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特許7084033miRNAの発現に応答して蛋白質遺伝子を発現させる方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-06
(45)【発行日】2022-06-14
(54)【発明の名称】miRNAの発現に応答して蛋白質遺伝子を発現させる方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/11 20060101AFI20220607BHJP
   C12Q 1/68 20180101ALI20220607BHJP
   C12Q 1/04 20060101ALI20220607BHJP
【FI】
C12N15/11 Z ZNA
C12Q1/68
C12Q1/04
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2018525165
(86)(22)【出願日】2017-06-27
(86)【国際出願番号】 JP2017023513
(87)【国際公開番号】W WO2018003779
(87)【国際公開日】2018-01-04
【審査請求日】2020-06-08
(31)【優先権主張番号】P 2016126982
(32)【優先日】2016-06-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【識別番号】100107319
【氏名又は名称】松島 鉄男
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100096769
【弁理士】
【氏名又は名称】有原 幸一
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 博英
(72)【発明者】
【氏名】藤田 祥彦
【審査官】小倉 梢
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2009/066758(WO,A1)
【文献】第17回日本RNA学会年会要旨集,2015年,p. 237, P-119
【文献】Cell Stem Cell,2015年,Vol. 16,p. 699-711
【文献】第38回日本分子生物学会年会、第88回日本生化学会大会 合同大会 講演要旨集,2015年,1T17p-12(1P0966)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00 - 15/90
C12Q 1/00 - 1/70
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
蛋白質遺伝子をコードする配列と、PolyA配列の3'側に連結したmiRNA標的配列と、前記miRNA標的配列の3'側に連結した翻訳抑制配列とを含む人工mRNA。
【請求項2】
前記翻訳抑制配列が、
(i)PolyA配列を特異的に認識する20以上の塩基配列、
(ii)5'UTRを特異的に認識する配列、及び
(iii)100塩基以上の配列
から選択される配列を含む、請求項1に記載の人工mRNA。
【請求項3】
miRNAの発現に応答して、蛋白質遺伝子を発現させる方法であって、請求項1または2に記載の人工mRNAを細胞に導入する工程を含む、方法。
【請求項4】
以下の工程を含む、2種以上の細胞を含む細胞群からmiRNAの発現を指標として所望の細胞種を判別する方法;
(1)第1のマーカー遺伝子をコードする配列と、PolyA配列の3'側に連結した第1のmiRNAの標的配列と、前記第1のmiRNAの標的配列の3'側に連結した翻訳抑制配列とを含む第1の人工mRNAを細胞群に導入する工程、および
(2)当該第1のマーカー遺伝子の翻訳量を指標として、細胞種を判別する工程。
【請求項5】
前記翻訳抑制配列が、
(i)PolyA配列を特異的に認識する20以上の塩基配列、
(ii)5'UTRを特異的に認識する配列、及び
(iii)100塩基以上の配列から選択される配列を含む、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記所望の細胞種が、第1のmiRNAの発現量が多い細胞種であり、前記工程(2)が、
前記第1のマーカー遺伝子の翻訳量が多い細胞種を判別する工程である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記第1のmiRNAの標的配列が、miR-302aの標的配列を含み、前記所望の細胞種が、多能性幹細胞である、請求項4~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
(3)第2のmiRNAの標的配列と機能的に連結した第2のマーカー遺伝子を含む第2の人工mRNAを導入する工程をさらに含む、請求項4~7のいずれか1項に記載の方法であって、
当該第2のmiRNAの標的配列が、前記第1のmiRNAの標的配列と同一のmiRNAにより特異的に認識される配列であり、
当該第2のマーカー遺伝子が、前記第1のマーカー遺伝子と異なり、
当該第2の人工mRNAが、前記miRNAの発現量に応答して、前記第2のマーカー遺伝子の翻訳量を低減させる人工mRNAである、方法。
【請求項9】
(4)miRNAの標的配列を含まず、第3のマーカー遺伝子を含む第3の人工mRNAを導入する工程をさらに含む、請求項4~8のいずれか1項に記載の方法であって、
当該第3のマーカー遺伝子が、前記第1及び第2のマーカー遺伝子と異なり、
当該第3の人工mRNAが、前記miRNAの発現量による影響を受けることなく、前記第3のマーカー遺伝子を翻訳する、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、miRNAの発現に応答して、蛋白質遺伝子を発現させる方法に関する。
【0002】
細胞内ではmiRNAが、対応するmRNAの分解を調節することで遺伝子の発現を制御制御している。その種類はヒトで1800種類以上と考えられている。近年のマイクロアレイ解析などによると、細胞ごとにmiRNAの発現量が異なっており、細胞種や細胞の状態を特徴付けるパラメータになりうることが示されつつある。そのため、細胞内のmiRNAの活性を検出し、それに応じて任意の遺伝子の発現をON/OFFできるスイッチは、細胞種や細胞内環境に応答するインテリジェントな遺伝子発現システムとなる。
【0003】
miRNAに応答して遺伝子発現が抑制されるスイッチである、miRNA応答性OFF スイッチは、プラスミドベースで報告がなされていた(例えば、非特許文献1)。本発明者らは、近年、miRNA応答性mRNAにより構成されたOFF スイッチを細胞に直接導入することで、細胞のmiRNAの活性に依存した発現システムを報告し、細胞種の分別に成功している(例えば、特許文献1、非特許文献2)。
【0004】
miRNA応答性mRNAにより構成されたOFFスイッチの特筆すべき点は、原理的にゲノムへの挿入が起こらない点である。このため、当該mRNAを生体に注入したり、分離した細胞をそのまま移植したりすることができると考えられ、医療への応用が期待される。また、一般的なPCRと転写ができれば誰でも設計、作製が可能であるといった利便性や、入力のmiRNAと出力の遺伝子を交換することができる有用性がある。このように、miRNA応答性mRNAにより構成されたOFFスイッチは、高い汎用性と応用可能性を持つ優れたツールである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開公報 WO 2015/105172
【非特許文献】
【0006】
【文献】Rinaudo et al., Nat Biotechnol 2007;25:795-801.
【文献】Miki, K. et al., Cell Stem Cell 16, 699-711 (2015)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
mRNAをベースとしたスイッチは大変有用性が高いが、現在のところmiRNAに応答して遺伝子の発現がONになるスイッチは存在していない。そのため、例えば、がん細胞特異的に活性化するmiRNAを標的にしてアポトーシス遺伝子を発現させ、がん細胞特異的に死滅させることはできない。特定の蛋白質(例えば、L7Ae)に応答する蛋白質応答性mRNAからなるOFFスイッチと、当該蛋白質を出力とするmiRNA応答性mRNAからなる他のOFF スイッチとで回路を形成させることで、特定のmiRNA存在時にL7Aeの発現を抑制し、L7Ae によって抑制されていた翻訳を最終的にONにする、擬似的なONスイッチの作製は可能である。しかし、構成要素が多くシステムが複雑化すること、外来蛋白質の発現が必要なこと、コンポーネントが増え不確定要素が増えること、複数のONスイッチを同時に使用することができないことなど、問題が多い。
【0008】
miRNAに応答して発現がONになる、mRNAをベースとしたONスイッチを開発することが望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、mRNAの3'末端の構造を改変した人工mRNAを設計し、これにより、miRNAに応答して蛋白質の発現がONになるONスイッチを完成し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は以下の特徴を有する:
[1] 蛋白質遺伝子をコードする配列と、PolyA配列の3'側に連結したmiRNA標的配列と、前記miRNA標的配列の3'側に連結した翻訳抑制配列とを含む人工mRNA。
[2] 前記翻訳抑制配列が、
(i)PolyA配列を特異的に認識する20以上の塩基配列、
(ii)5'UTRを特異的に認識する配列、及び
(iii)100塩基以上の配列
から選択される配列を含む、[1]に記載の人工mRNA。
[3] miRNAの発現に応答して、蛋白質遺伝子を発現させる方法であって、[1]または[2]に記載の人工mRNAを細胞に導入する工程を含む、方法。
[4] 以下の工程を含む、2種以上の細胞を含む細胞群からmiRNAの発現を指標として所望の細胞種を判別する方法;
(1)第1のマーカー遺伝子をコードする配列と、PolyA配列の3'側に連結した第1のmiRNAの標的配列と、前記第1のmiRNAの標的配列の3'側に連結した翻訳抑制配列とを含む第1の人工mRNAを細胞群に導入する工程、および
(2)当該第1のマーカー遺伝子の翻訳量を指標として、細胞種を判別する工程。
[5] 前記翻訳抑制配列が、
(i)PolyA配列を特異的に認識する20以上の塩基配列、
(ii)5'UTRを特異的に認識する配列、及び
(iii)100塩基以上の配列
から選択される配列を含む、[4]に記載の方法。
[6] 前記所望の細胞種が、第1のmiRNAの発現量が多い細胞種であり、前記工程(2)が、前記第1のマーカー遺伝子の翻訳量が多い細胞種を判別する工程である、[5]に記載の方法。
[7] 前記第1のmiRNAの標的配列が、miR-302aの標的配列を含み、前記所望の細胞種が、多能性幹細胞である、[4]~[6]のいずれか1項に記載の方法。
[8](3)第2のmiRNAの標的配列と機能的に連結した第2のマーカー遺伝子を含む第2の人工mRNAを導入する工程をさらに含む、[4]~[7]のいずれか1項に記載の方法であって、
当該第2のmiRNAの標的配列が、前記第1のmiRNAの標的配列と同一のmiRNAにより特異的に認識される配列であり、
当該第2のマーカー遺伝子が、前記第1のマーカー遺伝子と異なり、
当該第2の人工mRNAが、前記miRNAの発現量に応答して、前記第2のマーカー遺伝子の翻訳量を低減させる人工mRNAである、方法。
[9](4)miRNAの標的配列を含まず、第3のマーカー遺伝子を含む第3の人工mRNAを導入する工程をさらに含む、[4]~[8]のいずれか1項に記載の方法であって、
当該第3のマーカー遺伝子が、前記第1及び第2のマーカー遺伝子と異なり、 当該第3の人工mRNAが、前記miRNAの発現量による影響を受けることなく、前記第3のマーカー遺伝子を翻訳する、方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、特定のmiRNAの活性が高い細胞で遺伝子の強制発現が可能となり、細胞特異的に遺伝子を発現させることができる。また、特定の細胞でmiRNAの活性が低ければ既存のmiRNA応答性のOFFスイッチを用い、高ければ本発明のONスイッチを使用することで、miRNAの活性の違いにより特定の細胞でのみ任意の遺伝子を発現させることができるようになる。既存のOFFスイッチと今回のONスイッチが揃うことで、任意のmiRNAに対して任意の遺伝子を任意の方向に(強制発現、抑制) 制御できる汎用的な手法が提供できる。これによる具体的な応用としては、細胞分離、特定細胞のみの分化誘導、細胞死制御によるがん細胞の除去などが挙げられ、miRNAのOFFスイッチと同様にゲノムへの挿入が起こらないため、いずれも医療へ適用可能であると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、本発明によるmiRNAの発現に応答して蛋白質遺伝子を発現させるmRNAの構成を模式的に示す図である。
図2図2は、miR-21の相補配列(Tg21) またはシャッフルした配列(N)でpolyA 下流に連結されたpolyUによる、EGFPの発現量の変化を示すグラフであり、それぞれの配列について左側カラムはHeLa細胞に、右側カラムは293FTに導入した場合の結果である。
図3図3は、miR-21の相補配列(Tg21) またはシャッフルした配列(N)でpolyA 下流に連結された配列の違いによる、EGFPの発現量の変化を表し、赤は過去に作成されたOFF スイッチ、緑はただのEGFP発現mRNA、水色はシャッフル配列、青はTg21 配列が含まれるmRNAの結果を示す。下流に連結された配列はパネル(a)が5'UTRの相補配列20nt、(b)が5'UTRの相補配列40nt、(c)が20nt+stem loop、(d)が120 nt程度の付加配列、(e)が500 nt程度の付加配列、(f)が1250 nt程度の付加配列である。
図4図4は、miRNA21 mimic またはinhibitor に対するEGFPの発現量の変化を示すグラフであって、(a)は、Hela細胞においてmiRNA21 inhibitorを加えた場合(+)、加えない場合(-)における、miRNA21標的配列を有するmRNAのEGFPの発現量を示し、(b)は、293FT細胞においてmiRNA21 mimicを加えた場合(+)、加えない場合(-)における、miRNA21標的配列を有するmRNAのEGFPの発現量を示す。
図5図5は、ONスイッチとOFF スイッチとの組み合わせによるfold change の改善を示すグラフであり、各種のmiRNA21標的配列を有するmRNAをHeLa細胞または293F細胞に導入した場合の蛍光比を示す。
図6図6は、miR-302a-5p標的配列を有するONスイッチによる、iPS 細胞の識別結果を示す図であり、(a)はmiR-302a-5p標的配列を有するOFFスイッチと、標的配列を持たないControl mRNAをHeLa細胞及び293F細胞に共導入した場合の蛍光比を示し、(b)はmiR-302a-5p標的配列を有するOFFスイッチ及びmiR-302a-5p標的配列を有するONスイッチをHeLa細胞及び293F細胞に共導入した場合の蛍光比を示し、(c)は、(a)及び(b)の四角で囲まれた部分のEGFP/iRFP670の中央値を元にfold changeを計算した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に、本発明を、実施形態を挙げて詳細に説明する。以下の実施形態は本発明を限定するものではない。
【0014】
[第1実施形態]
本発明は、第1実施形態によれば、miRNAの発現に応答して、蛋白質遺伝子を発現させる方法であって、蛋白質遺伝子をコードする配列と、PolyA配列の3'側に連結したmiRNAの標的配列と、前記miRNAの標的配列の3'側に連結した翻訳抑制配列とを含む人工mRNAを細胞に導入する工程を含む方法に関する。
【0015】
本実施形態においては、以下に詳述するように人工mRNAを設計し、調製することで、当該人工mRNAを導入した細胞において、任意のmiRNAの発現に応答して、任意の蛋白質を発現させることができる。当該人工mRNAを、本明細書において、miRNA応答性mRNA、あるいは、miRNA応答性ON-switch mRNAと指称する場合がある。
【0016】
本発明においてmiRNAとは、micro-RNAとも称し、細胞内に存在する長さ18から25塩基ほどのRNAである。miRNAは、DNAから転写された一本鎖RNAであるpri-mRNAをDroshaと呼ばれる核内酵素により部分切断することによって生じるpre-miRNAを、Dicerによって切断することによって生じる二本鎖RNAのいずれかの一方の鎖を意味する。miRNAの塩基数は、例えば18~25、好ましくは20~25、さらに好ましくは21~23である。約1,000個程度のmiRNA情報を格納したデータベースを利用することができる(例えば、miRBase、http://microrna.sanger.ac.uk/sequences/index.shtml)。当業者はこのデータベースから任意のmiRNA情報を引き出すことができ、本発明の方法を用いて蛋白質遺伝子を発現させる細胞に特異的に発現しているmiRNAを、容易に抽出することが可能である。なお、miRNAの発現とは、本発明に係るmRNAを導入する細胞において、上記Dicerによって切断された二本鎖RNAのいずれか一方の鎖が、所定の複数の蛋白質と相互作用して、RNA-induced silencing complex(RISK)を形成した状態にあるmiRNAをいうものとする。
【0017】
本発明においては、例えば、細胞特異的に上記mRNAがコードする蛋白質遺伝子を強制発現させることができる。ある細胞において特異的に発現しているmiRNAは、上記データベースや文献等により知られており、現在もその解明が続いている。したがって、上記mRNAを設計する際には、蛋白質遺伝子を発現させることを所望する細胞において、特異的に発現するmiRNAを抽出し、選択することが好ましい。
【0018】
本実施形態における細胞は、蛋白質遺伝子を発現させることを所望する任意の細胞であって、特には限定されるものではない。例えば、人工多能性幹(iPS)細胞を含む多能性幹細胞、多能性幹細胞から分化誘導された体細胞、多能性幹細胞から分化誘導される過程にある細胞、あるいは、がん細胞が挙げられるが、これらには限定されない。
【0019】
mRNAを導入する細胞が、例えば多能性幹細胞である場合には、多能性幹細胞に特異的に発現しているmiRNAに応答するmRNAを設計することができる。多能性幹細胞に特異的に発現しているmiRNAは、文献等により多能性幹細胞に特異的に発現していることが知られているmiRNAであれば特に限定されないが、例えば、hsa-mir-302a、hsa-mir-302b、hsa-mir-302c、hsa-mir-302d、hsa-mir-367、hsa-5201、hsa-mir-92b、hsa-mir-106a、hsa-mir-18b、hsa-mir-20b、hsa-mir-19b-2、hsa-mir-92a-2、hsa-mir-363、hsa-mir-20a、hsa-mir-17、hsa-mir-18a、hsa-mir-19a、hsa-mir-19b-1、hsa-mir-373、hsa-mir-330、hsa-mir-520c、hsa-mir-182、hsa-mir-183、hsa-mir-96、hsa-mir-92a-1、hsa-mir-92a-2、hsa-mir-141、hsa-mir-200c、hsa-mir-27a、hsa-mir-7-1、hsa-mir-7-2、hsa-mir-7-3、hsa-mir-374a、hsa-mir-106b、hsa-mir-93、hsa-mir-25、hsa-mir-584、hsa-mir-374b、hsa-mir-21、hsa-mir-212、hsa-mir-371a、hsa-mir-371b、hsa-mir-372、hsa-mir-200b、hsa-mir-200a、hsa-mir-429のいずれか一方の鎖が挙げられる。この他にも、例えば、Tobias S. Greve, et al., Annu. Rev. Cell Dev. Biol. 2013.29:213-239に記載されているmiRNAから適宜選択されたmiRNAが例示される。好ましいmiRNAは、has-mir-302aまたはhsa-mir-302bのいずれか一方の鎖であり、さらに好ましくは、hsa-miR-302b-3pである。
【0020】
本発明において、細胞に特異的に発現するmiRNAの標的配列とは、当該miRNAに特異的に結合可能な配列をいう。miRNA標的配列は、例えば、細胞に特異的に発現するmiRNAに相補的な配列であることが好ましい。あるいは、当該miRNA標的配列は、miRNAにおいて認識され得る限り、完全に相補的な配列との不一致(ミスマッチ)を有していても良い。当該miRNAに完全に相補的な配列からの不一致は、所望の細胞において、通常にmiRNAが認識し得る不一致であれば良く、生体内における細胞内の本来の機能では、40~50% 程度の不一致があっても良いとされている。このような不一致は、特に限定されないが、1塩基、2塩基、3塩基、4塩基、5塩基、6塩基、7塩基、8塩基、9塩基、若しくは10塩基又は全認識配列の1%、5%、10%、20%、30%、若しくは40%の不一致が例示される。また、特には、細胞が備えているmRNAのmiRNA標的配列のように、特に、シード領域以外の部分に、すなわちmiRNAの3'側の16 塩基程度に対応する、標的配列内の5'側の領域に、多数の不一致を含んでもよく、シード領域の部分は、不一致を含まないか、1塩基、2塩基、若しくは3塩基の不一致を含んでもよい。
【0021】
本発明において、mRNAがコードする蛋白質遺伝子は、任意の蛋白質遺伝子であってよく、その種類は限定されるものではない。例えば、以下に詳述するマーカー蛋白質遺伝子であってもよく、アポトーシス促進蛋白質遺伝子、アポトーシス抑制蛋白質遺伝子、細胞表面蛋白質遺伝子であってもよい。
【0022】
マーカー遺伝子は、細胞内で翻訳されて、マーカーとして機能し、分化細胞の抽出を可能にする任意のマーカー蛋白質をコードするRNA配列であり、マーカー蛋白質に対応する配列ともいうことができる。細胞内で翻訳されてマーカーとして機能しうる蛋白質としては、一例としては、蛍光、発光、呈色、若しくは蛍光、発行又は呈色を補助することなどにより、視覚化し、定量化することができる蛋白質、膜局在蛋白質、薬剤耐性蛋白質等であってよいが、これらには限定されない。
【0023】
蛍光蛋白質としては、Sirius、EBFPなどの青色蛍光蛋白質;mTurquoise、TagCFP、AmCyan、mTFP1、MidoriishiCyan、CFPなどのシアン蛍光蛋白質;TurboGFP、AcGFP、TagGFP、Azami-Green (例えば、hmAG1)、ZsGreen、EmGFP、EGFP、GFP2、HyPer、などの緑色蛍光蛋白質;TagYFP、EYFP、Venus、YFP、PhiYFP、PhiYFP-m、TurboYFP、ZsYellow、mBananaなどの黄色蛍光蛋白質;、KusabiraOrange (例えば、hmKO2)、mOrangeなどの橙色蛍光蛋白質;TurboRFP、DsRed-Express、DsRed2、TagRFP、DsRed-Monomer、AsRed2、mStrawberry、などの赤色蛍光蛋白質;TurboFP602、mRFP1、JRed、KillerRed、mCherry、HcRed、KeimaRed(例えば、hdKeimaRed)、mRasberry、mPlum、iRFP670などの近赤外蛍光蛋白質が挙げられるが、これらには限定されない。
【0024】
発光蛋白質としては、イクオリンを例示することができるが、これに限定されない。また、蛍光、発光又は呈色を補助する蛋白質として、ルシフェラーゼ、ホスファターゼ、ペルオキシダーゼ、βラクタマーゼなどの蛍光、発光又は呈色前駆物質を分解する酵素を例示することができるが、これらには限定されない。ここで本発明において、蛍光、発光又は呈色を補助する物質をマーカーとして使用する場合、分化細胞の抽出において、対応する前駆物質と細胞を接触させること、又は細胞内に対応する前駆物質を導入することによって行われ得る。
【0025】
膜局在蛋白質としては、多能性幹細胞で内在的に発現していない膜局在蛋白質であれば特に限定されないが、例えば、P-gp、MRP1、MRP2(cMOAT)、MRP3、MRP4、MRP5,MRP6、MDR2,およびMDR3蛋白質を例示することができる。本発明では、導入したmRNAから翻訳された膜局在蛋白質が指標となることから、対象となる分化細胞において内在的に発現していない膜局在蛋白質がより好ましい。薬剤耐性蛋白質としては、例えば、カナマイシン耐性蛋白質、アンピシリン耐性蛋白質、ピューロマイシン耐性蛋白質、ブラストサイジン耐性蛋白質、ゲンタマイシン耐性蛋白質、カナマイシン耐性蛋白質、テトラサイクリン耐性蛋白質、クロラムフェニコール耐性蛋白質などの抗生物質耐性蛋白質を例示することができるが、これらには限定されない。
【0026】
アポトーシス促進蛋白質遺伝子の具体例としては、Bim-EL、Bax、FADD、Caspase等を挙げることができる。アポトーシス抑制蛋白質遺伝子の具体例としては、Bcl-xL、Bcl-2等を挙げることができる。細胞表面蛋白質遺伝子の具体例としては、IgG leader sequenceとPDGFR transmembraneドメインを付加したビオチン付加ペプチドが挙げられる。しかし、mRNAがコードする蛋白質遺伝子はこれらには限定されない。
【0027】
mRNAは、好ましくは、5'末端から、5'から3'の向きに、Cap構造(7メチルグアノシン5'リン酸)、所望の蛋白質遺伝子をコードするオープンリーディングフレーム並びに、Poly A配列を備え、Poly A配列の3'側に連結するmiRNA標的配列、及びmiRNA標的配列の3'側に連結する翻訳抑制配列を備えている。
【0028】
5'UTRの構造は、5'末端にCap構造を備え、miRNA標的配列を備えていないものであれば、塩基数についても、配列についても特に限定されるものではない。一例として、5'UTRの構造は20塩基以上であって、例えば、40~150塩基、好ましくは40~100塩基程度で構成され、Stem-loopなどのRNAの構造をとりにくく、開始コドンを含まない配列とすることができるが、特定の配列には限定されない。Poly A配列は、特に長さの上限はないが、例えば50~300塩基、好ましくは、100~150塩基のAからなる配列であってよい。
【0029】
Poly A配列の3'側に連結するmiRNA標的配列の数は、1つであることが好ましい。これは、miRNAによる標的配列の切断後にPoly Aの3'側に配列が残ると、Poly Aとして認識されにくくなり、遺伝子の発現が開始しない(発現抑制を解除できない)場合があるためである。しかしながら、miRNAによる標的配列の切断後に、発現抑制を解除することができる場合には、複数のmiRNA標的配列を備えていてもよい。「Poly A配列の3'側に連結するmiRNA標的配列」とは、Poly A配列とmiRNA標的配列とが直接連結されていてもよく、これらの間に機能に影響を及ぼさない程度の配列、例えば1~5塩基程度の配列を備えてもよいことをいう。
【0030】
miRNA標的配列の3'側には、翻訳抑制配列を連結する。「miRNAの標的配列の3'側に連結した翻訳抑制配列」とは、miRNA標的配列と翻訳抑制配列とが直接連結される場合のみならず、これらの間に、他の配列が存在していてもよいことをいうものとする。例えば、miRNA標的配列と翻訳抑制配列との間には、20~100塩基のアダプター配列を含んでもよい。また、2つ以上のmiRNA標的配列を備える場合、miRNA標的配列の3'側とは、最も3’側に位置するmiRNA標的配列の3'末端側をいうものとする。
【0031】
翻訳抑制配列は、Poly A配列の翻訳に関与する作用を妨げることが可能な配列であってよく、好ましくは、(i)PolyA配列を特異的に認識する20以上の塩基配列、(ii)5'UTRを特異的に認識する配列、及び(iii)100塩基以上の配列から選択される塩基配列を含む。
【0032】
(i)PolyA配列を特異的に認識する20以上の塩基配列としては、PolyA配列に完全に相補的なPolyU配列が挙げられ、例えば、20以上、40以上、60以上、または80以上のウリジンからなるPolyU配列が挙げられるが、これらには限定されない。また、PolyA配列を特異的に認識することができれば、ミスマッチが存在してもよい。また、PolyA配列を特異的に認識する20以上の塩基配列を含んでいれば、その3'側及び/または5'側に、任意の配列をさらに含んでいてもよい。なお、PolyA配列を特異的に認識し、翻訳抑制することができれば、必ずしも20以上でなくとも、5以上、10以上、あるいは15以上の塩基からなる配列であってもよい。
【0033】
(ii)5'UTRを特異的に認識する配列としては、5'UTRに完全に相補的な配列であることが好ましい。しかしながら、5'UTRを特異的に認識することができれば、完全に相補的な配列との不一致(ミスマッチ)を有していても良い。また、5'UTRを特異的に認識する配列を含んでいれば、その3'側及び/または5'側に、任意の配列をさらに含んでいてもよい。
【0034】
(iii)100塩基以上の配列としては、塩基の種類及びおよび塩基の配列は問わず、翻訳抑制が可能な程度の長い配列であればよい。100塩基以上、好ましくは300塩基以上、500塩基以上、1000塩基以上、1500塩基以上であってもよい。
【0035】
miRNA応答性mRNAを構成する塩基としては、通常のウリジン、シチジンに替えて、シュードウリジン、5-メチルシチジンなどの修飾塩基を含んでいることが好ましい。細胞毒性を低減させるためである。修飾塩基の位置は、ウリジン、シチジンいずれの場合も、独立に、全てあるいは一部とすることができ、一部である場合には、任意の割合でランダムな位置とすることができる。
【0036】
このような構造的特徴を備えるmiRNA応答性mRNAは、細胞内の翻訳システムからpoly A配列を隠し、翻訳を阻害することができる。mRNAは細胞の中で、5'末端に存在するCAP構造と3'末端に存在するpolyA配列により認識、翻訳の活性化が起こるとされているところ、上記のように設計された人工的なmiRNA応答性mRNAは、一時的に不活性化されているといえる。
【0037】
miRNA応答性mRNAは、上記に従って配列が決定されれば、遺伝子工学的に既知の任意の方法により当業者が合成することができる。特には、プロモーター配列を含むテンプレートDNAを鋳型として用いたin vitro合成法により、得ることができる。設計どおりのmRNAを簡便な方法で得ることができることは本発明の1つの利点である。
【0038】
本発明に係る蛋白質遺伝子を発現させる方法において、細胞に導入するmiRNA応答性mRNAは、1種のみであってよく、2種以上、例えば、3種、4種、5種、6種、7種、または8種以上用いてもよい。導入するmiRNA応答性mRNAの種類数およびそれぞれの構造の設計は、所定の細胞において、蛋白質遺伝子を発現させる目的に応じて、当業者が適宜、設計することができる。例えば、miRNA標的部位が異なり、蛋白質遺伝子が同一の複数のmiRNA応答性mRNAを設計することができる。あるいは、miRNA標的部位が異なり、蛋白質遺伝子も異なる複数のmiRNA応答性mRNAを設計することもできる。翻訳抑制配列については、各miRNA応答性mRNAにおいて、必要な程度の翻訳抑制機能を備える限り、同一であっても異なっていてもよい。
【0039】
miRNA応答性mRNAを細胞に導入する工程は、リポフェクション法、リポソーム法、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム共沈殿法、DEAEデキストラン法、マイクロインジェクション法、遺伝子銃法などを用いて、1種以上のmiRNA応答性mRNAを直接、細胞集に導入する。miRNA応答性mRNAをベクターなどのDNAの形態で導入することもでき、その場合も上記同様の方法を用いることができる。異なる2種以上のmiRNA応答性mRNAを導入する場合には、複数のmRNAを細胞に共導入することもできるし、別個に導入することもできる。この時の導入量は、導入される細胞、導入するmRNA、導入方法および導入試薬の種類により異なり、所望の翻訳量を得るために当業者は適宜これらを選択することができる。
【0040】
miRNA応答性mRNAが、細胞に導入された場合の作用について説明する。miRNA応答性mRNAがある1つの細胞に導入され、その細胞内にmiRNA標的部位に特異的に結合するmiRNAが存在する場合、miRNA応答性mRNAにmiRNAが結合し、PolyA配列と、miRNA標的部位との間でmRNAが切断される。それにより、一時的に不活性化され、翻訳抑制されていたmiRNA応答性mRNAが、翻訳可能な状態となり、蛋白質遺伝子の発現が開始され、促進される。蛋白質が、例えば、定量可能なマーカー蛋白質である場合、蛋白質の発現量は、細胞内のmiRNAと相関関係を示すことが明確に確認できる。また、発現される蛋白質の特性によっては、細胞死を引き起こしたり、所定の機能を細胞に及ぼしたりし得る。なお、それぞれが異なるmiRNAに結合する複数のmiRNA標的部位を1つのmRNAに設けたmiRNA応答性mRNAを細胞に導入した場合は、複数のmiRNA標的部位のいずれかに結合するmiRNAが1種類でも細胞内に発現していれば、翻訳抑制状態を解除して、翻訳可能な状態とすることができる。一方、その細胞内にmiRNA標的部位に特異的に結合するmiRNAが存在しない場合、miRNA応答性mRNAは、作用を受けることなく、翻訳抑制されたままの状態となる。したがって、miRNA応答性mRNAがコードする蛋白質が発現されず、実質的に何の作用も生じず、miRNA応答性mRNAが分解されることとなる。
【0041】
また、miRNA応答性mRNAが、異なる特性を持つ細胞が混在した細胞集団に導入された場合、上記と同様の作用により、miRNA標的部位に特異的に結合するmiRNAが存在する細胞においてのみ、蛋白質が発現する。したがって、所定のmiRNAを発現する細胞を、蛋白質の発現に基づき判別し、分離し、特徴づけることが可能となる。このようなmiRNA応答性mRNAを用いた細胞の判別については、第2実施形態において説明する。
【0042】
[第2実施形態]
本発明は第2実施形態によれば、以下の工程を含む、2種以上の細胞を含む細胞群からmiRNAの発現を指標として所望の細胞種を判別する方法に関する。
(1)第1のマーカー遺伝子をコードする配列と、PolyA配列の3'側に連結した第1のmiRNAの標的配列と、前記第1のmiRNAの標的配列の3'側に連結した翻訳抑制配列とを含む第1の人工mRNAを細胞群に導入する工程、および
(2)当該第1のマーカー遺伝子の翻訳量を指標として、細胞種を判別する工程。
【0043】
本実施形態による判別方法において、対象となる細胞群は、2種以上の細胞を含む細胞群であり、多細胞生物種から採取した細胞群であってもよく、単離された細胞を培養することによって得られる細胞群であってもよい。当該細胞群は、特には、哺乳動物(例えば、ヒト、マウス、サル、ブタ、ラット等)採取した2種以上の体細胞を含む細胞群、若しくは哺乳動物より単離された細胞又は哺乳動物細胞株を培養することによって得られる細胞群である。体細胞としては、例えば、角質化する上皮細胞(例、角質化表皮細胞)、粘膜上皮細胞(例、舌表層の上皮細胞)、外分泌腺上皮細胞(例、乳腺細胞)、ホルモン分泌細胞(例、副腎髄質細胞)、代謝・貯蔵用の細胞(例、肝細胞)、境界面を構成する内腔上皮細胞(例、I型肺胞細胞)、内鎖管の内腔上皮細胞(例、血管内皮細胞)、運搬能をもつ繊毛のある細胞(例、気道上皮細胞)、細胞外マトリックス分泌用細胞(例、線維芽細胞)、収縮性細胞(例、平滑筋細胞)、血液と免疫系の細胞(例、Tリンパ球)、感覚に関する細胞(例、桿細胞)、自律神経系ニューロン(例、コリン作動性ニューロン)、感覚器と末梢ニューロンの支持細胞(例、随伴細胞)、中枢神経系の神経細胞とグリア細胞(例、星状グリア細胞)、色素細胞(例、網膜色素上皮細胞)、およびそれらの前駆細胞 (組織前駆細胞) 等が挙げられる。細胞の分化の程度や細胞を採取する動物の齢などに特に制限はなく、未分化な前駆細胞 (体性幹細胞も含む) であっても、最終分化した成熟細胞であっても、同様に本発明における体細胞の起源として使用することができる。ここで未分化な前駆細胞としては、たとえば神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、歯髄幹細胞等の組織幹細胞(体性幹細胞)が挙げられる。本発明において、体細胞を採取する由来となる哺乳動物個体は特に制限されないが、好ましくはヒトである。また、好ましい細胞群は、前期体細胞を採取後に人為的な操作を加えた細胞群であり、所望しない細胞を含む可能性がある細胞群である。例えば、前記体細胞から調製したiPS細胞を含んでなる細胞群であり、あるいはES 細胞やiPS細胞などによって例示される多能性幹細胞を分化させた後に得られる細胞群であって、所望する細胞以外に分化された細胞を含み得る細胞群である。本実施形態において、判別対象の細胞群は、生存状態にあることが好ましい。本発明において、細胞が生存状態にあるとは、代謝能を維持した状態の細胞を意味する。本発明は、細胞を本発明の方法に供し、判別方法の終了後においても、その生来の特性を失うことなく、生存状態のまま、特に分裂能を維持したまま、続く用途に用いることができる点で有利である。
【0044】
本発明の方法において、判別される「所望の細胞種」とは、miRNAの発現を指標として、他の細胞種と分類されるある一群の細胞をいう。特には、後に詳述するmiRNA活性について共通する特性を備えるある一群の細胞をいう。本発明においては、このようなmiRNAを指標として、他の細胞種と分類されるある一群の細胞を「同種の細胞」とも指称する。本発明の方法で判別される所望の細胞種は、1種であっても良く、2種以上、例えば、3種、4種、5種、6種、7種、または8種以上であってもよい。理論上、判別可能な細胞種は限定されるものではなく、本発明によれば、同時に100種以上の細胞種を判別することもできる。
【0045】
本発明において、「所望の細胞種を判別する」とは、2種以上の細胞を含む細胞群の中から、所望の、特定の1以上の細胞種について、他の細胞種と異なる検出可能な信号情報を提示することをいい、特には、視覚的に認識可能な情報を提示することをいうものとする。なお、視覚的に認識可能な情報とは、細胞が直接的に視認しうる信号を発することに限定されるものではなく、細胞が発した信号を、数値、図表又は画像等によって視覚的に認識可能な情報に変換された情報であり、当業者が視覚的に認識可能な情報をいう。本明細書において、判別するという文言には、当該判別の後に、所望の細胞種を認識し、所望の細胞種を識別し、所望の細胞種を同定し、所望の細胞種を分類し、所望の細胞種を単離し、所望しない細胞種を除去し、所望の細胞種の生死を判定し、所望の細胞種の特定の生物学的な信号を検出あるいは定量し、所望の細胞種の特定の物理的あるいは化学的な信号に基づいて分画することを含んでも良い。2種以上の細胞を含むことが未知であった細胞群が、本発明の方法を用いることによって異なる細胞種として判別することも、本発明において、所望の細胞種を判別することの一態様をなす。
【0046】
本実施形態による工程(1)において用いる、第1の人工mRNAは、第1実施形態において説明したmiRNA応答性ON-switch mRNAであって、蛋白質がマーカー蛋白質であるmiRNA応答性ON-switch mRNAである。本実施形態においては、miRNAに応答して蛋白質遺伝子が強制発現されるように機能する任意のmRNAを第1の人工mRNAと指称する。
【0047】
第1の人工mRNAの設計においては、マーカー遺伝子を発現させ、判別することを所望する対象細胞において特異的に発現するmiRNAを抽出し、これに適合するmiRNA標的部位を選択することができる。また、所望の判別の態様に適合するマーカー遺伝子を選択することができる。マーカー遺伝子の種類については、第1実施形態において詳述したものから選択することができる。好ましいマーカー遺伝子としては、定量的な判別が可能な蛍光蛋白質遺伝子が挙げられるが、特定のマーカー遺伝子には限定されない。本工程では、1種類の第1の人工mRNAのみを用いることもできるし、2種類以上の第1の人工mRNAを用いることもできる。後者の場合、複数の第1の人工mRNAは、miRNA標的部位、マーカー蛋白質ともに異なっていてもよいし、場合により、いずれかが同一であってもよい。第1の人工mRNAは、判別の態様により、当業者が適宜設計することができる。
【0048】
設計し、遺伝子工学的手法により調製された第1の人工mRNAは、第1実施形態において記載した方法にて、細胞群に導入することができる。このとき、第1の人工mRNAとレファレンスとなるmRNA(以下、レファレンスmRNAとも指称する)とを細胞群に導入することができる。レファレンスmRNAは、本実施形態の判別方法において、分離能(fold change)を上げるために用いることができるmRNAであって、miRNAの発現に特異的に、あるいは非特異的に、miRNA応答性ON-switch mRNAとは異なる挙動をするmRNAである。
【0049】
レファレンスmRNAは、例えば、第2のmiRNAの標的配列と機能的に連結した第2のマーカー遺伝子を含む第2の人工mRNAであってよい。第2の人工mRNAは、miRNAの発現量に応答して、前記第2のマーカー遺伝子の翻訳量を低減させる人工mRNAであって、特許文献1などに開示された、miRNA応答性OFF-switch mRNAである。この第2の人工mRNAにおいては、第2のmiRNAの標的配列が、前記第1のmiRNAの標的配列と同一のmiRNAにより特異的に認識される配列である。したがって、第1のmiRNAの標的配列と第2のmiRNAの標的配列とが必ずしも同じ配列である必要はないが、同一のmiRNAに応答することができる。また、第2のマーカー遺伝子は、前記第1のマーカー遺伝子と異なっており、これらのマーカー遺伝子が発現する信号は、分離、識別可能である。
【0050】
レファレンスmRNAは、他には、miRNAの標的配列を含まず、第3のマーカー遺伝子を含む第3の人工mRNAであってよい。第3の人工mRNAは、miRNAの発現量による影響を受けることなく、前記第3のマーカー遺伝子を翻訳する人工mRNAであって、特許文献1などに開示された、コントロールmRNAである。この第3の人工mRNAにおいては、第3のマーカー遺伝子が第1のマーカー遺伝子と異なっている。また、第3のマーカー遺伝子は、第2のマーカー遺伝子とも異なっている。
【0051】
本実施形態による判別方法は、第1の人工mRNAのみによって実施することもできるし、第1及び2の人工mRNAを併用することもできる。第1、第2及び第3の人工mRNAをすべて使用することもできる。さらには、第1、第2及び第3の人工mRNAを、それぞれ、複数種類ずつ使用することもできる。
【0052】
工程(1)において、2種類以上の第1の人工mRNAを用いる場合、及び/または第1の人工mRNAとレファレンスmRNAとを用いる場合には、複数のmRNAを細胞群に共導入することが好ましい。共導入した2以上のmRNAから発現するマーカー蛋白質の活性比は、細胞集団内において一定であるためである。この時の導入量は、導入される細胞群、導入するmRNA、導入方法および導入試薬の種類により異なり、所望の翻訳量を得るために当業者は適宜これらを選択することができる。レファレンスmRNAの導入量もまた、所望の翻訳量を得るために当業者は適宜これらを選択することができる。
【0053】
第1の人工mRNAが細胞に導入されると、細胞内では、細胞に所定のmiRNAがRISKとして存在する場合、第1の人工mRNAがコードするマーカー遺伝子の翻訳が開始される。そして、翻訳量の制御は、miRNA活性に応じて定量的になされる。一方、細胞に所定のmiRNAが存在しない場合、もしくは所定のmiRNAがRISKとして存在しない場合、第1の人工mRNAがコードするマーカー遺伝子は翻訳されない。したがって、所定のmiRNAがRISKとして存在する細胞と、存在しない細胞との間で、マーカー遺伝子の翻訳量が異なる。なお、本明細書において、所定のmiRNAがRISKとして存在する場合を、「miRNA活性が存在する場合」とも指称する。一方、第3の人工mRNA、すなわちコントロールmRNAは、miRNA活性に関係なくマーカー蛋白質を発現する。導入されても、miRNA標的配列が存在しないため、miRNA発現量に応じて翻訳制御されることがないためである。さらに、第2の人工mRNA、すなわちmiRNA応答性OFF-switch mRNAは、細胞に所定のmiRNAがRISKとして存在する場合、マーカー遺伝子の翻訳が抑制される。
【0054】
次いで、工程(2)マーカー遺伝子の翻訳量を指標として、細胞を判別する工程を実施する。この工程では、上記のようなマーカー遺伝子の翻訳量から、細胞を判別する。すなわち、所望の細胞種が、指標となるmiRNAの発現量が少ない細胞であり、マーカー遺伝子の翻訳量が少ない細胞を判別する工程、及び/または、前記所望の細胞種が、指標となるmiRNAの発現量が多い細胞であり、当該マーカー遺伝子の翻訳量が多い細胞を判別する工程とすることができる。このような指標となるmiRNAの発現量が少ない細胞、あるいは多い細胞は、2種以上の細胞を含む細胞群に属する細胞間で、マーカー遺伝子の翻訳量の比率を得ることにより決定することができる。
【0055】
具体的には、判別工程は、所定の検出装置を用いて、マーカー蛋白質からの信号を検出することにより実施することができる。検出装置としては、フローサイトメーター、イメージングサイトメーター、蛍光顕微鏡、発光顕微鏡、CCDカメラ等が挙げられるが、これらには限定されない。このような検出装置は、マーカー蛋白質及び判別の態様により、当業者が適したものを用いることができる。例えば、マーカー蛋白質が、蛍光蛋白質又は発光蛋白質の場合には、フローサイトメーター、イメージングサイトメーター、蛍光顕微鏡、CCDカメラといった検出装置を用いてマーカー蛋白質の定量が可能であり、マーカー蛋白質が、蛍光、発光又は呈色を補助する蛋白質の場合には、発光顕微鏡、CCDカメラ、ルミノメーターといった検出装置を用いたマーカー蛋白質の定量方法が可能であり、マーカー蛋白質が、膜局在蛋白質の場合には、抗体などの細胞表面蛋白質特異的な検出試薬と、上記の検出装置を用いたマーカー蛋白質の定量方法が可能である他、磁気細胞分離装置(MACS)といった、マーカー蛋白質の定量過程を経ない細胞の単離方法が可能であり、マーカー蛋白質が薬剤耐性遺伝子の場合、薬剤投与によりマーカー遺伝子の発現を検出して、生細胞を単離する方法が可能である。
【0056】
マーカー蛋白質が蛍光蛋白質の場合の好ましい検出方法の一例として、フローサイトメトリーが挙げられる。フローサイトメトリーは、個々の細胞において翻訳されたマーカー蛋白質である、蛍光蛋白質、発光酵素が発する光の強度を、判別の情報として提供することができる。
【0057】
本発明の第2実施形態の第1態様において、多能性幹細胞から分化誘導後の未分化細胞が混在する細胞集団における、所定の細胞群の分離、抽出について説明する。このとき、第1の人工mRNAは、例えば、多能性幹細胞特異的に発現するmiRNA標的配列を持つように設計することができる。細胞集団に当該第1の人工mRNAが導入されると、多能性幹細胞においては、当該miRNAの発現により、翻訳抑制配列が切断される。そして、第1のマーカー遺伝子が発現され、判別可能になる。一方、分化細胞内では、多能性幹細胞に特異的に発現するmiRNAがRISKとして存在しないので、翻訳抑制配列が切り離されることはなく、第1のマーカー遺伝子の翻訳は生じない。つまり、当該マーカー遺伝子の翻訳は、多能性幹細胞内のみにおいて行われる。従って、本願発明の一実施態様において、当該マーカー遺伝子が翻訳された細胞を抽出することで、多能性幹細胞から分化誘導後の未分化細胞が混在する細胞集団から多能性幹細胞のみを選択的に抽出することが可能となる。
【0058】
任意選択的に行ってもよい、当該マーカー遺伝子が翻訳された細胞を抽出する工程では、上記のような、マーカー遺伝子が翻訳され、マーカー蛋白質の発現が確認された細胞を多能性幹細胞として抽出する。具体的には、抽出工程は、所定の検出装置を用いて、マーカー蛋白質からの信号を検出することにより実施することができる。マーカー蛋白質からの信号の検出は、信号を数値化して定量してもよいし、信号の有無のみの検出でもよい。検出装置としては、フローサイトメーター、イメージングサイトメーター、蛍光顕微鏡、発光顕微鏡、CCDカメラ等が挙げられるが、これらには限定されない。このような検出装置は、マーカー蛋白質により、当業者が適したものを用いることができる。例えば、マーカー蛋白質が、蛍光蛋白質又は発光蛋白質の場合には、フローサイトメーター、イメージングサイトメーター、蛍光顕微鏡、CCDカメラといった検出装置を用いてマーカー蛋白質の発現の有無の確認、及び/または定量が可能である。マーカー蛋白質が、蛍光、発光又は呈色を補助する蛋白質の場合には、発光顕微鏡、CCDカメラ、ルミノメーターといった検出装置を用いたマーカー蛋白質の発現の有無の確認、及び/または定量方法が可能である。マーカー蛋白質が、膜局在蛋白質の場合には、抗体などの細胞表面蛋白質特異的な検出試薬と、上記の検出装置を用いたマーカー蛋白質の発現の有無の確認、及び/または定量方法が可能である他、磁気細胞分離装置(MACS)といった、マーカー蛋白質の定量過程を経ない細胞の単離方法が可能である。マーカー蛋白質が薬剤耐性蛋白質の場合、薬剤投与によりマーカー蛋白質の発現を検出して、生細胞を単離する方法が可能である。
【0059】
第2実施形態の第2態様によれば、多能性幹細胞から分化誘導後の未分化細胞が混在する細胞集団における、所定の細胞群の分離、抽出において、第1の人工mRNAと、第2の人工mRNAとを細胞集団に導入することができる。第1、及び第2の人工mRNAは、多能性幹細胞特異的に発現するmiRNA標的配列を持つように設計することができる。細胞集団に導入された第1の人工mRNAは、先の第1態様と同様の挙動を示す。一方、第2の人工mRNAが細胞集団に導入されると、多能性幹細胞においては、当該miRNAの発現により、第2のマーカー遺伝子の発現が抑制され、分化細胞においては、第2のマーカー遺伝子が発現される。したがって、第1のマーカー遺伝子を発現する細胞を多能性幹細胞、第2のマーカー遺伝子を発現する細胞を未分化細胞として、分離することができる。
【実施例
【0060】
以下に、本発明を、実施例を用いてより詳細に説明する。以下の実施例は本発明を限定するものではない。
【0061】
[実験]
[1.EGFPの配列をもつPCR産物の作製]
EGFPの配列は、EGFPをクローニングしたプラスミドからTAPEGFPIVTfwd, TAP IVTrevの2つの合成オリゴDNAでPCRしたのち、DpnI でプラスミドを分解処理することで取得した。5'UTRの配列はIVT 5prime UTR, Rev5UTRの合成オリゴDNAをハイブリダイズしたのち伸長させて作製した。3'UTRの配列はIVT 3prime UTR,Rev3UTR2T20 の2 本の合成オリゴDNAをハイブリダイズしたのち伸長させて作製した。作製したEGFPORF と5'UTR, 3'UTRを精製した後、混合してリン酸化処理を行ったTAP T7 G3C fwd,Rev3UTR2でPCRを行うことで連結し、PCR産物をpUC19 ベクターへクローニングし、UTRを含むEGFPを作製した(pUC19-EGFPfull)。以後、EGFPの配列はこのプラスミドからPCRすることで取得した。以下の表1に使用した合成オリゴDNAの配列を示す。
【0062】
【表1】

【0063】
作製したpUC19-EGFPfullをテンプレートにして、TAP T7 G3C fwd とmiRNAの相補配列をもつ以下の表2に示すプライマーを使用してPCR を行い、polyA とmiRNAの相補配列を付加した後、Dpn Iでプラスミドを消化した。
【0064】
【表2】
【0065】
[2.3' に付加配列を融合したDNAテンプレートの作製]
poly A 配列以下に付加することで翻訳を阻害する配列を探索するため、以下の配列を付加した。上記1.で作製したmiRNA応答配列をもつEGFPをテンプレートとして、最終的に3' 末端がM13 配列またはプラスミド上に相補配列のないRn2 配列のいずれかに統一するために、以下の表3に示す合成オリゴDNA をアダプターとして使用した。
【0066】
【表3】
【0067】
M13配列、またはRn2配列を繋ぎ目(アダプター配列)として、上記1.で作製したEGFPの配列をもつPCR産物と上記の合成オリゴDNA、様々な配列の合成オリゴDNAを混合し、PCRを行うことで様々な3'付加配列をもつ転写用のテンプレートを作製した。以下、作製に用いた3'付加配列の合成オリゴDNAと最終生成物(RNA)をpoly A 配列より下流のみ記載する。poly Uの長さは、下記表4には80のものを具体的に示すが、他に、poly Uの長さが20, 40, 60を作製した。点線の下線部はアダプターを示している。M13 を用いた場合はCAUGGUCAUAGCUGUUUCCUG、M13RV を用いた場合はCCGCUCACAAUUCCACA、Rn2 を用いた場合はGTTACATTGTGCCACGGAGTCGATC となる。テンプレート作製時に非特異的な副産物を防ぐために、3’末端に、GAAUUCUCGCAGCCCGAAGAからなる他の領域の配列と相補しない配列を付加している。
【0068】
poly U 配列 を付加したものを、下記の表4に示す。
【表4】
【0069】
長鎖RNA(500,1200nt 程度) を付加したもののpoly A 配列より下流の配列のみを、下記の表に示す。pGEM-T easy ベクターの領域を下記プライマーで増幅したものをfusion PCR で結合した。表5のRNA配列中、点線の下線部はアダプター配列である。

【表5】

【0070】
5'UTRの相補配列を付加したものを、下記の表6に示す。表6のRNA配列中、点線の下線部はアダプター配列であり、ボールド体は5'UTRとの相補配列であり、下線部はstem loopであり、3’末端は他の領域の配列と相補しない配列である。

【表6】
【0071】
[3.転写]
転写はMEGA shortscript TM T7 Transcription Kit(Thermo Fisher Scientific) を用いて添付のマニュアルに従って行った。ただし、CAP アナログのARCA をGTP に対し4:1 で加え、CTP, UTP の代わりに5-methyl-cytocine, pseudo-uridine を用い、転写スケールは10μL で行った。転写後、RNA は、DNase I (Thermo FisherScientific) および、rAPid alkaline phosphatase (Roche) を用いてテンプレートDNA の分解と脱リン酸化を行った。反応は、転写反応液10μL に対し、10 x rAPid alkaline phosphatase buffer 4μL, rAPid alkaline phosphatase1μL, Turbo DNase I 0.5μL, H2O 40μL を加え、30 分間37℃でインキュベートすることで行った。その後、RNA はRNAeasy MiniElute column (QIAgen) またはFavorPrep Blood/Cultured Cells total RNA extraction column (Favorgen Biotech) を用いて精製し、H2Oで溶出し、濃度測定後、最終的に100 ng/μL に調整後-20℃で保存した。
【0072】
[4.細胞内導入及び、蛍光の定量]
24 well プレートへ細胞を播種し(HeLa 0.5 x 105, 293FT1 x 105, iPSC (201B7) 1 x 105)、1日後、トランスフェクション前にメディウムを交換した。細胞内へのRNAのトランスフェクションはStemfect RNA Transfection kit(Stemgent)を用いて、添付のプロトコルに従って行った。使用したRNA量は、内部コントロールであるiRFP670のmRNA 100 ng、EGFPを発現するON switchのRNA 100 ng に対し、1μLのStemfect を用いた。導入から12-24 時間後、蛍光顕微鏡で観察した。その後、Trypsin-EDTA またはAccuMaxで細胞をプレートから剥がしてよく懸濁しメッシュに通して大きな塊を除去した。次いで、Accuri C6を用いて、iRFP670とEGFPの蛍光を定量し、最終的にEGFP/iRFP670の比で定量した。
【0073】
実験に用いたmiRNA応答性ON-switch mRNA (第1の人工mRNA)、miRNA応答性OFF-switch mRNA (第2の人工mRNA)、コントロールmRNA (第3の人工mRNA)の配列の名称及び配列番号を下記表7に示す。
【表7】
【0074】
[結果]
[1.poly U をmiR-21の相補配列で連結した場合のHeLa細胞または293FT細胞でのEGFPの発現の変化]
EGFPのpolyA の3'側にmiR-21の相補配列(Tg21)、またはmiR-21の相補配列をシャッフルした配列(N)を挟んで、polyU を付加したmRNAをHeLa細胞へ導入し、FlowcytometerでEGFPの蛍光とリファレンスであるiRFP670の蛍光を測定し、比を計算した(図2)。その結果、シャッフル配列を用いた場合は293FTとHeLa細胞で比の変化はほとんど見られなかったがmiR-21相補配列を用いた場合はHeLa細胞でのみEGFPの蛍光の増大が観察され、miR-21に応答して翻訳がONになることが示された。
【0075】
[2.5'UTR の相補配列をmiR-21の相補配列で連結した場合のHeLa細胞でのEGFPの発現量の変化]
EGFPのpoly A の3' 側にmiR-21の相補配列(Tg21)、またはmiR-21の相補配列をシャッフルした配列(N)を挟んで、pGEM-T easy 由来の配列を付加した場合、または5'UTRの相補配列を付加したmRNAを、iRFP670のmRNAとともに、miR-21が高発現しているHeLa細胞にトランスフェクションした場合のEGFPとiRFP670の発現量を2次元プロットした結果を図3に示す。この結果からN配列を用いた場合に比べ、miR-21の相補配列を含む場合、EGFPの発現量が上昇することが確認された。特に5'UTRの相補配列を付加した場合と、500ntの長い配列を付加した場合でNとTg21での差が大きくなり、集団が明瞭に分離されることが確認された。
【0076】
[3.HeLa細胞または293FT細胞内における、miR-21のmimic またはinhibitor に対する応答]
miR-21が高発現しているHeLa細胞と、発現していない293FT細胞を用いて、Tg21 配列を含むmRNAの応答を確認した。この際、HeLa細胞にはinhibitorを2pmol加えた場合と、inhibitor を加えない場合についてそれぞれ実験を行った。293FT細胞にはmimic を2pmol加えた場合とmimicを加えない場合について、それぞれ実験を行った。結果は、HeLa細胞についてはinhibitorを加えた場合と加えない場合と比較して示した(図4(a))。293FTについては mimicを加えた場合と加えない場合と比較して示した(図4(b))。その結果、Tg21配列が存在するmRNAは、HeLa細胞ではinhibitorを加えると発現が減少し、293FTではmimicを加えると発現量が増加し、いずれの場合も、miRNAに応答して発現量が増加することが確認された。
【0077】
[4.ONスイッチのリファレンスを利用した分離の改善]
miR-21のOFFスイッチのリファレンスとして使用しているiRFP670のmRNAの代わりにmiR-21応答型のiRFP670のONスイッチをリファレンスとして用いた。これにより、miR-21非存在下ではiRFP670の発現が抑制されるためEGFP/iRFP670の値が大きくなるため、miR-21発現細胞と非発現細胞の集団がより分離すると考えられる。2.で使用した5'UTRの相補配列を同様の方法でiRFP670 のmRNAに付加し、このmRNAとEGFPのmiR-21応答型OFF スイッチとをHeLa細胞、または293FT細胞へトランスフェクションした。結果を図5に示す。EGFPのmiR-21応答型OFF スイッチ単独に比べ、5'UTRの20ntまたは40ntの相補配列をもつiRFP670のmiR-21応答型ONスイッチを用いた場合、ON(HeLa細胞)とOFF(293FT細胞)でより差が開くことを確認した。
【0078】
[5.miR-302a-5pの相補配列を挿入したONスイッチによるiPS細胞の識別]
miR-21の相補配列をmiR-302a-5pの相補配列に交換することで、miR-302a-5pに応答してEGFPの発現が増加するmRNAを作製した。これを293FT細胞とiPS 細胞(201B7)へリファレンスのiRFP670のmRNAと共に導入し、蛍光の発現量をFlowcytometryで解析した。結果を図6に示す。miR-302a-5p の相補配列を含まないEGFPのcontrol mRNAでは293FT細胞とiPS細胞(201B7) の細胞集団が重なるが、miR-302a-5pの相補配列をもつONスイッチを使用した場合、iPS細胞で蛍光の増大が観察され293FT細胞と集団が分離した。 また、中央値でも293FT細胞に比べiPS細胞の方が、4倍程度値が大きくなることが確認され、ONスイッチを用いることで特定のmiRNAをもつ集団を特異的に識別できることが明らかとなった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【配列表】
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