(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-06
(45)【発行日】2022-06-14
(54)【発明の名称】涙液層の動態評価方法およびその装置
(51)【国際特許分類】
A61B 3/10 20060101AFI20220607BHJP
【FI】
A61B3/10
(21)【出願番号】P 2019515715
(86)(22)【出願日】2018-04-27
(86)【国際出願番号】 JP2018017115
(87)【国際公開番号】W WO2018203515
(87)【国際公開日】2018-11-08
【審査請求日】2021-02-12
(31)【優先権主張番号】P 2017090949
(32)【優先日】2017-05-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】509349141
【氏名又は名称】京都府公立大学法人
(73)【特許権者】
【識別番号】000163006
【氏名又は名称】興和株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100186060
【氏名又は名称】吉澤 大輔
(74)【代理人】
【識別番号】100145458
【氏名又は名称】秋元 正哉
(72)【発明者】
【氏名】横井 則彦
(72)【発明者】
【氏名】薮崎 克己
【審査官】松岡 智也
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-211173(JP,A)
【文献】米国特許第06236459(US,B1)
【文献】国際公開第2011/093209(WO,A1)
【文献】特許第3556033(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 3/00-3/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
処理手段と記憶手段を備えるコンピュータで実行される涙液層の動態評価方法であって、
前記処理手段は、
動画像または複数の静止画像である涙液層干渉縞画像の所定領域における各画素の色情報を取得するステップと、
取得した前記色情報から色の多様性を示す数値を算出するステップと、
前記色情報の平均値を算出するステップと、
算出された前記色の多様性を示す数値と前記色情報の平均値に基づいて変動係数を算出するステップと、
を含み
実行し、
前記変動係数を涙液層の動態の評価のための指標と
し、
前記色情報とは、画素の輝度または明度であり、前記色の多様性を示す数値とは、前記輝度または明度のばらつきを示す数値であり、
前記変動係数とは、前記輝度または明度のばらつきを示す数値を前記色情報の平均値で除算することにより得た数値であり、
ドライアイ重症度のグレード5の評価を行う
ことを特徴とする涙液層の動態評価方法。
【請求項2】
前記輝度または明度のばらつき
を示す数値とは、輝度または明度の標準偏差である請求項
1に記載の涙液層の動態評価方法。
【請求項3】
閾値を超える前記変動係数が示す領域の領域面積を算出するステップと、
前記領域面積が閾値を超えるか否かを判定する判定ステップとを含む請求項1
又は2に記載の涙液層の動態評価方法。
【請求項4】
所定の開始時刻を取得するステップと、
前記判定ステップにより前記領域面積が閾値を超えた時刻を終了時刻として取得するステップと、
前記開始時刻から前記終了時刻までの時間を算出するステップとを含む請求項
3に記載の涙液層の動態評価方法。
【請求項5】
動画像または複数の静止画像である涙液層干渉縞画像の所定領域における各画素の色情報を取得する手段と、
取得した前記色情報から色の多様性を示す数値を算出する手段と、
前記色情報の平均値を算出する手段と、
算出された前記色の多様性を示す数値と前記色情報の平均値に基づいて変動係数を算出する手段とを備え、
前記変動係数を涙液層の動態の評価のための指標と
し、
前記色情報とは、画素の輝度または明度であり、前記色の多様性を示す数値とは、前記輝度または明度のばらつきを示す数値であり、
前記変動係数とは、前記輝度または明度のばらつきを示す数値を前記色情報の平均値で除算することにより得た数値であり、
ドライアイ重症度のグレード5の評価を行う
ことを特徴とする涙液層の動態評価装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は涙液の油層によって発生する干渉縞の色の多様性を利用して涙液層の動態を評価する方法および装置に関する。
【背景技術】
【0002】
眼球、ならびに、まぶたは涙液によって、異物の侵入、乾燥、摩擦による損傷などから保護されている。涙液はその大半を占める水と糖たんぱく質(ムチン)やタンパク質などからなる液層とそれを覆う油層の2層によって涙液層をなし、油層は液層が直接空気に触れることを防ぐことにより液層の水分の蒸発を防いでいる。油層の成分はまぶたに存在するマイボーム腺から分泌される。加齢や炎症、ならびに、擦傷などによりマイボーム腺が損傷すると正常な油層の形成が起こらなくなり、ドライアイといわれる眼表面疾患の原因となる。そのため、涙液層の油層を評価することはドライアイの重症度の診断に有効である。
【0003】
これに関し、従来から油層で形成される干渉縞を撮影し、その状態を目視判断してドライアイ重症度の5段階(グレード)の診断のため装置が提案されている(特許文献1、特許文献2)。涙液層の干渉縞も基本的にはシャボン玉、あるいは、水面に張った薄層の油膜などで観察されるものと同じであるが、涙液層の場合は油層の表面で反射した光と油層の下面と液層の境界で反射した光とが干渉して干渉縞を形成している。
【0004】
液層に累層した油層が安定していて厚みが均一な場合は光の干渉が起こらずに涙液の画像はモノトーンの灰色に見える(グレード1)。液層の厚みが薄くなるにつれ、つまり、涙液の水分量の減少がすすむにつれて、油層の厚みが厚くなり、光の波長の長さが干渉を起こす条件に重なり油層からの干渉縞が見え始める。最初、異なった灰色の干渉縞が見えるが(グレード2)、油層の厚みが不均一に(なると、様々な色の干渉縞が発生し(グレード3)、さらに油層が不均一になることで、これら多彩な色の干渉縞が入り乱れる(グレード4)。
【0005】
特に涙液を分泌する涙腺が免疫の異常で障害されるシェーグレン症候群などでは、高度の涙液減少が生じて、瞬きしても涙液で角結膜が保護されないため重篤なドライアイを引き起こす。この場合、涙液層の干渉縞画像は全体的に暗く、且つ、油層が大きく乱れているために粗さが目立った画像となるためグレード5と診断される。また、グレード5における涙液層の干渉縞の様子は崩壊した涙液層の干渉縞の状態に類似している。グレード5における涙液層は瞬き直後に崩壊してしまうためである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平9-201334
【文献】特開2011-156030
【文献】特願2016-107838
【非特許文献】
【0007】
【文献】「ドライアイ診療PPP(41項乃至45項)」(第1版第1刷発行:2002年5月1日、編集:ドライアイ研究会、発行者:中尾俊治、発行所:株式会社メジカルビュー社)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、このような目視によるドライアイのグレード判定は正確な診断をできるようになるまでに熟達を要す。また、仮に熟達した観察者であったとしても、先入観や錯覚で診断結果の判定にバラツキがでたり、異なる観察者間でその個々の主観により判定結果に相違が発生したりする問題があった。そのため、涙液層の油層の状態を目視によるグレード判定に似た方法を用いて自動的に数値化できる手法が望まれていた。
【0009】
グレード判定の自動化においては、グレード4までは涙液層の干渉縞の色の状態が暗いモノトーンの色合いから明るい虹色へと一義的に変化していく、即ち、グレードと干渉縞の色の状態に相関があるため、干渉縞の色の状態からグレードを判定することが、特許文献3に示す方法により可能である。しかし、グレード5の判定の自動化においては干渉縞の色の状態がざらつき感のある暗い色合いを示しており、グレード4までの相関の延長上にあるのではないため、グレード4までの判定とは別の指標を組み合わせて診断する必要があり、グレード判定を複雑にしていた。
【0010】
また、涙液層画像は画像が連続した映像としても得ることができるが、目視による涙液層の状態の診断をする限りにおいては、時間的・空間的な解析は不可能であり、測定データに内含される涙液層の流動性や状態の変遷などといった情報を動的に解析することができなかった。
【0011】
ここで、非特許文献1に示すように、特に涙液層が崩壊するまでの時間(BUT:Break Up Time)を測定することは涙液層の安定性を評価することができ、ドライアイの重症度を診断するのに重要な項目である。従来はストップウォッチを利用するなどして目視で涙液層崩壊までの時間を取得していたが、どの時点で涙液層が崩壊したかを判断するのは難しく、観察者によるバイアスが避けられなかった。そのため、自動でBUTを測定する手法が望まれていた。
【0012】
本発明は以上のような従来の問題点に鑑みてなされたものであり、涙液層干渉縞画像における色のばらつきを変動係数として評価することにより涙液層の崩壊している部位を検出し、瞬きからの時間的な経過と画像全体に対する崩壊部位の割合からグレード5に代表される重症度の高い患者の診断方法、また、ばらつきを変動係数として評価することにより涙液層の崩壊までの時間(BUT)を非侵襲に計測する方法(NIBUT:Non-Invasive Break Up Time)、さらには、ばらつきを変動係数として評価することによりドライアイの原因を診断するに役立てるための涙液層の動態の評価方法およびその装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明に係る涙液層の動態評価方法およびその装置は、以下に示すステップまたは手段を備えるものである。
(1)動画像または複数の静止画像である涙液層干渉縞画像の所定領域における各画素の色情報を取得するステップと、取得した前記色情報から色の多様性を示す数値を算出するステップと、前記色情報の平均値を算出するステップと、算出された前記色の多様性を示す数値と前記色情報の平均値に基づいて変動係数を算出するステップとを含み、前記変動係数を涙液層の動態の評価のための指標とする。
(2)上記(1)において、前記色情報とは、画素の輝度または明度であり、前記色の多様性を示す数値とは、前記輝度または明度のばらつきである。
(3)上記(2)において、前記輝度または明度のばらつきとは輝度または明度の標準偏差である。
(4)上記(1)乃至(3)において、前記変動係数とは、前記色情報の多様性を示す数値を前記色情報の平均値で除算することにより得た数値である。
(5)上記(1)乃至(4)において、閾値を超える前記変動係数が示す領域の領域面積を算出するステップと、前記領域面積が閾値を超えるか否かを判定する判定ステップとを含む。
(6)上記(5)において、所定の開始時刻を取得するステップと、前記判定ステップにより前記領域面積が閾値を超えた時刻を終了時刻として取得するステップと、前記開始時刻から前記終了時刻までの時間を算出するステップとを含む。
(7)上記(1)乃至(5)において、前記変動係数をドライアイ重症度におけるグレード5の評価の指標とする。
(8)上記(1)乃至(6)において、ドライアイ重症度におけるグレード1乃至4の評価において、前記色の多様性を示す数値と前記変動係数のいずれかを指標とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明は、以下の効果を奏する。注目する画像中の領域に含まれる画素の色情報をもとにその領域の色の多様性を判断することにより、涙液層の干渉縞の状態を数値化することができ、その色の多様性を示す数値を涙液層の状態を評価するための指標として利用することができる。そのため、観察者の主観や経験等によらずに、客観的に涙液層の状態、特に、涙液層が崩壊している度合いを評価することができる。
【0015】
また、涙液層干渉縞画像を無数の領域に分解して、各々の領域について色の多様性に係る数値を算出する、または、各画素、あるいは、少数の画素集団に対してそれを取り囲む領域について色の多様性に係る数値を算出するようにすることで、涙液層の状態の平面的(あるいは、空間的)な分布について評価することができる。これにより、角膜上のどの部位で涙液層の状態が悪いかを容易、かつ、客観的に知ることができる。
【0016】
また、動画像の場合、2フレーム以上の画像を取り出して解析することにより、涙液層の状態の時間的推移について解析して評価することができる。これにより、瞬きから涙液層が崩壊するまでの時間(NIBUT)を自動で算出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】各グレードの涙液層干渉縞画像のRGB色空間要素の中から赤色の要素を取り出し、輝度ヒストグラムを示した図である。
【
図2】涙液干渉縞の色の多様性を色要素の輝度の標準偏差を輝度の平均値で除算した変動係数として求めた場合のドライアイの重症度と得られる画像の関係を示した模式図である。図中の斜線部位が本発明による涙液層干渉縞画像の輝度の変動係数で高値を示した箇所、即ち、涙液層が崩壊している、あるいは角膜表面が露出している箇所を示す。
【
図3】涙液層の干渉縞の色の多様性を輝度の変動係数として求めることにより、涙液層の崩壊までの時間、即ち、BUTを求める方法を示した模式図である。
図2と同様に斜線部位が涙液層の破壊している、あるいは角膜表面が露出している箇所を示す。
【
図4】涙液層干渉縞画像取得装置の構成の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、実施例を交えて本発明の実施の形態を説明する。本発明は画像全体領域、あるいは、画像中に設けられた少なくとも1つ以上の領域について、当該領域中のすべて、あるいは、一部の画素について色情報を取得し、少なくとも2つ以上の画素からなる色情報の多様性を算出することにより、涙液層の干渉縞が当該領域内で持つ色の多様性をもとにして涙液層の崩壊の程度、並びに、崩壊の部位を判定するものである。
【0019】
<画像の取得>
眼表面の涙液層の画像を取得するための装置(涙液層干渉縞画像取得装置)については、撮影した涙液層の干渉縞を示す画像をデジタルデータとして記録できるものであればよく、従来既知のものを適宜用いればよい。例えば、
図4に概略を示すように、涙液層干渉縞画像取得装置は、光源11から発せられ、絞りを通過した光線は、順にレンズ12、スプリッタ13、対物レンズ14を経て、被検者の被検眼の前眼部15に集光される。前眼部15からの反射光は、対物レンズ14およびスプリッタ13を通過し、結像レンズ16を経て撮像素子17上に結像される。撮像素子17に結像された撮影データは、画像処理エンジンによる所定の処理が施され、画像データ、動画像データに変換される。
【0020】
涙液層干渉縞画像取得装置は、本発明に係る涙液層の動態評価装置と物理的又は論理的に接続される。当該涙液層の動態評価装置は、データを演算および処理する処理手段、涙液層干渉縞画像取得装置により取得された画像データ、動画像データおよびその他のデータを記憶する記憶手段を備えるものであり、当該記憶手段には、本発明を実施するためのコンピュータプログラムや所定のデータがそれぞれ記憶されており、処理手段は、当該コンピュータプログラム等による所定の命令に従ってデータの処理を行うものである。
【0021】
<画像の色情報取得>
以下、涙液層の動態評価装置の具体的な処理について述べる。以上のように得られた涙液層の干渉縞の画像データ(涙液層干渉縞画像)から色情報を取得し、その色情報の多様性を算出し、涙液層の状態の評価の指標とするものである。そこで、本発明に使用する色情報としては、多くの電子画像機器で用いられている方式である、赤、緑、青の3色の色要素(RGB色空間の数値)を用いる方法で以下説明する。
【0022】
具体的には、各画素の色情報とは、画素が持つ赤、緑、青の色要素の輝度または明度であり、RGB色空間における赤、緑、青の少なくとも1つ以上の色要素の輝度をそのまま用いてもよいし、あるいは、色情報から算出される二次的な数値を求めて使用してもよい。例えば、ヒトの色覚にあったグレースケールを作成する方法として、赤、緑、青それぞれの輝度に対して、それぞれ所定の係数(例えば、赤「0.298912」、緑「0.586611」、青「0.114478」)を掛け合わせた後に足し合わせて算出する方法が知られているが、このように所定の方法により処理してグレースケール階調にしたものを用いてもよい。
【0023】
また、それぞれの色要素における輝度のいずれかを単独で使用、あるいは、2つ以上を組み合わせて算出するようにしてもよい。例えば、平均値による場合、2つ以上の色要素を単に平均して算出してもよいし、各要素に対して異なる所定の重み付け係数をかけ合わせて与えてもよい。
【0024】
あるいは、赤、緑、青の3色の色要素から個別に変動係数を算出し、その中の最大の値を使用したり、最小の値を使用したり、2番目に大きい数値を使用したりしてもよい。
【0025】
以上がRGB色空間の数値を用いる画像の色情報取得方法であるが、本発明に使用する色情報としては、HSV色空間、HSB色空間、HLS色空間、あるいはHSL色空間などで規定される輝度、あるいは、明度を使用してもよい。
【0026】
<色の多様性の算出>
前記のような方法により取得した色情報から色の多様性を算出する方法としては、例えば、前記の方法で取得した色情報の少なくとも1つ以上の要素について領域内でどれぐらいばらつきがあるかを算出する方法などを挙げることができる。
【0027】
色情報の少なくとも1つ以上の要素について領域内でどれぐらいばらつきがあるかを調べる方法について説明する。RGB色空間の色情報を画像内の所定の領域内の各画素について調べ、赤、緑、青の少なくとも1つ以上の色要素の強度が領域内部でどれぐらいばらついているかを評価することにより得る。ばらつきに関しては、各要素の値から得られる分散値を領域内の画素の輝度の平均値で除算した値を用いてもよいし、そこから算出される偏差による値(標準偏差等)を領域内の画素の輝度の平均値で除算した値、即ち、変動係数を用いてもよい。これらの値は必要により任意に選択して用いればよい。
【0028】
ここで重要なのは算出された輝度のばらつきを輝度の平均値で除算していることである。涙液層が崩壊している領域では干渉縞の色は全体的に暗いが、涙液層が崩壊することにより画像が暗いながらも色の多様性は高い。そのため、輝度の標準偏差などのばらつきを平均値で除算することにより、涙液層の崩壊を特異的に検出することが可能である。
【0029】
<画像中における色の多様性算出の対象領域>
このように得られた涙液層干渉縞画像の色情報の多様性は画像全体に対して算出するようにしてもよいが、あるいは、涙液層干渉縞画像を格子状に任意に区分して、それぞれの格子内の領域について色の多様性を算出するようにしてもよい。
【0030】
画像全体、または、区分された領域の面積が大きい場合、計算にかかるコストが低いため、複数の涙液層干渉縞画像を即時的に解析し数値を表示することができる。
【0031】
一方、格子状に区分した領域の数を増やし、一つ一つの領域の面積の大きさを小さくすることによって、より微小領域における色の多様性を評価することが可能である。この場合、区分された領域の数が増加するにしたがって計算コストが増大するため、解析の即時性は失われていく。
【0032】
また、画像中の各画素、あるいは、いくつかの隣接する画素を一纏めにした画素領域とし、その周囲の画素、あるいは、画素領域について色情報の多様性を求めるようにしてもよい。このようにして求めた色情報の多様性は、画像を格子状に区分けする前述の方法よりもさらに解像度が高く、且つ、空間的位置情報が元の涙液層干渉縞画像と完全に一致しているという利点がある一方、多大な計算コストがかかるため即時性は低い。そのため、一度記録した画像や映像に対して詳細な解析を行う場合に用いるのがよい。
【0033】
なお、色情報の多様性を計算する際、元の涙液層干渉縞画像を、適宜、拡大、または、縮小してもよい。拡大の方法としてはバイリニア法、バイキュービック法、Lanczos法など間を埋める画素の輝度を関数で補完する方法が好ましい。拡大の効果としてはより部位によるより詳細な状態を取得できることにある。一方、縮小の方法としてはニアレストネイバー法、バイリニア法、バイキュービック法、Lanczos法などいずれの方法を用いてもよく、縮小の効果として解析時間の短縮がある。これらは必要に応じて使い分ければよい。
【0034】
涙液層干渉縞画像から、格子、あるいは、画素、または、画素集合などの領域ごとに得られた色の多様性は、2次元に配置することにより涙液層の状態を示す画像として保存、表示するようにしてもよい。画像化する際には多様性の値によって輝度を増加、あるいは、減少させるグレースケールで表現してもよいし、違いをより認知しやすくするために多様性の値をもとにして得られたヒートマップカラーを用いてもよく、このようにすることで、涙液層の崩壊箇所を強調して表示することが可能である。
【0035】
また、このようにして得られた涙液層干渉縞画像における色の多様性を単一の画像だけではなく、撮影時間が異なる2枚以上の画像、あるいは、映像に対して同様に解析していくことで、時間的・空間的な涙液層の崩壊の程度の解析が可能となり、涙液層が観察領域のどの部分から崩壊していくのか、あるいは、崩壊までにかかる時間がどれぐらいであるのか知ることができる。また、画像に占める崩壊の程度と崩壊にかかる時間からグレード5相当の重症度の評価をより正確に行うことができる。
【実施例1】
【0036】
図1は、グレード1、2、4、ならびに、5として判断されたそれぞれの画像の一部(320x320画素の矩形範囲)に含まれる画素ごとの輝度(赤色要素)とその個数との分布に関してヒストグラムで示したものである。グレード1では輝度が低い範囲に画素が集まっている。グレード4の画像まではグレードが高くなるにしたがって画素の輝度の分布域が高くなっていくが、グレード5では輝度はグレード1程度の低値で分布するようになる。
【0037】
このときの赤色要素の輝度の平均値、標準偏差、ならびに、前記標準偏差を前記平均値で除算した変動係数(%)を表1に示す。輝度平均値は
図1のようにグレード4まではグレード値に対応して増加するが、グレード5ではグレード1程度の数値に低下した。また、標準偏差に関しては同様にグレード4まではグレードに応じて増加するが、グレード5ではグレード4と同等の数値を示した。
【0038】
【0039】
このように、画像の領域中の画素の輝度の平均値、あるいは、標準偏差、またはその両者はグレード1から4まではグレードを判断する指標として用いることができると推定できるが、グレード5に関しては適切でないことがわかる。
【0040】
前記のとおり、グレード5の画像における場合、標準偏差はグレード4と同等程度、即ち、領域内部にはそれなりに多くの色を含んでいて色の多様性が大きいことを示している一方、輝度平均値はグレード1程度の低い数値を示している。そのため、グレード5については、以下の式、つまり、輝度の標準偏差を輝度平均値で除算して得た値、つまり輝度の変動係数を求めることでグレード5相当の涙液層の状態を特異的に抽出することが可能であることがわかる。
変動係数 = 輝度の標準偏差 / 輝度平均値
【0041】
実際、表1に示したように変動係数はグレード5の画像において他のグレードの画像で得られた変動係数を大きく上回っているため、この変動係数をグレード5相当の涙液層の状態を抽出するパラメータとして使用できることを意味している。
【0042】
なお、ここで述べているグレード5相当の涙液層の状態とは涙液層が崩壊した状態を意味しているものであり、本発明による方法によって涙液層干渉縞画像の輝度の変動係数を評価するということは、その画像の涙液層の崩壊の程度、ならびに、崩壊している部位を評価できるということである。つまり、この変動係数が大きくなるほど涙液層崩壊の程度は著しいと評価できるものであるし、また、涙液層干渉縞画像は角膜を撮影したものであるので、たとえば涙液層干渉縞画像を所定に区分してその区分ごとに前記方法により変動係数を求めることにより、その区分に対応する角膜上の位置における涙液層の崩壊を把握することができるものである。
【0043】
図2はグレード1、2、4およびグレード5の画像について、前記方法によって涙液層崩壊の程度や角膜上の位置について評価した結果を示す模式図である。グレード1からグレード4に関しては画像のごく一部に点状のグレード5相当の涙液層の状態、つまり、涙液層が崩壊している状態を示す場合も認められたが、それは画像全体にわたるわけではなかった。一方、グレード5相当の画像を評価した場合、涙液層の崩壊は画像全体にわたって瞬き直後から広範に認められた。こうしたことから、涙液層干渉縞画像における輝度の変動係数とその領域面積との関係は、より正確なグレード5の判断の指標となる。例えば、閾値を超える変動係数については涙液層が崩壊していると判断し、その涙液層が崩壊していることを示す変動係数が占める領域面積が所定の閾値を超えた場合にグレード5と判断する、などとすれば、グレード5についての評価を正確かつ自動で行うことができる。
【0044】
このことは、瞬き直後から涙液層の崩壊までの時間(NIBUT)を自動で取得できることを意味している。
図3は、涙液層が崩壊するまでの時間(NIBUT)を自動で算出する方法について示した模式図である。グレード5などの特に重篤なドライアイ症状を示す例を別として、多くの場合、瞬き直後の涙液層は角結膜を覆っている。しかしながら、油層の量が不足したり、液層の量が不足したり、あるいは、角結膜上に発現している膜型ムチンが不足したりすると瞬きからしばらくたって涙液層の崩壊が起こり始める。瞬き直後の時刻を t
0 とし、本発明の干渉縞の色の変動係数、あるいは、それに準じた数値により涙液層の崩壊を検出した時刻を t
1とした場合、NIBUTは以下の式で求められる。
NIBUT = t
1 - t
0
それぞれの時刻のうち、t
0は涙液層干渉縞画像の1画素以上の領域からなる注目箇所の物理量(例えば輝度)が閾値未満の値から閾値以上の値に変化した時点の時刻として得ることができる。この物理量としては涙液層干渉縞画像の輝度、あるいは、輝度の標準偏差などを用いればよい。一方、t
1に関しては、たとえば、動画像として連続する2枚(フレーム)以上の涙液層干渉縞画像について順次前記の方法で解析していき、ある値を超えた変動係数の領域面積、つまり、涙液層崩壊の領域面積がある値を超えたかを指標にして決定するようにすればよい。
【0045】
以上本発明について説明してきたが、本発明は上述の実施の例に限定されず種々の変形した形での応用が可能なものである。上述の説明では、涙液層干渉縞画像取得装置と涙液層の動態評価装置とが別々のハードウェアであるように記載したが、涙液層干渉縞画像取得装置と涙液層の動態評価装置とは一体のハードウェアとして構成されていてもよいし、情報処理のための処理手段や記憶手段等は、涙液層干渉縞画像取得装置と涙液層の動態評価装置とで各々備えても、一部兼用としてもよい。涙液層の動態評価装置として涙液層干渉縞画像に対して、これまで説明してきた処理を行える構成であればよい。なお、本実施例では、グレード3の画像は検証していないが、グレード3の画像の特性(輝度平均値、標準偏差、変動係数)はグレード2とグレード4の中間になるので、本実施例の方法によりグレード3の画像が誤ってグレード5と判別されることはない。また、本発明によりグレード5を自動判別できれば、グレード5ではないと判別されたものは特許文献3に示す方法によりグレード1~4に自動判別可能であるので、特許文献3の方法と本発明の方法を組み合わせることにより、グレード1から5への自動判別が可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明は涙液層の干渉縞画像を用いるドライアイの診断において崩壊する涙液層の状態を観察者の力量によらずに客観的に数値化する方法として利用することが可能である。特に、従来の目視によるグレード5に分類される、例えば、シェーグレン症候群のような、極めてドライアイが深刻な患者の判定では涙液層崩壊の時間的空間的遷移を動的解析することにより、瞬き直後から画像の大部分において涙液層が崩壊していることをもってグレード5であると自動で評価できるだけでなく、涙液層の崩壊までにかかる時間などを用いて詳細に評価することによって、より適切な診断と症状に合わせた治療ができるようになることが期待できる。