(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-16
(45)【発行日】2022-06-24
(54)【発明の名称】識別タグおよび対象物識別方法
(51)【国際特許分類】
G01N 21/64 20060101AFI20220617BHJP
G09F 3/00 20060101ALI20220617BHJP
G06K 19/06 20060101ALI20220617BHJP
G06K 7/10 20060101ALI20220617BHJP
【FI】
G01N21/64 Z
G09F3/00 M
G06K19/06
G06K7/10
(21)【出願番号】P 2020505348
(86)(22)【出願日】2017-10-06
(86)【国際出願番号】 EP2017075484
(87)【国際公開番号】W WO2019025018
(87)【国際公開日】2019-02-07
【審査請求日】2020-09-08
(32)【優先日】2017-07-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】513121384
【氏名又は名称】ベステル エレクトロニク サナイー ベ ティカレト エー.エス.
(73)【特許権者】
【識別番号】518140368
【氏名又は名称】オズイェイン ユニベルシテシ
【氏名又は名称原語表記】OZYEGIN UNIVERSITESI
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】特許業務法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】ギュルバハル ブルハン
(72)【発明者】
【氏名】メミソグル ゴルケム
【審査官】伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】特表2008-531104(JP,A)
【文献】特開2012-023988(JP,A)
【文献】国際公開第03/008927(WO,A2)
【文献】国際公開第2017/083860(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00- 21/958
G09F 3/00- 3/03
G06K 19/00-19/18
G06K 7/00- 7/14
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
識別タ
グであって、
第1タイ
プの少なくとも1つの分子と、
第2タイ
プの少なくとも1つの分子と、
前記第1および第2タイ
プの分子は、フ
ェルスター共鳴エネルギー移動によるエネルギー移動可能であり、前記第1および第2タイプの分子の一方はドナー分
子であり、前記第1および第2タイプの分子の他方がアクセプター分
子であり、
前記第1タイプの分子を移動させる担体と、
前記第2タイ
プの分子が担持される基
板と、を備え、
前記基
板は、前記第2タイ
プの分子が配置される複数の位
置を有し、
前記第2タイ
プの分子は、前記位
置の1つに配置され、前記位
置の他の少なくとも1つにはなく、
フ
ェルスター共鳴エネルギー移動によるエネルギー移動が、前記第1タイ
プの分子と前記第2タイ
プの分子との間で起こり、前記アクセプター分
子を発光させるように、前記第1タイ
プの分子
を移動させる前記担体は、前記基
板の前記位
置を横切って移動可能であり、
前記第1タイ
プの分子が前記位
置を横切って移動する際に、前記アクセプター分
子により発せられる光の強度は、前記第2タイ
プの分子が、前記位
置に配置されているか否かによって変動することを特徴とする識別タグ。
【請求項2】
請求項1に記載の識別タ
グにおいて、
前記基
板の前記位
置は、直線状に配置され、前記第1タイ
プの分子の動きが前記直線状に配置された位
置を横切って並進往復運動をするような配置であることを特徴とする識別タグ。
【請求項3】
請求項1または2に記載の識別タ
グにおいて、
前記基
板の異なる位
置にそれぞれ配置される前記第2タイ
プの分子を複数有することを特徴とする識別タグ。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか一項に記載の識別タ
グにおいて、
使用に際し前記第1タイ
プの分子
を移動させる前記担体の動きを駆動する圧力
波を受け入れる開口
部を有することを特徴とする識別タグ。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか一項に記載の識別タ
グにおいて、
前記第1タイ
プの分子を担持する担
体を有することを特徴とする識別タグ。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか一項に記載の識別タ
グにおいて、
前記第1タイプの分子はドナー分
子であり、前記第2タイプの分子はアクセプター分
子であり、前記アクセプター分
子を横切る前記ドナー分
子の動きにより、前記アクセプター分
子が発光することを特徴とする識別タグ。
【請求項7】
識別タ
グを有する対象物を識別する方法であって、
前記識別タ
グは、
第1タイ
プの少なくとも1つの分子と、
第2タイプの少なくとも1つの分
子と、
前記第1および第2タイ
プの分子は、フ
ェルスター共鳴エネルギー移動によるエネルギー移動が可能であり、
前記第1および第2タイプの分子の一方がドナー分
子であり、前記第1および第2タイプの分子の他方がアクセプター分
子であり、
前記第1タイプの分子を移動させる担体と、
前記第2タイ
プの分子を配置可能な複数の位
置を有する基
板と、を備え、
前記第2タイ
プの分子は、前記位
置の1つに配置され、前記位
置の他の少なくとも1つにはなく、前記方法は、
フ
ェルスター共鳴エネルギー移動によるエネルギー移動が、前記第1タイプの分子と前記第2タイ
プの分子との間で起こり、前記アクセプター分
子を発光させるように、前記基
板の前記位
置を横切って前記第1タイ
プの分子を移動させ、
前記第1タイ
プの分子
を移動させる前記担体が前記位
置を横切って移動する際の、前記アクセプター分
子により発せられる光の強度を検出し、
前記第1タイ
プの分子
を移動させる前記担体が前記位
置を横切って移動する際の、前記アクセプター分
子により発せられる光の強度のパターンによって、前記対象物を識別することを特徴とする方法。
【請求項8】
請求項7に記載の方法において、
前記基
板の前記位
置は直線状に配置され、前記第1タイ
プの分子の移動が、前記直線状に配置された位
置を横切る並進往復運動であることを特徴とする方法。
【請求項9】
請求項7または8に記載の方法において、
前記タ
グは、前記基
板の異なる位
置にそれぞれ配置される前記第2タイ
プの分子を複数有することを特徴とする方法。
【請求項10】
請求項7から9のいずれか一項に記載の方法において、
前記第1タイ
プの分子
を移動させる前記担体の動きは、圧力波により駆動されることを特徴とする方法。
【請求項11】
複数の識別タ
グであって、
各タ
グは、
第1タイ
プの少なくとも1つの分子と、
第2タイ
プである少なくとも1つの分子と、
前記第1および第2タイ
プの分子は、フ
ェルスター共鳴エネルギー移動によるエネルギー移動可能であり、前記第1および第2タイプの分子の一方はドナー分
子であり、前記第1および第2タイプの分子の他方がアクセプター分
子であり、
前記第1タイプの分子を移動させる担体と、
前記第2タイ
プの1つの分子が担持される基
板であって、前記第2タイ
プの複数の分子が配置されてもよい複数の位
置を有する基
板と、を備え、
フ
ェルスター共鳴エネルギー移動によるエネルギー移動が、前記第1タイ
プの分子と、前記基
板の前記複数の位
置のうちの1つに配置される前記第2タイ
プの分子との間で起こり、前記アクセプター分
子を発光させるように、前記第1タイ
プの分子は、前記基
板の前記複数の位
置を横切って移動可能であり、
少なくとも2つの識別タ
グにおいて、前記第1タイ
プの分子
を移動させる担体がそれぞれの前記識別タ
グの前記位
置を横切って移動する際、前記2つの識別タ
グのアクセプター分
子によって発せられる光の強度のパターンが異なるように、前記第2タイ
プの複数の分子が、それぞれの前記識別タ
グの異なる位
置に配置されることを特徴とする識別タグ。
【請求項12】
請求項11に記載の複数の識別タ
グにおいて、
前記識別タ
グの少なくともいくつかにおいて、前記基
板の前記位
置は、直線状に配置され、前記第1タイ
プの分子の動きが前記直線状に配置された位
置を横切って並進往復運動をするような配置であることを特徴とする識別タグ。
【請求項13】
請求項11または12に記載の複数の識別タ
グにおいて、
前記識別タ
グの少なくともいくつかにおいて、前記タ
グは、前記基
板の異なる位
置にそれぞれ配置される前記第2タイ
プの分子を複数有することを特徴とする識別タグ。
【請求項14】
請求項11から13のいずれか一項に記載の複数の識別タ
グにおいて、
前記識別タ
グの少なくともいくつかにおいて、使用に際し前記第1タイ
プの分子
を移動させる担体の動きを駆動する圧力波を受け入れる開口
部を有することを特徴とする識別タグ。
【請求項15】
請求項11から14のいずれか一項に記載の複数の識別タ
グにおいて、
前記第1タイプの分子はドナー分
子であり、前記第2タイプの分子はアクセプター分
子であり、前記アクセプター分子を横切る前記ドナー分
子の動きにより、前記アクセプター分
子が発光することを特徴とする識別タグ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願開示は、識別タグ、複数の識別タグ、および対象物の識別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
対象物を識別可能とするために、識別タグを固定する場合もある。識別タグの中には、当該タグから何らかの識別信号を出すものもある。このような場合、異なる識別信号を提供するために異なるタグが配置される。
【発明の概要】
【0003】
本願開示の第一の態様によれば、識別タグであって、
第1タイプの少なくとも1つの分子と、第2タイプである少なくとも1つの分子と、
前記第1および第2タイプの分子は、フォルスター共鳴エネルギー移動によるエネルギー移動可能であり、前記第1および第2タイプの分子の一方はドナー分子であり、前記第1および第2タイプの分子の他方がアクセプター分子であり、
前記第2タイプの分子が担持される基板と、を備え、
前記基板は、前記第2タイプの分子が配置される複数の位置を有し、
前記第2タイプの分子は、前記位置の1つに配置され、前記位置の他の少なくとも1つにはなく、
フォルスター共鳴エネルギー移動によるエネルギー移動が、前記第1タイプの分子と前記第2タイプの分子との間で起こり、前記アクセプター分子または複数の分子を発光させるように、前記第1タイプの分子は、前記基板の前記位置を横切って移動可能であり、
前記第1タイプの分子が前記位置を横切って移動する際に、前記アクセプター分子または複数の分子により発せられる光の強度は、前記第2タイプの分子が、前記位置に配置されているか否かによって変動することを特徴とする識別タグが提示される。
【0004】
ある例では、前記基板の前記位置は、直線状に配置され、前記第1タイプの分子の動きが前記直線状に配置された位置を横切って並進往復運動をするような配置である。
【0005】
ある例では、前記識別タグは、前記基板の異なる位置にそれぞれ配置される前記第2タイプの分子を複数有する。
【0006】
ある例では、前記識別タグは、使用に際し前記第1タイプの分子の動きを駆動する圧力波を受け入れる開口部を有する。
【0007】
ある例では、前記識別タグは、前記第1タイプの分子を担持する担体を有する。
【0008】
ある例では、前記第1タイプの分子はドナー分子であり、前記第2タイプの分子はアクセプター分子であり、前記アクセプター分子を横切る前記ドナー分子の動きにより、前記アクセプター分子が発光する。
【0009】
本願開示の第二の態様によれば、識別タグを有する対象物を識別する方法であって、
前記識別タグは、第1タイプの少なくとも1つの分子と、第2タイプの少なくとも1つの分子と、
前記第1および第2タイプの分子は、フォルスター共鳴エネルギー移動によるエネルギー移動が可能であり、前記第1および第2タイプの分子の一方がドナー分子であり、前記第1および第2タイプの分子の他方がアクセプター分子であり、
前記第2タイプの分子が配置される複数の位置を有する基板と、を備え、
前記第2タイプの分子は、前記位置の1つに配置され、前記位置の他の少なくとも1つにはなく、前記方法は、
フォルスター共鳴エネルギー移動によるエネルギー移動が、前記第1タイプの分子と前記第2タイプの分子との間で起こり、前記アクセプター分子または複数の分子を発光させるように、前記第1タイプの分子を、前記基板の前記位置を横切って移動させ、
前記第1タイプの分子が前記位置を横切って移動する際の、前記アクセプター分子または複数の分子により発せられる光の強度を検出し、
前記第1タイプの分子が前記位置を横切って移動する際の、前記アクセプター分子または複数の分子により発せられる光の強度のパターンによって、前記対象物を識別することを特徴とする方法を提供する。
【0010】
ある例では、前記基板の前記位置は、直線状に配置され、前記第1タイプの分子の動きは、前記直線状に配置された位置を横切って並進往復運動である。
【0011】
ある例では、前記識別タグは、前記基板の異なる位置にそれぞれ配置される前記第2タイプの分子を複数有する。
【0012】
ある例では、前記第1タイプの前記分子の動きは、圧力波により駆動される。
【0013】
本願開示の第三の態様によれば、複数の識別タグであって、
各タグは、
第1タイプの少なくとも1つの分子と、
第2タイプの少なくとも1つの分子と、
前記第1および第2タイプの分子は、フォルスター共鳴エネルギー移動によるエネルギー移動可能であり、前記第1および第2タイプの分子の一方はドナー分子であり、前記第1および第2タイプの分子の他方がアクセプター分子であり、
前記第2タイプの1つの分子が担持される基板であって、前記第2タイプの複数の分子が配置されてもよい複数の位置を有する基板と、を備え、
フォルスター共鳴エネルギー移動によるエネルギー移動が、前記第1タイプの分子と、前記基板の前記複数の位置のうちの1つに配置される前記第2タイプの分子との間で起こり、前記アクセプター分子を発光させるように、前記第1タイプの分子は、前記基板の前記複数の位置を横切って移動可能であり、
少なくとも2つの識別タグにおいて、前記第1タイプの分子がそれぞれの識別タグの前記位置を横切って移動する際、前記2つの識別タグのアクセプター分子によって発せられる光の強度のパターンが異なるように、前記第2タイプの複数の分子が、それぞれの識別タグの異なる位置に配置されることを特徴とする識別タグを提供する。
【0014】
ある例では、前記識別タグの少なくともいくつかにおいて、前記基板の前記位置は、直線状に配置され、前記第1タイプの分子の動きが前記直線状に配置された位置を横切って並進往復運動をするような配置である。
【0015】
ある例では、前記識別タグの少なくともいくつかにおいて、前記識別タグは、前記基板の異なる位置にそれぞれ配置される前記第2タイプの分子を複数有する。
【0016】
ある例では、前記識別タグの少なくともいくつかにおいて、前記識別タグは、使用に際し前記第1タイプの分子の動きを駆動する圧力波を受け入れる開口部を有する。
【0017】
ある例では、前記第1タイプの分子はドナー分子であり、前記第2タイプの分子はアクセプター分子であり、前記アクセプター分子を横切る前記ドナー分子の動きにより、前記アクセプター分子が発光する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
本願開示の理解を促進し、どのように実施形態が効果を奏するのかを示すため、例示として添付の図面が参照される。
【0019】
【
図1】本願開示による識別タグの一例の概略断面図を示す。
【
図2A】本願開示による識別タグの一例の概略側面図を示す。
【
図2B】本願開示による識別タグの一例の概略側面図を示す。
【
図3A】
図2Aの例示の識別タグに対して、時間に対して出力光強度をプロットしたものを示す。
【
図3B】
図2Bの例示の識別タグに対して、時間に対して出力光強度をプロットしたものを示す。
【発明を実施するための形態】
【0020】
まず、導入として、公知のフォルスター共鳴エネルギー移動(FRET)が参照される。FRETにおいて、第1光感受性分子(「ドナー」分子)から第2光感受性分子(「アクセプター」分子)へエネルギーが移動する。ドナー分子は、もともと電子励起状態にあるか、ドナー分子に入射する光によって励起状態に置かれてもよい。ドナー分子がアクセプター分子に十分近づくと、励起されたドナー分子のエネルギーは、非放射双極子カップリングを介して、アクセプター分子に移動する。その結果、アクセプター分子は発光する場合もある。ドナー分子からアクセプター分子へのエネルギー移動の効率は、ドナー分子とアクセプター分子間の距離の6乗に反比例する。このことは、FRETは、ドナー分子とアクセプター分子間の距離の小さな変化に極めて敏感であることを意味する。FRETが起こるドナー分子とアクセプター分子の距離は、伝達される光の波長よりも極めて小さく、例えば、1nmから10nm程度の範囲であってもよい。
【0021】
本明細書に記載される実施例では、FRETを利用して発光する識別タグが提供される。以下でより詳細に説明されるように、発せられる光強度のパターンは、識別タグ内の分子の配置に依存する。異なるタグは、異なる分子配置を有する。その結果、異なるタグにより発せられる光強度のパターンは異なる。これにより、視覚による識別が可能となる。目での識別でもよいし、および/または、適切な処理をする何らかの画像装置による識別でもよい。
【0022】
図面を参照し、各実施形態の識別タグの例を説明する。図面は正確な縮尺ではない。いくつかの図面は、識別タグの一部分のみを示す。
【0023】
図1は、識別タグ1の一例の一部分の斜視図である。
図2Aおよび
図2Bは、識別タグ1の二つの例の概略側面図である。
【0024】
識別タグ1は、識別タグ1の要部を収納するための容器またはハウジング2(
図2Aおよび
図2B参照)を有する。この例のハウジング2は、強度があり軽量でもある材料で形成される。例えば、数多くのプラスチックまたは金属が適している。好ましい材料は、グラフェンである。グラフェンは、六角形の繰り返しパターンで配列される炭素原子の層の1つ以上で形成され、原子レベルの厚みであるにもかかわらず、非常に強く、軽量かつ耐久性のある材料として知られており、また、高温での操作または使用にも耐えられる。他には、いわゆる2D位相材料、つまり、「単層」材料が使用されてもよい。明確性の理由から、
図1にハウジング2は示されていない。
【0025】
識別タグ1は、第1タイプの少なくとも1つの分子3と、第2タイプの少なくとも1つの分子4とを有する。第1および第2タイプの分子3および4は、フォルスター共鳴エネルギー移動(FRET)によるエネルギー移動が可能である。したがって、第1および第2タイプの分子の一方がドナー分子であり、第1および第2タイプの分子の他方がアクセプター分子である。すなわち、第1タイプの分子3はドナー分子であり、第2タイプの分子4はアクセプター分子であってもよく、その逆でもよい。第1タイプの分子3がドナー分子であるかアクセプター分子であるか、それに応じて第2タイプの分子4がアクセプター分子であるかドナー分子であるかは、例えば、識別タグ1の要求される特性および製造上の利便性に応じた設計事項である。便宜上および簡略して、本明細書では、ドナー分子である第1タイプの分子3と、アクセプター分子である第2タイプの分子4が参照される。なお、他の実施例では、この役割は逆であってもよい。
【0026】
アクセプター分子4は、基板5に支持または担持される。アクセプター分子基板5は、単層または複層であってもよい。この実施例のアクセプター分子基板5は、強度があり軽量でもある材料で形成される。例えば、数多くのプラスチックまたは金属が適している。しかしながら、好ましい材料は、いわゆる2D位相材料、つまり、「単層」材料である。例えば、グラフェン、MoS2、黒リンまたはフォスフォレンである。この実施例において(アクセプター分子基板5の材料ばかりでなく、アクセプター分子基板5の一般的に剛性な構造のおかげで)、アクセプター分子基板5は、分子の動きに対抗して固定される。他の実施例では、アクセプター分子基板5は、ドナー分子基板または担体7(下記参照)の共鳴周波数とは異なる共鳴周波数を有して共鳴するように配置されてもよい。
【0027】
アクセプター分子4用の基板5は、アクセプター分子4を配置可能な数多くの位置6を有する。さらに以降で説明されるように、全ての位置6がアクセプター分子4を有するわけではない。位置6は、アクセプター分子4を配置可能な位置を規定するだけである(そして、例えば、基板5の何らかの物理的配置により規定される必要はない)という意味では抽象的であるかもしれない。明確性および簡潔性のために、図面では6つの位置6が示される。しかし、実際には、位置の数は、この数より少なくてもよいし、多くてもよい。
図2Aおよび
図2Bにおいて、位置6には、a)からf)が付記される。
【0028】
ドナー分子3は、別の基板または担体7に支持または担持される。ドナー分子担体または基板7は、単層または複層であってもよい。ドナー分子担体7は、例えば、金属またはプラスチックで形成されてもよい。しかしながら、好ましい材料は、いわゆる2D位相材料、つまり、「単層」材料である。例えば、グラフェン、MoS2、黒リンまたはフォスフォレンである。
【0029】
ドナー分子担体7は、アクセプター分子基板5の位置6を順番に横切ってドナー分子3を移動させるように、移動可能である。ある実施例では、識別タグ1は、ドナー分子担体7が、音波等の入射する圧力波により移動可能であるように配置される。例えば、ハウジング2は、ドナー分子担体7の動作方向にほぼ沿って配置される開口部8を有し、音波9がハウジング2に入るのを許容し、ドナー分子担体7に音波があたるようにしてもよい。ドナー分子担体7にあたる音波9により、アクセプター分子基板5を横切ってドナー分子担体7は前後に往復運動する。ドナー分子担体7は、入射する音波または圧力波9の周波数と同一または対応する共鳴周波数で共鳴するように配置されてもよい。
【0030】
識別タグ1は、光がドナー分子3に入射するように配置される。ドナー分子3の材料および/または特定の要件によっては、光は、環境光であってもよい。つまり、識別タグ1は、電力を必要としないことを意味し、受動素子であってもよい。これに代えて、または加えて、入射光は、例えば、電力により動作される特定光源(図示なし)からのものでもよい。この実施例における識別タグ1は、光がドナー分子3に入射するのを許容する1つ以上の入射窓10を有する。ドナー分子3に入射する光は、ドナー分子3を電子励起状態に遷移させる。
【0031】
ドナー分子担体7が移動するので、ドナー分子3は駆動され、アクセプター分子基板5の位置6を横切って順番に移動する。上述のように、電子的に励起されたドナー分子3が、例えば1nmから10nm程度の距離内のように、位置6の1つに位置するアクセプター分子4に十分に近い場合、FRETによるエネルギー移動が起こる。すなわち、ドナー分子3とアクセプター分子4の間の距離dがFRETに必要な最小距離より小さくなると、エネルギーは、対応するアクセプター分子4によって受け入れられる光子を放出するドナー分子3によって伝達される。アクセプター分子4がドナー分子によって放出された光子を受け取るか、または受け入れると、アクセプター分子4は電子励起状態に入る。(実際、FRETは、相互作用の半径が放射される光の波長よりもはるかに小さいという点で、近距離無線通信に類似している。このように、ドナー分子3によって放出される光子は、受容アクセプター分子4によって即座に吸収される仮想光子である。)続いて、通常、実際には瞬時に、アクセプター分子4は、(実際の)光子を放出することにより、より低い状態または休止状態に自然に緩和する。アクセプター分子4によって放出された光子は、出口窓を通してハウジング2を出る。出口窓は、ドナー分子3を励起する光を受け入れるのと同一の窓10であってもよく、またはハウジング2における1つ以上の別個の窓であってもよい。ハウジング2は、例えば、全体的に開口しているか、または、少なくとも1つの側に沿ってまたは全体的に、(少なくとも関連する周波数の)光に対して透明であってよい。重要なことは、光がハウジング2に入ることができ、かつハウジング2から出ることができることである。この例のように、音波9がドナー分子3の動きを駆動するために使用されるため、識別タグ1は音響光学識別タグとみなすことができる。
【0032】
上記の点に関し、この配置は数多くの有利な点を有する。識別タグ1は、ほぼナノスケールの寸法で製造可能である。ドナー分子3がアクセプター分子4を横切って移動する際、異なる音量(振幅)の音に対する識別タグ1の感度は、例えば、ドナー分子3とアクセプター分子4との間の最大および/または最小分離を設定または変更することにより設定または変更可能である。
【0033】
図2Aと
図2Bを比べて、アクセプター分子4は、2つの識別タグ1の基板5にそれぞれ異なる形で配置される。すなわち、アクセプター分子4は、それぞれの識別タグ1の異なる位置6に配置される。この効果は、ドナー分子3がそれぞれの識別タグ1の位置6を横切って移動する際、2つの識別タグ1のアクセプター分子4によって放出される光強度のパターンが異なることである。これにより、ドナー分子3が位置6を横切って移動する際に、アクセプター分子4によって放出される光強度のパターンにより、タグ1、ひいてはタグ1が固定される物体の識別が可能になる。
【0034】
これを理解するために、
図2Aおよび
図2Bの例示の識別タグ1の時間に対する出力光強度をプロットしたものを示す
図3Aおよび
図3Bも参照する。
【0035】
最初に、
図2Aに示すタグ1の例と
図3Aに示す出力光強度の対応するプロットを参照すると、時間0(ゼロ)で、ドナー分子3はアクセプター分子基板5の位置a)の近くに配置される。この例において、アクセプター分子4は、アクセプター分子基板5の位置a)に配置される。このとき、位置a)でのドナー分子3とアクセプター分子4の間の距離dは、FRETが起こるのに必要な距離よりも小さい。したがって、
図3Aからわかるように、時間0でアクセプター分子4から光が出力される。
【0036】
次に、この例では、時間1でドナー分子3が次の位置b)に移動した。この例では、位置b)にはアクセプター分子4はない。その結果、
図3Aからわかるように、光は出力されない。
【0037】
次に、時間2でドナー分子3が次の位置c)に移動した。この例において、アクセプター分子4は、アクセプター分子基板5の位置c)に配置される。このとき、位置c)でのドナー分子3とアクセプター分子の間の距離dは、FRETが起こるのに必要な距離よりも小さい。したがって、
図3Aからわかるように、時間2でアクセプター分子4から光が出力される。
【0038】
この例では、ドナー分子3はわずかに同じ方向に動き続けるが、時間3で3番目の位置c)の近くに戻る。すなわち、この例では、ドナー分子3は位置c)上を往復する。したがって、時間3で、位置c)でのドナー分子3とアクセプター分子の間の距離dは、再び、FRETが起こるのに必要な距離よりも小さい。したがって、
図3Aからわかるように、時間3でアクセプター分子4から光が再び出力される。
【0039】
このプロセスは、ドナー分子4が位置b)、a)、d)、e)、f)を順番に移動する際も続く。この場合の結果は、時間4(位置bに対応)で発光せず、時間5(アクセプター分子4がある位置a)に対応)で発光し、および時間6、7、8(アクセプター分子4がない位置d)、e)およびf)に対応)で発光しない。次に、ドナー分子4の動きは、位置f)、e)、d)を順に移動するように戻る。また、位置f)、e)、d)にはアクセプター分子4がないので、時間9、10、11では発光しない。
【0040】
アクセプター分子基板5に6つの位置6があるこの例では、ドナー分子3は、
図3Aの時間12に対応する位置a)に近い開始位置に戻り、位置a)でアクセプター分子4が再び発光する。ドナー分子3は移動し続け、その結果、アクセプター分子4によって放射される光強度のパターンが繰り返されるか、またはドナー分子3の移動がこの時点で停止してもよい。
【0041】
したがって、アクセプター分子基板5の位置6におけるアクセプター分子4の特定の配置、すなわち、アクセプター分子4で満たされる1つ以上の位置6と、アクセプター分子4で満たされていない1つ以上の位置6とを備えた配置は、ドナー分子3が位置6を横切って移動するときに識別タグ1によって出力される特定の対応する光強度のパターンをもたらす。したがって、光強度のパターンは、位置6のアクセプター分子4の配置が異なるタグ1ごとに異なる。これにより、特定のタグ1を識別できるようになり、タグ1が固定されている対象物を識別できるようになる。
【0042】
これは、
図2Bに示すタグ1の2番目の例と、
図3Bに示す対応する出力光強度をプロットしたものを参照することで確認できる。
図2Bの例では、アクセプター分子4は位置c)およびf)に配置される。ドナー分子3が位置a)に隣接して位置し、まず位置b)を横切って移動する時間0で開始すると、位置a)およびb)にアクセプター分子4がないため、時間0および1では発光しない。時間2および3で、位置c)に配置されるアクセプター分子4が発光する。次に、ドナー分子3が空の位置b)、a)、d)、e)を順番に移動するため、時間4、5、6、または7では発光しない。次いで、位置f)に配置されるアクセプター分子3上でドナー分子3が前後に移動するので、時間8および9で発光する。ドナー分子3が空の位置e)およびd)を移動するので、時間10および11で発光しない状態で、このプロセスは続く。ドナー分子3は移動し続け、その結果、アクセプター分子4によって放射される光強度のパターンが繰り返されるか、またはドナー分子3の移動がこの時点で停止してもよい。
【0043】
アクセプター分子4の配置が異なるタグ1により放射される光強度の異なるパターンは、目で検出されてもよい。実際には、光強度のパターンは「点滅」パターンとして目に見え、それは人間の観察者が異なるパターンを判断するのに十分であり得ることが理解されよう。これに代えて、または加えて、アクセプター分子4の異なる配置を有するタグ1による発光の光強度の異なるパターンは、異なるパターンを識別するために適切な画像処理が実行される、(デジタル)カメラなどの何らかの画像装置によって検出されてもよい。
【0044】
上記の例では、タグ1の位置6には常に少なくとも1つのアクセプター分子4があり、タグ1には常に1つの空の位置6があるが、全ての位置6がアクセプター分子4で満たされるタグ1があってもよいし、アクセプター分子4で満たされる位置6がないタグ1があってもよい。
【0045】
ドナー分子3およびアクセプター分子4の少なくとも一方は、量子ドットの形態であってもよい。量子ドットは、量子特性のあるナノスケール粒子である。この量子特性は、光学特性および/または電子特性を含む場合もあり、量子効果の結果として、より大きなスケールで、同様の材料で作られた粒子の特性とは異なる。したがって、例えば、ドナー分子3およびアクセプター分子4の少なくとも一方は、ナノスケール粒子上にコーティングされるか、他の形で量子ドットとして実装され、サイズおよび/または形状などのナノスケール粒子の1つ以上の特性を調整することにより、ドナー分子3および/またはアクセプター分子4の光学特性を選択に応じて変化させてもよい。
【0046】
1つまたは複数の窓10には、フィルタおよび/またはレンズを設けてもよい。これらにより、ドナー分子3に入射する光とアクセプター分子4から放出される光の特性を適切に制御できる。
【0047】
通常使用されている公知のタイプの識別タグは、RFID(無線周波数識別)タグである。RFIDタグと比較して、本明細書で説明されるような識別タグ1のいくつかの例には、多くの利点がある。第1に、本明細書に記載される少なくともいくつかの識別タグ1は、環境発電および励起ならびに周波数変調のために、音響および周囲光エネルギーを利用する。周囲の音響信号と光強度は、確率的またはノイズのようなものであってよい。一方、RFIDタグが「受動」タグであっても、RFIDタグには少なくとも特定のRF放射が必要である。第二に、本明細書に記載の少なくともいくつかの識別タグ1は、ナノスケール(10-9m)またはマイクロスケール(10-6m)の寸法で製造できるが、RFIDタグは数ミリメートルのサイズを持つことが多い。第三に、本明細書に記載の少なくともいくつかの識別タグ1は、RFIDタグよりもはるかに軽量で、耐久性があり、高温(および低温にさえも)に耐えることができる。
【0048】
本明細書に記載される例は、本発明の実施形態を説明するための例として理解されるべきである。別の実施形態および実施例が想定される。一つの実施例または実施形態に関して記載される任意の特徴は、単独で、または他の特徴と組み合わせて使用可能である。加えて、一つの実施例または実施形態に関連して記載された任意の特徴は、他の実施例または実施形態、または他の実施例または実施形態の任意の組み合わせのいずれかの特徴と組み合わせても使用可能である。さらに、本明細書に記載されない均等物および変形例も、請求項に定義される本発明の範囲内で利用可能である。