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  • 特許-摺動部材及びその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-02
(45)【発行日】2022-06-10
(54)【発明の名称】摺動部材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 4/06 20160101AFI20220603BHJP
   C23C 4/134 20160101ALI20220603BHJP
   F16J 10/00 20060101ALI20220603BHJP
   F16C 33/12 20060101ALI20220603BHJP
【FI】
C23C4/06
C23C4/134
F16J10/00 A
F16C33/12 A
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2018155834
(22)【出願日】2018-08-22
(65)【公開番号】P2020029594
(43)【公開日】2020-02-27
【審査請求日】2021-04-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000157083
【氏名又は名称】トヨタ自動車東日本株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000109875
【氏名又は名称】トーカロ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100131026
【弁理士】
【氏名又は名称】藤木 博
(74)【代理人】
【識別番号】100194124
【弁理士】
【氏名又は名称】吉川 まゆみ
(72)【発明者】
【氏名】小池 亮
(72)【発明者】
【氏名】眞鍋 和幹
(72)【発明者】
【氏名】神野 晃宏
【審査官】▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-205564(JP,A)
【文献】特開昭58-061327(JP,A)
【文献】特開2010-031317(JP,A)
【文献】特開平08-253851(JP,A)
【文献】特開2004-100645(JP,A)
【文献】特開平01-092350(JP,A)
【文献】特開昭63-114953(JP,A)
【文献】特開2009-114311(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 4/00-4/18
F16C 17/00-17/26
F16C 33/00-33/28
F16J 1/00-1/24
F16J 7/00-10/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
添加剤としてモリブデン(Mo)を含む潤滑油環境下で摺動する摺動部材であって、
摺動部は金属材料よりなり、摺動部の表層部に、組成としてチタン(Ti)を主成分とする金属材料を溶射材として溶射することにより形成されたTiを含む溶射膜を有し、
前記溶射膜は活性なTiを有し、
前記溶射膜に含まれる酸素の存在比率は1質量%以上10質量%以下である
ことを特徴とする摺動部材。
【請求項2】
前記溶射材は、Tiを60質量%以上含む金属材料であることを特徴とする請求項1記載の摺動部材。
【請求項3】
前記摺動部の表面粗さは、有効負荷粗さ(Rk)と初期摩耗高さ(Rpk)との和で、3.0μm以下であることを特徴とする請求項1又は請求項2記載の摺動部材。
【請求項4】
前記溶射膜は、大気プラズマ溶射により形成されたことを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1に記載の摺動部材。
【請求項5】
シリンダボアであることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか1に記載の摺動部材。
【請求項6】
添加剤としてモリブデン(Mo)を含む潤滑油環境下で摺動する摺動部材の製造方法であって、
金属材料よりなる摺動部の表面に、組成としてチタン(Ti)を含む金属材料を溶射材として溶射し、摺動部の表層部にTiを含む溶射膜を形成する溶射膜形成工程を含み、
前記溶射膜は活性なTiを有し、
前記溶射膜に含まれる酸素の存在比率は1質量%以上10質量%以下である
ことを特徴とする摺動部材の製造方法。
【請求項7】
前記溶射膜形成工程では、大気プラズマ溶射により溶射膜を形成することを特徴とする請求項6記載の摺動部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摩擦特性に優れた摺動部材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車のエンジンに用いられる摺動部材では、摩擦を低減することにより、燃費を向上させることが求められている。摩耗を低減させる方法としては、従来より各種報告されている。例えば、非特許文献1には、摺動部の表層部に鉄系合金溶射被膜を形成することにより、ピストンリングとライナ内面間の摩擦の減少や、シリンダライナの耐摩耗性及びエンジンの燃費向上を図れることが記載されている。
【0003】
また、近年では、エンジンオイルに摩擦調整剤を添加して、摩擦の低下を図ることが行われている。従来、最も頻繁に使用されている摩擦調整剤として、MoDTC(モリブデンジチオカーバメートまたはジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン)が存在する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2016-117949号公報
【文献】特開2007-191795号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】丁侃 他、「ライナレスエンジン用溶射シリンダの加工に関する研究」2012年度精密工学会春季大会学術講演会講演論文集、p,249-250
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、添加剤としてMo(モリブデン)を含む摩擦調整剤の作用メカニズムや、材料によって摩擦調整剤の効果が異なる理由については特定されていない。例えば、非特許文献1に記載の鉄系合金溶射被膜を形成した摺動部材の場合においても、潤滑油にMoを含む摩擦調整剤を添加することにより摩擦を下げることは可能であるが、さらに摩擦を下げる材料が存在する可能性も考えられており、その開発が望まれている。
【0007】
なお、特許文献1には、基材に固体潤滑剤と、鉄(Fe),タングステン(W),クロム(Cr)等の金属とを含む溶射粉末を溶射した溶射膜を形成したピストンリングが記載されている。特許文献1によれば、耐摩耗性は向上させることができるものの、摩擦の低減については記載がなく、本願発明とは具体的な構成が異なっている。
【0008】
また、特許文献2には、エンジンブロックのシリンダー摺動面にプラズマ溶射によりFeを含む溶射膜を形成し、この溶射膜には酸素を含有させ、かつ、酸化チタン(TiO)等のセラミックスを添加することが記載されている。特許文献2によれば、摩擦を低減することができるが、セラミックを多く含む溶射材を用いているので、Moを含む潤滑油環境下においては摩擦を低減する効果を得ることができず、本願発明とは具体的な構成が異なっている。
【0009】
本発明は、このような問題に基づきなされたものであり、Moを含む潤滑油環境下において摩擦特性を向上させることができる摺動部材及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の摺動部材は、添加剤としてMoを含む潤滑油環境下で摺動するものであって、摺動部は金属材料よりなり、摺動部の表層部に、組成としてチタン(Ti)を主成分とする金属材料を溶射材として溶射することにより形成されたTiを含む溶射膜を有するものである。
【0011】
本発明の摺動部材の製造方法は、添加剤としてMoを含む潤滑油環境下で摺動する摺動部材を製造するものであって、金属材料よりなる摺動部の表面に、組成としてTiを含む金属材料を溶射材として溶射し、摺動部の表層部にTiを含む溶射膜を形成する溶射膜形成工程を含むものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明の摺動部材によれば、摺動部の表層部にTiを含む溶射膜を有しているので、摺動により表面に露出した活性なTiが潤滑油に含まれる添加剤の分解反応を促進し、摺動部の表面に、低摩擦である二硫化モリブデンを含む低摩擦被膜を有効に形成させることができる。これにより、従来のFeを含む材料と比較をして、摩擦を低減することができる。よって、自動車の摺動部材に用いるようにすれば、摩擦の低減により燃費を向上させることができる。
【0013】
また、溶射膜には微細な穴が存在するので、この穴が油溜りとして機能し、摩擦を低減することができる。特に、摺動部の表面粗さを有効負荷粗さ(Rk)と初期摩耗高さ(Rpk)との和で、3.0μm以下としたので、摩擦をより低減することができる。
【0014】
更に、溶射膜に含まれる酸素の存在比率を10質量%以下としたので、Tiを活性な状態で存在させることで、添加剤の分解反応をより促進し、摩擦を更に低減することができる。
【0015】
加えて、溶射膜を大気プラズマ溶射により形成したので、安定して容易に形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明の一実施の形態に係る摺動部材の摺動部における表層部の構成を表す模式図である。
図2図1に示した摺動部材の摺動部における表層部の摺動時の作用を説明するための模式図である。
図3】表面粗さと摩擦係数との関係を表す特性図である。
図4】溶射膜の酸素量と摩擦係数との関係を表す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照して詳細に説明する。
【0018】
図1は、本発明の一実施の形態に係る摺動部材10の摺動部11における表層部の構成を模式的に表すものである。図2は、摺動部材10の摺動部11における表層部の摺動時の作用を説明するためのものである。この摺動部材10は、添加剤としてMoを含む潤滑油環境下で摺動するものであり、例えば、自動車の摺動部材、具体的には、シリンダボアに好ましく用いられるものである。なお、Moを含む潤滑油というのは、構成元素としてMoを含む添加剤が添加された潤滑油を意味し、例えば、MoDTCなどの有機モリブデンが添加剤として添加された潤滑油を意味している。このように構成元素としてMoを含む添加剤は、例えば、摩擦調整剤として用いられている。
【0019】
この摺動部材10は、摺動部11が金属材料により構成されている。摺動部11というのは部材同士が擦れ合う部分である。金属材料としては、例えば、鋼又は鋳鉄が好ましく挙げられる。
【0020】
摺動部11は、表層部に、組成としてTiを主成分とする金属材料を溶射材として溶射することにより形成されたTiを含む溶射膜12を有している。Tiを主成分とする金属材料というのは、Tiを60質量%以上含む金属材料、好ましくは90質量%以上含む金属材料である。溶射膜12には、微細な穴(ピット)13が存在しており、この穴13が油溜まりとして機能することにより、摺動時に油膜を保持できるようになっている。また、溶射膜12は、酸化物を生成する自由エネルギーが小さく不動態となりやすいTiを含んでいるので、Tiの作用により、潤滑油に添加されているMoDTCなどの構成元素としてMoを含む添加剤の分解反応を促進し、例えば、図2に示したように、低摩擦である二硫化モリブデンを含む低摩擦被膜14を表面により多く形成させることができるようになっている。
【0021】
なお、TiがMoDTCなどの構成元素としてMoを含む添加剤を分解するメカニズムは次のように推定される。まず、図2(A)に示したように、摺動部11の表面、具体的には溶射膜12の表面にはTiの酸化被膜12Aが存在する。この酸化被膜12Aが、図2(B)に示したように、摺動部材20との摺動による摩擦で削られると、溶射膜12に存在する活性なTiが露出する。この活性なTiは、図2(C)に示したように、MoDTCなどの構成元素としてMoを含む添加剤から酸素を奪い、酸素を奪われた添加剤は分解する。分解した添加剤は、低摩擦の二硫化モリブデン(MoS)を生成し、溶射膜12の表面に二硫化モリブデンを含む低摩擦被膜14を形成する。
【0022】
摺動部11の表面粗さ、すなわち溶射膜12の表面粗さは、有効負荷粗さ(Rk)と初期摩耗高さ(Rpk)との和で、3.0μm以下であることが好ましい。摩擦をより低減することができるからである。また、溶射膜12に含まれる酸素の存在比率は、10質量%以下であることが好ましく、8質量%以下であればより好ましい。摩擦をより低減することができるからである。また、低摩擦を得るための手段として、一般的に皮膜を硬くすることが有効であることから、酸素の存在比率は、1質量%以上であることが好ましく、2質量%以上であればより好ましい。
【0023】
この摺動部材10は、例えば、次のようにして製造することができる。まず、例えば、摺動部材10を成型し、熱処理を行い、研磨する(摺動部形成工程)。次いで、例えば、摺動部11の表面に、組成としてTiを含む金属材料(具体的には、Tiを含む金属粉末)を溶射材として溶射し、摺動部11の表層部にTiを含む溶射膜12を形成する(溶射膜形成工程)。溶射膜形成工程では、大気プラズマ溶射により溶射膜12を形成することが好ましい。安定して容易に形成することができるからである。
【0024】
このように本実施の形態によれば、摺動部11の表層部にTiを含む溶射膜12を有しているので、摺動により表面に露出した活性なTiが潤滑油に含まれる添加剤の分解反応を促進し、摺動部11の表面に、低摩擦である二硫化モリブデンを含む低摩擦被膜を形成させることができる。これにより、摩擦を低減することができる。よって、自動車の摺動部材に用いるようにすれば、摩擦の低減により燃費を向上させることができる。
【0025】
また、溶射膜12には微細な穴13が存在するので、この穴13が油溜りとして機能し、摩擦を低減することができる。特に、摺動部11の表面粗さを有効負荷粗さ(Rk)と初期摩耗高さ(Rpk)との和で、3.0μm以下としたので、摩擦をより低減することができる。
【0026】
更に、溶射膜12に含まれる酸素の存在比率を1質量%以上10質量%以下、更には、2質量%以上8質量%以下としたので、摩擦を更に低減することができる。
【0027】
加えて、溶射膜12を大気プラズマ溶射により形成したので、安定して容易に形成することができる。
【実施例
【0028】
(実施例1,比較例1)
実施例1として、軸受鋼(SUJ2)よりなるディスク状の試験片を用意し、Tiを含む金属材料を溶射材として大気プラズマ溶射を行い、Tiを含む溶射膜12を形成した。その際、溶射材には2種類の金属粉末を用意し、各溶射材についてそれぞれ溶射膜12を複数ずつ形成した。溶射材の1種類目の金属粉末の組成は、Ti100質量%であり、2種類目の金属粉末の組成は、Ti90質量%、アルミニウム(Al)6質量%、バナジウム(V)4質量%である。各溶射膜12を形成したのち、研磨を行い、各溶射膜12の表面粗さを調整した。表面粗さは、有効負荷粗さ(Rk)と初期摩耗高さ(Rpk)との和で表した。
【0029】
作製した各試験片について、基油をポリαオレフィン(PAO8)とし、添加剤としてMoDTCをMo量で200ppm含む潤滑油中で、ボールオンディスク型の摩擦試験を行った。相手材は軸受鋼(SUJ2)とした。潤滑油の温度は80℃一定、荷重は10N、摺動速度は0.5m/sとし、安定後の摩擦係数を測定した。
【0030】
比較例1として、実施例1と同様の試験片を用意し、溶射材をFe-Cr系金属材料に変えたことを除き、他は実施例1と同様にして溶射膜を複数形成し、表面粗さを調整した。溶射材の金属粉末の組成は、Fe98.2質量%、Cr1.8質量%である。なお、比較例1の溶射材は、実施例1の溶射材と物性が近いものを用い、溶射膜の硬さが同程度となるようにした。比較例1の各試験片についても、実施例1と同様にして、摩擦係数を測定した。
【0031】
得られた結果を図3に示す。図3に示したように、実施例1によれば、比較例1に比べて摩擦係数を30%~40%も低下させることができた。また、実施例1では、表面粗さ(Rk+Rpk)が3.0μm以下の場合において、摩擦係数をより小さく、0.03以下とすることができた。なお、実施例1において2種類の溶射材を用いたが、溶射材の組成による摩擦係数の違いは見られなかった。また、摩擦試験を行った後の試験片について表面の断面構造を透過型電子顕微鏡で観察したところ、Tiを含む溶射膜12の表面に、二硫化モリブデンを含む低摩擦被膜14が形成されていることが確認された。
【0032】
すなわち、組成としてTiを含む金属材料を溶射し、Tiを含む溶射膜12を形成するようにすれば、溶射膜12の表面に低摩擦である二硫化モリブデンを含む低摩擦被膜14を形成させることができ、摩擦を低減できることが分かった。また、溶射膜12の表面粗さを有効負荷粗さ(Rk)と初期摩耗高さ(Rpk)との和で、3.0μm以下とすれば、摩擦をより低減できることが分かった。
【0033】
(実施例2)
実施例1と同様にして、2種類の溶射材を用い、試験片に溶射膜12をそれぞれ形成した。その際、溶射出力を5段階で変化させることにより、溶射膜12における酸素量を変化させた。作製した各試験片について、実施例1と同様にして摩擦係数を調べた。得られた結果を図4に示す。図4に示したように、溶射膜12における酸素量が少ないほど摩擦係数が小さくなる傾向が見られ、溶射膜12における酸素量を10質量%以下とすれば、摩擦係数を0.04よりも小さくすることができ好ましいことが分かった。
【0034】
以上、実施の形態を挙げて本発明を説明したが、本発明は上記実施の形態に限定されるものではなく、種々変形可能である。
【符号の説明】
【0035】
10…摺動部材、11…摺動部、12…溶射膜、12A…酸化被膜、13…穴、14…低摩擦被膜
図1
図2
図3
図4