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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-16
(45)【発行日】2022-06-24
(54)【発明の名称】薬物の経口吸収性評価方法及び装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/15 20060101AFI20220617BHJP
【FI】
G01N33/15 A
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2021521458
(86)(22)【出願日】2020-11-27
(86)【国際出願番号】 JP2020044362
(87)【国際公開番号】W WO2021215039
(87)【国際公開日】2021-10-28
【審査請求日】2021-04-29
(31)【優先権主張番号】P 2020076301
(32)【優先日】2020-04-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503420833
【氏名又は名称】学校法人常翔学園
(74)【代理人】
【識別番号】100118382
【弁理士】
【氏名又は名称】多田 央子
(74)【代理人】
【識別番号】100094477
【弁理士】
【氏名又は名称】神野 直美
(74)【代理人】
【識別番号】100078813
【弁理士】
【氏名又は名称】上代 哲司
(72)【発明者】
【氏名】山下 伸二
(72)【発明者】
【氏名】片岡 誠
(72)【発明者】
【氏名】東野 晴輝
(72)【発明者】
【氏名】高木 敏英
【審査官】海野 佳子
(56)【参考文献】
【文献】特許第6386193(JP,B2)
【文献】特開2012-037512(JP,A)
【文献】米国特許第05807115(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/15
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
薬物又は薬物含有製剤を模擬消化管液に投入し、模擬消化管液中の薬物を薬物透過性膜を介して模擬血液中に透過させ、模擬消化管液及び/又は模擬血液中の薬物濃度を測定することにより、経口投与した薬物又は製剤中の薬物の経口吸収性を評価する方法であって、模擬消化管液を収容する消化管チャンバーであって、底部に模擬胃液溜まりが設けられ、濃縮模擬小腸液を内部に注入する機構を備えた消化管チャンバーと、消化管チャンバー内を撹拌する機構を用いて、模擬胃液溜まりに模擬胃液と薬物又は薬物含有製剤を投入した後、濃縮模擬小腸液注入機構により濃縮模擬小腸液を模擬胃液に注入しながら、生成する模擬消化管液を撹拌することにより模擬消化管液の状態を胃内から小腸内へと経時的に変化させると共に、模擬胃液溜まりより上部に位置する薬物透過性接続部で消化管チャンバーと接続された、模擬血液を収容する血管チャンバーを用い、薬物透過性接続部には、薬物透過性膜がその面方向が水平方向に対して傾きを持つように設置されて消化管チャンバーと血管チャンバーとを区分するようにしておき、濃縮模擬小腸液注入機構により濃縮模擬小腸液を模擬胃液に注入することにより、生成する模擬消化管液の液面を上昇させて、模擬消化管液と薬物透過性膜との接触面積を経時的に増大させることを特徴とする、薬物経口吸収性評価方法。
【請求項2】
血管チャンバーが模擬血液を内部に注入する機構を備え、この注入機構を用いて、消化管チャンバー内の液面の高さに血管チャンバー内の液面の高さを一致させるように、模擬血液を血管チャンバー内に注入する、請求項に記載の方法。
【請求項3】
模擬消化管液中の薬物濃度及び/又は模擬血液中の薬物濃度を経時的に測定し、模擬消化管液の初期薬物濃度上昇速度及び/又は模擬血液の初期薬物濃度上昇速度と模擬血液の薬物濃度-時間曲線下面積を算出することで、薬物の経口吸収性を評価する、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
経時的に変化を受ける模擬消化管液の状態が、pH、組成、及び容量である、請求項1~の何れかに記載の方法。
【請求項5】
消化管チャンバーと血管チャンバーを有し、消化管チャンバーの底部には模擬胃液溜まりが設けられており、消化管チャンバーと血管チャンバーは、模擬胃液溜まりより上部に設けられた、薬物透過性接続部で接続されており、薬物透過性接続部は、薬物透過性膜が、その面方向が水平方向に対して傾きを持つように設置されて、消化管チャンバーと血管チャンバーとを区分するものであり、消化管チャンバーは、濃縮模擬小腸液を内部に注入する注入口を備え、血管チャンバーは、模擬血液を内部に注入する注入口を備え、消化管チャンバー内に収容される模擬消化管液を撹拌する撹拌機を備えることを特徴とする、薬物経口吸収性評価装置。
【請求項6】
濃縮模擬小腸液を消化管チャンバーの注入口から注入するための自動送液装置、及び/又は模擬血液を血管チャンバーの注入口から注入するための自動送液装置を備える、請求項に記載の装置。
【請求項7】
(a)模擬消化管液及び/若しくは模擬血液を自動でサンプリングする装置、(b)模擬消化管液及び/若しくは模擬血液を自動でサンプリングして自動で薬物測定装置にアプライする装置、又は(c)模擬消化管液及び/若しくは模擬血液を自動でサンプリングして自動で薬物測定装置にアプライし薬物濃度測定装置により自動で薬物濃度を測定する自動モニタリング装置を備える、請求項又はに記載の装置。
【請求項8】
少なくとも消化管チャンバー内の模擬消化管液の温度及び/又は血管チャンバー内の模擬血液の温度を一定に保持できる温度調節装置を備える、請求項の何れかに記載の装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、経口投与される薬物の消化管からの吸収性を精度よく評価する方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
同じ薬物を含む二つの製剤が生物学的に同等であり、投与後同じ治療効果を期待できることを示すための試験 (生物学的同等性試験、以下、「BE(Bioequivalence)試験」ということもある。)は、後発医薬品の認可、あるいは新規医薬品の臨床試験時の製剤変更などに際して実施され、特に後発医薬品開発では最重要なプロセスである。新規に調製された製剤である被験製剤が既存の製剤である標準製剤と生物学的に同等であることを示す、即ちBE試験に適合するためには、経口剤については、製剤投与後の薬物の血中濃度を経時的に測定し、薬物の血中濃度推移から算出した最高血中濃度(Cmax)、及び血中濃度-時間曲線下面積(AUC)の製剤間差が一定の範囲内にあることが要求される。Cmaxは薬物の吸収速度の指標であり、AUCは薬物の吸収量の指標である。
【0003】
我が国における経口剤のBE試験では、先ず、試験製剤及び標準製剤からの薬物の溶出性について、in vitroでの検証を行い、そこで溶出が類似と判断された場合にヒトにおける臨床試験を実施する。ヒトBE試験の前に製剤からの薬物溶出性を検証する方法として、パドル法、回転バスケット法、フロースルーセル法などが第17改正日本薬局方に定められている。しかし、これらの試験法は実際の消化管内の生理状態を反映しているとは言い難く、また薬物の溶出性のみの評価であることから、全身循環血中への吸収性を含めた高い精度での検証は難しい。
【0004】
経口投与された固形製剤が血液中に吸収されるプロセスとして、まず製剤は胃に滞留し、そこで製剤の崩壊、製剤からの薬物の溶出が始まる。製剤は薬物を溶出しながら胃から小腸へと移行する。溶出した薬物も同様に移行しながら胃・小腸内の溶液中に溶解し吸収される。一般に薬物は胃からはほとんど吸収されないため、薬物が小腸へ移行した時点から吸収が始まる。この時、胃から小腸への移行に伴って、溶液のpHが酸性pHから中性pHへと変化するため、溶液中の薬物はpHに従って溶解あるいは再析出する。小腸から吸収される薬物は、小腸内の溶液中に溶解した薬物のみであるため、消化管内での溶解・析出のプロファイルは薬物の吸収速度および吸収量に大きく影響する。さらに、小腸からの吸収に関わる有効な小腸粘膜の表面積は、溶液の移行に伴って経時的に増加するため、特に吸収開始直後の薬物吸収速度に影響を及ぼす。
従って、in vitroにおいて製剤間での薬物吸収速度および吸収量の違いを精度値良く評価するためには、上記の様なin vivoでの製剤の消化管内挙動を再現可能なシステムの構築が必要である。
【0005】
従来より、in vivoでの製剤の消化管内挙動の予測を目的としたin vitroの装置が種々開発されている。
例えば、非特許文献1は、送液ポンプを用いて、胃、十二指腸、空腸を模した複数のベッセルに薬物含有液を順に送液し、それに伴う薬物の溶出、溶解、析出などの経時的変化を観察するシステム((Gastrointestinal Simulator (GIS))を記載している。
しかし、GISは、ベッセル間を接続するチューブがヒトの体内には存在しないものであるため、チューブ内の固形の製剤粒子の移動効率の差によって製剤間差が生じる可能性があり、in vivoにおける製剤の挙動を正確に再現できない。例えば、送液中の製剤粒子の機械的粉砕の程度や移動速度の製剤間の違いが評価結果に影響を与える。また、不溶性粒子を移動させ難い点でヒト消化管と異なる。さらに、GISは膜透過のプロセスを含まないため、実際の吸収量に関する評価はできない。また、ベッセル中の液の液性や移動を制御するためのコンピュータシステムを含めて、複雑かつ高額なシステム構築が必要である。また、スループットが遅いため、多くの被験製剤を評価するためには相当の時間を要する。
【0006】
また、非特許文献2は、消化管チャンバーと血管チャンバーとの間を、小腸上皮細胞モデル膜を介して接続した装置を用い、消化管チャンバー内の溶液に被験薬物を投入して撹拌し、小腸上皮細胞モデル膜を透過して血管チャンバー内の溶液に移行した薬物の濃度を測定するシステム(Dissolution Permeation System (D/P system))を記載している。
D/P systemは、膜透過した薬物の濃度を測定するため、薬物吸収量の評価には適している。しかし、D/P systemでは、消化管チャンバー内の溶液として胃内を模した溶液又は小腸内を模した溶液といった一定の組成の溶液を用いるため、薬物が消化管内を移動することによる溶液組成やpHなどの環境の変化を再現できない。また、薬物の移行に伴う小腸粘膜の薬物吸収有効面積の増加を再現できない。従って、実際のヒトin vivoにおける薬物の溶出、溶解、及び吸収の経時的な推移を再現することはできない。特に、吸収速度(Cmax)の製剤間での違いに関する精度の高い評価は難しい。
【0007】
また、特許文献1は、回転するパドルを内部に設置した消化管ベッセル中に、チャンバー壁の一部を消化管モデル膜で構成した血管チャンバーを収容した装置を用い、消化管ベッセル内の溶液に被験製剤を投入して撹拌し、消化管モデル膜を透過して血管チャンバー内の溶液に移行した薬物の濃度を測定するシステム(In vitro Dissolution Absorption System 2 (IDAS2))を開示している。
IDAS2は、製剤から薬物が溶出した後、膜透過した薬物の濃度を測定するため、薬物吸収量の評価には適している。しかし、IDAS2では、消化管ベッセル内の溶液のpHを、胃内を模したpHから小腸内を模したpHの2段階に変化させるため、製剤の胃から小腸への移行速度、及びそれに伴う経時的な環境溶液pHの変化を再現できない。また、薬物の移行に伴う小腸粘膜の薬物吸収有効面積の増加を再現できない。従って、実際のヒトin vivoにおける薬物の溶出、溶解、及び吸収の経時的な推移を再現することはできない。特に、吸収速度(Cmax)の製剤間での違いに関する精度の高い評価は難しい。また、GIS同様、チャンバーの設置を行うための大掛かりな装置が必要であり、汎用性に乏しい。
【0008】
さらに、現在、我が国の生物学的同等性試験ガイドラインは改定が進められており、今後は絶食時のみでなく、食後でのヒト同等性試験が要求される見通しである。絶食時と摂食時とでは消化管内の液組成、pHや移動速度など多くの生理的要因が異なるため、所望の条件下で製剤からの薬物の溶出、溶解、吸収を評価できるシステムが求められる。
従来のシステムの難点を解消した、簡便かつ精度良く経口製剤の生物学的同等性を評価できるin vitroシステムの開発は、今後の医薬品開発において極めて重要な位置づけとなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特許第6386193号
【非特許文献】
【0010】
【文献】Tsume et al., Eur. J. Pharm. Sci. 76, 203-212,(2015)
【文献】Kataoka et al., Biol. Pharm. Bull. 34(3) 401-407 (2011)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、薬物又は薬物含有製剤をヒトに経口投与した後の、薬物の全身循環血中への吸収性(吸収速度及び吸収量)を精度よく評価できる方法及び装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、上記課題を解決するために研究を重ね、薬物又は薬物含有製剤を模擬消化管液(消化管内の溶液の組成やpH等を模して調整した溶液)に投入し、模擬消化管液中の薬物を薬物透過性膜を介して模擬血液中に透過させ、模擬消化管液及び/又は模擬血液中(血液の組成やpHを模して調整した溶液あるいはオクタノールなどの溶媒で、血管側チャンバー内に注入して用いる溶液)の薬物濃度を測定することにより、経口投与した薬物又は製剤中の薬物の経口吸収性を評価する方法において、薬物又は薬物含有製剤を投入するときの模擬消化管液を模擬胃液(胃内の溶液の組成やpH等を模して調整した溶液)とし、胃内から小腸内への環境変化を模すために、模擬消化管液の液性、組成、容量を模擬胃液から模擬小腸液(小腸内の溶液の組成やpH等を模して調整した溶液)へと任意の速度で変化させると共に、模擬消化管液と薬物透過性膜との接触面積を経時的に増大させる方法が上記課題を解決できることを見出した。
【0013】
上記方法では、経時的に、模擬消化管液の液性、組成、容量などの状態を胃内から小腸内へと変化させることにより、実際にヒトに投与された薬物がおかれる消化管内環境を再現することができる。従って、ヒト消化管内での製剤の崩壊、薬物の溶出及び溶解を精度よく再現することができる。
また、胃から小腸内に移動した薬物は、小腸内を移動するに従い、小腸粘膜との接触面積が大きくなり、その分薬物吸収速度が増大する。上記方法では、経時的に、模擬消化管液と薬物透過性膜との接触面積を増大させることにより、薬物の吸収量(AUC)だけでなく、薬物の吸収速度(Cmax)を評価することができる。
【0014】
本発明は、上記知見に基づき完成されたものであり、下記〔1〕~〔10〕を提供する。
〔1〕 薬物又は薬物含有製剤を模擬消化管液に投入し、模擬消化管液中の薬物を薬物透過性膜を介して模擬血液中に透過させ、模擬消化管液及び/又は模擬血液中の薬物濃度を測定することにより、経口投与した薬物又は製剤中の薬物の経口吸収性を評価する方法であって、模擬消化管液の状態を胃内から小腸内へと経時的に変化させると共に、模擬消化管液と薬物透過性膜との接触面積を経時的に増大させることを特徴とする、薬物経口吸収性評価方法。
〔2〕 模擬消化管液を収容する消化管チャンバーであって、底部に模擬胃液溜まりが設けられ、濃縮模擬小腸液を内部に注入する機構を備えた消化管チャンバーと、消化管チャンバー内を撹拌する機構を用いて、模擬胃液溜まりに模擬胃液と薬物又は薬物含有製剤を投入した後、濃縮模擬小腸液注入機構により濃縮模擬小腸液を模擬胃液に注入しながら、生成する模擬消化管液を撹拌することにより模擬消化管液の状態を胃内から小腸内へと経時的に変化させる、〔1〕に記載の方法。
〔3〕 模擬胃液溜まりより上部に位置する薬物透過性接続部で消化管チャンバーと接続された、模擬血液を収容する血管チャンバーを用い、薬物透過性接続部には、薬物透過性膜がその面方向が水平方向に対して傾きを持つように設置されて消化管チャンバーと血管チャンバーとを区分するようにしておき、濃縮模擬小腸液注入機構により濃縮模擬小腸液を模擬胃液に注入することにより、生成する模擬消化管液の液面を上昇させて、模擬消化管液と薬物透過性膜との接触面積を経時的に増大させる、〔2〕に記載の方法。
〔4〕 血管チャンバーが模擬血液を内部に注入する機構を備え、この注入機構を用いて、消化管チャンバー内の液面の高さに血管チャンバー内の液面の高さを一致させるように、模擬血液を血管チャンバー内に注入する、〔3〕に記載の方法。
〔5〕 模擬消化管液中の薬物濃度及び/又は模擬血液中の薬物濃度を経時的に測定し、模擬消化管液の初期薬物濃度上昇速度及び/又は模擬血液の初期薬物濃度上昇速度と模擬血液の薬物濃度-時間曲線下面積を算出することで、薬物の経口吸収性を評価する、〔1〕~〔4〕の何れかに記載の方法。
〔6〕 経時的に変化を受ける模擬消化管液の状態が、pH、組成、及び容量である、〔1〕~〔5〕の何れかに記載の方法。
〔7〕 消化管チャンバーと血管チャンバーを有し、消化管チャンバーの底部には模擬胃液溜まりが設けられており、消化管チャンバーと血管チャンバーは、模擬胃液溜まりより上部に設けられた、薬物透過性接続部で接続されており、薬物透過性接続部は、薬物透過性膜が、その面方向が水平方向に対して傾きを持つように設置されて、消化管チャンバーと血管チャンバーとを区分するものであり、消化管チャンバーは、濃縮模擬小腸液を内部に注入する注入口を備え、血管チャンバーは、模擬血液を内部に注入する注入口を備え、消化管チャンバー内に収容される模擬消化管液を撹拌する撹拌機を備えることを特徴とする、薬物経口吸収性評価装置。
〔8〕 濃縮模擬小腸液を消化管チャンバーの注入口から注入するための自動送液装置、及び/又は模擬血液を血管チャンバーの注入口から注入するための自動送液装置を備える、〔7〕に記載の装置。
〔9〕 (a)模擬消化管液及び/若しくは模擬血液を自動でサンプリングする装置、(b)模擬消化管液及び/若しくは模擬血液を自動でサンプリングして自動で薬物測定装置にアプライする装置、又は(c)模擬消化管液及び/若しくは模擬血液を自動でサンプリングして自動で薬物測定装置にアプライし薬物濃度測定装置により自動で薬物濃度を測定する自動モニタリング装置を備える、〔7〕又は〔8〕に記載の装置。
〔10〕 少なくとも消化管チャンバー内の模擬消化管液の温度及び/又は血管チャンバー内の模擬血液の温度を一定に保持できる温度調節装置を備える、〔7〕~〔9〕の何れかに記載の装置。
【発明の効果】
【0015】
本発明の方法は、薬物又は薬物含有製剤を移動させることなく、経口投与後の薬物又は薬物含有製剤がおかれる環境(模擬消化管液)を胃内から小腸内へと徐々に変化させることにより、ヒトに経口投与された場合の製剤の崩壊、薬物の溶出や溶解を精度よく再現することができる。
【0016】
また、本発明の方法は、模擬消化管液と薬物透過性膜との接触面積を経時的に増大させることで、ヒト消化管内での薬物の移動に伴う小腸粘膜の吸収有効面積の増大を反映した薬物吸収性の評価を行える。これにより、薬物の吸収量だけでなく、吸収速度を精度よく評価することができる。従って、AUCとCmaxを同時に精度よく予測することができる。
【0017】
このように、本発明の方法によれば、ヒトに経口投与した後の製剤の崩壊、薬物の溶出、溶解、及び吸収過程に関する情報を、ヒトBE試験の前に十分に検証しておくことができる。従って、無駄な臨床試験を避けることができ、あるいは臨床試験の被験者数を減らすことができ、あるいは臨床試験の成功率を上げることができる。
【0018】
また、本発明の方法では、模擬消化管液のpHや組成を任意に変化させることができる。例えば、約10分かけてpHを1.6から6.5程度に変化させれば、絶食時に服用した製剤の胃から小腸への移動に近似した環境となる。また、例えば、約30分かけてpHを5から6.5程度に変化させれば、摂食時に服用した製剤の胃から小腸への移動に近似した環境となる。従って、本発明の方法によれば、絶食時、摂食時等の様々な状況下での経口吸収性を評価できる。
また、年齢や疾患により胃内液や小腸内液の組成は異なるため、模擬消化管液の組成を調整することで、対象者に合わせた評価を行える。
さらに、製剤処方の変更の検討に当たっては、模擬消化管液のpHや組成を任意に変化させることで、腸溶性製剤化、徐放性製剤化などの検討を容易に行える。
【0019】
また、溶液中での製剤からの薬物の溶出速度は溶液中の薬物濃度の影響を受けるため、模擬消化管液の容量は薬物溶出速度に影響を及ぼす。ヒトに投与された製剤は、消化管内を移動するに従い、周囲の液量が変化していく。本発明の方法では、模擬消化管液の容量を任意に変化させることができるため、ヒト消化管内での薬物の溶出、溶解の挙動を精度よく評価することができる。
また、製剤は、添加物、コーティング、層構造などにより薬物の溶出性が制御されているため、模擬消化管液の容量に合わせて分割すると溶出挙動を評価できない。この点、本発明の方法では、模擬消化管液の容量を任意に変化させてヒトの消化管液の容量に近似させることができるため、薬物だけでなく、薬物含有製剤の経口吸収性を評価することができる。
【0020】
また、本発明の方法は、濃縮模擬小腸液の注入速度を制御するだけで模擬消化管液の状態を変化させることができるため、複雑、高価な装置が不要である。また、1検体について60~120分間程度の短時間で結果を出すことができる。
【0021】
本発明の装置は、このような特長のある本発明方法を実施できる簡便かつ安価な装置である。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】本発明の装置の1例を示す図である。
図2】セロケン(登録商標)錠20mgからのメトプロロール酒石酸塩の溶出率及び膜透過率を示す図である。
図3】絶食時条件でのテルミサルタン(登録商標)錠からのテルミサルタンの溶出率及び膜透過率を示す図である。
図4】摂食時条件でのテルミサルタン錠からのテルミサルタンの溶出率及び膜透過率を示す図である。
図5】絶食時条件の標準製剤と製剤Aとの間のヒトBE試験結果を示す図である。
図6】絶食時条件での標準製剤及び製剤Aからの薬物Xの溶出率及び膜透過率を示す図である。
図7】摂食時条件の標準製剤と製剤Aとの間のヒトBE試験結果を示す図である。
図8】摂食時条件での標準製剤及び製剤Aからの薬物Xの溶出率及び膜透過率を示す図である。
図9】絶食時条件の標準製剤と製剤Bとの間のヒトBE試験結果を示す図である。
図10】絶食時条件での標準製剤及び製剤Bからの薬物Xの溶出率及び膜透過率を示す図である。
図11】摂食時条件の標準製剤と製剤Bとの間のヒトBE試験結果を示す図である。
図12】摂食時条件での標準製剤及び製剤Bからの薬物Xの溶出率及び膜透過率を示す図である。
図13】絶食時条件でのペルサンチン(登録商標)錠からのジピリダモールの溶出率及び膜透過率を示す図である。
図14】絶食時条件でのペルサンチン錠からのジピリダモールの溶出率及び膜透過率を示す図である。図13に結果を示す方法より長い時間をかけてpHを変化させている。
図15】絶食時条件でのペルサンチン錠からのジピリダモールの溶出率及び膜透過率を示す図である。図14に結果を示す方法より長い時間をかけてpHを変化させている。
図16】絶食時条件でのペルサンチン錠からのジピリダモールの溶出率及び膜透過率を示す図である。図13~15に結果を示す方法より開始時のpHが高い。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明を詳細に説明する。
(1)薬物経口吸収性評価方法
本発明の方法は、薬物又は薬物含有製剤を模擬消化管液に投入し、模擬消化管液中の薬物を薬物透過性膜を介して模擬血液中に透過させ、模擬消化管液及び/又は模擬血液中の薬物濃度を測定することにより、経口投与した薬物又は製剤中の薬物の経口吸収性を評価する方法であって、模擬消化管液の状態を胃内から小腸内へと経時的に変化させると共に、模擬消化管液と薬物透過性膜との接触面積を経時的に増大させることを特徴とする方法である。
【0024】
本発明方法では、薬物だけでなく、薬物を含有する製剤を評価対象とすることができる。製剤は、錠剤、散剤、顆粒剤、丸剤、カプセル剤(軟カプセル剤、硬カプセル剤)などの固形製剤;液剤、エリキシル剤、懸濁剤、乳剤、リモナーデ剤、シロップ剤などの液体製剤の何れであってもよい。
製剤の場合は、1回服用量を模擬消化管液に投入すればよい。薬物の場合は、試験目的に応じて投入量を定めればよい。
【0025】
模擬消化管液の経時的変化を受ける「状態」としては、pH、組成、容量などが挙げられる。
薬物又は薬物含有製剤を投入するときの模擬消化管液は模擬胃液とすればよい。ヒトの胃内液のpHは、絶食時は約1~3であり、食後は約2~6であるから、模擬胃液のpHは、絶食時経口吸収性を評価する場合は約1~3とし、摂食時経口吸収性を評価する場合は約2~6とすればよい。例えば、酢酸緩衝液などの緩衝液を用いることでpHを調整することができる。
また、模擬胃液は、ペプシンのような消化酵素や塩化ナトリウムなどを含んでいてもよく、これにより模擬胃液をヒトの胃内液に近似させることができる。
【0026】
また、模擬胃液の容量は、約20~250mL、中でも約50~200mLとすればよい。ヒト成人の胃内液の容量は20~50mL程度であり、固形製剤は、口腔内速崩壊錠などを除き、水で服用することが多いため(臨床試験では150mLの水で服用)、この容量範囲であれば、ヒトの胃内での薬物の溶解速度を反映した評価を行える。
【0027】
模擬胃液に薬物又は薬物含有製剤を投入した後は、模擬胃液を撹拌することにより、薬物を溶解させ、又は薬物含有製剤を崩壊させて薬物を溶解させればよい。
【0028】
次いで、薬物を含む模擬胃液に濃縮模擬小腸液を徐々に注入することにより、模擬消化管液の状態を徐々にヒト小腸内液の状態に近づければよい。また、濃縮模擬小腸液を注入しながら模擬消化管液を撹拌すればよい。ここでいう濃縮模擬小腸液とは、模擬胃液に加えることにより模擬消化管液の組成を模擬小腸液に近似させるためのものであって、その組成、添加量、添加タイミング等はこの目的に合致するものであれば、限定されないが、具体的には以下のものを例示できる。
ヒトの小腸内液のpHは約6~8であるから、濃縮模擬小腸液のpHは約6.5~10とすればよい。例えば、炭酸緩衝液、Tris/HCl緩衝液、HEPES緩衝液、リン酸緩衝液などの緩衝液を用いることでpHを調整することができる。このようなpH範囲の濃縮模擬小腸液を注入することにより、模擬消化管液のpHを最終的に約6~8とすることができる。
また、濃縮模擬小腸液は、胆汁酸、脂質、糖質や、糖分解酵素、タンパク質分解酵素、脂質分解酵素のような消化酵素などを含んでいてよく、これにより、濃縮模擬小腸液をヒトの小腸内液に近似させることができる。
【0029】
濃縮模擬小腸液の注入量は、模擬消化管液の量が最終的に約50~500mL、中でも約100~400mLとなる量とすればよい。ヒト成人の小腸内液の容量は、通常100~400mL程度であるため、この容量範囲であれば、ヒトの小腸内での薬物の吸収速度を反映した評価を行える。
【0030】
濃縮模擬小腸液の注入時間は、約5~120分間、中でも約10~60分間とすればよい。また、絶食時評価の場合は、約5~20分、中でも約10分とすればよく、摂食時評価の場合は、約20~120分、中でも約30~60分とすればよい。これにより、実際のヒトでの薬物の胃から小腸への移動時間に近似させることができる。
【0031】
薬物透過性膜は、模擬消化管液中の薬物が模擬血液側に透過するものであればよい。例えば、細胞を培養して得られる細胞層膜、ヒト又は非ヒト動物から摘出した消化管粘膜、人工脂質膜、多孔質膜などが挙げられる。
細胞層膜としては、細胞を単層に培養したものが挙げられる。通常、細胞を多孔質膜上で単層になるよう培養したものを、多孔質膜ごと用いることができる。細胞の種類は限定されないが、Caco-2細胞、C2BBel細胞、MDCK細胞、MDR-MDCK細胞、BCRP-MDCK細胞、HT-29細胞、T-84細胞のような上皮細胞が挙げられ、中でもヒト小腸モデル細胞として汎用されているCaco-2細胞が好ましい。
摘出消化管膜としては、ヒトあるいはラット、イヌ、サルなどの実験動物から摘出した小腸粘膜を用いることができる。その場合、筋肉などの粘膜下組織ごと摘出した全てを用いるか、あるいは粘膜下組織を剥がして用いることができる。
人工脂質膜としては、リン脂質膜、又はリン脂質にコレステロールや膜タンパク質を加えて形成した脂質膜を用いることができる。脂質膜は、それ単独で、又は多孔質膜上に形成して用いることができる。例としては、多孔質膜であるメンブレンフィルターにリン脂質等の有機溶媒溶液を塗布し、生体膜に類似した脂質膜を保持させたPAMPA(Parallel Artificial Membrane Permeability Assay)などを用いることができる。
多孔質膜(半透膜を含む)は、孔径0.1~0.5μm程度のものが好ましい。種々の孔径の多孔質膜が市販されている。例えば、メンブレンフィルターとしてメルク社から様々な材質の精密ろ過メンブレンフィルターが市販されており、その中で、デュラポア(登録商標)メンブレンフィルター(ポリビニリデンフルオライド膜)、ミリポア(登録商標)フィルター(セルロース混合エステル膜)、ミリポアエクスプレスプラス(ポリエーテルスルホン膜)、アイソポア(登録商標)メンブレンフィルター(トラックエッチドポリカーボネート膜)、疎水性ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)膜などが入手可能で、これらはいずれも好ましく用いることができるが、中でもデュラポアメンブレンフィルターはタンパク質などの吸着が少なく、本発明において特に好ましく用いることができる。
【0032】
薬物透過性膜が細胞層膜、摘出消化管膜、又は人工脂質膜である場合は、模擬血液として、血液を模したpH約7.3~7.5、特に約7.4の緩衝液を用いることができる。緩衝液はpH約7.3~7.5で緩衝能を有するものであればよく、リン酸緩衝液、HEPES緩衝液、Tris/塩酸緩衝液などが挙げられる。また、模擬血液に血漿タンパク質を配合してもよく、これによりヒト血液に近似させることができる。
また、薬物透過性膜が多孔質膜である場合は、模擬血液として、オクタノール、ヘキサン、クロロホルムのような有機溶媒や、オリーブ油のような油を用いることができる。生体膜はリン脂質を主成分とするため、油/水の二層系における分配性の大きさは生体膜への親和性の指標と解釈されることから、このような油性物質を用いることで、小腸からの薬物透過を摸することができる。中でも、薬物の分配性測定に汎用されているオクタノールが好ましい。
【0033】
濃縮模擬小腸液を注入し始めると同時又はそれ以降に、模擬消化管液と薬物透過性膜を接触させ、その接触面積を徐々に増大させればよい。これにより、ヒトに投与された薬物が吸収され得る有効な小腸粘膜面積の増大を再現することができる。
また、薬物透過性膜は、模擬消化管液と接触している領域に対応する領域を模擬血液と接触させればよい。従って、模擬血液の使用量は、薬物透過性膜との接触面積がこのように変化するよう徐々に増大させればよい。
薬物透過性膜と模擬消化管液との接触面積は、最終的に0.5~20cm2程度となるようにすればよい。従って、薬物透過性膜は、面積が0.5~20cm2又はそれより大きいものを使用することができる。
【0034】
模擬消化管液と薬物透過性膜との接触が始まった後、模擬消化管液と模擬血液の一方又は両方を経時的にサンプリングし、薬物濃度を測定すればよい。模擬消化管液と模擬血液の両方を経時的にサンプリングすることが好ましい。
経過時間に対して模擬血液中の薬物濃度をプロットし、薬物濃度上昇の初期傾きからin vivoでの吸収速度あるいは吸収速度の指標であるCmaxを推定することができる。模擬消化管液の量、薬物透過性膜のサイズなどにもよるが、臨床試験での吸収速度あるいはCmaxを正確に推定できる点で、薬物濃度が上昇し始めてから10~60分間の傾きを採用するのが好ましい。
また、薬物の溶解速度はCmaxを定める重要な要因であるため、経過時間に対して模擬消化管液中の薬物濃度をプロットし、薬物濃度上昇の初期傾きから薬物溶解速度を算出し、薬物溶解速度をCmaxの推定に加味することができる。薬物濃度が上昇し始めてから10~60分間の傾きを採用するのが好ましい。
また、一定時間までの薬物の膜透過量(あるいは膜透過率)から、薬物吸収量あるいはその指標であるAUCを推定することができる。模擬消化管液の量、薬物透過性膜のサイズなどにもよるが、臨床試験での薬物吸収量あるいはAUCを正確に推定できる点で、濃縮模擬小腸液の注入開始から60~240分間、中でも120分間の膜透過量(あるいは膜透過率)を採用するのが好ましい。
【0035】
(2)薬物経口吸収性評価方法を行うための機構・部材
上記説明した本発明の薬物経口吸収性評価方法は、種々の機構又は部材を用いて行うことができるが、好適な例を以下に説明する。
【0036】
模擬消化管液を収容するものとして消化管チャンバーを使用すればよい。消化管チャンバーの上面は開放していてもよく、蓋で覆われていてもよい。
【0037】
模擬消化管液の状態を胃内から小腸内に変化させるために、第1に、消化管チャンバーの底部には模擬胃液溜まりが設けられていればよい。模擬胃液溜まりに入れた模擬胃液に薬物又は薬物含有製剤を投入した時点で、薬物又は製剤が胃内に移動した状態が再現される。
【0038】
模擬胃液溜まりの容量は、約20~250mL、中でも約50~200mLの模擬胃液を収容できる容量であればよい。また、模擬胃液溜まりを含む消化管チャンバーの全容量は、最終的に約50~500mL、中でも約100~400mLとなる模擬消化管液を収容できる容量であればよい。
【0039】
模擬消化管液の状態を胃内から小腸内に変化させるために、第2に、消化管チャンバーは濃縮模擬小腸液を内部に注入する機構を備えていればよい。この注入機構を用いて、濃縮模擬小腸液を模擬胃液に徐々に注入することで、模擬消化管液の状態(pH、組成、容量など)を小腸液に近似させていくことができる。
注入機構は、例えば、消化管チャンバーに設けられた注入口と、自動送液装置を含むものとすることができる。注入口は、消化管チャンバーの上面又は側面に設けられていればよいが、側面、中でも模擬胃液溜まりの上端部側面に設けられていることが、ヒト小腸内の状態の再現性に優れる点で好ましい。自動送液装置としては、注入口に接続されたチューブと送液ポンプを備えるものが挙げられる。送液ポンプは、送液速度を一定にできるか、又は予定した通りに変化させることができるものであればよい。
濃縮模擬小腸液注入機構は、模擬消化管液の状態が、ヒトが服用した薬物又は製剤の胃から小腸への移動を反映したものとなるように、注入速度及び量を調整しながら作動するものである。
【0040】
模擬消化管液の状態を胃内から小腸内に変化させるために、第3に、消化管チャンバー内の模擬消化管液を撹拌する機構を用いればよい。この撹拌機構は、模擬胃液を撹拌することができ、かつ濃縮模擬小腸液の注入により得られる模擬消化管液を撹拌できるものとすればよい。
撹拌機構としては、消化管チャンバー内に設置された回転翼又は振動翼が挙げられる。また、消化管チャンバーの底部に置いたマグネチックスターラーバーと消化管チャンバーの底面外部に設置したマグネチックスターラーからなるものであってもよい。また、消化管チャンバーを振動させることで内部の液を撹拌するもの、模擬消化管液を超音波振動させることで撹拌するもの、又は模擬消化管液中に空気や酸素などの気体を吹き込むことによって液を撹拌するものであってもよい。
模擬消化管液の撹拌速度は経口吸収性の評価結果に影響するため、模擬消化管液を撹拌する機構は、撹拌速度を制御し易い回転翼又は振動翼であることが好ましい。
【0041】
模擬消化管液のサンプリングは手作業で行うことができる。或いは、模擬消化管液を所定時間にサンプリングする機構を用いて行うこともできる。
また、サンプリングした模擬消化管液を、手作業で高速液体クロマトグラフィー装置などの薬物濃度測定装置にアプライして薬物濃度を測定することもできるが、サンプリングした模擬消化管液を薬物濃度測定装置にアプライする機構を用いることもできる。さらに、予め定めた時間に模擬消化管液をサンプリングし、薬物濃度測定装置にアプライし、薬物濃度測定装置により薬物濃度を測定する自動モニタリング装置を用いることもできる。
【0042】
本発明の方法では、模擬血液を収容するために血管チャンバーを用いればよい。血管チャンバーは、後述するように、薬物透過性接続部を介して消化管チャンバーと連結されたものである。血管チャンバーの上面は開放していてもよく、蓋で覆われていてもよい。消化管チャンバーと血管チャンバーは、側壁を共通にして接していてもよく、別容器であってもよい。
【0043】
血管チャンバーは、内部の模擬血液を撹拌する機構を備えていればよい。撹拌機構としては、模擬消化管液撹拌機構と同様のものを例示できる。模擬血液の撹拌速度は経口吸収性の評価結果に影響しないため、血管チャンバーの底部に置いたマグネチックスターラーバーと血管チャンバーの底面外部に設置したマグネチックスターラーからなるものを用いるのが簡便である。
【0044】
模擬消化管液中の薬物を薬物透過性膜を介して模擬血液中に透過させるために、第1に、消化管チャンバーと血管チャンバーは、薬物透過性接続部で接続され又は連通している。薬物透過性接続部は、消化管チャンバーと血管チャンバーが側面を共通にして接している場合は、両チャンバーの共通側面に設けられ、消化管チャンバーと血管チャンバーが別容器である場合は、両容器間に通路として設けられる。何れにしても、薬物透過性接続部は、模擬胃液溜まりより上部に位置する。
薬物透過性接続部の下端は、模擬胃液溜まりの上端付近に位置することが好ましく、これにより、薬物が小腸に移動した直後からの薬物吸収をモニタリングすることができる。
【0045】
模擬消化管液中の薬物を薬物透過性膜を介して模擬血液中に透過させるために、第2に、薬物透過性膜が薬物透過性接続部に設置される。消化管チャンバーと血管チャンバーは、薬物透過性膜により完全に区分されている。
【0046】
模擬消化管液と薬物透過性膜との接触面積を経時的に増大させるために、薬物透過性膜は薬物透過性接続部に、その面方向が水平方向に対して傾きを持つように設置される。これにより、消化管チャンバー内の模擬消化管液の液面が上昇するにつれ、模擬消化管液との接触面積が増大する。中でも、薬物透過性膜は、その面方向が垂直になるように設置されることが好ましい。このように設置された薬物透過性膜と濃縮模擬小腸液注入機構が共同して、模擬消化管液と薬物透過性膜との接触面積を経時的に増大させる。
薬物透過性膜の形は、特に限定されず、円形、四角形、三角形、台形などの形が挙げられる。中でも、実際のヒト小腸の薬物吸収有効面積の増大に近似する点で、逆三角形、又は上辺が下辺より長い台形が好ましい。
【0047】
薬物透過性膜の模擬消化管液と接触している領域に対応する領域(反対面の同じ領域)を模擬血液と接触させるために、血管チャンバーは、模擬血液を内部に注入する機構を備えていればよい。
注入機構は、例えば、血管チャンバーに設けられた注入口と、自動送液装置を含むものとすることができる。注入口は、血管チャンバーの上面又は側面に設けられていればよい。自動送液装置としては、注入口に接続されたチューブと送液ポンプを備えるものが挙げられる。送液ポンプは、送液速度を一定にできるか、又は予定した通りに変化させることができるものであればよい。
この注入機構は、消化管チャンバー内の液面と血管チャンバー内の液面が同じ高さになるように模擬血液の注入速度を調整しながら作動するものである。これにより、両チャンバーの液面高さの違いが薬物の膜透過速度に与える影響を排除することができる。
【0048】
模擬血液のサンプリングは手作業で行うことができる。或いは、模擬血液を所定時間にサンプリングする機構を用いて行うこともできる。
また、サンプリングした模擬血液を、手作業で高速液体クロマトグラフィー装置などの薬物濃度測定装置にアプライして薬物濃度を測定することもできるが、サンプリングした模擬血液を薬物濃度測定装置にアプライする機構を用いることもできる。さらに、予め定めた時間に模擬血液をサンプリングし、薬物濃度測定装置にアプライし、薬物濃度測定装置により薬物濃度を測定する自動モニタリング装置を用いることもできる。
【0049】
本発明の方法は、使用する各液の温度を一定に保持する温度調節装置を用いて行うことが好ましい。
温度調節装置は、少なくとも消化管チャンバー内の模擬消化管液の温度及び/又は血管チャンバー内の模擬血液の温度を一定に保つことができるものである。薬物の溶出、溶解に温度が影響するため、特に、消化管チャンバー内の模擬消化管液の温度を一定に保つことができるものであることが好ましい。温度調節装置としては、両チャンバーに付設された、熱媒体循環温度調節装置やヒーターなどが挙げられる。温度調節装置は、さらに、注入する模擬胃液、濃縮模擬小腸液、模擬血液の温度も一定に保つことができるものであってよい。この場合、制御装置を除く全ての機構、部材を収容する温度調節チャンバーを用いることができる。
各液の温度は、通常、20~37℃程度に保持すればよく、中でも、ヒトの体温である37℃付近に保持すればよい。
【0050】
(3)薬物経口吸収性評価装置
本発明の薬物経口吸収性評価装置は、消化管チャンバーと血管チャンバーを有し、消化管チャンバーの底部には模擬胃液溜まりが設けられており、消化管チャンバーと血管チャンバーは、模擬胃液溜まりより上部に設けられた薬物透過性接続部で接続されており、薬物透過性接続部は、薬物透過性膜が、その面方向が水平方向に対して傾きを持つように設置されて、消化管チャンバーと血管チャンバーとを区分するものであり、消化管チャンバーは、濃縮模擬小腸液を内部に注入する注入口を備え、血管チャンバーは、模擬血液を内部に注入する注入口を備え、消化管チャンバー内に収容される模擬消化管液を撹拌する撹拌機を備えることを特徴とする装置である。
【0051】
各部材は、本発明の方法について説明した通りである。
【0052】
本発明の装置は、濃縮模擬小腸液を消化管チャンバーの注入口から注入するための自動送液装置や、模擬血液を血管チャンバーの注入口から注入するための自動送液装置を備えることができる。自動送液装置は、本発明の方法について説明した通りである。
【0053】
また、本発明の装置は、血管チャンバー内に収容される模擬血液を撹拌する撹拌機を備えることができる。撹拌機は、本発明の方法について説明した通りである。
【0054】
また、本発明の装置は、模擬消化管液及び/又は模擬血液をサンプリングする機構を備えることができる。サンプリング機構は予め定めた時間に(経時的に)自動で各液をサンプリングするものであってよい。さらに、サンプリングした模擬消化管液及び/又は模擬血液を高速液体クロマトグラフィー装置のような薬物測定装置にアプライする機構を備えることができる。さらに、薬物濃度測定装置を備えることができる。また、経時的に自動で模擬消化管液をサンプリングし、薬物濃度測定装置にアプライし、薬物濃度測定装置により薬物濃度を測定する自動モニタリング装置を備えることもできる。
【0055】
本発明の装置は、少なくとも消化管チャンバー内の模擬消化管液の温度及び/又は血管チャンバー内の模擬血液の温度を一定に保つことができる温度調節装置を備えることが好ましい。温度調節装置は、さらに、注入する模擬胃液、濃縮模擬小腸液、模擬血液の温度も一定に保つことができるものであってよい。温度調節装置は、本発明の方法について説明した通りである。
【実施例
【0056】
以下、実施例を挙げて、本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
(1)薬物経口吸収性評価装置
本発明の薬物経口吸収性評価装置の1例を図1に示す。
この装置は、消化管チャンバー1と血管チャンバー2を備える。両チャンバーの内腔は円筒形であり、両チャンバーの上面は開放している。
消化管チャンバー1の底部は胃液溜まり1aを構成している。血管チャンバーの底面高さは、胃液溜まり1aの上端と同じ高さである。胃液溜まり1aの形状は、ここでは略半球形であるが、特に限定されない。
胃液溜まり1aの側壁上部には濃縮模擬小腸液注入口1bが設けられている。濃縮模擬小腸液注入口1bにはチューブ3aが接続されており、ポンプ4aを用いて濃縮模擬小腸液を消化管チャンバー1内に注入できるようになっている。
消化管チャンバー1と血管チャンバー2は、薬物透過性接続部5で連通している。薬物透過性接続部5は、胃液溜まり1aより上部にある。
薬物透過性接続部5には、薬物透過性膜6が設置されて、薬物透過性接続部5の消化管チャンバー側と血管チャンバー側が完全に区切られている。薬物透過性膜6は、その面方向が垂直になるように設置されている。薬物透過性膜6は、直径47mmの円形の多孔質フィルター(メルクミリポア社、Durapore(登録商標)メンブラン、Type 0.22μm PVDF Membrane)である。
胃液溜まり1aの容量は40mLであり、胃液溜まり1aを含む消化管チャンバー1の容量は100mLである。
消化管チャンバー1内部には、上下2つの位置に撹拌羽を備える回転攪拌機7が、消化管チャンバー内腔と同軸に設置されている。撹拌羽の一方は、胃液溜まり内を撹拌できる位置にあり、他方は胃液溜まりより上部にある。
血管チャンバーの底面外側にはマグネチックスターラー8aが設置されており、血管チャンバー内の底面にはマグネチックスターラーバー8bが置かれている。
血管チャンバー2の側壁には模擬血液注入口2bが設けられている。濃縮模擬小腸液注入口2bにはチューブ3bが接続されており、ポンプ4bを用いて模擬血液を血管チャンバー2内に注入できるようになっている。ポンプ4bは、血管チャンバー2内の模擬血液の液面高さが、消化管チャンバー1内の模擬消化管液の液面高さと同じになるように、模擬血液の注入速度を制御できるものである。
この装置は、手作業で模擬血液と模擬消化管液をサンプリングするものであるが、必要なタイミングでそれらを経時的にサンプリングする装置や、それを薬物濃度測定装置にアプライする装置を備えることが好ましい。
【0057】
図1の装置を用いて製剤中の薬物の経口吸収性を評価する方法の1例を説明する。絶食時の経口吸収性を評価する場合を例にとると、胃液溜まりに、絶食時の液性の模擬胃液を40mL入れておき、ここに被験製剤を1回投与分投入する。次いで、回転攪拌機7で模擬胃液を撹拌して薬剤を溶解させる。次いで、ポンプ4aの駆動によりチューブ3aを介して濃縮模擬小腸液注入口1bから濃縮模擬小腸液を6mL/分の速度で注入する。その間、回転攪拌機7で、模擬胃液と濃縮模擬小腸液との混合により生じる模擬消化管液を撹拌する。一方、血管チャンバー2には、ポンプ4bの駆動によりチューブ3bを介して模擬血液注入口2bから模擬血液を、模擬消化管液と同じ高さになるように注入する。
以下の各試験では、模擬消化管液は注入開始1分後より、模擬血液は注入開始2分後より、それぞれサンプリングを開始し、以後経時的にサンプリングを行い、高速液体クロマトグラフィー装置を用いて薬物濃度を測定した。
時間に対して薬物濃度をプロットし、模擬血液中の薬物濃度が上昇し始めたときから45分間のグラフの傾きをCmax(吸収速度)の指標とし、濃縮模擬小腸液の注入開始から120分間の膜透過量をAUC(吸収量)の指標とした。また、模擬消化管液中の薬物濃度が上昇し始めたときから45分間のグラフの傾きを消化管内での薬物溶解速度とした。消化管内での薬物溶解速度は、模擬血液中の薬物濃度の上昇速度からCmaxを推定する際の補助的なパラメータとして用いることができる。
【0058】
(2)薬物経口吸収性評価試験
(2-1)試薬の調製
絶食時模擬胃液(FaSSGF: Fasted state simulated gastrointestinal fluid)(pH1.6)
タウロコール酸ナトリウム 80 μM(11.7 mg)
レシチン 20 μM
塩化ナトリウム 34.2 μM(398 mg)

pH4に調節したマッキルベイン緩衝液の適量に上記成分を加え、溶液とした後、最終的に200mLにメスアップする。その後、5Mの塩酸でpH1.6に調節する。マッキルベイン緩衝液の組成は、リン酸水素二ナトリウム0.02 M、クエン酸 0.01Mである。
【0059】
絶食時模擬胃液(FaSSGF: Fasted state simulated gastrointestinal fluid)(pH3.0)
上記の絶食時模擬胃液(pH1.6)の調製方法において、5Mの塩酸でpH1.6に調節するのに代えてpH3.0に調節した他は、同様にして、絶食時模擬胃液(pH3.0)を調製した。
【0060】
絶食時濃縮模擬小腸液(5/3倍濃縮)(Pre-FaSSIF: Fasted state simulated intestinal fluid)
HBSS 50.028 mL
重炭酸ナトリウム 174.996 mg
D-グルコース 1250.004 mg
HEPES 1125 mg
タウロコール酸ナトリウム 5 mM(1092.996 mg)
レシチン 1.25 mM

pH4に調節したマッキルベイン緩衝液の適量に上記成分を加え、溶液とした後、最終的に300mLにメスアップする(工程1)。次いで、pH調整用水酸化ナトリウム量の試算操作として、FaSSGF40mLと工程1で調整した溶液60mLを混合し、5Mの水酸化ナトリウムでpH6.5に調節する(工程2)。このとき必要とした水酸化ナトリウム量を記録しておく。工程1で調整した溶液60mLに、工程2で必要であった量の5M 水酸化ナトリウムを添加する。
【0061】
摂食時模擬胃液(FeSSGF:Fed state simulated gastrointestinal fluid)
塩化ナトリウム 237.02 mM(2.77g/100mL)
酢酸 17.12 mM(0.2056g/100mL)
酢酸ナトリウム 29.75mM(0.488g/100mL)

上記組成の酢酸緩衝液 100mLに、3.5%の脂肪分を含んだmilk(牛乳、市販品)を100mL混合する。次いで、1M 塩酸でpH 5.0に調整する。
【0062】
摂食時濃縮模擬小腸液(5/3倍濃縮)(Pre-FeSSIF:Pre-Fed state simulated intestinal fluid)
HBSS 50.028 mL
重炭酸ナトリウム 174.996 mg
D-グルコース 1250.004 mg
HEPES 1125 mg
タウロコール酸ナトリウム 25 mM(5464.98 mg)
レシチン 6.25 mM

pH4に調節したマッキルベイン緩衝液の適量に上記成分を加え、溶液とした後、最終的に300mLにメスアップする(工程1)。次いで、pH調整用水酸化ナトリウム量の試算操作として、FeSSGF40mLと工程1で調整した溶液60mLを混ぜ合わせ、5Mの水酸化ナトリウムでpH6.5に調節する。このとき必要とした水酸化ナトリウム量を記録しておく(工程2)。工程1で調整した溶液60mLに工程2で必要であった量の5M 水酸化ナトリウムを添加する。
【0063】
(2-2)実証データ 1(消化管チャンバー内の回転攪拌機の回転数の影響)
図1の装置の消化管チャンバー1の胃液溜まり1aに、絶食時模擬胃液40mL(pH 1.6)とセロケン錠20mgを1錠入れた。回転攪拌機7で撹拌しながら、絶食時濃縮模擬小腸液を、6mL/分の流量で10分間かけて消化管チャンバー1内に注入することにより、pH6.5の絶食時模擬小腸液100mLとした。回転攪拌機7による撹拌速度は、50 rpm、100 rpm、又は200 rpmとした。
血管チャンバー2内に、模擬血液であるオクタノールを、2.5mL/分の流量で10分間かけて注入し、最終容量25mLとした。
【0064】
消化管チャンバーに濃縮模擬小腸液を注入開始1分後から120分間にわたり、模擬消化管液及び模擬血液をそれぞれ経時的にサンプリングし、セロケン錠の有効成分であるメトプロロール酒石酸塩の濃度を高速液体クロマトグラフィーで測定した。さらに、各時点での錠剤からのメトプロロール酒石酸塩の溶出率(1錠中のメトプロロール酒石酸塩量に対する各時点での模擬消化管液中のメトプロロール酒石酸塩量の百分率)(%)を算出した。また、各時点でのメトプロロール酒石酸塩の膜透過率(1錠中のメトプロロール酒石酸塩量に対する各時点での模擬血液中のメトプロロール酒石酸塩量の百分率)(%)を算出した。
【0065】
結果を図2に示す。模擬消化管液の撹拌速度を変えると、薬物の溶出率及び膜透過率が変わることが分かる。
【0066】
(2-3)実証データ 2(テルミサルタン含有錠剤の製剤間の比較)
図1の装置の消化管チャンバー1の胃液溜まり1aに、絶食時模擬胃液40mL(pH 1.6)又は摂食時模擬胃液40mL(pH 5.0)とテルミサルタン錠20mgを1錠入れた。絶食時条件の実験では、回転攪拌機7で撹拌しながら、絶食時濃縮模擬小腸液を、6mL/分の流量で10分間かけて消化管チャンバー1内に注入することにより、pH6.5の絶食時模擬小腸液100mLとした。また、摂食時条件の実験では、回転攪拌機7で撹拌しながら、摂食時模擬小腸液を、2mL/分の流量で30分間かけて消化管チャンバー1内に注入することにより、pH6.5の摂食時模擬小腸液100mLとした。回転攪拌機7による撹拌速度は50 rpmとした。
また、絶食時条件の実験では、血管チャンバー2内に、模擬血液であるオクタノールを、2.5mL/分の流量で10分間かけて注入し、最終容量25mLとした。摂食時条件の実験では、血管チャンバー2内に、オクタノールを、0.833mL/分の流量で30分間かけて注入し、最終容量25mLとした。
テルミサルタン錠として、ベーリンガーインゲルハイム株式会社製の製剤を標準製剤とし、これとは添加物が異なる製剤A、製剤Bを比較として用いた。
【0067】
消化管チャンバーに濃縮模擬小腸液を注入開始1分後から120分間にわたり、模擬消化管液及び模擬血液をそれぞれ経時的にサンプリングし、テルミサルタン錠の有効成分であるテルミサルタンの濃度を高速液体クロマトグラフィーで測定した。さらに、各時点での錠剤からのテルミサルタンの溶出率(1錠中のテルミサルタン量に対する各時点での模擬消化管液中のテルミサルタン量の百分率)(%)を算出した。また、各時点でのテルミサルタンの膜透過率(1錠中のテルミサルタン量に対する各時点での模擬血液中のテルミサルタン量の百分率)(%)を算出した。
【0068】
絶食時条件の結果を図3に示し、摂食時条件の結果を図4に示す。絶食時条件では、製剤間でテルミサルタンの溶出率に大きな違いが認められた。一方、摂食時条件では、製剤間でテルミサルタンの透過率にやや違いが認められたものの有意差はなかったことから、摂食条件下では絶食条件下に比べてテルミサルタン経口製剤の製剤間差が検出され難いことが分かる。
本発明の方法及び装置によれば、絶食時と摂食時の経口吸収性の違いを評価できることが分かる。
【0069】
(2-4)実証データ 3(薬物Xの経口吸収性評価結果と臨床試験結果との対比)
「(2-3)実証データ 2」と同じ条件で、薬物X含有製剤からの薬物Xの溶出率及び膜透過率を測定した。薬物X含有製剤として、標準製剤、及びこれとは添加物が異なる製剤A、製剤Bを用いた。
また、健常被験者に標準製剤、製剤A、又は製剤Bを1錠投与した後、12時間にわたり、血漿中の薬物X濃度を測定した。これは、標準製剤と製剤A又は製剤Bとの間のヒトでのBE試験である。
BE試験は、日本の後発医薬品の生物学的同等性試験ガイドラインに準じて行った。概要について説明すると、同一被検者に、3日以上の休薬期間をおいて、標準製剤と試験製剤(製剤A又は製剤B)を投与するクロスオーバー試験とした。被験者の姿勢は、投与開始から投与後4時間までは、坐位とし、検査時やトイレを除き立位または臥位はとらないようにした。被験者の飲水管理は、各製剤の投与前1時間から投与後4時間までは、製剤服用のための飲水以外は絶水とした。摂食時条件は、高脂肪食(900 kcal以上、且つ、総エネルギーに対する脂質のエネルギーの占める割合が35%以上)を20分間以内で摂り、食後10分以内に製剤を投与する条件とした。
【0070】
絶食時条件の標準製剤と製剤Aとの間のヒトでのBE試験結果を図5に示す。また、摂食時条件の標準製剤及び製剤Aからの薬物Xの溶出率及び膜透過率の結果を図6に示す。
ヒトBE試験での薬物Xの血漿中濃度は、製剤Aが標準製剤より低く、これに一致して、溶出率及び膜透過率は、製剤Aが標準製剤より低かった。
【0071】
摂食時条件の標準製剤と製剤Aとの間のヒトでのBE試験結果を図7に示す。また、摂食時条件の標準製剤及び製剤Aからの薬物Xの溶出率及び膜透過率の結果を図8に示す。
ヒトBE試験での薬物Xの血漿中濃度は、製剤Aが標準製剤より低く、これに一致して、溶出率及び膜透過率は、製剤Aが標準製剤より低かった。
また、BE試験では、絶食時に比べて摂食時の方が、標準製剤と製剤Aとの間の血漿中薬物X濃度の差が大きかったが、これに一致して、溶出率は、絶食時に比べて摂食時の方が、標準製剤と製剤Aとの間の溶出率の差が大きかった。
【0072】
絶食時条件の標準製剤と製剤Bとの間のヒトでのBE試験結果を図9に示す。また、絶食時条件の標準製剤及び製剤Bからの薬物Xの溶出率及び膜透過率の結果を図10に示す。
ヒトBE試験での薬物Xの血漿中濃度は、投与直後は標準製剤の方が高かったが、その後は製剤Bの方が高かった。一方、溶出率及び膜透過率は、製剤Bが標準製剤より高かった。溶出率及び膜透過率の結果は、ヒトBE試験結果に近かった。
【0073】
摂食時条件の標準製剤と製剤Bとの間のヒトでのBE試験結果を図11に示す。また、摂食時条件の標準製剤及び製剤Bからの薬物Xの溶出率及び膜透過率の結果を図12に示す。
ヒトBE試験での薬物Xの血漿中濃度は、製剤Bが標準製剤より高かった。これに対して、溶出率は標準製剤の方がやや高く、膜透過率は製剤Bの方がやや高かった。溶出率及び膜透過率の結果は、ヒトBE試験結果に近かった。
【0074】
本発明の方法及び装置を用いた上記試験結果から、製剤Aは標準製剤より経口吸収性が悪く、製剤Bは標準製剤と経口吸収性が同等又はそれ以上であることが予測されるが、この予測は、ヒトでのBE試験結果と一致していた。
本発明の方法及び装置によれば、ヒトBE試験結果を精度よく予測できることが分かる。
【0075】
(2-5)実証データ 4(胃排出速度の影響)
図1の装置の消化管チャンバー1の胃液溜まり1aに、絶食時模擬胃液40mL(pH 1.6)とペルサンチン錠25mgを1錠入れた。回転攪拌機7で撹拌しながら、絶食時濃縮模擬小腸液を、10分間(流量6mL/分)、20分間(流量3mL/分)、又は30分間(流量2mL/分)かけて消化管チャンバー1内に注入することにより、pH6.5の絶食時模擬小腸液100mLとした。回転攪拌機7による撹拌速度は、50 rpm、100 rpm、又は200 rpmとした。
血管チャンバー2内に、模擬血液であるオクタノールを、10分間(2.5mL/分)、20分間(1.25mL/分)、又は30分間(0.83mL/分)かけて注入し、最終容量25mLとした。
【0076】
消化管チャンバーに濃縮模擬小腸液を注入開始1分後から120分間にわたり、模擬消化管液及び模擬血液をそれぞれ経時的にサンプリングし、ペルサンチン錠の有効成分であるジピリダモールの濃度を高速液体クロマトグラフィーで測定した。さらに、各時点での錠剤からのジピリダモールの溶出率(1錠中のジピリダモール量に対する各時点での模擬消化管液中のジピリダモール量の百分率)(%)を算出した。また、各時点でのジピリダモールの膜透過率(1錠中のジピリダモール量に対する各時点での模擬血液中のジピリダモール量の百分率)(%)を算出した。
【0077】
結果を図13図14、及び図15に示す。消化管チャンバー内の模擬消化管液のpHをpH1.6~6.5に変化させるのにかけた時間は、図13は10分間、図14は20分間、図15は30分間である。
pH変化速度を変えると、薬物の溶出率及び膜透過率が変わっている。また、薬物の溶出率及び膜透過率は撹拌速度の影響を受けるところ、撹拌速度の影響の度合いは、pH変化速度により異なっている。
本発明方法及び装置は、消化管チャンバー内の模擬消化管液の撹拌速度やpHの変化速度を任意に設定できるため、消化管の動きや胃からの排出速度が異なる多様なヒトでの経口吸収性を精度よく評価できることが分かる。
【0078】
(2-6)実証データ 5(胃内pHの影響)
図1の装置の消化管チャンバー1の胃液溜まり1aに、絶食時模擬胃液40mL(pH 3.0)とペルサンチン錠25mgを1錠入れた。撹拌速度100 rpmで回転攪拌機7で撹拌しながら、絶食時濃縮模擬小腸液を、10分間(流量6mL/分)、20分間(流量3mL/分)、又は30分間(流量2mL/分)かけて消化管チャンバー1内に注入することにより、pH6.5の絶食時模擬小腸液100mLとした。
血管チャンバー2内に、模擬血液であるオクタノールを、10分間(2.5mL/分)、20分間(1.25mL/分)、又は30分間(0.83mL/分)かけて注入し、最終容量25mLとした。
【0079】
消化管チャンバーに濃縮模擬小腸液を注入開始1分後から120分間にわたり、模擬消化管液及び模擬血液をそれぞれ経時的にサンプリングし、ペルサンチン錠の有効成分であるジピリダモールの濃度を高速液体クロマトグラフィーで測定した。さらに、各時点での錠剤からのジピリダモールの溶出率(1錠中のジピリダモール量に対する各時点での模擬消化管液中のジピリダモール量の百分率)(%)を算出した。また、各時点でのジピリダモールの膜透過率(1錠中のジピリダモール量に対する各時点での模擬血液中のジピリダモール量の百分率)(%)を算出した。
【0080】
結果を図16に示す。試験開始時の消化管チャンバー1内のpHを1.6にした図13図15に示す結果とは、薬物の溶出率及び膜透過率が異なっている。また、前述した通り、薬物の溶出率及び膜透過率はpH変化速度の影響を受けるところ、pH変化速度の影響の度合いも、図13図15に示す結果とは異なっている。同じ絶食時でもヒトにより胃内pHは異なるため、本発明方法及び装置によれば、多様なヒトでの経口吸収性を精度よく評価できることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明の方法及び装置は、経口投与製剤のヒトでの吸収性を精度よく予測できるため、後発医薬品の開発や製剤の設計変更時に行うヒトBE試験の負担が軽減される。また、様々な条件での経口吸収性を評価できる点でも、非常に有用なものである。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
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図16