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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-14
(45)【発行日】2022-06-22
(54)【発明の名称】鋼材の突合せ溶接継手及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 26/21 20140101AFI20220615BHJP
   B23K 31/00 20060101ALI20220615BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20220615BHJP
   C22C 38/44 20060101ALI20220615BHJP
【FI】
B23K26/21 W
B23K26/21 F
B23K31/00 B
C22C38/00 301Z
C22C38/44
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020527341
(86)(22)【出願日】2019-06-06
(86)【国際出願番号】 JP2019022446
(87)【国際公開番号】W WO2020003950
(87)【国際公開日】2020-01-02
【審査請求日】2022-03-10
(31)【優先権主張番号】P 2018122414
(32)【優先日】2018-06-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000102511
【氏名又は名称】SMC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100119404
【弁理士】
【氏名又は名称】林 直生樹
(72)【発明者】
【氏名】奥平 宏行
(72)【発明者】
【氏名】石川 力也
(72)【発明者】
【氏名】只野 琢也
【審査官】奥隅 隆
(56)【参考文献】
【文献】特開昭57-106489(JP,A)
【文献】特開平1-205892(JP,A)
【文献】特開2017-52005(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 26/00-26/70
B23K 31/00
C22C 38/00
C22C 38/44
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
端部が突き合わされた一対の鋼材を母材とし、これら母材の表面から内部に向けて前記端部に跨るように形成された溶接部を有する鋼材の突合せ溶接継手であって、
前記母材における炭素濃度は0.1質量%以上0.35質量%以下であり、
前記溶接部は、前記一対の母材の端部を前記表面からの第1加熱により溶融して凝固させた溶融凝固部と、前記溶融凝固部をその表面から再加熱することにより該溶融凝固部を再溶融して再凝固させた再溶融凝固部と、該再溶融凝固部よりも内部側に形成されていて、前記再加熱により溶融を伴うことなく前記溶融凝固部の組織を変化させた凝固再加熱部とを有しており、
前記溶融凝固部の幅W0と、前記溶接部の表面から該溶融凝固部の最深部までの深さd0と、前記再溶融凝固部の幅W1と、前記溶接部の表面から該再溶融凝固部の最深部までの深さd1とが、
0.46W0≦W1
0.14d0≦d1≦0.73d0
なる関係を有することを特徴とする鋼材の突合せ溶接継手。
【請求項2】
前記凝固再加熱部のビッカース硬さの平均値が、前記再溶融凝固部のビッカース硬さの平均値よりも低いことを特徴とする、
請求項1に記載の鋼材の突合せ溶接継手。
【請求項3】
前記再溶融凝固部の表面の残留応力が、その幅方向の中心部で圧縮応力となっていることを特徴とする、
請求項1に記載の鋼材の突合せ溶接継手。
【請求項4】
前記溶接部の周方向における終端部において、前記再溶融凝固部に形成された凹みの前記溶接部の表面からの深さhと、該再溶融凝固部の前記深さd1とが、
0.32d1≧h
なる関係を有していることを特徴とする、
請求項1に記載の鋼材の突合せ溶接継手。
【請求項5】
前記溶融凝固部はキーホール溶接によって形成され、前記再溶融凝固部及び凝固再加熱部は熱伝導溶接によって形成されていることを特徴とする、
請求項1に記載の鋼材の突合せ溶接継手。
【請求項6】
鋼材から成る一対の母材の端部同士を突き合わせ、これら母材の表面から内部に向けて前記端部に跨るように溶接部を形成する、鋼材の突合せ溶接継手の製造方法であって、
前記母材における炭素濃度は0.1質量%以上0.35質量%以下であり、
前記溶接部は、
前記一対の母材の端部を前記表面からの第1加熱により溶融し凝固させることで溶融凝固部を形成する第1ステップと、
前記溶融凝固部をその表面から再加熱することにより、該溶融凝固部を再溶融し再凝固させることで再溶融凝固部を形成すると共に、該再溶融凝固部よりも内部側に、溶融を伴うことなく前記溶融凝固部の組織を変化させた凝固再加熱部を形成する第2ステップと、
によって形成され、
このとき、前記溶融凝固部の幅W0と、前記溶接部の表面から該溶融凝固部の最深部までの深さd0と、前記再溶融凝固部の幅W1と、前記溶接部の表面から該再溶融凝固部の最深部までの深さd1とが
0.46W0≦W1
0.14d0≦d1≦0.73d0
なる関係を有していること特徴とする方法。
【請求項7】
前記第1ステップにおいて溶融凝固部はキーホール溶接によって形成され、前記第2ステップにおいて再溶融凝固部及び凝固再加熱部は熱伝導溶接によって形成されることを特徴とする請求項6に記載の突合せ溶接継手の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼材同士を溶接した鋼材の突合せ溶接継手及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、被溶接材同士を溶接する溶接継手において継手強度の改善が望まれており、この継手強度を改善させるための様々な試みがなされている。例えば、特許文献1には、溶接ビードの表面屑を再溶融させることで、溶接ビードの表面の形状を滑らかにし、溶接部の疲労強度を向上させたT継手が開示されている。また、特許文献2には、レーザー光線を金属板に照射することで溶融凝固した接合部の内側に対してさらにレーザー光線を再照射し、接合部の溶融境界近傍に靱性に優れる凝固再加熱部を設けることで、継手部の十字引張強さを向上させた重ね接合継手が開示されている。さらに、特許文献3には、溶接部の表面に対して急速加熱および急速冷却を繰り返し施すことで、溶接部の結晶組織を微細化させ、疲労強度むらを改善させたものが開示されている。その一方で、締結される鋼材を突き合わせて溶接する突合せ溶接継手の疲労強度について、更なる改善が望まれているところ、そのような突合せ溶接継手の疲労強度の改善に着目した溶接構造やその製造方法については未だ明らかにされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開昭59-110490号公報
【文献】特開2017-52006号公報
【文献】特開2002-256335号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の技術的課題は、優れた疲労強度を有する鋼材の突合せ溶接継手、及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記技術的課題を解決するため、本発明に係る鋼材の突合せ溶接継手は、端部が突き合わされた一対の鋼材を母材とし、これら母材の表面から内部に向けて前記端部に跨るように形成された溶接部を有する鋼材の突合せ溶接継手であって、前記母材における炭素濃度は0.1質量%以上0.35質量%以下であり、前記溶接部は、前記一対の母材の端部を前記表面からの第1加熱により溶融して凝固させた溶融凝固部と、前記溶融凝固部をその表面から再加熱することにより該溶融凝固部を再溶融して再凝固させた再溶融凝固部と、該再溶融凝固部よりも内部側に形成されていて、前記再加熱により溶融を伴うことなく前記溶融凝固部の組織を変化させた凝固再加熱部とを有しており、前記溶融凝固部の幅W0と、前記溶接部の表面から該溶融凝固部の最深部までの深さd0と、前記再溶融凝固部の幅W1と、前記溶接部の表面から該再溶融凝固部の最深部までの深さd1とが、
0.46W0≦W1
0.14d0≦d1≦0.73d0
なる関係を有することを特徴とするものである。
【0006】
このとき、前記凝固再加熱部のビッカース硬さの平均値が、前記再溶融凝固部のビッカース硬さの平均値よりも低いことが好ましい。
また、前記再溶融凝固部の表面の残留応力が、その幅方向の中心部で圧縮応力となっていることが好ましい。
そして、前記溶接部の周方向における終端部において、前記再溶融凝固部に形成された凹みの前記溶接部の表面からの深さhと、該再溶融凝固部の前記深さd1とが、
0.32d1≧h
なる関係を有していることが好ましい。
なお、本発明において好ましくは、前記溶融凝固部はキーホール溶接によって形成され、前記再溶融凝固部及び凝固再加熱部は熱伝導溶接によって形成されている。
【0007】
さらに、本発明に係る鋼材の突合せ溶接継手は、鋼材から成る一対の母材の端部同士を突き合わせ、これら母材の表面から内部に向けて前記端部に跨るように溶接部を形成する、鋼材の突合せ溶接継手の製造方法であって、前記母材における炭素濃度は0.1質量%以上0.35質量%以下であり、前記溶接部は、前記一対の母材の端部を前記表面からの第1加熱により溶融し凝固させることで溶融凝固部を形成する第1ステップと、前記溶融凝固部をその表面から再加熱することにより、該溶融凝固部を再溶融し再凝固させることで再溶融凝固部を形成すると共に、該再溶融凝固部よりも内部側に、溶融を伴うことなく前記溶融凝固部の組織を変化させた凝固再加熱部を形成する第2ステップと、によって形成され、このとき、前記溶融凝固部の幅W0と、前記溶接部の表面から該溶融凝固部の最深部までの深さd0と、前記再溶融凝固部の幅W1と、前記溶接部の表面から該再溶融凝固部の最深部までの深さd1とが、
0.46W0≦W1
0.14d0≦d1≦0.73d0
なる関係を有していること特徴とする方法によって製造することができる。
【0008】
このとき、前記第1ステップにおいて溶融凝固部はキーホール溶接によって形成され、前記第2ステップにおいて再溶融凝固部及び凝固再加熱部は熱伝導溶接によって形成されることが好ましい。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、母材よりも優れた疲労強度を有する鋼材の突合せ溶接継手を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の鋼材の突合せ溶接継手の溶接部付近を模式的に示す図である。
図2図1の溶接部の断面構造を模式的に示す図である。
図3】(a)は、キーホール溶接を行う際のレーザー照射を模式的に示す図であり、(b)は、熱伝導溶接を行う際のレーザー照射を模式的に示す図である。
図4】突合せ溶接により溶接された試料を模式的に示す図である。
図5図4に示される試料の作製時において、キーホール溶接を行っている状態を模式的に示す断面図である。
図6図4に示される試料の作製時において、熱伝導溶接をしている状態を模式的に示す断面図である。
図7】一体成形によって作製された試料を模式的に示す図である。
図8】第1実施例において、キーホール溶接のみで溶接した試料の硬さ分布を示す図である。
図9】第1実施例において、キーホール溶接と熱伝導溶接で溶接した試料の硬さ分布を示す図である。
図10図9に示す硬さ分布の評価と異なる熱伝導溶接の条件で溶接した試料の硬さ分布を示す図である。
図11図9及び図10に示す硬さ分布の評価と異なる熱伝導溶接の条件で溶接した試料の硬さ分布を示す図である。
図12図9図11に示す硬さ分布の評価と異なる熱伝導溶接の条件で溶接した試料の硬さ分布を示す図である。
図13図9図12に示す硬さ分布の評価と異なる熱伝導溶接の条件で溶接した継手の硬さ分布を示す図である。
図14図9図13に示す硬さ分布の評価と異なる熱伝導溶接の条件で溶接した継手の硬さ分布を示す図である。
図15図9図14に示す硬さ分布の評価と異なる熱伝導溶接の条件で溶接した継手の硬さ分布を示す図である。
図16】第1実施例において、キーホール溶接を行った後の溶接部の凝固終端部を撮影した拡大写真である。
図17図16に示す凝固終端部の凹み深さを測定したグラフである。
図18】第1実施例において、熱伝導溶接を行った後の溶接部の凝固終端部を撮影した拡大写真である。
図19図18に示す凝固終端部の凹み深さを測定したグラフである。
図20】第2実施例のS10Cにおいて、キーホール溶接のみで溶接した試料の硬さ分布を示す図である。
図21】第2実施例のS10Cにおいて、キーホール溶接と熱伝導溶接で溶接した試料の硬さ分布を示す図である。
図22】第2実施例のS15Cにおいて、キーホール溶接のみで溶接した試料の硬さ分布を示す図である。
図23】第2実施例のS15Cにおいて、キーホール溶接と熱伝導溶接で溶接した試料の硬さ分布を示す図である。
図24】第2実施例のS20Cにおいて、キーホール溶接のみで溶接した試料の硬さ分布を示す図である。
図25】第2実施例のS20Cにおいて、キーホール溶接と熱伝導溶接で溶接した試料の硬さ分布を示す図である。
図26】第2実施例のS25Cにおいて、キーホール溶接のみで溶接した試料の硬さ分布を示す図である。
図27】第2実施例のS25Cにおいて、キーホール溶接と熱伝導溶接で溶接した試料の硬さ分布を示す図である。
図28】第2実施例のS35Cにおいて、キーホール溶接のみで溶接した試料の硬さ分布を示す図である。
図29】第2実施例のS35Cにおいて、キーホール溶接と熱伝導溶接で溶接した試料の硬さ分布を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明に係る鋼材の突合せ溶接継手の一実施形態について、図1図7を用いて詳細に説明する。図1及び図2に示すように、本実施形態に係る鋼材の突合せ溶接継手1(以下、単に「継手1」とも記す。)は、円柱状に形成された一対の同じ鋼材を母材2,2とし、これら母材2,2の端部2a,2a同士を溶接部3によって結合したものである。すなわち、前記溶接部3は、前記母材2,2の端部2a,2aの端面2b,2b同士を突き合わせて(対向させて)当接させ、前記母材2,2の表面(外周面)2c,2cから内部に向け、当接された前記端面2b,2bに沿って、これら端部2a,2aに跨るように、環状に溶接することにより形成されている。
【0012】
より具体的に説明すると、この溶接部3は、母材2,2の端部2a,2aに対して表面(外周面)2c,2cから環状にキーホール溶接を行った後、そのキーホール溶接を行った部分に対してその表面から環状に熱伝導溶接を重ねて行うことで形成されている。このとき、これらキーホール溶接及び熱伝導溶接は、図3(a)及び図3(b)に示すように、何れも高パワー密度ビーム7等の照射によって行われるが、ここではレーザー7を用いた場合について述べる。前記キーホール溶接では、高パワー密度のレーザー7で加熱(第1加熱)されることによって、母材2,2の端部2a,2aに窪み(キーホール)が形成される。そして、その窪みを通じて母材2,2の内部にまで当該レーザー7が届くことで、より深い溶接が可能となる。このとき、このキーホール溶接によって溶融した部分は、その後の冷却によって凝固することで溶融凝固部3dを形成し、その硬度は、溶接前よりも高くなる。
【0013】
一方、前記熱伝導溶接では、キーホール溶接よりも低いパワー密度のレーザー7が用いられる。この熱伝導溶接によって、前記端部2a,2aにおける溶融凝固部3dの表面2c,2c付近が、再加熱(第2加熱)されることにより再溶融・再凝固して再溶融凝固部5となり、それと同時に、その再溶融凝固部5よりも内部側の部分(表面からの深さがより深い部分)が、前記再加熱により溶融を伴うことなく改質されて凝固再加熱部4となる。そして、これらキーホール溶接及び熱伝導溶接の結果、前記前記母材2,2の端部2a,2aに跨るように溶接部3が形成される。
【0014】
すなわち、前記溶接部3は、前記一対の母材2,2の端部2a,2aを前記表面2c,2cからの第1加熱(キーホール溶接)により溶融し凝固させることによって形成された溶融凝固部3dと、該溶融凝固部3dを前記表面から再加熱(熱伝導溶接)することにより、該溶融凝固部3dを再溶融させると共に再凝固させた再溶融凝固部5と、該再溶融凝固部5よりも母材2,2の内部側部分(表面からの深さがより深い部分)に形成されていて、前記再加熱により溶融を伴うことなく前記溶融凝固部3dの組織を変化させた凝固再加熱部4とによって形成されている。このとき、前記凝固再加熱部4の組織は、キーホール溶接によってマルテンサイト化された溶融凝固部3dの組織を、熱伝導溶接によって焼き戻すことで改質したものであるため前記溶融凝固部3dと比較して硬度が小さくなり、靱性が向上する。一方、前記再溶融凝固部5の組織は、前記溶融凝固部3dが熱伝導溶接によって再溶融され、その後の冷却によって再凝固されたものであるため、前記凝固再加熱部4と比較して硬度がより大きくなる。
【0015】
ここで、前記溶融凝固部3dは、その幅方向中心(図2の一点鎖線で示す位置であって、本実施形態では母材2,2の端面2b,2bの当接位置と実質的に一致している。)において最も深くなっていて、溶接部3の表面3a(すなわち、再溶融凝固部5の表面5a)から、その最深部までの深さがd0となっている。また、前記再溶融凝固部5も、その幅方向中心(溶融凝固部3dの幅方向中心と実質的に一致している。)において最も深くなっていて、溶接部3の表面3a(再溶融凝固部5の表面5a)から、その最深部までの深さが前記d0よりも小さいd1となっている。すなわち、前記溶接部3、溶融凝固部3d及び再溶融凝固部5は、幅方向中心を実質的に互いに一致させて形成されており、その中心に関して幅方向に実質的に対称を成している。
【0016】
ところで、クロムモリブデン鋼や機械構造用炭素鋼等の鋼材の一般的な性質として、炭素濃度(すなわち炭素含有率、具体的には母材に含まれる炭素の質量%)が高い場合には、鋼材の硬度は高くなるものの靱性が低くなり、その一方で炭素濃度が低い場合には、鋼材の硬度は低くなるものの靱性は高くなることが知られている。したがって、鋼材を母材とする継手1の疲労強度を向上させるためには、母材の硬度と靱性の何れか一方が低くなることを防ぐために鋼材の炭素濃度をある所定の範囲内にする必要がある。そのため、ここでは、母材2,2全体に占める炭素濃度(炭素含有率)を0.1質量%以上0.35質量%以下とした。
【0017】
そして、後述する実験の結果、上述の炭素濃度を有する母材2,2を用いたとき、溶融凝固部3dの幅W0と、該溶融凝固部3dの前記深さd0と、再溶融凝固部5の幅W1と、該再溶融凝固部5の前記深さd1とが、下記の式(1)及び式(2)の関係を満たす場合に、母材2,2よりも高い回転曲げ疲労強度を有する突合せ溶接継手1が得られることが見出された。
0.46W0≦W1・・・(1)
0.14d0≦d1≦0.73d0・・・(2)
【0018】
また、キーホール溶接と熱伝導溶接とを重ねて行うことによって形成された再溶融凝固部5の表面5a(すなわち、溶接部3の表面3a)の部分には残留応力が生じている。この残留応力は、再溶融凝固部5の幅方向中心部(すなわち、溶接部3の幅方向中心部)で圧縮応力となっており、該中心部よりも幅方向外側で引張応力となっている。そのため、再溶融凝固部5の表面5aにおいて、溶接部3の幅方向中心付近で亀裂が発生するのを抑制することができる。
【0019】
さらに、キーホール溶接及び熱伝導溶接は、何れも周方向における溶接の始端部と終端部(図16図18に示す凝固終端部6)が同じ位置で重なるように溶接されている。キーホール溶接の際には、該キーホール溶接の終了時に、この終端部にレーザー7の照射による凹みが形成される(図17参照)。溶接部表面からの当該凹みの深さ(最大深さ)hは、熱伝導溶接によって、キーホール溶接による溶接部(すなわち、溶融凝固部3d)を再溶融・凝固させることで減少させることができ、それにより、凝固終端部6に作用する応力の集中を抑制することができる。そして、後述する実験の結果、溶接部3の表面3aからの凹みの深さhと前記再溶融凝固部5の深さd1とが、
0.32d1≧h・・・(3)
なる関係を有していることが望ましい。
【0020】
なお、上記継手1においては、突き合わせた母材2,2の端面2b、2bの形状が円形に形成されているが、それに限定されるものではなく、突き合わせる母材2の端面2b,2bが実質的に互いに同形同大である等、突き合わせた母材2,2の表面2c,2cが実質的に同一面上に配されていれば良い。
【実施例
【0021】
次に、本発明の第1実施例(表1及び表2の試験条件2-7)及び第2実施例(表3及び表4の試験条件10,12,14,16,18)を、第1比較例(表1及び表2の試験条件1,8)及び第2比較例(表3及び表4の試験条件9,11,13,15,17)との比較においてそれぞれ説明する。
まず、これら第1及び第2実施例に用いられている試験片8は、図4図6示すように、中空で円筒状の本体部9aと、この本体部9aから先端側に向けて先細りとなる中空の端部9bとにより一体に形成された、前記母材2としての試料10を用い、一対の該試料10の端部9b同士を、上述のように、キーホール溶接及び熱伝導溶接で突合せ溶接することによって作製した。
【0022】
そして、第1実施例では、前記熱伝導溶接におけるレーザー溶接条件を変化させて再溶融凝固部5の大きさを変化させることにより、それに伴って変化する溶接部3の各種物性値を、前記試験片8を用いて測定し評価した。一方、第2実施例では、試料10の炭素濃度(炭素含有率)を変化させることにより、それに伴って変化する溶接部3の各種物性値を、前記試験片8を用いて測定し評価した。
なお、前記試料10としては、その全長が80mm、本体部9aの外径が20mm、端部9bの先端面の外径が14mm、本体部9a及び端部9bの内径が12mmのものを用いた。
【0023】
第1実施例で用いた試料10は、クロムモリブデン鋼鋼材(SCM415)から成るものであり、Cを0.13質量%-0.18質量%、Siを0.15質量%-0.35質量%、Mnを0.60質量%-0.90質量%、P及びSをそれぞれ0.030質量%以下、Niを0.25質量%以下、Crを0.90質量%-1.20質量%、Moを0.15質量%-0.25質量%含んでいる。この第1実施例では、キーホール溶接のレーザー出力、溶接速度、焦点径(スポット径)を固定した(すなわち、溶融凝固部3dの幅W0及び深さd0を固定した)条件下で、熱伝導溶接のレーザー出力、溶接速度、焦点径(スポット径)を変化させて再溶融凝固部5の幅W1及び深さd1を変化させることにより、溶接部3の表面3a及びその近傍の残留応力、該溶接部3の平均硬度、該溶接部3の凝固終端部6の凹み深さh、作製した試験片8の回転曲げ疲労強度を測定した。
【0024】
ここでは、キーホール溶接及び熱伝導溶接に際してファイバーレーザー溶接機を用いており、この溶接機を用いてレーザー7を照射することで母材2としての試料10の溶接を行った。キーホール溶接と熱伝導溶接の切り換えは、この溶接機の集光レンズを継手1の軸線L方向、すなわち突き合わせ方向に対して垂直方向に移動させ、一対の試料10,10の端部9b,9bの突合せ部分(端面の当接部分)に照射されるレーザー7の焦点径を変化させることで行った。キーホール溶接を行う際にはより高いパワー密度が必要となるため、図3(a)に示されるように、焦点径を小さく絞ったレーザー7を用いた。一方で、熱伝導溶接を行う際にはキーホール溶接用のレーザー7よりもパワー密度を低くする必要があるため、図3(b)に示すように、焦点径が前記キーホール溶接よりも大きいレーザー7を用いた。
【0025】
また、第1比較例(条件1及び条件8)の試験片8は、第1実施例で用いた試料10と同形同大で同じ材料(SCM415)から成る試料によって作製した。このとき、条件1の試験片8は、一対の試料10をキーホール溶接のみで突合せ溶接することによって作製した。一方、条件8の試験片8は、キーホール溶接後に行う熱伝導溶接のレーザー出力、溶接速度、焦点径を変更し、再溶融凝固部5の幅と深さを第1実施例の試験片8よりも小さくした溶接条件の下で、一対の試料10を突合せ溶接することによって作製した。そして、この第1比較例では、これら作製した試験片8について、溶接部の表面3a及びその近傍の残留応力、溶接部3の平均硬度、溶接部3の凝固終端部6の凹み深さ、回転曲げ疲労強度をそれぞれ測定した。以下の表1及び表2に、第1実施例及び第1比較例の溶接条件と測定結果を示す。
【0026】
【表1】
【0027】
【表2】
【0028】
表1に示すように、条件1-8の何れにおいても、キーホール溶接時の溶接条件であるレーザー出力を850W、溶接速度を50mm/s、焦点径を0.5mmとし、溶接箇所を大気から遮断するためのシールドガスに窒素を用いることで、幅W0が1mm、深さd0が1mmの溶融凝固部3dを形成した。また、条件2-8においては、熱伝導溶接を行う際の溶接条件であるレーザー出力を350W-850W、溶接速度を50mm/s又は200mm/s、レーザーの焦点径を0.4mm-2.2mmの間で調節し、シールドガスに窒素を用いることで、互いに異なる幅W1と深さd1とを有する再溶融凝固部5を形成した。
【0029】
溶接部3及びその近傍の表面における残留応力は、試験片8の表面に特定の波長のX線を照射するX線応力測定法を用いて測定した。条件1-条件8では、図6に示すように、溶接部3の幅方向の中心の表面3aに位置する測定点A1と、測定点A1から試料10の基端側(試験片8の一端側)に1.5mm離れた測定点A2と、測定点A2からさらに同じ基端側に1mm離れた測定点A3との3点において、前記残留応力をそれぞれ測定した。このとき、条件1において、測定点A1では溶融凝固部3dの幅方向の中心点における残留応力を測定し、測定点A2及び測定点A3では溶接によって組織が変化していない点における残留応力を測定している。また、条件2-条件8において、測定点A1では再溶融凝固部5の幅方向の中心点における残留応力を測定し、測定点A2及び測定点A3では溶接によって組織が変化していない点における残留応力を測定している。
【0030】
その結果、条件2-8において、測定点A1の残留応力は負の値となり、測定点A1付近で圧縮応力を有していることが明らかとなった。したがって、条件2-条件8では、再溶融凝固部5の測定点A1付近において亀裂の発生を抑制することができる。また、条件2-条件7では、測定点A1における残留応力が-100MPa以下となっており、これらの条件下では、後述するように、試験片8の回転曲げ疲労強度が、該試験片8と同形同大で、かつ試料10と同じ材料(SCM415)によって継ぎ目無く一体成形された比較用試験片11(すなわち、母材そのもの)よりも高くなった。一方で、条件1の試験片8においては、溶融凝固部3dの測定点A1の残留応力が正の値となり、測定点A1付近で引張応力を有していることが明らかとなった。したがって、条件1では、測定点A1付近における亀裂の発生を抑制することができないばかりでなく、亀裂の発生・進展を促す可能性がある。
【0031】
試験片8の硬度については、試験片8における凝固再加熱部4及び再溶融凝固部5を含む母材のビッカース硬さを測定して評価した。ビッカース硬さの測定には、一般的なマイクロビッカース硬度計が用いられ、試験片8を軸方向に切断し、この切断面上において長手方向(図8図15における横方向)と短手方向(図8図15における縦方向)に対して0.1mm間隔で測定した。その結果、図9図15に示すように、条件2-条件8において、凝固再加熱部4のビッカース硬さの平均値が、再溶融凝固部5のビッカース硬さの平均値よりも低くなった。
【0032】
ここで、条件1のビッカース硬さを測定したところ、図8に示すように、キーホール溶接によって溶融して凝固した溶融凝固部3dのビッカース硬さが、継手の他の部分のビッカース硬さよりも高い数値となった。これは、溶融凝固部3dの組織がキーホール溶接によってマルテンサイト化されることに起因すると考えられる。また、この継手のビッカース硬さは、図8に示す(縦、横)が(0.1mm,0.7mm)の地点と、(0.2mm,0.5mm)の地点とで660Hvとなり、他の地点と比べて非常に高い数値となった。これは、この2地点が、キーホール溶接による溶融部と、キーホール溶接をする際の加熱の影響を受けて焼き入れられる熱影響部との境界付近に位置しており、キーホール溶接後の冷却速度が速くなるため、境界付近の組織がマルテンサイト化されることに起因すると考えられる。
【0033】
さらに、図16図19にも示すように、溶接部3の凝固終端部6の凹み深さhは、母材2,2同士を溶接した際の、レーザーが最後に照射された箇所に形成されるクレータ(凹み)の最大高低差である。凝固終端部6の凹み深さhは、キーホール溶接のみを行った条件1では0.14mmとなったが、キーホール溶接の後に熱伝導溶接を行った条件2-条件8では0.01mm-0.06mmとなった。そして、再溶融凝固部5の凝固終端部6の凹み深さhと再溶融凝固部5の深さd1とは、条件2-条件8において、上述の式(3)の関係を有している。
このように、キーホール溶接の後に熱伝導溶接を行なうことで、凝固終端部6の凹み深さhをより小さくすることができ、その結果、凝固終端部6に作用する応力の集中を抑制することができる。
【0034】
回転曲げ疲労強度を測定する回転曲げ疲労試験(Rotating bending Fatigue Test(ISO1143:2010))については、4点曲げ負荷形式の小野式回転曲げ疲労試験装置を使用した。そして、該試験装置における一対のスピンドルの先端に試験片の両端を把持させ、2000rpmの回転数で2000万回回転させた場合に破断する際の負荷(すなわち、試験片8の軸方向中央部(溶接部3)で作用する繰返し応力の最大値)を測定した。また、測定した試験片8の回転曲げ疲労強度を評価するために、上述の比較用試験片11についても同様にして回転曲げ疲労強度を測定した。その結果、条件1では試験片8の回転曲げ疲労強度は、比較用試験片11の回転曲げ疲労強度よりも低い値となった。これは、キーホール溶接のみでは溶接部の組織がマルテンサイト化されて脆い組成となることに起因すると考えられる。
【0035】
また、条件2-条件7の場合、すなわち、溶融凝固部3dの幅W0と、該溶融凝固部3dの深さd0と、再溶融凝固部5の幅W1と、該再溶融凝固部5の深さd1とが、上述した式(1)及び式(2)の関係を同時に満たす場合に、試験片8の回転曲げ疲労強度は何れも比較用試験片11の回転曲げ疲労強度(すなわち、母材そのものの回転曲げ疲労強度(母材強度))よりも高くなった。これは、キーホール溶接部分に熱伝導溶接を重ねて行うことによって、溶接部3における再溶融凝固部5よりも内部側部分(表面3aからの深さがより深い部分)に形成された凝固再加熱部4で、該溶接部3の表面3a側部分に形成された該再溶融凝固部5よりも硬度が低くなり靭性が高くなったため、たとえ溶接部3の表面3aにクラックが入ってもクラックが内部に伝搬し難くなったことに起因するものと考えられる。一方で、条件8では、試験片8の回転曲げ疲労強度は比較用試験片11の回転曲げ疲労強度よりも低い値となっている。これは、熱伝導溶接を行う際のレーザーのエネルギー密度が他の条件と比べて低く、凝固再加熱部4が溶接部の内部深くまで形成されなかったことに起因するものと考えられる。
【0036】
以上の測定結果から、条件2-条件7では、母材2,2としての試料10,10同士を突合せ溶接することによって作製した試験片8の回転曲げ疲労強度が、単一の母材で一体成形された比較用試験片11(母材自体)の回転曲げ疲労強度よりも高くなっているため、疲労強度が改善されていると判定した。また、条件1及び条件8では、一対の試料10,10を突合せ溶接することによって形成された試験片8の回転曲げ疲労強度が、比較用試験片11の回転曲げ疲労強度よりも低くなっているため、疲労強度が改善されていないと判定した。
【0037】
次に、本発明の第2実施例を、第2比較例との比較において説明する。この第2実施例では、母材2としての試料10を機械構造用炭素鋼によって形成し、一対の試料10,10をキーホール溶接及び熱伝導溶接によって突合せ溶接した試験片12が用いられている。このとき、試料10としては第1実施例で用いたものと同形同大のものを使用した。また、この試料10を形成する機械構造用炭素鋼としては、Siを0.15質量%-0.35質量%、Mnを0.30質量%-0.60質量%、Pを0.030質量%以下、Sを0.035質量%以下、Cを0.08質量%-0.13質量%有するS10Cと、Si、Mn、P、SについてS10Cと同じ質量%を有し、かつCを0.13質量%-0.18質量%有するS15Cと、Si、Mn、P、SについてS10Cと同じ質量%を有し、かつCを0.18質量%-0.23質量%有するS20Cと、Si、Mn、P、SについてS10Cと同じ質量%を有し、かつCを0.22質量%-0.28質量%有するS25Cと、及びSi、P、SについてS10Cと同じ質量%を有し、かつMnを0.60質量%-0.90質量%、Cを0.32質量%-0.38質量%有するS35Cとを用いた。
【0038】
一方で、第2比較例の各試験片12は、第2実施例の各試験条件で用いた試料10と同形同大で、且つ同じ機械構造用炭素鋼から成る一対の試料10,10を、キーホール溶接のみで突合せ溶接することによって作製した。そして、第2実施例の各試験片12と第2比較例の各試験片12について、溶接部3の表面3a及びその近傍の残留応力、溶接部3の平均硬度、溶接部3の凝固終端部の凹み深さh、回転曲げ疲労強度をそれぞれ測定し評価した。以下の表3及び表4に、第2実施例及び第2比較例の溶接条件と測定結果を示す。なお、Si、Mn、P、SについてS35Cと同じ質量%を有し、かつCを0.42質量%-0.48質量%有するS45Cについては、キーホール溶接の溶融部分が凝固した段階で溶接部に亀裂が入り、割れやすくなったため、この段階で明らかに疲労強度に劣ると判断し、各種測定及びそれに基づく評価を行わなかった。
【0039】
【表3】
【0040】
【表4】
【0041】
溶接部3の表面3aの残留応力は、上記第1実施例と同様の測定法を用いることで測定される。このとき、比較例としての条件9、条件11、条件13、条件15及び条件17においては、測定点A1では溶融凝固部3dの幅方向の中心点における残留応力を測定し、測定点A2及び測定点A3では溶接によって組織が変化していない点における残留応力を測定している。また、実施例としての条件10、条件12、条件14、条件16、条件18においては、測定点A1では再溶融凝固部5の幅方向の中心点における残留応力を測定し、測定点A2及び測定点A3では溶接によって組織が変化していない点における残留応力を測定している。
【0042】
その結果、条件9-条件18の全てにおいて、測定点A1の残留応力が負の値となり、測定点A1付近で圧縮応力を有していることが明らかとなった。また、条件10、条件12、条件14及び条件16の試験片12の測定点A1における残留応力、すなわち、キーホール溶接の後に熱伝導溶接を行った試験片12の測定点A1における残留応力は、条件9、条件11、条件13及び条件15の試験片12の測定点A1における残留応力、すなわち、キーホール溶接のみを行った試験片12の測定点A1における残留応力よりも、それぞれ小さな負の値になった。したがって、キーホール溶接の後に熱伝導溶接を行った条件10、条件12、条件14及び条件16では、キーホール溶接のみを行った条件9、条件11、条件13及び条件15よりも、測定点A1付近における亀裂の発生を抑制することができる。
【0043】
なお、条件17及び条件18の場合、すなわち、試験片12がS35Cによって形成されている場合においては、キーホール溶接の後に熱伝導溶接を行った実施例(条件18)の測定点A1における残留応力が、キーホール溶接のみを行った比較例(条件17)の測定点A1における残留応力よりも僅かに大きな負の値になっている。しかしながら、他の比較例である条件13、条件15及び条件17よりも小さな負の値を有していることからすると、S35Cを用いた条件18の実施例についても、S10C-S25Cを用いた他の実施例と同様に、測定点A1付近での亀裂の発生を抑制することが期待できる。
【0044】
条件9-条件18における継手1の硬度に関しては、第1実施例の条件1-条件8と同様の方法で、試験片12における凝固再加熱部4及び再溶融凝固部5を含む母材のビッカース硬さを測定して評価した。その結果、図21図23図25図27及び図29に示すように、条件10、条件12、条件14、条件16及び条件18において、凝固再加熱部4のビッカース硬さの平均値が、再溶融凝固部5のビッカース硬さの平均値よりも低くなった。また、図20図22図24図26及び図28に示すように、条件9、条件11、条件13、条件15、条件17において、溶融凝固部3dのビッカース硬さが、キーホール溶接によって溶融されていない継手の他の部分よりも高い数値となった。
【0045】
ここで、図27に示すように、条件16において、(縦、横)が(0.3mm,0.4mm)の地点で硬度が726Hvとなり、(0.3mm,0.5mm)の地点で硬度が655Hvとなっており、他の地点と比べて非常に高い数値となった。上記2地点でビッカース硬さが高くなる理由は、条件1における硬度の高い地点の生じる理由と同様であると考えられる。すなわち、これらの2地点が、キーホール溶接による溶融部と、キーホール溶接をする際の加熱の影響を受けて焼き入れられる熱影響部との境界近傍にあり、境界近傍の組織がマルテンサイト化されたことに起因すると考えられる。
【0046】
さらに、溶接部3の凝固終端部6の凹み深さhは、キーホール溶接のみを行った条件9、条件11、条件13、条件15及び条件17では0.1mmとなるが、キーホール溶接の後に熱伝導溶接を行った条件10、条件12、条件14、条件16及び条件18では0.01mm-0.06mmとなる。そして、再溶融凝固部5の凝固終端部6の凹み深さhと再溶融凝固部5の深さd1の数値は、条件10、条件12、条件14、条件16、条件18の何れにおいても、h=0.05mm,d1=0.23mmとなった。したがって、再溶融凝固部5の凝固終端部6の凹み深さhと再溶融凝固部5の深さd1とは、上記式(3)の関係を有している。このように、第2実施例においても、キーホール溶接の後に熱伝導溶接を行なうことで、凝固終端部6の凹み深さhをより少なくすることができ、その結果、凝固終端部6に作用する応力の集中を抑制することができる。
【0047】
回転曲げ疲労強度については、S10C-S35Cの各材料から成る試験片12を作製し、前記第1実施例と同様に、該試験片12を上記小野式回転曲げ疲労試験装置に取り付けて、2000rpmの回転数で2000万回回転させた場合に破断する際の負荷(すなわち、試験片12の軸方向中央部(溶接部3)で作用する繰返し応力の最大値)を測定した。また、測定した試験片12の回転曲げ疲労強度を評価するために、該試験片12と同形同大で、かつS10C-S35Cの各材料によって継ぎ目なく一体成形された各比較用試験片13についても、同様にして回転曲げ疲労試験を行い、母材そのものの回転曲げ疲労強度(母材強度)を測定した。
【0048】
その結果、条件10、条件12、条件14、条件16、条件18の何れの試験片12においても、溶融凝固部3dの幅W0と、溶融凝固部3dの深さd0と、再溶融凝固部5の幅をW1、再溶融凝固部5の深さをd1とが、上述した式(1)及び式(2)の関係を満たし、一体成形からなる試験片13(すなわち、母材そのもの)よりも高い回転曲げ疲労強度を得ることができた。これは、第1実施例の試験片8の場合と同様に、本第2実施例の試験片12において、溶接部3における再溶融凝固部5よりも内部側部分に形成された凝固再加熱部4が、該溶接部3の表面3a側部分に形成された再溶融凝固部5よりも低い硬度を有し、より高い靱性を有するため、たとえ溶接部3の表面3aにクラックが入ってもクラックが内部に伝搬し難くなったことに起因するものと考えられる。
【0049】
以上の測定結果から、第2実施例であるところの条件10、条件12、条件14、条件16及び条件18では、母材2,2としての試料10,10同士を突合せ溶接することによって作製した試験片12の回転曲げ疲労強度が、単一の母材で一体成形された比較用試験片13(母材自体)の回転曲げ疲労強度よりも高くなっているため、炭素濃度(炭素含有率)が0.1質量%-0.35質量%の範囲の鋼材の全てにおいて、疲労強度が改善されていると判定した。一方で、第2比較例であるところの条件9、条件15及び条件17では、試験片12の回転曲げ疲労強度が、比較用試験片13の回転曲げ疲労強度よりも高くなり、疲労強度が改善されていると判定することができるものの、条件11及び条件13では、試験片12の回転曲げ疲労強度が比較用試験片13よりも低くなっており、疲労強度が改善されているとはいえない。したがって、キーホール溶接のみの試験片12については、炭素濃度(炭素含有量)が、0.1質量%-0.35質量%の範囲の鋼材の必ずしも全てにおいて、疲労強度が改善されているとはいえない。
【符号の説明】
【0050】
1 突合せ溶接継手
2 母材
3 溶接部
3d 溶融凝固部
4 凝固再加熱部
5 再溶融凝固部
6 凝固終端部
8,12 試験片
10 試料
11,13 比較用試験片
図1
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