(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-31
(45)【発行日】2022-06-08
(54)【発明の名称】二酸化炭素の水素化に用いる錯体触媒、メタノール製造方法
(51)【国際特許分類】
B01J 31/22 20060101AFI20220601BHJP
C07C 29/157 20060101ALI20220601BHJP
C07C 29/158 20060101ALI20220601BHJP
C07C 31/04 20060101ALI20220601BHJP
C07B 61/00 20060101ALN20220601BHJP
C07F 15/00 20060101ALN20220601BHJP
【FI】
B01J31/22 M
C07C29/157
C07C29/158
C07C31/04
C07B61/00 300
C07F15/00 E
C07F15/00 B
(21)【出願番号】P 2018100929
(22)【出願日】2018-05-25
【審査請求日】2021-02-08
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度経済産業省「平成30年度革新的なエネルギー技術の国際共同研究開発事業(クリーンエネルギー技術開発)」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】姫田 雄一郎
(72)【発明者】
【氏名】尾西 尚弥
(72)【発明者】
【氏名】兼賀 量一
【審査官】森坂 英昭
(56)【参考文献】
【文献】特開昭54-041291(JP,A)
【文献】国際公開第2013/111860(WO,A1)
【文献】KUMAR, P. et al.,Photocatalytic reduction of carbon dioxide to methanol using a ruthenium trinuclear polyazine comple,Journal of Materials Chemistry A,2014年,Vol. 2, No. 29,p. 11246-11253
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 21/00 - 38/74
C07C 29/157
C07C 29/158
C07C 31/04
C07B 61/00
C07F 15/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)で表され、任意の隣接する2つの金属原子を直径2nmの球状空間内に配置させることができる錯体、その異性体、または、前記錯体もしくは異性体の塩を有効成分として含み、固体状態で二酸化炭素と水素ガスの混合ガス中でメタノールを製造するための錯体触媒。
【化1】
(式中、M
iは、イリジウム、ロジウム、ルテニウム、コバルト、オスミウム、ニッケル、鉄、パラジウムまたは白金であり、それぞれ同じでも異なっていてもよく、
Wは、n個の金属中心M
iを適度な空間を介して結合させるための配位子であり、金属と単座あるいは多座で配位しており、
L
jは、任意の配位子であり、同じでも異なっていてもよく、
nは、2以上の整数であり、
mは、1以上、(n-1)以下の整数であり、
iは、1~nのいずれかの整数であり、
jは、1~mのいずれかの整数であり、
kは、錯体触媒の電荷を表し、正の整数、0、または負の整数である。)
【請求項2】
一般式(2)で表され、任意の隣接する2つの金属原子を直径2nmの球状空間内に配置させることができる錯体、その異性体、または、前記錯体もしくは異性体の塩を有効成分として含み、固体状態で二酸化炭素と水素ガスの混合ガス中でメタノールを製造するための錯体触媒。
【化2】
(式中、nは、2以上の整数であり、
iは、1~nまでのいずれかの整数であり、
M
iは、イリジウム、ロジウム、ルテニウム、コバルト、オスミウム、ニッケル、鉄、パラジウムまたは白金であり、それぞれ同じでも異なっていてもよく、
Wは、n個の金属中心Mを適度な空間を介して結合させるための配位子であり、金属と単座あるいは多座で配位しており、
A
i,B
iは、それぞれ任意の配位子であり、同じでも異なっていてもよく、
kは、錯体触媒の電荷を表し、正の整数、0、または負の整数である。)
【請求項3】
一般式(3)で表され、任意の隣接する2つの金属原子を直径2nmの球状空間内に配置させることができる錯体、その異性体、または、前記錯体もしくは異性体の塩を有効成分として含み、固体状態で二酸化炭素と水素ガスの混合ガス中でメタノールを製造するための錯体触媒。
【化3】
(式中、nは、2以上の整数であり、
iは、1~nまでのいずれかの整数であり、
M
iは、イリジウム、ロジウム、ルテニウム、コバルト、オスミウム、ニッケル、鉄、パラジウムまたは白金であり、それぞれ同じでも異なっていてもよく、
A
i,B
iは、それぞれ任意の配位子であり、同じでも異なっていてもよく、
X
i,Y
iは、それぞれ窒素、酸素、硫黄、リンまたは炭素で、それぞれM
iに配位し、同じでも異なっていてもよく、
Uは、金属中心と配位するためのn組のX
i,Y
iとともに、n個の金属中心を適度の空間を介して結合させるための配位子を構成するものであり、
kは、錯体触媒の電荷を表し、正の整数、0、または負の整数である。)
【請求項4】
一般式(4)で表され、任意の隣接する2つの金属原子を直径2nmの球状空間内に配置させることができる錯体、その異性体、または、前記錯体もしくは異性体の塩を有効成分として含み、固体状態で二酸化炭素と水素ガスの混合ガス中でメタノールを製造するための錯体触媒。
【化4】
(式中、nは、2以上の整数であり、
iは、1~nまでのいずれかの整数であり、
M
iは、イリジウム、ロジウム、ルテニウム、コバルト、オスミウム、ニッケル、鉄、パラジウムまたは白金であり、それぞれ同じでも異なっていてもよく、
S
iは、芳香族性アニオン配位子、または芳香族性配位子であり、置換基を有している場合は、前記置換基は1つでも複数でもよく、同じでも異なっていてもよく、
T
iは、それぞれ任意の配位子であるか存在せず、同じでも異なっていてもよく、
X
i,Y
iは、それぞれ窒素、酸素、硫黄、リンまたは炭素で、それぞれM
iに配位し、同じでも異なっていてもよく、
Z
i
1,Z
i
2は、炭素、窒素、酸素、リンまたは硫黄であり、同じでも異なっていてもよく、
G
i
1,G
i
2,G
i
3,G
i
4は、それぞれ任意の置換基であるか存在せず、同じでも異なっていてもよく、それぞれの間で環を構成してもよく、その環上に置換基を有してもよく、また、いずれかあるいは複数のG
iを通して、他の金属中心の配位子と連結しており、
X
i, Z
i
1, Z
i
2, Y
iのそれぞれ間およびG
i
1とX
i、G
i
2とZ
i
1、G
i
3とZ
i
2、G
i
4とY
iの結合は、それぞれ単結合でも二重結合でもよく、
kは、錯体触媒の電荷を表し、正の整数、0、または負の整数である。)
【請求項5】
一般式(5)で表され、窒素二座配位子を有し、任意の隣接する2つの金属原子を直径2nmの球状空間内に配置させることができる錯体、その異性体、または、前記錯体もしくは異性体の塩を有効成分として含み、固体状態で二酸化炭素と水素ガスの混合ガス中でメタノールを製造するための錯体触媒。
【化5】
(式中、nは、2以上の整数であり、
iは、1~nまでのいずれかの整数であり、
M
iは、イリジウム、ロジウム、ルテニウム、コバルト、オスミウム、ニッケル、鉄、パラジウムまたは白金であり、それぞれ同じでも異なっていてもよく、
S
iは、芳香族性アニオン配位子、または芳香族性配位子であり、置換基を有している場合は、前記置換基は1つでも複数でもよく、同じでも異なっていてもよく、
T
iは、それぞれ任意の配位子であるか存在せず、同じでも異なっていてもよく、
Z
i
1,Z
i
2は、炭素、窒素、酸素、リンまたは硫黄であり、同じでも異なっていてもよく、
G
i
5,G
i
6は、それぞれ任意の置換基であるか存在せず、同じでも異なっていてもよく、それぞれの間で環を構成してもよく、その環上に置換基を有してもよく、
G
i
5とN、NとZ
i
1、Z
i
1とG
i
6の間の結合は単結合でも二重結合でもよく、
Q
iは、炭素、硫黄、酸素あるいは窒素であり、
Vは、金属中心と配位するためのn組のN-Z
i
2(-Q
i)-Z
i
1(-G
i
6)-N(-G
i
5)とともに、n個の金属中心を適度の空間を介して結合させるための配位子を構成するものであり、
kは、錯体触媒の電荷を表し、正の整数、0、または負の整数である。)
【請求項6】
一般式(6)で表され、アミド部を有する窒素二座配位子を有し、任意の隣接する2つの金属原子を直径2nmの球状空間内に配置させることができる錯体、その異性体、または、前記錯体もしくは異性体の塩を有効成分として含み、固体状態で二酸化炭素と水素ガスの混合ガス中でメタノールを製造するための錯体触媒。
【化6】
(式中、nは、2以上の整数であり、
iは、1~nまでのいずれかの整数であり、
M
iは、イリジウム、ロジウム、ルテニウム、コバルトであり、それぞれ同じでも異なっていてもよく、
S
iは、芳香族性アニオン配位子、または芳香族性配位子であり、置換基を有している場合は、前記置換基は1つでも複数でもよく、同じでも異なっていてもよく、
T
iは、それぞれ任意の配位子であるか存在せず、同じでも異なっていてもよく、
Z
i
1は、炭素あるいは窒素であり、
G
i
5とN、NとZ
i
1、Z
i
1とG
i
6の間の結合は単結合でも二重結合でもよく、
G
i
5,G
i
6は、それぞれ任意の置換基であるか存在せず、同じでも異なっていてもよく、この間で環を構成してもよく、その環上に置換基を有してもよく
Vは、金属中心と配位するためのn組のN-C(=O)-Z
i
1(-G
i
6)-N(-G
i
5)とともに、n個の金属中心を適度の空間を介して結合させるための配位子を構成するものであり、
kは、錯体触媒の電荷を表し、正の整数、0、または負の整数である。)
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項に記載の錯体触媒、その異性体、もしくは、前記錯体もしくは異性体の塩を有効成分として含む、二酸化炭素と水素ガスの混合ガス中でメタノールを製造するための錯体触媒を、他の物質と混合、または物理的に吸着、または化学的に結合させた担持触媒。
【請求項8】
請求項1~6のいずれか1項に記載の錯体触媒が存在する反応器に、二酸化炭素と水素ガスの混合ガスを流通させて、メタノールを製造する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二酸化炭素の水素化に用いる触媒、メタノール製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
二酸化炭素の排出を削減する技術の開発は喫緊の課題である。二酸化炭素を原料として、化成品、燃料など様々な用途に用いられるメタノールの製造を目指した研究が行われている。従来、Cu/Zn系の固体触媒等を用いた二酸化炭素の水素化によるメタノール合成では、一般に200℃以上の高温反応条件のため、多エネルギー消費プロセスであるとともに、平衡制限によりメタノールへの転化率が低い(非特許文献1)。
【0003】
本発明者らは、アルカリ性水溶液中高効率に二酸化炭素からギ酸塩を合成するための錯体触媒を開発した(特許文献1~6、非特許文献2~5)。また、これらの錯体触媒を用いた酸性条件下でギ酸からのメタノール合成にも成功した(非特許文献6~7)。さらに、錯体触媒を用いて、水中での二酸化炭素からギ酸を経由したメタノール合成も達成している(特許文献8、非特許文献7)。
【0004】
一般的に錯体触媒は溶媒に溶解して反応させるが、錯体触媒を媒体に溶解させることなく固体状態のままガスと反応させた触媒反応はほとんど知られていない(非特許文献9、10)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許3968431号公報
【文献】特許4009728号公報
【文献】特許4822253号公報
【文献】特許5812290号公報
【文献】WO2013/040013
【文献】特願2017-104867号
【文献】WO2017/093782
【非特許文献】
【0006】
【文献】Porosoff, M. D.; Yan, B.; Chen, J. G.; Energy Environ. Sci., 2016, 9, 62-73.
【文献】Wang, W.-H.; Himeda, Y.; Muckerman, J. T.; Manbeck, G. F.; Fujita, E. Chem. Rev. 2015, 115, 12936-12973.
【文献】Wang, L.; Kanega, R.; Kawanami, H.; Himeda, Y. The Chemical Record 2017, 17, 1071-1094.
【文献】Wang, L.; Onishi, N.; Murata, K.; Hirose, T.; Muckerman, J. T.; Fujita, E.; Himeda, Y. Chemsuschem 2017, 10, 1071-1075.
【文献】Kanega, R.; Onishi, N.; Szalda, D. J.; Ertem, M. Z.; Muckerman, J. T.; Fujita, E.; Himeda, Y., ACS Catalysis 2017, 7(10), 6426-6429.
【文献】Tsurusaki, A.; Murata, K.; Onishi, N.; Sordakis, K.; Laurenczy, G.; Himeda, Y., Acs Catalysis 2017, 7(2), 1123-1131.
【文献】Sordakis, K.; Tsurusaki, A.; Iguchi, M.; Kawanami, H.; Himeda, Y.; Laurenczy, G. Green Chemistry 2017, 19, 2371-2378.
【文献】Sordakis, K.; Tsurusaki, A.; Iguchi, M.; Kawanami, H.; Himeda, Y.; Laurenczy, G., C, Chemistry - A European Journal 2016, 22 (44), 15605-15608.
【文献】Shibahara, F.; Nozaki, K.; Hiyama T. J. AM. CHEM. SOC. 2003, 125, 8555-8560.
【文献】Grigoropoulos, A.; McKay, A. I.; Katsoulidis, A. P. ; Davies, R. P.; Haynes, A.; Brammer, L.; Xiao, J.; Weller, A. S.; Rosseinsky, M. J., Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 4532 -4537.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、水素と二酸化炭素の混合ガス中で、メタノールを製造するための比較的高性能な錯体触媒を提供することを課題とする。また、本発明は、該触媒を媒体等に溶解させることなく固体状態で用い、水素と二酸化炭素の混合ガス中で実施可能なメタノールの製造方法を提供することを課題とする。そのために、以下の試みを行い、本発明の完成に至った。
【0008】
二酸化炭素の水素化によるメタノール合成は、極めて不利な平衡制限のために、高温条件下メタノール合成効率は不十分であった。そのため、低温反応条件でも駆動可能な高性能触媒開発が望まれていた。均一系錯体触媒は高い触媒性能を示す為に、固体触媒に比べて、比較的低温(200℃以下)でメタノールが生成することが知られているが、溶液中でのバッチ式反応であるために、生成物と触媒の分離が必要であり、連続的なメタノール合成プロセスの構築は困難であった。さらに、基質と生成物との平衡がある場合、平衡による生成物への変換が制約される場合があった。これを回避するために、錯体触媒を固体等へ担体して、反応媒体を流通させながら、平衡制限を回避する方法を考えた。固体状態で反応が可能になれば、フロー反応が可能になる。
また、二酸化炭素を6電子還元によりメタノールが生成するが、2電子還元の3回繰り返す段階的な反応では、強い平衡制限のために反応効率が低いと考えた。複核錯体触媒が協奏的に多電子還元を行うことができれば高い反応性が期待できるが、我々の知る限りこれまで複核錯体触媒による二酸化炭素の多電子還元によるメタノール合成の報告例はなかった。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するために鋭意研究の結果、下記一般式(1)~(6)のいずれかで示される複数の金属中心を持つ複核錯体触媒を媒体等に溶解させることなく固体状態で、100℃以下の低温反応条件下、二酸化炭素と水素の混合ガス中でメタノールの製造に有効であることを見出し、完成に至ったものであり、本発明は、以下の技術手段から構成される。
<1>一般式(1)で表され、任意の隣接する2つの金属原子を直径2nmの球状空間内に配置させることができる錯体、その異性体、または、前記錯体もしくは異性体の塩を有効成分として含み固体状態で二酸化炭素と水素ガスの混合ガス中でメタノールを製造するための錯体触媒。
【化1】
(式中、M
iは、イリジウム、ロジウム、ルテニウム、コバルト、オスミウム、ニッケル、鉄、パラジウムまたは白金であり、それぞれ同じでも異なっていてもよく、
Wは、n個の金属中心M
iを適度な空間を介して結合させるための配位子であり、金属と単座あるいは多座で配位しており、
L
jは、任意の配位子であり、同じでも異なっていてもよく、
nは、2以上の整数であり、
mは、1以上、(n-1)以下の整数であり、
iは、1~nのいずれかの整数であり、
jは、1~mのいずれかの整数であり、
kは、錯体触媒の電荷を表し、正の整数、0、または負の整数である。)
<2>一般式(2)で表され、任意の隣接する2つの金属原子を直径2nmの球状空間内に配置させることができる錯体、その異性体、または、前記錯体もしくは異性体の塩を有効成分として含み、固体状態で二酸化炭素と水素ガスの混合ガス中でメタノールを製造するための錯体触媒。
【化2】
(式中、nは、2以上の整数であり、
iは、1~nまでのいずれかの整数であり、
M
iは、イリジウム、ロジウム、ルテニウム、コバルト、オスミウム、ニッケル、鉄、パラジウムまたは白金であり、それぞれ同じでも異なっていてもよく、
Wは、n個の金属中心Mを適度な空間を介して結合させるための配位子であり、金属と単座あるいは多座で配位しており、
A
i,B
iは、それぞれ任意の配位子であり、同じでも異なっていてもよく、
kは、錯体触媒の電荷を表し、正の整数、0、または負の整数である。)
<3>一般式(3)で表され、任意の隣接する2つの金属原子を直径2nmの球状空間内に配置させることができる錯体、その異性体、または、前記錯体もしくは異性体の塩を有効成分として含み、固体状態で二酸化炭素と水素ガスの混合ガス中でメタノールを製造するための錯体触媒。
【化3】
(式中、nは、2以上の整数であり、
iは、1~nまでのいずれかの整数であり、
M
iは、イリジウム、ロジウム、ルテニウム、コバルト、オスミウム、ニッケル、鉄、パラジウムまたは白金であり、それぞれ同じでも異なっていてもよく、
A
i,B
iは、それぞれ任意の配位子であり、同じでも異なっていてもよく、
X
i,Y
iは、それぞれ窒素、酸素、硫黄、リンまたは炭素で、それぞれM
iに配位し、同じでも異なっていてもよく、
Uは、金属中心と配位するためのn組のX
i,Y
iとともに、n個の金属中心を適度の空間を介して結合させるための配位子を構成するものであり、
kは、錯体触媒の電荷を表し、正の整数、0、または負の整数である。)
<4>一般式(4)で表され、任意の隣接する2つの金属原子を直径2nmの球状空間内に配置させることができる錯体、その異性体、または、前記錯体もしくは異性体の塩を有効成分として含み、固体状態で二酸化炭素と水素ガスの混合ガス中でメタノールを製造するための錯体触媒。
【化4】
(式中、nは、2以上の整数であり、
iは、1~nまでのいずれかの整数であり、
M
iは、イリジウム、ロジウム、ルテニウム、コバルト、オスミウム、ニッケル、鉄、パラジウムまたは白金であり、それぞれ同じでも異なっていてもよく、
S
iは、芳香族性アニオン配位子、または芳香族性配位子であり、置換基を有している場合は、前記置換基は1つでも複数でもよく、同じでも異なっていてもよく、
T
iは、それぞれ任意の配位子であるか存在せず、同じでも異なっていてもよく、
X
i,Y
iは、それぞれ窒素、酸素、硫黄、リンまたは炭素で、それぞれM
iに配位し、同じでも異なっていてもよく、
Z
i
1,Z
i
2は、炭素、窒素、酸素、リンまたは硫黄であり、同じでも異なっていてもよく、
G
i
1,G
i
2,G
i
3,G
i
4は、それぞれ任意の置換基であるか存在せず、同じでも異なっていてもよく、それぞれの間で環を構成してもよく、その環上に置換基を有してもよく、また、いずれかあるいは複数のG
iを通して、他の金属中心の配位子と連結しており、
X
i, Z
i
1, Z
i
2, Y
iのそれぞれ間およびG
i
1とX
i、G
i
2とZ
i
1、G
i
3とZ
i
2、G
i
4とY
iの結合は、それぞれ単結合でも二重結合でもよく、
kは、錯体触媒の電荷を表し、正の整数、0、または負の整数である。)
<5>一般式(5)で表され、窒素二座配位子を有し、任意の隣接する2つの金属原子を直径2nmの球状空間内に配置させることができる錯体、その異性体、または、前記錯体もしくは異性体の塩を有効成分として含み、固体状態で二酸化炭素と水素ガスの混合ガス中でメタノールを製造するための錯体触媒。
【化5】
(式中、nは、2以上の整数であり、
iは、1~nまでのいずれかの整数であり、
M
iは、イリジウム、ロジウム、ルテニウム、コバルト、オスミウム、ニッケル、鉄、パラジウムまたは白金であり、それぞれ同じでも異なっていてもよく、
S
iは、芳香族性アニオン配位子、または芳香族性配位子であり、置換基を有している場合は、前記置換基は1つでも複数でもよく、同じでも異なっていてもよく、
T
iは、それぞれ任意の配位子であるか存在せず、同じでも異なっていてもよく、
Z
i
1,Z
i
2は、炭素、窒素、酸素、リンまたは硫黄であり、同じでも異なっていてもよく、
G
i
5,G
i
6は、それぞれ任意の置換基であるか存在せず、同じでも異なっていてもよく、それぞれの間で環を構成してもよく、その環上に置換基を有してもよく、
G
i
5とN、NとZ
i
1、Z
i
1とG
i
6の間の結合は単結合でも二重結合でもよく、
Q
iは、炭素、硫黄、酸素あるいは窒素であり、
Vは、金属中心と配位するためのn組のN-Z
i
2(-Q
i)-Z
i
1(-G
i
6)-N(-G
i
5)とともに、n個の金属中心を適度の空間を介して結合させるための配位子を構成するものであり、
kは、錯体触媒の電荷を表し、正の整数、0、または負の整数である。)
<6>一般式(6)で表され、アミド部を有する窒素二座配位子を有し、任意の隣接する2つの金属原子を直径2nmの球状空間内に配置させることができる錯体、その異性体、または、前記錯体もしくは異性体の塩を有効成分として含み、固体状態で二酸化炭素と水素ガスの混合ガス中でメタノールを製造するための錯体触媒。
【化6】
(式中、nは、2以上の整数であり、
iは、1~nまでのいずれかの整数であり、
M
iは、イリジウム、ロジウム、ルテニウム、コバルトであり、それぞれ同じでも異なっていてもよく、
S
iは、芳香族性アニオン配位子、または芳香族性配位子であり、置換基を有している場合は、前記置換基は1つでも複数でもよく、同じでも異なっていてもよく、
T
iは、それぞれ任意の配位子であるか存在せず、同じでも異なっていてもよく、
Z
i
1は、炭素あるいは窒素であり、
G
i
5とN、NとZ
i
1、Z
i
1とG
i
6の間の結合は単結合でも二重結合でもよく、
G
i
5,G
i
6は、それぞれ任意の置換基であるか存在せず、同じでも異なっていてもよく、この間で環を構成してもよく、その環上に置換基を有してもよく
Vは、金属中心と配位するためのn組のN-C(=O)-Z
i
1(-G
i
6)-N(-G
i
5)とともに、n個の金属中心を適度の空間を介して結合させるための配位子を構成するものであり、
kは、錯体触媒の電荷を表し、正の整数、0、または負の整数である。)
<7><1>~<6>のいずれか1項に記載の錯体触媒、その異性体、もしくは、前記錯体もしくは異性体の塩を有効成分として含む、二酸化炭素と水素ガスの混合ガス中でメタノールを製造するための錯体触媒を、他の物質と混合、または物理的に吸着、または化学的に結合させた担持触媒。
<8><1>~<6>のいずれか1項に記載の錯体触媒が存在する反応器に、二酸化炭素と水素ガスの混合ガスを流通させて、メタノールを製造する方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の複数の金属中心を有する複核錯体を用いると、二酸化炭素と水素の混合ガス中で、100℃以下低温条件でメタノールを製造することが可能である。また、本手法は、反応系から触媒を分離する必要がないために、実用に適した連続フロー反応への応用が容易である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、式(16)で示される錯体触媒(4.5μmol)を用いて、4MPaの水素:二酸化炭素(3:1)の混合ガス中で、60℃で所定の時間放置後生成されたメタノールの量の経過を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本明細書において数値範囲を示す「~」は、その前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む意味として使用される。
【0013】
上記の一般式(1)~(6)のいずれかで表される錯体触媒において、Miで示される遷移金属としては、イリジウム、ロジウム、ルテニウム、コバルト、オスミウム、ニッケル、鉄、パラジウムまたは白金が挙げられるが、特にイリジウム、ルテニウムが好ましい。
【0014】
一般式(1)~(6)のいずれかで表される錯体触媒において、nは、2以上の整数であり、触媒活性中心のユニットの個数を示す。
【0015】
一般式(1)~(6)のいずれかで表される錯体触媒において、iは、1~nまでのいずれかの整数である。
【0016】
一般式(1)~(6)のいずれかで表される錯体触媒において、kは、錯体触媒の電荷を表し、正の整数、0、または負の整数である。
【0017】
一般式(1)~(2)で表される錯体触媒において、Wは、n個の金属中心を適度な空間を介して結合させるための配位子であり、金属中心と単座あるいは多座で配位し、これは共有結合に限らず、イオン結合や金属との配位結合を介した結合により、他の金属中心と結合することも考えられるが、これらに限定されない。
【0018】
一般式(3)で表される錯体触媒において、Uは、n個の金属中心を適度の空間を介して結合させるための配位子の一部であり、金属中心と配位するためのn組のXi,Yiと結合しており、これは共有結合に限らず、イオン結合や金属との配位結合を介した結合により、他の金属中心と結合することも考えられるが、これらに限定されない。
【0019】
一般式(5)、(6)で表される錯体触媒において、Vは、n個の金属中心を適度の空間を介して結合させるための配位子の一部であり、これは共有結合に限らず、イオン結合や金属との配位結合を介した結合により、他の金属中心と結合することも考えられるが、これらに限定されない。
【0020】
本願におけるn個の金属中心を有する錯体触媒において、それぞれの金属中心は配位子を介して、メタノールを生成するための適度な距離に配置される必要がある。例えば、アルキル鎖のような柔軟な構造で互いの金属中心を介する場合、互いの金属中心が近づいたり、離れたりするため、互いの金属中心が常に適切な距離範囲に配置できるわけではないが、メタノールを生成することが可能である。一方、芳香環等の剛直な構造で互いの金属中心を介する場合、互いの金属中心が一定の距離に配置されるが、互いの金属中心が常に適切な距離範囲に配置された場合メタノールを効率的に生成することが可能である一方、適切な距離範囲に配置できない場合メタノールが生成しないあるいは生成量が少ないことが想定される。また、配位子は、共有結合に限らず、イオン結合や金属との配位結合を介した結合等により、構成されるが、これらに限定されない。同じ触媒分子内あるいは、別の触媒分子との分子間の任意の隣接する2つの金属原子を直径2nmの球状空間内に配置させることが好ましい。特に、任意の隣接する2つの金属原子を直径1nmの球状空間内に配置させることが好ましい。
【0021】
一般式(1)で表される錯体触媒において、Lで示される配位子として、任意の配位子であり、あってもなくてもよい。
【0022】
一般式(2)~(3)で表される錯体触媒において、Ai,Biで示される配位子として、任意の配位子であり、あってもなくてもよい。
【0023】
一般式(3)~(4)で表される錯体触媒において、Xi,Yiは、炭素、窒素、酸素、硫黄、リンのいずれかであり、望ましくは、炭素あるいは窒素である。
【0024】
一般式(4)~(5)で表される錯体触媒において、Zi
1,Zi
2は、炭素、窒素、酸素、リンまたは硫黄のいずれかであり、望ましくは、炭素あるいは窒素である。
【0025】
一般式(4)で表される錯体触媒において、Gi
1,Gi
2,Gi
3,Gi
4は、それぞれ任意の置換基であるか存在せず、同じでも異なっていてもよく、それぞれの間で環を構成してもよく、その環上に置換基を有してもよく、任意の結合を介して他の金属中心と結合している。たとえば、一般的な有機物との結合に限らず、金属との配位結合を介した結合により、他の金属中心と結合することも考えられるが、これらに限定されない。
【0026】
一般式(5)~(6)で表される錯体触媒において、Gi
5,Gi
6は、それぞれ任意の置換基であるか存在せず、同じでも異なっていてもよく、それぞれの間で環を構成してもよく、その環上に任意の置換基を有してもよい。
【0027】
一般式(4)~(6)のいずれかで表される錯体触媒において、Siで示される配位子としては、芳香族性アニオン配位子、または芳香族性配位子であり、この配位子上に置換基を1つまたは複数有してもよい。この配位子上の置換基としては、任意のものでよく、例えば、アルキル基、ヒドロキシ基(-OH)、エステル基(-COOR)、アミド基(-CONRR’)、ハロゲン(-X)、アルコキシ基(-OR)、アルキルチオ基(-SR)、アミノ基(-NRR’)、アシル基、カルボン酸基(-COOH)、ニトロ基、スルホン酸基(-SO3H)、芳香族基などが挙げられ、置換基が複数である場合、それらは同一でも異なってもよい。特に好ましくは、すべてメチル基で置換されたペンタメチルシクロペンタジエニルまたは、ヘキサメチルベンゼンが好ましい。
【0028】
一般式(4)~(6)のいずれかで表される錯体触媒において、Tiで示される配位子としては、水分子、水素原子、水素分子、アセトニトリル、アルコキシドイオン、水酸化物イオン、炭酸イオン、トリフルオロメタンスルホン酸イオン、硫酸イオン、硫酸水素イオン、硝酸イオン、ギ酸イオン、もしくは酢酸イオンの配位子であるか、または存在しなくてもよい。アルコキシドイオンとしては、特に限定されないが、例えば、メタノール、エタノール、n-プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、n-ブチルアルコール、sec-ブチルアルコール、イソブチルアルコール、またはtert-ブチルアルコール等から誘導されるアルコキシドイオンが挙げられる。また、光や熱により脱離する場合があり得る。ただし、この記述は、可能な機構の例示に過ぎず、本発明を限定するものではない。
【0029】
一般式(5)で表される錯体触媒において、Qiは、炭素、窒素、酸素、硫黄のいずれかであり、望ましくは、酸素あるいは窒素である。
【0030】
一般式(1)~(6)のいずれかで表される錯体触媒において、そのカウンターイオンは、特に限定されないが、陰イオンとしては、例えば、六フッ化リン酸イオン(PF6
-)、テトラフルオロほう酸イオン(BF4
-)、水酸化物イオン(OH-)、酢酸イオン、炭酸イオン、リン酸イオン、硫酸イオン、硫酸水素イオン、硝酸イオン、次亜ハロゲン酸イオン(例えば次亜フッ素酸イオン、次亜塩素酸イオン、次亜臭素酸イオン、次亜ヨウ素酸イオン等)、亜ハロゲン酸イオン(例えば亜フッ素酸イオン、亜塩素酸イオン、亜臭素酸イオン、亜ヨウ素酸イオン等)、ハロゲン酸イオン(例えばフッ素酸イオン、塩素酸イオン、臭素酸イオン、ヨウ素酸イオン等)、過ハロゲン酸イオン(例えば過フッ素酸イオン、過塩素酸イオン、過臭素酸イオン、過ヨウ素酸イオン等)、トリフルオロメタンスルホン酸イオン(OSO2CF3
-)、テトラフェニルボレートイオン[(BPh4)-]、テトラキスペンタフルオロフェニルボレートイオン[B(C6F5)4
-]等が挙げられる。陽イオンとしては、特に限定されないが、リチウムイオン、マグネシウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン、バリウムイオン、ストロンチウムイオン、イットリウムイオン、スカンジウムイオン、ランタノイドイオン、等の各種金属イオン、水素イオン等が挙げられる。なお、ハロゲンアニオンは、本反応を阻害するため、極力排除させたほうがよい。また、これらカウンターイオンは、一種類でもよいが、二種類以上が併存していてもよい。ただし、この記述は、可能な機構の例示に過ぎず、本発明を限定するものではない。
【0031】
なお、本発明において、アルキル基としては、特に限定されないが、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、ネオペンチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基、トリデシル基、テトラデシル基、ペンタデシル基、ヘキサデシル基、ヘプタデシル基、オクタデシル基、ノナデシル基、イコシル基等が挙げられる。アルキル基から誘導される基、例えばヒドロキシアルキル基、アルコキシアルキル基、ジアルキルアミノアルキル基、や原子団(アルコキシ基等)についても同様である。カルボン酸エステル基、カルボン酸アルキルアミド基を構成するアルキル基も同様である。アルコールおよびアルコキシドイオンとしては、特に限定されないが、例えば、前記各アルキル基から誘導されるアルコールおよびアルコキシドイオンが挙げられる。また、本発明において、「ハロゲン」とは、任意のハロゲン元素を指すが、例えば、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素が挙げられる。さらに、本発明において置換基等に異性体が存在する場合は、特に制限しない限り、どの異性体でもよい。例えば、単に「プロピル基」という場合はn-プロピル基およびイソプロピル基のどちらでもよい。単に「ブチル基」という場合は、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基およびtert-ブチル基のいずれでもよい。ただし、この記述は、可能な機構の例示に過ぎず、本発明を限定するものではない。
【0032】
本発明の錯体触媒は、一般式(1)~(6)のいずれかで表される錯体触媒、その異性体、または、前記錯体もしくは異性体の塩を有効成分として含み、固体状態で二酸化炭素と水素ガスの混合ガス中でメタノールを製造するための錯体触媒である。該触媒の有効成分は、一般式(1)~(6)のいずれかで表される錯体触媒、その互変異性体、立体異性体、およびそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1の化合物からなる。例えば、該配位子成分の1または複数種の配位子を、一般式(1)~(6)のいずれかの金属成分と混合して有効成分としてもよいし、はじめから配位子成分と金属成分を混合して、有効成分を合成単離して用いてもよい。また、他の成分を適宜(好ましくは、10wt%未満)添加して用いてもよい。
【0033】
本発明の錯体触媒は、二酸化炭素の水素化反応の前、金属塩部分と配位子部分を混合して調製した錯体触媒を含む反応溶液から溶媒を減圧下留去して、分離精製することなく、そのまま二酸化炭素の水素化反応を開始してもよい。
【0034】
本発明の二酸化炭素の水素化方法(乃至メタノールの製造方法)は、本発明の錯体触媒、その異性体、または、前記錯体もしくは異性体の塩を有効成分として含み、錯体触媒を溶媒あるいは超臨界流体等に溶解させることなく固体状態で、二酸化炭素と水素の混合ガス中、あるいは流通させながら、反応容器を加熱する工程からなる群から選択される少なくとも一つの工程を含む。例えば、一般式(1)~(6)のいずれかで表される錯体触媒を二酸化炭素と水素の圧縮混合ガス中あるいは流通させながら、必要に応じ加熱すればよい。
【0035】
本発明の二酸化炭素の水素化方法(乃至メタノールの製造方法)において、反応温度は、錯体触媒が分解することなく、かつ充分な反応速度で反応が進行する方が有利である。一般的には、0℃から300℃の範囲で反応を実施することができるが、好ましくは40℃以上100℃以下の範囲である。反応時間は特に制限はない。なお反応は、低酸素状態または酸素が存在しない条件下で実施するのが好ましい。
【0036】
本発明の二酸化炭素の水素化方法(乃至メタノールの製造方法)において、上記の錯体触媒の使用量については、上限及び下限はないが、メタノール生産量、反応速度等の経済性などに依存する。
【0037】
本発明の二酸化炭素の水素化方法(乃至メタノールの製造方法)において、反応に用いられる圧力は、特に上限および下限はないが、一般に常圧以上が用いられる。圧力は高いほうが好ましいが、装置および運転コスト等の経済的な理由に依存する。また、二酸化炭素と水素の分圧は1:99~99:1の比であればよく、好ましくは1:1~1:6である。また、密閉系反応容器に混合ガスを圧入、あるいは連続的に混合ガスを流通させるフロー型反応装置でもよい。
【0038】
本発明の二酸化炭素の水素化方法(乃至メタノールの製造方法)は、本発明の錯体触媒、その異性体、または、前記錯体もしくは異性体の塩を有効成分として含む錯体触媒のみでもよいが、二酸化炭素および水素ガスと何ら反応しない他の物質と混合、あるいは物理的に吸着、あるいは化学的に結合させてもよい。二酸化炭素および水素ガスと何ら反応しない物質であれば、特に限定されないが、一種類のみ用いても二種類以上併用してもよい。前記物質として、ガスを均質に拡散させる物質が好ましい。例えば、ガラス、シリカゲル、アルミナ、ゼオライト、チタニア、メソポーラスシリカ、グラフェン、カーボンブラック、グラファイト、カーボンナノチューブ、活性炭等が挙げられる。ただし、この記述は、可能な物質の例示に過ぎず、本発明を限定するものではない。
【0039】
本発明において、下記式(7)に示される二酸化炭素の水素化反応によって、メタノールを製造する。一般にメタノールは、式(8)で示すギ酸、式(9)で示すホルムアルデヒド、式(10)を経由して生成していると考えている。
【化7】
【化8】
【化9】
【化10】
【0040】
通常、錯体触媒は、何らかの媒体(例えば、水、有機溶媒、あるいは超臨界二酸化炭素等)に溶解して、錯体触媒と基質が均一系条件で反応する。本発明では、錯体触媒を溶媒等に溶解させることなく固体状態で、二酸化炭素と水素ガスの混合ガス中で反応させる。実際、複数の金属中心を持つ複核錯体触媒を圧縮水素ガス中に放置させると、錯体触媒の色が変化しており、金属ヒドリドが生成しているものと考えている。この変色した錯体触媒に二酸化炭素を反応させることでメタノールが生成することを確認している。一方、金属中心が1つしかない単核錯体触媒では、ギ酸のみしか生成しなかった。さらに、通常用いられる水溶液中での反応では、メタノールの生成はわずかに検出されるものの、主としてギ酸が生成した。これは、溶液中条件では、金属活性種の協奏的反応が溶媒分子によって阻害されるとともに、基質/生成物間の平衡条件下メタノールの生成が抑制されたと考えている。これに対し、気固反応は、複数の金属活性種の協奏反応と基質/生成物の平衡制限によることなく、二酸化炭素の水素化によるメタノール合成が進行したものと考えている。さらに、気固反応は、均一系触媒反応と異なり、触媒と生成物の分離が容易になり、反応プロセスの設計が容易になる利点を有している。
【0041】
これらの結果から、一般式(11)で示される反応中間体を推定した。すなわち、錯体触媒は水素存在下、金属-ヒドリドに変化し、これが二酸化炭素と反応し、ホルマト錯体が生成する。2つの金属中心が適切な空間に配置された2つ以上の金属中心から構成されている錯体触媒は、協奏的に二酸化炭素の水素化が進行したと考えている。その際、一般式(11)で示される反応中間体が、分子内(場合によっては、分子間)の2つの金属中心間で生成すると推定される。その後、ホルムアルデヒド(メタンジオール)が生成し、還元容易なホルムアルデヒドが水素化されて、メタノールが生成したと考えている。一方、単核錯体では、ホルマト錯体から更なる水素化が進行せず、ギ酸のみしか生成しなかったと考えられる。また、2つ以上の金属中心から構成されている錯体触媒でも、水中の場合は、ホルマト錯体において水分子の配位との競争反応になり、結果としてメタノール生成より、ギ酸生成が優先したと考えている。
【化11】
【実施例】
【0042】
以下、本発明の実施例についてさらに具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例のみには限定されない。
【0043】
[実施例1]
[錯体合成]
触媒配位子と相当する量の[Cp*Ir(H2O)3]SO4を水中30℃で12時間撹拌した。反応溶液を減圧下濃縮し、得られた生成物を減圧下12時間乾燥し、錯体触媒を得た。以下、合成した触媒の分析値を示す。
【0044】
【化12】
1H NMR (500 MHz, D
2O) δ: 8.97 (ddd, J = 5.5, 1.4, 0.7 Hz, 3H), 8.21 (td, J = 7.8, 1.4 Hz, 3H), 8.03 (ddd, J = 7.8, 1.5, 0.7 Hz, 3H), 7.83 (ddd, J = 7.8, 5.6, 1.5 Hz, 3H), 7.11 (s, 3H), 1.48 (s, 45H).
13C NMR (126 MHz, D
2O) δ 153.97, 151.75, 147.52, 141.55, 130.23, 126.58, 87.69, 8.45. ESI-MS (m/z): [M - HSO
4 - 3H
2O]
2+ calcd for C
54H
62Ir
3N
6O
11S
2
2+, 1611.28; found, 1611.
【化13】
1H NMR (400 MHz, D
2O) δ: 8.70 (d, J = 6.5 Hz, 2H), 7.55-7.44 (m, 3H), 7.28 (dd, J = 6.5, 2.9 Hz, 2H), 7.11-6.99 (m, 3H), 3.97 (s, 6H), 1.37 (s, 30H).
13C NMR (126 MHz, D
2O) δ: 172.62, 169.31, 155.51, 152.45, 147.53, 130.14, 124.68, 123.43, 115.36, 112.70, 87.46, 57.02, 8.17. ESI-MS (m/z): [M - HSO
4 - 2H
2O]
+ calcd for C
40H
47Ir
2N
4O
8S
+, 1127.23; found, 1127.
【化14】
1H NMR (400 MHz, D
2O) δ: 7.54-7.51 (m, 2H), 7.50-7.45 (m, 1H), 7.44-7.38 (m, 2H), 7.10-7.02 (m, 3H), 1.44 (s, 30H).
13C NMR (126 MHz, D
2O) δ 164.23, 146.92, 146.87, 129.66, 126.50, 124.37, 123.51, 121.54, 86.87, 8.44. ESI-MS (m/z): [M - HSO
4 - 2H
2O]
+ calcd for C
34H
41Ir
2N
6O
6S
+, 1047.21; found, 1047.
【化15】
1H NMR (400 MHz, D
2O) δ: 8.88 (d, J = 5.4 Hz, 2H), 8.00 (td, J = 7.8, 1.5 Hz, 2H), 7.85-7.78 (m, 2H), 7.68 (ddd, J = 7.5, 5.6, 1.5 Hz, 2H), 7.50-7.42 (m, 2H), 7.42-7.30 (m, 2H), 1.30 (s, 30H).
13C NMR (126 MHz, D
2O) δ: 151.23, 141.79, 141.10, 129.90, 127.47, 127.35, 88.33, 7.93. ESI-MS (m/z): [M - HSO
4 - 2H
2O]
+ calcd for C
38H
43Ir
2N
4O
6S
+, 1067.21; found, 1067.
【化16】
1H NMR (400 MHz, D
2O) δ: 8.93 (d, J = 5.4 Hz, 2H), 8.18 (t, J = 7.8 Hz, 2H), 7.97 (d, J = 7.9 Hz, 2H), 7.82-7.74 (m, 2H), 7.51 (t, J = 8.0 Hz, 1H), 7.11 (s, 1H), 7.08-7.01 (m, 2H), 1.38 (s, 30H).
13C NMR (126 MHz, D
2O) δ: 172.71, 153.83, 151.66, 147.46, 141.54, 130.22, 130.02, 126.42, 124.75, 123.45, 87.81, 8.15. ESI-MS (m/z): [M - HSO
4 - 2H
2O]
+ calcd for C
38H
43Ir
2N
4O
6S
+, 1067.21; found, 1067.
【化17】
1H NMR (400 MHz, D
2O) δ: 8.95 (ddd, J = 5.6, 1.5, 0.8 Hz, 2H), 8.19 (td, J = 7.8, 1.4 Hz, 2H), 8.00 (ddd, J = 7.9, 1.6, 0.7 Hz, 2H), 7.79 (ddd, J = 7.7, 5.5, 1.5 Hz, 2H), 7.29 (s, 4H), 1.43 (s, 30H).
13C NMR (126 MHz, D
2O) δ: 173.20, 153.83, 151.40, 144.37, 141.56, 129.97, 127.05, 126.60, 87.79, 8.32. ESI-MS (m/z): [M - HSO
4 - 2H
2O]
+ calcd for C
38H
43Ir
2N
4O
6S
+, 1067.21; found, 1067.
【化18】
【化19】
【化20】
【化21】
【化22】
【化23】
【0045】
[実施例2]
実施例1で製造した錯体触媒を、所定の量をオートクレーブにいれ、4MPaの水素:二酸化炭素(3:1)で加圧した。60℃で所定の時間放置後、水を含んだガス捕集袋にガスを回収すると共に、反応器に水を加えた。ガス捕集袋及び反応器から得られた水溶液をガスクロマトグラフィで、メタノールを測定した結果を表1に示す。なお、ギ酸は、いずれの場合も、ほとんど検出(<0.1μmol)されなかった。また、式(23)に示される剛直な配位子によって、2つの金属中心が約1nm程度より近接できない複核触媒においても、メタノールが生成した。
【0046】
【0047】
[実施例3]
錯体触媒(16)を、オートクレーブ中4MPaの水素:二酸化炭素(3:1)で加圧し、60℃で放置した。設定時間後、水を含んだガス捕集袋にガスを回収すると共に、反応器に水を加えた。ガス捕集袋及び反応器から得られた水溶液を高速液体クロマトグラフィーおよびガスクロマトグラフィを用いて、それぞれギ酸とメタノールを測定した。生成したメタノールの量を
図1に示す。162時間後に80μmolのメタノールが生成し、本触媒が触媒的に機能していることが確認できた。
【0048】
[実施例4]
錯体触媒(16)をワコーゲルC-200に含浸担持させた触媒担体を反応容器につめ、80℃で0.8MPaの水素:二酸化炭素(1:1)を5mL/分流通させ、水を含んだガス捕集袋にガスを回収した。8時間後、トラップ水をガスクロマトグラフィで測定したところ、MeOHが1.5μmol検出された。
【0049】
[実施例5]
錯体触媒(16)を、オートクレーブ中4MPaの水素:二酸化炭素(3:1)で加圧し、60℃に加温し、放置した。24時間後、水を含んだガス捕集袋にガスを回収した。ガス捕集袋から得られた水溶液を、ガスクロマトグラフィで生成したメタノールの量を測定した。反応容器は再び4MPaの水素:二酸化炭素(3:1)で加圧し、反応を繰り返した。各サイクルに得られたメタノールの量を表2に示す。10回再利用しても、メタノールが安定的に生成していることが確認できた。
【0050】
【0051】
[比較例1]
式(24)で表されるイリジウム単核錯体触媒を用いて、オートクレーブ中4MPaの水素:二酸化炭素(3:1)で加圧した。60℃で15時間放置後、水を含んだガス捕集袋にガスを回収すると共に、反応器に水を加えた。ガス捕集袋及び反応器から得られた水溶液を高速液体クロマトグラフィーとガスクロマトグラフィで、それぞれギ酸とメタノールを測定した。その結果、ギ酸は0.1μmol検出されたが、MeOHは全く検出されなかった。
【化24】
【0052】
[比較例2]
錯体触媒(12)(3μmol)を溶解した水溶液を、オートクレーブ中4MPaの水素:二酸化炭素(3:1)で加圧し、60℃で攪拌した。15時間後、水を含んだガス捕集袋にガスを回収した。ガス捕集袋から得られた水溶液および反応溶液を高速液体クロマトグラフィーとガスクロマトグラフィで、それぞれギ酸とメタノールを測定した。その結果、ギ酸は6.0μmol、MeOHは0.5μmol検出された。
【産業上の利用可能性】
【0053】
従来の固体触媒を用いた二酸化炭素からのメタノール合成法は、反応温度が高く、平衡制限により、メタノールへの転化率が低い。また、副生成物が生成することがあった。本発明のメタノール合成法は、複核錯体触媒を用いることで、100℃以下の低温条件下で進行する。そのため、本発明で見出された複核錯体触媒を用いれば、二酸化炭素の水素化の転化率が高く、効率よくメタノールを生成すると考えている。さらに、錯体触媒を固体状態のままガス相で反応させるために、通常の固体触媒を用いたガス相での反応プロセスであるため、連続的なメタノール合成プロセスの構築が容易である。