(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-25
(45)【発行日】2022-06-02
(54)【発明の名称】リベリバクター属細菌を培養および検出するための培地、キットおよび検出方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/20 20060101AFI20220526BHJP
C12Q 1/04 20060101ALI20220526BHJP
【FI】
C12N1/20 A
C12Q1/04 ZNA
(21)【出願番号】P 2017025496
(22)【出願日】2017-02-15
【審査請求日】2019-11-28
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度農林水産省「農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100150142
【氏名又は名称】相原 礼路
(74)【代理人】
【識別番号】100174849
【氏名又は名称】森脇 理生
(72)【発明者】
【氏名】藤川 貴史
(72)【発明者】
【氏名】藤原 和樹
【審査官】松原 寛子
(56)【参考文献】
【文献】PLOS one,2014年,Vol.9,e84469,doi:10.1371/journal.pone.0084469
【文献】Hyclone培地組成表 TNM-FH(online),[検索日 2020.07.22],インターネット: <URL:http://www.cytivalifesciences.co.jp/catalog/39461.html>
【文献】Techno innovation,2012年,No.85,p.31-36
【文献】Phytopathology,Vol.104,2014年,p.15-26
【文献】Cold spring harbor protocol[online],2009年,[検索日 2020.07.21],インターネット: <URL:http://www.cshprotocols.cshlp.org/content/2009/7/pdb.rec11326.short>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00
C12Q 1/04
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の成分(a)~(d)を含有する、カンジダタス・リベリバクター・アシアティクス(Candidatus Liberibacter asiaticus)を培養するための培地:
(a)
グルコースおよびスクロース、
(b)
フルクトースおよびデンプン、
(c)ケトグルタル酸、および
(d)植物由来エキスおよび酵母由来エキ
ス。
【請求項2】
前記成分(d)は、PhytoneおよびYeast Extrac
tである、請求項1に記載の培地。
【請求項3】
CoA、CoA誘導体、グリセロリン酸塩およびグリセロールからなる群より選択される少なくとも1つをさらに含有する、請求項1または2に記載の培地。
【請求項4】
バリン、イソロイシン、プロリン、オルニチン、チロシン、トリプトファン、ヒスチジンおよびシステインからなる群より選択される少なくとも1つをさらに含有する、請求項1~3のいずれか1項に記載の培地。
【請求項5】
抗生物質をさらに含有する、請求項1~4のいずれか1項に記載の培地。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載の培地上で試料を培養する工程と、前記培地上におけるリベリバクター属細菌の存在を検出する工程とを含み、
前記リベリバクター属細菌は、カンジダタス・リベリバクター・アシアティクス(Candidatus Liberibacter asiaticus)である、リベリバクター属細菌を検出する方法。
【請求項7】
請求項1~5のいずれか1項に記載の培地を含む、リベリバクター属細菌を検出するためのキットであって、
前記リベリバクター属細菌は、カンジダタス・リベリバクター・アシアティクス(Candidatus Liberibacter asiaticus)である、キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リベリバクター属細菌を培養するための培地、リベリバクター属細菌を検出するためのキットおよび方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カンキツグリーニング病(citrus greening;huanglongbing)は、カンキツに壊滅的な被害を及ぼす病害である。カンキツグリーニング病は、篩部局在性の細菌であるカンジダタス・リベリバクター属(Candidatus Liberibacter spp.)細菌によって引き起こされる(非特許文献1)。特に、カンジタダス・リベリバクター・アシアティクス(Candidatus Liberibacter asiaticus;以下、「Las」ともいう。)が、アジアを中心に主要な病原細菌となっている。
【0003】
カンキツグリーニング病による世界のカンキツ生産における被害は大きい(非特許文献2)。日本では現在、鹿児島県の徳之島、沖永良部島、与論島と沖縄県全域において、カンキツグリーニング病の発生が確認されており、カンキツ主要産地への侵入を警戒している。しかしながら、カンキツグリーニング病菌の生物学的な特徴や病原性といった知見は、ごくわずかである。また、カンキツグリーニング病菌に対する宿主植物の生化学的な応答や、抵抗性についての情報も限られている。そのため、抵抗性品種の育種や防除技術の開発は、ほとんど進展していない。それゆえ、植物検疫の現場では、感染樹や感染穂木の迅速な同定及び処分が、最も重要な対策手段である。
【0004】
また、近年、リベリバクター属細菌として、カンジダタス・リベリバクター・ソラナケアルム(Candidatus Liberibacter solanacearum;以下「Lso」ともいう。)が新たに発見された。本細菌は、アメリカ合衆国、メキシコ、グアテマラ、ホンジュラス、ニカラグアおよびニュージーランドにおいて、ジャガイモの塊茎部(芋)に縞状の病徴を示すゼブラチップ病を引き起こすことが報告されている(非特許文献3)。加えて、2010年以降は、欧州のフィンランド、ノルウェー、スウェーデン、フランスおよびスペインにおいて、ニンジンおよびこれと同じセリ科であるセロリーに対し、葉の脱色化や、茎および根の矮化といった病徴を引き起こすことが報告されている(非特許文献4)。いずれの病徴についても、生理障害や虫害と区別することが難しく、またファイトプラズマによる病害とも似ているため、正確な病原体同定が立ち遅れている。そのため、栽培現場において本病原菌による病害を適切に診断することが望まれている。
【0005】
カンキツグリーニング病菌に感染した感染樹の診断、Lsoに感染した感染植物の診断および病原菌に汚染された種子の診断では、主として、PCR法、リアルタイムPCR法およびLAMP法といった様々なDNA増幅法が用いられている(非特許文献3、5)。これらは、検査対象植物の葉、枝および種子等の組織からDNAを抽出し、そのDNAを鋳型として、病原細菌のDNAに特有の遺伝子を増幅させる方法である。これらのDNA増幅法では、公知のプライマーを利用することによって検出が可能である。しかし、病原細菌の菌密度が極めて低い場合、検査対象植物からのDNA抽出とそれに続くDNA増幅法による診断では、擬陰性になる可能性がある。また、検査植物体内で病原細菌が死滅しており、感染拡大の恐れがない場合であっても、死滅した病原細菌由来のDNAが抽出および増幅されるおそれがある。このように、従来のDNA増幅法では、真に感染拡大のリスクのある感染植物の診断は不可能である。
【0006】
また、カンキツグリーニング病を検出する方法には、カンキツグリーニング病に特徴的な病徴を目視で確認する方法がある(非特許文献5)。しかし、この方法では、栄養障害による疑似症状を感染していると誤診する可能性があり、また無病徴感染している場合には見逃す危険性がある。
【0007】
また、感染樹の葉等にデンプンが蓄積されていることを利用して、ヨウ素デンプン反応による発色反応を用いて検出する方法(非特許文献6~7;特許文献1~3)、感染樹の葉等で金属イオン濃度が減少していることを利用して、金属イオンの濃度を測定する方法(特許文献4)が報告されている。しかし、これらの方法では、栄養障害等による影響で、非感染樹であっても陽性となることがある。また、樹の個体間差が大きく、正確な診断には適さない
また、カンキツグリーニング病を検出する方法として、感染樹から生きた菌を抽出し、DNA抽出をせずにPCR法によって病原細菌DNAを増幅し確認する方法(非特許文献8)がある。この方法では、感染樹体内の菌密度が極めて低い場合には、擬陰性になる可能性がある。
【0008】
また、Lsoの診断方法として、感染植物のDNAを抽出し、PCR法およびリアルタイムPCR法等のDNA増幅法により病原細菌DNAを増幅し確認する方法が報告されている(非特許文献4、9~11;特許文献5)。この方法では、上述したように、病原細菌の菌密度が極めて低い場合、擬陰性になる可能性がある。また、検査植物体内で病原細菌が死滅している場合であっても、死滅した病原細菌由来のDNAが抽出および増幅されるおそれがあり、真に感染拡大のリスクのある感染植物の診断は不可能である。
【0009】
カンキツグリーニング病原細菌は、篩部局在性の細菌であり、分離および培養が困難である。カンキツグリーニング病原細菌を培養するための培地として、MIG培地(非特許文献12)、BBM3培地(非特許文献13)、LiberA培地(非特許文献14)およびジュースを添加したKB培地(非特許文献15)が報告されている。しかし、MIG培地およびLiberA培地を用いた病原細菌の培養では、宿主樹体から分離される様々な常在菌も培養され、病原細菌を選択的に増殖させることができない。BBM3培地では、病原細菌をアクチノバクテリアと共培養させる必要があり、病原細菌を選択的に増殖させることができない。また、ジュースを添加したKB培地では、培地成分に宿主植物および加工されたカンキツを原料とするジュース(抽出液)を必要とするが、このジュースは用事調製でありその都度ロット差があり、安定した培養条件を得ることができない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2004-264101
【文献】実用新案登録第3117905号
【文献】実用新案登録第3122265号
【文献】特開2006-267092
【文献】スペイン特許出願公開第2377690号明細書
【非特許文献】
【0011】
【文献】Journal of Plant Pathology,(伊),2006,Vol.88,No.1,p.7-37
【文献】United States Department of Agriculture,(米), Citrus:World Markets and trade,2015年7月
【文献】Bulletin OEPP/EPPO Bulletin,(欧州),2013,Vol.43,No.2,p.197-201
【文献】Plant Pathology,(英),2015,Vol.64,p.276-285
【文献】“Strategic Planning for the Florida Citrus Industry: Addressing Ctrus Greening”,Committee on the strategic planning for the Florida citrus industry: addressing citrus greening disease (huanglongbing); National Research Council(米),2010年
【文献】“An lodine-Based Starch Test to Assist in Selecting Leaves for HLB Testing”,University of Florida,2007,HS1122
【文献】澤岻哲也,外7名,“スクラッチ法によるカンキツグリーニング病の迅速簡易診断”,日植病報,2007年,第73巻,p.3-8
【文献】PLOS ONE,(米),2013年2月,Vol.8,No.2,e57011
【文献】Plant Disease,(米),2009,Vol.93,No.3,p.208-214
【文献】Plant Pathology,(英),2014,Vol.63,p.812-820
【文献】Journal of Plant Pathology,(伊),2016,Vol.98,No.3,p.63-68
【文献】Citrus and Subtropical Fruit Journal,(南ア),1984,Vol.611,p.4-5
【文献】Plant Disease,(米),2008,Vol.92,No.11,p.1547-1550
【文献】Phytopathology,(米),2009,Vol.99,p.480-486
【文献】Phytopathology,(米),2014,Vol.104,No.1,p.15-26
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
カンキツグリーニング病原細菌などのリベリバクター属細菌に感染した植物を正確に診断するために、病原菌を安定的に培養することができる培地の開発が求められている。本発明は、リベリバクター属細菌を安定的に培養することができる培地を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、リベリバクター属細菌のゲノムに保存されている遺伝子から、糖代謝およびアミノ酸合成系経路の予測を行い、リベリバクター属細菌の培地組成に必要な成分を検討した。そして、本発明者らは、従来報告されてきたカンキツグリーニング病原細菌用の培地(非特許文献12~15)とは大きく成分の異なる、新規の培地を開発した。本発明者らは、生きた病原細菌をカンキツ感染樹から抽出し、この培地に植え付け、培養することに成功した。本発明者らは、病原細菌を培養した培地を用いて、PCR法、RT-PCR法およびin situハイブリダイゼーション法等の分子生物学的手法を用いることにより、菌の増殖を確認することができた。また、in situハイブリダイゼーション法や抗体による検出では、培地上の菌を色素染色し、顕微鏡観察することによって可視化検出することが可能であった。
【0014】
本発明は、グルコースおよび/またはグルコースを含むオリゴ糖と、ケトグルタル酸とを含有する、リベリバクター属細菌を培養するための培地を提供する。
【0015】
また本発明は、上記培地において、グルコースおよびグルコースを含むオリゴ糖以外の糖質をさらに含有する培地を提供する。
【0016】
また本発明は、上記培地において、CoA、CoA誘導体、グリセロリン酸塩およびグリセロールからなる群より選択される少なくとも1つをさらに含有する培地を提供する。
【0017】
また本発明は、上記培地において、バリン、イソロイシン、プロリン、オルニチン、チロシン、トリプトファン、ヒスチジンおよびシステインからなる群より選択される少なくとも1つをさらに含有する培地を提供する。
【0018】
また本発明は、上記培地において、抗生物質をさらに含有する培地を提供する。
【0019】
また本発明は、上記のいずれかの培地上で試料を培養する工程と、培地上におけるリベリバクター属細菌の存在を検出する工程とを含む、リベリバクター属細菌を検出する方法を提供する。
【0020】
また本発明は、上記のいずれかの培地を含む、リベリバクター属細菌を検出するためのキットを提供する。
【発明の効果】
【0021】
本発明の培地を用いれば、リベリバクター属細菌を安定的に培養することができる。本発明は、これまで不可能であった、リベリバクター属細菌に感染した植物の高感度診断を可能にする。さらに本発明の培地をキット化することによって、簡便かつ迅速に検査を行うことができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】一般的な細菌における糖代謝およびアミノ酸合成系経路を示す図。
【
図2】グリーニング病原細菌において予測される糖代謝およびアミノ酸合成系経路を示す図。
【
図3】アミノ酸代謝に関し、各細菌において保存されている経路の数(割合)を示す図。
【
図4】脂肪酸合成に関し、各細菌において保存されている経路の数(割合)を示す図。
【
図5】Lasに感染した葉(Ishi-1、OK901、KIN1)から得られた菌を培養した培地から抽出したDNAを鋳型とし、Las特異的DNAを検出した結果を示す図。
【
図6】培地断片(1cm
2)から抽出したtotal DNAを用いて、カンキツグリーニング病原細菌の16S rDNAをリアルタイムPCR(Syber green)で定量した結果を示す図。
【
図7】培地表面を掻き取った水について蛍光in situハイブリダイゼーション法を行ったときの蛍光顕微鏡画像を表す図。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の培地は、リベリバクター属細菌を培養するための培地である。リベリバクター属細菌(カンジダタス・リベリバクター属細菌)には、たとえばカンジタダス・リベリバクター・アシアティクス(Las)、カンジダタス・リベリバクター・ソラナケアルム(Lso)、カンジダタス・リベリバクター・アフリカヌス(Candidatus Liberibacter africanus)、カンジダタス・リベリバクター・アメリカヌス(Candidatus Liberibacter americanus)、カンジダタス・リベリバクター・エウロパエウス(Candidatus Liberibacter europaeus)およびカンジダタス・リベリバクター・クレセンス(Candidatus Liberibacter crescens)などが含まれる。
【0024】
リベリバクター属細菌の多くは、カンキツグリーニング病などの植物病害を引き起こす病原細菌である。したがって、本発明の培地は、リベリバクター属細菌を原因とする病害の診断に用いることができる。
【0025】
本発明の培地は、グルコースおよび/またはグルコースを含むオリゴ糖を含有する。グルコースおよびグルコースを含むオリゴ糖は、細菌のエネルギー基質および細胞構成成分の基質となる。
【0026】
本明細書において「オリゴ糖」とは、2~10個の単糖がグリコシド結合によって結合したものをいう。グルコースを含むオリゴ糖には、特に限定されないが、たとえばマルトース、スクロース、ラクトース、セロビオース、トレハロース、ラフィノース、パノース、マルトトリオース、メレジトース、スタキオース、ガラクトオリゴ糖およびフラクトオリゴ糖などが含まれる。
【0027】
本発明の培地は、グルコースおよびグルコースを含むオリゴ糖以外の糖質をさらに含有してもよい。本明細書において「糖質」とは、単糖類および二糖類を含む糖類並びに三糖以上の多糖類を含む。糖類は、上述したものに加え、ガラクトース、マンノース、フルクトース、リボース、キシロースおよびラクツロースなどを含む。多糖類は、上述したものに加え、三糖以上のオリゴ糖、デキストリン、デンプン、アミロース、アミロペクチン、セルロース、グリコーゲン、β-グルカンおよびムコ多糖などを含む。これらの糖質は、細菌のエネルギー基質および細胞構成成分の基質となる。
【0028】
本発明の培地は、宿主植物の篩管液と同様の浸透圧とするため、糖質を0.1モル濃度以上、好ましくは0.2モル濃度以上、より好ましくは0.4モル濃度以上含有してもよい。また、培地に含まれる糖質は、1モル濃度以下、好ましくは0.8モル濃度以下であることができる。
【0029】
本発明の培地はまた、ケトグルタル酸を含有する。ケトグルタル酸は、クエン酸回路の重要な代謝産物であり、エネルギー生成、アミノ酸合成および核酸合成等の細胞の一次代謝系に関わっている。本明細書において、「ケトグルタル酸」とは、α-ケトグルタル酸または2-オキソグルタル酸であってもよい。
【0030】
本発明の培地は、アミノ酸類をさらに含有してもよい。本発明において使用するアミノ酸類には、たとえばバリン、イソロイシン、プロリン、オルニチン、チロシン、トリプトファン、ヒスチジンおよびシステインなどが含まれる。本発明の培地は、1種類のアミノ酸を含有してもよいし、2種類以上のアミノ酸を含有してもよい。アミノ酸類は、細菌の細胞構成成分の基質となる。
【0031】
本発明の培地は、脂肪酸の基質となる成分をさらに含有してもよい。脂肪酸の基質として、たとえばCoA(補酵素A)、CoA誘導体、グリセロリン酸塩およびグリセロールなどを用いることができる。
【0032】
CoA誘導体は、たとえばCoAから合成される有機物であり、アシルCoA、アセチルCoA、アセトアセチルCoA、カフェオイルCoA、クマロイルCoA、グルタリルCoA、クロトニルCoA、シナポイルCoA、シンナモイルCoA、スクシニルCoA、3-ヒドロキシブタノイルCoA、ヒドロキシメチルグルタリルCoA、フェルロイルCoA、プロピオニルCoAおよびマロニルCoAなどが含まれる。
【0033】
グリセロリン酸塩には、たとえばグリセロリン酸ナトリウムおよびグリセロリン酸カルシウムなどが含まれる。
【0034】
本発明の培地は、細菌の成長促進物質類をさらに含有してもよい。成長促進物質類には、各種ビタミンおよびミネラルなどが含まれる。成長促進物質類として、たとえば植物由来エキスおよび酵母由来エキスなどを用いることができる。
【0035】
本発明の培地は、抗生物質をさらに含有してもよい。抗生物質には、抗菌薬および抗真菌薬などが含まれる。抗菌薬として、たとえばβ-ラクタム系、アミノグリコシド系、リンコマイシン系、ホスホマイシン系、テトラサイクリン系、クロラムフェニコール系、マクロライド系、ケトライド系、ポリペプチド系、グリコペプチド系、ストレプトグラミン系、キノロン系、ニューキノロン系およびオキサゾリジノン系などを用いることができる。β-ラクタム系の抗生物質には、ペニシリン系およびセフェム系(セファロスポリン系、セファマイシン系およびオキサセフェム系)の抗生物質などが含まれる。
【0036】
抗真菌薬には、たとえばポリエン系抗生物質、アゾール系抗真菌剤、キャンディン系抗真菌剤、シクロヘキシミドおよびカビサイジンなどが含まれる。ポリエン系抗生物質には、たとえばアンフォテリシンB、ナイスタチン、ピマリシン、トリコマイシン、グリセオフルビン、ペンタマイシン、カンディシジン、ハマイシンおよびクロミン等が含まれる。アゾール系抗真菌剤には、たとえばミコナゾール、フルコナゾール、イトラコナゾールおよびボルコナゾール等が含まれる。キャンディン系抗真菌剤には、たとえばミカファンギン等が含まれる。
【0037】
本発明の培地は、抗生物質を1種類のみ含有してもよいし、2種類以上含有してもよい。本発明の培地は、抗生物質として抗菌薬と抗真菌薬との両方を含有してもよい。本発明の培地が抗生物質を含有することにより、リベリバクター属細菌以外の菌、たとえば宿主植物由来の常在菌等の増殖を抑制することができる。したがって、本発明の培地を用いれば、選択的にリベリバクター属細菌を培養することができる。
【0038】
本発明の培地は、ブロモフェノールブルー(BPB)およびブロモチモールブルー(BTB)等の酸塩基指示薬をさらに含有してもよい。酸塩基指示薬を含有することにより、pH調整を容易に行うことができる。
【0039】
本発明の培地は、液体培地および固体培地などであることができる。本発明の培地は、固形培地とするための寒天およびゲランガム等をさらに含有してもよい。
【0040】
本発明の培地は、滅菌された形態であることができる。滅菌方法には、特に限定されず、公知の方法を用いることができる。本発明の培地は、滅菌後、シャーレ、試験管、チューブおよびマイクロタイタープレートなど、菌を培養可能な容器に収容された形態であってもよい。
【0041】
本発明の培地は、従来公知の方法により作製することができる。たとえば、抗生物質以外の培地成分を水に溶解し、滅菌処理を行い、抗生物質を添加した後、菌を培養するための容器に分注することにより作製することができる。
【0042】
本発明はまた、リベリバクター属細菌を検出する方法を提供する。本発明の方法は、上述したリベリバクター属細菌を培養するための培地上で試料を培養する工程と、培地上におけるリベリバクター属細菌の存在を検出する工程とを含む。
【0043】
試料には、たとえばカンキツグリーニング病原細菌などのリベリバクター属細菌の感染または混入が疑われる植物体の一部またはその抽出物などを用いることができる。培地上で試料を培養する工程では、試料を培地上に接種した後、たとえば15~30℃で、2週間以上、たとえば1ヶ月以上培養することができる。
【0044】
培地上におけるリベリバクター属細菌の存在を検出する工程では、培地上にリベリバクター属細菌が存在するか否かを検出する。リベリバクター属細菌の存在は、たとえばPCR法、in situハイブリダイゼーション法、ELISA法および電子顕微鏡観察などを用いて検出することができる。たとえば、PCR法を用いる場合、培地から抽出したDNAを鋳型として、リベリバクター属細菌に特異的なプライマーを用いてPCRを行い、目的の断片が増幅したときに菌が存在すると判断することができる。また、培地上の菌を色素染色して可視化し、顕微鏡観察することにより、菌の存在を検出してもよい。
【0045】
本発明の方法は、感染植物内の菌密度が極めて低い場合であっても、培養することによって菌密度を高めることができ、菌の存在を確実に検出することが可能である。また、本発明の方法であれば、感染拡大のリスクとなる、増殖する能力のある生きた病原細菌のみを検出することができる。すなわち、本発明の方法であれば、植物体に残っている、感染能力のない死滅した病原細菌を検出してしまうことを回避できる。
【0046】
本発明はまた、リベリバクター属細菌を検出するためのキットを提供する。本発明のキットは、上述したリベリバクター属細菌を培養するための培地を含む。また、本発明のキットは、培養後の菌の検出に必要な試薬、たとえば菌の回収、DNA抽出およびDNA増幅などに必要な試薬をさらに含んでもよい。本発明のキットは、たとえば、PCR酵素、バッファー、dNTP混合物、蛍光色素およびリベリバクター属細菌由来のDNAを含むDNA溶液などをさらに含んでもよい。また、本発明のキットは、取扱説明書をさらに含んでもよい。
【0047】
本発明のキットは、リベリバクター属細菌の有無について簡便かつ迅速な検査を可能とする。
【0048】
本発明の培地、キットおよび検出方法は、国内だけでなく、カンキツグリーニング病によって深刻な被害を受けている国々において、植物検疫および病害診断に利用することができる。たとえば、本発明の培地、キットおよび検出方法を用いて植物の輸入検疫を行うことにより、カンキツグリーニング病に感染した植物体が国内に侵入することを未然に防ぐことができる。また、本発明の培地、キットおよび検出方法を用いて輸出検疫を行うことにより、輸出対象植物がカンキツグリーニング病に罹病しているかどうかを迅速に検査し、その結果を相手国に通知することができる。一方、国内では、本発明の培地、キットおよび検出方法を利用することにより、感染の疑わしい宿主植物を迅速に検定し、感染拡大のリスクを最小限に抑えることができる。また、本発明は、リベリバクター属細菌の感染または汚染植物の診断を要する国々においても、検疫および診断に利用することができる。
【実施例】
【0049】
以下に実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0050】
〔糖代謝およびアミノ酸合成系経路の比較〕
カンキツグリーニング病原細菌(Candidatus Liberibacter asiaticus)のゲノムに保存されている遺伝子から、糖代謝およびアミノ酸合成系経路の予測を行った。カンキツグリーニング病原細菌および近縁種のゲノム情報は、NCBI GenBankのDNAデータバンクより入手した(Candidatus Liberibacter asiaticus (Las) Ishi-1; NZ_AP014595, Las psy62; NC_012985, Candidatus Liberibacter solanacearum CLso-ZC1; NC_014774等)。代謝経路の予測は、KEGG pathway(http://www.genome.jp/kegg/)等のウェブツールを利用した。
【0051】
図1は、一般的な細菌における糖代謝およびアミノ酸合成系経路を示す。
図2は、グリーニング病原細菌において予測される糖代謝およびアミノ酸合成系経路を示す。
【0052】
また、各細菌のアミノ酸代謝および脂肪酸合成において、酵素遺伝子の有無により、経路が保存されているかどうかを調べた。アミノ酸代謝は、分岐鎖アミノ酸代謝(5個の経路を含む)、アルギニンおよびプロリン代謝(4個の経路を含む)、ヒスチジン代謝(2個の経路を含む)および芳香族アミノ酸代謝(11個の経路を含む)についてそれぞれ調べた。また、脂肪酸合成に関する8個の経路について調べた。
【0053】
図3は、アミノ酸代謝に関し、各細菌において保存されている経路の数(割合)を示す図である。
図4は、脂肪酸合成に関し、各細菌において保存されている経路の数(割合)を示す図である。
図3および
図4の左側には、α-プロテオバクテリアの代表株の系統樹が示されており、一番上の「Ishi-1」から「Lcr」までがカンジダタス・リベリバクター属細菌のクラスターである。
図3および
図4の右側のグラフにおいて、黒は保存されている(酵素遺伝子が存在する)経路、グレーは部分的に保存されている経路、白は保存されていない(酵素遺伝子が存在しない)経路を示す。つまり、黒の割合が多いと、多くの経路が保存されているため、該当するアミノ酸または脂肪酸の生成能があると判断される。また、白の割合が多いと、ほとんどの経路が保存されていないため、該当するアミノ酸または脂肪酸の生成能がない可能性が高いと判断される。
【0054】
上述した方法により、一般細菌と比較して、カンキツグリーニング病原細菌において、保存されていない可能性が高い代謝経路を探索した。代謝経路が保存されていない場合、その経路の産物は、グリーニング病原細菌が自身では合成できないと予測されるため、外部から摂取する必要があると考えた。また、代謝経路が一般細菌と同様に完全に働いていると考えられる経路においては、その経路の最初期の基質が培養に必須の成分であるとも考えた。
【0055】
また、植物の篩管液の成分と高浸透圧条件が、本病原細菌の生育環境に必要であると推測した。
【0056】
代謝経路の比較結果に基づいて、カンキツグリーニング病原細菌を培養するための培地組成には、病原細菌のエネルギー基質および細胞構成成分の基質として、少なくともグルコースおよび/またはグルコースを含むオリゴ糖と、ケトグルタル酸が必要であると推測した。また、浸透圧を高めるために、グルコースおよび多糖類等を加えることを検討した。
【0057】
また、培地組成には、細胞構成成分の基質として、アミノ酸類を含有させることを検討した。代謝経路の比較結果に基づいて、アミノ酸類として、バリン、イソロイシン、プロリン、オルニチン、チロシン、トリプトファン、ヒスチジンおよびシステインを含む複数のアミノ酸と、これらアミノ酸から生じる生成物を含有させることを検討した。
【0058】
また、代謝経路の比較結果に基づいて、培地組成には、脂肪酸の基質として、CoAまたはCoA誘導体を含有させることを検討した。
【0059】
また、培地組成には、細菌の成長促進物質類として、各種ビタミンおよびミネラルを含有させることを検討した。
【0060】
また、培地組成には、カンキツグリーニング病原細菌以外の菌の増殖を抑制する抗生物質を含有させることを検討した。
【0061】
〔実施例1〕
(培地調製)
Phytone(BD社製)0.5g、Yeast Extract(DIFCO社製)0.2g、Glucose(WAKO社製)0.1g、Fructose(WAKO社製)0.1g、Sucrose(WAKO社製)0.1g、Starch(WAKO社製) 0.1g、Keto-glutarate(SIGMA社製) 0.1g、MEM amino acid essential (50x) (WAKO社製) 0.5ml、MEM amino acid non-essential (100x) (WAKO社製)1.0ml、Glutamine (株式会社ペプチド研究所社製)0.1g、Methionine(WAKO社製) 0.1g、Cysteine (WAKO社製)0.1g、Cystine(WAKO社製) 0.1g、Disodium Glycerophosphate (WAKO社製)0.5g、CoA (WAKO社製)~0.1g、Glycerol(WAKO社製) 1ml、BTB(WAKO社製)約0.001gおよびAgarose(WAKO社製) 2gを水に溶解し、水酸化ナトリウム溶液でpH7.0(緑色)に調整した後、100mlにメスアップした。オートクレーブ滅菌(121℃、15分)後、pHを7.0に再調整し、次いでCycloheximide(30ppm)およびampicillin(50ppm)を添加して、プラスチックシャーレに分注した。
【0062】
〔実施例2〕
(カンキツグリーニング病原細菌の培養)
カンキツグリーニング病原細菌Lasに感染している罹病葉(Ishi-1、OK901、KIN1)の中肋部を回収し、細断した後、バイオマッシャーIII(株式会社ニッピ)中で、滅菌水400μLと共に摩砕および遠心(6,000g、2分)し、沈殿物のみを新たに滅菌水400μLで再懸濁した。これを培養に用いる菌液とした。
【0063】
実施例1で調製した培地上に菌液を100μL/plate分注し、スプレッダーで培地表面に広げた。その後、25℃で培養した。
【0064】
(カンキツグリーニング病原細菌の検出)
培養した結果、培地中にはカンキツグリーニング病原細菌由来のコロニーは見られなかった。培養14日後に、培地断片を切り出し、DNeasy Plant Mini Kit(株式会社キアゲン)を用いてDNAを抽出した。このDNAを鋳型とし、Las特異的なプライマー(コンベンショナルPCR:Las606: 5′-GGA GAG GTG AGT GGA ATT CCG A-3′(配列番号1)およびLSS: 5′-ACC CAA CAT CTA GGT AAA AAC C-3(配列番号2);リアルタイムPCR:Las931:5′-CAG CCC TTG ACA TGT ATA GGA CG-3′(配列番号3)およびLSS(配列番号2))を用いてコンベンショナルPCRおよびリアルタイムPCRを行った。コンベンショナルPCRは、ExTaq HS(タカラバイオ株式会社)を用いて定法により行った。リアルタイムPCRは、SYBR Premix ExTaqII(タカラバイオ株式会社)を用いて定法により行った。
【0065】
図5は、Lasに感染した葉(Ishi-1、OK901、KIN1)から得られた菌を培養した培地から抽出したDNAを鋳型とし、Las特異的DNAを検出したコンベンショナルPCRの結果を示す。全てのサンプルにおいて、Las特異的DNAが検出された。また
図6は、培地断片(1cm
2)から抽出したtotal DNAを用いて、カンキツグリーニング病原細菌の16S rDNAをリアルタイムPCR(Syber green)で定量した結果を示す(n=9)。
図6に示すように、培養前と比較して、培養14日後には、カンキツグリーニング病原細菌の量が10倍以上となっていることが示された。
【0066】
また、培地表面を滅菌水で掻き取り、公知の方法により蛍光in situハイブリダイゼーション法(FISH)を行った。Las特異的なプローブとして、Las特異的な配列(5’-CCC AAC ATC TAG GTA AAA ACC TAA ACT TGA-3’(配列番号4))のオリゴヌクレオチドをDIGラベル化したオリゴヌクレオチドを用いた。DIGラベルには、DIG Oligonucleotide 3’-End Labeling Kit, 2nd generation(Roche Applied Science, Penzberg, Germany)を用いた。
図7は、培地表面を掻き取った水について蛍光in situハイブリダイゼーション法を行ったときの蛍光顕微鏡画像を表す図である。
図7に示すように、Las特異的RNAが検出された。したがって、培地上にLasの存在を検出することができた。
【0067】
本実施例の培地は、宿主植物由来の常在菌の生育を抑えて、病原細菌のみを効果的に増殖させることが可能であった。また、病原細菌を数回継代培養することが可能であった。このような特徴は、従来の培地では認められない、有用な性質である。
【0068】
〔実施例3〕
鹿児島県与論町の庭木カンキツ樹をランダムに調査し、感染の疑わしいものについて葉を回収した。実施例2に準じて、培養を行った。培養は、現地の公共施設内で静置して行い、21日後に培養試料からDNAを回収し、実施例2と同じ方法によりPCRを行った。
【0069】
その結果、あらかじめ植物からDNAを抽出してPCR法を行ったときに陰性であった試料のうちのいくつかが、培養21日後には陽性になった(図示せず)。このことから、本発明の方法は、従来の方法よりも確実にカンキツグリーニング病原細菌を検出できることが示唆された。また、本発明の方法は、現地での罹病樹検定にも十分適していることが示された。
【0070】
〔実施例4〕
本発明の培地の組成について検討した。表1に示す組成の培地を作成し、実施例2と同様にLasを培養して、培養2ヶ月後に菌の増殖の有無をPCR法により検出した。
【0071】
表1の組成1は、糖類を除いたものであり、組成2は、アミノ酸類を除いたものであり、組成3は、酵素消化物および酵母抽出物(炭水化物およびビタミン類を含む)を除いたものであり、組成4は、脂肪酸類を除いたものであり、組成5は、CoAを除いたものであり、組成6は、グリセロリン酸カルシウムを除いたものであり、組成7は、ピルビン酸を除いたものであり、組成8は、全ての成分を含む。
【0072】
菌の増殖の有無を検出した結果、組成7および8は、全ての試料が陽性となった。一方、組成1では、全ての試料が陰性となった。また、組成2~6では、陽性となるものと陰性となるものが混在した。これらの結果から、培地の組成には、少なくとも糖類が必要であることが示された。また、Lasの安定的な培養のためには、アミノ酸類、酵素消化物および酵母抽出物、脂肪酸類、CoAおよびグリセロリン酸塩が培地に含まれていることが好ましいことが示唆された。
【0073】
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明は、カンキツグリーニング病の植物検疫および病害診断に好適に利用可能である。
【配列表】