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特許7079319酸解離平衡推定方法、酸解離平衡推定装置、酸解離平衡推定システム、およびユーザインタフェース装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-24
(45)【発行日】2022-06-01
(54)【発明の名称】酸解離平衡推定方法、酸解離平衡推定装置、酸解離平衡推定システム、およびユーザインタフェース装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/80 20060101AFI20220525BHJP
   G01N 31/22 20060101ALI20220525BHJP
   C12N 1/00 20060101ALN20220525BHJP
【FI】
G01N21/80
G01N31/22 123
C12N1/00 B
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2020512176
(86)(22)【出願日】2018-04-05
(86)【国際出願番号】 JP2018014551
(87)【国際公開番号】W WO2019193703
(87)【国際公開日】2019-10-10
【審査請求日】2021-03-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000000376
【氏名又は名称】オリンパス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100118913
【弁理士】
【氏名又は名称】上田 邦生
(74)【代理人】
【識別番号】100142789
【弁理士】
【氏名又は名称】柳 順一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100163050
【弁理士】
【氏名又は名称】小栗 眞由美
(74)【代理人】
【識別番号】100201466
【弁理士】
【氏名又は名称】竹内 邦彦
(72)【発明者】
【氏名】井口 善仁
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-215428(JP,A)
【文献】特開2017-120246(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2009/0084175(US,A1)
【文献】WENCEL et al.,Optical Chemical pH Sensors,Analytical Chemistry,2014年,Vol.86,PP.15-29
【文献】OURA et al.,Development of Cell Culture Monitoring System and Novel Non-Contact pH Measurement,33rd Annual International Conference of the IEEE EMBS,2011年,PP.22-25
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/80
G01N 31/22
C12N 1/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1種類の有色成分を含む細胞培養用の液状の培地に含まれるpH指示薬の酸解離平衡状態を推定する酸解離平衡推定方法であって、前記pH指示薬が、前記培地中の水素イオン濃度に応じて酸型と塩基型との間で変化し、前記pH指示薬の酸型と塩基型との間で酸解離平衡が成立し、前記pH指示薬の酸型および塩基型が水素イオン濃度に応じて相互に異なる光学スペクトル特性を有し、
測定波長における前記培地の酸解離光学指標を取得する工程と、
取得された前記酸解離光学指標および前記pH指示薬の前記光学スペクトル特性に基づいて、前記培地中の前記pH指示薬の酸型および塩基型の一方度を算出する工程とを含む酸解離平衡推定方法。
【請求項2】
記濃度を算出する工程において、
前記酸解離光学指標に基づいて、前記pH指示薬の酸型および塩基型の一方の濃度を算出し、
前記培地に含まれる前記pH指示薬の既知の全濃度から前記一方の濃度を減算することによって前記pH指示薬の酸型および塩基型の他方の濃度を算出する請求項1に記載の酸解離平衡推定方法。
【請求項3】
前記酸解離光学指標を取得する工程において、第1測定波長における酸解離光学指標および第2測定波長における酸解離光学指標を取得し、前記第1測定波長および前記第2測定波長が相互に異なる請求項1に記載の酸解離平衡推定方法。
【請求項4】
前記酸解離光学指標を取得する工程において、第3測定波長における酸解離光学指標をさらに取得し、前記第3測定波長が、前記第1測定波長および前記第2測定波長とは異なり、
前記濃度を算出する工程において前記pH指示薬の酸型および塩基型の他方の濃度を算出する工程を含む請求項3に記載の酸解離平衡推定方法。
【請求項5】
前記酸解離光学指標を取得する工程において、第3測定波長における酸解離光学指標をさらに取得し、前記第3測定波長が、前記第1測定波長および前記第2測定波長とは異なり、
前記濃度を算出する工程において、
前記酸解離光学指標と前記pH指示薬の前記光学スペクトル特性に基づいて、前記培地中の前記pH指示薬の酸型の濃度と前記pH指示薬の塩基型の濃度との比を算出する工程を含む、請求項3に記載の酸解離平衡推定方法。
【請求項6】
前記濃度を算出する工程において、前記有色成分の濃度を算出することをさらに含む、請求項4または請求項5に記載の酸解離平衡推定方法。
【請求項7】
前記酸解離光学指標を取得する工程において、第4測定波長における酸解離光学指標をさらに取得し、前記第4測定波長が、前記第1測定波長、前記第2測定波長および前記第3測定波長とは異なり、
前記濃度を算出する工程が、前記培地の前記酸解離光学指標のオフセットを算出する工程をさらに含む請求項に記載の酸解離平衡推定方法。
【請求項8】
前記酸解離光学指標が、前記培地の吸光度である請求項1から請求項のいずれかに記載の酸解離平衡推定方法。
【請求項9】
前記培地の水素イオン指数を下式に基づいて算出する工程をさらに含む請求項1から請求項のいずれかに記載の酸解離平衡推定方法。
水素イオン指数=pKa+log(Cbas/Caci
ここで、
pKaは、前記pH指示薬の酸解離指数、
basは、前記培地中の前記塩基型のpH指示薬の濃度、
aciは、前記培地中の前記酸型のpH指示薬の濃度
である。
【請求項10】
前記酸解離指数が、所定の標準温度における酸解離指数であり、
前記酸解離光学指標を取得する工程において、前記所定の標準温度の前記培地の酸解離光学指標を取得する請求項に記載の酸解離平衡推定方法。
【請求項11】
少なくとも1種類の有色成分を含む細胞培養用の液状の培地に含まれるpH指示薬の酸解離平衡状態を推定する酸解離平衡推定装置であって、前記pH指示薬が、前記培地中の水素イオン濃度に応じて酸型と塩基型との間で変化し、前記pH指示薬の酸型と塩基型との間で酸解離平衡が成立し、前記pH指示薬の酸型および塩基型が水素イオン濃度に応じて相互に異なる光学スペクトル特性を有し、
プロセッサを備え、
該プロセッサが、
測定波長における前記培地の酸解離光学指標を取得する工程と、
取得された前記酸解離光学指標および前記pH指示薬の前記光学スペクトル特性に基づいて、前記培地中の前記pH指示薬の酸型および塩基型の一方の濃度を算出する工程と、を実行する酸解離平衡推定装置。
【請求項12】
モニタリング装置と通信可能である通信部を備え、前記モニタリング装置が前記培地の酸解離光学指標を測定し、

前記通信部が、前記モニタリング装置から前記培地の酸解離光学指標を受信する請求項11に記載の酸解離平衡推定装置。
【請求項13】
前記通信部が、前記モニタリング装置から少なくとも1つの中継装置を経由して前記酸解離光学指標を受信する請求項12に記載の酸解離平衡推定装置。
【請求項14】
請求項12または請求項13に記載の酸解離平衡推定装置と、
前記培地の酸解離光学指標を測定するモニタリング装置と、
ユーザインタフェース装置とを備え、
該ユーザインタフェース装置が、前記モニタリング装置に前記酸解離光学指標の測定を指示する信号を送信し、前記pH指示薬の酸型の濃度および塩基型の濃度に基づいて算出された前記培地の水素イオン指数をユーザに通知する酸解離平衡推定システム。
【請求項15】
請求項11から請求項13のいずれかに記載の酸解離平衡推定装置と通信可能であり、
前記酸解離平衡推定装置に、前記酸型のpH指示薬の濃度および前記塩基型のpH指示薬の濃度の送信を要求する通信部と、
前記pH指示薬の型の濃度および塩基型の濃度に基づいて算出された前記培地の水素イオン指数をユーザに通知する通知部とを備えるユーザインタフェース装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸解離平衡推定方法、酸解離平衡推定装置、酸解離平衡推定システム、およびユーザインタフェース装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
細胞培養用の培地には、フェノールレッド等のpH指示薬が含まれていることが多い。pH指示薬は、培地のpHに応じた色を呈する。作業者は、培地の色から培地のpHを知り、pHに基づいて細胞の増殖状態またはコンタミネーション等を予測することができる。
【0003】
培地は、pH指示薬の他に、有色の成分、例えばウシ胎児血清(FBS)を含んでいることが多く、培地の色は、pH指示薬の色とFBSの色との混合色となる。また、培地に含まれるFBSの濃度は、細胞の種類および培養目的等に応じて異なる。そのため、目視による培地の色に基づいて、培地のpHを正確に判断することが難しい。そこで、培地の吸光度に基づいて培地のpHを算出する方法が提案されている(例えば、特許文献1参照。)
【0004】
特許文献1では、4つの波長において培地の吸光度を測定し、測定された吸光度を用いて4元連立方程式を解くことによって、培地のpHを算出している。
具体的には、培地の吸光度は、フェノールレッドの吸光度、FBSの吸光度およびオフセットの和である。すなわち、培地の吸光度は、フェノールレッドの濃度、FBSの濃度およびオフセットを未知数とする3元1次方程式として表される。ここで、pH7.0~8.0において、フェノールレッドの吸光係数とpHとの関係は線形になる。特許文献1では、このフェノールレッドの吸光係数とpHとの線形関係を用いて、上記の3元1次方程式を、さらにpHを未知数とする4元1次方程式に変形している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2012-215428号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1の方法の場合、正確な推定が可能なpHの範囲が、フェノールレッドの吸光係数とpHとの関係が線形になるpH7.0~8.0のみに限定されるという不都合がある。
特許文献1には、上記方法の他に、所定の4つの波長における吸光度を用いて、より広い範囲のpHを予測する方法が記載されている。ただし、この方法の場合、吸光度の測定波長が限定されるという不都合がある。
【0007】
本発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであって、測定波長が制限されず、かつ、培地のpHを広範囲にわたって正確に推定することができる酸解離平衡推定方法、酸解離平衡推定装置、酸解離平衡推定システム、およびユーザインタフェース装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、本発明は以下の手段を提供する。
本発明の一態様は、細胞培養用の液状の培地に含まれるpH指示薬の酸解離平衡状態を推定する酸解離平衡推定方法であって、前記pH指示薬が、前記培地中の水素イオン濃度に応じて酸型と塩基型との間で変化し、前記酸型のpH指示薬と前記塩基型のpH指示薬との間で酸解離平衡が成立し、前記酸型のpH指示薬および前記塩基型のpH指示薬が相互に異なる光学スペクトルを有し、測定波長における前記培地の酸解離光学指標を取得し、該酸解離光学指標が前記pH指示薬の光学スペクトルの強度と相関する、工程と、取得された前記酸解離光学指標に基づいて、前記培地中の前記酸型のpH指示薬の濃度および前記塩基型のpH指示薬の濃度を算出する工程とを含む酸解離平衡推定方法である。
【0009】
培地中のpH指示薬の酸解離平衡状態は、培地中の水素イオン濃度(すなわち、pH)に応じて変化する。すなわち、培地が酸性に傾くにつれて、酸型のpH指示薬の濃度が増加し、塩基型のpH指示薬の濃度が減少する。また、培地が塩基性に傾くにつれて、酸型のpH指示薬の濃度が減少し、塩基型のpH指示薬の濃度が増加する。酸型のpH指示薬の光学スペクトルと塩基型のpH指示薬の光学スペクトルは相互に異なる。したがって、培地の酸解離光学指標に基づいて培地中の酸型のpH指示薬および塩基型のpH指示薬の各々の濃度を算出し、酸型および塩基型のpH指示薬の濃度に基づいて培地の酸解離平衡状態を推定することができる。
【0010】
上記態様においては、前記培地の酸解離光学指標を取得する工程において、単一の測定波長における前記酸解離光学指標を取得し、前記濃度を算出する工程において、前記酸解離光学指標に基づいて、前記酸型のpH指示薬および前記塩基型のpH指示薬の一方の濃度を算出し、前記培地に含まれる前記pH指示薬の全濃度から前記一方の濃度を減算することによって前記酸型のpH指示薬および前記塩基型のpH指示薬の他方の濃度を算出してもよい。
この構成によって、1つのみの酸解離光学指標から培地の酸解離平衡状態を推定することができる。
【0011】
上記態様においては、前記酸解離光学指標を取得する工程において、第1測定波長における酸解離光学指標および第2測定波長における酸解離光学指標を取得し、前記第1測定波長および前記第2測定波長が相互に異なっていてもよい。
培地の酸解離光学指標は、酸型のpH指示薬の濃度および塩基型のpH指示薬の濃度を用いた式で表すことができる。2つの測定波長における2つの酸解離光学指標を用いて、酸型のpH指示薬の濃度および塩基型のpH指示薬の濃度を未知数とする2元連立方程式が得られる。この2元連立方程式を解くことによって、酸型のpH指示薬の濃度および塩基型のpH指示薬の濃度を算出することができる。
【0012】
上記態様においては、前記酸解離光学指標を取得する工程において、第3測定波長における酸解離光学指標をさらに取得し、前記第3測定波長が、前記第1測定波長および前記第2測定波長とは異なり、前記濃度を算出する工程が、前記培地の酸解離光学指標に含まれるオフセットを算出する工程をさらに含んでいてもよい。
培地の酸解離光学指標は、酸型のpH指示薬の濃度、塩基型のpH指示薬の濃度およびオフセットを用いた式で表すことができる。オフセットとは、pH指示薬以外の物質に基づく酸解離光学指標の成分である。3つの測定波長における3つの酸解離光学指標を用いて、酸型のpH指示薬の濃度、塩基型のpH指示薬の濃度およびオフセットを未知数とする3元連立方程式が得られる。この3元連立方程式を解くことによって、酸型のpH指示薬の濃度および塩基型のpH指示薬の濃度に加えて、オフセットを算出することができる。
【0013】
上記態様においては、前記酸解離光学指標を取得する工程において、第4測定波長における酸解離光学指標をさらに取得し、前記第4測定波長が、前記第1測定波長、前記第2測定波長および前記第3測定波長とは異なり、前記濃度を算出する工程が、前記培地に含まれる有色物質の濃度を算出する工程をさらに含んでいてもよい。
培地の酸解離光学指標は、酸型のpH指示薬の濃度、塩基型のpH指示薬の濃度、オフセットおよび有色物質の濃度を用いた式で表すことができる。有色物質とは、例えば、血清である。4つの測定波長における4つの酸解離光学指標を用いて、酸型のpH指示薬の濃度、塩基型のpH指示薬の濃度、オフセットおよび有色物質の濃度を未知数とする4元連立方程式が得られる。この4元連立方程式を解くことによって、酸型のpH指示薬の濃度、塩基型のpH指示薬の濃度およびオフセットに加えて、有色物質の濃度を算出することができる。
【0014】
上記態様においては、前記酸解離光学指標が、前記培地の吸光度であってもよい。
この構成によって、簡易な方法および構成によって酸解離光学指標を測定することができる。
【0015】
上記態様においては、前記培地の水素イオン指数(pH)を下式に基づいて算出する工程をさらに含んでいてもよい。
pH=pKa+log(Cbas/Caci
ここで、pKaは、前記pH指示薬の酸解離指数、Cbasは、前記培地中の前記塩基型のpH指示薬の濃度、Caciは、前記培地中の前記酸型のpH指示薬の濃度である。
この構成によって、培地に含まれる有色物質の色の影響を受けることなく、培地のpHを正確に推定することができる。
【0016】
上記態様においては、前記酸解離指数が、所定の標準温度における酸解離指数であり、前記酸解離光学指標を取得する工程において、前記所定の標準温度の前記培地の酸解離光学指標を取得してもよい。
酸解離指数は、温度に応じて変化する。したがって、同一の標準温度における酸解離指数および培地の酸解離光学指標を用いることによって、培地のpHのさらに正確な推定値を式(1)から算出することができる。
【0017】
本発明の他の態様は、細胞培養用の液状の培地に含まれるpH指示薬の酸解離平衡状態を推定する酸解離平衡推定装置であって、前記pH指示薬が、前記培地中の水素イオン濃度に応じて酸型と塩基型との間で変化し、前記酸型のpH指示薬と前記塩基型のpH指示薬との間で酸解離平衡が成立し、前記酸型のpH指示薬および前記塩基型のpH指示薬が相互に異なる光学スペクトルを有し、プロセッサを備え、該プロセッサが、測定波長における前記培地の酸解離光学指標を取得し、該酸解離光学指標が前記pH指示薬の光学スペクトルの強度と相関する、工程と、取得された前記酸解離光学指標に基づいて、前記培地中の前記酸型のpH指示薬の濃度および前記塩基型のpH指示薬の濃度を算出する工程と、を実行する酸解離平衡推定装置である。
【0018】
上記態様においては、モニタリング装置と通信可能である通信部を備え、前記モニタリング装置が前記培地の酸解離光学指標を取得し、前記通信部が、前記モニタリング装置から前記培地の酸解離光学指標を受信してもよい。
この構成によって、酸解離平衡推定装置は、任意の場所においてモニタリング装置から酸解離光学指標を取得することができる。例えば、酸解離平衡推定装置は、インキュベータの外において、インキュベータ内のモニタリング装置から酸解離光学指標を取得することができる。
【0019】
上記態様においては、前記通信部が、前記モニタリング装置から少なくとも1つの中継装置を経由して前記酸解離光学指標を受信してもよい。
この構成によって、酸解離平衡推定装置を、モニタリング装置から遠隔に設置されたサーバとして、例えばインターネット上のクラウドサーバとして、実現することができる。
【0020】
本発明の他の態様は、上記いずれかに記載の酸解離平衡推定装置と、前記培地の酸解離光学指標を測定するモニタリング装置と、ユーザインタフェース装置とを備え、該ユーザインタフェース装置が、前記モニタリング装置に前記酸解離光学指標の測定を指示する信号を送信し、前記酸型のpH指示薬の濃度および前記塩基型のpH指示薬の濃度に基づいて算出された前記培地の水素イオン指数をユーザに通知する酸解離平衡推定システムである。
【0021】
本発明の他の態様は、上記いずれかに記載の酸解離平衡推定装置と通信可能であり、前記酸解離平衡推定装置に、前記酸型のpH指示薬の濃度および前記塩基型のpH指示薬の濃度の送信を要求する通信部と、前記酸型のpH指示薬の濃度および前記塩基型のpH指示薬の濃度に基づいて算出された前記培地の水素イオン指数をユーザに通知する通知部とを備えるユーザインタフェース装置である。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、測定波長が制限されず、かつ、培地のpHを広範囲にわたって正確に推定することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】本発明の一実施形態に係る酸解離平衡推定装置の外観図である。
図2図1の酸解離平衡推定装置の内部構成図である。
図3】酸型および塩基型のフェノールレッドの化学構造式である。
図4】pH4.0からpH11におけるフェノールレッドの光吸収スペクトルである。
図5】本発明の一実施形態に係る酸解離平衡推定方法を示すフローチャートである。
図6図5の酸解離平衡推定方法によって算出されたpHの推定値と、pHセンサによるpHの実測値との関係を示すグラフである。
図7A】フェノールレッドのみを含むサンプルとフェノールレッドおよび赤インクを含むサンプルのpH6.5近傍における光吸収スペクトルである。
図7B】フェノールレッドのみを含むサンプルとフェノールレッドおよび赤インクを含むサンプルのpH7.5近傍における光吸収スペクトルである。
図8】本発明の他の実施形態に係る酸解離平衡推定システムの全体構成図である。
図9】本発明の他の実施形態に係る酸解離平衡推定システムの全体構成図である。
図10】本発明の他の実施形態に係る酸解離平衡推定システムの全体構成図である。
図11】本発明の他の実施形態に係る酸解離平衡推定装置の吸光度測定デバイスの構成図である。
図12】本発明の他の実施形態に係る酸解離平衡推定装置の全体構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下に、本発明の一実施形態に係る酸解離平衡推定装置1および酸解離平衡推定方法について図面を参照して説明する。
本実施形態に係る酸解離平衡推定装置1は、図1に示されるように、培養容器2内の細胞および液状の培地Mをモニタリングするモニタリング装置である。モニタリング装置1は、密閉された箱型の筐体3を備えている。筐体3の天板3aは、透明かつ平坦なステージであり、ステージ3a上に培養容器2が載置される。培地Mには、血清およびpH指示薬が含まれている。モニタリング装置1は、ステージ3a上の培養容器2と一緒にインキュベータ内に配置され、細胞の画像の取得とpH指示薬に基づく培地MのpHの推定とを行う。
【0025】
モニタリング装置1は、図2に示されるように、撮像デバイス4と、吸光度測定デバイス5と、メモリ6と、プロセッサ7とを備えている。
培養容器2は、例えば、細胞培養用のディッシュである。培養容器2は、光学的に透明な材質から形成されている。撮像デバイス4は、撮像素子(図示略)によって、ステージ3aおよび培養容器2の底板2a越しに培養容器2内の細胞を撮像し、細胞の画像を生成する。撮像デバイス4は、ステージ3aおよび底板2aを経由して細胞に照明光を照射する照明素子を備えていてもよい。
【0026】
吸光度測定デバイス5は、培養容器2内の培地Mに測定光Lを照射する光源(図示略)と、培地Mを透過した測定光Lを検出する検出器(図示略)とを備える。光源から射出された測定光Lは、ステージ3a、底板2aおよび培地Mを上方に向かって透過し、培養容器2の天板2bの内面において反射され、培地M、底板2aおよびステージ3aを下方に向かって透過する。検出器は、培地Mおよびステージ3aを透過した測定光Lの強度を検出する。吸光度測定デバイス5は、光源が射出した測定光Lの強度と、検出器が検出した測定光Lの強度との比に基づいて、培地Mの吸光度を算出する。
【0027】
ここで、培地Mの吸光度(酸解離光学指標)、培地MのpH、およびpH指示薬の関係について説明する。
図3および図4は、代表的なpH指示薬であるフェノールレッド(PR)の分子構造および光吸収スペクトル(光学スペクトル)をそれぞれ示している。
【0028】
図3に示されるように、pH指示薬は、酸型および塩基型のいずれかの分子構造を有し、培地M中の水素イオン濃度に応じて酸型と塩基との間で変化する。酸型のpH指示薬と塩基型のpH指示薬は共役酸塩基対であり、酸型のpH指示薬と塩基型のpH指示薬との間で酸解離平衡が成立する。培地MのpHは、式(a)によって表される。
pH=pKa+log(Cbas/Caci) …(a)
aciは、培地M中の酸型のpH指示薬の濃度である。Cbasは、培地M中の塩基型のpH指示薬の濃度である。pKaは、pH指示薬の酸解離指数である。
【0029】
一方、図4に示されるように、酸型のpH指示薬の光吸収スペクトルと塩基型のpH指示薬の光吸収スペクトルは、相互に異なる。したがって、培地Mの吸光度から培地中の濃度Caci,Caciを算出することができる。さらに、算出された濃度Caci,Caciを用いて、式(a)から培地MのpHの推定値を算出することができる。
【0030】
吸光度測定デバイス5は、吸光度の測定波長を変更することができる。測定波長を変更する方法には、培地Mに照射される測定光Lの波長を変更する第1の方法と、検出器によって検出される光の波長を変更する第2の方法とがある。
【0031】
第1の方法の場合、例えば、吸光度測定デバイス5は、相互に異なる波長の測定光を出力する複数の光源を備える。吸光度測定デバイス5は、広帯域の光を出力する光源と、光源から出力された光の中から特定の波長を選択する波長選択素子とを備え、波長選択素子によって選択される波長が変更可能であってもよい。あるいは、吸光度測定デバイス5は、広帯域の光を出力する光源と回折格子のような分光器とを備え、光源から出力された光を分光器によって分光し、特定の波長の光のみを分光器から培地Mに照射してもよい。あるいは、吸光度測定デバイス5は、光源から培地Mに照射される光の波長を変調する波長可変装置を備え、所定の波長に変調された光を波長可変装置から培地Mに照射してもよい。
【0032】
第2の方法の場合、例えば、吸光度測定デバイス5は、検出器の前段に分光器を備え、培地Mを透過した光を分光器によって分光し、特定の波長の光のみを分光器から検出器に射出する。
【0033】
メモリ6には、撮像プログラム、吸光度測定プログラムおよび計算プログラムが格納されている。
プロセッサ7は、撮像プログラムに従って撮像デバイス4を制御し、撮像デバイス4に細胞の撮像および画像の生成を実行させる。
プロセッサ7は、吸光度測定プログラムに従って吸光度測定デバイス5を制御し、吸光度測定デバイス5に培地Mの吸光度の測定を実行させる。さらに、プロセッサ7は、吸光度測定デバイス5から吸光度のデータを受け取り、計算プログラムに従って吸光度から濃度Caci,Cbasおよび培地MのpHを算出するための計算を実行する。
【0034】
次に、本実施形態に係る酸解離平衡推定方法について、pH指示薬がフェノールレッド(PR)であり血清がFBSである場合を例に挙げて説明する。
酸解離平衡推定方法は、フェノールレッド以外のpH指示薬を含む培地にも適用することができる。また、酸解離平衡推定方法は、FBS以外の血清を含む培地、および、血清以外の吸収物質を含む培地にも適用することができる。
【0035】
酸解離平衡推定方法は、図5に示されるように、培地Mの吸光度を測定する測定工程S1と、培地Mの吸光度に基づいて、酸型のフェノールレッド(酸型PR)の濃度および塩基型のフェノールレッド(塩基型PR)の濃度を算出する濃度算出工程S2と、酸型PRおよび塩基型PRの濃度に基づいて培地MのpHを算出するpH算出工程S3とを含む。
【0036】
測定工程S1は、第1測定波長λ1における培地Mの吸光度Aλ1を測定する工程S11と、第2測定波長λ2における培地Mの吸光度Aλ2を測定する工程S12と、第3測定波長λ3における培地Mの吸光度Aλ3を測定する工程S13と、第4測定波長λ4における培地Mの吸光度Aλ4を測定する工程S14とを含む。第1測定波長λ1、第2測定波長λ2、第3測定波長λ3および第4測定波長λ4は、相互に異なる。
【0037】
測定工程S1は、プロセッサ7が吸光度測定プログラムに従って吸光度測定デバイス5を制御することによって実現される。具体的には、工程S11において、吸光度測定デバイス5は、培養容器2内の培地Mに第1測定波長λ1の測定光Lを照射し、培地Mを透過した測定光Lを検出し、吸光度Aλ1を算出する。工程S12,S13,S14において、吸光度測定デバイス5は、工程S11と同様にして、測定波長λ2,λ3,λ4の測定光Lを用いて吸光度Aλ2,Aλ3,Aλ4を順番に算出する。
測定光Lの波長を変更することに代えて、上述したように、検出器によって検出される波長を変更することによって、4つの測定波長λ1,λ2,λ3,λ4における吸光度Aλ1,Aλ2,Aλ3,Aλ4を測定してもよい。
【0038】
濃度算出工程S2およびpH算出工程S3は、プロセッサ7が計算プログラムに従って演算することによって実現される。
濃度算出工程S2において、プロセッサ7は、下式(1)に吸光度Aλ1,Aλ2,Aλ3,Aλ4を代入することによって、4つの未知数CPR_aci,CPR_bas,CFBS,Aoffを有する連立4元1次方程式を得る。次に、プロセッサ7は、連立4元1次方程式を解き、未知数CPR_aci,CPR_bas,CFBS,Aoffの値を算出する。
【0039】
【数1】


【0040】
式(1)において、CPR_aciは、培地M中の酸型PRの濃度である。CPR_basは、培地M中の塩基型PRの濃度である。CFBSは、培地M中のFBSの濃度である。Aoffは、オフセットである。
αFBS_λi(i=1,2,3,4)は、測定波長λiにおけるFBSの吸光係数である。αPR_aciは、酸型PRの吸光係数である。αPR_basは、塩基型PRの吸光係数である。Sλi(i=1,2,3,4)は、測定波長λiにおけるオフセット係数である。Dは、培地Mを透過する測定光Lの光路長である。吸光係数αFBS_λi,αPR_aci,αPR_bas,Sλiおよび光路長Dは、既知の値である。
【0041】
式(1)について説明する。
培地Mの吸光度は、酸型PRの吸光度、塩基型PRの吸光度、FBSの吸光度およびオフセットの和である。測定光Lの光路には、培地M中のPRおよびFBSの他にも、測定光Lを吸収する吸収物質が存在する。吸収物質は、例えば、培養容器2の底板2a、ステージ3a、PRおよびFBS以外の培地Mの成分である。オフセットとは、PRおよびFBS以外の吸収物質に基づく吸光度である。
【0042】
一方、吸光度Aは、吸光係数α、試料の濃度Cおよび測定光の試料内の光路長Dを用いて、式(b)で表される。
A=αDC …(b)
式(b)を用いて、測定波長λi(i=1,2,3,4)における培地Mの吸光度Aλ1,Aλ2,Aλ3,Aλ4は、下式(c)で表される。式(c)を変形することによって、式(1)が得られる。
【0043】
【数2】
【0044】
次に、pH算出工程S3において、プロセッサ7は、下式(2)に濃度CPR_aci,CPR_basを代入することによって、培地MのpHを算出する。
pH=pKa + log(CPR_bas/CPR_aci) …(2)
pKaは、PRの酸解離指数である。pKaは、温度に応じて変化し、37℃におけるPRのpKaは、約7.7である。pHの計算には、所定の標準温度におけるpKaの値が使用される。
【0045】
一般的に、培地MのpHは、培地Mの見た目の色に基づいて推定される。ただし、FBSのような有色物質が培地Mに含まれている場合、培地Mの色は、PRの色と有色物質の色との混合色になる。したがって、培地Mの見た目の色に基づいて培地Mの正確なpHを知ることは難しい。
【0046】
一方、培地MのpHは、酸型のpH指示薬の濃度と塩基型のpH指示薬の濃度との比によって決まる。本実施形態によれば、4つの吸光度Aλ1,Aλ2,Aλ3,Aλ4を用いて式(1)の連立4元1次方程式を解くことによって、PR以外の吸収物質が培地M中に存在する状況においても、培地M中の酸型PRおよび塩基型PRの各々の正確な濃度CPR_aci,CPR_basを算出することができ、培地M中のPRの酸解離平衡状態を推定することができる。そして、濃度CPR_aci,CPR_basを用いることによって、FBSのような有色物質の色の影響を受けることなく、培地MのpHを正確に推定することができるという利点がある。
【0047】
また、培地MのpHと培地Mの吸光度との関係が線形になるpH範囲に限らず、培地Mの広範囲のpHを正確に算出することができるという利点がある。
また、濃度CPR_aci,CPR_basの算出に使用される測定波長λ1,λ2,λ3,λ4は、PRが吸収を示す波長であればどのような波長であってもよい。すなわち、広い波長域の中から任意の測定波長λ1,λ2,λ3,λ4を選択することができるという利点がある。
【0048】
図6は、本実施形態の酸解離平衡推定方法によるpHの推定精度の評価実験の結果を表している。図6のグラフにおいて、横軸(X軸)はpHセンサによって測定されたpHの実測値であり、縦軸(Y軸)は、本実施形態の酸解離平衡推定方法によって算出されたpHの推定値であり、破線はY=Xのグラフを示している。
【0049】
評価実験において、3種類のサンプルA,B,Cを用意した。サンプルAは、PRのみを含む溶液である。サンプルBは、PRおよび低濃度の赤インクを含む溶液である。サンプルCは、PRおよび高濃度の赤インクを含む溶液である。サンプルBおよびサンプルCについては、pHが異なる3つの溶液を用意した。
図7Aは、PRのみを含む溶液と、PRおよび赤インクを含む溶液の、pH6.5近傍での光吸収スペクトルである。図7Bは、PRのみを含む溶液と、PRおよび赤インクを含む溶液の、pH7.5近傍での光吸収スペクトルである。
図6から分かるように、サンプルA,B,Cの全てについて、実測値に近い推定値が得られた。
【0050】
上述したように、pKaは、培地Mの温度に応じて異なる。したがって、測定工程S1において、培地Mの温度をpKaの所定の標準温度に調整し、所定の標準温度の培地Mの吸光度Aλ1,Aλ2,Aλ3,Aλ4を測定してもよい。この場合、培地Mの温度を所定の標準温度に制御する温度制御装置がさらに設けられる。
このように、培地Mの温度をpKaの標準温度に一致させることで、pHのより正確な推定値を式(1)から算出することができる。
測定工程S1における培地Mの温度が標準温度とは異なる場合、標準温度におけるpKaを培地Mの温度に基づいて補正し、補正されたpKaをpHの計算に用いてもよい。
【0051】
細胞の培養中に同一の培地MのpHを複数回推定する場合には、2回目以降のpHの推定において、培地Mの吸光度の測定波長は2つのみであってもよい。
1回目のpHの推定時に、FBSの濃度CFBSおよびオフセットAoffが算出される。培地Mおよび吸光度の測定位置が同一である場合、FBSの濃度CFBSおよびオフセットAoffは変化しない。したがって、2回目以降は、2つの測定波長における吸光度を測定し、濃度CPR_aci,CPR_basのみを式(1)から算出してもよい。
【0052】
本実施形態においては、4つの測定波長における培地Mの吸光度を測定し、4元連立方程式から4つの未知数を算出することとしたが、測定波長の数および算出する未知数の数は、培地Mの成分および目的に応じて適宜変更可能である。
例えば、培地Mに含まれる有色物質がPRのみである場合には、3つの測定波長における培地Mの吸光度を測定し、3元連立方程式から3つの未知数CPR_aci,CPR_bas,Aoffを算出してもよい。
【0053】
一方、PRおよびFBSに加えて他の有色物質が培地M中に含まれている場合には、測定波長の数および連立方程式における未知数の数を増やし、他の有色物質の濃度も算出してもよい。例えば、他の有色物質が1種類である場合、5つの測定波長における培地Mの吸光度を測定し、未知数として他の有色物質の濃度がさらに加えられた5元連立方程式を解くことによって、酸型PR、塩基型PR、FBSおよび他の有色物質の濃度と、オフセットとを算出することができる。
【0054】
培地MのpHの推定に必要な値は、酸型のpH指示薬の濃度Caciおよび塩基型のpH指示薬の濃度Cbasである。したがって、2つの測定波長における培地Mの吸光度を測定し、2元連立方程式からpH指示薬の濃度Caci,Cbasのみを算出してもよい。この方法は、培地M中のFBSの濃度CFBSおよびオフセットAoffが既知である場合に、特に有効である。
【0055】
培地Mに含まれるpH指示薬の全濃度が既知である場合には、吸光度の測定波長は1つのみであってもよい。
この場合には、培地Mの吸光度は、濃度Caci,Cbasの一方のみを未知数とする一元方程式で表される。したがって、濃度Caci,Cbasの一方を、1つの測定波長における吸光度に基づいて算出し、濃度Caci,Cbasの他方を、pH指示薬の全濃度と一方の濃度との差として算出することができる。
【0056】
本実施形態においては、酸解離光学指標が、pH指示薬の吸光度であることとしたが、これに代えて、酸解離光学指標が、以下の2つの条件を満たす他の種類の指標であってもよい。
条件1:光学的に測定可能な量である
条件2:pHに応じて変化する量である
【0057】
条件1および2を満たす好ましい指標は、例えば、pH感受性の蛍光色素(pH指示薬)の蛍光強度である。フェノールレッドと同様に、pH感受性の蛍光色素は、水素イオン濃度に応じて酸型と塩基型との間で変化する。酸型の蛍光色素の蛍光スペクトル(光学スペクトル)と塩基型の蛍光色素の蛍光スペクトル(光学スペクトル)は、相互に異なる。したがって、複数の測定波長における蛍光色素の蛍光強度から酸型の蛍光色素の濃度および塩基型の蛍光色素の濃度を算出し、酸型の蛍光色素の濃度および塩基型の蛍光色素の濃度から培地MのpHを推定することができる。
【0058】
本実施形態においては、酸解離平衡推定方法がモニタリング装置1によって実現されることとしたが、酸解離平衡推定方法を実現するための装置構成はこれに限定されない。図8から図12は、酸解離平衡推定方法を実現するための装置およびシステムの他の実施形態を示している。
【0059】
図8に示される酸解離平衡推定システム100は、モニタリング装置10と、インキュベータの外に設置される画像処理装置20とを備えている。モニタリング装置10および画像処理装置20は通信装置8,20a(図10参照。)をそれぞれ備え、無線または有線の通信ネットワークを経由して相互に通信可能である。
モニタリング装置10は、吸光度測定デバイス5によって培地Mの吸光度を測定する。
【0060】
画像処理装置20は、メモリ(図示略)と、プロセッサ20b(図10参照。)とを備える。画像処理装置20の通信装置(通信部)20aは、モニタリング装置10の通信装置8と通信することによって、モニタリング装置10から細胞の画像のデータおよび吸光度のデータを受信する。
メモリには、画像処理プログラムおよび計算プログラムが格納されている。プロセッサ20bは、画像処理プログラムに従って画像に画像処理を施す。また、プロセッサ20bは、吸光度のデータを用い、計算プログラムに従って濃度Caci,Cbasおよび培地MのpHを計算する。すなわち、酸解離平衡推定装置は、画像処理装置20として実現される。
【0061】
図9に示される酸解離平衡推定システム101は、モニタリング装置11と、インキュベータの外に設置される画像処理装置21と、サーバ30と、ユーザインタフェース(UI)装置40とを備えている。
画像処理装置21は、モニタリング装置11、サーバ30およびUI装置40と、無線または有線の通信ネットワークを経由して通信可能である。
【0062】
画像処理装置(中継装置)21は、モニタリング装置11から吸光度のデータを受信し、吸光度のデータをサーバ30に送信する。
サーバ30は、例えば、インターネット上のクラウドサーバ、または、任意の場所に設置されたコンピュータである。濃度Caci,Cbasおよび培地MのpHの計算は、サーバ30において実行される。すなわち、酸解離平衡推定装置は、サーバ30として実現される。サーバ30は、複数台の画像処理装置21と通信可能であってもよい。
【0063】
UI装置40は、例えば汎用のタブレット型コンピュータである。UI装置40は、モニタリング装置11およびサーバ30と通信可能な通信装置40aと、表示デバイス(通知部)40bとを備えている。また、UI装置40には、モニタリング装置11およびサーバ30と通信したり、サーバ30から取得した情報を表示したりするための専用のアプリケーションソフトウェアがインストールされている。
【0064】
ユーザは、専用のアプリケーションソフトウェアを使用して、モニタリング装置11およびサーバ30に各種の指示を送信することができる。具体的には、ユーザは、UI装置40からモニタリング装置11に吸光度の測定の指示を送信し、吸光度測定デバイス5を遠隔制御することができる。また、ユーザは、UI装置40からサーバ30に、濃度Caci,Cbasおよび培地MのpHの少なくとも一方の送信を要求し、濃度Caci,Cbasおよび培地MのpHの少なくとも一方のデータをサーバ30から取得することができる。
また、ユーザは、専用のアプリケーションソフトウェアを使用して、培地MのpHの値を表示デバイス40bに表示させることができる。
【0065】
図10に示される酸解離平衡推定システム102は、モニタリング装置1,10,11に搭載される培地交換装置50を備えている。
培地交換装置50は、培養容器2内から使用済みの培地Mを排出し、未使用の培地Mを培養容器2内へ供給する。培地交換装置50は、使用済みの培地Mの排出量および未使用の培地Mの供給量を調整することによって、培養容器2内の培地Mの高さ(培養容器2の底面から培地Mの液面までの鉛直方向の距離)を調整することができる。
式(1)における測定光Lの光路長Dは、培養容器2内の培地Mの高さによって決まる。モニタリング装置1,10,11に培地交換装置50を組み合わせることによって、光路長Dを制御することができる。
【0066】
図11に示されるように、吸光度測定デバイス5が、モニタリング装置1,10,11に代えて、培地交換装置50に搭載されていてもよい。具体的には、培養容器2内の培地Mに向かって測定光Lを射出する光源5aと、培地Mを透過した測定光Lを検出する検出器5bが、培地交換装置50に設けられる。検出器5bは、例えば、培養容器2の底面において反射された測定光Lを検出する。測定波長の変更は、光源5aの波長変調または検出器5bの波長選択によって行われる。
【0067】
図12に示される酸解離平衡推定装置12は、顕微鏡本体13と、顕微鏡本体13と接続されるプロセッサ14とを備える光学顕微鏡装置である。
顕微鏡本体13は、白色光源13aと、波長選択素子13bと、カメラ13cとを備える。白色光源13aから発せられた白色光は、波長選択素子13bを透過し、測定光として培養容器2内の培地Mおよび細胞に照射される。波長選択素子13bは、透過させる光の波長を変更可能である。すなわち、波長選択素子13bによって、培地Mに照射される測定光の波長を変更することができる。
【0068】
カメラ13cは、測定光が照射されているときに培養容器2内の培地Mおよび細胞を撮像し、培地Mおよび細胞の画像をプロセッサ14に送信する。
プロセッサ14は、培地Mに照射される測定光の強度と画像の輝度値とに基づいて、測定波長における培地Mの吸光度を算出する。また、プロセッサ14は、酸型のpH指示薬および塩基型のpH指示薬の各々の濃度を算出し、培地のpHを算出する。
【0069】
酸解離平衡推定装置の他の実施形態において、吸光度測定デバイス5の光源および検出器は、別々に配置されていてもよい。例えば、光源は、インキュベータ内の培養容器2の隣に配置されてもよく、インキュベータ内の棚に配置されてもよい。コンタミネーションを防止するために、光源は、他の培養容器内に収容されていてもよい。
酸解離平衡推定装置の他の実施形態において、吸光度測定デバイス5の光源および検出器は、培養容器2の周囲の他の装置に設けられていてもよい。例えば、光源および検出器の両方が、インキュベータ内の棚に配置されていてもよい。
【符号の説明】
【0070】
1 モニタリング装置、酸解離平衡推定装置
2 培養容器
3 筐体
3a ステージ
4 撮像デバイス
5 吸光度測定デバイス
6 メモリ
7,14,20b プロセッサ
8,40a 通信装置(通信部)
10,11 モニタリング装置
12 顕微鏡装置、酸解離平衡推定装置
20 画像処理装置、酸解離平衡推定装置
21 画像処理装置(中継装置)
30 サーバ、酸解離平衡推定装置
40 ユーザインタフェース装置
40b 表示デバイス(通知部)
50 培地交換装置
100,101,102 酸解離平衡推定システム
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7A
図7B
図8
図9
図10
図11
図12