(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-07
(45)【発行日】2022-06-15
(54)【発明の名称】RhoGDIβ抑制剤
(51)【国際特許分類】
A61K 8/67 20060101AFI20220608BHJP
A61P 17/16 20060101ALI20220608BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20220608BHJP
A61K 31/341 20060101ALI20220608BHJP
A61Q 19/00 20060101ALI20220608BHJP
【FI】
A61K8/67
A61P17/16
A61P43/00 111
A61P43/00 105
A61K31/341
A61Q19/00
(21)【出願番号】P 2017194818
(22)【出願日】2017-10-05
【審査請求日】2020-07-20
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000112266
【氏名又は名称】ピアス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001586
【氏名又は名称】特許業務法人アイミー国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】豊島 美咲
(72)【発明者】
【氏名】山田 能史
(72)【発明者】
【氏名】小原 由季
(72)【発明者】
【氏名】古橋 茉里子
(72)【発明者】
【氏名】仲尾次 浩一
(72)【発明者】
【氏名】濱田 和彦
【審査官】山中 隆幸
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2009/025328(WO,A1)
【文献】特開昭62-226910(JP,A)
【文献】特開2011-195461(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 8/00- 8/99
A61Q 1/00-90/00
A61K31/33-33/44
Mintel GNPD
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
皮膚の基底層における細胞分裂の方向性を整えるためにビタミンCの2位又は3位のヒドロキシ基のうち、いずれか一方のヒドロキシ基の水素基のみが、炭素数12,16,18のいずれかの直鎖アルキル基に置換され、他方のヒドロキシ基の水素基は置換されていないビタミンC誘導体を含む、RhoGDIβ抑制剤。
【請求項2】
前記ビタミンC誘導体は、3‐O‐セチルアスコルビン酸または2‐O‐セチルアスコルビン酸のいずれかである、請求項1に記載のRhoGDIβ抑制剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、RhoGDIβ抑制剤及び化粧料に関する。
【背景技術】
【0002】
我々の体の様々な組織では、組織中の細胞が常に新しい細胞に入れ替わることで、恒常性が維持されている。
【0003】
例えば、皮膚組織では、皮膚表皮の内側の基底膜に接している基底層(基底細胞)と呼ばれる未分化の細胞群が、分裂、増殖を繰り返す。基底層(基底細胞)が、基底膜側から皮膚表皮の外側の有刺層側へと段階的に分化し、皮膚組織の最外表面から剥がれることで、新しい細胞を供給する新陳代謝を繰り返す。
【0004】
すなわち、皮膚組織では、基底層(基底細胞)が分裂、増殖、分化を繰り返すことで、恒常性が維持され、バリア機能や透明感が維持されている。
【0005】
基底層(基底細胞)の細胞分裂には方向性があり、基底膜に対して、通常、平行方向或いは垂直方向に分裂する。前者は対称分裂であり、二つの娘細胞は共に基底膜に接するため、増殖能を維持し、表皮シートの拡大に寄与する。
【0006】
その一方で、後者は非対称分裂であり、基底膜から解離した娘細胞は、増殖を停止して段階的に分化することで、皮膚組織の多層化に寄与する。この分裂の方向性は、皮膚組織の形成と恒常性維持とに重要である。
【0007】
そして、例えば、加齢や紫外線暴露等によって、皮膚組織の細胞分裂の方向性が乱れ、形成される表皮の構造に乱れを生じさせることが、皮膚の乾燥、くすみ等の好ましくない皮膚症状の一因となり得る。
【0008】
近年、細胞分裂の方向性の乱れに、Rhoファミリー低分子量Gタンパク質の制御因子であるRhoグアニンヌクレオチド解離阻害因子β(Rho guanine nucleotide dissociation inhibitorβ;RhoGDIβ)が関与していることが知られるようになった。
【0009】
RhoGDIは、細胞形態や細胞運動を支配している重要な細胞内シグナル因子群であるRhoGTPasesを制御しており、RhoからのGDPの解離およびGTPの加水分解を抑制する。ほとんどのRhoタンパク質は、RhoGDIと結合して細胞質に存在すると考えられている。RhoGDIは、細胞のシグナル伝達のスイッチ役として機能していると考えられている。
【0010】
哺乳類においては、3種類のRhoGDI(RhoGDIα、RhoGDIβ、RhoGDIγ)が知られている。
【0011】
細胞分裂の方向性を乱すRhoGDIβに関する文献として、例えば、特開2014‐141430号公報(特許文献1)が知られている。
【0012】
特許文献1には、RhoGDIβタンパク質の産生を抑制できるRhoGDIβタンパク質の産生抑制剤が開示されている。
【0013】
特許文献1に記載のRhoGDIβタンパク質の産生抑制剤は、オウゴン抽出物を含むことを特徴とする。オウゴン抽出物を含むRhoGDIβタンパク質の産生抑制剤は、皮膚表皮細胞の分裂方向制御剤、皮膚外用剤、及び皮膚表皮細胞の分裂方向制御方法としても用いられる。
【0014】
また、近年、細胞分裂の方向性を乱す作用を有するRhoGDIβが、がん細胞に多く見られることが知られるようになった。
【0015】
RhoGDIβタンパク質は、紫外線照射等の影響を受けて、ΔN‐RhoGDIβタンパク質に分解される。RhoGDIβタンパク質の分断化産物であるΔN‐RhoGDIβタンパク質は、RhoファミリーGタンパク質の1種であるCdc42と結合する作用を有している。Cdc42は、様々な細胞の形態形成などの過程で重要な役割を担っているタンパク質であり、皮膚表皮細胞の分裂においても、細胞の形態形成に関わっている。
【0016】
より詳しくは、Cdc42は、皮膚表皮細胞が2つに分裂する際に、通常、細胞の核を通る直線に沿うように2箇所に配される。そして、細胞は、2つのCdc42がその直線に沿って互いに離れるように分裂する。すなわち、その直線の延在方向が分裂方向となる。
【0017】
従って、Cdc42がΔN‐RhoGDIβタンパク質と結合すること等によって、Cdc42の機能が阻害されると、細胞の分裂方向がよりランダムなものとなり得る。
【0018】
さらに、RhoGDIβとがんとの関連も報告されている。細胞分裂の方向性の異常とがん化、RhoGDIβに関する文献として、例えば、J. Cell. Physiol. 231: 2493-2505, 2016.(非特許文献1)が知られている。非特許文献1には、以下の内容が開示されている。
【0019】
RhoGDIβはカスパーゼ3の直接の切断基質として知られ、カズパーゼ3活性化細胞ではN末端切断型RhoGDIβ(ΔN‐RhoGDIβタンパク質)が蓄積する。
【0020】
RhoGDIβは多くの上皮癌において過剰発現している。また、放射線治療や細胞傷害性の抗癌治療によって、カスパーゼ3が活性化することが既に知られている。
【0021】
ヒト由来子宮頸がん細胞Hela細胞を用いた実験の結果、ΔN‐RhoGDIβタンパク質の安定的な発現によりCdc42の活性が恒常的に阻害され、放射線誘発性の代償性増殖が亢進することを明らかにした。
【0022】
すなわち、RhoGDIβタンパク質(ΔN‐RhoGDIβタンパク質)は細胞傷害性の抗癌治療時に代償性増殖を促進することで、がん細胞の再増殖に関与している可能性が考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0023】
【非特許文献】
【0024】
【文献】J. Cell. Physiol. 231: 2493-2505, 2016.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0025】
上記特許文献1において、発明者らは、表皮細胞の細胞分裂の方向性を乱すRhoGDIβの発生を抑制する素材として、オウゴン抽出物を見出した。RhoGDIβの発生を抑制する素材のさらなる解明が望まれている。
【0026】
また、上記非特許文献1において、多くの上皮性癌において過剰発現しているRhoGDIβタンパク質が、カスパーゼ3の活性化によって誘導される癌進展の新規メカニズムである可能性が示唆された。
【0027】
しかしながら、RhoGDIβの発生を抑制する素材については、ほとんど知られていない。したがって、RhoGDIβの発生を抑制する素材のさらなる解明が望まれている。
【0028】
そこで、発明者らは、斯かる実情に鑑み、RhoGDIβの発生を抑制する素材をスクリーニングし、優れたRhoGDIβの発生を抑制する作用を持つものを見出した。
【0029】
すなわち、発明者らは、RhoGDIβの発生を抑制する素材についてさらにスクリーニングを実施し、ある種のビタミンC誘導体(アスコルビン酸誘導体)が、RhoGDIβの発生を抑制する素材であるという、新たな知見を得た。
【0030】
本発明は、斯かる実情に鑑み、RhoGDIβの発生を抑制することで、皮膚の細胞の分裂の方向性を調整し、皮膚のバリア機能、保湿力を高めることのできるRhoGDIβ抑制剤及び化粧料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0031】
本発明のRhoGDIβ抑制剤は、炭素数16のアルキル基を有するビタミンC誘導体を含む、ことを特徴とする。
【0032】
ビタミンCは、生体に必須の水溶性ビタミンであり、優れた抗酸化力を有し、美白(シミの元になるメラニンの産生を抑制)、コラーゲン合成、皮脂抑制等の優れた美容効果を奏することが知られている。しかしながら、ビタミンCは、浸透性に欠け、不安定であるため、経皮吸収されにくい、という特徴がある。
【0033】
そこで、ビタミンCに修飾基を付けて、ビタミンCの安定性、浸透性を改善させたものとして、ビタミンC誘導体が使用されている。修飾基の種類としては、グリセリン、リン酸、アルキル基(炭素(有機物)が鎖状に繋がったもの)等が挙げられる。
【0034】
上記構成のRhoGDIβ抑制剤によれば、炭素数16のアルキル基を有するビタミンC誘導体を含むため、ビタミンC誘導体としての機能に加えて、RhoGDIβの発生を抑制することで、皮膚の細胞の分裂の方向性を調整し、皮膚のバリア機能、保湿力を高めることができる。
【0035】
本発明の一態様として、前記炭素数16のアルキル基を有するビタミンC誘導体は、炭素数16の直鎖アルキル基を有する、のが好ましい。
【0036】
上記構成のRhoGDIβ抑制剤によれば、炭素数16のアルキル基を有するビタミンC誘導体は、炭素数16の直鎖アルキル基を有するため、炭素数16の直鎖アルキル基を有するビタミンC誘導体が、RhoGDIβの発生を抑制することで、皮膚の細胞の分裂の方向性を調整し、皮膚のバリア機能、保湿力を高めることができる。なお、炭素数16のアルキル基を有するビタミンC誘導体として、直鎖アルキル基で修飾されており、且つ6位には修飾基を有さないことが重要である可能性がある。また、修飾様式(エーテル結合)や修飾数も、重要な因子である可能性が残る。
【0037】
本発明の一態様として、前記炭素数16のアルキル基を有するビタミンC誘導体は、2位又は3位の修飾位置のみに、炭素数16のアルキル基を有する、のが好ましい。
【0038】
上記構成のRhoGDIβ抑制剤によれば、炭素数16のアルキル基を有するビタミンC誘導体は、2位又は3位の修飾位置のみに、炭素数16のアルキル基を有するため、2位及び3位の少なくとも一方に、炭素数16のアルキル基を有するビタミンC誘導体が、RhoGDIβの発生を抑制することで、皮膚の細胞の分裂の方向性を調整し、皮膚のバリア機能、保湿力を高めることができる。
【0039】
本発明の一態様として、前記2位及び3位の少なくとも一方に、炭素数16のアルキル基を有するビタミンC誘導体は、3‐O‐セチルアスコルビン酸及び2‐O‐セチルアスコルビン酸を含む、のが好ましい。
【0040】
上記構成のRhoGDIβ抑制剤によれば、2位及び3位の少なくとも一方に、炭素数16のアルキル基を有するビタミンC誘導体は、3‐O‐セチルアスコルビン酸及び2‐O‐セチルアスコルビン酸を含むため、3‐O‐セチルアスコルビン酸又は2‐O‐セチルアスコルビン酸が、RhoGDIβの発生を抑制することで、皮膚の細胞の分裂の方向性を調整し、皮膚のバリア機能、保湿力を高めることができる。
【0041】
本発明のさらに他の態様として、化粧料は、上記のRhoGDIβ抑制剤を含む、のが好ましい。
【0042】
上記構成の化粧料によれば、化粧料は、上記のRhoGDIβ抑制剤を含むため、ビタミンC誘導体の優れた美容効果を奏することができる。また、RhoGDIβの発生を抑制することで、皮膚の細胞の分裂の方向性を調整し、皮膚のバリア機能、保湿力を高めることができる。
【発明の効果】
【0043】
以上のように、本発明によれば、RhoGDIβの発生を抑制することで、皮膚の細胞の分裂の方向性を調整し、皮膚のバリア機能、保湿力を高めることのできる、といった優れた効果を奏し得る。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【
図1】本発明の一実施形態に係るRhoGDIβ抑制剤について、種々の修飾基を有するビタミンC誘導体のRhoGDIβに対する抑制作用を示すグラフである。
【
図2】同実施形態に係るRhoGDIβ抑制剤について、ビタミンC誘導体の修飾基としてのアルキル基の炭素数の違いにおけるRhoGDIβの相対発現量を示すグラフである。
【
図3】同実施形態に係るRhoGDIβ抑制剤について、細胞分裂方向に対する垂直方向(80~90°)と水平方向(0~10°)の分裂細胞数を示す3次元棒グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0045】
以下、本発明の一実施形態に係るRhoGDIβ抑制剤について、添付図面を参照して詳細に説明する。
【0046】
発明者らは、上述のように、RhoGDIβの発生を抑制する素材に関する新たな知見を得た。すなわち、発明者らは、RhoGDIβの発生を抑制する素材について、さらにスクリーニングを実施し、RhoGDIβの発生を抑制する作用を持つものをさらに見出した。
【0047】
発明者らは、RhoGDIβの発生を抑制する素材をさらにスクリーニングした結果、ある種のビタミンC誘導体が、RhoGDIβの発生を抑制することを見出した。
【0048】
ビタミンCは、生体に必須の水溶性ビタミンであり、優れた抗酸化力を有し、美白(シミの元になるメラニンの産生を抑制)、コラーゲン合成、皮脂抑制等の優れた美容効果を奏することが知られている。しかしながら、ビタミンCは、浸透性に欠け、不安定であるため、経皮吸収されにくい、という特徴がある。
【0049】
そこで、ビタミンCに修飾基を付けて、ビタミンCの安定性、浸透性を改善させたものとして、ビタミンC誘導体が使用されている。ビタミンC誘導体が、ビタミンCの浸透力と、優れた抗酸化力、美白、コラーゲン合成、皮脂抑制等の優れた効果を高めるようになる。修飾基の種類としては、グリセリン、リン酸、アルキル基(炭素(有機物)が鎖状に繋がったもの)等が挙げられる。
【0050】
さらに、発明者らは、表皮細胞のRhoGDIβの発生を抑制するビタミンC誘導体の探索を開始した。
【0051】
本実施形態に係るRhoGDIβ抑制剤は、炭素数16のアルキル基を有するビタミンC誘導体を含む。
【0052】
本実施形態において、炭素数16のアルキル基を有するビタミンC誘導体は、炭素数16の直鎖アルキル基を有する。なお、本実施形態においては、炭素数16のアルキル基を有するビタミンC誘導体は、炭素数16の直鎖アルキル基を有するが、これに限定されるものではない。炭素数16のアルキル基を有するビタミンC誘導体は、炭素数16の分岐鎖のアルキル基を有してもよい。
【0053】
本実施形態において、炭素数16のアルキル基を有するビタミンC誘導体は、2位又は3位の修飾位置のみに、炭素数16のアルキル基を有する。2位又は3位の修飾位置のみに、炭素数16のアルキル基を有するビタミンC誘導体としては、例えば、3‐O‐セチルアスコルビン酸(3‐O‐ヘキサデシルアスコルビン酸)、2‐O‐セチルアスコルビン酸(2‐O‐ヘキサデシルアスコルビン酸)等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0054】
3‐O‐セチルアスコルビン酸(3‐O‐ヘキサデシルアスコルビン酸)は、安定性に優れたビタミンC誘導体であり、真皮線維芽細胞におけるNOの促進を介して、正常なI型コラーゲン線維束の形成を促し、しわ、たるみを防止することが知られている。
【0055】
3‐O‐セチルアスコルビン酸(3‐O‐ヘキサデシルアスコルビン酸)の製造法としては、従来より行われている一般的な製造方法が使用可能である。
【0056】
本実施形態において、3‐O‐セチルアスコルビン酸又は2‐O‐セチルアスコルビン酸の含有量が、0.0004重量%以上である。3‐O‐セチルアスコルビン酸又は2‐O‐セチルアスコルビン酸の含有量が、0.0004重量%以上であれば、RhoGDIβの発生を抑制することで、皮膚の細胞の分裂の方向性を調整し、皮膚のバリア機能、保湿力を高めることができる。好ましくは、3‐O‐セチルアスコルビン酸又は2‐O‐セチルアスコルビン酸の含有量は、0.0004~10%重量%である。さらに好ましくは、3‐O‐セチルアスコルビン酸又は2‐O‐セチルアスコルビン酸の含有量は、0.1~10重量%である。
【0057】
なお、上記3‐O‐セチルアスコルビン酸又は2‐O‐セチルアスコルビン酸の含有量の濃度範囲の根拠としては、以下の実施例において示す細胞実験で、RhoGDIβ発現に対する効果のある10μMを換算すると0.0004重量%であること、他の同様のビタミンC誘導体において、発明者らの化粧品への最大配合実績が、10%であること、及び3‐O‐セチルアスコルビン酸の0.1%配合品で、皮膚への浸透性を確認した際に、角層への浸透が確認できたこと、等が挙げられる。
【0058】
本実施形態において、化粧料は、上記のRhoGDIβ抑制剤を含む。
【0059】
なお、本発明の効果を損なわない範囲において、一般に化粧料で用いられ、或いは医薬部外品等に用いられる各種任意成分を必要に応じて適宜配合することができる。このような任意成分として、例えば、精製水、エタノール、油性成分、保湿剤、増粘剤、防腐剤、乳化剤、薬効成分、粉体、紫外線吸収剤、色素、香料、乳化安定剤等を挙げることができる。
【0060】
RhoGDIβ抑制剤として、例えば、3-O-セチルアスコルビン酸を含む化粧品の処方例を以下に示すが、これに限定されるものではない。
【0061】
(処方例(クリーム))
配合成分 配合量(重量%)
スクワラン 5.0
オクチルドデカノール 4.5
ミリスチン酸オクチルドデシル 3.5
ジメチコン 2.0
セタノール 4.0
ミツロウ 1.5
ステアリン酸グリセリル 2.5
3-O-セチルアスコルビン酸 1.0
(アクリル酸Na/アクリロイルジメチルタウリン)コポリマー 0.7
1,3-ブチレングリコール 5.0
濃グリセリン 4.0
ポリソルベート60 2.0
イソヘキサデカン 0.4
パーム脂肪酸グルタミン酸Na 0.5
パラオキシ安息香酸メチル 0.2
ポリソルベート80 0.1
オレイン酸ソルビタン 0.05
エデト酸二ナトリウム 0.1
精製水 残部
【実施例】
【0062】
次に、実施例を挙げて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0063】
<RhoGDIβの発生に対するビタミンC誘導体の修飾基の作用>
ビタミンC誘導体の修飾基(グリセリン、リン酸塩、アルキル基)の違いによるRhoGDIβの抑制作用について、被験物質として、下記表1に示す各種ビタミンC誘導体を用いて、RhoGDIβに対する抑制作用を比較検討した。なお、表1には、各種修飾基を有するビタミンC誘導体の化合物名と、各ビタミンC誘導体の修飾基、修飾位置を示している。
【0064】
(被験物質:各種ビタミンC誘導体)
【0065】
【0066】
(実験方法)
24well培養プレートに、正常ヒト表皮角化細胞(NHEK細胞)(クラボウ社製)を、1×105 cells/wellで播種し、37度、5%CO2下で、24時間培養した。なお、培地として、HuMedia‐KG2(クラボウ社製)を使用した。
【0067】
培養1日後、表1に示す各種ビタミンC誘導体の化合物を、HuMedia‐KG2(クラボウ社製)で、5~25μMに調製した薬剤処理用培地に置換し、37度、5%CO2下で、24時間培養した。
【0068】
そして、翌日、RNAiso Plus kit(タカラバイオ社製)を用いて、上記と同様にして、RNAを抽出/精製した。
【0069】
さらに、次のようにして、TaKaRa One Step SYBR Prime Script PLUS RT‐PCR kit(タカラバイオ社製)を用いて、リアルタイムRT‐PCR法にて、RhoGDIβとGAPDH(コントロール)とのmRNA発現量を測定した。結果を
図1(a)~
図1(c)に示す。
図1(a)~
図1(c)には、コントロールの値を1としたときの相対値が示されている。なお、PCR装置として、7300 Real Time PCR System(Applied Biosystems社製)を用いた。
【0070】
(結果:各種ビタミンC誘導体によるRhoGDIβの相対発現量)
図1(a)~
図1(c)に示すように、グリセリルアスコルビン酸、3‐グリセリルアスコルビン酸、ビスグリセリルアスコルビン酸、ヘキシル3‐グリセリルアスコルビン酸及びリン酸L‐アスコルビルMgについては、コントロールに比し、全ての濃度において、RhoGDIβの発現が同等又は増加した。また、テトラ2‐ヘキシルデカン酸アスコルビル及びジパルミチン酸アスコルビルについても、コントロールに比し、全ての濃度において、RhoGDIβの発現が同等又は増加していた。
【0071】
それに対して、3‐O‐セチルアスコルビン酸については、コントロールに比し、10μMの濃度で、RhoGDIβの発現が顕著に(約0.5倍)低下していた。
【0072】
以上の結果より、表1に示す各種ビタミンC誘導体において、様々な修飾基の種類(グリセリン/分岐鎖アルキル基)、修飾様式(エーテル結合/エステル結合)、修飾位置や修飾数のビタミンC誘導体を評価したが、RhoGDIβの抑制作用が見られたのは、3‐O‐セチルアスコルビン酸(3‐O‐ヘキサデシルアスコルビン酸)のみであった。
【0073】
3‐O‐セチルアスコルビン酸(3‐O‐ヘキサデシルアスコルビン酸)は、直鎖アルキル基が、エーテル結合したビタミンC誘導体である。
【0074】
以上のことから、ビタミンC誘導体がRhoGDIβ抑制作用を示すには、ビタミンC誘導体が、直鎖アルキル基で修飾されており、且つ6位には修飾基を有さないことが重要である可能性が推察された。また、修飾様式(エーテル結合)や修飾数も、重要な因子である可能性が残る。
【0075】
ビタミンC誘導体の原料開発においては、市販の化粧品原料として、3‐O‐セチルアスコルビン酸(3‐O‐ヘキサデシルアスコルビン酸)の採用が最も可能性が高いと考える。なお、3‐O‐セチルアスコルビン酸(3‐O‐ヘキサデシルアスコルビン酸)は、市販の化粧品原料以外にも、任意に製造された又は同様の手法によって製造された3‐O‐セチルアスコルビン酸(3‐O‐ヘキサデシルアスコルビン酸)においても、上記と同様の効果を期待できる。
【0076】
<ビタミンC誘導体のアルキル基の長さ比較>
上述のように、直鎖アルキル基を有するビタミンC誘導体のみが、表皮細胞のRhoGDIβの発生を抑制したことから、次に、アルキル基中の炭素数及び修飾位置に着目した。すなわち、ビタミンC誘導体のうち、修飾基として、2位又は3位の修飾位置のみに、異なる炭素数のアルキル基を有し、かつ修飾基としてグリセリンを有さないビタミンC誘導体について、それぞれ、検討した。
【0077】
より具体的には、以下の表2に示すように、2位の修飾位置に各炭素数(C2,C12,C18)のアルキル基を有するビタミンC誘導体をそれぞれ合成し、RhoGDIβに対する抑制作用を比較検討した。また、以下の表2に示すように、3位の修飾位置に各炭素数(C2,C12,C16,C18)のアルキル基を有するビタミンC誘導体をそれぞれ合成し、RhoGDIβに対する抑制作用を比較検討した。
【0078】
【0079】
(実験方法)
12well培養プレートに、正常ヒト表皮角化細胞(NHEK細胞)(クラボウ社製)を、1×105 cells/wellで播種し、37度、5%CO2下で、24時間培養した。なお、培地として、HuMedia‐KG2(クラボウ社製)を使用した。
【0080】
2位又は3位の修飾位置のみに各炭素数(C2,C12,C16,C18)のアルキル基を有する化合物を、HuMedia‐KG2(クラボウ社製)で、5~25μMに調製した薬剤処理用培地に置換し、37度、5%CO2下で、24時間培養した。
【0081】
そして、RNAiso Plus kit(タカラバイオ社製)を用いて、上記と同様にして、RNAを抽出/精製した。
【0082】
さらに、次のようにして、TaKaRa One Step SYBR Prime Script PLUS RT‐PCR kit(タカラバイオ社製)を用いて、リアルタイムRT‐PCR法にて、RhoGDIβとGAPDH(コントロール)とのmRNA発現量を測定した。結果を
図2に示す。
図2には、コントロールの値を1としたときのRhoGDIβの相対値が示されている。なお、PCR装置として、7300 Real Time PCR System(Applied Biosystems社製)を用いた。
【0083】
本実験で使用したプライマーの配列を、以下に示す。
【0084】
<使用プライマーの配列>
RhoGDIβ fw :GAG ACA GAG GCA CCC CGG ACA
RhoGDIβ rv :CAG GGA CTT CTG TGG TGG AGG C
GAPDH fw :GCT CTC TGC TCC TCC TGT TC
GAPDH rv :ACG ACC AAA TCC GTT GAC TC
【0085】
(結果:ビタミンC+アルキル基の炭素数の相違によるRhoGDIβの相対発現量)
図2に示すように、2位の修飾位置にアルキル基を有するビタミンC誘導体について、RhoGDIβの相対発現量においては、コントロールに比し、炭素数C12以上のアルキル基を有するビタミンC誘導体(C12,C18)が、それぞれ、25μM以上の濃度で、RhoGDIβの発生を抑制(それぞれ、約0.55倍、約0.75倍)したことが分かる。なお、2位の修飾位置に炭素数C16のアルキル基を有するビタミンC誘導体については、市販されておらず容易に入手できないため、評価していない。しかしながら、2位の修飾位置に炭素数C16のアルキル基を有するビタミンC誘導体についても、他のビタミンC誘導体の結果から推察すると、同様のRhoGDIβの抑制作用を有すると考えられる。
【0086】
また、
図2に示すように、3位の修飾位置にアルキル基を有するビタミンC誘導体について、RhoGDIβの相対発現量においては、コントロールに比し、炭素数C12以上のアルキル基を有するビタミンC誘導体(C12,C16,C18)が、それぞれ、5μM,10μM及び25μM以上の濃度で、RhoGDIβの発生を抑制(それぞれ、約0.8倍、約0.55倍、約0.75倍)したことが分かる。また、炭素数C16のアルキル基を有するビタミンC誘導体が、RhoGDIβの発生を最も抑制(約0.55倍)したことが分かる。
【0087】
<細胞分裂方向に対する作用検証>
次に、3D皮膚モデルを用いて、RhoGDIβ抑制作用を示すビタミンC誘導体(3‐O‐セチルアスコルビン酸)(炭素数C16のアルキル基)が、実際に細胞分裂方向に与える作用を評価した。
【0088】
すなわち、皮膚の基底層(基底細胞)の細胞分裂には方向性があり、基底膜に対して、必ず、平行方向或いは垂直方向に分裂する。そこで、3D皮膚モデルを用いて、ビタミンC誘導体(3‐O‐セチルアスコルビン酸)による皮膚の基底層(基底細胞)の垂直方向(80~90°)と水平方向(0~10°)の分裂細胞数を、以下のように測定し、3‐O‐セチルアスコルビン酸の細胞分裂方向に与える作用を検討した。
【0089】
(3‐O‐セチルアスコルビン酸の細胞分裂方向に与える作用)
【0090】
(実験方法)
6well培養プレート(FALCON社製、型番353046)に、短期培養用の培地として、KGF含有のEPI‐100培地(クラボウ社製)を添加し、培地中に、皮膚3次元モデル(EPI‐200)(クラボウ社製)を入れて、1時間プレ培養を行った。
【0091】
そして、1mlのPBS(-)(DSファーマバイオメディカル社製)を添加した6well培養プレートに、皮膚3次元モデルを移した。
【0092】
次に、上記プレートの蓋を外し、DERMARAY 200 タイプA・B(東光電気社製)を用いて、皮膚3次元モデルに、UVB100mJ/cm2、UVB200mJ/cm2を照射した(UVB100mJ/cm2は、500μW/cm2で3分20秒、UVB200mJ/cm2は、500μW/cm2で6分40秒照射した)。
【0093】
そして、PBS(-)から、EPI‐100‐NMM(クラボウ社製)に薬剤を添加した培地に置換し、ワッシャーを2枚重ねて入れ、その上に皮膚3次元モデルを戻し、37℃、5%CO2で培養した。
【0094】
培養3,5,8,10日目に培地を交換し、培養11日目に細胞数を測定した。より具体的には、EPI‐100とCellTiter 96 AQueous One Solution CellProliferation Assay(プロメガ社製)とを、9:1で混合して反応液を作製し、24well培養プレート(Thermo scientific社製)に反応液500μl/wellを添加した。24well培養プレートに皮膚3次元モデルを移し、90分間インキュベートした。
【0095】
そして、インキュベート後の反応液を、96well培養プレート(Thermo scientific社製)に回収し、POWERSCAN HT(大日本製薬社製)で、450nmの吸光度を測定し、細胞生存率を算出した。
【0096】
インキュベート後の皮膚3次元モデルは、生検トレパン8.0mm(カイ インダストリーズ社製)を用いて、メンブレンごと切り出し、PBS(-)にて洗浄した。
【0097】
メンブレンごと切り出した皮膚3次元モデルを、4%パラホルムアルデヒド リン酸緩衝液(ナカライテスク社製)にて固定し、パラフィン包埋後、切片を作製し、HE染色を行った。
【0098】
顕微鏡(OLYMPUS社製 型番:IX71)で分裂中もしくは分裂直後と思われる基底細胞の写真を撮影し、画像処理ソフトウエアImage‐Jにて、二つに分裂しつつある細胞と細胞を結んだ線とメンブレンとの角度(0°~180°)を測定した(N=80)。
【0099】
次に、結果について、3次元棒グラフを用いた垂直方向(80~90°)と水平方向(0~10°)の分裂細胞数を、
図3に示す。なお、
図3における培養条件を、以下に簡潔に纏めて示す。
【0100】
(培養条件:全サンプルに0.01%DMSOを含有)
(a)(コントロール(EPI‐100‐NMM培地のみ)
(b)UVB100mJ/cm2(500μW/cm2で3分20秒、以下同様)
(c)UVB200mJ/cm2(500 μW/cm2で6分40秒、以下同様)
(d)5μMの3‐O‐セチルアスコルビン酸を添加
(e)UVB100mJ/cm2 +3‐O‐セチルアスコルビン酸 5μM
(f)UVB200mJ/cm2 +3‐O‐セチルアスコルビン酸 5μM
(g)10μMの3‐O‐セチルアスコルビン酸を添加
(h)UVB100mJ/cm2+3‐O‐セチルアスコルビン酸 10μM
(i)UVB200mJ/cm2+3‐O‐セチルアスコルビン酸 10μM
【0101】
(結果:3次元棒グラフを用いた垂直方向と水平方向の分裂細胞数)
図3(a)~(c)に示すように、3‐O‐セチルアスコルビン酸を添加しない場合、UVB照射強度に比例して、垂直方向(80~90°)の分裂細胞数が減少していた。
【0102】
図3(d)~(f)に示すように、3‐O‐セチルアスコルビン酸を5μM添加した場合、3‐O‐セチルアスコルビン酸の濃度に比例して、水平方向(0~10°)の正常の分裂細胞数が増加していた。この結果から、3‐O‐セチルアスコルビン酸を5μM添加することにより、水平方向(0~10°)の正常の分裂細胞数が多くなり、水平方向(0~10°)において正常に回復している細胞が増えていることが分かる。
【0103】
図3(g)~(i))に示すように、3‐O‐セチルアスコルビンを酸10μM添加した場合、3‐O‐セチルアスコルビン酸の濃度依存的に、垂直方向(80~90°)の正常の分裂細胞数が増加していた。この結果から、3‐O‐セチルアスコルビンを酸10μM添加することにより、垂直方向(80~90°)の正常の分裂細胞数が多くなり、垂直方向(80~90°)において正常に回復している細胞が増えていることが分かる。
【0104】
以上のように、本実施形態に係るRhoGDIβ抑制剤によれば、2位又は3位の修飾位置のみに、炭素数C16の直鎖アルキル基を有するビタミンC誘導体が、RhoGDIβの発生を抑制することで、皮膚の細胞の分裂の方向性を調整し、皮膚のバリア機能、保湿力を高めることができる。
【0105】
また、2位又は3位の修飾位置のみに、炭素数C16の直鎖アルキル基を有するビタミンC誘導体としての3‐O‐セチルアスコルビン酸(3‐O‐ヘキサデシルアスコルビン酸)が、RhoGDIβの発生を抑制することで、皮膚細胞の分裂の方向性を調整し、皮膚のバリア機能、保湿力を高めることができる可能性が高い。
【0106】
また、3‐O‐セチルアスコルビン酸(3‐O‐ヘキサデシルアスコルビン酸)の含有量が、0.0004重量%以上であれば、RhoGDIβの発生を抑制することで、皮膚の細胞の分裂の方向性を調整し、皮膚のバリア機能、保湿力を高めることができる可能性が高い。
【0107】
なお、本実施例において、3‐O‐セチルアスコルビン酸(3‐O‐ヘキサデシルアスコルビン酸)を用いて、RhoGDIβの抑制作用について検討を行ったが、これに限定されるものではなく、例えば、2位の修飾位置に炭素数C16の直鎖アルキル基を有する2‐O‐セチルアスコルビン酸(2‐O‐ヘキサデシルアスコルビン酸)以外に、2位及び3位の修飾位置の少なくとも一方に炭素数C16の直鎖アルキル基を有し、且つ6位の修飾位置には修飾基を有さないビタミンC誘導体を用いた場合でも、上記と同様の結果が期待できる。
【0108】
なお、本実施形態に係るRhoGDIβ抑制剤の形態は、特に限定されるものではなく、一般のRhoGDIβ抑制剤及び化粧品において採用される種々の形態を、本発明の効果を損ねない範囲で採用することができる。
【0109】
例えば、RhoGDIβ抑制剤の形態は、液状、ローション状、乳液状、クリーム状、軟膏状、半固形状、オイルジェル状、及びシート状等の剤型とすることができる。また、本実施形態に係るRhoGDIβ抑制剤の剤型に応じて、例えば、オイル、色素、防腐剤、界面活性剤、香料、顔料等を適宜配合することができる。
【0110】
そして、本実施形態のRhoGDIβ抑制剤は、本発明の化粧品以外にも、既存の(従来の)化粧品にも適用可能であり、ビタミンC誘導体を含む化粧品の汎用性が高まる。さらに、化粧品以外にも、外用剤や薬剤等にも適用可能である。
【0111】
なお、本発明のRhoGDIβ抑制剤は、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で適宜変更し得ることは勿論のことである。
【産業上の利用可能性】
【0112】
本発明は、RhoGDIβの発生を抑制することで、肌のバリア機能、保湿力を高めることのできるRhoGDIβ抑制剤及びRhoGDIβ抑制剤を含む化粧品に有効に利用される。