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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-01
(45)【発行日】2022-06-09
(54)【発明の名称】免疫抑制解除剤及びその利用
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/704 20060101AFI20220602BHJP
   A61K 31/7048 20060101ALI20220602BHJP
   A61K 35/17 20150101ALI20220602BHJP
   A61K 39/00 20060101ALI20220602BHJP
   A61K 45/00 20060101ALI20220602BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20220602BHJP
   A61P 37/04 20060101ALI20220602BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20220602BHJP
【FI】
A61K31/704 ZMD
A61K31/7048
A61K35/17 Z
A61K39/00 Z
A61K45/00
A61P35/00
A61P37/04
A61P43/00 111
A61P43/00 121
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2018500166
(86)(22)【出願日】2017-02-15
(86)【国際出願番号】 JP2017005566
(87)【国際公開番号】W WO2017141981
(87)【国際公開日】2017-08-24
【審査請求日】2018-08-30
【審判番号】
【審判請求日】2020-06-23
(31)【優先権主張番号】P 2016026745
(32)【優先日】2016-02-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】506374708
【氏名又は名称】一般社団法人ファルマバレープロジェクト支援機構
(73)【特許権者】
【識別番号】000006884
【氏名又は名称】株式会社ヤクルト本社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】特許業務法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】浅井 章良
(72)【発明者】
【氏名】小郷 尚久
(72)【発明者】
【氏名】村岡 大輔
(72)【発明者】
【氏名】珠玖 洋
(72)【発明者】
【氏名】原田 直純
【合議体】
【審判長】原田 隆興
【審判官】渕野 留香
【審判官】田中 耕一郎
(56)【参考文献】
【文献】特開平2-200637(JP,A)
【文献】特表2010-502681(JP,A)
【文献】Nuclear Medicine and Biology,2013,40,p.437-441(http://dx.doi.org/10.1016/j.nucmedbio.2012.11.007)
【文献】Biotechnology & Biotechnological Equipment,2005,Vol.19,No.2,p.132-135(DOI:10.1080/13102818.2005.10817204)
【文献】The Journal of Immunology ,2010,Vol.185,p.5150-5159(DOI:10.4049/jimmunol.1001114)
【文献】NEOPLASIA,2015,Vol.17,No.8,p.661-670
【文献】Oncotarget,2015,Vol.6,No.42,p.44134-44150
【文献】Asian Pacific Journal of Cancer Prevention,2013,Vol.4,No.3,pp.1721-1724
【文献】The Journal of Experimental Medicine,2005年,Vol.202,No.12,pp.1691-1701
【文献】Cancer Research,2011,Vol.71,No.14,pp.4809-4820
【文献】Cancer Research,2011,Vol.71,No.14,pp.4821-4833
【文献】Liver Cancer,2015,Vol.4,p.201-207(DOI:10.1159/000367758)
【文献】ファモルビシン(登録商標)RTU注射液10mg添付文書,ファイザー株式会社,2014年9月改訂
【文献】ファルモビシン(登録商標)注射液添付文書,ファイザー株式会社,2014年9月改訂
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K31/00-31/80
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)JMEDPlus/JST7580/JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エピルビシン又はその塩を有効成分とする、エピルビシン又はその塩が有する細胞傷害活性を発揮し得ない量で投与されるFOXP3機能阻害剤であって、前記細胞傷害活性を発揮し得ない量は、固形がん又は血液がんに対して細胞傷害活性を示す量の1/100~1/4の量、あるいは、がん細胞に対して細胞傷害活性を示す量よりも低用量である1日あたり0.01~0.25mg/kgの用量である、FOXP3機能阻害剤。
【請求項2】
他の抗がん療法と組み合わせて使用される請求項1記載のFOXP3機能阻害剤。
【請求項3】
他の抗がん療法が、がん化学療法又はがん免疫療法である請求項2記載のFOXP3機能阻害剤。
【請求項4】
がん免疫療法が、免疫チェックポイント阻害療法、がんワクチン療法又はT細胞輸注療法である請求項3記載のFOXP3機能阻害剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、制御性T細胞による免疫抑制を解除する免疫抑制解除剤及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
制御性T細胞(Regulatory T cells、以下「Treg」とも称する)は、免疫系において、免疫応答の抑制的制御を司るT細胞であり、過剰な免疫応答を抑制するためのブレーキ(負の制御機構)や、免疫の恒常性維持に重要な役割を果たしている。
【0003】
一方、制御性T細胞の免疫抑制活性は、がんや感染性細菌の罹患時における免疫応答の誘起を抑制する。例えば、制御性T細胞はin vitroにおいて腫瘍反応性T細胞の機能を抑制すること、制御性T細胞の集積が様々なタイプのがんで予後不良であること等が判明している。このため、がん免疫治療において、制御性T細胞の働きを制御する様々な試みがなされている。
【0004】
制御性T細胞では、FOXP3の発現が確認されている。FOXP3は制御性T細胞の主要な転写因子であると考えられ、制御性T細胞による免疫抑制を制御する機能を有している。このため、FOXP3の機能を阻害する物質は、制御性T細胞による免疫抑制の働きを解除し、がん免疫治療等に利用できる可能性がある。
【0005】
FOXP3の機能を阻害する物質としては、ペプチドP60(非特許文献1)や、イマチニブ(非特許文献2)等が知られている。
【0006】
一方、アントラサイクリン系抗生物質は、ストレプトマイセス属微生物由来の、がん化学療法に用いられる一群の化合物であり、白血病、リンパ腫、乳がん、子宮がん、卵巣がん、肺がんを含む多くのがんの治療に用いられている。しかしながら、当該アントラサイクリン系抗生物質にFOXP3の機能を阻害する作用や制御性T細胞の免疫抑制を解除する作用があることは全く知られていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Casares N, et. al., J Immunol. 185:5150-59, 2010
【文献】Larmonier N, et. al., J Immunol. 181: 6955-6963, 2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、制御性T細胞による免疫抑制を解除することが可能な免疫抑制解除剤を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
制御性T細胞による免疫抑制を調節する化合物について検討した結果、エピルビシンを始めとするアントラサイクリン系抗生物質がFOXP3の機能を阻害する作用を有し、制御性T細胞による免疫抑制を解除し得ることを見出した。
【0010】
すなわち、本発明は、以下の1)~18)に係るものである。
1)アントラサイクリン系抗生物質を有効成分とする免疫抑制解除剤。
2)アントラサイクリン系抗生物質を有効成分とするFOXP3機能阻害剤。
3)アントラサイクリン系抗生物質が、エピルビシン、ドキソルビシン、ピラルビシン、ダウノルビシン及びイダルビシン、又はそれらの塩から選ばれる1種以上である1)の免疫抑制解除剤又は2)のFOXP3機能阻害剤。
4)アントラサイクリン系抗生物質が、エピルビシン又はその塩である1)の免疫抑制解除剤又は2)のFOXP3機能阻害剤。
5)アントラサイクリン系抗生物質が、がん細胞に対して細胞傷害活性を示す量よりも低用量で投与される1)の免疫抑制解除剤又は2)のFOXP3機能阻害剤。
6)固形がん及び/又は血液がんに対して細胞傷害活性を示す量よりも低用量で投与される5)の免疫抑制解除剤又はFOXP3機能阻害剤。
7)アントラサイクリン系抗生物質として、1日あたり0.01~1mg/kg投与される5)又は6)の免疫抑制解除剤又はFOXP3機能阻害剤。
8)アントラサイクリン系抗生物質として、固形がん及び/又は血液がんに対して細胞傷害活性を示す量の1/100~4/5の量で投与される5)又は6)の免疫抑制解除剤又はFOXP3機能阻害剤。
9)他の抗がん療法と組み合わせて使用される1)~8)の免疫抑制解除剤又はFOXP3機能阻害剤。
10)他の抗がん療法が、がん化学療法又はがん免疫療法である9)の免疫抑制解除剤又はFOXP3機能阻害剤。
11)がん免疫療法が、免疫チェックポイント阻害療法、がんワクチン療法又はT細胞輸注療法である10)の免疫抑制解除剤又はFOXP3機能阻害剤。
12)アントラサイクリン系抗生物質を0.01~4mg含有する医薬。
13)免疫抑制解除剤として使用するための、アントラサイクリン系抗生物質。
14)FOXP3機能阻害剤として使用するための、アントラサイクリン系抗生物質。
15)免疫抑制解除剤を製造するための、アントラサイクリン系抗生物質の使用。
16)FOXP3機能阻害剤を製造するための、アントラサイクリン系抗生物質の使用。
17)アントラサイクリン系抗生物質の有効量を患者に投与することを特徴とする免疫抑制解除方法。
18)アントラサイクリン系抗生物質の有効量を患者に投与することを特徴とするFOXP3機能阻害方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、FOXP3の機能を阻害し、制御性T細胞による免疫抑制を解除するために有用な医薬品を提供できる。本発明の免疫抑制解除剤又はFOXP3機能阻害剤によれば、例えば腫瘍免疫抑制を解除して腫瘍免疫を賦活することができ、腫瘍に対する治療効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】エピルビシンのFOXP3機能阻害活性。(A)HEK293/NF-κB-RE/FOXP3細胞を使用した際の活性、(B)HEK293/NF-κB-RE細胞を使用した際の活性。
図2】エピルビシンによるマウス制御性T細胞の免疫抑制解除作用。細胞傷害性T細胞であるCD8+T細胞の増殖率を示す。
図3】エピルビシンによるマウス制御性T細胞の機能変化。(A)CD4+FOXP3+の細胞数に対するIFN-γ陽性細胞の割合、(B)CD4+FOXP3-の細胞数に対するIFN-γ陽性細胞の割合。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明において、アントラサイクリン系抗生物質としては、ドキソルビシン、イダルビシン、エピルビシン、ダウノルビシン、ピラルビシン、アムルビシン、アクラシノマイシン、アントラマイシン、ゾルビシン等の抗腫瘍剤として知られているアントラサイクリン系化合物又はそれらの塩が挙げられる。このうち、エピルビシン、ドキソルビシン、ピラルビシン、ダウノルビシン、イダルビシンが好ましく、エピルビシンがより好ましい。
塩としては、薬学的に許容される塩であれば特に制限されず、例えば塩酸、臭化水素酸、硫酸、リン酸、メタンスルホン酸、トリフルオロメタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、p-トルエンスルホン酸、酢酸、トリフルオロ酢酸、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸、乳酸、シュウ酸、コハク酸、フマル酸、マレイン酸、安息香酸、サリチル酸のような無機酸及び有機酸の塩が例示でき、このうち、塩酸塩が好ましい。
【0014】
アントラサイクリン系抗生物質は、ストレプトマイセス属微生物から単離すること、或いは公知の合成法により合成することにより取得でき、また市販医薬品を用いてもよい。
【0015】
後述する実施例のとおり、HEK293/NF-κB-RE細胞にFOXP3遺伝子を安定導入した細胞において、TNF-αはNF-κBを活性化し、NF-κBと共にルシフェラーゼが発現されるが、エピルビシン、ダウノルビシン、ドキソルビシン、ピラルビシン、イダルビシンの如きアントラサイクリン系抗生物質は、FOXP3の機能を阻害し、NF-κBの活性化、ひいてはルシフェラーゼの発現上昇を引き起こす作用を有する。
FOXP3遺伝子は転写因子をコードしており、免疫抑制作用を有する制御性T細胞の分化とその作用を制御するマスター遺伝子であるとされている(Williams LM, et. al., Nat. Immunol. 8:277-284, 2007)。したがって、FOXP3の機能を阻害することにより、制御性T細胞の発生や機能を抑制することができ、ひいては、制御性T細胞による免疫抑制を解除することができる。実際に、エピルビシンは、既に知られている抗腫瘍効果を十分に発揮する濃度よりもより低い濃度で制御性T細胞の有する免疫抑制作用を解除する。
よって、アントラサイクリン系抗生物質は、FOXP3遺伝子の機能を抑制するFOXP3機能阻害剤及び制御性T細胞による免疫抑制を解除する免疫抑制解除剤として用いることができる。
【0016】
ここで、「制御性T細胞」とは、異常あるいは過剰な免疫応答を抑制する機能を持ち、免疫寛容を担うT細胞を意味する。本発明において、制御性T細胞としては、典型的には、CD4陽性FOXP3陽性T細胞(CD4+FOXP3+Treg)が挙げられる。
【0017】
本発明において、「FOXP3機能阻害」とは、FOXP3の転写因子としての機能を阻害することを意味し、阻害の方法はFOXP3に直接的又は間接的であることを問わない。例えば、FOXP3と他のタンパクとの相互作用を阻害すること等が包含される。
ここで、FOXP3の機能阻害活性は、ルシフェラーゼレポーターベクターを安定に導入したHEK293細胞(HEK293/NF-κB-RE細胞)と、当該細胞にFOXP3遺伝子を安定導入した細胞(HEK293/NF-κB-RE/FOXP3細胞)を用意し、これらに、被験薬とTNF-alpha(TNF-α)を添加して培養し、各細胞における化学発光の強度の差により求めることができる。
【0018】
本発明において、「免疫抑制解除」とは、制御性T細胞によって抑制される免疫応答の制御を解除して免疫応答を惹起させることを意味する。抗腫瘍免疫を抑制するメカニズムの多くは、制御性T細胞の活性化の結果であるとされる。したがって、制御性T細胞の数的減少や抑制能の減弱化により免疫応答の制御を解除することは、腫瘍免疫応答を惹起させ、腫瘍の治療的除去又は腫瘍の機能不活性化が可能となる。
また、近年、免疫抑制解除によるアルツハイマーの治療効果も報告されており(Nature Medicine 22: 135-137, 2016)、免疫抑制解除剤は、アルツハイマー治療への応用も可能である。
【0019】
本発明の免疫抑制解除剤及びFOXP3機能阻害剤(以下、「免疫抑制解除剤等」とする)は、医薬品の形態又は医薬品に配合して使用される素材として使用される。この場合における製剤形態としては特に制限は無く、治療目的に応じて適宜選択でき、具体的には経口剤(錠剤、被覆錠剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤、液剤など)、注射剤、坐剤、貼付剤、軟膏剤等が例示できる。
【0020】
当該医薬製剤は、アントラサイクリン系抗生物質と薬理学的に許容される担体を用いて、通常公知の方法により調製することができる。斯かる担体としては、通常の薬剤に汎用される各種のもの、例えば賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、希釈剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、pH調整剤、緩衝剤、安定化剤、着色剤、矯味剤、矯臭剤等を例示できる。
【0021】
賦形剤としては、例えば、乳糖、ショ糖、塩化ナトリウム、ブドウ糖、マルトース、マンニトール、エリスリトール、キシリトール、マルチトール、イノシトール、デキストラン、ソルビトール、アルブミン、尿素、デンプン、炭酸カルシウム、カオリン、結晶セルロース、ケイ酸、メチルセルロース、グリセリン、アルギン酸ナトリウム、アラビアゴム及びこれらの混合物等が挙げられる。滑沢剤としては、例えば、精製タルク、ステアリン酸塩、ホウ砂、ポリエチレングリコール及びこれらの混合物等が挙げられる。結合剤としては、例えば、単シロップ、ブドウ糖液、デンプン液、ゼラチン溶液、ポリビニルアルコール、ポリビニルエーテル、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロース、セラック、メチルセルロース、エチルセルロース、水、エタノール、リン酸カリウム及びこれらの混合物等が挙げられる。崩壊剤としては、例えば、乾燥デンプン、アルギン酸ナトリウム、カンテン末、ラミナラン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド、デンプン、乳糖及びこれらの混合物等が挙げられる。希釈剤としては、例えば、水、エチルアルコール、マクロゴール、プロピレングリコール、エトキシ化イソステアリルアルコール、ポリオキシ化イソステアリルアルコール、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類及びこれらの混合物等が挙げられる。安定化剤としては、例えば、ピロ亜硫酸ナトリウム、エチレンジアミン四酢酸、チオグリコール酸、チオ乳酸及びこれらの混合物等が挙げられる。等張化剤としては、例えば、塩化ナトリウム、ホウ酸、ブドウ糖、グリセリン及びこれらの混合物等が挙げられる。pH調整剤及び緩衝剤としては、例えば、クエン酸ナトリウム、クエン酸、酢酸ナトリウム、リン酸ナトリウム及びこれらの混合物等が挙げられる。無痛化剤としては、例えば、塩酸プロカイン、塩酸リドカイン及びこれらの混合物等が挙げられる。
【0022】
尚、上記医薬製剤中におけるアントラサイクリン系抗生物質の含有量は、一般には、製剤中に0.01~4mgとするのが好ましく、0.1~1mgであるのがより好ましい。
【0023】
本発明の免疫抑制解除剤等の投与量は、アントラサイクリン系抗生物質がFOXP3機能阻害作用又は免疫抑制解除作用を発揮できる量であればよく、アントラサイクリン系抗生物質が有する細胞傷害活性を発揮し得ない量であるのが好ましい。特に、アントラサイクリン系抗生物質が固形がん又は血液がんに対して通常使用される投与量よりも低い量であるのが好ましい。
当該投与量は、具体的には、患者の年齢、病期、治療暦などにより適宜設定されるが、アントラサイクリン系抗生物質として、1日あたり0.01~1mg/kg、好ましくは0.1~0.25mg/kgが挙げられる。また、当該投与量は、固形がん又は血液がんに対して細胞傷害活性を示す量の1/100~4/5、好ましくは1/20~1/4であり得る。
尚、本発明の免疫抑制解除剤等の適用の対象は、制御性T細胞による免疫抑制の解除を必要とするヒト、好適には、腫瘍免疫抑制を解除し、腫瘍免疫の賦活を必要とするヒト等が挙げられる。
ここで、腫瘍としては特に限定されないが、例えば頭頸部がん、食道がん、胃がん、結腸・直腸がん、肝臓がん、胆のう・胆管がん、膵臓がん、肺がん、乳がん、卵巣がん、膀胱がん、前立腺がん、睾丸がん、骨・軟部肉腫、悪性リンパ腫、白血病、子宮頚がん、皮膚がん、脳腫瘍等が挙げられる。
【0024】
本発明の免疫抑制解除剤等は、これらを単独で投与することも可能であるが、他の抗がん療法と併用して用いるのが好ましい。
単独で投与する場合には、本発明の免疫抑制解除剤等を同一濃度で投与を続けることも、濃度を変化させて投与することもできる。
また、他の抗がん療法としては、本発明とは異なる、既知のがん化学療法(細胞傷害性の化学療法)、外科手術、放射線療法、光線力学的療法、がん免疫療法等が挙げられる。
【0025】
がん化学療法としては、細胞傷害活性を有する化合物を含む抗腫瘍剤の投与が挙げられる。
併用できる抗腫瘍剤としては、特に限定されないが、例えばサイクロフォスファミド、イフォスファミド、メルファラン、ブスルファン、カルボキノン、ダカルバジン等のアルキル化剤;6-メルカプトプリン、メトトレキサート、5-フルオロウラシル、テガフール、エノシタビン、葉酸代謝拮抗剤(ペメトレキセド等)等の代謝拮抗剤;アクチノマイシンD、ブレオマイシン、ペプレオマイシン、マイトマイシンC、アクラルビシン、ネオカルチノスタチン等の抗癌性抗生物質;ビンクリスチン、ビンデシン、ビンブラスチン、タキサン系抗癌剤(タキソテール、タキソール等)等の植物アルカロイド;シスプラチン、カルボプラチン、オキサリプラチン等の白金化合物等が挙げられ、また、イマチニブ、ゲフィチニブ、ソラフェニブ、スニチニブ、アキシチニブ、ベムラフェニブ、トラメチニブ等の分子標的薬が挙げられる。これらを1種又は2種以上組み合わせて用いることができる。また、本発明の免疫抑制解除剤同士を併用することも可能である。
【0026】
抗腫瘍剤との併用投与は、本発明の免疫抑制解除剤等と抗腫瘍剤を1剤として投与するものでもよく、本発明の免疫抑制解除剤等と抗腫瘍剤を、同時に又は時間差をおいて2剤で投与することも併せて意味する。後者の場合、抗腫瘍剤と免疫抑制解除剤等との投与回数は同じであってもよいし、異なっていてもよい。
【0027】
がん免疫療法としては、特に限定しないが、例えばがん細胞上に発現するリガンドであるPD-L1(programmed death-ligand 1)及びPD-L2(programmed death-ligand 2)と、T細胞上のレセプターであるPD-1(programmed death-1)との結合を阻害する免疫チェックポイント阻害療法、T細胞の表面分子であるCTLA-4を阻害する免疫チェックポイント阻害療法、がんワクチン療法(ペプチドワクチン療法、樹状細胞ワクチン療法等)、T細胞輸注療法が挙げられる。
免疫チェックポイント阻害療法に用いられる免疫チェックポイント阻害剤としては、PD-1に対するヒト型IgG4モノクローナル抗体が挙げられ、具体的にはニボルマブ、ペンブロリズマブ等が挙げられる。
【0028】
本発明の免疫抑制解除剤等を他の抗がん療法と併用する場合における本発明の免疫抑制解除剤等の投与量は、上述した投与量よりもさらに低用量とすることもできる。
【実施例
【0029】
実施例1 エピルビシンのFOXP3機能阻害活性
1.材料
(a)細胞
i)HEK293/NF-κB-RE細胞(ルシフェラーゼレポーターベクターを安定に導入したHEK293細胞):
ヒト胎児腎臓由来細胞株HEK293(理研セルバンク)にルシフェラーゼレポーターベクターであるpGL4.32[luc2P/NF-κB-RE/Hygro](Promega)を導入し、0.2mg/mL Hygromycin B含有培地で3週間培養することによりセレクションを行った。得られたシングルクローンを単離し、安定株として樹立した。培養には、10%熱不活化FBS及び0.2mg/mL Hygromycin Bを含むDMEM(Dulbecco's Modified Eagle's Medium)を用いた。
【0030】
ii)HEK293/NF-κB-RE/FOXP3細胞(HEK293/NF-κB-RE細胞にFOXP3遺伝子を安定導入した細胞):
HEK293/NF-κB-RE細胞に、FOXP3遺伝子発現ベクターであるpcDNA3.1-FOXP3(三重大学大学院医学系研究科がんワクチン治療学/遺伝子・免疫細胞治療学研究室)を導入し、0.5mg/mL G418含有培地で3週間培養することによりセレクションを行った。得られたシングルクローンを単離し、安定株として樹立した。培養には、10%熱不活化FBS、0.2mg/mL Hygromycin B及び0.5mg/mL G418を含むDMEMを用いた。
【0031】
(b)被験薬
TOCRIS製のエピルビシンを使用した。エピルビシンの終濃度及びTNF-alphaの添加の有無を表1に示す。コントロールとして、エピルビシンを添加せず、TNF-alphaを添加したものを使用した。
【0032】
【表1】
【0033】
2.方法
HEK293/NF-κB-RE/FOXP3細胞及びHEK293/NF-κB-RE細胞のそれぞれについて、10%熱不活性化FBS含有フェノールレッド不含DMEM(アッセイ用培地)を用いて1.875×105 cells/mLの細胞懸濁液を調製した。96well白色マイクロプレート(nunc)に80μL/well(1.5×104 cells/well)で播種し、37℃、5%CO2の条件で一晩培養した。
終濃度の1000倍濃度となる被験薬DMSO溶液をアッセイ用培地で100倍希釈し、終濃度の10倍濃度となる被験薬溶液(10倍濃度被験薬溶液)を調製した。10μLの10倍濃度被験薬溶液を、細胞懸濁液を播種した各wellに添加し、37℃、5%CO2の条件で1時間処理した(この時、Controlには、10μLの1% DMSO溶液を添加した。)。
Recombinant Human TNF-alpha(R&D systems)を0.1% BSA含有PBSにて100μg/mLとし、さらにアッセイ用培地で希釈することにより3ng/mL TNF-alpha溶液を調製した。10μLの3ng/mL TNF-alpha溶液を、上述の各wellに添加し、37℃、5%CO2の条件で2.5時間刺激した(TNF-alpha終濃度:0.3ng/mL)。
培養上清を除去し、100μLのアッセイ用培地にて1回洗浄した。100μLのアッセイ用培地を添加後、50μLのSteady-Glo(Promega)を添加した。遮光してプレートシェーカーにて10分間振とうした。振とう後、化学発光の強度をARVO Light plate reader(Perkin Elmer)にて測定した。尚、各試験は3回行った。HEK293/NF-κB-RE/FOXP3細胞を使用した場合の結果を図1(A)に、HEK293/NF-κB-RE細胞を使用した場合の結果を図1(B)に示す。
【0034】
3.結果
HEK293/NF-κB-RE/FOXP3細胞では、エピルビシンの濃度依存的に化学発光強度が増していた(図1(A))。特にエピルビシンを0.1μM暴露した溶液ではコントロールと比較してP<0.05で、0.3又は1μM暴露した溶液ではコントロールと比較してP<0.01で化学発光強度が有意に高かった。一方、HEK293/NF-κB-RE細胞では濃度依存的な変化が確認されなかった(図1(B))。このことから、エピルビシンがFOXP3の機能を選択的に阻害していることが確認された。
【0035】
実施例2 アントラサイクリン系抗生物質のFOXP3機能阻害活性
複数のアントラサイクリン系抗生物質(エピルビシン、ピラルビシン、ダウノルビシン、ドキソルビシン及びイダルビシン)について、FOXP3機能阻害活性を確認した。
1.材料
HEK293/NF-κB-RE/FOXP3細胞及びHEK293/NF-κB-RE細胞、並びにエピルビシンは実施例1と同様のものを使用した。
ピラルビシン、ダウノルビシン、ドキソルビシン及びイダルビシンは、何れもSIGMA ALDRICH製のものを使用した。
【0036】
2.方法
実施例1の被験薬を、それぞれエピルビシン、ピラルビシン、ダウノルビシン、ドキソルビシン、イダルビシンとして、同様の方法でFOXP3阻害活性を評価した。各被験薬の終濃度は0.01、0.03、0.1、0.3、1μM(1μMは、エピルビシン及びドキソルビシンのみ。またイダルビシンは0.01、0.03μMのみ行った)とした。
化学発光強度は、被験薬に代えてDMSOを添加した条件(Control)の強度を1.0として倍数値で計算した。さらに化学発光強度比を下記〔式1〕により計算した。試験は3回行った。結果を表に示す。
【0037】
〔式1〕
化学発光強度比=(HEK293/NF-κB-RE/FOXP3細胞を用いた際に測定された化学発光強度)/(HEK293/NF-κB-RE細胞を用いた際に測定された化学発光強度)
【0038】
3.結果
すべてのアントラサイクリン系抗生物質でFOXP3阻害活性が見られた(表2)。特にエピルビシンは、濃度依存的に活性が増加し、FOXP3阻害剤として最も好ましいことが確認された。
【0039】
【表2】
【0040】
実施例3 エピルビシンによるマウス制御性T細胞の免疫抑制作用の解除-1
(1)材料
BALB/cマウスは日本SLCより購入した。
(2)方法
抗CD3抗体(1μg/mL、eバイオサイエンス製)を12 well平底プレートに添加し、4℃で一夜静置した後、RPMI1640培地で洗浄した。BALB/cマウスから脾臓を単離し、マウス制御性T細胞単離キット(Miltenyi Biotec製)及びautoMACS separator(Miltenyi Biotec製)を用いてCD4+CD25+Tリンパ球を単離した。抗CD3抗体をコートした12ウェル平底プレートに1 well当たり70万個のCD4+CD25+Tリンパ球を添加し、抗CD28抗体(eバイオサイエンス製)及びIL-2(ノバルティス)をそれぞれ1μg/mL及び60IU/mLになるように添加した。次いで種々の濃度でエピルビシンを添加し、37℃インキュベーターで48時間培養した後に10%FBS添加RPMI1640培地で洗浄した。
抗CD3抗体(1μg/mL、eバイオサイエンス製)を96 well平底プレートに添加し、4℃で一夜静置した後、RPMI1640培地で洗浄した。BALB/cマウスから脾臓を単離し、マウスCD8+T細胞単離キット(Miltenyi Biotec製)及びautoMACS separator(Miltenyi Biotec製)を用いてCD8+Tリンパ球を単離した。これをカルボキシフルオレセインスクシンイミドイルエステル(CFSE)で染色した後に洗浄した。抗CD3抗体をコートした96
well平底プレートに1ウェル当たり4万個のCD8+Tリンパ球を添加し、さらに上記のCD4+CD25+Tリンパ球を添加し1 well当たり4万個で添加した。抗CD28抗体(eバイオサイエンス製)を1μg/mLの濃度で添加し、37℃インキュベーターで72時間培養した。細胞を回収し、0.5%BSA入りPBSで洗浄した後、抗CD8-APC抗体(eBioscience製)で染色し、FACS CantoII フローサイトメーター(Becton Dickinson製)を用いて分析した。
【0041】
(3)結果
制御性T細胞の非存在下では、CD8+T細胞(細胞傷害性T細胞)の増殖率は高い値を示すが、制御性T細胞の存在下では、増殖率は40%程度減少した(図2)。しかし、細胞傷害活性を示さない低用量のエピルビシンを添加すると、濃度依存的にCD8+T細胞の増殖率は増加した(図2)。実施例3の結果より、低用量のエピルビシンの添加により、制御性T細胞による免疫抑制作用が解除されることが判明した。
【0042】
実施例4 エピルビシンによるマウス制御性T細胞の免疫抑制作用の解除-2
(1)材料
BALB/cマウスは日本SLCより購入した。CMS5a細胞はメモリアルスローンケタリングがんセンターより入手した。
(2)方法
0日目において、メスBALB/cマウス(1グループあたり8匹)の後背部皮下にCMS5a細胞を移植した。エピルビシン(0.1,0.3,1mg/kg)または生理食塩水が3,5,7日に静注で与えられた(当該濃度では、エピルビシンは抗がん作用を示さない)。8日目に、マウスは安楽死され、腫瘍を回収した。gentleMACS dissociator(Miltenyi Biotec製)を説明書に従って使用し、腫瘍浸潤リンパ球(TIL)を腫瘍から分離した。集められた細胞は、24 wellプレートに播種され、phorbol 12-myristate 13-acetate(PMA)とionomycinで37℃、1時間の条件で刺激され、その後、GolgiPlugTM(BD Biosciences)で6時間培養した。細胞を回収後、PreCP-CyTM5.5 rat anti-mouse CD4抗体(BD Pharmingen製)とV500 rat anti-mouse CD8a抗体(BD Horizon製)で、4℃で15分間の条件で細胞を染色した。染色された細胞は、Fixation/Permeabilization Concentrate and Diluent(1:3,eBioscince製)で、4℃一晩の条件で固定された。洗浄後、Permeabilization緩衝液(eBioscience製)が加えられ、固定された細胞は、PE結合抗マウス/ラットFOXP3(eBioscience製)、抗マウスIFN-γ-APC(eBioscience製)およびPE結合抗マウスIL-2(BioLegend製)抗体で染色された。染色された細胞は、FACS Canto IIフローサイトメーター(Becton Dickinson製)を用いて分析された。
【0043】
(3)結果
CD4+FOXP3+,CD4+FOXP3-の各細胞数に対するIFN-γ陽性細胞の割合を図3(A)及び(B)に示す。CD4+FOXP3-の群では、IFN-γ陽性細胞の割合はエピルビシンの投与によって変化しないが、CD4+FOXP3+の群では、濃度依存的にIFN-γ陽性細胞の割合は増加し、免疫が活性化されていることが示された。
【0044】
以上より、実施例1~3の結果からは、in vitrоにおいて低用量のエピルビシンにより、FOXP3の機能が阻害されること及び制御性T細胞による免疫抑制作用が解除されること、実施例4の結果からは、in vivоにおいて低用量のエピルビシンの投与により、炎症性サイトカインであるIFN-γが産生されることが判明し、免疫が活性化されることが判明した。
図1
図2
図3