(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-26
(45)【発行日】2022-06-03
(54)【発明の名称】SERS測定用材料及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
G01N 21/65 20060101AFI20220527BHJP
【FI】
G01N21/65
(21)【出願番号】P 2018134965
(22)【出願日】2018-07-18
【審査請求日】2021-05-28
(73)【特許権者】
【識別番号】506218664
【氏名又は名称】公立大学法人名古屋市立大学
(74)【代理人】
【識別番号】100118706
【氏名又は名称】青山 陽
(72)【発明者】
【氏名】豊玉 彰子
(72)【発明者】
【氏名】山中 淳平
(72)【発明者】
【氏名】奥薗 透
【審査官】▲高▼場 正光
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/093121(WO,A1)
【文献】特開2010-230679(JP,A)
【文献】特開2013-186080(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2011/0229957(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2009/0092966(US,A1)
【文献】LU, Yu 外2名,“High-Density Silver Nanoparticle Film with Temperature-Controllable Interparticle Spacing for a Tunable Surface Enhanced Raman Scattering Substrate”,NANO LETTERS,Volume 5, Number 1,2004年12月16日,Pages 5-9,<URL: https://doi.org/10.1021/nl048965u >
【文献】豊玉彰子 外4名,“枯渇引力による荷電コロイドの共晶形成”,日本結晶成長学会誌,2016年,Volume 43, Number 2,Pages 71-77,<URL: https://doi.org/10.19009/jjacg.43.2_71 >
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00 - G01N 21/74
JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
分散媒中に金属粒子と該金属粒子間に枯渇引力を引き起こすための高分子化合物と重合前駆体とが含まれており、該枯渇引力によって該金属粒子のコロイド結晶が析出しているコロイド結晶分散液を調製するコロイド結晶分散液調製工程と、
該分散媒中の前記重合前駆体を重合させることによって、析出した該コロイド結晶を固化するコロイド結晶固化工程と、
コロイド結晶固化体のコロイド結晶面を剥き出し状態とするコロイド結晶面形成工程とを備え、
前記金属粒子の表面電位はコロイド結晶分散液中に添加された表面電位調整剤の濃度によって表面電位が制御されていることを特徴とするSERS測定用材料の製造方法。
【請求項2】
前記表面電位調整剤はメルカプトアルカンスルホン酸である請求項1に記載のSERS測定用材料の製造方法。
【請求項3】
前記表面電位調整剤はメルカプトアルカンスルホン酸及びメルカプトアルカノールである請求項1に記載のSERS測定用材料の製造方法。
【請求項4】
前記コロイド結晶固化工程の前に、前記コロイド結晶分散液中のコロイド結晶を沈殿させるコロイド結晶沈殿工程を行うことを特徴とする請求項
1乃至3のいずれか1項に記載のSERS測定用材料の製造方法。
【請求項5】
前記コロイド結晶固化工程を行った後、前記コロイド結晶固化体を取り出して反転させることによって剥き出しのコロイド結晶面を形成することを特徴とする請求項1乃至
4のいずれか1項に記載のSERS測定用材料の製造方法。
【請求項6】
前記コロイド結晶面形成工程は、前記コロイド結晶固化体を切出すことによってコロイド結晶面を剥き出しにさせることを特徴とする請求項1乃至
5のいずれか1項に記載のSERS測定用材料の製造方法。
【請求項7】
前記金属粒子は、バルクの金属粒子又は非金属粒子表面に金属が被覆された金属被覆微粒子であることを特徴とする請求項1乃至
6のいずれか1項に記載のSERS測定用材料の製造方法。
【請求項8】
前記金属粒子の粒子径の変動係数は20%以下であることを特徴とする請求項1乃至
7のいずれか1項に記載のSERS測定用材料の製造方法。
【請求項9】
前記金属粒子の平均粒子径は10nm以上1000nm以下であることを特徴とする請求項1乃至
8のいずれか1項に記載のSERS測定用材料の製造方法。
【請求項10】
前記重合前駆体は、アクリルアミド系の単量体を含むことを特徴とする請求項1乃至
9のいずれか1項に記載のSERS測定用材料の製造方法。
【請求項11】
前記コロイド結晶固化工程は2回以上の固化工程を含むことを特徴とする請求項1乃至
10のいずれか1項に記載のSERS測定用材料の製造方法。
【請求項12】
前記金属粒子の濃度は0.00025容量%以上であることを特徴とする請求項1乃至
11のいずれか1項に記載のSERS測定用材料の製造方法。
【請求項13】
前記コロイド結晶固化体中の隣同士の金属粒子の間隔は50nm以下であることを特徴とする請求項1乃至
12のいずれか1項に記載のSERS測定用材料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コロイド結晶を利用したSERS測定用材料及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、抗原抗体反応を利用した医療用のセンサー等、表面吸着を利用した様々なセンサーが開発されている。これらのセンサーには、表面吸着量を高感度で他の信号に変換するトランスデューサーとしての材料が必要となる。この様なセンサー用材料として、表面プラズモン共鳴(SPR: Surface Plasmon Resonance)を利用した分光分析、特に表面増強ラマン散乱分光(SERS: Surface Enhanced Raman Scattering)用いたSPR測定用材料が注目されている。これらの技術の原理は次の通りである。
【0003】
一般に、光は電子波(plasmon)とはカップリングしないが、表面においては表面固有の境界条件により光とカップリングを起こす電子波のモードが生じる。これを表面プラズモン(surface plasmon)と呼ぶ。表面プラズモンを励起する方法としては、金属表面に回折格子を形成して光とプラズモンを結合させる方法や、エバネッセント波を利用する方法がある。例えば、SPRを利用したセンサーとしては、全反射型プリズムと、当該プリズムの表面に形成された標的物質に接触する金属膜とからなるセンサーが挙げられる。このような構成により、抗原抗体反応における抗原の吸着量のセンシングを行うことができる。
【0004】
ところで、金属表面には伝搬型の表面プラズモンが存在するが、金属粒子においても表面の金属微細構造上に局在する表面プラズモンが存在しており、「局在型の表面プラズモン」と呼ばれている。局在型の表面プラズモンが励起された場合には、著しく増強された電場が誘起される。そして、局在表面プラズモン共鳴(LSPR:Localized SurfacePlasmon Resonance)によって形成される増強電場にラマン散乱光が照射されると表面増強ラマン散乱現象によってラマン散乱光が増強されることが知られている。この現象を利用して、各種の物質を高感度に検出することができるセンサーが提案されている(特許文献1)。また、金属粒子の大きさと金属粒子間の間隙とを一定の範囲に制御することによりホットスポットの密度を高くし、ラマン散乱光を増強して検出能力を向上させることも提案されている(特許文献2)。
【0005】
なお、本発明に関係する技術として、本発明者らは、金コロイド粒子のコロイド結晶を利用し、リソグラフィー等の複雑なパターン形成技術が不要なプラズモニック結晶を開発している(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2009-222401号公報
【文献】特開2013-96939号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】http://www.yamadazaidan.jp/archive/2013_kenkyu/2013s_Toyotama.pdf
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、上記従来の局在型の表面プラズモンセンサーでは、未だ検出感度が低く、さらなる高感度化が望まれていた。この点、上記特許文献2の局在型の表面プラズモンセンサーでは、金属粒子の大きさと金属粒子間の間隙とを一定の範囲に制御することにより、センサーの高感度化が可能となる。しかしながら、その製造には特定範囲の金属粒子を縦横に周期配列させるためにリソグラフィーの手法を用いる等、複雑なパターン形成技術を経なければならず、製造が困難であり、ひいてはセンサー製造費用の高騰化を招来しいていた。
【0009】
その点、上記非特許文献1に記載の金コロイド粒子を用いた新規プラズモニック結晶では、コロイド分散液から金粒子が自動的に配列して金コロイド結晶が形成されるという現象を利用しているため、リソグラフィー等の複雑なパターン形成技術は不要となり、製造を容易とすることができ、製造コストの低廉化も可能となる。しかしながら、コロイド結晶を形成させるコロイド分散液として荷電コロイドを用いているため、コロイド粒子間の静電反発力によって金コロイド粒子間の距離が長くなるという問題があった。このため局在型の表面プラズモンにおいて形成される電場の増幅度が小さく、さらなる検出感度の向上が求められていた。
【0010】
本発明は、上記従来の実情に鑑みてなされたものであり、金属粒子の配置を制御するための複雑なパターン形成技術を必要とせず、製造が容易であり、且つ、検出感度の高い局在型の表面プラズモンセンサーを構築することのできるSERS測定用材料及びその製造方法を提供することを解決すべき課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記従来のSERS測定用材料において、その製造を困難としていた金属粒子を所定のパターンに配置するためのリソグラフィー等の特別なパターン形成技術を不要とするため、金属粒子からなるコロイド結晶を利用することを考えた。コロイド結晶は数nmから数μmの大きさを有する粒径の揃った粒子が周期的に規則正しく並んだ秩序構造を形成しており、製造条件(粒子濃度、粒径、粒子あるいは媒体の屈折率など)を選ぶことで、容易且つ自動的にコロイド結晶というパターを形成することができるからである。
【0012】
さらには、金属粒子からなるコロイド結晶を調製するコロイド分散液に高分子化合物を添加しておけば、浸透圧差による枯渇引力によって金属粒子間の距離を短くすることが可能であり、この現象を利用すれば、局在型の表面プラズモンにおいて形成される電場の増幅度を大きくすることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明のSERS測定用材料の製造方法は、
分散媒中に金属粒子と、該金属粒子間に枯渇引力を引き起こすための高分子化合物と、重合前駆体とが含まれており、該枯渇引力によって該金属粒子のコロイド結晶が析出しているコロイド結晶分散液を調製するコロイド結晶分散液調製工程と、
該分散媒中の前記重合前駆体を重合させることによって、析出した該コロイド結晶を固化するコロイド結晶固化工程と、
コロイド結晶固化体のコロイド結晶面を剥き出し状態とするコロイド結晶面形成工程とを備えることを特徴とする。
【0014】
本発明のSERS測定用材料の製造方法では、まずコロイド結晶分散液調製工程として、分散媒中に金属粒子と該金属粒子間に枯渇引力を引き起こすための高分子化合物と重合前駆体とが含まれており、該枯渇引力によって該金属粒子のコロイド結晶が析出しているコロイド結晶分散液を調製する。コロイド結晶分散液調製工程において分散液に添加される高分子化合物は、
図2に示すように、金属粒子どうしが極めて接近した隙間には大きすぎて入り込めず、高分子化合物が枯渇した領域(以下「枯渇領域」という)が形成される。そして、枯渇領域とそれ以外の領域との間には高分子化合物の濃度差が生じ、これによって浸透圧差が生じる。このため、金属粒子どうしに浸透圧差に基づく枯渇引力が働いて互いに引き寄せられ、金属粒子が規則的に並んだコロイド結晶が自動的に形成される。金属粒子の配置パターンはコロイド結晶の形成条件(粒子濃度、粒径、粒子あるいは媒体の屈折率など)を選ぶことで、所望の配置とすることができる。このため、リソグラフ技術を用いた複雑なパターン形成工程を行うことなく、所望の金属粒子の配置となったコロイド結晶を調製することができる。しかも、高分子化合物の添加に起因する枯渇引力により、コロイド結晶中の隣接する金属粒子間の距離は極めて近くなる。
【0015】
次に、コロイド結晶固化工程として、該分散媒中の重合前駆体を重合させることによって、コロイド結晶をコロイド結晶固化体とする。この工程により、コロイド結晶構造が固定化され、SERS測定用材料としての機械的な強度も高くなり、取り扱いが容易となる。
【0016】
最後に、コロイド結晶面形成工程として、コロイド結晶固化体のコロイド結晶面を剥き出し状態とする。これにより、コロイド結晶面に光を照射することによりコロイド結晶表面で局所表面プラズモン共鳴(LSPR)が生じ、これを利用した表面増強ラマン散乱分光(SERS)等の測定が可能なSERS測定用材料とすることができる。コロイド結晶固化体のコロイド結晶面を剥き出し状態とする方法としては、特に限定はないが、例えば、コロイド結晶固化工程において生じたコロイド結晶固化体を容器から脱型し、底面に沈澱していたコロイド結晶を反転させて結晶面を剥き出しにしたり、コロイド結晶固化体を切出して剥き出しの面を形成したりする方法が挙げられる。
【0017】
以上のように、本発明のSERS測定用材料の製造方法によれば、コロイド結晶分散液調製工程において分散媒に添加される高分子化合物によって、金属粒子間の隙間に入り込めない枯渇領域が形成されるため、高分子化合物の濃度差による浸透圧差が生じる。このため、金属粒子間に枯渇引力が働いてコロイド結晶における金属粒子間距離が近くなる。このため、局在表面プラズモン共鳴(LSPR:Localized SurfacePlasmon Resonance)によって形成される増強電場が極めて強くなる。このため、検出感度の高い局在型の表面プラズモンセンサーを構築することができる。
【0018】
このSERS測定用材料の製造方法では、コロイド結晶分散液中において金属粒子からなるコロイド結晶が自動的に形成されるため、金属粒子の配置を制御するための複雑なパターン形成技術を必要とせず、製造が容易である。また、コロイド結晶分散液中には金属粒子間に枯渇引力を引き起こすための高分子化合物が含まれているため、コロイド結晶を形成する金属粒子間の距離が極めて近いことから、検出感度の高い局在型の表面プラズモンセンサーを構築することができる。
【0019】
本発明のSERS測定用材料の製造方法では、前記コロイド結晶固化工程の前に、前記コロイド結晶分散液中のコロイド結晶を沈殿させるコロイド結晶沈殿工程を行うことが好ましい。コロイド結晶を沈殿させることにより、分散媒中のコロイド結晶の密度を大きくできることから、SERS測定用材料としての測定感度を高くすることができる。
【0020】
また、コロイド結晶分散液中の金属粒子は表面電位調整剤によって表面電位が制御されていることも好ましい。こうであれば、表面電位調整剤によって金属粒子の表面電位を制御可能となるため、ひいてはコロイド結晶における金属粒子がコロイド結晶となるための最適な条件とすることができる。特に、高分子化合物を加えた場合に枯渇引力が強すぎてコロイド結晶ができずに無定形の凝集体となることを防止することができる。
【0021】
さらに、金属粒子はバルクの金属粒子の他、非金属粒子表面に金属が被覆された金属被覆微粒子であってもよい。どちらであっても、局所表面プラズモン共鳴(LSPR)は生じるからである。
【0022】
また、金属粒子の粒子径の変動係数は20%以下であることが好ましい。粒子径の変動係数が20%を超えると、金属粒子が規則正しく並ぶことが困難となり、コロイド結晶構造が形成され難くなるからである。なお、ここで粒子径の変動係数(CV)とは、(粒子径の標準偏差×100/平均粒子径)の値をいい、さらに好ましくは15%以下、さらに好ましくは12%以下、さらに好ましくは11%以下、さらに好ましくは10%以下、最も好ましくは約8%以下である。
【0023】
また、金属粒子の平均粒子径は10nm以上1000nm以下であることが好ましい。金属粒子の平均粒子径が1000nmを超えるとブラウン運動が不活発となり、コロイド結晶の形成が困難となるおそれがある。一方、金属粒子の平均粒子径が10 nm未満だと熱運動が激しくなりすぎて、やはりコロイド結晶の形成が困難となるおそれがある。
【0024】
また、重合前駆体としては、重合可能な単量体(例えば、アクリルアミド系の単量体)を用いることができる。こうであれば重合を容易に行えるため、コロイド結晶固化体の調製を容易に行うことができる。
【0025】
コロイド結晶固化工程は2回以上の固化工程に分けて行うことも好ましい。固化工程を2回以上行うことにより、1回目の固化工程で形成されたコロイド結晶固化体中の分散媒を2回目の固化工程(あるいはそれ以降の固化工程)で追い出すことができ、より機械的に強固なコロイド結晶固化体とすることができる。
【0026】
また、金属粒子の濃度は0.00025容量%以上とすることが好ましい。金属粒子の濃度が0.00025容量%未満となるとコロイド結晶の形成速度が遅くなり、結晶化に長時間必要となる。また、コロイド結晶固化体におけるコロイド結晶面の面積割合が小さくとなるおそれがある。
【0027】
また、コロイド結晶固化体中の隣同士の金属粒子の間隔は50nm以下とすることが好ましい。隣同士の金属粒子の間隔が50nmを超えると、局在型の表面プラズモンが励起された場合においても、誘起される電場の増幅度が小さく、ホットスポットが形成成されなくなるおそれがある。
【0028】
本発明のSERS測定用材料の製造方法を用いることにより、金属粒子の配置を制御するための複雑なパターン形成技術を必要とせず、製造が容易であり、且つ、検出感度の高い局在型の表面プラズモンセンサーを構築することができる。
すなわち、本発明のSERS測定用材料は、金属粒子コロイド結晶を測定面に有するSERS測定用材料であって、前記金属粒子の平均粒子径が10nm以上1000nm以下であり、前記金属粒子コロイド結晶中の隣同士の金属粒子の間隔は50nm以下であることを特徴とする。
【0029】
本発明のSERS測定用材料は、金属粒子からなるコロイド結晶を表面に有しているため、表面増強ラマン散乱(SERS)測定用として用いて好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【
図1】実施形態1のSERS測定用材料の製造工程を示した模式図である。
【
図2】コロイ分散液に高分子化合物を溶解させた場合の枯渇効果を示す模式図である。
【
図3】荷電コロイド型コロイド結晶(a)及びオパール型あるいは剛性体型のコロイド結晶((b)の構造を示す模式図である。
【
図4】実施形態2のSERS測定用材料の製造工程を示した模式図である。
【
図5】金コロイド結晶の光学顕微鏡写真(a)と走査電子顕微鏡写真(b)である。
【
図6】実施例1及び比較例1~3の走査電子顕微鏡写真及び表面増強ラマン散乱(SERS)の測定結果を示すグラフである。
【
図7】3-メルカプトルプロパンスルホン酸(SMP)の添加量と金コロイド粒子のゼータ電位との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0031】
(実施形態1)
実施形態1のSERS測定用材料の製造工程を示した模式図を
図1に示す。
<コロイド結晶分散液調製工程S1>
コロイド粒子として金属粒子を含むコロイド分散液を用意する。金属粒子の種類としては、例えば金粒子や白金粒子等の貴金属粒子や銅粒子等を選ぶことができる。化学的な安定性から金粒子などの貴金属粒子を用いることが好ましい。これらの金属粒子はシリカ粒子等の粒子の表面を金属で被覆した金属被覆粒子を用いることも可能である。
【0032】
コロイド分散液から金属粒子のコロイド結晶の析出を容易且つ欠陥のないものとするためには、できる限り粒子径がそろっていることが好ましい。具体的には変動係数が20%以下であることが好ましく、さらに好ましくは15%以下、さらに好ましくは12%以下、さらに好ましくは11%以下、さらに好ましくは10%以下、最も好ましくは約8%以下である。
また、分散媒としては水や有機溶媒や水と有機溶媒との混合溶媒(例えば水-アルコール混合溶媒等)を用いることができる。
【0033】
さらに、コロイド結晶分散液に高分子化合物を添加しておく。高分子化合物を添加することにより、
図2に示すように、金属粒子間に高分子化合物が侵入できない枯渇領域が生じ、浸透圧差が生じて金属粒子同士に引力が働く。その結果、表面電荷によって大きな静電反発力が働き、粒子間の隙間が大きな荷電コロイド系(
図3(a)参照)とは異なり、コロイド結晶が形成した場合の金属粒子間距離が極めて短くなり、最密充填型であるオパール型コロイド結晶や剛性球体型コロイド結晶となる(
図3(b)参照)。このため、局在表面プラズモン共鳴(LSPR:Localized SurfacePlasmon Resonance)によって形成される増強電場が極めて強くなり、さらに検出感度の高い局在型の表面プラズモンセンサーを構築することができる。
【0034】
分散媒に添加される高分子化合物としては、分散媒に溶解するものであることが必要である。分散媒が水系である場合には、例えば、水溶性のイオン性高分子や水溶性の非イオン性高分子を用いることができる。水溶性の非イオン性高分子としては、例えば、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリエーテル、ポリビニルピロリドン等が挙げられる。また、水溶性イオン性高分子としては、ポリビニルピリジン、ポリビニルベンジルアンモニウム、ポリペプチド等のカチオン性高分子や、ポリアクリル酸、ポリアクリルアミド、ポリN-イソプロピルアクリルアミド、ポリペプチドなどの生体高分子、ヒアルロン酸,コンドロイチン硫酸やアルギン酸など多糖類等の天然高分子等のアニオン性高分子が挙げられる。これら高分子の選択にあたっては、コロイド粒子の表面電荷と反対の符号の電荷を有する高分子は、コロイド粒子に吸着して荷電コロイドを形成してしまうため、好ましくない。ただし、コロイド粒子の表面電荷と反対の符号の電荷を有する高分子であっても、塩濃度を高くすれば、電気二重層が極めて薄くなり、コロイド粒子どうしが接近できるようになり、高分子の濃度差による浸透圧の差が生じて枯渇引力が発生し、オパール型コロイド結晶となるため、利用可能となる。さらには、この現象を積極的に利用し、コロイド中の塩濃度を適宜調節して電気二重層の厚さをコントロールすれば、コロイド粒子どうしの引力を制御でき、ひいてはオパール型コロイド結晶の成長速度やコロイド結晶の光に対する半値幅等を制御することができる。塩濃度を制御する方法としては、高分子中のイオン性基(カルボン酸塩やアミノ基等)の存在割合を制御したり、塩を添加したりすること等が挙げられる。また、線状の高分子に限らず、枯渇効果引力効果を発揮するものであれば、様々な枝分かれ状の高分子や、高分子の会合体、ミセル、球状粒子も利用できる。
【0035】
ただし、高分子化合物による金属粒子間の枯渇引力が大きすぎる場合には、金属粒子がコロイド結晶を形成せず、無秩序な凝集体となるおそれもある。この様な場合においては、金属粒子に表面電荷を付与させるような表面電位調整剤によって金属粒子の表面電位を制御することも好ましい。これにより、金属粒子間の引力を弱めて、無秩序な金属粒子凝集体となることを防止することができる。このような表面電位調整剤としては、例えば3-メルカプト-1-プロパンスルホン酸、メルカプトプロピオン酸、メルカプトエタンスルホン酸、アミノエタンチオール塩酸塩等が挙げられる。
【0036】
さらに重合前駆体として、例えば光硬化性樹脂等を添加する。光硬化性樹脂としては、アクリルアミド及びその誘導体などのビニル系モノマーに架橋剤として、2、2‘-アゾビス[2-メチル-N-[2-ヒドロキシエチル]-プロピオンアミド]等が挙げられる。この他、アジド系感光基をポリビニルアルコールにペンダントした水溶性の感光性樹脂等も用いることができる。光硬化性樹脂を溶解させた分散液は、光照射によって硬化を始めるため、コロイド結晶分散液調製工程S1は暗所にて作業を行うことが好ましい。
【0037】
<コロイド結晶固化工程S2>
上記のようにして得られたコロイド結晶分散液に対して、紫外線を照射して硬化させることにより、コロイド結晶分散液を固化させる。
【0038】
<コロイド結晶面形成工程S3>
最後に、固化したコロイド結晶固化体を容器から取り出して、実施形態1のSERS測定用材料を得る。このSERS測定用材料において容器に接していた面は、分散したコロイド結晶が剥き出し状態になっている。しかも、高分子化合物の添加による枯渇引力により金属粒子どうしが極めて近接してコロイド結晶を形成してため、最密充填型(オパール型)、あるいは金属粒子間に剛体球反発のみが働き、近接した状態で規則的に並んだ剛体球系のコロイド結晶となっている。このコロイド結晶に光が照射されると、金属粒子間の狭い隙間(ギャップ)では、電場が著しく増強される「ホットスポット」となり、表面増強ラマンスペクトル等の表面プラズモン共鳴現象が生じる場となる。このため、局在表面プラズモン共鳴(LSPR:Localized SurfacePlasmon Resonance)によって形成される増強電場が極めて強くなり、検出感度の高い局在型の表面プラズモンセンサーを構築することができる。
【0039】
(実施形態2)
実施形態2では、実施形態1におけるコロイド結晶分散液調製工程S1とコロイド結晶固化工程S2との間に、以下に示すコロイド結晶沈殿工程S11を行う(
図4参照)。その他については実施形態1と同様であり、説明を省略する。
【0040】
<コロイド結晶沈降工程S11>
コロイド結晶分散液を静置することによって、コロイド結晶を自然沈降させる。金属粒子の比重は分散媒よりも大きいため、コロイド結晶は沈殿して容器の底に広がった形で形成される。ただし、沈降速度が遅い場合には遠心分離機を用いて沈殿速度を速めてもよい。
【0041】
以上のようにして得られた実施形態2のSERS測定用材料では、コロイド結晶を沈殿させることにより、分散媒中のコロイド結晶の密度を大きくできることから、SERS測定用材料としての測定感度が高くなる。
【実施例】
【0042】
以下、本発明を具体化した実施例について詳細に述べる。
(実施例1)
1)コロイド結晶分散液調製工程
・金コロイド分散液の調製
遠沈管(Corning Life Sciences)にMilli-Q水3.92mLと、3-メルカプト-1-プロパンスルホン酸ナトリウム(MPS, Lot.#STBF3994V, Sigma-Aldrich社製) 0.05M溶液0.08 mLとを入れ、5分間の超音波処理を行い分散させた。そして、この溶液に田中貴金属工業株式会社製のAUコロイド溶液-SC(単分散金コロイド 粒子径150 nm、粒子径の変動係数12%) 0.0067wt%, Lot160916-3Mを4 mLを加え、10分間の超音波処理を行い、遠心分離(2000rpm, 15 min)を行い沈降させた。さらに、上澄み液を取り除いた後、新たに超純水を加え、超音波で分散させて遠心分離(2000 rpm,15min)を行う操作を3回繰り返し、水洗した後、遠心分離(2000rpm, 15min)にて、濃度がおよそ8倍になるように調整した。こうして金コロイド粒子の表面がMPSで修飾された金コロイド分散液を得た。
・ポリアクリル酸ナトリウムの添加
上記のようにして得られた金コロイド分散液に超純水を加えることにより、金コロイド粒子濃度を0.05wt%に調整した。この金コロイド分散液100μLに、高分子化合物としてポリアクリル酸ナトリウム(分子量25000)水溶液(0.5wt%)を50μL添加した。こうして得たポリアクリル酸ナトリウム含有金コロイド分散液をスライドガラス上に載せて光学顕微鏡により観察したところ、
図5(a)に示すように、直径数十ミクロン程度の島状の構造を有し、結晶構造に特徴的なファセット(平坦な結晶面)が観測された。このことから、この島状構造は金コロイド単結晶であることが分かった。さらに、これを乾燥状態で観測すると、明確な結晶構造が観測された(
図5(b)参照)。
・光重合性樹脂の添加
そして、さらに、光重合性のゲル化剤(モノマー:N-メチロールアクリルアミド(N-MAM;60%水溶液)50μL, 架橋剤:Bisアクリルアミド(10mM) 40μL、光重合開始剤VA086(4mg/mL) 40μLを添加し、実施例1のコロイド結晶分散液とした。
【0043】
2)コロイド結晶沈殿工程
上述のようにして得た実施例1のコロイド結晶分散液をセルに入れ、Arガスをバブリングした後、Arガス雰囲気下において静置し、金コロイド結晶を沈殿させた。
【0044】
3)コロイド結晶固化工程
金コロイド結晶が沈殿していることを確認後、第1回目の固化工程として、セルに紫外線を20分間照射し固化させた。こうして得られた金コロイド結晶固化体をセルから取出さずに、固化されなかった液をピペットで取り除いた後、第2回目の固化工程として、光重合開始剤VA086(4mg/mL)50μLを添加したゲルモノマーN-MAM(60%水溶液)200μL程度を添加し、ゲル化済試料に含浸させた後、UV光照射により重合させた。さらに、第3回目の固化工程として、同様の操作を繰り返した。こうして得られた金コロイド結晶固化体を乾燥させたところ、乾燥後の収縮率は約10%となった。
【0045】
4)コロイド結晶面形成工程
以上の様にして、3回の固化工程を行った後、金コロイド結晶固化体をセルから取出し、実施例1のSERS測定用材料を得た。このSERS測定用材料においてセル底面に接していた面は、分散したコロイド結晶が剥き出し状態になっている。
【0046】
(比較例1)
比較例1のSERS測定用材料は、Silmeco社製のSERS基板をそのまま用いた。このSERS基板は基板に金粒子が蒸着されたものである。
【0047】
(比較例2)
比較例2のSERS測定用材料は、フォトテクニカ株式会社製の商品名:Ato ID,Matoをそのまま用いた。この基板はソーダライムガラス基板上にナノスケールの純金層が蒸着されたものである。
【0048】
(比較例3)
比較例3のSERS測定用材料は、ニデック株式会社製の表面増強ラマン散乱(SERES)測定用基板「Wavelet」であり、これをそのまま用いた。
【0049】
<評 価>
実施例1及び比較例1~3のSERS測定用材料について、蛍光色素であるローダミン6Gを検出対象とする表面増強ラマン散乱(SERS)を測定した。すなわち、0.3mMのローダミン6Gエタノール溶液を調製し、実施例1及び比較例1~3のSERS測定用材料にそれぞれ20μLずつ滴下し、エタノールが蒸発した後に、ラマン分光器を用いて表面増強ラマン散乱(SERS)を測定した。測定時のプローブは直径200μmである。なお、実施例1のSERS測定用材料においては、作成時にセルの底面に接していた面にローダミン6Gのエタノール溶液を滴下した。
【0050】
表面増強ラマン散乱(SERS)の測定結果を
図6に示す。ラマン散乱光の強度は、比較例1>実施例1>比較例2>比較例3の順となった。ただし、実施例1では、
図6の右側の電子顕微鏡写真に示すように、金コロイド結晶が海島状に分散しており、観察視野中の金コロイド結晶の割合は7%程度であった。このことから、金コロイド結晶についての単位面積当りの強度に換算すると、ラマン散乱光の強度は実施例1が最も優れていることが分かった。
【0051】
<表面電位調整剤による金コロイド粒子の表面電位の影響試験>
金コロイド分散液中の金コロイド粒子の表面電位と、表面電位調整剤の添加量との関係について調べた。
表面電位調整剤として3-メルカプトルプロパンスルホン酸(SMP)水溶液(濃度005M)とメルカプトエタノールとを Milli-Q水3.92mLに加え添加した(添加量は、SMPとメルカプトエタノールを合わせた濃度が1.2mMとなるように、様々な割合で添加した。)そして、15mLの遠沈管(CorningLilbSciences)に入れ、5分間、超音波処理して均一に溶解させた。この溶液に、田中貴金属より購入した直径150mLの金コロイド分散液4mLを加え、10ml、超音波処理して均一に分散させ、コロイド表面にスルホン酸基を導入した。次に、得られた金粒子を遠心分離(2000rpm、15min)で沈降させた。上澄みを除いた後、Milli-Q水をカロえ、超音波分散して再度遠心分離する操作を3回繰り返し、水洗した。遠心分離で生じた上澄みを取り除き最終的に0.5mLとした。
【0052】
その結果、
図7に示すように、金コロイド粒子のゼータ電位が直線的に変化した。このことから、表面電位調整剤として3-メルカプトルプロパンスルホン酸(SMP)及びメルカプトエタノールの混合溶液を用い、金コロイド粒子の表面電位を制御することができるということが分かった。
【0053】
この発明は上記発明の実施の態様及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明のSERS測定用材料は、検出感度の高い局在型の表面プラズモンセンサーとして、様々な物質の高感度な濃度センサーとして利用することができる。
【符号の説明】
【0055】
S1…コロイド結晶分散液調製工程,S2…コロイド結晶固化工程,S3…コロイド結晶面形成工程,S11…コロイド結晶沈降工程