(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-07
(45)【発行日】2022-06-15
(54)【発明の名称】リグノセルロース系バイオマス由来の複合材料及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C08L 97/02 20060101AFI20220608BHJP
【FI】
C08L97/02
(21)【出願番号】P 2020539549
(86)(22)【出願日】2019-08-28
(86)【国際出願番号】 JP2019033744
(87)【国際公開番号】W WO2020045510
(87)【国際公開日】2020-03-05
【審査請求日】2021-01-22
(31)【優先権主張番号】P 2018159416
(32)【優先日】2018-08-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成25年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業、センター・オブ・イノベーションプログラム「革新材料による次世代インフラシステムの構築~安全・安心で地球と共存できる数世紀社会の実現~」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】特許業務法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 栞
(72)【発明者】
【氏名】へルナンデス ステファニー
(72)【発明者】
【氏名】引田 響
(72)【発明者】
【氏名】浜野 洋輔
(72)【発明者】
【氏名】高橋 憲司
【審査官】藤井 勲
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第102311550(CN,A)
【文献】特開2012-167192(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2008/0188636(US,A1)
【文献】特開2011-042168(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第102344685(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第102964605(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第104277121(CN,A)
【文献】国際公開第2016/068053(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/180278(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/60122(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/67662(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08L 97/00 - 97/02
C08H 8/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リグノセルロース系バイオマスのヒドロキシ基の一部がエステル化された複合材料であって、
前記エステル化された部位が、炭素数2~
5の短鎖アシル基
(ただし、炭素数5の場合はピバロイル基に限る)と、炭素数
5~18の長鎖アシル基とを有
し、
前記長鎖アシル基の炭素数は、前記短鎖アシル基の炭素数よりも3以上多い前記複合材料。
【請求項2】
前記短鎖アシル基及び前記長鎖アシル基が、いずれもアルカノイル基である請求項1に記載の複合材料。
【請求項3】
前記短鎖アシル基及び前記長鎖アシル基のモル比が、短鎖アシル基:長鎖アシル基=7:1~1:3である請求項1又は2に記載の複合材料。
【請求項4】
前記短鎖アシル基及び前記長鎖アシル基への置換率が75%モル以上である請求項1~3のいずれか一項に記載の複合材料。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の複合材料と、他の有機又は無機材料とが混合されてなる多成分複合材。
【請求項6】
請求項1~4のいずれか一項に記載の複合材料の製造方法であって、
リグノセルロースを含むバイオマスと、ヒドロキシ基を有さないカチオン及びカルボン酸アニオンからなるイオン液体と、炭素数
5~18の長鎖アシル基を有するエステル化合物とを含む混合物中で反応を行う工程と、
その後に、前記混合物中に炭素数2~
5の短鎖アシル基
(ただし、炭素数5の場合はピバロイル基に限る)を有するエステル化合物を加え、反応を行う工程と、
反応溶液を貧溶媒に加え、再沈殿を行う工程と、
を含
み、
前記長鎖アシル基の炭素数は、前記短鎖アシル基の炭素数よりも3以上多い前記複合材料の製造方法。
【請求項7】
前記貧溶媒が、水である請求項6に記載の複合材料の製造方法。
【請求項8】
前記イオン液体のカチオンが、イミダゾリウムカチオンである請求項6又は7に記載の複合材料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リグノセルロース系バイオマス由来の複合材料及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
低炭素社会の実現に向け、カーボンニュートラルな資源の活用が強く望まれている。特に食物と競合せず、賦存量が豊富なリグノセルロース系バイオマスが注目されている。木材等のリグノセルロース系バイオマスは、ヘミセルロース、セルロース及び多環芳香族ポリマーであるリグニンにより構成される高分子複合材料であり、それら3成分は強固な水素結合等により互いに結びつき、美しく精密化された強靭な構造を有している。このリグノセルロース系バイオマスを原料として、より有用な材料を得るための技術の開発が望まれていた。
【0003】
リグノセルロース系バイオマスを有用な材料へ変換する技術の開発にあたり、室温で液体状の有機塩であるイオン液体の利用が提案されている。例えば、(特許文献1)には、多糖類を含む原料と、アニオンの共役酸のDMSO中におけるpKaが12~19でありカルベンを生成可能なイオン液体と、鎖状もしくは環状エステル化合物又はエポキシ化合物とを含む混合物中で反応を行う多糖類誘導体の製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記(特許文献1)によれば、1-エチル-3-メチルイミダゾリウム酢酸塩等のイオン液体が、リグノセルロース系バイオマスを可溶であり、エステル交換反応の触媒としても機能することを利用し、リグノセルロース系バイオマスを原料として、高い重合度を維持したまま多糖類誘導体を直接的に得ることができる。
【0006】
しかし、上記(特許文献1)によって得られる多糖類誘導体の材料は、力学的強度には優れるものの、柔軟性、熱成形性の観点からはなお改善の余地があった。そこで本発明は、リグノセルロース系バイオマスを原料として、柔軟性、及び熱成形性により優れる新規な複合材料を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、本発明者らが鋭意研究を行った結果、リグノセルロース系バイオマスのヒドロキシ基の一部を、短鎖アシル基及び長鎖アシル基によってエステル化することで、柔軟性及び熱成形性に優れた複合材料が得られることを見い出し、発明を完成した。すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
【0008】
(1)リグノセルロース系バイオマスのヒドロキシ基の一部がエステル化された複合材料であって、
前記エステル化された部位が、炭素数2~4の短鎖アシル基と、炭素数3~18の長鎖アシル基とを有する前記複合材料。
(2)前記短鎖アシル基及び前記長鎖アシル基が、いずれもアルカノイル基である上記(1)に記載の複合材料。
(3)前記短鎖アシル基及び前記長鎖アシル基のモル比が、短鎖アシル基:長鎖アシル基=7:1~1:3である上記(1)又は(2)に記載の複合材料。
(4)前記短鎖アシル基及び前記長鎖アシル基への置換率が75モル%以上である上記(1)~(3)のいずれか一つに記載の複合材料。
(5)上記(1)~(4)のいずれか一つに記載の複合材料と、他の有機又は無機材料とが混合されてなる多成分複合材。
(6)上記(1)~(4)のいずれか一項に記載の複合材料の製造方法であって、
リグノセルロースを含むバイオマスと、ヒドロキシ基を有さないカチオン及びカルボン酸アニオンからなるイオン液体と、炭素数3~18の長鎖アシル基を有するエステル化合物とを含む混合物中で反応を行う工程と、
その後に、前記混合物中に炭素数2~4の短鎖アシル基を有するエステル化合物を加え、反応を行う工程と、
反応溶液を貧溶媒に加え、再沈殿を行う工程と、
を含む前記複合材料の製造方法。
(7)前記貧溶媒が、水である上記(6)に記載の複合材料の製造方法。
(8)前記イオン液体のカチオンが、イミダゾリウムカチオンである上記(6)又は(7)に記載の複合材料の製造方法。
本明細書は本願の優先権の基礎となる日本国特許出願番号2018-159416号の開示内容を包含する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、リグノセルロース系バイオマスを原料として、セルロース誘導体、ヘミセルロース誘導体及びリグニン誘導体の3成分が一体に相溶ないし結合した複合材料が得られる。この複合材料は、セルロース誘導体の力学的強度及び剛直性、ヘミセルロース誘導体の柔軟性、並びにリグニン誘導体のUV抵抗性、高剛性、高断熱性及び高断音特性等の諸特性をバランス良く有しており、また熱成形性に富むため、射出成形が可能である。したがって、3Dプリンティング技術等において用いられる熱可塑性樹脂材料として好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施例1並びに比較例1及び2の材料についてフローテスタによる測定結果を示すグラフである。
【
図2】実施例1並びに比較例2及び4の材料の応力-ひずみ曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の複合材料は、リグノセルロース系バイオマスのヒドロキシ基の一部がエステル化されたものである。そして、エステル化された部位は、炭素数2~4の短鎖アシル基と、炭素数3~18の長鎖アシル基とを有している(ただし、長鎖アシル基の炭素数は、短鎖アシル基の炭素数よりも多いものとする)。
【0012】
リグノセルロース系バイオマスとしては、セルロース、ヘミセルロース及びリグニンを複合的に含む材料であれば適用可能であり、草木系、あるいはスギ等の針葉樹又は広葉樹のチップ、間伐材、建築廃材、キノコ廃菌床等あらゆる木質系材料を利用することができる。特に、バイオマス原料中のヘミセルロースの主成分が、グルクロノキシランである被子植物の材料が好適に用いられる。具体例としては、バガス(サトウキビ残渣)、ケナフ、タケ、ユーカリ等の木材、ギンナン等、あるいはこれらの2種以上の混合物等の中から適宜選択して用いることができる。好ましくはバガス、ユーカリ、又はタケである。
【0013】
炭素数2~4の短鎖アシル基としては、炭素数が2~4である飽和又は不飽和脂肪族アシル基、又は芳香族アシル基が挙げられる。ここで、短鎖アシル基の炭素数とは、アシル基におけるカルボニル基の炭素も含む数をいう。炭素鎖は、直鎖状であっても良く分岐鎖状であっても良い。具体例として、アセチル基、プロピオニル基、ブチリル基、イソブチリル基等が挙げられる。好ましくは、アセチル基である。
【0014】
炭素数3~18の長鎖アシル基としては、炭素数が3~18である飽和又は不飽和の脂肪族又は芳香族アシル基が挙げられる。ここで、長鎖アシル基の炭素数とは、アシル基におけるカルボニル基の炭素も含む数をいう。炭素鎖は、直鎖状であっても良く分岐鎖状であっても良い。具体例として、プロピオニル基、ブチリル基、イソブチリル基、ペンタノイル基、ヘキサノイル基、エチルヘキサノイル基、ヘプタノイル基、デカノイル基、ステアロイル基、オレオイル基等の飽和又は不飽和脂肪族アシル基、あるいは、ベンゾイル基、トルオイル基、ナフトイル基等の芳香族アシル基が挙げられる。好ましくは、デカノイル基等の炭素数が8~18のアシル基である。
【0015】
特に、短鎖アシル基及び長鎖アシル基は、いずれもアルカノイル基であることが好ましい。また、短鎖アシル基と長鎖アシル基の炭素数の差は、3以上であることが好ましく、より好ましくは炭素数の差が4以上である。炭素数の差が3以上である好ましい例として、短鎖アシル基がアセチル基であり、長鎖アシル基がデカノイル基である場合を挙げることができる。
【0016】
複合材料における短鎖アシル基及び長鎖アシル基のモル比は、特に限定されるものではないが、長鎖アシル基の割合が過剰であると、複合材料がワックス状となるため不適であり、逆に短鎖アシル基の割合が多過ぎると、複合材料中の結晶構造が壊れずに残存し、材料の成形温度が上がって熱成形性が悪化するため、これらのバランスを考慮して適宜設定される。具体的には、短鎖アシル基:長鎖アシル基=7:1~1:3(モル比)の範囲内とすることが好ましい。より好ましくは、6:1~2:3の範囲内である。短鎖アシル基及び長鎖アシル基のモル比は、1H NMR分析等の手法を用いて適宜測定することができる。
【0017】
複合材料における未反応のヒドロキシ基の割合は、多過ぎると、熱成形性が向上するという効果が得られないため、少量であることが望ましい。具体的には、短鎖及び長鎖アシル基の種類等によって異なるため一概には決まらないが、短鎖アシル基及び長鎖アシル基への置換率が75モル%以上であることが好ましい。すなわち、エステル化されたヒドロキシ基及び未反応のヒドロキシ基の合計に対する未反応のヒドロキシ基の割合が、0~25モル%であることが好ましく、より好ましくは0~5モル%である。短鎖アシル基及び長鎖アシル基への置換率、及び未反応のヒドロキシ基の量は、31P NMR分析等の手法を用いて適宜測定することができる。
【0018】
本発明の複合材料では、ヒドロキシ基の一部が短鎖アシル基又は長鎖アシル基からなる2種類のアシル基によってエステル化されているが、必要に応じて、短鎖アシル基又は長鎖アシル基によってエステル化されていないヒドロキシ基の他の一部が、さらに別の基によって置換されていても良い。例えば、短鎖アシル基又は長鎖アシル基によってエステル化されたヒドロキシ基以外のヒドロキシ基が、さらに別の第3のアシル基によってエステル化された状態とすることができる。短鎖アシル基又は長鎖アシル基以外の基によって置換されたヒドロキシ基の割合は、全ヒドロキシ基(エステル化等、置換されたヒドロキシ基も含む)中、40モル%未満であることが好ましい。
【0019】
本発明の複合材料は、セルロースエステル、ヘミセルロースエステル及びリグニンエステルの3成分が相溶した構造を有している。各成分の含有量は特に限定されるものではないが、例えば、リグニンエステルの含有量は、複合材料中1~30質量%であることが好ましく、より好ましくは1~10質量%である。また、ヘミセルロースエステルの含有量は、複合材料中1~30質量%であることが好ましく、より好ましくは1~10質量%である。
【0020】
以上の複合材料は、短鎖アシル基及び長鎖アシル基を有していることにより、熱成形性に優れた熱可塑性樹脂となる。また、セルロースエステルに由来する力学的強度、剛直性、ヘミセルロースエステルに由来する柔軟性、リグニンエステルに由来するUV抵抗性、高剛性、高断熱性、高断音特性を有しており、様々な用途に適用可能である。本発明の複合材料は射出成形が可能であり、紡糸加工によって糸状に巻き取ることも可能であるため、3Dプリンティングにおける熱可塑性樹脂として利用することができる。
【0021】
さらに、本発明の複合材料は、他の有機又は無機材料と混合した多成分複合材として用いることもできる。具体的には、炭素繊維又はガラス繊維等の無機繊維を混合し、炭素繊維又はガラス繊維強化プラスチックとすることができる。また、セルロースファイバーやリグノセルロースファイバー等の有機繊維と混合しても良く、ポリプロピレン等のポリオレフィン、ポリ乳酸、ポリカーボネート等の既存のプラスチック材料とのポリマーアロイとして用いても良い。複合材料におけるリグニン成分が芳香族ポリマーであり、芳香族ポリマーは炭素繊維の表面やポリカーボネート等の芳香環を含む既存のプラスチック材料と化学的に親和性を有する。この性質を利用して、本発明の複合材料を、炭素繊維強化プラスチックを製造するための樹脂材料として好適に用いることができる。また、本発明の複合材料におけるアルカノイル基等のアシル基は、分子間に働く疎水性相互作用(主にファンデルワールス力)によって、ポリオレフィン等の炭化水素系プラスチックとも良好な親和性を発現する。さらに、未反応のヒドロキシ基が、セルロースファイバーやリグノセルロースファイバー、ポリ乳酸等の表面との間で水素結合を生ずるため、多様な用途に適用可能な相溶性に優れた多成分複合材として用いることができる。
【0022】
次に、上記の複合材料を製造するための方法について説明する。
本発明の複合材料の製造方法は、リグノセルロース系バイオマスと、ヒドロキシ基を有さないカチオン及びカルボン酸アニオンからなるイオン液体と、炭素数3~18の長鎖アシル基を有するエステル化合物とを含む混合物中で反応を行う工程、上記混合物中に炭素数2~4の短鎖アシル基を有するエステル化合物を加え、反応を行う工程、及び、反応溶液を貧溶媒に加え、再沈殿を行う工程とを含む。
【0023】
原料となるリグノセルロース系バイオマスは、上述のとおりである。なお、バイオマス原料は、反応に先立って粉砕、乾燥等、必要に応じて種々の前処理を施すことができる。
【0024】
本発明において用いるイオン液体は、水酸基を有さないカチオン及びカルボン酸アニオン(RCOO
-:Rは炭素数1~3個の直鎖状又は分岐状のアルキル基等である)から構成される。このようなイオン液体は、本発明におけるバイオマスの誘導体化反応において、強力な有機分子触媒として機能する。なお、下記のコリン酢酸のように、カチオンが水酸基を有すると、イオン液体自身が反応基質となり目的のバイオマス誘導体(複合材料)が得られないため不適である。
【化1】
【0025】
特に、イオン液体のカチオンとして、下記式(1)に示すカチオンを有するイミダゾリウム塩(イミダゾリウム系イオン液体)が好適であるが、これに限定されるものではない。
【化2】
(式(1)中、R
1及びR
2は、それぞれ独立して、アルキル基、アルケニル基、アルコキシアルキル基又は置換もしくは非置換のフェニル基であり、R
3~R
5は、それぞれ独立して、水素、アルケニル基、アルコキシアルキル基又は置換もしくは非置換のフェニル基である)
【0026】
上記アルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、ヘキシル基、オクチル基等の1~20個の炭素原子を有する直鎖状又は分岐状のアルキル基が挙げられる。これらのアルキル基の末端には、スルホ基が結合していても良い。また、アルケニル基としては、ビニル基、1-プロペニル基、2-プロペニル基、1-ブテニル基、2-ブテニル基、1-ペンテニル基、2-ペンテニル基、1-ヘキセニル基、2-ヘキセニル基、1-オクテニル基等の1~20個の炭素原子を有する直鎖状又は分岐状のアルケニル基が挙げられる。また、アルコキシアルキル基としては、メトキシメチル基、エトキシメチル基、1-メトキシエチル基、2-メトキシエチル基、1-エトキシエチル基、2-エトキシエチル基等の2~20個の炭素原子を有する直鎖状又は分岐状のアルコキシアルキル基が挙げられる。さらに、置換もしくは非置換のフェニル基としては、ヒドロキシ基、ハロゲン原子、低級アルコキシ基、低級アルケニル基、メチルスルホニルオキシ基、置換もしくは非置換の低級アルキル基、置換もしくは非置換のアミノ基、置換もしくは非置換のフェニル基、置換もしくは非置換のフェノキシ基及び置換もしくは非置換のピリジル基から選択される1~2個の基で置換されても良いフェニル基が挙げられる。
【0027】
本発明に好適に用いられるイオン液体の例として以下の化合物を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【化3】
【0028】
上記イオン液体は、バイオマス原料の溶媒となり、バイオマス原料中の、セルロース、ヘミセルロース及びリグニンからなる層構造を破壊し、各成分間の物理的な相互作用を緩和する。また同時に、イミダゾリウムカチオンから生成するカルベンやカルボン酸アニオンが触媒として機能することによって、バイオマス原料を構成するセルロース成分、ヘミセルロース成分及びリグニン成分のそれぞれの誘導体化が進行する。例えば、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムアセテート(EmimOAc)のイオン液体中において、バイオマスと、長鎖アシル基を有するエステル化合物としてビニルデカノエート、及び短鎖アシル基を有するエステル化合物として酢酸イソプロペニルとを反応させることにより、上述のように、イオン液体が触媒として働き、エステル交換反応によってアセチル化及びデカノイル化されたバイオマス(複合材料)を生成する。なお、リグニン分子中には、芳香族炭素に結合したヒドロキシ基と脂肪族炭素に結合したヒドロキシ基とがあるが、本発明によればいずれのヒドロキシ基も置換することができる。
【0029】
溶媒としてのイオン液体における、バイオマス原料の濃度は、バイオマスの種類や分子量によって異なり、特に限定されるものではないが、イオン液体の重量を、バイオマス原料の重量の2倍以上とすることが好ましく、特に、イオン液体におけるバイオマス原料の濃度を3重量%~6重量%とすることが好ましい。
【0030】
また、イオン液体は、有機溶媒との共溶媒系として用いることができる。この場合も、イオン液体の重量をバイオマス原料の重量の2倍以上とすることが好ましく、この条件の範囲内で、イオン液体の使用量を低減させることができ、残りを有機溶媒で代替することで各誘導体の製造コストを抑えることが可能となる。
【0031】
共溶媒として用いる場合の有機溶媒は、生成するバイオマス誘導体(複合材料)に対する溶解性等を考慮し、イオン液体と反応しないことを条件として種々の有機溶媒の中から適宜選択することができる。具体的には、アセトニトリル、テトラヒドロフラン(THF)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMAc)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、1,3-ジオキソラン、1,4-ジオキサン等を挙げることができる。その中でも、テトラヒドロフラン(THF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、1,3-ジオキソラン等が好ましく用いられるがこれらに限定されるものではない。クロロホルムは、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムアセテート(EmimOAc)等、一部のイオン液体と反応するため適用できない場合が多いが、本発明の範囲から除外されるものではない。
【0032】
反応させるエステル化合物としては、導入する短鎖アシル基及び長鎖アシル基に対応する化合物を適宜選択して用いることができる。エステル化合物の具体例として、酢酸イソプロペニル等のカルボン酸イソプロペニル、カルボン酸ビニル、カルボン酸メチル等のカルボン酸エステル等から選択される化合物を挙げることができる。本来、カルボン酸エステルは、カルボン酸無水物等と異なり、非常に安定な化学物質として知られていた。したがって、エステル交換反応を引き起こすには、触媒を別途用いることが必須であった。そのため、通常のエステル化反応では、腐食性を有する活性カルボニル化合物(カルボン酸無水物やカルボン酸ハロゲン化物(塩化物、臭化物等))を使用することで、エステル化反応を促進していた。本発明では、溶媒であるイオン液体を触媒としても利用するため、触媒を別途加えることなく、エステル交換反応により誘導体化することが可能である。
【0033】
これらエステル化合物の量は、バイオマス原料の種類等によって異なるが、例えば、バイオマス原料中に存在するヒドロキシ基1当量に対し、短鎖アシル基を有するエステル化合物、及び長鎖アシル基を有するエステル化合物を、合計して10~30当量反応させることが好ましい。また、長鎖アシル基を有するエステル化合物に対して、短鎖アシル基を有するエステル化合物を過剰に加えることが好ましい。具体的には、バイオマス原料中に存在するヒドロキシ基1当量に対し、短鎖アシル基を有するエステル化合物を10~29当量、長鎖アシル基を有するエステル化合物を0.1~1当量の範囲で加えることが好ましいが、これに限定されるものではない。
【0034】
また、反応条件は、イオン液体が触媒として機能し反応が進行する条件であれば良く、バイオマス原料の種類等に応じて適宜設定することができる。例えば、窒素もしくはアルゴン等の雰囲気下、リグノセルロース系バイオマス、イオン液体及びエステル化合物の混合物を、10℃~80℃で0.5時間~48時間撹拌して反応を行うことができる。反応時間は、温度に依存し、例えば、50℃で反応を行う場合は2時間以上、10℃で反応を行う場合はより長時間とすることが好ましい。
【0035】
短鎖アシル基を有するエステル化合物と、長鎖アシル基を有するエステル化合物は、リグノセルロース系バイオマス及びイオン液体の混合物に対して同時に加えても良いが、好ましくは、リグノセルロースを含むバイオマス及びイオン液体の混合物に対し、まず長鎖アシル基を有するエステル化合物を加えて反応を行い、その後に、短鎖アシル基を有するエステル化合物を加えて反応を行う。長鎖アシル基を有するエステル化合物の次に短鎖アシル基を有するエステル化合物を反応させることにより、熱加工性の良い比率で、長鎖アシル基及び短鎖アシル基を導入し易くなる。
【0036】
反応終了後、必要に応じて、減圧濾過等の手段により反応溶液から不溶分、不純物を除去し、適宜濃縮した後、反応溶液を貧溶媒に加えて再沈殿を行うことにより、目的の複合材料を得ることができる。生成した複合材料は、濾過等を行って分離し、乾燥させて、熱可塑性樹脂材料として種々の用途に適用することができる。再沈殿を行う際の貧溶媒としては、特に限定されるものではないが、水、ヘキサン、メタノール等のアルコール系溶剤、等を用いることができ、好ましくは水である。
【0037】
なお、例えば、生成した複合材料を分離した後の溶液等、各工程中に得られる溶液を、例えば陽イオン交換樹脂等を通過させる等して、イオン液体を回収することができる。回収したイオン液体は、再びバイオマス原料と混合し、本発明の反応を行うための溶媒・触媒として利用することができる。
【実施例】
【0038】
以下、実施例及び比較例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0039】
1.複合材料の製造
(実施例1)
リグノセルロース系バイオマス試料として、サトウキビ搾汁後の残渣(バガス)を用いた。バガスを粒径250μm以下に粉砕し、脱脂処理を行った。バガス(6g、6重量%/EmimOAc)を1-エチル-3-メチルイミダゾリウム酢酸塩(EmimOAc)/ジメチルスルホキシド(DMSO)(体積比1:1.6)に加えた後、Ar雰囲気下、110℃で16時間撹拌し、試料を完全に溶解した。得られた均一溶液を80℃に冷却してから、長鎖アシル基を有するエステル化合物としてビニルデカノエート(4.2mL、バガス中に存在するヒドロキシ基1当量に対し0.25当量)を加え、80℃で30分間撹拌した。続けて、短鎖アシル基を有するエステル化合物としてイソプロペニルアセテート(200mL、バガス中に存在するヒドロキシ基1当量に対し25当量)を加え、80℃で30分撹拌した。反応終了後、黒色の均一溶液をアセトン(1.2L)に滴下し、室温で1時間撹拌した。減圧濾過により不溶分を除去した後、濾液を濃縮し、精製水(6L)への再沈殿によって目的のバガス誘導体(複合材料、BagasseAcDe)を得た。反応式を以下に示す。
【化4】
【0040】
(実施例2~3)
リグノセルロース系バイオマスとして、バガスに代えて、タケ(実施例2)及びユーカリ(実施例3)を原料とした以外は、上記実施例1と同様にしてエステル化し、複合材料を製造した。
【0041】
(実施例4)
イソプロペニルアセテートの添加量を変え、短鎖アシル基と長鎖アシル基の比率とともに未反応のヒドロキシ基の比率を変化させた以外は、上記実施例1と同様にして複合材料を製造した。
【0042】
(実施例5~6)
ビニルデカノエートの添加量を変え、短鎖アシル基と長鎖アシル基の比率とともに未反応のヒドロキシ基の比率を変化させた以外は、上記実施例1と同様にして複合材料を製造した。
【0043】
(実施例7~9)
短鎖アシル基を有するエステル化合物として、イソプロペニルアセテートに代えてビニルプロピオネート(実施例7)、ビニルブチレート(実施例8)及びビニルピバレート(実施例9)を添加した以外は、上記実施例1と同様にして複合材料を製造した。
【0044】
(実施例10)
長鎖アシル基を有するエステル化合物として、ビニルデカノエートに代えてビニルステアレート(実施例10)を添加した以外は、上記実施例1と同様にして複合材料を製造した。
【0045】
(比較例1)
バガスを粉砕機で粒径250μm以下の粉末に粉砕したもの6gを、1Lのシュレンクフラスコに入れ、それに1-エチル-3-メチルイミダゾリウム100gとジメチルスルホキシド150mLを加えた。Ar雰囲気下、110℃で16時間撹拌し、試料を完全に溶解した。得られた均一溶液を80℃に冷却してから、少量のビニルデカノエートを加え、80℃で30分間撹拌した。続けて、過剰量のイソプロペニルアセテートを加え、80℃で30分間撹拌した。反応後、反応溶液を過剰のメタノールに加えて沈殿させ、濾過、洗浄することにより、長鎖アシル基及び短鎖アシル基を有するエステル化多糖(セルロースエステル+ヘミセルロースエステル、PolysaccharideAcDe)を粉末として回収した。この際、リグニン成分はメタノール濾液として分離された。
【0046】
(比較例2)
原料としてリグニン及びヘミセルロースを含まないセルロースパルプを用い、粉砕処理を行わない以外は、上記比較例1と同様にして長鎖アシル基及び短鎖アシル基を有するエステル化セルロース(CelluloseAcDe)を製造した。
【0047】
(比較例3~6)
比較例3~6として、以下の材料を用意した。
比較例3:セルロースアセテートブチレート(市販品)
比較例4:ポリプロピレン(市販品)
比較例5:ナイロン-6(商標、市販品)
比較例6:ABS樹脂(市販品)
【0048】
2.熱流動性の評価
実施例1の複合材料(BagasseAcDe)、比較例1のエステル化多糖材料(PolysaccharideAcDe)、比較例2のエステル化セルロース材料(CelluloseAcDe)について、熱流動性を評価した。具体的には、JIS K7210(ISO1133)に準拠して、各試料の熱流動性(軟化温度T
soften・溶融開始温度T
flow・オフセット温度T
offset)を定試験力押出式フローテスタ(島津製作所製、商品名:CFT-500EX)を用いて評価した。測定開始温度50℃、試験圧力0.49MPa、ダイ穴径1mm、ダイ長さ10mmとし、試料の溶融開始からピストンが5mm移動した時点での温度をオフセット温度と定義した。測定結果を
図1に示す。
【0049】
図1に示すように、長鎖アシル基及び短鎖アシル基を導入した実施例1並びに比較例1及び2の全ての樹脂において熱可塑性の発現を確認した。比較例2(CelluloseAcDe)のオフセット温度は266℃であり、セルロースエステル/ヘミセルロースエステルからなる比較例1(PolysaccharideAcDe)のオフセット温度264℃であった。比較例1及び2はいずれも堅く脆い成形体であった。さらに、比較例1のエステル化多糖に加え、リグニンエステルを成分として含む実施例1の複合材料(BagasseAcDe)のオフセット温度は194℃であり、柔軟性に富み、熱加工性に優れることが示唆された。比較例1及び2と比べ、オフセット温度が60℃以上低下したことから、リグニンエステルによる可塑剤効果が示唆された。
【0050】
3.引張試験
実施例1並びに比較例2及び4で得られた各材料を用いて、下記のとおり成形体を作製し、引張試験を行った。混練機(Xplore Instruments製、商品名:Xplore MC5)を使用して、各材料を混練した。その際、混練機の混練室の設定温度を170℃、回転数を60rpmに設定し、材料を混練機の供給口から投入後、10分間混練した。射出成形機(井元製作所製、商品名:IMC-5705)を使用して、上記の混練物を用いて、JIS K7161に準拠してダンベル試験片を作製し、万能試験機(島津製作所製、商品名:AG-5kN Xplusを用いて引張試験を行った。引張速度は0.5mm/分に設定した。その結果を
図2に示す。
【0051】
図2の結果から、比較例2の材料(CelluloseAcDe)は、高い強度を有していたが、2~3%の変形で破断し、柔軟性ないし伸度は不十分であった。それに対し、実施例1の複合材料は、比較例2の3倍程度の伸びを有し、柔軟性を有することが示唆された。また、実施例1の複合材料は、比較例4(ポリプロピレン)に匹敵する引張強度を有していた。
【0052】
4.その他の測定
実施例1~10及び比較例1~3の各材料について、長鎖アシル基及び短鎖アシル基の比率を1H NMRにより測定した。
また、実施例1~10及び比較例1~3の各材料について、未反応のヒドロキシ基の量を31P NMR分析により求めた(S. Suzuki et al., RSC Adv. 2018, 8, 21768-21776記載の方法)。
さらに、実施例1~10及び比較例1~2の各材料について、フローテスタ測定後の成形体の表面及び柔軟性の官能評価を行った。また、ガラス転移点(Tg)を示差走査熱量測定(DSC)により求めた。各測定結果を下表にまとめて示す。なお、表中、実施例1及び4における長鎖アシル基及び短鎖アシル基の置換率は同一の値であるが、実際には、実施例4の方が未反応のヒドロキシ基の量が多く、長鎖アシル基及び短鎖アシル基のいずれの置換率についても実施例1に比べてわずかに少ない。
【0053】
【0054】
表に示すように、炭素数2~4の短鎖アシル基と、炭素数8~16の長鎖アシル基とを有する実施例1~10の複合材料は、多糖エステル(比較例1)やセルロースエステル(比較例2及び3)に比べてオフセット温度Toffsetが低く、熱加工性に優れることが分かった。また、実施例1~10の複合材料は、ガラス転移点が一点のみ観測され、セルロース、ヘミセルロース及びリグニン由来の各成分が一体に相溶した状態にあることが示唆された。
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