IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社ナリス化粧品の特許一覧

<>
  • 特許-皮膚モデル 図1
  • 特許-皮膚モデル 図2
  • 特許-皮膚モデル 図3
  • 特許-皮膚モデル 図4
  • 特許-皮膚モデル 図5
  • 特許-皮膚モデル 図6
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-03
(45)【発行日】2022-06-13
(54)【発明の名称】皮膚モデル
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/07 20100101AFI20220606BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20220606BHJP
   A61L 27/60 20060101ALI20220606BHJP
   A61L 27/24 20060101ALI20220606BHJP
   A61L 27/36 20060101ALI20220606BHJP
   A61L 27/38 20060101ALI20220606BHJP
   C12M 3/00 20060101ALN20220606BHJP
【FI】
C12N5/07
C12Q1/02
A61L27/60
A61L27/24
A61L27/36 130
A61L27/36 400
A61L27/38 300
C12M3/00 A
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2020101725
(22)【出願日】2020-06-11
(65)【公開番号】P2021193910
(43)【公開日】2021-12-27
【審査請求日】2020-11-10
(73)【特許権者】
【識別番号】591230619
【氏名又は名称】株式会社ナリス化粧品
(72)【発明者】
【氏名】上田 浩士
(72)【発明者】
【氏名】森田 美穂
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼田 広之
(72)【発明者】
【氏名】恒原 由佳
【審査官】太田 雄三
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-079795(JP,A)
【文献】国際公開第2020/111265(WO,A1)
【文献】特開2019-122265(JP,A)
【文献】Biochemical and Biophysical Research Communications,2010年11月12日,Vol. 403,p. 298-304,doi:10.1016/j.bbrc.2010.11.021
【文献】日本眼科学会雑誌,2006年03月15日,Vol. 111 臨時増刊号,p. 285
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
C12Q 1/00
C12M 3/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Engelbreth-Holm-Swarn(EHS)マウス肉腫から抽出した可溶性成分からなる基底膜マトリックス調製物I型コラーゲンの架橋体を含むゲル状の培養基材と、当該培養基材の表面に形成されたケラチノサイトの細胞層を備え、前記培養基材は、物性値が10.5Pa・s以上30.0Pa・s以下であり、前記培養基材は1以上の凸状部を有し、当該凸状部の表面の少なくとも一部にケラチノサイトの細胞層を備えた皮膚モデル。
【請求項2】
前記Engelbreth-Holm-Swarn(EHS)マウス肉腫から抽出した可溶性成分からなる基底膜マトリックス調製物が0.6w/v%以上1.0w/v%以下であり、前記I型コラーゲンが0.01w/v%以上0.1w/v%以下である請求項1に記載の皮膚モデル。
【請求項3】
Engelbreth-Holm-Swarn(EHS)マウス肉腫から抽出した可溶性成分からなる基底膜マトリックス調製物I型コラーゲンの架橋体を含むゲル状の培養基材であって、物性値が10.5Pa・s以上30.0Pa・s以下である培養基材。
【請求項4】
前記培養基材は、0.01w/v%以上0.1w/v%以下の前記I型コラーゲンと、0.6w/v%以上1.0w/v%以下の前記Engelbreth-Holm-Swarn(EHS)マウス肉腫から抽出した可溶性成分からなる基底膜マトリックス調製物を含む液体が架橋剤で架橋処理されたものである請求項3に記載の培養基材。
【請求項5】
物性値が10.5Pa・s以上30.0Pa・s以下である培養基材の製造方法であって、
Engelbreth-Holm-Swarn(EHS)マウス肉腫から抽出した可溶性成分からなる基底膜マトリックス調製物I型コラーゲンを混合する工程と、
前記混合物に対して架橋剤を加えて反応させる工程と、
を含み、
前記混合する工程において
0.01w/v%以上0.1w/v%以下のI型コラーゲンと、0.6w/v%以上1.0w/v%以下のEngelbreth-Holm-Swarn(EHS)マウス肉腫から抽出した可溶性成分からなる基底膜マトリックス調製物を含むようにEngelbreth-Holm-Swarn(EHS)マウス肉腫から抽出した可溶性成分からなる基底膜マトリックス調製物I型コラーゲンを混合する製造方法。
【請求項6】
Engelbreth-Holm-Swarn(EHS)マウス肉腫から抽出した可溶性成分からなる基底膜マトリックス調製物I型コラーゲンの架橋体を有するゲル状の培養基材と、当該培養基材の表面に形成されたケラチノサイトの細胞層を備え、
前記培養基材は1以上の凸状部を有し、当該凸状部の表面の少なくとも一部にケラチノサイトの細胞層を備え、
前記培養基材は請求項3~の何れか1項に記載の培養基材である皮膚モデル。
【請求項7】
少なくとも基材表面から突出した凸状部を有するゲル状の培養基材に、前記凸状部の表面の少なくとも1部にケラチノサイトの細胞層を備えた皮膚モデルの作製方法であって、
Engelbreth-Holm-Swarn(EHS)マウス肉腫から抽出した可溶性成分からなる基底膜マトリックス調製物I型コラーゲンを混合する工程と、
当該混合物に対して架橋剤を加えて反応させる工程と、
前記反応により得られたゲル状物の表面にケラチノサイトを播種する工程と、
を含み、
前記ゲル状物の物性値が10.5Pa・s以上30.0Pa・sである皮膚モデルの作製方法。
【請求項8】
前記混合物は0.01w/v%以上0.1w/v%以下のI型コラーゲンと、0.6w/v%以上1.0w/v%以下のEngelbreth-Holm-Swarn(EHS)マウス肉腫から抽出した可溶性成分からなる基底膜マトリックス調製物を含む請求項
に記載の皮膚モデルの作製方法。
【請求項9】
請求項3~の何れか1項に記載の培養基材上でケラチノサイトを培養する工程を有し、
ケラチノサイトと、少なくとも当該培養前又は前記培養中に被検因子を接触させる工程と、
前記培養基材の表面への凸状部の形成の成否及び/又は当該凸状部の表面への細胞層の形成の成否又はその程度を判定する工程、
を含む方法。
【請求項10】
請求項1、2、の何れか1項に記載の皮膚モデルと被験因子を接触させる工程と、
当該工程後に前記培養基材の表面の凸状部の消失の有無及び/又は当該凸状部の表面の細胞層の消失の有無又はその程度を判定する工程、
を含む方法。
【請求項11】
前記接触後から判定に至る工程の間で、前記被験因子と接触させた皮膚モデルを培養する工程を備えた請求項1に記載の方法。
【請求項12】
請求項1,2,の何れか1項に記載の皮膚モデルからなる人工皮膚。
【請求項13】
請求項1,2,の何れか1項に記載の皮膚モデルの人工皮膚としての使用。
【請求項14】
請求項3~の何れか1項に記載の培養基材又は請求項に記載の方法で得られた培養基材からなる被覆材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願に係る発明は皮膚モデルに関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚は人体が外気と接する表層から順に表皮、真皮、皮下組織の3層から構成されている。表皮は、ケラチノサイト(角化細胞)という細胞からなり、真皮に近い深部から基底層、有棘層、顆粒層、角質層に分類される。表皮では分裂によりケラチノサイトが基底層から角層に向けて押し上げられ、表層から順にいわゆる垢として剥がれ落ちる。
【0003】
真皮は表皮に近い乳頭層と、それより深部に存在する網状層に分類される。乳頭層は主としてコラーゲンから構成される膠原線維とエラスチンから構成される弾性線維、その他の細胞外マトリックス成分を含む。網状層は乳頭層よりも厚く、真皮の大部分を占める層である。網状層もコラーゲンから構成される膠原線維とエラスチンから構成される弾性線維を含むが、乳頭層の膠原線維よりも太く、乳頭層の弾性線維よりも成熟している。
【0004】
乳頭層の上層部には表皮に向けて突出した真皮乳頭突起が形成されている。この真皮乳頭突起の間に表皮層が入り込み、表皮と真皮の間で、真皮層の乳頭層と表皮層が相互にかみ合った凹凸構造が形成されている。
【0005】
真皮と表皮の間は基底膜で隔てられているが、真皮と表皮の間では真皮乳頭突起を介してシグナル伝達、老廃物や栄養の輸送などの物質輸送が行われ、真皮と表皮がかみ合うことによって外部からの物理的刺激の緩和作用があるとされる。真皮乳頭突起は加齢や紫外線によって平坦化することが知られているだけでなく(非特許文献1)、皮膚状態(角層水分量、経表皮水分蒸散量、角層細胞面積、皮膚色)と真皮乳頭突起の形状に関連があることも報告されている(特許文献1)。従って、真皮乳頭突起の平坦化が皮膚性状変化の一因であると考えられ、皮膚の状態を正常に保つためには、真皮乳頭突起を適切に維持することが重要と考えられる。一方で、加齢や紫外線のみならず、疾患による真皮乳頭突起の形状変化も存在する。乾癬では真皮乳頭突起が過剰に形成され、光線角化症では真皮乳頭突起は縮小あるいは消失すると言われる(非特許文献2)。さらには、真皮乳頭突起が形成される真皮上においてケラチノサイトの分裂により表皮が形成されることに鑑み、真皮乳頭突起の形成が生体に近い人工皮膚の作製にも重要であると考えられる。人工皮膚は火傷、外傷など損傷を受けた皮膚の代替または再生のために利用されており、再生医療にとっても、より生体に近い人工皮膚の製造が課題といえる。これらのことから真皮乳頭突起に関する研究を行うための適切な皮膚モデルが必要とされている。
【0006】
これまでにもヒトの皮膚を模した種々の皮膚モデルが提案されている。これらの中で、皮膚組織から表皮の細胞層を取り除き作製された平坦な無細胞のヒト由来の培養基材を用いたモデルがあり、この基材上でケラチノサイトを培養した時に真皮乳頭突起が形成されることを示唆する観察像の報告がある(非特許文献3)。しかしながら、該報告は皮膚モデルにおける角層剥離過程の特徴を明らかにすることを目的としたもので、真皮乳頭突起を研究対象としたものではなく、上記皮膚モデルに発現する細胞増殖マーカー(Ki-67)、細胞分化マーカー(Keratin1、Loricrin)の解析については述べられているものの、真皮乳頭突起の形成について何ら述べられておらず、当然、真皮乳頭突起形成の再現性についても言及されていない。仮に皮膚組織由来の基盤を用いて真皮乳頭突起形成皮膚モデルが作成できたとしても、ヒトの皮膚組織から培養基材を作製する必要があるのでこの培養基材を大量に得ることは供給面で困難であり、入手容易な素材(物質)から簡便に作製し得る培養基材が望まれる。
【0007】
ケラチノサイトの培養基材として一般的にはコラーゲンが広く用いられる。コラーゲンは動物の皮膚、骨、髄血管の壁などに多く含まれている線維状のタンパクである。コラーゲンはそのタイプによっても性質が異なるが、ケラチノサイトの培養基材として主に使用されるのはI型コラーゲンである。I型コラーゲンは低温かつ酸性条件で可溶化されているが、体温及び中性pHに応答して自己組織化してナノ線維を形成し、線維の絡み合いによるゲルを形成する。コラーゲンが含まれる基材上に形成された皮膚モデルは数多く知られているが(例えば、特許文献2や3)、これらのモデルではいずれも培養されて得られたケラチノサイトの細胞層は平坦であって、これらのモデルは実際の皮膚で見られるような真皮乳頭突起様の突起部を備えた皮膚モデルではない。
【0008】
また、コラーゲンにマトリゲル(Matrigel:登録商標)を混合後、架橋処理して得られた培養基材上でケラチノサイトを培養して得られた皮膚モデルも知られている(非特許文献4)。マトリゲルは、Engelbreth-Holm-Swarn(EHS)マウス肉腫から抽出した可溶性成分からなる調製品(市販品)である。マトリゲルは、主成分であるラミニンの他、IV型コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、ニドゲンなどの細胞外マトリックス(ECM;Extracellular Matrix)タンパクと数々の成長因子など、基底膜に含まれる成分を多量に含む。非特許文献4では、0.14w/v%のコラーゲンと0.5w/v%のマトリゲルを含む混合物に架橋剤を加えて反応させることで、熱安定性が向上したケラチノサイト培養に適した培養基材が得られている。しかしながら、ここにも、真皮乳頭突起様の凸状部を有する培養基材上にケラチノサイト層が培養されたとの記載やその旨の示唆はなく、当該培地でケラチノサイトを実際に培養しても、真皮乳頭突起様の凸状部が形成できなかった(本願明細書実施例中試験例9参照)。
【0009】
一方、マトリゲルを用いて得られた培養基材上で、ある種の腎細胞(MDCK Cell)を培養したところ、架橋剤の処理を少なくした場合にはチューリップハット状に細胞層が形成されやすく、得られたチューリップハット状の突起内部にはマトリゲルが存在し、添加する架橋剤の量を増やすと細胞層が平坦化したとの報告がある(非特許文献5)。しかしながら、マトリゲル及びその架橋物上でケラチノサイトを実際に培養しても、チューリップハット状に細胞層が形成されることはなかった(本願明細書実施例中試験例2参照)。また、非特許文献5では、添加する架橋剤の量を増やすと細胞層が平坦化されたことが示されており、架橋の程度を増す、あるいは、マトリゲルのような基底膜マトリックス調製物に当該調製物単独よりも粘度を増すような素材を添加する、すなわち非特許文献5で論じられているところのviscosityを上げるような処置を施すことで、細胞がチューリップハット状構造を形成する可能性については、全く予想できなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2016-016277号公報
【文献】特開2006-333763号公報
【文献】特開2010-193822号公報
【非特許文献】
【0011】
【文献】Kawasaki K, Yamanishi K, Yamada H., Int J Dermatol. 2015 54(3):295-301.
【文献】清水 宏、新しい皮膚科学、2011、38-42
【文献】McGovern JA, Meinert C, de Veer SJ, Hollier BG, Parker TJ, Upton Z. Br J Dermatol.2017 176(1):145-158.
【文献】Christiane S. Sobral, PhD, MD, Alfredo Gragnani, PhD, MD, Xudong Cao, PhD, Jeffrey R. Morgan, PhD, and Lydia Masako Ferreira, Chairwoman,PhD, MD, J. Burns Wounds. 2007 VOLUME 738-42
【文献】ウェブサイト https://www.nature.com/articles/srep14208、5:14208、 Misako Imaiら、Three-dimensional morphogenesis of MDCK cells induced by cellular contractile forces on a viscous substrate
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本願発明の課題は、上記の技術背景に鑑みてなされたものであって、真皮乳頭突起様の突起部を有する新たな皮膚モデルを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本願発明に係る皮膚モデルは、基底膜マトリックス調製物中のタンパクと線維型コラーゲンの架橋体を含むゲル状の培養基材と、当該培養基材の表面に形成されたケラチノサイトの細胞層を備え、前記培養基材はその表面から突出した1以上の凸状部を有し、当該凸状部の表面の少なくとも一部にケラチノサイトの細胞層を備えている。
【発明の効果】
【0014】
本願発明によると従来の皮膚モデルに比べてヒトの皮膚により近い構造を有する皮膚モデルが提供される。これによって、真皮乳頭突起の消失に影響を与える因子等を探索でき得る。また、当該皮膚モデル形成の可否から、真皮乳頭突起の形成に影響を与える因子等を探索できる可能性が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は本発明に係る培養基材(試験例5)を用いてケラチノサイトを培養した後の画像である。(a)はxy面を下から観察した画像、(b)はyz面画像、(c)はxz面画像である。染色された部分はアクチンによるケラチノサイトの染色、破線は培養基材の表面位置を示す。
図2図2は対照例となる培養基材(試験例9)を用いてケラチノサイトを培養した後の細胞層の画像である。(a)はxy面を下から観察した画像、(b)はyz面画像、(c)はxz面画像である。染色された部分はアクチンによるケラチノサイトの染色、破線は培養基材の表面位置を示す。
図3図3は本発明に係る培養基材(試験例5)を用いてケラチノサイトを培養した後の画像である。(a)はアクチンによるケラチノサイトの染色画像、(b)は蛍光標識抗体による培養基材の染色画像、(c)はアクチンによる染色画像と蛍光標識抗体による染色画像との合成画像、(d)はその断面画像であって、アクチンによるケラチノサイトの染色画像である。
図4図4は対象例となる培養基材(試験例9)を用いてケラチノサイトを培養した後の画像である。(a)はアクチンによるケラチノサイトの染色画像、(b)は蛍光標識抗体による培養基材の染色画像、(c)はアクチンによる染色画像と蛍光標識抗体による染色画像との合成画像である。
図5図5は本発明に係る培養基材(試験例5)を用いてケラチノサイトを培養した後の画像である。(1-a)(1-b)(1-c)は正常なケラチノサイトを培養した後の画像であって、(1-a)はxy面画像、(1-b)はyz面画像、(1-c)はxz面画像である。(2-a)(2-b)(2-c)は過酸化水素水に曝露したケラチノサイトを培養した後の画像であって、(2-a)はxy面画像、(2-b)はyz面画像、(1-c)はxz面画像である。破線は培養基材の表面位置を示す。
図6図6は本発明に係る培養基材(試験例5)を用いてケラチノサイトを培養した後の画像である。(1-a)(1-b)(1-c)は正常なケラチノサイトを培養した後の画像であって、(1-a)はxy面画像、(1-b)はyz面画像、(1-c)はxz面画像である。(2-a)(2-b)(2-c)は培養途中で紫外線を照射したケラチノサイトを培養した後の画像であって、(2-a)はxy面画像、(2-b)はyz面画像、(1-c)はxz面画像である。破線は培養基材の表面位置を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本願発明に係る皮膚モデルは培養基材と当該培養基材の表面に形成されたケラチノサイトの細胞層を備え、培養基材はその表面から突出した凸状部を有し、ケラチノサイトの細胞層はその凸状部の表面の少なくとも一部を覆うようにして形成されている。
【0017】
培養基材は、当該基底膜マトリックス調製物中のタンパクと線維型コラーゲンの架橋体を含むゲル状の培養基材である。本願発明において用語「基底膜マトリックス調製物」とは、基底膜を構成する成分を多量に含む組成物を意味する。基底膜は、動物の組織において上皮細胞層と間質細胞層の間や、筋細胞・脂肪細胞及び神経組織の周囲に見られる薄い膜状をした細胞外マトリックスで構成される構造体である。動物種やその存在場所によってその組成は異なるものの、基底膜は、水分を除けば主な成分として、タンパクであるヘパラン硫酸プロテオグリカン、コラーゲンIV(IV型コラーゲン)などの非線維型コラーゲン,ラミニン,ニドゲンを含み、これら以外にコンドロイチン硫酸プロテオグリカンやトロンボスポンジン,ヒアルロン酸,フィブロネクチンといったタンパクや糖類を含む。本願発明では基底膜マトリックス調製物として、動物組織である基底膜から調製された調製物が用いられ得るが、基底膜に含まれる成分を多量に含まれるとされるEHSマウス肉腫から調製された組成物である基底膜マトリックス調製物が好ましく使用され得る。基底膜マトリックス調製物の調製方法は特に限定されないが、例えばホモゲナイズしたEHSマウス肉腫から集めた不溶性沈殿物から尿素を含む緩衝液を用いて尿素可溶性画分を得た後透析する方法が挙げられる(参考:http://nutrition2.agr.nagoya-u.ac.jp/EHS.html)。また、この方法で得られる基底膜マトリックス調製物の他、EHSマウス肉腫から調製された各種の市販調製品、例えば、商品名「Matrigel」(登録商標:コーニング社製)や同「Geltrex」(登録商標:サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)、同「Cultrex」(登録商標:トレビゲン社製)なども好適に用いられる。もっとも、動物組織に存在する基底膜であれば動物種を限ることなく使用することができる。調製方法も上記例示方法に限定されず、各種の酵素処理、破砕、抽出、精製等の処理を行うことで調製した基底膜マトリックス調製物を用いることも可能である。
【0018】
本願発明に係る培養基材は、上記の基底膜マトリックス調製物中のタンパクと線維型コラーゲンで架橋された架橋体を含むゲル状物であって、実施例に記載の方法で測定した物性値が10.5Pa・s以上30.0Pa・s以下である。物性値が30.0Pa・sを越える場合や10.5Pa・sに満たない場合には、培養基材には凸状部が形成されず培養されたケラチノサイトの細胞層は平坦になる傾向にある。培養基材はゲル状、すなわち基底膜マトリックス調製物中のタンパクと線維型コラーゲンが架橋体を構成することで培養基材全体が流動性を失った状態のものであり、好ましくは人工皮膚として使用できるように培養基材を作製した培養容器や支持体から剥離できる状態のものである。
【0019】
コラーゲンはI型コラーゲン、II型コラーゲン、III型コラーゲン、VI型コラーゲンなど各種の型があり、I型コラーゲンやII型コラーゲン、III型コラーゲンなどの線維型コラーゲンと、IV型コラーゲンなどの非線維型コラーゲンに大別される。本願発明においてはこれらのコラーゲンのうち、I型コラーゲンやII型コラーゲンなどの線維型コラーゲンが好ましく用いられる。線維型であれば由来を問わず、各種動物(哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類)の真皮、靱帯、腱、骨、軟骨などに由来したコラーゲン、植物や微生物が生産するコラーゲン、人工的に製造された合成品でもあり得る。
【0020】
培養基材に含まれる架橋体は、基底膜マトリックス調製物中のタンパクや線維型コラーゲンが有するアミン基やチオール基,カルボニル基,カルボキシル基などが架橋剤と化学反応を起こして生じたものである。基底膜マトリックス調製物中のタンパクと線維型コラーゲンの架橋体は、基底膜マトリックス調製物中のタンパクと線維型コラーゲンの架橋体のみならず、線維型コラーゲンと線維型コラーゲンの架橋体や、基底膜マトリックス調製物中のタンパクと基底膜マトリックス調製物中のタンパクの架橋体を含み得るが、得られる架橋体の具体的な構成は特定できず、おそらくはその全ての架橋体を含み得る。
【0021】
用いられる架橋剤の種類も特に限られるものではなく、例えば、グルタルアルデヒドやホルムアルデヒド,N-ヒドロキシスクシンイミド,天然物由来のゲニピンなどが用いられ得る。架橋反応は、各架橋剤に応じて反応条件が選択され、架橋処理されて得られる培養基材の物性値が上記物性値の範囲となるように設定される。
【0022】
培養基材は、基底膜マトリックス調製物中のタンパクと線維型コラーゲンの架橋体を含むが、基底膜マトリックス調製物からタンパクのみを抽出して線維型コラーゲンとの架橋体を得ることもありえる。しかしながら、基底膜マトリックス調製物からタンパクのみを抽出することは実際上困難であるので、培養基材は両者の架橋体の他、架橋に使われなかった基底膜マトリックス調製物中のタンパクや、架橋体に使われなかった線維型コラーゲン、基底膜マトリックス調製物中に含まれる各種の成分を含み得る。従って、培養基材は基底膜マトリックス調製物を含むとも言える。また、培養基材は、これらの成分以外に、水などの媒体やケラチノサイトの培養に用いられる各種因子、例えば上皮成長因子、線維芽細胞成長因子、神経成長因子のような成長因子やカルシウムのような分化促進因子,酢酸塩やリン酸塩などの緩衝液を構成する成分,エラスチン、フィブリリンなどの皮膚由来成分、細胞成分として線維芽細胞、組織球、肥満細胞などの各種細胞などの任意に添加しえる成分も含み得る。また、基底膜マトリックス調製物中に本来含まれるとされる成分、例えばコンドロイチン硫酸プロテオグリカンやヘパラン硫酸プロテオグリカン,IVコラーゲン,トロンボスポンジン,ヒアルロン酸,フィブロネクチン,ラミニン,リーリン,ニドゲンなども任意にさらに含ませてもよい。さらに、未反応の架橋剤や、架橋反応の停止に用いられる反応停止剤が含まれる場合がある。反応停止剤は上記の架橋剤に応じて適宜選択されるが、例えばグルタルアルデヒドに対するグリシン、N-ヒドロキシスクシンイミドに対するトリスヒドロキシメチルアミノメタンなど、各種アミノ酸若しくはそれらの塩類が示される。
【0023】
本願発明に係る培養基材は、基底膜マトリックス調製物と線維型コラーゲン、前記の任意に添加し得る成分を混合し、架橋剤を加えて反応させることで得られる。このとき、得られた培養基材の物性値が10.5Pa・s以上30.0Pa・s以下、好ましくは25.0Pa・s以下、さらに好ましくは22.0Pa・s以下であればよく、このような物性値の範囲となるように基底膜マトリックス調製物中のタンパクや基底膜マトリックス調製物の量と、線維型コラーゲンの量と、架橋剤の量、架橋反応の条件(例えば反応時間)が調整される。なお、本明細書においては、基底膜マトリックス調製物中のタンパク量は、ローリー法により測定された基底膜マトリックス調製物中に含まれる全タンパク量を意図する。ゲル状物の物性値は実施例に記載の方法で求めた場合の測定値を意味する。培養基材の作製は、例えば、基底膜マトリックス調製物や線維型コラーゲン、媒体、その他の培養基材に含ませる任意的成分、架橋剤を含み、最終的に培養基材となる混合液中に、基底膜マトリックス調製物中のタンパク濃度として0.6w/v%以上、好ましくは0.61w/v%以上であり、1.0w/v%以下好ましくは0.9w/v%以下の基底膜マトリックス調製物と、0.01w/v%以上0.1w/v%以下の線維型コラーゲンを含むように混合して行われる。従って、例えば、市販品であるEHSマウス肉腫からの調製品である「マトリゲル」(高濃度品でない通常品)を用いる場合、そのタンパク濃度は約10mg/mLとされるので、この調製品を用いる場合には60.0w/v%以上100.0w/v%以下(なお、マトリゲルを高濃度に配合する場合、タンパク高濃度品(例えばタンパク濃度として約20mg/mLを含む市販品)が用いられ得る)の「マトリゲル」と0.01w/v%以上0.1w/v%以下の線維型コラーゲンを含むように混合される。また、基底膜マトリックス調製物中のタンパクと線維型コラーゲンの比は調製された培養基材の物性値が上記範囲となる限り任意であるが、好ましくは線維型コラーゲン量に対して、基底膜マトリックス調製物中のタンパク量が質量比で6.0以上20.0以下となるのがよい。
【0024】
次に、基底膜マトリックス調製物、線維型コラーゲン及びさらに任意的に添加される成分、媒体を含む混合液に架橋剤を加え、架橋反応を行わせる。基底膜マトリックス調製物中のタンパク量や線維型コラーゲン量などによっても異なるが、加える架橋剤の量は、最終的に培養基材となる混合液中に概ね0.005w/v%以上0.02w/v%以下である。架橋する際の反応条件は架橋剤に応じて適宜決定されるが、例えばグルタルアルデヒドであれば4℃~37℃で1~48時間インキュベートする。その後、架橋停止剤を加えて架橋反応を停止させ、培養基材となるゲル状物を得る。架橋に際して、得られる培養基材の物性値が上記物性値の範囲内に納まるように架橋反応を行わせる。例えば、架橋剤を過剰に加えて架橋剤が反応系に残った状態で架橋反応を停止させてもよく、所望する物性値となるような量の架橋剤を加えて架橋反応を行わせてもよい。好ましくは、過剰量の架橋剤を加えて十分に架橋反応を起こさせるのがよく、例えば前記量の基底膜マトリックス調製物及び線維型コラーゲンを用いる場合には0.01w/v%以上0.02w/v%以下の架橋剤を加えて、2時間以上24時間程度のインキュベートを行って架橋体を形成させた後に、反応停止剤を加えることが好ましい。反応停止剤を加えた後は反応停止を完結させるために、さらに室温でインキュベートを行う。反応停止剤は架橋後に得られるゲル状物と接触させることになるが、ゲル状物の容積にほぼ影響を与えることなく反応が停止される。この際、反応停止剤や反応停止剤を溶解した溶媒に用いられた液体が残存する場合やゲル状物からの離水も起こりえるが、これらの場合それらが残存したままでも使用できるが、好ましくはゲル状物上に残った液体を除いて使用する。
【0025】
架橋反応は、下記に述べるケラチノサイトの培養に用いられる培養容器やケラチノサイトの培養に用いられる培養容器とは異なる容器を用いて行い得る。培養容器内で架橋反応を行った場合は反応停止後得られたゲル状物をそのまま培養基材として用いられる。また、別の容器で架橋反応を行った場合には反応停止後得られたゲル状物の適量を培養容器などに移したり、架橋反応を行って得られたゲル状物を培養容器に移した後に反応停止させて培養基材として用いることもできる。
【0026】
培養基材はケラチノサイトの培養に用いられる。培養は、培養基材が入った培養容器、例えばシャーレやペトリ皿、多数の窪みを備えた培養プレート、チャンバースライド、網状物(例えばナイロンメッシュ)などの支持用インサートを備えた容器中、あるいはプレパラートなどの平板状の支持体に載置された培養基材上で行われる。培養されるケラチノサイトの由来は動物であれば特に制限されるものではないが、本願発明に係る培養基材はケラチノサイトの培養によりその表面に真皮乳頭突起様の凸状部が形成されるので、真皮乳頭突起を有する動物由来、例えばヒトやサル、マウスなどの哺乳類由来のケラチノサイトが好ましく用いられる。もっとも、その他いかなる動物由来のケラチノサイト、場合によってはケラチノサイト以外の細胞を培養し得るのは言うまでもない。さらには、糖尿病、乾癬、光線角化症等の疾患に罹患した患者由来の細胞(好ましくはケラチノサイト)を用いることも可能である。
【0027】
培養方法は一般的にケラチノサイトを培養する場合と同様に行えばよく、例えばケラチノサイトを含む培養液を培養基材上に播種したり、培養基材上にケラチノサイトを載置した後、培養容器に入れた培養液とともにインキュベートする。培養液には、使用されるケラチノサイトに適切な培養液が用いられるが、ヒト由来のケラチノサイトを培養する場合であれば、例えばEpiLife KG2 (クラボウ)、Humedia-KG2(クラボウ)のような培養液があげられる。培養条件も通常のケラチノサイトの培養と同様の条件でよく、例えば37℃で数時間から48時間、長い場合には1週間程度である。
【0028】
培養の結果、培養基材の表面にはその一部分が盛り上がるようにして培養基材からなる凸状部が形成されるとともに、当該凸状部の表面の少なくとも一部を覆うケラチノサイトの細胞層が形成される。1つの培養容器(若しくは1つの窪み)に形成される凸状部は1つとは限らず、複数の凸状部が形成される場合もある。ケラチノサイトの細胞層は、形成された凸状部表面の少なくとも一部を覆っていればよく、ケラチノサイトの細胞層が培養基材からなる凸状部を形成させ得る割合、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、更に好ましくは凸状部の表面の全体を覆う細胞層が形成されていることが好ましい。そして、ケラチノサイトの細胞層は、凸状部の表面のみならず凸状部と連続してその周囲の培養基材表面にも形成され、凸状部の周囲を取り囲む、つまりチューリップハット状にケラチノサイトの細胞層が形成されることが望ましい。形成されたケラチノサイトの細胞層は通常1層であるが、部分的若しくは全体に2層、3層及びそれ以上の複数層であっても差し支えない。また、一部のケラチノサイトの細胞が培養基材の内部、特に凸状部の内部に存在するものであっても差し支えない。
【0029】
複数の凸状部の間には連続したケラチノサイトの細胞層が存在することが好ましいが、不連続なケラチノサイトの細胞層が存在しても差し支えない。下記に述べるように、例えば皮膚の真皮乳頭突起の消長に関する因子を調べる場合には、ケラチノサイトの細胞層が不連続であっても形成されている凸状部が1つのみでも差し支えない。また、人工皮膚として使用する場合には、ケラチノサイトの細胞層の面積が大きいほど好ましく、複数の凸状部を有するものが望ましい。凸状部と凸状部の間が不連続となったケラチノサイトの細胞層が形成された場合には、例えば、レーザーピンセット等を用いて1つの凸状部と当該凸状部の周囲の培養基材と当該培養基材上のケラチノサイトの細胞層を切り取り、他の凸状部の周囲にケラチノサイトの細胞層が互いに接触し、又は近接させるように移動して更に培養することで、複数の凸状部を有し、かつケラチノサイトの細胞層が連続した1枚のシート状の皮膚モデルが作製され得る。
【0030】
こうして作製された培養基材や皮膚モデルは、皮膚の真皮乳頭突起の形成や消失に関与すると考えられる因子の解明に使用され得る。すなわち、各種因子を接触させた後あるいは接触させながら培養基材上でケラチノサイトを培養して本願発明に係る皮膚モデルの成否や、凸状部の形成(細胞層を含めて)の程度を判定することで、真皮乳頭突起の形成への影響、例えば突起形成を阻害、促進又は形成された凸状部の消失を抑制する因子であるかどうか、又は影響の強弱の評価あるいは推定ができる。この際、ケラチノサイトの培養条件は上記で述べた皮膚モデルの作製時とほぼ同様の培養条件が好ましいが、それと異なる条件で培養することもできる。また、作製された皮膚モデルに各種因子を接触させた後あるいは接触させながら、皮膚モデルを更に培養して皮膚モデル、特に細胞層を含めた凸状部の消失の有無やその程度を判定することで、真皮乳頭突起の消失や維持に関与する因子であるかどうかの評価あるいは推定ができる。この際、皮膚モデルの培養条件は上記で述べたような皮膚モデルの作製時と同じ条件が好ましいが、ケラチノサイトが培養可能であると考えられ得る限りこれと異なる条件であってもよい。また、消失や維持に関与するか否かどうかを調べるための培養には培養液を用いることなく恒温でインキュベートすることも含まれる。
【0031】
評価あるいは推定の対象となる被検因子は、紫外線や赤外線などの電磁波、オゾンなどの気体、過酸化水素や各種抗酸化剤などの化学物質や動植物抽出物のような組成物、熱(加温や冷却)や湿度(加湿や乾燥)等の外部環境など特に制限はない。また、一度の実施に用いられる被検因子は1つに限られず、複数の因子、例えば、形成を阻害すると判定ないし推定された因子と当該因子を阻害すると予想されうる因子の双方など複数の被検因子でもあり得る。また、被験因子と、真皮乳頭突起の形成を阻害すると既に評価されている因子や真皮乳頭突起の消失若しくは維持に貢献すると既に評価する因子を組み合わせて用いることもできる。
【0032】
前者の真皮乳頭突起の形成に関与する因子であるかどうかの評価あるいは推定を行う場合において、被験因子との接触は培養の結果として凸状部形成への影響が観察できる方法であればいかなる方法やいかなる時期でもよい。例えば、培養前にケラチノサイトの細胞と接触させること、ケラチノサイトの細胞の存在しない状態で培養基材と接触させること、また培養開始直前や培養中にケラチノサイト及び/又は培養基材に接触させることが示される。接触も被検因子に応じて適切な方法が選択される。被験因子が化学物質や組成物の場合には、例えばケラチノサイトの前培養液中に混入すること、培養基材中に混入すること、培養液中に混入することが示される。また、被験因子が紫外線や赤外線などの電磁波、オゾンなどの気体の場合には、例えば前培養中のケラチノサイトに照射もしくは曝露させること、ケラチノサイトのない状態で培養基材に照射もしくは曝露させること、電磁波の照射下や気体の存在下で連続的に培養すること、あるいは電磁波を間欠的に照射すること、気体を間欠的に存在させて培養することが示される。その結果、真皮乳頭突起の形成に関与すると考えられる因子を探ることができる。
【0033】
後者の真皮乳頭突起の消失に関与する因子であるかどうかの評価あるいは推定を行う場合において、被験因子との接触は、本願発明に係る皮膚モデルに対して被験因子を接触させることができればいかなる方法でもよい。接触は被検因子に応じて適切な方法が選択される。化学物質や組成物の場合には、皮膚モデルに対して、例えば被験因子の溶液をケラチノサイトの細胞層に注いで接触させることやケラチノサイトの培養液に混合して接触させることが挙げられる。また、紫外線や赤外線などの電磁波、オゾンなどの気体の場合には、それらを皮膚モデルに照射若しくは曝露させることが示される。また、前者の評価と後者の評価いずれの場合にかかわらず、接触は一時的な接触、連続的な接触、間欠的な接触のいずれでもよい。
【0034】
凸状部の形成及び細胞層の形成は培養後の培養基材を3次元的に観察することで確認できる。例えば細胞基材中のみに含まれる成分、例えば基底膜マトリックス調製物中のラミニンを染色できる染色剤、例えば一次抗体である抗ラミニン抗体と二次抗体を用いて蛍光染色を行い、次いでケラチノサイトを染色する蛍光染色剤を用いて染色を行った後、3次元蛍光顕微鏡を用いて3次元構造を観察すればよい。また、その他適宜な方法によって観察してもよい。
【0035】
本願発明に係る皮膚モデルは人工皮膚としても使用され得る。この場合は、前記培養容器中で作製された皮膚モデルを培養容器から取り出し、ヒトを含めた各種動物の皮膚損傷部分に適用できる。また、皮膚の損傷部分への適用は、熱傷や外傷などにより皮膚の欠損又は皮下組織まで欠損した創面に対して、作製した皮膚モデルを載置若しくは貼付することで行われる。載置若しくは貼付することで、創面の保護や創傷の治癒を促進する。また、培養基材を人工皮膚の代替として用いることもできる。ヒトを含めた各種動物の皮膚損傷部分に培養基材を作成若しくは別途作製した培養記載を皮膚損傷部位に載置し、その上にケラチノサイトを播種、培養することで皮膚モデルを適用することもできる。もちろん、本願発明に係る培養基材、好ましくはシート状に作製された培養基材を例えば皮膚の損傷部分に載置して被覆材とし使用してもよい。その際、当該培養基材の上にケラチノサイトを含む培養液、好ましくは粘性を付与して流動性をほぼ失わせた培養液を塗布するなどして、損傷部分を被覆することも考えられる。
【0036】
次に下記の実施例に基づいて本願発明をさらに詳細に説明するが、本願発明は下記の実施例に限られないのは言うまでもない。
【実施例1】
【0037】
〔培養基材の調製〕
表1に示す基材素材を用いて各種の培養基材を作製した。線維型コラーゲンとして、市販のI型コラーゲンの0.3w/v%溶液(倉敷紡績社製、Cellmatrix(登録商標)Type-A)とpH7.4の10×PBS(Phosphate-Buffered Saline:1370mmol/LのNaCl、81mmol/LのNaHPO4、26.8mmol/LのKCl、14.7mmol/LのKHPOを含む水溶液)を8:1で混合した溶液を用いた。基底膜マトリックス調製物は、市販のマトリゲル(Corning社製、標準Matrigel(登録商標)基底膜マトリックス調製物:タンパク濃度10mg/mL)は、氷冷下で2時間放置して解凍した溶液を用いた。架橋剤としてグルタルアルデヒドの0.1w/v%水溶液を、架橋停止剤としてグリシンの2w/v%水溶液を用いた。
【0038】
線維型コラーゲン(I型コラーゲン)の溶液と基底膜マトリックス(マトリゲル)の溶液、架橋剤溶液を最終的に表1及び表2に示す量となるように混合し、水で全量を100w/v%とした。各表には混合液中のI型コラーゲン量,マトリゲル中のタンパク量、グルタルアルデヒド量がそれぞれ濃度として示されている。この混合液150μLを、8ウェルタイプのチャンバースライド(IWAKI社製、10mm×10mm)の各ウェルに注入し、4℃で12時間インキュベートした。その後、37℃で0.5時間~24時間インキュベートしてゲル状物を得た。次いで、各ウェル当たり架橋停止剤である2w/v%グリシン水溶液200μLを加え37℃で2時間インキュベートした後、ゲル状物上の液体を排除して、培養基材を保持したチャンバースライドを得た。
【0039】
〔物性値の測定〕
前記割合で線維型コラーゲン溶液と基底膜マトリックス調製物の溶液、架橋剤並びに架橋停止剤を用いてゲル状の培養基材を表1、表2の割合となるように内径10mm、長さ75mmのガラス製試験管(AS ONE社製)内で作製した。このとき、培養基材上に残存した架橋停止剤の溶液などの液体があればそれを取り除いた。その後、試験管を垂直に立てた状態で試験管の口部を食品包装用ラップフィルムで覆い37℃で30分間静置した。その後、ゲル状物の温度が低下しないようにできるだけ速やかに20~25℃の室温下でB型粘度計(TVB10形粘度計、東機産業:ローターM4、回転速度6rpm、測定時間1分)を用いて粘度を測定し、ゲル状物の物性値とした。
【0040】
〔ケラチノサイトの培養〕
新生児由来正常ヒト表皮ケラチノサイト(倉敷紡績社製)を培養液中1×10Cells/mLとなるように培養液であるHumedia KG2(倉敷紡績社製)に分散し、上記で調製したチャンバースライドの培養基材上に各ウェルあたり200μLを播種した。37℃、5%COの存在下で72時間培養を行った後、得られたケラチノサイトの細胞層の観察を行った。
【0041】
〔ケラチノサイト細胞層の観察〕
チャンバースライドから培地を除去し、各ウェル当たり100μLのPBS(-)でチャンバースライドを1回洗浄した。次いでPBS(-)に溶解した0.5v/v%のTriton X-100の溶液100μLを各ウェルに添加した。室温下で15分間放置した後、各ウェル当たり100μLのPBS(-)を用いた洗浄を3回繰り返した。予め調製しておいたアクチン染色液(2.5w/v%のAlexa Fluor(登録商標) 488 Phalloidin溶液 (Thermo Fisher Scientific, with 1v/v%BSA in PBS(-)溶液))の100μLを各ウェルに添加し、室温下で20分間放置してアクチンを染色した。その後170μLの3v/v%BSA in PBS(-)を添加し20分間反応させてブロッキングした。そこに、1次抗体(抗ラミニン抗体 ウサギ宿主抗体(L9393 Sigma))の溶液(PBS(-)による100倍希釈液)を70μL添加し、室温で2時間反応させた。次いでWash buffer (T-PBS)で5分間接触させることを3回繰り返して洗浄を行った。蛍光標識された2次抗体(Goat anti-Rabbit IgG (H+L) Cross-Adsorbed Secondary Antibody, Alexa Fluor 594 (Thermofisher))の溶液(PBS(-)による200倍希釈液)を70μL添加して室温で45分間反応させた。再びWash buffer(T-PBS)を5分間接触させることを3回繰り返して洗浄した。さらに100μLのPBS(-)で3回洗浄した。そして、Mounting Fluid (Aqua poly/Mount, Diagnostic Biosystems)を1滴添加して、ケラチノサイトの細胞層とゲルの観察を行った。
【0042】
蛍光顕微鏡(BZ-X700, KEYENCE)のセクショニングモードで3次元構造の観察を行った。画像の解析は画像解析ソフト(BZ-X Analyzer,KEYENCE)で行った。その観察結果を表1及び表2に示す。また、代表的な顕微鏡による観察画像を図1図4に示す。真皮乳頭突起様の凸状部が形成され凸状部の表面全体に細胞層が形成された場合(突起様構造)を○、真皮乳頭突起様の凸状部が形成されずに培養基材表面に平面状に細胞層が形成された場合を×で表1及び表2に示した。
【0043】
【表1】
【0044】
【表2】
【0045】
図1及び図3は試験例5に示した培養基材を用いた場合、図2及び図4は試験例9に示した培養基材を用いた場合の観察結果である。緑色の蛍光(画像では白っぽく表されている)はケラチノサイトの蛍光染色を示し細胞の局在を示している。マトリゲルが含まれる試験例ではマトリゲルの主成分であるラミニンの染色(赤色)及び観察された形状から凸状部の有無並びに細胞層の形状を判断した。
【0046】
試験例4~6並び試験例14~16では緑色に示した細胞層が凸状に示されており、凸状部の下には培養基材中ラミニンの染色も凸状に確認された(図1図3参照)。また、真皮乳頭突起様の凸状部が形成された場合(試験例4~6、14~16)ではその全てにおいてその周囲、すなわちチャンバースライドの各ウェル内全体にも平面状の細胞層が形成されており、所望される皮膚モデルが得られた。その一方、試験例1や2、試験例7~13では、ラミニンの染色が平面的に観察され、細胞の染色も平面的な層に観察された(図2図4参照)。
【実施例2】
【0047】
〔凸状部形成に与える因子評価1〕
凸状部の形成に与える因子として、真皮乳頭突起の形成に負の影響を与えることが知られている過酸化水素を用いて評価を行った。
表1の試験例5と同様の組成に基づき実施例1と同様にして培養基材を保持したチャンバースライドを作製した。次に、実施例1に用いたヒト表皮ケラチノサイトを100μMの過酸化水素水に2時間曝露した。その後、実施例1と同様にして曝露後のケラチノサイトを培養基材上に播種し、実施例1と同様にして培養を行った。
【0048】
実施例1と同様にしてケラチノサイトによる細胞層の顕微鏡観察を行ったところ、真皮乳頭突起様の凸状部は形成されずに、培養基材上には平面状の細胞層が形成された。また、通常のケラチノサイト培養用の線維型コラーゲンのみからなる培地を用いて、曝露後のケラチノサイトを培養したところ、正常に培養が行われ、細胞増殖や細胞形態への影響は観察されなかった。
【実施例3】
【0049】
〔凸状部形成に与える因子評価2〕
凸状部の形成に与える因子として、真皮乳頭突起の形成に負の影響を与えることが知られている紫外線を用いて評価を行った。
【0050】
表1の試験例5と同様の組成に基づき実施例1と同様にして培養基材を保持したチャンバースライドを作製した。次に、実施例1に用いたヒト表皮ケラチノサイトを培養基材上に播種し、37℃、5%COの存在下で24時間培養を行った。その後紫外線照射(UV-B 20mJ)を培養基材上から照射した。その後同様の条件で48時間培養した。
【0051】
実施例1と同様にしてケラチノサイトの細胞層の顕微鏡観察を行ったところ、真皮乳頭突起様の凸状部は形成されずに、培養基材上には平面状の細胞層が形成された。
【実施例4】
【0052】
〔培養基材の調製〕
表1の試験例5と同様の組成に基づき実施例1と同様にして培養基材を保持したシャーレ(55cm)を作成した。次に、実施例1に用いたヒト表皮ケラチノサイトを培養基材上に播種し、37℃、5%COの存在下で72時間培養を行い、シャーレ上に作成された人工皮膚に使用し得る皮膚モデルを得た。
図1
図2
図3
図4
図5
図6