(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-01
(45)【発行日】2022-06-09
(54)【発明の名称】フッ素系グリースの基油拡散防止剤
(51)【国際特許分類】
C10M 169/00 20060101AFI20220602BHJP
C10M 137/02 20060101ALN20220602BHJP
C10M 107/38 20060101ALN20220602BHJP
C10M 105/54 20060101ALN20220602BHJP
C10M 119/22 20060101ALN20220602BHJP
C10N 30/00 20060101ALN20220602BHJP
C10N 40/02 20060101ALN20220602BHJP
C10N 50/10 20060101ALN20220602BHJP
【FI】
C10M169/00
C10M137/02
C10M107/38
C10M105/54
C10M119/22
C10N30:00 Z
C10N40:02
C10N50:10
(21)【出願番号】P 2018143038
(22)【出願日】2018-07-31
【審査請求日】2021-06-09
(73)【特許権者】
【識別番号】503121505
【氏名又は名称】株式会社フロロテクノロジー
(74)【代理人】
【識別番号】100089152
【氏名又は名称】奥村 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】神保 雅子
(72)【発明者】
【氏名】服部 雅高
(72)【発明者】
【氏名】小原 弘明
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 隆彦
【審査官】黒川 美陶
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-231547(JP,A)
【文献】特開2003-027079(JP,A)
【文献】特開2013-014786(JP,A)
【文献】特開昭59-066496(JP,A)
【文献】米国特許第06015777(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M、C10N
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ素系グリース本体に添加する基油拡散防止剤であって、下記構造式(1)で表される分子量1500以下の化合物よりなる基油拡散防止剤。
E
n-Z ・・・(1)
(式中、Eは水素原子の一部又は全てがフッ素化されてなるポリアルキレンエーテル基骨格を有する基であり、Zはリンのオキソ酸の残基であり、nは1~3の整数である。)
【請求項2】
Eがポリパーフルオロエチレンオキサイド基骨格を有する基である請求項1記載の基油拡散防止剤。
【請求項3】
Zがリン酸残基、ホスホン酸残基又はホスフィン酸残基である請求項1又は2記載の基油拡散防止剤。
【請求項4】
Eが下記構造式(2)又は下記構造式(3)で表される基である請求項1乃至3のいずれか一項に記載の基油拡散防止剤。
R-(OCF
2CF
2)
m-OCF
2-CH
2O・・・(2)
R-(OCF
2CF
2)
m-OCF
2-CH
2O-(CH
2)
k・・・(3)
(式中、Rは炭素数1~6のパーフルオロアルキル基又は水素原子が一部残っているフルオロアルキル基であり、mは2~6の整数であり、kは1~6の整数である。)
【請求項5】
基油、増ちょう剤及び請求項1乃至4のいずれか一項に記載の基油拡散防止剤を含有するフッ素系グリース。
【請求項6】
基油50~80質量%、増ちょう剤20~50質量%及び基油拡散防止剤1~5質量%(ただし、全体で100質量%)を含有する請求項5記載のフッ素系グリース。
【請求項7】
基油がパーフルオロポリエーテル又はパーフルオロアルキルエーテルであり、増ちょう剤がポリテトラフルオロエチレンである請求項5又は6記載のフッ素系グリース。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フッ素系グリースの基油の拡散を防止するために用いる基油拡散防止剤に関し、特にパーフルオロポリエーテル又はパーフルオロアルキルエーテル等の基油の拡散を防止するために用いる基油拡散防止剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
各種機器の急速な高性能化及び小型化に伴って、その機械的な回転部や摺動部等に使用されるグリースに対して、従来よりも優れた特性が要求されるようになってきている。すなわち、耐熱性、低温安定性、軽トルク性、対ゴム耐性や対樹脂耐性等といった多機能性が求められている。
【0003】
かかる多機能性のグリースとして、近年、フッ素系グリースが用いられている。フッ素系グリースは、パーフルオロポリエーテルやパーフルオロアルキルエーテル等を基油とするものであり、鉱油等の他の基油と比べて、優れた多機能性を持つものである。
【0004】
しかるに、フッ素系グリースは、基油が拡散しやすい傾向がある。基油が拡散すると、機器の他の箇所に基油が付着し、機器が作動不良を起こす恐れがある。このため、特許文献1には、フッ素系グリースの基油の拡散を防止するために、パーフルオロエーテルのアルキルエステル化物や、パーフルオロエーテルアルコールを基油拡散防止剤として用いることが記載されている。
【0005】
【文献】特開2014-231547号公報(請求項1)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、特許文献1と同様に、フッ素系グリースの基油拡散を防止するための剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、特許文献1に記載されている化合物ではなく、水素原子の一部又は全てがフッ素化されてなるポリアルキレンエーテル基骨格を有する基に、リンのオキソ酸の残基を結合させた化合物を基油拡散防止剤として用いることにより、上記課題を解決したものである。すなわち、本発明は、フッ素系グリース本体に添加する基油拡散防止剤であって、下記構造式(1)で表される分子量1500以下の化合物よりなる基油拡散防止剤に関するものである。
En-Z ・・・(1)
(式中、Eは水素原子の一部又は全てがフッ素化されてなるポリアルキレンエーテル基骨格を有する基であり、Zはリンのオキソ酸の残基であり、nは1~3の整数である。)
また、本発明は、フッ素系グリース本体に、構造式(1)で表される分子量1500以下の化合物よりなる基油拡散防止剤が含有されてなるフッ素系グリースに関するものである。
【0008】
フッ素系グリース本体としては、従来公知のものを用いることができ、具体的には、パーフルオロポリエーテルやパーフルオロアルキルエーテル等を単独で又は混合してなる基油と、ポリテトラフルオロエチレン等を単独で又は混合してなる増ちょう剤とよりなるものが用いられる。たとえば、市販されているデムナムグリース(ダイキン工業株式会社製)、バリエルタ(NOKクリューバー株式会社製)又はスミテック(住鉱潤滑剤株式会社製)等を用いることができる。本発明に係るフッ素系グリースは、基油及び増ちょう剤よりなるフッ素系グリース本体に、構造式(1)で表される化合物よりなる基油拡散防止剤が含有されてなるものである。基油、増ちょう剤及び基油拡散防止剤の各含有量は任意であるが、一般的に、基油、増ちょう剤及び基油拡散防止剤の合計量を100質量%としたとき、基油50~80質量%程度、増ちょう剤20~50質量%程度及び基油拡散防止剤0.1~10質量%程度である。特に、基油拡散防止剤は、1~5質量%程度であるのが好ましい。また、フッ素系グリースには、所望の性能を与えるために、その他の酸化防止剤やさび止め剤等の公知の添加剤が含有されていてもよい。
【0009】
本発明は基油拡散防止剤に特徴を有するものであり、構造式(1)で表される分子量1500以下の化合物を基油拡散防止剤とするものである。構造式(1)中のEは水素原子の一部又は全てがフッ素化されてなるポリアルキレンエーテル基骨格を有する基であり、Zはリンのオキソ酸の残基である。基油拡散防止剤に、水素原子の一部又は全てがフッ素化されてなるポリアルキレンエーテル基骨格を有する基が存在することにより、フッ素系グリース本体を構成する基油及び増ちょう剤との相溶性に優れていると考えられる。そして、リンのオキソ酸の残基は、基油や増ちょう剤に比べて、フッ素系グリースを適用した機械材料表面に付着しやすいため、基油が機械材料表面に沿って拡散しにくくなると考えられる。
【0010】
リンのオキソ酸の残基であるZとしては、リン酸残基、ホスホン酸残基又はホスフィン酸残基を用いるのが好ましい。水素原子の一部又は全てがフッ素化されてなるポリアルキレンエーテル基骨格を有する基であるEとしては、ポリパーフルオロエチレンオキサイド基骨格を有する基であるのが好ましく、特に下記の構造式(2)又は(3)のものが好ましい。
R-(OCF2CF2)m-OCF2-CH2O・・・(2)
R-(OCF2CF2)m-OCF2-CH2O-(CH2)k・・・(3)
(式中、Rは炭素数1~6のパーフルオロアルキル基又は水素原子が一部残っているフルオロアルキル基であり、mは2~6の整数であり、kは1~6の整数である。)
【0011】
構造式(1)で表される化合物の具体例としては、以下の化学式のものを用いるのが最も好ましい。
(a)C4F9-(OCF2CF2)2-OCF2-CH2O-P(O)(OH)2
(b)[C4F9-(OCF2CF2)2-OCF2-CH2O]2-P(O)(OH)
(c)C4F9-(OCF2CF2)2-OCF2-CH2O-(CH2)3-P(O)(OH)2
(d)C4F9-(OCF2CF2)2-OCF2-CH2O-(CH2)3-PH(O)(OH)
(e)C2F5-(OCF2CF2)4-OCF2-CH2O-P(O)(OH)2
(f)C4F9-(OCF2CF2)2-OCF2-CH2-P(O)(OH)2
(g)HC2F4-(OCF2CF2)4-OCF2-CH2O-P(O)(OH)2
(h)C4F9-(OCF2CF2)2-OCF2-CH2CH2O-P(O)(OH)2
【発明の効果】
【0012】
上記した種々の基油拡散防止剤は単独で又は2種以上を混合して、基油及び増ちょう剤よりなるフッ素系グリース本体に添加され、均一に攪拌混合されて、本発明に係るフッ素系グリースを得ることができる。本発明に係るフッ素系グリースは、水素原子の一部又は全てがフッ素化されてなるポリアルキレンエーテル基骨格を有する基に、リンのオキソ酸の残基が結合されてなる基油拡散防止剤が含有されているので、基油の拡散を良好に防止しうるという効果を奏する。
【実施例】
【0013】
実施例1
フッ素グリース本体(ダイキン工業株式会社製、商品名「デムナムグリース L-65)に、下記化学式で表される基油拡散防止剤(a)(分子量628)を3質量%添加した後、均一に攪拌してフッ素系グリースを得た。
(a)C4F9-(OCF2CF2)2-OCF2-CH2O-P(O)(OH)2
【0014】
実施例2
実施例1で用いた基油拡散防止剤(a)に代えて、下記化学式で表される基油拡散防止剤(b)(分子量1158)を用いた他は、実施例1と同様にしてフッ素系グリースを得た。
(b)[C4F9-(OCF2CF2)2-OCF2-CH2O]2-P(O)(OH)
【0015】
実施例3
実施例1で用いた基油拡散防止剤(a)に代えて、下記化学式で表される基油拡散防止剤(c)(分子量670)を用いた他は、実施例1と同様にしてフッ素系グリースを得た。
(c)C4F9-(OCF2CF2)2-OCF2-CH2O-(CH2)3-P(O)(OH)2
【0016】
実施例4
実施例1で用いた基油拡散防止剤(a)に代えて、下記化学式で表される基油拡散防止剤(d)(分子量654)を用いた他は、実施例1と同様にしてフッ素系グリースを得た。
(d)C4F9-(OCF2CF2)2-OCF2-CH2O-(CH2)3-PH(O)(OH)
【0017】
実施例5
実施例1で用いたフッ素グリース本体のみを、ダイキン工業株式会社製の商品名「デムナムグリース L-200」に変更した他は、実施例1と同様にしてフッ素系グリースを得た。
【0018】
実施例6
実施例1で用いたフッ素グリース本体のみを、NOKクリューバー株式会社製の商品名「バリエルタ IEL/V」に変更した他は、実施例1と同様にしてフッ素系グリースを得た。
【0019】
実施例7
実施例1で用いたフッ素グリース本体のみを、NOKクリューバー株式会社製の商品名「バリエルタ L55/2H1」に変更した他は、実施例1と同様にしてフッ素系グリースを得た。
【0020】
実施例8
実施例1で用いたフッ素グリース本体のみを、住鉱潤滑剤株式会社製の商品名「スミテック F931」に変更した他は、実施例1と同様にしてフッ素系グリースを得た。
【0021】
実施例9
実施例1で用いたフッ素グリース本体のみを、住鉱潤滑剤株式会社製の商品名「スミテック F971」に変更した他は、実施例1と同様にしてフッ素系グリースを得た。
【0022】
実施例10
基油拡散防止剤(a)の添加量を1質量%とした他は、実施例1と同様にしてフッ素系グリースを得た。
【0023】
実施例11
基油拡散防止剤(a)の添加量を1質量%とした他は、実施例5と同様にしてフッ素系グリースを得た。
【0024】
比較例1
実施例1で用いた基油拡散防止剤(a)に代えて、下記化学式で表される基油拡散防止剤(ア)(分子量723)を用いた他は、実施例1と同様にしてフッ素系グリースを得た。
(ア)C4F9-(OCF2CF2)2-OCF2-C(O)NH(CH2)3-Si(OCH3)3
【0025】
比較例2
実施例1で用いた基油拡散防止剤(a)に代えて、下記化学式で表される基油拡散防止剤(イ)(分子量約1600)を用いた他は、実施例1と同様にしてフッ素系グリースを得た。
(イ)C3F7-(OCF2CF2CF2)p-OCF2CF2CH2O-P(O)(OH)2・・・ただし、pは約7である。
【0026】
比較例3
実施例1で用いた基油拡散防止剤(a)に代えて、下記化学式で表される基油拡散防止剤(ウ)(分子量約2600)を用いた他は、実施例1と同様にしてフッ素系グリースを得た。
(ウ)C3F7O-[CF(CF3)CF2O]q-CF(CF3)CH2O-P(O)(OH)2・・・ただし、qは約13である。
【0027】
比較例4
実施例1で用いた基油拡散防止剤(a)に代えて、下記化学式で表される基油拡散防止剤(エ)(分子量約3900)を用いた他は、実施例1と同様にしてフッ素系グリースを得た。
(エ)C3F7-(OCF2CF2CF2)r-OCF2CF2CH2O-P(O)(OH)2・・・ただし、rは約21である。
【0028】
比較例5
基油拡散防止剤を添加せずに、フッ素系グリース本体であるダイキン工業株式会社製の商品名「デムナムグリース L-65」のみをグリースとした。
【0029】
比較例6
基油拡散防止剤を添加せずに、フッ素系グリース本体であるダイキン工業株式会社製の商品名「デムナムグリース L-200」のみをグリースとした。
【0030】
比較例7
基油拡散防止剤を添加せずに、フッ素系グリース本体であるNOKクリューバー株式会社製の商品名「バリエルタ IEL/V」のみをグリースとした。
【0031】
比較例8
基油拡散防止剤を添加せずに、フッ素系グリース本体であるNOKクリューバー株式会社製の商品名「バリエルタ L55/2H1」のみをグリースとした。
【0032】
比較例9
基油拡散防止剤を添加せずに、フッ素系グリース本体である住鉱潤滑剤株式会社製の商品名「スミテック F931」のみをグリースとした。
【0033】
比較例10
基油拡散防止剤を添加せずに、フッ素系グリース本体である住鉱潤滑剤株式会社製の商品名「スミテック F971」のみをグリースとした。
【0034】
[基油拡散試験]
実施例1~11及び比較例1~10で得られた各グリースを、スリガラス板(一般的なソーダガラスにスリ加工をしたもの)の粗面に、直径6mmで高さ1mmの円柱状に塗布した。そして、80℃の恒温器に入れて促進試験を行い、24時間後の基油の拡散状態を評価した。
図1に示すように、基油は塗布したグリースの径方向に拡散するので、基油の直径(Amm)を測定した。そして、拡散幅(mm)=A-6を求めた。この結果を表1に示した。また、スリガラス板に代えて、アルミニウム板(A1050P)の表面を布ヤスリ♯150で擦って粗面としたものを用い、この粗面上に同様に各グリースを塗布して、同様の促進試験を行って基油の拡散幅を求めた。この結果も表1に示した。
【0035】
[表1]
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
スリガラス板拡散幅 アルミニウム板拡散幅
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
実施例1 0.0mm 0.0mm
実施例2 0.0mm 0.0mm
実施例3 0.0mm 0.0mm
実施例4 0.0mm 0.0mm
実施例5 0.0mm 0.0mm
実施例6 0.0mm 0.0mm
実施例7 0.0mm 0.0mm
実施例8 0.0mm 0.0mm
実施例9 0.0mm 0.0mm
実施例10 0.0mm 0.0mm
実施例11 0.0mm 0.0mm
比較例1 7mm 9mm
比較例2 20mm >20mm
比較例3 14mm >20mm
比較例4 20mm >20mm
比較例5 >20mm >20mm
比較例6 >20mm 12mm
比較例7 >20mm >20mm
比較例8 >20mm 12mm
比較例9 12mm 11mm
比較例10 9mm 7mm
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【0036】
表1の結果から明らかなように、実施例に係る各フッ素系グリースは、比較例に係る各グリースに比べて、基油の拡散が顕著に防止されていることが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【
図1】実施例及び比較例に係る各グリースの基油拡散試験を行った際のグリースの塗布状態及び基油の拡散状態を示した模式的平面図である。