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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-24
(45)【発行日】2022-06-01
(54)【発明の名称】車両走行制御装置
(51)【国際特許分類】
   B60L 15/20 20060101AFI20220525BHJP
   F16H 1/28 20060101ALI20220525BHJP
   H02P 5/46 20060101ALI20220525BHJP
   H02K 7/116 20060101ALI20220525BHJP
【FI】
B60L15/20 Y
F16H1/28
H02P5/46 Z
H02K7/116
B60L15/20 S
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2018022157
(22)【出願日】2018-02-09
(65)【公開番号】P2019140797
(43)【公開日】2019-08-22
【審査請求日】2021-01-04
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】特許業務法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】天野 也寸志
(72)【発明者】
【氏名】日比野 良一
(72)【発明者】
【氏名】西澤 博幸
(72)【発明者】
【氏名】中澤 輝彦
(72)【発明者】
【氏名】河口 篤志
(72)【発明者】
【氏名】菅井 賢
(72)【発明者】
【氏名】鳥居 靖広
【審査官】柳幸 憲子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/151193(WO,A1)
【文献】特開2006-149095(JP,A)
【文献】特開2012-035840(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60L 15/20
F16H 1/28
H02P 5/46
H02K 7/116
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の操作量を検出する操作量検出手段と、
車両の少なくとも車速を検出する車両状態検出手段と、
車両を駆動するモータの少なくともモータ回転数を検出するモータ状態検出手段と、
前記操作量と前記車速に基づき車両の目標車速を算出する目標車速算出手段と、
前記車速及び前記モータ回転数に基づき算出される前記車両のスリップ率が、車両のタイヤ発生力が安定している最大スリップ率以内の場合に前記目標車速に追従する目標車速追従制御を実行し、前記最大スリップ率を超える場合に前記目標車速追従制御に代えてスリップ抑制制御を実行する制御手段と、
を備え
前記モータは第1モータ及び第2モータからなり、
前記第1モータは、プラネタリギアのサンギアに接続され、
前記第2モータは、前記プラネタリギアのリングギアに接続され、
前記プラネタリギアのキャリアは、車両の出力軸に接続され、
前記制御手段は、前記スリップ抑制制御として、前記スリップ率を前記最大スリップ率以内とするための前記第1モータ及び前記第2モータの回転数変化分を最小となるように制御することを特徴とする車両走行制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両走行制御装置において、
前記制御手段は、
N1:第1モータの回転数
N2:第2モータの回転数
Np:出力軸回転数
Nt:タイヤ回転数
Gr:デファレンシャルギア比
R:タイヤ半径
V:車速
ρ:プラネタリギア比
S*:最大スリップ率
g1,g2:重み係数
u1:第1モータの回転数変化分
u2:第2モータの回転数変化分
とした場合に、
評価関数として、
J1 = min { g1・u12 + g2・u22}
とし、制約条件として、
(N1+u1)+(1/ρ)・(N2+u2) - f(S*) = 0
但し、f(S*) = (1+ρ)・Gr・V/(ρ・R・(1-S*))
を満たすように制御する、
ことを特徴とする車両走行制御装置。
【請求項3】
車両の操作量を検出する操作量検出手段と、
車両の少なくとも車速を検出する車両状態検出手段と、
車両を駆動するモータの少なくともモータ回転数を検出するモータ状態検出手段と、
前記操作量と前記車速に基づき車両の目標車速を算出する目標車速算出手段と、
前記車速及び前記モータ回転数に基づき算出される前記車両のスリップ率が、車両のタイヤ発生力が安定している最大スリップ率以内の場合に前記目標車速に追従する目標車速追従制御を実行し、前記最大スリップ率を超える場合に前記目標車速追従制御に代えてスリップ抑制制御を実行する制御手段と、
を備え、
前記モータは第1モータ及び第2モータからなり、
前記第1モータは、プラネタリギアのサンギアに接続され、
前記第2モータは、前記プラネタリギアのリングギアに接続され、
前記プラネタリギアのキャリアは、車両の出力軸に接続され、
前記制御手段は、前記スリップ抑制制御として、前記スリップ率を前記最大スリップ率以内とするための到達時間が最小となるように制御する、
ことを特徴とする車両走行制御装置。
【請求項4】
請求項3に記載の車両走行制御装置において、
N1:第1モータの回転数
N2:第2モータの回転数
Np:出力軸回転数
Nt:タイヤ回転数
Gr:デファレンシャルギア比
R:タイヤ半径
V:車速
ρ:プラネタリギア比
S*:最大スリップ率
u1:第1モータの回転数変化分
u2:第2モータの回転数変化分
du1:第1モータの応答速度
du2:第2モータの応答速度
とした場合に、
評価関数として、
J2 = min { (u1/du1)2 + (u2/du2)2 }
とし、制約条件として、
(N1+u1)+(1/ρ)・(N2+u2) - f(S*) = 0
但し、f(S*) = (1+ρ)・Gr・V/(ρ・R・(1-S*))
を満たすように制御する、
ことを特徴とする車両走行制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は車両走行制御装置に関し、特にスリップ状態の抑制に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、駆動輪が空転やロックした際のモータ回転数の急変によってモータのトルク切替えが発生するのを防止する電気自動車の動力制御装置が記載されている。すなわち、複数のモータを搭載した電気自動車において、走行条件検出手段により検出された走行条件に応じて必要出力演算手段が走行必要出力を演算し、分担出力設定手段において各モータが分担すべき分担出力を設定する。通常は走行条件検出の都度上記分担出力を設定して指令手段がこれに基づき各モータに指令信号を出力する。異常検出手段がモータの回転数の異常状態を検出すると、その異常状態の間は、状態保持手段により、新たな分担出力を設定せず、モータへの指令信号の出力を前の状態に保持する。これにより、タイヤスリップなどでモータ回転数が急変しても、直ちに分担出力を変化させることなく、安定した駆動状態を維持する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開平7-143618号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
モータ回転数が急変した場合にはスリップ率が増大し、車両の安定性が低下するため直ちにスリップ抑制を行う必要があるところ、上記の技術では新たな分担出力を設定せず、モータへの指令信号の出力を前の状態に保持するので、走行安定性の面で課題がある。
【0005】
本発明の目的は、スリップ状態を効果的に抑制し得る技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、車両の操作量を検出する操作量検出手段と、車両の少なくとも車速を検出する車両状態検出手段と、車両を駆動するモータの少なくともモータ回転数を検出するモータ状態検出手段と、前記操作量と前記車速に基づき車両の目標車速を算出する目標車速算出手段と、前記車速及び前記モータ回転数に基づき算出される前記車両のスリップ率が、車両のタイヤ発生力が安定している最大スリップ率以内の場合に前記目標車速に追従する目標車速追従制御を実行し、前記最大スリップ率を超える場合に前記目標車速追従制御に代えて前記スリップ抑制制御を実行する制御手段を備え、前記モータは第1モータ及び第2モータからなり、前記第1モータは、プラネタリギアのサンギアに接続され、前記第2モータは、前記プラネタリギアのリングギアに接続され、前記プラネタリギアのキャリアは、車両の出力軸に接続され、前記制御手段は、前記スリップ抑制制御として、前記スリップ率を前記最大スリップ率以内とするための前記第1モータ及び前記第2モータの回転数変化分を最小となるように制御することを特徴とする車両走行制御装置である。
【0009】
本発明のさらに他の実施形態では、前記制御手段は、
N1:第1モータの回転数
N2:第2モータの回転数
Np:出力軸回転数
Nt:タイヤ回転数
Gr:デファレンシャルギア比
R:タイヤ半径
V:車速
ρ:プラネタリギア比
S*:最大スリップ率
g1,g2:重み係数
u1:第1モータの回転数変化分
u2:第2モータの回転数変化分
とした場合に、
評価関数として、
J1 = min { g1・u12 + g2・u22 }
とし、制約条件として、
(N1+u1)+(1/ρ)・(N2+u2) - f(S*) = 0
但し、f(S*) = (1+ρ)・Gr・V/(ρ・R・(1-S*))
を満たすように制御する。
【0010】
また、本発明は、車両の操作量を検出する操作量検出手段と、車両の少なくとも車速を検出する車両状態検出手段と、車両を駆動するモータの少なくともモータ回転数を検出するモータ状態検出手段と、前記操作量と前記車速に基づき車両の目標車速を算出する目標車速算出手段と、前記車速及び前記モータ回転数に基づき算出される前記車両のスリップ率が、車両のタイヤ発生力が安定している最大スリップ率以内の場合に前記目標車速に追従する目標車速追従制御を実行し、前記最大スリップ率を超える場合に前記目標車速追従制御に代えてスリップ抑制制御を実行する制御手段と、を備え、前記モータは第1モータ及び第2モータからなり、前記第1モータは、プラネタリギアのサンギアに接続され、前記第2モータは、前記プラネタリギアのリングギアに接続され、前記プラネタリギアのキャリアは、車両の出力軸に接続され、前記制御手段は、前記スリップ抑制制御として、前記スリップ率を前記最大スリップ率以内とするための到達時間が最小となるように制御する。
【0011】
本発明のさらに他の実施形態では、
N1:第1モータの回転数
N2:第2モータの回転数
Np:出力軸回転数
Nt:タイヤ回転数
Gr:デファレンシャルギア比
R:タイヤ半径
V:車速
ρ:プラネタリギア比
S*:最大スリップ率
u1:第1モータの回転数変化分
u2:第2モータの回転数変化分
du1:第1モータの応答速度
du2:第2モータの応答速度
とした場合に、
評価関数として、
J2 = min { (u1/du1)2 + (u2/du2)2}
とし、制約条件として、
(N1+u1)+(1/ρ)・(N2+u2) - f(S*) = 0
但し、f(S*) = (1+ρ)・Gr・V/(ρ・R・(1-S*))
を満たすように制御する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、スリップ率を用いて目標車速制御とスリップ抑制制御を選択的に切り替えて制御するので、スリップ状態に入らないように制御することができるとともに、仮にスリップ状態となったときにも迅速にスリップ状態を抑制できる。また、本発明によれば、第1モータ及び第2モータを協調制御することで効率的にスリップ状態を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】実施形態の構成ブロック図である。
図2】実施形態の駆動系の共線図である。
図3】スリップ率とタイヤ発生力との関係を示すグラフ図である。
図4】実施形態の処理フローチャートである。
図5】実施形態のスリップ抑制制御の詳細フローチャートである。
図6】シミュレーションにおけるμ特性図である。
図7】目標車速追従制御(高μ路)のシミュレーション結果である。
図8】目標車速追従制御(低μ路)のシミュレーション結果である。
図9】目標車速追従制御とスリップ抑制制御(低μ路)のシミュレーション結果である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面に基づき本発明の実施形態について説明する。
【0015】
<全体構成>
図1は、本実施形態における車両用走行制御装置の構成ブロック図を示す。車両用走行制御装置は、操作量検出手段10、目標導出手段12、車両状態検出手段14、モータ状態検出手段16、最適制御手段18、スリップ判定手段20、スリップ抑制制御手段22、制御量決定手段24、及びモータ制御手段26を備える。
【0016】
操作量検出手段10は、アクセル開度等のドライバ操作量を検出する。操作量検出手段10は、検出したドライバ操作量を目標導出手段12に出力する。
【0017】
車両状態検出手段14は、従動輪回転数等から車両の車速を検出する。車両状態検出手段14は、検出した車両状態、すなわち車速を目標導出手段12、最適制御手段18、スリップ判定手段20、及びスリップ抑制制御手段22に出力する。
【0018】
目標導出手段12は、操作量検出手段10からのドライバ操作量と、車両状態検出手段14からの車速を用いて車両の目標速度を算出する。目標導出手段12は、算出した車両の目標速度を最適制御手段18に出力する。
【0019】
モータ状態検出手段16は、車両モータのモータ回転数を検出する。モータ状態検出手段16は、検出したモータ回転数を最適制御手段18、スリップ判定手段20、及びスリップ抑制制御手段22に出力する。
【0020】
最適制御手段18は、目標導出手段12で算出された目標速度と、車両状態検出手段14からの車速、及びモータ状態検出手段16からのモータ回転数を用いて、効率最適となるモータの目標回転数やトルク等の制御目標を算出する。最適制御手段18は、算出した制御目標、例えば目標回転数を制御量決定手段24に出力する。
【0021】
スリップ判定手段20は、車両状態検出手段14からの車速、モータ状態検出手段16からのモータ回転数を用いて、タイヤのスリップ状態を算出する。スリップ状態算出の詳細については後述する。スリップ判定手段20は、算出したスリップ状態を制御量決定手段24に出力する。
【0022】
スリップ抑制制御手段22は、目標スリップ率以内となるようにモータの速度変化量を最小にすべく、車両状態検出手段14からの車速、モータ状態検出手段16からのモータ回転数を用いてスリップ率を目標以内にするためのモータ目標回転数を算出する。モータ目標回転数の算出についても後述する。スリップ抑制制御手段22は、算出したモータ目標回転数を制御量決定手段24に出力する。
【0023】
制御量決定手段24は、スリップ状態に応じて最適制御手段18の出力である目標回転数と、スリップ抑制制御手段22の出力である目標回転数のいずれかを選択し、目標回転数をモータ制御手段26に出力する。
【0024】
モータ制御手段26は、制御量決定手段24の出力である目標回転数となるようにモータを制御する。
【0025】
具体的には、操作量検出手段10はアクセル開度センサで構成され、車両状態検出手段14は車速センサで構成され、モータ状態検出手段16は回転数センサで構成される。また、目標導出手段12、最適制御手段18、スリップ判定手段20、スリップ抑制制御手段22、及び制御量決定手段24は、プロセッサ、メモリ、及び入出力インタフェースを備える電子制御装置(ECU)で構成され、モータ制御手段26はモータに対して駆動電力を供給するドライバ回路で構成され得る。ECUのプロセッサは、プログラムメモリに記憶された処理プログラムを読み出して実行することにより、目標導出手段12、最適制御手段18、スリップ判定手段20、スリップ抑制制御手段22、及び制御量決定手段24を実現する。プロセッサにおける処理内容を例示すると、以下の通りである。
・操作量と車速を用いて目標車速を算出する
・車速と目標車速とモータ回転数を用いて目標車速に追従するための制御量を算出する
・車速とモータ回転数を用いてスリップ率を算出する
・算出したスリップ率を最大スリップ率と比較してスリップ率が最大スリップ率を超えているか否かを判定する
・算出したスリップ率が最大スリップ率以内であれば目標車速に追従する制御を実行し、最大スリップ率を超えていればスリップ抑制制御を実行する
・スリップ抑制制御のための評価関数を演算し、評価関数値を最小化する
【0026】
図2は、実施形態における駆動系の共線図を示す。プラネタリギアのサンギア及びリングギアにそれぞれモータが接続され(サンギアに接続されるモータをモータ1、リングギアに接続されるモータをモータ2とする)、キャリアに出力軸が接続される。
N1:モータ1の回転数
N2:モータ2の回転数
Np:出力軸回転数
Nt:タイヤ回転数
Gr:デフギア(デファレンシャルギア)比
R:タイヤ半径
V:車速
ρ:プラネタリギア比
とすると、
Np = Gr・Nt
Np = ρ/(1+ρ)・N1 + 1/(1+ρ)・N2
の関係にある。
【0027】
次に、スリップ判定手段20におけるスリップ判定について説明する。
【0028】
図3は、スリップ率とタイヤ発生力との関係を示す。一般に、スリップ率がS*以上ではタイヤ発生力の傾きが逆になり、不安定になることが分かっている。このため、駆動時においてはスリップ率をS*以内に抑えることが望ましい。これを満足するためには、
S*:最大スリップ率
として、次式を常に満足するように制御すればよい。
(Np - Gr・V/R)/(Np) ≦S*・・・(1)
【0029】
上式より、出力軸回転数Npは次式を満足する必要がある。
Np ≦ Gr・V/(R・(1-S*)) ・・・(2)
従って、モータ1、モータ2の回転数N1、N2は、次式を満たすように制御する必要がある。
ρ/(1+ρ)・N1 + 1/(1+ρ)・N2 ≦ Gr・V/(R・(1-S*))
N1 + (1/ρ)・N2 ≦ (1+ρ)・Gr・V/(ρ・R・(1-S*))・・・(3)
【0030】
現在、あるいは目標となるモータ回転数N1、N2に対して(3)の左辺を計算する。次に、(3)式の右辺を現在の車速V(あるいは推定速度)から予め決められた最大スリップ率S*を使って計算する。
【0031】
そして、得られた両者の値から、(3)式の不等号が満足されているか否かを判定し、満足されていれば安定領域と判定でき、満足されていなければ非安定領域と判定する。これを、所定の制御周期毎に繰り返し実行することによりスリップ判定を実現する。スリップ判定手段20は、(3)式が満足されているか否かを判定し、その判定結果を制御量決定手段24に出力する。
【0032】
制御量決定手段24は、スリップ判定手段20からの判定結果が(3)式を満足する、すなわち安定領域にあると判定された場合には、最適制御手段18からの目標回転数を選択する。他方、判定結果が(3)式を満足しない、すなわち非安定領域にあると判定された場合には、スリップ抑制制御手段22からの目標回転数を選択する。
【0033】
<スリップ抑制制御>
次に、スリップ抑制制御手段22におけるスリップ抑制制御について説明する。
【0034】
モータ1のモータ回転数N1とモータ2のモータ回転数N2をスリップさせないようにするための目標回転数をそれぞれN1+u1、N2+u2とする。この回転数変化分(u1,u2)を最小にすることによって、修正にかかるエネルギを最小、つまり協調制御効率を最適にし得る。
【0035】
そこで、以下のような評価関数(4)式と制約条件(5)式を満たすようなu1とu2を次のように導出する。
評価:J1 = min { g1・u12 + g2・u22 } ・・・(4)
制約条件:(N1+u1)+(1/ρ)・(N2+u2) - f(S*) = 0 ・・・(5)
但し、f(S*) = (1+ρ)・Gr・V/(ρ・R・(1-S*))
【0036】
ここで、g1,g2は重み定数である。f(S*) = (1+ρ)・Gr・V/(ρ・R・(1-S*))は、(3)式の右辺に相当するものであり、制約条件は、目標回転数N1+u1、N2+u2において(3)式が等式として成立するための条件である。これは、(3)式の左辺を車両のスリップ率とすると、スリップ率が最大スリップ率に等しくなることを意味する。
【0037】
ラグランジュ乗数をλとすると、上式の最適化問題は、次式の評価関数JJ1を最小にする問題に置換される。
JJ1 = g1・u12 + g2・u22 + λ・( (N1+u1)+(1/ρ)・(N2+u2) - f(S*) ) ・・・(6)
【0038】
上式の偏微分を取ると、
∂JJ1/u1 = 2・g1・u1 + λ = 0 ⇒ u1 = - λ/(2・g1) ・・・(7)
∂JJ1/u2 = 2・g2・u2 + λ/ρ = 0 ⇒ u2 = - λ/(2・g2・ρ) ・・・(8)
となる。得られたu1,u2を制約条件(5)に代入すると次式を得る。
(N1 - λ/(2・g1))+(1/ρ)・(N2 - λ/(2・g2・ρ)) - f(S*) = 0
【0039】
これをλについて解くと、次式を得る。
λ = (2・g1・g2・ρ2) (N1 + (1/ρ)・N2 - f(S*))/(g2・ρ2+ g1) ・・・(9)
このλを(7),(8)式に代入することで目標回転数N1,N2を得る。
u1 = - (g2・ρ2)・(N1 + (1/ρ)・N2 - f(S*))/(g2・ρ2 + g1) ・・・(10)
u2 = - (g1・ρ)・(N1 + (1/ρ)・N2 - f(S*))/(g2・ρ2 + g1) ・・・(11)
【0040】
上式のような関数形で算出できるため、計算負荷が少なく速い周期でも容易に計算し得る。
【0041】
他方、下記の(12)式のような目標値への到達時間を評価関数としても同様に算出することができる。ここで、du1,du2は各モータの応答速度に相当する値である。
評価:J2 = min { (u1/du1)2 + (u2/du2)2} ・・・(12)
制約条件:(N1+u1)+(1/ρ)・(N2+u2) - f(S*) = 0 ・・・(13)
【0042】
上記と同様な計算をすることにより、次式のようにu1,u2を得ることができる。
u1 = - ρ2・du1・(N1 + (1/ρ)・N2 - f(S*))/(du1・ρ2 + du2) ・・・(14)
u2 = - ρ・du2・(N1 + (1/ρ)・N2 - f(S*))/(du1・ρ2 + du2) ・・・(15)
【0043】
このような評価関数を用いることで、スリップ状態を迅速に抑制する制御が可能となる。
【0044】
<処理フローチャート>
図4は、本実施形態の処理フローチャートを示す。この処理は、所定の制御周期で繰り返し実行される。
【0045】
まず、操作量検出手段10でドライバ操作量を検出し、車両状態検出手段14で車速Vを検出し、モータ状態検出手段16でモータ1,モータ2それぞれのモータ回転数N1,N2を検出する(S101)。
【0046】
次に、目標導出手段12は、検出されたドライバ操作量及び車速Vを用いて目標車速Vrを算出する(S102)。
【0047】
次に、スリップ判定手段20は、出力軸(ペラ軸)回転数Npを算出する(S103)。出力軸回転数Npは、上記のように、
Np = ρ/(1+ρ)・N1 + 1/(1+ρ)・N2
により算出される。
【0048】
次に、スリップ判定手段20は、スリップ率Scを算出する(S104)。スリップ率Scは、
Sc= (Np - Gr・V/R)/(Np) ・・・(16)
で算出される。
【0049】
このスリップ率Scは、(1)式の左辺に相当する。
【0050】
次に、スリップ判定手段20は、算出したスリップ率Scと最大スリップ率S*とを大小比較する(S105)。すなわち、Sc≦S*であるか否かを判定する。なお、この判定処理において、(Sc-S*)≦0であるか否かを判定してもよいのは言うまでもない。スリップ判定手段20は、判定結果を制御量決定手段24に出力する。
【0051】
Sc≦S*である場合、制御量決定手段24は、最適制御手段18からの制御目標を選択して目標車速追従制御を実行する(S106)。他方、Sc>S*である場合、制御量決定手段24は、スリップ抑制制御手段22からの制御目標を選択してスリップ抑制制御を実行する(S107)。
【0052】
目標車速追従制御(S106)では、効率最適となるモータ1、モータ2の目標トルクとなるように制御する。具体的には、例えばモータ1については積分制御とし、
dT1/dt=K1・(Gr・Vr/R-Np) ・・・(17)
により制御する。ここで、
T1:モータ1の制御量(トルク)
K1:ゲイン
である。また、モータ2については比例制御とし、
T2=K2・(N1-N2) ・・・(18)
により制御する。ここで、
T2:モータ2の制御量(トルク)
K2:ゲイン
である。
【0053】
スリップ抑制制御(S107)では、N1,N2をスリップさせないようにするための回転数変化分u1,u2を最小にするように制御する。
【0054】
図5は、スリップ抑制制御の処理フローチャートを示す。
【0055】
スリップ抑制制御手段22は、トルクを推定する(S201)。トルクTpは、
Tpe(k) = (1+ρ)・(- I1・N1(・)(k-1) + T1(k-1) ) ・・・(19)
により算出される。ここで、N1(・)は、モータ1のモータ回転数N1の時間微分を示す。
【0056】
次に、モータ1、モータ2の目標速度変化量を算出する(S202)。目標速度変化量は、評価関数と制約条件を満たすような速度変化量u1,u2を算出することで協調制御を行う。評価条件は、評価関数を最小化するものであり、制約条件は、Sc-S*=0とするものである。評価関数としては、(4)式のような評価関数、あるいは(12)式のような評価関数のいずれかを用い得る。具体的には、(4)式を選べば、
u1 = - (g2・ρ2)・(N1 + (1/ρ)・N2 - f(S*))/(g2・ρ2 + g1) ・・・(20)
u2 = - (g1・ρ)・(N1 + (1/ρ)・N2 - f(S*))/(g2・ρ2 + g1) ・・・(21)
として算出される。ここで、g1,g2は重みである。これらの式は、(10)式、(11)式と同一である。
【0057】
次に、モータ1、モータ2のモータトルクを算出する(S203)。モータトルクは、
T1 = (I1/dT)・u1 + (1/(1+ρ)・Tpe) ・・・(22)
T2 = (I2/dT)・u2 + (ρ/(1+ρ)・Tpe) ・・・(23)
により算出される。
【0058】
<シミュレーション>
発明者等は、本実施形態の制御方法の有効性を確認すべく、コンピュータシミュレーションを実行した。
【0059】
図6は、シミュレーションに用いたμ特性を示す。図において、横軸はスリップ率、縦軸は路面とタイヤ間のμを示す。高μ路と低μ路の2つの路面状態を設定し、20km/hから40km/hに加速する走行条件を設定した。
【0060】
図7図8及び図9は、シミュレーション結果を示す。
【0061】
図7は、目標車速追従制御(S106)で高μ路を走行した場合の結果である。図7(a)は車速の時間変化であり、目標車速(図中点線で示す)に車速(図中実線で示す)が追従していく様子を示す。図7(b)は回転数の時間変化であり、モータ1の回転数N1が目標回転数(車速40km/hに相当)に積分制御により追従し、さらにモータ2の回転数N2が比例制御により回転数N1に追従していく様子を示す。図7(c)はスリップ率の時間変化であり、高μ路であるため、最大スリップ率(0.2)以内で制御されていることを示す。
【0062】
図8は、目標車速追従制御(S106)で低μ路を走行した場合の結果である。図8(a)は車速の時間変化であり、μが低い、つまり滑りやすい路面のため、目標車速(点線)に車速(実線)がなかなか追従しないことを示す。図8(b)は回転数の時間変化であり、路面が滑りやすいためタイヤがスリップし、モータ1及びモータ2の回転数が振動を繰り返す。つまり、目標回転数に追従しようとして駆動力を印加するとスリップして回転数が増大し、その増大を抑制するために回転数を減少させる制御を繰り返す。図8(c)はスリップ率の時間変化であり、最大スリップ率(0.2)以内に制御されていないことを示す。
【0063】
図9は、本実施形態の制御方法であり、目標車速追従制御(S106)及びスリップ抑制制御(S107)を併用して低μ路を走行した場合の結果である。図9(a)は車速の時間変化であり、図8(a)と同様にμが低く滑りやすい路面のため、タイヤが発生する力が小さく(タイヤが発生する力はμ・Fz(Fz=m・gであってmはタイヤに印加される荷重))、駆動力が小さくなって目標車速への追従が若干遅くなることを示す。図9(b)は回転数の時間変化であり、タイヤがスリップ限界(最大スリップ率)を超えるとスリップ抑制制御を実行するので図8(b)に示すような振動が生じず、滑らかに回転数が上昇することを示す。図9(c)はスリップ率の時間変化であり、最大スリップ率(0.2)以内で制御されていることを示す。
【0064】
このように、本実施形態では、スリップ判定手段20でスリップ率が最大スリップ率を超えているか否かを判定し、最大スリップ率以内であれば目標車速追従制御を実行し、最大スリップ率を超えていればスリップ抑制制御を実行することで、スリップ状態に移行しないように制御できるとともに、仮にスリップ状態になったとしても当該スリップ状態を抑制できる。
【0065】
また、(3)式から分かるように、現在のモータ回転数と現在の車速から安定領域にあるか否かを判定するだけでなく、目標のモータ回転数と目標車速から安定領域にあるか否かを判定することができるので、現在の車速に対する安定領域のモータ回転数の上限を常に判定することも可能となり、スリップ状態に入らないように制御できる。
【0066】
また、スリップ抑制制御では、モータ1及びモータ2という複数モータの冗長性を利用して、各モータを与えられた評価関数を最小にするように協調制御するので、最小の操作量あるいは最小の操作時間でスリップ状態を抑制できる。
【符号の説明】
【0067】
10 操作量検出手段、12 目標導出手段、14 車両状態検出手段、16 モータ状態検出手段、18 最適制御手段、20 スリップ判定手段、22 スリップ抑制制御手段、24 制御量決定手段、26 モータ制御手段。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9