(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-10
(45)【発行日】2022-06-20
(54)【発明の名称】誘電性薄膜およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
H01B 3/00 20060101AFI20220613BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20220613BHJP
【FI】
H01B3/00 F
C23C14/06 G
C23C14/06 L
(21)【出願番号】P 2018091074
(22)【出願日】2018-05-10
【審査請求日】2021-03-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000173795
【氏名又は名称】公益財団法人電磁材料研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000800
【氏名又は名称】特許業務法人創成国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】池田 賢司
(72)【発明者】
【氏名】小林 伸聖
(72)【発明者】
【氏名】岩佐 忠義
(72)【発明者】
【氏名】荒井 賢一
【審査官】北嶋 賢二
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-069428(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 3/00
C23C 14/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項2】
請求項1記載の誘電性薄膜の製造方法であって、
基板の温度を300~800[℃]の範囲に含まれる第1温度に制御し、かつ、当該基板の雰囲気圧力を1.0×10
-4[Pa]以下に制御する第1工程と、
Mg、Al、Si、Ca、Ti、Y、Zr、Nb、Ba、HfおよびTaからなる群から選択される少なくとも1つの元素とN、OおよびFの少なくとも1つの元素とからなる絶縁性材料と、Fe、CoおよびNiの少なくとも1つの元素からなる金属と、の複合ターゲットまたは個別の複数のターゲットを用いて、前記基板の温度を300~800[℃]の範囲に含まれる第2温度に制御し、かつ、当該基板の雰囲気圧力を0.1~10[Pa]の範囲に制御しながら当該基板の上に前記誘電性薄膜を成膜する第2工程と、を含むことを特徴とする誘電性薄膜の製造方法。
【請求項3】
請求項2記載の誘電性薄膜の製造方法において、
前記第1温度が前記第2温度よりも高温であることを特徴とする誘電性薄膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、誘電性薄膜およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
絶縁体マトリックスにナノメーターサイズの金属粒子が分散しているナノグラニュラー構造を有する薄膜誘電体が提案されている(特許文献1参照)。薄膜の誘電率を向上させ、かつ、電気絶縁性を確保する観点から金属含有量が適当に調節されている。金属および誘電体の含有比率が調節されることによって、金属粒子の粒径および分布状態ならびに金属粒子間の誘電体の厚みなどの薄膜構造が、誘電率の向上の観点から最適化されることが示唆されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ここで、薄膜の屈折率が適当に制御されれば、光変調器および光スイッチなどの光学素子への適用など、当該薄膜の適用範囲の拡張が図られる。
【0005】
そこで、本発明は、屈折率を可変に制御しうる誘電性薄膜およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、Mg、Al、Si、Ca、Ti、Y、Zr、Nb、Ba、HfおよびTaからなる群から選択される少なくとも1つの元素としてのM成分とN、OおよびFの少なくとも1つの元素とからなる絶縁性マトリックスと、Fe、CoおよびNiの少なくとも1つの元素からなり、前記絶縁性マトリックスに分散している金属粒子とからなる誘電性薄膜に関する。
【0007】
本発明の誘電性薄膜は、組成式FeaCobNicMwNxOyFzで表わされ、組成比a、b、c、w、x、y、zは原子比率で、0≦a≦0.35、0≦b≦0.35、0≦c≦0.35、0.05≦a+b+c≦0.50、0.10≦w≦0.50、0≦x≦0.50、0≦y≦0.50、0≦z≦0.50、0.20≦x+y+z≦0.70、かつ、a+b+c+w+x+y+z=1であり、前記絶縁性マトリックスの結晶子サイズが4.0nm以上の範囲に含まれていることを特徴とする。
【0008】
本発明の誘電性薄膜の製造方法は、基板の温度を300~800[℃]の範囲に含まれる第1温度に制御し、かつ、当該基板の雰囲気圧力を1.0×10-4[Pa]以下に制御する第1工程と、Mg、Al、Si、Ca、Ti、Y、Zr、Nb、Ba、HfおよびTaからなる群から選択される少なくとも1つの元素とN、OおよびFの少なくとも1つの元素とからなる絶縁性材料と、Fe、CoおよびNiの少なくとも1つの元素からなる金属と、の複合ターゲットまたは個別の複数のターゲットを用いて、前記基板の温度を300~800[℃]の範囲に含まれる第2温度に制御し、かつ、当該基板の雰囲気圧力を0.1~10[Pa]の範囲に制御しながら当該基板の上に前記誘電性薄膜を成膜する第2工程と、を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明の誘電性薄膜によれば、印加する磁場の強弱に応じて屈折率が可変に制御される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図2】薄膜におけるFeおよびCoの合計原子比率a+bおよび比誘電率の関係に関する説明図。
【
図3】薄膜におけるFeおよびCoの合計原子比率a+bおよび誘電緩和後の高周波帯域における誘電率の関係に関する説明図。
【
図4】薄膜におけるFeおよびCoの合計原子比率a+bおよび誘電緩和時間τの関係に関する説明図。
【
図5】薄膜の屈折率および減衰係数の波長依存性に関する説明図。
【
図8】薄膜を用いた光学素子の一実施例に関する模式図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
図1に模式的に示されている本発明の一実施形態としての誘電性薄膜は、絶縁性マトリックス1と、絶縁性マトリックス1に分散している金属粒子2とからなる。絶縁性マトリックス1は、Mg、Al、Si、Ca、Ti、Y、Zr、Nb、Ba、HfおよびTaからなる群から選択される少なくとも1つの元素とN、OおよびFの少なくとも1つの元素とからなる。金属粒子2は、Fe、CoおよびNiの少なくとも1つの元素からなる。
【0012】
本発明の誘電性薄膜は、組成式FeaCobNicMwNxOyFzで表わされる。「M」はMg、Al、Si、Ca、Ti、Y、Zr、Nb、Ba、HfおよびTaからなる群から選択される少なくとも1つの元素である。組成比a、b、c、w、x、y、zは原子比率で、0≦a≦0.35、0≦b≦0.35、0≦c≦0.35、0.23≦a+b+c≦0.35、0.10≦w≦0.50、0≦x≦0.50、0≦y≦0.50、0≦z≦0.50、0.20≦x+y+z≦0.70、かつ、a+b+c+w+x+y+z=1である。絶縁性マトリックスの結晶子サイズが4.0[nm]以上の範囲に含まれている。絶縁性マトリックスの結晶子サイズの上限値は、例えば誘電性薄膜の膜厚と同一であるなど、当該膜厚に応じて定められる。
【0013】
(製造方法)
本発明の誘電性薄膜は基板上に成膜される。基板としては、石英ガラスまたはコーニング社製♯7059(コーニング社の商品名)などのガラス基板、表面を熱酸化した単結晶SiウエハまたはMgO基板が採用される。
【0014】
誘電性薄膜は、例えばFe、CoおよびNiのうち少なくとも1つを含む合金円板上に、M元素を含む窒化物、酸化物またはフッ化物の誘電体(絶縁体)のチップが配置された複合ターゲットが用いられ、スパッタリング法によって成膜される。複合ターゲットに代えて、金属ターゲットおよび誘電体ターゲットを用いて、スパッタリング法により、薄膜の組成比を調節するために各ターゲットのスパッタ電力およびスパッタ電力供給時間などの因子が調節されながら誘電体薄膜が成膜されてもよい。
【0015】
スパッタ成膜に際して、Arガス、ArおよびN2の混合ガスまたはArおよびO2の混合ガスが雰囲気ガスとして用いられる。成膜時間の長短により膜厚が制御され、例えば0.3~3[μm]の誘電性薄膜が製造される。成膜前の「第1工程」において、基板の温度が300~800[℃]の範囲に含まれる第1温度に制御された。また、不純物混入などの影響によるマトリックスの結晶性の低下とそれに伴う透過率の低下を抑制するため、当該基板の雰囲気圧力が1.0×10-4[Pa]以下に制御される。成膜工程としての「第2工程」において、基板の温度を300~800[℃]の範囲に含まれる第2温度に制御された。また、当該基板の雰囲気圧力が0.1~10[Pa]の範囲に含まれるように制御された。成膜時のスパッタ電力は50~350[W]に調節された。
【0016】
第1温度は第2温度と等温または低温であってもよいが、第1温度が第2温度よりも高温になるように第1工程および第2工程のそれぞれにおいて基板の温度が制御されることが好ましい。
【0017】
(実施例・比較例)
基板の上に、スパッタリング法により実施例1~16および比較例1~4のそれぞれの薄膜が作製された。基板としては、薄膜の誘電率測定のため、基板の一部にAuまたはPtの電極膜が形成された、約0.5mm厚のコーニング社製#7059(コーニング社の商品名)ガラス基板が用いられた。表1には、各実施例および各比較例の薄膜の組成を表わす原子比率a、b、c、w、x、y、zの数値が示されている。スパッタリングに際して用いられる複合ターゲットの組成が調節されることにより、薄膜の組成が調節された。
【0018】
【0019】
実施例および比較例の誘電性薄膜の作成に際して、第1工程(成膜前)における基板の温度(第1温度)および第2工程(成膜時)における基板の温度(第2温度)は同一の温度に制御された。適当なヒータにより基板が加熱されることにより、当該基板の温度が制御された。基板が収容されたチャンバが真空ポンプにより真空吸引されることによって、基板の雰囲気圧力が制御された。
【0020】
高分解能透過型電子顕微鏡(TEM)を通じて得られた画像の解析により、薄膜の平均粒子径、その標準偏差およびその粒子の平均アスペクト比、平均粒子間隔およびその標準偏差が測定された。XRDの測定結果を用いて、各実施例および各比較例の薄膜の結晶子サイズが測定された。表2には、第1工程および第2工程のそれぞれにおいて調節された、基板の温度および基板の雰囲気圧力の値とともに、各実施例および各比較例の薄膜のこれらの測定結果が示されている。
【0021】
【0022】
(金属含有量および薄膜特性の相関関係)
一般的にナノグラニュラー構造などの構造分散を有する誘電体材料の誘電率の周波数特性は、デバイ・フローリッヒモデルによる関係式(1)によって説明することができる。
【0023】
ε(ω)=ε∞+Δε/{1+(iωτ)β} ‥(1)。
【0024】
ここで「ε∞」は誘電緩和後の高周波帯域における誘電率であり、「Δε」は電気分極の強度であり、「τ」は誘電緩和時間であり、「β」は誘電緩和時間τの分布を表す指標(0≦β≦1であり、0の時に分布が最大、1の時に分布が最小となる)である。
【0025】
図1に示されているマトリックス1に分散している複数の金属粒子2のそれぞれは、例えば厚さ0.1nm程度の絶縁性マトリックス1を介して他の金属粒子2に隣接する。隣接する金属粒子2の間での電子のトンネリング(
図1/両矢印参照)により、電気誘導または電気双極子(関係式(1)の「Δε」参照)が形成されて薄膜の誘電率を変化させる。これをTMD効果(トンネル磁気誘電効果)という。
【0026】
図2~
図4のそれぞれには、第1温度および第2温度のそれぞれが300[℃]に制御されて作製された実施例7(a+b=0.21,c=0)、実施例8(a+b=0.24,c=0)、実施例9(a+b=0.27,c=0)、実施例10(a+b=0.30,c=0)、実施例11(a+b=0.32,c=0)の(1)誘電性薄膜の比誘電率ε(ω)/ε
0(ε
0は真空の誘電率)、(2)誘電緩和後の高周波帯域における誘電率ε
∞および(3)電気分極の強度Δεのそれぞれの計算結果が示されている。
図2および
図4では、実施例7、8、9、10および11のそれぞれが、実線、破線、一点鎖線、二点鎖線および点線のそれぞれにより表わされている。
図3では、実施例7、8、9、10および11のそれぞれが、該当する数番の丸付き数字により表わされている。
【0027】
図2および
図3から、薄膜におけるFeおよびCoの合計原子比率a+bが高くなるほど、f=(ω/2π)=1MHz、10MHz、100MHz、1GHzおよび10GHzのそれぞれにおける比誘電率ε(ω)および誘電緩和後の高周波帯域における誘電率ε
∞が高いことがわかる。
図4から、薄膜の電気分極の強度Δεが周波数fを変数とするガウス関数のような変化態様を示し、各薄膜におけるFeおよびCoの合計原子比率a+bの相違に応じて、電気分極の強度Δεがピークを示す周波数fが相違することがわかる。
【0028】
ネットワークアナライザー(製造社:Rhode and Schwarz;型式ZNB20)によって、各実施例および各比較例の薄膜の1MHz、10MHz、100MHz、1GHzおよび10GHzのそれぞれにおける比誘電率が測定され、デバイ・フローリッヒモデルにより、誘電緩和後の高周波帯域における誘電率ε∞および電気分極の強度Δεが測定された。表3には、実施例6~10の薄膜についてこれらの測定結果が示されている。
【0029】
【0030】
図5には、実施例1の薄膜の屈折率n(複素屈折率mの実部)および減衰係数k(複素屈折率mの虚部)の波長依存性が示されている。複素屈折率は、複素誘電率ε(ω)および複素透磁率μ(ω)を用いて、関係式(2)により表わされる。ここで、複素透磁率μ(ω)は、周波数帯域が強磁性共鳴周波数に対して十分に高い周波数であるため、1として取り扱うことができる。
【0031】
m={ε(ω)・μ(ω)/(ε0・μ0)}1/2 ‥(2)。
【0032】
図5から、可視光および近赤外光を含む500~2000[nm]の範囲に含まれる波長λ(=c(光速)/f)において、薄膜の屈折率nが2.1~2.4の範囲に含まれ、かつ、波長λが長くなるほど徐々に小さくなっていることがわかる。また、
図4から、当該波長範囲において、薄膜の屈折率nが0.20~0.55の範囲に含まれ、かつ、波長λが長くなるほど徐々に大きくなっていることがわかる。
【0033】
図6には、実施例11の薄膜のTMD効果の測定結果として、当該薄膜に印可される磁場に応じた誘電率εの変化態様が示されている。隣接する金属粒子2の間の電子のトンネリングの確率は、当該隣接する金属粒子2のそれぞれの磁化の方向がそろうことにより高くなるため、薄膜に対して印可される磁場の強弱に応じて誘電率が変化する。
図6から、磁場が0である場合と比較して、磁場が80[kA/m]である場合には薄膜の誘電率が約0.67%増加していることがわかる。
【0034】
図7には、基板温度が600℃に制御されて作製された実施例15(a+b=0.24、c=0)、および実施例16(a+b=0.32、c=0)、基板温度が700℃に制御されて作製された実施例12(a+b=0.07、c=0)、および実施例13(a+b=0.14、c=0)、および実施例14(a+b=0.19、c=0)、のそれぞれの薄膜の透過率の測定結果が示されている。丸付き数字で表わされるプロットは、該当数番の実施例の薄膜の測定結果であることを表わしている。
【0035】
図7から、金属粒子であるFeおよびCoの合計原子比率a+bが高くなるほど薄膜の透過率が低くなる傾向があることがわかる。その一方、実施例12、13、14については、透過率が70~80%の範囲に含まれているため、光の伝送損失を抑制する観点から特に好ましい。
【0036】
図8には、薄膜を用いた光学素子の1つの応用例としてマッハツェンダ変調器が模式的に示されている。マッハツェンダ変調器は、第1MMIカプラ41(Multi Mode Interference)と、第2MMIカプラ42と、第1光導波路21と、第2光導波路22と、を備えている。光源から発せられた入力光が第1MMIカプラ41により分岐されて第1光導波路21および第2光導波路22のそれぞれを透過し、第2MMIカプラ42において当該分岐された光が合波されて出力光が取り出される。合波された光が干渉して位相が一致して互いに強め合うと光が出力される一方、位相が反転して互いに弱め合うと出力されない。
【0037】
第1光導波路21および第2光導波路22のそれぞれが誘電性薄膜により構成され、第1光導波路21および第2光導波路22のそれぞれに対して印可される磁場の有無または強弱が調節される。第1光導波路21および第2光導波路22のそれぞれの近傍に共通のまたは別個の金属薄膜が設けられ、当該金属薄膜に流される電流が調節されることにより、当該磁場が調節される。これにより、第1光導波路21および第2光導波路22のそれぞれの屈折率、ひいては透過光の位相差を変化させることができる。
【符号の説明】
【0038】
1‥絶縁性マトリックス、2‥金属粒子、21‥第1光導波路、22‥第2光導波路、41‥第1MMIカプラ、42‥第2MMIカプラ。