(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-30
(45)【発行日】2022-06-07
(54)【発明の名称】抵抗スポット溶接の溶接品質判定装置
(51)【国際特許分類】
B23K 11/24 20060101AFI20220531BHJP
【FI】
B23K11/24 338
B23K11/24 336
(21)【出願番号】P 2018133047
(22)【出願日】2018-07-13
【審査請求日】2021-05-26
(73)【特許権者】
【識別番号】516080563
【氏名又は名称】株式会社フコク東海
(74)【代理人】
【識別番号】110000028
【氏名又は名称】特許業務法人明成国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】木村 孝
【審査官】柏原 郁昭
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-063447(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2007-0021411(KR,A)
【文献】特開昭56-099082(JP,A)
【文献】特開2000-280078(JP,A)
【文献】特開2002-103054(JP,A)
【文献】米国特許第4456810(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 11/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Fe-C系合金である鋼板をワークとする抵抗スポット溶接で形成されるナゲットの品質を判定する溶接品質判定装置であって、
前記抵抗スポット溶接を実行する一対の電極チップのうちの一方の電極チップに接続された冷却管の温度を測定する温度センサーと、
前記抵抗スポット溶接の加熱工程後の冷却工程において前記温度センサーで測定された温度の時間変化から、前記冷却工程におけるナゲットの温度変化を推定するナゲット温度変化推定部と、
前記ナゲットの温度変化から、前記抵抗スポット溶接の溶接品質の判定を実行する品質判定実行部と、
を備える溶接品質判定装置。
【請求項2】
請求項1に記載の溶接品質判定装置であって、更に、
前記加熱工程における前記一対の電極チップの間の電気抵抗の変化を取得し、前記電気抵抗の変化から前記ワークの温度がキュリー点を通過した時点を推定するとともに、前記キュリー点を通過した時点以降において前記加熱工程における前記ワークへのエネルギー投入量から前記ナゲットの到達最高温度を推定する到達最高温度推定部を備え、
前記ナゲット温度変化推定部は、前記到達最高温度を利用して前記冷却工程における前記ナゲットの温度変化の推定を実行する、溶接品質判定装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の溶接品質判定装置であって、
前記温度センサーは、前記ナゲットからの距離が互いに異なる2つの温度センサー素子を含み、
前記ナゲット温度変化推定部は、前記2つの温度センサー素子における測定温度を用いて前記冷却工程における前記ナゲットの温度変化の推定を実行する、溶接品質判定装置。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載の溶接品質判定装置であって、
前記品質判定実行部は、前記冷却工程における前記ナゲットの温度と冷却時間との複数の組み合わせが予め定めた判定条件を満足するか否かに応じて前記溶接品質の判定を実行する、溶接品質判定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抵抗スポット溶接の溶接品質を判定する技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
抵抗スポット溶接機は、一対の電極チップを用いて溶接対象のワークを挟んだ状態で抵抗スポット溶接を実行する。Fe-C系合金(鉄-炭素合金)である鋼板をワークとして抵抗スポット溶接を行う際には、加熱工程で電流によりワークに溶融部が形成された後に、冷却工程で急速に冷却するとマルテンサイト変態が起こり、マルテンサイトを含むナゲットが形成される。マルテンサイトを含むナゲットは硬度が高く、十分な溶接強度が得られる。一方、冷却が緩慢である場合には、マルテンサイト変態が十分に起こらずにパーライトを含むナゲットが形成されてしまい、十分な溶接強度が得られない可能性がある。
【0003】
特許文献1には、抵抗スポット溶接における溶接品質を判定する技術が開示されている。この従来技術では、電極チップの接触抵抗の変化に基づいて溶接品質を判定している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上述した従来技術では、冷却工程での溶融部の温度を監視することができないので、冷却工程においてマルテンサイト変態が発生しているか否かを判定することができず、十分な溶接品質が得られているか否かを判定できない可能性がある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
(1)本発明の一形態によれば、Fe-C系合金である鋼板をワークとする抵抗スポット溶接で形成されるナゲットの品質を判定するが提供される。この溶接品質判定装置は、前記抵抗スポット溶接を実行する一対の電極チップのうちの一方の電極チップに接続された冷却管の温度を測定する温度センサーと、前記抵抗スポット溶接の加熱工程後の冷却工程において前記温度センサーで測定された温度の時間変化から、前記冷却工程におけるナゲットの温度変化を推定するナゲット温度変化推定部と、前記ナゲットの温度変化から、前記抵抗スポット溶接の溶接品質の判定を実行する品質判定実行部と、を備える。
この溶接品質判定装置によれば、抵抗スポット溶接の加熱工程後の冷却工程において温度センサーで測定された温度の時間変化から冷却工程におけるナゲットの温度変化を推定し、推定されたナゲットの温度変化から抵抗スポット溶接の溶接品質の判定を実行するので、冷却工程においてナゲットにマルテンサイト変態が発生しているか否かを判定することができ、十分な溶接品質が得られているか否かを判定することが可能である。
(2)前記溶接品質判定装置は、更に、前記加熱工程における前記一対の電極チップの間の電気抵抗の変化を取得し、前記電気抵抗の変化から前記ワークの温度がキュリー点を通過した時点を推定するとともに、前記キュリー点を通過した時点以降において前記加熱工程における前記ワークへのエネルギー投入量から前記ナゲットの到達最高温度を推定する到達最高温度推定部を備え、前記ナゲット温度変化推定部は、前記到達最高温度を利用して前記冷却工程における前記ナゲットの温度変化の推定を実行するものとしてもよい。
この溶接品質判定装置によれば、キュリー点を利用してナゲットの到達最高温度を推定するので、より正確にナゲットの温度変化を推定できる。
(3)前記溶接品質判定装置において、前記温度センサーは、前記ナゲットからの距離が互いに異なる2つの温度センサー素子を含み、前記ナゲット温度変化推定部は、前記2つの温度センサー素子における測定温度を用いて前記冷却工程における前記ナゲットの温度変化の推定を実行するものとしてもよい。
この溶接品質判定装置では、2つの温度センサー素子を用いてナゲットの温度変化をより精度良く推定できる。
(4)前記溶接品質判定装置において、前記品質判定実行部は、前記冷却工程における前記ナゲットの温度と冷却時間との複数の組み合わせが予め定めた判定条件を満足するか否かに応じて前記溶接品質の判定を実行するものとしてもよい。
この溶接品質判定装置では、冷却工程におけるナゲットの温度と冷却時間との複数の組み合わせを用いて、比較的簡易に溶接品質の判定を実行できる。
【0007】
本発明は、装置以外の種々の形態で実現することも可能である。例えば、溶接品質判定方法の形態で実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】抵抗スポット溶接装置と溶接品質判定装置の説明図。
【
図3】抵抗スポット溶接の加熱工程と冷却工程における温度変化を示すグラフ。
【
図4】溶接品質判定処理の手順を示すフローチャート。
【
図5】加熱工程における抵抗変化と温度変化の一例を示すグラフ。
【
図6】冷却工程における温度プロファイルの変化を示す説明図。
【
図7】冷却工程におけるナゲット位置とセンサー位置の温度の変化を示す説明図。
【
図8】Fe-C系合金の冷却曲線とマルテンサイト変態の関係を示す説明図。
【発明を実施するための形態】
【0009】
図1は、一実施形態における抵抗スポット溶接装置100と溶接品質判定装置200の構成を示す説明図である。
【0010】
抵抗スポット溶接装置100は、一対の電極チップ110u,110dと、電源装置120と、冷却装置130とを有している。一対の電極チップ110u,110dの間には、Fe-C系合金である2枚の鋼板がワークWKu,WKdとして挟み込まれる。電源装置120は、一対の電極チップ110u,110dに交流電圧又は直流電圧を印加することによってワークWKu,WKdにエネルギーを投入し、ワークWKu,WKdの一部を溶融させてナゲットNg(溶融部)を形成する。この工程を「加熱工程」と呼ぶ。冷却装置130は、一対の電極チップ110u,110dに接続された冷却管132に冷媒を流通させることによって、電極チップ110u,110dとナゲットNgの冷却を行う。加熱工程後の冷却を行う工程を「冷却工程」と呼ぶ。但し、加熱工程においても、冷却装置130から冷却管132には冷媒が供給されている。冷媒としては、水や空気などの任意の冷媒を使用可能である。
【0011】
溶接品質判定装置200は、判定処理装置210と、電圧センサー220と、電流センサー230と、温度センサー240とを備えている。
【0012】
電圧センサー220は、一対の電極チップ110u,110dの間に印加される電圧Veを測定し、測定した電圧Veを判定処理装置210に通知する。電流センサー230は、一対の電極チップ110u,110dの間に流れる電流Ieを測定し、測定した電流Ieを判定処理装置210に通知する。電流センサー230としては、例えば、トロイダルコイルを用いた周知の電流センサーを使用することが可能である。温度センサー240は、一方の電極チップ110uに接続された冷却管132の温度θmを測定し、測定した温度θmを判定処理装置210に通知する。この温度センサー240の構成については更に後述する。
【0013】
判定処理装置210は、プロセッサーとメモリーとを有するコンピューターであり、不揮発性メモリーに格納されたコンピュータープログラムを実行することによって、溶接品質判定処理を実行する。なお、ASICなどのハードウェア回路を用いて判定処理装置210の機能を実現することも可能である。判定処理装置210は、到達最高温度推定部211と、ナゲット温度変化推定部212と、品質判定実行部213と、表示部214とを有している。
【0014】
到達最高温度推定部211は、加熱工程における一対の電極チップ110u,110dの間の電気抵抗の変化を取得し、その電気抵抗の変化からワークWKu,WKdの溶融部の温度がキュリー点を通過した時点を推定する。到達最高温度推定部211は、更に、キュリー点を通過した時点以降において、加熱工程におけるワークWKu,WKdへのエネルギー投入量からナゲットNgの到達最高温度を推定する。到達最高温度推定部211の処理内容については更に後述する。
【0015】
ナゲット温度変化推定部212は、抵抗スポット溶接の加熱工程後の冷却工程において温度センサー240で測定された温度の時間変化から、冷却工程におけるナゲットNgの温度変化を推定する。ナゲット温度変化推定部212の処理内容については更に後述する。
【0016】
品質判定実行部213は、ナゲット温度変化推定部212によって推定されたナゲットNgの温度変化から、抵抗スポット溶接の溶接品質の判定を実行する。品質判定実行部213の処理内容については更に後述する。
【0017】
表示部214は、品質判定実行部213による判定結果を表示する。
図1の例では、溶接品質が良好である場合には「OK」が表示され、不良である場合には「NG」が表示される。これらの表示に加えて、ナゲット温度変化推定部212によって推定されたナゲットNgの温度変化などの情報を表示部214に表示するようにしても良い。
【0018】
図2は、電極チップ110u付近の断面構造を示す図である。電極チップ110uに接続された冷却管132は、外管134と内管136の2重構造を有している。
図2の例では、冷却装置130から内管136を通って冷媒が供給されて電極チップ110uとワークWKu,WKd及びナゲットNgを冷却し、冷却後の冷媒が外管134を通って冷却装置130に戻る。
【0019】
図2において、鉛直上方向をX方向とし、水平方向をY方向及びZ方向としている。他の図におけるX方向は、
図2のX方向と同じ方向を示している。X方向の原点位置(X=0)は、ナゲットNgの位置を示す。
【0020】
冷却管132の外側には、温度センサー240が設けられている。温度センサー240は、X方向の異なる位置に設けられた2つの温度センサー素子241,242を含んでいる。2つの温度センサー素子241,242は、2つのX方向位置において冷却管132の温度を測定する。但し、温度センサー240としては、1つの温度センサー素子のみを有するものを使用してもよい。
【0021】
図3は、抵抗スポット溶接の加熱工程と冷却工程における温度変化を示すグラフである。加熱工程において一対の電極チップ110u,110dの間に電流を流すと、ワークの温度θが上昇し、ナゲットNgの位置において到達最高温度θmaxに達する。この加熱工程の途中では、ワークの温度がキュリー点θ1を通過する。鉄のキュリー温度θ1は約770℃である。電流を停止させると冷却工程が開始される。冷却を十分急速に行うことにより、ナゲットNgにマルテンサイト変態が起こり、マルテンサイトが形成される。このとき、温度変化曲線には、マルテンサイトへの変態開始温度θ2と変態終了温度θ3が現れる。変態開始温度θ2は約550℃であり、変態終了温度θ3は約220℃である。本実施形態ではこれらの3つの温度θ1,θ2,θ3を用いて溶接品質の判定を実行する。
【0022】
図4は、溶接品質判定処理の手順を示すフローチャートである。ステップS110では、抵抗スポット溶接装置100が、抵抗スポット溶接の加熱工程を実行する。ステップS120では、到達最高温度推定部211が、ナゲットNgの位置における到達最高温度θmaxを推定する。ステップS130では、ナゲット温度変化推定部212が、温度センサー240の測定温度から、ナゲットNgの位置における温度変化を推定する。ステップS140では、品質判定実行部213が、ナゲット温度変化推定部212によって推定されたナゲットNgの温度変化から溶接品質の判定を実行する。判定結果は、表示部214に表示される。
【0023】
図5は、加熱工程における抵抗変化と温度変化の一例を示すグラフである。
図5の上方の図は、一対の電極チップ110u,110dの間の電気抵抗Rの時間的変化を示している。電気抵抗Rは、電圧センサー220で測定された電圧Veを、電流センサー230で測定された電流Ieで除算して得られた値である。なお、電圧センサー220と電流センサー230以外のセンサーを用いて電気抵抗Rを測定してもよい。電気抵抗Rは、加熱工程の最初は、一対の電極チップ110u,110dとワークの接触抵抗の影響を受けて変動するが、しばらくするとほぼ直線的に上昇する。そして、ワークのナゲット位置の温度がキュリー点に達すると、その後は電気抵抗Rの上昇率が低下するので、キュリー点に達した時刻tcが変曲点として現れる。従って、電気抵抗Rの時間変化の変曲点からキュリー点に達した時刻tcを判定することが可能である。
【0024】
図5の下方の図は、ワークに投入されるエネルギーと温度の時間変化を示している。加熱工程の最後には、ワークのナゲット位置は、到達最高温度θmaxに達する。到達最高温度θmaxは、以下の(1)式で算出可能である。
【数1】
ここで、k
1は補正係数、Jacは加熱工程におけるワークへのエネルギー投入量、Jcはキュリー点に到達した時刻tcまでのワークへのエネルギー投入量である。なお、補正係数k
1は、冷媒による冷却効果や、比熱の温度変化等の効果を補正するための係数であり、予め実験的に決定された定数である。補正係数k
1は、例えば0.8以上1.0以下の値に設定される。到達最高温度推定部211は、上述した(1)式に従ってナゲットNgの位置における到達最高温度θmaxを推定する。
【0025】
上述のように到達最高温度θmaxを推定する代わりに、ワークとして用いる鋼材の融点を到達最高温度θmaxとして使用しても良い。この場合には、到達最高温度θmaxとして、例えば1400℃以上2500℃以下の範囲の値が使用される。
【0026】
図6は、冷却工程における温度プロファイルの変化を示す説明図である。
図6の上部には、ナゲットNgと温度センサー240のX方向の位置関係が示されており、
図6の下部には位置Xに応じた温度θの変化が示されている。位置Xに応じた温度θの変化を「温度プロファイル」と呼ぶ。X=0における温度θは、ナゲットNgの位置における温度を示す。また、X=Xmにおける温度θは、温度センサー240の位置における温度を示す。ここでは、冷却工程の4つの異なる時刻t0,t1,t2,t3における温度プロファイルが示されている。時刻t0は、冷却工程の開始時刻であり、これは加熱工程の終了時刻と同一である。
【0027】
図7は、冷却工程におけるナゲット位置とセンサー位置の温度の変化を示す説明図である。この図は、
図6の温度プロファイルにおいて、ナゲット位置(X=0)の温度θとセンサー位置(X=Xm)の温度θに注目して描いたものである。以下では、ナゲット位置Ngの温度θを「ナゲット位置温度θ0」と呼び、センサー位置の温度θを「センサー位置温度θm」と呼ぶ。ナゲット位置温度θ0は、時刻t0において最も高く、その後は徐々に低下する。センサー位置温度θmは、冷却工程の初期の時刻t0~t4の期間は上昇し、時刻t4でピークとなった後に低下する。センサー位置温度θmの上昇曲線の時定数τ1と下降曲線の時定数τ2は、電極チップ110u,110dや冷却管132の熱伝導に関する時定数に相当する。冷却工程における時間tを「冷却時間t」と呼ぶ。時刻t0での冷却時間tはゼロである。
【0028】
本願の発明者は、
図6に示す温度プロファイルが次式で近似できることを見出した。
【数2】
ここで、θは温度、Mは総熱量に相当する定数、Cは熱伝導率に関連する定数、Xは位置、tは冷却時間である。
【0029】
上記(2)式を用いると、ナゲット位置温度θ0とセンサー位置温度θmについて、次式の関係式を導くことができる。
【数3】
【0030】
上記(3)式は、以下のようにして導かれる。まず、上記(2)式にX=0及びX=Xmを代入すると、ナゲット位置温度θ0とセンサー位置温度θmがそれぞれ以下のように与えられる。
【数4】
【0031】
また、上記(4a)式を冷却時間tについて解くと、次式が得られる。
【数5】
【0032】
また、(4b)式の両辺を(4a)式の両辺で除算すると、次式が得られる。
【数6】
【0033】
(6)式の両辺の対数を取ると、次式が得られる。
【数7】
【0034】
(7)式に上記(5)式を代入すると、次式が得られる。
【数8】
【0035】
この(8)式を変形すると、上述した(3)式が得られる。
【0036】
ナゲット温度変化推定部212は、上記(3)式に、t=0において測定されたセンサー位置温度θmと、ナゲットNgの到達最高温度θmaxとを代入して、定数Mを決定する。(3)式のMとXmは定数なので、(3)式を次式に書き換えることができる。
【数9】
ここで、k
2は定数である。
【0037】
本願の発明者は、こうして決定された(9)式の関係が、
図7に示した時刻t0~t4の期間において十分に成立していることを確認した。ナゲット温度変化推定部212は、この(9)式に従って、各時刻におけるセンサー位置温度θmからナゲット位置温度θ0を推定する。なお、
図7の時刻t4におけるナゲット位置温度θ0は、約200℃程度まで低下しているのが普通である。
【0038】
上記(9)式の係数k2は、材質や形状が同じワークを溶接する場合には、個々のワークに依存しないほぼ一定値になるものと期待される。そこで、この場合には、溶接の実行の度に係数k2を求める演算を実行せずに、予め求められた係数k2を用いてもよい。また、ナゲット位置温度θ0とセンサー位置温度θmとの関係は、上記(9)式のような演算式の形式でなく、ルックアップテーブルの形式で記憶しておき、このルックアップテーブルを用いてナゲット位置温度θ0とセンサー位置温度θmとの関係を求めることも可能である。
【0039】
図2で説明したように、本実施形態では、温度センサー240が2つの温度センサー素子241,242を有している。ナゲット温度変化推定部212は、2つの温度センサー素子241,242で測定された温度を使用することによって、ナゲット位置温度θ0の推定精度を高めることが可能である。例えば、2つの温度センサー素子241,242によって測定された2つの温度の平均値をセンサー位置温度θmとして使用して、ナゲット位置温度θ0の推定精度を高めてもよい。また、2つの温度センサー素子241,242において測定された温度の差分が過度に大きいときには、測定エラーが発生しているものと判定してもよい。更に、2つの温度センサー素子241,242によって測定された2つの温度の差分を用いて、
図7で説明したセンサー位置温度θmのピーク位置を正確に決定することも可能である。但し、温度センサー240としては、1つの温度センサー素子のみを有するものを使用するようにしてもよい。
【0040】
図8は、Fe-C系合金の冷却曲線とマルテンサイト変態の関係を示す説明図である。
図8の横軸は冷却時間を示し、縦軸は鋼材の温度を示している。曲線G1,G2は、鋼材が完全なマルテンサイト変態を起こすと推定される曲線である。このうち、より右側の曲線G2は、完全なマルテンサイト変態を起こす限界を示している。本実施形態では、この曲線G2を溶接品質の判定曲線として使用する。すなわち、冷却工程におけるナゲット位置温度θ0の変化曲線が判定曲線G2よりも左側の領域に含まれる場合には、ナゲットNgが十分に急速に冷却されて完全なマルテンサイト変態が起きるので、十分良好な品質のナゲットNgが生成されると判断できる。一方、冷却工程におけるナゲット位置温度θ0の変化曲線が判定曲線G2よりも右側にはみ出る場合には、ナゲットNgにパーライトが生じてしまい、十分良好な品質のナゲットNgを生成することができない可能性がある。
【0041】
品質判定実行部213は、冷却工程におけるナゲット位置温度θ0の変化と判定曲線G2との関係から、十分良好な品質のナゲットNgを生成することができたか否かの判定を実行する。例えば、品質判定実行部213は、冷却工程におけるナゲット位置温度θ0の変化の全体が、判定曲線G2よりも左側にあるか否かに応じて溶接品質の判定を行うことができる。或いは、品質判定実行部213は、ナゲット位置温度θ0が540℃~560℃の範囲の温度に到達した第1冷却時間と、ナゲット位置温度θ0が220℃~240℃の範囲の温度に到達した第2冷却時間とを求め、これらの2つの冷却時間を示す2つの点が判定曲線G2の左側の領域に存在するか否かによって、溶接品質の判定を実行するようにしてもよい。この場合に、ナゲット位置温度θ0と冷却時間の組み合わせで表される点は2点に限らず、3点以上を用いて判定を行うようにしてもよい。換言すれば、冷却工程におけるナゲット位置温度θ0とその冷却時間との複数の組み合わせが、予め定めた判定条件を満足するか否かに応じて、溶接品質の判定を行うことが可能である。こうすれば、比較的簡易に溶接品質の判定を実行することができる。
【0042】
ところで、上記(9)式において、センサー位置温度θmからナゲット位置温度θ0を求めるのは必ずしも容易で無いので、逆に、予め選択した複数のナゲット位置温度θ0を(9)式に代入して、対応する複数のセンサー位置温度θmを求めるようにしてもよい。この場合には、例えば、ナゲット位置温度θ0として550℃と230℃を選択し、これらの複数のナゲット位置温度θ0に対応する複数のセンサー位置温度θmを(9)式から求めることができる。また、こうして求められた複数のセンサー位置温度θmが得られた冷却時間を温度センサー240の測定データから決定することが可能である。
【0043】
以上のように、上記実施形態では、抵抗スポット溶接の加熱工程後の冷却工程において温度センサー240で測定された温度θmの時間変化から冷却工程におけるナゲットNgの温度変化を推定し、推定されたナゲットNgの温度変化から抵抗スポット溶接の溶接品質の判定を実行するので、冷却工程においてナゲットNgにマルテンサイト変態が発生しているか否かを判定することができ、十分な溶接品質が得られているか否かを判定することが可能である。
【0044】
本発明は、上述の実施形態に限られるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において種々の構成で実現することが可能である。例えば、以下のような他の実施形態を採用することも可能である。
【符号の説明】
【0045】
100…抵抗スポット溶接装置、110u,110d…電極チップ、120…電源装置、130…冷却装置、132…冷却管、134…外管、136…内管、200…溶接品質判定装置、210…判定処理装置、211…到達最高温度推定部、212…ナゲット温度変化推定部、213…品質判定実行部、214…表示部、220…電圧センサー、230…電流センサー、240…温度センサー、241,242…温度センサー素子