(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-09
(45)【発行日】2022-06-17
(54)【発明の名称】水域における生物種モニタリング方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/68 20180101AFI20220610BHJP
C02F 1/00 20060101ALI20220610BHJP
【FI】
C12Q1/68
C02F1/00 V
(21)【出願番号】P 2018232546
(22)【出願日】2018-12-12
【審査請求日】2021-09-28
(73)【特許権者】
【識別番号】000206211
【氏名又は名称】大成建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100162396
【氏名又は名称】山田 泰之
(74)【代理人】
【識別番号】100122954
【氏名又は名称】長谷部 善太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100194803
【氏名又は名称】中村 理弘
(72)【発明者】
【氏名】高山 百合子
(72)【発明者】
【氏名】赤塚 真依子
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 一教
【審査官】田中 晴絵
(56)【参考文献】
【文献】Proceedings of the Twenty-eighth (2018) International Ocean and Polar Engineering Conference,2018年06月10日,1538-1544
【文献】土木学会論文集B2(海岸工学),2018年11月10日,vol.74,no.2,I_1225-I_1230
【文献】土木学会論文集B2(海岸工学),2017年,vol.73,no.2,I_1267-I_1272
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/68
C02F 1/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
環境の急変が予想される水域に生息する回遊しない生物種の中から調査生物種を決定するとともに、前記調査生物種の生息域を調査する工程、
前記調査生物種の生息域から少なくとも環境急変領域を区分する工程、
前記調査生物種の環境急変領域由来の環境DNA(環境急変領域)と全生息域由来の環境DNA(全)について粒子流動解析する工程、
前記粒子流動解析の結果から、前記環境DNA(環境急変領域)の割合が低いポイントを割り出し、このポイントを含む採水箇所を決定する工程、
前記採水箇所から得た検体の調査生物種の環境DNAを分析する工程、
を備えることを特徴とする、生物種のモニタリング方法。
【請求項2】
前記採水箇所が、前記環境DNA(環境急変領域)の割合が高いポイントを含むことを特徴とする請求項1に記載のモニタリング方法。
【請求項3】
環境の急変が予想される水域に生息する回遊しない生物種の中から調査生物種を決定するとともに、前記調査生物種の生息域を調査する工程、
前記調査生物種の生息域から少なくとも環境急変領域を区分する工程、
前記調査生物種の環境急変領域由来の環境DNA(環境急変領域)と全生息域由来の環境DNA(全)について粒子流動解析する工程、
前記粒子流動解析の結果から、前記環境DNA(環境急変領域)の割合が高いポイントを割り出し、このポイントを含む採水箇所を決定する工程、
前記採水箇所から得た検体の調査生物種の環境DNAを分析する工程、
を備えることを特徴とする、生物種のモニタリング方法。
【請求項4】
前記粒子流動解析において、前記環境DNAの粒子に劣化情報を付与することを特徴とする請求項1~3のいずれかに記載のモニタリング方法。
【請求項5】
前記環境急変領域が、水域における土木工事の施工現場であることを特徴とする請求項1~4のいずれかに記載のモニタリング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、環境の急変が予想される水域、特に、潮流のように一日のうちに流れる方向が変化する水域における、生物種のモニタリング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
土木工事等の開発において、自然環境に影響が及ぶ場合がある。地上での土木工事では、周辺環境のモニタリングは容易であるが、埋立・浚渫、橋梁基礎工事等、海洋や湖沼での土木工事では、周辺環境をモニタリングするために、ダイバーによる目視や撮影が必要となる場合がある。ダイバーによる調査は、必要なときにすぐに行うことができないため迅速性に劣る、潜水時間に制限があるため調査回数、頻度、範囲が限られる、減圧症や溺れ等の潜水作業による危険が伴うという問題がある。
【0003】
遠隔操作可能な水中カメラ搭載のロボットによる調査も可能であるが、これらのロボットは、操作に習熟が必要、高価なため紛失する可能性のある流れの速い現場では使用しにくい等の問題から、あまり普及していない。
【0004】
水中に生息する生物種の調査方法として、環境DNAが注目されている。環境DNAとは、細胞片や排泄物等に含まれ、環境中に存在するDNAの総称であり、環境DNAを分析することにより、生息している生物種の情報を知ることができる。例えば、本発明者らは、非特許文献1において、三重県英虞湾において、アマモとコアマモの環境DNAの移流拡散解析(濃度拡散解析)を行い、海流に沿ってアマモとコアマモの環境DNAが検出でき、離れるほど濃度が薄くなることを報告している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】高山 百合子、赤塚 真依子、伊藤 一教、「海草場を対象とした環境DNAと潮流解析に関する一考察」、土木学会論文集B2(海岸工学)、2017、Vol.73,No.2,I_1267-1272
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
環境DNAを用いた、水域における環境急変領域に生息する回遊しない生物種の、簡便で精度の高いモニタリング方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の課題を解決するための手段は以下のとおりである。
1.環境の急変が予想される水域に生息する回遊しない生物種の中から調査生物種を決定するとともに、前記調査生物種の生息域を調査する工程、
前記調査生物種の生息域から少なくとも環境急変領域を区分する工程、
前記調査生物種の環境急変領域由来の環境DNA(環境急変領域)と全生息域由来の環境DNA(全)について粒子流動解析する工程、
前記粒子流動解析の結果から、前記環境DNA(環境急変領域)の割合が低いポイントを割り出し、このポイントを含む採水箇所を決定する工程、
前記採水箇所から得た検体の調査生物種の環境DNAを分析する工程、
を備えることを特徴とする、生物種のモニタリング方法。
2.前記採水箇所が、前記環境DNA(環境急変領域)の割合が高いポイントを含むことを特徴とする1.に記載のモニタリング方法。
3.環境の急変が予想される水域に生息する回遊しない生物種の中から調査生物種を決定するとともに、前記調査生物種の生息域を調査する工程、
前記調査生物種の生息域から少なくとも環境急変領域を区分する工程、
前記調査生物種の環境急変領域由来の環境DNA(環境急変領域)と全生息域由来の環境DNA(全)について粒子流動解析する工程、
前記粒子流動解析の結果から、前記環境DNA(環境急変領域)の割合が高いポイントを割り出し、このポイントを含む採水箇所を決定する工程、
前記採水箇所から得た検体の調査生物種の環境DNAを分析する工程、
を備えることを特徴とする、生物種のモニタリング方法。
4.前記粒子流動解析において、前記環境DNAの粒子に劣化情報を付与することを特徴とする1.~3.のいずれかに記載のモニタリング方法。
5.前記環境急変領域が、水域における土木工事の施工現場であることを特徴とする1.~4.のいずれかに記載のモニタリング方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明のモニタリング方法は、環境DNAの分析により行うことができるため、潜水作業が不要であり、広範囲、高頻度での調査が可能であり、また、潜水作業に伴うリスクを減らすことができる。環境急変領域由来の環境DNA(環境急変領域)と全生息域由来の環境DNA(全)とについて粒子流動解析を行うことにより、ある地点の環境DNAについて、環境DNA(環境急変領域)の割合を算出することができ、採水場所として適切な場所を選択することができる。そのため、環境DNA(環境急変領域)の割合が低いポイントで採水することにより、環境の急変が周辺環境に影響を及ぼしているかを判断することができる。環境DNA(環境急変領域)の割合が高いポイントで採水することにより、環境変化をモニタリングすることができる。粒子流動解析に、粒子の劣化情報を付与することにより、より正確な解析が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】三重県英虞湾におけるアマモ場の分布を示す図。
【
図2】環境急変領域から流出した環境DNA(環境急変領域)の分布を示す図。
【
図3】アマモ場全体から流出した環境DNA(全)の分布を示す図。
【
図4】環境DNA(全)に対する環境DNA(環境急変領域)の割合を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0010】
・第一の実施態様
本発明の第一の実施態様である生物種のモニタリング方法は、
環境の急変が予想される水域に生息する回遊しない生物種の中から調査生物種を決定するとともに、前記調査生物種の生息域を調査する工程、
前記調査生物種の生息域から少なくとも環境急変領域を区分する工程、
前記調査生物種の環境急変領域由来の環境DNA(環境急変領域)と全生息域由来の環境DNA(全)について粒子流動解析する工程、
前記粒子流動解析の結果から、前記環境DNA(環境急変領域)の割合が低いポイントを割り出し、このポイントを含む採水箇所を決定する工程、
前記採水箇所から得た検体の調査生物種の環境DNAを分析する工程、
を備えることを特徴とする。
【0011】
以下、第一の実施態様であるモニタリング方法を、工程順に沿って説明する。
・調査工程
まず、環境の急変が予想される水域に生息する回遊しない生物種の中から調査生物種を決定するとともに、前記調査生物種の生息域を調査する。環境の急変としては、例えば、水域における土木工事が挙げられる。本発明のモニタリング方法は、粒子流動解析を行うものであるため、潮流の向きが変化する、湾、入江、海峡等において、高い精度でモニタリングすることができる。
【0012】
本発明は、回遊しない生物種のモニタリング方法であり、対象とする生物種としては、サンゴ、海草、水草、藻類、貝類、ウニ、ナマコ、ヒトデ、イソギンチャク、甲殻類、魚類等の移動しない、または、季節を通してほぼ同じ地点に生息する生物種が挙げられる。
環境の急変が予想される水域に生息するこれらの回遊しない生物種の中から、調査生物種を決定する。調査生物種を選ぶポイントとしては、希少性や、生態系への影響の大きさ等が挙げられる。また、環境DNAの検出が可能となるようにある程度以上の生息数が必要である。そのため、調査生物種としては、サンゴ、海草を選定する場合が多い。
調査生物種を決定した後、この調査生物種の生息域を調査する。この調査は、ダイバーが実際に潜水しての調査でもよく、自治体や大学が以前に実施した生息域調査の結果を用いてもよい。
【0013】
・区分工程
調査工程において決定した調査生物種の生息域から、少なくとも環境急変領域を区分する。
環境急変領域とは、環境急変による何らかの影響を受け得る領域である。環境急変領域は、環境の急変が予想される地点を中心とした一定距離の範囲内のように一律に定めることもでき、水域における土木工事の場合、施工現場を管轄する漁協や自治体との合議により定めることもできる。本発明において、生息域を2以上の領域に区分することもでき、例えば、環境急変領域を2以上に区分することもでき、環境急変領域以外の領域を2以上に区分することもできる。
【0014】
・解析工程
調査生物種の環境DNAについて、環境急変領域由来の環境DNA(環境急変領域)と全生息域由来の環境DNA(全)のそれぞれを粒子流動解析する。粒子流動解析は、生息域を環境DNAの粒子の出発点として、潮流によりどのように広がるかを解析する。この際、生息域の全体に同一数の粒子を投入して解析してもよく、生息密度に応じて異なる数の粒子を投入して解析してもよい。現実に近い条件で解析を行うほうが、より正確な解析を行うことができる。また、2以上の領域に区分した場合は、それぞれの領域に由来する環境DNAを異なる粒子として解析を行うこともできる。
【0015】
本発明で行う粒子流動解析は、ある地点における潮流により拡散した後の粒子の個数をカウントするものであるため、環境急変領域由来の環境DNA(環境急変領域)と全生息域由来の環境DNA(全)とについて、解析を行うことにより、拡散後の環境DNAについて、環境急変領域由来の環境DNA(環境急変領域)の割合を算出することができる。すなわち、粒子流動解析により、ある地点に存在する環境DNAについて、環境DNA(環境急変領域)が20%の割合で含まれるといった情報を得ることができる。
【0016】
さらに、粒子流動解析は、粒子(環境DNA)に劣化情報を付与することができる。環境DNAは、環境中で微生物により代謝されたり、紫外線により分解されたりして、1週間程度で消滅する。例えば、粒子流動解析は「5日後に消滅する」という劣化情報を付与した上で、一定時間ごとに一定数の粒子を投入することができ、刻々と変化する潮流の向きに応じて、その時々の粒子数をカウントすることができる。
【0017】
なお、環境DNAの解析方法としては、通常、濃度拡散解析が行われている。しかし、濃度拡散解析は、潮流により拡散した後の環境DNAの分布(濃度)を知ることはできるが、環境急変領域由来の環境DNA(環境急変領域)の割合を知ることはできない。また、濃度拡散解析は、最終的には薄まるのみであり、消滅するという劣化情報を付与することはできない。
【0018】
・選定工程
粒子流動解析の結果から、環境DNA(環境急変領域)の割合が低いポイントを割り出し、このポイントを含む採水箇所を選定する。
・分析工程
この採水箇所から得た検体の保護対象生物種の環境DNAを分析する。
【0019】
採水箇所として、環境DNA(環境急変領域)の割合が少ない、または存在しないポイントを選定することにより、環境急変の影響を受けないと予測される周辺領域に生息する調査生物種の情報を知ることができる。そのため、環境DNA(環境急変領域)の割合が低いポイントから採水した検体の分析を定期的に行い、その変動量を比較することにより、その周辺領域に生息する調査生物種の増減をモニタリングすることができ、環境の急変が周辺領域の環境にどのような影響を及ぼしたかを知ることができる。
【0020】
第一の実施態様であるモニタリング方法は、環境急変領域由来の環境DNA(環境急変領域)の割合が低いポイントから採水した検体を分析することにより、環境の急変による影響を受けないと予測される周辺領域についてのウェートが大きな情報を得ることができる。そのため、環境の急変による影響が当然に起こり得る環境急変領域での変化に惑わされることなく、周辺領域において予期せぬ環境変化が起きていないかを知ることができる。環境急変領域の変動を排除する観点から、採水箇所として選定するポイントは、環境DNA(環境急変領域)の割合が50%以下であることが好ましく、30%以下であることがより好ましく、10%以下であることがさらに好ましく、1%以下であることが最も好ましい。
【0021】
第一の実施態様であるモニタリング方法は、さらに、環境DNA(環境急変領域)の割合が高いポイントを選定し、採水箇所とすることができる。環境DNA(環境急変領域)の割合が低いポイント、高いポイントの両方の情報を得ることにより、周辺領域に生息する調査生物種の変動をより正確に把握することができる。
【0022】
・第二の実施態様
本発明の第二の実施態様である生物種のモニタリング方法は、環境急変領域由来の環境DNA(環境急変領域)の割合が高いポイントを割り出し、このポイントを含む採水箇所を選定する以外は、第一の実施態様である生物種のモニタリング方法と同様である。
【0023】
第二の実施態様であるモニタリング方法は、環境急変領域のウェートが大きな情報を得ることができる。そして、環境急変領域での調査生物種の変動をモニタリングすることにより、環境急変後の環境回復措置の検討が容易となり、さらに、経時での自然回復の状況を知ることができる。
【0024】
本発明のモニタリング方法において、環境DNAから何らかの変化が確認できた場合は、ダイバーによる潜水調査を行うことが好ましい。環境DNAにより、様々な情報を得ることはできるが、実際の現場を観察した情報を得ることにより、変動が生じた原因を追求し、対策を講じることが容易となる。
【実施例】
【0025】
環境の急変が予想される水域として、三重県英虞湾を想定し、アマモ、コアマモを調査生物種として決定した。また、アマモ、コアマモの生息域は、潜水により調査した。
図1にアマモ場の分布を示す。なお、
図1中の枠は、仮定の環境急変領域である。
【0026】
潮汐を外力とした流れに基づいた粒子流動解析を行った。追跡する環境DNAの粒子は、アマモ場から時々刻々と放出される極微細な草体片と考え、流れに完全受動な粒子とした。粒子の初期位置は、アマモ生息領域の底層(10層)とし、2時間ごとに粒子を計算格子に各4個投入した。なお、環境DNAには、5日後に消滅するとの劣化情報を付与した。
【0027】
アマモの環境DNAが劣化せず検出できる限界の5日間を計算時間として、5日後の環境DNAの分布を、3次元流動シミュレーション(Delft3D,Deltares・オランダ)により算出した。環境急変領域から流出した環境DNA(環境急変領域)の分布を
図2に、アマモ場全体から流出した環境DNA(全)の分布を
図3に、環境DNA(全)に対する環境DNA(環境急変領域)の割合を
図4に示す。なお、
図2、3において、色が濃いほど環境DNAの粒子数が多いことを表し、
図4において、色が濃いほど環境DNA(環境急変領域)の割合が高いことを表す。
【0028】
図2~4より、環境DNA(環境急変領域)の割合が低いポイントとして、例えば、
図3の矢印で指し示すポイントが挙げられる。このポイントの環境DNAを分析することにより、環境急変領域に生息するアマモの増減を排除して、周辺領域におけるアマモの変動を効率的に検知することができる。
また、
図2~4より、環境DNA(環境急変領域)の割合が高いポイントとして、例えば、
図4の矢印で指し示すポイントが挙げられる。このポイントの環境DNAを分析することにより、環境急変領域に生息するアマモの変動を効率的に検知することができる。