(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-13
(45)【発行日】2022-06-21
(54)【発明の名称】急性呼吸促迫症候群治療剤
(51)【国際特許分類】
A61K 38/44 20060101AFI20220614BHJP
A61K 47/54 20170101ALI20220614BHJP
A61K 47/26 20060101ALI20220614BHJP
A61K 9/08 20060101ALI20220614BHJP
A61K 9/12 20060101ALI20220614BHJP
A61P 29/00 20060101ALI20220614BHJP
A61P 11/00 20060101ALI20220614BHJP
A61P 1/16 20060101ALI20220614BHJP
A61P 13/12 20060101ALI20220614BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20220614BHJP
A61P 39/06 20060101ALI20220614BHJP
【FI】
A61K38/44
A61K47/54
A61K47/26
A61K9/08
A61K9/12
A61P29/00
A61P11/00
A61P1/16
A61P13/12
A61P43/00 111
A61P39/06
(21)【出願番号】P 2020214217
(22)【出願日】2020-12-23
(62)【分割の表示】P 2017547692の分割
【原出願日】2016-10-04
【審査請求日】2021-01-14
(31)【優先権主張番号】P 2015212824
(32)【優先日】2015-10-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】303010452
【氏名又は名称】株式会社LTTバイオファーマ
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】特許業務法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】水島 徹
【審査官】春田 由香
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2010/064522(WO,A1)
【文献】特開2001-064199(JP,A)
【文献】特開2010-215527(JP,A)
【文献】国際公開第2008/075706(WO,A1)
【文献】Marzi, I. et al.,Value of superoxide dismutase for prevention of multiple organ failure after multiple trauma,The Journal of Trauma,1993年,Vol.35, No.1,p.110-120,doi:10.1097/00005373-199307000-00018
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/00-38/58
A61K 47/00-47/69
A61K 9/00- 9/72
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
医中誌WEB
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I):
SOD'(Q-B)
m (I)
(式中、SOD'はスーパーオキサイドジスムターゼの残基を表し、Qは
-C(O)-(CH
2
)
n
-C(O)-(式中、nは2以上の整数を表す)で表される化学的架橋を表し、Bはグリセロールの2位に水酸基を有するリゾレシチンにおけるその水酸基の水素原子を除いた残基を表し、mはスーパーオキサイドジスムターゼ1分子に対するリゾレシチンの平均結合数であって、1以上の整数を表す)
で表されるレシチン化スーパーオキサイドジスムターゼを有効成分とすることを特徴とする全身炎症に伴う多臓器不全の治療剤。
【請求項2】
SOD'が、ヒトのスーパーオキサイドジスムターゼの残基であることを特徴とする請求項
1に記載の全身炎症に伴う多臓器不全の治療剤。
【請求項3】
SOD'が、ヒトのスーパーオキサイドジスムターゼのアミノ酸配列における111位のアミノ酸がS-(2-ヒドロキシエチルチオ)システインとなったスーパーオキサイドジスムターゼ修飾体の残基であることを特徴とする請求項1または2に記載の全身炎症に伴う多臓器不全の治療剤。
【請求項4】
スーパーオキサイドジスムターゼが、活性中心に銅と亜鉛を含むスーパーオキサイドジスムターゼであることを特徴とする請求項
3に記載の全身炎症に伴う多臓器不全の治療剤。
【請求項5】
nが2~10の整数である請求項2ないし
4のいずれか1項に記載の全身炎症に伴う多臓器不全の治療剤。
【請求項6】
mが1~12の整数である請求項1ないし
5のいずれか1項に記載の全身炎症に伴う多臓器不全の治療剤。
【請求項7】
さらに安定化剤を含有することを特徴とする請求項1ないし
6のいずれか1項に記載の全身炎症に伴う多臓器不全の治療剤。
【請求項8】
安定化剤が糖であることを特徴とする請求項
7に記載の全身炎症に伴う多臓器不全の治療剤。
【請求項9】
糖がシュークロースであることを特徴とする請求項
8に記載の全身炎症に伴う多臓器不全の治療剤。
【請求項10】
シュークロースが、活性炭処理されたシュークロースであることを特徴とする請求項
9に記載の全身炎症に伴う多臓器不全の治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、急性呼吸促迫症候群治療剤に係わり、詳細には、レシチン化スーパーオキサイドジスムターゼ(以下、「PC-SOD」と記載する場合もある)を有効成分として含有する急性呼吸促迫症候群に対する治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
急性呼吸促迫症候群(ARDS:Acute Respiratory Distress Syndrome、以下、「ARDS」と記載する場合もある)は、急性呼吸窮迫症候群とも称されており、集中治療中における患者の主な死亡原因の一つであり、公衆衛生上においてかなりの重要度を有する疾患である。ARDS患者は、アメリカにおいて、年間200,000人にも達しており、この疾患に対する確実な対処法はいまだ確立しておらず、死亡率はかなり高い(40~50%)のが現状である。
【0003】
ARDSは、浮腫、および心充満圧を伴う急性低酸素性呼吸不全、両側性肺浸潤と定義される致命的な臨床症候群であり、時として、タンパク質を豊富に含む浮腫液の肺胞中への漏出により、サーファクタント作用の減少と、肺エラスタンスの上昇を招く肺胞毛細血管壁の傷害と特徴付けられる敗血症、および肺炎と関係している。
上皮および内皮の傷害は、また重篤な炎症応答(例えば、白血球の補充と活性化、並びに炎症性サイトカイン前駆体の産生)を誘発し、血管透過性(浮腫)の上昇、および肺のみならず、すべての組織における凝固系を活性化し、その結果、多機能不全を生じる。
【0004】
ARDSは、敗血症、大量輸血、重症肺炎、胸部外傷、肺塞栓、人工呼吸、純酸素吸入、急性膵炎等で重症の患者に突然起きる疾患であり、その初期段階における病態生理はさまざまであるが、最終的に発症に至る経緯は、ほぼ同じである。
こうした背景のある患者においては、腫瘍壊死因子(TNF)やインターロイキン(IL)-1、IL-6、IL-8等が血流中に放出されている。肺は体内を循環する血液が必ず通る臓器であるため、その影響を受け易く、好中球が誘引され、肺組織において活性酸素やプロテアーゼを放出して肺胞毛細血管上皮や肺胞上皮組織を傷害する。肺に定着した好中球は、更にG-CSFやGM-CSFを放出し、局所の炎症を増幅させる。こうして血管透過性が増し、間質さらには肺胞内まで血性の滲出液で満たされてしまう。
【0005】
換気血流不均衡と死腔の増大により、CO2の呼出には通常より多くの換気が必要となる。しかし、初期には滲出液で満たされた肺胞が、そして後期には線維化した肺がコンプライアンスの低下(肺の硬化)をもたらし、高い圧での人工呼吸が必要となる。
肺胞の毛細血管は、換気が悪いと収縮し、換気の良い部位の血流を増大させる作用がある。しかしながらARDSにおいては、肺の多くの部位で換気が悪くなるため、それらの部位の毛細血管が収縮し、肺高血圧症をもたらす。
集中治療室(ICU)に収容中の患者の15%、人工呼吸を受けている患者の20%に発症するとされている。
【0006】
最近に至り、ARDSに対する治療としてステロイド剤が使用されているが、その効果はいまだ証明されているものではない。その他種々の治療手段、例えばβ-アドレナリン作動薬、活性化プロテインC、スタチン系薬剤の投与が検討されているが、その効果は極めて限定的なものである。
【0007】
また、人工呼吸器(MV:Mechanical Ventilation、以下「MV」と記す場合もある)は、ARDS患者にとっての救命治療として重要なものであるが、高い1回換気量であり、その繰り返される強制換気によるガスの流入で、人工呼吸器誘発肺傷害(VILI:ventilator-induced lung injury)を引き起こし、このVILIは、ARDS患者の死亡率を高めている。
その点から、臨床的には低換気量によるMVが推奨されているが、最近の研究では、低換気量によるMVであっても、VILIが生じており、肺胞傷害が生じるとされている。
したがって、ARDSの生存率を向上させるためには、ARDSの抑圧のみならず、VILIの抑圧もまた重要な事項である。
【0008】
ところで、活性酸素(ROS:Reactive Oxygen Species:以下、「ROS」と記す場合もある)は、ARDSのみならず、VILIにおける肺の障害に重要な役割をはたしている。ARDS患者では、浸潤白血球、および人工呼吸器による高酸素環境下で、ROSが高度に産生されている。人工呼吸器はまた、肺組織を過剰に拡張させることにより、活性酸素の産生を刺激する。ROSは、肺並びに他の器官において、直接的に、または非直接的に炎症応答を誘発、すなわち炎症反応を活性化して、血管透過性および凝固系の活性化を誘発する。ARDS患者、及び人工呼吸器下にある患者においては、血漿、排出呼気凝縮液、および気管支肺胞洗浄液(BALF:Broncholveolar Lavage Fluid)中で、活性酸素(ROS)、例えば、スーパーオキサイドアニオンのレベルの上昇が報告されている。この活性酸素レベルの上昇は、腹膜炎モデルである腸管穿孔術(CLP術:Cecal Ligation and Puncture、以下「CLP」と記す場合もある)、リポ多糖体(LPS:lipopolysaccharide、以下、「LPS」と記す場合もある)の投与、或いは、肺におけるMV-誘発性組織障害(人工呼吸器誘発組織障害)等のモデル動物においても認められている。
【0009】
シベレスタット(シベレスタットナトリウム水和物)は、好中球エラスターゼ阻害薬であり、日本において、ARDS患者に適用されている薬物である。好中球エラスターゼは、好中球より産生されるプロテアーゼであり、好中球エラスターゼ阻害薬は、動物モデルにおいて、急性肺傷害を予防する。しかしながら、シベレスタットの臨床的効果は、必ずしも十分なものではない。例えば、シベレスタットの投与で、ARDS患者の死亡率が減少することはなかった。
このことは、シベレスタットが直接的にROS産生抑制に有効ではないためであることを示すものであり、ARDSにおけるROS介在の組織傷害に対する治療は、臨床的に、シベレスタットでは達し得ないことを示している。
【0010】
一方、生体では、抗酸化機能が働いている。例えば、細胞内のペルオキシソームに存在し、過酸化水素を使って酸化・解毒をおこなうカタラーゼ、細胞内に発生した活性酸素を分解する酵素であるスーパーオキサイドジスムターゼ(SOD)、及びグルタチオンペルオキシダーゼ(glutathione peroxidase)による抗酸化機能が、酸化系に対してよく対応している。
SODは、活性酸素アニオンを消去する酵素であり、これまでにSODのアイソザイム型(Cu/Zn-SOD)、マグネシウム-SOD、および細胞外型(EC)-SOD等の存在が知られている。この種の抗酸化酵素の活性、並びに発生のレベルの減少がARDS、およびVILI患者、並びに動物モデルにおいて観察されている。
【0011】
したがって、これらの抗酸化酵素はARDSへの有効な治療薬となり得るものであり、かかる考え方に従った多くの臨床、非臨床報告がなされている。
例えば、ARDS患者の肺機能が、N-アセチルシステイン(NAC)抗酸化物質療法に応答し改善されており、α-トコフェロール、アスコルビン酸等の抗酸化物質のサプリメントの服用で、器官不全の発生を減少させており、ARDS患者のICU治療室(中央治療室)での治療期間を短縮させている。その他、この種の抗酸化酵素の有効性のレポートも数多くなされている。
【0012】
ところで、遺伝子組み換えSOD誘導体であるアイソザイム(iso)型SOD(Cu/Zn-SOD)が提案されており、その臨床的な応用もなされているが、このものの組織親和性が低いこと、並びに血漿中での安定性が低いことから、不成功であった。
これらの点を鑑み、本発明者らは、レシチン化SOD(PC-SOD)を開発してきている(特許文献1、特許文献2)。このPC-SODは、遺伝子組み換え技術によりCu/Zn-ヒトスーパーオキサイドジスムターゼ(SOD)を調製した後、化学的にレシチン誘導体(フォスファチジルコリン誘導体:PC)をSOD1分子(2量体)あたり平均4分子結合させたレシチン化SODである。
【0013】
その上で、本発明者らは、PC-SODの投与が、臨床的に、潰瘍性大腸炎、特発性肺線維症(IPF)等の疾患に有効なものであることを確認している。
さらに、本発明者らは、このPC-SODのインハレーション(吸入剤)を開発し、動物レベルでの確認ではあるが、ブレオマイシン誘発肺線維症、エラスターゼ誘発、および喫煙誘発肺炎、並びに肺気腫症(慢性閉塞性肺疾患:COPD)に有効であることを確認している(特許文献3)。
【0014】
上記した慢性閉塞性肺疾患(COPD)は、気道の持続的な気流制限によって起こる気管支と肺胞の疾患であり、肺胞壁が壊され気管が肥大していることを特徴とするものであるが、ARDSとは、基本的にその発症因子が異なっている。
今回本発明者らは、PC-SODについて、ARDS、並びにVILIに対する効果を検討した。その結果、PC-SODは、ステロイド剤或いはシベレスタットでは効果のない、肺及び他の器官における浮腫、組織傷害、炎症に対して有効であることを確認し、ARDSおよび、VILIに対する治療薬となり得ることを見出した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【文献】特開平9-117279号公報
【文献】特開2001-64199号公報
【文献】国際公開WO2010/64522号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
したがって、本発明は、上記の現状に鑑み、ARDS(急性呼吸促迫症候群)に対する治療剤、特に、レシチン化スーパーオキサイドジスムターゼ(PC-SOD)を有効成分として含有する急性呼吸促迫症候群に対する治療剤を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
具体的に本発明は、
(1)下記一般式(I):
SOD’(Q-B)m (I)
(式中、SOD’はスーパーオキサイドジスムターゼの残基を表し、Qは化学的架橋を表し、Bはグリセロールの2位に水酸基を有するリゾレシチンにおけるその水酸基の水素原子を除いた残基を表し、mはスーパーオキサイドジスムターゼ1分子に対するリゾレシチンの平均結合数であって、1以上の整数を表す)
で表されるレシチン化スーパーオキサイドジスムターゼを有効成分とすることを特徴とする急性呼吸促迫症候群の治療剤である。
【0018】
より具体的に本発明は、以下の態様からなる。
(2)式(I)において、Qが-C(O)-(CH2)n-C(O)-(式中、nは2以上の整数を表す)であることを特徴とする上記(1)項に記載の急性呼吸促迫症候群の治療剤;
(3)SOD’が、ヒトのスーパーオキサイドジスムターゼの残基であることを特徴とする上記(1)または(2)項に記載の急性呼吸促迫症候群の治療剤;
(4)SOD’が、ヒトのスーパーオキサイドジスムターゼのアミノ酸配列における111位のアミノ酸がS-(2-ヒドロキシエチルチオ)システインとなったスーパーオキサイドジスムターゼ修飾体の残基であることを特徴とする上記(1)または(2)項に記載の急性呼吸促迫症候群の治療剤;
(5)スーパーオキサイドジスムターゼが、活性中心に銅と亜鉛を含むスーパーオキサイドジスムターゼであることを特徴とする上記(3)または(4)項に記載の急性呼吸促迫症候群の治療剤;
(6)nが2~10の整数である上記(2)ないし(5)項のいずれかに記載の急性呼吸促迫症候群の治療剤;
(7)mが1~12の整数である上記(1)ないし(6)項のいずれかに記載の急性呼吸促迫症候群の治療剤;
(8)さらに安定化剤を含有することを特徴とする上記(1)ないし(7)項のいずれかに記載の急性呼吸促迫症候群の治療剤;
(9)安定化剤が糖であることを特徴とする上記(8)項に記載の急性呼吸促迫症候群の治療剤;
(10)糖がシュークロースであることを特徴とする上記(9)項に記載の急性呼吸促迫症候群の治療剤;および
(11)シュークロースが、活性炭処理されたシュークロースであることを特徴とする上記(1)項に記載の急性呼吸促迫症候群の治療剤;
である。
【発明の効果】
【0019】
本発明により、PC-SODを有効成分として含有する急性呼吸促迫症候群治療剤が提供され、これまでステロイド剤或いはシベレスタットでは効果のない、肺及び他の器官における浮腫、組織傷害、炎症に対して有効であり、ARDSおよび、VILIに対する治療に光明を与えるものである。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】試験例1の結果(AおよびB:生存率)を示した図である。
【
図2】試験例2の結果(A~D)を示した図である。
【
図3】試験例3の結果(A~C)を示した図である。
【
図4.1】試験例4の結果(A、B)を示した図である。
【
図4.2】試験例4の結果(C~E)を示した図である。
【
図5.1】試験例5の結果(A~D)を示した図である。
【
図5.2】試験例5の結果(E)を示した図である。
【
図6】試験例6の結果(A~D)を示した図である。
【
図7.1】試験例7の結果(AおよびB)を示した図である。
【
図7.2】試験例7の結果(CおよびD)を示した図である。
【
図7.3】試験例7の結果(EおよびF)を示した図である。
【
図8】試験例8の結果(A~D)を示した図である。
【
図9】試験例9の結果(AおよびB)を示した図である。
【
図10】試験例10の結果(AおよびB)を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明が提供する急性呼吸促迫症候群の治療剤において使用されるレシチン化スーパーオキサイドジスムターゼ(PC-SOD)において、「レシチン」とはフォスファチジルコリンを意味する通常のレシチンをいい、「リゾレシチン」とはレシチンのグリセロールの2位に結合している脂肪酸1分子がとれて、2位の炭素原子に水酸基が結合した化合物をいう。
【0022】
本発明で使用するPC-SODは、通常リゾレシチンの2位の水酸基に化学的架橋剤を結合させたレシチン誘導体を、SODに1個以上結合させて得ることができる。このPC-SODは、次式(I):
SOD’(Q-B)m (I)
(式中、SOD’はスーパーオキサイドジスムターゼの残基を表し、Qは化学的架橋を表し、Bはグリセロールの2位に水酸基を有するリゾレシチンにおけるその水酸基の水素原子を除いた残基を表し、mはスーパーオキサイドジスムターゼ1分子に対するリゾレシチンの平均結合数であって、1以上の整数を表す)
で表すことができる。
【0023】
ここで使用するSOD’は、生体内の活性酸素(O2
-)の分解というその本来の機能を発揮し得る限りにおいて、その起源は特に限定されるものではなく、各種の動植物または微生物に由来するSOD残基を広く用いることができる。しかしながら、医薬品としての用途を考慮した場合には生体内での抗原性を可能な限り減らすことが好ましい。したがって、使用するSOD’としては、本発明の急性呼吸促迫症候群治療剤を投与する対象に応じて適宜適切なSOD残基を選択することが好ましい。
【0024】
例えば、現実の急性呼吸促迫症候群の患者を対象に投与しようとするものであるから、投与による生体内における抗原性をできるだけ減らすために、ヒト由来のSOD残基を用いることが好ましい。したがって、本発明の急性呼吸促迫症候群治療剤としては、抗原性を考慮し、ヒト由来のSODを使用するのがよい。
【0025】
ヒト由来のSODとしては、ヒト由来のCu/Zn SOD(活性中心に銅と亜鉛を含むヒト由来のSOD;以下、ヒトCu/Zn SODと略記する場合もある)が、細胞内における発現量が多く、また遺伝子工学的手法による生産技術が既に確立しており、大量に調製することが可能であるために、特に好ましく使用される。
【0026】
このヒトCu/Zn SODには、ヒト組織または培養細胞から製造される天然のヒトCu/Zn SOD;遺伝子工学的手法により製造されるヒトCu/Zn SOD;天然のヒトCu/Zn SODと実質上同一のアミノ酸配列を有する組み換えヒトCu/Zn SOD;これらのヒトCu/Zn SODにおけるアミノ酸配列式中の一部のアミノ酸を欠失、付加、置換、あるいは化学的に修飾若しくは改変したSOD等があり、いずれのヒトCu/Zn SODであってもよい。
【0027】
そのなかでも、天然のヒトCu/Zn SODのアミノ酸配列式における111位のアミノ酸(システイン:Cys)がS-(2-ヒドロキシエチルチオ)システインとなったヒトCu/Zn SODが好ましい。かかるヒトCu/Zn SODは、例えば特開平9-117279号公報にその詳細が記載されており、その方法に従って得ることができる。
したがって、特開平9-117279号公報に記載されるヒトCu/Zn SODの調製は、本明細書の一部を構成し、本発明で使用するPC-SODは、これらのヒトCu/Zn SODを素材として得ることができる。
【0028】
本発明で使用する式(I)で表されるPC-SODにおいて、Bで示される「グリセロールの2位に水酸基を有するリゾレシチンにおけるその水酸基の水素原子を除いた残基」は、具体的には次式(II):
-O-CH(CH2OR)[CH2OP(O)(O-)(OCH2CH2N+(CH3)3)]
(II)
(式中、Rは脂肪酸残基(アシル基)である)
で表される。
【0029】
Rで示される脂肪酸残基(アシル基)としては、炭素数10~28の飽和または不飽和脂肪酸残基が好ましく、より好ましくは、ミリストイル基、パルミトイル基、ステアロイル基、イコサノイル基、ドコサノイル基、その他の炭素数14~22の飽和脂肪酸残基であり、特に好ましくは炭素数16を有する飽和脂肪酸残基であるパルミトイル基である。
【0030】
また、一般式(I)においてQで示される化学的架橋は、SODとレシチンとを架橋して化学的に結合(共有結合)させ得るものであれば特に限定されない。そのような化学的架橋としては、残基:-C(O)-(CH2)n-C(O)-(式中、nは2以上の整数を表す)が特に好ましい。この残基は、式:HO-C(O)-(CH2)n-C(O)-OHで表される直鎖状のジカルボン酸、その無水物、エステル、ハロゲン化物等の両端に存在する水酸基(但し、無水物、エステル、ハロゲン化物の場合には、両端に存在する水酸基に該当する部分)を除いた残基である。
【0031】
一般式(I)においてQが上記の直鎖状のジカルボン酸残基である場合には、Qはその一端において前記した式(II)のリゾレシチン残基の水酸基由来の酸素とエステル結合により結合している。また、エステル結合をしたQの他端は、SODのアミノ基とアミド結合などにより直接結合している。
なお、上記化学的架橋の残基においてnとしては2以上の整数であり、好ましくは2~10の整数である。
【0032】
また、式(I)においてmとしてはSOD1分子に対するリゾレシチンの平均結合数を表している。したがって、mは1以上の整数であり、1~12、特に4であることが好ましい。
【0033】
本発明で使用するPC-SODの製造方法、すなわちレシチン誘導体とSOD、好ましくはヒトCu/Zn SODの結合方法は、例えば、特開平9-117279号公報に記載の方法により行うことができる。
【0034】
その好ましいPC-SODの化学構造を模式的に示すと、以下のPC-SODが特に好ましい。
【0035】
【0036】
すなわち、E. coliを宿主として遺伝子組み換えにより製造したヒトCu/Zn SODの遊離アミノ基に、レシチン誘導体を平均4分子共有結合させたものである。
【0037】
本発明の急性呼吸促迫症候群治療剤において用いるPC-SODは、医薬として使用できる程度に精製され、かつ、医薬として混入が許されない物質を実質的に含まないものであることが好ましい。例えば、PC-SODは、2,500U/mg以上の比SOD活性を有する精製されたものを用いるのが好ましく、3,000U/mg以上の比SOD活性を有する精製されたものがより好ましい。
なお、本発明において1U(ユニット)とは、pH7.8/30℃の条件下でNBT(ニトロブルーテトラゾリウム)を用いてJ. Biol. Chem., vol.244, No.22 6049-6055 (1969) に記載の方法に準じて測定し、NBTの還元速度を50%阻害するPC-SODの酵素量を表す。
【0038】
本発明が提供する急性呼吸促迫症候群の治療剤は、かくして調製されたPC-SODを有効成分とする急性呼吸促迫症候群治療剤であるが、好ましくはPC-SODと共に安定化剤を含有するものがよい。そのような安定化剤としては、例えば糖成分をあげることができる。糖成分としては医薬的に使用される糖成分であれば特に限定されないが、なかでもシュークロースが好ましい。したがって、本発明が提供する最も好ましい急性呼吸促迫症候群治療剤は、PC-SODと共にシュークロースを含有する組成物である。シュークロースとしては医薬品として使用できる程度に精製されたものが好ましく、特に活性炭で処理されたシュークロースを用いるのがよい。かかるシュークロースをPC-SODと共に使用することにより、長期間保存によるPC-SODの活性低下を防ぐことができ、安定性が高く、凍結乾燥した場合であっても、その性状が特に良好な組成物として調製することができる。
【0039】
本発明の急性呼吸促迫症候群治療剤におけるPC-SODとシュークロースの配合比率は、投与量、製剤の形態等に応じて適宜決定することができ、特に限定されるものでない。しかしながら、PC-SODとシュークロースの重量比として、0.1/100~80/100程度の範囲内にあることが好ましく、0.4/100~60/100程度がより好ましい。
【0040】
本発明の急性呼吸促迫症候群治療剤には、PC-SODの活性に影響を与えず、且つ製剤の効果に影響を与えない限り、他の医薬活性成分や、慣用されている製剤成分、例えば、賦形剤、結合剤、滑沢剤、着色剤、崩壊剤、緩衝剤、等張化剤、保存剤、無痛化剤等を添加することができる。
【0041】
本発明が提供する急性呼吸促迫症候群治療剤の調製は、PC-SODおよびシュークロースを用いて、製剤学的に公知であり、慣用されている方法により行うことができる。なお、本発明の製剤組成物に使用するPC-SODは、溶液状、凍結状、または凍結乾燥状の形態が好ましい。
【0042】
本発明が提供する急性呼吸促迫症候群治療剤は、その一つの態様として、好ましくは注射剤の形態で投与することができる。注射剤としては、溶液、懸濁液、乳濁液、用時溶解型固形製剤等の形態であることが好ましく、これらの製剤は、日本薬局方の製剤総則に記載の方法に準じ調製することができる。
【0043】
また、本発明が提供する急性呼吸促迫症候群治療剤は、また別の態様として、好ましくは吸入剤の形態で投与することができる。
かかる吸入剤とは、気管、気管支、肺等へ到達させるための医薬組成物を意味し、好適には、点鼻剤又は経鼻若しくは経肺投与に適した組成物であり、特に経肺投与に適した組成物である。
【0044】
吸入剤としては、上記したPC-SODを有効成分として用いて、粉末、溶液又は懸濁液の形態として製造することができる。
【0045】
吸入剤を粉末として製造する場合には、有効成分である上記したPC-SODをそのまま、若しくは賦形剤、滑沢剤、結合剤、崩壊剤、安定化剤、矯味・矯臭剤などの添加剤を加えて微細化することにより製造することができる。
【0046】
また、吸入剤を溶液または懸濁剤として製造する場合には、例えば、PC-SODを水または水と補助溶媒、例えば、エタノール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコールのようなアルコール系の補助溶媒の混合物に溶解又は懸濁させることにより製造することができる。そのような溶液又は懸濁液は、さらに防腐剤、可溶化剤、緩衝剤、等張化剤、吸収促進剤、増粘剤等を含有することができる。
【0047】
上記のようにして製造した吸入剤は、吸入剤の分野での一般的な手段、例えば、スポイト、ピペット、カニューレ又はアトマイザーやネブライザーなどの噴霧器を用いて霧状をして鼻腔内又は口腔内に、或いは気管、気管支、肺等へ直接投与される。噴霧器を用いる場合には、適当な噴射剤(例えば、ジクロロフルオロメタン、トリクロロフルオロメタン若しくはジクロロテトラフルオロエタンのようなクロロフルオロカーボン、または二酸化炭素等のガス等)と共に加圧バッグの形にされたエアゾールとして噴霧するか、ネブライザーを用いて投与することができる。
【0048】
本発明の急性呼吸促迫症候群治療剤における有効成分であるPC-SODの量および製剤の投与量は、製剤調製の方法、剤形、対象疾患の程度、患者の年齢、体重によって異なり、一概に限定できないが、例えば臨床量として成人1人1日当たり5~500mg(1.5~150万U)、好ましくは、40~200mg(12~60万U)を例示することができる。また投与回数についても一概に限定できないが、1日1回ないし1日数回の投与を行うことも可能である。
【実施例】
【0049】
以下に本発明を、実施例に代え、本発明者らが具体的に検討した試験例を説明することにより、さらに詳細に説明するが、本発明はこれらの記載に限定されるものではない。
【0050】
<材料及び方法>
LPS(リポ多糖体:lipopolysaccharide)は、大腸菌由来のものであり、Sigma社(セントルイス、MO)から購入した。
Diff-Quikは、Sysmex社(神戸)より購入した。
DRI-CHEM slide(BUN同定に使用)は、富士フィルム社より購入した。
L-012(発光プローブ)、LabAssay creatinine、エバンスブルーは、和光純薬工業社より購入した。
Novo-Heparin(5000単位)は、持田製薬社より購入した。
ペントバルビタールは、東京化成社より購入した。
ICRマウス(6-7週齢)は、チャールスリバー社から購入した。
【0051】
<腸管穿孔術:CLP術:Cecal Ligation and Puncture>
マウスをペントバルビタール(10mg/kg、腹腔内)で麻酔し、盲腸を露出するため小さく腹部正中切開した。その後盲腸を2cm程絹糸で結索し、18G針(テルモ社製)にて2回穿刺後、閉腹した。
Sham(偽手術群)は、盲腸結索及び穿刺を除き、同様の操作を行った。
生存率は、12時間毎に観察し、CLP誘発性多臓器不全は、CLP処理後8時間時に観察した。
【0052】
<マウスにおけるMV(人工呼吸器)術>
小動物人工呼吸器を、人工呼吸器誘発肺傷害(VILI)を誘発するために使用した。マウスは、ペントバルビタール(10mg/kg、腹腔内)で麻酔し、気管支切開を行い、8mm金属チューブを気管に挿入した。マウスは、機械的に一回換気量17.5mL/kg、0cmH2O終末呼吸陽圧で、150回呼吸/分の速度で換気した。
総呼吸器エラスタンスは30分ごとに120分までスナップショット技術によって測定した。
データは、FlexiVentソフトウエア(バージョン5.3 SCIREQ)を用いて分析した。
【0053】
<マウスに対するリポ多糖体(LPS),PC-SOD及び他薬剤での処理>
マウスをイソフルランで麻酔し、マイクロピペット(P200)を用いて、1mg/kgLPS(0.9%NaCl中)を一回気管内投与した。PC-SOD又はデキサメタゾンは、イソフルラン麻酔下で、26G針を用いて3又は15KU/kg(1又は5mg/kg)のPC-SOD(0.45%NaCl中)、または、20又は200μg/マウスのデキサメタゾン(0.9%NaCl中)を静脈内投与した。シベレスタットは、21G針を用いて10又は100mg/kgのシベレスタット(0.9%NaCl中)を腹腔内投与した。
【0054】
<薬物投与時期>
CLP、LPS、MV後の薬物初回投与時期は、PC-SODおよびデキサメタゾンについては手技直前、シベレスタットについては手技30分前に実施した。
【0055】
<多臓器不全と全身性炎症の評価>
定量的に臓器の透過性を調べるために、マウスの屠殺2時間前にエバンスブルー(EBD)(30mg/kg)を静脈内投与した。組織(肺、肝臓及び腎臓)のサンプルは小片に切断し、24時間60℃でホルムアルデヒド溶液と共にインキュベートした。試料は、上清を得るために遠心分離し、その試料について620nmの吸光度を用いてEBDの量を測定した。
肺の湿潤/乾燥重量比を決定するため、最初に肺の湿潤量を測定した。その後、肺を60℃で一夜乾燥させ、再度乾燥重量を測定した。
血液中のBUNの量及びクレアチニンは、プロトコールに従って、それぞれDRI-CHEM slide、またはLabAssay creatinineを用いて測定した。血漿中の炎症性サイトカインの量は、プロトコールに従って、Elisaキットで測定した。
【0056】
<気管支肺胞洗浄液(BALF)の調製>
BALFは、気管にカニューレを挿入し、50U/mLのヘパリン(無菌の0.9%NaCl中)1mLで洗浄を2回することにより採取した。各マウスから通常約1.8mLのBALFを採取した。BALF中のタンパク質の量は、Bradford法により測定した。炎症性サイトカインの量は、上記のようにElisaキットで測定した。
【0057】
<in vivo imaging解析による活性酸素の測定>
マウスの活性酸素(ROS)の測定は、in vivo imaging解析にいくつかの変更を加えた実施した。
電子倍増型CCDカメラを装備したチャンバーを持つ撮像システム(Lumazone、インビボイメージングシステム、SHOSHIN EM、岡崎、日本)を使用した。マウスは、静脈内に発光プローブであるL-012(生理食塩水中)を75mg/kg投与した。
CLPモデルでは、L-012注射2分後に安楽死させ、腹部正中切開を行い、映像化した(5分間間隔)。
LPSおよびMVモデルの場合、L-012注射5分後に安楽死させ、肺を迅速に解剖し、映像化した(5分間隔)。
データは、SlideBook6ソフトウェア(インテリジェントイメージングイノベーション社、デンバー、CO)を用いて分析した。
【0058】
<病理組織学的分析>
組織サンプルは、24時間、10%ホルマリン中性緩衝液で固定し、次いで4μm厚の切片に切断される前に、パラフィンに包埋した。切片を、最初にマイヤーヘマトキシリン、次いで、1%エオシンアルコール溶液で染色(H&E染色)した。サンプルはマリノール(封入剤)でマウントし、NanoZoomer-XRデジタルスライドスキャナ(浜松ホトニクス社)を使用してスキャンした。
すべてのスキャン画像は、NDP-view2ソフトウェア(浜松ホトニクス社)およびImageJソフトウェアを用いて分析した。
【0059】
以上の試験による結果を、図面に示した結果を参照しながら、以下に記載する。
【0060】
試験1:腸管穿孔術(CLP術)を施したマウスの生存率に対するPC-SODの効果の検討
雄性ICRマウスにCLP術を行い、PC-SOD(kU/kg)またはvehicleを投与した。
その結果を
図1に示した。
図中に示した(A)は、CLP術操作直前、およびCLP操作後12、24、48時間後に投与された場合の結果である。
図中に示した(B)は、CLP操作後1、12、24、48時間後に投与された場合の結果である。
その両結果から判明するように、PC-SODの投与(CLP操作直前、CLP操作後1、24、48時間後)は、用量依存的に生存率を改善させていた(結果A)。
また、PC-SOD投与(CLP操作後1、24、48時間後)でも、生存率を改善させていた(結果B)。
【0061】
試験2:CLP誘発性多臓器不全へのPC-SODと他の薬剤の影響の検討
雄性ICRマウスにCLP操作、またはSham操作を施した。
各薬剤の投与は、CLP操作、或いはSham操作前に1回行い、PC-SOD(kU/kg)及びデキサメタゾン(μg/マウス)は、静脈内投与した。シベレスタット(mg/kg)にあっては、腹腔内投与した。EBD(エバンスブルー色素)(30mg/kg)は、CLP操作6時間後に静脈投与し、2時間後、腎臓、肝臓から抽出し、測定した。
また、CLP操作8間後に、血漿サンプルを調製し、BUN及びクレアチニン量を測定した。
それらの結果を、
図2に示した。
【0062】
図中(A)は、PC-SODを静脈内投与した結果を示したものであるが、PC-SODの投与は、CLPによる血管透過性の上昇(腎臓、肝臓)を抑制していた。
図中(B)は、PC-SODを静脈内投与した結果を示したものであるが、PC-SODの投与は、CLPによるBUN(血中尿素窒素)とクレアチニン(腎機能の指標)の上昇を抑制していた。
図中(C、D)は、デキサメタゾン並びにシベレスタットを投与した結果を示したものであるが、図中に示した結果からも判明するように、CLPによるBUNとクレアチニンの上昇は、現在臨床で使用されているステロイド剤(デキサメタゾン:Dex)やシベレスタット(Siv)投与では抑制されなかった。
以上の結果から、ステロイド剤(デキサメタゾン)やシベレスタットとは異なり、本発明のPC-SODの効果の特異性がよく理解できるものであった。
【0063】
試験3:CLP誘発性の全身性炎症に対するPC-SODと他の薬剤の効果の検討
雄性ICRマウスにCLP操作、またはSham操作を施した。
各薬剤の投与は、CLP操作、或いはSham操作前に1回行い、PC-SOD(kU/kg)及びデキサメタゾン(μg/マウス)は、静脈内投与した。シベレスタット(mg/kg)にあっては、腹腔内投与した。EBD(エバンスブルー色素)(30mg/kg)は、CLP操作8時間後に静脈投与した。血漿サンプルを調製し、血漿中の炎症性サイトカイン量を測定した。
それらの結果を
図3に示した。
【0064】
図中(A)は、PC-SODを静脈内投与した結果を示したものであるが、PC-SODの投与は、CLPによる炎症性サイトカインであるTNF-α、およびIL-6の上昇を抑制していた。
これに対して、図中(B)及び(C)はデキサメタゾン(Dex)及びシベレスタット(Siv)を投与した結果を示したものであるが、これらの投与では、TNF-αおよびIL-6の上昇を抑制することはできなかった。
以上の結果からも、ステロイド剤(デキサメタゾン)やシベレスタットとは異なり、本発明のPC-SODの効果の特異性がよく理解できるものであった。
【0065】
試験4:リポ多糖体(LPS)誘発肺傷害に対するPC-SODの効果の検討
雄性ICRマウスの気管内に1回LPS(1mg/kg)を投与、またはVehicleを投与した(コントロール)。
PC-SOD(kU/kg)またはvehicleを、リポ多糖体(LPS)投与直前に一度静脈内投与した。ESD(エバンスブルー色素)(30mg/kg)は、CLP操作6時間後に静脈内注射し、2時間後、肺、肝臓から抽出し、その量を測定した(試験A)。
肺組織の切片は、LPS投与24時間後に調製し、組織病理学的検査(H&E染色)した(試験B)。病変領域は、ImageJソフトウェアによって決定した(試験C)。LPS投与48時間後にBALFを調製し、タンパク質(試験D)、および炎症性サイトカイン(試験E)の量を測定した。
【0066】
それらの結果を
図4.1および
図4.2に示した。なお、図中(A)~(E)は、それぞれ試験A~Eの結果を示したものである。
【0067】
図中(A)に示した結果から判明するように、リポ多糖体(LPS)による血管透過性の上昇(肺、肝臓)を、PC-SOD投与は抑制していた。
図中(B)に示した結果からは、リポ多糖体(LPS)による肺胞出血、白血球浸潤、肺間質浮腫を、PC-SOD投与は抑制しているものであった。
また、図中(C)の結果から判明するように、リポ多糖体(LPS)による肺障害部位を、PC-SOD投与は抑制していた。
さらに、図中(D)に示したように、リポ多糖体(LPS)によるBALF(気管支肺胞洗浄液)内のタンパクの上昇(この上昇は、肺傷害と浮腫の指標となる)を、PC-SOD投与は抑制しており、図中(E)の結果から、リポ多糖体(LPS)によるBALF(気管支肺胞洗浄液)内のTNF-αとIL-1βと、IL-6(炎症性サイトカイン)の上昇を、PC-SODは抑制しているものであった。
【0068】
試験5:人工呼吸器(MV)誘発性肺傷害および肺力学への変化に対するPC-SODの効果
雄性ICRマウスをMV(人工呼吸器)操作、またはMV操作をしなかった(コントロール)。
PC-SOD(15kU/kg)またはvehicleを、MV操作直前に一度静脈内投与した。EBD(エバンスブルー色素)(30mg/kg)を、同時に静脈注射し、MV操作2時間後、肺から抽出し、測定した(試験A)。
MV操作2時間後、肺の湿潤/乾燥重量比を測定した(試験B)。
肺組織の切片は、MV操作2時間後に調製し、組織病理学的検査(H&E染色)した(試験C)。
病変領域は、ImageJソフトウェアによって決定した(試験D)。
総呼吸器エラスタンスは30分毎に120分まで測定した(試験E)。
【0069】
これらの結果を
図5.1および
図5.2に示した。なお、図中(A)~(E)は、それぞれ試験A~Eの結果を示したものである。
【0070】
図中(A)に示した結果は、MVによる血管透過性の上昇(肺)を、PC-SOD投与は抑制していることを示している。
また、(B)に示した結果からも、MVによる肺浮腫を、PC-SOD投与は抑制していることを示した。
さらに、図中(C、D)に示した結果から明らかなように、MVによる肺傷害を、PC-SOD投与は抑制しており、(E)の結果からは、MVによる肺エラスタンスの上昇を、PC-SOD投与は抑制していた。
【0071】
試験6:人工呼吸器(MV)誘発性肺傷害および肺力学への変化に対するデキサメタゾンおよびシベレスタットの効果(比較検討)
雄性ICRマウスを、上記試験5と同様に、MV操作、またはMV操作をしなかった(コントロール)。
デキサメタゾン(Dex)(200μg/マウス)またはvehicleを、MV操作直前に一度静脈内投与した。
シベレスタット(Siv)(100mg/kg)またはvehicleを、MV操作直前に一度腹腔内投与した。
MV操作2時間後、肺の湿潤/乾燥重量比を測定した(試験A、C)。総呼吸器エラスタンスは30分毎に120分まで測定した(試験B、D)。
【0072】
それらの結果を
図6に示した。なお、図中(A)~(D)は、それぞれ試験A~Dの結果を示したものである。
【0073】
図中(A、C)に示した結果からも判明するように、MVによる肺浮腫は、ステロイド(デキサメタゾン:Dex)やシベレスタット(Siv)投与では抑制されなかった。
また、図中(B、D)に示した結果からも判明するように、MVによる肺エラスタンスの上昇についても、ステロイド(デキサメタゾン:Dex)やシベレスタット(Siv)の投与では抑制されていなかった。
【0074】
試験7:生体内での活性酸素(ROS)量へのPC-SODの効果の検討
CLP操作(試験A、B)、LPS投与(試験C、D)、MV操作(試験E、F)は、上記したように行った。上述のように、CLP操作、LPS投与、MV操作前にPC-SOD(3又は15kU/kg)を一度静脈内投与した。(75mg/kg)発光プローブ(L-012)は、それぞれ、CLP操作4時間後、LPS投与6時間後、MV操作2時間後に投与した。マウスの腹腔(試験A)、または肺(試験C、E)は、in vivoイメージングシステム Lumazoneを用いて画像化した。活性酸素(ROS)の合計強度は、Slide Book6ソフトウェアによって決定した(試験B、D、F)。
【0075】
これらの結果を
図7.1~
図7.3に示した。なお、図中(A)~(F)は、それぞれ試験A~Fの結果を示したものである。
【0076】
図中(B)に示した試験Bの結果からも明らかなように、CLP操作における腹腔の活性酸素の上昇を、PC-SOD投与は抑制していた。
また、リポ多糖体(LPS)による肺の活性酸素の上昇、並びに人工呼吸器(MV)による肺の活性酸素の上昇についても、PC-SOD投与は抑制していた。
これらの結果は、図中(A)に示したマウス腹腔内(試験A)または、図中(C、E)に示した肺(試験C、E)におけるin vivoイメージングシステム Lumazone を用いて画像化した結果からも支持されていた。
【0077】
試験8:生体内での活性酸素(ROS)量へのデキサメタゾンまたはシベレスタットの効果(比較検討)
試験7に対する比較試験として、デキサメタゾン(Dex)およびシベレスタット(Siv)の効果の検討を行った。
雄性ICRマウスをCLP操作した。CLP操作前に1回、デキサメタゾン(200μg/マウス)を静脈内投与した(試験A、C)。また、シベレスタット(100mg/kg)は、腹腔内投与した(試験B、D)。(75mg/kg)発光プローブ(L-012)を、それぞれ、CLP操作4時間後に投与した。マウスの腹腔はin vivoイメージングシステムLumazoneを用いて画像化した(試験A、B)。ROSの合計強度は、SlideBook6ソフトウェアによって決定した(試験C、D)。
【0078】
それらの結果を
図8に示した。なお、図中(A)~(D)は、それぞれ試験A~Dの結果を示したものである。
【0079】
図中(C、D)に示した結果からも明らかなように、腸管穿刺術(CLP)による活性酸素の上昇は、ステロイド(デキサメタゾン)やシベレスタット投与では抑制されていなかった。
これらの点は、図中(A、B)に示した、マウスの腹腔 in vivoイメージングシステムLumazoneを用いた画像化からも判明するものであった。
以上から判断すると、ARDSでの活性酸素の上昇については、ステロイド(デキサメタゾン)或いはシベレスタットでは抑制できないが、本発明のPC-SODは有意に抑制をしており、本願発明の特異性が、よく理解できるものであった。
【0080】
試験9:CLP誘発性腎機能障害および全身性炎症への熱不活性化PC-SODの効果の検討
本発明のPC-SODの効果の確認のため、熱により不活性化したPC-SODの効果を検討した。
PC-SOD溶液を不活性化のため60分間100℃で加熱した。
雄性ICRマウスをCLP操作またはSham操作をした。CLP操作前に1回、熱不活性化PC-SOD(kU/kg;熱不活性化前のkU)を静脈内投与した。CLP捜査8時間後に、血漿サンプルを調製し、BUNおよびクレアチニン量(試験A)、および炎症性サイトカイン量(試験B)を測定した。
【0081】
その結果を
図9に示した、
図中の(A)及び(B)として示した結果からも判明するように、CLPによるBUNとクレアチニン、TNF-αとIL-6の上昇は、熱をかけて非活性化したPC-SOD(Heat-PC)では抑制されていなかった。
【0082】
試験10:CLP誘発性腎機能障害および全身性炎症へのNAC(N-アセチルシステイン)または非修飾SODの効果の検討
試験例9と同様、本発明のPC-SODの効果の確認のため、NAC(N-アセチルシステイン、または非修飾SODの効果を検討した。
雄性ICRマウスをCLP操作またはSham操作をした。CLP操作前に1回、NAC(mg/kg)を腹腔内投与、または非修飾SOD(kU/kg)を静脈内投与した。CLP操作8時間後に、血漿サンプルを調製し、BUNおよびクレアチニン量(試験A)、および炎症性サイトカイン量(試験B)を測定した。
【0083】
その結果を
図10に示した、
図中の(A)及び(B)として示した結果からも判明するように、CLPによるBUNとクレアチニン、TNF-αとIL-6の上昇は、NACや非修飾SODでは抑制されていなかった。
以上の試験例9及び10の結果から判断すると、本発明のPC-SODは、CLP誘発性腎機能障害および全身性炎症に対して特異的なものである点が理解される。
【0084】
以上の各試験例の結果より、本発明のPC-SODは、急性呼吸促迫症候群(ARDS)患者に有益であることが示唆された。
【0085】
現時点では、ARDS(急性呼吸促迫症候群)を明瞭に改善する治療薬はない。そのため、人工呼吸器(MV:mechanical ventilation)が、救命治療として使用されているが、人工呼吸器は、高い1回換気量であり、人工呼吸器誘発肺傷害(VILI)を引き起こしており、それがため、ARDSの死亡率が高いものとなっている。
また、活性酸素(ROS)として、例えばスーパーオキサイドアニオンがARDS或いはVILI発症の要因となっている。SOD(スーパーオキサイドジスムターゼ)は、スーパーオキサイドアニオンの不均化を触媒するものであるが、低い組織親和性、血漿(プラズマ)中での低い安定性のため、SODの臨床的な効果は、期待するほど得られていない。
【0086】
本発明が提供するPC-SODは、上記に示した各試験例からも判明するように、マウスにおける腸管穿孔術(CLP:cecal ligation and puncture:腹膜炎モデル)、リポ多糖体(LPS:lipopolysaccharide)の投与、或いは、肺におけるMV-誘発性組織障害(人工呼吸器誘発組織障害)、浮腫、炎症に対し、極めて効果的なものであることが判明する。
また、PC-SODの静脈内投与は、CLP術を行ったマウスにおいて、生存率を向上させ、血管透過性を減少させており、デキサメタゾン或いはシベレスタットと異なりCLPにより誘発された、腎臓のみならず、全身性の炎症を抑制していた。
特に、リポ多糖類(LPS)投与により肺における血管透過性、組織傷害及び炎症が誘発されるが、これらの誘発された症状は、PC-SODを投与することによって、全て抑制された。
【0087】
さらに、MVにより誘発された肺における血管透過性、浮腫、組織傷害、並びに機械的変化は、PC-SODにより全て抑制されたが、デキサメタゾン、シベレスタットは抑制しなかった。
また、CLP操作、及びLPS投与、並びにMVによってもたらされるROS(活性酸素)のin vivoイメージング分析では、ROS(活性酸素)のレベルを上昇させ、その上昇は、PC-SODの投与によって抑制されたが、デキサメタゾン、シベレスタットは抑制されなかった。
これらの結果は、PC-SODの静脈内投与は、ARDS患者に有益なものであることを示唆しているものである。
【0088】
製剤例1:静脈注射剤
PC-SOD1%(w/w)、シュークロース10%(w/w)、塩化ベンザルコニウム0.05%(w/w)を5%キシリトール水溶液に溶解した後、凍結乾燥した。得られた凍結乾燥剤に、別にバイアル充填した0.5%カルメロースあるいは注射用水を加えることにより静脈注射用剤を得た。
【0089】
実施例2:吸入剤
吸入用液剤(1)
PC-SOD1%(w/w)、シュークロース10%(w/w)、塩化ベンザルコニウム0.05%(w/w)を5%キシリトール水溶液に溶解し、吸入用液剤を調製する。
【0090】
吸入用液剤(2)
PC-SOD1%(w/w)、シュークロース10%(w/w)、塩化ベンザルコニウム0.05%(w/w)、ポリエチレングリコール10%(w/w)、プロピレングリコール20%(w/w)、残部精製水で吸入用液剤を調製する。
【0091】
吸入用散剤
PC-SODが5%(w/w)、残部シュークロース(微細粉末状)で吸入用散剤を調製する。
【産業上の利用可能性】
【0092】
以上記載したように、本発明が提供する急性呼吸促迫症候群の改善剤は、特異的なPC-SODを有効成分とするものであり、従来のSODに比較して細胞膜等への親和性に優れたものであり、病変部位におけるスーパーオキサイドアニオンを消去する能力が高いものである。
したがって、本発明により、PC-SODを有効成分として含有する急性呼吸促迫症候群治療剤が提供され、これまでステロイド剤或いはシベレスタットでは効果のない、肺及び他の器官における浮腫、組織傷害、炎症に対して有効であり、ARDSおよび、VILIに対する治療に光明を与えるものであり、医療上の価値は多大なものである。