを含み、かつ、pHが約6.5~約7.2の範囲の液中に保存しても、保存中に生じる細胞凝集塊を抑制できないことを示している。
【0081】
また、hBM-MSCを、W-6.5やW-7.2中に保存すると、LR-6.5やLR-7.2に保存した場合と比べ、いずれの液についても細胞生存率が上昇した(表16、
図6B参照)。
この結果は、hBM-MSCを、トレハロースを含み、かつ、pHが約6.5~約7.2の範囲の液中に保存すると、同じpHのLR中に保存した場合と比べ、保存したときに生じる細胞死を効果的に抑制できることを示している。
【0082】
これらの結果は、hBM-MSCにおいては、トレハロースを含み、かつ、pHが約6.5~約7.2の範囲の液中に保存すると細胞死は抑制できるが、保存中に生じる細胞凝集塊を抑制できないことを示しており、トレハロースを含み、かつ、pHが約4.5~約7.2の範囲の液中に保存した際の細胞凝集塊の抑制効果は、血球系細胞(特にT細胞)に特異的であることを示している。
【0083】
【産業上の利用可能性】
【0084】
本発明によると、良質な血球系細胞による細胞移植を実施することができ、がん等の疾患に対する治療効果の向上が期待できる。また、血球系細胞の凝集物が、カニューレ中に詰まったり、肺静脈等の細い血管中に塞栓を形成してしまうリスクを低減することができる。さらに、血球系細胞を含む本件血球系細胞保存用液を、新しい移植用液に置換することなく、そのまま生体内へ投与することができる。また生体由来成分を含まず細胞保存容器や投与バッグへの細胞接着を抑制し、正確な細胞数を生体内に投与できる。このため、本発明は血球系細胞を利用した移植医療分野に資するものである。