(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-06
(45)【発行日】2022-06-14
(54)【発明の名称】反応性イオンプレーティング装置および方法
(51)【国際特許分類】
C23C 14/30 20060101AFI20220607BHJP
C23C 14/54 20060101ALI20220607BHJP
【FI】
C23C14/30 A
C23C14/54 C
(21)【出願番号】P 2018087107
(22)【出願日】2018-04-27
【審査請求日】2021-01-28
(73)【特許権者】
【識別番号】000192567
【氏名又は名称】神港精機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100168217
【氏名又は名称】大村 和史
(72)【発明者】
【氏名】寺山 暢之
【審査官】今井 淳一
(56)【参考文献】
【文献】特開昭52-010872(JP,A)
【文献】特開2013-060649(JP,A)
【文献】特開2008-063590(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/30
C23C 14/54
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
蒸発材料の粒子と反応性ガスの粒子とを反応させて当該蒸発材料の粒子と当該反応性ガスの粒子との化合物である反応膜を被処理物の表面に形成する反応性イオンプレーティング装置であって、
それ自体が接地され内部に前記被処理物が配置されるとともに当該内部が排気される真空槽、
前記真空槽の内部における前記被処理物の下方に配置され
るとともに接地され前記蒸発材料を収容する収容手段、
前記収容手段に収容されている前記蒸発材料を蒸発させる蒸発手段、
前記蒸発手段によって蒸発された前記蒸発材料の粒子をイオン化するイオン化手段、
前記真空槽の内部に一定の流量で前記反応
性ガスを供給するガス供給手段、および
前記真空槽の内部の圧力が一定となるように前記蒸発手段による前記蒸発材料の蒸発速度を制御する蒸発制御手段を備え
、
前記イオン化手段は、
前記真空槽の内部における前記収容手段と前記被処理物との間に配置され熱電子を放出する熱陰極、および
前記熱陰極から放出された前記熱電子を前記収容手段へ向けて加速させるための直流のイオン化電力を、当該収容手段を陽極とし当該熱陰極を陰極として当該収容手段と当該熱陰極とに供給するイオン化電力供給手段を含む、反応性イオンプレーティング装置。
【請求項2】
前記陽極
としての前記収容手段に流れる電流が一定となるように前記熱陰極による前記熱電子の放出量を制御する熱電子量制御手段をさらに備える、請求項
1に記載の反応性イオンプレーティング装置。
【請求項3】
イオン化された前記蒸発
材料の粒子を前記被処理物の表面に入射させるためのバイアス電力を当該被処理物に供給するバイアス電力供給手段をさらに備える、請求項1
または2に記載の反応性イオンプレーティング装置。
【請求項4】
前記反応膜として絶縁性被膜を形成する、請求項1から3のいずれかに記載の反応性イオンプレーティング装置。
【請求項5】
蒸発材料の粒子と反応性ガスの粒子とを反応させて当該蒸発材料の粒子と当該反応性ガスの粒子との化合物である反応膜を被処理物の表面に形成する反応性イオンプレーティング方法であって、
それ自体が接地され内部に前記被処理物が配置されるとともに当該内部が排気される真空槽の当該内部において、当該被処理物の下方に配置され
るとともに接地された収容手段に収容されている前記蒸発材料を蒸発させる蒸発ステップ、
前記蒸発ステップにより蒸発された前記蒸発材料の粒子をイオン化するイオン化ステップ、
前記真空槽の内部に一定の流量で前記反応
性ガスを供給するガス供給ステップ、および
前記真空槽の内部の圧力が一定となるように前記蒸発ステップによる前記蒸発材料の蒸発速度を御する蒸発制御ステップを含
み、
前記イオン化ステップは、
前記真空槽の内部における前記収容手段と前記被処理物との間に配置された熱陰極から熱電子を放出させる熱電子放出ステップ、および
前記熱陰極から放出された前記熱電子を前記収容手段へ向けて加速させるための直流のイオン化電力を、当該収容手段を陽極とし当該熱陰極を陰極として当該収容手段と当該熱陰極とに供給するイオン化電力供給ステップを含む、反応性イオンプレーティング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、反応性イオンプレーティング装置および方法に関し、特に、蒸発材料の粒子と反応性ガスの粒子とを反応させて当該蒸発材料の粒子と当該反応性ガスの粒子との化合物である反応膜を被処理物の表面に形成する、反応性イオンプレーティング装置および方法に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の反応性イオンプレーティング装置および方法においては、目的物である反応膜を良好な再現性(つまり一定の品質)で形成するために、当該反応膜の形成速度(いわゆる成膜レート)が一定となるように、適宜の制御を行うことが、肝要である。たとえば、特許文献1には、成膜速度検出手段としての水晶振動子式の膜厚モニタにより反応膜の形成速度が検出され、この膜厚モニタによる検出値が一定となるように、蒸発材料の蒸発速度が制御される技術が、開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、前述の如く成膜速度検出手段としての水晶振動子式の膜厚モニタを用いる特許文献1に開示された技術では、膜厚が比較的に大きい、たとえば当該膜厚が5μm以上の、反応膜を良好な再現性で形成することができない、という問題がある。すなわち、特許文献1に開示された技術では、膜厚モニタの水晶振動子に付着した反応膜の膜厚が大きくなると、当該反応膜が自身の内部応力によって剥離し易くなる。そして、膜厚モニタの水晶振動子に付着した反応膜が剥離すると、当該膜厚モニタは、水晶振動子の寿命が尽きたいわゆるクリスタルフェイルの状態となる。そうなると、膜厚モニタにより反応膜の形成速度を検出することが不可能となり、この結果、当該反応膜の形成速度を一定となるための制御が不可能となる。ゆえに、このような水晶振動子式の膜厚モニタを用いる特許文献1に開示された技術では、膜厚が比較的に大きい反応膜を良好な再現性で形成することができない。なお、目的物が単一の元素から成る単一元素膜である場合には、当該単一元素膜が膜厚モニタの水晶振動子に付着したとしても剥離し難いので、このような問題は生じない。
【0005】
そこで、本発明は、膜厚が大きい反応膜を良好な再現性で形成することができる新規な反応性イオンプレーティング装置および方法を提供することを、目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この目的を達成するために、本発明は、反応性イオンプレーティング装置に係る第1の発明と、反応性イオンプレーティング方法に係る第2の発明とを、含む。
【0007】
このうちの第1の発明は、蒸発材料の粒子と反応性ガスの粒子とを反応させて当該蒸発材料の粒子と当該反応性ガスの粒子との化合物である反応膜を被処理物の表面に形成する反応性イオンプレーティング装置であって、真空槽を備える。この真空槽の内部には、被処理物が配置される。そして、真空槽の内部は、排気される。また、真空槽自体は、接地される。さらに、本第1の発明は、収容手段、蒸発手段、イオン化手段、ガス供給手段、および蒸発制御手段を備える。収容手段は、真空槽の内部における被処理物の下方に配置され、蒸発材料を収容する。また、収容手段は、接地される。蒸発手段は、収容手段に収容されている蒸発材料を蒸発させる。イオン化手段は、蒸発手段により蒸発された蒸発材料の粒子をイオン化する。ガス供給手段は、真空槽の内部に一定の流量で反応性ガスを供給する。そして、蒸発制御手段は、真空槽の内部の圧力が一定となるように、蒸発手段による蒸発材料の蒸発速度を制御する。
【0008】
なお、イオン化手段は、熱陰極、陽極、およびイオン化電力供給手段を含む。熱陰極は、真空槽の内部における収容手段と被処理物との間に配置され、熱電子を放出する。陽極は、真空槽の内部において、熱陰極と隔てて配置される。そして、イオン化電力供給手段は、熱陰極から放出された熱電子を陽極へ向けて加速させるための直流のイオン化電力を、当該熱陰極と陽極とに供給する。
【0009】
ここで言う陽極は、収容手段によって構成される。言い換えれば、収容手段は、陽極として機能し、つまり当該陽極として兼用される。
【0010】
本第1発明においては、さらに、熱電子量制御手段が備えられてもよい。この熱電子量制御手段は、陽極としての収容手段に流れる電流が一定となるように、熱陰極による熱電子の放出量を制御する。
【0011】
加えて、本第1発明においては、バイアス電力供給手段が備えられてもよい。このバイアス電力供給手段は、イオン化された蒸発材料の粒子を被処理物の表面に入射させるためのバイアス電力を、当該該被処理物に供給する。また、本第1発明は、反応膜として絶縁性被膜を形成するイオンプレーティング装置に適用されてもよい。
【0012】
本発明のうちの第2の発明は、蒸発材料の粒子と反応性ガスの粒子とを反応させて当該蒸発材料の粒子と当該反応性ガスの粒子との化合物である反応膜を被処理物の表面に形成する反応性イオンプレーティング方法であって、蒸発ステップを含む。この蒸発ステップでは、それ自体が接地され内部に被処理物が配置されるとともに当該内部が排気される真空槽の当該内部において、当該被処理物の下方に配置されるとともに接地された収容手段に収容されている蒸発材料を蒸発させる。さらに、本第2の発明は、イオン化ステップ、ガス供給ステップ、および蒸発制御ステップを含む。イオン化ステップでは、蒸発ステップにより蒸発された蒸発材料の粒子をイオン化する。ガス供給ステップでは、真空槽の内部に一定の流量で反応性ガスを供給する。そして、蒸発制御ステップでは、真空槽の内部における所定の箇所の圧力が一定となるように、蒸発ステップによる蒸発材料の蒸発速度を制御する。加えて、イオン化ステップは、熱電子放出ステップ、およびイオン化電力供給ステップを含む。イオン化ステップでは、真空槽の内部における収容手段と被処理物との間に配置された熱陰極から熱電子を放出させる。そして、イオン化電力供給ステップでは、熱陰極から放出された熱電子を収容手段へ向けて加速させるための直流のイオン化電力を、当該収容手段を陽極とし、熱陰極を陰極として、これら収容手段と熱陰極とに供給する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、反応性イオンプレーティング装置および方法において、膜厚が大きい反応膜を良好な再現性で形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、本発明の第1実施例に係るイオンプレーティング装置の概略構成を示す図である。
【
図2】
図2は、第1実施例において、蒸発材料としてのチタンが蒸発している状態にある真空槽内の圧力と当該真空槽内に供給される反応性ガスとしての窒素ガスの流量と蒸発手段としての電子銃のエミッション電流との関係を示す図である。
【
図3】
図3は、第1実施例における真空槽内に供給される窒素ガスの流量に対する蒸発材料としてのチタンの蒸発速度および反応膜としての窒化チタン膜の形成速度の関係を示す図である。
【
図4】
図4は、第1実施例における窒化チタン膜の再現性についての実験結果の一覧を示す図である。
【
図5】
図5は、第1実施例における実験結果のうちチタンの蒸発量および窒化チタン膜の膜厚をグラフで示す図である。
【
図6】
図6は、第1実施例における実験結果のうち成膜処理時の処理温度および窒化チタン膜の硬度をグラフで示す図である。
【
図7】
図7は、第1実施例における実験結果のうち窒化チタン膜の色調をグラフで示す図である。
【
図8】
図8は、第1実施例における実験によって形成された窒化チタン膜のX線回折法による分析結果を示す図である。
【
図9】
図9は、本発明の第2実施例において、蒸発材料としてのイットリウムが蒸発している状態にある真空槽内の圧力と当該真空槽内に供給される反応性ガスとしての酸素ガスの流量と電子銃のエミッション電流との関係を示す図である。
【
図10】
図10は、第2実施例における真空槽内に供給される酸素ガスの流量に対する反応膜としてのイットリア膜の形成速度の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
[第1実施例]
本発明の第1実施例について、
図1~
図8を参照して説明する。
【0016】
本第1実施例に係る反応性イオンプレーティング装置10は、
図1に示されるように、概略円筒状の真空槽12を備える。この真空槽12は、機械的強度が比較的に大きく、かつ、高耐食性および高耐熱性の金属、たとえばSUS304などのステンレス鋼、によって形成される。この真空槽12自体、つまり当該真空槽12の壁部は、接地される。なお、真空槽12内の直径(内径)は、たとえば約700mmである。また、真空槽12内の高さ寸法は、たとえば約1000mmである。そして、真空槽12の上部は、当該真空槽12の機械的強度の向上などのために、上方へ凸の概略ドーム状に形成される。
【0017】
さらに、真空槽12の壁部の適宜位置に、たとえば底部に、排気口12aが設けられる。この排気口12aは、真空槽12の外部において、排気管14を介して排気手段としての真空ポンプ16に結合される。真空ポンプ16としては、たとえば拡散ポンプ、ターボ分子ポンプまたはクライオポンプが採用されるが、これに限定されない。
【0018】
真空槽12内に注目すると、当該真空槽12内における底部寄りの位置に、蒸発源18が配置される。この蒸発源18は、収容手段としての概略カップ状(詳しくは上部が開口された概略円筒状)の坩堝20と、270°偏向型の電子銃22と、を有する。このうちの坩堝20は、たとえば銅(Cu)製であり、後述する反応膜の材料となる蒸発材料24を収容する。なお、詳しい図示は省略するが、坩堝20内には、当該坩堝20内に合わせた形状および寸法のハースライナが設けられる。そして、このハースライナ内に、蒸発材料24が収容される。このようなハースライナは、高融点の金属、たとえばタンタル(Ta)、によって形成される。
【0019】
一方、電子銃22は、坩堝20(ハースライナ)内に収容された蒸発材料24を加熱して蒸発させる蒸発手段の一例であり、厳密には真空槽12の外部に設けられた電子銃用電源装置26と協働して当該蒸発手段を構成する。すなわち、電子銃22は、電子銃用電源装置26からの電力の供給を受けて電子ビーム22aを発生する。この電子ビーム22aは、270°の偏向を掛けられ、坩堝20内の蒸発材料24に照射される。これにより、蒸発材料24が加熱されて蒸発する。なお、電子銃22の出力Wgは、たとえば最大で10kWである。また、
図1においては便宜上、電子銃用電源装置26からの電力が蒸発源18の筐体に供給されるように示されているが、実際には、当該電子銃用電源装置26からの電力は電子銃22に供給される。さらに、詳しい図示は省略するが、蒸発源18は、坩堝20の過熱を防ぐための水冷式の冷却機構を備えている。この蒸発源18の筐体は、坩堝20を含め、接地される。
【0020】
このような蒸発源18の上方に、被処理物としての基板28が配置される。この基板28は、その表面を、厳密には後述する反応膜が形成される被処理面を、蒸発源18に向けた状態で、とりわけ坩堝20の開口部に向けた状態で、保持手段としての基板台30によって保持される。なお、基板28の被処理面から蒸発源18までの距離、厳密には坩堝20の開口部までの距離は、当該基板28の被処理面の形状や寸法などの諸状況にもよるが、たとえば250mm~700mmである。
【0021】
基板台30は、真空槽12の外部において、バイアス電力供給手段としての基板バイアス電源装置32に接続される。基板バイアス電源装置32は、バイアス電力としての基板バイアス電力Wbを基板台30に供給する。この基板バイアス電力Wbは、その電圧成分である基板バイアス電圧Vbが、接地電位を基準とする正電位のハイレベル電圧と、当該接地電位を基準とする負電位のローレベル電圧と、に交互に遷移する、いわゆるバイポーラパルス電力である。この基板バイアス電圧Vbのハイレベル電圧は、一定であり、たとえば接地電位を基準として+37Vである。一方、基板バイアス電圧Vbのローレベル電圧は、任意に変更可能であり、このローレベル電圧によって、当該基板バイアス電圧Vbの平均値(直流換算値)が任意に調整される。さらに、基板バイアス電力Wbの周波数もまた、たとえば50kH~250kHの範囲内で任意に変更可能である。そして、基板バイアス電力Wbのデューティ比(基板バイアス電圧Vbの1周期のうち当該基板バイアス電圧Vbがハイレベル電圧となる期間の比率)も、任意に変更可能である。ここでは、基板バイアス電力Wbの周波数は、たとえば100kHzとされ、当該基板バイアス電力Wbのデューティ比は、たとえば30%とされる。
【0022】
さらに、蒸発源18と基板台30との間であって当該蒸発源18寄りの位置に、換言すれば坩堝20の開口部の少し上方の位置に、熱陰極としての熱電子放出用のフィラメント34が配置される。具体的には、このフィラメント34は、たとえば直径が1mmのタングステン(W)製の線状体であり、坩堝20の開口部から上方へ10mm~90mmほど離れた位置において、水平方向に延伸するように設けられる。なお厳密に言えば、フィラメント34は、その表面積を増大させて、後述する熱電子を効率よく放出するべく、螺旋状に形成されている。この螺旋状に形成されたフィラメント34の螺旋径は、たとえば6mmであり、巻き数は、たとえば10(ターン)であり、当該螺旋状に形成された部分の長さ寸法は、たとえば40mmである。
【0023】
このフィラメント34の両端部は、真空槽12の外部において、熱陰極加熱用電力供給手段としてのフィラメント加熱用電源装置36に接続される。フィラメント加熱用電源装置36は、フィラメント加熱電力Wfとしての交流電力をフィラメント34に供給する。このフィラメント加熱電力Wfの供給を受けて、フィラメント34は、加熱されて熱電子を放出する。なお、フィラメント加熱用電源装置36の容量は、たとえば最大で2.4kW(=40V×60A)である。このフィラメント加熱電力Wfは、交流電力ではなく、直流電力であってもよい。いずれにしても、フィラメント加熱用電源装置36は、フィラメント34から熱電子が放出されるのに十分な程度に、たとえば2000℃~2500℃程度に、当該フィラメント34を加熱することができればよい。また、フィラメント34は、タングステン製に限らず、モリブデン(Mo)やタンタルなどの当該タングステン以外の高融点金属製であってもよい。
【0024】
加えて、フィラメント34の一方端部は、真空槽12の外部において、イオン化電力供給手段としてのイオン化電源装置38に接続される。このイオン化電源装置38は、接地された蒸発源18を陽極とし、フィラメント34を陰極として、これら両者に直流のイオン化電力Wdを供給する。このイオン化電源装置38の容量は、たとえば最大で9kW(=60V×150A)である。
【0025】
また、イオン化電源装置38と接地との間に、イオン電流検出手段としての電流検出装置40が設けられる。この電流検出装置40は、イオン化電力Wdの電流成分、つまりイオン化電源装置38を介して流れる言わばイオン化電流Idを、検出する。この電流検出装置40によるイオン化電流Idの検出値は、熱電子量制御手段としての加熱制御装置42に与えられる。加熱制御装置42は、電流検出装置40によるイオン化電流Idの検出値が一定となるように、つまり当該イオン化電流Idが一定となるように、フィラメント加熱用電源装置36を制御する。これにより、フィラメント34の加熱温度、つまりは当該フィラメント34による熱電子の放出量が、適宜に調整される。
【0026】
さらに、真空槽12内におけるフィラメント34と基板台30との間に、詳しくはフィラメント34寄りの位置に、シャッタ44が設けられる。このシャッタ44は、不図示のシャッタ駆動機構によって、基板28の被処理面を坩堝20の開口部へ向けて露出させる開放状態と、当該基板28の被処理面を坩堝20の開口部から遮蔽する閉鎖状態と、に選択的に遷移する。このシャッタ44は、機械的強度が比較的に大きく、かつ、高耐食性および高耐熱性であり、併せて、非磁性の金属、たとえばSUS304などのステンレス鋼、によって形成される。また、シャッタ44は、真空槽12などの他の構成要素と電気的に絶縁された状態にあり、つまり電気的に浮遊した状態(フローティング状態)にある。なお、シャッタ44(の下面)から坩堝20の開口部までの距離は、たとえば約100mmである。
【0027】
そして、真空槽12の壁部の適宜位置、たとえばシャッタ44よりも上方であって基板台30よりも下方の位置に、当該真空槽12内に放電洗浄用ガスおよび反応性ガスを供給するためのガス供給管46が設けられる。詳しい図示は省略するが、このガス供給管46は、その先端部側にガス噴出孔を有しており、当該先端部側を真空槽12内に位置させ、他端部側を真空槽12の外部に位置させた状態で、設けられる。そして、このガス供給管46の他端部側は、真空槽12の外部において、放電洗浄用ガスを流通させるための放電洗浄用ガス流通管48と、反応性ガスを流通させるための反応性ガス流通管50とに、結合される。放電洗浄用ガス流通管48は、不図示の放電洗浄用ガス供給源に結合される。そして、この放電洗浄用ガス流通管48には、当該放電洗浄用ガス流通管48内を開閉するための開閉手段としての開閉バルブ48aが設けられる。併せて、放電洗浄用ガス流通管48には、当該放電洗浄用ガス流通管48内を流通する放電洗浄用ガスの流量を制御するための流量制御手段としてのマスフローコントローラ48bが設けられる。一方、反応性ガス流通管50は、不図示の反応性ガス供給源に結合される。そして、この反応性ガス流通管50にも、放電洗浄用ガス流通管48と同様、開閉手段としての開閉バルブ50aと、流量制御手段としてのマスフローコントローラ50bと、が設けられる。なお、ガス供給管46および反応性ガス流通管50を含め、真空槽12内への反応性ガスの供給を担う構成要素は、ガス供給手段の一例である。
【0028】
加えて、真空槽12内の適宜の位置、たとえば基板台30の近傍の位置に、圧力計52のゲージ部(測定部)52aが配置されるように、圧力検出手段としての当該圧力計52が設けられる。この圧力計52は、真空槽12内の圧力、厳密にはゲージ部52aの位置における圧力Pを、測定する。このような圧力計52としては、たとえば電離真空計またはペニング真空計が採用される。また、ゲージ部52aの位置は、基板台30の近傍に限らず、後述する蒸発粒子や反応膜などによる汚染の影響の少ない位置であればよい。なお、圧力計52の本体は、真空槽12の外部に設けられる。
【0029】
圧力計52による圧力Pの測定値は、真空槽12の外部にある蒸発制御手段としての蒸発量制御装置54に与えられる。蒸発量制御装置54は、圧力計52による圧力Pの測定値が一定となるように、つまり当該圧力Pが一定となるように、蒸発源18による蒸発材料24の蒸発速度を制御し、詳しくは電子銃用電源装置26を介して電子銃22の出力Wgを制御する。なお、蒸発量制御装置54は、電子銃用電源装置26または圧力計52に組み込まれてもよい。
【0030】
さらに、図示は省略するが、真空槽12内の適宜の位置に、基板28を含む当該真空槽12内を加熱するための加熱手段としての適当なヒータが設けられる。このヒータとしては、カーボンヒータ、ランプヒータ、シーズヒータ、セラミックヒータなどがある。そして、ヒータは、真空槽12の外部にあるヒータ加熱用電源装置からのヒータ加熱用電力の供給を受けることで、基板28を含む真空槽12内を適宜に加熱する。
【0031】
このような構成の本第1実施例に係る反応性イオンプレーティング装置10によれば、目的物として反応膜を形成することができ、たとえば硬質の導電性被膜である窒化チタン(TiN)膜を形成することができる。
【0032】
そのためにまず、蒸発材料24としての高純度の固体のチタン(Ti)が坩堝20に収容される。この蒸発材料24としてのチタンは、たとえば一辺が2cm角程度の板状のもの、あるいは直径が3mm~5mm程度の粒状のものであるが、これに限定されない。併せて、基板台30に基板28が取り付けられる。そして、真空槽12が密閉された上で、真空ポンプ16により当該真空槽12内が10-3Pa程度にまで排気され、いわゆる真空引きが行われる。また、真空引きと同時に、前述のセラミックヒータによって基板28を含む真空槽12内を加熱するための加熱処理が行われ、たとえば当該基板28が200℃程度に加熱される。
【0033】
この真空引きおよび加熱処理がたとえば2時間にわたって行われた後、基板28の被処理面を洗浄するための放電洗浄(イオンボンバード)処理が行われる。具体的には、シャッタ44が閉鎖された状態で、真空槽12内に放電洗浄用ガスとしてのアルゴン(Ar)ガスが供給される。そして、真空槽12内の圧力Pが、たとえば0.07(=7×10-2)Paに維持される。さらに、フィラメント34にフィラメント加熱電力Wfが供給される。これにより、フィラメント34が加熱されて、当該フィラメント34から熱電子(1次電子)が放出される。併せて、フィラメント34にイオン化電力Wdが供給される。すなわち、フィラメント34を陰極とし、蒸発源18を陽極として、これら両者にイオン化電力Wdが供給される。すると、陰極としてのフィラメント34から放出された熱電子が、陽極としての蒸発源18に向かって、とりわけフィラメント34に近い位置にある坩堝20に向かって、加速される。この加速された熱電子は、アルゴンガスの粒子と非弾性衝突する。これにより、アルゴンガスの粒子が電離して、イオン化される。そして、このイオン化によって、アルゴンガスの粒子(の最外殻)から電子(2次電子)が弾き飛ばされ、この弾き飛ばされた電子は、陽極としての坩堝20に流れ込む。この現象が継続されることで、イオン化されたアルゴンガスの粒子、つまりアルゴンイオン、を含むプラズマが発生する。このプラズマの態様は、低電圧大電流のアーク放電である。
【0034】
このとき、イオン化電力Wdの電圧成分であるイオン化電圧Vdは、40Vに設定される。そして、イオン化電力Wdの電流成分であるイオン化電流Idが30Aになるように、フィラメント加熱電力Wfが制御され、つまりフィラメント34による熱電子の放出量が制御される。なお、イオン化電流Idは、陽極としての坩堝20に流れ込む電流を表し、つまりプラズマ中のイオン(ここではアルゴンイオン)の量に相関(比例)する。
【0035】
このアーク放電によるプラズマが安定すると、詳しくはイオン化電流Idの変動量が予め定められた範囲内に落ち着くと、続いて、基板台30に基板バイアス電力Wbとしての前述のバイポーラパルス電力が供給される。このとき、基板バイアス電力Wbの電圧成分である基板バイアス電圧Vbの平均値がたとえば-500Vとなるように、当該基板バイアス電圧Vb(ローレベル電圧)が調整される。その上で、シャッタ44が開放される。すると、プラズマ中のアルゴンイオンが、基板28側へ引き付けられ、当該基板28の被処理面に入射される。その衝撃によって、基板28の被処理面が洗浄され、つまり放電洗浄処理を施される。
【0036】
この放電洗浄処理がたとえば10分間にわたって行われた後、窒化チタン膜を形成するための成膜処理が行われる。まず、シャッタ44が閉鎖される。併せて、真空槽12内へのアルゴンガスの供給が停止される。その上で、反応性ガスとしての窒素(N2)ガスが、真空槽12内に供給される。そして、真空槽12内の圧力が、たとえば0.07Paに維持される。さらに、蒸発源18の電子銃22が通電される。これにより、電子銃22から電子ビーム22aが発射され、この電子ビーム22aは、坩堝20内の蒸発材料24に照射される。この電子ビーム22aの照射を受けて、蒸発材料24は、加熱されて溶融し、さらに蒸発する。このとき、フィラメント34には、フィラメント加熱電力Wfが供給されており、また、イオン化電力Wdが供給されている。したがって、前述の放電洗浄処理時と同様、フィラメント34から放出された熱電子は、陽極としての坩堝20に向かって加速される。そして、加速された電子は、蒸発材料24の蒸発粒子と非弾性衝突する。これにより、蒸発材料24の蒸発粒子が電離して、イオン化される。さらに、このイオン化によって、蒸発材料24の蒸発粒子から電子が弾き飛ばされ、この弾き飛ばされた電子は、陽極としての坩堝20に流れ込む。これと並行して、フィラメント34から坩堝20に向かって加速された電子は、窒素ガスの粒子にも非弾性衝突する。これにより、窒素ガスの粒子が電離して、イオン化される。そして、このイオン化によって、窒素ガスの粒子から電子が弾き飛ばされ、この弾き飛ばされた電子は、坩堝20に流れ込む。この現象が継続されることで、改めてアーク放電によるプラズマが発生する。
【0037】
このとき、イオン化電力Wdの電圧成分であるイオン化電圧Vdは、50Vに設定される。そして、イオン化電力Wdの電流成分であるイオン化電流Idが70Aになるように、フィラメント加熱電力Wfが制御される。さらに、基板バイアス電力Wbについては、前述の基板バイアス電圧Vbの平均値が約-600Vとなるように、調整される。
【0038】
このアーク放電によるプラズマが安定すると、つまり前述の如くイオン化電流Idの変動量が予め定められた範囲内に落ち着くと、続いて、シャッタ44が開放される。すると、イオン化された蒸発材料24の蒸発粒子、つまりチタンイオンと、イオン化された窒素ガスの粒子、つまり窒素イオンとが、基板28の被処理面に入射される。この結果、基板28の被処理面に、チタンイオンを含むチタン粒子と窒素イオンを含む窒素粒子との化合物である窒化チタン膜が形成される。
【0039】
この成膜処理は、所望の膜厚の窒化チタン膜が形成されるまで継続され、その後、シャッタ44が閉鎖されることで、終了される。そして、電子銃22への通電が停止される。併せて、真空槽12内への窒素ガスの供給が停止される。また、基板28への基板バイアス電力Wbの供給が停止される。さらに、フィラメント34へのフィラメント加熱電力Wfの供給が停止されるとともに、当該フィラメント34へのイオン化電力Wdの供給が停止される。これにより、プラズマが消失する。そして、改めて真空槽12内が真空引きされ、この状態で、30分間程度の適当な冷却期間が置かれた後、当該真空槽12内の圧力が徐々に大気圧にまで戻される。その上で、真空槽12内が開放されて、当該真空槽12内から基板28が取り出される。これをもって、窒化チタン膜を形成するための成膜処理を含む一連の表面処理が終了する。
【0040】
ここで、窒化チタン膜の組成(形成メカニズム)について、化学量論的に考察する。
【0041】
すなわち、蒸発したチタン粒子と窒素ガスの粒子とがイオン化を経て窒化チタン膜を組成する際の化学反応式は、次の式1によって表される。
【0042】
《式1》
2Ti+N2→2TiN
この式1を踏まえて、たとえば蒸発材料24としてのチタンの蒸発速度が1g/minであるときに、この蒸発したチタン粒子の全てが窒素ガスの粒子と反応して窒化チタン膜が形成される、と仮定する。この場合、必要な窒素ガスの流量Q[N2]は、次の数1から、Q[N2]≒234mL/minと見積もられる。なお、数1において、NAは、アボガドロ定数(NA≒6.02×1023)である。そして、M[Ti]は、チタンの原子量(M[Ti]≒47.867)である。また、1/2という値は、反応に必要なチタン原子に対する窒素分子の比である。そして、V0は、1モルの理想気体の体積(V0≒22.4×103mL)である。
【0043】
《数1》
Q[N2]={(NA/M[Ti])・(1/2)}/(NA/V0)
={(1/2)・V0}/M[Ti]
本第1実施例に係る反応性イオンプレーティング装置10において、このような理想的な化学反応が起きている、と仮定すると、窒素ガスの流量Q[N2]が一定であれば、蒸発材料24としてのチタンの蒸発速度によって、窒化チタン膜の形成速度を制御することができる、と考えられる。その一方で、窒素ガスの粒子がチタン粒子と反応すると、その分、真空槽12内の圧力Pが下がる。このことから、真空槽12内の圧力Pは、チタン粒子と反応する窒素ガスの粒子の数と相関し、つまり窒化チタン膜の形成に寄与する当該窒素ガスの粒子の数と相関する、と考えられる。そして、これらのことを総合すると、窒素ガスの流量[N2]を一定とした状態で、真空槽12内の圧力Pが一定となるように、蒸発材料24としてのチタンの蒸発速度を制御すれば、窒化チタン膜の形成速度を一定に維持することができる、と考えられる。
【0044】
このことを検証するために、まず、真空槽12内の圧力Pと、当該真空槽12内に供給される窒素ガスの流量Q[N
2]と、蒸発材料24としてのチタンの蒸発速度に相関する電子銃22の出力Wgと、の関係を確認する実験を行った。その結果を、
図2に示す。なお、この実験においては、坩堝20(ハースライナ)として、直径が80mm、深さ寸法が20mmのものを用いた。そして、この坩堝20の開口部からフィラメント34までの距離を70mmとした。さらに、電子銃22の加速電圧Vgを9kV(一定)とし、エミッション電流Igを440mA、540mAおよび640mAとすることで、当該電子銃22の出力Wgを3.96kW(=9kV×440mA)、4.86kW(=9kV×540mA)および5.76kW(=9kV×640mA)とした。そして、イオン化電圧Vdを50V(一定)とし、イオン化電流Idが70Aとなるように、フィラメント加熱電力Wfを制御した。ただし、基板バイアス電力Wbについては、非供給とした。因みに、
図2においては、エミッション電流Igにより、電子銃22の出力Wgを表している。また、
図2に示される窒素ガスの流量Q[N
2]の値は、真空ポンプ16による排気分を差し引いたものであり、チタン粒子との反応に寄与する言わば正味の反応成分の値である。ここで言う真空ポンプ16による排気分は、当該真空ポンプの特性(排気速度-真空度特性)から、流量に換算して約10mL/minである。加えて、
図2に示される圧力Pの値、つまり圧力計52による当該圧力Pの測定値は、窒素ガスによる圧力(ガス圧)成分の値であり、蒸発材料24としてのチタンの蒸発粒子による圧力(蒸気圧)成分の値を含まない。
【0045】
この
図2に示される実験結果によれば、チタン粒子との反応に寄与する窒素ガスの流量Q[N
2]は、電子銃22の出力Wg(エミッション電流Ig)に拘らず、つまり蒸発材料24としてのチタンの蒸発速度に拘らず、おおよそ真空槽12内の圧力Pが0.06Pa以上の領域で飽和する。そして、電子銃22の出力Wgが大きいほど、つまり蒸発材料24としてのチタンの蒸発速度が大きいほど、真空槽12内の圧力Pを一定にするための窒素ガスの流量Q[N
2]が大きくなる。言い換えれば、蒸発材料24としてのチタンの蒸発速度が大きいほど、これに見合った速度で窒化チタン膜を形成するべく、多量の窒素ガスが必要になることが、分かる。
【0046】
続いて、実際に窒化チタン膜を形成するための成膜処理を行い、このときの窒素ガスの流量Q[N
2]に対する蒸発材料24としてのチタンの蒸発速度および当該窒化チタン膜の形成速度の関係を確認する実験を行った。その結果を、
図3に示す。なお、この実験においては、坩堝20の開口部と基板28の被処理面との相互間距離を630mmとした。そして、イオン化電圧Vdを50V(一定)とし、イオン化電流Idが70Aとなるように、フィラメント加熱電力Wfを制御した。また、基板バイアス電力Wbについては、その電圧成分である基板バイアス電圧Vbの平均値を-600Vとした。さらに、電子銃22の加速電圧Vgを9kV(一定)とし、真空槽12内の圧力Pが0.07Pa(一定)となるように、当該電子銃22のエミッション電流Igを制御した。このときのエミッション電流Igは、320mA~660mAの範囲で変動し、つまり電子銃22の出力Wgに換算して2.88kW(=9kV×320mA)~5.94kW(=9kV×660mA)の範囲で変動した。そして、この条件による成膜処理を、30分間にわたって行った。因みに、
図3に示される窒素ガスの流量[N
2]の値は、真空ポンプ16による排気分を含む。したがって、この
図3に示される窒素ガスの流量Q[N
2]の値から真空ポンプ16による排気分(約10mL/min)を差し引いた値が、チタン粒子との反応に寄与する正味の反応成分の値になる。
【0047】
この
図3に示される実験結果よれば、蒸発材料24としてのチタンの蒸発速度は、窒素ガスの流量Q[N
2]と略比例する。また、窒化チタン膜の形成速度についても、窒素ガスの流量Q[N
2]と略比例する。このことから、真空槽12内に供給される窒素ガスの流量[N
2]を一定とした状態で、当該真空槽12内の圧力Pが一定となるように、蒸発材料24としてのチタンの蒸発速度を制御すれば、窒化チタン膜の形成速度を一定に維持し得ることが、検証された。
【0048】
なお、
図3において、窒素ガスの流量[N
2]が240mL/minのときのチタンの蒸発速度に注目すると、その値は、1.18g/minである。すなわち、窒素ガスのうちチタン粒子との反応に寄与する正味の反応成分の流量Q[N
2]が約230(=240-10)mL/minであるときのチタンの蒸発速度は、1.18g/minである。これをたとえば、窒素ガスの反応成分の流量Q[N
2]が234mL/minであるときのチタンの蒸発速度に換算すると、その換算値は、1.20(=(234/230)×1.18)g/minとなる。一方、前述の理想的な状態においては、チタンの蒸発速度が1g/minであるときに必要な窒素ガスの流量Q[N
2]は、234mL/minと見積もられた。これは要するに、
図3に示される実験結果によれば、1.20g/minという速度で蒸発したチタン粒子のうちの1g/min分が、つまり大多数(80%以上)のチタン粒子が、窒素ガスの粒子と反応して窒化チタン膜の形成に寄与することを、意味する。
【0049】
このような検証結果が得られたことから、続いて、窒化チタン膜を形成するに際して、実用に堪え得る再現性が得られるかどうかの実験を行った。その結果を、
図4に示す。なお、この実験においては、窒化チタン膜を形成するための成膜処理に先だって、前述した要領により放電洗浄処理を行い、その後に、当該窒化チタン膜を形成するための成膜処理を行った。そして、この窒化チタン膜を形成するための成膜処理において、坩堝20として、直径が80mm、深さ寸法が20mmのものを用いた。さらに、この坩堝20内に、蒸発材料24として420gのチタンを収容して、この420gのチタンにより、後述する如く5回にわたって、つまり5バッチにわたって、成膜処理を行った。この坩堝20の開口部からフィラメント34までの距離については、70mmとした。そして、イオン化電圧Vdを50V(一定)とし、イオン化電流Idが70Aとなるように、フィラメント加熱電力Wfを制御した。また、基板バイアス電力Wbについては、その電圧成分である基板バイアス電圧Vbの平均値を-600Vとした。そして、真空槽12内に180mL/minという一定の流量Q[N
2]で窒素ガスを供給した。さらに、電子銃22の加速電圧Vgを9kV(一定)とし、真空槽12内の圧力Pが0.07Pa(一定)となるように、当該電子銃22のエミッション電流Igを制御した。そして、この条件による成膜処理を、60分間にわたって行った。さらに、この60分間にわたる成膜処理を、5バッチにわたって行った。
【0050】
この
図4に示される実験結果のうちのチタンの蒸発量と窒化チタン膜の膜厚とをグラフ化したものを、
図5に示す。この
図5に示されるように、たとえばチタンの蒸発量については、50.35±0.45gという極めて小さいバラツキの範囲内に収められており、つまり極めて良好な再現性が得られていることが、分かる。これと同様に、窒化チタン膜の膜厚についても、2.35±0.09μmという極めて小さいバラツキの範囲内に収められており、つまり極めて良好な再現性が得られていることが、分かる。
【0051】
また、
図4に示される実験結果のうちの成膜処理時の処理温度と窒化チタン膜の硬度とをグラフ化したものを、
図6に示す。この
図6に示されるように、たとえば成膜処理時の処理温度については、極めて良好な再現性が得られていることが、分かる。そして、硬度についても、極めて良好な再現性が得られていることが、分かる。
【0052】
さらに、
図4に示される実験結果のうちの窒化チタン膜の色調をグラフ化したものを、
図7に示す。この
図7に示されるように、窒化チタン膜の色調についても、L値(厳密にはL
*値)、a値(厳密にはa
*値)およびb値(厳密にはb
*値)ともに、いずれも極めて良好な再現性が得られていることが、分かる。
【0053】
加えて、各バッチにより形成された窒化チタン膜について、X線回折(X-Ray Diffraction:XRD)法による結晶構造の分析試験を行った。その結果を、
図8に示す。この
図8に示されるように、いずれの窒化チタン膜についても、窒化チタンを表すピークを含め、同様の結晶構造であることが、確認された。なお、この
図8に示される分析結果によれば、シリコン(Si)を表すピークも見受けられるが、これは、当該分析用の基板28がシリコンウェハであることによる。
【0054】
以上説明したように、本第1実施例によれば、真空槽12内に供給される窒素ガスの流量[N2]を一定とした状態で、当該真空槽12内の圧力Pが一定となるように、蒸発材料24としてのチタンの蒸発速度を制御することによって、窒化チタン膜の形成速度を一定に維持することができる。すなわち、前述の特許文献1に開示された技術とは異なり、成膜速度検出手段としての膜厚モニタを用いることなく、窒化チタン膜の形成速度を一定に制御することができる。そして、本第1実施例によれば、窒化チタン膜を良好な再現性で形成し得ることも、確認された。すなわち、本第1実施例によれば、膜厚の大きい窒化チタン膜などの反応膜を良好な再現性で形成することができる。また、膜厚モニタが不要であることから、イニシャルコストおよびランニングコストの両方を含むコストの低減を図ることができる。
【0055】
なお、本第1実施例においては、イオン化電流Idが一定となるように、フィラメント加熱電力Wfが制御されるが、これもまた、反応膜の再現性を維持するのに重要である。すなわち、イオン化電流Idは、前述の如くプラズマ中のイオンの量に相関するが、このプラズマ中のイオンの量がたとえば変動すると、反応膜の再現性に大きく影響し、また、当該反応膜の品質にも大きく影響する。これを回避するために、本第1実施例においては、イオン化電流Idが一定となるように、フィラメント加熱電力Wfが制御される。
【0056】
さらに、本第1実施例においては、前述の如くシャッタ44が電気的に浮遊した状態にあるが、これにより、次のような利点がある。すなわち、シャッタ44がたとえば真空槽12と電気的に接続された状態にあると、プラズマ中のイオンや電子が当該シャッタ44に流れ込む。この状態で、シャッタ44が開閉されると、当該シャッタ44に流れ込むイオンや電子の量が変わり、これに伴い、プラズマ中のイオンや電子の量が変わり、つまり当該プラズマが不安定になる。そして、プラズマが不安定になると当然に、反応膜の再現性や品質に大きく影響する。これを回避するために。本第1実施例においては、シャッタ44が電気的に浮遊した状態とされることで、プラズマ中のイオンや電子が当該シャッタ44に流れ込むのが防止され、ひいてはプラズマの安定化が図られる。
【0057】
[第2実施例]
次に、本発明の第2実施例について、
図9および
図10を参照して説明する。
【0058】
本第2実施例においては、
図1に示される反応性イオンプレーティング装置10を用いて、反応膜として絶縁性被膜であるイットリア(Y
2O
3)膜を形成する。そのために、蒸発材料24として、高純度のイットリウム(Y)が坩堝20に収容される。この蒸発材料24としてのイットリウムは、たとえば直径が3mm~5mm程度の粒状のものであるが、これに限定されない。そして、反応性ガスとして、酸素(O
2)が用いられる。これ以外は、おおむね第1実施例と同様であるので、詳しい説明は省略する。
【0059】
ここで、イットリア膜の組成について、化学量論的に考察する。
【0060】
すなわち、蒸発したイットリウム粒子と酸素ガスの粒子とがイオン化を経てイットリア膜を組成する際の化学反応式は、次の式2によって表される。
【0061】
《式2》
4Y+3O2→2Y2O3
この式2を踏まえて、たとえば蒸発材料24としてのイットリウムの蒸発速度が1g/minであるときに、この蒸発したイットリウム粒子の全てが酸素ガスの粒子と反応してイットリア膜が形成される、と仮定する。この場合、必要な酸素ガスの流量Q[O2]は、前述の数1に倣う次の数2から、Q[O2]≒189mL/minと見積もられる。なお、数2において、M[Y]は、イットリウムの原子量(M[Y]≒88.906)である。そして、3/4という値は、反応に必要なイットリウム原子に対する酸素分子の比である。
【0062】
《数2》
Q[O2]={(NA/M[Y])・(3/4)}/(NA/V0)
={(3/4)・V0}/M[Y]
イットリア膜を形成するための成膜処理において、このような理想的な化学反応が起きている、と仮定すると、酸素ガスの流量Q[O2]が一定であれば、蒸発材料24としてのイットリウムの蒸発速度によって、イットリア膜の形成速度を制御することができる、と考えられる。その一方で、酸素ガスの粒子がイットリウム粒子と反応すると、その分、真空槽12内の圧力Pが下がる。このことから、真空槽12内の圧力Pは、イットリウム粒子と反応する酸素ガスの粒子の数と相関し、つまりイットリア膜の形成に寄与する当該酸素ガスの粒子の数と相関する、と考えられる。そして、これらのことを総合すると、酸素ガスの流量[O2]を一定とした状態で、真空槽12内の圧力Pが一定となるように、蒸発材料24としてのイットリウムの蒸発速度を制御すれば、イットリア膜の形成速度を一定に維持することができる、と考えられる。
【0063】
このことを検証するために、まず、真空槽12内の圧力Pと、当該真空槽12内に供給される酸素ガスの流量Q[O
2]と、蒸発材料24としてのイットリウムの蒸発速度に相関する電子銃22の出力Wgと、の関係を確認する実験を行った。その結果を、
図9に示す。なお、この実験においては、坩堝20(ハースライナ)として、直径が80mm、深さ寸法が16mmのものを用いた。そして、この坩堝20の開口部からフィラメント34までの距離を50mmとした。さらに、電子銃22の加速電圧Vgを9kV(一定)とし、エミッション電流Igを250mA、300mA、350mAおよび400mAとすることで、当該電子銃22の出力Wgを2.25kW(=9kV×250mA)、2.70kW(=9kV×300mA)、3.15kW(=9kV×350mA)および3.60kW(=9kV×400mA)とした。そして、イオン化電圧Vdを25V(一定)とし、イオン化電流Idが20Aとなるように、フィラメント加熱電力Wfを制御した。ただし、基板バイアス電力Wbについては、非供給とした。因みに、
図9においては、前述の第1実施例における
図2と同様、エミッション電流Igにより、電子銃22の出力Wgを表している。また、
図9に示される酸素ガスの流量Q[O
2]の値は、
図2における窒素ガスの流量Q[N
2]と同様、真空ポンプ16による排気分を差し引いたものであり、つまりイットリウム粒子との反応に寄与する言わば正味の反応成分の値である。ここで言う真空ポンプ16による排気分は、前述の如く流量に換算して約10mL/minである。加えて、
図9に示される圧力Pの値もまた、
図2における圧力Pの値と同様、酸素ガスによる圧力(ガス圧)成分の値であり、蒸発材料24としてのイットリウムの蒸発粒子による圧力(蒸気圧)成分の値を含まない。
【0064】
この
図9に示される実験結果によれば、イットリウム粒子との反応に寄与する酸素ガスの流量Q[O
2]は、電子銃22の出力Wg(エミッション電流Ig)に拘らず、つまり蒸発材料24としてのイットリウムの蒸発速度に拘らず、おおよそ真空槽12内の圧力Pが0.01Pa以上の領域で飽和する。そして、電子銃22の出力Wgが大きいほど、つまり蒸発材料24としてのイットリウムの蒸発速度が大きいほど、真空槽12内の圧力Pを一定にするための酸素ガスの流量Q[O
2]が大きくなる。言い換えれば、蒸発材料24としてのイットリウムの蒸発速度が大きいほど、これに見合った速度でイットリア膜を形成するべく、多量の酸素ガスが必要になることが、分かる。
【0065】
続いて、実際にイットリア膜を形成するための成膜処理を行い、このときの酸素ガスの流量Q[O
2]に対する当該イットリア膜の形成速度の関係を確認する実験を行った。その結果を、
図10に示す。なお、この実験においては、坩堝20の開口部と基板28の被処理面との相互間距離を630mmとした。そして、イオン化電圧Vdを25V(一定)とし、イオン化電流Idが25Aとなるように、フィラメント加熱電力Wfを制御した。また、基板バイアス電力Wbについては、その電圧成分である基板バイアス電圧Vbの平均値を-400Vとした。さらに、電子銃22の加速電圧Vgを9kV(一定)とし、真空槽12内の圧力Pが0.015Pa(一定)となるように、当該電子銃22のエミッション電流Igを制御した。このときのエミッション電流Igは、260mA~400mAの範囲で変動し、つまり電子銃22の出力Wgに換算して2.34kW(=9kV×260mA)~3.60kW(=9kV×400mA)の範囲で変動した。そして、この条件による成膜処理を、30分間にわたって行った。因みに、
図10に示される酸素ガスの流量[O
2]の値は、真空ポンプ16による排気分を含む。したがって、この
図10に示される酸素ガスの流量Q[O
2]の値から真空ポンプ16による排気分を差し引いた値が、イットリウム粒子との反応に寄与する正味の反応成分の値になる。
【0066】
この
図10に示される実験結果よれば、イットリア膜の形成速度は、酸素ガスの流量Q[O
2]と略比例する。このことから、真空槽12内に供給される酸素ガスの流量[O
2]を一定とした状態で、当該真空槽12内の圧力Pが一定となるように、蒸発材料24としてのイットリウムの蒸発速度を制御すれば、イットリア膜の形成速度を一定に維持し得ることが、検証された。
【0067】
なお、図示は省略するが、この実験において、酸素ガスのうちのイットリウム粒子との反応に寄与する正味の反応成分の流量[N2]が190mL/minであるときのイットリウムの蒸発速度は、1.21g/minであった。これをたとえば、酸素ガスの反応成分の流量Q[N2]が189mL/minであるときのイットリウムの蒸発速度に換算すると、その換算値は、1.20(=(189/190)×1.21)g/minとなる。一方、前述の理想的な状態においては、イットリウムの蒸発速度が1g/minであるときに必要な酸素ガスの流量Q[O2]は、189mL/minと見積もられた。これはすなわち、1.20g/minという速度で蒸発したイットリウム粒子のうちの1g/min分が、つまり大多数(80%以上)のイットリウム粒子が、酸素ガスの粒子と反応してイットリア膜の形成に寄与することを、意味する。
【0068】
そして、図示を含む詳しい説明は省略するが、このイットリア膜についても、第1実施例における窒化チタン膜と同様、良好な再現性で形成し得ることが、確認された。
【0069】
このように本第2実施例によれば、絶縁性被膜であるイットリア膜についても、良好な再現性で形成し得ることが、確認された。すなわち、本第2実施例によれば、膜厚の大きいイットリア膜などの絶縁性の反応膜を良好な再現性で形成することができる。
【0070】
[その他の適用例]
前述の各実施例は、本発明の具体例であり、本発明の技術的範囲を限定するものではない。これら各実施例以外の局面にも、本発明を適用することができる。
【0071】
たとえば、前述の各実施例では、坩堝20を含む蒸発源18がプラズマを発生させるための陽極として兼用されるが、このような構成に限らない。具体的には、前述の特許文献1に開示された技術では、プラズマを発生させるための陽極が蒸発源とは別に設けられるが、このような構成にも、本発明を適用することができる。ただし、蒸発源18が陽極として兼用されることで、反応性イオンプレーティング装置10全体の構成の簡素化かつ低コスト化が図られる。
【0072】
また、前述の各実施例におけるようなアーク放電によるプラズマを発生させるアーク放電型の反応性イオンプレーティング装置10に限らず(特許文献1に開示されているイオンプレーティング装置もアーク放電型である。)、公知のホローカソード型のイオンプレーティング装置や高周波イオンプレーティング装置にも、本発明を適用することができる。すなわち、前述の各実施例とは異なる構成のイオン化手段を備えるイオンプレーティング装置にも、本発明を適用することができる。
【0073】
さらに、蒸発材料24を蒸発させるための蒸発手段として、電子銃22が採用されたが、これに限らない。抵抗加熱式や誘導加熱式などの他の蒸発手段が、採用されてもよい。
【0074】
加えて、前述の各実施例では、反応膜として窒化チタン膜およびイットリア膜を形成する場合について説明したが、これに限らない。たとえば、窒化クロム(CrN)膜や窒化ジルコニウム(ZrN)膜、窒化ハフニウム(HfN)膜、窒化アルミニウム(AlN)膜、窒化珪素(SiN)膜などの窒化チタン膜以外の窒化膜を形成する場合にも、本発明を適用することができる。また、酸化チタン(TiO2)膜や酸化クロム(Cr2O3)膜、酸化珪素(SiO2)膜、酸化アルミニウム(Al2O3)膜などのイットリア膜以外の酸化膜を形成する場合にも、本発明を適用することができる。さらに、炭化チタン(TiC)膜や炭化クロム(CrC)膜、炭化珪素(SiC)膜などの炭化膜、炭窒化チタン(TiCN)膜や炭窒化珪素(SiCN)膜などの炭窒化膜、酸窒化アルミニウム(AlON)などの酸窒化膜を含め、各種の反応膜を形成する場合に、本発明を適用することができる。この反応膜の種類によって、蒸発材料24および反応性ガスの種類が適宜に選定される。また、複数種類の反応性ガスが同時に用いられる場合もある。さらに、蒸発材料24に代えて、昇華材料が採用される場合もある。
【0075】
そして、バイアス電力供給手段としての基板バイアス電源装置32は、基板バイアス電力Wbとしてバイポーラパルス電力を出力するものに限らない。このバイアス電力供給手段としては、基板28の種類や反応膜の種類に応じて、直流電源装置および高周波電源装置を含め、適宜の電源装置が採用されるのが、望ましい。特に、基板28が絶縁性物質である場合には、チャージアップの防止のために、高周波電源装置が採用されるのが、肝要である。
【符号の説明】
【0076】
10 …イオンプレーティング装置
12 …真空槽
18 …蒸発源
20 …坩堝
22 …電子銃
24 …蒸発材料
28 …基板
32 …基板バイアス電源装置
34 …フィラメント
36 …フィラメント加熱電源装置
38 …イオン化電源装置
40 …電流検出装置
42 …加熱制御装置
52 …圧力計
54 …蒸発量制御装置