(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-26
(45)【発行日】2022-06-03
(54)【発明の名称】ポリエステル樹脂被覆金属板、ポリエステル樹脂被覆金属板の製造方法、そのポリエステル樹脂被覆金属板からなる容器及び容器蓋
(51)【国際特許分類】
B32B 15/09 20060101AFI20220527BHJP
B65D 1/00 20060101ALI20220527BHJP
B65D 8/16 20060101ALI20220527BHJP
【FI】
B32B15/09
B32B15/09 A
B65D1/00 110
B65D8/16
(21)【出願番号】P 2018142939
(22)【出願日】2018-07-30
【審査請求日】2021-04-27
(73)【特許権者】
【識別番号】390003193
【氏名又は名称】東洋鋼鈑株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000419
【氏名又は名称】特許業務法人太田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】武永 智靖
(72)【発明者】
【氏名】末永 昌巳
(72)【発明者】
【氏名】河村 悟史
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 康介
【審査官】櫛引 明佳
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-095071(JP,A)
【文献】特開2003-081241(JP,A)
【文献】特開2007-090667(JP,A)
【文献】特開2006-326902(JP,A)
【文献】国際公開第2016/159260(WO,A1)
【文献】特開2015-134875(JP,A)
【文献】米国特許第05149389(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B32B 1/00-43/00
B65D 6/00-13/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属板と、
前記金属板の少なくとも片面に接するように積層されたポリブチレンテレフタレート層と、を有し、
前記ポリブチレンテレフタレート層における(100)面のX線回折強度と(1-11)面のX線回折強度比Rが1.3以上6.6以下の範囲内であることを特徴とするポリエステル樹脂被覆金属板。
(ただし、前記(100)面のX線回折強度は回折角2θが23.0°~24.0°の範囲に確認される最大値であり、前記(1-11)面のX線回折強度は回折角2θが25.0°~26.0°の範囲に確認される最大値であり、前記X線回折強度比R=(100)面の回折強度/(1-11)面の回折強度である。)
【請求項2】
前記ポリブチレンテレフタレート層は、前記金属板の片面に積層されており、
前記金属板の他方の面には前記ポリブチレンテレフタレート層とは異なるポリエステル樹脂層が積層されている、請求項1に記載のポリエステル樹脂被覆金属板。
【請求項3】
前記異なるポリエステル樹脂層は、ポリエチレンテレフタレート樹脂層、イソフタル酸が共重合されたポリエチレンテレフタレート樹脂層、ポリエチレンテレフタレートとポリブチレンテレフタレートがブレンドされた樹脂層、および、イソフタル酸が共重合されたポリエチレンテレフタレートとポリブチレンテレフタレートとがブレンドされた樹脂層の中から選択されるいずれかである請求項2に記載のポリエステル樹脂被覆金属板。
【請求項4】
前記異なるポリエステル樹脂層は、未配向の状態でラミネートされている請求項2又は3に記載のポリエステル樹脂被覆金属板。
【請求項5】
前記X線回折強度比Rが、1.3以上3.0以下の範囲内である請求項1~4
のいずれか一項に記載のポリエステル樹脂被覆金属板。
【請求項6】
前記X線回折強度比Rが、1.3以上2.7以下の範囲内である請求項5に記載のポリエステル樹脂被覆金属板。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか一項に記載のポリエステル樹脂被覆金属板を用いて成形された容器。
【請求項8】
請求項1~6のいずれか一項に記載のポリエステル樹脂被覆金属板を用いて成形された容器蓋。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリエステル樹脂被覆金属板、ポリエステル樹脂被覆金属板の製造方法、そのポリエステル樹脂被覆金属板からなる容器及び容器蓋に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、飲料や食品用の金属缶等の容器の材料として、熱可塑性樹脂フィルムを金属板表面に積層した樹脂被覆金属板が知られている。前記熱可塑性樹脂フィルムとしては、ポリエステルフィルム等が使用されている。
【0003】
上記のような飲料や食品用の金属缶等の容器は、内容物を充填した後に行われるレトルト殺菌処理に耐えられる必要がある。レトルト殺菌処理は、バッチ式や連続式等の複数の方式が存在するが、例えばバッチ式レトルト処理は、高温のスチーム中に金属缶等の容器を数分~数十分間曝露する工程を含む。また、連続式レトルト処理は、エンドレスチェーンコンベアにより殺菌室に搬送された金属缶等の容器を、高温スチーム中に数分~数十分間曝露する工程を含む。なお近年では、生産性の向上を目的として、バッチ式に比して比較的新しい方式である連続式の製造ラインが増加している。
【0004】
この新しい方式である連続式の製造ラインでは、充填後の容器を搬送しながら高温の熱湯に潜らせるなど、加熱昇温が非常に速いため、従来想定されていた以上に金属板の表面に積層された熱可塑性樹脂フィルムにとっては過酷な環境となっている。このような連続式の製造ラインの様な極めて昇温速度の速い、過酷なレトルト殺菌処理の環境を経ても、金属板からのフィルムのデラミネーション等が起こらない特性を有する熱可塑性樹脂フィルム被覆金属板が強く求められている。
【0005】
また、上記のようなレトルト殺菌処理時に、金属缶等の容器の外面側において、3ピース缶の天地蓋又は2ピース缶の缶底に発生し得るレトルトブラッシング(白斑)の問題が、従来検討されてきた。レトルトブラッシング(白斑)とは、上記レトルト殺菌処理を経た樹脂層が部分的に白くなり、外観を損ねる現象である。
【0006】
このようなレトルトブラッシング(白斑)の発生原因としてはいくつか考えられており、レトルト殺菌処理時において、缶蓋又は缶底に水滴が付着する部分とそうではない部分とが生じ、該水滴付着部分のフィルムがより速く結晶化するため、他の部分との比較で白く見えるものと推定されている。
【0007】
あるいは、缶蓋又は缶底に付着した水滴が熱可塑性樹脂フィルムを透過し、金属板と樹脂フィルムとの間で気泡となるためとも推定されている。また、レトルト殺菌処理の際、フィルム中に含水された水分が、その後の急激な昇温により気化温度に達するとフィルム内部で発泡するため、その部分が白く見えると推定されている。
いずれの場合もレトルト釜の昇温速度への依存が大きく、特に連続式の製造ラインの様に昇温速度が特に速いレトルト釜に適用できる熱可塑性樹脂被覆金属容器の開発が求められている。
【0008】
このようなレトルトブラッシング(白斑)の問題を改善するために、熱可塑性樹脂フィルムとして、ポリエチレンテレフタレート(PET)にポリブチレンテレフタレート(PBT)をブレンドした樹脂を使用する方法が提案されている。PBTは結晶化速度が速いため、レトルト殺菌処理開始からの短時間でフィルムが結晶化することで水蒸気の透過を抑制し、レトルトブラッシング(白斑)の発生を抑制することが可能であるが、連続式の製造ラインの様にレトルト釜の昇温速度が非常に速い用途への適用はできていない。
【0009】
一方で、より結晶化速度の速いポリブチレンテレフタレート(PBT)のホモポリマーであれば、その結晶化速度の速さによりレトルトブラッシング(白斑)への耐性をさらに向上させる方法として有効と考えられてきた。
【0010】
例えば、特許文献1には、未配向のポリブチレンテレフタレート(PBT)のホモポリマーを鋼鈑上に被覆してなる容器用樹脂被覆鋼鈑が開示されている。
【0011】
また特許文献2には、飲料缶や食缶などの材料として用いられる缶用ラミネート金属板として、金属板面に接して、例えば二軸延伸ポリブチレンテレフタレートフィルムを積層したラミネート金属板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】特開2001-1447号公報
【文献】特許第4765257号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
特許文献1に開示される技術においては、特定のポリエステルフィルムを未配向状態とすることで、塗装焼付け工程や溶接工程におけるフィルムの熱脆化及び熱収縮の改善を目的としたものであるが、その容器の用途にはレトルト殺菌処理を前提としておらず、レトルト密着性が要求される場面を想定してその性能を確認するものではない。
【0014】
一方で、特許文献2に開示するような延伸ポリブチレンテレフタレートフィルムは、延伸によりフィルム強度が大きく、また寸法安定性が良いのでフィルムの巻き形状が崩れ難いというメリットは存在する。すなわち、金属板へ積層する際のフィルム破断やフィルム皺発生等のリスクが低減するため、生産性の観点からは、延伸フィルムを使用することが好ましいとも言える。しかしながら、延伸ポリブチレンテレフタレートフィルムは延伸ポリエチレンテレフタレートフィルムよりも結晶性が高く、延伸による配向結晶によりフィルム内部に大きな残留応力を有しているため、樹脂被覆金属板を容器又は蓋に加工した場合、レトルト殺菌処理時にフィルムが剥離しやすいといった課題があった。
【0015】
上記のような種々の問題に鑑みて本発明者らは、連続レトルト方式の様な非常に昇温速度の速いレトルト条件下におけるレトルトブラッシング(白斑)の問題を解決すると同時に、耐衝撃性、容器や容器蓋としての成形性、レトルト殺菌処理時におけるフィルムの密着性(レトルト密着性)を解決すべく、鋭意検討した。
【0016】
その結果、ポリブチレンテレフタレートフィルムを積層したポリエステル樹脂被覆金属板において、フィルムの配向結晶を特定の状態に制御することにより、上記課題が同時に解決することを見出し、本発明に想到したものである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、以下の特徴を有する。
(1)本発明のポリエステル樹脂被覆金属板は、金属板と、前記金属板の少なくとも片面に接するように積層されたポリブチレンテレフタレート層と、を有し、前記ポリブチレンテレフタレート層における(100)面のX線回折強度と(1-11)面のX線回折強度比Rが1.3以上6.6以下の範囲内であることを特徴とする。(ただし、前記(100)面のX線回折強度は回折角2θが23.0°~24.0°の範囲に確認される最大値であり、前記(1-11)面のX線回折強度は回折角2θが25.0°~26.0°の範囲に確認される最大値であり、前記X線回折強度比R=(100)面の回折強度/(1-11)面の回折強度である。)
(2)上記(1)に記載のポリエステル樹脂被覆金属板において、前記ポリブチレンテレフタレート層は、前記金属板の片面に積層されており、前記金属板の他方の面には前記ポリブチレンテレフタレート層とは異なるポリエステル樹脂層が積層されていることが好ましい。
(3)上記(2)に記載のポリエステル樹脂被覆金属板において、前記異なるポリエステル樹脂層は、ポリエチレンテレフタレート樹脂層、イソフタル酸が共重合されたポリエチレンテレフタレート樹脂層、ポリエチレンテレフタレートとポリブチレンテレフタレートがブレンドされた樹脂層、および、イソフタル酸が共重合されたポリエチレンテレフタレートとポリブチレンテレフタレートとがブレンドされた樹脂層の中から選択されるいずれかであることが好ましい。
(4)上記(2)又は(3)に記載のポリエステル樹脂被覆金属板において、前記異なるポリエステル樹脂層は、未配向の状態でラミネートされていることが好ましい。
(5)上記(1)~(4)のいずれかに記載のポリエステル樹脂被覆金属板において、前記X線回折強度比Rが、1.3以上3.0以下の範囲内であることが好ましい。
(6)上記(5)に記載のポリエステル樹脂被覆金属板において、前記X線回折強度比Rが、1.3以上2.7以下の範囲内であることが更に好ましい。
(7)本発明の容器は、上記した(1)~(6)のいずれかに記載のポリエステル樹脂被覆金属板を用いて成形されたことを特徴とする。
(8)本発明の容器蓋は、上記した(1)~(6)のいずれかに記載のポリエステル樹脂被覆金属板を用いて成形されたことを特徴とする。
(9)本発明のポリエステル樹脂被覆金属板の製造方法は、金属板の少なくとも片面に対し、積層後のポリブチレンテレフタレート層における(100)面のX線回折強度と(1-11)面のX線回折強度比Rが1.3以上6.6以下の範囲内となるようにラミネートロールを用いて二軸延伸ポリブチレンテレフタレートフィルムを積層するポリエステル樹脂被覆金属板の製造方法であって、前記金属板の板温を240℃~300℃の範囲内とし、前記ラミネートロールの表面温度を30℃~180℃の範囲内としつつ、かつ、ラミネート前の金属板の板温とラミネートロールの表面温度との温度差を80℃以上確保した条件にて前記二軸延伸ポリブチレンテレフタレートフィルムを前記金属板に積層する積層工程と、前記積層工程の後で、前記積層工程により溶解した前記二軸延伸ポリブチレンテレフタレートフィルムの配向結晶が復帰する配向復帰工程と、前記配向復帰工程の後で、前記二軸延伸ポリブチレンテレフタレートフィルムが積層された金属板を急冷する急冷工程と、を含むことを特徴とする。(ただし、前記(100)面のX線回折強度は回折角2θが23.0°~24.0°の範囲に確認される最大値であり、前記(1-11)面のX線回折強度は回折角2θが25.0°~26.0°の範囲に確認される最大値であり、前記X線回折強度比R=(100)面の回折強度/(1-11)面の回折強度である。)
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、レトルト殺菌処理時におけるレトルトブラッシング(白斑)の問題を解決すると同時に(レトルトブラッシング耐性)、絞り加工やしごき加工等の厳しい加工を施した後における耐衝撃性、製缶時の絞り加工やしごき加工等の厳しい加工に耐えられる成形性、レトルト殺菌処理時におけるフィルムと金属板との密着性(レトルト密着性)、等に優れたポリエステル樹脂被覆金属板を提供することができる。
また本発明によれば、ポリエステル樹脂被覆金属板の製造方法、ポリエステル樹脂被覆金属板からなる容器及び容器蓋を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本実施形態のポリエステル樹脂被覆金属板の例を模式的に示す断面図である。
【
図2】本実施形態のポリエステル樹脂被覆金属板の他の例を模式的に示す断面図である。
【
図3】本実施形態のポリエステル樹脂被覆金属板の製造装置の例を示す模式図である。
【
図4】実施例1における、ポリエステル樹脂被覆金属板のポリブチレンテレフタレート層AのX線回折ピーク強度を示す図である。
【
図5】実施例2における、ポリエステル樹脂被覆金属板のポリブチレンテレフタレート層AのX線回折ピーク強度を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を以下の実施形態により詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0021】
[ポリエステル樹脂被覆金属板]
図1に示すように、本実施形態におけるポリエステル樹脂被覆金属板は、金属板1と、前記金属板1の少なくとも片面に接するように積層(ラミネート)されたポリブチレンテレフタレート層Aとを含む。
なお、前記ポリブチレンテレフタレート層Aは、前記金属板1が容器や容器蓋に成形された場合に、外面となる側に設けられることが好ましい。
【0022】
<金属板1>
前記金属板1としては、通常の金属缶等の容器や容器蓋に使用される公知の金属板を使用することが可能であり、特に制限されるものではない。例えば好ましく使用される金属板として、表面処理鋼板や、アルミニウム板及びアルミニウム合金板等の軽金属板を使用することができる。
【0023】
表面処理鋼板としては、アルミキルド鋼や低炭素鋼等が使用できる。例えば、冷延鋼板を焼鈍した後に二次冷間圧延し、錫めっき、ニッケルめっき、亜鉛めっき、電解クロム酸処理、クロム酸処理、アルミやジルコニウムを用いたノンクロム処理などの、一種または二種以上を行ったものを用いることができる。
【0024】
軽金属板としては、アルミニウム板およびアルミニウム合金板が使用される。アルミニウム合金板としては、金属缶体用としては、例えば、JIS A3000系(Al-Mn系)を使用することができる。また、缶蓋用としては、例えば、JIS A5000系(Al-Mg系)を使用することができる。
なお、金属板の厚み等は、使用目的に応じて適宜選択することができる。
【0025】
<ポリブチレンテレフタレート層A>
本実施形態において、上記金属板1の少なくとも片面にはポリブチレンテレフタレート層Aが設けられている。このポリブチレンテレフタレート層Aは、ポリブチレンテレフタレート(PBT)のホモポリマーからなることを特徴とする。すなわち、本実施形態のポリブチレンテレフタレート層Aは、ポリエチレンテレフタレート(PET)等とのブレンドフィルムではなく、また、イソフタレート等の共重合成分も含まない。
【0026】
本実施形態におけるポリブチレンテレフタレート(PBT)のホモポリマーは、その融点(Tm)が215℃~225℃、固有粘度(IV値)が1.15~1.30dl/gの範囲であることが好ましい。なお、必要に応じて滑剤、アンチブロッキング剤、無機増量剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤、帯電防止剤、難燃剤、可塑剤、着色剤、結晶化抑制剤、結晶化促進剤等の添加剤を加えてもよい。
またポリブチレンテレフタレートフィルムの製造方法としては、結晶化速度の速さから逐次二軸延伸法の適用は困難であり、同時二軸延伸法による製造が一般的である。同時二軸延伸法としては、チューブラー方式やテンター方式が挙げられるが、縦横の強度バランスが良い点でチューブラー方式が特に好ましい。延伸倍率はフィルムの強度物性、透明性、及び厚みの均一性を考慮して、MD、及びTDそれぞれ2.7~4.5倍の範囲であることが好ましい。
【0027】
<X線回折強度比>
本実施形態におけるポリブチレンテレフタレート層Aは、(100)面のX線回折強度と(1-11)面のX線回折強度比Rが1.3以上6.6以下の範囲内であることを特徴とする。ここで、前記(100)面のX線回折強度は回折角2θが23.0°~24.0°の範囲に確認される最大値であり、前記(1-11)面のX線回折強度は回折角2θが25.0°~26.0°の範囲に確認される最大値である。また、前記X線回折強度比Rは、「(100)面の回折強度/(1-11)面の回折強度」の値を表すものとする。
また、本明細書においては、表記の都合上、
を「(1-11)面」と記載するものとする。
【0028】
一般的に、X線回折において回折角2θが23.0°~24.0°の範囲に確認されるピークは、PBTの配向結晶によりもたらされる強度であることが知られている。これは、PBTの分子鎖中のベンゼン環が(100)面に面配向することが理由である。
【0029】
一方で、回折角2θが25.0°~26.0°の範囲に確認されるピークは、(1-11)面の回折強度である。(1-11)面は、フィルム表面の(100)面に対して45°に傾いた面である。
従って、(1-11)面由来のピークが観測されることは、PBT中におけるベンゼン環の一部が、フィルム表面に対して45°に傾いて配向していることを意味するものと考えられる。
【0030】
なお、上記(1-11)面由来のピークは、ポリエチレンテレフタレート(PET)のホモポリマー、ポリエチレンテレフタレートとイソフタレートの共重合フィルム(PET/I)、及びPETとPBTのブレンドフィルム、のいずれにおいても強く観測されるものではない。よって、(1-11)面由来のピークは、PBTホモポリマーにおける特有の現象と推測される。
【0031】
本実施形態において、(100)面のX線回折強度と(1-11)面のX線回折強度比Rを規定する意味は以下のとおりである。
上述したように、PBTのX線回折強度は、分子鎖中のベンゼン環の向きが特定の面に揃うことで強く現れることが知られている。
【0032】
延伸によりもたらされる配向結晶では、ベンゼン環がフィルム表面に平行に揃うため(100)面にX線回折強度が現れる。
【0033】
一方で、例えば延伸フィルムを加熱した金属板に接触させてラミネートする際には、ラミネート時の熱により延伸フィルムが溶融することで、延伸による配向結晶が崩れる。その後、ラミネート直後からラミネート板を急冷するまでの間において、崩れた配向結晶が元の配向状態に戻ろうとする現象が発生する(以下、本発明ではこの現象に着目して、『配向復帰』とも称する)。この配向復帰は、上述したとおり、PBTの結晶化速度の速さに起因するものと考えられる。
【0034】
この配向復帰により、(1-11)面に新たなX線回折強度が現れることが知見として得られた。この(1-11)面におけるX線回折強度のピークは、PBTホモポリマーの二軸延伸フィルムには観測されないが、前記二軸延伸フィルムを特定のラミネート条件にて熱圧着したラミネート金属板においては観測されることが、本発明では確認されている。
【0035】
したがって本発明者らは、ポリエステル樹脂被覆金属板のポリブチレンテレフタレート層Aにおいて、上記配向結晶の量と配向復帰の量を厳密に管理することにより、耐衝撃性、成形性、レトルト密着性、の全てにおいて好ましい結果となることを見出した。そして、上記配向結晶の量と配向復帰の量を厳密に管理する方法として、(100)面のX線回折強度と(1-11)面のX線回折強度比Rが1.3以上6.6以下の範囲内とすることに到達したのである。
【0036】
なお、上記では、二軸延伸PBTフィルムを金属板に熱接着する方法によりX線回折強度比Rの値を好ましい範囲内にする例を記載したが、本実施形態はこの例に制限されるものではない。
すなわち、熱接着以外の方法によっても、ラミネート後のPBTフィルムのX線回折強度比Rを規定の範囲内とすれば、本発明の要求する耐衝撃性、成形性、レトルト密着性、レトルトブラッシング耐性、のいずれにおいても好ましい特性を得ることが可能である。
【0037】
二軸延伸PBTフィルムの配向結晶をラミネートの際に発生する熱によって崩す場合、ラミネート後の(100)面のX線回折強度のピークがラミネート前のフィルム原反の(100)面のX線回折強度のピークの60%以下となる範囲で(1-11)面のX線回折強度のピークが現れることが確認できた。これは(100)面のX線回折強度が60%以下となる領域において、ラミネートの際に金属板と二軸延伸PBTフィルムの接触側に配向結晶が完全に溶解した「メルト層」と呼ばれる未配向の層が形成されるためと推測される。この「メルト層」は厚いほど密着性の向上に寄与することが知られているが、PBTの様に結晶化速度の速い樹脂の場合では、この「メルト層」が急冷されるまでの極短時間で配向復帰するため、(1-11)面にX線回折強度のピークが現れると推測される。
故に(1-11)面のX線回折強度のピークは配向結晶の指標である(100)面のX線回折強度のピーク変化と連動するパラメータであるといえる。さらに配向結晶を熱により崩して行くと、(1-11)面のX線回折強度のピークは緩やかに低下する一方で、配向結晶の指標である(100)面のX線回折強度はより大きな低下傾向を示す。本発明においては、この連動する二つのピーク強度の差が小さくなり、その強度比が上記の規定の範囲内となる場合において、成形性及びレトルト密着性を両立可能であることを見出した。
具体的には、(100)面のX線回折強度と(1-11)面のX線回折強度の比を6.6以下にする必要があることが確認できた。
【0038】
すなわち、ポリブチレンテレフタレート層A中に配向結晶が多く存在する場合、ポリブチレンテレフタレート層Aの伸びが低下するため、ポリエステル樹脂被覆金属板の成形性の低下の原因となる。また、レトルト殺菌処理の際にポリブチレンテレフタレート層Aの熱収縮応力が大きいため、金属板1からポリブチレンテレフタレート層Aが容易に剥離してしまうという問題が発生する(レトルト密着性の不足)。
【0039】
そして延伸PBTフィルムにおいては、(100)面の他に(1-11)面にもX線回折強度が観測されることは上述のとおりである。この(1-11)面のX線回折強度は、フィルム中の配向結晶がラミネートの際の熱で完全に溶解した状態、いわゆる「メルト層」が金属板とフィルムの接触側に形成されたことを意味すると考えることができる。従って、(1-11)面にX線回折強度のピークが一定量確認できる状態は、密着性に対して有効に作用する「メルト層」が一定量形成された状態を表していると考えられる。
一方で、PBTは非常に結晶化速度の速い樹脂のため、ラミネート後に短時間で冷却を行わないと上記した配向復帰により、元の配向結晶状態に戻る割合が多くなり、結果として十分な密着性を確保できなくなる可能性がある。これらの推測から、(1-11)面のX線回折強度のピークは、密着性に有効に作用する「メルト層」が一定量形成されていることと、ラミネート後の配向復帰量が少量に抑制されていることを示す指標と成り得ると考えた。
【0040】
そして本発明者らは、(1-11)面におけるピーク強度に基づくパラメータを用いてフィルム中の配向結晶を制御することにより、PBT単体のフィルムにおいても要求される成形性及びレトルト密着性が達成できると考えた。
さらには、(100)面と(1-11)面の両方の結晶面におけるピーク強度の比により、成形性及びレトルト密着性の両方の特性をより好ましい次元で両立できると考えた。
【0041】
なお、(1-11)面のX線回折強度が(100)面のX線回折強度より大きくなることは現実的ではないので、X線回折強度比Rが1.3未満となることは現実的ではないといえる。
一方で、上記したX線回折強度比Rが6.6を超える場合は、(1-11)面の配向復帰の量に対して(100)面の配向結晶の量が多過ぎるため、絞り加工や絞りしごき加工等の厳しい加工を行う際や、レトルト殺菌処理時において、フィルムが金属板から剥離する可能性があり好ましくない。
【0042】
なお上記(100)面のX線回折強度と(1-11)面のX線回折強度比Rは、1.3以上3.0以下であることがより好ましく、1.3以上2.7以下であることがさらに好ましい。
【0043】
なお本実施形態において、ポリブチレンテレフタレート層AのX線回折におけるピーク強度の測定は、一般的な樹脂のX線回折測定方法により行うことができる。
例えば、ポリブチレンテレフタレート層Aを形成した金属板の樹脂被覆面を、X線回折装置を用い測定する。測定条件の例として、X線管球(ターゲット)としてCu(波長λ=0.1542nm)を使用して、管電圧40kV、管電流200mA程度で、回折ピークが分離できるように受光スリットを選択する。
【0044】
回折角2θに対しX線の入射角と反射角がそれぞれθであり、かつ、入射X線と回折X線がフィルム面法線に対して対称となるように試料を取り付け、入射角θと反射角θが常に等しくなるように保ちながら、回折角2θを例えば10~30°の間で走査し、X線回折スペクトルを測定する。
なお、本実施形態においては、バックグラウンド補正は不要であり、得られたX線回折スペクトルのピーク高さはバックグラウンド補正無しで測定するものとする。
【0045】
なお、本実施形態において、ポリブチレンテレフタレート層Aは単層であることが好ましい。その理由としては以下の通りである。
すなわち上述したように、ポリブチレンテレフタレート(PBT)のホモポリマーは、その結晶化速度の速さによりレトルトブラッシング(白斑)の問題を改善するために有効である。仮にポリブチレンテレフタレート層Aを、PBTホモポリマー以外の樹脂との複層とした場合、PBTホモポリマー以外の樹脂層では結晶化速度が遅く不十分であり、十分な水蒸気バリア性を確保できない。その結果、PBTホモポリマー以外の樹脂層においてレトルトブラッシング(白斑)が発生してしまい、好ましくない。
【0046】
金属板1上に形成されるポリブチレンテレフタレート層Aの厚みは、5~30μmであることが、成形性及び、レトルト殺菌処理時のレトルト密着性の観点からは好ましい。
【0047】
ポリブチレンテレフタレート層Aの厚みが5μm未満である場合、成形後の金属露出部の割合が多くなり、レトルト殺菌後に錆が発生してしまう。
一方で、ポリブチレンテレフタレート層Aの厚みが30μmを超える場合は、フィルム内の残留応力が大き過ぎるため、レトルト密着性の確保が難しくなる点や、コストの観点から望ましくない。
【0048】
本実施形態におけるポリエステル樹脂被覆金属板は、上述したように、金属板1と、前記金属板1の少なくとも片面に接するように積層されたポリブチレンテレフタレート層Aとを含む。
【0049】
なお、ポリブチレンテレフタレート層Aは、
図2(a)に示すように金属板1の両面に積層されていても良い。また、
図2(b)に示すように、金属板1の片面にはポリブチレンテレフタレート層Aが積層され、他方の面には、前記ポリブチレンテレフタレート層Aとは異なるポリエステル樹脂層Bが積層されていてもよい。
【0050】
なお、図面上の記載について、樹脂層と金属板の厚みは便宜的に模式化されて図示されているため、正確な厚み比とは異なるものである。
以下、上記のポリエステル樹脂層Bについて説明をする。
【0051】
<ポリエステル樹脂層B>
ポリエステル樹脂層Bを構成するポリエステル樹脂としては、ポリエチレンテレフタレート樹脂、イソフタル酸が共重合されたポリエチレンテレフタレート/イソフタレート樹脂、ポリエチレンテレフタレートとポリブチレンテレフタレートがブレンドされた樹脂、イソフタル酸が共重合されたポリエチレンテレフタレート/イソフタレートとポリブチレンテレフタレートとがブレンドされた樹脂、等を挙げることができる。しかしながら、これに限定されず、公知のポリエステル樹脂を適用することが可能である。
【0052】
ポリエステル樹脂層Bは、未配向の状態で積層されていることが、成形難易度が高い容器、例えばDI(Drawing&Ironing)缶などにおける成形性及びレトルト密着性確保の観点から好ましい。また、ポリエステル樹脂層Bは、単層であってもよいし、複層であってもよい。
【0053】
なお、上記したポリエステル樹脂層Bは、公知の添加剤、例えばアンチブロッキング剤、顔料、帯電防止剤、酸化防止剤、滑剤、等を、公知の処方によって配合することができる。
【0054】
[ポリエステル樹脂被覆金属板の製造方法]
次に、本実施形態におけるポリエステル樹脂被覆金属板の製造方法について説明するが、本発明は以下の記載に制限されるものではない。
本実施形態のポリエステル樹脂被覆金属板は、金属板1の少なくとも片面にポリブチレンテレフタレート層Aを熱接着により形成することにより製造することができる。
【0055】
本実施形態のポリエステル樹脂被覆金属板の製造方法は、金属板の少なくとも片面に対し、積層後のポリブチレンテレフタレート層Aにおける(100)面のX線回折強度と(1-11)面のX線回折強度比Rが1.3以上6.6以下の範囲内となるようにラミネートロールを用いて二軸延伸ポリブチレンテレフタレートフィルムを積層するポリエステル樹脂被覆金属板の製造方法であって、具体的には以下の工程を有することを特徴とする。
(1)前記金属板の板温を240℃~300℃の範囲内とし、前記ラミネートロールの表面温度を30℃~180℃の範囲内としつつ、かつ、ラミネート前の金属板の板温とラミネートロールの表面温度との差を80℃以上確保した条件にて前記二軸延伸ポリブチレンテレフタレートフィルムを前記金属板に積層する積層工程;
(2)前記積層工程の後で、前記積層工程により溶解した前記二軸延伸ポリブチレンテレフタレートフィルムの配向結晶がラミネート直後の板温度の影響により復帰する配向復帰工程;
(3)前記配向復帰工程の後で、前記二軸延伸ポリブチレンテレフタレートフィルムが積層された金属板を急冷する急冷工程。
【0056】
ただし、前記(100)面のX線回折強度は回折角2θが23.0°~24.0°の範囲に確認される最大値であり、前記(1-11)面のX線回折強度は回折角2θが25.0°~26.0°の範囲に確認される最大値であり、前記X線回折強度比R=(100)面の回折強度/(1-11)面の回折強度である。
以下、各工程について説明する。
【0057】
まず、積層工程について説明する。
図3に示すように、金属板1を、図示しない加熱ロールにより240℃~300℃の温度に加熱する。そして加熱された金属板1を、ラミネートロール3A、3B間に供給する。
ここで、金属板1の加熱温度が240℃未満である場合、ポリブチレンテレフタレート層Aを形成した後に残存する二軸延伸PBTフィルムの(100)面のX線回折強度、すなわち配向結晶の量が多過ぎるため、X線回折強度比Rの値を好ましい範囲内とすることが困難であり、好ましくない。
一方で、金属板1の加熱温度が300℃を超える場合には、ポリブチレンテレフタレート層Aがラミネートの際、フィルム全体が溶融状態となってしまい、ラミネートロールに溶着する、もしくはラミネートロール表面の粗度が転写してしまうため好ましくない。
【0058】
続いて、ポリブチレンテレフタレート層Aを形成するためのポリブチレンテレフタレートフィルムA’は、供給ロールから巻き戻され、金属板1の片面に接触するようにしてラミネートロール3A、3B間に供給される。金属板1とポリブチレンテレフタレートフィルムA’は、ラミネートロール3A、3Bにより挟み付けられ、ポリエステル樹脂被覆金属板が形成される。
【0059】
なお、本実施形態において、ラミネートロールとしては、公知のロールを使用することができる。公知のロールとしては、例えばフッ素ゴム製ロール、あるいはシリコーンゴム製ロール等を挙げることができる。また、ラミネートロールの径は特に制限されるものではないが、例えば200mm~550mmの径のラミネートロールを使用することができる。
【0060】
また、ラミネートロールの表面温度は、図示しない冷却ロールもしくは加熱ロール等により所定の温度に制御されることが好ましい。ラミネートロールの表面温度としては、製造装置の種類等によっても異なるが、本実施形態においては30℃~180℃とすることが、ポリブチレンテレフタレート層AのX線回折強度比Rの値を好ましい範囲内とするためには好ましい。
【0061】
さらに、本実施形態において、ポリエステル樹脂被覆金属板を製造するためのラミネート速度としては、特に制限はされないが一般的には50mpm~300mpmであることが好ましい。
【0062】
ここで、ラミネート速度は、ラミネートロールのニップ部の通過時間と関連する。すなわち、ラミネート速度が速い場合にはニップ部の通過時間が短く、ラミネート速度が遅い場合にはニップ部の通過時間が長い。
ニップ部の通過時間はすなわち、ラミネートロールによりポリエステル樹脂被覆金属板が冷却される時間である。したがって、ラミネート速度は、ポリブチレンテレフタレート層AのX線回折強度比Rの値を制御するパラメータのひとつであるといえる。
【0063】
本実施形態において、ラミネート速度が50mpm未満の場合、貼り込む直前にフィルムが金属板から輻射熱を受ける時間が長くなり、フィルム皺が発生し易くなるため好ましくない。
一方で、ラミネート速度が300mpmを超える場合は、金属板とフィルムとの間に巻き込まれる気泡の量が大幅に増加するため、耐食性及びレトルト密着性の観点から好ましくない。
【0064】
なお、熱接着の前の段階において、上記ポリブチレンテレフタレートフィルムA’は、上述したように一般的な方法により二軸延伸されていることが好ましい。この二軸延伸フィルムの二軸配向度は、特に制限はされない。
【0065】
また、
図3に示すように、金属板1の両面に同時にフィルムをラミネートして樹脂層を形成してもよい。
その場合、金属板1の両面にポリブチレンテレフタレート層Aを形成してもよい。
あるいは、金属板1の片面にポリブチレンテレフタレート層Aを形成し、他方の面にポリブチレンテレフタレート層Aとは異なるポリエステル樹脂層Bを設けてもよい。その場合、
図3に示すように、ポリエステル樹脂層Bとなるポリエステル樹脂フィルムB’を、ポリブチレンテレフタレートフィルムA’と同様にしてラミネートロール3A、3B間で挟み付け、熱接着することができる。
【0066】
次に、配向復帰工程について説明する。
図3に示すように、ラミネートロール3A、3Bの下方には、冷却水を収容したクエンチタンク12が設けられている。上記した積層工程の後で、得られたポリエステル樹脂被覆金属板は、クエンチタンク12に送られる。
積層工程における熱により、ポリブチレンテレフタレート樹脂層A中の配向結晶は溶解している。しかしながら、上述したようにポリブチレンテレフタレートのホモポリマーは結晶化速度が非常に速いため、得られたポリエステル樹脂被覆金属板がクエンチタンク12へ送られるまでの間で、崩れた配向結晶が元の配向結晶状態に戻ろうとする現象が発生する(配向復帰)。
【0067】
本実施形態においては、この配向復帰が生じる時間Tを、積層直後からクエンチタンクの冷却水に入るまでの時間と定義する。より具体的には、
図3に示すように、ポリエステル樹脂被覆金属板の任意の箇所Pが、ラミネートロールのニップ部を脱した直後のX地点から、クエンチタンク12の冷却水に入るまでのY地点に移動するのに要する時間と定義する。
【0068】
そして、本実施形態においては、この配向復帰が生じる時間Tを3秒以下とすることが好ましい。
配向復帰が生じる時間Tが3秒を超える場合、上述した配向復帰が大きくなりすぎるため、本実施形態の特徴であるX線回折強度比Rを好ましい値に制御することが困難となる。
従って、本実施形態においては、時間Tを3秒以下とすることが好ましいといえる。
【0069】
次に、本実施形態における急冷工程について説明する。
上述したように、
図3に示されるように、ラミネートロール3A、3Bの下方には、冷却水を収容したクエンチタンク12が設けられている。得られたポリエステル樹脂被覆金属板は、このクエンチタンク12に送られ、直ちに80℃以下に急冷されることが、本実施形態の特徴であるX線回折強度比Rを好ましい値に制御するためには好ましい。
冷却温度が80℃を超える場合、冷却後も配向復帰が進んでしまい、本実施形態の特徴であるX線回折強度比Rの値を好ましい範囲に制御することができない可能性があるため、好ましくない。
【0070】
上述したように、本実施形態においては、(a)熱接着前の金属板1の温度、(b)ラミネートロールの表面温度、(c)ラミネートロールニップ部における冷却時間(d)配向復帰が生じる時間T、の各パラメータを最適な値にすることにより、ポリブチレンテレフタレート層Aの配向結晶の状態を制御することを特徴とする。
【0071】
そして、ポリブチレンテレフタレート層AのX線回折強度比Rの値を規定の範囲内とすることにより、好ましい耐衝撃性・成形性・レトルト密着性・レトルトブラッシング耐性を兼ね備えたポリエステル樹脂被覆金属板を得るものである。
【0072】
[容器]
次に、本実施形態における金属缶等の容器について説明する。
本実施形態における容器としては、飲料缶や食品缶等の金属缶、角形缶、一斗缶、ドラム缶、バッテリーケース、パウチ等を例示することができるが、これらに限られるものではない。
【0073】
本実施形態の容器は、上記したポリエステル樹脂被覆金属板を用いて公知の製缶方法により製缶される。公知の製缶方法としては、例えば、絞り加工、絞りしごき加工、ストレッチドロー&アイアニング加工、等が挙げられる。
【0074】
本実施形態の容器においては、外面に上記したポリブチレンテレフタレート層Aが形成されていることが、レトルトブラッシング(白斑)の発生を抑制する観点からは好ましい。
【0075】
なお、本実施形態においては、容器の外面及び内面の両面において、ポリブチレンテレフタレート層Aが積層されていてもよい。
あるいは、容器の外面には上記したポリブチレンテレフタレート層Aが形成され、内面には上記したポリエステル樹脂層Bが積層されていてもよい。
【0076】
[容器蓋]
本実施形態における容器蓋としては、いわゆるステイ・オン・タブタイプのSOT缶蓋や、フルオープンタイプのイージーオープン缶蓋(EOE)が挙げられる。または、3ピース缶の天地蓋を挙げることもできる。これらの缶蓋も、公知の方法により製造することができる。
【0077】
本実施形態の容器蓋においては、外面に上記したポリブチレンテレフタレート層Aが形成されていることが、レトルトブラッシング(白斑)の発生を抑制する観点からは好ましい。
【0078】
なお、容器蓋の外面及び内面に、上記したポリブチレンテレフタレート層Aが積層されていてもよい。あるいは、容器蓋の内面には、ポリエステル樹脂層Bが積層されていてもよいし、図示しない塗膜が形成されていてもよい。
【実施例】
【0079】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0080】
[ポリエステル樹脂被覆金属板の作製]
金属板としては、板厚0.225mmのティンフリースチール(TFS)板を使用した。
【0081】
(実施例1)
ポリブチレンテレフタレート層Aとして、厚み15μmの興人フィルム&ケミカルズ(株)の二軸延伸ポリブチレンテレフタレートフィルム(商品名BOBLET)を用意した。
【0082】
次に、興人フィルム&ケミカルズ(株)のBOBLET・15μmを、260℃に加熱した金属板の両面に接触させ、1対のラミネートロールの間で挟みつけて圧着して積層し、ポリエステル樹脂被覆金属板を作製した。なお、ラミネートロールとしてはフッ素ゴム製ロールを使用し、その表面温度は180℃とした。また、ラミネート速度は55mpm(meter per minute)とした。
【0083】
得られたポリエステル樹脂被覆金属板は、直ちに冷却水を収容したクエンチタンクに送られ冷却された。なお、冷却水の温度は50℃であり、クエンチタンク内で冷却された後のポリエステル樹脂被覆金属板温度は50℃であった。また、配向復帰が生じる時間Tは3秒であった。
【0084】
得られたポリエステル樹脂被覆金属板のポリブチレンテレフタレート層AのX線回折強度比を算出した。X線回折の測定条件は下記のとおりとした。
【0085】
(X線回折によるX線回折強度比の算出)
X線回折装置:株式会社リガク製、RINT-2500
X線 :CuKαX線(波長λ=0.1542nm)
管電圧 :40kV
管電流 :200mA
発散スリット:1/2°
受光スリット:0.15mm
【0086】
得られたX線回折スペクトルを
図4に示す。
図4に示されるように、(100)面のX線回折強度としては、2θ=23.0~24.0°の範囲内に確認される最大値である3800cpsを採用した。また、(1-11)面のX線回折強度としては、2θ=25.0°~26.0°の範囲内に確認される最大値である1900cpsを採用した。なお、バックグラウンド補正は行わなかった(他の実施例及び比較例でも同様)。
「(100)面の回折強度/(1-11)面の回折強度」の計算により、X線回折強度比R=2.0の値を得た。結果を表1に示す。
【0087】
(耐衝撃性評価)
上記のようにして得られたポリエステル樹脂被覆金属板に、パラフィンワックスを片面50mg/m2ずつ塗布し、ポリブチレンテレフタレート層Aが缶外面となるようにして直径142mmの円板(ブランク)に打抜くと同時に絞り加工により1stカップを作製した。作製した1stカップに再絞り加工を行い、絞り比2.15のDRD(Draw and Redraw)カップを作製した。
【0088】
得られたカップに上端部までイオン交換水を入れ、125℃で45分間のレトルト殺菌処理を実施した。
次いで、カップの底から40mmの高さ位置にデュポン衝撃試験機を用いて高さ50mmから172gの重りをポンチ(先端R=0.5mm)に落下させ、デントを付与した。なお、デント付与箇所は、板の圧延方向、45°方向、直角方向の3か所とした。
その後、デント部のERV(Enamel Rater Value)を測定した。測定に際しては、指定の電解液(1%NaCl+界面活性剤(ラピゾール、日本油脂製)・200mg/L)を2:1の割合でエタノールにより希釈した液を用いた。6.3Vの電圧を印可し、4秒後の電流値を測定し、以下のように評価を行った。
◎ ・・・ 0.005mA以下、
○ ・・・ 0.005mAを超え0.05mA以下、
△ ・・・ 0.05mAを超え0.5mA以下、
× ・・・ 0.5mA超え
【0089】
(成形性評価)
得られたポリエステル樹脂被覆金属板に、パラフィンワックスを片面50mg/m2ずつ両面に塗布した。直径151mmの円板(ブランク)に打ち抜いた後、ポリブチレンテレフタレート層Aが缶外面となるようにして、絞り加工を行い1stカップに加工した。続いてB/M(Body Maker)にてリダクション率45%のDI缶(7号缶)に200cpmの速度で製缶し、缶外面の削れの発生の有無を確認した。
結果を以下のように評価した。
○ ・・・ 外面削れの発生無く、実機生産が可能なレベル。
× ・・・ 外面削れが発生しており、実機生産は困難なレベル。
【0090】
(レトルト密着性評価)
得られたポリエステル樹脂被覆金属板に、パラフィンワックスを片面50mg/m2ずつ塗布し、ポリブチレンテレフタレート層Aが缶外面となるようにして直径142mmの円板(ブランク)に打抜くと同時に絞り加工により1stカップを作製した。作製した1stカップに再絞り加工を行い、絞り比2.15のDRD(Draw and Redraw)カップを作製した。
【0091】
得られたカップの外側に底から高さ25mm及び50mm位置にカッターで全周に切れ目を入れた。水を張った容器にカップを沈め、125℃で45分間のレトルト殺菌処理を実施した。前記切れ目の部分における、フィルムの最大剥離長さを測定した。評価は以下のように行った。
◎ ・・・ 剥離長さが5mm以下
○ ・・・ 剥離長さが5mmを超え10mm以下
△ ・・・ 剥離長さが10mmを超え15mm以下
× ・・・ 剥離長さが15mmを超え20mm以下
×× ・・・ 剥離長さが20mmを超える
【0092】
(レトルトブラッシング評価)
得られたポリエステル樹脂被覆金属板に、パラフィンワックスを片面50mg/m2ずつ塗布し、ポリブチレンテレフタレート層Aが缶外面となるようにして直径142mmの円板(ブランク)に打抜くと同時に絞り加工により1stカップを作製した。作製した1stカップに再絞り加工を行い、絞り比2.15のDRD(Draw and Redraw)カップを作製した。
【0093】
得られたカップにイオン交換水120mlを入れ、当該カップをSUS製のパンチングメタル(穴径Φ=5mm)容器に入れ、昇温速度が40℃/minのレトルト釜にて125℃で10分間のレトルト殺菌処理を実施した。取り出した缶を以下の基準により5段階で評価した。
××・・・パンチ穴がカップ底部の全面に転写
× ・・・パンチ穴がカップ底部のほぼ全面に転写(8割程度)
△ ・・・半数のパンチ穴がカップ底部に転写
○ ・・・わずかにパンチ穴がカップ底部に転写(2割以下)
◎ ・・・カップ底部にパンチ穴の転写無し
以上で得られた結果を、表1に示す。
【0094】
(実施例2)
ラミネートロールの表面温度を150℃とした以外は実施例1と同様にして行った。
得られたX線回折ピークのチャートを
図5に示す。
図5に示されるように、(100)面のX線回折強度としては、2θ=23.0~24.0°の範囲内に確認される最大値である7500cpsを採用した。また、(1-11)面のX線回折強度としては、2θ=25.0°~26.0°の範囲内に確認される最大値である2080cpsを採用した。
「(100)面の回折強度/(1-11)面の回折強度」の計算により、X線回折強度比R=3.6の値を得た。結果を表1に示す。
【0095】
(実施例3)
ラミネート前の金属板の加熱温度、ラミネートロールの表面温度、ラミネート速度、及び、配向復帰が生じる時間T、を各々表1に示すものとした以外は、実施例1と同様にして行った。
【0096】
(実施例4)
ラミネート前の金属板の加熱温度、ラミネートロールの表面温度、ラミネート速度、及び、配向復帰が生じる時間T、を各々表1に示すものとした以外は、実施例1と同様にして行った。
【0097】
(実施例5)
ポリブチレンテレフタレート層Aを形成する二軸延伸ポリブチレンテレフタレートフィルムの厚さを25μmとし、ラミネート前の金属板の加熱温度を275℃、ラミネートロールの表面温度を150℃とした以外は、実施例1と同様にして行った。
【0098】
(実施例6)
ラミネート前の金属板の加熱温度、ラミネートロールの表面温度、ラミネート速度、及び、配向復帰が生じる時間Tを各々表1に示すものとした以外は、実施例5と同様にして行った。
【0099】
(比較例1)
ラミネート前の金属板の加熱温度を235℃、ラミネートロールの表面温度を165℃とした以外は、実施例1と同様にして行った。
【0100】
(比較例2)
ラミネート速度を40mpm、ラミネート前の金属板の加熱温度を240℃、ラミネートロールの表面温度を150℃、及び配向復帰が生じる時間Tを4秒とした以外は、実施例1と同様にして行った。
【0101】
(比較例3)
ラミネート速度を150mpm、ラミネート前の金属板の加熱温度を265℃、ラミネートロールの表面温度を80℃、及び配向復帰が生じる時間Tを1秒とした以外は、実施例6と同様にして行った。
【0102】
(比較例4)
ポリブチレンテレフタレート層Aとして、未延伸の二層フィルムを準備した。二層フィルムのうち表層は、イソフタル酸が11モル%共重合されたポリエチレンテレフタレート/イソフタレート樹脂、下層はポリブチレンテレフタレートのホモポリマー樹脂とした。
ラミネート前の金属板の加熱温度、ラミネートロールの表面温度、ラミネート速度、及び配向復帰が生じる時間Tは、各々表1に示すものとした。それ以外は実施例1と同様にして行った。
【0103】
(比較例5)
ポリブチレンテレフタレート層Aとして、未延伸の二層フィルムを準備した。二層フィルムのうち表層は、ポリエチレンテレフタレートのホモポリマー、下層はポリブチレンテレフタレートのホモポリマーとした。
ラミネート前の金属板の加熱温度、ラミネートロールの表面温度、ラミネート速度、及び配向復帰が生じる時間Tは、各々表1に示すものとした。それ以外は実施例1と同様にして行った。
【0104】
【0105】
(実施例7)
金属板の片面には実施例1と同様のポリブチレンテレフタレートのホモポリマーからなる二軸延伸フィルムを積層した。一方で、金属板の他方の面には、ポリエチレンテレフタレートのホモポリマーの二軸延伸フィルム、厚み12μmを配向結晶が残る条件にて積層した。
ラミネート前の金属板の加熱温度、ラミネートロールの表面温度、ラミネート速度、及び、配向復帰が生じる時間Tは、各々表2に示すものとした。それ以外は、実施例1と同様にして行った。
【0106】
(実施例8)
金属板の片面には実施例1と同様のポリブチレンテレフタレートのホモポリマーからなる二軸延伸フィルムを積層した。一方で、金属板の他方の面には、イソフタル酸が11モル%共重合されたポリエチレンテレフタレート/イソフタレート樹脂の二軸延伸フィルム、厚み19μmを配向結晶が残らない条件にて積層した。
ラミネート前の金属板の加熱温度、ラミネートロールの表面温度、ラミネート速度、及び、配向復帰が生じる時間Tは、各々表2に示すものとした。それ以外は、実施例2と同様にして行った。
【0107】
(実施例9)
金属板の片面には実施例1と同様のポリブチレンテレフタレートのホモポリマーからなる二軸延伸フィルムを積層した。一方で、金属板の他方の面には、ポリエチレンテレフタレートとポリブチレンテレフタレートのブレンド樹脂(ブレンド比4:6)からなる二軸延伸フィルム、厚み18μmを配向結晶が残らない条件にて積層した。
ラミネート前の金属板の加熱温度、ラミネートロールの表面温度、ラミネート速度、及び、配向復帰が生じる時間Tは、各々表2に示すものとした。それ以外は、実施例3と同様にして行った。
【0108】
【0109】
実施例1~6によれば、本実施形態によるポリエステル樹脂被覆金属板は、耐衝撃性、成形性、レトルト密着性、レトルトブラッシング耐性のすべての項目において優れた結果となった。
【0110】
一方で、比較例1~3によれば、ポリブチレンテレフタレート層AのX線回折強度比Rの値が1.3以上6.6以下でない場合、耐衝撃性、成形性、レトルト密着性、レトルトブラッシング耐性のいずれか又は複数の項目で好ましくない結果となった。
【0111】
また、比較例4~5によれば、ポリブチレンテレフタレート層Aを複層樹脂とした場合、金属板に接する層をポリブチレンテレフタレートのホモポリマーとしても、表層の樹脂の結晶化速度が遅い場合には、レトルトブラッシング(白斑)が発生する結果となった。
【0112】
実施例7~9によれば、金属板の片面にポリブチレンテレフタレート層Aを積層し、他方にそれ以外のポリエステル樹脂を積層した場合、ラミネート条件をポリブチレンテレフタレート層Aの形成に合わせた条件としても、反対面の樹脂層が良好に形成され、容器又は容器蓋として実用可能な結果となった。
【0113】
なお、上記した実施例において、耐衝撃性評価、成形性評価、レトルト密着性評価、及びレトルトブラッシング評価については、容器により評価を行っている。一般的に容器蓋は、容器よりも加工度が低いといえるため、本発明の特徴であるX線回折強度比Rの値が規定の範囲内であれば、容器蓋についても、耐衝撃性評価、成形性評価、レトルト密着性評価、及びレトルトブラッシング評価のいずれも良好な結果となることは明らかといえる。
【産業上の利用可能性】
【0114】
本発明によれば、飲料缶や食品缶等の容器や容器蓋において、レトルトブラッシング(白斑)の発生を抑制できる。また、耐衝撃性、成形性、レトルト密着性、等に優れるポリエステル樹脂被覆金属板を提供することができ、産業上の利用可能性が極めて高い。