(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-01
(45)【発行日】2022-06-09
(54)【発明の名称】合金構造体
(51)【国際特許分類】
C22C 30/00 20060101AFI20220602BHJP
C22C 5/04 20060101ALI20220602BHJP
【FI】
C22C30/00
C22C5/04
(21)【出願番号】P 2018070030
(22)【出願日】2018-03-30
【審査請求日】2020-12-24
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】ツァオ テ カン
(72)【発明者】
【氏名】村上 秀之
(72)【発明者】
【氏名】下田 一哉
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2017/0369970(US,A1)
【文献】特開2003-096525(JP,A)
【文献】特開2008-156744(JP,A)
【文献】特開2003-265957(JP,A)
【文献】国際公開第2018/154292(WO,A1)
【文献】特開2016-053198(JP,A)
【文献】特開2017-152360(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 30/00
C22C 5/04
B22F 3/105
B22F 3/16
B22F 12/00 - 12/90
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ロジウム(Rh)、イリジウム(Ir)、白金(Pt)
からなる3種の白金族元素と、残部をニッケル(Ni)ならびに不可避的不純物からなると共に、前記3種の白金族元素とNiをそれぞれ5at%以上40at%以下の原子濃度の範囲で含有し、
前記3種の白金族元素の原子濃度の差が20at%未満の範囲にあり、
前記3種の白金族元素とNiとが固溶した樹枝状晶及び樹枝状晶枝間組織
を有し、前記樹枝状晶の領域ではイリジウム(Ir)とロジウム(Rh)が富化し、前記樹枝状晶枝間組織ではニッケル(Ni)と白金(Pt)が富化しており、
常温でのビッカース硬さが280Hv以上であることを特徴とする合金構造体。
【請求項2】
ロジウム(Rh)、イリジウム(Ir)、白金(Pt)
からなる3種の白金族元素と、
コバルト(Co)、銀(Ag)、アルミニウム(Al)からなる元素群から選択される
1種の元素と、
残部をニッケル(Ni)ならびに不可避的不純物からなると共に、
前記3種の白金族元素と
Niをそれぞれ5at%以上30at%以下の原子濃度の範囲で含有すると共に、
Coについて含有する場合はCoを5at%以上30at%以下の原子濃度の範囲で含有し、Ag
又はAlについて含有する場合は
Ag又はAlを3at%以上15at%以下の原子濃度の範囲で含有し、
前記3種の白金族元素
、及びNiの元素の原子濃度の差が15at%未満の範囲にあり、
前記3種の白金族元素、
前記Co、Ag、Alの
何れか1種の元素、及びNiとが固溶した樹枝状晶及び樹枝状晶枝間組織
を有し、前記樹枝状晶の領域ではイリジウム(Ir)とロジウム(Rh)が富化し、前記樹枝状晶枝間組織ではニッケル(Ni)、前記Co、Ag、Alの何れか1種の元素、及び白金(Pt)が富化しており、
常温でのビッカース硬さが280Hv以上であることを特徴とする合金構造体。
【請求項3】
前記
樹枝状晶及び樹枝状晶枝間組織が、面心立方格子又は体心立方格子の結晶構造を有することを特徴とする請求項1又は2に記載の合金構造体。
【請求項4】
前記樹枝状晶での平均結晶粒径が、100μm以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の合金構造体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、合金構造体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、合金材の一種として、高エントロピー合金(high―entropy alloy;HEA)と呼ばれる多元合金が注目されている。高エントロピー合金は、一般に、5種類程度以上の複数元素で組成され、各元素を等原子比率乃至その近傍の原子比率で含有する合金であるとされている。原子拡散の速度が遅い特徴を有し、耐熱性、高温強度、耐腐食性等に優れるため、過酷環境における用途への応用が期待されている(例えば、特許文献1、2参照)。
【0003】
他方で、高温での使用に関しては、Ni基超合金がこれまでに最も広く使用されている材料である(例えば、特許文献3、4参照)。これらの材料の主な用途はタービンエンジンであり、材料設計の絶え間ない進歩によって超合金の耐用温度が上昇し、その結果エンジンの作動効率が大幅に向上している。しかしながら、最新のNi基超合金では、耐用温度(約1100℃)が合金の融点(約1400℃)の80%に近づいており、耐用温度のこれ以上の上昇は見込めない状況にある。その結果、Ni基超合金以外の新しい材料が開発されてきた。たとえば、高融点金属元素(Nb、Mo)を基金属とする合金、超高温セラミックス、高融点HEAなどである。しかし、これまでのところ、高温における機械的強度、耐酸化、耐高温腐食性、妥当な延性および加工性のバランスの取れた有望な耐熱材料はまだ発見されていない。
【0004】
Ir、Rh、Ptなどの白金族金属(Platinum Group Metal:PGM)は、高融点、高温環境に対する化学的安定性、広い温度範囲における延性などの優れた特性を有しているため、資源量の制限にも拘らず、関心が高まっている。PGM合金を使用している合金として、Pt-30Ir(mass%)合金が1700℃で良好な破断伸びを示し、その強度が純粋なPtの強度よりも大幅に改善されていることが報告されている。(非特許文献1)さらに、御手洗らは、Ni基超合金と同様の微細組織を有する材料を開発した。これはfcc母相中に微細に分散したL12構造のγ’相を析出させたもので、いくつかのIrおよびRh基合金は、高温までMAR-M-247およびCMSX-10のような市販のNi基超合金よりも高い圧縮強度を示す。(非特許文献2)
【0005】
加えて、1500℃におけるRh-15Nbの強度は、最も強い金属材料W-HfCの強度と同等である。また、IrおよびRh系超合金の耐酸化性は、WおよびNb系耐火合金よりもはるかに良好であることが知られている。したがって、高温での高強度や耐酸化性により、PGM合金は、電極や航空宇宙産業におけるノズルや再突入カプセル等への用途に適用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2016-023352号公報
【文献】特開2016-023366号公報
【文献】特開2008-144275号公報
【文献】特開2008-156744号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】B.Fischer,A.Behrends,D.Freund,D.F.Lupton,J.Merker,Platinum metals review 43(1)(1999)18-28.
【文献】Y.Yamabe,Y.Koizumi,H.Murakami,Y.Ro,T.Maruko,Scripta Materialia 35(2)(1996)211-215.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
PGM合金は上記の様に高温における良好な特性を持つが、高価であり、実用化の障壁となっている。他方、PGM合金を開発するための高エントロピーの合金設計がバランスの良い高温特性の向上のために更に有効と考えられる。例えば、Ir-Ni-Pt-Rh系HEAは、従来のPt、Ir、Rh系合金よりも混合のエントロピーが高く、高温強度が期待できる。さらに、高い組成比率でのNi添加は、材料および合金密度のコストを大幅に低減することができ、高エントロピー効果は合金の強化に寄与する可能性がある。
本発明はこのような現状に鑑み、例えば内燃機関の点火用プラグ耐熱性構造体や、この表面を被覆する合金膜として使用するのに好適な合金構造体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1) 本発明の合金構造体は、ロジウム(Rh)、イリジウム(Ir)、白金(Pt)からなる3種の白金族元素と、残部をニッケル(Ni)ならびに不可避的不純物からなると共に、前記3種の白金族元素とNiをそれぞれ5at%以上40at%以下の原子濃度の範囲で含有し、
前記3種の白金族元素の原子濃度の差が20at%未満の範囲にあり、前記3種の白金族元素とNiとが固溶した樹枝状晶及び樹枝状晶枝間組織を有し、前記樹枝状晶の領域ではイリジウム(Ir)とロジウム(Rh)が富化し、前記樹枝状晶枝間組織ではニッケル(Ni)と白金(Pt)が富化しており、常温でのビッカース硬さが280Hv以上であることを特徴とする。
【0010】
(2) 本発明の合金構造体は、ロジウム(Rh)、イリジウム(Ir)、白金(Pt)からなる3種の白金族元素と、コバルト(Co)、銀(Ag)、アルミニウム(Al)からなる元素群から選択される1種の元素と、残部をニッケル(Ni)ならびに不可避的不純物からなると共に、前記3種の白金族元素とNiをそれぞれ5at%以上30at%以下の原子濃度の範囲で含有すると共に、Coについて含有する場合はCoを5at%以上30at%以下の原子濃度の範囲で含有し、Ag又はAlについて含有する場合はAg又はAlを3at%以上15at%以下の原子濃度の範囲で含有し、
前記3種の白金族元素、及びNiの原子濃度の差が15at%未満の範囲にあり、前記3種の白金族元素、前記Co、Ag、Alの何れか1種の元素、及びNiとが固溶した樹枝状晶及び樹枝状晶枝間組織を有し、前記樹枝状晶の領域ではイリジウム(Ir)とロジウム(Rh)が富化し、前記樹枝状晶枝間組織ではニッケル(Ni)、前記Co、Ag、Alの何れか1種の元素、及び白金(Pt)が富化しており、常温でのビッカース硬さが280Hv以上、1000℃でのビッカース硬さが10Hv以上であることを特徴とする。
【0011】
(3) 本発明の合金構造体において、好ましくは、前記樹枝状晶及び樹枝状晶枝間組織が、面心立方格子又は体心立方格子の結晶構造を有するとよい。本発明の合金構造体において、面心立方格子の相が2種存在するもの、あるいは面心立方格子とL12規則格子の相を有すると更に好ましい。
(4) 本発明の合金構造体において、好ましくは、前記樹枝状晶での平均結晶粒径が、100μm以下であるとよい。
【発明の効果】
【0017】
本発明の合金構造体によれば、例えば内燃機関の点火用プラグのような耐熱性構造体に
おいて、耐熱構造体そのものか、その構造体表面を被覆する合金膜として使用するのに好
適な合金構造体を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の一実施形態にかかる樹枝状ミクロ構造を示すもので、(a)はIrNiPtRh、(b)はIrNiPtRhCo、(c)はIrNiPtRhAg
0.5、(d)はFCC2の樹枝状結晶間、(e)IrNiPtRhAl
0.5、および(f)は樹枝状結晶間のγ'析出物である。
【
図2】本発明の一実施形態のXRDピーク図を示すもので、(a)はIrNiPtRh、(b)はIrNiPtRhCo、(c)はIrNiPtRhAg
0.5および(d)IrNiPtRhAl
0.5を示している。
【
図3】本発明の一実施形態のDTA加熱および冷却曲線を示すもので、(a)はIrNiPtRh、(b)はIrNiPtRhCo、(c)はIrNiPtRhAg
0.5および(d)IrNiPtRhAl
0.5を示している。
【
図4】(a)は室温硬度を示すもので、PGM-HEAs、従来のPt-IrやPt-Rh合金、並びにCoCrFeNi(FCC)、CoCrFeMnNi(FCC)、HfNbTaTiZr(BCC)などの単相HEAsを示している。 (b)は室温から高温までの硬度を示すもので、PGM-HEAs、純粋なIr、RhおよびPt、単結晶のFCC HEA CoCrFeNiおよびUdmet720Li、IN718のような従来の超合金を示している。
【発明を実施するための形態】
【0019】
合金材構造体の主な組織は、常温且つ常圧下において、面心立方格子又は体心立方格子の結晶構造を有している。合金組成を選択設計することによって、面心立方格子の結晶構造の存在割合を、凝固組織の任意断面における占有面積率で、90%以上としたり、95%以上とすることも可能である。また、体心立方格子の結晶構造の存在割合を、凝固組織の任意断面における占有面積率で、90%以上としたり、95%以上とすることも可能である。
白金族系高エントロピー合金の成分組成は例えば以下の範囲とすることが望ましい。以下、基材の成分組成における「%」は特に断らない限り「原子%」を意味する。
【0020】
本発明の合金は高い割合の白金族金属を含有する。ここで用いる用語「白金族金属」は、Ptだけでなく、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)及びイリジウム(Ir)も含む。オスミウム(Os)は、酸素と反応しやすく、粉末では室温でも有毒な酸化物に変化する為、本発明の白金族金属成分には含まないものとする。合金組成の約60原子%以上かつ合金組成の約89原子%以下を構成する。これらの元素は耐酸化性、拡散率及び超合金基材との熱整合性を併せもつので好ましい。
【0021】
合金構造体は、白金族金属の少なくとも3種の元素と、Niを5at%以上40at%以下の原子濃度の範囲で、実質的に等原子比率で含有する。このように少なくとも4種の元素を等原子比率で含有すると、自由エネルギーの混合エントロピー項が増大するため、固溶相が安定化されるようになる。なお、本明細書においては、実質的に等原子比率であるとは、4元元素の場合は原子濃度の差が20at%未満の範囲、5元元素の場合は原子濃度の差が15at%未満の範囲にあることを意味するものとする。
なお、合金構造体は、コバルト(Co)、銀(Ag)、アルミニウム(Al)からなる元素群から選択される少なくとも1種の元素をさらに含んでいてもよい。組成比率の詳細は後で説明する。
【0022】
合金構造体を組成する元素種類及び原子比率は、例えば、生成エンタルピー、エントロピーないしギブスエネルギーを熱力学的計算で求めることによって、組成を選択設計することができる。例えば、等原子比率で含まれる少なくとも4種の元素と、他の元素との原子濃度の比率は、前記の原子濃度の範囲で適宜変えることができる。これら主成分元素の原子濃度の比率を変えることによって、合金構造体の結晶構造を変えることができ、機械的強度、展延性、硬度、密度等を調節することが可能である。結晶構造の予測計算としては、第一原理計算法、Calphad(Calculation of phase diagrams)法、分子動力学法、Phase-Field法、有限要素法等を適宜組み合わせて用いることができる。
【0023】
合金構造体は、例えば4元合金の場合は、白金族元素のうち任意の3種の元素及びNiを5at%以上40at%以下の原子濃度の範囲で実質的に等原子比率で含有させるとよい。Niは、添加量が多いと高温酸化が避けられない。実質的に等原子比率で含有とは、前記少なくとも3種の白金族元素及びNiのうち少なくとも3種の白金族元素の原子濃度の差が20at%未満の範囲にあることをいう。
したがって、固溶強化の作用を活かし、かつ悪影響を避けるためには、Niの添加量を40at%未満とするとよい。
合金構造体は、例えば5元合金の場合は、白金族元素のうち任意の3種の元素、Co、Ag、Alのうち任意の1種の元素、及びNiを5at%以上30at%以下の原子濃度の範囲で実質的に等原子比率で含有させるとよい。ただし、AgとAlを含有させる場合には、AgとAlについては3at%以上15at%以下の原子濃度の範囲で含有させるとよい。
【0024】
同様にして、Coを5at%以上30at%以下、白金族元素のうち任意の3種の元素及びNiを5at%以上30at%以下の原子濃度の範囲で実質的に等原子比率で含有させることも可能である。好ましくは、白金族元素のうち任意の3種の元素及びNiは15at%以上23.75at%以下の原子濃度の範囲で実質的に等原子比率で含有させてもよい。
Crを5at%以上30at%以下、白金族元素のうち任意の3種の元素及びNiを5at%以上30at%以下の原子濃度の範囲で実質的に等原子比率で含有させることも可能である。好ましくは、白金族元素のうち任意の3種の元素及びNiは15at%以上23.75at%以下であるとよい。
Feを5at%以上30at%以下、白金族元素のうち任意の2種の元素、Cr及びNiを5at%以上30at%以下の原子濃度の範囲で実質的に等原子比率で含有させることも可能である。Feは、添加量が多いと高温酸化が避けられず、合金構造体表面に酸化スケールを形成したり、内部酸化したりする。さらには、添加量が多いと合金が過度に脆化し、加工が困難となる弊害もある。好ましくは、白金族元素のうち任意の3種の元素及びNiは15at%以上23.75at%以下であるとよい。
【0025】
合金構造体は、例えば、Agを3at%以上15at%以下の原子濃度の範囲で含有すると共に、白金族元素のうち任意の3種の元素及びNiを5at%以上30at%以下の原子濃度の範囲で実質的に等原子比率で含有する元素組成とすることができる。好ましくは、白金族元素のうち任意の3種の元素及びNiは21at%以上24at%以下であるとよい。
合金構造体に含まれるAgの原子濃度が15at%以上であると、高温における合金構造体の機械的強度が過度に低下する恐れが低く、他方、合金構造体に含まれるAgの原子濃度が3at%以下であると、合金構造体の主相にAgが固溶するため、合金材の延性が低下する恐れが低い。
【0026】
合金構造体は、例えば、Alを3at%以上15at%以下の原子濃度の範囲で含有すると共に、白金族元素のうち任意の3種の元素及びNiを5at%以上30at%以下の原子濃度の範囲で実質的に等原子比率で含有する元素組成とすることができる。好ましくは、白金族元素のうち任意の3種の元素及びNiは21at%以上24at%以下であるとよい。
合金構造体に含まれるAlの原子濃度が3at%以下であると、高温における合金構造体の機械的強度が過度に低下する恐れが高く、他方、合金構造体に含まれるAlの原子濃度が15at%以上であると、合金構造体の主相にAlが固溶するため、合金材の延性が低下する恐れが高い。
【実施例】
【0027】
本発明では、Ir-Ni-Pt-Rh系HEAについて実施例を行い、当該実施例合金の微細構造、熱的性質、高温硬度について検討した。当該実施例合金の高温性能と軟化抵抗についての特性を測定し、超高温用途への可能性が明らかとなった。さらに、相形成機構については幾何学的および熱力学的規則に関係し、対混合エンタルピーに関しても、理論的な考察を行った。
【0028】
4つのPGM-HEAが、表1に示すような面心立方(FCC)構造形成元素、Ag、Al、Co、Ir、Ni、PtおよびRhから設計された。一個の四元合金(IrNiPtRh)、3個の五元合金(IrNiPtRhCo、IrNiPtRhAg0.5およびIrNiPtRhAl0.5)を、高純度の金属成分を用いた真空アーク溶融法によってそれぞれ約10g調製した。微細構造観察および組成分析には、エネルギー分散型X線分光器(EDS)を備えた走査型電子顕微鏡(SEM、Hitachi-S4700)を用いた。金属組織標本は、一般的な研削および研磨プロセスによって調製された。40kV/15mAでCuターゲット放射線を用いたX線回折装置(XRD、Rigaku-MiniFlex600)を用いて結晶構造を得た。XRD標本を20°から100°迄の2θ角度で2度/分でスキャンした。熱特性を測定するためにTG/DTA(SETARAM-Setsys24)を使用した。約100mgのサンプルをAl2O3るつぼに入れ、IrNiPtRhについては10℃/分の加熱速度で2000℃まで、他の3つの合金は1900℃まで試験した。真空チャンバーと加熱装置を備えた高温ビッカース硬さ試験機(Intesco-HTM1400)を用いて、室温から高温までの硬度試験を行った。1.0kgfの荷重と10秒の滞留時間を用い、硬度は各温度における3~5個の圧痕の平均値として得られた。
【0029】
表1は、構成元素の結晶構造、原子半径、密度および融点を示す。
【表1】
【0030】
アーク溶解後のIrNiPtRh、IrNiPtRhCo、IrNiPtRhAg
0.5およびIrNiPtRhAl
0.5合金の反射電子像(BEI)を
図1に示し、SEM-EDSによって測定した平均化学分析組成を表2に示す。
図1(a)、
図1(b)、
図1(c)および
図1(e)に示すように、すべての合金は典型的な樹枝状微細構造を示す。IrNiPtRhの樹枝状晶領域は、より高い融解温度のためにIrおよびRhが豊富であり、他方、樹枝状晶枝間組織はNiとPtが富化する。IrNiPtRhCoに関しては、樹枝状晶領域はIrおよびRhに富むが、樹枝状晶枝間組織内ではNi、PtおよびCoの濃度がより高い。IrNiPtRhAg
0.5では、樹枝状結晶と樹枝状晶枝間組織のIr、Ni、PtおよびRhの分配は類似したままである。さらに、より高いAg含有量は、樹枝状晶内にあり、したがって、より暗いコントラスト(Ag、Pt)富化相(
図1(d))の形成に対応する。IrNiPtRhAl
0.5の場合、樹枝状結晶はIrとRhを多く含み、樹枝状晶枝間組織はNi、Pt、Alの濃度が高い。さらに、
図1(f)に示すように、樹枝状領域内にPt、Ni、Alに富むわずかに暗いコントラスト相が観察される。
【0031】
表2は、溶製した合金の原料組成(nominal)と溶製後の化学分析組成(actual)、および樹枝状晶(D)、樹枝状晶枝間組織(ID)および追加相の化学分析結果である。
【表2】
【0032】
X線回折パターンを
図2に示す。
図2(a)および
図2(b)によれば、IrNiPtRhおよびIrNiPtRhCoのピークは単結晶のFCC固溶体と同定できる。IrNiPtRhAg
0.5の
図2(c)に関して、FCC基準に加えて、
図1(d)に示す(Ag、Pt)リッチ相に由来するFCCピークの第2の相が存在し得る。
図2(d)のIrNiPtRhAl
0.5については、FCCとL1
2規則相(γ’相)に対応するピークがあるため、
図1(f)に示すPt、Ni、Alリッチ相は(Pt、Ni)
3Alγ’、また、格子定数はブラッグの法則にしたがって決定することができ、単結晶のFCC IrNiPtRhの格子定数は38.31nmである。より小さな原子サイズのCoが合金中に固溶するため、FCC IrNiPtRhCoの格子定数は37.79nmとわずかに減少する.IrNiPtRhAg
0.5 における(Ag、Pt)リッチFCC
2の格子定数は40.42nmであり、報告されているAgリッチの合金では、例えば40.61nmのAg
93Pt
7の格子定数に近い。IrNiPtRhAl
0.5に関して、FCCの格子定数は37.94nm(aγ)であり、L1
2(Pt、Ni)
3Alの格子定数は38.92nm(aγ’)である。Ir、PtおよびRhベースの超合金と比較して、IrNiPtRhAl
0.5のaγ’は上記の超合金のものに近い。しかし、aγの方が小さく、IrNiPtRhAl
0.5の高Ni量添加に関連している可能性がある。より小さい原子Niがγマトリックスに偏析する傾向があるので、γの減少が明らかである。
【0033】
図3(a)から、吸熱(発熱)ピークが見られ、1943℃付近で単相FCC IrNiPtRhの固相線温度を測定することができる。IrNiPtRhCoの
図3(b)については、曲線もまた固溶体の融解に対応する。CoはIrNiPtRhに比べ融点が低いため、固相線温度は1814℃まで低下する。
図3(c)のIrNiPtRhAg
0.5では、FCCマトリックスの固相線温度は約1822℃である。さらに、(Ag、Pt)リッチFCC2の相変態に関連するピークは1182℃であり、これはAg-Pt系のAgリッチ合金の報告された液相ポイントとも一致する。IrNiPtRhAl
0.5の
図3(d)に関して、FCC母相の固相点は約1847℃であり、(Pt、Ni)
3Alγ’の固相線温度は1610℃に達することができ、γ+IrNiPtRhAl
0.5のγ’ミクロ構造は非常に高い温度に耐えることができる。
【0034】
HEAの相形成規則に関する以前の研究によれば、原子半径差(δ)、エンタルピー(ΔH
mix)および混合のエントロピー(ΔS
mix)からの寄与に関連する幾何学的および熱力学的考察は、不規則固溶体または混合物順序付きフェーズ:
【数1】
【0035】
ここで、riは原子半径であり、xiはi番目の元素のモル比であり、ΣHijはi番目とj番目の元素の混合エンタルピーである。表3に構成要素の二元混合エンタルピーを示す。δは合金の位相不安定性を示す原子サイズのミスマッチによって局部弾性ひずみを特徴付けることができ、ΔHmixは金属間化合物の形成傾向を決定する。高エントロピー安定化固溶体では、原子サイズの差(δ)は6.6%以下、パラメータΩは次式で表され、1.2以上である。
Ω=TmΔSmix/lΔHmixl)
【0036】
ここで、Tmは各成分の融点によって計算された平均融解温度である:
Tm=Σn
i=1xi(Tm)i
Ω>1は、混合エントロピーTΔSmixからの寄与が、固溶体を形成するためのΔHmixの寄与を超えることを意味する。
【0037】
現在の合金に関して、計算された原子半径差δは3.9%~4.6%であり、IrNiPtRh、IrNiPtRhCo、IrNiPtRhAg0.5およびIrNiPtRhAl0.5のパラメータΩは、それぞれ10.1,8.4,12.7および1.9である。したがって、現在の合金は、幾何学的および熱力学的な考慮の下で単純な固溶体を形成する傾向がある。しかしながら、本発明によれば、IrNiPtRhAg0.5およびIrNiPtRhAl0.5に関しては例外が生じる可能性がある。したがって、個々の対の混合エンタルピーも考慮すべきである。
【0038】
表3から、IrNiPtRhについては、0からの2成分混合エンタルピーの偏差はかなり小さく、金属間相を形成する特定の傾向がないことを示している。また、同様の結果をIrNiPtRhCoにも適用することができ、単結晶のFCC固溶体が存在する。それにもかかわらず、AgとAlとの合金化は、明らかに、それぞれ正と負の混合エンタルピーに大きなずれを生じさせる可能性がある。より負のエンタルピーの混合が原子結合の傾向を示すので、AgとPtとの間の正の混合エンタルピーは、(Ag、Pt)リッチFCC2の形成を導く。他方、IrNiPtRhAl0.5中での混合の最も負のエンタルピーはPt-Al対であり、L12γ’相の主成分にも対応する。
【0039】
表3は、構成要素の二成分混合エンタルピー(kJ/mol)を示す。
【表3】
【0040】
図4(a)は、PGM-HEAの室温硬度をPGM合金や単相HEAと比較したものである。IrNiPtRhの硬さは333Hvであり、IrNiPtRhCoの硬度は285Hvまでわずかに低下する。IrNiPtRhAg
0.5については、硬度(327Hv)はIrNiPtRhのそれに近い。興味深いことに、γ’の著しい析出硬化作用のために、IrNiPtRhAl
0.5の硬度は514Hvに達し、これはIrNiPtRhの1.4倍である。従来のPGM合金と比較して、単結晶のFCC IrNiPtRhの硬度は、Ir-PtおよびRh-Pt合金の硬度を上回る可能性がある。IrNiPtRhの硬度は、単結晶のFCC CoCrFeNi(160Hv)およびCoCrFeMnNi(170Hv)の硬度の2倍であることも注目される。さらに、IrNiPtRhの硬度は単結晶のBCC HfNbTaTiZr(335Hv)の硬度にも近い。
【0041】
したがって、塑性変形に対するPGM-HEAの良好な耐性が実証されている。PGM-HEAの硬度の御衣依存性について
図4(b)に示す。IrNiPtRhAl
0.5は、FCC単相の IrNiPtRhおよびIrNiPtRhCoの温度に亘って優れた硬度を示すことができ、IrNiPtRhはIrNiPtRhCoよりもわずかに高い。比較のために、純Pt、Ir、Rh、単相FCC CoCrFeNiおよび従来の超合金Udmet720Li、IN718の硬度も含まれている。IrNiPtRhの硬度は、純粋なIr、Pt、RhおよびCoCrFeNiの硬度だけでなく、高温での高強度超合金の硬度を既に超えていることが明らかである。さらに、IrNiPtRhAl
0.5は、特に800℃を超えると軟化抵抗が非常に高くなる。
【0042】
以上説明したように、本発明の合金構造体によれば、Ir、PtおよびRhベースの超合金と比較して、PGM-HEAの組成はより平均的な成分組成を有する。さらに、高いNi添加は、材料のコストおよび密度の低減に寄与する。本発明の合金構造体によれば、従来の超合金で軟化が起こった1100℃までは高い硬度を維持することができるので、1800℃程度までの超高温用途に用いることが出来る可能性がある。
合金組織的に検討すると、本発明の合金構造体のうち、特に等モルのIrNiPtRhおよびIrNiPtRhCoは、HEAの幾何学的および熱力学的考察に従って単結晶のFCC固溶体として形成される。一方、混合エンタルピーの対の方が大きいため、IrNiPtRhAg0.5およびIrNiPtRhAl0.5にはそれぞれFCC2およびL12γ’相が形成される。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明の合金構造体は、例えば内燃機関の点火用プラグのような耐熱性構造体において、耐熱構造体そのものか、その構造体表面を被覆する合金膜として使用するのに好適であり、耐熱性と信頼性の要求される用途に用いて好適である。