(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-31
(45)【発行日】2022-06-08
(54)【発明の名称】摩擦攪拌接合用ツール及び摩擦攪拌接合方法
(51)【国際特許分類】
B23K 20/12 20060101AFI20220601BHJP
【FI】
B23K20/12 344
B23K20/12 360
B23K20/12 310
(21)【出願番号】P 2020523649
(86)(22)【出願日】2019-05-28
(86)【国際出願番号】 JP2019021018
(87)【国際公開番号】W WO2019235295
(87)【国際公開日】2019-12-12
【審査請求日】2020-12-01
(31)【優先権主張番号】P 2018108249
(32)【優先日】2018-06-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、「革新的新構造材料等研究開発 中高炭素鋼/中高炭素鋼の摩擦接合共通基盤研究」に係る委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000125347
【氏名又は名称】学校法人近畿大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001885
【氏名又は名称】特許業務法人IPRコンサルタント
(72)【発明者】
【氏名】藤井 英俊
(72)【発明者】
【氏名】森貞 好昭
(72)【発明者】
【氏名】青木 祥宏
(72)【発明者】
【氏名】生田 明彦
【審査官】黒石 孝志
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-170967(JP,A)
【文献】特開2010-046676(JP,A)
【文献】特開2014-014822(JP,A)
【文献】特表2009-538230(JP,A)
【文献】特開2011-36878(JP,A)
【文献】独国特許出願公開第102012001877(DE,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 20/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ショルダ部を有する本体部と、
前記本体部の底面に設けられたプローブ部と、を有し、
前記プローブ部が球冠状であり、
前記ショルダ部の硬度が前記プローブ部の硬度よりも高いこと、
を特徴とする摩擦攪拌接合用ツール。
【請求項2】
前記ショルダ部がフラット状又は凸状であること、
を特徴とする請求項1に記載の摩擦攪拌接合用ツール。
【請求項3】
前記プローブ部に略球状体を用い、
前記略球状体の一部が前記本体部の底面側に嵌入しており、
前記略球状体と前記本体部が一体に形成されていること、
を特徴とする請求項
1又は2に記載の摩擦攪拌接合用ツール。
【請求項4】
前記プローブ部が、超硬合金、サーメット、窒化ケイ素、サイアロン、pc-BN及びタングステン合金のうちのいずれかで構成されていること、
を特徴とする請求項1~
3のうちのいずれかに記載の摩擦攪拌接合用ツール。
【請求項5】
前記プローブ部を鉄系金属、チタン、チタン合金、ニッケル及びニッケル合金のうちのいずれかで構成される被接合材に圧入すること、
を特徴とする請求項1~
4のうちのいずれかに記載の摩擦攪拌接合用ツール。
【請求項6】
突合せ接合に用いること、
を特徴とする請求項1~
5のうちのいずれかに記載の摩擦攪拌接合用ツール。
【請求項7】
請求項1~
6のうちのいずれかに記載の摩擦攪拌接合用ツールを用いて複数の被接合材の突合せ接合を行うこと、
を特徴とする摩擦攪拌接合方法。
【請求項8】
前記被接合材の少なくとも一方が、鉄系金属、チタン、チタン合金、ニッケル及びニッケル合金のうちのいずれかで構成されていること、
を特徴とする請求項
7に記載の摩擦攪拌接合方法。
【請求項9】
前記被接合材の板厚が1mm超4mm以下であること、
を特徴とする請求項
7又は
8に記載の摩擦攪拌接合方法。
【請求項10】
前記摩擦攪拌接合用ツールに1~5°の前進角を設けて摩擦攪拌接合を施すこと、
を特徴とする請求項
7~
9のうちのいずれかに記載の摩擦攪拌接合方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は摩擦攪拌接合用ツール及び摩擦攪拌接合方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属材の代表的な固相接合方法として、摩擦攪拌接合(FSW:Friction stir welding)が知られている。摩擦攪拌接合では、接合しようとする金属材を接合部において対向させ、回転ツールの先端に設けられたプローブを被接合部に挿入し、被接合界面に沿って回転ツールを回転させつつ移動させて、摩擦熱及び回転ツールの攪拌力により金属材を材料流動させることによって、2つの金属材を接合する。摩擦攪拌接合は接合中の最高到達温度が被接合材の融点に達せず、接合部における強度低下が従来の溶融溶接と比較して小さいのが特徴で、近年急速に実用化が進んでいる。
【0003】
しかしながら、摩擦攪拌接合は種々の優れた特性を有する一方で、被接合材よりも高強度なツールを圧入する必要があることに加えて、ツールに大きな応力が印加されるため、被接合材によってはツールのコスト及び寿命が大きな問題となる。具体的には、アルミニウムやマグネシウム等の比較的柔らかい金属の薄板を接合する場合は、ツールへの負荷も小さく、ツール寿命や接合条件に関して特に問題にならないが、鋼やチタン等の高融点金属を接合する場合はツール寿命が極端に短くなってしまう。
【0004】
これに対し、特許文献1(特開2018-001261号公報)では、基材および基材の少なくとも一部を被覆する被膜を備え、当該被膜は化合物を含み、当該化合物は、第1元素および第2元素を含有し、当該第1元素は、周期表第4族元素、周期表第5族元素、周期表第6族元素、アルミニウムおよび珪素からなる群より選択される少なくとも1種であり、当該第2元素は、炭素、窒素、酸素および硼素からなる群より選択される少なくとも1種であり、当該被膜は粗面領域を含み、当該粗面領域は凹部を複数含み、当該凹部は粗面領域の平均面からの深さが0.5μm以上であり、粗面領域において、被膜は2μm以上12μm以下の厚さを有する、摩擦攪拌接合ツール、が提案されている。
【0005】
上記特許文献1に記載の摩擦攪拌接合ツールにおいては、被膜が特定の化合物を含み、かつ特定の粗面領域を含む場合、当該粗面領域では、加工が繰り返されても、長期に亘って、適度な粗さが維持されることから、摩擦熱が効率的に発生する、とされている。また、その結果、接合時間が短縮され、1スポットあたりの被膜の摩耗量も減少し、摩擦攪拌接合ツールは長寿命になる、とされている。
【0006】
また、特許文献2(特開2018-039027号公報)では、一対の金属部材を摩擦攪拌接合する摩擦攪拌接合方法であって、一対の金属部材を、前記摩擦攪拌接合による接合領域に含まれる端側面が向かい合うように固定する固定工程と、摩擦攪拌接合用の加工ツールがツール本体から突出して有するプローブを、当該ツール本体と共に回転させたまま端側面の上方の側から一対の金属部材に押し付けてから、回転したままのプローブを、接合領域における接合線に沿って一対の金属部材に対して相対的に移動させる摩擦攪拌接合工程とを有し、固定工程では、一対の金属部材の向かい合った端側面の少なくともツール本体の側を、接合線の少なくとも一部領域においてプローブの半径より短い距離だけ離間して、一対の金属部材を固定する摩擦攪拌接合方法、が提案されている。
【0007】
ここで、上記特許文献2では、摩擦攪拌接合中の金属材料は、プローブの回転に伴って発生した摩擦熱により軟化してプローブの付け根に存在し、プローブの付け根の側に存在する金属材料はプローブの付け根での蓄熱量の大小に影響する他、接合線に沿ったプローブの移動の妨げとなる、とされている。これに対し、上記特許文献2に記載の摩擦攪拌接合方法では、摩擦熱により軟化してプローブの付け根の側に存在する金属材料は、プローブの半径より短い距離での端側面の離間により、少量となる。よって、この形態の摩擦攪拌接合方法によれば、プローブの付け根での蓄熱量を小さくして、プローブの構成材の溶損を抑制できると共に、接合線に沿ったプローブの移動の妨げの軽減をもたらし得る。これらの結果、この形態の摩擦攪拌接合方法によれば、プローブの長寿命化をもたらし得る、とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2018-001261号公報
【文献】特開2018-039027号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記特許文献1に開示されている摩擦攪拌接合ツールでは、ツールの寿命が薄い皮膜の表面状態に律速されてしまうことに加えて、摩擦攪拌接合の被接合材は多種多様であり、普遍的なツール寿命の向上を達成することができない。更に、当該摩擦攪拌接合ツールはスポット接合を対象としており、点接合と比較して接合時間が不可避的に増加する線接合に対するツール寿命の向上を期待することができない。
【0010】
また、上記特許文献2に開示されている摩擦攪拌接合方法では、被接合材の短側面を正確に離間させる必要があり、接合工程が複雑になるだけでなく、接合コストも増加してしまう。加えて、当該離間により、欠陥のない良好な攪拌部を得ることができる適切接合条件が大幅に制限されてしまう。
【0011】
以上のような従来技術における問題点に鑑み、本発明の目的は、摩擦攪拌接合の態様や被接合材の種類に依らず、長寿命かつ安価な摩擦攪拌接合用ツールを提供し、更に、当該摩擦攪拌接合用ツールを用いた摩擦攪拌接合方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は上記目的を達成すべく、摩擦攪拌接合用ツールの形状等について鋭意研究を重ねた結果、プローブ部の形状を最適化すること等が極めて有効であることを見出し、本発明に到達した。
【0013】
即ち、本発明は、
ショルダ部を有する本体部と、
前記本体部の底面に設けられたプローブ部と、を有し、
前記プローブ部が球冠状であること、
を特徴とする摩擦攪拌接合用ツール、を提供する。
【0014】
ここで、摩擦攪拌接合用ツールにおいて、「ショルダ部」とは被接合材の表面に当接させ、主として摩擦熱を発生させる部位であり、「プローブ部」とは被接合材に圧入する部位である。また、「摩擦攪拌接合」とは、摩擦攪拌接合用ツールによって攪拌部を形成し、当該攪拌部によって接合を達成する手法である。例えば、一方の被接合材と他方の接合材を摩擦攪拌接合する場合、一方の被接合材と他方の接合材の両方に亘るように攪拌部を形成することで接合が達成され、接合界面におけるフックの形成等によって機械的に接合する手法は摩擦攪拌接合には含まれない。
【0015】
種々の態様における摩擦攪拌接合に関して、摩擦攪拌接合用ツールの摩耗及び破損の過程を詳細に観察したところ、被接合材との相互作用が大きくなるプローブ部形状を有する場合、攪拌部の形成という観点からは有利であるが、プローブ部の摩耗及び破損が顕著となり、ツール寿命が短くなってしまうことが確認された。
【0016】
これに対し、本体部の底面に球冠状のプローブ部を設けた場合、当該プローブ部と被接合材との相互作用が極めて小さくなり、プローブ部の摩耗及び破損が大幅に低減されることが明らかとなった。一方で、摩擦攪拌線接合及び摩擦攪拌点接合に必要な攪拌部は十分に形成されることから、摩擦攪拌接合用ツールとして用いることが可能である。
【0017】
本発明の摩擦攪拌接合用ツールにおいては、前記ショルダ部がフラット状又は凸状であること、が好ましい。ここで、「ショルダ部が凸状」とは、ショルダ部の端部からプローブ部の根元部にかけて傾斜面を有しており、当該プローブ部に向かってショルダ部が凸状となっていることを意味している。なお、ショルダ部には、一般的な摩擦攪拌接合用ツールに攪拌力を向上させるために採用されている形状を付することができ、例えば、ショルダ部の表面にスクロール状の溝を形成させて攪拌力を向上させることができる。
【0018】
摩擦攪拌接合においては摩擦攪拌接合用ツールを回転させつつ被接合材に圧入するため、直径が大きなショルダ部端部の周速が最大となり、当該領域の温度が高くなる傾向となる。その結果、ショルダ部端部において摩耗及び損傷が進行する場合が多く、プローブ部又はショルダ部端部によってツール寿命が律速されてしまう。ここで、本発明の摩擦攪拌接合用ツールではプローブ部が殆ど摩耗及び損傷しないため、ショルダ部を凸状として、ショルダ部端部の摩耗及び損傷を抑制することで、極めて効率的にツール寿命を向上させることができる。
【0019】
また、本発明の摩擦攪拌接合用ツールにおいては、前記ショルダ部の硬度が前記プローブ部の硬度よりも高いこと、が好ましい。本発明の摩擦攪拌接合用ツールではプローブ部が殆ど摩耗及び損傷しないため、ショルダ部の硬度をプローブ部の硬度よりも高くし、ショルダ部の摩耗を抑制することで、極めて効率的にツール寿命を向上させることができる。
【0020】
また、本発明の摩擦攪拌接合用ツールにおいては、前記プローブ部に略球状体を用い、前記略球状体の一部が前記本体部の底面側に嵌入しており、前記略球状体と前記本体部が一体に形成されていること、が好ましい。優れた耐摩耗性や高温強度を有する略球状体には、一般的に市販されている各種ベアリング球等を用いることができ、安価にツールを製造することができる。加えて、プローブ部と本体部とを組み合わせてツールとすることで、プローブ部と本体部の材質及び機械的性質等を容易に調整することができる。
【0021】
更に、本発明の摩擦攪拌接合用ツールにおいては、前記プローブ部が、超硬合金、サーメット、窒化ケイ素、サイアロン、pc-BN及びタングステン合金のうちのいずれかで構成されていること、が好ましい。プローブ部をこれらの材質とすることで、高温変形抵抗が高くプローブ部の摩耗及び損傷が顕著になる被接合材に対しても、ツールの長寿命化を図ることができる。なお、当該被接合材としては、例えば、鉄系金属、チタン、チタン合金、ニッケル及びニッケル合金等を挙げることができる。また、摩擦攪拌接合用ツールの価格及びツール寿命の観点からは、プローブ部を窒化珪素製とすることがより好ましい。
【0022】
ここで、本発明の摩擦攪拌接合用ツールの本体部の材質はプローブ部の材質やショルダ部の形状等に対応させて適宜選定すればよく、本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されないが、例えば、超硬合金、サーメット、窒化ケイ素、サイアロン、pc-BN及びタングステン合金のうちのいずれかで構成されていることが好ましい。なお、本体部(ショルダ部)とプローブ部は同じ材質としてもよく、別の材質としてもよい。アルミニウム合金やマグネシウム合金等を被接合材とする場合には、プローブ部及び/又は本体部をSKD61鋼等の工具鋼としてもよい。
【0023】
また、本発明の摩擦攪拌接合用ツールは、前記プローブ部を鉄系金属、チタン、チタン合金、ニッケル及びニッケル合金のうちのいずれかで構成される被接合材に圧入すること、が好ましい。本発明の摩擦攪拌接合用ツールのプローブ部は従来一般的な摩擦攪拌接合用ツールのプローブ部よりも優れた強度及び耐久性等を有していることから、鉄系金属、チタン、チタン合金、ニッケル及びニッケル合金のような高い強度及び高温強度を有する金属製の被接合材に対しても好適に圧入することができ、摩擦攪拌接合を施すことができる。
【0024】
更に、本発明の摩擦攪拌接合用ツールは、突合せ接合に用いること、が好ましい。摩擦攪拌点接合の場合、プローブ部を挿入した領域は接合部における凹部となるのが一般的であり、塑性流動によって当該領域に被接合材を充填することは必ずしも要求されない。また、重ね合わせ接合に関しても、上下の被接合材を接合する攪拌部が存在すれば、接合部への欠陥形成はある程度許容される。これに対し、線接合の場合はプローブ部が通過した領域に欠陥のない攪拌部を形成する必要があることから、円滑かつ十分な量の塑性流動を生じさせる必要がある。ここで、本発明の摩擦攪拌接合用ツールのプローブ部は良好な耐摩耗特性等を有する一方で、無欠陥攪拌部を形成するために適当な塑性流動を誘起することができる。プローブ部の摩耗はプローブ部の表面と被接合材との相互作用の結果であり、塑性流動の誘起に適したプローブ部は摩耗特性に乏しい場合が多いが、本発明の摩擦攪拌接合用ツールのプローブ部は形状及び材質の最適化により、これらの相反する特性を両立することができる。
【0025】
また、本発明は、本発明の摩擦攪拌接合用ツールを用いて複数の被接合材の突合せ接合を行うこと、を特徴とする摩擦攪拌接合方法、も提供する。
【0026】
本発明の摩擦攪拌接合用ツールは球冠状のプローブ部を有しており、一般的な形状を有するプローブ部と比較すると当該プローブ部によって形成される攪拌部は小さくなるが、摩擦攪拌点接合や重ね合わせ摩擦攪拌接合のみではなく、被接合界面に対応して深さ方向に対する攪拌部の形成を保証する必要がある突合せ接合を達成することができる。また、本発明の摩擦攪拌接合用ツールは極めて長い寿命を有していることから、接合コストを大幅に低減することができる。加えて、摩擦攪拌接合用ツールの摩耗及び破損に伴う交換作業の回数を低減することができ、接合作業の効率を高めることができる。
【0027】
本発明の摩擦攪拌接合方法においては、前記被接合材の少なくとも一方が、鉄系金属、チタン、チタン合金、ニッケル及びニッケル合金のうちのいずれかで構成されていること、が好ましい。本発明の摩擦攪拌接合用ツールは高温変形抵抗が高くプローブ部の摩耗及び損傷が顕著になる被接合材に対しても長寿命であることから、これらの被接合材に関しても良好な継手を効率的に得ることができる。
【0028】
また、本発明の摩擦攪拌接合方法においては、前記被接合材の板厚が1mm超4mm以下であること、が好ましい。被接合材の板厚を1mm超とすることで、摩擦攪拌接合に伴う被接合材の変形を抑制することができ、被接合材の板厚を4mm以下とすることで、球冠状のプローブ部であっても被接合材の裏面近傍にまで容易に圧入することができる。また、プローブ部の長さは被接合材の板厚相当にする必要があるが、球冠状のプローブ部の直径は長さに依存する。即ち、極めて薄い板に用いる場合はプローブ部の直径が小さくなり、十分な摩擦攪拌効果を発現することが困難となり、厚板の接合に用いる場合はプローブ部の直径が大きくなり、接合荷重等が増大してしまう。これに対し、被接合材の板厚を1mm超4mm以下とすることで、プローブ部の長さと直径を共に適当な範囲とすることができ、良好な攪拌部を効率的に形成することができる。
【0029】
更に、本発明の摩擦攪拌接合方法においては、前記摩擦攪拌接合用ツールに1~5°の前進角を設けて摩擦攪拌接合を施すこと、が好ましい。摩擦攪拌接合中の前進角を1~5°とすることで、プローブ部の周囲に形成される塑性流動を円滑化することができ、広い接合条件範囲(ツール回転速度及びツール移動速度等)で無欠陥攪拌部を形成することができる。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、摩擦攪拌接合の態様や被接合材の種類に依らず、長寿命かつ安価な摩擦攪拌接合用ツールを提供することができ、更に、当該摩擦攪拌接合用ツールを用いた摩擦攪拌接合方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【
図1】本発明の摩擦攪拌接合用ツールの一例を示す概略断面図である。
【
図2】実施例で用いた摩擦攪拌接合用ツールの概略図である。
【
図3】実施例1で6mm厚板に摩擦攪拌接合を施した試料の外観写真である。
【
図4】
図3に示す各攪拌部の断面マクロ写真である。
【
図5】実施例1で2mm厚板に摩擦攪拌接合を施した試料の外観写真である。
【
図6】実施例1で用いた摩擦攪拌接合用ツールの摩擦攪拌接合後(合計接合長3000mm)の外観写真である。
【
図7】実施例2で2mm厚板に摩擦攪拌接合を施した試料の外観写真である。
【
図8】比較例で用いた摩擦攪拌接合用ツールの概略図である。
【
図9】比較例1で得られた攪拌部の外観写真である。
【
図10】比較例1で用いた摩擦攪拌接合用ツールの摩擦攪拌接合後の外観写真である。
【
図11】比較例2で得られた攪拌部の外観写真である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、図面を参照しながら本発明の摩擦攪拌接合用ツール及び摩擦攪拌接合方法の代表的な実施形態について詳細に説明するが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。なお、以下の説明では、同一または相当部分には同一符号を付し、重複する説明は省略する場合がある。また、図面は、本発明を概念的に説明するためのものであるから、表された各構成要素の寸法やそれらの比は実際のものとは異なる場合もある。
【0033】
(1)摩擦攪拌接合用ツール
図1に、本発明の摩擦攪拌接合用ツールの一例を示す概略断面図を示す。本発明の摩擦攪拌接合用ツール1は、ショルダ部2を有する本体部4と、本体部4の底面に設けられたプローブ部6とを有し、プローブ部6は球冠状となっている。なお、
図1においては、プローブ部6に略球状体を用い、当該略球状体を本体部4の底面側に嵌入して一体に成形した場合を示しているが、例えば、同一材の粉末焼結によって摩擦攪拌接合用ツール1の形状を実現してもよく、一つのバルク体からの削り出し等によって実現してもよい。
【0034】
優れた耐摩耗性や高温強度を有する略球状体には、一般的に市販されている各種ベアリング球等を用いることができ、安価にツールを製造することができる。加えて、プローブ部6と本体部4とを組み合わせてツールとすることで、プローブ部6と本体部4の材質及び機械的性質等を容易に調整することができる。プローブ部6と本体部4とを一体に成形する方法は、本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の成形方法を用いることができ、例えば、機械的に固定してもよく、一体に焼結等してもよい。
【0035】
摩擦攪拌接合用ツール1によって接合できる厚さは、基本的に、本体部4底面からのプローブ部6の突出し長さLによって決定される。突出し長さLは、プローブ部6として用いる略球状体の半径rや、当該略球状体をどの程度本体部4の内部に嵌入するか等によって制御することができる。ここで、摩擦攪拌接合中にプローブ部6に印加される抵抗力を低減する観点から、略球状体の中心Cを本体部4の内部に位置させることが好ましい。また、摩擦攪拌接合中にプローブ部6に印加される抵抗力を低減すると共に、十分な有効接合長を確保する観点からは、突出し長さLと半径rを0.5r<L<rとすることが好ましい。また、Lの絶対値としては、1mm超4mm以下とすることが好ましく、2~3mmとすることがより好ましい。
【0036】
ショルダ部2はフラット状又は凸状であることが好ましい。凸状とは、ショルダ部2の端部からプローブ部6の根元部にかけて傾斜面を有しており、プローブ部6に向かってショルダ部2が凸状となっていることを意味している。なお、ショルダ部2には、一般的な摩擦攪拌接合用ツールに攪拌力を向上させるために採用されている形状を付することができ、例えば、ショルダ部2の表面にスクロール状の溝を形成させて攪拌力を向上させることができる。
【0037】
ここで、ショルダ部2の傾斜θは大き過ぎるとショルダ部2による摩擦発熱が十分に得られないことに加え、バリの排出を効果的に抑制することができない。また、ショルダ部2の傾斜が逆(凹状)になると、ショルダ部2端部の摩耗及び破損が顕著になってしまう。よって、ショルダ部2の傾斜θは0°(フラット状)~20°とすることが好ましく、1°~10°とすることがより好ましく、2°~5°とすることが最も好ましい。
【0038】
また、ショルダ部2の硬度はプローブ部6の硬度よりも高いことが好ましい。摩擦攪拌接合用ツール1ではプローブ部6が殆ど摩耗及び損傷しないため、ショルダ部2の硬度をプローブ部6の硬度よりも高くし、ショルダ部2の摩耗を抑制することで、極めて効率的にツール寿命を向上させることができる。
【0039】
プローブ部6は超硬合金、サーメット、窒化ケイ素、サイアロン、pc-BN及びタングステン合金のうちのいずれかで構成されていることが好ましい。プローブ部6をこれらの材質とすることで、高温変形抵抗が高くプローブ部6の摩耗及び損傷が顕著になる被接合材に対しても、ツールの長寿命化を図ることができる。なお、当該被接合材としては、例えば、鉄系金属、チタン、チタン合金、ニッケル及びニッケル合金等を挙げることができる。
【0040】
本体部4の材質はプローブ部6の材質やショルダ部2の形状等に対応させて適宜選定すればよく、本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されないが、例えば、超硬合金、サーメット、窒化ケイ素、サイアロン、pc-BN及びタングステン合金のうちのいずれかで構成されていることが好ましい。なお、本体部4(ショルダ部2)とプローブ部6は同じ材質としてもよく、別の材質としてもよい。アルミニウム合金やマグネシウム合金等を被接合材とする場合には、プローブ部6及び/又は本体部4をSKD61鋼等の工具鋼としてもよい。
【0041】
(2)摩擦攪拌接合
本発明の摩擦攪拌接合方法は、本発明の摩擦攪拌接合用ツールを用い、複数の被接合材の突合せ接合を行うことを特徴としている。
【0042】
一方の被接合材と他方の被接合材とを突合せ、回転させた摩擦攪拌接合用ツール1のプローブ部6を突合せ領域に圧入し、摩擦攪拌接合用ツール1を突合せ線に沿って移動させることで接合が達成される。
【0043】
プローブ部6は球冠状を有しており、被接合材との相互作用が小さく、プローブ部6によって形成される攪拌部は一般的な摩擦攪拌接合用ツールによって形成される攪拌部と比較すると小さくなるが、摩擦攪拌接合においては被接合界面が攪拌部に含まれていればよく、摩擦攪拌接合用ツール1を用いた場合であっても良好な継手を得ることができる。
【0044】
一方の被接合材及び他方の被接合材の少なくとも一方は、鉄系金属、チタン、チタン合金、ニッケル及びニッケル合金のうちのいずれかで構成されていることが好ましい。摩擦攪拌接合用ツール1は、高温変形抵抗が高くプローブ部6の摩耗及び損傷が顕著になる被接合材に対しても長寿命であることから、これらの被接合材に関しても良好な継手を効率的に得ることができる。
【0045】
その他の摩擦攪拌接合条件に関して、摩擦攪拌接合用ツール1の挿入量、回転速度、移動速度及び圧入荷重(接合荷重)等は、一方の被接合材及び/又は他方の被接合材の材質、機械的性質及び厚さ等によって適宜決定すればよいが、摩擦攪拌接合中の摩擦攪拌接合用ツール1の前進角は1~5°とすることが好ましい。
【0046】
以上、本発明の代表的な実施形態について説明したが、本発明はこれらのみに限定されるものではなく、種々の設計変更が可能であり、それら設計変更は全て本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0047】
≪実施例1≫
本発明の摩擦攪拌接合用ツールによって形成される攪拌部の形状及び大きさを確認する目的で、
図2の形状を有する超硬合金製ツールを用いて、350mm×60mm×6mmの中炭素鋼(S55C)板に対してスターインプレートにて摩擦攪拌接合を行った。
【0048】
ツール回転速度を400rpm、ツール移動速度(接合速度)を500mm/min~100mm/min、ツール前進角を3°として得られた試料の外観写真を
図3に示す。何れの接合条件においても、攪拌部表面は一般的な摩擦攪拌接合と同様の状態となっている。また、攪拌部に欠陥の形成は認められない。
【0049】
図3に示す各攪拌部の断面マクロ写真を
図4に示す。プローブ部の周囲に形成される攪拌部は一般的な形状のツールを用いた場合よりも小さくなっており、特に、接合速度が速い場合に顕著であるが、被接合界面に相当する接合中心部には良好な攪拌部が形成されている。なお、攪拌部において、摩擦攪拌接合後の冷却速度が速い領域は白色、冷却速度が遅い領域は黒色となっている。
【0050】
次に、本発明の摩擦攪拌接合用ツールの寿命を評価する目的で、350mm×60mm×2mmの中炭素鋼(S55C)板に対してスターインプレートにて摩擦攪拌接合を行った。摩擦攪拌接合条件は、ツール回転速度を400rpm、ツール移動速度(接合速度)を100mm/minとした。合計接合長が3000mmに至るまでに得られた攪拌部の表面外観写真を
図5に示す。接合長の増加に伴う攪拌部表面形状の変化は殆ど認められず、良好な攪拌部が形成されていることが分かる。
【0051】
合計接合長3000mmの摩擦攪拌接合後における摩擦攪拌接合用ツールの外観写真を
図6に示す。ショルダ部が若干後退しているものの、プローブ部に顕著な摩耗及び破損は認められず、良好な状態を維持している。当該摩擦攪拌接合用ツールを用いて摩擦攪拌接合を継続したところ、合計接合長が4180mmに達した時点で、ショルダ部の後退によりプローブ部の長さが長くなり過ぎ、被接合材を貫通したことから試験を終了した。なお、合計接合長が4180mmに達した時点においても、プローブ部は長さの増加以外は健全な状態を維持していた。
【0052】
≪実施例2≫
本発明の摩擦攪拌接合用ツールの寿命を評価する目的で、350mm×60mm×2mmの中炭素鋼(S55C)板に対して、
図2の形状を有する窒化珪素製ツールを用いて、スターインプレートにて摩擦攪拌接合を行った。
【0053】
ツール回転速度を400rpm、ツール移動速度(接合速度)を100mm/min、ツール前進角を3°として得られた試料の外観写真を
図7に示す。何れの接合条件においても、攪拌部表面は一般的な摩擦攪拌接合と同様の状態となっている。また、攪拌部に欠陥の形成は認められず、ツール破断までの総接合長は6569mmとなった。
【0054】
≪比較例1≫
図8の形状を有する超硬合金製ツールを用いたこと以外は実施例1と同様にして、一般的な形状を有する摩擦攪拌接合用ツールの寿命を評価した。なお、供試材は350mm×60mm×2mmの中炭素鋼(S55C)板、摩擦攪拌接合条件はツール回転速度400rpm、ツール移動速度(接合速度)100mm/min、ツール前進角3°とした。
【0055】
得られた攪拌部の表面外観写真を
図9に示す。接合開始から125mmの位置でプローブ部が破断し、攪拌部に埋没している。なお、125mm以降も攪拌部と同様の表面形態が認められるが、当該領域はショルダ部によって形成されたものである。
【0056】
試験後の摩擦攪拌接合用ツールの外観写真を
図10に示す。プローブ部は破損により完全に消失していることが分かる。
【0057】
≪比較例2≫
図8の形状を有する窒化珪素製ツールを用いたこと以外は実施例2と同様にして、一般的な形状を有する摩擦攪拌接合用ツールの寿命を評価した。なお、供試材は350mm×60mm×2mmの中炭素鋼(S55C)板、摩擦攪拌接合条件はツール回転速度400rpm、ツール移動速度(接合速度)100mm/min、ツール前進角3°とした。
【0058】
得られた攪拌部の表面外観写真を
図11に示す。接合開始から27mmの位置でプローブ部が破断し、攪拌部に埋没している。
【0059】
以上、実施例1及び比較例1の結果より、本発明の摩擦攪拌接合用ツールは、超硬合金製とすることで、一般的なプローブ部形状を有する摩擦攪拌接合用ツールと比較して、30倍以上の寿命を有していることが確認された。また、実施例2及び比較例2の結果より、本発明の摩擦攪拌接合用ツールは、窒化珪素製とすることで、一般的なプローブ部形状を有する摩擦攪拌接合用ツールと比較して、243倍の寿命を有していることが確認された。
【符号の説明】
【0060】
1・・・摩擦攪拌接合用ツール、
2・・・ショルダ部、
4・・・本体部、
6・・・プローブ部。