(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-02
(45)【発行日】2022-06-10
(54)【発明の名称】クラッチ板保持用筒状部品及びそのプレス成形方法
(51)【国際特許分類】
F16D 13/60 20060101AFI20220603BHJP
B21D 22/26 20060101ALI20220603BHJP
B21D 24/00 20060101ALI20220603BHJP
F16D 13/74 20060101ALI20220603BHJP
【FI】
F16D13/60 A
B21D22/26 D
B21D24/00 Z
F16D13/74 A
(21)【出願番号】P 2020109272
(22)【出願日】2020-06-25
(62)【分割の表示】P 2019511790の分割
【原出願日】2018-08-10
【審査請求日】2021-07-15
(31)【優先権主張番号】P 2017158233
(32)【優先日】2017-08-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000178804
【氏名又は名称】ユニプレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088731
【氏名又は名称】三井 孝夫
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 大地
(72)【発明者】
【氏名】三輪 正道
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 良輔
(72)【発明者】
【氏名】祢津 英之
【審査官】倉田 和博
(56)【参考文献】
【文献】特開昭63-210420(JP,A)
【文献】特開2006-077888(JP,A)
【文献】特開2015-066585(JP,A)
【文献】特表2000-516695(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16D 13/60
B21D 22/26
B21D 24/00
F16D 13/74
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
クラッチ板保持用筒状製品における堰のプレス成形方法であって、板状部と、板状部から軸方向に延設され、夫々が長手方向に延びる半径外方への突部と半径内方への突部とを円周方向に交互に形成し、円周方向に隣接する半径外方への突部の間にクラッチ板との係合のための長手方向凹部を有し、円周方向に隣接する半径内方への突部の間に
クラッチ板冷却油のための油溝となる長手方向凹部を有した筒状部とを具備して成るワークを準備し、
更に、
ワークをその外周と相補的な内周形状を有する外押え具
と、筒状部の端面に外側より軸方向に対向して
軸方向に移動可能に配置され
、ワークとの対向端面が対向した突部よりやや小さく油溝よりやや大きい略相似形状をなすパンチと、油溝の底面に向けて半径方向に対向して配置され
、半径方向に移動可能な内押え具と
を準備し、
外押え具内周にワーク外周を係合させることによるワークの保持下、内押え具を
半径外方に移動させることにより内押え具の外周側端部を油溝底面に当接させた状態にて、筒状部を端面から軸方向にパンチにて押圧し、パンチ
の押圧により生ずるそのままではフリーとなるパンチ裏面側の軸方向への肉の流れを内押え具
により規制しつつパンチと内押え具間
で堰のプレス成形を行なう方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明はクラッチ板保持用筒状部品及びそのプレス成形方法に関し、同部品は自動車用トランスミッションにおいてクラッチハブ等に使用することができるものである。
【背景技術】
【0002】
自動車用トランスミッションにおけるクラッチは、クラッチパックを装着するためのクラッチハブを備えている。クラッチハブは鋼板からのプレス成形品であり、回転軸上のボス部より半径方向に延設される板状部と、板状部から軸方向に延設される筒状部とを備えており、筒状部は、夫々が長手方向に延びる半径外方への突部と半径内方への突部とを円周方向に交互に形成しており、筒状部外周においては半径外方への突部間の長手方向凹部がクラッチ板の内周部における突部と係合することによりクラッチ板を長手方向に摺動自在とし、筒状部内周においては、半径内方への突部間の長手方向凹部がクラッチ板の冷却油(クラッチ油)の流通のための油溝を形成するようにされる。
【0003】
クラッチのスリップモードではクラッチ板は摩擦熱を発生するがクラッチ油による冷却によりクラッチ板は過熱を防止するようにしている。即ち、回転軸の中心の給油溝からのクラッチ油は、遠心力下で、クラッチハブの板状部を介して給油溝を長手方向に流通され、給油溝の端部より流出するようにされる。そして、冷却効率を高めるべく油溝でクラッチ油を滞留させ、クラッチパック摺動部への流量を増大させることが希求される。
【0004】
油溝での潤滑油若しくは冷却油の滞留時間の延長のための技術としては、クラッチハブの円筒状部の内周における長手方向油溝の端部に堰(ダム構造部)を形成するようにしたものが提案されている(特許文献1)。この従来技術においては、堰の形成のため、鋼板からのクラッチハブのプレス成形後に、筒状部の端面にパンチによる押圧加工(スタンピング)を行っている。即ち、パンチによる押圧の際に、クラッチハブは、外周においては、クラッチハブと相補的な内周凹凸形状を有する環状保持部材により、内周においては、給油溝の内接円に沿った外周面を呈する環状保持部材に支持され、この状態でパンチがクラッチハブの筒状部における突部端面に軸方向に押圧され、その変形による肉はフリーな半径内方に塑性流動するため、油溝の一般底面より半径内方への延出部分である堰を形成することができる。
【0005】
尚、本発明のクラッチ板保持用筒状製品の実施形態としてのクラッチハブを備えた連続可変変速機(CVТ)用の前進後退切替装置については特許文献2に記載されている。また、後退クラッチについては特許文献3に記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特表2000-516695公報
【文献】特開2013-249871号公報
【文献】特開平9-310745号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来技術においては、パンチの裏面側の部分はフリーとなっており、パンチにより加圧されたときの肉の流れは、基本的には、パンチの移動方向である軸方向に生じ、余肉が半径方向に張り出すように生ずる。そのため、パンチによる加工完了時に出来上がった堰の形状は、断面において、パンチの当たる前面側は半径方向に直立するが、後面側においては、油溝の底面側が最も肉厚で、半径内方程薄肉となるように大きく傾斜して(だれて)形成される。特許文献1の
図3にこの形状が分かり易く示されている。堰のこのような断面形状は、油溝におけるクラッチ油の流れからみると、流れの抵抗を軽微とする形状であり、堰によるクラッチ油の滞留時間の延長によるクラッチ板の冷却効率の向上の観点では理想的とは言い得ないものとなっていた。
本発明は以上の従来技術の問題点に鑑みてなされたものであり、堰におけるクラッチ油の滞留時間を延長し、クラッチ板の効率的な冷却を可能とすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この発明になる、一枚の鋼板よりプレス成形され、クラッチ板の保持のための筒状製品は、
回転軸に対して半径方向に延設される板状部と、板状部から軸方向に延設される筒状部とを具備しており、
筒状部は、夫々が長手方向に延びる半径外方への突部と半径内方への突部とを円周方向に交互に形成しており、
筒状部外周においては円周方向に隣接する半径外方への突部間の長手方向凹部がクラッチ板の内周部における突部と係合することによりクラッチ板を長手方向に摺動自在とし、
筒状部内周においては、円周方向に隣接する半径内方への突部間の長手方向凹部がクラッチ板の冷却用の油溝を形成しており、
筒状部は板状部と離間側の筒状部の端部から僅かに板状部側に離間して、油溝の底面から両側側面との一体を確保しつつ半径内方に延設されるプレス成形部としての堰を備え、
堰は裏面側において油溝を流通する油の滞留を惹起させるべく切り立った形状をなすことを特徴とする。
【0009】
堰の裏面側の成形面は、プレス加工後の成形具の抜き差しに支障を生じない限りにおいて直立面に近い角度とされることが好ましく、更には、その角度は、筒状部品の中心線と平行な基準線に対して、クラッチハブの外側より内側に向けて計測したとき、90度から100度の範囲の角度であることが好ましい。
【0010】
堰のプレス成形に際しては、ワークとしての筒状部品は、その外周と相補的な内周形状を有する外押え具により保持され、筒状部の端面に外側より軸方向に対向して配置されるパンチと、油溝の底面に向けて半径方向に対向して配置される内押え具とが備えられており、内押え具を油溝の底面の底面に当接させつつ筒状部を端面から軸方向にパンチにて押圧し、パンチと内押え具間に肉を流動させることで、堰のプレス成形を行なうことができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、堰は前面はもとより裏面においても成形具によるプレス成形面をなしている。そのため、堰の裏面をプレス加工後の成形具の抜き差しのための動作に支障を来たさない限りにおいて切り立たせることができるため(だれていないため)、堰による油溝におけるクラッチ油の流れの滞留を効果的に起こさせ、クラッチ油によるクラッチ板の所期の冷却を行なうことができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、この発明の実施形態としてのクラッチハブを備えた車輛における前進後退切替装置の断面図である。
【
図2】
図2はクラッチハブを開口端側から幾分見上げて示す部分的斜視図である。
【
図3】
図3は
図2と同様な視点からの斜視図であるが、堰のプレス成形前のワークを示す。
【
図4】
図4は
図1の部分拡大図であり、クラッチハブの筒状部の前端部における堰の形状を示している。
【
図5】
図5は
図3に示すワークより堰のプレス成形を行なう成形装置の平面図であり、
図6(a)の大略V-V線に沿って画かれている。
【
図6】
図6は成形装置の縦断面図であり、
図3に示すワークより堰のプレス成形を行なう装置の平面図であり、
図5の大略VI-VI線に沿って画かれており、(a)は型開き状態を示し、(b)は少し工程が進んだ状態を示す。
【
図7】
図7は
図6と同様であるが、(c)はプレス工程が更に進み、(d)は堰の成形が完了した状態を示す。
【
図8】
図8は
図5及び
図6(
図7)の成形装置によるワークに対する堰の成形工程を、ワークの一つの油溝の一つの堰について模式的に示すものであり、成形具とワークの位置関係について、(a)は成形前、(b)は成形時、(c)成形後を夫々示す。
【
図9】
図9は、
図8に準じて、従来技術における成形前(a)、成形時(b)、成形後(c)の夫々についてワークに対する成形具の位置関係を模式的に示す。
【
図10】
図10は、
図1のクラッチハブに装着された奥側から手前側への4枚のドライブプレート(夫々♯1,♯2,♯3,♯4にて示す)におけるスリップモードでの上昇温度(線グラフ)及び解析流量(棒グラフ)を示す模式的グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
次に本発明の実施形態について説明すると、
図1において、10はベルト式の連続可変変速機(CVT)を備えた車輛の遊星歯車式の前進後退切替装置を示しており、特許文献2に記載のように、前進後退切替装置10はエンジンとCVTとの間における駆動トレーン上に位置している。
【0014】
前進後退切替装置10は、前進用クラッチ12及び後退用クラッチ14を備える。前進用クラッチ12は詳細構成を示すが、簡明のため後退用クラッチ14は概略構成のみ示す。前進後退切替装置10は前述の前進用クラッチ12及び後退用クラッチ14に加え遊星歯車機構16を備える。遊星歯車機構16は、サンギヤ18と、リングギヤ20と、各々が内側ではサンギヤ18に噛合し外側ではリングギヤ20に噛合し、円周方向に等間隔に配置された複数のプラネタリギヤ22をプラネタリギヤ軸24とニードルベアリング26とで回転自在に軸支するキャリヤ28と、の3回転要素から成る周知のものである。サンギヤ18は内周面にスプライン18-1を有し、このスプライン18-1に嵌合する図示しない回転軸がエンジン側に連結され、エンジンからの回転駆動力を受けることができる。リングギヤ20の一端に固定されるエンドプレート30は内周にスプライン30-1を有しており、このスプライン30-1に嵌合する図示しないCVT側に連結され、前進方向若しくは後退方向の回転がCVTに伝達される。
【0015】
前進後退切替装置10における前進用クラッチ12の構成について説明すると、前進用クラッチ12はクラッチドラム32と、油圧ピストン34と、リターンスプリング36と、スプリング受板40と、クラッチハブ42(本発明のクラッチ板保持用筒状部品)と、クラッチパック44とから構成される。後述の通り、クラッチパック44はドライブプレート46と、ドリブンプレート48と、摩擦材(ガラス繊維や樹脂を素材とする)より成りドライブプレート46の片面(のみ)に固着されたクラッチフエーシング50(ドライブプレート46とで本発明のクラッチ板を構成する)と、同じく摩擦材より成りドリブンプレート48の片面(のみ)に固着(接着)されたクラッチフエーシング52(ドライブプレート46とで本発明のクラッチ板を構成する)とから成る。ドライブプレート46とドリブンプレート48とは軸方向に沿って交互に配置され、ドライブプレート46の片面のクラッチフエーシング50とドリブンプレート48の片面のクラッチフエーシング52とは隣接するドライブプレート46とドリブンプレート48との間において軸方向に交互に位置する。また、後述のように、遊星歯車装置16のキャリヤ28は、最近接側のドライブプレート46の片面に固着されたクラッチフエーシング50を介してクラッチ係合力を受けることから、前進用クラッチ12の構成部分となり、クラッチパック44におけるドリブンプレート48の機能も担っている。そして、ドライブプレート46におけるクラッチフエーシング50を固着しない反対側面に同芯にかつ全周に亘り円環状溝54が形成され、ドリブンプレート48におけるクラッチフエーシング52を固着しない反対側面に同じく同芯にかつ全周に亘り円環状溝56が形成され、これらの円環状溝54, 56は、そのクラッチ油保持機能により、対向するクラッチフエーシングとの摺動摩擦を軽減することに役立てることができる。この実施形態においては、上述のように、クラッチパック44は、クラッチフエーシング50, 52をドライブプレート、ドリブンプレート46, 48の夫々の片面のみに設置した構成を採用するが、本発明の思想は、クラッチフエーシングを両面に設置したタイプのクラッチパックにも適用可能である。
【0016】
前進後退切替装置10を構成する上記パーツの具体的構造、更には、パーツ間の連結、位置関係についてより詳細に説明すると、
図1において、クラッチドラム32は、内周、中間及び外周における筒状部32-1, 32-2, 32-3を有しており、内周筒状部32-1においてニードルベアリング60によってサンギヤ18のハブ部18-2に回転可能に取り付けられる。また、クラッチドラム32は、中間筒状部32-2において、トランスミッションケース側固定側より柱状に突出するドラムサポート部61に対し回転可能に嵌合されている。油圧ピストン34はクラッチドラム32に対し軸方向に移動可能に配置され、クラッチドラム32との間に内周及び外周にて筒状シール部材63A, 63Bによりシールされた油圧室62を形成する。油圧室62にクラッチドラム32の中間筒状部32-2に形成された作動油ポート64が開口し、一方、図示しないクラッチ駆動用油圧ポンプからのクラッチ作動油を受けるドラムサポート部61に作動油通路66及びその外周の環状溝68が形成され、環状溝68は両側においてシールリング69による回転可能シール構造となっており、これにより作動油ポート64、環状溝68及び作動油通路66を経由しての油圧室62へのクラッチ作動油の導入又は油圧室62からの作動油排出が可能となっている。リターンスプリング36は油圧ピストン34とスプリング受板40との間に配置され、スプリング受板40がクラッチドラム32の中間筒状部32-2上のスナップリング70に当接されていることから、リターンスプリング36は油圧ピストン34を
図1に示すようにクラッチドラム32対向面と当接するべく(油圧室62の容積を最小とするべく)付勢している。油圧室62の油圧が低い
図1の状態においては、油圧ピストン34は外周の駆動部34-1がクラッチパック44から離間位置しており、これは前進クラッチ12の非締結状態となる。
【0017】
クラッチパック44におけるドリブンプレート48は外周にスプライン突起48-1を有し、クラッチドラム32は外周筒状部32-3の内周面の軸方向全長にスプライン溝32-4を形成しており、スプライン溝32-4, スプライン突起48-1間の嵌合により、クラッチドラム32に対しドライブプレート46は一体回転するが軸方向には移動可能となっている。クラッチドラム32の中間筒状部32-2にはクラッチ油導入ポート78が形成され、クラッチ伝達油導入ポート78は油圧ピストン34に関し油圧室62より離間側において、スプリング受板40とピストン34とで仕切られたキャンセラ室80に開口する。キャンセラ室80は、ピストン34後退時のキャンセル圧を生ずるため、外周におけるピストン34対向面とはシール71により封止されているが、内周側には隙間があり、このため、クラッチ伝達油導入ポート78から供給されるクラッチ係合油は、油圧室62を除いたクラッチドラム32の内部空間及び遊星歯車機構16に適宜の圧力にて供給充満される。
【0018】
本発明のクラッチ板保持用筒状部品であるクラッチハブ42は、一枚の鋼板よりのプレス成形品であり、回転軸に対して半径方向に延設される板状部72と、板状部72の外周部から軸方向に延設される筒状部74とを備える。板状部72は、その中心孔72-1がサンギヤ18の中間筒状部18-3に挿入・溶接され、サンギヤ18と一体回転される。
図2はクラッチハブ42をその筒状部74の開口端側から幾分見上げて示す部分的斜視図であり、筒状部74は、夫々が筒状部74に向けて軸方向に延びる半径外方への突部74-1と半径内方への突部74-2とを円周方向に交互に形成している。円周方向に隣接する半径外方への突部74-1の間はスプライン溝74-3となる軸方向の凹部を形成する。このスプライン溝74-3に、ドライブプレート46の内周に円周方向に等間隔に形成されるスプライン突起46-1(
図1)が係合され、これによりドライブプレート46はクラッチハブ42と一体回転はするが軸方向に対してはクラッチハブ42に対して摺動自在とされる。
図2において、円周方向に隣接する半径内方への突部74-2の間はクラッチ板の冷却用の油溝74-4となる軸方向の凹部を形成する。
図2から分かるように、油溝74-4は半径外方への突部74-1の内面側に位置する。
図1に示すように各油溝74-4の底面には軸方向中間部において油孔74-5が開口し、油孔74-5は筒状部74を半径方向に貫通し、筒状部74の外周面に開通し、クラッチパック44を構成するドライブプレート46と、ドリブンプレート48と、クラッチフエーシング50, 52への給油に役立てることができる。
図2において、クラッチハブ42の筒状部74の端面から僅かに板状部72側に離間して各油溝74-4の底面より堰76が側面との一体を維持しつつ半径内方に突出するように形成され、この堰76は油溝74-4でのクラッチ油の滞留を積極的に起こさせ、これによりクラッチ板、延いては、クラッチパック44の冷却効率を高める意図で設けられたものである。尚、
図2は油溝74-4と堰76の位置関係を視覚的に明確化するための模式的斜視図であり、
図1の油孔74-5は図示されてない。また、
図3は、パンチによる堰76の成形前のクラッチハブ(以下ワークW)の形状を模式的に示す
図2と同一視点からの斜視図である。後述するように、ワークWの半径外方への突部74-1を筒状部74の開口側端面においてパンチにより押圧することにより堰76の成形が行なわれる。
【0019】
図4は
図1の堰76の断面形状を拡大して示しており、後述のパンチによるプレスにより得られる、筒状部74の前面から軸方向に幾分後退した半径方向に直立した前面(パンチによる成形面)76-1を備え、裏面76-2はやや傾斜しているが、切り立った成形面(後述内押え具84による成形面)76-2をなしている。成形面76-2は、堰成形後の内押え具84の抜去を可能としうる限りにおいて直立するように、油溝74-4内周面に対する角度θ(中心線と平行な基準線Lに対しクラッチハブ42の外側より内側に向けて計測)を呈している。この角度θは堰76によるクラッチ油の効果的な滞留のためにはなるべく90度に近いことが好ましいが、堰76の成形後の内押え具84の確実な抜去のため100度程度までの値から適当な値が選択される。尚、クラッチハブの筒状部74の端面76-3は仕上げ工程で面取りされている。
【0020】
本発明に係るクラッチハブ42の筒状部近辺のクラッチ油の流れについて説明すると、
図1において、クラッチ伝達油導入ポート78から供給されるクラッチ係合油は、矢印aのように、スプリング受板40の隙間部分を流通し、遠心力下でクラッチハブ42の筒状部74に導かれ、矢印bのように油溝74-4に導かれると共に、矢印cのように油孔74-5を流通され、クラッチパック44に向かう。
【0021】
油圧室62へのクラッチ制御油圧の導入により、その圧力が高くなりリターンスプリング36の設定圧を超えると、油圧ピストン34はリターンスプリング36に抗してクラッチパック44に向け移動され、油圧ピストン34は外周の駆動部34-1がクラッチパック44の油圧ピストン34に最近接側のドリブンプレート48において当接し、油圧ピストン34から最離間側のドライブプレート46はその片面に固着されるクラッチフエーシング50を介してキャリヤ28の対向面に当接される。そして、キャリヤ28は遊星歯車装置16に近接側においてスナップリング75によってクラッチドラム32の外周筒状部32-3の内周に係止されている。そのため、油圧室62への油圧の増大と共に、クラッチパック44は油圧ピストン34とキャリヤ28との間で締結され、クラッチパック44の締結が弱いためドライブプレート46に対しクラッチフエーシング50, 52を介してのドライブプレート46の滑りを許容するスリップ係合状態を経由し、油圧室62への油圧がそれ以上に上昇した場合のドライブプレート46に対するドライブプレート46の滑りを許容しないクラッチ完全締結状態に至ることができる。
【0022】
クラッチパック44のスリップ係合動作は、摩擦熱により、クラッチパック44を構成するドライブプレート46及びドリブンプレート48の温度上昇に繋がるが、油孔74-5を介して流入(矢印c)されるクラッチ油の冷却効果により温度上昇を抑制する。そして、油溝74-4を軸方向(矢印b)に流通するクラッチ油はクラッチハブ42の筒状部74を介してドライブプレート46を冷却し、これは延いてはクラッチパック44全体の冷却に寄与することになる。そして、本発明により、各油孔74-5の板状部74の離間側端部、即ち、クラッチ油の流れ方向bの下流側端部、に形成される堰76は、その裏面76-2(
図4)、即ち、クラッチ油の流れbに当たる面が切り立っていることから、各油溝74-4でのクラッチ油の流れの大きな抵抗となり、油溝74-4におけるクラッチ油の滞留時間を延長させ、冷却効果を高めることができる。これに対して、
図9で後述するように特許文献1の従来技術の場合は、堰の裏面の傾斜が大きいため、堰をスムースに乗り越えるクラッチ油の流れが生じやすいため、クラッチハブ側からの冷却効果が不十分となる。
【0023】
後退用クラッチ14については、略示のみでその詳細構造は図示しないが、前進用クラッチ12と同様にドライブプレートと、ドリブンプレートと及び隣接するドライブプレート及びドリブンプレート間に位置するクラッチフエーシングとからなるクラッチパックを備え、また、油圧ピストン34と同様の油圧ピストンを備える。後退用クラッチ14の具体的構造は特許文献3等に記載され、本実施形態において後退用クラッチ14はこれと同様の構造とすることができる。そして、クラッチハブについては、その筒状部の内周の油路を本発明に従い構成することにより、クラッチハブからのクラッチパックの冷却性を高めることができる。
【0024】
次に、本発明の堰のプレス成形について説明すると、
図3は堰76のプレス成形前のクラッチハブを示しており、堰76のプレス成形後のクラッチハブ42との区別のため以下ワークWと称する。ワークWは、円周方向に交互に配置された半径外方への突部74-1、半径内方への突部74-2、隣接する半径外方への突部74-1間の軸方向のスプライン溝74-3となる凹部(ドライブプレート46との係合溝)、隣接する半径内方への突部74-2間の軸方向の凹部(油溝74-4)はすでに形成されているが、堰76は未成形であり、プレス成形時に、半径外方への突部74-1から半径内方の突部74-2にかけての油溝74-4の外周に沿ってこれを少し超えたワークWの端面部位がパンチにより軸方向に押圧され、これによる肉の流れは
図2における堰76の形成に至らしめる。
【0025】
図5及び
図6(
図7)は堰76のプレス成形のための装置を示しており、
図5及び
図6(a)に関しては、成形装置は成形開始のための準備位置にある。成形装置は、円周方向に離間して複数設けられ、ワークWの軸方向に移動するパンチ82と、同じく円周方向に離間して複数設けられ、ワークWの半径方向に移動する内押え具84と、ワークWを全外周にて規制保持するワーク外押え具85とを備える。
図5に示すように、外押え具85はワークWの外周の全周において交互に位置する突部74-1及び凹部74-3(
図3も参照)より成る外周面と相補的な形状の内周面を備えており、これにより、外押え具85は、その内周面でワークWの外周の凹凸形状にピタリと嵌り合うようになっており、そのため、堰76の形成のためのプレス加工中にワークWの外周形状を非変形に維持することができる。即ち、堰形成のためのプレス加工がワークWの外周形状に影響しないようになっている。
【0026】
各内押え具84は、油溝74-4の端部への堰76のプレス形成時に、堰76を挟んだパンチ82の反対側のプレス成形力を受け、堰76の裏面のダレを防止し、出来得る限りの直立面とする機能を達成する。
図6(a)に示すように、内押え具84は、ダイベース86上に半径方向に移動可能に設置される。ダイベース86は、上下方向ダイクッション87を介して基台88上に上下方向可動に載置される。
図5に示すようにダイクッション87は円周方向に等間隔に6個設置されている。
図5に示すように、内押え具84は円周方向に等間隔に離間して9個設けられる。内押え具84の半径方向ダイクッションを89にて模式的に示す。ダイベース86上には、内押え具84を挟んでワーク受板90が設置され、ワーク受板90上にワークWが載置される。ワーク受板90の上方に図示しない機械式若しくは油圧式の駆動源にプレス板91が設置される。ダイベース86は9個の半径方向ダイ摺動溝86-1を備え、各内押え具84は夫々の半径方向ダイ摺動溝86-1に半径方向可動に収容される。
図6(
図7)に示すように基台88にカムドライバ92が直立して設けられ、9個の内押え具84が一斉に半径方向に駆動されるようにされる。即ち、カムドライバ92の先端にカム駆動面92-1を形成しており、このカム駆動面92-1は各内押え具84のカム従動面84-1と対抗して設けられ、プレス板91の下方駆動(
図6(a)の矢印a)されたときの、ワークW、ワーク受板90及びダイベース86を介しての各内押え具84のカムドライバ92に対する下方移動により、各内押え具84の半径方向移動(矢印b)が得られる。
図5に示すように、この実施形態においては、各内押え具84は二股に別れた先端部84aを備えている。そして、内押え具84の二股に別れた先端部84aに対応してパンチ82も二股に別れた先端部82aを有している。即ち、一つのパンチ82と一つの内押え具84とは、対向する先端部82a, 84aの協働により、隣接する2本の油溝74-4における堰76の形成に同時に関与する。従って、カムドライバ92の一回の半径方向駆動で2×9=18の油溝74-4の堰76の成形を行なうことがでる。そして、ダイベース86を回転することによりワークの残り油溝74-4の堰形成が行なわれ、ワークの堰形成は都合2工程で完了する。また、一つの内押え具84に設けられる先端部84aの数を倍に増やす等の構成変更により、一工程でワークWの全油溝74-4について堰76の成形が完了するように構成することも可能である。尚、以下は簡明のため、堰76の成形動作をパンチ82と内押え具84との協働により一つの堰76の成形を行なう動作として説明する。
【0027】
成形装置の動作を説明すると、
図6(a)に示すようにプレス板91は上方に後退位置され、ワークWはダイベース86に載置される。ダイクッション87の上向きのスプリング力により、ダイベース86は最上昇位置をとっており、カムドライバ92と各内押え具84との位置関係は、対応のダイクッション89の半径方向スプリング力により最半径内方位置をとり、ワークWの対応の一つの油溝74-4の内周面から離間位置している。また、パンチ82もクラッチハブの端面から離間位置する。この位置からプレス板91が堰成形のため下降(矢印a)を開始する。
【0028】
工程(b)においては、プレス板91は、ワークWに当接する位置まで下降され、ワーク受板90を介し、ダイベース86及びダイベース86上の内押え具84は、ダイクッション87に抗し下降し、カム駆動面92-1とカム従動面84-1との係合が深まってゆくため、各内押え具84は、夫々、対応のダイクッション87のスプリング力に抗し半径外方向に移動を開始する。
【0029】
工程(c)は、プレス板91の更なる下降により、内押え具84がワークWの対向面(油溝74-4の底面)に当接し、また、パンチ82もワークWの端面に当接した状態を示す。
【0030】
工程(d)は、プレス工程完了時のプレス板91の位置を示し、パンチ82はワークWの端面を押圧することによりワークWの端面の肉が半径内方に塑性流動され、堰を形成する
【0031】
堰の成形後にワークWの後続するプレス工程の実施のためプレス板91が(a)の初期位置まで上昇され、ダイクッション87の弾性力によりダイベース86及び内押え具84並びにワーク受板90で(a)の初期位置まで上昇(矢印a´)し、また、内押え具84はダイクッション89の弾性力で(a)の初期位置まで後退される。
【0032】
図8はプレス成形装置による堰の形成について、一つの油溝74-4について模式的に説明するもので、(a)は堰の成形開始直前を示し、パンチ82及び内押え具84はワークWからまだ離れて位置しているが、パンチ82は、ワークWの半径外方への突部74-1及びその内側の油溝74-4の端部に対向位置している。尚、
図8は
図6(b)のAにて示す部位に概ね対応するが、
図6(b)から反時計方向に90度回した状態でのワークWに対するパンチ82と内押え具84との位置関係において図示されている。
【0033】
図8(b)では溝の底面に内押え具84を当接させつつパンチ82によりワーク端面を押圧した状態(
図7(d)のBにて示す部位に概ね対応する)を示す。ワークWは加圧方向(図の左右方向)に拘束されていることはもとより、外押え具85により半径外方(図の上方)に拘束を受けているため、パンチ82による加圧を受けたワークWの端面の肉は半径内方(図の下方)に塑性流動し、堰76を形成する。そして、堰76を挟みパンチ82の反対側に内押え具84が位置していることにより、肉のダレを阻止することができる。
【0034】
図8(c)は堰の形成が終了し、パンチ82及び内押え具84が後退した状態を示し、両側において溝の内側面と一体化された堰76の成形が行なわれることが分かる。堰76のパンチ82が当たった部位は直立した前面76-1となり、裏面側は内押え具84のワークとの当接面84-2の形状に準じた、切り立った裏面76-2を形成する。
図4に関連して説明した通り、面76-2は出来得る限り直立面に近いことが好適であるが、90度に近くなると、ワークWとの食付きによって半径方向ダイクッション89のスプリング力のみでは内押え具84のスムースな後退に支障が起こりうることから、内押え具84のスムースな後退運動に支障を来たさないことが堰76の裏面76-2の傾斜角度(
図4のθ)の限界値となる。
【0035】
図8(a)のA-A線矢視図に示すように、ワークWの突部74-1の内側に油溝74-4が位置しており、パンチ82の端面形状は突部74-1及び油溝74-4の形状と略相似であるが、突部74-1よりやや小さく油溝74-4よりやや大きくされ、これらの大きさの関係は、パンチ82による押圧により堰76を形成するために必要となる肉の流れが得られるように適宜設計される。
【0036】
また、パンチによる堰76のプレス成形において、ワークWの内周の形状、特に、堰76の近接部分における油溝74-4の形状は変化される。しかしながら、プレス工程中において、ワークWは全外周において相補的な凹凸形状の外押え具85(
図5)により保持されており、ワークWの外周形状は堰76の成形工程に拘わらず変化することなく維持される。
【0037】
図9(a)-(c)は特許文献1におけるワークWに対する堰のプレス成形を本発明における
図8(a)-(c)の対比で模式的に説明するものである。特許文献1において前面側でパンチ182を使用することは同様であるが、裏面側はフリーとなっている。そのため、パンチ182によるプレスの際の肉の流れは規制がないため、プレス加工により出来る堰176は前面176-1は直立するが、裏面176-2はだれてしまい、堰176による潤滑油の滞留効果は不十分のため(油の流れが矢印のように堰176を直ぐに乗り越えてしまうため)、冷却を十分行い得なかった。これに対して本発明では堰76の裏面76-2は内押え具84による成形面であるため、切り立たせることができ、油溝74-4におけるクラッチ油の流れの十分な滞留効果を得ることができる(
図4)。
【0038】
図10は本発明と従来とでスリップモードでのクラッチパック44におけるドライブプレート46の温度の測定結果(折れ線グラフ)及び油溝74-4の通過流量の解析結果(棒グラフ)を示す。
図1に示すようにドライブプレート46は4枚設置されているが、同図左より右に向けて(板状部72から離間側に向けて)夫々♯1,♯2,♯3,♯4にて表し、温度測定用の熱電対の設置箇所を黒丸にて示す。温度上昇が問題となる板状部72(クラッチ油供給源側)から離間側の♯3,♯4のドライブプレート46について顕著な温度上昇抑制効果が見られ、解析流量の結果から見ても、本発明における堰76の構造による有益な効果を表している。
【符号の説明】
【0039】
10…前進後退切替装置
12…前進用クラッチ
14…後退用クラッチ
16…遊星歯車機構
18…サンギヤ
20…リングギヤ
22…プラネタリギヤ
28…キャリヤ
32…クラッチドラム
34…油圧ピストン
36…リターンスプリング
40…スプリング受板
42…クラッチハブ(本発明のクラッチ板保持用筒状部品)
44…クラッチパック
46…ドライブプレート
48…ドリブンプレート
50, 52…クラッチフエーシング(ドライブプレートとで本発明のクラッチ板)
61…ドラムサポート部
62…油圧室
64…作動油ポート
66…作動油通路
72…クラッチハブの板状部
74…クラッチハブの筒状部
74-1…クラッチハブの筒状部における半径外方への突部
74-2…クラッチハブの筒状部における半径内方への突部
74-3…クラッチハブの筒状部におけるスプライン溝
74-4…クラッチハブの筒状部における油溝
74-5…クラッチハブの筒状部における油孔
76…堰
76-1…堰の前面(パンチによる成形面)
76-2…堰の裏面(内押え具による成形面)
80…キャンセラ室
82…パンチ
82a…パンチの先端部
84…ワークの内押え具
84-1…内押え具のカム従動面
84a…内押え具の先端部
86…ダイベース
87…上下方向ダイクッション
88…基台
90…ワーク受板
91…プレス板
92…カムドライバ
92-1…カムドライバのカム駆動面