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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-13
(45)【発行日】2022-06-21
(54)【発明の名称】玉軸受
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/41 20060101AFI20220614BHJP
   F16C 33/66 20060101ALI20220614BHJP
   F16C 19/06 20060101ALI20220614BHJP
【FI】
F16C33/41
F16C33/66 Z
F16C19/06
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020523180
(86)(22)【出願日】2019-06-06
(86)【国際出願番号】 JP2019022574
(87)【国際公開番号】W WO2019235578
(87)【国際公開日】2019-12-12
【審査請求日】2020-11-16
(31)【優先権主張番号】P 2018108644
(32)【優先日】2018-06-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】特許業務法人栄光特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】前佛 誠
(72)【発明者】
【氏名】山中 啓陽
(72)【発明者】
【氏名】前島 大紀
(72)【発明者】
【氏名】宮▲崎▼ 知之
【審査官】倉田 和博
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-025199(JP,A)
【文献】特開平08-184318(JP,A)
【文献】特開2007-315587(JP,A)
【文献】特開2008-008411(JP,A)
【文献】特開平02-154813(JP,A)
【文献】特開2015-148241(JP,A)
【文献】特開昭55-040306(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 33/41
F16C 33/66
F16C 19/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
内周面に外輪軌道面を有する外輪と、外周面に内輪軌道面を有する内輪と、前記外輪軌道面と前記内輪軌道面との間に転動可能に設けられる複数の玉と、前記複数の玉を周方向に略等間隔に保持する保持器と、を備え、
前記保持器は、円環状部材であり、前記複数の玉を転動可能に保持する複数のポケットを有し、
軸受内部に外部から潤滑油が供給される玉軸受であって、
前記保持器は、前記玉と前記ポケットとの間に隙間を有して、軸方向や周方向に沿って前記隙間の範囲で移動可能に設けられ、
前記ポケットの内周面には、潤滑油を保持する保油部が設けられ、
前記保持器が軸方向や周方向の一方側に移動したときに、前記保油部が前記玉に接触し、前記保持器が軸方向や周方向の他方側に移動したときに、前記保油部が前記玉から離れ、
前記保油部は、潤滑油を保持可能な1つの溝、複数の溝、及び複数の孔のいずれか1つからなり、
前記溝の溝端部又は前記孔の孔端部は、前記玉と接触可能な位置に配置され、
前記溝端部又は前記孔端部は、前記溝又は前記孔の中間部分よりも毛管力が高く、
前記溝又は前記孔は、前記溝端部又は前記孔端部と前記玉との接触により前記玉に潤滑油を供給し、
前記溝の溝端部の幅は、前記溝の溝中央部の幅よりも小さく設定される
ことを特徴とする玉軸受。
【請求項2】
前記潤滑油を保持可能な溝と前記ポケットの内周面との間の角部は、シャープエッジに形成されることを特徴とする請求項1に記載の玉軸受。
【請求項3】
前記潤滑油を保持可能な溝の径方向断面の溝底すみは円弧形状に形成されており、
前記溝底すみの円弧形状の半径は、前記溝の溝中央部から溝端部に向かうに従って小さくなることを特徴とする請求項1に記載の玉軸受。
【請求項4】
前記溝の径方向断面の前記溝底すみの円弧形状の半径は、前記溝の径方向幅の1/4~1/2に設定される最大円弧部分を有することを特徴とする請求項3に記載の玉軸受。
【請求項5】
前記溝の溝端部の深さは、前記溝の溝中央部の深さよりも小さく設定されることを特徴とする請求項1に記載の玉軸受。
【請求項6】
前記溝の周方向長さは、前記ポケットの軸方向開口部の周方向長さ以下に設定されることを特徴とする請求項1に記載の玉軸受。
【請求項7】
前記溝の周方向長さは、前記ポケットの最大径以下に設定されることを特徴とする請求項1に記載の玉軸受。
【請求項8】
前記保持器の円環部の内径面には、潤滑油を蓄えると共に、蓄えた潤滑油を前記ポケットに供給する油貯蓄部が設けられることを特徴とする請求項1に記載の玉軸受。
【請求項9】
潤滑油が軸受内部に断続的に供給される、或いは、軸受内部の潤滑油が微量である潤滑環境下で使用されることを特徴とする請求項1~のいずれか1項に記載の玉軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、玉軸受に関し、特に、軸受内部に潤滑油が供給される玉軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、一部のハイブリッド車のトランスミッションのように、エンジン停止時に潤滑油ポンプを停止する機構が登場しており、軸受の焼付き問題を生じさせやすい。また、自動車の被牽引時には潤滑油ポンプが作動せずにタイヤが空転するため、トランスミッション内の軸受に焼付きが生じることがある。このため、微量な潤滑油の潤滑環境下であったとしても焼付きを防止することができる軸受が求められていた。
【0003】
従来の軸受として、外輪と、内輪と、外輪と内輪との間に配置される複数の玉と、複数の玉を回転可能に保持する合成樹脂製保持器と、を備え、合成樹脂製保持器のポケットの内周面に、平行な細溝が密に並ぶ凹凸面が形成されるものが知られている(例えば、特許文献1参照)。この合成樹脂製保持器は、玉軸受用であり、射出成形により設けられる。細溝は、ポケットの径方向又は周方向に沿って複数形成される。
【0004】
また、同様な合成樹脂保持器として、合成樹脂製保持器の内径面及び外径面の少なくとも一方に窪んだ形状の凹部が複数形成され、この凹部に繊維材又は多孔質材からなり潤滑油が保持又は含浸される油保持体が固定されるものが知られる(例えば、特許文献2参照)。凹部は、隣り合うポケットの間にこれらポケットと連通する空間として設けられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】日本国特開平8-184318号公報
【文献】日本国特開2017-180717号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記特許文献1に記載の軸受では、細溝の凹凸面を合成樹脂製保持器の射出成形で同時に設けているが、溝はポケット面を貫通しており、溝終端の閉じた部分が存在しないために毛管力の最も高い部分は溝底部になっている。このため溝底部に溜まった潤滑油は給油されることなく残ってしまい、転動体への効果的な給油が不十分であった。さらに、上記特許文献1では、溝の断面形状を種々適用できると詳述しているが、これらの形状はいずれもポケット表面よりも溝奥の毛管力が高まる形状であるため、溝底部に溜まった潤滑油を転動体へ給油させることを難しくしていた。
【0007】
また、上記特許文献2に記載の軸受では、凹部に固定された油保持体に潤滑油が保持されるものの、十分な潤滑油を継続して供給するには、油保持体の容積を大きくして保油量を増加させる必要がある。そのためには、合成樹脂製保持器の一部をさらに切り欠いて凹部の形状を大きくする必要があるが、この切り欠き部分で保持器の強度が低下してしまい、その強度を十分に確保するのが困難であった。
【0008】
本発明は、前述した課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、保持器の強度を低下することなく潤滑油の保油量を増加させて、微量な潤滑油の潤滑環境下であったとしても焼付きを防止することができ、また、軸受回転時の摩擦抵抗の増加を抑制することができる玉軸受を提供することにある。
【0009】
本発明の上記目的は、下記の構成により達成される。
(1)内周面に外輪軌道面を有する外輪と、外周面に内輪軌道面を有する内輪と、外輪軌道面と内輪軌道面との間に転動可能に設けられる複数の玉と、複数の玉を周方向に略等間隔に保持する保持器と、を備え、保持器は、円環状部材であり、複数の玉を転動可能に保持する複数のポケットを有し、軸受内部に外部から潤滑油が供給される玉軸受であって、保持器は、玉とポケットとの間に隙間を有して、軸方向や周方向に沿って隙間の範囲で移動可能に設けられ、ポケットの内周面には、潤滑油を保持する保油部が設けられ、保持器が軸方向や周方向の一方側に移動したときに、保油部が玉に接触し、保持器が軸方向や周方向の他方側に移動したときに、保油部が玉から離れることを特徴とする玉軸受。
(2)保油部は、毛管力により潤滑油を保持可能な保油部材からなり、保油部材は、ポケットの内周面の全面又は一部に設けられることを特徴とする(1)に記載の玉軸受
(3)保油部は、潤滑油を保持可能な1つの溝、複数の溝、及び複数の孔のいずれか1つからなり、溝の溝端部又は孔の孔端部は、玉と接触可能な位置に配置され、溝又は孔は、溝端部又は孔端部と玉との接触により玉に潤滑油を供給することを特徴とする(1)に記載の玉軸受。
(4)潤滑油を保持可能な溝とポケットの内周面との間の角部は、シャープエッジに形成されることを特徴とする(3)に記載の玉軸受。
(5)潤滑油を保持可能な溝の径方向断面の溝底すみは円弧形状に形成されており、溝底すみの円弧形状の半径は、溝の溝中央部から溝端部に向かうに従って小さくなることを特徴とする(3)に記載の玉軸受。
(6)溝の径方向断面の溝底すみの円弧形状の半径は、溝の径方向幅の1/4~1/2に設定される最大円弧部分を有することを特徴とする(5)に記載の玉軸受。
(7)溝の溝端部の深さは、溝の溝中央部の深さよりも小さく設定されることを特徴とする(3)に記載の玉軸受。
(8)溝の溝端部の幅は、溝の溝中央部の幅よりも小さく設定されることを特徴とする(3)に記載の玉軸受。
(9)溝の周方向長さは、ポケットの軸方向開口部の周方向長さ以下に設定されることを特徴とする(3)に記載の玉軸受。
(10)溝の周方向長さは、ポケットの最大径以下に設定されることを特徴とする(3)に記載の玉軸受。
(11)保持器は、繊維を混合した樹脂製であり、保油部は、エッチングにより樹脂のみを除去し繊維を突出させた部分であり、エッチングにより形成した保油部は、毛管力により潤滑油を保持可能であることを特徴とする(1)に記載の玉軸受。
(12)エッチングにより形成した保油部の周方向長さは、ポケットの軸方向開口部の周方向長さ以下に設定されることを特徴とする(11)に記載の玉軸受。
(13)エッチングにより形成した保油部の周方向長さは、ポケットの最大径以下に設定されることを特徴とする(11)に記載の玉軸受。
(14)保持器の円環部の内径面には、潤滑油を蓄えると共に、蓄えた潤滑油をポケットに供給する油貯蓄部が設けられることを特徴とする(1)に記載の玉軸受。
(15)潤滑油が軸受内部に断続的に供給される、或いは、軸受内部の潤滑油が微量である潤滑環境下で使用されることを特徴とする(1)~(14)のいずれか1つに記載の玉軸受。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ポケットの内周面に、潤滑油を保持する保油部が設けられ、保持器が軸方向や周方向の一方側に移動したときに、保油部が玉に接触するため、保持器の強度を低下することなく潤滑油の保油量を増加させて、微量な潤滑油の潤滑環境下であったとしても軸受の焼付きを防止することができる。また、保持器が軸方向や周方向の他方側に移動したときに、保油部が玉から離れて、保油部が玉に常時接触しないため、軸受回転時の摩擦抵抗の増加を抑制することができ、さらに、保油部の摩耗を抑制することができる。また、保油部の玉への接触力を適切に保つための高度な部品寸法精度などの管理が不要であり、製造コストの増大を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明に係る玉軸受の第1実施形態を説明する断面図である。
図2図1に示す保持器を径方向内側から見た部分拡大斜視図である。
図3A】ポケット溝の溝端部が玉と接する状態を示す説明図である。
図3B】ポケット溝の溝端部が玉と接しない状態を示す説明図である。
図4A】ポケット溝の角部がシャープエッジに形成される場合を示す説明図である。
図4B】ポケット溝の角部が大きな円弧状に形成される場合を示す説明図である。
図5A】ポケット溝の深さを溝中央部から溝端部に向かうに従って小さくした場合を示す説明図である。
図5B】ポケット溝の深さを溝中央部から溝端部まで均一にした場合を示す説明図である。
図6】ポケット溝の径方向断面の溝底すみの円弧形状の半径を、溝中央部から溝端部に向かうに従って小さくすることを説明する模式図である。
図7】ポケット溝の径方向幅を長手方向両方の溝端部で小さくした例を説明する模式図である。
図8】ポケット溝の他の形状例を説明する模式図である。
図9】ポケット溝の他の形状例を説明する模式図である。
図10】第1実施形態の保油部の第1変形例を説明する部分拡大斜視図である。
図11】第1実施形態の保油部の第2変形例を説明する部分拡大斜視図である。
図12】第1実施形態の保油部の第3変形例を説明する部分拡大斜視図である。
図13】第1実施形態の保油部の第4変形例を説明する部分拡大斜視図である。
図14】第1実施形態の保油部の第5変形例を説明する部分拡大斜視図である。
図15】第1実施形態の保油部の第6変形例を説明する部分拡大斜視図である。
図16】第1実施形態の保油部の第7変形例を説明する断面図である。
図17図16に示す保持器を径方向内側から見た部分拡大斜視図である。
図18】第1実施形態の保油部の第8変形例を説明する断面図である。
図19】本発明に係る玉軸受の第2実施形態を説明する断面図である。
図20図19に示す保持器を径方向内側から見た部分拡大斜視図である。
図21】第2実施形態の保油部の第1変形例を説明する断面図である。
図22図21に示す保持器を径方向内側から見た部分拡大斜視図である。
図23】第2実施形態の保油部の第2変形例を説明する保持器を径方向内側から見た部分拡大斜視図である。
図24】本発明に係る玉軸受の第3実施形態を説明する保持器を径方向内側から見た部分拡大斜視図である。
図25】第3実施形態の保油部の第1変形例を説明する保持器を径方向内側から見た部分拡大斜視図である。
図26】第3実施形態の保油部の第2変形例を説明する保持器を径方向内側から見た部分拡大斜視図である。
図27】第3実施形態の保油部の第3変形例を説明する保持器を径方向内側から見た部分拡大斜視図である。
図28】グラスファイバー入りのポリアミド樹脂にレーザーを照射して、グラスファイバーを突出させた溝加工例を示す写真である。
図29】潤滑油ポンプによる軸受への給油を説明する断面図である。
図30】歯車の跳ね掛けによる軸受への給油を説明する断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明に係る玉軸受の各実施形態について、図面に基づいて詳細に説明する。
【0013】
(第1実施形態)
まず、図1図18を参照して、本発明に係る玉軸受の第1実施形態について説明する。
【0014】
本実施形態の玉軸受10は、図1に示すように、深溝玉軸受であり、内周面に外輪軌道面11aを有する外輪11と、外周面に内輪軌道面12aを有する内輪12と、外輪軌道面11aと内輪軌道面12aとの間に転動可能に設けられる複数の玉13と、複数の玉13を周方向に略等間隔に保持する保持器14と、を備える。なお、本実施形態では、潤滑油が潤滑油ポンプP(図29参照)などにより外部から軸受内部に適宜供給される。
【0015】
外輪11は、その内周面の軸方向中央に外輪軌道面11aが形成され、外輪軌道面11aに隣接する一対の肩部11bを有する。内輪12は、その外周面の軸方向中央に内輪軌道面12aが形成され、内輪軌道面12aに隣接する一対の肩部12bを有する。
【0016】
保持器14は、図1及び図2に示すように、合成樹脂製の円環状部材であり、射出成形などにより成形される冠型保持器である。保持器14は、図2に示すように、円環部14aと、円環部14aから軸方向一方側(図1の左側)に突出し、周方向に略等間隔に設けられる複数の柱部14dと、周方向に互いに隣り合う柱部14d間に形成され、玉13を転動可能に保持する球面状のポケット14eと、を有する。
【0017】
各ポケット14eは、ポケット14eの内周面(以下、単に「ポケット面」とも言う)14fの一部を構成し、柱部14dから軸方向一方側に突出する一対の爪部14gを有する。一対の爪部14gの先端間には開口部(軸方向開口部)14hが形成されている。また、開口部14hの周方向幅は、玉13の直径よりも小さく設定される。ポケット14e内に収納された玉13は、一対の爪部14gにより玉13の軸方向の移動が規制される。
【0018】
また、保持器14は、図1に示すように、玉13とポケット14eの内周面14fとの間に軸方向の隙間Sを有する。これにより、保持器14は、軸方向や周方向に沿って隙間Sの範囲で移動可能に設けられる。
【0019】
そして、図1及び図2に示すように、各ポケット14eの内周面14fの底部には、複数(本実施形態では8つ)の微細なポケット溝(保油部)20が形成されている。そして、8つのポケット溝(以下、単に「溝」とも言う)20は、周方向に隣り合う2つの溝20を径方向に4列並べて配置されている。ポケット溝20は、有底溝であり、ポケット14eの内周面14fにおいてその周方向(保持器14の周方向とも言える)に沿って平行に形成されている。なお、ポケット14eの底部に形成するポケット溝20は、複数に限定されず、1つのポケット溝20を形成した構成とすることもできる。
【0020】
また、図2に示すように、ポケット溝20の周方向長さL1は、ポケット14eの開口部14hの周方向長さL2以下に設定されている。この設定により、ポケット溝20の成形や加工をポケット14eの開口部14hを介して軸方向から行うことができるので、ポケット溝20を容易に設けることができる。また、ポケット溝20の溝端部20aは、玉13の表面と接触可能な位置に配置され、ポケット溝20は、溝端部20aと玉13との接触により玉13に潤滑油を供給することを特徴とする。なお、溝端部20aは、溝20の周方向の端部のことである。また、後述する溝中央部20bは、溝20の周方向の中央部のことである。
【0021】
また、保持器14の円環部14aの内径面14bにおいてポケット14eと軸方向で重なる部分には、複数の微細な円環部溝(油貯蓄部)30がそれぞれ形成されている。円環部溝30は、有底溝であり、保持器14の軸方向に沿って平行に形成されている。また、円環部溝30は、ポケット14eの内周面14fに突き抜けて形成される。
【0022】
ポケット溝20は、毛管力により潤滑油を保持可能な保油部であり、各ポケット14eの保油能力及び給油能力を高めると共に、溝端部20aが玉13と接触したときに玉13に潤滑油を供給する。円環部溝30は、毛管力により潤滑油を蓄えると共に、蓄えた潤滑油をポケット14eの内周面14fに供給する油貯蓄部である。そして、ポケット14eの内周面14fに供給された潤滑油は、ポケット溝20又は玉13に供給される。なお、ポケット溝20及び円環部溝30は、全てのポケット14eに対して設けられてもよいし、一部のポケット14eに対して設けられてもよい。また、円環部溝30を省略し、ポケット溝20のみにしてもよい。
【0023】
ここで、本説明で述べる毛管力とは、固体が液体を引き寄せようとする力のことである。固体(保持器)の表面張力が液体(潤滑油)の表面張力よりも大きなときに毛管力が生じ、液体は固体表面に引き寄せられる。また、液体は表面張力により空気と触れる面を減らそうともする。つまり、潤滑油は空気と接する面積が減少させながら、保持器と接する面積を増そうとする。このため、保持器のポケット溝は、細く狭いほど毛管力が高まる。この原理を利用し、本発明では、ポケット面14fに、細く狭い形状のポケット溝20を形成している。
【0024】
また、ポケット溝20及び円環部溝30は、毛管力の作用で保油及び給油可能な微細な形状であることが必要であり、本実施形態では、ポケット溝20及び円環部溝30の幅及び深さは一定又は溝端部20aが溝中央部20bよりも浅くなるように設定される。具体的には、ポケット溝20及び円環部溝30の潤滑油の保油性、保持器14の強度及び一般的な射出成形の精度などを考慮して、例えば、ポケット溝20の径方向幅は最大部で0.01mmから0.5mmの範囲に設定され、深さD1(図1参照)は、最大部で0.005mm以上、玉13の直径Daの1/10以下の範囲に設定され、円環部溝30の周方向幅は最大部で0.01mmから0.5mmの範囲に設定され、深さD2(図1参照)は、最大部で0.01mm以上、玉13の直径Daの1/10以下の範囲に設定される。
【0025】
ポケット溝20及び円環部溝30は、保持器14の射出成形と同時に形成してもよいし、成形後に溝加工して形成してもよく、用途に応じて形成方法を適宜選択可能である。具体的には、ポケット溝20及び円環部溝30の溝幅が細いほど毛管力の作用が強く発揮されるので、その作用をより発揮させたい場合には成形後の溝加工が選択される。その一方、ある程度の毛管力の作用でよい場合には、製造コストを抑制することができる射出成形での溝形成が選択される。
【0026】
そして、ポケット溝20は、保持器14(玉軸受10)の周方向に沿って形成されるので、軸受回転に伴う遠心力の作用方向とポケット溝20の形成方向が直交する。このため、軸受回転に伴う遠心力によって潤滑油が保持器14の外側に飛散する量を最小限に抑制することができる。また、円環部溝30は、保持器14(玉軸受10)の軸方向に沿って形成されるので、円環部溝30に保持した潤滑油を速やかにポケット14eに供給することができる。
【0027】
また、図1に示すように、玉13とポケット14eの内周面14fとの間に隙間Sが設けられるので、例えば、保持器14が軸方向一方側(図1の左側)に移動したときに、ポケット溝20が玉13に接触し、保持器14が軸方向他方側(図1の右側)に移動したときに、ポケット溝20が玉13から離れる。
【0028】
保持器14の材質としては、特に制限はないが、使用される潤滑油に対して表面張力が高く毛管力を生じる合成樹脂材であればよく、例えば、ポリアミドなどの一般的な保持器樹脂を挙げることができる。なお、保持器14の合成樹脂に強化材として繊維材を含有してもよい。また、親油性が低い樹脂材を使用することも可能であるが、この場合には親油処理を施した方が好ましい。
【0029】
図3A及び図3Bは、ポケット溝20の長手方向(周方向)と玉13との位置関係を示す説明図であり、保持器14の1つの溝20の部分を周方向に沿って切断した断面図である。保持器14は、毛管力によってポケット溝20の内部に蓄えられた潤滑油を、同じく玉表面との毛管力の作用によって玉表面に供給することを特徴としている。この作用を効果的にさせるためには、ポケット溝20は、玉13と接する部分に高い毛管力を発生させることが重要である。そして、その手法の1つとして、本実施形態では、図3Aに示すように、ポケット溝20の中間部分よりも毛管力が高い溝端部20aが玉13と接するように構成している。これにより、ポケット溝20の内部の潤滑油を、溝端部20aから玉13の表面との毛管力で吸い上げることができる。なお、図3Bでは、溝端部20aが玉13と接しないため、潤滑油を吸い上げることができない。また、図3A及び図3Bでは、説明の理解を容易にするため、溝20の深さを実際よりも拡大して表している。また、図3図5中の符号Lは潤滑油(ドット模様を付与した部分)である。
【0030】
図4A及び図4Bは、ポケット溝20の径方向の断面形状を示す説明図であり、保持器14の1つの溝20の部分を径方向に沿って切断した断面図である。毛管力は毛細管現象などからも明白なように、狭い空間ほど強く働くため、ポケット溝20の径方向幅D3が細いだけではなく、図4Bに示すように開口部で広がっていてはならない。そこで、本実施形態では、図4Aに示すように、ポケット溝20の壁面(溝20の径方向の壁面と周方向の壁面の少なくとも一方)20cとポケット面14fとの間の角部20dがシャープエッジ(半径0.1mm以下の円弧状の面取り、好ましくは半径0.05mm以下の円弧状の面取り、又は1辺0.1mmで45度の直線状の面取り)に形成されている。角部20dをシャープエッジに形成することにより、潤滑油をポケット面14fまで導きやすくすることが可能となる。なお、図4Bでは、角部20dの円弧が大きいため、潤滑油の油面がポケット面14fに届かず、潤滑油を吸い上げることができない。
【0031】
また、ポケット溝20の径方向断面の溝底すみ20eは、円弧形状に形成されており、この溝底すみ20eの円弧形状の半径Rwが小さい場合、毛管力が高まり潤滑油が溝底すみ20eに留まるように作用する。このため、ポケット溝20の径方向断面の溝底すみ20eの円弧形状の半径Rwは、最大となる溝20の長手方向中央である溝中央部20bにおいて溝20の径方向幅D3の1/4~1/2に設定される方が望ましい。また、溝端部20aへの毛管力を高めるためには、図6に示すように、溝20の径方向断面の溝底すみ20eの円弧形状の半径Rwを、溝20の溝中央部20bから溝端部20aに向かうに従って小さくする(Rw1>Rw2>Rw3)方が更に望ましい。これにより、溝中央部20bに溜まった潤滑油を、より毛管力の高い溝端部20aに吸い上げて、ポケット面14fに導くことが可能となる。
【0032】
図5A及び図5Bは、溝20の長手方向(周方向)の断面形状を示す説明図であり、保持器14の1つの溝20の部分を周方向に沿って切断した断面図である。図5Bに示すように、ポケット溝20の周方向断面の溝底すみ20fが直角に近い場合、潤滑油が溝底すみ20fに留まってしまい、玉13への給油が難しくなる。このため、溝端部20aの深さD1を、溝中央部20bの深さD1よりも小さく(浅く)設定した方が望ましい。具体的には、図5Aに示すように、溝20の深さD1を、溝20の溝中央部20bから溝端部20aに向かうに従って小さくしている。これにより、溝端部20aのポケット面14fと接続する部分の毛管力を高めることができ、溝底に溜まった潤滑油を効率よく吸い上げて、玉13に給油することが可能となる。なお、図5A及び図5Bでは、説明の理解を容易にするため、溝20の深さを実際よりも拡大して表している。
【0033】
図7は、ポケット溝20の径方向幅D3を長手方向両方の溝端部20aで小さく(細く)した例を説明する模式図である。つまり、図7に示す溝20では、溝端部20aの径方向幅D3が、溝中央部20bの径方向幅D3よりも小さく設定されている。このように溝20の先端を細くすることにより、溝端部20aの毛管力を高めることができ、溝底に溜まった潤滑油を効率よく吸い上げて、玉13に給油することが可能となる。また、細くなっている部分が先端の一部に限られるため、溝全体の空間体積をあまり減らすことなく、多くの潤滑油を蓄えやすい形状でもある。
【0034】
図8及び図9は、ポケット溝20の他の形状例を説明する模式図である。図8及び図9に示す溝20では、溝20の径方向幅D3を溝中央部20bから溝端部20aに向かうに従って小さく、且つ溝20の深さD1を溝中央部20bから溝端部20aに向かうに従って浅く、且つ溝20の径方向断面の溝底すみ20eの円弧形状の半径Rwを、溝20の溝中央部20bから溝端部20aに向かうに従って小さくする(Rw1>Rw2>Rw3)している。このような構造にすることにより、溝端部20aのポケット面14fと接続する部分の毛管力を高めることができ、溝底に溜まった潤滑油を効率よく吸い上げて、玉13に給油することが可能となる。なお、溝20の周方向長さ、溝20の径方向幅D3の変化度合い、溝20の深さD1の変化度合い、溝20の径方向断面の溝底すみ20eの円弧形状の半径Rwの変化度合い、及びその変化の連続・不連続は自由に設定可能である。また、上記項目の一部のみを採用してもよい。
【0035】
このように構成された玉軸受10では、軸受に潤滑油が供給され軸受内が潤滑油で満たされている場合、ポケット溝20及び円環部溝30は保油したり給油したりする必要はない。また、玉13とポケット14eの内周面14fとの間に隙間Sが設けられているため、軸受内が潤滑油で満たされて回転しているときは、玉13の表面とポケット14eの内周面14fとの間に油膜が形成される。このため、ポケット溝20(ポケット面14f)が玉13に接触しにくくなり、ポケット溝20が玉13から離れる。これにより、ポケット14eの内周面14fが玉13に常時接触しないため、軸受回転時の摩擦抵抗の増加が抑制される。
【0036】
その一方、軸受に潤滑油が供給されず軸受内の潤滑油が微量である場合、保持器14は隙間Sの範囲で軸方向や周方向に移動して、ポケット14eの内周面14fが玉13に繰り返し接触しながら回転する。このとき、ポケット溝20に蓄えられた潤滑油が玉13の表面に供給される。つまり、軸受内の潤滑油が微量である場合にのみ、ポケット溝20が玉13に接触し、潤滑油が玉13に供給される。そして、玉13に供給された潤滑油は、外輪軌道面11aと内輪軌道面12aとの間を転動する玉13により、玉13の転動面と、外輪軌道面11a及び内輪軌道面12aとの接触部を潤滑する。
【0037】
以上説明したように、本実施形態の玉軸受10によれば、ポケット14eの内周面14fに、潤滑油を保持するポケット溝20が設けられ、保持器14が軸方向や周方向の一方側に移動したときに、ポケット溝20が玉13に接触するため、保持器14の強度を低下することなく潤滑油の保油量を増加させて、微量な潤滑油の潤滑環境下であったとしても軸受10の焼付きを防止することができる。また、保持器14が軸方向や周方向の他方側に移動したときに、ポケット溝20が玉13から離れて、ポケット溝20が玉13に常時接触しないため、軸受回転時の摩擦抵抗の増加を抑制することができ、さらに、ポケット溝20が形成されたポケット14eの摩耗を抑制することができる。また、ポケット溝20の玉13への接触力を適切に保つための高度な部品寸法精度などの管理が不要であり、製造コストの増大を抑制することができる。
【0038】
更に詳細に説明すると、保持器14は、事前に玉13に対する接触力(押付け力)が設定されているわけではなく、玉13とポケット14eとの間に隙間Sが存在しており、保持器14が軸方向や周方向に移動したときに玉13と接触するため、接触抵抗を殆ど発生させず、ポケット14eの摩耗劣化を最小限に抑えることができる。
【0039】
また、本実施形態の玉軸受10によれば、保持器14の内径面14bに、潤滑油を蓄えると共に、蓄えた潤滑油をポケット14eに供給する円環部溝30が設けられるため、軸受内の潤滑油が微量になった際に、円環部溝30に保持した潤滑油をポケット14eに長期間に亘って供給することができる。
【0040】
また、本実施形態の玉軸受10によれば、ポケット溝20が保持器14の周方向に沿って形成され、軸受回転に伴う遠心力の作用方向とポケット溝20の形成方向が直交するため、軸受回転に伴う遠心力によって潤滑油が保持器14の外側に飛散する量を最小限に抑制することができる。
【0041】
また、本実施形態の玉軸受10によれば、潤滑油量を大幅に減らすことができるので、潤滑油の攪拌抵抗を低減することができる。また、例えば、歯車による跳ね掛けなどによって潤滑油を微量でも供給できる構造(図30参照)とすれば、潤滑油ポンプや給油路を廃止することもでき、これにより、システム全体の軽量コンパクト化、低コスト化を図ることができる。
【0042】
また、本実施形態の玉軸受10によれば、潤滑油が軸受内に断続的に供給される、或いは、軸受内の潤滑油が微量である潤滑環境下でも、焼付きを防止して軸受性能や潤滑効果を長期間に亘って維持することができる。このため、本実施形態の玉軸受10は、例えば、一部のハイブリッド車のトランスミッションのようにエンジン停止時に潤滑油ポンプが一時的に停止する機構に好適に用いることができ、また、自動車の被牽引時に潤滑油ポンプが作動せずに潤滑油の十分な供給が困難な状況などに対応することができる。
【0043】
ここで、本明細書における潤滑油が微量である潤滑環境下について説明する。例えば、自動車などのトランスミッションの場合、潤滑油の供給方法として、図29に示す潤滑油ポンプPによる潤滑油の圧送と、図30に示す歯車Gによる潤滑油の跳ね掛けとの2通りが一般的に知られている。
【0044】
潤滑油ポンプPにより潤滑油を圧送する構造としては、図29に示すように、玉軸受10の外輪11がハウジングHに内嵌され、内輪12が回転軸Aに外嵌されており、ハウジングHに軸受10に連通する給油路Rが設けられ、この給油路Rに潤滑油ポンプPが接続される構造が一般的に知られている。この構造の場合、潤滑油ポンプPから圧送された潤滑油が給油路Rを介して軸受10に供給される。
【0045】
また、歯車Gにより潤滑油を跳ね掛ける構造としては、図30に示すように、玉軸受10の外輪11がハウジングHに内嵌され、内輪12が回転軸Aに外嵌されており、回転軸Aに内輪12と隣接して歯車Gが設けられる構造が一般的に知られている。この構造の場合、歯車Gに付着している潤滑油が軸回転に伴う遠心力により飛散し、飛散した潤滑油が軸受10に付着して給油される。
【0046】
上記した2通りの構造では、軸受の焼付きを防止するため、50cc/minから1000cc/min程度の潤滑油量が供給されている。そして、この潤滑油量が10cc/minを下回ると潤滑油不足に伴う油膜不足により発熱や焼付きが発生しやすくなり、0cc/min(無潤滑油)では焼付きが生じる。本発明は、無潤滑状態ではなく希薄潤滑状態への対応であり、潤滑油が微量である潤滑環境下、具体的には、0.01cc/min~10cc/min程度の希薄潤滑状態で大きな効果を発揮する。
【0047】
次に、本明細書における潤滑油が断続的に供給される環境について説明する。例えば、ハイブリッド車では、エンジンを停止したまま電動モータで走行するモードがある。このモード中は、エンジンと直結した潤滑油ポンプだけの構造では、軸受に潤滑油が給油されない状態で走行が行われる。このため、数分程度までの無給油走行状態が発生するが、軸受はこの間に焼付きを起こしてはならない。この電動走行時間はバッテリーの進化と共に延長させたいニーズがある。現状では焼付き防止のために一定間隔毎にエンジンを回し、潤滑油ポンプを作動させる制御を行っている車種もある。この課題を解決するには、電動潤滑油ポンプをシステムに追加するか、本発明のような無潤滑で焼付きにくい軸受の採用が必要となる。本発明では、焼付きまでの時間は保油部に蓄えられる保油量と関連があることから、保油量を増やすことで無潤滑適用時間を数十分から数時間と大幅に延長させることが可能である。保油量の拡大には、例えば、油溝の数の増加や油溝深さの拡大で対応できる。
【0048】
また、乗用車は、故障時やキャンピングカーなどの大型車両での移動先での補助用車両として牽引されることがある。このようなときは、車両の駆動輪を台車などに載せることで空転を防止することが可能であるが、現実には、駆動輪を空転させながら牽引される事例が起こっている。この場合、駆動伝達はなく無負荷空転のため軸受の負担も軽微であるが、この空転状態では、エンジンや電動潤滑油ポンプが稼働せず、潤滑油ポンプは停止しているため、軸受は焼付きを起こしやすい。この対策のために、跳ね掛け給油が起こるように駆動装置に工夫を施している車種もある。本発明では、潤滑油ポンプが停止しても、保油部に蓄えられた潤滑油がなくなるまで軸受に給油を行えるため、跳ね掛けが不十分又は跳ね掛けがないような被牽引状態でも耐焼付き性を大幅に向上することができる。
【0049】
次に、本実施形態の第1変形例として、図10に示すように、周方向に隣り合う2つのポケット溝20を連続させて1つのポケット溝20にしてもよい。この場合、保持器14が軸方向だけでなく周方向にも移動し、溝端部20aと玉13が接触できるポケット形状とした方が好ましい。
【0050】
また、本実施形態の第2変形例として、図11に示すように、複数のポケット溝20を、保持器14の周方向及び径方向の両方に沿ってそれぞれ平行に形成してもよい。つまり、複数のポケット溝20は、格子状に形成されている。また、複数のポケット溝20の一部が玉13と接する位置で分断され、溝端部20aが形成されている。また、径方向に延びるポケット溝20の内径側の端部は、円環部溝30に連通されている。また、径方向に延びるポケット溝20の外径側の端部は、保持器14の外径面に突き抜けない止まり溝に形成されている。本変形例によれば、ポケット溝20が径方向に沿っても形成されるため、軸受回転に伴う遠心力による潤滑油の飛散抑制効果は限定的であるが、比較的低速回転の軸受の用途又は保油量を増加させたい用途に向いている。
【0051】
また、本実施形態の第3変形例として、図12に示すように、複数のポケット溝20を、保持器14の径方向に沿って平行に形成すると共に、その内径側の端部を複数の円環部溝30にそれぞれ連通させてもよい。また、本変形例のポケット溝20は、保持器14の外径面に突き抜けない止まり溝に形成されて、溝20の溝端部20aが玉13と接触可能である。本変形例によれば、ポケット溝20が径方向に沿って形成されるため、軸受回転に伴う遠心力により円環部溝30に保持した潤滑油を速やかにポケット14eに供給することができ、比較的低速回転の軸受の用途に向いている。
【0052】
また、本実施形態の第4変形例として、図13に示すように、複数のポケット溝20を、ポケット14eの内周面14fにおいて玉自転の回転周方向に沿って半円状に周回して形成すると共に、その内径側の端部を複数の円環部溝30にそれぞれ連通させてもよい。また、複数のポケット溝20の一部が玉13と接する位置で分断され、溝端部20aが形成されている。本変形例によれば、ポケット溝20が玉13の回転周方向に沿って半円状に周回して形成されるため、ポケット溝20に保持した潤滑油を玉13に効率良く供給することができる。
【0053】
また、本実施形態の第5変形例として、図14に示すように、ポケット14eの内周面14fに、複数のポケット溝20の代わりに孔21を形成してもよい。孔21は、涙形状の有底孔であり、孔21の幅(短径側)は、0.01mm~0.5mmの範囲に設定され、孔深さは、0.005mmから玉13の直径Daの1/10以下の範囲に設定される。なお、孔21は、涙形状に限定されず、レモン形状や三角形状などの多角形状などであってもよく、それらの組み合わせであってもよい。しかし、孔21は、毛管力を高めて給油可能とするために尖った部分が必要で、円形やなだらかな楕円形などは不適である。また、孔21の尖った部分が孔端部であり、孔端部は、玉13と接触可能な位置に配置されている。
【0054】
また、本実施形態の第6変形例として、図15に示すように、複数の円環部溝30を、保持器14の内径面14bに全体的に形成すると共に、保持器14の内径面14bの軸方向他端部に、径方向内側に突出する堰部31を全周に亘って形成してもよい。堰部31は射出成形時に無理抜きとなるため、好ましくは、堰部31の突出量は0.05mm~2mmの範囲に設定され、その軸方向幅は0.5mm~(円環部の軸方向幅-0.1mm)の範囲に設定される。本変形例によれば、円環部溝30に保持される潤滑油が保持器14の内径面14bから外部に流出するのを堰部31により規制するため、ポケット溝20への給油量を増やすことができる。
【0055】
なお、不図示であるが、堰部31の代わりに周溝を全周に亘って形成してもよい。この周溝には、内径面14bの全面に形成された各円環部溝30の軸方向他方側の端部が連結されている。この場合も、射出成形時に無理抜きとなるため、好ましくは、周溝の溝深さは0.05mm~2mmの範囲に設定され、その軸方向幅は0.5mm~(円環部の軸方向幅-0.1mm)の範囲に設定される。
【0056】
また、本実施形態の第7変形例として、図16及び図17に示すように、ポケット溝20及び円環部溝30をアンギュラ玉軸受10Bの保持器24に適用してもよい。この保持器24は、大径側円環部24aと、大径側円環部24aと同軸配置される小径側円環部24bと、大径側円環部24aと小径側円環部24bとを軸方向で連結し、周方向に略等間隔に設けられる複数の柱部24cと、周方向に互いに隣り合う柱部24c間に形成され、玉13を転動可能に保持するポケット24dと、を有する。そして、ポケット溝20は、ポケット24dの内周面24eにおいてその周方向且つ小径側円環部24bから保持器24の周方向に沿って平行に形成され、ポケット最大径の手前で終端している。つまり、本変形例のポケット溝20の周方向長さは、ポケット24dの最大径以下に設定されている。また、円環部溝30は、小径側円環部24bの内径面24fに保持器24の軸方向に沿って形成されている。なお、円環部溝30は、大径側円環部24aの内径面に形成されてもよい。
【0057】
また、本実施形態の第8変形例として、図18に示すように、第7変形例のポケット溝20は、小径側円環部24b側ではなく、大径側円環部24a側に設けてもよく、もしくはその両方に設けてもよい。なお、ポケット溝20をポケット最大径の手前で終端させるのは、射出成形時の型の抜きやすさや、軸方向からの溝加工性を向上させると共に、毛管力の高い溝端部20aを形成して、玉13に潤滑油を給油させるためである。
【0058】
(第2実施形態)
次に、図19図23を参照して、本発明に係る玉軸受の第2実施形態について説明する。なお、上記第1実施形態と同一又は同等部分については、図面に同一符号を付してその説明を省略或いは簡略化する。
【0059】
本実施形態では、図19及び図20に示すように、円環部溝30は形成されず、保持器14の内径面14bに、保油部材(油貯蓄部)60が全面に亘って設けられている。保油部材60は、毛管力により潤滑油を蓄えると共に、蓄えた潤滑油をポケット14eの内周面14fに供給する油貯蓄部である。
【0060】
保油部材60は、例えば、二色成形(ダブルモールド)により保持器14の内径面14bに一体的に設けられる。この二色成形において、1次側は保持器14とされ、2次側は保油部材60とされる。二色成形により保油部材60を設けるので、2次側の保油部材60に、保油性に特化した材質、例えば、発泡樹脂や発泡ゴムなどの多孔質材を選定できる上に、1次側の保持器14の構造部材に、従来通りの高強度材料を用いることが可能である。
【0061】
また、保油部材60は、焼結させた樹脂やセラミックなどの多孔質材であってもよく、この場合、成形された保油部材60を保持器14の内径面14bに接着剤で接着したり、成形された保油部材60を保持器14にインサート成形したりするとよい。また、保油部材60の形成方法としては、保持器14の材質にガラス繊維や炭素繊維などの短繊維を混合した強化樹脂を用い、成型後の保持器14の内径面14bにレーザー照射やショットブラストを施して、繊維のみを残留させて繊維状組織を得る方法も可能である。
【0062】
以上説明したように、本実施形態の玉軸受10によれば、保持器14の内径面14bに保油部材60が設けられるため、保持器14の保油能力及び給油能力を高めることができ、玉軸受10の耐焼付き性能を向上することができる。
【0063】
次に、本実施形態の第1変形例として、図21及び図22に示すように、ポケット溝20及び円環部溝30を形成せず、保持器14の内径面14b及びポケット14eの内周面14fに、保油部材(保油部、油貯蓄部)70を全面に亘って設けてもよい。本変形例によれば、保持器14の内径面14bからポケット14eの内周面14fに保油部材70が連続して設けられるため、円環部溝30に保持した潤滑油を速やかにポケット14eに供給することができる。なお、保油部材70は、ポケット14eの内周面14fの一部に設けられていてもよい。
【0064】
次に、本実施形態の第2変形例として、図23に示すように、ポケット溝20を形成せず、ポケット14eの内周面14fのみに、保油部材(保油部)80を全面に亘って設けてもよい。
その他の構成及び作用効果については、上記第1実施形態と同様である。
【0065】
(第3実施形態)
次に、図24図28を参照して、本発明に係る玉軸受10の第3実施形態について説明する。なお、上記第1実施形態と同一又は同等部分については、図面に同一符号を付してその説明を省略或いは簡略化する。
【0066】
本実施形態では、保持器14が、グラスファイバーなどの繊維を混合した強化樹脂製であり、図24に示すように、各ポケット14eの内周面14fの底部に、レーザー照射などによるエッチングにより樹脂のみを除去し繊維を突出させた部分である保油部40が複数(本実施形態では2つ)形成されている。保油部40は、溝形状であり、ポケット面14fの周方向に沿って平行に形成されている。なお、溝形状の保油部40は、複数に限定されず、1つであってもよい。
【0067】
エッチングにより形成した保油部40は、毛管力により潤滑油を保持可能であり、各ポケット14eの保油能力及び給油能力を高めると共に、玉13と接触したときに玉13に潤滑油を供給する。
【0068】
また、図24に示すように、保油部40の周方向長さL1は、ポケット14eの開口部14hの周方向長さL2以下に設定されている。この設定により、エッチングを行うレーザー照射や機械加工をポケット14eの開口部14hを介して軸方向から行うことができるので、保油部40を容易に形成することができる。また、保油部40の周方向長さL1は、ポケット14eの最大径以下に設定されていてもよい。
【0069】
また、強化樹脂に混合される繊維は、レーザー照射などにより除去されにくい素材であればグラスファイバーに限定されず、他の繊維であってもよい。また、保油部40は、全てのポケット14eに対して設けられてもよいし、所定のポケット14eに対して設けられてもよい。つまり、樹脂の除去面は、保持したい保油量と確保したい保持器の強度から自由に選択可能である。
【0070】
なお、エッチングによって繊維を残す保油部40の形成には、例えば、レーザーアブレーションが使用され、これにより、樹脂成分のみの除去が可能である。図28は、繊維であるグラスファイバーFbが混合されたポリアミド樹脂にレーザーを照射して、グラスファイバーFbを突出させた溝加工例を示す写真である。図28では、上下方向中央部の樹脂表面が除去され、グラスファイバーFbが突出されていることがわかる。なお、レーザーでエッチングする場合は、樹脂の光吸収率が高く繊維の光吸収率が低いレーザー波長を選ぶと好ましい。例えば、グラスファイバー強化のポリアミド樹脂ならば、波長355nmのUVレーザーを使用することにより、図28に示すように、樹脂のみが除去され、グラスファイバーを突出させることが可能であった。
【0071】
以上説明したように、本実施形態の玉軸受10によれば、ポケット14eの内周面14fに、潤滑油を保持する保油部40が設けられ、保持器14が軸方向や周方向の一方側に移動したときに、保油部40が玉13に接触するため、保持器14の強度を低下することなく潤滑油の保油量を増加させて、微量な潤滑油の潤滑環境下であったとしても軸受10の焼付きを防止することができる。また、保持器14が軸方向や周方向の他方側に移動したときに、保油部40が玉13から離れて、保油部40が玉13に常時接触しないため、軸受回転時の摩擦抵抗の増加を抑制することができ、さらに、保油部40が形成されたポケット14eの摩耗を抑制することができる。また、保油部40の玉13への接触力を適切に保つための高度な部品寸法精度などの管理が不要であり、製造コストの増大を抑制することができる。
【0072】
次に、本実施形態の第1変形例として、図25に示すように、保油部40の形成範囲を径方向に拡大して、保油部40を保持器14の内径面及び外径面まで貫通するように形成してもよい。本変形例によれば、保油部40による潤滑油の保油量を増加させることができる。
【0073】
また、本実施形態の第2変形例として、図26に示すように、保油部40の形成範囲を径方向に拡大して、保油部40を保持器14の内径面及び外径面まで貫通しないように形成してもよい。本変形例によれば、保油部40による潤滑油の保油量を増加させることができると共に、軸受回転に伴う遠心力によって潤滑油が保持器14の外径面側に流出するのを最小限に抑制することができる。また、保持器14の内外周部の強度を高めることができる。
【0074】
また、本実施形態の第3変形例として、図27に示すように、ポケット面14fの底部にエッチングを施さず、溝形状の保油部40がポケット面14fの底部で分断されていてもよい。本変形例によれば、保持器14の軸方向厚さが最も小さくなるポケット面14fの底部にエッチングを施さないため、保持器14の円環部14aの強度を高めることができる。
その他の構成及び作用効果については、上記第1実施形態と同様である。
【0075】
なお、本発明は、上記各実施形態に例示したものに限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において適宜変更可能である。
【0076】
なお、本出願は、2018年6月6日出願の日本特許出願(特願2018-108644)に基づくものであり、その内容は本出願の中に参照として援用される。
【符号の説明】
【0077】
10 玉軸受
10B アンギュラ玉軸受
11 外輪
11a 外輪軌道面
12 内輪
12a 内輪軌道面
13 玉
14 保持器
14a 円環部
14b 内径面
14c 軸方向他端面
14d 柱部
14e ポケット
14f 内周面(ポケット面)
14g 爪部
14h 開口部(軸方向開口部)
20 ポケット溝(保油部)
20a 溝端部
20b 溝中央部
20c 壁面
20d 角部
20e ポケット溝の径方向断面の溝底すみ
20f ポケット溝の周方向断面の溝底すみ
21 複数の孔(保油部)
30 円環部溝(油貯蓄部)
31 堰部
40 保油部
60 保油部材(油貯蓄部)
70 保油部材(保油部、油貯蓄部)
80 保油部材(保油部)
S 隙間
D1 ポケット溝の深さ
D2 円環部溝の深さ
D3 ポケット溝の径方向幅
L1 ポケット溝の周方向長さ
L2 ポケットの開口部の周方向長さ
Rw 溝底すみの円弧形状の半径
図1
図2
図3A
図3B
図4A
図4B
図5A
図5B
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25
図26
図27
図28
図29
図30