(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-31
(45)【発行日】2022-06-08
(54)【発明の名称】希少造血器腫瘍の診断マーカー、検査方法、治療薬及びスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/48 20060101AFI20220601BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20220601BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20220601BHJP
C12Q 1/04 20060101ALI20220601BHJP
A61P 35/02 20060101ALI20220601BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20220601BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20220601BHJP
A61K 31/4745 20060101ALI20220601BHJP
A61K 31/517 20060101ALI20220601BHJP
A61K 31/55 20060101ALI20220601BHJP
A61K 31/551 20060101ALI20220601BHJP
C12Q 1/6813 20180101ALN20220601BHJP
C12Q 1/6886 20180101ALN20220601BHJP
【FI】
G01N33/48 M
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
G01N33/50 P
C12Q1/04
A61P35/02
A61K45/00
A61P43/00 111
A61K31/4745
A61K31/517
A61K31/55
A61K31/551
C12Q1/6813 Z
C12Q1/6886 Z
(21)【出願番号】P 2017566940
(86)(22)【出願日】2017-02-07
(86)【国際出願番号】 JP2017004298
(87)【国際公開番号】W WO2017138500
(87)【国際公開日】2017-08-17
【審査請求日】2020-01-30
(31)【優先権主張番号】P 2016023141
(32)【優先日】2016-02-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000173588
【氏名又は名称】公益財団法人がん研究会
(74)【代理人】
【識別番号】100179431
【氏名又は名称】白形 由美子
(72)【発明者】
【氏名】竹内 賢吾
(72)【発明者】
【氏名】坂本 佳奈
(72)【発明者】
【氏名】片山 量平
(72)【発明者】
【氏名】坂田 征士
【審査官】西浦 昌哉
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/026892(WO,A1)
【文献】特表2015-503348(JP,A)
【文献】特表2005-524384(JP,A)
【文献】RIAZ, W. et al.,Blastic Plasmacytoid Dendritic Cell Neoplasm: Update on Molecular Biology, Diagnosis, and Therapy,Cancer Control,2014年10月,Vol.21/No.4,pp.279-289
【文献】MARTIN-MARTIN, L. et al.,Classification and clinical behavior of blastic plasmacytoid dendritic cell neoplasms according to their maturation-associated immunophenotypic profile,Oncotarget,2015年05月25日,Vol.6/No.22,pp.19204-19216
【文献】河本啓介,他,t(6;8)(p21;q24)を伴ったBlastic plasmacytoid dendritic cell neoplasm (BPDCN)の1例,日本リンパ網内系学会会誌,日本,日本リンパ網内系学会,2014年06月06日,Vol.54,pp.115
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
芽球性形質細胞様樹状細胞腫瘍(blastic plasmacytoid dendritic cell neoplasm:BPDCN)において、
腫瘍細胞における
immunoblastoid(免疫芽球様)の形態、8q24の再構成、MYC発現の少なくともいずれか1つを検査することによって
BPDCNを細分類することを特徴とする検査方法。
【請求項2】
BPDCNにおいて、
immunoblastoid(免疫芽球様)の形態学的マーカー、
8q24の再構成、
MYC発現の少なくともいずれか一つを含むことを特徴とするBPDCNを細分類する診断マーカー。
【請求項3】
前記診断マーカーがMYC発現であることを特徴とする請求項2記載のBPDCNを細分類する診断マーカー。
【請求項4】
請求項2記載の診断マーカーを検出するためのプローブであって、
前記診断マーカーが8q24の再構成であり、
CTD-2527N12の配列中の少なくとも連続した20bpの配列を含み、かつCTD-2527N12に特異的にハイブリダイズ可能なテロメア側のプローブと、
MYC遺伝子の上流に位置するセントロメア側の領域の少なくとも連続した20bpの配列を含み、かつ該セントロメア側の領域に特異的にハイブリダイズ可能なプローブとを含むことにより8q24の再構成を検出するFISHプローブ。
【請求項5】
BPDCN治療薬をスクリーニングする方法であって、
候補化合物をBPDCN細胞株の培地に添加し、
請求項3記載の診断マーカーを測定し、
候補化合物による前記診断マーカーの発現の変化を指標とすることを特徴とする治療薬スクリーニング方法。
【請求項6】
BPDCN治療薬をスクリーニングする方法であって、
前記BPDCN細胞株がCAL-1細胞株であることを特徴とする請求項5記載の治療薬スクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は希少造血器腫瘍である芽球性形質細胞様樹状細胞腫瘍(blastic plasmacytoid dendritic cell neoplasm:BPDCN)の診断マーカー、及び新規治療薬のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
芽球性形質細胞様樹状細胞腫瘍(以下、BPDCNと記載する。)は、未分化な形質細胞様樹状細胞(plasmacytoid dendritic cell: pDC)由来とされる稀な造血器腫瘍である。典型的には皮膚病変で発症し、当初は化学療法に反応することが多いものの早期に再発、白血化し、生存期間中央値が12か月程度のアグレッシブで予後不良な疾患である。
【0003】
BPDCNは、1994年にAdachiらによりCD4とCD56が陽性でT細胞性マーカーが陰性の皮膚リンパ腫として報告されて以来(非特許文献1)、稀な疾患であることもあり、2008年にWHO分類第4版ではBPDCNという名称で急性骨髄性白血病(acute myeloid leukemia:AML)関連腫瘍に含まれる独立した疾患概念として掲載されるまで、疾患概念が一定せずその名称は何度も変わった。
【0004】
現在ではBPDCNという独立した疾患であると認識されているものの、定まった診断基準は存在せず、疾患の希少性も相まって、実地診療において他の造血器腫瘍との鑑別が困難である。特にその細胞形態や免疫形質、臨床病態からはAMLの皮膚浸潤との鑑別が最も問題となる(非特許文献2~4)。BPDCNの特徴的マーカーとして、CD4、CD56、CD123、TCL1、BDCA2、CD2AP、BCL11Aなどが知られている。しかしながら、BPDCNでもそれらのマーカーの一部が陰性となる症例も多く、一方、AMLなどの他疾患で陽性となる症例も多い(非特許文献5~8)。そのため、BPDCNを扱った研究や症例報告をみても、その免疫形質についての評価や診断基準は混沌としている。
【0005】
BPDCNは前述のごとく予後不良な疾患で標準治療も定まっておらず、ALL(Acute Lymphocytic Leukemia、急性リンパ性白血病)レジメン、AML(急性骨髄性白血病)レジメン、放射線治療単独など様々な治療法で処置されているのが現状である。BPDCNの有効な治療法の開発のためにも、その病態の分子病理学的理解が求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Adachi, M. et al., 1994, Am. J. Hematol., Vol.47,p.278-282.
【文献】Benet, C. et al., 2011, Am. J. Clin. Pathol.,Vol.135, p.278-290.
【文献】Cronin, D.M. et al., 2012, Am. J. Clin.Pathol., Vol.37, p.367-376.
【文献】Sangle, N.A. et al., 2014, Mod. Pathol., Vol.27,p.1137-1143.
【文献】Petrella, T. et al., 2010, Autoimmunity, Vol.43,p.210-214.
【文献】Knowles, D.M. et al., 2014, "Knowles'neoplastic hematopathology", Wolters Kluwer, Lippincott Williams & Wilkins.
【文献】Riaz, W. et al., 2014, Cancer Control, Vol.21,p.279-289.
【文献】Julia, F. et al., 2014, Am. J. Surg. Pathol.,Vol.38, p. 673-680.
【文献】Marafioti, T. et al., 2008, Blood, Vol.111,p.3778-3792.
【文献】Pulford, K. et al., 2006, Leukemia, Vol.20,p.1439-1441.
【文献】Maeda, T. et al., 2005, Int. J. Hematol. Vol.81(2), p.148-54.
【文献】Narita, M. et al., 2009, Leuk Res. Vol.33(9),p.1224-32.
【文献】Yang, D. et al., 2010, Proc. Natl. Acad. Sci.USA, Vol.107(31), p.13836-13841.
【文献】Dauch, D. et al., 2016, Nat. Med.,Vol.22(7), p.744-753.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、いまだに診断基準が定まらないBPDCNの新しい診断マーカーを探索することを課題とする。さらに、該診断マーカーによって、明確な診断基準を確立するとともに、新しい治療薬や治療薬のスクリーニング方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、BPDCNの新たな診断マーカー、該診断マーカーに基づく検査方法や治療薬、及び治療薬のスクリーニング方法に関する。
【0009】
(1)芽球性形質細胞様樹状細胞腫瘍(blastic plasmacytoid dendritic cell neoplasm:BPDCN)において、immunoblastoid(免疫芽球様)の形態、8q24の再構成、MYC発現の少なくともいずれか1つを検査することによってBPDCNを細分類することを特徴とする検査方法。
(2)BPDCNにおいて、immunoblastoid(免疫芽球様)の形態学的マーカー、8q24の再構成、MYC発現の少なくともいずれか一つを含むことを特徴とするBPDCNを細分類する診断マーカー。
(3)BPDCNを治療するための医薬組成物であって、MYCの発現、機能、MYCが関与するシグナル伝達経路を直接的又は間接的に阻害する物質を有効成分とすることを特徴とする医薬組成物。
(4)治療対象となるBPDCNが、細胞形態がimmunoblastoidである、8q24の再構成、又はMYC発現の少なくともいずれか1つのマーカーが陽性である症例を治療するためのものであることを特徴とする請求項3記載の医薬組成物。
(5)前記有効成分が、BET(bromodomain and extra terminal)ブロモドメイン選択的阻害剤又はオーロラキナーゼ阻害剤であることを特徴とする請求項3又は4記載の医薬組成物。
(6)前記BETブロモドメイン選択的阻害剤が、JQ1、I-BET151、I-BET762、OTX015、CPI203、PFI-1又はこれらの類縁体化合物であり、前記オーロラキナーゼ阻害剤がアリセルチブ又はバラセルチブ又はこれらの類縁体化合物であることを特徴とする請求項5記載の医薬組成物。
(7)BPDCNを治療するための医薬組成物であって、有効成分が、HDAC阻害剤又はBCL2ファミリータンパク質阻害剤であることを特徴とする医薬組成物。
(8)前記HDAC阻害剤がボリノスタット、パノビノスタット又はこれらの類縁体化合物であり、前記BCL2ファミリータンパク質阻害剤がベネトクラックス又はその類縁体化合物であることを特徴とする医薬組成物。
(9)(2)記載の診断マーカーを検出するためのプローブであって、前記診断マーカーが8q24の再構成であり、CTD-2527N12の配列中の少なくとも連続した20bpの配列を含み、かつCTD-2527N12に特異的にハイブリダイズ可能なテロメア側のプローブと、MYC遺伝子の上流に位置するセントロメア側の領域の少なくとも連続した20bpの配列を含み、かつ該セントロメア側の領域に特異的にハイブリダイズ可能なプローブとを含むことにより8q24の再構成を検出するFISHプローブ。
(10)BPDCN治療薬をスクリーニングする方法であって、候補化合物をBPDCN細胞株の培地に添加し、候補化合物によるMYC発現の変化及び/又は細胞増殖を指標とすることを特徴とする治療薬スクリーニング方法。
(11)BPDCN治療薬をスクリーニングする方法であって、前記BPDCN細胞株がCAL-1細胞株及び/又はPMDC05細胞株であることを特徴とする(10)記載の治療薬スクリーニング方法。
(12)BPDCN治療薬をスクリーニングする方法であって、候補化合物によるMYC発現の変化を指標とすることを特徴とする治療薬スクリーニング方法。
【発明の効果】
【0010】
BPDCNを細分類する診断マーカーを見出したことにより、新しい治療薬を提供することが可能となった。また、新規治療薬のスクリーニングにも応用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】BPDCNの代表的な細胞形態を示す染色像。
図1AはImmunoblastoid群、
図1Bは典型例群、
図1Cは典型例群のバリアントの染色像を示す。
【
図2】BPDCNの免疫形質および遺伝子再構成を示す図。
【
図3】MYC split FISHプローブの設計及びMYC+及びMYCa群症例におけるMYC split FISHシグナルパターンを示す図。
【
図5】SUPT3H split FISHプローブの設計及びMYC+及びMYCa群症例におけるSUPT3H split FISHシグナルパターンを示す図。
【
図6】BETブロモドメイン選択的阻害剤による各種腫瘍細胞株の増殖抑制を示す図。
【
図7】BETブロモドメイン選択的阻害剤処理後のMYC発現を示す免疫染色像。
【
図8】BETブロモドメイン選択的阻害剤処理後のMYC発現を示すウェスタンブロッティング像。
【
図9】JQ1処理後のMYCの発現とアポトーシス誘導を示すウェスタンブロッティング像。
【
図10】オーロラキナーゼ阻害剤による各種腫瘍細胞株の増殖抑制を示す図。
【
図11】HDAC阻害剤、BCL2ファミリータンパク質阻害剤による各種腫瘍細胞株の増殖抑制を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者らは、BPDCNを分子病理学的に詳細に研究したところ、BPDCNを少なくとも2つに細分類できるマーカーを見出した。以下に詳細に説明するが、現在、BPDCNとして診断されている腫瘍は、8q24の再構成、MYCの発現、細胞形態により2つに細分類できることが明らかとなった。
【0013】
BPDCNを細分類するマーカーの一つである8q24の再構成はG-バンド法や、split FISHなど該当領域の再構成を検出できる方法であればどのような方法を用いてもよい。
【0014】
また、MYCの発現増強に関しては、MYC発現をタンパク質レベル、RNAレベルで検出可能な方法であればどのような方法を用いてもよい。タンパク質レベルで解析する方法としては、免疫染色、ウェスタンブロット法など、RNAレベルで解析する方法にはRT-PCR法、定量RT-PCR法、cDNAマイクロアレイ法、次世代シークエンサーを用いたRNAシークエンス法などがあり、いずれの方法を用いてもよい。特に、得られる組織の量に限りがあること、細胞形態も併せて解析できることから、免疫染色法により解析することが好ましい。
【0015】
本マーカーを用いることによって、BPDCNを細分類できるだけではなく、MYC陽性群(以下に詳述するが、MYC免疫染色陽性かつMYC split FISH陽性群をMYC陽性群と定義し、MYC+群と記載することもある。)については、MYC発現を抑制する薬剤によって、細胞増殖が低下することを見出した。したがって、BPDCNのMYC+群については、MYC発現を抑制する薬剤を投与することによって治療できる可能性がある。
【0016】
MYC発現阻害剤としては、MYCの機能を抑制することができればどのような薬剤でもよい。すなわち、MYC発現を直接的または間接的に抑制させることのできる薬剤や、MYCの下流のシグナル伝達系を阻害する薬剤であればBPDCN治療薬として使用できる可能性がある。また、MYCを機能的に阻害するような薬剤であっても構わない。例えば、MYC発現を減少させる阻害剤としては、10058-F4、Curcumin、Asarinin、CHC004、CHC005、CHC008、CHC011、および本発明で開示するBET(bromodomain and extra terminal)ブロモドメイン選択的阻害剤等がある。また、MYCシグナル伝達経路を阻害する薬剤としては、STAT3阻害剤、Wnt/β‐カテニン阻害剤などが挙げられる。
【0017】
BPDCN治療薬としては、これら公知のMYC発現、又は機能を抑制する薬剤を用いることができるが、特に、ここでその顕著な抑制効果を示したBETブロモドメイン選択的阻害剤を効果的に用いることができる。BETブロモドメイン選択的阻害剤としては、以下でその効果を示すJQ1、I-BET151、I-BET762、OTX015、CPI203、PFI-1の他に、RVX-208、GSK2801、Bromosporine等が挙げられる。さらに、その他のBETブロモドメイン選択的阻害剤であって、MYC発現を抑制することができる医薬化合物も使用できることは言うまでもない。
【0018】
また、MYCの機能を制御すると考えられるオーロラキナーゼ阻害剤もBPDCN治療薬として用いることができる。オーロラAキナーゼ選択的阻害剤であるアリセルチブ(Alisertib)、オーロラBキナーゼ選択的阻害剤であるバラセルチブ(Barasertib)、両者がMYC発現の認められるBPDCN細胞株の増殖抑制に効果が認められたことから、オーロラキナーゼ阻害剤をBPDCNの治療に用いることができる可能性がある。
【0019】
本発明の新規化合物のスクリーニング方法は、候補化合物をCAL-1などMYC高発現のBPDCN細胞株やPMDC05などのMYC発現陰性の細胞株の培地に添加することによって行うことができる。候補化合物を添加後、細胞の生存率、MYC高発現細胞株であればMYC発現の減少などをスクリーニングの指標として化合物を選択すればよい。MYC発現を指標とするのであれば、BPDCNに由来する細胞株である必要はなく、MYC発現が増強している細胞を用いればよい。例えば、MYC発現の増強が認められる形質細胞性腫瘍KMS12PE細胞株などを用いてもよい。さらに、MYC発現の有無にかかわらず、BPDCN細胞株を用いて細胞増殖抑制等を指標として、治療薬のスクリーニングを行うことができる。BPDCNから樹立された細胞としては、CAL-1、PMDC05の他に、GEN2.2等が知られているが、今後樹立される細胞株を使用できることは言うまでもない。
【0020】
また、BETブロモドメイン選択的阻害剤、オーロラキナーゼ阻害剤が有効であったことから、BETファミリータンパク質に対して阻害効果のある化合物や、オーロラキナーゼ阻害剤、また、MYCの発現を減少することが知られている化合物を候補化合物とすれば、効率よくスクリーニングを行うことができる。また、MYC発現の有無にかかわらずBPDCN細胞株に対して細胞増殖抑制効果を有していた化合物としてHDAC阻害剤、BCL2ファミリータンパク質阻害剤があった。したがって、これら阻害剤もBPDCN治療薬として作用する可能性が高い。
以下、具体的に本発明について説明する。
【0021】
1.対象
がん研究会の倫理審査委員会にて承認を受け、症例の収集、解析を行った。BPDCNあるいは以前の診断名であるblastic NK-cell lymphoma(芽球型NK細胞リンパ腫)と診断された症例について、英語もしくは日本語の論文、学会発表等を行っている日本国内施設や、その他協力機関に協力を依頼し、各施設でBPDCNと診断された症例の未染色標本、各施設で保存している場合には凍結検体、および臨床情報を収集した。最終的に56施設から153例を収集した。
【0022】
収集した症例について、BPDCNの診断確認を行った。Juliaらの報告に基づき、CD4、CD56、CD123、TCL1、BDCA2の5マーカーのうち4マーカー以上が陽性であることを適格条件とした(非特許文献8)。この条件は、現段階では一番厳しいレベルのBPDCNの診断確認条件であると考えられる。
【0023】
免疫染色については,がん研究所における染色結果,または検体提供施設での染色結果を採用した。非典型的な症例、AMLとの鑑別が問題となった症例では適宜lysozyme、myeloperoxidase(MPO)などの免疫染色を行った。臨床情報は、自施設症例は電子カルテ、他施設症例は調査票および発表論文から収集した。初回治療開始前までに出現した病変を初発時病変とし、治療がなされなかった症例については診断確定時までに出現した病変とした。皮膚病変の性状は、腫瘤、紅斑・局面、混在性(腫瘤と紅斑・局面の混在)の3つに分類した。皮膚病変の分布は、全身性(体の2つ以上のエリアに病変が存在する)、局所性(孤立性もしくは、胸部など体の1つのエリア内に複数の病変が存在する)に分類した。
【0024】
56施設で、BPDCN又は類縁疾患と診断された153症例のうち、今回の適格基準(CD4、CD56、CD123、TCL1、BDCA2の5マーカーのうち4マーカー以上が陽性、以下4/5マーカー陽性と記載する。)を満たし、BPDCNと診断が確認された症例は116例であった。検体提供元施設ではBPDCNと診断されたものの、本研究の適格基準を満たさずBPDCNではないと判断された症例(other症例群とする)が37例あった。4/5マーカー陽性であった症例の細胞形態を再度評価したところ、うち1例で核形態の切れ込みや不整が目立ちAMLが疑われた。この症例はCD4、CD56、CD123が陽性、TCL1陰性、BDCA2部分陽性であったが、lysozyme強陽性であったので、other群とした。結果、BPDCNとした症例115例、other群が38例となった。
【0025】
BPDCNの診断基準をみたさず、other群と判定された症例38例の生検部位は、皮膚21検体、骨髄10検体、リンパ節9検体、その他6検体であった。組織像、マーカー所見、臨床経過などから推定された診断としては、骨髄単球系への分化傾向を示すAMLもしくはmyeloid sarcomaが23例,lineage不明のimmatureな造血器腫瘍が2例,T細胞性リンパ腫が2例,embryonal rhabdomyosarcomaが1例で、その他分類不能の症例が10例であった。
【0026】
4/5マーカー陽性としてBPDCNと確定診断された症例群については、初発時病変部位は、皮膚が最も多く106例(95%)でみられ、皮膚病変のない症例は6例のみであった。骨髄病変は60例(63%)で認められ、38例(38%)で末梢血浸潤がみられた。同時あるいは先行して存在する骨髄異形成はデータの得られた65例中13例(20%)で認められた。皮膚病変の性状としては、腫瘤性が53例(55%)で最も多かった。皮膚病変の分布としては、全身性が49例(49%)、限局性が50例(51%)でほぼ同数であった。
【0027】
2.細胞形態
まず、BPDCNと確定された115症例についての細胞形態の解析結果を示す。細胞形態は、HE染色により評価した。
図1に示すように、クロマチン繊細で中等大の不整形核と少量から中等量の細胞質を持ち、核小体は無いか小さいものが単独か複数みられるという教科書的典型例群(以下、classical群という。
図1(B))および、それとは大きく異なり、類円形空胞状の核、好塩基性で中等量の細胞質と光輝性の大きな中心性核小体を持つ免疫芽球(immunoblast)に似るがクロマチンが繊細なimmunoblastoid cellを主体とする症例群(以下、immunoblastoid群という。
図1(A))が認められた。
【0028】
Immunoblastoid cellのような中心性核小体の目立つ大型細胞が存在しても20%未満であればclassical群とした。classical群にも幅があり、pleomorphic(
図1(C-1))、lymphoblastoid(
図1(C-2))、monocytoid(
図1(C-3))と呼称しうる細胞形態のバリアントが存在した。
【0029】
従来、BPDCNの細胞形態は、上述したclassical群の形態とされており、解析を行った115症例でも63例がこれに該当していた。しかしながら、類円形の核と1つの中心性核小体を持つ特徴的な形態を示すimmunoblastoid群も38例、すなわち全体の約30%の割合で存在することがわかった。これまでに、BPDCNで、
図1Aに示すようなimmunoblastoid様の細胞形態が存在することについて系統的にまとまった報告はない。
【0030】
3.免疫染色
次に、免疫染色の結果を示す。ホルマリン固定パラフィン包埋検体を4μmに薄切し、BPDCNの診断適格基準として採用したCD4、CD56、CD123、TCL1、BDCA2の抗体の他、MYC、CD2AP、Bcl11A、Lysozyme、Myeloperoxidaseに対して免疫染色を行った。評価はおもに陽性腫瘍細胞数で行い、染色強度は考慮しないこととした。
【0031】
抗体は、以下の抗体を用いた。CD4:ニチレイバイオサイエンス社製、クローン4B12、CD56:ライカバイオシステムズ社製、クローン1B6、CD123:BD バイオサイエンス社製、クローン7G3、TCL1:アブカム社製、クローンEPR3949、BDCA2:DENDRITICS社製、クローン124B3.13、MYC:アブカム社製、クローンY69、CD2AP:サンタクルズバイオオテクノロジー社製、クローンB-4、Bcl11A:Atlas Antibodies社製、ウサギポリクローナル抗体、Lysozyme:ニチレイバイオサイエンス社製、ウサギポリクローナル抗体、Myeloperoxidase:ダコ社製、ウサギポリクローナル抗体。
【0032】
図2に診断適確基準に用いた5つのマーカーの染色結果を示す。各カラムは各患者を示し、各染色結果が陽性であったものは黒で、陰性であったものは白で示す。また、薄い灰色で示したものは、部分的に陽性であったもの、濃い灰色で示したものは評価できなかったことを示す。
【0033】
BPDCNの診断基準として用いたCD4、CD56、CD123、BDCA2、TCL1の5マーカーについて検討した例では、5マーカー陽性例が89例、4マーカー陽性例が15例、4マーカーについて検討した例では、4マーカー陽性例が11例であった。CD4は111例(97%)、CD56は108例(94%)、CD123は113例(99%)、BDCA2は105例(98%)、TCL1は112例(99%)でそれぞれ陽性であり、陰性例は順にそれぞれ4、7、1、2、および1例あった。
【0034】
MYC免疫染色(
図2、MYC IHC)については、腫瘍細胞の70%以上が染色された場合を陽性、20%以上70%未満の場合をheterogeneous、20%未満であった場合を陰性と判定した。その結果、陽性例(
図2黒で示す。)は38例、陰性例(
図2、白で示す。)は62例、heterogeneous(
図2、薄い灰色で示す。)は8例認められた。なお、評価不能症例は7例認められた(
図2、濃い灰色で示す。)。
【0035】
4.split FISHによる解析
4μm厚にスライスしたホルマリン固定パラフィン包埋検体未染色切片に対し、FISH解析を行った。Bacterial artificial chromosome(BAC)クローンから作製したDNAプローブを用いた。ハイブリダイズさせたスライドは、4',6-diamidino-2-phenylindole(DAPI)で対比染色を行い、蛍光顕微鏡 BX51(Olympus)を用いて観察した。判定が可能な腫瘍細胞の70%以上でシグナルのスプリットが認められた場合を陽性、10%以上70%未満の場合をheterogeneous、10%未満であった場合を陰性とした。8q24に遺伝子座を持つMYC、6p21に遺伝子座を持つSUPT3Hに着目してプローブを設計した。なお、SUPT3Hは、8q24再構成のパートナーとして一例報告されている遺伝子である。使用したBACクローンは下記のとおりである。
【0036】
MYC(緑):RP11-153B5、RP11-739G15、CTD-2530E12、CTD-2313L9、CTD-3066D1
MYC(赤):CTD-2369J14、RP11-161B19、RP11-195G18、RP11-69H6、CTD-2384G12、RP11-420E20、CTD-3089D15、CTD-2527N12
SUPT3H(緑):RP11-342H9、RP4-669F6
SUPT3H(青):RP11-315C4、CTC-328A8
SUPT3H(赤):RP11-213I18、RP1-244F24、CTD-2515K5
【0037】
図3中央に斜線で示した5つの領域は、本発明で用いた上記MYC(緑)のプローブの位置、黒で示した8つの領域は上記MYC(赤)のプローブの8q24染色体上の位置を示す。
図3の上にはアボット社(Vysis)、ダコ社(Dako)から販売されているFISHプローブのおおよその位置を示している。A、B、C、D、Eはゲノム上の切断点を、Fはゲノム上の欠失領域を示す。
【0038】
MYC split FISHのシグナルパターンは症例ごとに様々であり、A、B、C、D、Eに切断点を持つもの、Fに欠失を持つものが見られた。PVT1遺伝子内に8q24上のゲノム切断点をもつと考えられる症例(pattern C)が17例で最も多かったものの、推定される8q24における切断点は症例によって異なり、MYC遺伝子座の上流・下流のどちらにも認められた。
【0039】
現在、MYCのFISHプローブは、アボット社、ダコ社の2社から販売されている。しかしながら、
図3に示すように、BPDCN症例では、少なくともダコ社のプローブでは検出できない再構成が含まれていた。8q24の再構成をBPDCN細分類に寄与する診断マーカーとして使用する場合には、広い領域をカバーするプローブを使用する必要がある。すなわち、ここで用いた最もテロメア側のプローブであるCTD-2527N12(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/clone/57254/より配列情報等は入手可能である。)を用いることが、BPDCNの8q24染色体の再構成を検出するためには必要である。プローブとしては、CTD-2527N12の配列の全長を用いる必要はなく、少なくともCTD-2527N12の連続した20bpを含む配列であって、CTD-2527N12と特異的にハイブリダイズする核酸であればよい。
【0040】
また、セントロメア側のプローブとしては、MYC遺伝子の上流側の領域に位置するものであれば、どのようなプローブを用いてもよい。そのようなプローブとしては、ここで用いた5つのプローブ、RP11-153B5(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/clone/221383/より配列情報等は入手可能である。)、RP11-739G15(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/clone/283769/より配列情報は入手可能である。)、CTD-2530E12(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/clone/58094/より配列情報は入手可能である。)CTD-2313L9(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/clone/25175/より配列情報等は入手可能である。)、CTD-3066D1(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/clone/129332/より配列情報は入手可能である)の領域内の連続した20bpを含む任意の配列を用いてもよいし、よりセントロメア側に位置する領域をプローブとして用いてもよい。
【0041】
MYC split FISH陽性例は41例、陰性例は63例、heterogeneous例は3例であった(
図2、MYC split FISH、参照)。
【0042】
5.MYC総合分類と細胞形態との相関
MYCに関する総合分類(MYC classification)として、MYC免疫染色陽性かつ、MYC split FISH陽性の場合をMYC陽性(MYC+)群、MYC免疫染色陰性かつMYC split FISH陰性の場合をMYC陰性(MYC-)群と定義した。どちらにもあてはまらない症例は、MYC atypical(MYCa)群とした。
【0043】
115例中9例では残余検体の不足によりMYCについては評価不能であった。評価可能であった106例では、MYC+群が38例(36%)、MYC-群が59例(56%)、MYCa群が9例(8%)であった(
図2、MYC clasification、参照。)。
【0044】
細胞形態による分類と、MYCによる分類について表1にまとめた。immunoblastoid群はMYC評価不能の2例を除いて全例MYC+群(36/36、100%)であった。一方、classical群はMYCaであった3例以外全例MYC-群であり(54/57、95%)、MYCの異常の有無と細胞形態は強く相関していた(P<0.0001)。細胞形態が intermediate群であった14例については、2例がMYC+、5例がMYC-、6例がMYCa、1例がMYC評価不能であった。
図4にMYC+(immunoblastoid)群、MYC-(classical)群の典型的なHE染色像、及びMYC免疫染色像を示す。
【0045】
【0046】
表1、
図2に示すように、HE染色でimmunoblastoid群に分類された検体のうち、MYCの総合評価が可能であった36症例はすべてMYC+群であった。一方、HE染色でclassical群に分類された57症例は、3例を除きMYC-群であった。
【0047】
MYCa群に分類された9例の内訳を示す。MYC split FISH陽性だがMYC免疫染色はheterogeneousであった症例が3例で、うち2例はclassical cytomorphology、1例はintermediate cytomorphologyを示していた。MYC split FISH解析およびMYC免疫染色においてheterogeneousであった症例が3例あり、2例がintermediate cytomorphology、1例がatypical cytomorphologyを示した。3例はMYC split FISHは陰性だがMYC免疫染色で20から30%の腫瘍細胞が陽性となった症例で、いずれも細胞形態はintermediateであった。
【0048】
上記解析結果をまとめると、BPDCNでは、immunoblastoid様の細胞形態、MYC発現の増強、8q24の染色体再構成が非常によく相関していることが明らかとなった(
図2参照。)。
【0049】
6.MYC+群とMYC-群の比較検討
MYC+群とMYC-群の年齢、性別、初回治療(化学療法、放射線治療)、病変部位、皮膚病変の正常、分布、末梢血所見などの患者背景を比較したところ、年齢、肝臓病変の有無、ヘモグロビン値、皮膚病変の性状、造血幹細胞移植の施行率に有意な差が見られた(表2)。年齢中央値を比較すると、MYC+群が71歳(37~83歳)、MYC-群が64歳(3~88歳)とMYC+群の方が有意に高かった(P=0.022)。18歳未満の小児例はMYC-群に5例含まれたが、MYC+群にはみられなかった。このように、MYC+群とMYC-群の間では患者年齢にも違いがあることが明らかとなった。
【0050】
また、MYC+群とMYC-群で予後を比較した場合、生存期間に有意差を認めないものの、初回治療による寛解到達率に有意差が認められた。今回のコホートには臨床経過について不明な症例も含まれており、BPDCNと分類した115例のうち初回治療内容が判明していたのは97例、治療効果が判明していたのは85例であった。生存期間は98例で判明しており、生存期間中央値は366日、2年生存率は53.3%であった。初回治療で部分寛解(partial response:PR)以上となった症例が69例(81%)、完全寛解(complete response:CR)となった症例が50例(59%)であった。PR以上となったものの再発した症例が38例(38/65例、58%)で、診断から再発までの日数が判明していた32例での中央値は203日(77-3650日)であった。造血幹細胞移植を施行された症例は有意に生存期間が長く(P<0.0001)、移植可能な症例は長期予後が期待できると考えられた。
【0051】
MYC+群とMYC-群とで生存期間を比較すると有意差は認められなかった。しかし、CR到達の有無が判明していた症例はMYC+群で30例、MYC-群で38例あり、CR到達例はそれぞれ14例(47%)、28例(74%)で、MYC+群に比してMYC-群ではCR到達率が有意に高かった(P=0.027)。PR到達率もMYC+群で20/30例(66%)、MYC-群で37/42例(88%)と、MYC-群で有意に高かった(P=0.039)。
【0052】
【0053】
また、病変部位は肝臓以外には有意な違いはなかったが、MYC+群では、33症例中、肝臓病変は1例も見られなかったのに対し、MYC-群では47症例中6例で肝臓に病変が見られた。ヘモグロビン値は、MYC+群で中央値13.5g/dl(10~15.7g/dl)であるのに対し、MYC-群では、12.2g/dl(4.7~16.3g/dl)とより低い傾向にあった。その他の末梢血所見に有意差はみられなかった。
【0054】
さらに、MYC+群と-群で皮膚病変の性状・分布に違いが認められた。皮膚病変の性状は、MYC+群は腫瘤性病変が29例(81%)と多かったのに対し、MYC-群では紅斑・局面のみあるいは混在性の症例が半数以上認められた(P=0.0017)。皮膚病変の分布にも違いがみられ、MYC+群は局所性病変が29例(78%)で多かったのに対し、MYC-群は全身性病変が30例(65%)で多かった(P=0.0001)。経過中に造血幹細胞移植を受けた症例は、MYC+群では3例(8.8%)であったのに対し、MYC-群では15例(33%)で有意にMYC-群に多かった(P=0.015)。
【0055】
細胞形態が通常と異なるimmunoblastoid群、intermediate群では、BPDCNの診断を確認するため、BPDCNに特異性の高いマーカーとして知られているCD2AP(非特許文献9)、BCL11A(非特許文献10)についても一部の症例で評価したが、検索した全例で2マーカーとも陽性であった(immunoblastoid群で7例、intermediate群で4例確認)。その他、lineage markerであるCD3、CD20、myeloperoxidase(MPO)、lysozyme陽性例は認めなかった。
【0056】
免疫組織学的マーカーについてMYC+群とMYC-群で比較すると、MYC-群ではCD56が58/59例(98%)陽性であったのに対し、MYC+群では32/38例(84%)の陽性率にとどまり、有意差を認めた(P=0.014)。また、MYC+群ではCD10が10/29例(34%)で陽性であったのに対し、MYC-群では2/31例(6%)のみが陽性であった(P=0.0093)。詳細な結果を表3にまとめた。
【0057】
【0058】
7.染色体構造異常について
次に染色体解析(G分染法)の結果をまとめた。染色体解析の結果は57例で得られており、MYC+群では17/20例(85%)、MYC-群では11/30例(37%)、MYCaでは1/4例(25%)、MYC評価不能例では2/3例、合計31例(54%)で何らかの異常が検出された。57例の染色体解析結果を表4に示す。なお、G分染法は常法により行っている。
【0059】
【0060】
染色体異常が検出された症例の割合について、MYC+群とMYC-群の間で有意差がみられた(P=0.0012)。検出された染色体異常について集計すると、12p11.1の付加染色体が7例(7/57、12%)で最も多く検出され、13番染色体欠失,9番染色体欠失,15番染色体欠失、t(6;8)(p21;q24)(もしくは6p21と8q24の付加染色体)がそれぞれ6例(6/57、11%)でそれに続いた。MYC+群では結果の得られた19例中12例でMYCの遺伝子座である8q24を含む異常が検出されていた。これら12例で8q24と再構成を起こしている染色体に注目すると、t(6;8)(p21;q24)あるいは双方の付加染色体を含む症例が6例で最も多く、t(8;9)(q24;q34)を含む症例が2例、t(6;8)(p12;q24)とt(8;22)(q24;q11.2)を含む症例がそれぞれ1例認められた。
【0061】
8q24の切断点は前述のごとく一定していなかったが、その最頻融合パートナーである6p21の切断点も一定でなかった。SUPTH split FISHの解析結果を
図5に示す。
図5中、斜線で示した2つの領域は、本発明で用いたSUPTH(緑)のプローブの位置、白で示した2つの領域はSUPTH(青)のプローブの位置、黒で示した3つの領域はSUPTH(赤)のプローブの位置を示す。A、B、C、D、Eはゲノム上の切断点を示す。
【0062】
MYC+群のうち36例でSUPT3H split FISH解析を行ったところ、染色体解析でt(6;8)(p21;q24)を認めた6例の他、t(6;8)(p12;q24)を認めた1例、染色体解析結果が得られなかった10例、再構成の相手が不明であった2例でSUPT3H split陽性であった。よって、合計19例がSUPT3H split陽性(19/36、53%)であった。なお、MYC-群でも8q24を含む染色体異常は3例で認めたが、いずれもMYC split FISH陰性であったことからMYC遺伝子とは関連しないものと考えられた。MYCa症例では1例、16/20細胞で8q24への付加染色体を認め、9q34への付加染色体も伴っていた。
【0063】
8.MYC発現を抑制する薬剤の効果
BPDCNが、MYC発現によって、大別されることから、MYC発現を抑制することによって、BPDCNのMYC+群(細胞形態immunoblastoid群)の増殖が抑制できる可能性がある。そこで、MYC高発現のBPDCN培養細胞を用いて解析を行った。
【0064】
用いた細胞株は、BPDCN細胞株であるCAL-1(MYC+群、非特許文献11、長崎大学より入手)、PMDC05(MYC-群、非特許文献12、新潟大学より入手)、陽性コントロールとしてMYC発現が増強している形質細胞性腫瘍KMS12PE(JCRB細胞バンクより入手)、陰性コントロールとしてMYC遺伝子再構成が見られない白血病細胞株K562(JCRB細胞バンクより入手)の4種である。
【0065】
CAL-1、PMDC05、KMN12PE細胞は、4000細胞/well、K562は1000細胞/wellとなるように96穴細胞培養プレートに播種し、GlutaMAX(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)、10%FBSを加えたRPMI培地にBETブロモドメイン選択的阻害剤であるJQ1(アブカム社製)、I-BET151(ChemieTek社製)、I-BET762(ChemieTek社製)、OTX015(セレック社製)を6.25nM~6400nMまで、CPI203(ケイマンケミカル社製)、PFI-1(ケイマンケミカル社製)を1nm~10000nMまで添加して48時間後の細胞の生存率を解析した。細胞生存率はCTG試薬を用いた細胞増殖アッセイキット(Cell Titer-Glo、プロメガ社製)により測定した。
【0066】
図6に示すように、MYC+群に属するBPDCN細胞株CAL-1はJQ1を添加した場合、150nMを超すと生存率が急激に減少する。これに対し、MYC-群に属するPMDC05は陰性コントロールであるK562同様、1000nM以上の高濃度のJQ1を添加しても高い生存率を示す。I-BET151、I-BET762、OTX015、CPI203、PFI-1を用いた場合も、CAL-1細胞株ではBETブロモドメイン選択的阻害剤であるこれら化合物の添加に伴って鋭敏な生存率の低下が生じる。一方、PMDC05は高濃度のI-BET151、I-BET762、OTX015、CPI203、PFI-1を添加しても高い生存率を示した。
【0067】
BETブロモドメイン選択的阻害剤の添加がMYC発現を減少させていることを確認するために、CAL-1細胞にJQ1を400nM添加してMYC発現の程度を免疫染色法により時間経過を追って解析した。
図7に示すように、MYC発現が時間経過に伴って低下するのが観察された。JQ1添加時(0時間)、6時間後、24時間後、48時間後にMYC陽性を示す細胞の割合は、夫々約95%、60%、15%、0%であった。細胞生存率の低下とMYC発現量の低下は良い相関が見られた。
【0068】
次に、MYC+群に属するBPDCN細胞株CAL-1、MYC-群に属するPMDC05を用い、BETブロモドメイン選択的阻害剤添加後のMYC発現をウェスタンブロット法により解析した。
【0069】
BETブロモドメイン選択的阻害剤であるJQ1(400nM)、I-BET151(1000nM)、I-BET762(2000nM)、OTX015(1000nM)をそれぞれ添加して2時間培養した細胞でのMYCの発現量をウェスタンブロット法にて確認した。
【0070】
1次抗体は抗cMycラビットモノクローナル(アブカム社製)、コントロールとして抗GAPDHマウスモノクローナル抗体(ミリポア社製)、2次抗体は、HRP標識抗ラビットIgG抗体(ロバ、アマシャム社製)を用いた。発色はSuperSignal West Femto Maximum Sensitivity Substrate (ピアス サーモサイエンティフィック社製)を用いた。結果を
図8に示す。
【0071】
CAL-1において4種のBETブロモドメイン選択的阻害剤のいずれにおいてもMYCの著しい減少が確認された。なお、PMDC05細胞ではJQ1未処理の時点からMYCの発現が確認できないレベルであった。
【0072】
上述のように、BETブロモドメイン選択的阻害剤を培地に添加することによって細胞増殖が抑制されることを示したが、次にどのような機構で細胞増殖が抑制されるか解析を行った。CAL-1、PMDC05、KMS12PE、K562細胞にJQ1を添加し、24時間後に細胞を回収し、MYC発現、及びアポトーシスによる細胞死の指標であるPARPの切断をウェスタンブロット法により解析した。抗PARP抗体はセルシグナリング社より得た。
【0073】
図9に示すように、JQ1を400nM添加24時間後には、CAL-1、KMS12PE細胞では未処理の細胞に比べMYCの発現が著しく減少しており、アポトーシスによる細胞死の指標であるPARP切断の増加が認められた。一方で、JQ1感受性の低いPMDC05細胞やK562細胞ではPARP切断の増加は認められなかった。すなわち、MYC+群に属するBPDCN細胞株CAL-1ではアポトーシスが誘導され、細胞死が惹起されていることが明らかとなった。
【0074】
以上、示したようにMYC+のBPDCN細胞では、BETブロモドメイン選択的阻害剤によって、MYCの発現低下が起こり、アポトーシスが誘導され、細胞の生存率の低下が生じた。これは、BETブロモドメイン選択的阻害剤を用いることによって、MYC+群、すなわち、8q24の再構成、MYC発現、immunoblastoidの形態学的マーカーを示すBPDCN症例を治療できる可能性を示している。また、
図6~9に示すように、MYC発現の低下に呼応して、細胞生存率が低下していることは、MYC発現を低下させることができる他の薬剤、あるいは、MYCの機能やシグナル伝達経路を阻害する他の薬剤も使用できることを示唆している。
【0075】
9.他の薬剤の効果
オーロラキナーゼの発現亢進は、白血病などの造血器腫瘍で認められており、MYCの過剰発現を認める腫瘍細胞でMYC過剰発現とオーロラキナーゼ阻害薬の合成致死性を示す報告(非特許文献13)や、肝細胞癌においてMYCとオーロラAキナーゼのタンパク質相互作用をオーロラA阻害薬で阻害するとMYCの分解と細胞死が誘導されることが示されている(非特許文献14)。
【0076】
MYC発現を直接抑制する薬剤ではないが、オーロラキナーゼ阻害剤の効果について解析を行った。オーロラAキナーゼ選択的阻害剤であるアリセルチブ(セレック社製)、オーロラBキナーゼ選択的阻害剤であるバラセルチブ(アドーク バイオサイエンス社製)の効果を、上記と同様にBPDCN細胞株であるCAL-1(MYC+群)、PMDC05(MYC-群)、MYC発現が増強している形質細胞性腫瘍KMS12PE(陽性コントロール)、MYC遺伝子再構成が見られない白血病細胞株K562(陰性コントロール)の4種を用いて解析した。各細胞の培地に各阻害剤を1nm~10000nMまで添加し、48時間後の細胞の生存率を解析した(
図10)。
【0077】
アリセルチブ、バラセルチブともに、PMDC05細胞株に比べ、MYC高発現細胞であるCAL-1細胞株に対して高い増殖抑制阻害作用を示した。したがって、オーロラキナーゼ阻害剤をBPDCNの治療に用いる場合には、MYC発現や染色体の再構成がオーロラキナーゼ阻害剤に対する反応性を判断するバイオマーカーになると考えられる。
【0078】
さらに、BPDCN細胞株の増殖抑制に対して効果を示す薬剤に対する検討を行った。HDAC阻害剤であるボリノスタット(Vorinostat、セレック社製)、パノビノスタット(Panobinostat、セレック社製)、BCL2ファミリータンパク質阻害剤であるベネトクラックス(Venetoclax、LKT ラボラトリーズ社製)について検討を行った。上記4種の細胞株に各阻害剤を1nm~10000nMまで添加し、48時間後の細胞の生存率を解析した(
図11)。いずれの阻害剤もMYC発現の有無とは相関しないものの、BPDCN細胞株に対して強い阻害効果を示すことが明らかとなった。これら薬剤は現在治療法が限られているBPDCNに対する治療薬となる可能性を有している。
【0079】
本発明者らは、独立した疾患であると考えられていたBPDCNが、細胞の形態、8q24の再構成、MYC発現によって、細分化し得る疾患であることを明らかにした。また、MYC発現群の腫瘍に対しては、MYC発現を直接的又は間接的に阻害する阻害剤が治療薬となることから、細胞の形態等、新たなバイオマーカーを診断基準とし治療を行うことが可能となった。また、MYC異常の有無にかかわらず、BPDCNでHDAC阻害剤、BCL2ファミリータンパク質阻害剤が有効であることも示した。