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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-14
(45)【発行日】2022-06-22
(54)【発明の名称】細胞製剤および細胞製剤の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 35/15 20150101AFI20220615BHJP
   A61K 35/30 20150101ALI20220615BHJP
   A61P 9/00 20060101ALI20220615BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20220615BHJP
   C12N 5/079 20100101ALN20220615BHJP
   C12N 5/0786 20100101ALN20220615BHJP
   C12N 1/00 20060101ALN20220615BHJP
【FI】
A61K35/15 Z
A61K35/30
A61P9/00
A61P25/00
C12N5/079
C12N5/0786
C12N1/00 D
C12N1/00 F
【請求項の数】 16
(21)【出願番号】P 2018537363
(86)(22)【出願日】2017-08-30
(86)【国際出願番号】 JP2017031246
(87)【国際公開番号】W WO2018043596
(87)【国際公開日】2018-03-08
【審査請求日】2020-06-01
(31)【優先権主張番号】P 2016168543
(32)【優先日】2016-08-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】304027279
【氏名又は名称】国立大学法人 新潟大学
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【弁理士】
【氏名又は名称】赤井 厚子
(74)【代理人】
【識別番号】100151301
【弁理士】
【氏名又は名称】戸崎 富哉
(72)【発明者】
【氏名】下畑 享良
(72)【発明者】
【氏名】金澤 雅人
【審査官】横田 倫子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2010/116665(WO,A1)
【文献】Acta Pharmacologica Sinica, 2013, Vol.34, p.6-7
【文献】Immunity, 2013, Vol.38, p.570-580
【文献】J Cereb Blood Flow Metab., 2007, Vol.27, p.488-500
【文献】生化学, 2008, 2P-1072
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/00
A61P
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
血管新生の促進および軸索伸展の促進のための細胞製剤の製造方法であって、ミクログリアおよび/または単球を含む細胞群を、酸素濃度1%未満の低酸素濃度および糖濃度1.0g/L以下の低糖濃度の条件下で、12時間以上24時間未満培養することにより、血管新生の促進および軸索伸展の促進能力を有するミクログリアおよび/または単球を生成することを含む、方法。
【請求項2】
前記細胞製剤が脳血管障害、虚血性心疾患または外傷性脳脊髄神経障害の治療用である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記単球を含む細胞群は、末梢血細胞又はその細胞分画である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記単球を含む細胞群は、末梢血から採取した単核球を含む画分である、請求項1~3の何れか1項に記載の方法。
【請求項5】
低酸素濃度は、0.1~0.4%の酸素濃度である、請求項1~4の何れか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記培養時間が約18時間である、請求項1~5の何れか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記培養物を洗浄した後、容器に封入することをさらに含む、請求項1~6の何れか1項に記載の方法。
【請求項8】
請求項1~7の何れか1項に記載の方法により生成された培養物を含む、脳血管障害、虚血性心疾患または外傷性脳脊髄神経障害の治療のための細胞製剤。
【請求項9】
請求項1~7の何れか1項に記載の方法により生成された培養物を含む、血管新生の促進および軸索伸展の促進のための細胞製剤。
【請求項10】
脳血管障害、虚血性心疾患または外傷性脳脊髄神経障害の治療のため細胞製剤の製造方法であって、単球を含む細胞群を、酸素濃度1%未満の低酸素濃度および糖濃度1.0g/L以下の低糖濃度の条件下で、12時間以上24時間未満培養することにより、血管新生の促進および軸索伸展の促進能力を有する単球を生成することを含む、方法。
【請求項11】
前記単球を含む細胞群は、末梢血細胞又はその細胞分画である、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記単球を含む細胞群は、末梢血から採取した単核球を含む画分である、請求項10または11に記載の方法。
【請求項13】
低酸素濃度は、0.1~0.4%の酸素濃度である、請求項10~12の何れか1項に記載の方法。
【請求項14】
前記培養時間が約18時間である、請求項10~13の何れか1項に記載の方法。
【請求項15】
前記培養物を洗浄した後、容器に封入することをさらに含む、請求項10~14の何れか1項に記載の方法。
【請求項16】
請求項10~14の何れか1項に記載の方法により生成された培養物を含む、脳血管障害、虚血性心疾患または外傷性脳脊髄神経障害の治療のための細胞製剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば脳梗塞などにより損傷を受けた組織の修復及び再生に有効な細胞製剤およびその製造方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
脳梗塞は、脳局所の虚血性壊死によって生じる脳機能障害を指し、救急治療の必要な疾患であり、癌及び心臓病と並んで3大死因の一つである。脳梗塞は、作用機序の面から、血栓性、塞栓性、血行力学性に分類され、また臨床所見の側面からはアテローム血栓性脳梗塞、心原性脳塞栓症、ラクナ梗塞などに分類される。
【0003】
虚血は、動脈硬化など脳血管病変、又は心原性血栓により局所脳血流が遮断されることにより起こり、虚血中心部位ではエネルギー枯渇による神経細胞死が引き起こされる。虚血後、神経再生に乏しく、慢性期には症状の回復は現状では難しく、半数が何らかの後遺症をきたす。虚血中心の辺縁部位の神経再生の過程として、血管再生がその引き金となると想定されている。そこを標的として治療法の開発が望まれている。
【0004】
脳梗塞の治療に関して様々な試みがされているが、十分なものではなく、近年は生体細胞を用いた治療方法が試みられている(特許文献1および2、ならびに非特許文献1参照)。
【0005】
特許文献1には、骨髄または血液から採取された間葉系幹細胞を含む細胞を、ヘパリン等の抗凝固剤を用いずに採取し、これを用いて脳梗塞等の疾患を治療する方法が記載されている。特許文献2には、MUSE細胞を用いた脳梗塞の治療方法が記載されている。
【0006】
また、マウスの脳梗塞モデルで骨髄由来単球(CD115陽性細胞)を静脈投与することで、本細胞が梗塞巣に移行することと、その効果が確認されているが、その効果は十分なものではなかった(非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】国際公開第2009/034708号
【文献】特開2015-159895号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】Somsak Wattananit "Monocyte-Derived Macrophages Contribute to Spontaneous Long-Term Functional Recovery after Stroke in Mice" The Journal of Neuroscience, 13 April 2016,36(15): 4182-4195; doi: 10.1523/JNEUROSCI.4317-15.2016
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、上記特許文献1および特許文献2に記載の細胞製剤では、骨髄液を採取する必要があるため、患者の負担が大きく、また、間葉系幹細胞を取得するためには長期間の培養を必要とするという問題がある。また、上記非特許文献1の骨髄由来の単球の投与では、梗塞領域への移行は確認できたが、脳梗塞などの治療の効果が不十分であるという問題がある。
【0010】
本発明は、従来における前記諸問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、本発明は、患者の負担が少なく安全性が高く、脳梗塞の治療効果が高い細胞製剤とその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、低酸素低糖(OGD)処理したミクログリアまたは単球を含む単核球細胞を投与することにより、脳梗塞発症後の悪化を防ぎ、血管新生および軸索伸展を促進することで脳梗塞を治療できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
すなわち、本発明は、以下の通りである。
【0012】
<1>本発明は、虚血性脳疾患、心筋梗塞、脳出血及び脳脊髄外傷性神経障害から選ばれる疾患の治療のための細胞培養物の製造方法であって、ミクログリアおよび/または単球を含む細胞群を、低酸素濃度および/または低糖濃度の条件下で培養することにより前記培養物を生成することを含む、方法である。
【0013】
<1a>本発明は、血管新生の促進または軸索伸展の促進のための細胞培養物の製造方法であって、ミクログリアおよび/または単球を含む細胞群を、低酸素濃度および/または低糖濃度の条件下で培養することにより前記培養物を生成することを含む、方法である。
<2>前記いずれかの方法において、少なくとも低糖濃度条件下で該細胞群を培養することが好ましい。
<3>前記いずれかの方法において、好ましくは、該細胞群は基本培地中で培養される。
<4>例えば、前記単球を含む細胞群は、末梢血細胞またはその分画である。
<4a>または、前記単球を含む細胞群は、末梢血から採取した単核球を含む画分である。
<5>また、低酸素濃度は、1%未満の酸素濃度であってもよい。
<6>また、低糖濃度は、1.0g/L以下の糖濃度であってもよい。
<7>また、前記培養物の生成では、前記細胞群を低酸素濃度かつ低糖濃度の条件下で24時間未満培養してもよい。
<8>また、前記細胞製剤の製造では、さらに、生成された前記培養物を洗浄し、洗浄された前記培養物を容器に封入してもよい。
【0014】
<9>本発明は、虚血性脳疾患、心筋梗塞、脳出血及び脳脊髄外傷性神経障害から選ばれる疾患の治療に十分な血管新生の促進および/または軸索伸展の促進能力を有するミクログリアおよび/または単球を含む、虚血性脳疾患、心筋梗塞、脳出血及び脳脊髄外傷性神経障害から選ばれる疾患の治療のための細胞製剤である。
<9a>本発明は、ミクログリアおよび/または単球を含む細胞群を、低酸素濃度および/または低糖濃度の条件下で培養することにより生成された培養物を含む、虚血性脳疾患、心筋梗塞、脳出血及び脳脊髄外傷性神経障害から選ばれる疾患の治療のための細胞製剤である。
【0015】
<10>本発明は、ミクログリアおよび/または単球を含む細胞群を、低酸素濃度および/または低糖濃度の条件下で培養することにより生成された培養物を含む、血管新生の促進または軸索伸展の促進のための細胞製剤である。
【0016】
<11>本発明は、ミクログリアおよび/または単球を含む細胞群を、低酸素濃度および/または低糖濃度の条件下で培養することにより生成された、治療上有効量のミクログリアおよび/または単球を含む培養物を、対象に投与することを含む、虚血性脳疾患、心筋梗塞、脳出血及び脳脊髄外傷性神経障害から選ばれる疾患の治療方法である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、ミクログリアまたは単球を低酸素濃度および/または低糖濃度の条件下できわめて短期間培養するのみで、血管新生や軸索伸展の促進能を該細胞に付与し得るので、虚血脳疾患や心筋梗塞の発症早期から治療が可能である。しかも、間葉系幹細胞や骨髄幹細胞を用いる場合のように、細胞調整施設(CPC)内での実施という制限がないので、広く一般の医療機関で利用可能である。また、培養に血清や増殖因子などを必要としないので、安価にかつ安全に細胞製剤を提供することができる。
さらに、末梢血由来の単球を含む細胞群を用いる場合には、骨髄液を採取する必要がないため、脳梗塞の治療において患者の負担を軽減し安全性を高めることができる。
一方、脳出血又は脳脊髄外傷患者の場合、血腫除去手術後、血腫周辺の破壊された白質から容易にミクログリアを採取することができるので、患者の脳や脊髄から直接採取したミクログリアに本発明を適用することにより、前記疾患の治療が可能となる。
また、低酸素濃度および/または低糖濃度の条件下での培養を行うため、血管新生および軸索伸展をより促進することができ、治療効果を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1図1は、OGD前処理済みミクログリア移植後の一過性局所脳虚血ラットモデルにおける神経学的転帰の改善結果の一例を示す図である。
図2図2は、OGD前処理済みミクログリア移植後の一過性局所脳虚血ラットモデルにおける神経学的転帰の改善結果の他の例を示す図である。
図3図3は、OGDによって前処理されたマウス初代培養ミクログリアの特性を示す図である。
図4図4は、OGDによって前処理されたマウス初代培養ミクログリアの他の特性を示す図である。
図5】OGD前処理済みミクログリアの移植によって促進される、脳虚血後28日目のVEGFの強度を示す図である。
図6】OGD前処理済みミクログリアの移植によって促進される、脳虚血後28日目のMMP-9の強度を示す図である。
図7】OGD前処理済みミクログリアの移植によって促進される、脳虚血後28日目のTGF-βの強度を示す図である。
図8図8は、単位体積あたりのCD31ボリュームの免疫反応性を表す図である。
図9図9は、単位体積あたりのSMI31のボリュームの免疫反応性を表す図である。
図10図10は、大脳皮質からのコンドロイチン硫酸プロテオグリカン/ニューロングリア抗原2(CSPG/NG2)の、虚血後28日目および虚血前のラットにおける相対強度を表す図である。
図11図11は、脳虚血後のOGD前処理済みミクログリア移植のメカニズムを示す図である。
図12図12は、細胞製剤の製造方法を示すフローチャートである。
図13図13は、OGD前処理済み末梢血単核球(PMNC)移植後の一過性局所脳虚血ラットモデルにおける神経学的転帰の改善結果の一例を示す図である。図中、「#」はコントロールに対してp<0.05であることを示す。
図14図14は、一過性局所脳虚血ラットモデルにおける神経学的転帰の改善における、OGD前処理済みPMNCの移植細胞数依存性を示す図である。図中、「#」はコントロールに対してp<0.05であることを示す。
図15図15は、OGD前処理済みPMNCを移植した一過性局所脳虚血ラットモデルの脳虚血病変部における血管新生の促進を示す図である。上パネルは血管新生マーカーであるCD31の免疫染色とDAPIによる核染色との二重染色像であり、下パネルは、該染色結果から血管体積を算出しグラフ化したものである。
図16図16は、OGD前処理済みPMNCを移植した一過性局所脳虚血ラットモデルの脳虚血病変部における神経軸索伸展の促進を示す図である。上パネルは神経軸索マーカーであるSMI31の免疫染色とDAPIによる核染色との二重染色像であり、下パネルは、該染色結果から神経軸索体積を算出しグラフ化したものである。
図17図17は、ヒトPMNCにおけるVEGFの産生(A)及び分泌(B)に及ぼす低酸素刺激(OD)、低糖刺激(GD)又は低酸素低糖刺激(OGD)の効果を示す図である。(A)各刺激後の細胞抽出液(上パネル)及び培養上清(下パネル)のウェスタンブロット像(左)とVEGFの相対的バンド強度(右)をグラフ化したものを示す。(B)各刺激後の培養上清に対するELISAの結果をグラフ化したものを示す。図中、「**」はp<0.01、「*」はp<0.05であることを示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
(本発明の基礎となった知見)
【0020】
虚血性脳卒中患者の生存者の半分以上は、運動機能障害に苦しむため、亜急性と慢性期での脳卒中患者の機能回復を促進するための方法を確立することが必要である。しかしながら、治療薬を開発するための様々なアプローチはされているが、現在のところ十分な治療薬はなく、物理的なリハビリが、虚血性脳卒中患者の機能回復を促すための唯一の治療選択肢のままである。
【0021】
骨髄単核細胞または骨髄由来間葉系幹細胞/間質細胞を用いた細胞治療は、亜急性期及び慢性期の脳卒中患者の機能回復を促すための別の治療方法であるかもしれない。神経前駆細胞、骨髄間質細胞、間葉系幹細胞を用いた細胞ベースの治療のメカニズムの一つは、VEGFまたは脳由来神経栄養因子(BDNF)の分泌を介して血管新生を誘導する。細胞治療後の軸索伸展も報告されている。しかし、最近の多無作為化比較試験では、虚血性脳卒中に対する骨髄単核幹細胞の静脈内投与の有益な効果がなかったことが実証されている。また、虚血性脳卒中患者は、再発予防のため抗凝固剤または抗血小板療法を行うため、骨髄から幹細胞を採取することは、技術的に困難である。また、骨髄由来細胞は、血液脳関門(BBB)を透過せず、脳内に移行しない場合がある。
【0022】
そこで、本発明者らは、ミクログリア細胞が、中枢神経系(CNS)における上記増殖因子の主要な供給源であるので、ミクログリアを用いた細胞療法が別の有望な治療方法であるかもしれない、と考えた。これまでのいくつかの研究では、ミクログリアが急性期における脳梗塞体積を拡張していることを実証しているが、亜急性期及び慢性期における脳虚血後のミクログリアは、組織および血管のリモデリングを介して保護の役割を果たしていることが知られている。
【0023】
この保護的なミクログリアは、M2ミクログリアと呼ばれ、その保護効果は、脳虚血後の血管形成及び軸索伸展を促進することができるVEGFとBDNF、マトリックスメタロプロテイナーゼ-9(MMP-9)、およびトランスフォーミング増殖因子β(TGF-β)などのリモデリング因子を分泌することによって引き起こされると考えられる。また、移植されたミクログリアは、特に脳虚血状態で、BBBを通過して脳内に移行することができる。
また、血液中の単球が脳内に移行しミクログリアに分化することも知られている。
【0024】
本発明者らは、上記の知見に基づいて、OGDで予め調整されて末梢投与されたミクログリアまたは単球は、BBBを通過して脳実質内に移行し、リモデリング因子を分泌し、亜急性期における局所脳虚血に対する血管新生及び軸索伸展の促進を介して、多面的な治療効果を発揮することができると、仮定した。
【0025】
本発明者らは、その仮説を検証するために、OGD処理されたミクログリアまたは末梢血単核球(PMNC)を、一過性局所脳虚血のラットモデルに投与したところ、ミクログリアまたは単球がBBBを通過して脳内に移行し、血管新生および軸索伸展の促進を介して脳の機能回復を促すことができることを見出した。
【0026】
本発明者らはまた、ヒトPMNCをOGD処理した場合と、低酸素(OD)または低糖(GD)のいずれか一方の刺激を行った場合とで、該細胞集団における該血管新生のための液性因子であるVEGFの産生量・分泌量を比較したところ、OGD処理、GD処理、OD処理の順で、いずれも無刺激の場合よりもVEGF産生量が高く、OGD処理、GD処理では、OD処理に比べてVEGFの分泌量が顕著に高いことが明らかとなった。
【0027】
本発明は、血管新生の促進または軸索伸展の促進のための細胞培養物、特に脳血栓や脳梗塞等の虚血性脳疾患(脳梗塞)または脳内出血やクモ膜下出血等の出血性脳障害(脳出血)、心筋梗塞等の虚血性心疾患、あるいは、脳脊髄外傷性神経障害の治療のための前記培養物の製造方法(以下、「本発明の製造方法」ともいう。)を提供する。当該方法は、ミクログリアおよび/または単球を含む細胞群を、低酸素濃度および/または低糖濃度の条件下で培養することにより前記培養物を生成することを含む。
本発明の製造方法において使用される細胞群は、ミクログリア又は単球を含んでいる細胞群であれば、その由来に特に制限はなく、ヒト又は他の哺乳動物(例、マウス、ラット、イヌ、ネコ、サル、ウシ、ブタ等)から適宜採取することができる。ミクログリアを含む細胞は、例えば、大脳などの神経組織を分散し、血清添加培養液を用いて接着性の細胞培養容器で培養する。これにより、まず培養容器表面にアストロサイトを主とするグリア細胞が増殖し単層状になる。この後にミクログリアの増殖が容易に認められる状態になるが、これを採取し、培養することによりミクログリアの培養試験系を作ることが出来る。この細胞採取時には培養容器を振とうする方法が、よく用いられる。これは単層アストロサイト培養細胞上に接着しているミクログリアを遊離させるため物理的刺激を加えるもので、より多くの細胞を採取することが出来る。また大脳などの神経組織の分散液から直接、又は上記方法で得られたミクログリア細胞画分を、CD115を指標に、抗CD115抗体を用いたMACSやFACSによりミクログリアを精製することもできる。また、単球や造血幹細胞等の前駆細胞や幹細胞から分化させることにより得ることができる。
ヒトへの適用においては、例えば、脳出血や脳外傷により外科的手術を必要とする患者において、血腫除去後に、神経内視鏡を用いて、血腫周辺の破壊された白質を切除し、該白質内に遊走したミクログリアを単離して使用することができる。ヒトからのミクログリアの採取は高侵襲性で本来難しいが、上記の場合、手術により必然的に採取される破壊された白質をソースとするので、十分に許容され得る。
【0028】
単球を含んでいる細胞群としては、公知の方法で得られた骨髄由来の単核球画分又は末梢血由来の単核球画分を用いることができる。低侵襲性であること、虚血性疾患の場合、通常再発防止のために抗凝固・抗血栓療法を実施するため、骨髄液採取が困難であることを考慮すると、末梢血由来の単核球画分がより好ましい。単核球画分は、骨髄液や末梢血から、例えば、フィコール密度勾配遠心を用いて自体公知の方法により分離精製することができる。更に、例えば抗CD14抗体を用いてMACSやFACSにより単球を生成し用いることもできる。また、造血幹細胞や多能性幹細胞から分化させて用いることもできる。
【0029】
本願における低酸素低糖処理(OGD処理)とは、上記細胞群を通常の培養条件に比べて、低酸素、低糖の培地で培養する処理をいう。OGD処理の条件は、本願で使用するミクログリア又は単球を含む細胞群の種類により適宜選択されるが、VEGF、TGF-β、MMP-9の生産量を指標に、その発現量が極大化している条件の前後で選択できる。例えば、CD115陽性のラットマイクログリア画分においては、本実施例の条件の培養チャンバーを密閉し、無酸素雰囲気下、1.0g/L グルコースを含むDMEM培地で培養した場合、低酸素チャンバー内の酸素濃度は、1時間で1%未満に減少し、4時間で0.1~0.4%に減少し、実験を通して維持された。OGDの下での24時間の培養は、細胞死を引き起し、OGDの下での18時間の培養は、ヨウ化プロピジウムアッセイおよび乳酸脱水素酵素アッセイによって評価すると、細胞死を引き起こさなかった。また、M2ミクログリアは、OGDの培養開始後12時間から検出され始め、24時間で最大に増加し、その後、著しく低下した。したがって、上記の条件では18時間前後(例、18±6時間)のOGD処理が望ましい。
【0030】
本発明において、「低酸素濃度」とは、好ましくは、脳梗塞局所における酸素濃度を模倣する濃度を意味し、例えば、1%未満であり、より好ましくは0.1~0.4%である。1%を超える低酸素濃度(例、2~10%)での培養は、ES細胞の未分化維持やiPS細胞の樹立効率改善に有効であるとの報告があるが、本発明における好ましい低酸素(OD)処理は、24時間を超えるとミクログリアや単球の細胞死を引き起こすような苛酷な低酸素条件である。当該低酸素条件は、例えば、培養チャンバー内の大気を、例えば5% CO含有窒素ガスなどの無酸素不活性ガスにて置換することにより作出できる。
【0031】
本発明において、「低糖濃度」とは、好ましくは、脳梗塞局所における糖濃度を模倣する濃度を意味し、例えば、1.0g/L以下である。本発明の効果を奏するためには、糖濃度を1.0g/L以下とすれば十分であり、必要以上に糖濃度を下げても細胞の生存にとってむしろ望ましくない場合がある。当該低糖条件は、ミクログリアまたは単球を含む細胞群を、当該低糖濃度の培地中で培養することにより作出できる。培地としては、例えば、イーグル培地、最少必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、RPMI培地(例、RPMI1630、RPMI1640)、フィッシャー培地、ハム培地(例、F10、F12)、MCDB培地(例、MCDB104、MCDB107)等の周知慣用の基本培地及びそれらの混合培地を用いることができ、各基本培地の糖濃度に応じて、本発明における低糖濃度となるように適宜糖の添加量を低減させて使用することができる。例えば、DMEMの場合、低グルコース培地(1.0g/L)と高グルコース培地(4.5g/L)とが市販されているので、低グルコース培地を選択して使用することができる。あるいは、グルコース不含培地も市販されており、これに所望の低糖濃度となるように糖を添加することもできる。糖としては、ミクログリアや単球が資化できるものであれば特に制限はなく、グルコース、ガラクトース、フルクトース等が使用できるが、通常グルコースである。
【0032】
培地には、上記のような基本培地に加えて、5~20%の血清(例、ウシ胎児血清)もしくは血清代替物(例、Knockout Serum Replacement)、増殖因子(例、EGF、PDGF、IGF-I、IGF-II、インスリン、IL-1、IL-6)、アルブミン、トランスフェリン、プロテアーゼインヒビター(例、α1-アンチトリプシン)、細胞接着因子(例、フィブロネクチン、ラミニン)、脂質(例、コレステロール、リノール酸、ステロイド)、微量元素(鉄、亜鉛、亜セレン酸、マンガン、銅)等の周知慣用の培地添加物を含有してもよいが、本発明は、血清や増殖因子等の動物由来成分を添加せずとも、ミクログリアや単球に十分な血管新生及び/又は軸索伸展促進能を付与し得るので、好ましい実施態様においては、培地として、血清や増殖因子を含まない、実質的に基本培地のみからなる培地を用いることができる。高価でウイルス等の夾雑のリスクのある動物由来成分を含まないことで、安価にかつ安全な細胞製剤を提供することができる。
【0033】
これらのOGDの条件を総括すると、低酸素濃度は1%未満の酸素濃度であり、低糖濃度は1.0g/L以下の糖濃度であり、培養時間は24時間未満であると言える。また、単球または末梢血単核球画分を用いた場合には、培養時間を18時間以下にすることが好ましい。
【0034】
上記のようにして得られる細胞培養物は、そのままで、あるいは医薬上許容される担体とともに製剤化することができる。医薬上許容される担体としては、例えば、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液(例えば、D-ソルビトール、D-マンニトール、塩化ナトリウムなど)などの注射用の水性液を挙げることができる。本発明の細胞培養物を含む細胞製剤は、例えば、緩衝剤(例えば、リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液)、無痛化剤(例えば、塩化ベンザルコニウム、塩酸プロカインなど)、安定剤(例えば、ヒト血清アルブミン、ポリエチレングリコールなど)、保存剤、酸化防止剤などを配合してもよい。
【0035】
後述の実施例に示されるように、ミクログリア又は単球を含む細胞群をOGD処理した培養物は、通常の酸素濃度・糖濃度条件下で処理した培養物(あるいは、OGD処理前の該細胞群)と比較して、
(a)VEGFの分泌量が有意に高い、
(b)MMP-9の分泌量が有意に高い、及び
(c)TGF-βの分泌量が有意に高い
という物性を有することを特徴とする。VEGF、MMP-9及びTGF-βは血管新生及び軸索伸展促進作用を有するので、OGD処理した培養物を投与することにより、虚血や出血により損傷・破壊された神経組織の再生を誘導することができる。
また、ミクログリア又は単球を含む細胞群をOGD処理した培養物は、通常の酸素濃度・糖濃度条件下で処理した培養物(あるいは、OGD処理前の該細胞群)と比較して、
(d)TNF-α分泌量に対するTGF-βの分泌量の比が有意に高い、及び/又は
(e)IL-6の分泌量が有意に低い
という物性をさらに有する。即ち、炎症性サイトカインに比べて抗炎症性のサイトカインを優位に分泌することで、虚血/出血部位における炎症抑制効果を奏し得る。
従って、ミクログリア又は単球を含む細胞群をOGD処理した培養物を含む細胞製剤は、虚血性脳疾患または虚血性心疾患の治療のために使用でき、血管新生の促進や抗炎症の作用が期待できる。本願における虚血性脳疾患とは、いわゆる脳血管障害を指し、脳梗塞(脳血栓、脳塞栓)の他、出血性脳障害(脳内出血、クモ膜下出血)も含まれる。好ましい適応としては、脳梗塞があげられる。また、単球を含む細胞群をOGD処理した培養物を含む細胞製剤は、虚血性心疾患(例、心筋梗塞)等の虚血性疾患にも使用することができる。あるいは、外傷性の脳脊髄神経障害にも使用することができる。
【0036】
本発明の方法によって製造された細胞製剤を患部に送達する方法として、例えば、外科的手段による局所移植、静脈内投与、局所注入投与、皮下投与、皮内投与、腹腔内投与、筋肉内投与、脳内投与、脳室内投与、または動脈内投与などが考えられる。
【0037】
患者への細胞の注射による移植は、例えば、神経系の修復のために用いられる場合、移植する細胞を、人工脳脊髄液や生理食塩水などを用いて浮遊させた状態で注射器に溜め、手術により損傷した神経組織を露出し、この損傷部位に注射針で直接注入することにより行うことができる。また、損傷部位の近傍へ移植してもよく、また、脳脊髄液中への注入によっても効果が期待できる。さらに、静脈内への注入でも効果が期待できる。したがって、通常の輸血の要領での移植が可能となり、病棟での移植操作が可能である点で好適である。
【0038】
本発明の細胞製剤の投与量は、例えば、脳梗塞患者にPMNCを静脈内投与する場合、単核球数として10~10個、好ましくは5×10~10個を投与することができる。単核球に占める単球の割合は1/3~1/15程度と見積もられるので、単球数としては、上記単核級数に当該割合を乗じた数を投与すればよいと考えられる。ミクログリアの投与量も、単球の投与量に相当する細胞数が挙げられる。
【実施例
【0039】
以下に本発明の実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。なお、以下の実施例は、米国立衛生研究所の実験動物の管理と使用に関する指針の勧告に厳密に従って行われ、新潟大学動物実験倫理委員会によって承認された後に実施された。
【0040】
(局所脳虚血)
一過性局所脳虚血は、体重290~320グラムの雄性のSprague-Dawleyラットを用いて、シリコーンコートナイロンモノフィラメントにて誘導した。
【0041】
具体的には、70%亜酸化窒素と30%酸素の混合物中の1.5%ハロタンの吸入により、ラットに麻酔を誘導した。直径0.148mmのナイロンモノフィラメントを、血管閉塞のために使用した。ナイロンモノフィラメントの先端を熱で丸めた。縫合糸の末端11mmを直径0.350mmのシリコーンでコーティングした。外頸動脈を介して内頚動脈に塞栓糸を挿入することによって中大脳動脈(MCA)を閉塞した。虚血の90分後に、血流を回復するために、塞栓糸を引き抜いた。
【0042】
これにより、微小管結合タンパク質2(MAP2)の存在によって決定される虚血中心とペナンブラの領域が形成された。また、再灌流によってペナンブラの組織を救うための治療時間域は90分であった。
【0043】
(免疫蛍光染色および共焦点顕微鏡)
脳虚血後1日目、3日目、7日目、14日目、および28日目に生存したラットを、生理食塩水での心臓内灌流の後、冷0.1Mのリン酸緩衝生理食塩水(PBS;pH7.4)の冷4%パラホルムアルデヒドで灌流し、ハロタンの過剰投与で安楽死させた。
【0044】
脳を取り出し、パラフィンワックス中に包埋した。パラフィンブロックから連続切片(厚さ4μm)を切り出し、抗体を用いて染色した。また、フリーフトート切片を作成し(50μm厚)、染色した。ベクタシールド4’,6’-ジアミジノ-2-フェニルインドール(DAPI)にて核染色した。共焦点レーザー走査顕微鏡下で切片を検鏡した。虚血中心またはペナンブラに対応する大脳皮質組織をMAP2染色によって決定した。
(免疫染色による脳組織構造の定量分析)
【0045】
脳組織構造の定量分析を行うために、組織切片を、分化(CD)31(内皮細胞及び血管新生のマーカー)、MAP2(ニューロンの樹状突起のマーカー)、SMI31および成長関連タンパク質43(GAP43)(ニューロンの軸索のマーカー)、VEGF、TGF-β、およびMMP-9に対する抗体で免疫染色し、カウントした。
【0046】
(ミクログリアの初代培養細胞)
初代マウスミクログリアを採取した。具体的には、パパインで大脳皮質を消化した後、10%ウシ胎児血清(FBS)を添加したダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)中で細胞懸濁液を10日間培養させることによって、混合グリア細胞を出生後のC57BL/6マウスの大脳皮質から分離した。10日後、ミクログリアを単離するために培養フラスコを15分間振とうした。フローサイトメトリーにおけるMac-1(CD11b/CD18)免疫反応性による評価では、これらのミクログリアの培養物の純度は99%であった。
【0047】
(末梢血単核球)
ラットまたはヒト末梢血をPBSと混和して全量35mLとし、50mLコニカルチューブ中のフィコール(GEヘルスケアジャパン Ficoll-Paque Premium 1.084)15mL上に重層し、400×gで30分間遠心し、フィコール層上に出現するPMNC層を分離した。
【0048】
(OGD:低酸素低糖刺激、OD:低酸素刺激、GD:低糖刺激)
OGDの誘導のために、まず、血清含有培地を、二回PBSで十分に洗浄することにより、血清成分を除去した。次に、低糖培地に置換し、95%N及び5%COの混合ガスにて、低酸素チャンバー中を1時間で置換し、その後18時間閉鎖した。低糖培地には、DMEM(Dulbecco’s modified Eagles medium)を用い、その糖濃度を1.0g/Lとした。
低酸素チャンバー内の酸素濃度は、1時間で1%未満に減少し、4時間で0.1~0.4%に減少し、実験を通して維持された。
ODは低糖培地の代わりに血清不含高グルコース(4.5g/L)DMEMを用いる以外はOGDと同様に行った。GDは、チャンバー内雰囲気を5%CO、95%大気とする以外は、OGDと同様に行った。
【0049】
OGDの下での24時間の培養は、細胞死を引き起し、OGDの下での18時間の培養は、ヨウ化プロピジウムアッセイおよび乳酸脱水素酵素アッセイによって評価すると、細胞死を引き起こさなかった。また、M2ミクログリアは、OGDの培養開始後12時間から検出され始め、24時間で最大に増加し、その後、著しく低下した。したがって、本実施例では18時間のOGDを選択した。
【0050】
なお、OGDの下で培養されたミクログリアを、以下、OGD前処理済みミクログリアという。また、OGD前処理済みミクログリアと比較するために、正常な酸素濃度(例えば約20%)の下で培養されたミクログリアを、正常酸素ミクログリアという。
【0051】
(細胞移植)
本実施例では、同じ生理学的状態にするため、脳虚血後7日目に平均-2SD以下の体重のラットを除外した。1×10個のミクログリア又は1×10個もしくは1×10個のラットPMNCをPBS300μLで希釈した。脳虚血後7日目に、一過性のMCAO(中大脳動脈閉塞術)に供したラットを無作為に以下の群に割り当てた。これらの群は、ゆっくりと3分間にわたって外頚動脈(ECA)の断端を介してミクログリア又はPMNCが移植されたラットからなる細胞処理群と、同じ体積のPBSが注入されたラットからなる無細胞対照群とである。なお、細胞処理群には、OGD前処理済みミクログリア又はPMNCが移植されたラットからなるOGD前処理済みミクログリア又はPMNC移植群と、正常酸素ミクログリア又はPMNCが移植されたラットからなる正常酸素ミクログリア又はPMNC移植群とがある。さらに、OGD前処理済みPMNC移植群には、移植細胞数により、1×10個PMNC移植群と、1×10個PMNC移植群とがある。
【0052】
(感覚運動評価)
感覚運動評価は、脳虚血前と後、1日目、4日目、7日目、10日目(移植後3日目)、14日目(移植後7日目)、21日目(移植後14日目)、および28日目(移植後21日目)に、コーナーテストによって行われた。コーナーテストでは、ラットがコーナーから左右いずれかに回って脱出するテスト20回実施し、右から脱出する回数をカウントした。
【0053】
(緑色蛍光タンパク質(GFP)マウス)
移植されたミクログリアが、動脈内投与された後に、それらの有益な効果を発揮するために血液から脳実質への移行できるかどうかを判断するために、本実施例では、GFPマウスからの初代ミクログリアを用いた。GFPマウスからの初代ミクログリアをOGDによって前処理した後、動脈内にこの細胞を投与した。その後、脳虚血7日後に行った移植から、3日目および21日目に、共焦点顕微鏡検査を行った。
【0054】
(ELISA及びウェスタンブロット)
ヒトPMNCを18時間OGD、GD又はOD刺激した後、細胞と培養上清とを分離した。細胞抽出液と培養上清のそれぞれについてSDS-ポリアクリルアミド電気泳動を行い、マウス抗ヒトVEGF抗体及び標識化抗マウスIgG抗体を用いたウェスタブロットによりVEGFを定量した。内部標準としてβ-アクチン(細胞抽出液)又はトランスフェリン(培養上清)をそれぞれ用いた。また、培養上清については、ELISAによるVEGFの定量も実施した。
【0055】
(結果)
まず、局所脳虚血に対するOGD前処理済みミクログリア移植の治療効果について説明する。
局所脳虚血に対するOGD前処理済みミクログリア移植の治療効果を比較するために、局所脳虚血後の感覚運動評価によって、無細胞対照群と、OGD前処理済みミクログリア移植群の間で神経学的転帰を分析した。
図1は、OGD前処理済みミクログリア移植後の神経学的転帰の改善結果の一例を示す図である。
【0056】
OGD前処理済みミクログリア移植群のラットは、20回実施されたコーナーテストにより、無細胞対照群のラットと比較して、機能回復が大幅に改善された。つまり、脳虚血後28日目に行われた20回実施されたコーナーテストにおいて、OGD前処理済みミクログリア移植群では、約50%の割合でラットが右に回り、無細胞対照群では、約10%の割合でラットが右に回った。これは、OGD前処理済みミクログリア移植群では、無細胞対照群よりも、神経障害の改善が有意に良好であったことを示している。なお、これらの群において、脳虚血前と後7日目、14日目、21日目、および28日目における体重に有意な差はなかった。
【0057】
次に、局所脳虚血後の感覚運動評価によって、ミクログリアに対するOGD前処理の有無による治療効果を比較した。
図2は、OGD前処理済みミクログリア移植後の神経学的転帰の改善結果の他の例を示す図である。
OGD前処理済みミクログリア移植後のラットは、20回実施したコーナーテストにより、正常酸素ミクログリア移植後のラット(norm)と比較して、機能回復が大幅に改善された。つまり、脳虚血後28日目に行われた20回実施されたコーナーテストにおいて、OGD前処理済みミクログリア移植群では、約40%の割合でラットが右に回り、正常酸素ミクログリア移植群では、約10%の割合でラットが右に回った。これは、OGD前処理済みミクログリア移植群では、正常酸素ミクログリア移植群よりも、神経障害の改善が有意に良好であったことを示している。なお、これらの群において、脳虚血前と後7日目、14日目、21日目、および28日目における体重に有意な差はなかった。
【0058】
ここで、共焦点顕微鏡検査によって、GFPマウスからのミクログリアが動脈内に投与された後、つまり移植後の21日目には、そのミクログリアは観察されなかったが、移植後の3日目に、そのミクログリアが虚血中心とペナンブラの間の境界領域で観察された。つまり、ミクログリアが血液から脳実質への移行していることを共焦点顕微鏡検査によって確認した。
【0059】
図3は、OGDによって前処理されたマウス初代培養ミクログリアの特性を示す図である。具体的には、図3は、正常酸素状態(norm)およびOGDのそれぞれのマウス初代培養ミクログリアの培地への分泌レベルを示す。図3の(a)は、血管内皮増殖因子(VEGF)の分泌レベルを示し、(b)は、脳由来神経栄養因子(BDNF)の分泌レベルを示し、(c)は、MMP-9の分泌レベルを示す。
【0060】
図3の(a)に示すように、OGD前処理済みミクログリアの培地からのVEGFの分泌レベルは、正常酸素ミクログリアでの分泌レベルよりも著しく高いことがわかった。
【0061】
一方、図3の(b)に示すように、OGDと正常酸素状態とで、ミクログリアの培地からのBDNFの分泌レベルの差はなかった。しかし、図3の(c)に示すように、OGD前処理済みミクログリアの培地からのMMP-9の分泌レベルは、正常酸素ミクログリアでの分泌レベルより高かったことを発見した。
【0062】
図4は、OGDによって前処理されたマウス初代培養ミクログリアの他の特性を示す図である。具体的には、図4は、図3と同様、正常酸素状態(norm)およびOGDのそれぞれのマウス初代培養ミクログリアの培地からの分泌レベルを示す。図4の(a)および(b)は、トランスフォーミング増殖因子β(TGF-β)およびインターロイキン10(IL-10)といった抗炎症性サイトカインの分泌レベルを示す。図4の(c)、(d)および(e)は、IL-6、腫瘍壊死因子α(TNF-α)およびIL-1βといった炎症性サイトカインの分泌レベルを示す。図4の(f)は、TNF-αに対するTGF-βの比率を示す。
【0063】
OGD前処理済みミクログリアのサイトカインプロファイルの変化を決定するために、図4に示すように、正常酸素状態とOGDとで、ミクログリアからのいくつかのサイトカインのレベルを比較した。なお、一般的には、M1ミクログリアは、TNF-α、IL-1β、およびIL-6を分泌するが、脳保護的なM2ミクログリアは、IL-10およびTGF-βを分泌する。
【0064】
図4の(a)に示すように、OGD前処理済みミクログリアによる抗炎症性サイトカインTGF-βの分泌レベルは、正常酸素ミクログリアによる分泌レベルと比べて25倍高い。また、図4の(c)に示すように、OGD前処理済みミクログリアによる炎症性サイトカインIL-6の分泌レベルは、正常酸素ミクログリアによる分泌レベルと比べて、半分だったことが分かった。
【0065】
それとは反対に、図4の(b)に示すように、OGD前処理済みミクログリアと正常酸素ミクログリアによる抗炎症性サイトカインIL-10の分泌レベルには差はなかった。その一方、図4の(d)および(e)に示すように、OGD前処理済みミクログリアによる炎症性サイトカイン、すなわちTNF-αおよびIL-1βの分泌レベルは、正常酸素ミクログリアによる分泌レベルと比べて3倍または4倍高かった。
【0066】
図4の(f)に示すように、OGD前処理済みミクログリアからの、M1ミクログリアとM2ミクログリアとの偏りを示している、TNF-αに対するTGF-βの比率は、正常酸素ミクログリアからの比率よりも6倍高かった。このTNF-αに対するTGF-βの比率の増加は、OGD前処理後のM2ミクログリアへの偏りを示している。つまり、これらの結果は、最適なOGDの前処理が、ミクログリアを抗炎症M2サブタイプ優勢にしていくことを実証した。
【0067】
次に、OGD前処理されたミクログリアの移植によるVEGF、MMP-9、およびTGF-βの発現について説明する。
OGD前処理済みミクログリアの移植後の改善された結果が、脳実質におけるリモデリング因子(VEGF、MMP-9、およびTGF-β)の上昇によって引き起こされたかどうかを確認するために、分析を行った。すなわち、VEGF、MMP-9およびTGF-βに対する抗体を用いて、脳虚血後28日目の移植したラットの脳の免疫組織化学的分析を行った。VEGF、MMP-9、およびTGF-βの発現が虚血前のラットの脳では検出できなかったが、それらの発現は、脳虚血後の28日目(移植後21日目)の虚血中心とペナンブラ内の境界領域で観察された。
【0068】
図5図7は、OGD前処理済みのミクログリアの移植によって促進される、脳虚血後28日目の種々のリモデリングを促進する因子の発現を示す図である。図5は、VEGFの強度を示し、図6は、MMP-9の強度を示し、図7は、TGF-βの強度を示す。
【0069】
図5図7に示す免疫反応性の強度の分析は、これらのリモデリング因子の発現が、OGD前処理済みミクログリア移植群では、無細胞対照群と比べて一層顕著であったことを実証した。
【0070】
なお、VEGF及びMMP-9の発現は、ミクログリアだけでなく、虚血性ラット内の周皮細胞、内皮細胞、および神経細胞にも観察された。また、TGF-βの発現はミクログリアだけでなく、虚血ラット内の周皮細胞および神経細胞にも観測された。
【0071】
次に、OGD前処理済みミクログリア移植は、脳虚血後28日目の、虚血中心内の境界領域における血管新生と、虚血性ペナンブラにおける軸索伸展とを促進することを確認した。
まず、OGD前処理済みミクログリア移植による血管新生の促進について説明する。
【0072】
本発明者らは、OGD前処理済みミクログリア移植によるVEGF、MMP-9、およびTGF-βの発現は、血管新生を促進するものと推測した。そこで、本発明者らは、脳虚血後の28日目に、血管新生マーカー抗CD31抗体を用いた大脳皮質の免疫蛍光染色によって、OGD前処理済みミクログリア移植の血管新生に対する効果を調べた。
【0073】
図8は、単位体積あたりのCD31免疫反応性を表す図である。具体的には、そのCD31免疫反応性は、虚血後28日目における無細胞対照群とOGD前処理済みミクログリア移植群とのそれぞれの虚血中心の1μmあたりの体積(μm)として、つまり体積比率として表現される。
【0074】
共焦点顕微鏡による評価においては、図8に示すように、脳虚血後28日目(移植後21日目)において、OGDミクログリア移植群でのCD31の免疫反応性が、無細胞対照群でのCD31の免疫反応性よりも遥かに顕著であったことを明らかにした。このCD31の免疫反応性は、虚血中心を含む境界領域における単位体積当たりのCD31の免疫反応性である。なお、これらの群において、虚血性ペナンブラにおける単位体積当たりのCD31の免疫反応性に有意差はなかった。
【0075】
次に、OGD前処理済みミクログリア移植による軸索伸展の促進について説明する。
本発明者らは、ニューロフィラメントのタンパク質マーカー抗SMI31抗体を用いた脳虚血後28日目の虚血性皮質の免疫蛍光染色によって、OGD前処理済みミクログリア移植の軸索伸展に対する効果を調べた。
【0076】
図9は、単位体積あたりのSMI31の免疫反応性を表す図である。具体的には、そのSMI31免疫反応性は、虚血後28日目における無細胞対照群とOGD-ミクログリア移植群とのそれぞれの虚血ペナンブラの1μmあたりの体積(μm)として、つまり比率として表現される。
OGD前処理済みミクログリア移植群における虚血性ペナンブラでのSMI31の発現は、無細胞対照群における発現よりも顕著であった。
【0077】
なお、OGD前処理済みミクログリア移植群では、虚血性ペナンブラの他の軸索伸展マーカーGAP43の発現が、無細胞対照群における発現よりも顕著であった。対照的に、これらの群において、虚血性ペナンブラにおけるMAP2の発現に有意差はなかった。
【0078】
ここで、本発明者らは、OGD前処理済みミクログリア移植が軸索伸展を促進するメカニズムを決定するために、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CSPG)の発現を評価した。それが軸索伸展を阻害し、MMP-9によって切断され、分解されるからである。
【0079】
つまり、本発明者らは、OGD前処理済みミクログリア移植によって発現するMMP-9の増加がCSPGの発現の低下を引き起こして軸索伸展に至るという仮説を確認するために、抗CSPG/NG2抗体を用いた免疫蛍光染色を行った(NG2はCSPGの主成分である)。
【0080】
図10は、大脳皮質からのコンドロイチン硫酸プロテオグリカン/ニューロングリア抗原2(CSPG/NG2)の、偽手術群ラットにおける虚血後28日目の相対強度を表す図である。その大脳皮質には、無細胞対照群の皮質と、OGD前処理済みミクログリア移植群の皮質とがある。
【0081】
図10に示すように、脳虚血後28日目の移植したラットと偽手術群のラットにおけるCSPG/NG2のレベルを比較した。共焦点顕微鏡による評価では、移植後21日目(脳虚血後28日目)において、OGD前処理済みミクログリア移植群の虚血性ペナンブラにおけるCSPG/NG2の発現は、偽手術群および無細胞対照群における発現よりもはるかに低いことが明らかになった。
図11は、脳虚血後のOGD前処理済みミクログリア移植のメカニズムを示す図である。
【0082】
OGD前処理済みミクログリア移植は、VEGF、TGF-β、およびMMP-9を直接分泌する。これらの因子は、OGD前処理済みミクログリアが分泌するリモデリング因子を介して、常在する細胞が分泌したパラクラインによる可能性がある。これらの因子は、虚血中心で血管新生を直接促す。なお、虚血中心は、MAP2-免疫陰性部位として定義されるが、その中には不可逆的な血管新生陰性虚血中心と血管新生を認める血管新生陽性虚血中心とで構成される。
【0083】
ミクログリアからのMMP-9は、軸索伸展阻害因子であるCSPG発現を低下させる。このため軸索伸展を誘導することが容易となる。また、VEGF、TGF-β、およびMMP-9は、軸索伸展を直接誘導する可能性がある。
【0084】
単球は脳血管からBBBを通過して脳実質に移行し、ミクログリアに分化する。単球は末梢血から容易に採取することができるので、ミクログリアよりも低侵襲性に入手することができる。そこで、単球を含む末梢血単核球(PMNC)画分をOGD処理することにより、ミクログリアと同様の効果が得られるかを、ラットPMNC(1×10個)を移植した局所脳虚血ラットモデルにおける感覚運動評価により検証した。
結果を図13に示す。OGD刺激のないPMNC投与群(normoxia)では、細胞非投与群(PBS control)と有意な差はなかったが、OGD刺激PMNC投与群(OGD)では、虚血処理後28日目で有意に症状の改善を認めた。
【0085】
次に、移植するPMNC数を変動させて、OGD刺激の効果の細胞数依存性を調べた。
結果を図14に示す。OGD刺激PMNC投与群では、虚血処理後28日目で、細胞数依存的に有意に症状の改善を認めた。
【0086】
次に、OGD刺激PMNC移植による脳虚血病変部における血管新生及び神経軸索伸展を評価するために、該病変部及びその近傍の組織切片の免疫染色を行った。血管新生の評価には抗CD31抗体を、また、軸索伸展の評価には抗SMI31抗体を、それぞれ一次抗体として使用した。
結果を図15及び16に示す。OGD刺激1×10個PMNC投与群(OGD-PMNC 10^6)では、OGD刺激のないPMNC投与群(norm)に比べて、有意に血管新生及び軸索伸展が促進されていた。
【0087】
次に、低酸素刺激のみ(OD)、低糖刺激のみ(GD)に対するOGD刺激の優位性について、ヒトPMNCを用いて、VEGFの産生量・分泌量を指標として評価を行った。ヒトPMNCを18時間OD、GD又はOGD刺激し、細胞中のVEGF量及び培養上清中のVEGF量(分泌量)をウェスタンブロットにより定量した。また、培養上清については、ELISAによる定量も実施した。
結果を図17に示す。OD刺激のみでも、細胞のVEGF産生量は、OGD刺激のないPMNC投与群(norm)に比べて増加傾向にあったが、GD刺激のみの方がより高値であり、OGD刺激によりさらに高値を示し、OGD刺激のないPMNC投与群(norm)に対して有意にVEGF産生量が増大していた。一方、培地への分泌量は、OD刺激のみではコントロールに対して顕著な差は認められなかったのに対し、GD刺激のみでもコントロールに対して増加傾向が認められた。OGD刺激によりさらにVEGF分泌量は増大し、コントロールのみならず、OD刺激のみに対しても有意差を示した。
【0088】
次に、脳出血患者における血腫除去手術の際に摘出した血腫周辺の破壊された白質からミクログリアを単離し、該ミクログリアをOGD刺激した後、該患者に再移植することによる脳出血の治療プロトコルの一例を示す。
まず、神経内視鏡観察下で血腫を吸引除去した後、出血血管を同定し止血を行う。血腫腔を洗浄した後、破壊された白質を鉗子を用いて採取する。該白質の細胞を解離させた後、抗CD115抗体を用いたMACSもしくはFACSによりミクログリアを単離する。得られたミクログリアを18時間OGD刺激した後、1×10個のミクログリアをPBS中に懸濁し、患者に静脈内投与する。
【0089】
(まとめ)
以上のように、上記実施例では、ミクログリア又は単球を含む細胞群をOGD条件下で培養することによって、脳梗塞の治療、血管新生の促進、および軸索伸展の促進のための培養物を含む細胞製剤を製造することができた。また、OGDによって治療効果を高めることができた。
【0090】
ヒトPMNCを用いた実施例から明らかなように、ミクログリアや単球に血管新生及び/又は軸索伸展の促進能力を付与するためには、細胞群を虚血の状態に近づけるための刺激をその細胞群に与えればよく、そのためには、低酸素濃度および低糖濃度の何れか一方だけの条件下で細胞群を培養してもよいが、少なくとも低糖濃度の条件下で該細胞群を培養することが好ましく、OGDの条件下、つまり低酸素濃度および低糖濃度の条件下で細胞群を培養することがより好ましい。
【0091】
また、ラット及びヒトPMNCを用いた実施例から明らかなように、血管から脳実質に移行した単球がミクログリアになるため、ミクログリアの代わりに、または、ミクログリアと共に単球を含む細胞群をOGDの条件下で培養してもよい。細胞群が単球を含む場合、その細胞群は、末梢血細胞又はその細胞分画、例えば、末梢血から採取した単核球を含む画分であってもよい。したがって、細胞製剤の製造のために、骨髄液を採取する必要がないため、脳梗塞の治療において患者の負担を軽減し安全性を高めることができる。また、上記特許文献1の場合には、間葉系幹細胞を採取するため、十分な数の細胞を得ることができず、その細胞を増殖する必要があり、培養時間が長くなってしまうだけでなく、細胞調整施設(CPC)などの特殊な施設が必要となる。しかし、本発明では、末梢血から単球を容易に採取することができるため、増殖する必要がなく、培養時間を短くするとともに、CPCを持たない移植を実施する医療機関内で、移植細胞を調製することができる。
【0092】
また、上記実施例では、OGDにおいて、低酸素チャンバー内の酸素濃度を、1時間で1%未満に減少させ、4時間で0.1~0.4%に減少させてそのまま維持することによって、ミクログリア及びPMNCに、脳虚血ラットモデルにおける脳機能回復に十分な血管新生及び軸索伸展促進活性を付与することができた。これは、培養雰囲気中の平均酸素濃度が1%乃至0.4%未満であれば、本発明の効果を奏するのに十分であることを意味する。同様に、上記実施例では、OGDにおいて、糖濃度を1.0g/Lとすることによって、ミクログリア及びPMNCに上記活性を付与することができた。これは、本発明の効果を奏するためには、培地中の糖濃度が1.0g/L以下であれば十分であることを意味する。
【0093】
また、上記実施例では、細胞群をOGDの条件下で18時間培養したが、その培養時間は一例であって、24時間未満であればよい。これは、上述のとおり、M2ミクログリアが24時間で最大に増加してその後、著しく低下し、さらに、24時間で細胞死を引き起こしたからである。
【0094】
また、上記実施例によって製造された細胞製剤は、典型的には脳梗塞を治療するための細胞製剤であるが、この細胞製剤は、ミクログリア又は単球が虚血部位に到達し得る限り、脳梗塞だけでなく、いかなる虚血性疾患に対しても治療効果がある。例えば、心筋梗塞、肺梗塞または腎梗塞などに対しても治療効果がある。
また、本発明の一態様に係る細胞製剤の製造方法は、培養物の洗浄などを行ってもよい。
図12は、細胞製剤の製造方法を示すフローチャートである。
【0095】
まず、ミクログリアおよび/または単球を含む細胞群を、低酸素濃度および/または低糖濃度の条件下で培養することにより培養物を生成する(ステップS1)。次に、その培養物を洗浄する(ステップS2)。具体的には、OGDによって死滅した顆粒球またはデブリを遠心力によって培養物から分離したうえでその培養物を洗浄する。次に、その培養物をバックに封入することにより細胞製剤を製造する(ステップS3)。
【0096】
また、本発明は、図12のフローチャートによって製造された細胞製剤を患者に投与することにより、虚血性の疾患(例えば脳梗塞)を治療する治療方法であってもよい。この場合、図12のステップS3では、例えば、40mLのバックに約1×10個の細胞をに封入する。そして、その細胞製剤を例えば30分から1時間かけて静脈内に投与することによって移植を行う。なお、静脈内に限らず、動脈内または脳脊髄腔内などに細胞製剤を投与してもよい。また、腰椎穿刺投与、脳内投与、脳室内投与あるいは局所投与であってもよい。
【0097】
また、人の治療方法では、図12に示すステップS1の前に、患者から末梢血を採取し、その末梢血から、単球を含む細胞群を分離する。つまり、その細胞群は、末梢血から採取した単球を含む画分である。あるいは、その細胞群は、末梢血から採取した単核球を含む画分である。そして、その細胞群をOGDの条件下で培養することによって細胞製剤を製造し、その患者に投与する。この場合、患者である人の負担が極めて少なく、安全性が高いという効果がある。また、単球を増殖する必要が無く、薬剤の添加も必要ない。さらに、培養時間が短いため、発症早期からの治療が可能である。一方、発症から時間が経過していても治療効果が見込める。さらに、この治療は、低コストであり、静脈内投与でも効果がある。
【0098】
また、人以外の動物の治療方法では、図12に示すステップS1の前に、例えば上記実施例の(初代細胞培養)に示すように、人以外の動物の脳からミクログリアを採取し、そのミクログリアを含む細胞群をOGDの条件下で培養する。その培養によって細胞製剤を製造し、患者である人以外の動物に投与する。なお、本明細書において、単に患者と記載されている場合、その患者は人と、人以外の動物とを意味する。
【0099】
また、上記実施例によって製造される細胞製剤に含まれる培養物は、OGDの条件下で培養されたミクログリア及び/又は単球である。このように培養されたミクログリア又は単球は、出願時の技術常識を斟酌しても構造として特定できないか、少なくとも構造として特定することがおよそ現実的ではないため、添付の請求の範囲では、製造方法によりそのミクログリア又は単球を特定する場合がある。
【0100】
以上、本発明の一態様に係る細胞製剤、その細胞製剤の製造方法、および治療方法について、実施例に基づいて説明したが、本発明は、この実施例に限定されるものではない。本発明の趣旨を逸脱しない限り、当業者が思いつく各種変形を本実施例に施したものも、本発明に含まれてもよい。また、本明細書に引用する全ての刊行物及び特許文献は、参照により全体として本明細書中に援用される。
【産業上の利用可能性】
【0101】
本発明の細胞製剤は、虚血性疾患の機能回復に顕著な効果があり、その疾患の薬剤として利用可能である。
図1
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