(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-26
(45)【発行日】2022-06-03
(54)【発明の名称】コラーゲン由来材料の動物種を判定する方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/37 20060101AFI20220527BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20220527BHJP
G01N 30/72 20060101ALI20220527BHJP
G01N 30/88 20060101ALI20220527BHJP
G01N 30/06 20060101ALI20220527BHJP
G01N 33/44 20060101ALI20220527BHJP
C07K 14/78 20060101ALN20220527BHJP
【FI】
C12Q1/37
G01N27/62 V ZNA
G01N27/62 X
G01N30/72 C
G01N30/88 J
G01N30/06 E
G01N27/62 D
G01N33/44
C07K14/78
(21)【出願番号】P 2017218543
(22)【出願日】2017-11-13
【審査請求日】2020-08-24
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 発行日:平成29年7月1日の刊行物 文化財保存修復学会第39回大会 於金沢 研究発表要旨集(編集者名:文化財保存修復学会第39回大会実行委員会)の第64頁で発表
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】599055430
【氏名又は名称】一般財団法人日本皮革研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000135151
【氏名又は名称】株式会社ニッピ
(72)【発明者】
【氏名】熊澤 雄基
(72)【発明者】
【氏名】多賀 祐喜
(72)【発明者】
【氏名】高嶋 美穂
(72)【発明者】
【氏名】服部 俊治
【審査官】高山 敏充
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/157250(WO,A1)
【文献】特開2016-224007(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q
C07K
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コラーゲン由来材料のトリプシン分解物に含まれるペプチドについて、下記表1に示される配列番号1~12のペプチドを指標に動物種を判別する方法であって、
(1)配列番号3、配列番号5~7、配列番号9~11の7種の
ペプチドを指標とし、表2に従い、前記コラーゲン由来材料が、ウシ、ウマ、ヒツジ、ブタ、ウサギまたはチョウザメのいずれの動物種であるかを判定し、または
(2)配列番号1、2、4および5の4種
のペプチドを指標とし、下記表3に従い、前記コラーゲン由来材料が、ヒツジ、ヤギ、またはシカのいずれの動物種であるかを判定し、または、
(3)配列番号1、2、4、5、9、11および12の7種
のペプチドを指標とし、下記表4に従い、前記コラーゲン由来材料が、ウシ、ヒツジ、ヤギ、シカまたはウサギのいずれの動物種であるかを判定し、または
(4)配列番号1、2、4、5、6、8、9、11および12、並びに配列番号3または7のいずれかの10種
のペプチドを指標とし、下記表5に従い、前記コラーゲン由来材料が、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、シカ、ウサギまたはチョウザメのいずれの動物種であるかを判定することを特徴とする、コラーゲン由来材料の動物種を判定する方法
(なお、表の指定において、隅付き括弧で囲われて表記したものは参照しない。)。
【表1】
【表2】
【表3】
【表4】
【表5】
【請求項2】
コラーゲン由来材料のトリプシン分解物に含まれるペプチドについて、下記表1に示される配列番号1~12のペプチドを指標に動物種を判別する方法であって、
(1)配列番号3、配列番号5~7、配列番号9~11の7種の
ペプチドを指標とし、表7に従い、前記コラーゲン由来材料が、ウシ、ウマ、ヒツジ、ブタ、ウサギおよびチョウザメからなる群から選択される2種の何れの組み合わせかを判定し、または
(2)配列番号1~12の12種のペプチドを指標とし、下記表8に従い、前記コラーゲン由来材料の動物種が、ウシ、ウマ、ヒツジ、ブタ、ウサギおよびチョウザメからなる群から選択される2種のいずれの組み合わせかを判定し、または
(3)配列番号1、2、4、5、6、8、9、11および12、並びに配列番号3または7のいずれかの10種
のペプチドを指標とし、下記表9に従い、前記コラーゲン由来材料の動物種が、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、シカ、ウサギおよびチョウザメからなる群から選択される2種のいずれの組み合わせかを判定し、または
(4)配列番号1~12の12種のペプチ
ドを指標とし、下記表10に従い、前記コラーゲン由来材料の動物種が、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、シカ、ウサギおよびチョウザメからなる群から選択される2種のいずれの組み合わせかを判定することを特徴とする、コラーゲン由来材料の動物種を判定する方法
(なお、表の指定において、隅付き括弧で囲われて表記したものは参照しない。)。
【表6】
【表7】
【表8】
【表9】
【表10】
【請求項3】
コラーゲン由来材料のトリプシン分解物に含まれるペプチドについて、下記表1に示される配列番号1~12のペプチドを指標に、表6に従い動物種を判別する方法であって、
(1)配列番号3、配列番号5~7、配列番号9~11の7種の
ペプチドを指標として、前記コラーゲン由来材料が、ウシ、ウマ、ヒツジ、ブタ、ウサギおよびチョウザメから選択される3種以上の動物種を含む場合の各動物種を判定し、または
(2)配列番号3、配列番号5~7、配列番号9~11の7種の
ペプチド、および配列番号1~2、配列番号4、配列番号8および配列番号12の
5種のペプチドを指標として、前記コラーゲン由来材料が、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、シカ、ウサギおよびチョウザメから選択される3種以上の動物種を含む場合に各動物種を判定することを特徴とする、コラーゲン由来材料の動物種を判定する方法
(なお、表の指定において、隅付き括弧で囲われて表記したものは参照しない。)。
【表11】
【表12】
【請求項4】
判定された動物種が、ウシ、ウマ、ヒツジ、ブタ、ウサギおよびチョウザメからなる群から選択される2種のいずれの組み合わせである場合に、配列番号3または配列番号7をチョウザメの指標とし、配列番号5をヒツジの指標とし、配列番号6をウマの指標とし、配列番号9をウサギの指標とし、配列番号10をブタの指標とし、または配列番号11をウシの指標として、前記コラーゲン由来材料に含まれるウシ、ウマ、ヒツジ、ブタ、ウサギ、またはチョウザメの含有割合を特定することを特徴とする、請求項2または請求項3記載のコラーゲン由来材料の動物種を判定する方法。
【請求項5】
前記ペプチドの有無は、LC/MS/MSによって測定することを特徴とする、請求項1~3のいずれかに記載のコラーゲン由来材料の動物種を判定する方法。
【請求項6】
前記コラーゲン由来材料は、皮革、膠、コラーゲン、またはゼラチンから選択されるいずれか1種である、請求項1~3のいずれかに記載のコラーゲン由来材料の動物種を判定する方法。
【請求項7】
前記コラーゲン由来材料は、文化財から抽出された膠である、請求項1~3のいずれかに記載のコラーゲン由来材料の動物種を判定する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コラーゲン由来材料の動物種を判定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
膠は、動物の皮や骨、腱などから抽出したコラーゲンを主成分とし、漆器、仏像、仏具、木造建築物、バイオリンその他の楽器などの接着剤、東洋画の墨や墨汁その他の顔料の溶剤、絵具や絵画下地のバインダーなどとして使用されている。古代壁画や原始絵画の時代から使用されており、膠の動物種の同定により作品の材料や技法を解明することができ、および適切な展示・保存・修復方法を決定する一助となる。さらに、膠の動物種の同定によりオリジナル部分と後補部分とを識別することができ、ときには真贋問題の検討に寄与できる場合がある。
【0003】
絵画や歴史資料に使用された膠の由来動物種を判定する方法として、質量分析法によるアプローチが多数報告されている。試料中のコラーゲンをプロテアーゼで切断し、生成したペプチド断片を質量分析計で検出し、コラーゲンのアミノ酸配列における種間の差異に基づいて判定する方法である。例えば、中世に描かれた作品 “Saint John the Evangelist”(プラハ国立美術館所蔵)上に塗られたバインダーをマトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析計を使いペプチドマスフィンガープリント法で分析したところ、ウサギ膠の使用が明らかになった(非特許文献1)。また、高分解能を有するフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析計で17世紀末のカトリック教区教会の祭壇を分析したところ、銀箔と釉薬の間の薄いタンパク質層から魚のコラーゲンに特異的な7つのペプチドが検出されたという(非特許文献2)。さらに、J.ポールゲッティ美術館のコレクションであるRomano Egyptianの三連祭壇画(紀元前180~200年)に使用されている膠着剤を高速液体クロマトグラフ質量分析計で分析したところ、ウシ由来のコラーゲンが同定されたという(非特許文献3)。
【0004】
更に、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析計で、コラーゲン由来の動物種特異的ペプチドを検出することにより効率的に膠の由来動物種を同定する方法もある(非特許文献4)。ウシ用の15種のペプチド、ウサギ用の3種、チョウザメ用の3種を使用し、100年前のトートン-フレス家のドーアールの接着剤と称されるウサギ膠に応用したところ、2種のウサギコラーゲンペプチドが同定されたという。また、18世紀の聖マキシマム教会のわずか50μgの金箔サンプルを使用し、13種の種特異的ウシコラーゲンペプチドを同定できたという。
【0005】
また、試料から抽出した動物の線維状タンパク質群を、プロテアーゼで切断してペプチド断片にした後、この断片のアミノ酸配列を解析し、試料に含まれる動物種を鑑別する方法がある(特許文献1)。皮革の動物種を判別する方法であるが、特定の1種の動物種に特異的に検出されるペプチド断片を優先的に用いて試料の動物種を鑑別するものであり、優先順位に従って、ウシ→シカ→ウマ→ブタ→ヒツジ→ヤギの順に動物種が鑑別される。一方、予め選択した6種のペプチドを使用し、動物種を特定する方法もある(特許文献2)。皮革に含まれるコラーゲンをトリプシン消化し、生じたマーカーペプチドを分析して当該皮革の動物種を判別するもので、複数のペプチドを組み合わせることで、簡便にいずれか1種の動物種に特定できるという。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2016/157250号
【文献】特開2016-224007号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】S. Kuckova et al., "Analysis of organic colouring and binding components in colour layer of art works", Anal Bioanal Chem (2005), vol. 382, p275-282
【文献】S. Dallongeville et al., "Proteomics applied to the authentication of fish glue: Application to a 17th century artwork sample", Analyst, (2013), vol. 138, p5357-5364
【文献】J. Mazurek et al., "Characterization of binding media in Egyptian Romano portraits using enzyme-linked immunosorbant assay and mass spectrometry", e-PS, (2014), vol. 11, p76-83
【文献】S. Dallongeville et al., "Identification of animal glue species in artworks using proteomics: Application to a 18th century gilt sample", Anal. Chem. (2011), vol. 83, p9431-9437
【文献】NC Schellmann, "Animal glues: a review of their key properties relevant to conservation", Studies in Conservation, (2007), vol. 52, p55-66
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
文化財の一部をなす膠は、それ自体が検証物である。膠から得られるデータと文献資料とを照合することで、歴史情報を読み解く一助となり、文献資料の空白を埋める可能性も高い。絵画等では、地塗り層と彩色層とに使用する膠が異なっている場合があり、層ごとに使用している膠の動物種を判別できれば絵画研究を補助し、文化財の保護・修復を適切に行うための情報としても利用することができる。したがって、少量の試料を用いて動物種を判別できる方法の開発が望まれる。
【0009】
一方、膠は、原料に応じて骨膠、皮膠などに分類され、更に動物種に応じて、ウシ膠、ブタ膠、ウサギ膠、シカ膠、サカナ膠などに分類される。ウサギ膠などは、その名の通りウサギ皮から調製されるべきであるが、市販品の中には他の動物種由来の膠を混ぜているものがあることが記載されている(非特許文献5)。非特許文献5では、製造業者による原料情報、前処理、添加物などは、正確であるとは限らないと警告している。膠は複数の動物種が混合されると外観から動物種を判別することができず、混合物における動物種の特定が望まれる。しかしながら、上記特許文献1、特許文献2記載の方法は、1種の皮革を対象とするため、2以上の異なる動物種が混在する場合の膠の同定には適しない。したがって、2種の動物が混在する場合でもそれぞれの動物種を判別できる方法の開発が望まれる。
【0010】
また、製品に付された原料情報と製品組成との相違は、膠に限定されるものではない。コラーゲンを原料とするゼラチンなどの動物種も判別できることが望まれる。
【0011】
上記現状に鑑み、本発明は、コラーゲン由来材料に使用された動物種を判定する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者等は、各種動物のコラーゲンのトリプシン分解物を詳細に検討し、トリプシン分解物に含まれる特定の12種のペプチドを組み合わせることで、当該コラーゲンの動物種を判定できること、上記12種のペプチドを使用すれば2種の動物が混在する場合の各動物種を特定できることを見出し、本発明を完成させた。
【0013】
すなわち本発明は、コラーゲン由来材料のトリプシン分解物に含まれるペプチドについて、下記表1に示される配列番号1~12のペプチドを指標に動物種を判別する方法であって、
(1)配列番号3、配列番号5~7、配列番号9~11の7種のペプチドを指標とし、表2に従い、前記コラーゲン由来材料が、ウシ、ウマ、ヒツジ、ブタ、ウサギまたはチョウザメのいずれの動物種であるかを判定し、または
(2)配列番号1、2、4および5の4種のペプチドを指標とし、下記表3に従い、前記コラーゲン由来材料が、ヒツジ、ヤギ、またはシカのいずれの動物種であるかを判定し、または、
(3)配列番号1、2、4、5、9、11および12の7種のペプチドを指標とし、下記表4に従い、前記コラーゲン由来材料が、ウシ、ヒツジ、ヤギ、シカまたはウサギのいずれの動物種であるかを判定し、または
(4)配列番号1、2、4、5、6、8、9、11および12、並びに配列番号3または7のいずれかの10種のペプチドを指標とし、下記表5に従い、前記コラーゲン由来材料が、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、シカ、ウサギまたはチョウザメのいずれの動物種であるかを判定することを特徴とする、コラーゲン由来材料の動物種を判定する方法を提供するものである。
【0014】
【0015】
【0016】
【0017】
【0018】
【0020】
また本発明は、コラーゲン由来材料のトリプシン分解物に含まれるペプチドについて、上記表1に示される配列番号1~12のペプチドを指標に動物種を判別する方法であって、
(1)配列番号3、配列番号5~7、配列番号9~11の7種のペプチドを指標とし、表7に従い、前記コラーゲン由来材料が、ウシ、ウマ、ヒツジ、ブタ、ウサギおよびチョウザメからなる群から選択される2種の何れの組み合わせかを判定し、または
(2)配列番号1~12の12種のペプチドを指標とし、下記表8に従い、前記コラーゲン由来材料の動物種が、ウシ、ウマ、ヒツジ、ブタ、ウサギおよびチョウザメからなる群から選択される2種のいずれの組み合わせかを判定し、または
(3)配列番号1、2、4、5、6、8、9、11および12、並びに配列番号3または7のいずれかの10種のペプチドを指標とし、下記表9に従い、前記コラーゲン由来材料の動物種が、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、シカ、ウサギおよびチョウザメからなる群から選択される2種のいずれの組み合わせかを判定し、または
(4)配列番号1~12の12種のペプチドを指標とし、下記表10に従い、前記コラーゲン由来材料の動物種が、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、シカ、ウサギおよびチョウザメからなる群から選択される2種のいずれの組み合わせかを判定することを特徴とする、コラーゲン由来材料の動物種を判定する方法を提供するものである 。
【0021】
【0022】
【0023】
【0024】
【0025】
また本発明は、コラーゲン由来材料のトリプシン分解物に含まれるペプチドについて、上記表1に示される配列番号1~12のペプチドを指標に、上記表6に従い動物種を判別する方法であって、
(1)配列番号3、配列番号5~7、配列番号9~11の7種のペプチドを指標として、前記コラーゲン由来材料が、ウシ、ウマ、ヒツジ、ブタ、ウサギおよびチョウザメから選択される3種以上の動物種を含む場合の各動物種を判定し、または
(2)配列番号3、配列番号5~7、配列番号9~11の7種のペプチド、および配列番号1~2、配列番号4、配列番号8および配列番号12の5種のペプチドを指標として、前記コラーゲン由来材料が、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、シカ、ウサギおよびチョウザメから選択される3種以上の動物種を含む場合に各動物種を判定することを特徴とする、コラーゲン由来材料の動物種を判定する方法を提供するものである。
【0026】
また本発明は、判定された動物種が、ウシ、ウマ、ヒツジ、ブタ、ウサギおよびチョウザメからなる群から選択される2種のいずれの組み合わせである場合に、配列番号3または配列番号7をチョウザメの指標とし、配列番号5をヒツジの指標とし、配列番号6をウマの指標とし、配列番号9をウサギの指標とし、配列番号10をブタの指標とし、または配列番号11をウシの指標として、前記コラーゲン由来材料に含まれるウシ、ウマ、ヒツジ、ブタ、ウサギ、またはチョウザメの含有割合を特定することを特徴とする、前記コラーゲン由来材料の動物種を判定する方法を提供するものである。
【0027】
更に本発明は、前記ペプチドの有無を、LC/MS/MSによって測定することを特徴とする、前記コラーゲン由来材料の動物種を判定する方法を提供するものである。
【0028】
また、本発明は、前記コラーゲン由来材料が、皮革、膠、コラーゲン、またはゼラチンから選択されるいずれか1種である、前記コラーゲン由来材料の動物種を判定する方法を提供するものである。
【0029】
また本発明は、前記コラーゲン由来材料は、文化財から抽出された膠である、前記コラーゲン由来材料の動物種を判定する方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0030】
本発明のコラーゲン由来材料の動物種を判定する方法によれば、コラーゲンのトリプシン分解物に含まれる特定の12種のペプチドの有無を測定することで、当該コラーゲンの動物種がウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、シカ、ウサギ、またはチョウザメのいずれであるかを判別することができ、および2種類の混合物である場合にいずれの2種であるかを判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【
図1】実施例1において、ウシコラーゲントリプシン分解物のLC/MS/MS分析の結果を示す図である。
【
図2】実施例1において、ウマコラーゲントリプシン分解物のLC/MS/MS分析の結果を示す図である。
【
図3】実施例1において、ブタコラーゲントリプシン分解物のLC/MS/MS分析の結果を示す図である。
【
図4】実施例1において、ヒツジコラーゲントリプシン分解物のLC/MS/MS分析の結果を示す図である。
【
図5】実施例1において、ウサギコラーゲントリプシン分解物のLC/MS/MS分析の結果を示す図である。
【
図6】実施例1において、シカ膠トリプシン分解物のLC/MS/MS分析の結果を示す図である。
【
図7】実施例1において、チョウザメ膠トリプシン分解物のLC/MS/MS分析の結果を示す図である。
【
図8】実施例1において、ヤギ革トリプシン分解物のLC/MS/MS分析の結果を示す図である。
【
図9】実施例2において、試料CのLC/MS/MS分析の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
本発明の第1は、コラーゲン由来材料のトリプシン分解物に含まれるペプチドについて、前記表1に示される配列番号1~12のペプチドを指標にしてコラーゲン由来材料の動物種を判別する方法である。配列番号3、配列番号5~7、配列番号9~11の7種のペプチドを指標とし、前記コラーゲン由来材料が、ウシ、ウマ、ヒツジ、ブタ、ウサギまたはチョウザメのいずれの動物種であるかを判定することができる。また、配列番号1、2、4および5の4種のペプチドを指標として、前記コラーゲン由来材料が、ヒツジ、ヤギまたはシカのいずれの動物種であるかを判定することができる。また、配列番号1、2、4、5、9、11および12の7種のペプチドを指標とし、前記コラーゲン由来材料が、ウシ、ヒツジ、ヤギ、シカまたはウサギのいずれの動物種であるかを判定することができる。更に、配列番号1、2、4、5、6、7、8、9、11および12の10種のペプチドを指標とし、前記コラーゲン由来材料が、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、シカ、ウサギまたはチョウザメのいずれの動物種であるかを判定することができる。更に、全12種のペプチドのいずれか4種以上を指標とし、前記コラーゲン由来材料が、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、シカ、ウサギまたはチョウザメのいずれの動物種に由来するかを判定することができる。以下、本発明を詳細に説明する。
【0033】
本発明において「コラーゲン由来材料」とは、コラーゲンを主成分とするものを広く含み、動物の皮膚の生のままの原皮、前記原皮を鞣した鞣し皮、前記鞣し皮を使用した皮革製品;動物の骨、皮、腱などの熱湯抽出物である膠;動物の骨、皮、腱などを構成する主タンパク質であるコラーゲン;コラーゲンの熱変性・分解物であるゼラチンを含む。
【0034】
本発明では動物種を判定するため、コラーゲン由来材料のトリプシン分解物に含まれるペプチドを試料とする。コラーゲンは、3本のポリペプチド鎖の三重螺旋構造を基本単位とし、-(Gly-アミノ酸X-アミノ酸Y)n-で示される、いわゆる「コラーゲン様配列」と呼ばれる一次構造を有する。生体内で前記一次構造を有するペプチド鎖が翻訳された後に、プロリンやリジンがそれぞれヒドロキシプロリンやヒドロキシリジンに変換され、前記三重螺旋構造を形成する。コラーゲンには、I型からXXVIII型までが知られ、生体を構成する部位によって異なるコラーゲン型が主成分となるが、いずれも上記一次構造と三重螺旋構造とを有する点で共通する。皮革や膠などに含まれるコラーゲンは、I型を主成分とすることが知られ、これをトリプシン分解することで、本発明の動物種の判定方法の測定試料として利用することができる。なお、コラーゲンのアミノ酸配列は動物間によって近似し、ゆえに抗原性の少ない生体材料として使用される場合も多い。しかしながら、種々の動物から得たコラーゲンのトリプシン分解物を詳細に検討したところ、前記トリプシン分解物を構成するペプチドの12種を組み合わせると、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、シカ、ウサギまたはチョウザメの8種類の動物種を判定できることが判明した。
【0035】
本発明では、8種の動物種の判定に使用するため、前記表1に示す12種のペプチドを選択した。前記表1に示すペプチドの由来を表11に示す。配列番号1で示すアミノ酸配列は、ウシ、ウマ、ブタ、シカおよびウサギのI型コラーゲンα1鎖のN末端側の三重螺旋開始アミノ酸を1とする場合に第316~327番目の12個のアミノ酸に相当する。同様に、配列番号2で示すアミノ酸配列は、ヒツジおよびヤギのI型コラーゲンα1鎖のN末端側の三重螺旋開始アミノ酸を第1とする場合に第316~327番目の12個のアミノ酸に相当する。これは、コラーゲン鎖の同位置にあるアミノ酸配列が、動物種によってわずかに相違し、動物種によっては種特異的ペプチドとなることを示す。本発明では、各種動物のI型コラーゲンのトリプシン消化によって生成するペプチドを詳細に検討し、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、シカ、ウサギおよびチョウザメの8種類の動物を特定できるペプチドとして表1に示す12種のペプチドを選択した。
【0036】
【0037】
表11に示すように、配列番号3および配列番号7はチョウザメに特異的な配列であり、配列番号5はヒツジに特異的、配列番号6はウマに特異的、配列番号9はウサギに特異的、配列番号10はブタに特異的、および配列番号11はウシに特異的な配列である。したがって、配列番号3、配列番号5~7、配列番号9~11の7種の中からいずれか1種を指標とすれば、下記表2に示すように、その有無により、コラーゲン由来材料がウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ウサギ、チョウザメのいずれであるかを特定することができる。なお、配列番号3と配列番号7とは、共にチョウザメに特異的な配列である。本発明では配列番号3または配列番号7のいずれか一方を使用してもよく、配列番号3と配列番号7の双方を使用してもよい。表2に従い、配列番号3で示すペプチドが検出された場合は、「チョウザメ」と、配列番号5で示すペプチドが検出された場合は、「ヒツジ」と判定される。なお、配列番号3、配列番号5~7、配列番号9~11の7種の全てを使用してもよい。例えば、配列番号3、配列番号5~7、配列番号9~10で示すペプチドを検出せず、配列番号11で示すペプチドを検出した場合に、「ウシ」と判定する。使用するペプチド数が増加するにつれて誤判定の可能性を低減することができ、好ましい。
【0038】
【0039】
一方、コラーゲン由来材料が皮革などの場合、ヒツジとヤギとは構造が類似するため外観からの判定が難しく、電子顕微鏡による観察でさえ正確な判別は容易でない。前記表11に示すように、配列番号5で示すペプチドはヒツジに特異的であるが、表11にはヤギやシカに特異的な配列は含まれていない。しかしながら、配列番号1、2、4および5の4種のペプチドを使用し、下記表3に従ってその有無から、ヒツジ、ヤギ、シカの何れであるかを判定することができる。例えば、コラーゲン由来材料のトリプシン分解物が、配列番号1および配列番号4のペプチドを含み、配列番号2および配列番号5のペプチドを含まない場合には、当該コラーゲン由来材料の動物種を「シカ」と判定する。表3に従えば、上記4種のペプチドは、ヒツジとヤギの間に2か所の相違を有し、ヒツジとシカの間に4か所の相違を有し、ヤギとシカの間に2か所の相違を有する。すなわち、何れの動物種間でも相互に2以上の相違を有する。このため、動物種が「シカ」である場合に、ヒツジやヤギとして判定される誤判定を回避することができる。
【0040】
【0041】
更に、コラーゲン由来材料が膠の場合には、ウシやウサギが原料として使用されることが多い。配列番号1、2、4、5、9、11および12の7種を指標としてその有無を評価し、下記表4に従って判定すれば、何れの動物種間でも2以上の相違をもって、コラーゲン由来材料の動物種が、ウシ、ヒツジ、ヤギ、シカまたはウサギのいずれであるかを判定することができる。
【0042】
【0043】
更に、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、シカ、ウサギまたはチョウザメのいずれの動物種であるかを判定するために、配列番号1、2、4、5、6、8、9、11および12、並びに配列番号3または7のいずれかの10種を指標とする。表1に示す配列番号1~12のペプチドのうち、配列番号10はブタに特異的なペプチドである。下記表5に従えば、ブタの種特異的ペプチドを指標とすることなく、各動物種間でいずれも2以上の相違をもって、「ブタ」を含む動物種を特定することができる。なお、本発明において「配列番号3または7」とは、配列番号3と配列番号7の何れか一方でもよく、配列番号3と配列番号7の双方を使用してもよいことを意味する。表5には、配列番号3と配列番号7との双方を記載した。
【0044】
【0045】
本発明によれば、表6に従って、配列番号1~12の12種のペプチドのいずれか4種以上を指標とし、コラーゲン由来材料が、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、シカ、ウサギまたはチョウザメの8種のいずれの動物種であるかを判定することができる。前記したように配列番号1、2、4および5の4種のペプチドを指標とすれば、ヒツジ、ヤギ、シカの何れの動物種であるかを特定することができる。同様に、配列番号1、配列番号2、配列番号8、配列番号11、および配列番号12の5種を指標に使用すれば、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、シカ、ウサギ、チョウザメの何れであるかを特定することができる。コラーゲン由来材料が皮革などの場合、外観から「ウシ」か「ウマ」かの判別が困難な場合は、この5種のペプチドを指標に使用することで動物種を判定することができる。また、配列番号1、配列番号2、配列番号5、配列番号8、および配列番号12の5種を指標に使用すれば、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、シカ、チョウザメの何れであるかを特定することができる。コラーゲン由来材料の外観から「ヒツジ」か「ヤギ」かの判別が困難な場合には、この5種のペプチドを指標に使用することで動物種を判定することができる。上記は例示である。このように判定したい動物種を特定できるペプチドを表6から選択し、表6に従って動物種を判定することができる。本発明では、動物種の特定に使用するペプチドは、表6に示す12種のペプチドの中から選択され、4種以上であれば5種以上、6種以上、7種以上でもよく、いずれのペプチドを組み合わせるかは任意である。なお、全12種のペプチドを使用すれば、上記8種の動物種間にそれぞれ2~6種のペプチド有無の相違を持って動物種を特定することができる。
【0046】
【0047】
本発明では、動物種の判定においてペプチドを指標とするため、DNAを使用する場合と比較して短時間で処理でき、かつDNAよりも安定性が高いため判定精度を高く維持することができる。なお、コラーゲンはGly-アミノ酸X-アミノ酸Yを基本単位とし、動物種間で配列が近似するため、アミノ酸数が少ないペプチドを選択すると種特異性が生じない。しかしながら、本発明によれば、トリプシン消化後のアミノ酸数が12~24の上記12種のペプチドを使い、さらに組み合わせることで、高精度な動物種の判定が可能となる。
【0048】
本発明の第2は、コラーゲン由来材料のトリプシン分解物に含まれるペプチドについて、上記表1に示される配列番号1~12のペプチドを指標に2種以上の動物種が混在する場合にこれら2種の動物種を判別する方法である。皮革の場合は単一の動物種が対象となるが、動物から抽出されたコラーゲンや膠、コラーゲンの変性・分解物であるゼラチンなどは2種が混合する可能性がある。しかしながら、本発明によれば、抽出されたコラーゲンのトリプシン分解物を試料に用いて、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、シカ、ウサギまたはチョウザメの何れの2種の動物種が混合されたかを特定することができる。判定の指標に使用するペプチドは、表1に示す配列番号1~12のペプチドである。上記表11に示すように種特異的ペプチドもあり、他の動物に共通して含まれるペプチドもあるが、これらを組み合わせることで、2種の動物種が混合された場合でも、各動物を特定することができる。
【0049】
例えば、配列番号3、配列番号5~7、配列番号9~11の7種のペプチドを指標とし、前記コラーゲン由来材料の動物種が、ウシ、ウマ、ヒツジ、ブタ、ウサギおよびチョウザメからなる群から選択される2種の何れの組み合わせかを判定することができる。上記表11に示すように、配列番号3、5~7、9~11の7種のペプチドは、動物種に特異的なペプチドである。したがって、配列番号3、5~7、9~11の7種のペプチドを指標とすれば、この特異的ペプチドを有する動物、すなわち、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ウサギ、チョウザメの6種のいずれか2種の混合物について動物種を特定することができる。表7に動物種の組み合わせと指標となるペプチドの配列番号との関係を示す。なお、配列番号3および配列番号7はいずれもチョウザメに特異的ペプチドである。配列番号3と配列番号7の何れか一方を使用してもよく、配列番号3と配列番号7の双方を使用してもよい。本発明によれば、例えば、コラーゲン由来材料のトリプシン分解物について配列番号3と配列番号6との双方のペプチドを検出した場合には、この試料は「ウマとチョウザメ」との混合物であると判定することができる。コラーゲン由来材料のトリプシン分解物が、配列番号9と配列番号10のペプチドを含み、配列番号3、5~7、および11のペプチドを含まない場合は、当該コラーゲン由来材料の動物種は、「ブタとウサギ」と判定する。
【0050】
【0051】
また、上記表7に示すペプチドに加えて他のペプチドを指標に含み、2種の動物種を特定することもできる。例えば、表11に示す12種の全てのペプチドを指標として使用し、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ウサギ、チョウザメの6種のいずれか2種の混合物について動物種を特定することができる。表8に動物種の組み合わせと指標となるペプチドの配列番号との関係を示す。表7に従い全7種のペプチドを指標とした場合でも、例えば「ブタとウサギ」と「ブタとヒツジ」とは、ペプチドの有無に関して2か所の相違を有するに過ぎない。これに対し表8に示す全12種のペプチドを使用し、表8に従って動物種を判定すれば、「ブタとウサギ」と「ブタとヒツジ」との間に、ぺプチドの有無に関して4か所の相違を有して動物種を特定することができる。
【0052】
【0053】
更に、本発明では、配列番号1、2、4~6,8、9、11および12、並びに配列番号3または7の10種を指標とし、下記表9に従い、前記コラーゲン由来材料の動物種が、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、シカ、ウサギおよびチョウザメからなる群から選択される2種のいずれの組み合わせかを判定することができる。なお前記したように、本発明において「配列番号3または7」とは、配列番号3と配列番号7の何れか一方でもよく、配列番号3と配列番号7の双方を使用してもよいことを意味する。表9には、配列番号3と配列番号7の双方を含めた。表9に従えば、各動物の組み合わせ相互間で1~6の相違を有して動物種を特定することができる。配列番号10は、「ブタ」に特異的なペプチドであるが、これを使用することなく複数のペプチドの組み合わせで2種混合物を特定できる特徴がある。
【0054】
【0055】
更に、本発明では、表1に示す配列番号1~12の12種のペプチドのいずれか3種以上を指標とし、下記表10に従い、前記コラーゲン由来材料の動物種が、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、シカ、ウサギおよびチョウザメからなる群から選択される2種のいずれの組み合わせかを判定することができる。配列番号5~7の3種は、それぞれヒツジ、ウマおよびチョウザメに特異的であるから、配列番号5と配列番号6のペプチドを含む試料を「ヒツジとウマ」と動物種を特定でき、配列番号5と配列番号7のペプチドを含む試料を「ヒツジとチョウザメ」と動物種を特定することができる。本発明では、少なくも3種以上、好ましくは7種、より好ましくは10種、特に好ましくは全12種を使用する。指標とするペプチド数が多いほど、誤判定の可能性を低減することができる。全12種のペプチドと各動物種の組み合わせを下記表10に示す。表9に従って10種のペプチドを指標として動物種の組み合わせを判定すると、「ウシとブタ」および「ウシとシカ」との間に1カ所の相違が存在するのみであるが、配列番号10を含む表10に従って、全12種のペプチドを指標とする場合は2か所の相違を有して動物種を特定できるため、誤判定の可能性を低減することができる。
【0056】
【0057】
本発明の第3は、コラーゲン由来材料が3種以上の動物種を含む場合に、そのトリプシン分解物に含まれるペプチドについて、上記表1に示される配列番号1~12のペプチドを指標に、上記表6に従い動物種を判別する方法である。配列番号3、配列番号5~7、配列番号9~11の7種で特定される、ウシ、ウマ、ヒツジ、ブタ、ウサギおよびチョウザメの種特異的ペプチドを指標とすれば、3種以上の動物種が混在する場合でも各動物種を特定することができる。
【0058】
上記ペプチドの有無を評価する方法は、特に限定されない。例えば、液体クロマトグラフィーなどによりコラーゲンのトリプシン分解物から上記ペプチドを分離し、ペプチドシークエンスなどにより確認しつつ、その有無を評価することができる。また、LC/MSやLC/MS/MSなどであってもよい。本発明は、LC/MS/MSによって分析することが好適である。LC/MS/MSによれば、LC部でトリプシン分解物をカラムとの親和性によって分離でき、MS部でイオン化してから更に質量ごとに分離して検出することができるため、一連の操作を迅速に行うことができる。特に、三連四重極型質量分析装置を用いれば、1段目の四重極部でプレカーサーイオンを選択し、2段目の衝突室でそのイオンを壊して、3段目の四重極部で前記壊して得たプロダクトイオンの中から特定のイオンを検出する多重反応モニタリング方法(MRMモード)を設定することができるため、特異性の高い判定が可能となる。さらに、MRMモードによれば、一度の測定で複数のチャンネルを設定することができるため、一分析で多成分の分析が可能となる。
【0059】
本発明では、トリプシン分解物が、上記表1で特定する配列番号1~12の12種類のペプチドを含むか否かを分析し、その結果を上記表2~表10のいずれかと整合し、動物種を判定するものである。LC/MS/MS分析において、前記配列番号1~12のペプチドのプレカーサーイオンを特定し、発生するプロダクトイオン(測定イオン)を選択してMRMチャンネルを設定することで、当該ペプチドを検出することができる。更に、別のプロダクトイオン(確認イオン)を特定し、対応するMRMチャンネルを別途設定して測定することで確実性をさらに高くできる。測定イオンと確認イオンとを検出することで、確実にその有無を評価することができる。
【0060】
本発明では、8種類の動物種判定に使用するペプチドはわずか12種である。各ペプチドに対応するプレカーサーイオンや測定イオン、更には確認イオンの検出条件を予め設定し、一度の分析で上記12種を同時に分析することで、簡便に動物種の判定を行うことができる。
【0061】
更に、コラーゲンのトリプシン分解物をLC/MS/MSにて分析して動物種を判定する場合、LC/MS/MS分析装置に更に判定用の電子機器を配設し、前記電子機器の記憶部に予め表2~表10の内容を記憶させ、演算部にLC/MS/MS分析装置の配列番号1~12の結果を入力させ、前記表2~表10の動物種と入力結果とを関連づけて動物種を判定させることができる。判定結果は、印字またはディスプレイ等に表示させてもよい。
【0062】
本発明では、前記LC/MS/MSの分析結果に基づいて、混合された2種類の動物種がウシ、ウマ、ヒツジ、ブタ、ウサギおよびチョウザメからなる群から選択される2種のいずれの組み合わせであると判定された場合には、その動物種の配合比を特定することができる。
【0063】
判定された動物種が、ウシ、ウマ、ヒツジ、ブタ、ウサギ、チョウザメのいずれかを含む場合には、試料から種特異的ペプチドが検出されている。予め、ピーク面積、ピーク高さ、ピーク強度などから濃度との関係を示す検量線等を作成し、この検量線に従って試料に含まれる各動物種の濃度を求めた後、配合割合を求める。種特異的ペプチドを3種以上含む場合も同様である。本発明では、配列番号3または配列番号7をチョウザメの指標とし、配列番号5をヒツジの指標とし、配列番号6をウマの指標とし、配列番号9をウサギの指標とし、配列番号10をブタの指標とし、または配列番号11をウシの指標とすることができる。
【0064】
動物種を判定するためのコラーゲンのトリプシン分解物は、常法により調製することができる。たとえば、皮革、膠、その他のコラーゲン由来材料からコラーゲンまたはゼラチンを抽出し、これをトリプシンで分解すればよい。トリプシン分解物に限定したのは、トリプシンが入手容易で、かつコラーゲン分解の再現性に優れるからである。なお、コラーゲンの分解にコラゲナーゼを使用する場合もあるが、本発明ではコラゲナーゼを使用しない。コラゲナーゼはコラーゲンをGly-アミノ酸X-アミノ酸Yまで分解し、生成したペプチドの動物種特異性を失ってしまうためである。
【0065】
コラーゲン由来材料が皮革の場合、トリプシン処理に先立ち、原皮やタンニン鞣し皮などの皮革の一部を水中で加熱して、皮革に含まれるコラーゲンを抽出することが望ましい。例えば、抽出効率を高めるため、皮革片を1mm角などに細切断し、これを1~20倍の水に投入し、加熱する。加熱処理は、温度50~100℃、好ましくは60~90℃、特に好ましくは70~90℃である。加熱時間は、皮革片のサイズにもよるが、5分から2時間、好ましくは10分から1時間、特に好ましくは20分から50分である。これにより皮革に含まれるコラーゲンがゼラチン様に変化する。なお、皮革がクロム鞣し等の加工製品である場合は、クロム鞣しによる影響を除去する必要がある。皮革片を細切断した後に、皮革に対して1~20倍の0.25%水酸化カルシウム溶液を加えて10分~24時間振盪し、水洗後、この水洗試験片を上記と同様に加熱処理し、およびトリプシン処理すればよい。
【0066】
また、コラーゲン由来材料が膠の場合、水中で加熱して溶解した後にトリプシンを添加して分解すればよい。コラーゲン由来材料がコラーゲンやゼラチンの場合も同様である。また、コラーゲン由来材料が、文化財から抽出された膠である場合や、顔料その他の無機物を含む場合がある。水中で加熱して溶解した後に不溶物を遠心やろ過などによって除去してもよい。
【0067】
トリプシン処理は、コラーゲンがゼラチン様に変化した溶液に、温度15~60℃でトリプシンを作用させる。反応時間は、1~24時間、好ましくは2~16時間、特に好ましくは4~16時間である。この際、反応液に緩衝液その他を添加してもよい。緩衝液としては、トリス塩酸緩衝液、リン酸ナトリウム緩衝液などがある。更に添加しうる試薬としては、塩化カルシウムなどの安定化剤、ドデシル硫酸ナトリウムや尿素などの変性剤などがある。遠心分離し、不溶の固形分などを除去し動物種判定用の試験液とすることができる。
【実施例】
【0068】
次に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、これらの実施例は何ら本発明を制限するものではない。
【0069】
各実施例で調製したサンプルのLC/MS/MS条件は以下に従った。
(1)装置
LC/MS(アジレント・テクノロジー社製:1200シリーズ)、および三連四重極型質量分析装置(エービーサイエックス社製、3200QTRAP)を使用した。
(2)HPLC条件
分析カラム:Ascentis Express C18 HPLCカラム 粒子径5μm、長さ15cm、直径2.1mm(スペルコ社製)
移動相:A液;0.1%ギ酸、B液;100%アセトニトリル、
グラジエント条件:0-2分:A液98%、2.1-6分:A液98-40%、6.1-8分:A液40-10%、8.1-10分:A液98%
流速:500μl/min
カラム温度:40℃
(3)質量分析条件
イオン化:ESI、ポジティブ
分析モード:Multiple Reaction Monitoring(MRM)モード
イオンスプレー電圧:4.0kV
イオンソース温度:700℃
(4)MRMチャンネル
配列番号1~12に示すペプチド12種とその検出チャンネルとを下記表12に示す。
【0070】
【0071】
(実施例1)
(i)ウシの皮膚抽出コラーゲンの分析を行った。ウシの皮膚抽出コラーゲン50μgを100mMトリス塩酸(pH7.6)、1mM塩化カルシウム中で温度60℃、30分加熱し、次いで、2.5μgのトリプシンで16時間トリプシン消化反応を行った(総液量100μL)。その後、反応液に1.0%となるようにギ酸を加えて反応を停止し、0.45μmフィルターでろ過し、LC/MS/MS分析用サンプルとした。
【0072】
(ii)ウシの皮膚からぺプシンを用いて調製したコラーゲン試料
を、上記(i)に従ってトリプシン消化してLC/MS/MS分析用サンプルとし、LC/MS/MS分析を行った。MRMのチャートを
図1に示す。上記表6に示す配列番号1、配列番号4、および配列番号11のペプチドのピークを検出したが、他のペプチドのピークは検出しなかった。なお、
図1~
図8において、Pは配列番号のピークを意味する。
【0073】
(iii)ウシの皮膚抽出コラーゲンに代えて、ウマ、ブタの皮膚からぺプシンを用いてコラーゲン試料を調製し、上記
(i)と同様に
トリプシン消化してLC/MS/MS分析用サンプルとし、LC/MS/MS分析を行った。MRMのチャートを
図2、および
図3に示す。また、ヒツジ、ウサギの皮膚抽出コラーゲン(シグマアルドリッチ社製)についてウシの皮膚抽出コラーゲンと同様に操作してLC/MS/MS分析を行った。MRMのチャートを
図4、および
図5に示す。
【0074】
また、シカ膠(天野山文化遺産研究所から提供)、チョウザメ膠(関出ら、「チョウザメの浮き袋(鰾)によるアイシングラスの製法研究」、 受託研究報告書2012年度. 委託者: 株式会社フジキン、を参照して作成)を蒸留水中で4時間、温度60℃で溶解した後、ウシの皮膚抽出コラーゲンと同様に操作してLC/MS/MS分析を行った。MRMのチャートを
図6および
図7に示す。
【0075】
また、ヤギ革を0.5g切り出して試験片とし、これを1mm角に細切断した後、0.25%水酸化カルシウム溶液10mLに浸漬し2時間振盪し、その後、細切断片を7回水洗した。5つの細切断片を採取し、水200μLを加え、80℃で30分間加熱した。次いで水を除去し、0.1Mトリス塩酸バッファー(pH7.6)、1mM塩化カルシウム中で50μgのトリプシンを加え、37℃で4時間消化反応を行った。その後、反応液に1.0%となるようにギ酸を加えて反応を停止し、遠心分離した後、不溶の固形分などを除去し、その後0.45μmフィルターでろ過してヤギ革トリプシン分解物を得た。得られたヤギ革トリプシン分解物についてLC/MS/MS分析を行った。MRMのチャートを
図8に示す。
【0076】
図1~
図8で検出したペプチドと動物種との関係を表13に示す。上記12種のペプチドを検出すると、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、シカ、ウサギ、またはチョウザメのいずれか1種に特定できることが判明した。
【0077】
【0078】
(実施例2)
市販の膠・ゼラチン製品A~Tの20種を試料として分析し、実施例1と同様にLC/MS/MS分析を行った。試料の原料表示、検出されたペプチドを表14に示す。試料Aは、配列番号1、配列番号4、配列番号11のピークを有するが、他のピークを有しなかった。このため、「ウシ」と判定された。また、試料Cは、配列番号1、配列番号4、配列番号9、および配列番号11のピークを有するが、他のピークを有しなかった。配列番号9は、「ウサギ」の種特異的ペプチドであり、配列番号11は「ウシ」の種特異的ペプチドである。表6および表10の動物種のパターンより「ウシ」と「ウサギ」の混合物と判定された。その他、試料D、試料E、試料F、試料G、試料H,試料I、試料J、試料K、試料L、試料N、試料O、試料P、試料Q、試料R、試料S、試料Tも、種特異的ペプチドおよび表6および表10の動物種パターンとから、それぞれの動物種を特定することができた。分析結果を表14に示す。
【0079】
一方、試料Bは、配列番号1、配列番号2、配列番号4、配列番号8、配列番号10~配列番号12のピークを有した。配列番号10は、「ブタ」の種特異的ペプチドであり、配列番号11は「ウシ」の種特異的ペプチドである。上記ペプチドの内、配列番号1、配列番号8、配列番号10、および配列番号12のペプチドは「ブタ」に由来し、配列番号1、配列番号4および配列番号11のペプチドは「ウシ」に由来する。残る配列番号2を有する動物種として、表6から「ヒツジ」と「ヤギ」を選択することができる。「ヒツジ」は、配列番号2、配列番号5、配列番号12のペプチドで特定され、「ヤギ」は、配列番号2、配列番号4、配列番号12のペプチドで特定される。試料Bには、配列番号5のペプチドは存在しないため「ヒツジ」を含まない。これらから、試料Bは、「ブタ」、「ウシ」、「ヤギ」の3種を含むと判定された。
【0080】
同様に、試料Mは、配列番号1、配列番号4、配列番号6、配列番号8、配列番号10~配列番号12のピークを有した。配列番号10は、「ブタ」の種特異的ペプチドであり、配列番号11は「ウシ」の種特異的ペプチドであり、配列番号6は「ウマ」の種特異的ペプチドである。これらの結果より動物種は「ウシ」、「ブタ」および「ウマ」の混合物と判定された。
【0081】
図9に、試料CのMRMのチャートを示す。チャートには、配列番号1、配列番号4、配列番号9、および配列番号11のピークのみが検出されている。
【0082】
【0083】
表14に示すように、原料表示の動物種と本発明の分析結果で判明した動物種とが一致しない試料は、B、C、F、G、H、I、M,N、Sであった。これらの中で、試料F、H、I、N、Sは原料表示動物と異なる動物種のみが検出された。試料F、G、H、I、Nは、いずれも原料表示動物がウサギであるが、分析結果では「ブタ」か「ウシ」のいずれかである。非特許文献5において、ウサギ膠は、本来ウサギ皮から調製されるべきであるが、実際には他の動物種由来の膠を混ぜて市販されている場合があるとの記載と符合した。
【0084】
(実施例3)
実施例2で2種以上の動物種の混在が認められた試料C、G、およびMについて、その量比を算出した。試料Cおよび試料Gの測定は、以下に従った。I型コラーゲン濃度既知のウシコラーゲンとウサギコラーゲンで配列番号11と配列番号9のピーク面積と濃度との関係を示す検量線を作成した。次いで、この検量線を用い、試料の配列番号11のピーク面積からウシI型コラーゲン濃度を、配列番号9のピーク面積からウサギのI型コラーゲン濃度をそれぞれ求めた後、2種動物の配合割合を算出した。また、試料Mの測定は、I型コラーゲン濃度既知のウシコラーゲン、ブタコラーゲン、ウマコラーゲンで配列番号11、配列番号10、および配列番号6のピーク面積と濃度との関係を示す検量線を作成した。次いで、この検量線を用い、試料の配列番号11のピーク面積からウシI型コラーゲン濃度を、配列番号10のピーク面積からブタI型コラーゲン濃度を、および配列番号6のピーク面積からウマI型コラーゲン濃度をそれぞれ求めた後、3種動物の配合割合を算出した。結果を表15に示す。
【0085】
【0086】
実施例3で使用した試料の中で、原料表示の動物種が1種であるが2種以上の動物種を検出した試料は、試料C、G、Mであった。表15に示すように、試料Cおよび試料Mは、原料表示動物に混在する動物の配合割合が2割以下であり、偶発的な混入の可能性が推定された。一方、試料Gは、原料表示に記載のない動物種の配合割合が50質量%以上であり、意図的な混入が示唆された。
【0087】
(実施例4)
カンバス地にテンペラで描かれた絵画(カミーユ・ピサロ作、タイトル”収穫”、国立西洋美術館所蔵、所蔵番号p.1984-0003,1882年作)の地塗りが付着した張りしろを試料とした。
【0088】
試料1mgを60℃の0.1Mトリス塩酸バッファー(pH7.6)、1mM塩化カルシウム中(総液量100μl)で30分加熱後、2.5μgのトリプシンで酵素処理した。その後、反応液に1.0%となるようにギ酸を加えて反応を停止し、遠心分離した後、不溶の固形分などを除去し、LC/MS/MS分析を行った。その結果、試料から、配列番号1、2、4、5、11および12のペプチドが検出された。ウシ特異的ペプチド(配列番号11)とヒツジ特異的ペプチド(配列番号5)とを含み、この検出パターンからウシとヒツジと判定された。配列番号5のピーク面積と配列番号11のピーク面積からその配合割合を算出したところ、ウシ63.8質量%、ヒツジ36.2質量%の混合物であった。
【0089】
以前の研究(高嶋美穂 国立西洋美術館研究紀要No.16, 35-45, 2012.3.31)により、実施例4の絵画の地塗りの断面を電子顕微鏡と光学顕微鏡で観察することによって、地塗りは2層構造であることが報告されている。2種類の動物種由来の膠が検出され、また量の少ないヒツジ膠でも1/3以上であることから、地塗り層の層ごとに異なる膠を使用している可能性や、目止めと地塗り層の膠が異なっている可能性が示唆された。
【配列表】