(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-06
(45)【発行日】2022-06-14
(54)【発明の名称】抗菌性組成物、抗菌性組成物を含む骨再生用材料、及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
A01N 59/16 20060101AFI20220607BHJP
A01N 25/00 20060101ALI20220607BHJP
A01N 25/12 20060101ALI20220607BHJP
A01N 25/24 20060101ALI20220607BHJP
A01P 3/00 20060101ALI20220607BHJP
A01N 25/34 20060101ALI20220607BHJP
A61L 27/18 20060101ALI20220607BHJP
A61L 27/54 20060101ALI20220607BHJP
A61L 27/04 20060101ALI20220607BHJP
A61L 27/02 20060101ALI20220607BHJP
A61L 27/12 20060101ALI20220607BHJP
A61L 27/44 20060101ALI20220607BHJP
A61L 27/46 20060101ALI20220607BHJP
A61L 27/58 20060101ALI20220607BHJP
A61P 31/04 20060101ALI20220607BHJP
A61K 33/38 20060101ALI20220607BHJP
A61K 9/14 20060101ALI20220607BHJP
A61K 47/02 20060101ALI20220607BHJP
【FI】
A01N59/16 A
A01N25/00 101
A01N25/12
A01N25/24
A01P3/00
A01N25/34 B
A61L27/18
A61L27/54
A61L27/04
A61L27/02
A61L27/12
A61L27/44
A61L27/46
A61L27/58
A61P31/04
A61K33/38
A61K9/14
A61K47/02
(21)【出願番号】P 2018108486
(22)【出願日】2018-06-06
【審査請求日】2021-05-25
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構戦略的基盤技術高度化支援事業(プロジェクト委託型)、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】801000027
【氏名又は名称】学校法人明治大学
(74)【代理人】
【識別番号】100126826
【氏名又は名称】二宮 克之
(74)【代理人】
【識別番号】100109140
【氏名又は名称】小林 研一
(72)【発明者】
【氏名】相澤 守
(72)【発明者】
【氏名】本田 みちよ
(72)【発明者】
【氏名】横田 倫啓
(72)【発明者】
【氏名】上田 真結
(72)【発明者】
【氏名】牧田 昌士
(72)【発明者】
【氏名】大坂 直也
【審査官】奥谷 暢子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/029482(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/005205(WO,A1)
【文献】特開2016-172656(JP,A)
【文献】横田倫啓、本田みちよ、大坂直也、牧田昌士、西川靖俊、春日敏宏、相澤守,抗菌性を備えた銀含有リン酸カルシウム微小球の合成とその特性評価,日本バイオマテリアル学会大会予稿集,39,2017年,109
【文献】DLUGOSZ Maciej, BULWAN Maria, KANIA Gabriela, NOWAKOWSKA Maria, ZAPOTOCZNY Szczepan,Hybrid calcium carbonate/polymer microparticles containing silver nanoparticles as antibacterial agents,Journal of Nanoparticle Research,2012年,14, 12,1-8
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N
A01P
A01N
A61L
A61P
A61K
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生分解性繊維に含有する抗菌性組成物であって、
前記抗菌性組成物は、銀ナノ粒子が表面に略均質に分布して析出した中空略球状の炭酸カルシウム粒子であり、
前記抗菌性組成物のメジアン径が0.1~10μmであることを特徴とする
抗菌性組成物。
【請求項2】
前記炭酸カルシウム粒子に含まれる炭酸カルシウムはカルサイト相である、請求項1に記載の抗菌性組成物。
【請求項3】
前記銀ナノ粒子のメジアン径は10~500nmである、請求項1又は請求項2に記載の銀系抗菌性組成物。
【請求項4】
生分解性繊維に含有する抗菌性組成物の製造方法であって、
酢酸カルシウム溶液に硝酸を加えた後、硝酸銀溶液を混合して調製した試料溶液を超音波噴霧熱分解することによって、
銀ナノ粒子が表面に略均質に分布して析出した中空略球状の炭酸カルシウム粒子を合成し、
前記超音波噴霧熱分解を、前記抗菌性組成物のメジアン径が0.1~10μmとなるように調整する
抗菌性組成物の製造方法。
【請求項5】
前記炭酸カルシウムはカルサイト相である、請求項4に記載の抗菌性組成物の製造方法。
【請求項6】
前記銀ナノ粒子のメジアン径は10~500nmである、請求項4~5のいずれか一項に記載の抗菌性組成物の製造方法。
【請求項7】
請求項1~3のいずれか1項に記載の抗菌性組成物を含む生分解性繊維からなる骨再生用材料であって、
前記生分解性繊維は、ポリL乳酸又はポリ(ラクチド-co-グリコリド)共重合体のうち少なくともいずれか一つとリン酸カルシウムを含み、
前記抗菌性組成物と前記リン酸カルシウムが前記生分解性繊維中に略均一に分散して含有されている、
銀ナノ粒子担持炭酸カルシウム粒子
骨再生用材料。
【請求項8】
前記生分解性繊維の外径は、10~50μmである、
請求項7のいずれか一項に記載の骨再生用材料。
【請求項9】
請求項1~3のいずれか1項に記載の抗菌性組成物を含む生分解性繊維からなる骨再生用材料の製造方法であって、
酢酸カルシウム溶液に硝酸を加えた後、硝酸銀溶液を混合して調製した試料溶液を超音波噴霧熱分解することによって、
銀ナノ粒子が表面に略均質に分布して析出した中空略球状の炭酸カルシウム粒子を合成し、
前記超音波噴霧熱分解を、前記抗菌性組成物のメジアン径が0.1~10μmとなるように調整し、
前記抗菌性組成物を生分解性樹脂に含有させて調製した紡糸溶液を用いて生分解性繊維を製造する、
骨再生用材料の製造方法。
【請求項10】
前記生分解性繊維は、ポリL乳酸又はポリ(ラクチド-co-グリコリド)共重合体のうち少なくともいずれか一つとリン酸カルシウムを含む
請求項9に記載の骨再生用材料の製造方法。
【請求項11】
前記生分解性繊維の外径は、10~50μmである、
請求項9又は請求項10に記載の骨再生用材料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銀を担持した炭酸カルシウム粒子からなる抗菌性組成物、抗菌性組成物を含む骨再生用材料、およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
インプラント材料を患部に埋め込む外科的手術作業を行った際、細菌を原因とする術後感染が生じる恐れがある。そのための対策として、患部に抗生剤を投与する他、インプラント材料自体に抗菌性を持たせる試みが行われている。
【0003】
近時、生分解性繊維にβ-リン酸三カルシウム(β-TCP)、ハイドロキシアパタイト(HAp)等のリン酸カルシウム化合物の粒子を含有させ、生体内にインプラントされた後に生分解性繊維の分解吸収と共にリン酸カルシウムを溶出させて骨形成を促進するタイプの骨再生材料が提案されている(特許第6039076号等)。このタイプの骨再生用インプラント材料に抗菌性を持たせる方法として、生分解性繊維に含有されたリン酸カルシウム粒子に銀を担持させて、体内で生分解性繊維が分解されてリン酸カルシウム粒子が溶解されると共に担持されていた銀が溶出されて抗菌性を発揮するという設計が提案されている(Flexible, silver containing nanocomposites for the repair of bone defects: antimicrobial effect against E. coli infection and comparison to tetracycline、Journal of Materials Chemistry 2008 Oliver D. Schneider et al.等)
【0004】
銀は広い抗菌スペクトルを有する優れた抗菌性金属であり、様々な種類の材料の抗菌処理に広く用いられている。銀の抗菌性の正確なメカニズムは未だ解明されていないが、Ag+イオンには強力な殺菌作用があることが知られている。近時、粒子のサイズが直径100nm以下の銀ナノ粒子が抗菌性を有することが報告されている。銀ナノ粒子が抗菌性を発揮する理由は未だ解明されておらず、銀ナノ粒子が金属状態で細菌を攻撃するという可能性と、銀ナノ粒子が溶液中で一部イオン化して細菌を攻撃するという可能性が指摘されている(銀ナノ粒子担持抗菌繊維における銀化学状態の解析 2016年3月9日(水)愛知県名古屋市「あいちシンクトロ光センター成果発表会」清野他)。銀イオンと銀ナノ粒子の生体への影響度合いを比較すると、銀イオンは、銀ナノ粒子よりも低濃度で細胞の死滅を引き起こすという実験結果が報告されている(フォーラム2008:衛生薬学・環境トキシコロジー 2008.10.17(熊本)三浦伸彦他)。
【0005】
銀を担持させたカルシウム化合物の粒子を生分解性繊維に含有させたタイプの骨再生用インプラント材料を生体内に埋め込んだ後、生分解性樹脂が体液によって加水分解され、もしくは破骨細胞によりカルシウム化合物が溶解・分解されると、カルシウム化合物に担持されていた銀が溶出する。溶出された銀金属又はそのAg+イオンは細菌を死滅させる抗菌性を有するが、同時に、増殖する必要がある骨芽細胞や周辺の細胞に対して細胞毒性を発揮する可能性がある。従って、細胞毒性の発現を抑えるためには、カルシウム化合物から溶出される銀の量は一定レベル以下に制御されなければならない。抗菌性と細胞毒性とはトレードオフの関係にあるため、銀の最適な担持量の選定は重要である。
【0006】
さらに、上述したタイプの骨再生用インプラント材料では、体内でカルシウム化合物が溶解される過程で銀が溶出されるので、術後抗菌性を発現させるためには、体内にインプラントされた後、カルシウム化合物が溶解される必要がある。β-TCPは優れた骨形成能を有するが、体液に接して溶解する速度が遅いので、銀を担持させる相手方カルシウム化合物がβ-TCPであると抗菌性の発現は遅くなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【非特許文献】
【0008】
【文献】Flexible, silver containing nanocomposites for the repair of bone defects: antimicrobial effect against E. coli infection and comparison to tetracycline、Journal of Materials Chemistry 2008 Oliver D. Schneider et al.
【文献】「銀ナノ粒子担持抗菌繊維における銀化学状態の解析」 2016年3月9日(水)愛知県名古屋市「あいちシンクトロ光センター成果発表会」清野他
【文献】「銀ナノ粒子の生体影響評価」フォーラム2008:衛生薬学・環境トキシコロジー 2008.10.17(熊本)三浦伸彦他
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
以上のような状況下で、骨再生用材料に含有させて、骨再生用材料が体内にインプラントされた後カルシウム化合物の分解吸収に伴い抗菌性を早期に発揮し、尚且つ細胞毒性を発現する恐れの少ない安全性の高い銀系抗菌性組成物が求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の発明者等は、上記課題を解決するために、銀を担持させる相手方として炭酸カルシウムを用いることを着想した。炭酸カルシウムは安価であり、生体親和性が高い材料である。また、生体内で分解吸収される速度が速いので、担持した銀を早期に溶出することが期待できる。この着想に基づいて、本発明の発明者等は、酢酸カルシウム溶液に白色沈殿の生成を防ぐための硝酸を加え、そのあとに硝酸銀溶液を加えて調製した試料溶液を超音波噴霧熱分解法にかけたところ、硝酸銀溶液の銀イオンのほとんどは炭酸イオンと化合することなく、合成された中空形状のカルサイト相炭酸カルシウム粒子の表面に銀ナノ粒子として析出していることを発見した。
【0011】
上記発見に基づき、本発明の発明者等は、さらに検討を重ねた結果、超音波噴霧熱分解法を用いて合成した銀ナノ粒子担持炭酸カルシウム粒子を抗菌性無機フィラー(抗菌性組成物)として用いることに想到した。本発明の抗菌性組成物は、炭酸カルシウムが生体液に接すると溶解・分解される速度が速いので、担持した銀ナノ粒子を早期に溶出する。銀ナノ粒子からの銀イオンの溶出濃度にもよるが、銀ナノ粒子が細胞を死滅させる濃度は、銀イオンが細胞を死滅させる濃度と比べてかなり低い(非特許文献3参照)ので、インプラント後に溶出した銀ナノ粒子が細胞毒性を生じる恐れは少ないと考えられる。この想到に基づいて、本発明の発明者等は、銀ナノ粒子が担持された炭酸カルシウム粒子(カルサイト相)を生分解性繊維に含有させれば、生分解性繊維の分解、炭酸カルシウムの溶解・分解、銀ナノ粒子の溶出という工程を経ることによって、早期に抗菌性を発揮させることができ、尚且つ、その場合銀ナノ粒子の溶出量が一定程度以下である限り、細胞毒性を発現する恐れが少ないことを見出して、本発明に至った。
【0012】
本発明の抗菌性組成物は、β-TCP等のリン酸カルシウムを含有する生分解性繊維からなる骨再生用材料に抗菌性無機フィラーとして補助的に添加して用いることができる。
【0013】
本発明の抗菌性組成物は、β-TCPに銀を担持させた銀担持β-TCP粉体と共に、生分解性繊維からなる骨再生用材料に補助的に添加する抗菌性無機フィラーとしても用いることができる。すなわち、銀担持β-TCP粒子に本発明の銀ナノ粒子担持炭酸カルシウム粒子を少量添加して調製した粉体を生分解性繊維に含有させると、β-TCPよりも埋植後の溶解が早い炭酸カルシウムから銀が早期に溶出されて、銀担持β-TCPよりも早期に抗菌性を発現する。次いで、炭酸カルシウムに遅れてβ-TCPが溶解することにより、β-TCPに担持されていた銀イオンが溶出して後期抗菌性を発現する。このシステムは、溶解性の異なる2種類の粉体(共にAgを担持)を合成して混ぜ込むことにより、早期と後期の両方の感染に対応できる可能性を持っている。
【0014】
本発明によれば、超音波噴霧熱分解法を用いて合成するので、超音波の周波数と試料溶液の界面張力を調整することによって、所望の粒径(メジアン径)の銀ナノ粒子担持炭酸カルシウム粒子を得ることができる。銀ナノ粒子担持炭酸カルシウム粒子の好ましい粒径は、それを含有させる生分解性繊維の外径(メジアン径)との関係で決まる。生分解性繊維をエレクトロスピニング法で紡糸する場合、銀ナノ粒子担持炭酸カルシウム粒子の粒径が生分解性繊維の外径と同等程度に大きいと、銀ナノ粒子担持炭酸カルシウム粒子を含有した生分解性繊維の紡糸が困難になる。生分解性繊維の外径が約30~50μm程度であれば、銀ナノ粒子担持炭酸カルシウム粒子の粒径は約0.1~10μm程度であることが好ましく、より好ましくは1~5μm程度が好ましい。
【0015】
本発明の銀ナノ粒子担持炭酸カルシウム粒子は中空略球状なので、軽量かつ形状的にポリマーに練りこむのに有利である。
【0016】
本発明の銀ナノ粒子担持炭酸カルシウム粒子は溶液から直接合成しているため、粒子中の銀の分布が均質であり、担持される銀がナノ粒子化しているため、溶解性が高く、抗菌性の発現に有利である。銀が炭酸カルシウム粒子の表面に均質に分散していると、溶解性などの材料側の特性も均質に発現し、その結果、製品のパフォーマンスの高い再現性が得られる。
【0017】
本発明の銀ナノ粒子担持炭酸カルシウム粒子の表面に析出した銀ナノ粒子の粒径は、10 nm ~ 500nmと小さい。銀ナノ粒子の粒径が小さいと比表面積が大きくなるので、銀ナノ粒子の見かけの溶解度は高くなっている。
【0018】
本発明の銀ナノ粒子担持炭酸カルシウム粒子を含有させる生分解性樹脂としては、ポリL乳酸(PLLA)、ポリ(ラクチド-co-グリコリド)共重合体(PLGA)を好適に用いることができる。PLGAはPLLAよりも加水分解する速度が速いので、含有する銀ナノ粒子担持炭酸カルシウム粒子を早期に溶出させるためにはより好適な樹脂である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明の超音波噴霧熱分解法で銀担持炭酸カルシウムを合成するための試料溶液と銀担持炭酸カルシウム粉体の調製方法を示す。
【
図2】本発明の超音波噴霧熱分解法に用いる超音波噴霧熱分解装置を示す。
【
図3(1)】本発明の超音波噴霧熱分解法で合成した銀を含有した炭酸カルシウム(以下Ag-CaCO3と略称することがある)の結晶相を粉末X線回折法(XRD)により測定した結果を示す。
【
図3(2)】本発明の超音波噴霧熱分解法で合成したAg-CaCO3の元素分析(高周波誘導結合プラズマ発光分光法;ICP-AES)をした結果を示す。
【
図4】本発明の超音波噴霧熱分解法で合成したAg-CaCO3粒子の走査型電子顕微鏡(SEM)写真を示す。
【
図5(1)】本発明の超音波噴霧熱分解法で合成したAg-CaCO3粒子の粒度分布を示す。
【
図5(2)】本発明の超音波噴霧熱分解法で合成したAg-CaCO3粒子の比表面積を示す。
【
図6】本発明の超音波噴霧熱分解法で合成したAg-CaCO3粒子をHEPES Buffer に浸漬してイオンの溶出試験を実施した概要を示す。
【
図7(1)】本発明の超音波噴霧熱分解法で合成したAg-CaCO3粒子をHEPES Buffer に浸漬してCa
2+イオンの溶出を調べた結果を示す。
【
図7(2)】本発明の超音波噴霧熱分解法で合成したAg-CaCO3粒子をHEPES Buffer に浸漬してAg
+イオンの溶出を調べた結果を示す。
【
図8】本発明の超音波噴霧熱分解法で合成したAg-CaCO3粒子をHEPES Buffer に浸漬して実施したイオンの溶出試験の結果を最小発育阻止濃度(MIC)と比較した結果を示す。
【
図9】本発明の超音波噴霧熱分解法で合成したAg-CaCO
3粒子をLB培地に浸漬して得られた浸漬液に菌を播種し、培養後の菌数を測定することによって抗菌性を評価した概要を示す。
【
図10】本発明の超音波噴霧熱分解法で合成したAg-CaCO
3粒子をLB培地に浸漬して得られた浸漬液へ播種した(1)黄色ブドウ球菌(S. aureus)と(2)大腸菌(E. coli)の培養後の菌数を測定することによって抗菌性を評価した結果を示す。
【
図11】上記方法で作製した混練物の外観(パターンA)を示す。
【
図12】上記方法で作製した綿状物の外観(パターンA)を示す。
【
図13】作製した綿状物の繊維表面微細構造(低拡大, パターンA)を示す。
【
図14】作製した綿状物の繊維表面微細構造(高拡大, パターンA)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を実施するための形態について図面を用いて説明する。
【0021】
(A)Ag-CaCO
3の合成
(1) 試料溶液の調製
図1に示す所定の各量の酢酸カルシウム一水和物(CH
3COO)
2Ca・H
2O)溶液に白色沈殿を防ぐための硝酸を加え、硝酸銀(AgNO
3)溶液を混合し、試料溶液(Ag-CaCO
3(0), Ag-CaCO3(1), Ag-CaCO3(5), Ag-CaCO3(10))とした。
図1において、調製したサンプルは略号Ag-CaCO3(x)で表す。xはAg添加量を示す。Ag添加量[mol/%]は、Ag [mol]/CaCO3[mol] x 100 の計算式で算出した。
【0022】
(2) 超音波噴霧熱分解
図2に示す超音波噴霧熱分解装置を用いて上記の試料溶液から銀担持炭酸カルシウムを合成した。超音波により溶液を噴霧し、電気炉内で600℃の熱を加えて塩(炭酸カルシウムの前駆体)を析出させる。その塩から酢酸イオンが熱分解された結果、銀を含有した中空略球形状の炭酸カルシウム粒子が合成された。次いで、得られた粉体に洗浄処理(超純水3回、アセトン3回)を施し、1日かけて凍結乾燥した。
【0023】
(3) 銀ナノ粒子担持炭酸カルシウム粒子のXRD,ICP測定
上記の試料溶液AgCaCO3(0),Ag-CaCO3(1),Ag-CaCO3(5),Ag-CaCO3(10)から合成された各銀担持炭酸カルシウム粒子をXRDとICP測定した結果を
図3(1)と
図3(2)に示す。XRD,ICP-AES測定の結果から、合成された銀担持炭酸カルシウムはカルサイト型炭酸カルシウムと銀の混合相であった。調整された粉体の銀含有率は、仕込み溶液から期待される銀担持量とほぼ等しかった。
【0024】
(4)銀ナノ粒子担持炭酸カルシウム粒子のSEM測定
上記の試料溶液Ag-CaCO
3(0),Ag-CaCO
3(1),Ag-CaCO
3(5),Ag-CaCO
3(10)から合成された各銀担持炭酸カルシウム粒子をSEM写真で撮影した結果を
図4に示す。Ag-CaCO
3(5),Ag-CaCO
3(10)において銀はナノ粒子としてCaCO
3粒子表面にほぼ均質的に分布している様子が観察された。
【0025】
(5) 銀担持炭酸カルシウム粒子の粒度分布と比表面積の測定
図5(1)に試料溶液AgCaCO3(0),Ag-CaCO3(1),Ag-CaCO3(5),Ag-CaCO3(10)から合成された各銀担持炭酸カルシウム粒子の粒度分布を示し、
図5(2)に各粒子の比表面積を示す。調製した粉体のほとんどはマイクロサイズで、それぞれのメジアン径は1.8~3.5μmの範囲であったが、これは無機フィラーとしての利用に適したサイズである。
【0026】
(6)イオン溶出試験
図6に、試料溶液Ag-CaCO
3(0),Ag-CaCO
3(1),Ag-CaCO
3(5),Ag-CaCO
3(10)から合成された各銀担持炭酸カルシウム粒子について実施したイオン溶出試験を示す。
試料Ag-CaCO
3(0),Ag-CaCO
3(1),Ag-CaCO
3(5),Ag-CaCO
3(10)0.1 gを秤量して、20mM HEPES Buffer (pH = 7.30)10 mL中に1日、3日、5日、7日、10日、14日、21日、28日浸漬した後、上清液中に含まれるCa,Agの濃度をICP-AESによって測定した。イオン溶出試験の結果を
図7(1)と(2)に示す。試験の結果から、カルシウムは銀の含有率に関わらず、ほぼ同じ挙動で試験期間中溶け出し続けることが確認された。また、銀は(1)、(5)、(10)のどのサンプルにおいても試験期間中の溶出が確認できた。この結果から、銀担持炭酸カルシウム粒子は長期にわたって骨形成を促進し、抗菌性を発現する可能性があると考えられる。
【0027】
(7)抗菌性評価
図8は、最小発育阻止濃度(抗菌剤が細菌の増殖を抑制する最も低い濃度)との比較で、Ag-CaCO3(1),Ag-CaCO3(5),Ag-CaCO3(10)からのイオン溶出濃度を見た結果を示す。黄色ブドウ球菌の最小発育阻止濃度は2.0ppmであるため、それ以上の結果を太字で表記した。太字表記部分の銀濃度・日数において、黄色ブドウ球菌に対して抗菌性を発現すると考えられる。
【0028】
図9は、試料AgCaCO
3(0),Ag-CaCO
3(1),Ag-CaCO
3(5),Ag-CaCO
3(10)について実施した抗菌性評価試験の方法を示す。
図10(1)と(2)は、試料AgCaCO
3(0), Ag-CaCO
3(1), Ag-CaCO
3(5),Ag-CaCO
3(10)について実施した抗菌性評価試験を示す。Ag-CaCO
3(1), Ag-CaCO
3(5), Ag-CaCO
3(10)では大きく細菌の発育が抑制された。この結果は、粉体から溶出したAg
+イオンによって抗菌性が発現したことを示すと考えられる。
【0029】
(B)Ag-CaCO3を含有した生分解性繊維の製造
Ag-CaCO
3(5)(濃度は「[Ag mol/ CaCO
3 mol]×100」で計算されている)の粉体および、綿形状人工骨の材料である生分解性樹脂(PLLA)およびβ-TCP、ケイ素含有バテライト(SiV)を使用し、熱混練装置(ニーダー)で加熱しながら捏ね合わせた複合体(混練物)を作製する。混練物作製において、組成では重量比で「30% PLLA:40% β-TCP:24.76% SiV:5.24% Ag-CaCO
3」(パターンA)および「30% PLLA:40% β-TCP:26.86% SiV:3.14% Ag-CaCO
3」(パターンB)の2つの組成パターンで作製した。作製手順は、ニーダー混練槽部分の温度を190度に設定し、90分の予熱後、まずPLLAを投入した。3分30秒後、β-TCP、SiV、Ag-CaCO
3の粉体を予混合したものを投入した。混練開始から9分・12分後にそれぞれ、ニーダーの混合ブレードを20秒ほど逆回転させ、よりよく混練されるようにした。混練開始から14分30秒後、混練物を回収した。
図11に上記方法で作製した混練物の外観(パターンA)を示す
【0030】
混練物を有機溶媒で溶解させ、エレクトロスピニング(ES)紡糸溶液とし、電圧をかけて吐出することにより、生分解性繊維として成形し、コレクター内に綿状に堆積させることによって、Ag-CaCO
3含有生分解性繊維からなる綿状の人工骨を得る。混練物を溶解させる有機溶媒はクロロホルムであり、ES紡糸溶液の中でPLLAの濃度が重量比で8%となるよう溶液を調製した。スターラーで一晩(約15時間)回転させ、混練物をクロロホルムに溶解させたものをES紡糸溶液とし、ES装置に設置した。ES装置内にエタノールで満たしたコレクターを設置し、エタノール液面をグラウンドとして紡糸された繊維が液中に飛び込むよう調整し、エレクトロスピニングを行った。装置設定項目は、印加電圧20 kV、溶液押出速度15 mL/hr、テイラーコーンのクリーニング間隔2分であった。紡糸中のES装置内は、飛行中の繊維からの有機溶媒の揮発タイミング調整のため、温度30度以下・湿度50%未満となるようコントロールした。
図12に上記方法で作製した綿状物の外観(パターンA)を示す。
【0031】
ESを行うにあたり、適切な有機溶媒を選定し、紡糸溶液の押出し量、印加電圧、紡糸溶液中の樹脂(PLLA等)濃度を調整することで、本来はナノ単位の繊維の成形方法であるES装置を使用しながらも、繊維の径を太くして30~100 μmの繊維を作製することができる。マイクロ単位の繊維は、細胞が定着するための足場となりやすく、綿形状による複雑な形状は表面積を立体的に増やし、細胞の定着・増殖性を高める狙いがある。走査型電子顕微鏡(SEM)での観察に供した結果、作製した綿状物は、綿形状人工骨充填材の特長である、30-100 μmの扁平な繊維の集合体であることが確認でき、繊維表面には、担持させた無機フィラー(β-TCP, SiV, Ag-CaCO
3)が繊維表面にまんべんなく担持されていることが確認できた。
図13は作製した綿状物の繊維表面微細構造(低拡大, パターンA)を示す。扁平な繊維であり、繊維径が約50μm前後であることが分かる。
図14は作製した綿状物の繊維表面微細構造(高拡大, パターンA)を示す。材料である無機フィラー(β-TCP, SiV, Ag-CaCO
3)が繊維表面にまんべんなく担持されていることが分かる。
【0032】
(C)Ag-CaCO3を含有した生分解性繊維の抗菌性、細胞毒性の評価
Ag-CaCO3は濃度別にそれぞれ、コントロールの「0」、銀を含有した「1」、「5」、「10」の3パターンを作製している。濃度は「[Ag mol/ CaCO3 mol]×100」で計算されている。合成したAg-CaCO3について、X線回折(XRD)による解析では、カルサイト型炭酸カルシウムと銀の混合相であることが分かった。医療材料として用いる際、生体に有害だと考えられる「硝酸」を除去する工程として超純水およびアセトンによる洗浄を行ったが、洗浄工程後のAg-CaCO3粉体からはFT-IRにより、硝酸イオン(NO3
-)のピークは現れなかったため、硝酸の除去に成功したと考えられる。また、Ag-CaCO3粉体について、ICP-AESにより元素定量解析を行った結果、全ての銀の濃度において、期待される量の銀を担持していた。SEMによる粉体の表面形態の観察では、銀の濃度が高い場合、いびつな形になっている粒子や小さな突起がある粒子が多く観察された。
【0033】
XRD解析では、合成したAg-CaCO3に炭酸銀の生成は認められなかった。炭酸銀は溶解性が低いので、合成の過程で副生されると銀ナノ粒子担持炭酸カルシウム粒子の合成がその分抑制される。その結果、銀が炭酸銀の合成に相対的に多くとられてしまうので、抗菌性が低下してしまう。従って、超音波噴霧熱分解法を用いて炭酸銀が副生されないことは、材料の抗菌性にとってプラスに働くと考えられる。
【0034】
材料としてのAg-CaCO3の抗菌性試験では、シェーク法において「1」以上の全てのサンプルにおいて抗菌性が確認された。
細胞毒性については、Ag-CaCO3のAgは銀ナノ粒子として存在することが確認されており、銀ナノ粒子の細胞毒性は、同じ濃度の銀イオンと比べて低いので、Ag- CaCO3の材料の細胞毒性は低いと予想される。
【0035】
以上、本発明を実施するための形態について説明したが、本発明はこれらに限定されるものではなく、本発明の技術的思想の範囲内で各種の変形が可能である。
銀ナノ粒子担持炭酸カルシウム粒子を含有させる骨再生用材料は生分解性繊維からなる材料に限定されるものではなく、他の成形品又は顆粒状であってもよい。