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特許7079493酸水酸化物及びその製造方法、プロトン伝導体、並びに触媒担体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-25
(45)【発行日】2022-06-02
(54)【発明の名称】酸水酸化物及びその製造方法、プロトン伝導体、並びに触媒担体
(51)【国際特許分類】
   C01G 15/00 20060101AFI20220526BHJP
   B01J 32/00 20060101ALI20220526BHJP
   B01J 37/10 20060101ALI20220526BHJP
   B01J 23/08 20060101ALI20220526BHJP
   H01B 1/08 20060101ALI20220526BHJP
【FI】
C01G15/00 B
B01J32/00
B01J37/10
B01J23/08 M
H01B1/08
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2018203780
(22)【出願日】2018-10-30
(65)【公開番号】P2020070203
(43)【公開日】2020-05-07
【審査請求日】2021-07-15
(73)【特許権者】
【識別番号】592218300
【氏名又は名称】学校法人神奈川大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(72)【発明者】
【氏名】新井 健司
(72)【発明者】
【氏名】本橋 輝樹
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 美和
【審査官】▲高▼橋 真由
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-306695(JP,A)
【文献】特開2011-224488(JP,A)
【文献】特開平11-240717(JP,A)
【文献】特開平09-183657(JP,A)
【文献】Journal of Materials Chemistry A ,2014年,Vol.2 , p.16915-16924
【文献】Journal of Materials Chemistry A,2016年,Vol.4 ,p.1224-1232
【文献】Chemistry of Materials,2015年,Vol.27,p.3861-3873
【文献】Solid State Ionics,1999年,Vol.116,p.211-215
【文献】Solid State Ionics,2004年,Vol.170,p. 25-32
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G 15/00
B01J 21/00-38/74
H01B 1/00-1/24
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
BaIn(OH)で表され、
六方晶構造を有する、酸水酸化物。
【請求項2】
BaIn(OH)で表され、
X線回折測定によって測定した回折パターンにおいて、回折ピークが少なくとも、
2θ=8.91~9.41°、18.12~18.62°、23.73~24.23°、27.44~27.94°、29.75~30.25°、31.73~32.23°、39.56~40.06°、44.93~45.43°
の範囲に現れる結晶構造を有する、酸水酸化物。
【請求項3】
X線回折測定によって測定した回折パターンにおいて、2θ=27.44~27.94°の範囲に現れる回折ピーク強度を100%としたときの、それぞれの前記回折ピークが、
29~43% (2θ=8.91~9.41°)
11~17% (2θ=18.12~18.62°)
9~13% (2θ=23.73~24.23°)
7~11% (2θ=29.75~30.25°)
30~45% (2θ=31.73~32.23°)
5~8% (2θ=39.56~40.06°)
8~12% (2θ=44.93~45.43°)
となる強度で現れる結晶構造を有する、請求項2に記載の酸水酸化物。
【請求項4】
昇温速度10℃/分で25℃から600℃まで昇温したときの質量減が、加熱前の質量に対し、2.7質量%以下である、請求項1~3のいずれか1項に記載の酸水酸化物。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の酸水酸化物を含む、プロトン伝導体。
【請求項6】
請求項1~4のいずれか1項に記載の酸水酸化物を含む、触媒担体。
【請求項7】
BaInを、30体積%以上の水蒸気を含む雰囲気下、300℃以上で加熱することにより、BaIn(OH)で表され、且つ六方晶構造を有する酸水酸化物を得る、酸水酸化物の製造方法。
【請求項8】
BaInを、30体積%以上の水蒸気を含む雰囲気下、300℃以上で加熱することにより、BaIn(OH)で表され、且つX線回折測定によって測定した回折パターンにおいて、回折ピークが、2θ=8.91~9.41°、18.12~18.62°、23.73~24.23°、27.44~27.94°、29.75~30.25°、31.73~32.23°、39.56~40.06°、44.93~45.43°の範囲に現れる結晶構造を有する酸水酸化物を得る、酸水酸化物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸水酸化物及びその製造方法、イオン伝導体、プロトン伝導体、並びに触媒担体に関する。
【背景技術】
【0002】
酸水酸化物は、複数種のアニオンが同一化合物に含まれる複合アニオン化合物の一つである。この酸水酸化物は、酸化物イオン(O2-)と水酸化物イオン(OH)が共存する化合物である。複合アニオン化合物は単純な酸化物と比較し、特異な結晶構造や配位環境を有していることから、酸水酸化物は、触媒担体、イオン伝導体、電極触媒等への応用が期待されている。
【0003】
ところで、触媒担体、イオン伝導体、電極触媒等の各種材料として用いる場合、その用途によっては中温域(400~600℃)で使用されることもある。しかしながら、酸水酸化物は、通常その結晶格子中に内包される水分子が約300℃までしか安定に存在できず、中温域では水が脱離するため、このような温度で酸化物イオン(O2-)と水酸化物イオン(OH)が共存する酸水酸化物に特異的な結晶構造を維持することができない。
【0004】
このような材料として、例えば非特許文献1には、正方晶の酸水酸化物BaIn(HO)が、約300℃より水の脱離を起こし、中温域で酸水酸化物の結晶構造を維持できないことが報告されている。なお、この正方晶BaIn(HO)は、300℃以下の低温ではプロトン伝導性を有する材料であるが、約300℃以上では、水の脱離により結晶構造を維持できず、そのプロトン伝導性は失われる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】J.Bielecki,S.F.Parker,L.Mazzei,L.Borjessona,M.Karlsson,J.Mater.Chem.A 4,1225(2016).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、以上の実情に鑑みてなされたものであり、中温域で水が脱離せずに熱的安定性が高い新規の酸水酸化物及びその製造方法を提供すること目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上述した課題を解決すべく鋭意検討を重ねた。その結果、特定の結晶構造を有するBaIn(OH)酸水酸化物が高い熱的安定性を有すること、及びこのような酸水酸化物はBaInOを極めて高濃度の水蒸気中で熱処理を施すことにより得られることを見出し、本発明を完成するに至った。具体的に、本発明は以下のものを提供する。
【0008】
(1)BaIn(OH)で表され、六方晶構造を有する、酸水酸化物。
【0009】
(2)BaIn(OH)で表され、X線回折測定によって測定した回折パターンにおいて、回折ピークが少なくとも、2θ=8.91~9.41°、18.12~18.62°、23.73~24.23°、27.44~27.94°、29.75~30.25°、31.73~32.23°、39.56~40.06°、44.93~45.43°の範囲に現れる結晶構造を有する、酸水酸化物。
【0010】
(3)X線回折測定によって測定した回折パターンにおいて、2θ=27.44~27.94°の範囲に現れる回折ピーク強度を100%としたときの、それぞれの前記回折ピークが、
29~43% (2θ=8.91~9.41°)
11~17% (2θ=18.12~18.62°)
9~13% (2θ=23.73~24.23°)
7~11% (2θ=29.75~30.25°)
30~45% (2θ=31.73~32.23°)
5~8% (2θ=39.56~40.06°)
8~12% (2θ=44.93~45.43°)
となる強度で現れる結晶構造を有する、(2)に記載の酸水酸化物。
【0011】
(4)昇温速度10℃/分で25℃から600℃まで昇温したときの質量減が、加熱前の質量に対し、2.7質量%以下である、(1)~(3)のいずれかに記載の酸水酸化物。
【0012】
(5)(1)~(4)のいずれかに記載の酸水酸化物を含む、プロトン伝導体。
【0013】
(6)(1)~(4)のいずれかに記載の酸水酸化物を含む、触媒。
【0014】
(7)BaInを、30体積%以上の水蒸気を含む雰囲気下、300℃以上で加熱することにより、BaIn(OH)で表され、且つ六方晶構造を有する酸水酸化物を得る、酸水酸化物の製造方法。
【0015】
(8)BaInを、30体積%以上の水蒸気を含む雰囲気下、300℃以上で加熱することにより、BaIn(OH)で表され、且つX線回折測定によって測定した回折パターンにおいて、回折ピークが、2θ=8.91~9.41°、18.12~18.62°、23.73~24.23°、27.44~27.94°、29.75~30.25°、31.73~32.23°、39.56~40.06°、44.93~45.43°の範囲に現れる結晶構造を有する酸水酸化物を得る、酸水酸化物の製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、中温域で水が脱離せずに熱的安定性が高い新規の酸水酸化物及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】ペロブスカイト構造の模式図である。
図2】ブラウンミラーライト構造の模式図である。
図3】立方晶構造を有するBaIn(OH)の模式図である。
図4】原料試料、実施例1の試料及び比較例1の試料のX線回折パターンである。
図5】実施例1の試料及び比較例1の試料のIRスペクトルである。
図6】原料試料、実施例1の試料及び比較例1の試料のTGチャートである。
図7】実施例1の試料のQ-MSチャートである。
図8】比較例1の試料のQ-MSチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の具体的な実施形態(以下、「本実施の形態」という。)について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲で変更が可能である。
【0019】
≪1.酸水酸化物≫
本実施形態に係る酸水酸化物は、BaIn(OH)で表され、六方晶構造を有するものである。
【0020】
従来、化学式BaIn(OH)で表される化合物としては、正方晶構造を有するものが知られている(例えば、上記非特許文献1参照)。上述したとおり、このような酸水酸化物は、約300℃より水の脱離を起こし、中温域で酸水酸化物の結晶構造を維持できない。これに対し、六方晶構造を有するBaIn(OH)では、600℃超まで水の脱離を起こさず、中温域でも酸水酸化物の結晶構造を安定に維持することができる。
【0021】
BaIn(OH)の結晶構造の相違により、それらの熱的安定性が異なる理由は必ずしも明らかではないが、六方晶構造を有するBaIn(OH)では、正方晶構造を有するBaIn(OH)に比べて、水酸化物イオンが強く結合しているためであると考えられる。詳細は後述するが、このことは、例えば両者の赤外吸収分光(IR)スペクトルのO-H伸縮振動に由来するピーク位置についての両者の相違からも説明することができる。
【0022】
ここで、「六方晶構造を有する」とは、BaIn(OH)の場合には、X線回折測定によって測定した回折パターンにおいて、回折ピークが少なくとも、2θ=8.91~9.41°、18.12~18.62°、23.73~24.23°、27.44~27.94°、29.75~30.25°、31.73~32.23°、39.56~40.06°、44.93~45.43°の範囲に現れる構造を有することを意味している。これらのピークのピーク強度比は、その結晶構造における特定方向の秩序性を表しているに過ぎないため特に限定されない。また、結晶構造の秩序性や不純物の存在によっては、他のピークが現れ得ることもあるため、これらの回折ピーク以外の回折ピークが現れるものであってもよい。なお、「回折ピークが2θ=X~Y°の範囲に現れる」とは、そのピークのピークトップがX~Yの範囲に含まれていることを意味する。したがって、例えばブロードなピークにおいて、ピークの端部から端部まで含まれていることを要しない。
【0023】
詳細は後述するが、これらの回折ピークの位置は、従来公知の立方晶構造を有するBaIn(OH)のおいて現れる回折ピークの位置とは一致しない。また、ICDD(International Centre for Diffraction Data)及びICSD(Inorganic Crystal Structure Database)の両データベースには、少なくともBa及びInを含み、且つこれらのパターンと一致する化合物は存在していない。すなわち、本実施形態の六方晶構造を有する」とは、BaIn(OH)は新規の酸水酸化物であると考えられる。
【0024】
X線回折測定によって測定した回折パターンにおけるピークの強度比は、上述したとおり限定されないが、その結晶の秩序構造は例えば製造方法に大きく影響され得る。一例として、後述する製造方法では、以下の表1に示すピーク強度比を示すBaIn(OH)が得られる。なお、表1においては、2θ=27.44~27.94°に現れる回折ピークの強度(すなわち、ピーク高さ)を100%としたときの他のピークの回折ピークのピーク強度の割合を示す。また、表1には各ピークの面指数(hkl)の帰属を合わせて示す。
【0025】
【表1】
【0026】
このような酸水酸化物は、Baサイト、Inサイト、Oサイト及びOHサイトそれぞれのサイトに、総イオン数に対し、合計で5モル%以下の不純物元素を含むことができる。不純物元素としては、Baサイトには、Ca、Sr、Laを含むことができる、Inサイトには、Ga、Al、Sc、Feを含むことができる。Oサイトには、F、Clを含むことができる。また、それぞれのサイトには、総イオン数に対し、5モル%格子欠陥を含むことができる。
【0027】
上述したとおり、このような酸水酸化物は熱的安定性が高いものである。具体的に、昇温速度10℃/分で25℃から600℃まで昇温したときの質量減が、加熱前の質量に対し、2.7質量%以下であることが好ましく、2.5質量%以下であることがより好ましく、2.0質量%以下であることがさらに好ましく、1.7質量%以下であることが特に好ましく、1.5質量%以下であることが最も好ましい。一方で、この質量減としては低いほど好ましく、0質量%以上、1質量%以上であってよい。なお、この質量減は、主として水の脱離によるものを想定している。すなわち、有機化合物等で被覆されている等、他の化合物の脱離を伴う場合には、質量減に影響のない程度に除去した上で測定を行うものとする。なお、従来公知の正方晶構造を有するBaIn(OH)について質量減を測定すると、2.9質量%程度となる。
【0028】
また、このような酸水酸化物は、IR分析を行った場合において、IRスペクトルの3200~3500cm-1にピークを有することが好ましい。このようなピークはO-H伸縮振動によるものであるが、その中でも特に結晶中での化学結合が強く安定性が高いものと考えられる。なお、従来公知の正方晶構造を有するBaIn(OH)では、六方晶構造を有するBaIn(OH)よりピーク強度が極端に小さい。
【0029】
以上のような酸水酸化物によれば、熱的安定性が高く、例えば600℃程度まで安定にその結晶構造を維持することができる。したがって、例えば、低温域(400℃未満)のみならず中温域(400~600℃)において使用するための触媒担体、プロトン伝導体、電極触媒等に用いることができる。特に、イオン伝導体としては、これまで中温域で稼働する有用な材料が見出されていなかった(T.Norby,Solid State Ionics,125,1(1999)参照)。これに対し、六方晶構造を有するBaIn(OH)では、中温域でも水酸化物イオンを安定的に保持することから、中温域で作用するイオン伝導体としての実用化が期待される材料である。
【0030】
≪2.酸水酸化物の製造方法≫
以下、上述したような酸水酸化物BaIn(OH)の製造方法の一例を説明する。このような酸水酸化物は、BaInを、30体積%以上の水蒸気を含む雰囲気下、300℃以上で加熱することにより製造することができる。
【0031】
このような製造方法において、原料であるBaInは、一般式Aで表される直方晶系ブラウンミラーライト(Brownmillerite)型構造と呼ばれる結晶構造を有している。この結晶構造は、一般式ABOで表されるペロブスカイト(Perovskite)構造から1/6の酸素が欠損した原子配置に相当する。図1は、ペロブスカイト構造の模式図である。また、図2は、ブラウンミラーライト構造の模式図である。図2に示すように、BaInにおいては、InO八面体とInO四面体が交互に積層し、酸素欠損サイトが秩序配列している。
【0032】
このBaInは吸湿性が高いため、これを水蒸気分圧p(HO)約30hPa(約2体積%の水蒸気,室温における飽和水蒸気濃度に近い)に数日間接触させると、酸素欠損サイトと気相中の水分子とが反応し(下記(1)式参照)、結晶格子中に水分子が取り込まれ、正方晶構造を有するBaIn(OH)に変化することが知られている(W.Fischer,G.Reck,T.Schober,Solid State Ionics 116,211(1999)参照)。図3は、立方晶構造を有するBaIn(OH)の模式図である。
O+Vo・・+Oo×→2OHo ・・・(1)
(Vo・・:酸素欠損サイト、Oo×:格子酸素)
【0033】
本実施形態の酸水酸化物の製造方法では、30体積%以上の水蒸気を含む雰囲気下、300℃以上の条件、すなわちより高湿、高温の条件で原料であるBaInに対し、加熱処理を施すことにより、得られるBaIn(OH)が立方晶構造ではなく、六方晶構造を有するものとなる。そして、このようにして得られる六方晶構造を有するBaIn(OH)は、OHがBaIn(OH)に強く吸着しており、熱的安定性に優れるものである。
【0034】
加熱処理の温度としては、300℃以上であれば特に限定されないが、350℃以上であることが好ましく、370℃以上であることがより好ましく、400℃以上であることがさらに好ましく、450℃以上であることが特に好ましい。加熱処理の温度が所要の値以上であることにより、BaIn(OH)が六方晶構造を有するものとなる。特に、400℃以上では、単相で六方晶構造を有するBaIn(OH)が形成される。一方で、加熱処理の温度としては、800℃以下であることが好ましく、750℃以下であることがより好ましく、700℃以下であることがさらに好ましく、650℃以下であることが特に好ましい。加熱処理の温度が所要の値以下であることにより、一度形成されたBaIn(OH)の六方晶構造からの水の脱離、すなわちBaInの再形成を抑制することができる。
【0035】
処理における雰囲気としては、30体積%以上の水蒸気を含む雰囲気であれば特に限定されないが、雰囲気中の水蒸気量としては、例えば32体積%以上であることが好ましく、35体積%以上であることがより好ましく、37体積%以上であることがさらに好ましく、40体積%以上であることが特に好ましい。水蒸気量が所要の値以上であることにより、BaIn(OH)が六方晶構造を有するものとなる。一方で、雰囲気中の水蒸気量としては、例えば100体積%以下、90体積%以下、80体積%以下、70体積%以下、60体積%以下であってよい。雰囲気中の水蒸気量が所要の値以下であることにより、ガス閉塞等を防止し、反応効率を高めることができる。なお、水蒸気以外のガスとしては、BaIn5、BaIn(OH)及び水蒸気と反応せず、または加熱処理の際にこれらの可能物と反応する化合物を分解等により放出しないものであることが好ましい。このようなガスとしては、例えば一般的に不活性のガスとして知られる窒素やアルゴンが挙げられる。なお、以下において、水蒸気以外のガスとして用いることができるガスを、便宜上「不活性ガス」という。
【0036】
加熱処理の時間としては、特に限定されないが、30分以上であることが好ましく、1時間以上であることがより好ましく、1.5時間以上であることがさらに好ましく、2時間以上であることが特に好ましい。加熱処理の時間が所要の値以上であることにより、BaIn(OH)の形成反応を十分に進行させることができる。一方で、加熱処理の時間としては、例えば1000時間以下、500時間以下、300時間以下、100時間以下、50時間以下、30時間以下であってよい。なお、加熱処理の時間が長いほど結晶性の高いBaIn(OH)を得ることができる。
【0037】
上述した雰囲気中の水蒸気量は、20℃の飽和水蒸気量2.4体積%を大幅に超えるものである。このような水蒸気量を達成するための具体的な手段について、以下説明する。
【0038】
300℃以上の所定の温度に設定された空間(以下、「反応空間」ということもある)内に、BaInを配置する。次いでこの反応空間内に液体の水を導入する。このようにして沸点を超える温度に維持された反応空間に導入された水は、ただちに蒸発して水蒸気となり、BaInと反応して六方晶構造を有するBaIn(OH)を形成する。
【0039】
この反応空間は、密閉系でも開放系でも良いが、水蒸気を含むガスを連続的に導入して効率よくBaInと水蒸気とを反応させる観点から、開放系であることが好ましい。
【0040】
反応空間が密閉系の場合、その反応空間としては、密閉され且つ加熱処理の温度を維持できるものであれば特に限定されず、例えば各種の容器や反応器を用いることができる。加熱処理の際には、その容器や反応器の周囲にヒーター等の加熱装置を設けて、その内部を加熱してもよい。なお、加熱処理の経時にしたがって、水蒸気はBaInと反応してその量が減少する。六方晶構造を有するBaIn(OH)を得るためには、少なくとも所定の時間、水蒸気量が30体積%以上の雰囲気でBaInを処理する必要がある。そこで、系内の水蒸気量が30体積%を下回る場合、新たに水を導入することができる。
【0041】
反応空間が開放系である場合、その反応空間としては、例えば、少なくとも大気に開放され且つ加熱処理の温度を維持できるものであれば特に限定されず、例えば筒状の反応管を用いる。以下、このような反応管を用いる場合の操作をより具体的に説明する。
【0042】
反応管には一方の口(以下、「ガス導入口」という。)から不活性ガスを導入し、管内部を通過させ、もう一方の口(以下、「ガス排出口」という。)から排出する。この反応管の両端以外のいずれかの箇所には、原料であるBaInが配置される。そしてこのBaInが配置されている箇所及びその周囲の箇所にはヒーター等の加熱装置が配置されており、これにより、それらの箇所が300℃以上に維持される。また、ガス導入口より(不活性ガスの流れを基準とした場合における)下流側、且つBaInが配置された位置よりも上流側、且つ少なくとも120℃以上となる位置に、反応管内に水を導入するための導入口(以下、「水導入口」という。)を設ける。
【0043】
このように配置された反応管において、ガス導入口から不活性ガスを導入する。一方で、反応水導入口から液体の状態で高温の反応管内に導入された水は、ただちに水蒸気に変化するとともに、水導入口の上流から流れてきた不活性ガスとともに、BaInが配置される下流へ流される。このようにしてBaInまで到達した水蒸気は、BaInと反応して、BaIn(OH)を形成する。そして、不活性ガスと未反応の水蒸気は、ガス排出口より排出される。なお、配管は直線状であっても、曲線状であってもよく、またその向きも限定されず、上下左右、いずれの向きであってもよい。
【0044】
このような場合において、水蒸気ガス流量と不活性ガス流量の総和(以下、「ガス総流量」という。)としては、特に限定されないが、例えば原料であるBaIn1gあたりの流量が10mL/分以上であることが好ましく、20mL/分以上であることがより好ましく、50mL/分以上であることがさらに好ましい。ガス総流量が所要の値以上であることにより、BaIn(OH)が六方晶構造を有するものとなる。一方で、ガス総流量の総和としては、BaIn1gあたりの流量が500mL/分以下、200mL/分以下、150mL/分以下であってよい。
【0045】
原料であるBaInとしては、特に限定されず、その製造方法も限られず、従来公知の製造方法(各種の固相法、液相法)により製造したものを用いることができる。
【0046】
例えば、Ba源とIn源の粉末の混合物を700℃以上1100℃未満で仮焼成した後、1200℃以上1500℃以下で本焼成することにより、BaInを製造することができる。
【0047】
この場合において、Ba源としては、BaCO、BaO、Ba(NO)、Ba(CHCOO)、Ba(CHCH(OH)COO)等を用いることができる。またIn源としては、In、In(NO)等を用いることができる。
【実施例
【0048】
以下に、本発明の具体的な実施例を示してより詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0049】
[試料の調製]
(原料試料BaInの合成)
BaCO及びInを、モル比が1:1となるように秤量した。樹脂製ミルポットに樹脂製コートボールと各原料粉末をエタノール約20mLとともに入れ、20時間湿式混合を行った後、粉砕し、80℃で乾燥させた。次いで乾燥後の粉体を、大気中で、昇温速度5℃/分で1000℃まで昇温した後、1000℃で10時間仮焼した。仮焼後の試料は、53μmのふるいで整粒した後、成形用金型を用いて一軸加圧約5MPaでペレット状に仮成形し、静水圧加圧約200MPaで成形体とした。この成形体を、大気中、昇温速度5℃/分で1200℃まで昇温した後、1200℃で10時間焼結して原料試料を得た。
【0050】
(実施例1)
原料BaInと水蒸気の反応は、ガス流通式の反応管を反応場とする装置を用いて行った。反応中、反応管にガス導入口から50mL/分となるように窒素ガスを導入し、管内部を通過させ、ガス排出口から排出することを連続的に行った。この反応管の中央部には、原料であるBaInを配置した。このBaInが配置されている箇所及びその周囲の箇所にヒーターを配置し、それらの箇所を反応中500℃に加熱した。また、ガス導入口より下流側、且つBaInが配置された位置よりも上流側、且つヒーターの配置部(500℃)に、反応管内に水を導入するための水導入口を設けた。
【0051】
このように配置された装置において、反応中、反応管のガス導入口から窒素ガスを50mL/分となるように導入した。一方で、反応中、水導入口から水を液体の状態で40.15μL/分(理想気体を仮定して、水蒸気換算で50mL/分)となるように導入した。このような条件下で3時間、BaInを加熱して試料を得た。
【0052】
(比較例1)
ヒーターの加熱温度を200℃に変更した以外、実施例1と同様にしてBaInを加熱して試料を得た。
【0053】
[試料の解析]
(X線回折測定)
原料試料、実施例1の試料及び比較例1の試料についてX線回折測定を行った。図4は、原料試料、実施例1の試料及び比較例1の試料のX線回折パターンである。図4のX線回折パターンより、原料試料は、BaIn単相であることが確認された。また、比較例1の試料は、正方晶構造を有するBaIn(OH)単相であることが確認された。その一方で、実施例1の試料については、BaInのX線回折パターン及び正方晶構造を有するBaIn(OH)のX線回折パターンのいずれにも一致しなかった。また、ICDD及びICSDデータベースには、少なくともBa及びInを含み、且つこれらのパターンと一致する化合物は存在していないことが確認された。
【0054】
そこで、他元素系の化合物を参考にして結晶構造の解析(各ピークの面指数の帰属)を行った。その結果、六方晶系BaMnOの結晶構造を参考にして各ピークの面指数の帰属を行うと、最も偏差が小さいことから、実施例1の試料は六方晶系であることが確認された。
【0055】
表2に、各ピークの位置、それに対応するd値、面指数の帰属、回折ピークの割合及び六方晶系を仮定した場合の理論値との偏差を示す。
【0056】
【表2】
【0057】
(赤外吸収分光測定)
実施例1の試料及び比較例1の試料について、IR測定を行った。図5は、実施例1の試料及び比較例1の試料のIRスペクトルである。この結果より、約2500cm-1~3700cm-1付近にO-H伸縮振動に起因するブロードなピークが観測された。実施例1の試料と比較例1の試料が示すピーク形状が異なることから、結合状態の異なる水酸化物イオンが存在していることが示唆された。
【0058】
(TG及びQ-MS測定)
原料試料、実施例1の試料及び比較例1の試料について、TG測定を行った。図6は、原料試料、実施例1の試料及び比較例1の試料のTGチャートである。
【0059】
また、実施例1の試料及び比較例1の試料について、Q-MS測定を行った。図7は、実施例1の試料のQ-MSチャートである。図8は、比較例1の試料のQ-MSチャートである。
【0060】
図6~8より、比較例1の試料は約300℃で大きな重量減少を示した。また、重量減少率は約3%であった。この結果は、非特許文献1の結果と概ね一致する。一方、実施例1の試料では、約700℃付近まで大きな重量減少を示すことがなかった。このことから、実施例1の試料は、酸水酸化物としては極めて高い熱的安定性を有していることが分かった。
【0061】
また、図7の脱離ガスの定性分析の結果より、実施例1の試料及び比較例1の試料いずれにおいても重量減少挙動に対応する結晶格子中の水の脱離(下記(2)式参照)が起こっていることが明らかとなった。
BaIn(OH)→BaIn+HO↑ ・・・(2)
【0062】
水の脱離反応の重量減少率は、実施例1の試料及び比較例1の試料いずれにおいても約3%である。言い換えれば、実施例1の試料は、比較例1の試料と同程度の水を含んでいると言える。すなわち、実施例1の試料においても、比較例1の試料と同様に、その化学構造は、BaIn(OH)であると言える。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8