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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-07
(45)【発行日】2022-06-15
(54)【発明の名称】気分障害を検出する方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/6844 20180101AFI20220608BHJP
   C12Q 1/6883 20180101ALI20220608BHJP
   C12N 15/12 20060101ALI20220608BHJP
【FI】
C12Q1/6844 Z
C12Q1/6883 Z
C12N15/12
【請求項の数】 18
(21)【出願番号】P 2018540333
(86)(22)【出願日】2017-09-25
(86)【国際出願番号】 JP2017034437
(87)【国際公開番号】W WO2018056430
(87)【国際公開日】2018-03-29
【審査請求日】2020-08-06
(31)【優先権主張番号】62/398,843
(32)【優先日】2016-09-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】501002172
【氏名又は名称】株式会社DNAチップ研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】510147776
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】100104411
【弁理士】
【氏名又は名称】矢口 太郎
(72)【発明者】
【氏名】中村 誠二
(72)【発明者】
【氏名】石澤 洋平
(72)【発明者】
【氏名】的場 亮
(72)【発明者】
【氏名】松原 謙一
(72)【発明者】
【氏名】功刀 浩
(72)【発明者】
【氏名】堀 弘明
【審査官】松原 寛子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2004/108899(WO,A2)
【文献】BMC Bioinformatics,2011年,doi:10.1186/1471-2105-12-S13-S20
【文献】Experimental Hematology,2012年,Vol.40,p.771-780
【文献】Scientific reports,2016年01月,doi:10.1038/srep18776
【文献】渡辺義文,ストレス脆弱性形成の分子機構-エピジェネティクス機構の関連,医学のあゆみ(別冊) うつ病-治療・研究の最前線,2014年02月,p.117~122
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/12
C12Q 1/6844
C12Q 1/6883
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リボソームタンパク遺伝子のRPL17、リボソームタンパク遺伝子のRPL34、もしくはCDKN1C、またはそれらの任意の組み合わせの遺伝子の発現量を被検者における大うつ病、または双極性障害の指標とする方法であって、
前記被検者由来の末梢血におけるリボソームタンパク遺伝子のRPL17、リボソームタンパク遺伝子のRPL34、もしくはCDKN1C、またはそれらの任意の組み合わせの遺伝子の発現量を測定する工程と、
前記測定した発現量を、健常者由来の末梢血における対応する遺伝子の発現基準値と比較する工程と、を有する、上記被検者における大うつ病、または双極性障害の指標とする方法。
【請求項2】
リボソームタンパク遺伝子のRPL17、リボソームタンパク遺伝子のRPL34、もしくはCDKN1C、またはそれらの任意の組み合わせの遺伝子の発現量を被検者における大うつ病、または双極性障害の治療効果の指標とする方法であって、
気分障害の治療前の前記被検者由来の末梢血におけるリボソームタンパク遺伝子のRPL17、リボソームタンパク遺伝子のRPL34、もしくはCDKN1C、またはそれらの任意の組み合わせの遺伝子の発現量を測定する工程と、
前記測定した発現量を、前記気分障害の治療後の前記被検者由来の末梢血における対応する遺伝子の発現基準値と比較する工程と、を有する、上記被検者における大うつ病、または双極性障害の治療効果の指標とする方法。
【請求項3】
前記比較する工程が、
(i)前記測定した遺伝子がリボソームタンパク遺伝子のRPL17および/またはRPL34であり、かつ前記測定した発現量が前記発現基準値より高い場合を検出し、または
(ii)前記測定した遺伝子がCDKN1Cであり、かつ前記測定した発現量が前記発現基準値より低い場合を検出する、請求項1または2に記載の気分障害検出マーカー遺伝子測定方法。
【請求項4】
前記遺伝子が、RPL34、CDKN1C、またはそれらの組み合わせである、請求項1または2に記載の気分障害検出マーカー遺伝子測定方法。
【請求項5】
前記遺伝子が、RPL34およびCDKN1Cの組み合わせ、またはRPL17及びCDKN1Cの組み合わせである、請求項1または2に記載の気分障害検出マーカー遺伝子測定方法。
【請求項6】
前記気分障害が大うつ病であり、前記遺伝子がRPL17、RPL34、またはそれらの組み合わせである、請求項1または2に記載の気分障害検出マーカー遺伝子測定方法。
【請求項7】
リボソームタンパク遺伝子のRPL17、リボソームタンパク遺伝子のRPL34、またはそれらの組み合わせの遺伝子の発現量を被検者におけるストレス脆弱性の指標とする方法であって、
前記被検者由来の末梢血におけるリボソームタンパク遺伝子のRPL17、リボソームタンパク遺伝子のRPL34、またはそれらの組み合わせの遺伝子の発現量を測定する工程と、
前記測定した発現量を、ストレス耐性健常者由来の末梢血における対応する遺伝子の発現基準値と比較する工程と、を有する、上記被検者におけるストレス脆弱性の指標とする方法。
【請求項8】
前記比較する工程が、前記測定したリボソームタンパク遺伝子のRPL17、リボソームタンパク遺伝子のRPL34発現量が前記発現基準値より高い場合を検出する、請求項7に記載の気分障害検出マーカー遺伝子測定方法。
【請求項9】
被検者における大うつ病、または双極性障害である気分障害を検出するためのキットであって、前記被検者由来の末梢血におけるリボソームタンパク遺伝子のRPL17、リボソームタンパク遺伝子のRPL34、もしくはCDKN1C、またはそれらの任意の組み合わせの遺伝子の発現を確認するためのプライマー、プローブ、または抗体を有する、キット。
【請求項10】
被検者における大うつ病、または双極性障害である気分障害治療の効果を判定するためのキットであって、前記被検者由来の末梢血におけるリボソームタンパク遺伝子のRPL17、リボソームタンパク遺伝子のRPL34、もしくはCDKN1C、またはそれらの任意の組み合わせの遺伝子の発現を確認するためのプライマー、プローブ、または抗体を有する、キット。
【請求項11】
被検者におけるストレス脆弱性を評価するためのキットであって、前記被検者由来の末梢血におけるリボソームタンパク遺伝子のRPL17、リボソームタンパク遺伝子のRPL34、またはそれらの組み合わせの遺伝子の発現を確認するためのプライマー、プローブ、または抗体を有する、キット。
【請求項12】
前記遺伝子が、RPL34、CDKN1C、またはそれらの組み合わせである、請求項9または10に記載のキット。
【請求項13】
前記遺伝子が、RPL34およびCDKN1Cの組み合わせ、またはRPL17及びCDKN1Cの組み合わせである、請求項9または10に記載のキット。
【請求項14】
前記気分障害が大うつ病であり、前記遺伝子がRPL17、RPL34、またはそれらの組み合わせである、請求項9または10に記載のキット。
【請求項15】
被検者における大うつ病、または双極性障害である気分障害を検出するための固体支持体であって、前記被検者由来の末梢血におけるリボソームタンパク遺伝子のRPL17、リボソームタンパク遺伝子のRPL34、もしくはCDKN1C、またはそれらの任意の組み合わせの遺伝子の発現を確認するためのプライマー、プローブ、または抗体を有する、固体支持体。
【請求項16】
前記遺伝子が、RPL34、CDKN1C、またはそれらの組み合わせである、請求項15に記載の固体支持体。
【請求項17】
前記遺伝子が、前記遺伝子が、RPL34およびCDKN1Cの組み合わせ、またはRPL17及びCDKN1Cの組み合わせである、請求項15に記載の固体支持体。
【請求項18】
前記気分障害が大うつ病であり、前記遺伝子がRPL17、RPL34、またはそれらの組み合わせである、請求項15に記載の固体支持体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被検者における気分障害を検出する方法、特に、被検者の末梢血を用いて所定の遺伝子の発現量を測定することによって気分障害を検出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
気分障害とは、うつ病に代表される精神疾患であり、抑うつ気分、不安、焦燥、精神的活動力の低下といった症状が現れ、また食欲低下や不眠、アルコール依存なども気分障害の症状であることが知られている。
【0003】
この気分障害には大うつ病や双極性障害が含まれるが、近年においては生涯罹患率が10%を超え、15%にも上るという報告もあり、現代社会におけるストレス環境に伴い、今後さらに増加することも予想される。このような罹患率の高い疾患であるにも関わらず、気分障害の症状が多岐にわたり、またその症状は身体に現れることも多いことから、単に身体の不調と考える患者も多く、正確な診断を困難にさせてしまったり、また引きこもりや自殺者の増加など、社会問題にも関連するため、気分障害の正確な診断と治療は急務である。
【0004】
ところで、従来の気分障害の診断については、医師や臨床心理士の評価や患者自身の主観に依拠することが多く、客観的な診断とは言い難いのが実情である。このような主観的な診断では、疾患診断書を得たいがためにあえて過剰な症状を訴えたり、またその反対に、気分障害であると診断されることによる偏見を嫌い、そもそも受診しなかったり、過小に評価することがあり、正確な診断を行うことを困難にさせている。また、評価を行う医師や臨床心理士にしても、正確な評価を行うためには、熟練した技能を要し、気分障害に関する十分な知識と経験が必要であるところ、気分障害には由来しない身体的症状と気分障害による身体的症状とを区別することは困難を伴うことが多い。
【0005】
このような状況に鑑み、例えば特許文献1では、うつ病の原因遺伝子と思われるものを探索し、分子マーカーとして診断に利用することが提案されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】特許第5442208号
【0007】
しかし、特許文献1において探索された分子マーカー候補遺伝子は18もあり、またその個々の遺伝子の機能にも類似性はみられないため、うつ病に対する直接的な機能変化に伴い、間接的にまたは偶然に発現変動した遺伝子だけを観察している可能性を否定できず、生物学的な機能で結びついた一群の遺伝子がうつ病において発現変動しているかどうかがわからないものとなってしまっている。そのため、十分な分子マーカーの探索になっていない可能性や、うつ病患者に特異的な機能変化に伴って発現挙動を示すマーカー遺伝子が見落とされている可能性がある。
【0008】
また、その候補遺伝子探索手段についても、検体および手法の両面において検証的な解析が行われておらず、偶然に発現変動した遺伝子を観察してしまった可能性を否定できず、うつ病の分子マーカーとしての感度や再現性に疑問があり、信頼性が高いとはいえない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、このような状況を鑑みてなされたものであり、被検者の末梢血における所定の遺伝子の発現量を測定することにより、当該被検者における気分障害を簡便かつ客観的に検出し、またその検出結果の信頼性が高い方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、病的な抑うつ症状を有する気分障害患者から採取した末梢血サンプルを用いて、健常者と比べて発現変動のある遺伝子を探索したところ、気分障害患者においてはリボソームタンパク遺伝子を含む遺伝子群が一群として発現変動しているという知見を得、このリボソームタンパク遺伝子を含む遺伝子群の個々の発現量を測定することによる気分障害の検出の可能性に着目した。
【0011】
そして、本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、被検者における所定のリボソームタンパク遺伝子を含む遺伝子群の個々の発現量を測定することを通じて、被検者が気分障害に罹患しているか否かを検出することができることを見出した。またかかる知見を元に、気分障害患者に対する治療効果や、被検者のストレス脆弱性をも評価することができることを見出した。
【0012】
具体的には、本発明の第一の主要な観点によれば、被検者における気分障害を検出する方法であって、前記被検者由来の末梢血におけるリボソームタンパク遺伝子、もしくはCDKN1C、またはそれらの任意の組み合わせの遺伝子の発現量を測定する工程を有し、前記測定結果に基づき、前記被検者が気分障害であるか否かを検出する方法が提供される。
【0013】
このような構成によれば、被検者から採取した末梢血におけるリボソームタンパク遺伝子、もしくはCDKN1C、またはそれらの任意の組み合わせの遺伝子の発現量を測定するだけで、その被検者の気分障害の罹患の有無を簡便かつ客観的に、しかも高い信頼性をもって検出する方法を提供することができる。
【0014】
また、リボソームタンパク遺伝子、もしくはCDKN1C、またはそれらの任意の組み合わせの遺伝子の発現量を測定するだけで、被検者における気分障害の罹患の有無を評価することができるため、これを通じて、非侵襲的かつ簡便に気分障害患者に対する治療の効果を評価することや、被検者におけるストレス脆弱性を判定することができ、さらに気分障害患者または被検者に適した治療法や対処法を選択するための材料として資することができる。
【0015】
また、本発明の一実施形態によれば、このような方法であって、さらに、前記測定した発現量を、健常者由来の末梢血における対応する遺伝子の発現基準値と比較する工程を有し、(i)前記測定した遺伝子がリボソームタンパク遺伝子であり、かつ前記測定した発現量が前記発現基準値より高い場合に、または(ii)前記測定した遺伝子がCDKN1Cであり、かつ前記測定した発現量が前記発現基準値より低い場合に、前記被検者が気分障害であることを示す、方法が提供される。
【0016】
また、本発明の他の一実施形態によれば、上述の本発明の第一の主要な観点の方法において、前記気分障害は、大うつ病、または双極性障害であることが好ましい。
【0017】
また、本発明の別の一実施形態によれば、このような方法において、前記リボソームタンパク遺伝子がRPL17、RPL23、RPL26、RPL31、RPL34、RPL36A、RPL7、RPL9、RPS15A、RPS24、RPS27、RPS3A、またはRPS7であることが好ましい。
【0018】
また、本発明のさらに別の一実施形態によれば、このような方法において、前記測定する工程は、RPL34及びCDKN1Cの発現量、またはRPL17及びCDKN1Cの発現量を測定することが好ましい。
【0019】
また、本発明の他の一実施形態によれば、上述の本発明の第一の主要な観点の方法において、前記測定する工程は、前記遺伝子のmRNAもしくはcDNAの量、または前記遺伝子によってコードされるタンパク質の量を測定することが好ましい。
【0020】
本発明の第二の主要な観点によれば、気分障害患者に対する気分障害治療の効果を判定する方法であって、(a)気分障害患者由来の末梢血におけるリボソームタンパク遺伝子、もしくはCDKN1C、またはそれらの任意の組み合わせの遺伝子の発現量を測定する工程を有し、前記測定結果に基づき、前記気分障害患者に対する気分障害治療の効果を判定する方法が提供される。
【0021】
本発明の他の一実施形態によれば、上述の本発明の第二の主要な観点の方法であって、
さらに、(b)治療後の前記気分障害患者由来の末梢血における対応する遺伝子の発現量を測定する工程と、(c)工程(a)の測定結果と、工程(b)の測定結果とを比較する工程とを有し、(i)前記測定した遺伝子がリボソームタンパク遺伝子であり、かつ工程(b)における発現量が工程(a)における発現量より減少した場合に、または(ii)前記測定した遺伝子がCDKN1Cであり、かつ工程(b)における発現量が工程(a)における発現量より増加した場合に、前記気分障害患者に対する気分障害治療が有効であることを示す、方法が提供される。
【0022】
また、本発明の他の一実施形態によれば、工程(b)及び(c)に加えて、さらに、(d)工程(c)の結果に基づき、追加の治療後の前記気分障害患者由来の末梢血における対応する遺伝子の発現量を測定する工程と、(e)工程(b)の測定結果と、工程(d)の測定結果とを比較する工程であって、必要に応じて工程(d)を繰り返す、前記比較する工程とを有する、方法も提供することができる。
【0023】
また、本発明の他の一実施形態によれば、上述の本発明の第二の主要な観点の方法において、前記気分障害は、大うつ病、または双極性障害であることが好ましい。
【0024】
また、本発明の別の一実施形態によれば、このような方法において、前記リボソームタンパク遺伝子がRPL17、RPL23、RPL26、RPL31、RPL34、RPL36A、RPL7、RPL9、RPS15A、RPS24、RPS27、RPS3A、またはRPS7であることが好ましい。
【0025】
また、本発明のさらに別の一実施形態によれば、このような方法において、工程(a)は、RPL34及びCDKN1Cの発現量、またはRPL17及びCDKN1Cの発現量を測定することが好ましい。
【0026】
本発明の第三の主要な観点によれば、被検者のストレス脆弱性を判定する方法であって、前記被検者由来の末梢血におけるリボソームタンパク遺伝子、またはそれらの任意の組み合わせの遺伝子の発現量を測定する工程を有し、前記測定結果に基づき、前記被検者がストレス脆弱性か否かを判定する方法が提供される。
【0027】
本発明の他の一実施形態によれば、上述の本発明の第三の主要な観点の方法であって、
さらに、前記測定した発現量を、ストレス耐性健常者由来の末梢血における対応する遺伝子の発現基準値と比較する工程を有し、前記測定した発現量が前記発現基準値より高い場合に、前記被検者がストレス脆弱性であることを示す、方法が提供される。
【0028】
また、本発明の他の一実施形態によれば、上述の本発明の第三の主要な観点の方法において、前記リボソームタンパク遺伝子がRPL17、RPL23、RPL26,RPL31、RPL34、RPL36A、RPL7、RPS24、またはRPS27であることが好ましい。
【0029】
本発明の第四の主要な観点によれば、気分障害を検出するための遺伝子マーカーであって、リボソームタンパク遺伝子、またはCDKN1Cから選択される、遺伝子マーカーが提供される。
【0030】
また、本発明の一実施形態によれば、上述の本発明の第四の主要な観点の遺伝子マーカーにおいて、前記気分障害は、大うつ病、または双極性障害であることが好ましい。
【0031】
また、本発明の別の一実施形態によれば、このような遺伝子マーカーにおいて、前記リボソームタンパク遺伝子がRPL17、RPL23、RPL26、RPL31、RPL34、RPL36A、RPL7、RPL9、RPS15A、RPS24、RPS27、RPS3A、またはRPS7であることが好ましい。
【0032】
本発明の第五の主要な観点によれば、被検者における気分障害を検出するための固体支持体またはキットであって、リボソームタンパク遺伝子、またはCDKN1Cの遺伝子発現を確認するためのプライマー、プローブ、または抗体を有する、固体支持体またはキットが提供される。
【0033】
また、本発明の別の一実施形態によれば、このような固体支持体またはキットにおいて、前記リボソームタンパク遺伝子がRPL17、RPL23、RPL26、RPL31、RPL34、RPL36A、RPL7、RPL9、RPS15A、RPS24、RPS27、RPS3A、またはRPS7であることが好ましい。
【0034】
本発明の第六の主要な観点によれば、気分障害患者に対する気分障害治療の効果を判定する方法であって、(a)前記気分障害患者に対して気分障害治療を施す工程と、(b)前記治療が施された気分障害患者由来の末梢血におけるリボソームタンパク遺伝子、もしくはCDKN1C、またはそれらの任意の組み合わせの遺伝子の発現量を測定する工程と、(c)前記測定した発現量を、健常者由来の末梢血における対応する遺伝子の発現基準値と比較する工程であって、(i)前記測定した遺伝子がリボソームタンパク遺伝子であり、かつ前記測定した発現量が前記発現基準値より高い場合に、もしくは(ii)前記測定した遺伝子がCDKN1Cであり、かつ前記測定した発現量が前記発現基準値より低い場合に、前記治療が施された気分障害患者に対する治療が継続または強化され、または(i)前記測定した遺伝子がリボソームタンパク遺伝子であり、かつ前記測定した発現量が前記発現基準値より低い場合に、もしくは(ii)前記測定した遺伝子がCDKN1Cであり、かつ前記測定した発現量が前記発現基準値より高い場合に、前記治療が施された気分障害患者に対する治療が中止または軽減される、前記比較する工程と、(d)工程(c)の結果に基いて、工程(a)を繰り返す工程とを有する、方法が提供される。
【0035】
なお、上記した以外の本発明の特徴及び顕著な作用・効果は、次の発明の実施形態の項及び図面を参照することで、当業者にとって明確となる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
図1図1は、本願発明の一実施形態において、健常者および気分障害患者におけるDNAマイクロアレイ実験による網羅的遺伝子発現情報の結果である。
図2図2は、本発明の一実施形態において、健常者および気分障害患者において発現に差の認められたRPL17およびRPL34のqPCRでの確認実験の結果である。
図3図3は、本発明の一実施形態において、qPCRにて精神疾患別にRPL17およびRPL34を測定した結果を示すグラフである。
図4図4は、本発明の一実施形態において、RPL17またはRPL34とそれらをサポートする遺伝子を用いたマイクロアレイ解析による気分障害の検出精度の向上を確認したROC分析の結果である。
図5図5は、本発明の一実施形態において、RPL17、RPL34、及びCDKN1CのqPCRによる気分障害患者と健常者における発現差の確認結果を示すグラフである。
図6図6は、本発明の一実施形態において、RPL17、RPL34、及びCDKN1Cを用いたqPCRによる気分障害の検出精度の向上を確認したROC分析の結果である。
図7図7は、本発明の一実施形態において、RPL17及びRPL34をはじめとするリボソームタンパク遺伝子群、並びにCDKN1Cに関して、健常者、症状を有する気分障害患者、および症状が寛解した気分障害患者を比較した結果を示すグラフである。
図8図8は、本発明の一実施形態において、RPL17及びRPL34をはじめとするリボソームタンパク遺伝子群に関して、健常者のストレス抵抗性群とストレス脆弱性群を比較した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0037】
以下に、本願発明に係る一実施形態および実施例を、図面を参照して説明する。
上記のとおり、本願発明に係る一実施形態は、被検者における気分障害を検出する方法であって、前記被検者由来の末梢血におけるリボソームタンパク遺伝子、もしくはCDKN1C、またはそれらの任意の組み合わせの遺伝子の発現量を測定する工程を有し、前記測定結果に基づき、前記被検者が気分障害であるか否かを検出するものである。
【0038】
すなわち、本発明者らは、気分障害患者の末梢血におけるリボソームタンパク遺伝子が健常者に比べてその発現量が高く、また気分障害患者の末梢血におけるCDKN1Cが健常者に比べてその発現量が低いという知見を得て、上記発明をなし得た。また、本発明者らは、これらの遺伝子を組み合わせて用いることで、その検出精度を高めることも見出している。
【0039】
また、被検者が気分障害か否かを判断するには、被検者由来の末梢血において測定した発現量を、健常者由来の末梢血における対応する遺伝子の発現量(発現基準値)と比較し、その測定した遺伝子がリボソームタンパク遺伝子の場合には、被検者における発現量が健常者のものよりも増加していた場合に、または測定した遺伝子がCDKN1Cの場合には、被検者における発現量が健常者のものよりも低下していた場合に、その被検者が気分障害であると示すこともできる。
【0040】
本願明細書において、「気分障害」とは、代表的には大うつ病や双極性障害に分類することができる疾患であり、気分に関する障害を有する精神疾患の一群を指す。例えば、気分の持続的な落ち込みを主体とした症状が現れるうつ病エピソードや、爽快感、身体の快調感、幸福感があり、自信に満ち溢れ楽観的な考えに支配される症状が現れる躁病エピソード、その両方の症状を繰り返す躁うつ状態などの症状を有する疾患を指し、これらの症状を備える疾患であれば特に限定されない。
【0041】
本願明細書において、「リボソームタンパク遺伝子」とは、「リボソームタンパク質遺伝子」とも呼ばれ、リボソームまたはその大小のサブユニットを構成するタンパク質を発現する遺伝子群を指す。主としてRPL(大ユニット)またはRPS(小ユニット)の略称で表され、かつ枝番の番号が付される。例えば、本願明細書において、「リボソームタンパク遺伝子」とはRPL17、RPL23、RPL26、RPL31、RPL34、RPL36A、RPL7、RPL9、RPS15A、RPS24、RPS27、RPS3A、及びRPS7等の遺伝子が含まれるが、これらの遺伝子に限定されるものではない。
【0042】
本願発明の一実施形態において、このようなリボソームタンパク遺伝子やCDKN1Cは、気分障害を検出するための遺伝子マーカーとして使用可能である。また、リボソームタンパク遺伝子やCDKN1Cは、後述するように、気分障害患者に対する気分障害治療の効果を判定したり、被検者のストレス脆弱性を判定したりするための遺伝子マーカーとして使用することも可能である。
【0043】
本願発明の一実施形態において、上記のリボソームタンパク遺伝子やCDKN1Cを単独ではなく2つや3つの複数の遺伝子を組み合わせて用いることで、被検者における気分障害を検出精度や治療効果の判定の精度を向上させることができる。例えば、被検者における気分障害を検出する際に、被検者由来の末梢血におけるRPL34及びCDKN1Cの発現量を測定したり、RPL17及びCDKN1Cの発現量を測定したりすることで、単体の遺伝子の発現量を測定する場合に比べて、気分障害の検出精度を向上させることが可能となる。この遺伝子の組み合わせは、リボソームタンパク遺伝子同士であってもよく、またリボソームタンパク遺伝子とCDKN1Cとの組み合わせであってもよい。
【0044】
また、本願明細書において、「遺伝子の発現量を測定する」とは、当該遺伝子のmRNAやcDNAの量を測定することを指す場合に加えて、当該遺伝子によってコードされるタンパク質の量を測定することを指す場合もある。mRNA、cDNA、タンパク質のいずれの量を測定しても本願発明の効果を達成することができ、また当業者が適宜選択して測定することができる。
【0045】
本願発明の一実施形態において、上述のように気分障害患者由来の末梢血におけるリボソームタンパク遺伝子やCDKN1Cの発現量を測定することを通じて、気分障害患者に対する気分障害治療の効果を判定することも可能である。この場合、気分障害患者由来の末梢血におけるリボソームタンパク遺伝子、もしくはCDKN1C、またはそれらの任意の組み合わせの遺伝子の発現量を測定し、この測定結果に基づき、気分障害患者に対する気分障害治療の効果を判定することになる。
【0046】
また、本願発明の一実施形態において、測定される遺伝子は、効果が判定される対象となる治療が施される前の気分障害患者由来の末梢血において発現したものであれば良く、当該気分障害患者は未治療の患者であっても良く、またはすでに1回もしくは複数回の治療が施されていても良い。
【0047】
また、本願発明の一実施形態において、気分障害患者に施した治療が効果を奏したか否かを判定するには、判定対象の治療前後の気分障害患者由来の末梢血における対応する遺伝子の発現量を測定して、その治療前後の発現量同士を比較することもできる。この場合、測定した遺伝子がリボソームタンパク遺伝子の場合には、治療前に測定した遺伝子発現量が治療後に減少していれば、治療効果があったと判定することができる。他方、測定した遺伝子がCDKN1Cの場合には、治療前に測定した遺伝子発現量が治療後に増加していれば、治療効果があったと判定することができる。
【0048】
さらに、本願発明の一実施形態において、このような治療効果の判定の際には、気分障害の治療とその治療効果の有無の判定を繰り返すことが可能である。例えば、上記のようにして最初の治療後の効果を判定して、その結果が、治療効果がない、または十分ではないと判定され、追加の治療が必要となった場合、その追加の治療後の気分障害患者由来の末梢血における対応する遺伝子の発現量を測定して、その追加の治療後の発現量と、最初の治療後の発現量とを比較することができる。また、必要に応じて追加の治療とその効果の判定を繰り返すことも可能である。
【0049】
本願発明の一実施形態において、気分障害患者に対する気分障害治療の効果を判定する場合には、気分障害患者における治療前後の発現量同士を比較するだけではなく、気分障害患者由来の末梢血における遺伝子発現量と、健常者由来の末梢血における対応する遺伝子発現量とを比較することもできる。例えば、気分障害患者に対して気分障害治療を施し、その治療後の気分障害患者由来の末梢血における遺伝子発現量を測定し、それを健常者での対応する遺伝子の発現量基準値(発現基準値)と比較することも可能である。そして、測定した遺伝子がリボソームタンパク遺伝子の場合には、治療後の気分障害患者での遺伝子発現量が健常者のものよりも大きい(多く発現している)場合に、治療が十分ではないとして、気分障害患者に対する治療が継続または強化されることができる。また測定した遺伝子がCDKN1Cの場合には、治療後の気分障害患者での遺伝子発現量が健常者のものよりも小さい(発現量が少ない)場合に、同様に治療を継続または強化できる。
【0050】
他方、測定した遺伝子がリボソームタンパク遺伝子の場合に、治療後の気分障害患者での遺伝子発現量が健常者のものと同程度かまたはそれよりも小さい(発現量が少ない)ときには、治療が十分効果的であるとして、気分障害患者に対する治療が中止または軽減することができる。また測定した遺伝子がCDKN1Cの場合には、治療後の気分障害患者での遺伝子発現量が健常者のものと同程度かまたはそれよりも大きい(多く発現している)ときに、同様に治療が中止または軽減することができる。
【0051】
本願発明の一実施形態において、このような治療と判定は任意のタイミングで行うことができ、またその回数にも制限はない。
【0052】
本願発明の一実施形態において、上述のように被検者由来の末梢血におけるリボソームタンパク遺伝子の発現量を測定することを通じて、被検者のストレス脆弱性を判定することも可能である。この場合、被検者由来の末梢血におけるリボソームタンパク遺伝子、またはそれらの任意の組み合わせの遺伝子の発現量を測定し、この測定結果に基づき、被検者がストレス脆弱性か否かを判定することになる。
【0053】
また、本願発明の一実施形態において、被検者のストレス脆弱性を判定するには、ストレス耐性健常者由来の末梢血におけるリボソームタンパク遺伝子の発現量(発現基準値)を測定して、被検者由来の末梢血におけるリボソームタンパク遺伝子の発現量と比較することもできる。この場合、被検者由来の末梢血における遺伝子発現量がストレス耐性健常者のものよりも大きい(多く発現している)場合に、その被検者がストレス脆弱性であると判定することができる。
【0054】
本願発明の一実施形態において、上述のような遺伝子マーカーとしてのリボソームタンパク遺伝子やCDKN1Cの遺伝子発現を確認するためのプライマー、プローブ、または抗体を組み合わせて、被検者における気分障害を検出するための固体支持体またはキットとすることもできる。この場合、当該プライマー、プローブ、または抗体は遺伝子工学や分子生物学の分野において周知の技術によって作製されることができ、任意の長さや大きさのものを採用することができる。また、同様にして、気分障害患者に対する気分障害治療の効果を判定したり、被検者のストレス脆弱性を判定したりするための固体支持体またはキットとして使用することも可能である。
【実施例
【0055】
以下に、実施例を用いて、本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0056】
以下に、本発明において用いる実験手法および材料について説明する。なお、本実施形態において、以下の実験手法を用いているが、これら以外の実験手法を用いても、同様の結果を得ることができる。
【0057】
1.気分障害検出マーカー遺伝子の探索
マイクロアレイ解析検体に用いるため、国立精神・神経医療研究センターにおいて、病的な抑うつ症状を有する気分障害(大うつ病・双極性うつ病)患者25名、およびそれらの患者と年齢および性別を一致させた健常者25名の末梢血を採取した。そのまとめた結果を表1に示す。表1からわかるとおり、本実施例においては、健常群と気分障害群とで年齢および性別に差は認められない。
【0058】
【表1】
【0059】
次に、PAX gene blood RNA Systemを用いて、これらの健常者および気分障害患者の末梢血に含まれるRNAを精製した。そして、このRNAを用いて、Agilent社製オリゴDNAマイクロアレイ実験を行い、網羅的遺伝子発現情報を取得した。
【0060】
このDNAマイクロアレイ実験は、1回目を2009年に健常者13例および気分障害患者13例で行い、2回目を2011年に健常者12例および気分障害患者12例で行ったため、得られたデータに実験時期によるバッチ差が認められた。そこでこの得られたデータをCombat法(参照:Biostatistics. 2007 Jan;8(1):118-27.)によって補正した(図1)。図1に示したとおり、Combat補正によりバッチ差の消失を確認した。Combat補正後のデータを以降の解析に用いた。
【0061】
続いて、Welch’s T検定によって、気分障害患者と健常者との間で発現差が認められる154プローブ(125遺伝子。気分障害患者で発現が亢進しているもの及び低下しているものを含む。)を同定した。その結果を表2に示す。表2では、発現差遺伝子を抽出する閾値として、False Discovery Rate(FDR:BH法)<0.25かつFold Change>1.5を用いている。
【0062】
【表2】
【0063】
本発明者らは、さらに分子マーカーの候補となる遺伝子を絞り込み、また気分障害患者に特有の機能変化に伴って発現変動した遺伝子を探索するため、発現亢進および発現低下のそれぞれの遺伝子群について機能的解析(Gene Ontology解析)を行った。その結果、健常者と比べて気分障害患者において発現が減少した遺伝子群では有意な機能が検出されなかったが、発現が増加した遺伝子群ではリボソームタンパク関連のGO Termが有意な機能として検出された(表3)。
【0064】
【表3】
【0065】
そして、このリボソームタンパク遺伝子群の中でも特に発現差が大きかったRPL17およびRPL34について、マイクロアレイを行った検体とは別の検体群(気分障害(大うつ病)患者14例、健常者11例)でqPCR検証を行い、再現性を確認した(図2)。
【0066】
この結果、マイクロアレイとは独立したサンプルを用いたqPCR検証においても、RPL17およびRPL34の2つの遺伝子については、気分障害患者群と健常者群との間に有意な差が認められることを確認できた。異なる検体および異なる検査手法を用いても有意差が認められたことから、RPL17およびRPL34の2つの遺伝子については、気分障害を示す分子マーカーとしての信頼性が高いことがわかる。
【0067】
さらに別途取得した、統合失調症43例、大うつ病48例、双極性うつ病46例、健常者46例についてqPCR検証を行い、RPL17およびRPL34が気分障害(大うつ病および双極性うつ病)で特徴的に変動することを見出した(図3)。以上の検証結果により、全血におけるRPL17およびRPL34遺伝子の発現量を測定することで、気分障害の客観的な検出が可能であることが示唆された。
【0068】
一方で、統合失調症患者のRPL17およびRPL34は健常群と同程度の発現量であったことから、RPL17およびRPL34が、気分障害患者と他の精神疾患患者とを区別する際にも使用できることがわかった。
【0069】
2.気分障害検出マーカー遺伝子の気分障害検出精度を向上させる遺伝子の探索
続いて、本発明者らは、上記のようにして探索された気分障害検出マーカー遺伝子の精度を向上させるため、気分障害患者25例と健常者25例のマイクロアレイデータを用いたWelch’s T検定によってFDR(BH法)<0.25かつFold Change>1.4で差が認められた221プローブ(182遺伝子)から、RPL17およびRPL34の気分障害検出精度を向上させる遺伝子の探索を試みた。
【0070】
まず、RPL17およびRPL34と独立の情報を有する遺伝子を選別するため、これらの2つの遺伝子との遺伝子発現量の相関係数の絶対値が0.4より小さい遺伝子であるYBX1、HIP1、CDKN1C、SLPI、及びIFI44を候補遺伝子として選択した(表4)。すなわち、これらの候補遺伝子は、マイクロアレイ解析において気分障害患者と健常群とで有意差をもって発現し、かつ気分障害検出マーカー遺伝子であるRPL17およびRPL34とは相関が低い遺伝子であるため、RPL17およびRPL34とは独立した要因によって発現量が変動していることになる。
【0071】
【表4】
【0072】
そして、RPL17またはRPL34と、候補遺伝子となったYBX1、HIP1、CDKN1C、SLPI、及びIFI44とのそれぞれを用いた重ロジスティック回帰分析を行い、得られた気分障害確率を用いた診断精度分析(ROC分析)を行った。その結果を図4に示した。図4からわかるとおり、RPL17及びRPL34のいずれの遺伝子についても、候補遺伝子の中でもCDKN1Cが最も、RPL17またはRPL34による気分障害検出精度を向上させることが認められた。
【0073】
続いて、前述の検体を含む、気分障害患者124例および健常者82例について、RPL17、RPL34、及びCDKN1CのqPCRデータを取得した。その結果、qPCR解析においては、RPL17およびRPL34だけではなく、CDKN1Cについても気分障害患者群と健常群との間で有意な発現差(発現低下)が認められた(図5)。これにより、RPL17およびRPL34と併用しない場合であっても、CDKN1C単独でも気分障害の客観的な検出が可能であることが示された。
【0074】
3.気分障害検出マーカー遺伝子の併用による気分障害検出精度の向上
次に、CDKN1CのqPCRデータを取得した検体群について、RPL17、RPL34、およびCDKN1Cのそれぞれ、並びにそれらの任意の組み合わせによる気分障害の検出精度を検証した(図6)。図6からわかるとおり、RPL17、RPL34、およびCDKN1Cをそれぞれ単独で用いた場合にも一定の精度で気分障害を検出することができるが、全血においてRPL17またはRPL34の発現量を単独で測定した場合に比べて、CDKN1Cを併用して測定することで、気分障害の検出精度をさらに高めることが可能であることが示された。
【0075】
4.気分障害検出マーカー遺伝子による気分障害治療効果の判定
続いて、本発明者らは、気分障害検出マーカー遺伝子として探索された遺伝子が、気分障害患者に対する治療効果と関連するかどうかを検証するため、病的な抑うつ症状を有する気分障害患者54例(大うつ病47例、双極性うつ病7例)、抑うつ症状が寛解した気分障害患者14例(大うつ病12例、双極性うつ病2例)、および健常者54例の末梢血を採取し、上記と同様の方法でマイクロアレイ解析によって網羅的遺伝子発現情報を取得し、RPL17及びRPL34をはじめとするリボソームタンパク遺伝子群、並びにCDKN1Cの発現量を確認した。その結果を図7に示す。図7からわかるとおり、抑うつ症状群に比べて抑うつ症状寛解群では、RPL17及びRPL34をはじめとするリボソームタンパク遺伝子群の発現の低下傾向が認められた。また、CDKN1C遺伝子は抑うつ症状寛解群で発現亢進傾向が認められた。また、抑うつ症状寛解群におけるリボソームタンパク遺伝子群、及びCDKN1Cの各遺伝子の発現量の平均値は、抑うつ症状群と健常群との間に位置した。これにより、全血においてリボソームタンパク遺伝子群、及びCDKN1Cの各遺伝子の発現量を測定することによって、気分障害の治療効果の判定が可能であることも示された。
【0076】
5.気分障害検出マーカー遺伝子によるストレス脆弱性の判定
ストレスに対する耐性が弱い者は、大うつ病をはじめとする気分障害性疾患の罹患リスクが高いことが知られている。そこで本発明者らは、上記で同定した気分障害を検出する遺伝子マーカーが、健常人のストレス脆弱性と関連するか否かを検証した。
【0077】
健常者を対象として、従来の手法(J Psychiatr Res. 2014 Jan;48(1):56-64.)に従い、ストレスに対して脆弱なVulnerable群20例と、ストレスに抵抗性を示すResistant群20例とを選出した。これらの被検者の末梢血を用いて、マイクロアレイを用いた網羅的遺伝子発現情報を取得し、RPL17及びRPL34をはじめとするリボソームタンパク遺伝子群、並びにCDKN1C遺伝子の発現量を確認し、群間で比較した。その結果を図8に示す。図8からわかるとおり、CDKN1CについてはResistant群とVulnerable群とで差は認められなかったが、RPL17及びRPL34をはじめとするリボソームタンパク遺伝子群についてはResistant群とVulnerable群とで有意な発現差が認められた。これにより、被検者の末梢血におけるリボソームタンパク遺伝子群の個々の遺伝子発現量を測定することで、被検者のストレス脆弱性の判定が可能であることが示された。
【0078】
その他、本発明は、さまざまに変形可能であることは言うまでもなく、上述した一実施形態に限定されず、発明の要旨を変更しない範囲で種々変形可能である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8