(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-07
(45)【発行日】2022-06-15
(54)【発明の名称】摩擦攪拌接合用ツール及び接合材の製造方法
(51)【国際特許分類】
B23K 20/12 20060101AFI20220608BHJP
【FI】
B23K20/12 344
B23K20/12 360
(21)【出願番号】P 2018167282
(22)【出願日】2018-09-06
【審査請求日】2021-06-18
(31)【優先権主張番号】P 2018053639
(32)【優先日】2018-03-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】特許業務法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】坂井 一成
(72)【発明者】
【氏名】松原 和男
(72)【発明者】
【氏名】江崎 宏樹
(72)【発明者】
【氏名】福田 敏彦
【審査官】山下 浩平
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-070994(JP,A)
【文献】特開2012-086267(JP,A)
【文献】特開2007-301579(JP,A)
【文献】特開2011-230160(JP,A)
【文献】特開2012-192437(JP,A)
【文献】特開2003-320465(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2008/0251571(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 20/00 - 20/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
円柱状の本体部の先端に形成されたショルダーと、該ショルダーの中心部に配設されたプローブとを有する摩擦攪拌接合用ツールであって、
前記ショルダーは、中央部が突出する凸曲面形状を呈すると共に、外周部から中心に向かう渦巻き状の溝を有しており、
該溝は、深さ方向において深くなるほど中心軸から離れる方向に傾斜して設けられており、その傾斜角度は30°以上45°以下の範囲にある、摩擦攪拌接合用ツール。
【請求項2】
前記凸曲面ショルダーにおける前記溝の深さは、2.0mm以上3.0mm未満である、請求項1に記載の摩擦攪拌接合用ツール。
【請求項3】
板厚が異なるアルミニウムあるいはアルミニウム合金からなる厚板材と薄板材とを、平面上に並べて突き合わせて段差のある突き合わせ部分を形成し、該突き合わせ部分を接合してなる接合部を有する接合材の製造方法であって、
請求項1又は2に記載の摩擦攪拌接合用ツールを用い、
前記板材の法線方向に中心軸を向けるように前記ツールを直立配置し、
静止状態での上記溝の渦巻き状の外周部から中心に向かう回転方向を第1回転方向とした場合、前記ツールを中心軸周りにおいて前記第1回転方向と反対の第2回転方向に回転させ、
前記プローブを前記突き合わせ部分に挿入すると共に前記ショルダーを前記板材に接触させ、
前記ツールの直立配置状態を維持したまま、前記ツールを前記突き合わせ部分に沿って相対移動させる、接合材の製造方法。
【請求項4】
前記ツールの相対移動方向は、前記厚板上における前記第2回転方向が相対移動方向先方側から後方側となる方向とする、請求項3に記載の接合材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、同種あるいは異種材質のアルミニウムあるいはアルミニウム合金材の接合に用いる摩擦攪拌接合用ツール及び接合材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
プレス加工等によって製品を製造する場合、製品の特性に合わせるよう各部位に適した板厚や材質の材料を突き合わせて1枚の大型板としたテーラードブランク材を用いることがある。テーラードブランク材は、一度の加工で各部位に必要な特性を持った製品が得られるため、製造コストの低減に効果的である。
【0003】
このテーラードブランク材を製造する際の突き合わせ部の接合方法としては、従来、TIG溶接やMIG溶接等のアーク溶接が広く行われてきた。このような溶融溶接の場合、溶接部への入熱によって発生する熱ひずみによる変形や熱影響部の強度低下、溶接部の酸化等に対する注意が必要となる。
【0004】
これに対して、材料を固相温度域にて、回転工具(ツール)によって付与される塑性流動に伴って接合する摩擦攪拌接合の適用が注目されている。この方法は、材料同士を突き合わせた接合線の端に、ツールを回転させたまま、ツール先端のプローブを接触させて、接合線の反対側まで移動させるもので、ツールの回転によって発生する摩擦熱でプローブ周りの材料が塑性流動し接合部が形成される。
【0005】
例えば、板厚が異なる2枚の板材の突き合わせ部に対して摩擦攪拌接合する場合、接合材表面に対して法線方向に接合工具を押し当てた場合、特に厚板側の加工度が高くなり、ツールの周囲にバリが発生して、接合部の外観が損なわれたり、接合不良が生じる原因となるおそれがある。また、材質が異なる材料の接合においては、硬い材料に対し柔らかい材料にバリが出やすい。
【0006】
そこで、この対策として、これまでに以下のようないくつかの方法が提案されている。例えば、良好な接合強度を得るためとして、バリ対策としては、特許文献1のように、円錐台形状のショルダー面に、渦巻き状の溝が中心軸に向かう方向になるように渦巻を付与したツールや、特許文献2のように、外周部に三角状の断面からなる溝が付与されたツールを使用することが提案されている。また、特許文献3のように、ショルダーの外周部にブラシをセットし、接合中にバリを排除する機能を有するツールも提案されている。
【0007】
一方、テーラードブランク材の摩擦攪拌接合に関しては、特許文献4や特許文献5のように、ツールを傾斜させた状態で接合する方法、特許文献6のように、様々な形状の裏当てを使用することによって、薄板と厚板の段差がない面側を摩擦攪拌接合することで、接合部が滑らかな接合材を得る方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2008-307606号公報
【文献】特開2007-301579号公報
【文献】特開2005-21967号公報
【文献】特開2001-269779号公報
【文献】特開2000-167676号公報
【文献】特開平11-10363号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、前述した従来の技術には、以下のような問題点がある。
すなわち、特許文献1あるいは特許文献2の方法の場合、いずれも摩擦攪拌接合用ツールは、薄板方向に傾斜させて薄板側と厚板側の突き合わせ部に接触させ、回転させながら接合線に沿って移動させる。このような方法では、ツールを板表面に対して斜めから進入させることになるため、特に、薄板と厚板の厚さの差が大きくなるほど傾斜させる角度を大きくする必要がある。そのため、摩擦攪拌接合時には、ツールへの負担が大きくなり、ツールの寿命が短くなる。また、ツールを移動方向に平行あるいは直角方向に傾斜させ、なおかつその状態で大きな加圧力を付与させなければならないため、これを満足する機械攪拌接合装置は、大型で複雑な構造となる。
【0010】
一方、特許文献6のように、テーラードブランク材の段差側ではなく、同一面側を摩擦攪拌接合する場合は、段差側の突き合わせ部がほとんど攪拌されないため、この同一面側から曲げ加工やプレス加工した場合、段差側が十分に一体化しておらず破断しやすいといった問題点がある。
【0011】
本発明は、かかる背景に鑑みてなされたものであり、板厚が異なるテーラードブランク材を接合することが容易であり、接合時にバリが生じることも抑制できる摩擦攪拌接合用ツール及び接合材の製造方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の一態様は、円柱状の本体部の先端に形成されたショルダーと、該ショルダーの中心部に配設されたプローブとを有する摩擦攪拌接合用ツールであって、
前記ショルダーは、中央部が突出する凸曲面形状を呈すると共に、外周部から中心に向かう渦巻き状の溝を有しており、
該溝は、深さ方向において深くなるほど中心軸から離れる方向に傾斜して設けられており、その傾斜角度は30°以上45°以下の範囲にある、摩擦攪拌接合用ツールにある。
【0013】
本発明の他の態様は、板厚が異なるアルミニウムあるいはアルミニウム合金からなる厚板材と薄板材とを、平面上に並べて突き合わせて段差のある突き合わせ部分を形成し、該突き合わせ部分を接合してなる接合部を有する接合材の製造方法であって、
上述した摩擦攪拌接合用ツールを用い、
前記板材の法線方向に中心軸を向けるように前記ツールを直立配置し、
静止状態での上記溝の渦巻き状の外周部から中心に向かう回転方向を第1回転方向とした場合、前記ツールを中心軸周りにおいて前記第1回転方向と反対の第2回転方向に回転させ、
前記プローブを前記突き合わせ部分に挿入すると共に前記ショルダーを前記板材に接触させ、
前記ツールの直立配置状態を維持したまま、前記ツールを前記突き合わせ部分に沿って相対移動させる、接合材の製造方法にある。
【0014】
なお、この態様は、板厚が異なるアルミニウムあるいはアルミニウム合金からなる厚板材と薄板材とを、平面上に並べて突き合わせて段差のある突き合わせ部分を形成し、該突き合わせ部分を接合する摩擦攪拌接合方法であって、
上述した摩擦攪拌接合用ツールを用い、
前記板材の法線方向に中心軸を向けるように前記ツールを直立配置し、
静止状態での上記溝の渦巻き状の外周部から中心に向かう回転方向を第1回転方向とした場合、前記ツールを中心軸周りにおいて前記第1回転方向と反対の第2回転方向に回転させ、
前記プローブを前記突き合わせ部分に挿入すると共に前記ショルダーを前記板材に接触させ、
前記ツールの直立配置状態を維持したまま、前記ツールを前記突き合わせ部分に沿って相対移動させる、摩擦攪拌接合方法であると捉えることもできる。
【発明の効果】
【0015】
前記摩擦攪拌接合用ツールは、上述したように、前記ショルダーが、中央部が突出する凸曲面形状を呈すると共に、外周部から中心に向かう渦巻き状の溝を有している。そして、この溝が、深さ方向において深くなるほど中心軸から離れる方向に傾斜して設けられており、その傾斜角度は30°以上45°以下の範囲にある。これらの要件を具備することによって、テーラードブランク材を摩擦攪拌によって接合することが容易となり、かつ、接合時のバリの発生を抑制することが可能となる。
【0016】
そして、特に、前記ツールの静止状態での溝の形態を上記のように定義した第1回転方向と前記ツールの回転方向である第2回転方向とを逆方向とすることにより、接合性の向上及びバリ発生抑制により有効である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】実施例1における、摩擦攪拌接合用ツールを正面から見たショルダー面形状を示す平面図。
【
図2】実施例1における、摩擦攪拌接合用ツールの軸方向に沿った断面図(
図1のII-II線矢視断面図)。
【
図3】実施例1における、摩擦攪拌接合用ツールの軸方向に沿った断面の一部切り欠き拡大断面図(
図2の一部切り欠き拡大断面図)。
【
図4】実施例2における、摩擦攪拌接合用ツールを正面から見たショルダー面形状を示す平面図。
【
図5】実施例2における、摩擦攪拌接合用ツールの軸方向に沿った断面図(
図4のV-V線矢視断面図)。
【
図6】比較例1における、摩擦攪拌接合用ツールを正面から見たショルダー面形状を示す平面図。
【
図7】比較例1における、摩擦攪拌接合用ツールの軸方向に沿った断面図(
図6のVII-VII線矢視断面図)。
【
図8】実施例1における、摩擦攪拌接合用ツールの斜視図。
【
図9】実験A1~A15における、摩擦攪拌接合を開始する直前の状態を示す説明図。
【
図10】実験A1~A15における、摩擦撹拌接合を開始した直後の状態を示す説明図。
【
図11】実験A1~A15における、摩擦撹拌接合における接合部が形成されていくイメージを示した説明図。
【
図12】実験A1~A15における、摩擦撹拌接合における接合部と機械試験試料の採取位置との関係を示す説明図。
【
図13】実験A1~A15における、摩擦撹拌接合における接合部のバリ高さ測定方法を示す説明図。
【
図14】実験B1~B21における、摩擦攪拌接合を開始する直前の状態を示す説明図。
【
図15】実験B1~B21における、摩擦撹拌接合を開始した直後の状態を示す説明図。
【
図16】実験B1~B21における、摩擦撹拌接合における接合部が形成されていくイメージを示した説明図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の実施に適した形態を説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、種々の様態に変更して実施しうることはいうまでもない。
【0019】
図1~
図3に示すように、摩擦攪拌接合用ツール1は、円柱状の本体部10の先端に形成されたショルダー2と、ショルダー2の中心部に配設されたプローブ3とを有する摩擦攪拌接合用のツールである。そして、ショルダー2は、中央部が突出する凸曲面形状を呈すると共に、外周部から中心に向かう(矢印A1方向の)渦巻き状の溝5を有している。溝5は、深さ方向において深くなるほど中心軸Cから離れる方向に傾斜して設けられており、その傾斜角度αは30°以上45°以下の範囲にある。
以下、さらに詳説する。
【0020】
摩擦攪拌接合としては種々の形態があるが、ツール1は、後述する
図9~
図10に示すように、板厚が異なる板材81、82を、平面上に並べて突き合わせ、段差のある突き合わせ部分80を接合する場合に、特に適したツールである。
【0021】
上述したごとく、ツール1の本体部10の先端のショルダー2は、中央部が突出する凸曲面形状を呈している。すなわち、ショルダー2は、
図2、
図3に示すごとく、本体部10の中心軸Cに沿う切断面において、ショルダー2の中央に位置するプローブ3に近づくほど先方に突出しており、溝5を除いた輪郭形状が、滑らかな曲線形状となっている。
図2、
図3には、凸曲面形状として円弧状の形状とした例を示しているが、滑らかな形状であれば、部分的に曲率が異なる部分や傾斜した直線状の部分が含まれてもよい。
【0022】
ショルダー2の凸曲面形状全体を円弧状とする場合、その曲率半径Rが小さすぎると、溝5を適正に設けた場合であってもバリ抑制効果が低減するおそれがある。そのため、曲率半径Rは15mm以上、より好ましくは20mm以上、さらに好ましくは21mm以上がよい。一方、曲率半径Rが大きすぎる場合には、段差のある突き合わせ部分の接合を良好に行うことが困難となるおそれがある。そのため、曲率半径Rは、30mm以下、好ましくは25mm以下、より好ましくは23mm以下がよい。
【0023】
また、ショルダー2の凸曲面形状全体を円弧状とする場合の曲率半径Rは、ショルダー2の外径Dsと、板材の板厚との関係で整理することもできる。すなわち、ショルダー2の外径Ds、厚板側板材81の板厚t1、薄板側板材82の板厚t2、板厚差Δt=t1-t2の間で、Ds/2≦R≦(1/2Δt){(Ds/2)2+Δt2}の関係が成立するような曲率半径Rであれば良い。
【0024】
また、ショルダー2には、上述したように、溝5を設ける。
図2、
図3に示すごとく、溝5は、深くなるほど中心軸Cから離れる方向に傾斜して設けられている。溝5の断面形状は、対向する側壁51、52の間隔(溝幅)が一定で底部50が円弧状となっているいわゆるU溝とすることが好ましいが、底部が平面状で、側壁51、52との境界部が所定の角度を有する角溝とすることもできる。また、対向する側壁51、52は、略平行になっていることが好ましいが、開口部に近づくほど若干広がるように設けてもよい。
【0025】
溝5の傾斜角度αは、溝5における中心軸C寄りの側壁51についての中心軸Cからの角度αで評価することができる。そして、その傾斜角度αは30°以上45°以下の範囲とする。傾斜角度αが30°未満の場合には、摩擦攪拌接合時のバリの発生を抑制する効果が低減するおそれがある。一方、溝5は機械加工により形成することが通常であるが、ショルダー2の形状及びプローブ3の存在を考慮すると、傾斜角度αが45°を超える溝は形成自体が困難である。
【0026】
溝5の深さHは、2.0mm以上3.0mm未満とすることが好ましい。
図3に示すごとく、この深さHは、本体部10の中心軸Cに平行な方向の深さHの値で評価する。深さHが2.0mm未満では、そのツール1の回転によって発生する金属の塑性流動が十分に得られず、表層付近のみに限られ、良好な接合状態が得られないおそれがある。一方、深さHが3.0mm以上になると、接合時に、溝5の深い奥部まで金属が入り込むことにより金属の塑性流動が十分に得られず、強固な接合部が得られないおそれがある。
【0027】
溝5の幅Wは、
図3に示すごとく、両側壁51、52の間隔で評価する。この幅Wは特に限定はされないが、溝形成加工上の問題や接合性の観点から、2.0mm以上3.0mm以下とするのが好ましい。なお、溝5の外周端においては、外周側にいくほど幅が狭くなることは許容される。
【0028】
溝5の形態は、
図1に示すごとく、軸方向正面から見た状態で、外周部から中心に向かう(矢印A1方向の)渦巻き状を呈するものとする。溝5の渦巻きの周回数は特に限定されないが、1周以上であることが好ましい。また、渦巻きの数についても特に制限はない。ただし、隣り合う溝の間隔Pが狭すぎると、例えば、間隔Pが1.0mm未満の場合には、溝5による効果が十分に得られなくなるおそれがある。そのため、溝5の渦巻きの周回数及び数は、溝の間隔Pを1.0mm以上に保てる範囲で、上述した幅W等も考慮して決めるのがよい。
【0029】
また、溝5の渦巻きの巻回方向を示す第1回転方向については、いわゆる時計回りでも反時計回りでもよいが、摩擦攪拌接合を実施する際のツール1自体の回転方向である第2回転方向を逆回転にする必要がある。この回転方向の関係は、ツール1の溝5の中に接合する材料の一部を巻き込む回転方向と表現することもできる。
【0030】
すなわち、
図1に示すごとく、静止状態での溝5の渦巻き状の外周部から中心に向かう回転方向を第1回転方向(矢印A1)とした場合、
図8~
図10に示すごとく、ツール1を中心軸C周りにおいて第1回転方向と反対の第2回転方向(矢印A2)に回転させる。この第1回転方向と第2回転方向の関係を維持することによって、従来よりも良好な接合状態を得ることが可能となる。また、厚板材81と薄板材82との突き合わせ部分80(接合部85)に沿ってツール1を移動させる際の相対移動方向は、どちらの方向であっても、ツールの回転数や相対移動速度を適切に設定することによって良好な接合状態を得ることができる。
【0031】
例えば、
図11に示すごとく、ツール1の移動方向(矢印B)は、突き合わせ部80に平行な方向で見れば、厚板81上における第2回転方向(矢印A2)と同じ方向、つまり、厚板81上における第2回転方向(矢印A2)が相対移動方向後方側から先方側となる方向とすることができる。
【0032】
また、
図14~
図16に示すごとく、ツール1の移動方向(矢印B)は、突き合わせ部80に平行な方向で見れば、厚板81上における第2回転方向(矢印A2)と逆の方向、つまり、厚板81上における第2回転方向(矢印A2)が相対移動方向先方側から後方側となる方向とすることができるとすることもできる。
【0033】
このように、少なくとも、ツール1の溝5の渦巻き回転方向と、ツール1自体の回転方向とを上述した関係となるように組み合わせることによって、段差のある突き合わせ部分80の接合を正常かつ容易に行うことが可能となる。一方、ツール1の溝5の渦巻き回転方向と、ツール1自体の回転方向を上記と異なる方向とした場合には、正常な接合部85を得ることが困難となる。
【0034】
上記構成の摩擦攪拌ツール1を用いれば、段差がある突き合わせ部を接合する場合でも、厚板材81側で塑性流動化した金属はスムーズに薄板材82側に移行するため、厚板材81側は、塑性流動する金属が接合部85の外側に排出されることが抑制され、バリの発生が抑制できる。
【0035】
厚板材81と薄板材82の組合せとしては、厚板材81の板厚が薄板材82の2倍以上であっても可能な場合もある。厚板材81の板厚t1と薄板材82の板厚t2との組合せとしては、例えば、両者の板厚差である段差寸法(t1-t2)が0mm以上2.5mm未満とすることができる。また、接合安定性の面から、薄板材82の板厚t2は0.8mm以上、厚板材81の板厚t1は3.5mm以下の範囲とすることが好ましい。
【0036】
また、ツール1を使用する摩擦攪拌接合装置(図示略)は、ツール1を接合面の上方向から直角に押し当てて相対的に進行させる方式であれば良く、ツール1の進行方向と平行あるいは直角方向に傾斜させる多軸機構は必要ない。そのため、摩擦攪拌接合装置は、比較的単純な構造とすることができる。
【0037】
また、ツール1の材質は、例えば工具鋼であれば、特に限定されない。通常このようなツールには、例えばSKD61のような炭素工具鋼が使用される。
【実施例】
【0038】
(実施例1)
実施例1のツール1は、炭素工具鋼SKD61製であり、
図1~
図3に示すように、外径Dsが20mmのショルダー2を有しており、そのショルダー2の全体形状は、曲率半径Rが21mmの円弧状断面形状を有している。この凸曲面には、渦巻き状の溝5が2個設けられ、それぞれ、1周半ほどの渦巻き形状を有している。溝5は、傾斜角αは45°、溝深さHは2.0mm、溝幅Wは3.0mm、溝間隔Pは2.0mmとし、底部が円弧状のU溝とした。また、ショルダー2の中央には、外径Dpが3.0mm、高さHpが0.8mmのプローブ3を設けた。
【0039】
(実施例2)
実施例2のツール102は、
図4及び
図5に示すように、実施例1のツール1を基本として、溝5の仕様を変更した例である。なお、実施例1と同じ機能部位については、寸法等が異なる場合であっても同じ符号を用いた。この点は、後述する比較例においても同様である。実施例2においては、溝5は、傾斜角αは30°、溝深さHは2.0mm、溝幅Wは2.5mm、溝間隔Pは1.3mmとし、底部が円弧状のU溝とした。その他の寸法は実施例1と同様とした。
【0040】
(比較例1~3)
比較例1~3のツール9は、
図6及び
図7に示すように、実施例1のツール1を基本として、溝5の仕様を変更した例である。比較例1~3においては、すべて、溝5の傾斜角αは0°、つまり、傾斜を設けなかった。溝深さHは、比較例1は2.0mm、比較例2は3.0mm、比較例3は0.5mmとした。比較例1~3のいずれも、溝幅Wは1.0mm、溝間隔Pは0.8mmとした。
【0041】
(摩擦攪拌接合の実施)
(試験A1~A15)
【0042】
(試験A1)
試験A1では、実施例1のツール1を用い、実際に摩擦攪拌接合を行い、その性能を評価した。
図9に示すごとく、摩擦攪拌接合装置の平面である定盤8上に、6000系アルミニウム合金板からなる厚板材81と薄板材82とを突き合わせて固定した。厚板材81の板厚は3.0mm、厚板材81の板厚は1.0mmである。突き合わせ部分80は、2.0mmの段差を有するものとなる。
【0043】
図8、
図9に示すごとく、ツール1を用い、板材81、82の法線方向に中心軸Cを向けるようにツール1を直立配置する。そして、ツール1における静止状態での溝5の渦巻き状の外周部から中心に向かう回転方向を第1回転方向(矢印A1方向)とした場合、ツール1を中心軸C周りにおいて第1回転方向と逆の第2回転方向(矢印A2方向)に回転させる。
【0044】
次に、
図10に示すごとく、プローブ3を前記突き合わせ部分に挿入すると共にショルダー2を材81、82に接触させる。そして、
図11に示すごとく、ツール1の直立配置状態を維持したまま、突き合わせ部分80に平行な方向で見れば、第2回転方向(矢印A2方向)が厚板81上において移動方向(矢印B)と一致する方向に、ツール1を突き合わせ部分80に沿って移動させる。、つまり、厚板81上における第2回転方向(矢印A2)が相対移動方向後方側から先方側となる方向とする。ツール1の回転数は2000rpmとし、ツール1の板材81、82に対する相対的な移動速度(接合速度)は、0.5m/minとした。
【0045】
(試験A2~A6)
試験A2~A6は、試験A1の場合と同様に実施例1のツール1を用いて実際に摩擦攪拌接合を実施した例である。試験A2及びA3は、試験A1に比べてツール1の回転数のみを変更した例である。試験A4~A6は、試験A1~A3における接合速度を遅い条件に変更した例である。
【0046】
(試験A7~A12)
試験A7~A12は、実施例2のツール102を用いて実際に摩擦攪拌接合を実施した例である。試験A7~A12は、試験A1~A6のそれぞれと同じ条件で、使用したツールを実施例2のツール102に変更した点のみが異なる例である。
【0047】
(試験A13)
試験A13は、試験A2と同じ条件で、使用したツールを比較例1のツールに変更した点のみが異なる例である。
【0048】
(試験A14)
試験A13は、試験A2と同じ条件で、使用したツールを比較例2のツールに変更した点のみが異なる例である。
【0049】
(試験A15)
試験A15は、試験A2と同じ条件で、使用したツールを比較例3のツールに変更した点のみが異なる例である。
【0050】
全ての試験A1~A15において、摩擦攪拌接合を完了して一体化した板材81、82の接合部85について、バリ高さ、内部観察、引張強度の評価を行った。
【0051】
<バリ高さ測定>
図11に示すごとく、バリ高さは、摩擦撹拌接合の開始点と終了点との中間点において切断して、接合方向に対して直角の断面を形成し、その断面をエッチングなしに50倍で観察した光学顕微鏡組織写真を使用して評価した。
図13に示すごとく、厚板81側の接合端部において厚板81の板表面81aから突出した高さTbを測定して評価する。
【0052】
<接合部の内部観察>
接合部の健全性については、バリ高さ測定に使用した50倍の光学顕微鏡組織写真を使用し、内部に空孔が存在するか否かを観察することによって評価する。
【0053】
<引張強度>
図12に示すごとく、摩擦撹拌接合の開始点と終了点の中間付近において、標点部分の中央が接合線になるように採取したJIS5号試験片Sを使用し、JIS Z2241に基づき、接合方向に対して直角方向に引張試験を行って評価する。
【0054】
評価結果を表1に示す。
【0055】
【0056】
表1より知られるごとく、ツールの溝を所定範囲で傾斜させた実施例1ならびに実施例2のツール1、2を使った試験A1~A12では、いずれも、溝を傾斜させていない比較例1~3のツール9を用いた試験A13~A15に比べてバリ高さが低減した。特にツールの溝の傾斜角度が45度である実施例1のツール1を用いた場合には、全てバリ高さが30μm以下であり、非常に良好であった。
【0057】
一方、比較例1及び比較例2のツール9を用いた試験A13及びA14では、いずれも接合部内に空隙が発生していた。これにより、これらの例では、引張試験による引張強度及び伸びが、実施例1及び実施例2のツール1及び102を用いる場合に比べて低いものとなった。また、溝の傾斜がなく、溝の深さを0.5mmと小さくした比較例3のツール9を用いた試験A15では、接合部内に空隙は認められなかったが、バリ高さは他の条件に比べて最も高くなった。
【0058】
(試験B1~B21)
試験B1~B21は、
図14~
図16に示すごとく、試験A1~A15の場合における厚板81と薄板82の位置関係を逆転させた例である。すなわち、試験B1~B21では、
図14に示すごとく、摩擦攪拌接合装置の平面である定盤8上に、試験A1~A15の場合と左右が逆の関係となるように、6000系アルミニウム合金板からなる厚板材81と薄板材82とを突き合わせて固定した。厚板材81の板厚は3.0mm、厚板材81の板厚は1.0mmである。突き合わせ部分80は、2.0mmの段差を有するものとなる。
【0059】
(試験B1)
試験B1では、
図14に示すごとく、ツール1を用い、板材81、82の法線方向に中心軸Cを向けるようにツール1を直立配置する。そして、ツール1における静止状態での溝5の渦巻き状の外周部から中心に向かう回転方向を第1回転方向(矢印A1方向)とした場合、ツール1を中心軸C周りにおいて第1回転方向と逆の第2回転方向(矢印A2方向)に回転させる。
【0060】
次に、
図15に示すごとく、プローブ3を前記突き合わせ部分に挿入すると共にショルダー2を材81、82に接触させる。そして、
図16に示すごとく、ツール1の直立配置状態を維持したまま、突き合わせ部分80に平行な方向で見れば、第2回転方向(矢印A2方向)が厚板81上において移動方向(矢印B)と逆の方向に、つまり、厚板81上における第2回転方向(矢印A2)が相対移動方向先方側から後方側となる方向に、ツール1を突き合わせ部分80に沿って移動させる。ツール1の回転数は2000rpmとし、ツール1の板材81、82に対する相対的な移動速度(接合速度)は、1.5m/minとした。
【0061】
(試験B2~B9)
試験B2~B9は、試験B1の場合と同様に実施例1のツール1を用いて実際に摩擦攪拌接合を実施した例である。試験B2及びB3は、試験B1に比べてツール1の回転数のみを変更した例である。試験B4~B6は、試験B1~B3における接合速度を1.0m/minに遅くした条件に変更した例である。試験B7~B9は、試験B1~B3における接合速度を0.50m/minに遅くした条件に変更した例である。
【0062】
(試験B10~B18)
試験B10~B18は、実施例2のツール102を用いて実際に摩擦攪拌接合を実施した例である。試験B10~B18は、試験B1~B9のそれぞれと同じ条件で、使用したツールを実施例2のツール102に変更した点のみが異なる例である。
【0063】
(試験B19)
試験B19は、試験B2と同じ条件で、使用したツールを比較例1のツールに変更した点のみが異なる例である。
【0064】
(試験B20)
試験B20は、試験B2と同じ条件で、使用したツールを比較例2のツールに変更した点のみが異なる例である。
【0065】
(試験B21)
試験B21は、試験B2と同じ条件で、使用したツールを比較例3のツールに変更した点のみが異なる例である。
【0066】
全ての試験B1~B21において、摩擦攪拌接合を完了して一体化した板材81、82の接合部85について、試験A1~A15の場合と同様に、バリ高さ、内部観察、引張強度の評価を行った。
【0067】
評価結果を表2に示す。
【0068】
【0069】
表2より知られるごとく、ツールの溝を所定範囲で傾斜させた実施例1ならびに実施例2のツール1、2を使った試験B1~B18では、いずれも、溝を傾斜させていない比較例1~3のツールを用いた試験B19~B21に比べてバリ高さが低減した。特にツールの溝の傾斜角度が45度である実施例1のツール1を用いた場合には、全てバリ高さが30μm以下であり、非常に良好であった。
【0070】
一方、比較例1及び比較例2のツールを用いた試験B19及びB20では、いずれも接合部内に空隙が発生していた。これにより、これらの例では、引張試験による引張強度及び伸びが、実施例1及び実施例2のツール1及び102を用いる場合に比べて低いものとなった。また、溝の傾斜がなく、溝の深さを0.5mmと小さくした比較例3のツールを用いた試験B21では、接合部内に空隙は認められなかったが、バリ高さは他の条件に比べて最も高くなった。
【符号の説明】
【0071】
1 ツール
2 ショルダー
3 プローブ
5 溝
81 厚板材
82 薄板材
80 突き合わせ部
85 接合部