(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-16
(45)【発行日】2022-06-24
(54)【発明の名称】長尺線材の製造方法及び相当ひずみ導入装置
(51)【国際特許分類】
B21C 37/04 20060101AFI20220617BHJP
C22C 21/00 20060101ALI20220617BHJP
C22F 1/00 20060101ALI20220617BHJP
C22F 1/04 20060101ALI20220617BHJP
【FI】
B21C37/04 Z
C22C21/00 A
C22F1/00 604
C22F1/04 D
(21)【出願番号】P 2018092894
(22)【出願日】2018-05-14
【審査請求日】2021-01-25
(73)【特許権者】
【識別番号】502354719
【氏名又は名称】堀田 善治
(73)【特許権者】
【識別番号】518168199
【氏名又は名称】増田 高大
(74)【代理人】
【識別番号】100080160
【氏名又は名称】松尾 憲一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100149205
【氏名又は名称】市川 泰央
(72)【発明者】
【氏名】堀田 善治
(72)【発明者】
【氏名】増田 高大
【審査官】中西 哲也
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-194078(JP,A)
【文献】特開2013-173166(JP,A)
【文献】特開2003-073787(JP,A)
【文献】特開2009-061499(JP,A)
【文献】特開2017-177024(JP,A)
【文献】特開2016-059951(JP,A)
【文献】特開2002-254118(JP,A)
【文献】特開2015-110244(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2015-0121827(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21C 37/04
B21J 1/00-13/14
B30B 1/00-15/34
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
挟圧方向を軸線として相対的に回転動作する一対の挟圧体に
HPT加工特性を付与可能な金属製の線材の一部を回転方向に沿った円弧状に挟持させ、前記回転動作に伴って前記一対の挟圧体の間へ前記線材の一端側を引き込みつつ前記線材の他端側を挟圧体間外へ繰り出して前記線材の挟持部に対し第1の挟圧体に追従する挟持部の一側と第2の挟圧体に追従する挟持部の他側との間に相当ひずみ導入部を連続的に形成し相当ひずみが導入された長尺の線材を得る長尺線材の製造方法であって、
前記第1の挟圧体の挟圧面は前記軸線を中心とする回転方向に沿った円周状で前記線材の一側略半部を嵌入させるための無端挟持溝を備える一方、前記第2の挟圧体の挟圧面は前記無端挟持溝と対向する位置に前記軸線を中心とする回転方向に沿って回転対称に設けられた略円弧状で前記線材の他側略半部を嵌入させるための有端挟持溝を複数備え、複数の線材に対し同時に連続的な相当ひずみ導入部を形成することを特徴とする長尺線材の製造方法。
【請求項2】
前記有端挟持溝は、前記線材の一端側が引き込まれる導入端に形成された導入用線材路と、前記線材の他端側が繰り出される繰出端に形成された繰出用線材路とを備え、
一の有端挟持溝の導入用線材路と他の隣り合う有端挟持溝の繰出用線材路とのいずれか一方の線材路は前記第2の挟圧体の挟圧面と略面一に側面部に臨ませて開口させ、いずれか他方の線材路は前記第2の挟圧体の挟圧面から同第2の挟圧体内部をトンネル状又は深溝状に貫通し側面部に臨ませ開口させて、両線材路又は両線材路を挿通する各線材の位置関係を第2の挟圧体の挟圧方向において立体交差するねじれの位置関係としたことを特徴とする
請求項1に記載の長尺線材の製造方法。
【請求項3】
挟圧方向を軸線として相対的に回転動作する一対の挟圧体を有し、
前記一対の挟圧体を構成する第1の挟圧体の挟圧面は前記軸線を中心とする回転方向に沿った円周状の無端挟持溝を備え、同無端挟持溝はHPT加工特性を付与可能な金属製の線材の一側略半部を嵌入可能に構成し、
前記一対の挟圧体を構成する第2の挟圧体の挟圧面は前記無端挟持溝と対向する位置に前記軸線を中心とする回転方向に沿って回転対称に設けられた略円弧状の有端挟持溝を複数備え、同有端挟持溝は前記線材の他側略半部を嵌入可能に構成し、
前記一対の挟圧体の間へ前記線材の一端側を引き込みつつ前記線材の他端側を挟圧体間外へ繰り出し可能な前記相対的な回転動作のための回転手段を前記一対の挟圧体の少なくともいずれかに接続すると共に、
前記無端挟持溝と有端挟持溝とに嵌入させた複数の前記線材に対して同時かつ連続的に相当ひずみ導入部を形成可能に挟圧する押圧手段を前記一対の挟圧体の少なくともいずれかに接続したことを特徴とする相当ひずみ導入装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、長尺線材の製造方法及び相当ひずみ導入装置に関する。
【背景技術】
【0002】
HPT(High-Pressure Torsion)法は、円盤等の金属製板材を上下アンビルにて挟圧した状態で、上下アンビルを相対的に回転させ、挟圧した板材に相当ひずみを導入し高密度な転位を形成することで組織をナノあるいはサブミクロンサイズに微細化し、強度、延性等の力学特性の向上、結晶配向の制御等を実現する加工方法である(例えば、特許文献1参照。)。
【0003】
従って、加工に供された板材のうち相当ひずみが導入された部分(以下、相当ひずみ導入部ともいう。)、すなわち、HPT加工により付与された上述の強度向上の如き特性(以下、HPT加工特性ともいう。)を有する部分は、専ら円盤状の外形又は領域である。
【0004】
このようなHPT加工特性を備えた板材は、更なる成形加工等を施すことにより、例えば歯車など幾つかの用途が想定される。
【0005】
換言すれば、歯車などの用途においては、HPT加工特性を享受した製品の製造が期待できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところがその反面、HPT加工特性の適用対象となる製品分野は、上記歯車を含め、未だ限られた分野での応用しか想定されていないのが現状であった。
【0008】
この点に関し、長年に亘り金属加工の分野において鋭意研究を行っている本発明者は、HPT加工は、金属体にこれまでにない特性を比較的容易に付与できる極めて優れた加工方法であることから、更なる新たな製品分野においてもHPT加工特性を付与したいと考え、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち、本発明は、斯かる事情に鑑みてなされたものであって、HPT加工特性を線材においても享受可能な金属体の加工方法、すなわち、長尺線材の製造方法や、相当ひずみ導入装置を提供するものである。
【0010】
また、本発明では、上記長尺線材の製造方法により製造された長尺線材の使用方法についても提供する。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記従来の課題を解決するために、本発明に係る長尺線材の製造方法として、(1)挟圧方向を軸線として相対的に回転動作する一対の挟圧体にHPT加工特性を付与可能な金属製の線材の一部を回転方向に沿った円弧状に挟持させ、前記回転動作に伴って前記一対の挟圧体の間へ前記線材の一端側を引き込みつつ前記線材の他端側を挟圧体間外へ繰り出して前記線材の挟持部に対し第1の挟圧体に追従する挟持部の一側と第2の挟圧体に追従する挟持部の他側との間に相当ひずみ導入部を連続的に形成し相当ひずみが導入された長尺の線材を得る長尺線材の製造方法であって、前記第1の挟圧体の挟圧面は前記軸線を中心とする回転方向に沿った円周状で前記線材の一側略半部を嵌入させるための無端挟持溝を備える一方、前記第2の挟圧体の挟圧面は前記無端挟持溝と対向する位置に前記軸線を中心とする回転方向に沿って回転対称に設けられた略円弧状で前記線材の他側略半部を嵌入させるための有端挟持溝を複数備え、複数の線材に対し同時に連続的な相当ひずみ導入部を形成することとした。
【0015】
また、本発明に係る長尺線材の製造方法の選択的な態様として、(2)前記有端挟持溝は、前記線材の一端側が引き込まれる導入端に形成された導入用線材路と、前記線材の他端側が繰り出される繰出端に形成された繰出用線材路とを備え、一の有端挟持溝の導入用線材路と他の隣り合う有端挟持溝の繰出用線材路とのいずれか一方の線材路は前記第2の挟圧体の挟圧面と略面一に側面部に臨ませて開口させ、いずれか他方の線材路は前記第2の挟圧体の挟圧面から同第2の挟圧体内部をトンネル状又は深溝状に貫通し側面部に臨ませ開口させて、両線材路又は両線材路を挿通する各線材の位置関係を第2の挟圧体の挟圧方向において立体交差するねじれの位置関係とした。
また、本発明に係る相当ひずみ導入装置では、(3)挟圧方向を軸線として相対的に回転動作する一対の挟圧体を有し、前記一対の挟圧体を構成する第1の挟圧体の挟圧面は前記軸線を中心とする回転方向に沿った円周状の無端挟持溝を備え、同無端挟持溝はHPT加工特性を付与可能な金属製の線材の一側略半部を嵌入可能に構成し、前記一対の挟圧体を構成する第2の挟圧体の挟圧面は前記無端挟持溝と対向する位置に前記軸線を中心とする回転方向に沿って回転対称に設けられた略円弧状の有端挟持溝を複数備え、同有端挟持溝は前記線材の他側略半部を嵌入可能に構成し、前記一対の挟圧体の間へ前記線材の一端側を引き込みつつ前記線材の他端側を挟圧体間外へ繰り出し可能な前記相対的な回転動作のための回転手段を前記一対の挟圧体の少なくともいずれかに接続すると共に、前記無端挟持溝と有端挟持溝とに嵌入させた複数の前記線材に対して同時かつ連続的に相当ひずみ導入部を形成可能に挟圧する押圧手段を前記一対の挟圧体の少なくともいずれかに接続した。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る長尺線材の製造方法によれば、金属板を介在させた一対の挟圧体の挟圧方向を軸線とする相対的な回転動作に伴って第1の挟圧体に追従する金属体の一側と第2の挟圧体に追従する金属体の他側との間に相当ひずみ導入部を形成し、同相当ひずみ導入部を前記軸線部分を中心とする同心円、同心円弧又は渦巻き状に切断して相当ひずみが導入された長尺の線材を得ることとしたため、HPT加工特性を備えた線材を得ることができる。
【0017】
また、本発明に係る長尺線材の使用方法によれば、上記長尺線材の製造方法にて製造した相当ひずみが導入された長尺線材をワイヤ用原材料として使用することとしたため、HPT加工特性を備えたワイヤを比較的容易に得ることができる。
【0018】
また、上記長尺線材の製造方法にて渦巻き状に切断して製造した前記相当ひずみが導入された長尺線材をバネ製品又はバネ製品用原材料として使用すれば、HPT加工特性を備えたバネを比較的容易に得ることができる。
【0019】
また、本発明に係る長尺線材の製造方法として、挟圧方向を軸線として相対的に回転動作する一対の挟圧体に金属製の線材の一部を回転方向に沿った円弧状に挟持させ、前記回転動作に伴って前記一対の挟圧体の間へ前記線材の一端側を引き込みつつ前記線材の他端側を挟圧体間外へ繰り出して前記線材の挟持部に対し第1の挟圧体に追従する挟持部の一側と第2の挟圧体に追従する挟持部の他側との間に相当ひずみ導入部を連続的に形成し相当ひずみが導入された長尺の線材を得る長尺線材の製造方法であって、前記第1の挟圧体の挟圧面は前記軸線を中心とする回転方向に沿った円周状で前記線材の一側略半部を嵌入させるための無端挟持溝を備える一方、前記第2の挟圧体の挟圧面は前記無端挟持溝と対向する位置に前記軸線を中心とする回転方向に沿って回転対称に設けられた略円弧状で前記線材の他側略半部を嵌入させるための有端挟持溝を複数備え、複数の線材に対し同時に連続的な相当ひずみ導入部を形成することとすれば、HPT加工特性を備えた線材を同時に複数本加工することができ、しかも堅牢な挟圧体とすることができる。
【0020】
また、前記有端挟持溝は、前記線材の一端側が引き込まれる導入端に形成された導入用線材路と、前記線材の他端側が繰り出される繰出端に形成された繰出用線材路とを備え、一の有端挟持溝の導入用線材路と他の隣り合う有端挟持溝の繰出用線材路とのいずれか一方の線材路は前記第2の挟圧体の挟圧面と略面一に側面部に臨ませて開口させ、いずれか他方の線材路は前記第2の挟圧体の挟圧面から同第2の挟圧体内部をトンネル状又は深溝状に貫通し側面部に臨ませ開口させて、両線材路又は両線材路を挿通する各線材の位置関係を第2の挟圧体の挟圧方向において立体交差するねじれの位置関係とすれば、挟圧体間への線材の引込や繰出を円滑に行うことができる。
また、本発明に係る相当ひずみ導入装置によれば、挟圧方向を軸線として相対的に回転動作する一対の挟圧体を有し、前記一対の挟圧体を構成する第1の挟圧体の挟圧面は前記軸線を中心とする回転方向に沿った円周状の無端挟持溝を備え、同無端挟持溝はHPT加工特性を付与可能な金属製の線材の一側略半部を嵌入可能に構成し、前記一対の挟圧体を構成する第2の挟圧体の挟圧面は前記無端挟持溝と対向する位置に前記軸線を中心とする回転方向に沿って回転対称に設けられた略円弧状の有端挟持溝を複数備え、同有端挟持溝は前記線材の他側略半部を嵌入可能に構成し、前記一対の挟圧体の間へ前記線材の一端側を引き込みつつ前記線材の他端側を挟圧体間外へ繰り出し可能な前記相対的な回転動作のための回転手段を前記一対の挟圧体の少なくともいずれかに接続すると共に、前記無端挟持溝と有端挟持溝とに嵌入させた複数の前記線材に対して同時かつ連続的に相当ひずみ導入部を形成可能に挟圧する押圧手段を前記一対の挟圧体の少なくともいずれかに接続したため、HPT加工特性を備えたバネを比較的容易に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図2】本実施形態に係る長尺線材の製造方法に係る切断例を示した説明図である。
【
図3】本実施形態に係る長尺線材の製造方法の一例を示した説明図である。
【
図5】金型間にて挟圧された線材の状態を示す説明図である。
【
図6】加工対象となる金属板の構成を示した説明図である。
【
図7】切断前後の金属板の状態を示した説明図である。
【
図8】金属板上における切断軌跡を示した説明図である。
【
図9】引張試験片の取出し位置と寸法の説明図である。
【
図13】引張試験結果に及ぼす時効処理の影響を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明は、長尺線材の製造方法を提供するものであり、特に、HPT加工特性を線材においても享受可能な製造方法を提供するものである。
【0023】
具体的には、金属板を介在させた一対の挟圧体の挟圧方向を軸線とする相対的な回転動作に伴って第1の挟圧体に追従する金属板の一側と第2の挟圧体に追従する金属板の他側との間に相当ひずみ導入部を形成し、同相当ひずみ導入部を前記軸線部分を中心とする同心円、同心円弧又は渦巻き状に切断して相当ひずみが導入された長尺の線材を得る点で特徴的である。
【0024】
ここで金属板に使用する金属は特に限定されるものではなく、あらゆる金属材料を採用することが可能である。
【0025】
また金属板は、追って説明する相当ひずみ導入部が全域に亘って形成される大きさであってもよく、また、形成される相当ひずみ導入部よりも大きな面積を有するものであっても良い。
【0026】
また、本実施形態に係る長尺線材の製造方法において、金属板への相当ひずみ導入部の形成は、金属板を介在させた一対の挟圧体の挟圧方向を軸線とする相対的な回転動作によって成されるものである。
【0027】
この挟圧体の相対的な回転動作は特に限定されるものではないが、例えば、本発明者らがこれまでに検討したHPT法、すなわち、相当ひずみの導入手法に準ずるものを採用することができる。
【0028】
HPT法の一例としては、例えば
図1に示すような方法が挙げられる。
図1は、HPT法に係る相当ひずみ導入装置における金型及び介在する金属板の形状を示す模式図である。
【0029】
HPT法で用いられる相当ひずみ導入装置は、例えば
図1(a)に示すように、対向させて配置したそれぞれ第1の挟圧体及び第2の挟圧体に相当する横断面略円形状の2つのアンビル(上アンビル31,下アンビル32)を備えている。2つのアンビル31,32の成形面33,34にはディスク状に形成された金属板Mの直径と略同一の直径を有する円形状の凹部33a,34aを形成しており、円形状の凹部33a,34a間でディスク状の金属板Mを狭圧することができる。2つのアンビル31,32の少なくとも一方には、支持基台を介して図示しない押圧手段が接続されており、2つのアンビル31,32の円形状の凹部33a,34a間に狭圧したディスク状の金属板Mに対して、金属板Mの厚み方向に数GPa以上の圧力を加えることができる。2つのアンビル31,32の少なくとも一方には、支持基台を介し、図示しない回転手段が接続されており、2つのアンビル31,32の円形状の凹部33a,34aの中心を回転軸とし、一方のアンビルを他方のアンビルに対して回転させることで相対的な平行動作(回転動作)を行わせる。
【0030】
このような構成を有する相当ひずみ導入装置を用いて、2つのアンビル31,32の円形状の凹部33a,34a間でディスク状の金属板Mを数GPa以上、例えば6GPa程度の圧力で挟圧しながら、一方のアンビルを他方のアンビルに対して相対的に回転させる。
【0031】
すると、この動作によって
図1(b)に示すように、上アンビル31(第1の挟圧体)に追従する金属板Mの上面側Mu(一側)と、下アンビル32(第2の挟圧体)に追従する金属板Mの下面側Md(他側)との間には金属板Mに相当ひずみが導入され、
図1(c)にて網掛けで示すように肉厚内部に相当ひずみ導入部Sが形成されることとなる。
【0032】
そして、上述の如く相当ひずみ導入部が形成された金属板に対し、本実施形態に係る長尺線材の製造方法では、切断を行うことで相当ひずみが導入された長尺の線材を得ることとしている。
【0033】
なお、ここで長尺とは、少なくとも相当ひずみ導入部の直径よりも大きい長さを意味するものであり、相当ひずみ導入部の直径よりも大きい長さであれば、その線材の長短は問わず、ここで言う長尺の線材に該当する。
【0034】
特に、上述の切断は、前述の回転軸、すなわち、回転動作の軸線部分を中心として同心円、同心円弧又は渦巻き状に行われる。
【0035】
図2に、これら切断の態様の一例を示す。なお、
図2中において破線で示す最外円は相当ひずみ導入部Sの外形状、例えば先の
図1にて示したHPT加工が施された金属板Mであれば、その金属板の全体に相当ひずみ導入部Sが形成されているため金属板Mの外縁を示すものであり、相当ひずみ導入部Sの中央に示す黒点は回転動作の軸線部分に相当する部位(以下、回転中心Pともいう。)である。また、切断線は実線で示している。
【0036】
同心円状に切断する例としては、例えば
図2(a)の如く、回転中心Pを中心として金属板Mの外縁、すなわち、相当ひずみ導入部Sの外縁に沿った同心円状に所定の幅で切断部40を形成し、リング状(無端状)で長尺の線材Xを得る例が挙げられる。
【0037】
このような同心円状の切断を行うこととすれば、周方向に亘って一様なHPT加工特性を備えるリング状の線材Xを得ることができ、例えばリング状の構成を備えた製品においてHPT加工特性を享受したり、また、任意の部位で切断するなどしてHPT加工特性を備えた有端状の線材として利用することが可能となる。
【0038】
また、同心円弧状に切断する例としては、例えば
図2(b)の如く、回転中心Pを中心とする所定角度αの円弧状に所定の幅で切断部40を形成する例が挙げられる。
【0039】
このような同心円弧状の切断を行うこととすれば、周方向に亘って一様なHPT加工特性を備える有端円弧状の線材を得ることができ、このような構成部材を要する製品等においてHPT加工特性を享受することが可能となる。
【0040】
また、渦巻き状に切断する例としては、例えば
図2(c)の如く、回転中心Pを中心として所定の幅で渦巻き状に切断部40を形成し、半径が漸次増加又は減少する長尺の線材Xを得る例が挙げられる。
【0041】
このような渦巻き状の切断を行うこととすれば、同心円状や同心円弧状の線材に比して長いHPT加工特性を備えた線材を得ることができる。このような長い線材は、例えば他の線材と連結しながら二次加工を施すことで、ワイヤとすることも可能である。すなわち、ワイヤ製造用原材料として利用することができる。
【0042】
また、渦巻き状の線材であることを利用し、このままHPT加工特性を備えたバネ製品として利用したり、塑性変形や更なる加工を施してバネ製品を製造するためのバネ製品用原材料として利用することもできる。
【0043】
また、相当ひずみ導入部Sの中心部に比して外周近傍の方が導入された相当ひずみの量が多くなることから、一端から他端にかけてHPT特性が漸次変化した線材として利用することも可能である。
【0044】
ところで、
図1に示したHPT加工の例では円盤状の金属板Mを採用することとしたが、これに限定されるものではない。
【0045】
例えば、所定幅を有する環状円盤をHPT加工の対象として、HPT加工特性が付与された環状円盤を得たり、円盤状やその他形状の板材に対し環状の相当ひずみ導入部Sを形成し、これらに対して同心円状や同心円弧状、渦巻き状の切断を施すようにしても良い。
【0046】
図2(d)は、HPT加工特性が付与された環状円盤に対し渦巻き状の切断を施した例を示している。破線は、先の
図2(a)~(c)と同様、環状円盤とした金属板Mの平面視における外形状、又は所定の金属板Mに形成された環状の相当ひずみ導入部Sを示している。
【0047】
このような渦巻き状の切断を行うこととすれば、一端から他端にかけてHPT特性がほぼ均一であり、しかも、同心円状や同心円弧状の線材に比して長いHPT加工特性を備えた線材を得ることができる。付言すれば、ある所定の挟圧力を付与できるプレス加工機で、挟圧力を付与する面積を同じにしつつHPT加工を行う場合、環状円盤に対し渦巻き状の切断を施せば、
図2(c)にて示した例に比してHPT加工特性がほぼ均一で、且つ、より長い線材を得ることが可能となる。
【0048】
なお、切断により得られる線材の幅は特に限定されるものではなく、用途に応じて適宜変更することが可能である。換言すれば、切断部40の間隔は、特に限定されるものではない。
【0049】
また線材の幅は、一般的には一定であるのが望ましいと考えられるが、必要に応じて変化させることも可能である。
【0050】
また、渦巻き状の切断に関し、ここでは回転中心Pを中心として漸次半径が一定割合で増加(又は減少)する螺旋としたがこれに限定されるものではなく、例えばアルキメデスの螺旋の如き切断を行うようにしても良い。
【0051】
また、渦巻き状の切断に関し、本実施形態では1本の線材が得られる方法で切断を行っているが、フェルマーの螺旋の如き切断軌跡とすることにより2本以上の線材を切り出すことも可能である。
【0052】
また、このような切断は、例えばワイヤ放電加工機により行うことで正確且つ均一な所望の線材を得ることが可能であり好ましいが、これに限定されるものではなく、例えば打ち抜き加工を応用することで線材を得ることもできる。
【0053】
また、本実施形態に係る長尺線材の製造方法では、HPT加工特性が付与された更なる長尺線材の製造方法についても提供する。
【0054】
HPT加工特性が未だ付与されていない金属線材に対してHPT加工特性を付与するに際し、一対の挟圧体として使用する金型の耐久性の問題や加工均一性の問題、作業性の問題が生じる場合があるが、以下に説明する長尺線材の製造方法によれば、これらの問題を解消しつつ効率的にHPT加工特性を備えた長尺線材を得ることが可能となる。
【0055】
具体的には、挟圧方向を軸線として相対的に回転動作する一対の挟圧体に金属製の線材の一部を回転方向に沿った円弧状に挟持させ、前記回転動作に伴って前記一対の挟圧体の間へ前記線材の一端側を引き込みつつ前記線材の他端側を挟圧体間外へ繰り出して前記線材の挟持部に対し第1の挟圧体に追従する挟持部の一側と第2の挟圧体に追従する挟持部の他側との間に相当ひずみ導入部を連続的に形成し相当ひずみが導入された長尺の線材を得る長尺線材の製造方法であって、前記第1の挟圧体の挟圧面は前記軸線を中心とする回転方向に沿った円周状で前記線材の一側略半部を嵌入させるための無端挟持溝を備える一方、前記第2の挟圧体の挟圧面は前記無端挟持溝と対向する位置に前記軸線を中心とする回転方向に沿って回転対称に設けられた略円弧状で前記線材の他側略半部を嵌入させるための有端挟持溝を複数備え、複数の線材に対し同時に連続的な相当ひずみ導入部を形成することに特徴を有するものである。
【0056】
図3は、本実施形態の更なる長尺線材の製造方法における金型50及び介在する金属線材51の状態を示す模式図である。本製造方法で用いられる相当ひずみ導入装置は、例えば
図3に示すように、対向させて配置したそれぞれ第1の挟圧体及び第2の挟圧体に相当する横断面略円形状の2つの金型(下金型52と上金型53)を備えている。
【0057】
2つの金型52,53の挟圧面52a,53aには、挟持させた線材51の一側略半部(下側略半部)や他側略半部(上側略半部)を嵌入させるための挟持溝54,55が形成されており、この挟持溝54,55に沿って2つの金型52,53の間で線材51を挟圧可能としている。
【0058】
また、2つの金型52,53の少なくとも一方(本実施形態では下金型52)には、支持基台を介して図示しない押圧手段が接続されており、2つの金型52,53の挟圧面に刻設された挟持溝間にて狭圧した線材51に対して、線材径の方向に数GPa以上の圧力を加えることができる。
【0059】
また、2つの金型52,53の少なくとも一方(本実施形態では下金型52)には、支持基台を介し、図示しない回転手段が接続されており、2つの金型52,53の挟持面の中心を回転軸P2とし、一方の金型を他方の金型に対して回転させることで、線材51を挟圧したままの状態で相対的な平行動作(回転動作)を行わせるよう構成している。
【0060】
ここで、各金型52,53の挟圧面52a,53aに着目すると、
図4(a)に示すように、下金型52の挟圧面52aには、回転軸P2の軸線を中心とする回転方向に沿った円周状の無端挟持溝54が刻設されている。
【0061】
この無端挟持溝54は、
図5下部拡大図にて示すように、上下金型52,53にて線材51を挟圧した際に線材51の一側略半部(ここでは下側略半部)を嵌入させるための溝であり、線材51の線径と略同幅で半部よりも若干浅めに形成している。
【0062】
一方、上金型53の挟圧面53aには、
図4(b)に示すように、複数(本実施形態では2つ)の略円弧状の有端挟持溝55a,55bが形成されている。
【0063】
この2つの有端挟持溝55は、
図5下部拡大図に示すように、上下金型52,53にて線材51を挟圧した際に線材51の他側略半部(ここでは上側略半部)を嵌入させるための溝であり、前述の無端挟持溝54と同様に線材51の線径と略同幅で半部よりも若干浅めに形成している。
【0064】
また、
図4(b)に示すように、それぞれの有端挟持溝55a,55bは、挟圧面53a上において回転軸P2を中心とする2回対称に形成しており、円弧状に湾曲している部分(湾曲部60)は上下金型52,53を合わせた際に下金型52の挟圧面52aに形成した無端挟持溝54と対向する位置として、
図5に示すように線材51の断面視における外周の大凡全周を無端挟持溝54と有端挟持溝55とで囲繞するよう構成している。
【0065】
なお、本実施形態では、2本の線材51を処理することとしているため、
図4(b)に示したように、それぞれの有端挟持溝55a,55bは2回対称としているが、例えば3本や4本の線材51を処理する場合には、回転軸P2を中心とする3回対称や4回対称のような複数回対称である回転対称とすることができる。
【0066】
それぞれの有端挟持溝55は、
図4(b)に示すように、円弧状に湾曲した湾曲部60と、湾曲部60の一端側に線材51の引込みを行うべく連通形成された導入用線材路61と、湾曲部60の他端側に線材51の繰出しを行うべく連通形成された繰出用線材路62とを備えている。特に、一例として示す本実施形態において導入用線材路61及び繰出用線材路62は、大凡、湾曲部60の接線方向に向けて伸延し、上金型53の側面部に至るよう構成している。なお以下の説明において、便宜上、有端挟持溝55の導入用線材路61側の端部を導入端、繰出用線材路62側の端部を繰出端ともいう。
【0067】
湾曲部60は、前述の如く線材51の他側略半部を嵌入させて、両金型52,53により挟圧すると共に、下金型52の回転動作に伴って線材51を摺動させつつ無端挟持溝54と協動して線材51の断面内部に相当ひずみを導入し相当ひずみ導入部Sを形成するための部位である。
【0068】
また、線材51に相当ひずみ導入部Sを形成するにあたり、無端挟持溝54の内周面と湾曲部60の内周面とには、線材51の挟持された部分(挟持部)の一側と他側とに対して、線材51の摺動を許容する程度のそれぞれ異なる摩擦力が生じるよう構成している。
【0069】
この摩擦構造は、線材51の内部に剪断応力を生じさせるためのものであり、ここでは下金型52の無端挟持溝54の内周面をやや粗く(例えば、Ra=~30μm程度)とすることで、線材51に対して異なる摩擦力が生じるようにしている。
【0070】
導入用線材路61は、
図3に示すように、加工前の線材51である未加工線材51aを両金型52,53間へ受け入れつつ、湾曲部60へ導くための部位である。
【0071】
導入用線材路61は、上金型53の挟圧面53aと略面一に湾曲部60から伸延し側面部に臨ませており、この上金型53の側面部には線材51の受入を行うための導入端開口部61aが開口形成されている。
【0072】
また導入用線材路61は、下金型52の無端挟持溝54との関係上、未加工線材51aの断面視においてその線径の全部又は略全部が嵌入される程度の深さを有し、この深さが導入端から湾曲部60に至るまで徐々に浅くなるよう構成することで、線材51が円滑に湾曲部60へ導かれるようにしている。
【0073】
一方、
図4(b)に示すように、繰出用線材路62は、HPT加工特性が付与された加工後の線材51である加工済線材51bを湾曲部60から導出しつつ、両金型52,53の外へ繰出端から送出するための部位であり、湾曲部60から伸延し側面部に臨ませると共に、上金型53の側面部に線材51の繰り出しを行うための繰出端開口部62aを開口形成している。
【0074】
また、繰出用線材路62は、
図3及び
図4(b)に示すように、上金型53の挟圧面53aにて溝状に形成されている湾曲部60の繰出端側端部から、同上金型53の内部をトンネル状に貫通させて形成し側面部に臨ませた位置に繰出端開口部62aを開口させており、導入用線材路61と繰出用線材路62との位置関係を、挟圧方向において立体交差するねじれの位置関係としている点で特徴的である。
【0075】
なお、上金型53の内部への貫通は必ずしもトンネル状に限定されるものではなく、例えば深溝状とすることも可能である。
【0076】
この場合、導入用線材路61と繰出用線材路62とは一見交わるようにも思えるが、深溝状に形成した線材路の実質的に線材路として機能する底部近傍部分(底部から線材の最大径程度の高さまでの部分)が、挟圧方向において立体交差するねじれの位置関係となっていれば、トンネル状に形成した場合と同様に前述の効果を享受することができる。
【0077】
すなわち、線材路を深溝状に形成した際にねじれの位置関係の対象となるべき部分は、当該深溝状の線材路については実質的に線材路として機能する部分と解するべきである。
【0078】
また付言すれば、両線材路に配された各線材が挟圧方向において立体交差するねじれの位置関係となるよう構成することも可能である。
【0079】
そして、このような構成を備える上下金型52,53を用いた本実施形態に係る長尺線材の製造方法によれば、まず、回転軸P2の軸線方向を挟圧方向とし、同じく回転軸P2を中心に相対的に回転する一対の金型52,53に、線材51の一部を無端挟持溝54及び有端挟持溝55に挟持、すなわち、回転方向に沿った円弧状に挟持させて挟圧が行われる。
【0080】
この状態で下金型52を回転させると、湾曲部60にて挟圧されている線材51には相当ひずみ導入部Sが形成されると共に、徐々に繰出端側へ摺動し、加工済線材51bとして繰出端開口部62aから繰り出されることとなる。また、湾曲部60での線材51の摺動に伴い、導入端開口部61aからは未加工線材51aが導入されることとなり、線材51には連続的に相当ひずみ導入部Sの形成が成される。
【0081】
また、このような動作は、上金型53に形成した2つの有端挟持溝55にて同時に行われるため、HPT加工特性を備えた線材51を同時に複数本加工することが可能となる。
【0082】
また、複数の有端挟持溝55を、回転軸P2を中心とする回転方向に沿った回転対称に設けているため、両金型52,53間に圧力が加えられても均等に力を分散させることができ、金型が欠けてしまうことを防止したり、均一に相当ひずみが導入された線材51を得ることが可能となる。
【0083】
また、一の有端挟持溝55の導入用線材路61と、他の隣り合う有端挟持溝の繰出用線材路62とのいずれか他方の線材路(例えば、有端挟持溝55bの繰出用線材路62)は、いずれか一方の線材路(例えば、有端挟持溝55aの導入用線材路61)に対し、両金型52,53の挟圧方向において立体交差するよう上金型53の内部をトンネル状に貫通させてねじれの位置関係としているため、線材51の案内装置等を別途必要とすることなく、両金型52,53間に導入される未加工線材51aや、繰り出される加工済線材51bについて引込や繰出を円滑に行うことができる。
【0084】
次に、本実施形態に係る長尺線材の製造方法について、実際の試験データ等を参照しながら詳細に説明する。
【0085】
〔1.HPT加工特性の付与〕
ここではまず、金属板に対しHPT加工を施して相当ひずみ導入部を形成し、HPT加工特性を備えた金属板を得るべく作業を行った。
【0086】
具体的には、
図6(a)に示すようなAl-2wt%Feにて形成した直径30mmで厚さ1mmの円盤と、
図6(b)に示すようなAl-2wt%Feにて形成した直径100mmで内径が90mm、厚さ1mmの環状円盤を加工対象とした。
【0087】
HPT加工条件は、挟圧体により挟圧させた際の圧力が3GPa、角速度は0.2rpmであり、加工は室温条件下で行った。
【0088】
図7(a)及び
図7(b)は、
図6(a)に示した金属板の加工前及び加工後の状態を示している。また
図7(b)における「N=3」は、挟圧状態での回転動作が3回転(1080度回転)行われたことを示している。
図7(b)に示すように、HPT加工により相当ひずみ導入部が全体に形成された金属板としての円盤が得られた。なお、図示は省略するが、
図6(b)にて示した環状円盤についても同様に、相当ひずみ導入部が全体に形成された環状円盤が得られた。
【0089】
〔2.切断〕
次に、金属板に形成した相当ひずみ導入部を切断し、長尺線材の製造を行った。ここでは、円盤と環状円盤のいずれも、先のHPT加工工程によってその全体に相当ひずみ導入部が形成されていることから、円盤や環状円盤の全体を切断の加工対象とした。
【0090】
図8(a)は、相当ひずみ導入部が形成された円盤に対する切断軌跡40aを示した説明図であり、
図8(b)は環状円盤に対する切断軌跡40aを示した説明図である。
【0091】
図8(a)に示すように、円盤に対しては、HPT加工の際の回転動作の軸線部分、すなわち回転中心Pを中心とし、外縁近傍から中心近傍にかけて幅0.5mmの間隔で切断を行った。また、
図8(b)に示すように、環状円盤に対しては、回転中心Pを中心として、外縁近傍から内縁近傍にかけて幅0.5mmの間隔で切断を行った。
【0092】
図7(c)及び
図7(d)は、HPT加工前及び加工後の円盤を示しており、
図7(d)は、
図7(c)に示すHPT加工前の円盤にに対し
図8(a)に示した切断軌跡で切断を行った状態を示している。
図7(d)からも分かるように、HPT加工により相当ひずみ導入部が形成された円盤においても、HPT加工を施していない円盤と同様に切断が可能であり、その後適宜余分な部分から切り離すことで、HPT加工特性を備えた約750mmの長尺線材X1が得られた。また、図示は省略するが、
図8(b)にて示した環状円盤についても同様に切断が行われ、適宜余分な部分から切り離すことで、HPT加工特性を備えた約1450mmの長尺線材X2が得られた。
【0093】
〔3.試験片の作製〕
次に、製造した長尺線材の物性を測定すべく、試験片の作製を行った。ここでは一例として、先述のHPT加工が施された円盤より切り出された長尺線材を物性測定の対象とすると共に、測定装置への取り付けの関係上、試験片は渦巻き状に切断する前のHPT加工が施された円盤から作製した。
【0094】
図9は円盤上における各試験片の採取箇所、及び試験片の形状を示した説明図である。
図9に示すように、引張強度測定用の試験片は、回転中心から半径方向外方に向けて4mm、8mm、12mmの部位が測定対象部となるように切り出しを行った。なお、
図9の左図中、直径方向に伸延する直線状に配された各点は、硬度測定の測定ポイントを示している。
【0095】
〔4.物性についての検討〕
これらの試験片や測定ポイントから得られた測定データに基づき、物性の検討を行った。その結果を
図10~
図13に示す。
【0096】
まず
図10は、相当ひずみとビッカース硬度との関係を示したグラフであり、回転動作を1,3,5,20回転と変化させた場合について示している。
図10からも分かるように、相当ひずみの導入量は、回転数に拘わらず硬度と一義的な関係にあることが示された。
【0097】
次に、
図11は、応力-ひずみ曲線を示している。
図11からも分かるように、引張強度は中心から離れる(中心からの距離rが大きくなる)につれて、また回転数Nが増えるにつれて大きくなり、これに伴い破断伸びが減少することが示された。
【0098】
次に、
図12は、相当ひずみと引張強度、破断伸びの関係をまとめたグラフである。
図12から分かるように、引張強度は中心から離れたり回転数Nが増えたりして相当ひずみが大きくなるにつれて増加し、破断伸びが減少することが示された。
【0099】
次に、
図13は、
図12にて示したサンプルと同じサンプルに対し、473Kにて15分間時効した場合の相当ひずみと引張強度、破断伸びの関係を示している。
図13から分かるように、時効処理を行うことで破断伸びは若干低下傾向が見られたものの、引張強度が上昇することが示された。これは、時効処理により微細に分散した鉄が析出するためであると考えられる。
【0100】
これらのことを総合的に勘案すると、本実施形態に係る長尺線材の製造方法により、HPT加工特性が付与された線材を得ることが可能であることが示された。
【0101】
〔5.線材の利用について〕
先述したように、HPT加工により特性が付与された金属体は専ら円盤状であり、その利用分野は限定されるとの考え方が支配的であったが、本実施形態に係る長尺線材の製造方法によれば、これまで説明してきたように、HPT加工特性を備えた線材を得ることができ、更なる新たな製品分野においてもHPT加工特性が享受可能となる。
【0102】
例えば、渦巻き状の長尺線材であれば、所定の成形加工や塑性変形させることで、蔓巻状のバネとして利用可能であるのは勿論のこと、特に塑性変形等を施さずとも切断後そのままの状態から弾性変形するバネとして利用することも可能であり、強度、延性等の力学特性に優れたこれまでにないバネを提供することが可能となる。
【0103】
また、金属製のワイヤはあらゆる分野において広く用いられているが、本実施形態に係る長尺線材の製造方法にて得られた線材をワイヤ用原材料として使用すれば、これまで使用されていたワイヤに置換して高強度化や軽量化が図られるなど産業上与える効果は極めて大きいと言える。
【0104】
勿論、
図2にて示したような本実施形態に係る長尺線材の製造方法にて得られる線材は長さが限られてはいるが、これらを十分な強度で連結する技術は既に多く存在しており、HPT加工特性が付与された所望の長さの線材を得ることは可能である。
【0105】
ワイヤへの利用について敢えて具体例を挙げるとすれば、例えば、電線等の導電性を要する線材にも使用可能である。
【0106】
アルミニウムは電気伝導率が比較的高く、また比重が小さいことから電線の材料として多用されている。しかしながら、架空配線などの場合、電線の長さが長くなると自重により張力が働くこととなるため、引張強度がより大きいことが望まれる。
【0107】
そこで、他の金属材料を固溶したり分散させるなどの方法により引張強度を向上させる方法が考えられるが、単位長さあたりの単価を考えると安価な金属材料を使用するのが望ましい。
【0108】
一案として、鉄をアルミニウムへの添加材料として使用すれば、単位長さあたりの単価は安価に抑えることが可能であるが、そもそも鉄はアルミニウムに殆ど固溶しないという性質を有している。
【0109】
この点、本実施形態に係る長尺線材の製造方法にて製造したHPT加工特性が付与された線材をワイヤ(電線等)の製造用原材料として使用すれば、これらの問題を解消可能である。
【0110】
すなわち、先述の〔1.HPT加工特性の付与〕以下の説明において採用した金属材料であるAl-2wt%Feは、電線の原材料のための長尺線材の使用に関する検討としての側面も有しており、先の結果によれば、本実施形態に係る長尺線材の製造方法を適用することにより、固溶しない鉄がアルミニウムに対して極めて微細に分散し、強度向上が実現されていることが示されている。
【0111】
しかも、鉄は平衡状態図上ではアルミニウムに固溶しない(0.05wt%以下)ため、過飽和に固溶した場合でも時効することによって電気伝導率の低下は可及的抑制されることとなる。
【0112】
このように、本実施形態に係る長尺線材の製造方法にて製造した相当ひずみが導入された長尺線材をワイヤ用原材料として使用する相当ひずみが導入された長尺線材の使用方法によれば、極めて広範な技術分野において、HPT加工特性を享受することが可能となる。
【0113】
上述してきたように、本実施形態に係る長尺線材の製造方法によれば、金属板を介在させた一対の挟圧体の挟圧方向を軸線とする相対的な回転動作に伴って第1の挟圧体に追従する金属板の一側と第2の挟圧体に追従する金属板の他側との間に相当ひずみ導入部を形成し、同相当ひずみ導入部を前記軸線部分を中心とする同心円、同心円弧又は渦巻き状に切断して相当ひずみが導入された長尺の線材を得ることとしたため、HPT加工特性を備えた線材を得ることができる。
【0114】
最後に、上述した各実施の形態の説明は本発明の一例であり、本発明は上述の実施の形態に限定されることはない。このため、上述した各実施の形態以外であっても、本発明に係る技術的思想を逸脱しない範囲であれば、設計等に応じて種々の変更が可能であることは勿論である。
【符号の説明】
【0115】
31 上アンビル
32 下アンビル
40 切断部
50 金型
51 金属線材
52 下金型
53 上金型
52a 挟圧面
53a 挟圧面
54 無端挟持溝
55 有端挟持溝
61 導入用線材路
61a 導入端開口部
62 繰出用線材路
62a 繰出端開口部
M 金属板
Md 下面側
Mu 上面側
P 回転中心
P2 回転軸
S 相当ひずみ導入部
X 長尺線材