(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-30
(45)【発行日】2022-06-07
(54)【発明の名称】穴あけ加工用被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20220531BHJP
B23B 51/00 20060101ALI20220531BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20220531BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23B51/00 J
C23C14/06 A
C23C14/06 P
(21)【出願番号】P 2018226342
(22)【出願日】2018-12-03
【審査請求日】2021-08-31
(73)【特許権者】
【識別番号】000221144
【氏名又は名称】株式会社タンガロイ
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】片桐 隆雄
【審査官】荻野 豪治
(56)【参考文献】
【文献】特許第5257750(JP,B2)
【文献】特開2017-177239(JP,A)
【文献】国際公開第2014/25057(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/2948(WO,A1)
【文献】特開2010-188461(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2013/71617(US,A1)
【文献】韓国公開特許第10-2015-43264(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23B 51/00
B23C 5/16 - 5/24
B23P 15/28
C23C 14/00 - 16/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と前記基材の表面に形成された被覆層とを含む穴あけ加工用被覆切削工具であって、
前記被覆層は、第1被覆層と第2被覆層とが交互にそれぞれ2層以上積層された交互積層構造を有し、
前記第1被覆層は、A層とB層とが交互にそれぞれ1層以上積層された構造を有し、
前記A層は、下記式(1):
(Al
1-xCr
x)N・・・(1)
[式中、xはAl元素とCr元素との合計に対するCr元素の原子比を表し、0.25≦x≦0.75を満足する。]
で表される組成からなる化合物層であり、
前記B層は、下記式(2):
(Ti
1-yAl
y)N・・・(2)
[式中、yはTi元素とAl元素との合計に対するAl元素の原子比を表し、0≦y≦0.70を満足する。]
で表される組成からなる化合物層であり、
前記第2被覆層は、C層とD層とが交互にそれぞれ1層以上積層された構造を有し、
前記C層は、下記式(3):
(Ti
1-αAlα)N・・・(3)
[式中、αはTi元素とAl元素との合計に対するAl元素の原子比を表し、0≦α≦0.60を満足する。]
で表される組成からなる化合物層であり、
前記D層は、下記式(4):
(Ti
1-βAlβ)N・・・(4)
[式中、βはTi元素とAl元素との合計に対するAl元素の原子比を表し、0.10≦β≦0.70を満足する。]
で表される組成からなる化合物層であり、
前記C層及び前記D層におけるAl元素の原子比の差(β‐α)は0.05を超えて、
かつ前記第1被覆層及び前記第2被覆層におけるAl元素の平均原子比は各々独立して0.70以下であり、
前記第1被覆層及び前記第2被覆層の平均厚さは各々独立して50nm以上500nm以下であり、
前記A層、前記B層、前記C層及び前記D層の平均厚さは各々独立して1nm以上100nm以下であり、
前記第1被覆層が、前記A層の成分と前記B層の成分とが混在した領域を有し、
前記第2被覆層が、前記C層の成分と前記D層の成分とが混在した領域を有し、
前記被覆層全体の平均厚さは2.0μm以上10.0μm以下であり、
前記第1被覆層と前記第2被覆層とからなる前記交互積層構造の平均厚さが被覆層全体の平均厚さの50%以上である、穴あけ加工用被覆切削工具。
【請求項2】
前記第1被覆層の平均厚さをt
1、前記第2被覆層の平均厚さをt
2とした場合に、両者の比が0.9≦t
1/t
2≦1.2である請求項1に記載の穴あけ加工用被覆切削工具。
【請求項3】
前記被覆層全体の残留応力の平均値が、-3GPa以上0GPa以下である請求項1又は2に記載の穴あけ加工用被覆切削工具。
【請求項4】
前記被覆層は、前記基材と前記交互積層構造との間に下部層を有し、
前記下部層が、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物層であり、
前記下部層の平均厚さは、0.1μm以上3.5μm以下である請求項1~3のいずれか1項に記載の穴あけ加工用被覆切削工具。
【請求項5】
前記被覆層は、前記交互積層構造の前記基材とは反対側に上部層を有し、
前記上部層が、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物層であり、
前記上部層の平均厚さは、0.1μm以上3.5μm以下である請求項1~4のいずれか1項に記載の穴あけ加工用被覆切削工具。
【請求項6】
前記基材は、超硬合金、サーメット、セラミックス又は立方晶窒化硼素焼結体のいずれかである請求項1~5のいずれか1項に記載の穴あけ加工用被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、穴あけ加工用被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、刃先交換式の穴あけ加工用切削工具の市場は目覚ましいスピードで成長している。各社がこぞってソリッド式、インサート式及び刃先交換式の全てを網羅した製品ラインナップを揃えるようになっていることからも、その市場規模の大きさを窺い知ることができる。刃先交換式の穴あけ加工用切削工具のメリットは、工具費の削減だけでなく、刃先形状の自由度の高さにある。それは同時に、様々な刃先形状、つまりは加工用途に応じて最適な刃先(以下、「ドリルヘッド」とも記す)用材種が求められることを意味する。従来、切削工具の表面を覆う被膜としては、(Ti,Al)N系の多層被膜が一般的であるが、最近は、(Ti,Al)Nに、Si若しくはCrとSiとを両方加えた多層被膜が適用される傾向が見られる。
【0003】
例えば、特許文献1では、基材上に第1被覆層と第2被覆層とを交互に積層した層を含み、第1被覆層がAlCrNとAlTiNとの交互積層、第2被覆層がTiSiNとTiCrNとの交互積層である表面被覆切削工具が、低炭素鋼ミリング加工において耐摩耗性と耐チッピング性とに優れることが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年の被削材料の難削化や要求される切削条件の過酷化により、穴あけ加工用切削工具には、摩耗しないこと(高硬度)と、欠けないこと(高靭性)と、の相反する2つの特性を両立することが求められるようになっている。特許文献1の切削工具では、第2被覆層にTiSiN層を加えたことによって被膜の高硬度化を実現している。これは非常に有効な手段で、実際に低炭素鋼のミリング加工において耐摩耗性の向上が観測されているが、一般的に硬い材料ほど靭性は低下する傾向がある。このため、不安定な加工において、特許文献1の切削工具では、耐欠損性が十分ではない場合がある。特許文献1の切削工具に示されている優れた耐チッピング性能は、被膜の高い残留圧縮性応力(-3.7~-6.5GPa)によるところが大きいと推測される。
【0006】
特許文献1に記載のものを始めとする従来の穴あけ加工用切削工具では、鋭利な刃先を持つ切削工具に高い圧縮性応力をもつ被膜を適用している。このような切削工具では、刃先への応力集中により被膜が基材から剥離するため、被膜が本来持つ性能を十分に発揮することが困難である。そのため、特許文献1の切削工具における被膜をそのまま穴あけ加工用切削工具へ適用することは容易でない。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、耐摩耗性及び耐欠損性に優れ、その結果、長期間にわたり加工することができる穴あけ加工用被覆切削工具を提供することを目的とする。なお、本願において、穴あけ加工とは、通常の穴あけ加工の他、リーマ加工、ねじ立て加工、座繰り加工等の穴あけに関する加工の全てを包括した表現とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は穴あけ加工用被覆切削工具について研究を重ねたところ、以下の構成にすると、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させることが可能となることを見出した。
【0009】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
[1]
基材と前記基材の表面に形成された被覆層とを含む穴あけ加工用被覆切削工具であって、
前記被覆層は、第1被覆層と第2被覆層とが交互にそれぞれ2層以上積層された交互積層構造を有し、
前記第1被覆層は、A層とB層とが交互にそれぞれ1層以上積層された構造を有し、
前記A層は、下記式(1):
(Al1-xCrx)N・・・(1)
[式中、xはAl元素とCr元素との合計に対するCr元素の原子比を表し、0.25≦x≦0.75を満足する。]
で表される組成からなる化合物層であり、
前記B層は、下記式(2):
(Ti1-yAly)N・・・(2)
[式中、yはTi元素とAl元素との合計に対するAl元素の原子比を表し、0≦y≦0.70を満足する。]
で表される組成からなる化合物層であり、
前記第2被覆層は、C層とD層とが交互にそれぞれ1層以上積層された構造を有し、
前記C層は、下記式(3):
(Ti1-αAlα)N・・・(3)
[式中、αはTi元素とAl元素との合計に対するAl元素の原子比を表し、0≦α≦0.60を満足する。]
で表される組成からなる化合物層であり、
前記D層は、下記式(4):
(Ti1-βAlβ)N・・・(4)
[式中、βはTi元素とAl元素との合計に対するAl元素の原子比を表し、0.10≦β≦0.70を満足する。]
で表される組成からなる化合物層であり、
前記C層及び前記D層におけるAl元素の原子比の差(β‐α)は0.05を超えて、
かつ前記第1被覆層及び前記第2被覆層におけるAl元素の平均原子比は各々独立して0.70以下であり、
前記第1被覆層及び前記第2被覆層の平均厚さは各々独立して50nm以上500nm以下であり、
前記A層、前記B層、前記C層及び前記D層の平均厚さは各々独立して1nm以上100nm以下であり、
前記第1被覆層が、前記A層の成分と前記B層の成分とが混在した領域を有し、
前記第2被覆層が、前記C層の成分と前記D層の成分とが混在した領域を有し、
前記被覆層全体の平均厚さは2.0μm以上10.0μm以下であり、
前記第1被覆層と前記第2被覆層とからなる前記交互積層構造の平均厚さが被覆層全体の平均厚さの50%以上である、穴あけ加工用被覆切削工具。
[2]
前記第1被覆層の平均厚さをt1、前記第2被覆層の平均厚さをt2とした場合に、両者の比が0.9≦t1/t2≦1.2である[1]に記載の穴あけ加工用被覆切削工具。
[3]
前記被覆層全体の残留応力の平均値が、-3GPa以上0GPa以下である[1]又は[2]に記載の穴あけ加工用被覆切削工具。
[4]
前記被覆層は、前記基材と前記交互積層構造との間に下部層を有し、
前記下部層が、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物層であり、
前記下部層の平均厚さは、0.1μm以上3.5μm以下である[1]~[3]のいずれかに記載の穴あけ加工用被覆切削工具。
[5]
前記被覆層は、前記交互積層構造の前記基材とは反対側に上部層を有し、
前記上部層が、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物層であり、
前記上部層の平均厚さは、0.1μm以上3.5μm以下である[1]~[4]のいずれかに記載の穴あけ加工用被覆切削工具。
[6]
前記基材は、超硬合金、サーメット、セラミックス又は立方晶窒化硼素焼結体のいずれかである[1]~[5]のいずれかに記載の穴あけ加工用被覆切削工具。
【発明の効果】
【0010】
本発明の穴あけ加工用被覆切削工具は、耐摩耗性及び耐欠損性に優れ、その結果、長期間にわたり加工することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の穴あけ加工用被覆切削工具の一例を部分的に示す模式図である。
【
図2】本発明の穴あけ加工用被覆切削工具の製造に用いるアークイオンプレーティング装置の反応容器の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、必要に応じて図面を参照しつつ、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施形態」という。)について詳細に説明するが、本発明は下記本実施形態に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。なお、図面中、上下左右等の位置関係は、特に断らない限り、図面に示す位置関係に基づくものとする。更に、図面の寸法比率は図示の比率に限られるものではない。
【0013】
本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具は、基材と基材の表面に形成された被覆層とを含む穴あけ加工用被覆切削工具であって、被覆層は、第1被覆層と第2被覆層とが交互にそれぞれ2層以上積層された交互積層構造を有し、第1被覆層は、A層とB層とが交互にそれぞれ1層以上積層された構造を有し、A層は、下記式(1):
(Al1-xCrx)N・・・(1)
[式中、xはAl元素とCr元素との合計に対するCr元素の原子比を表し、0.25≦x≦0.75を満足する。]
で表される組成からなる化合物層であり、B層は、下記式(2):
(Ti1-yAly)N・・・(2)
[式中、yはTi元素とAl元素との合計に対するAl元素の原子比を表し、0≦y≦0.70を満足する。]
で表される組成からなる化合物層であり、第2被覆層は、C層とD層とが交互にそれぞれ1層以上積層された構造を有し、C層は、下記式(3):
(Ti1-αAlα)N・・・(3)
[式中、αはTi元素とAl元素との合計に対するAl元素の原子比を表し、0≦α≦0.60を満足する。]
で表される組成からなる化合物層であり、D層は、下記式(4):
(Ti1-βAlβ)N・・・(4)
[式中、βはTi元素とAl元素との合計に対するAl元素の原子比を表し、0.10≦β≦0.70を満足する。]
で表される組成からなる化合物層であり、C層及びD層におけるAl元素の原子比の差(β‐α)は0.05を超えて、かつ第1被覆層及び第2被覆層におけるAl元素の平均原子比は各々独立して0.70以下であり、第1被覆層及び第2被覆層の平均厚さは各々独立して50nm以上500nm以下であり、A層、B層、C層及びD層の平均厚さは各々独立して1nm以上100nm以下であり、第1被覆層が、A層の成分とB層の成分とが混在した領域を有し、第2被覆層が、C層の成分とD層の成分とが混在した領域を有し、被覆層全体の平均厚さは2.0μm以上10.0μm以下であり、第1被覆層と第2被覆層とからなる交互積層構造の平均厚さが被覆層全体の平均厚さの50%以上である。
【0014】
本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具は、上記の構成を備えることにより、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させることが可能となり、その結果、穴あけ加工用被覆切削工具の工具寿命を延長することができる。本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具の耐摩耗性及び耐欠損性が向上する主な要因は、以下のように考えられる。ただし、要因は、これに限定されない。
本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具は、第1被覆層及び第2被覆層において、上記式(1)~(4)中、0.25≦x≦0.75、0≦y≦0.70、0≦α≦0.60及び0≦β≦0.70を満足することにより、耐摩耗性及び耐欠損性をバランスよく向上できる。
また、本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具は、上記特定の組成からなるA層とB層との交互積層構造を有する第1被覆層と、上記特定の組成からなるC層とD層との交互積層構造を有する第2被覆層とを交互にそれぞれ2層以上積層された交互積層構造を有する被覆層を用いることにより、Si含有被膜を用いた場合と比較して低硬度かつ低残留応力でありながら、穴あけ加工において優れた耐摩耗性と耐欠損性との両立を達成している。
さらに、本実施形態に用いる被覆層において、第2被覆層のC層及びD層におけるAl元素の原子比の差(β‐α)を0.05超として、第2被覆層を組成が異なる2種の層(C層及びD層)の交互積層構造することにより、Si含有被膜を用いた場合にみられる圧縮性応力の上昇を抑制することができる。
また、本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具は、第1被覆層及び第2被覆層におけるAl元素の平均原子比を各々独立して0.70以下とすることにより、低硬度かつ低残留圧縮応力でありながら、穴あけ加工において優れた耐摩耗性と耐欠損性との両立を達成している。
さらに、本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具は、第1被覆層及び第2被覆層の平均厚さが各々独立して50nm以上であると耐摩耗性が一層向上し、第1被覆層及び第2被覆層の平均厚さが各々独立して500nm以下であると耐欠損性が一層向上する。
また、本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具は、A層、B層、C層及びD層の平均厚さが各々独立して1nm以上であると、均一な厚さの化合物層を形成することが容易となり、A層、B層、C層及びD層の平均厚さが各々独立して100nm以下であると、交互積層構造の硬度が向上することに起因して、耐摩耗性が向上する。
さらに、本実施形態に用いる被覆層において、第1被覆層は、A層の成分とB層の成分とが混在した領域を有し、第2被覆層は、C層の成分とD層の成分とが混在した領域を有する。これにより、本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具は、被覆層における各層間の密着性が向上するため、耐欠損性が向上するとともに、各層の効果が持続するため、耐摩耗性の低下を抑制することができる。
また、本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具は、被覆層全体の平均厚さが2.0μm以上であると、耐摩耗性が向上し、被覆層全体の平均厚さが10.0μm以下であると、被覆層の基材との密着性に優れ、その結果、耐欠損性が向上する。
さらに、本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具は、第1被覆層と第2被覆層とからなる交互積層構造の平均厚さが被覆層全体の平均厚さの50%以上であることにより、耐摩耗性及び耐欠損性が向上する。
そして、これらの構成が組み合わされることにより、本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具は、耐摩耗性及び耐欠損性が向上し、その結果、長期間にわたり加工することができるものと考えられる。
【0015】
本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具は、基材とその基材の表面に形成された被覆層とを含む。
【0016】
本実施形態に用いる基材は、穴あけ加工用被覆切削工具の基材として用いられ得るものであれば、特に限定されない。基材としては、例えば、超硬合金、サーメット、セラミックス、立方晶窒化硼素焼結体、ダイヤモンド焼結体、及び高速度鋼を挙げることができる。それらの中でも、基材が、超硬合金、サーメット、セラミックス及び立方晶窒化硼素焼結体のいずれかであると、耐摩耗性及び耐欠損性に更に優れるので好ましく、同様の観点から、基材が超硬合金であるとより好ましい。
【0017】
なお、基材は、その表面が改質されたものであってもよい。例えば、基材が超硬合金からなるものである場合、その表面に脱β層が形成されてもよい。また、基材がサーメットからなるものである場合、その表面に硬化層が形成されてもよい。これらのように基材の表面が改質されていても、本発明の作用効果は奏される。
【0018】
本実施形態に用いる被覆層は、第1被覆層と第2被覆層とが交互にそれぞれ2層以上積層された交互積層構造を有する。第1被覆層と第2被覆層とを交互に積層した構造を有することで、後述する各層の効果が発揮される。
【0019】
第1被覆層は、下記式(1)で表される組成からなる化合物層(A層)と下記式(2)で表される組成からなる化合物層(B層)とが交互にそれぞれ1層以上積層された構造を有する。
(Al1-xCrx)N・・・(1)
[式(1)中、xはAl元素とCr元素との合計に対するCr元素の原子比を表し、0.25≦x≦0.75を満足する。]
(Ti1-yAly)N・・・(2)
[式(2)中、yはTi元素とAl元素との合計に対するAl元素の原子比を表し、0≦y≦0.70を満足する。]
【0020】
第1被覆層において、A層は、上記式(1)で表される組成からなる化合物層である。上記式(1)中、Cr元素の原子比xが0.25以上であると、被覆層の硬度の低下を抑制できる。一方、Cr元素の原子比xが0.75以下であると、被覆層の硬度を維持できることに起因して、耐摩耗性を向上できる。同様の観点から、Cr元素の原子比xは、0.28≦x≦0.73を満足することが好ましく、0.30≦x≦0.70を満足することがより好ましい。
【0021】
また、第1被覆層において、B層は、上記式(2)表される組成からなる化合物層である。上記式(2)中、Al元素の原子比yが、0.70以下であると、六方晶の存在比率が低減することに起因して、耐摩耗性が向上する。このため、Al元素の原子比yが0≦y≦0.70を満足することにより、耐摩耗性を向上できる。耐摩耗性と耐欠損性をバランスよく向上する観点から、Al元素の原子比yは、0.30≦y≦0.67を満足することが好ましく、0.50≦y≦0.60を満足することがより好ましい。Al元素の原子比yが、0.30以上であると、Alの含有量が多くなることにより、耐酸化性の低下が抑制されることに起因して、耐熱性が向上する。また、A層において、原子比xが上記範囲内であることと、B層において、原子比yが上記範囲内であることを同時に満たすことにより、相乗的に耐摩耗性及び耐欠損性をバランスよく向上できる。
【0022】
第2被覆層は、下記式(3)で表される組成からなる化合物層(C層)と下記式(4)で表される組成からなる化合物層(D層)とが交互にそれぞれ1層以上積層された構造を有する。
(Ti1-αAlα)N・・・(3)
[式(3)中、αはTi元素とAl元素との合計に対するAl元素の原子比を表し、0≦α≦0.60を満足する。]
(Ti1-βAlβ)N・・・(4)
[式(4)中、βはTi元素とAl元素との合計に対するAl元素の原子比を表し、0.10≦β≦0.70を満足する。]
【0023】
第2被覆層において、C層は、上記式(3)表される組成からなる化合物層である。上記式(3)中、Al元素の原子比αが、0.60以下であると、六方晶の存在比率が低減されることに起因して、耐摩耗性が向上する。このため、Al元素の原子比αが0≦α≦0.60を満足することにより、耐摩耗性を向上できる。同様の観点から、Al元素の原子比αは、0≦α≦0.55を満足することが好ましく、0≦α≦0.50を満足することがより好ましい。
【0024】
また、第2被覆層において、D層は、上記式(4)表される組成からなる化合物層である。上記式(3)中、Al元素の原子比βが、0.10以上であると、Alの含有量が多くなることにより、耐酸化性の低下が抑制されることに起因して、耐熱性が向上する。一方、Al元素の原子比βが、0.70以下であると、六方晶の存在比率が低減されることに起因して、耐摩耗性が向上する。このため、Al元素の原子比βが0.10≦β≦0.70を満足することにより、耐摩耗性及び耐欠損性をバランスよく向上できる。同様の観点から、Al元素の原子比βは、0.20≦β≦0.68を満足することが好ましく、0.25≦β≦0.67を満足することがより好ましい。また、C層において、原子比αが上記範囲内であることと、D層において、原子比βが上記範囲内であることを同時に満たすことにより、相乗的に耐摩耗性及び耐欠損性をバランスよく向上できる。
【0025】
なお、本実施形態において、例えば、化合物層の組成を(Al0.60Ti0.40)Nと表記する場合は、Al元素及びTi元素の合計に対するAl元素及びTi元素の原子比が、それぞれ0.60、0.40であることを表す。すなわち、Al元素及びTi元素の合計に対するAl元素量及びTi元素量が、それぞれ、60原子%、40原子%であることを意味する。
【0026】
本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具は、上記特定の組成からなるA層とB層との交互積層構造を有する第1被覆層と、上記特定の組成からなるC層とD層との交互積層構造を有する第2被覆層とを交互にそれぞれ2層以上積層された交互積層構造を有する被覆層を有する。これにより、その工具は、Si含有被膜を用いた場合と比較して低硬度かつ低残留応力でありながら、穴あけ加工において優れた耐摩耗性と耐欠損性との両立を達成している。また、本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具では、被覆層として、第1被覆層及び第2被覆層のようなSi非含有被膜を用いると、Si含有被膜と比較して低硬度になる。これにより、穴あけ加工に求められる被膜靭性を確保することができ、さらに、低圧縮性応力被膜であることから、厚膜化による耐摩耗性の改善が可能である。通常、穴あけ加工における切削工具の主損傷は切れ刃部の摩耗であることから、刃先部を厚膜化できる低圧縮性応力被膜は、穴あけ加工用被覆切削工具の耐摩耗性の改善に有効である。このような解決手段は、上記特許文献1に記載された被膜の高硬度化とは異なるアプローチである。また、本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具は、従来の穴あけ加工用被覆切削工具に用いるSi含有被膜で起こりやすい刃先の突発的な微小チッピングのリスクを低減し、加工初期から終期まで安定した耐摩耗性能を発揮することで、従来よりも優れた性能を達成している。耐欠損性の向上についても同様で、被膜硬度の上昇を抑えることで被膜靭性が低下することを防ぎ、低圧縮性応力でも欠けにくい性能を達成している。そして、本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具は、第1被覆層と第2被覆層とからなる交互積層構造の平均厚さが被覆層全体の平均厚さの50%以上であることにより、上述した効果が適切に発揮され、耐摩耗性及び耐欠損性が向上し、その結果、長期間にわたり加工することができるものと考えられる。
【0027】
また、本実施形態に用いる被覆層において、第2被覆層のC層及びD層におけるAl元素の原子比の差(β‐α)は0.05を超える。すなわち、C層とD層とは、組成が異なる2種の層である。C層及びD層におけるAl元素の原子比の差(β‐α)は、0.08~0.60であることが好ましく、0.10~0.50であることがより好ましい。
【0028】
本実施形態に用いる被覆層において、第2被覆層のC層及びD層におけるAl元素の原子比の差(β‐α)を0.05超として、第2被覆層を組成が異なる2種の層(C層及びD層)の交互積層構造することにより、従来のSi含有被膜を用いた場合にみられる圧縮性応力の上昇を抑制することができる。これにより、本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具は、例えば、ドリルヘッドのような複雑で鋭利な刃先を有する工具としても適用することができる。また、第2被覆層をC層とD層との交互積層構造とすることにより、Ti元素及びAl元素を含む窒化物(以下「(Ti,Al)N」とも記す)の単層の場合と比較して残留応力の制御に柔軟性を持たせることが可能であり、同時に(Ti,Al)Nの単層よりも優れた耐欠損性を得ることができる。C層とD層との交互積層構造とすることにより、工具欠損の起点となり得る被覆層中のクラックの進展を抑制することができる。
【0029】
また、本実施形態に用いる被覆層において、第1被覆層及び第2被覆層におけるAl元素の平均原子比は各々独立して0.70以下である。第1被覆層及び第2被覆層におけるAl元素の平均原子比の下限は、特に限定されないが、例えば、0.05以上である。第1被覆層及び第2被覆層におけるAl元素の平均原子比は各々独立して0.70以下であることにより、(Ti,Al)Nの相境界近傍(立方晶相-六方晶相)における相分離や結晶格子の歪み増大による硬度と残留圧縮性応力との上昇を防ぐことができる。そして、本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具は、第1被覆層及び第2被覆層におけるAl元素の平均原子比を各々独立して0.70以下とすることにより、低硬度かつ低残留圧縮応力でありながら、穴あけ加工において優れた耐摩耗性と耐欠損性との両立を達成している。
なお、本実施形態において、第1被覆層及び第2被覆層におけるAl元素の平均原子比とは、各層の組成及び平均厚さに基づき算出した各層におけるAl元素の原子比の平均値を意味し、以下の方法により測定することができる。まず、各層の組成は、穴あけ加工用被覆切削工具の金属蒸発源に対向する面の刃先稜線部から中心部に向かって50μmまでの位置の近傍において、各層の任意の3箇所以上について、透過型電子顕微鏡(TEM)に付帯するエネルギー分散型X線分析装置(EDX)を用いて各層の組成を測定し、その相加平均値を計算することで求める。このとき、混在領域については測定しない。さらに、各層の平均厚さは、各層の任意の3箇所以上の断面を走査透過型電子顕微鏡(STEM)で観察し、各層の厚さを測定し、その相加平均値を計算することで求める。求めた各層の組成及び平均厚さに基づき各層におけるAl元素の原子比の平均値を算出することができる。
【0030】
また、本実施形態に用いる被覆層において、第1被覆層及び第2被覆層の平均厚さは、各々独立して50nm以上500nm以下である。本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具は、第1被覆層及び第2被覆層の平均厚さが各々独立して50nm以上であると耐摩耗性が一層向上し、第1被覆層及び第2被覆層の平均厚さが各々独立して500nm以下であると耐欠損性が一層向上する。同様の観点から、第1被覆層及び第2被覆層の平均厚さは、各々独立して60nm以上490nm以下であることが好ましく、各々独立して70nm以上480nm以下であることがより好ましい。
【0031】
また、本実施形態に用いる被覆層において、A層、B層、C層及びD層の平均厚さは各々独立して1nm以上100nm以下である。本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具は、A層、B層、C層及びD層の平均厚さが各々独立して1nm以上であると、均一な厚さの化合物層を形成することが容易となる。A層、B層、C層及びD層の平均厚さが各々独立して100nm以下であると、交互積層構造の硬度が向上することに起因して、耐摩耗性が向上する。同様の観点から、A層、B層、C層及びD層の平均厚さは、各々独立して3nm以上95nm以下であることが好ましく、各々独立して5nm以上90nm以下であることがより好ましい。
【0032】
また、本実施形態に用いる被覆層において、第1被覆層は、A層の成分とB層の成分とが混在した領域を有し、第2被覆層は、C層の成分とD層の成分とが混在した領域を有する。これにより、本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具は、被覆層における各層間の密着性が向上するため、耐欠損性が向上するとともに、各層の効果が持続するため、耐摩耗性の低下を抑制することができる。なお、本実施形態において、「混在した領域」とは、交互積層を構成する2つの層の格子縞が重なり合っている領域を指し、透過型電子顕微鏡(TEM)で観察することができる。
【0033】
本実施形態に用いる被覆層全体の平均厚さは、2.0μm以上10.0μm以下である。本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具は、被覆層全体の平均厚さが2.0μm以上であると、耐摩耗性が向上し、被覆層全体の平均厚さが10.0μm以下であると、被覆層の基材との密着性に優れ、その結果、耐欠損性が向上する。同様の観点から、被覆層全体の平均厚さは、3.0μm以上7.0μm以下であることが好ましい。
なお、本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具における各層及び被覆層全体の平均厚さは、各層又は被覆層全体における3箇所以上の断面から、各層の厚さ又は被覆層全体の厚さを測定して、その相加平均値を計算することで求めることができる。具体的には、後述の実施例に記載の方法により測定することができる。
【0034】
また、本実施形態に用いる被覆層全体において、第1被覆層と第2被覆層とからなる交互積層構造が占める割合は50体積%以上である。本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具は、第1被覆層と第2被覆層とからなる交互積層構造の平均厚さが被覆層全体の平均厚さの50%以上であることにより、耐摩耗性及び耐欠損性が向上する。同様の観点から、第1被覆層と第2被覆層とからなる交互積層構造の平均厚さは、被覆層全体の平均厚さの60%以上100%以下であることが好ましい。
【0035】
また、本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具は、耐摩耗性と耐欠損性とのバランスを考慮すると、A層の平均厚さが被覆層全体の平均厚さの50%以下であることが好ましい。
【0036】
また、本実施形態に用いる被覆層において、第1被覆層の平均厚さをt1、第2被覆層の平均厚さをt2とした場合に、両者の比が0.9≦t1/t2≦1.2であることが好ましい。本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具は、両者の比t1/t2が0.9以上であると、耐摩耗性が向上し、両者の比t1/t2が1.2以下であると、耐欠損性が向上する。
【0037】
また、本実施形態に用いる被覆層全体の残留応力の平均値は、-3GPa以上0GPa以下であることが好ましい。本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具は、被覆層全体の残留応力の平均値が-3GPa以上0GPa以下である場合であっても、第1被覆層と第2被覆層とを組み合わせることで、被覆層が基材から剥離することを抑制し、かつ耐摩耗性及び耐欠損性に優れ、その結果、長期間にわたり加工することができる。
【0038】
本実施形態において、組成の異なる2種の化合物層を1層ずつ形成した場合、「繰り返し数」は1回である。
図1は、本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具の断面組織の一例を部分的に示す模式図であるが、以下、これを利用して繰り返し数について説明する。この穴あけ加工用被覆切削工具9は、基材1と、基材1の表面に形成された被覆層8とを備える。被覆層8は、第1被覆層6と、第2被覆層7とがこの順で交互に積層された積層構造を有し、第1被覆層6及び第2被覆層7をそれぞれ2層ずつ有する。これらの場合、繰り返し数は、それぞれ2回となる。第1被覆層6は、基材1の反対側に向かって順に、それぞれ化合物層であるA層2と、B層3とが交互に積層された積層構造であり、A層2及びB層3とをそれぞれ2層ずつ有する。第2被覆層7は、基材1の反対側に向かって順に、それぞれ化合物層であるC層4と、D層5とが交互に積層された積層構造であり、C層4及びD層5をそれぞれ2層ずつ有する。これらの場合、繰り返し数は、それぞれ2回となる。
【0039】
本実施形態に用いる被覆層は、第1被覆層と第2被覆層とが交互にそれぞれ2層以上積層された交互積層構造を有する。第1被覆層と第2被覆層との積層順序は、特に限定されず、基材から上方向に向かって、第1被覆層と第2被覆層とがこの順序で積層されていてもよく、第2被覆層と第1被覆層とがこの順序で積層されていてもよいが、本発明の作用効果をより有効かつ確実に奏する観点から、前者であることが好ましい。また、交互積層構造において、第1被覆層と第2被覆層との繰り返し数は、2回以上であれば特に限定されず、例えば、2~20回であり、本発明の作用効果をより有効かつ確実に奏する観点から、2~18回であることが好ましく、3~15回であることがより好ましい。
【0040】
本実施形態に用いる第1被覆層は、A層とB層とが交互にそれぞれ1層以上積層された構造を有する。A層とB層との積層順序は、特に限定されず、基材から上方向に向かって、A層とB層とがこの順序で積層されていてもよく、B層とA層とがこの順序で積層されていてもよいが、本発明の作用効果をより有効かつ確実に奏する観点から、前者であることが好ましい。また、第1被覆層において、A層とB層との繰り返し数は、1回以上であれば特に限定されず、例えば、1~50回であり、本発明の作用効果をより有効かつ確実に奏する観点から、2~40回であることが好ましく、3~30回であることがより好ましい。
【0041】
本実施形態に用いる第2被覆層は、C層とD層とが交互にそれぞれ1層以上積層された構造を有する。C層とD層との積層順序は、特に限定されず、基材から上方向に向かって、C層とD層とがこの順序で積層されていてもよく、D層とC層とがこの順序で積層されていてもよいが、本発明の作用効果をより有効かつ確実に奏する観点から、前者であることが好ましい。また、第2被覆層において、C層とD層との繰り返し数は、1回以上であれば特に限定されず、例えば、1~60回であり、本発明の作用効果をより有効かつ確実に奏する観点から、2~50回であることが好ましく、2~45回であることがより好ましい。
【0042】
本実施形態に用いる被覆層は、第1被覆層と第2被覆層とからなる交互積層構造のみで構成されてもよいが、基材と交互積層構造との間(すなわち、交互積層構造の下層)に下部層を有すると、基材と交互積層構造との密着性が一層向上するため、好ましい。その中でも、下部層は、上記と同様の観点から、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O、及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素(好ましくはN元素)とからなる化合物の層であることが好ましく、Ti、Cr及びAlからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C,N、O、及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素(好ましくはN元素)とからなる化合物の層であることがより好ましく、Ti及びAlからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素(好ましくはN元素)とからなる化合物の層であることがさらに好ましく、Ti及びAlからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、N元素とからなる化合物の層であることが特に好ましい。また、下部層は単層であってもよく、2層以上の多層であってもよい。
【0043】
本実施形態において、下部層の平均厚さは、0.1μm以上3.5μm以下であることが好ましい。下部層の平均厚さが上記範囲内であることにより、基材と被覆層との密着性が一層向上する傾向にある。同様の観点から、下部層の平均厚さは、0.1μm以上3.0μm以下であるとより好ましく、0.1μm以上2.5μm以下であると更に好ましい。
【0044】
本実施形態に用いる被覆層は、第1被覆層と第2被覆層とからなる交互積層構造の基材とは反対側(すなわち、交互積層構造の表面)に上部層を有してもよい。上部層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素(好ましくはN元素)とからなる化合物の層であると、耐摩耗性に一層優れるため好ましい。同様の観点から、上部層は、Ti、Nb、Cr、Al、及びSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素(好ましくはN元素)とからなる化合物の層であることがより好ましく、Ti、Cr、Al、及びSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、Nとからなる化合物の層であることがさらに好ましい。また、上部層は単層であってもよく2層以上の多層であってもよい。
【0045】
本実施形態において、上部層の平均厚さは、0.1μm以上3.5μm以下であることが好ましい。上部層の平均厚さが上記範囲内であることにより、耐摩耗性に一層優れる傾向にある。同様の観点から、上部層の平均厚さは、0.2μm以上3.0μm以下であることがより好ましい。
【0046】
本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具に用いる被覆層の製造方法は、特に限定されるものではない。例えば、被覆層は、イオンプレーティング法、アークイオンプレーティング法、スパッタ法、及びイオンミキシング法などの物理蒸着法によって、上記で説明した第1被覆層及び第2被覆層における各化合物層を順に形成することで得られる。特に、アークイオンプレーティング法によって形成された被覆層は、基材との密着性が高い。したがって、これらの中では、アークイオンプレーティング法が好ましい。
【0047】
本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具の製造方法について、具体例を用いて説明する。なお、本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具の製造方法は、当該穴あけ加工用被覆切削工具の構成を達成し得る限り、特に制限されるものではない。
【0048】
まず、工具形状に加工した基材を物理蒸着装置の反応容器内に収容し、金属蒸発源を反応容器内に設置する。その後、反応容器内をその圧力が1.0×10-2Pa以下になるまで真空引きし、反応容器内のヒーターにより基材をその温度が600℃~700℃になるまで加熱する。加熱後、反応容器内にArガスを導入して、反応容器内の圧力を0.5Pa~5.0Paとする。圧力0.5Pa~5.0PaのArガス雰囲気にて、基材に-350V~-500Vのバイアス電圧を印加し、反応容器内のタングステンフィラメントに40A~50Aの電流を流す条件下で、基材の表面にArガスによるイオンボンバードメント処理を施す。基材の表面にイオンボンバードメント処理を施した後、反応容器内をその圧力が1.0×10-2Pa以下になるまで真空引きする。
【0049】
次いで、基材をその温度が250℃以上600℃以下になるように、ヒーターの温度を調整して加熱した後、窒素ガス等の反応ガスを反応容器内に導入する。その後、反応容器内の圧力を2.0~5.0Paにして、基材に-30~-150Vのバイアス電圧を印加する。そして、各層の金属成分に応じた金属蒸発源をアーク放電により蒸発させることによって、基材の表面に各層を形成することができる。この際、基材を固定したテーブルを回転させながら、離れた位置に置かれた2種類以上の金属蒸発源を同時にアーク放電により蒸発させることにより、第1被覆層を構成する各化合物層を形成することができる。この場合、反応容器内の基材を固定した回転テーブルの回転数を調整することによって、第1被覆層を構成する各化合物層の厚さを制御することができる。あるいは、2種類以上の金属蒸発源を交互にアーク放電により蒸発させることによって、第1被覆層を構成する各化合物層を形成することもできる。この場合、金属蒸発源のアーク放電時間をそれぞれ調整することによって、第1被覆層を構成する各化合物層の厚さを制御することができる。第2被覆層を構成する各化合物層も同様の方法により、形成することができる。
【0050】
第1被覆層及び第2被覆層において、混在した領域を有する交互積層とするには、例えば、金属蒸発源の位置を工夫するとよい。より具体的には、例えば、
図2に示すアークイオンプレーティング装置の反応容器において、従来、A層とB層との金属蒸発源は、順に金属蒸発源1と金属蒸発源3との位置にセットされていたところ、順に金属蒸発源1と金属蒸発源2とにそれぞれセットすることにより、A層の成分とB層の成分とが混在した領域を有する第1被覆層を形成することができる。同様にC層とD層との金属蒸発源は、順に金属蒸発源3と金属蒸発源4にそれぞれセットすることにより、C層の成分とD層の成分とが混在した領域を有する第2被覆層を形成することができる。
【0051】
本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具に用いる被覆層を構成する各層の厚さは、例えば、穴あけ加工用被覆切削工具の断面組織から、TEMを用いて測定することができる。より具体的には、穴あけ加工用被覆切削工具において、金属蒸発源に対向する面の刃先稜線部から、当該面の中心部に向かって50μmの位置の近傍における、3箇所以上の断面での各層の厚さを測定する。得られた各層の厚さの相加平均値を、穴あけ加工用被覆切削工具における各層の平均厚さと定義することができる。
【0052】
また、本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具における被覆層を構成する各層の組成は、本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具の断面組織から、エネルギー分散型X線分析装置(EDS)や波長分散型X線分析装置(WDS)などを用いた測定により決定することができる。
【0053】
本実施形態の穴あけ加工用被覆切削工具は、従来よりも長期間にわたり加工することができるという効果を奏する。その要因は、これに限定されないが、穴あけ加工用被覆切削工具が耐摩耗性及び耐欠損性に優れるためと考えられる。
【実施例】
【0054】
以下、実施例によって本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0055】
(実施例1)
穴あけ加工用の基材として、S15相当の超硬合金(ドリル径12.5mmのヘッドドリル)を用意した。
図2に示すアークイオンプレーティング装置の反応容器内に、A~D層の金属蒸着源を表1に示すとおりに配置した。用意した基材を、反応容器内の回転テーブルの治具に固定した。
【0056】
その後、反応容器内をその圧力が5.0×10-3Pa以下になるまで真空引きした。真空引きした後、反応容器内のヒーターにより、基材をその温度が600℃になるまで加熱した。加熱後、反応容器内にその圧力が5.0PaになるようにArガスを導入した。
【0057】
圧力5.0PaのArガス雰囲気にて、基材に-450Vのバイアス電圧を印加して、反応容器内のタングステンフィラメントに45Aの電流を流す条件下で、基材の表面にArガスによるイオンボンバードメント処理を30分間施した。イオンボンバードメント処理終了後、反応容器内をその圧力が5.0×10-3Pa以下になるまで真空引きした。
【0058】
真空引き後、基材を550℃(工程開始時の温度)になるまで加熱し、窒素(N2)ガスを反応容器内に導入し、反応容器内を4.0Paの圧力に調整した。
【0059】
次いで、発明品1~13においては、基材に-40Vのバイアス電圧を印加して、アーク電流150Aのアーク放電により金属蒸発源を蒸発させて、表2に示すA層及びB層を交互に形成して第1被覆層を得た。詳細には、A層の金属蒸発源とB層の金属蒸発源とを同時にアーク放電により蒸発させて、A層及びB層を交互に形成した。このとき、A層の厚さ及びB層の厚さは、回転テーブルの回転数を1~5rpmの範囲で調整することで表2に示す厚さに制御した。その後、発明品1~13においては、表2に示すC層及びD層を交互に形成して第2被覆層を得た。詳細には、C層の金属蒸発源とD層の金属蒸発源とを同時にアーク放電により蒸発させて、C層及びD層を交互に形成した。このとき、C層の厚さ及びD層の厚さは、回転テーブルの回転数を1~5rpmの範囲で表2に示す厚さに調整することで制御した。
【0060】
基材の表面に、表2に示す所定の平均厚さになるよう第1被覆層及び第2被覆層を交互に積層して被覆層を形成した後に、ヒーターの電源を切り、試料温度が100℃以下になった後で、反応容器内から試料を取り出した。上述の方法により、発明品1~13を作製した。
【0061】
【0062】
【0063】
(比較例1)
穴あけ加工用の基材として、S15相当の超硬合金(ドリル径12.5mmのヘッドドリル)を用意した。
図2に示すアークイオンプレーティング装置の反応容器内に、A~D層の金属蒸着源を表3に示すとおりに配置した。用意した基材を、反応容器内の回転テーブルの治具に固定した。
【0064】
その後、反応容器内をその圧力が5.0×10-3Pa以下になるまで真空引きした。真空引きした後、反応容器内のヒーターにより、基材をその温度が600℃になるまで加熱した。加熱後、反応容器内にその圧力が5.0PaになるようにArガスを導入した。
【0065】
圧力5.0PaのArガス雰囲気にて、基材に-450Vのバイアス電圧を印加して、反応容器内のタングステンフィラメントに45Aの電流を流す条件下で、基材の表面にArガスによるイオンボンバードメント処理を30分間施した。イオンボンバードメント処理終了後、反応容器内をその圧力が5.0×10-3Pa以下になるまで真空引きした。
【0066】
真空引き後、基材をその温度が表3に示す温度(工程開始時の温度)になるまで加熱し、窒素(N2)ガスを反応容器内に導入し、反応容器内を4.0Paの圧力に調整した。
【0067】
次いで、比較品1~11及び14~19においては、基材に表3に示すバイアス電圧を印加して、アーク電流150Aのアーク放電により金属蒸発源を蒸発させて、表4に示すA層及びB層を交互に形成して第1被覆層を得た。詳細には、A層の金属蒸発源とB層の金属蒸発源とを同時にアーク放電により蒸発させて、A層及びB層を交互に形成した。このとき、A層の厚さ及びB層の厚さは、回転テーブルの回転数を1~5rpmの範囲で調整することで表4に示す厚さに制御した。その後、比較品1~11及び14~19においては、表4に示すC層及びD層を交互に形成して第2被覆層を得た。詳細には、C層の金属蒸発源とD層の金属蒸発源とを同時にアーク放電により蒸発させて、C層及びD層を交互に形成した。このとき、C層の厚さ及びD層の厚さは、回転テーブルの回転数を1~5rpmの範囲で表4に示す厚さに調整することで制御した。
【0068】
比較品12及び13については、基材に-40Vのバイアス電圧を印加して、アーク電流150Aのアーク放電により金属蒸発源を蒸発させて、表4に示すA層(単層)を形成して第1被覆層を得た。詳細には、A層の金属蒸発源をアーク放電により蒸発させて、A層(単層)を形成した。このとき、A層の厚さは、表4に示す厚さに制御した。その後、比較品12及び13については、基材に-40Vのバイアス電圧を印加して、アーク電流150Aのアーク放電により金属蒸発源を蒸発させて、表4に示すD層(単層)を形成して第2被覆層を得た。詳細には、D層の金属蒸発源をアーク放電により蒸発させて、D層(単層)を形成した。このとき、D層の厚さは、表4に示す厚さに制御した。
【0069】
基材の表面に、表4に示す所定の平均厚さになるよう第1被覆層及び第2被覆層を交互に積層して被覆層を形成した後に、ヒーターの電源を切り、試料温度が100℃以下になった後で、反応容器内から試料を取り出した。上述の方法により、比較品1~19を作製した。
【0070】
【0071】
【0072】
得られた試料の各層の平均厚さは、穴あけ加工用被覆切削工具の金属蒸発源に対向する面の刃先稜線部から当該面の中心部に向かって50μmの位置の近傍において、3箇所の断面を走査透過型電子顕微鏡(STEM)で観察し、各層の厚さを測定し、その相加平均値を計算することで求めた。その結果を、表2及び表4に示す。また、各試料の第1被覆層の平均厚さt1と第2被覆層の平均厚さt2との比(t1/t2)を表5及び表6に示す。さらに、各試料の第1被覆層におけるA層の成分とB層の成分とが混在した領域、並びに、各試料の第2被覆層におけるC層の成分とD層の成分とが混在した領域(両者をあわせて単に「混在した領域」とも記す。)の有無をSTEMで観察した。その結果を表5及び表6に示す。なお、得られた試料の各層において、「混在した領域」とは、交互積層を構成する2つの層の格子縞が重なり合っている領域を指す。得られた試料の各層の組成は、穴あけ加工用被覆切削工具の金属蒸発源に対向する面の刃先稜線部から中心部に向かって50μmまでの位置の近傍の断面において、各層の任意の3箇所について、エネルギー分散型X線分析装置(EDX)を用いて各層の組成を測定し、その相加平均値を計算することで求めた。このとき、混在領域については測定しなかった。その結果を、表2及び表4に示す。なお、表2及び表4の各層の金属元素の組成比は、各層を構成する化合物における金属元素全体に対する各金属元素の原子比を示す。また、各試料のC層及びD層におけるAl元素の原子比の差を表5及び表6に示す。
【0073】
〔残留応力〕
得られた試料について、X線回折装置を用いたsin2ψ法により、被覆層全体の残留応力を測定した。残留応力は切削に関与する部位に含まれる任意の点3点の応力を測定し、その平均値(相加平均値)を被覆層全体の残留応力とした。その結果を、表5及び表6に示す。
【0074】
【0075】
【0076】
得られた試料を用いて、以下の切削試験を行い、評価した。
【0077】
[切削試験:穴あけ加工]
被削材:SNCM439、
被削材形状:700mm×250mm×50mmの板、
切削速度:120m/分、
1回転当たりの送り量:0.20mm/rev、
加工深さ:50mm(貫通穴)、
クーラント:水溶性(内部給油方式)、
評価項目:ドリルヘッド切れ刃逃げ面の摩耗が0.25mmに至ったときを工具寿命とし、工具寿命に至るまでの加工長さを測定した。例えば、加工長さ5mの差は、加工数にして100穴の差に相当する。加工長さが長いことは、耐欠損性及び耐摩耗性に優れていることを意味する。
切削試験の結果を表7及び表8に示す。
【0078】
【0079】
【0080】
表7及び表8に示す結果より、発明品の加工長さは全て比較品の加工長さよりも長くなった。したがって、発明品は、工具寿命が長くなっていることが分かる。その要因としては、発明品が耐摩耗性及び耐欠損性に優れているためと考えられるが、要因はこれに限定されない。
【0081】
(比較例2)
穴あけ加工用の基材として、S15相当の超硬合金(ドリル径12.5mmのヘッドドリル)を用意した。
図2に示すアークイオンプレーティング装置の反応容器内に、A~D層の金属蒸着源を表9に示すとおりに配置した以外は発明品1~3と同様にして比較品20~22を作製した。
【0082】
【0083】
得られた試料の各層の平均厚さ、組成及び混在した領域の有無は、実施例1と同様の方法により求めた。それらの結果を表10及び表11に示す。なお、参考として発明品1~3の結果も併せて表10及び表11に示す。
【0084】
また、得られた試料の被覆層全体の残留応力は、実施例1と同様の方法により求めた。その結果を表11に示す。なお、参考として発明品1~3の結果も併せて表11に示す。
【0085】
【0086】
【0087】
比較品20~22を用いて、実施例1と同じ切削試験を行った。その結果を表12に示す。なお、参考として発明品1~3の結果も併せて表12に示す。
【0088】
【0089】
各層に混在した領域を有する発明品1~3は、各層間の剥離が抑制されたため、各層間の剥離を起因としたチッピングの発生も抑制された。その結果、表12に示すとおり、発明品1~3の加工長さは、各層に混在した領域を有しない比較品20~22の加工長さよりも長くなった。したがって、発明品1~3は、工具寿命が長くなっていることが分かる。その要因としては、各層間の密着性が向上したためと推定されるが、要因はこれに限定されない。
【0090】
(実施例2)
穴あけ加工用の基材として、S15相当の超硬合金(ドリル径12.5mmのヘッドドリル)を用意した。実施例1の発明品1、3、4、5及び7の交互積層構造に、下部層及び/又は上部層を有する試料を作製した。
【0091】
まず、アークイオンプレーティング装置の反応容器内に、表2における発明品1、3、4、5及び7、並びに表13に示す各層の組成になるよう金属蒸発源を配置した。用意した基材を、反応容器内の回転テーブルの治具に固定した。
【0092】
その後、反応容器内をその圧力が5.0×10-3Pa以下になるまで真空引きした。真空引きした後、反応容器内のヒーターにより、基材をその温度が600℃になるまで加熱した。加熱後、反応容器内にその圧力が5.0PaになるようにArガスを導入した。
【0093】
圧力5.0PaのArガス雰囲気にて、基材に-450Vのバイアス電圧を印加して、反応容器内のタングステンフィラメントに45Aの電流を流す条件下で、基材の表面にArガスによるイオンボンバードメント処理を30分間施した。イオンボンバードメント処理終了後、反応容器内をその圧力が5.0×10-3Pa以下になるまで真空引きした。
【0094】
真空引き後、反応容器内の温度を500℃になるように制御し、窒素(N2)ガスを反応容器内に導入し、反応容器内の圧力を4.0Paに調整した。
【0095】
次いで、表13に示す下部層を形成した。詳細には、基材に-50Vのバイアス電圧を印加して、アーク電流120Aのアーク放電により金属蒸発源を蒸発させて下部層を形成した。
【0096】
下部層を形成した後、実施例1の発明品1、3、4、5及び7と同じ条件で、交互積層構造を形成した。
【0097】
交互積層構造を形成した後、基材に-50Vのバイアス電圧を印加して、アーク電流120Aのアーク放電により金属蒸発源を蒸発させて表13に示す上部層を形成した。このとき、反応容器内の温度を500℃になるように制御した。上述の方法により、発明品14~20を作製した。
【0098】
【0099】
得られた試料の各層の平均厚さ、組成及び混在した領域の有無は、実施例1と同様の方法により求めた。それらの結果を表2、表5及び表13に示す。
【0100】
得られた試料の交互積層構造の残留応力は、実施例1と同様の方法により求めた。それらの結果は、表5に示す発明品1、3、4、5及び7と同じであった。
【0101】
発明品14~20を用いて、実施例1と同じ切削試験を行った。その結果を表14に示す。
【0102】
【0103】
表14に示す結果より、発明品14~20の加工長さは、各々の交互積層構造に対応する被覆層を有する発明品1、3、4、5及び7の加工長さよりもわずかに長くなった。したがって、発明品は、下部層及び/又は上部層を有したとしても、発明の効果を奏することが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0104】
本発明の穴あけ加工用被覆切削工具は、耐摩耗性及び耐欠損性に優れ、従来よりも工具寿命を延長できるので、産業上の利用可能性が高い。
【符号の説明】
【0105】
1…基材、2…A層、3…B層、4…C層、5…D層、6…第1被覆層、7…第2被覆層、8…被覆層、9…穴あけ加工用被覆切削工具、10…金属蒸着源1、11…金属蒸着源2、12…金属蒸着源3、13…金属蒸着源4、14…ヒーター、15…回転テーブル