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特許7090939表面応力センサーの受容体層クリーニング方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-17
(45)【発行日】2022-06-27
(54)【発明の名称】表面応力センサーの受容体層クリーニング方法
(51)【国際特許分類】
   G01L 1/26 20060101AFI20220620BHJP
   G01L 1/18 20060101ALI20220620BHJP
   G01N 5/02 20060101ALI20220620BHJP
   H01L 29/84 20060101ALI20220620BHJP
【FI】
G01L1/26 Z
G01L1/18 A
G01N5/02 Z
H01L29/84 B
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020541153
(86)(22)【出願日】2019-08-28
(86)【国際出願番号】 JP2019033612
(87)【国際公開番号】W WO2020050110
(87)【国際公開日】2020-03-12
【審査請求日】2021-01-06
(31)【優先権主張番号】P 2018164127
(32)【優先日】2018-09-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100190067
【弁理士】
【氏名又は名称】續 成朗
(72)【発明者】
【氏名】吉川 元起
(72)【発明者】
【氏名】根本 尚大
(72)【発明者】
【氏名】中津 牧人
(72)【発明者】
【氏名】武田 直人
(72)【発明者】
【氏名】柴 弘太
(72)【発明者】
【氏名】南 皓輔
【審査官】岡田 卓弥
(56)【参考文献】
【文献】米国特許第5985673(US,A)
【文献】特開平3-272444(JP,A)
【文献】国際公開第2011/148774(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2012/0108450(US,A1)
【文献】特開2016-151504(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01L 1/00- 1/26
G01L 5/00- 5/28
G01N 5/02
H01L29/84
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
薄膜の表面に設けられた受容体層により引き起こされた前記薄膜の表面応力の変化を検出する表面応力センサーにおいて、
前記薄膜の少なくとも一部の表面領域を発熱させ
表面応力センサーの受容体層のクリーニング方法。
【請求項2】
前記表面応力センサーの前記薄膜の少なくとも一部に電流を流すことにより前記発熱を行う、請求項1に記載のクリーニング方法。
【請求項3】
前記表面応力センサーの前記薄膜はシリコン薄膜であり、
前記表面応力の変化を前記シリコン薄膜の一部に設けられたピエゾ抵抗部により検出する請求項に記載のクリーニング方法。
【請求項4】
前記表面応力センサーはさらに枠形状の支持部材を有し、
前記シリコン薄膜はその周囲に有する複数の狭窄部を介して前記支持部材の前記枠形状内に接続されるとともに、前記ピエゾ抵抗部は前記狭窄部に設けられる、請求項に記載のクリーニング方法。
【請求項5】
前記支持部材は前記シリコン薄膜と一体の部材である、請求項に記載のクリーニング方法。
【請求項6】
前記ピエゾ抵抗部に前記電流を流す、請求項からの何れかに記載のクリーニング方法。
【請求項7】
前記シリコン薄膜の表面に設けられた、周囲よりも高濃度でドーピングされた領域に前記電流を流す、請求項からの何れかに記載のクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は膜型表面応力センサー(Membrane-type Surface stress Sensor、MSS)に代表される表面応力センサーの受容体層クリーニング方法に関し、特に表面応力による変形を検出する素子であるピエゾ抵抗等の表面応力センサー本体を構成するシリコン薄膜に形成された電気抵抗体を使用し、あるいは表面応力センサー外部に設けられた熱源から熱を供給することによって、表面応力センサーの受容体層をクリーニングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
表面応力センサーは流体中の成分をセンサー本体表面上の受容体層に吸着させることで受容体層に生じる応力の変化をセンサー本体表面の表面応力の変化として検出するセンサーであり、適切な受容体層を選択することによって、液体や気体のサンプル中に存在する多様な微量成分を検出することができる。表面応力センサーの構造・動作や各種の応用の形態等についてはすでに当業者に周知な事項であるが、必要に応じて特許文献1、非特許文献1等を参照されたい。
【0003】
表面応力センサーを使用して測定を行う際に起こる問題の一つとして、これまでに行った測定の履歴がその後の測定結果に影響を与えることがある。この理由の一つとして、測定対象の流体中の各種の成分が受容体層に吸着され、それが次回の測定時にも受容体層に残留する場合があることが挙げられる。このような前回の測定の影響は測定対象を変えて行う次の測定に現れることがしばしばある。このような過去の測定の履歴が新たに行う測定に与える影響は当然ながら測定精度や測定の安定性などに重大な影響を与える恐れがあるので、可能な限り回避しなければならない。
【0004】
これに加えて、当該影響は同一の測定対象に対する一連の測定においても同様に現れることがある。よく知られているように、表面応力センサーを使用した測定では、単に測定対象流体(流体が気体の場合について、本明細書ではサンプルガスともいう)を表面応力センサーに与えて、それに対する表面応力センサーの応答を観測するのではなく、所定の周期で測定対象流体とある基準となる流体(流体が気体の場合には通常はキャリアガス、パージガスなどと呼ばれる)とを交互に切り替えて表面応力センサーに与え、これに対する表面応力センサーの応答信号を測定対象流体に基づく表面応力センサーの応答として扱うことが多い。この場合、表面応力センサーに測定対象流体を与え、次に基準となる流体に切り替えるという1サイクルの測定において、サイクル前半に受容体層に吸着された測定対象流体中の成分が、サイクル後半の基準となる流体により完全に受容体層から脱着しないために、次のサイクルにおける表面応力センサーからの出力信号のパターンに影響することがしばしばある。このようなサイクル間の影響があっても、当該影響を残した一連の測定サイクルの結果として各種の解析を行うこともできるが、各サイクルの開始時点の受容体層の状態ができるだけ近いものになるようにできれば好都合な場合もある。また、前のサイクルで受容体層に吸着された成分が残留していることで、測定対象中の微量成分などに対応する出力が以降のサイクルでは測定対象流体の供給開始当初からマスキングされて検出されにくくなってしまう可能性もある。
【0005】
このような測定履歴の影響を回避・低減するため、表面応力センサーの状態を初期状態に復帰させるべく、測定と測定との間にクリーニング処理が行われる。このようなクリーニングは、例えば上述の基準となる流体やそのほかのクリーニング用流体を表面応力センサーに与えて、その受容体層に吸着されている可能性のある各種の物質を脱着させることで実現できる。このようなクリーニング用流体としては、気体の場合は窒素やアルゴンなどの不活性なガスが通常使用され、液体の場合には水などが使用されるが、あるいは吸着されている物質がわかっている場合にはその物質を十分に溶解する溶媒を使用してもよい。あるいは、実際の測定に先立って、測定対象流体を表面応力センサーに与えることによる所謂「共洗い」を複数回行うことによって、測定対象流体による安定したシグナルを得るという方法も用いられている。
【0006】
しかしながら、このようなクリーニング処理は煩雑なものであり、とりわけ非専門家に使用させる可能性のある装置などではこのような処理を適正に行わせるのは困難な場合が多い。また、使用済みの表面応力センサーの受容体層に強く吸着されている物質が残留している可能性がある場合には、上述のようなクリーニング用流体や、共洗いのための測定対象流体を長時間流すなどの処理が必要となり、測定のスループットが低下するなどの問題があった。
【0007】
表面応力センサーではないが、固体感知膜を加熱してガス測定を行う薄膜ガスセンサーでは、測定の直前にセンサーを加熱することによってセンサー表面に付着している測定に有害な物質を除去することが特許文献2に記載されている。具体的には、その段落[0006]によれば、センサー表面に付着した水分その他の吸着物を脱離させるクリーニング動作によってセンサー動作を安定化するため、測定直前にセンサー温度(材料はSiO)を約450℃(時間は100ms)に加熱してから測定を行う。また、その実施例では加熱素子としてシリコン基板上に積層構造で形成されたセンサー中にその一つの層として薄膜ヒーター6を設けることが開示されている。しかしながら、表面応力センサーは上記薄膜ガスセンサーが有する加熱機構を本来必要としないため、薄膜ヒーター6に相当する要素を追加するためにはその製造プロセスに新たなステップを追加することが必要となる。これは表面応力センサーの価格の上昇をもたらすので、好ましくない。さらには、薄膜ヒーターのような加熱用の要素を追加することで表面応力センサーが厚くなるためにその熱容量が増大することも有害である。表面応力センサーの動作は当然ながらそのセンサー本体及び受容体層の弾性特性に強く影響されるが、これらの弾性特性は温度により大きく変化する。したがって上記したように熱容量を増大させた上で加熱を行った場合には加熱クリーニング後に表面応力センサーの温度が本来の測定時の温度に復帰しにくいことになるため、そのセンサー動作にとって好ましくない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、薄膜の表面に設けられた受容体層により引き起こされた薄膜の表面応力の変化を検出する表面応力センサーにおける受容体層のクリーニングを、表面応力センサーの構造の変更を最小限に抑えつつ、簡単かつ効率的に行うことにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一側面によれば、薄膜の表面に設けられた受容体層により引き起こされた前記薄膜の表面応力の変化を検出する表面応力センサーにおいて、前記薄膜の少なくとも一部の表面領域を発熱させ、または前記表面応力センサーの外部から前記受容体層に熱を与えることによって、表面応力センサーの受容体層をクリーニングする方法が提供される。
ここで、前記薄膜はシリコン薄膜であり、前記表面応力の変化を前記シリコン薄膜の一部に設けられたピエゾ抵抗部により検出する表面応力センサーにおいて、前記シリコン薄膜の少なくとも一部に電流を流すことによって前記シリコン薄膜を発熱させてよい。
また、前記表面応力センサーはさらに枠形状の支持部材を有し、前記シリコン薄膜はその周囲に有する複数の狭窄部を介して前記支持部材の前記枠形状内に接続されるとともに、前記ピエゾ抵抗部は前記狭窄部に設けられてよい。
また、前記支持部材は前記シリコン薄膜と一体の部材であってよい。
また、前記ピエゾ抵抗部に前記電流を流してよい。
また、前記シリコン薄膜の表面に設けられた、周囲よりも高濃度でドーピングされた領域に前記電流を流してよい。
また、前記薄膜の少なくとも一方の面に輻射熱源からの輻射熱を与えることにより前記受容体層に熱を与えてよい。
また、前記薄膜はシリコン薄膜であり、前記輻射熱は少なくとも前記シリコン薄膜の前記受容体層を有していない側から与えてよい。
また、前記薄膜の少なくとも一方の面に加熱ガス流を与えてよい。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ピエゾ抵抗を利用した検出を行うタイプ等の表面応力センサーの効率的なクリーニングを、構造の複雑化を可能な限り回避しながら簡単に実行することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】実施例で使用したMSSの構造を概念的に示す図。図中に示された長さの単位はマイクロメートル(μm)である。
図1A】表面応力センサーのシリコン薄膜上に設けられた発熱線路に通電することで行う、表面応力センサーの受容体層クリーニング方法の別の態様の例を説明するための概念図。
図1B】表面応力センサーのシリコン薄膜上に設けられた複数の発熱線路に通電することで行う、表面応力センサーの受容体層クリーニング方法の別の態様の例を説明するための概念図。
図1C】表面応力センサーのシリコン薄膜上に設けられた蛇行配置の発熱線路に通電することで行う、表面応力センサーの受容体層クリーニング方法の更に別の態様の例を説明するための概念図。
図1D】表面応力センサーの外部から輻射熱を与えることにより行う、表面応力センサーの受容体層クリーニングの別方法を説明するための概念図。
図1E】表面応力センサーの外部から加熱ガス流を与えることにより行う、表面応力センサーの受容体層クリーニングの別方法を説明するための概念図。
図2図1に示されたMSSのピエゾ抵抗部の構造を概念的に示す図。
図3図1に示されたMSSのピエゾ抵抗部により構成されるホイートストンブリッジの概念図。
図4】感応膜としてアミノ基を有するナノ粒子をスプレーコーティングでMSSのシリコン薄膜表面に塗布したものを使用し、またサンプルガスとしてバイアル瓶に入った酢酸のヘッドスペースガスである酢酸蒸気を使用し、加熱あり及び加熱なしの測定を行った場合のMSSの出力信号のグラフ。
図5】感応膜としてフェニル基を有するナノ粒子をインクジェットスポッターでMSSのシリコン薄膜表面に塗布したものを使用し、またサンプルガスとしてバイアル瓶に入った酢酸のヘッドスペースガスである酢酸蒸気を使用し、加熱あり及び加熱なしの測定を行った場合のMSSの出力信号のグラフ。
図6】感応膜としてアミノ基を有するナノ粒子をスプレーコーティングでMSSのシリコン薄膜表面に塗布したものを使用し、またサンプルガスとしてバイアル瓶に入ったヘプタンのヘッドスペースガスであるヘプタン蒸気を使用し、加熱あり及び加熱なしの測定を行った場合のMSSの出力信号のグラフ。
図7】感応膜としてフェニル基を有するナノ粒子をインクジェットスポッターでMSSのシリコン薄膜表面に塗布したものを使用し、またサンプルガスとしてバイアル瓶に入ったヘプタンのヘッドスペースガスであるヘプタン蒸気を使用し、加熱あり及び加熱なしの測定を行った場合のMSSの出力信号のグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態を、シリコン薄膜の表面に設けられた受容体層により引き起こされたシリコン薄膜の表面応力の変化を、シリコン薄膜の一部に設けられたピエゾ抵抗部により検出する表面応力センサーを例にして、具体的に説明する。当然のことであるが、本発明のクリーニング方法が適用可能な表面応力センサーの構成はこれに限定されず、所定の薄膜の表面に設けられた受容体層により引き起こされた薄膜の表面応力の変化を検出する表面応力センサーを対象とすることができる。
【0013】
本発明の一態様によれば、シリコン薄膜の表面に設けられた受容体層により引き起こされたシリコン薄膜の表面応力の変化をシリコン薄膜の一部に設けられたピエゾ抵抗部により検出する表面応力センサーにおいて、シリコン薄膜の少なくとも一部に電流を流すことでジュール熱を発生させ、これによる受容体層の昇温を利用して受容体層に吸着されている物質の脱着を促進する。これにより、受容体層からの脱着を急速に行うことができるので、速やかなクリーニングを実現することができるようになる。この構成によれば、上記タイプの表面応力センサーが本来有していたシリコン薄膜の少なくとも一部を発熱させるため、表面応力センサーにさらに構成要素を追加せずに受容体層を速やかにクリーニングできる。また、この表面応力センサーはピエゾ抵抗素子を使用しているため、最初からピエゾ抵抗部に電流を供給するための導電路等の構造を有している。したがって、加熱用の電流を与えるための構造も表面応力センサーにほとんど構造上の変更を加えずに実現できる。
【0014】
特に、ピエゾ抵抗部それ自体に電流を流すことによりクリーニングのための加熱を行えば、従来の表面応力センサーに何も変更を加えることなく、本発明のクリーニングを実現することができる。ここで、MSSではそのピエゾ抵抗部R ~R 図3に示すようにホイートストンブリッジ接続されており、このブリッジの4つの端子V、GND、Vout1及びVout2に外部からアクセスできるようになっている。したがって、既存のMSSの構造を何も修正しなくても、ピエゾ抵抗部を介する任意の端子間に電圧を印加して加熱を行うことができる。例えば、端子Vout1とVout2とを短絡させて同電位とし、そこと端子GNDとの間に電圧を印加しても良い。なお、ピエゾ抵抗部は、通常イオン注入などによって周囲のバルクシリコン部とはキャリアが異なるように作製される。例えば、以下で説明する実施例で用いたMSSのピエゾ抵抗部は、n型のバルクシリコン部に対して、ホウ素をドープすることによってp型となっている。そのため、このpn接合に逆バイアスがかかるように電圧を印加してリーク電流の発生を抑制することによって、より効率よくピエゾ抵抗部を加熱することが可能となる。
【0015】
あるいは、ピエゾ抵抗部以外に電流を流すようにしてもよい。なお、シリコン薄膜の材料としてドーピングされていないシリコン基板を使用する場合などには、シリコン薄膜の一部または全部にある程度ドーピングしておくことで、加熱のための電流がその部分を流れるようにしておくことができる。
【0016】
ここで注意しておくが、ピエゾ抵抗や上述したピエゾ抵抗部以外に形成した加熱電流用の経路は、厳密に言えば幾何学的な表面と言うよりはシリコン薄膜のごくわずかに内部に向かって広がる領域中に形成される。しかし、ドーピングにより形成されるこのようなごく浅い位置にある領域は、本願で問題としている熱伝導に関する限りシリコン薄膜の表面と実質的に等価である。したがって、本願ではシリコン基板にドーピングにより形成された導電性の領域はシリコン基板の表面に存在すると表現する。
【0017】
この場合、ドーピングによりピエゾ抵抗部の動作に悪影響が出ないようにする必要がある。例えば、MSSではシリコン薄膜の周囲に4つのピエゾ抵抗部を設け、これらのピエゾ抵抗部を図3に示すように相互接続することによりホイートストンブリッジを構成している。上述のようなシリコン薄膜上のピエゾ抵抗部以外を流れる電流(加熱電流)の経路はホイートストンブリッジに対してはリーク電流の経路となり得る。リーク電流がある程度以上大きくなるとホイートストンブリッジの動作に悪影響を与えるため、測定時間区間でのリーク電流が無視できるように加熱電流経路やその抵抗値を調節する必要がある。MSSにはシリコン薄膜の周縁に4つのピエゾ抵抗部が設けられているため、ピエゾ抵抗部の電源端子を加熱電流経路の電源端子としても利用することができる。具体的には隣接するあるいは対向するピエゾ抵抗部間のシリコン薄膜上に比較的抵抗の低い領域が設けられていれば、これらピエゾ抵抗部対間に電圧を印加することで、そこに加熱電流を流すことができる。もちろん、このような比較的抵抗の低い領域が2つのピエゾ抵抗部間を完全に接続している場合には上述したようなホイートストンブリッジのリーク電流の経路になってしまうので、少なくとも一方のピエゾ抵抗部とは実質的に電気的に分離された状態とし、このようになっているピエゾ抵抗部の近傍などに当該ピエゾ抵抗部とは別に加熱電流専用の導電路や端子を追加してもよい。
【0018】
より具体的には、例えば、図1Aに示す態様では、シリコン薄膜の周囲の4箇所の領域にピエゾ抵抗部R~Rが設けられているが、これら4箇所の領域でMSSをその周囲に設けられた部材に対して機械的に支持し、またピエゾ抵抗との電気的な接続を行っている。例えばこれらの対向する領域間のシリコン薄膜表面に1本の線路を形成する。この線路はシリコン薄膜の表面にその周囲よりも高濃度でドーピングを行ってその周囲のシリコン薄膜よりも抵抗値を低くすることで実現することができる。この線路はその両端を上記ピエゾ抵抗部領域内のピエゾ抵抗部及び当該ピエゾ抵抗部用の導電路を迂回して周囲に設けられた部材(支持部材)に電気的に接続することができる(この迂回の詳細は後述)。したがって、この部材に適宜設けられた導電線、端子等を介して上記線路の両端に電圧を印加することで、これに所望の電流を流して制御可能に発熱させることができる。なお、ここで、上記高濃度ドーピングをピエゾ抵抗部中に形成されるピエゾ抵抗素子と同じドーピング濃度とする場合には、このような表面応力センサーを製造する際のプロセスステップ数やその際に使用されるマスク枚数を増大させる必要がないので、大きなコスト増加無しで本発明のクリーニング方法を実施できる表面応力センサーを実現することができる。シリコン薄膜のこの線路を図1Aでは発熱線路1として示している。図1AではMSSの中央部を1本の発熱線路が直線状に配置されているが、発熱線路等の発熱体の数やその形状はこれに限られるものではない。例えば、図1Bに示すように、2本の発熱線路1-1、1-2を互いに逆向きに湾曲させることで、図1Aの場合に比べてシリコン薄膜表面の温度を相対的に均一化することもできる。また、シリコン薄膜上の発熱線路を図1A図1Bに示すように直線状あるいは曲率半径の大きな曲線状とするのではなく、図1C中の発熱線路1’として示すように、蛇行させあるいはジグザグ状に構成する等により、シリコン薄膜上に塗布される受容体層のすべての点が発熱線路から比較的短い距離の範囲に収まるように構成することで、上記温度の均一性を更に向上させることもできる。あるいは、図示しないが、対向するピエゾ抵抗部間ではなく、隣接するピエゾ抵抗部間、つまりRとR及び/またはRとRとの間に発熱線路を配置してもよい。また、細い線状の発熱線路ではなく、もっと幅の広い発熱面として実現することもできる。
【0019】
ここで、上述の発熱線路とピエゾ抵抗部との関係について説明する。MSSにおいてはシリコン薄膜をその周囲にある支持部材に機械的・電気的に接続する狭窄部分あるいはその近傍にピエゾ抵抗部が設けられ、またピエゾ抵抗部をMSS外部に電気的に接続する導電路が設けられる。ピエゾ抵抗部及びピエゾ抵抗用の導電路が設けられる領域を上ではピエゾ抵抗部領域と呼んでいるが、この領域の構成例を図2(a)、(b)に示す。図2において「高濃度ドーピング部」として示された黒色部分が上記導電路である。上述したように、MSSにおいては通常はピエゾ抵抗部を図3の等価回路に示すようなホイートストンブリッジとして接続し、その出力電圧VoutをMSSの出力信号として取り出す。したがって、発熱線路の存在が図3に示すホイートストンブリッジの動作に影響を与えることは不都合である。この問題を回避する最も簡単な方策は、発熱線路がピエゾ抵抗部領域を通過する箇所において、発熱線路がピエゾ抵抗部及びピエゾ抵抗用導電路(図2の高濃度ドーピング部)と電気的に十分分離されているようにすることである。より具体的には、例えば図2(b)において、発熱線路が、狭窄部の右端付近であって上下方向に走っている黒色で示された導電路(高濃度ドーピング部)と十分に離間した位置を通る、つまり発熱線路がピエゾ抵抗部及びその導電路を迂回するように構成すればよい。図1A図1Cにおいては、発熱線路1、1-1、1-2、1’がシリコン薄膜周辺の狭窄部を通る際に狭窄部の中心からずれた位置を通っている、つまり狭窄部の縁に近い位置を通るように図示されているが、これは発熱線路が狭窄部あるいはその近傍に位置するピエゾ抵抗部及びそのための導電路から十分な間隙を取って迂回するという上記構成を表している。このように構成して発熱線路とホイートストンブリッジとの間のリーク電流をホイートストンブリッジの動作に実質的に影響が出ない低い値に抑えることで、上述した電気的な分離を実現できる。より一般的に言えば、上述の電気的な分離とは図3に示す等価回路に余計な電流経路が形成されないようにすることであるから、発熱線路がホイートストンブリッジと物理的に完全に切り離されていることは必ずしも必要ではない。例えば1本の発熱線路がホイートストンブリッジと1箇所だけで接続されていてもこのホイートストンブリッジに他の電流経路が追加されることはなく、従って上記悪影響は現れない。あるいは、回路的、測定動作的、その他の修正を加えることにより、測定時における出力電圧Voutに上記悪影響が出ることを回避することも可能である。
【0020】
なお、本発明において大きなクリーニング電流を流してクリーニングの際の温度を高くするために表面応力センサーに過大な電圧を印加すると、表面応力センサーが破壊されてしまうことがある。例えば、以下の実施例で説明する特定のセンサー(ここではMSS)では、ピエゾ抵抗部に大電流を流そうとして図3の端子Vout1とVout2との間に30数Vの電圧を印加した時この破壊が起こった。この問題の解決策の一つとして、加熱電流により発生するジュール熱が発熱部分からシリコン薄膜以外の部分に漏出する割合を小さくすればよい。特にMSSでは、シリコン薄膜の周囲に、シリコンでできておりシリコン薄膜と一体になっている枠形状の支持部材が設けられ、シリコン薄膜と支持部材とはシリコン薄膜の周囲4か所に設けられた狭窄部で結合されている。これにより、通常は円または正方形の形状を有するシリコン薄膜が支持部材の枠形状の内部に収容されている。この支持部材はシリコン薄膜に比べて剛性が高いためにシリコン薄膜に対しては実質的に剛体として機能することで、シリコン薄膜の応力が狭窄部に集中し、ここに設けられているピエゾ抵抗部の出力を最大化するという構成をとっている。この構成では、ピエゾ抵抗部はシリコン薄膜以外の部分である支持部材に隣接して配置されている。このとき、支持部材はヒートシンクとして機能し、ピエゾ抵抗部に加熱電流を流した場合にはそこで発生する熱のかなりの部分が隣接する支持部材、すなわちヒートシンクに直接漏出する。
【0021】
このヒートシンクへの熱の漏出を抑えて熱の利用効率を上げるためには、ヒートシンク(支持部材)と発熱部分との間の熱抵抗を大きくする及び/または発熱部分とシリコン薄膜中心領域との間の熱抵抗を小さくする必要がある。ヒートシンクと発熱部分との間の熱抵抗を大きくするためには、支持部材のうちのシリコン薄膜の狭窄部に接続されている部分の断面積をできるだけ小さくする(具体的にはその個所の基板厚をできるだけ小さくするなど)。ただし、この部分をあまり薄くするとシリコン薄膜から見て支持部材が実質的に剛体として機能するとは言えなくなるので、ピエゾ抵抗部分への応力集中が小さくなり、結局MSSの感度が低下してしまう。逆に、発熱部分とシリコン薄膜中心領域との間の熱抵抗を小さくするためには、発熱部分を支持部材からできるだけ離間させ、シリコン薄膜の中心領域に近づければよい。そのための一つの手法としては、上述したように発熱体としてピエゾ抵抗部ではなく(あるいはピエゾ抵抗部に加えて)シリコン薄膜のもっと中心に近い領域を使用することが挙げられる。
【0022】
ただし、以下の実施例を見ればわかるように、このような熱漏出対策を施していない既存のMSSのピエゾ抵抗部をそのまま発熱体として使用した場合でも、受容体層を80℃程度まで昇温させて、酢酸及びヘプタンについては受容体層からほとんど排除できることが確認されている。したがって、本発明によれば、熱漏出についての対策を特に施していないMSSを使用した場合でも、多くの用途で実質的にかなりの程度までの受容体層クリーニングを実現することができる。
【0023】
シリコン薄膜表面部に電流を流してそのジュール熱により加熱を行う以外に、表面応力センサー外部から加熱しても受容体層のクリーニングを行うことができる。この場合にも、表面応力センサーの構造を特に複雑化することはなく、表面応力センサーの重量やサイズは不変であるから熱容量が増大することはない。したがって、表面応力センサーを短時間で加熱し、またクリーニング終了後は短時間で加熱されていなかった時の温度に戻すことができる。
【0024】
例えば、表面応力センサーに隣接するが接触はしていない(つまり、そこから離間した)輻射熱源を配置し、この熱源からの輻射熱によって受容体層を加熱することができる。輻射熱源としては電流により発熱するヒーターなど、任意の形式、形状のものを任意の個数使用してよい。図1Dに、表面応力センサーの受容体層5を有していない側の面(裏面)に輻射熱源7を配置することで、輻射熱9を、シリコン薄膜3を介して受容体層5に与える構成の概念的な断面図を示す。なお、この断面構成図では、表面応力センサーを収容する容器等は図示せず、受容体層5を塗布したシリコン薄膜3の中央部のみの断面を示している。表面応力センサーをシリコン薄膜3で形成した場合には、シリコンが広い波長域の赤外線を透過する性質を有していることから、受容体層5が吸収しやすい波長の赤外線の形で熱輻射を行うことで、効率的な加熱を行うことが可能となる。特に、特定の波長領域に強いピークを有する赤外線光源を使用すれば一層高い効率の加熱を行うことができる。また、シリコン薄膜3の裏面の平滑度を高くすることで、赤外線の透過率の低下を抑制することができる。また、表面応力センサーの受容体層が設けられている側の近傍には受容体層にガスを与えるための構造が表面応力センサーの容器内側に設置されることがしばしばあるので、裏面の方が輻射熱源を配置する場所を確保しやすい場合が多い。もちろん、裏面ではなく受容体層側に輻射熱源を配置してもよい。
【0025】
また、表面応力センサーの外部から熱を供給するために、図1E図1Dと同じ形態の断面図で示すように、加熱ガス流11を表面応力センサーに吹き付けるようにしてもよい。加熱ガス流11の温度は受容体層5の所望昇温温度あるいはそれよりも適切な温度だけ高い温度とし、またその成分は測定に有害でない限り何を使用してもよいが、例えばパージガスと同じガスであって良い。また、加熱ガス流11は測定の際に表面応力センサーに与えるガス(サンプルガス、パージガス)と同じ流路を介して与えられてもよいし、あるいは加熱ガス専用の流路を別途設けてもよい。このクリーニング方法を採用する場合でも、表面応力センサー自体は通常の物と同じものを使用することができるので、その熱容量が増大することはない。
【実施例
【0026】
以下では表面応力センサーとしてMSSを使用しているが、明記のない限りカンチレバー型の他の形式の表面応力センサーにおいても同様な作用により受容体層のクリーニングが行われることに注意されたい。
【0027】
本実施例では図1に構造を概念的に示すMSSのシリコン薄膜(厚さ約2.5μm)及びそれを内側に収容する枠形状の支持部材が図示されている。なお、シリコン薄膜は図中では円盤状になっているが、正方形などの他の形状としてもよい(特許文献1を参照のこと)。また、図1中で円盤状のシリコン薄膜の周囲に4か所狭窄部が設けられているが、ピエゾ抵抗部R~Rがこれらの狭窄部にそれぞれ設けられている。これらの狭窄部の拡大図も図1中に示されている。支持部材はシリコン薄膜をその周囲で実質的に剛体として支持することで、シリコン薄膜上に形成されている受容体層(図示せず)の伸縮によりシリコン薄膜に印加される表面応力が変化してそれにより支持部材に狭窄部を介して印加される応力が変化しても支持部材はほとんど変形しない。これにより、狭窄部に応力集中が起こり、そこに設けられたピエゾ抵抗部の抵抗変化が最大化される。
【0028】
図1に示したMSSのピエゾ抵抗部R及びR付近の構造及び寸法を更に具体的に図2に示す。ピエゾ抵抗部R及びR付近の形状はそれぞれピエゾ抵抗部R及びR付近の形状と互いに反転した形状になっているので、図2では省略した。これらのピエゾ抵抗部R ~R を支持部材上に形成した配線を用いて接続することにより図3に示すようなホイートストンブリッジが形成されている。MSSを使用した測定にあたっては、ホイートストンブリッジの端子VとGNDとの間に所定の電圧(ここでは-0.5V)を印加して、その際に端子Vout1とVout2との間に現れる電圧V out を出力電圧として取り出した。また、加熱を行う場合には端子Vout1とVout2との間に適切な電圧(ここでは-20V)を印加した。
【0029】
ここで付言すれば、加熱ではなく表面応力の測定を行っている期間でもピエゾ抵抗部に上記所定電圧-0.5Vを印加することでピエゾ抵抗値の変化を検出しているので、厳密にいえばこの期間中でもピエゾ抵抗部が熱を発生している。背景技術の項で言及したように、この測定中の昇温は表面応力の測定結果に誤差を導入する恐れがある。しかしながら、本願発明者が測定、シミュレーション等を行うことで検討した結果、ピエゾ抵抗部にその抵抗変化を検出するために必要な程度の電圧(典型的には上述した-0.5V)を印加しても、それによる温度上昇は測定結果に実質的な影響を与えないごくわずかなものであることが確認された。特にMSSはその構造上ピエゾ抵抗部の発熱に対する周囲の支持部材のヒートシンク効果が大きいため、カンチレバー型の表面応力センサーに比べても温度上昇がさらにわずかなものになる。
【0030】
なお、本実施例で使用したMSSは非特許文献1で2G-MSSとして説明されているものと実質的に同一(ただし、円盤状のシリコン薄膜の直径は300μm)であるため、これ以上の詳細は非特許文献1を参照されたい。また、MSSの詳しい動作、MSSで測定を行うためのMSSの周辺回路等については特許文献1及び非特許文献1を参照されたい。
【0031】
MSSの受容体層のクリーニングの効果を確認するための実験では、2種類の受容体層を塗布したMSS(アミノ基を有するナノ粒子をスプレーコーティングでMSSのシリコン薄膜表面に塗布したもの、及びフェニル基を有するナノ粒子をインクジェットスポッターでMSSのシリコン薄膜表面に塗布したもの)を準備し、2種類のサンプルガス(バイアル瓶に入った酢酸のヘッドスペースガスである酢酸蒸気、及びバイアル瓶に入ったヘプタンのヘッドスペースガスであるヘプタン蒸気)とこれらMSSとの4通りの組み合わせを使用した。また、キャリアガスとしてすべての組み合わせについて窒素ガスを使用し、流量はサンプルガスとキャリアガスの両者ともに100sccmとした。
【0032】
受容体層の異なる2種類のMSSと2種類のサンプルガスとの4通りの組み合わせについての測定結果のグラフを図4図7に示す。これらの図からわかるように、各測定サイクルは、前半のキャリアガスをサンプルが入ったバイアル瓶のヘッドスペースを経由させてからMSSに供給するサンプル供給相(30秒間)と、後半のキャリアガスのみをMSSに供給するパージ相(120秒間)とから構成される。ここで実験は加熱によるクリーニングを測定サイクル毎に行った実施例の測定に加えて、比較のために、加熱によるクリーニングを行わなかった従来技術による測定も行った。各グラフ上では実施例の測定の結果を濃色の実線で、また従来技術による測定の結果を淡色の実線でプロットした。実施例の測定では、パージ相の途中で上述したようにMSSの端子Vout1とVout2との間に加熱用の電圧を短時間(パージ開始の15秒後から25秒後までの10秒間)印加することで受容体層を加熱してクリーニングを行った。なお、グラフを見ると、初回のサイクルの前にもパージ相が置かれているように見えるが、これは測定開始時点(時間=0秒)まではキャリアガスを連続してMSSに流しておいたことを示している。
【0033】
各グラフ上で実施例の測定結果と従来技術による測定結果とを比較すると、従来技術による測定結果(淡色の実線)では、パージ相の期間中に出力信号がベースラインに向かって徐々に近づいていくが、ベースラインに到達するかなり前に次のサンプル供給相が開始され、したがって前回の測定の間に受容体層中に吸着されたサンプルが次の測定に影響を与える可能性があることがわかる。これに対して、実施例の測定の結果(濃色の実線)は、加熱期間が終了後、次のサンプル供給相が開始される時点では出力信号がベースラインの近傍に戻っていることから、前回の測定の間に吸着されたサンプルは受容体層からほぼ完全に除去されたと判定される。なお、一部のグラフでは実施例の測定結果のプロットが次のサンプル供給相開始時点になっても加熱期間の終了直後のアンダーシュートから完全には戻っていないが、この場合でも次のサンプル供給相開始時点における従来技術による測定結果のプロットとベースラインとの乖離の程度に比較すれば状況はかなり良い。
【0034】
ここで、図4図7のグラフ中で加熱期間中の出力信号の値が縦軸の電圧範囲外に飛び出したり、あるいは図5では一定値(15mV)を示している点について解説しておく。先にも説明したように、出力信号は図に示されるホイートストンブリッジの端子Vout1とVout2との間の電圧Voutである。ところが、加熱期間中はこれらの端子間に-20Vを印加することでピエゾ抵抗~Rに電流を流したので、Voutとしても-20Vが現れる。実際に行った測定では、この期間は過電圧保護回路が働くことで電圧測定回路がシャットダウンされて出力信号が0Vであったと記録されるように測定系を構成した。一方、出力信号Voutのベースラインには通常はわずかなオフセットがあり、今回の実験の生データ、つまり記録された測定結果そのものでもベースラインが完全に0Vとはならなかった。グラフを人間が読む場合にはベースラインが0Vになっているほうがわかりやすいので、図4図7にはベースラインが0Vになるように生データの電圧値をシフトしたものを示した。このため、生データ上では0Vである加熱期間中の出力信号の値も一緒にシフトされることで、上述したような範囲外への飛び出しなどがグラフ上に現れているのである。
【0035】
なお、本実施例では加熱期間中、受容体層温度は80℃程度まで上昇したことが確認された。これは融点が異なる3種類の物質(メントール(融点31℃)、バニリン(融点81~83℃)、クエン酸(融点153℃))の小片をそれぞれシリコン薄膜上に置いて、顕微鏡下で加熱してこれらの小片が溶解したか否かを目視することにより検証した。端子Vout1とVout2との間に印加する電圧を変化させながら観察したところ、印加電圧が-20V程度でメントールが融解し、-20V程度でバニリンが溶解した。一方、クエン酸は-30V以上印加しても溶解しなかった。これから本実施例での印加電圧-20Vでは受容体層温度は上述の値である80℃程度に到達したと判定した。上述したように加熱の際のMSSのシリコン薄膜から外部への熱の散逸を少なくするなどの処置により受容体層温度を更に上昇させることができると考えられる。しかし、本実施例の結果から、80℃程度まで受容体層温度を昇温するだけで、かなりの効果が発揮されることがわかる。
【0036】
以上説明した実施例においては端子Vout1とVout2との間に必要な電圧を印加して加熱を行ったが、他の端子間に電圧を印加して加熱を行うこともできる。例えば、端子Vout1とVout2とを短絡させて、端子GNDとの間に電圧を印加してもよい。後者の場合、R及びRの2つのピエゾ抵抗部に逆バイアスがかかるので、前者のような端子Vout1とVout2との間に電圧を印加して一部順バイアスがかかってしまう場合に比べて、より低い印加電圧(-14V程度)でバニリンが溶けた。したがって、この接続形態により更に効率よく加熱を行うことができた。
【産業上の利用可能性】
【0037】
以上説明したように、本発明によれば表面応力センサーの受容体層の良好なクリーニングを簡単な方法で実現できるので、表面応力センサーの応用を更に促進するものと期待される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0038】
【文献】国際公開2011/148774
【文献】特開2011-169634
【非特許文献】
【0039】
【文献】G. Yoshikawa, T. Akiyama, F. Loizeau, K. Shiba, S. Gautsch, T. Nakayama, P. Vettiger, N. Rooij and M. Aono. Sensors, 2012, 12, 15873-15887.
図1
図1A
図1B
図1C
図1D
図1E
図2
図3
図4
図5
図6
図7