(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-30
(45)【発行日】2022-06-07
(54)【発明の名称】触覚センサ
(51)【国際特許分類】
G01L 5/162 20200101AFI20220531BHJP
【FI】
G01L5/162
(21)【出願番号】P 2018198078
(22)【出願日】2018-10-22
【審査請求日】2021-08-02
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業(CREST)、「繊細な触覚を定量的に検知する「ナノ触覚神経網」の開発と各種の手触り感計測技術への応用」委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】304028346
【氏名又は名称】国立大学法人 香川大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001704
【氏名又は名称】弁理士法人山内特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】高尾 英邦
【審査官】大森 努
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-070824(JP,A)
【文献】特開平01-201129(JP,A)
【文献】米国特許第9134187(US,B1)
【文献】特開平05-081977(JP,A)
【文献】実開平05-036331(JP,U)
【文献】特開2011-215000(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0239086(US,A1)
【文献】国際公開第2018/094454(WO,A1)
【文献】特開2018-063262(JP,A)
【文献】特開平11-014860(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01L 5/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基部と、
変位部と、
前記変位部を前記基部に対し
て第1方向
および前記第1方向に対して垂直な第2方向に変位可能に支持する変位部支持体と、
前記第2方向に沿って配置された直線状の毛と、
前記毛の基端が固定された毛固定部と、
前記毛固定部を前記変位部に対して前記第1方向および前記第2方向を含む面内で旋回可能に支持する毛固定部支持体と、
前記変位部の前記基部に対する変位を検出する変位検出器と、
前記毛固定部の前記変位部に対する旋回を検出する旋回検出器と、を備え
、
前記変位検出器は、
前記変位部の前記第1方向の変位を検出する第1変位検出器と、
前記変位部の前記第2方向の変位を検出する第2変位検出器と、を備える
ことを特徴とする触覚センサ。
【請求項2】
前記毛は前記毛固定部に一体形成されている
ことを特徴とする請求項
1記載の触覚センサ。
【請求項3】
前記毛固定部には凹形の差込部が形成されており、
前記毛の基端部は前記差込部に差し込まれている
ことを特徴とする請求項
1記載の触覚センサ。
【請求項4】
前記差込部の内壁には、対向して配置された二列の櫛歯が形成されている
ことを特徴とする請求項
3記載の触覚センサ。
【請求項5】
前記櫛歯を構成する複数の歯は、それぞれ基端から先端に向かって前記毛の差し込み方向に傾斜している
ことを特徴とする請求項
4記載の触覚センサ。
【請求項6】
前記毛は前記毛固定部に接着剤で固定されている
ことを特徴とする請求項
1記載の触覚センサ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、触覚センサに関する。さらに詳しくは、本発明は、人間が感じる触覚の定量化を目的とした触覚センサに関する。
【背景技術】
【0002】
人間の触覚を工学的に模した触覚センサとして種々のものが開発されている。中でも、半導体マイクロマシニング技術により形成した触覚センサは、多くのセンサ信号を少ない配線で読み出せることから、多数のセンサ部を高密度に配置することが可能であり、位置分解能が高いという長所を有する。
【0003】
特許文献1には先端部が微小な接触子を有する触覚センサが開示されている。触覚センサを測定対象物に押し当てながら摺動させ、接触子の変位を検出することで、測定対象物表面の微細な凹凸および微小領域の摩擦力を検知できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
人間の皮膚には複数の機械受容器が存在する。機械受容器の働きによって物質に触れたときの感覚が得られる。また、人間の皮膚は指先、足の裏などの無毛皮膚と、腕、すねなどの有毛皮膚とに分類される。無毛皮膚と有毛皮膚とでは存在する機械受容器が一部異なっている。有毛皮膚に特有の機械受容器として毛包細胞が挙げられる。液面、静電気の知覚といった有毛皮膚に特有の感覚は毛包細胞により得られると考えられている。
【0006】
特許文献1の触覚センサは、指先の指紋を模した接触子を有するものであり、無毛皮膚の触覚を定量化できる。一方で、有毛皮膚に特有の感覚を定量化するセンサは、現状では十分に開拓されていない。
【0007】
本発明は上記事情に鑑み、有毛皮膚に特有の感覚を検知できる触覚センサを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
第1発明の触覚センサは、基部と、変位部と、前記変位部を前記基部に対して第1方向および前記第1方向に対して垂直な第2方向に変位可能に支持する変位部支持体と、前記第2方向に沿って配置された直線状の毛と、前記毛の基端が固定された毛固定部と、前記毛固定部を前記変位部に対して前記第1方向および前記第2方向を含む面内で旋回可能に支持する毛固定部支持体と、前記変位部の前記基部に対する変位を検出する変位検出器と、前記毛固定部の前記変位部に対する旋回を検出する旋回検出器と、を備え、前記変位検出器は、前記変位部の前記第1方向の変位を検出する第1変位検出器と、前記変位部の前記第2方向の変位を検出する第2変位検出器と、を備えることを特徴とする。
第2発明の触覚センサは、第1発明において、前記毛は前記毛固定部に一体形成されていることを特徴とする。
第3発明の触覚センサは、第1発明において、前記毛固定部には凹形の差込部が形成されており、前記毛の基端部は前記差込部に差し込まれていることを特徴とする。
第4発明の触覚センサは、第3発明において、前記差込部の内壁には、対向して配置された二列の櫛歯が形成されていることを特徴とする。
第5発明の触覚センサは、第4発明において、前記櫛歯を構成する複数の歯は、それぞれ基端から先端に向かって前記毛の差し込み方向に傾斜していることを特徴とする。
第6発明の触覚センサは、第1発明において、前記毛は前記毛固定部に接着剤で固定されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
第1発明によれば、変位検出器の検出値から毛に作用する剪断力を求めることができ、旋回検出器の検出値から毛に作用するモーメントを求めることができる。毛に作用する剪断力とモーメントとから、液面、静電気などの知覚といった有毛皮膚に特有の感覚を検知できる。また、第2変位検出器の検出値から毛に作用する軸力を求めることができる。毛に作用する軸力から、静電気などを検知できる。
第2発明によれば、毛と毛固定部とが一体形成されているので、部品点数が少なく、触覚センサの製造工程を簡素化できる。
第3発明によれば、毛と触覚センサのその他の部分とが別部材であるので、触覚センサに搭載される毛として種々の素材、形状のものを採用できる。
第4発明によれば、二列の櫛歯により毛の基端部を挟むことで、毛固定部に対して毛をしっかりと固定できる。
第5発明によれば、櫛歯の歯が差し込み方向に傾斜しているので、毛を差込部に差し込みやすく、抜けにくい。
第6発明によれば、毛と触覚センサのその他の部分とが別部材であるので、触覚センサに搭載される毛として種々の素材、形状のものを採用できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の一実施形態に係る触覚センサの平面図である。
【
図2】図(A)は毛固定部支持体の縦梁に歪がない場合の第1、第2歪検出素子の説明図である。図(B)は毛固定部支持体の縦梁に歪がある場合の第1、第2歪検出素子の説明図である。
【
図4】図(A)は変位部支持体の縦梁に歪がない場合の第3、第4歪検出素子の説明図である。図(B)は変位部支持体の縦梁に歪がある場合の第3、第4歪検出素子の説明図である。
【
図5】液体の表面張力の測定原理を示す説明図である。
【
図7】図(A)は他の実施形態に係る触覚センサの毛固定部の拡大図である。図(B)はさらに他の実施形態に係る触覚センサの毛固定部の拡大図である。
【
図8】触覚センサの特性評価の結果を示すグラフである。
【
図9】図(A)はモーメント中心から距離L1の点に剪断力を加えたときのモーメント、剪断力の出力信号を示すグラフである。図(B)はモーメント中心から距離L2の点に剪断力を加えたときのモーメント、剪断力の出力信号を示すグラフである。
【
図10】図(A)は測定対象液として水を用いたときのモーメント、剪断力の出力信号を示すグラフである。図(B)は測定対象液としてエタノール水溶液(50質量%)を用いたときのモーメント、剪断力の出力信号を示すグラフである。
【
図11】触覚センサの出力信号から求めた表面張力(実験値)、および国際アルコール表から引用した表面張力(文献値)を示すグラフである。
【
図12】静電引力の印加前後のモーメントの振幅を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
つぎに、本発明の実施形態を図面に基づき説明する。
(触覚センサ)
図1に示すように、本発明の一実施形態に係る触覚センサ1はSOI基板などの半導体基板を半導体マイクロマシニング技術により加工して形成したものである。
【0012】
触覚センサ1は毛10と、毛固定部20と、変位部30と、基部40とを有している。毛固定部20と変位部30との間には、毛固定部20を変位部30に対して支持する毛固定部支持体50が設けられている。変位部30と基部40との間には、変位部30を基部40に対して支持する変位部支持体60が設けられている。これらの構成部材は半導体基板を所定のパターンでエッチングして不要部分を除去することで形成される。したがって、触覚センサ1は全体として平板状である。
【0013】
本明細書では、
図1に示すようにx方向、y方向、z方向を定義する。x方向、y方向、z方向は、それぞれ第1方向、第2方向、第3方向ともいう。y方向はx方向に対して垂直である。また、z方向はx-y平面(x方向およびy方向を含む面)に対して垂直である。平板状の触覚センサ1はx-y平面と平行に配置されている。z方向は触覚センサ1の厚さ方向に相当する。
【0014】
触覚センサ1は毛10に作用する外力を検知する。毛10に作用する外力のうち、毛10の長手方向に対して垂直な方向(x方向)の外力を「剪断力」と称する。また、毛10の長手方向(y方向)に沿った外力を「軸力」と称する。毛10に剪断力が作用すると、毛10をx-y平面内で旋回させるモーメントが生じる。
【0015】
触覚センサ1の構成部材のうち、毛10以外の部分を「センサ本体部」と称する。センサ本体部の全体的な寸法は特に限定されないが、1~20mm四方である。
【0016】
毛10は直線状の細長い部材である。毛10は弾性を有してもよい。毛10は外力が作用していない状態において略直線状であればよい。人毛のように、毛10が多少の湾曲を有してもよい。毛10の長さは特に限定されないが、1~20mmである。また、毛10の太さは特に限定されないが、1~100μmである。毛10に所望の剛性が得られるようにその太さを設定してもよい。
【0017】
毛10は基部40の外部においてy方向に沿って配置されている。また、毛10の基端は毛固定部20に固定されている。毛固定部20は毛10にモーメントが生じた場合にx-y平面内で旋回する。
【0018】
毛固定部20と変位部30とは毛固定部支持体50を介して接続されている。毛固定部支持体50は一または複数の縦梁51からなる。各縦梁51は弾性を有しており、板ばねと同様の性質を有する。また、各縦梁51はy方向に沿って配置されている。縦梁51は毛固定部20のx-y平面内での旋回を許容する。すなわち、毛固定部20は変位部30に対してx-y平面内で旋回可能に支持されている。ここで、毛10および毛固定部20は毛固定部支持体50(より詳細には、後述の幅狭部51a)を中心として旋回する。
【0019】
本実施形態では、縦梁51が3本設けられているが、その本数および寸法は特に限定されない。毛固定部支持体50として必要な弾性が得られるように、縦梁51の本数および寸法を設定すればよい。
【0020】
また、本実施形態では、各縦梁51の一端部が他の部分よりも細くなっている。このように、縦梁51に幅狭部51a(
図2(A)参照)を設けることで、縦梁51に歪が生じやすくなる。毛10に生じたモーメントが小さい場合でも毛固定部20が旋回しやすい。そのため、毛10に生じたモーメントを高感度で検知できる。
【0021】
変位部30は棒状の部材であり、その中心軸がy方向に沿って配置されている。変位部30は毛10に剪断力が作用した場合にx方向に変位する。また、変位部30は毛10に軸力が作用した場合にy方向に変位する。
【0022】
基部40は四方を縁部材で囲った矩形の枠である。基部40を構成する一の縁部材41にはその中央に開口が形成されている。この開口を介して基部40の内部と外部とが連通している。基部40の開口部に毛固定部20が配置されている。また、基部40の内部空間に変位部30が配置されている。
【0023】
変位部30と基部40とは変位部支持体60を介して接続されている。変位部支持体60は複数の縦梁61と、複数の横梁62と、2つの島部63とからなる。基部40の内部空間には、変位部30を挟む位置に2つの島部63が配置されている。各縦梁61は基部40と島部63との間に架け渡されている。各横梁62は島部63と変位部30との間に架け渡されている。
【0024】
各縦梁61は弾性を有しており、板ばねと同様の性質を有する。また、各縦梁61はy方向に沿って配置されている。したがって、縦梁61は変位部30のx方向の変位を許容する。各横梁62は弾性を有しており、板ばねと同様の性質を有する。また、各横梁62はx方向に沿って配置されている。したがって、横梁62は変位部30のy方向の変位を許容する。すなわち、変位部30は基部40に対してx方向およびy方向に変位可能に支持されている。
【0025】
本実施形態では、縦梁61は、各島部63の両側に2本ずつ合計8本設けられているが、その本数および寸法は特に限定されない。また、横梁62は変位部30の両側に3本ずつ合計6本設けられているが、その本数および寸法は特に限定されない。変位部支持体60として必要な弾性が得られるように、縦梁61および横梁62の本数および寸法を設定すればよい。
【0026】
また、本実施形態では、各縦梁61の両端部が他の部分よりも細くなっている。このように、縦梁61に幅狭部61a(
図4(A)参照)を設けることで、縦梁61に歪が生じやすくなる。毛10に作用する剪断力が小さい場合でも変位部30がx方向に変位しやすい。そのため、毛10に作用する剪断力を高感度で検知できる。
【0027】
同様に、各横梁62の両端部は他の部分よりも細くなっている。このように、横梁62に幅狭部を設けることで、横梁62に歪が生じやすくなる。毛10に作用する軸力が小さい場合でも変位部30がy方向に変位しやすい。そのため、毛10に作用する軸力を高感度で検知できる。
【0028】
毛固定部20の旋回を所定量以内に制限するために、毛固定部20および基部40はつぎの構造を有する。毛固定部20は縁部材41に形成された開口部に配置されている。開口部の側面は毛固定部20の側面と対向している。開口部の側面と毛固定部20の側面との間には所定の間隔が空けられている。毛固定部20の旋回量が多くなると、毛固定部20が基部40に接触して、それ以上旋回しなくなる。これにより、毛固定部20の過旋回による触覚センサ1の損傷を防止できる。
【0029】
変位部30の変位を所定量以内に制限するために、変位部30および基部40はつぎの構造を有する。変位部30の一端部にはT字形の突出部31が形成されている。また、基部40には突出部31を囲う形状の制限部42が形成されている。突出部31と制限部42との間には所定の間隔が空けられている。変位部30の変位量が多くなると、突出部31が制限部42に接触して、それ以上変位しなくなる。これにより、変位部30の過変位による触覚センサ1の損傷を防止できる。
【0030】
毛固定部20の変位部30に対する旋回を検出するために、触覚センサ1には旋回検出器70が設けられている。旋回検出器70は縦梁51の歪を検出する第1、第2歪検出素子71、72からなる。
【0031】
第1、第2歪検出素子71、72としてピエゾ抵抗素子を用いることができる。ピエゾ抵抗素子は不純物拡散、イオン注入などの集積回路製造工程、金属配線形成技術などによって縦梁51の表面に形成される。
【0032】
図2(A)に示すように、複数の縦梁51のうち一の縦梁51には、幅狭部51aの表面に第1歪検出素子71が形成されている。また、他の一の縦梁51には、幅狭部51aの表面に第2歪検出素子72が形成されている。
【0033】
図2(B)に示すように、毛固定部20が変位部30に対して旋回すると、縦梁51に歪が生じる。この際、第1歪検出素子71は圧縮応力により抵抗が小さくなり、第2歪検出素子72は引張応力により抵抗が大きくなる。なお、毛固定部20の旋回方向が逆になると、第1歪検出素子71は引張応力により抵抗が大きくなり、第2歪検出素子72は圧縮応力により抵抗が小さくなる。
【0034】
図3に示すように、触覚センサ1の表面には縦梁51の歪を検出する歪検出回路(
図1および
図2においては図示せず)が形成されている。歪検出回路は、第1、第2歪検出素子71、72を直列に接続して両端に電圧Vddをかけ、第1歪検出素子71と第2歪検出素子72との間の電圧Voutを読み取る回路である。電圧Voutは第1、第2歪検出素子71、72の差動により変化する。電圧Voutを読み取ることで縦梁51の歪量を検出できる。これにより、旋回検出器70で毛固定部20の変位部30に対する旋回量を検出できる。また、毛固定部20の旋回量から、毛10に生じたモーメントを求めることができる。
【0035】
なお、縦梁51が一本の場合は、縦梁51の一方の側部に沿って第1歪検出素子71を配置し、他方の側部に沿って第2歪検出素子72を配置すればよい。また、毛固定部20のy-z平面内での旋回を検出するよう旋回検出器70を構成してもよい。毛固定部20がy-z平面内で旋回する場合には、第1、第2歪検出素子71、72の抵抗が両方とも小さくなるか、大きくなる。これに基づいて、毛固定部20のy-z平面内での旋回量を検出してもよい。そうすれば、毛10に生じたy-z平面内のモーメントを求めることができる。
【0036】
図1に示すように、変位部30の基部40に対する変位を検出するために、触覚センサ1には変位検出器80が設けられている。変位検出器80は、変位部30のx方向の変位を検出する第1変位検出器81と、変位部30のy方向の変位を検出する第2変位検出器82とを有している。第1変位検出器81は縦梁61の歪を検出する第3、第4歪検出素子83、84からなる。第2変位検出器82は横梁62の歪を検出する第5、第6歪検出素子85、86からなる。第3~第6歪検出素子83~86としてピエゾ抵抗素子を用いることができる。
【0037】
図4(A)に示すように、複数の縦梁61のうち一の縦梁61には、幅狭部61aの表面に第3歪検出素子83が形成されている。また、他の一の縦梁61には、幅狭部61aの表面に第4歪検出素子84が形成されている。第3、第4歪検出素子83、84は、それぞれ幅狭部61aの一方の側部に沿って配置されている。ここで、第3、第4歪検出素子83、84は互いに逆側の側部に配置されている。
図4(A)に示す例では、第3歪検出素子83は左側の側部に配置されており、第4歪検出素子84は右側の側部に配置されている。
【0038】
図4(B)に示すように、変位部30が基部40に対してx方向に変位すると、縦梁61に歪が生じる。この際、第3歪検出素子83は圧縮応力により抵抗が小さくなり、第4歪検出素子84は引張応力により抵抗が大きくなる。なお、変位部30の変位方向が逆になると、第3歪検出素子83は引張応力により抵抗が大きくなり、第4歪検出素子84は圧縮応力により抵抗が小さくなる。
【0039】
触覚センサ1の表面には縦梁61の歪を検出する歪検出回路が形成されている。この歪検出回路は旋回検出器70の歪検出回路と同様である。第1変位検出器81で基部40に対する変位部30のx方向の変位を検出できる。また、変位部30のx方向の変位から、毛10に作用する剪断力を求めることができる。
【0040】
第2変位検出器82の第5、第6歪検出素子85、86の構成および歪検出回路は、第1変位検出器81の第3、第4歪検出素子83、84の構成および歪検出回路と同様である。第2変位検出器82で基部40に対する変位部30のy方向の変位を検出できる。また、変位部30のy方向の変位から、毛10に作用する軸力を求めることができる。
【0041】
なお、変位部30のz方向の変位を検出するよう旋回検出器70を構成してもよい。変位部30がz方向に変位する場合には、第3、第4歪検出素子83、84の抵抗が両方とも小さくなるか、大きくなる。これに基づいて、変位部30のz方向の変位量を検出してもよい。そうすれば、毛10に作用するz方向の剪断力を求めることができる。
【0042】
(製造方法)
つぎに、SOI基板を用いた触覚センサ1の製造方法を説明する。
ここで、SOI基板は、支持基板(シリコン)、酸化膜層(二酸化ケイ素)、活性層(シリコン)の3層構造を有しており、その厚さは例えば300μmである。
【0043】
まず、基板を洗浄し、酸化処理を行い、表面酸化膜を形成する。つぎに、表面酸化膜を加工して回路部となる拡散層パターンを形成し、リン拡散を行う。つぎに、基板の裏面にクロム薄膜をスパッタリングし、可動構造部をリリースするパターンにクロム薄膜を加工する。つぎに、表面酸化膜を除去し、ICP-RIEでエッチングして可動構造部を形成する。形成した可動構造部の周辺にレジストを充填して保護した後に、裏面をICP-RIEでエッチングする。最後に、中間酸化膜とレジストを除去して可動構造部をリリースする。
【0044】
なお、本実施形態の毛10は半導体基板を加工して形成されている。そのため、毛10は毛固定部20に一体形成されている。このような構成であるので、触覚センサ1は部品点数が少なく、触覚センサ1の製造工程を簡素化できる。
【0045】
(検出方法)
つぎに、触覚センサ1による検出方法を説明する。
触覚センサ1により検出を行う際には、毛10を測定対象物に接触させるなどして外力を与える。毛10にモーメントが生じると、毛固定部支持体50に歪が生じる。その歪を旋回検出器70で検出してモーメントを求める。また、毛10に剪断力、軸力が作用すると、変位部支持体60に歪が生じる。その歪を変位検出器80で検出して剪断力、軸力を求める。毛10に作用するモーメント、剪断力、軸力から、液体の表面張力、静電気などを測定できる。以下、順に詳細を説明する。
【0046】
・液体の表面張力
図5に液体の表面張力の測定原理を示す。触覚センサ1の毛10が液体の表面から離脱するとき、毛10には液体の表面張力による分布荷重が作用する。ここで、毛10に作用する表面張力は等分布荷重wであると仮定する。長さLの片持ち梁の先端部(長さxの部分)に等分布荷重wが作用したとすると、毛10に作用する剪断力FsおよびモーメントMは、以下の式(1)、(2)で表される。
【数1】
【数2】
【0047】
式(2)より求めた長さxを式(1)に代入すると、式(3)に示すように等分布荷重wが求まる。
【数3】
【0048】
式(3)中、長さLは既知であり、剪断力FsおよびモーメントMは触覚センサ1で測定できる。よって、触覚センサ1により液体の表面張力wを求めることができる。
【0049】
・静電気
毛10に作用する静電引力は、触覚センサ1で検出される剪断力または軸力から直接的に求めることができる。そのほか、以下に説明するように、毛10の共振周波数を利用することで、より高い感度で静電引力を測定できる。
【0050】
図6に静電引力の測定原理を示す。触覚センサ1は加振装置によりx方向に振動している。共振している毛10は等価質量mとばね(ばね定数k)とで構成された単純なばねマスモデルで考えることができる。このとき、毛10の共振周波数f
0は以下の式(4)で表される。
【数4】
【0051】
毛10にx方向の静電引力Fが作用したとする。共振している毛10に対して力勾配が印加された状態は、毛10のばねマスに対して擬似的なばね(ばね定数k’)が並列に接続されたと考えることができる。式(5)で表されるように、毛10の共振周波数は、静電引力Fが作用していないときの周波数f
0からΔfだけシフトする。
【数5】
【0052】
式(5)から分かるように、共振周波数のシフト量Δfからばね定数k’を求めることができる。式(6)に示すように、ばね定数k’は静電引力Fの力勾配で表される。したがって、ばね定数k’から静電引力Fを求めることができる。このように、毛10の共振周波数の変化から、静電引力Fを求めることができる。なお、力勾配が引力のときは、ばね定数k’が負となり共振周波数が負の方向にシフトする。力勾配が斥力のときは、ばね定数k’が正となり共振周波数が正の方向にシフトする。
【数6】
【0053】
そのほか、触覚センサ1を用いれば、微小な空気流などを検出することもできる。
【0054】
以上のように、第1変位検出器81の検出値から毛10に作用する剪断力を求めることができ、旋回検出器70の検出値から毛10に作用するモーメントを求めることができる。毛10に作用する剪断力とモーメントとから、液体の表面張力、静電気などを検知できる。また、第2変位検出器82の検出値から毛10に作用する軸力を求めることができる。毛10に作用する軸力から、静電気などを検知できる。このように、触覚センサ1は液面、静電気などの知覚といった有毛皮膚に特有の感覚を検知できる。
【0055】
〔その他の実施形態〕
液体の表面張力を測定する場合、触覚センサ1は毛10に作用する軸力を検出する必要がない。そのため、このような目的で用いられる触覚センサ1は、変位部30が少なくともx方向に変位可能であればよい。変位部30はy方向に変位不可能であってもよい。変位部30のy方向の変位を検出する第2変位検出器82はなくてもよい。
【0056】
毛10とセンサ本体部とを別部材として構成してもよい。そうすれば、触覚センサ1に搭載される毛10として種々の素材、形状のものを採用できる。例えば、毛10として人毛を用いることができる。
【0057】
この場合、毛10はセンサ本体部の形成後に毛固定部20に固定される。
図7(A)に示すように、毛固定部20に凹形の差込部21を形成してもよい。毛10の基端部を差込部21に差し込むことで、毛10が毛固定部20に固定される。
【0058】
差込部21の内壁に、対向して配置された二列の櫛歯を形成してもよい。二列の櫛歯により毛10の基端部を挟むことで、毛固定部20に対して毛10をしっかりと固定できる。
【0059】
図7(A)に示すように、櫛歯を構成する複数の歯は、それぞれ毛10の差し込み方向に対して垂直であってもよい。
図7(B)に示すように、櫛歯を構成する複数の歯は、それぞれ基端から先端に向かって毛の差し込み方向に傾斜してもよい。櫛歯の歯を差し込み方向に傾斜させれば、毛10を差込部21に差し込みやすく、抜けにくい。
【0060】
また、毛10を毛固定部20に接着剤で固定してもよい。この際、毛固定部20には必ずしも差込部21を形成する必要はない。
【0061】
毛固定部支持体50および変位部支持体60は、所望の弾性を得られれば、梁以外の部材で構成してもよい。
【0062】
旋回検出器70および変位検出器80は、ピエゾ抵抗素子に限定されない。例えば、毛固定部20の旋回により毛固定部20と基部40との距離が変化することを利用して、旋回検出器70を毛固定部20と基部40との間の静電容量を検出する構成としてもよい。同様に、変位検出器80を、変位部30と基部40との間の静電容量を検出する構成としてもよい。
【0063】
触覚センサ1の製造方法は半導体マイクロマシニング技術に限定されない。例えば3次元プリンターによる造形技術も採用できる。
【実施例】
【0064】
(設計・製作)
半導体基板を加工して、
図1に示す触覚センサ1を製作した。半導体基板として、支持基板300μm、酸化膜層0.5μm、活性層50μmのp型SOI基板を用いた。センサ本体部は横6.3mm、縦4.8mmである。
【0065】
毛10は長さ5mm、幅10μmである。なお、毛10の素材はシリコンである。毛10の幅を10μmとすることで、その剛性は平均的な太さである直径50μmの人毛と同程度となる。
【0066】
人間が知覚可能な最小の力は10μN、モーメントは10nNmと考えられている。これに基づき、触覚センサ1の目標感度を、力10μN、モーメント10nNmに設定した。これを実現するために、旋回検出器70および変位検出器80を構成するピエゾ抵抗素子が配置される梁(幅狭部)の幅を13μmとした。
【0067】
(特性評価)
製作した触覚センサ1の特性評価を行った。その結果を
図8に示す。
図8のグラフは横軸が時間、縦軸がモーメント、軸力、剪断力の出力信号である。触覚センサ1により毛10に作用するモーメント、軸力、剪断力をそれぞれ検出できることが確認された。また、他軸感度は2.3%と十分に低いことが確認された。
【0068】
Micromechanical Testing And Assembly System(FEMTO TOOLS)を用いて触覚センサ1の感度を測定した。その結果、軸力5μm、剪断力1μm、モーメント3nNmであった。これより、触覚センサ1は目標感度を達成していることが確認された。
【0069】
(独立検出評価)
前記の特性評価のみでは、モーメントと剪断力とを独立して検出できているとは断定できない。そこで、モーメントおよび剪断力の独立検出評価を行った。まず、特定の剪断力Fsを毛10の一点に加えた。このとき、毛10のモーメント中心から力点までの距離をL1とした。このときのモーメントM1および剪断力Fsの出力信号を
図9(A)に示す。
【0070】
つぎに、同一の剪断力Fsを毛10の他の一点に加えた。このとき、毛10のモーメント中心から力点までの距離をL2とした。L2はL1の2倍の長さである。したがって、毛10に作用するモーメントM2はM1の2倍になる。このときのモーメントM2および剪断力Fsの出力信号を
図9(B)に示す。
【0071】
図9(A)と
図9(B)とを比較して分かるように、剪断力Fsの大きさに変化は見られない。一方、モーメントM2はM1の2倍となっている。これより、触覚センサ1はモーメントと剪断力とを独立して検出できることが確認された。
【0072】
(表面張力測定)
つぎに、触覚センサ1を用いて表面張力の測定を行った。
表面表力の測定対象液として水および種々の濃度(10~100質量%の範囲で10質量%刻み)のエタノール水溶液を用いた。マイクロシリンジの先端に測定対象液の液滴を形成した。このとき、液滴が常に同じ大きさとなるように調整した。触覚センサ1の毛10をその先端が液滴の中心に達するまで挿入した。つぎに、マイクロシリンジをx方向に一定速度で移動させた。毛10の先端部が液滴の表面に達した後、毛10は液滴の表面張力によりたわむ。液滴がさらに移動すると、毛10が液滴の表面から離脱する。
【0073】
図10(A)に、測定対象液として水(エタノール濃度0質量%)を用いたときに、触覚センサ1で得られたモーメント、剪断力の出力信号のグラフを示す。
図10(B)に、測定対象液としてエタノール水溶液(エタノール濃度50質量%)を用いたときに、触覚センサ1で得られたモーメント、剪断力の出力信号のグラフを示す。毛10が液滴から離脱した前後における信号の差分から、表面張力により生じるモーメントM、剪断力Fsを取得した。
図10(A)と
図10(B)とを比較すると、測定対象液の相違により、モーメントM、剪断力Fsに違いが生じることが分かる。
【0074】
各測定対象液について触覚センサ1でモーメントM、剪断力Fsを取得し、式(3)に基づき表面張力wを求めた。その結果を実験値として
図11に示す。
図11のグラフの横軸はエタノール濃度であり、縦軸は表面張力である。
図11のグラフには、国際アルコール表(工業技術院計量研究所訳編:国際法定計量機関(OIML)、国際アルコール表(日本語版)、p.16、1977)より引用したエタノール水溶液の表面張力の値を文献値として示している。実験値と文献値とを比較すると、エタノール濃度に対する表面張力の傾向がほぼ一致していることが分かる。実験値と文献値との誤差は平均で約14%であった。これより、触覚センサ1は液体の表面張力をほぼ正確に測定できることが確認された。
【0075】
(静電気測定試験)
つぎに、触覚センサ1を用いて静電気の測定を行った。
触覚センサ1を加振装置に載せてx方向に振動させた。加振装置としてピエゾアクチュエータにより加振するものを用いた。加振装置により触覚センサ1を所望の周波数で振動させることができる。また、触覚センサ1からの出力信号をスペクトルアナライザにより周波数解析した。
【0076】
静電引力を加えずに、触覚センサ1への加振周波数を変更しつつ、触覚センサ1で得られたモーメントの振幅を求めた。つぎに、触覚センサ1の毛10に対してx方向に1μNの静電引力を加えた。この条件下で、触覚センサ1への加振周波数を変更しつつ、触覚センサ1で得られたモーメントの振幅を求めた。
【0077】
これらの結果を
図12のグラフに示す。
図12のグラフの横軸は触覚センサ1への加振周波数である。縦軸は触覚センサ1で得られたモーメントの振幅である。毛10の共振周波数は、静電引力を加えると負の方向にシフトすることが分かる。これより、毛10の共振周波数の変化から、静電引力を測定できることが確認された。また、触覚センサ1で検出される剪断力から直接的に静電引力を求める場合に比べて、感度を10倍程度高くできることが確認された。
【符号の説明】
【0078】
1 触覚センサ
10 毛
20 毛固定部
30 変位部
40 基部
50 毛固定部支持体
60 変位部支持体
70 旋回検出器
80 変位検出器
81 第1変位検出器
82 第2変位検出器