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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-06
(45)【発行日】2022-06-14
(54)【発明の名称】温度に基づくプラスミド調節系
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/21 20060101AFI20220607BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20220607BHJP
【FI】
C12N1/21
C12N15/09 Z
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2019522789
(86)(22)【出願日】2017-11-01
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2019-11-14
(86)【国際出願番号】 EP2017077959
(87)【国際公開番号】W WO2018083116
(87)【国際公開日】2018-05-11
【審査請求日】2020-10-09
(31)【優先権主張番号】17150037.4
(32)【優先日】2017-01-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(31)【優先権主張番号】62/415,717
(32)【優先日】2016-11-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(31)【優先権主張番号】17169019.1
(32)【優先日】2017-05-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(31)【優先権主張番号】17177289.0
(32)【優先日】2017-06-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(31)【優先権主張番号】17198041.0
(32)【優先日】2017-10-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】509091848
【氏名又は名称】ノヴォ ノルディスク アー/エス
(74)【代理人】
【識別番号】100108453
【弁理士】
【氏名又は名称】村山 靖彦
(74)【代理人】
【識別番号】100110364
【弁理士】
【氏名又は名称】実広 信哉
(74)【代理人】
【識別番号】100133400
【弁理士】
【氏名又は名称】阿部 達彦
(72)【発明者】
【氏名】ジェイ・チャップリン
【審査官】高山 敏充
(56)【参考文献】
【文献】特表2012-527249(JP,A)
【文献】Journal of Biotechnology 111(2004)17-30
【文献】Nucleic Acids Research, 2012, Vol. 40 No.4, 1818-1827
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲノムにコードされている必須大腸菌遺伝子を含む組換え大腸菌(E. coli)細胞であって、前記必須大腸菌遺伝子の発現が、前記必須大腸菌遺伝子とは天然では関連していない上流リーダー配列によって調節され、前記上流リーダー配列が、第1の温度では前記組換え大腸菌細胞の成長を実質的に許容しないが第2の温度では前記成長を許容する熱スイッチとなる機能を有し、
前記ゲノムにコードされている必須大腸菌遺伝子がinfAであり、
前記上流リーダー配列が、リステリア菌(L. monocytogenes)prfAに由来するmRNAリーダー配列を含む、
組換え大腸菌細胞。
【請求項2】
前記大腸菌細胞によってゲノムにコードされている前記必須大腸菌遺伝子と同じ機能を有するタンパク質をコードしている必須大腸菌遺伝子をコードしているプラスミドを含む、請求項1に記載の組換え大腸菌細胞。
【請求項3】
記ゲノムにコードされている必須大腸菌遺伝子よりも前記組換え大腸菌細胞中で高い活性を有する遺伝子産物をコードしている必須大腸菌遺伝子をコードしているプラスミドを含む、請求項1に記載の組換え大腸菌細胞。
【請求項4】
前記infAから発現されたタンパク質が、天然の大腸菌infAによってコードされているタンパク質(IF1)よりも低い活性を有する、請求項1に記載の組換え大腸菌細胞。
【請求項5】
前記プラスミドによってコードされている前記必須大腸菌遺伝子が天然の大腸菌infAである、請求項3に記載の組換え大腸菌細胞。
【請求項6】
成長を許容する温度での前記大腸菌細胞の成長速度は、前記必須大腸菌遺伝子が、プラスミドから主に発現されている場合、前記ゲノムにコードされている必須大腸菌遺伝子から主に又はそれのみから発現されている場合よりも速い、請求項3に記載の組換え大腸菌細胞。
【請求項7】
前記第1の温度が前記第2の温度よりも低い、請求項1~6のいずれか一項に記載の組換え大腸菌細胞。
【請求項8】
前記第1の温度と前記第2の温度との差が少なくとも1℃、少なくとも2℃、少なくとも5℃、又は少なくとも7℃である、請求項1~7のいずれか一項に記載の組換え大腸菌細胞。
【請求項9】
組換えプラスミドを組換え大腸菌細胞内に挿入する工程を含む、組換え大腸菌中にプラスミドを維持する方法であって、
- 前記組換え大腸菌細胞が、ゲノムにコードされている必須大腸菌遺伝子を含んでおり、前記必須大腸菌遺伝子の発現が前記必須大腸菌遺伝子とは天然では関連していない上流リーダー配列によって調節され、前記上流リーダー配列が、第1の温度では前記組換え大腸菌細胞の成長を実質的に許容しないが第2の温度では前記成長を許容する熱スイッチとなる機能を有しており、前記ゲノムにコードされている必須大腸菌遺伝子がinfAであり、前記上流リーダー配列が、リステリア菌(L. monocytogenes)prfAに由来するmRNAリーダー配列を含み、
- 前記組換えプラスミドが、前記大腸菌細胞によってゲノムにコードされている前記必須大腸菌遺伝子と同じ機能を有するタンパク質をコードしている必須大腸菌遺伝子を含んでおり、したがって両方の温度での成長を許容する、
方法。
【請求項10】
前記組換え大腸菌細胞が請求項28のいずれか一項に記載したものである、請求項9に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、温度に基づくプラスミド選択系を有する組換え大腸菌(E. coli)細胞に関する。
【背景技術】
【0002】
生物製剤の製造における主な圧力は、形質移入細胞を選択又は維持するために抗生物質をいかなる量でも使用することをやめるよう働きかける、規制的な動きである。顕著な材料費及びプロセスの不純物を導入する以外にも、プラスミド内に取り込まれた抗生物質耐性遺伝子は、患者又は環境に移行する潜在性が原因で、核酸に基づく治療の著しい規制的ハードルをもたらす。
【0003】
必要な遺伝子を宿主細胞ゲノムから欠失させてプラスミドによってin transで供給する代償系は、抗生物質耐性系の一般的な妥協策であり、代替策である。ベクターを含まない宿主細胞を産生するために、ほとんどの代償系は、代謝遺伝子(dapD又はpyrF等)をノックアウトし、代償遺伝子を含有するプラスミドが導入されるまで、成長のために必要な対応する代謝中間体(それぞれリシンアミノ酸又はウラシルヌクレオシド塩基を使用した栄養要求性)を導入することに頼っている。遺伝子がプラスミドで代償された後、プラスミド含有細胞でのみ最少培地中での成長が起こり、プラスミドを保持するための選択圧が発揮される。残念ながら、そのような選択は低細胞密度では強固である一方で、プラスミド含有宿主は必要な代謝中間体を過多に産生及び分泌し、高細胞密度では栄養共生を可能にする。栄養共生では、プラスミド含有細胞がプラスミドを欠く細胞の成長を支え、工業的プロセス中の選択系の全体的な効率を低下させる。
【0004】
対照的に、必須非代謝標的遺伝子を相補性について選択することはプラスミドの安定且つストリンジェントな維持をもたらすが、infA/IF-1相補性の場合等のように、「固定された」表現型がもたらされる(Haggら、J Biotechnol. 2004年;111(1):17~30頁)。この場合、ゲノム欠失のタンパク質(IF-1)は翻訳の最初の工程を安定化させることでタンパク質産生に必要であり、したがってinfA遺伝子(したがってIF-1タンパク質)の欠失は細菌において義務的に致死的であり、infAを欠く細胞を救出するための取り込み経路がないためこれはIF-1を培地に供給した場合にも起こり、それゆえ、栄養共生が防止される。その代償プラスミドを一過的にでも失うすべての宿主細胞は、迅速に死滅する。このことはストリンジェントな選択を維持するが、プラスミドを含まない宿主細胞を増殖させる可能性がなく、したがって新しいプラスミドを導入する又は系を更に改変する方法がなく、それゆえ、表現型は「固定されて」おり、下流の改変又は産生目的には役に立たないことも意味する。
【0005】
Croitoruら、Eur J Biochem 271 (2004年) 534~544頁は、大腸菌の翻訳開始因子IF1の一連の機能的突然変異体を開示している。ゲノムinfA遺伝子をinfAの成長が遅いこれらの突然変異体で置き換えることは、プラスミドを補完した細胞に成長の利点をもたらすであろうが、プラスミドを欠く細胞を排除するであろうストリンジェントな選択が欠如する。したがって、これらの特徴を有する系は、常に顕著な割合のプラスミドを含まないバイオマスを含有し、現在の抗生物質に基づく選択系よりも低いプラスミドの工業的収率をもたらすであろう。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Haggら、J Biotechnol. 2004年;111(1):17~30頁
【文献】Croitoruら、Eur J Biochem 271 (2004年) 534~544頁
【文献】Johanssonら、Cell. 2002年 (110) 551~61頁
【文献】Waldminghausら、Biol Chem. 2008年 389:1319~26頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
代謝(栄養要求性)相補性は周知であるが、高密度の工業的培養環境中に、ストリンジェンシーが緩和されてしまう。他の相補性戦略は、プラスミドの維持には良好に働くが、柔軟性のない「単回使用」の系である。したがって、工業的使用に適しており、系を最適化するために繰り返しの改変ラウンドを許容する柔軟な系である相補系の必要性が存在する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
第1の態様では、本発明は、ゲノムにコードされている必須大腸菌遺伝子を含む組換え大腸菌細胞であって、発現が、前記必須大腸菌遺伝子とは天然では関連していない上流リーダー配列によって調節され、前記上流リーダー配列が、第1の温度では成長を実質的に許容しないが第2の温度では成長を許容する熱スイッチとなる機能を有する、組換え大腸菌細胞を提供する。
【0009】
第2の態様では、本発明は、組換えプラスミドを組換え大腸菌細胞内に挿入する工程を含む、組換え大腸菌中にプラスミドを維持する方法であって、
- 前記組換え大腸菌細胞が、その発現が前記必須大腸菌遺伝子とは天然では関連していない上流リーダー配列によって調節される、ゲノムにコードされている必須大腸菌遺伝子を含んでおり、前記上流リーダー配列が、第1の温度では成長を実質的に許容しないが第2の温度では成長を許容する熱スイッチとなる機能を有しており、
- 前記組換えプラスミドが、前記大腸菌細胞によってゲノムにコードされている前記必須大腸菌遺伝子と同じ又は実質的に同じ機能を有するタンパク質をコードしている必須大腸菌遺伝子を含んでおり、したがって両方の温度での成長を許容する、方法を提供する。
【0010】
一実施形態では、本発明による組換え大腸菌細胞は、前記組換え大腸菌細胞によってゲノムにコードされている前記必須大腸菌遺伝子と同じ又は実質的に同じ機能を有するタンパク質をコードしている必須大腸菌遺伝子をコードしているプラスミドを含む。
【0011】
一実施形態では、前記ゲノムにコードされている必須大腸菌遺伝子はinfA又はその機能的均等物である。
【0012】
一実施形態では、前記上流リーダー配列は、リステリア菌(L. monocytogenes)prfA又はその機能的均等物に由来するmRNAリーダー配列を含む。
【0013】
必須遺伝子のゲノムコピーを環境(温度)制御下に置くことで、選択的温度での培養によってストリンジェントな選択及び維持を達成でき、許容的温度で将来使用するために空(プラスミドなし)の宿主細胞を増殖及び拡大することができる系を提供する。このことは、下流の柔軟性(多くの相補的プラスミド系で同じ宿主株を使用する能力)を可能にするが、栄養共生及び緩和されたストリンジェンシーが原因である既知の系の不利点も取り除く。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】プラスミド保持の制限消化の確認、試料1~16を示す図である。
図2】プラスミド保持の制限消化の確認、試料17~48を示す図である。
図3】プラスミド保持の制限消化の確認、試料49~80を示す図である。
図4】プラスミド保持の制限消化の確認、試料81~100を示す図である。
図5】30℃での成長によるプラスミド保持の表現型の確認を示す図である(試料1~50、17時間のインキュベーション、試料51~100、22時間のインキュベーション)。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、許容的温度下で複製が可能である一方で、代償プラスミドで補完してない場合は非許容的温度で生存不能でもある、改変細胞系を提供する。そのような細胞系/プラスミド系は、ストリンジェントな工業的選択で、下流での容易な使用を提供する。
【0016】
第1の態様では、本発明は、ゲノムにコードされている必須大腸菌遺伝子を含む組換え大腸菌細胞であって、発現が、前記必須大腸菌遺伝子とは天然では関連していない上流リーダー配列によって調節され、前記上流リーダー配列が、第1の温度では成長を実質的に許容しないが第2の温度では成長を許容する熱スイッチとなる機能を有する、組換え大腸菌細胞を提供する。
【0017】
本明細書中で使用する用語「第1の温度で成長を実質的に許容しない」とは、前記第1の温度での正常な成長と比較して、いかなる顕著な速度、すなわち正常な成長速度の30%未満、正常な成長速度の10%未満、又は正常な成長速度の1%未満の成長速度での成長を許容しないことを意味することを意図する。逆に、本明細書中で使用する用語「第2の温度で成長を許容する」とは、前記第2の温度での正常な成長速度と実質的に同じである速度での成長を許容することを意味することを意図する。
【0018】
第2の態様では、本発明は、組換えプラスミドを組換え大腸菌細胞内に挿入する工程を含む、組換え大腸菌中にプラスミドを維持する方法であって、
- 前記組換え大腸菌細胞が、その発現が前記必須大腸菌遺伝子とは天然では関連していない上流リーダー配列によって調節される、ゲノムにコードされている必須大腸菌遺伝子を含んでおり、前記上流リーダー配列が、第1の温度では成長を実質的に許容しないが第2の温度では成長を許容する熱スイッチとなる機能を有しており、
- 前記組換えプラスミドが、前記大腸菌細胞によってゲノムにコードされている前記必須大腸菌遺伝子と同じ又は実質的に同じ機能を有するタンパク質をコードしている必須大腸菌遺伝子を含んでおり、したがって両方の温度での成長を許容する、方法を提供する。
【0019】
一実施形態では、本発明による組換え大腸菌細胞は、前記組換え大腸菌細胞によってゲノムにコードされている前記必須大腸菌遺伝子と同じ又は実質的に同じ機能を有するタンパク質をコードしている必須大腸菌遺伝子をコードしているプラスミドを含む。
【0020】
一実施形態では、前記ゲノムにコードされている必須大腸菌遺伝子はinfA又はその機能的均等物である。
【0021】
一実施形態では、前記上流リーダー配列は、リステリア菌prfA又はその機能的均等物に由来するmRNAリーダー配列を含む。
【0022】
本明細書中で使用する用語「その機能的均等物」とは、実質的に同じ主機能を示す代替物を意味することを意図する。
【0023】
HaggらのinfA/IF-1相補系の改変不可能な表現型を矯正するために、本発明者らはリステリア菌prfA mRNAリーダーを利用した。リステリア菌では、prfAリーダーセグメントは熱センサーとして機能して主要な侵襲タンパク質の翻訳を制御する、すなわち、30℃未満の環境温度(表面上、食料品中等)で翻訳を禁止するが、37℃の温度でmRNAの翻訳を許容する(適切な宿主によって消費された後)。mRNAリーダーは、30℃で自身に折り重なって、リボソーム結合部位及びAUG開始コドンを塞ぐ安定なヘアピンを形成することによってこれを達成する。この構造は、37℃(潜在的な宿主の生理的温度)を超える温度で融解及びアンフォールディングが起こり、したがってリボソーム結合及び翻訳が許容される(Johanssonら、Cell. 2002年 (110) 551~61頁)。病原細菌の熱センサーRNAリーダーセグメントは工業的に有用な温度遷移(30℃から37℃、リステリア菌prfA及びペスト菌(Y. pestis)lcrF)に対して進化的に調整されている一方で、そのような構築物には多くの他の潜在的な選択肢が利用可能である。たとえば、ROSE(熱ショック遺伝子発現のリプレッサー(Repressor Of heat-Shock gene Expression)要素、サルモネラ菌(S. enterica)のFourU要素、大腸菌のrpoH、ラン藻シネコシスティス属(Synechocystis)のhsp17、キイロショウジョウバエ(D. melanogaster)のhsp90、及びバクテリオファージラムダ(λ)のcIIIはすべて同様のRNA-熱センサーモチーフを含有する。これらの要素は許容的温度未満で翻訳を阻害する一方で、これらは正常温度で熱ショックタンパク質の翻訳を防止するために使用されており、これらの系の許容的温度は細菌発酵(一般的に42℃より高い)に有用でない。逆に、mRNAの安定性が正常生理的条件下で部分的フォールディング及びヌクレアーゼ感度によって有害な影響を受けるが安定している場合は低温ショックRNA-熱センサーが存在し、25℃未満でのより大規模且つコンパクトなフォールディング後にmRNAの蓄積及び翻訳を許容する。これらの系は直接有用ではない一方で、これらの要素を改変すること、又はその原理に基づいて完全合成要素を設計すること(Waldminghausら、Biol Chem. 2008年 389:1319~26頁)で、所望の特性を有する代替熱センサーが提供できると予測されている。
【0024】
したがって、大腸菌細胞系中の上流ゲノム配列を、リステリア菌prfAからのmRNAリーダー配列又は均等な翻訳制御機構で置き換えることによって、必須infA宿主遺伝子の温度に基づく制御が達成される。これらの領域は、融合したIF-1/infA遺伝子産物の翻訳を30℃以下の温度で機能的に遮断するため、遺伝子をin transで、目的の産生遺伝子も含有し得るプラスミドから補完しない限りは、操作した宿主の死を迅速に誘導する。大腸菌の小さな必須遺伝子の上流にリステリア菌prfAに均等な熱センサーを組み込む任意の手法は、同じ性能を有すると予測できるであろう。多くの遺伝子は大腸菌において「必須」であるとみなされているが、ほとんどは条件特異的であり、多くのリッチ培地、遅い成長、又は代替代謝系の下でその要求を失う。ほんの僅かのみが真に必須であり、取り除いた場合に完全な細胞排除をもたらす。infA以外の様々な真に必須の非代謝大腸菌遺伝子を相補系に選択してよく、たとえば、infC/IF-3、dnaJ、dnaK、era、frr、ftsL、ftsN、ftsZ、grpE、mopA、mopB、msbA、nusG、parC、rpsB、又はtrmAを代替物として使用し得る。これらの代替物のうち、補完プラスミドの大きさ制限が原因で小さな遺伝子が好ましい。他の候補遺伝子は平均して3倍を超える長さ及び複雑さであるため、遺伝子の長さに基づいてinfA、mopB、ftsL、infC、nusG、frr、及びgrpEの順位の優先度がもたらされる。
【0025】
この配置(prfAリーダーセグメントがゲノムinfAコピーの5'に融合)では、4個のアミノ酸がIF-1のN末端に付加され、融合物の翻訳は発酵環境の温度によって調節される。許容的温度(37℃以上)では、プラスミドを含まない宿主細胞は、さらなるタンパク質合成及び細胞生存を許容するprfAリーダーのアンフォールディング及びinfA遺伝子からIF-1への翻訳が原因で成長することができる。ストリンジェントな選択温度(25℃から30℃)では、prfAリーダーは折り畳まれたまま保たれ、したがってさらなるタンパク質合成が妨げられ、プラスミドを含まない宿主細胞の死滅が迅速にもたらされる。
【0026】
さらなる、且つ驚くべき利点として、prfAリーダーのため融合物に付加された4個のアミノ酸(MNAQ)は、その活性を損なわせずに融合IF-1産物の効率を低下させる。その結果、プラスミドを含まない宿主細胞を許容的温度(37℃以上)で増殖させ得るが、これは倍加時間がおよそ2~4倍増加した状態で行われる。これは、天然のinfAを含有するプラスミドが、最も許容的な培養条件下においてさえも操作した宿主細胞に相当な成長上の利点を与える、追加且つ予想外の「軟選択」をもたらす。やはりこれらの系の選択効率を改善させるであろう、Croitoruら、Eur J Biochem 271 (2004年) 534~544頁に開示されているinfA突然変異体等の、必須遺伝子の他のわずかな改変が存在し得ると予測される(選択に必要な低温曝露の期間を減少させる、許容的温度での成長速度を更に減らす等)。そのような改変は、単独ではプラスミドを欠く細菌の完全な除外をもたらすことはできないが、これを含めることで、RNAに基づく翻訳制御と組み合わせて選択性能を最適化し得る。
【0027】
これらの必須遺伝子相補系の他の望ましい特長には、野生型細菌の選択的利点を提供することに欠いており、したがって望ましくない遺伝子水平伝播(HGT、規制機関の主要な懸念)後の環境持続性の可能性を最小限にすることが含まれる。
【0028】
本発明者らの実施化は、標準の組換え技術を利用して、開始AUGコドンの上流で起こる天然の大腸菌infA mRNAリーダーの代わりに天然のリステリア菌prfAリーダー配列(5'末端からPrfAの最初の4個のアミノ酸まで、127bp)を特異的に導入し、それによって必須遺伝子IF-1の温度制御されたハイブリッド融合物(すなわちinfA::prfA)を作製することであった。
【0029】
これに続いて、宿主株を「空」又は受容性状態で、37℃の許容的温度での成長によって、ただし4倍の成長速度欠陥で、増殖させることができる。目的遺伝子及び天然のinfA ORFを含有する補完プラスミドを供給した後、成長温度を30℃まで下げることができ、すべてのプラスミドを欠く宿主細胞は迅速に死滅し、プラスミドを保持する強力な選択圧が実行される。4つのアミノ酸PrfA/IF-1融合物は補完プラスミドによって供給された天然のIF-1よりも劣る活性を有するため、37℃の完全許容的温度で成長させた場合でさえも、プラスミド含有細胞に成長上の利点が存在する。
【0030】
以下の実施形態は本発明を例示し、いかようにも限定的な様式では解釈されるべきでない。
【0031】
1.ゲノムにコードされている必須大腸菌遺伝子を含む組換え大腸菌細胞であって、発現が、前記必須大腸菌遺伝子とは天然では関連していない上流リーダー配列によって調節され、前記上流リーダー配列が、第1の温度では成長を実質的に許容しないが第2の温度では成長を許容する熱スイッチとなる機能を有する、組換え大腸菌細胞。
【0032】
2.ゲノムにコードされている必須大腸菌遺伝子を含む組換え大腸菌細胞であって、発現が、前記必須大腸菌遺伝子とは天然では関連していない上流リーダー配列によって調節され、前記上流リーダー配列が、天然の遺伝子相補性なしに第1の温度では成長を実質的に許容しないが第2の温度では成長を許容する熱スイッチとなる機能を有する、組換え大腸菌細胞。
【0033】
3.前記組換え大腸菌細胞が、ゲノムにコードされている前記必須大腸菌遺伝子のさらなるバージョンを含まない、実施形態1又は2に記載の組換え大腸菌細胞。
【0034】
4.前記大腸菌細胞によってゲノムにコードされている前記必須大腸菌遺伝子と同じ又は実質的に同じ機能を有するタンパク質をコードしている必須大腸菌遺伝子をコードしているプラスミドを含む、実施形態1~3のいずれか一項に記載の組換え大腸菌細胞。
【0035】
5.前記プラスミドによってコードされている前記必須大腸菌遺伝子が、前記ゲノムにコードされている必須大腸菌遺伝子よりも前記組換え大腸菌細胞中で高い活性を有する遺伝子産物をコードしている、実施形態4に記載の組換え大腸菌細胞。
【0036】
6.前記上流リーダー配列が、リステリア菌prfA又はその機能的均等物に由来するmRNAリーダー配列を含む、実施形態1~5のいずれか一項に記載の組換え大腸菌細胞。
【0037】
7.前記必須大腸菌遺伝子が、転写又は翻訳に関与しているタンパク質をコードしている、実施形態1~6のいずれか一項に記載の組換え大腸菌細胞。
【0038】
8.前記ゲノムにコードされている必須大腸菌遺伝子がinfA又はその機能的均等物である、実施形態1~7のいずれか一項に記載の組換え大腸菌細胞。
【0039】
9.前記infA又はその機能的均等物から発現されたタンパク質が、天然の大腸菌infAによってコードされているタンパク質(IF1)よりも低い活性を有する、実施形態8に記載の組換え大腸菌細胞。
【0040】
10.前記infA又はその機能的均等物がペプチドMNAQをそのN末端配列として有する、実施形態8又は9に記載の組換え大腸菌細胞。
【0041】
11.前記プラスミドによってコードされている前記必須大腸菌遺伝子が天然の大腸菌infAである、実施形態5~10のいずれか一項に記載の組換え大腸菌細胞。
【0042】
12.成長を許容する任意の温度での前記大腸菌細胞の成長速度が、前記ゲノムにコードされている必須大腸菌遺伝子から主に又はそれのみから発現されている場合よりも、前記必須大腸菌遺伝子がプラスミドから主に発現されている場合の方が速い、実施形態5~11のいずれか一項に記載の組換え大腸菌細胞。
【0043】
13.前記第1の温度が前記第2の温度よりも低い、実施形態1~12のいずれか一項に記載の組換え大腸菌細胞。
【0044】
14.前記第1の温度と前記第2の温度との差が少なくとも約1℃、少なくとも約2℃、少なくとも約5℃、又は少なくとも約7℃である、実施形態1~13のいずれか一項に記載の組換え大腸菌細胞。
【0045】
15.前記第1の温度が約30℃であり、前記第2の温度が約37℃である、実施形態1~14のいずれか一項に記載の組換え大腸菌細胞。
【0046】
16.前記第1の温度が27℃から33℃の範囲であり、前記第2の温度が34℃から40℃の範囲である、実施形態15に記載の組換え大腸菌細胞。
【0047】
17.組換えプラスミドを組換え大腸菌細胞内に挿入する工程を含む、組換え大腸菌中にプラスミドを維持する方法であって、
- 前記組換え大腸菌細胞が、その発現が前記必須大腸菌遺伝子とは天然では関連していない上流リーダー配列によって調節される、ゲノムにコードされている必須大腸菌遺伝子を含んでおり、前記上流リーダー配列が、第1の温度では成長を実質的に許容しないが第2の温度では成長を許容する熱スイッチとなる機能を有しており、
- 前記組換えプラスミドが、前記大腸菌細胞によってゲノムにコードされている前記必須大腸菌遺伝子と同じ又は実質的に同じ機能を有するタンパク質をコードしている必須大腸菌遺伝子を含んでおり、したがって両方の温度での成長を許容する、方法。
【0048】
18.前記組換え大腸菌細胞が実施形態4~16のいずれか一項に記載した通りである、実施形態17に記載の方法。
【実施例
【0049】
(実施例1)
pVAX1カナマイシン耐性選択マーカーを利用した以前のプラスミド変異体による汚染を防止するために、1つのICCバイアルを2回こすり、カナマイシン又はナリジクス酸を含有する動物質非含有LB寒天プレートを別々に接種するために使用した。プレートを検査の前に37℃で17時間インキュベートした。カナマイシンプレートでは成長は観察されず、分析を混乱させる親pVAX1ベクターが存在しなかったことが示された。
【0050】
infA補完プラスミドを含有する1~100継代の操作した宿主(infA::prfA)を1週間に11継代、すなわち平日に37℃で2(12時間)継代及び各週末に30℃で1(48時間)継代で作製した。大腸菌のLB培地中での標準倍加時間は20~30分間であるため、それぞれの平日の継代は24ラウンドの細胞分裂を反映している。すべての継代は15マイクログラム/mlのナリジクス酸を添加した液体の動物質非含有LB培地(プラスミドの存在ではなく、DH5α基本株について選択)。グリセロールストックをそれぞれの継代から作製し、同時処理するために100継代すべてが得られるまで保持した。
【0051】
グリセロールストックの掻爬物を使用して、5mlの終夜培養物に接種し、これを供給者の指示に従って、Qiagen社ミニプレップキットで、真空多岐管を使用して処理した(ゲルの大きさの制約が原因で、1回の実行で16個又は32個の培養物のどちらか)。細胞インプット正規化のためにOD600の読取値を収集する試みは行わず、すべての調製物は標準体積に基づいて作製した。1マイクロリットルのそれぞれのミニプレップをPstI/XhoI消化に供して、それぞれのミニプレップの結果生じるプラスミド濃度について補正なしで、主鎖(約2.4Kbp)を挿入物(約4Kbp)から分離した。それぞれのゲルは側方にTridye 2-Logラダー、未消化プラスミドの最初の試料レーンを用いて流し、すべての試料をSybrSafe色素で可視化した。核酸量の制御を欠いていたにもかかわらず、すべての消化レーンがプラスミドの存在及び予想された消化パターンをどちらも示した。これらの結果は、この選択系によるプラスミドの安定且つ長期的な維持を実証している。
【0052】
また、1~100継代のグリセロールストックを、50セクターの抗生物質非含有及び動物質非含有のLB寒天プレート上に画線し、終夜30℃でインキュベートした。画線接種材料を制御する試みは行わなかった。すべてのグリセロールストックの代表画線は注目すべき成長、したがってプラスミド保持をもたらした。プラスミドを欠く宿主細胞を用いて画線したプレートでは成長は見られなかった。また、これらの結果は、この選択系によるプラスミドの有効な維持及び長期継代中の逸脱突然変異体の発生の欠如も実証している。
【0053】
プラスミドドリフトを、第1継代及び第100継代から単離したプラスミド(6,383塩基対)の完全サンガーシーケンシングによって決定した。シーケンシングは二本鎖の読取りを最小2×の深度で行い、完全性に疑問があった場合は再実行した。有意なドリフトは検出されなかった(1,000bpあたり<1個のあいまいな塩基コール;複数塩基の変化、逆転、付加、又は欠失なし;装置及びプロトコルの読取り誤りの許容度範囲内)。これらの結果は、選択系が、工業的プラスミド産生にとって有害となる顕著な突然変異又は組換えによるストレスをプラスミドに導入せず、プラスミドが2,400ラウンドを超える細胞分裂にわたって配列が安定していることを実証している。
【0054】
操作した(infA::prfA)対未改変の宿主細胞中におけるプラスミドの持続は、抗生物質選択なしで、化学的コンピテント大腸菌細胞を、以前に使用したinfA補完プラスミド又は偽形質移入のどちらかで3つ組形質移入することによって行った。細胞を250mLの振盪フラスコ内に播種し、10時間培養した後、Qiagen社ミニプレップによるプラスミドDNA収率のためにサンプリングした。これらの条件下で、数個の初期細胞がプラスミドについて陽性であると予想され、プラスミドの維持は追加される代謝要件が原因で成長を遅くし、プラスミド含有細胞にそれ自身の陰性選択圧を加えるため、陽性選択圧なしでは迅速なプラスミドの損失が予想される。平均DNA(プラスミド)収率は、すべて約0.02μgの標準誤差を示した。これは、infA補完プラスミドは野生型大腸菌では持続性ではなく、また環境中に放出された場合に持続すると予想されないことを実証している。
【0055】
【表1】
【0056】
(実施例2)
infA相補系を用いたプラスミド保持の検証。
infAに基づくプラスミド保持選択系が所望通り機能したことを検証するために、プラスミドで形質転換させた細菌を100継代まで成長させた(1継代あたりおよそ36回の倍化/世代、合計3,600世代の潜在的なドリフト又はプラスミド損失を検査した)。1~100継代を1週間に11継代、すなわち平日に37℃で2継代及び各週末に30℃で1継代で作製した。すべてを15マイクログラム/mlのナリジクス酸を添加した液体の動物質非含有LB培地(Teknova社soy-tone)中で行った(プラスミドの存在ではなく、DH5α基本株について選択)。グリセロールストックをそれぞれの継代から作製し、同時処理するために100継代すべてが得られるまで保持した。
【0057】
グリセロールストックの掻爬物を使用して、5mlの終夜培養物に接種し、これを供給者の指示に従って、Qiagen社ミニプレップキットで、真空多岐管を使用して処理した(ゲルの大きさの制約が原因で、1回の実行で16個又は32個の培養物のどちらか)。細胞インプット正規化のためにOD600の読取値を収集する試みは行わず、すべての調製は標準体積に基づいて行った。1マイクロリットルのそれぞれのミニプレップをPstI/XhoI消化に供して、それぞれのミニプレップの結果生じるプラスミド濃度について補正なしで、主鎖(約2.4Kbp)を挿入物(約4Kbp)から分離した。それぞれのゲルは側方にTridye 2-Logラダー、未消化プラスミドの最初の試料レーンを用いて流し(NEB https://www.neb.com/products/n3200-2-log-dna-ladder-01-100-kb)、SybrSafe色素で可視化した。図1~4では、核酸量の制御を欠いていたにもかかわらず、すべての消化レーンがプラスミドの存在及び予想された消化パターンをどちらも示した。(1~16、17~48、49~80、及び81~100継代にはそれぞれ図1~4を参照。)
【0058】
さらなる確認として、また、1~100継代のグリセロールストックを、50セクターの抗生物質非含有及び動物質非含有のLB寒天プレート上に画線し、終夜30℃でインキュベートした。画線接種材料を制御する試みは行わなかった。図5に示すように、すべてのグリセロールストックの代表画線は注目すべき成長、したがってプラスミド保持をもたらした。
【0059】
(実施例3)
infA相補系を用いたスケールアップの適切性。
infAに基づくプラスミド保持選択系が生産規模で所望通り機能したことを検証するため、特定の収率増強温度シフト工程を用いて、プラスミドで形質転換させた細菌を50Lのパイロット流加発酵槽の実行において使用した。酵母抽出物を添加した最少培地を利用して、倍加速度を0.88/時間まで減らした。流加は接種の17h00後に開始し、30%での溶存酸素の調節はpO2カスケードパラメータの逐次的な増加によって実現した(32h15で撹拌、40h30で加圧、その後、45h40で空気流)。予測どおり、バイオマス増加速度は42℃へのシフト直後に下がった。産生されたプラスミドDNAの量は、即時の溶解後収率を模倣した小スケールプラスミド抽出手順を使用して1.03±0.17g/Lと推定された。
図1
図2
図3
図4
図5